彼方「彼方誕編集」
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
1、璃奈
2、しずく
3、かすみ
4、歩夢
5、愛
6、せつ菜(または、菜々)
7、エマ
8、果林
9、遥
0、侑
>>2 キャラクターセレクト(上の1〜0からのみ)
>>4 内容選択(自由)
※注意事項
全て彼方との組み合わせ しずく「彼方さん……私と、死んでくれませんか?」
同好会での練習を終えた私を呼び出したしずくちゃんが口にしたのは、
そんな……縁起でもなく、唐突で、不可解な願いだった。
呆然とする私の一方で、しずくちゃんは酷く真面目な表情をしている。
眉を顰めて、口元を固く縛って……
無理を承知で望んでいるからか、やや前傾姿勢なしずくちゃん
胸元で固くなっていく小さな拳
ふと……目を背けて。
彼方「ど、どうして……急に?」
しずく「……もう、それ以外に道はないと思ったからです」
彼方「えっと……いや」
彼方「待って……待ってよしずくちゃん……そんな、だって……えぇっと……」
彼方「………」
落ち着くための、深呼吸
切り替えて、しずくちゃんを見据える
彼方「そんなこと、絶対に許さないよ」
しずく「………」
しずく「あ、えっと……すみません」
しずく「本気でするつもりはないですよ?」
彼方「へっ?」
しずく「演技です。演技……今度の演劇で必要な役で……練習のお手伝いを――」
彼方「……しずくちゃん」
しずく「はい……はっ……ぁっ……」
彼方「言われること、分かってるよね?」
しずく「す、すみません……っ!」 彼方「すみませんで許されることじゃないよ?」
彼方「本気じゃない、演技ですって……安心したよ……でも、あのね……」
彼方「急に一緒に死んでって、言われた私の気持ちがわかる?」
しずく「うっ……で、でもですね――」
彼方「しずくちゃん……」
しずく「は、はいっ……」
彼方「突然そんなことを言われた人の自然な反応が見たかった。なんて言ったら、私は本気で怒るよ?」
しずく「も、申し訳ありませんでした……っ!」
普通に頭を下げるだけでなく、
床に額をつけて、土下座して謝罪するしずくちゃんを見下ろしながら
内心に煮えたぎる怒りと安堵の両方を少しずつ溶け合わせていく。
もうちょっとで怒鳴り散らしていたかもしれない。
そんなことを思いながら、演技で良かった。と……ちょっぴり不安を覚えて。
彼方「本当に演劇の話なんだよね?」
しずく「はい……」
彼方「演劇部の部長さんに確認するよ? いいよね?」
しずく「だ、大丈夫です……すみません……」
念のため、
本当にそんなものをやるのかどうかを演劇部の部長さんに確認。
万が一にでも、実は本当でした。なんてあったら私はもう……耐えられないから。 彼方「ふぅ……」
しずく「本当に、申し訳ありません……」
彼方「良くないけど、良いよ」
彼方「本当に舞台みたいだから……」
演劇部の部長さんに確認を取ったところ、
本当に、そんな演出のものを今度やるとの話を聞かされた。
部長さんまでも嘘をついていたら……というのはあるけれど
そこまで疑っていたらきりがない。
彼方「でも、本当にやめてね?」
彼方「次にこんな酷いことを……たとえ、演技の練習だったとしても」
彼方「突然振ってきたら……私、怒るからね?」
彼方「いい? しずくちゃん」
しずく「すみませんでした……次から、ちゃんと事前にお話しします……」
彼方「もぅ……はぁ……」
彼方「しずくちゃん顔上げて良いよ……いつまでもそんな、土下座してなくていいから」
しずく「すみません……」 心中して死ぬしずくちゃんは、主人公の友人という立場だそうだ
主人公と仲良くしていたしずくちゃんは、
主人公からの視点では、何の脈絡もなく……別の友人と一緒に心中してしまう。
それが、主人公の心に大きな影響を与えて。
というものらしい。
それは主役ではないけれど、
その演目上では最重要な役割となっていることから、しずくちゃんは焦ってしまったとか。
だからと言って、
急に一緒に死んでほしい。というのは聊か困る。
しずく「私……いえ、彼女は幸せの絶頂期なんです」
しずく「ですが……それなのに、心中を選ぶんです」
しずく「私には、どうしてもその心がわからなくて」
彼方「ん〜……」
表紙はまだ新品な演劇の台本
なのに、しずくちゃんが演じるその部分は
もうすでに……真っ黒に汚れているのが見える
彼方「なるほどねぇ……」 彼方「さっきもうそれ以外に道はないって言ってたけど……」
しずく「でも、それ以外にも全然道はあるんです……」
しずく「だって……幸せなんですよ?」
しずく「なのに死ぬ以外に道はないなんて、そんな……」
確かに、普通なら考えられないことだと思う。
幸せで
これからも幸せが続くと分かっているのに
死ぬしかないなんて。
彼方「しずくちゃんは、今幸せ?」
しずく「そうですね……」
しずく「演劇もスクールアイドルもうまくいっていて」
しずく「幸せか。と言われれば幸せだと言えるくらいには……」
ちょっぴり悩んだけど、
幸せですと答えたしずくちゃんは、嬉しそうな顔を見せてくれる
……ちょっと、攻めてみようかな〜?
彼方「その幸せを一緒に終わらせる相手って……私で良いの〜?」
しずく「それは……その……」
しずく「彼方さんが適任って言うと語弊があるかもしれませんが、そう……思ったんです」 ちょっぴり照れくさそうなしずくちゃん
私を一瞥すると……俯いちゃって、顔が見えなくなる。
たった一センチの違い……いや、
私の背が高くても見えないし……しずくちゃん以下は、沽券にかかわるかなぁ……
彼方「そっか……私と一緒に死にたいんだねぇ」
しずく「ほ、本当にじゃありませんよっ?」
しずく「あくまで……演劇の話で」
しずく「だから……でも、だけど、分かりません……」
しずく「どうして、彼女は死にたいだなんて思ったのか……」
焦るしずくちゃんは申し訳なさそうで
これ以上詰めるのは可哀想かなと、立ち止まる
一緒に死にたい
それはとても想ってくれてるからこその望みだとしたら
嬉しいことではあるけれど……。
彼方「じゃぁ、彼女じゃなくてしずくちゃんで考えてみよっか」
彼方「ではでは〜、しずくちゃんが私と死にたいって思う理由を上げてみよ〜?」
しずく「えぇっ……」 しずく「彼方さん、やっぱり怒ってますよね……?」
彼方「怒ってないよ〜ほら、話してみよう?」
しずく「………」
しずくちゃんは黙り込んで、私から目を逸らす。
一点を見つめるように目が細められて……閉じて。
数秒経って開かれた瞳は私を見てはくれなかった。
しずく「……この演劇の練習をしようと思った時」
しずく「自分にとって彼女と同じように心中したい相手はいるかと考えたんです」
しずく「そこで真っ先に思い浮かんだのが彼方さん達同好会の皆さんでした」
しずく「でも、その中の誰でも良いっていうわけではなくて」
しずく「同学年のかすみさんは?璃奈さんは? そうやって考えてみても……死ぬほどには思えなくて」
しずく「でも、彼方さんとなら……なんというか。死ぬのも悪くないなって思えたんです」
しずくちゃんは長々と語って
そうして、困ったように微笑んだ
しずく「穏やかに死ぬことが出来そうだから……でしょうか?」
彼方「私に聞き返されても困るかな〜……」 彼方「エマちゃん達じゃダメだったんだよね?」
しずく「そう、ですね……」
しずく「心から死ねるかと思った時、躊躇う感じがしたので……」
その心境が私にはよくわからないけど。
でも、そっか……私だからこそなんだねぇ……
彼方「過労死?」
しずく「ち、違います!」
彼方「……急性し――」
しずく「違いますっ!」
しずく「本当に、そういうアレではなくて……」
しずく「もしかしたら、眠るように死にたいって思ったからかもしれません」
しずく「眠っている間なら、私達は何が起きたかなんて知らずに死ぬことになるので」
しずく「苦しみや痛みが伴わないという意味での幸せを追求したのかもしれません」
しずく「たぶん……ですけど」
しずく「少なくとも、死を連想させる情報として彼方さんがいたわけではありませんよっ!」 焦って、一生懸命にいいわけするしずくちゃん
その勢いはなんだかせつ菜ちゃんにも似ているように感じたけれど
目の前にいるのは、紛れもなくしずくちゃんで。
狼狽えているのが分かる、頬の汗が流れるのが見えた。
しずく「………」
彼方「あははははっ」
彼方「ごめんね〜分かってるよ〜」
彼方「しずくちゃんがそんな考えを持ってないって」
彼方「……でも、そっか」
彼方「心中する演技、だったよね?」
小さく笑って、息を吐く
彼方「まず、台本を見た限りだと……彼女は幸せだった」
彼方「幸せだったけどその誰かと心中をした」
彼方「その誰かも……幸せそうに」
彼方「って言うことは、少なくとも無理心中ではないってことだよね〜」 しずく「はい……」
彼方「幸せだし、それが続くと分かってた」
彼方「それでも二人は心中をした……」
彼方「ねぇ、しずくちゃん」
しずく「なんでしょうか」
彼方「この、二人はずっと幸せに生きていけたはず。っていうのは誰の視点なんだろう?」
しずく「主人公……だったかと」
主人公側がメインで描かれている台本
心中する二人についてのことがほとんど書かれていないのは、
その場限りの出演だからか、それとも。
なんて、私が台本を語れるわけがないんだけど。
彼方「……だったら、二人が幸せになれなかったって考えてみたらどうかな」
しずく「幸せになれなかった……?」
彼方「そう。例えば、その二人が死ななければ一緒になることはできなかった。とか」
彼方「所謂、三人称視点による幸福論」
彼方「一人称視点……つまり、彼女達からしてみれば不幸せだったけれど」
彼方「他人から見れば、彼女たちは幸せになれたはずだった。という話」
心中については良く分からないので、スマホで検索。
とりあえず一番の情報量がありそうなものを開いて。
彼方「この情死っていうのが、それっぽいと思わない?」 親しい間柄の人達が合意の上で、命を断つこと
それが情死とも呼ばれる心中らしい。
しずく「相愛の男女が……」
彼方「……男女とも限らないみたいだよ〜」
しずく「……ぁっ……ち、違いますよ!」
しずく「ほんとうに……えっと……違います……」
サイトに載っている、
親密な同性のカップルが云々という文章を見たしずくちゃんは
またしてもやや大げさに否定する
つまりは本当なんじゃないか。なんて意地悪も言えるけれど
違うなら、違うんだって思っておく。
彼方「でも、これが一番あるのかもしれないよ」
彼方「この主人公なんだけど」
彼方「台本を読んでいくと " 私は他人のことなんて全く考えられていなかった " って吐き捨てる場面がある」
彼方「この " 他人 " が、元を辿れば彼女に行きつくかもしれない」
彼方「というより、多分そうだと思う」
しずく「……なるほど」
彼方「部長さんから、こういう風にしてっていう指示はなかったの?」 しずく「そこまで大きな指示はありませんでした」
しずく「ただ、感情を乗せて欲しい。と」
彼方「そっか〜……」
演技指導とか、そう言うのは私が分かるわけもない
部長さんがそのくらいしか指示しなかったのは、
それ以上は必要ないからかもしれないし
それだけでしずくちゃんなら、完璧に演じてくれるって信頼があったからかもしれない。
それは、部長さんにしか分からないことだし
もし、信じているのなら、
聞けば答えが貰えると思う。
でも……それは、
信頼を裏切ることになるからって……あんまりしたくないかな?
彼方「じゃぁ……私のこと、考えてみて〜」
しずく「彼方さんをですか?」
彼方「そう、愛して、愛して……愛し尽くしてる恋人みたいな感じで」
彼方「まずは、心中したい相手って本気で思ってみよう」
彼方「もちろん、私以外に適役がいるならその人でも良いけど……できそうかな〜?」
しずく「同好会の仲間として、友人として、先輩として……私は彼方さんが好きです」
しずく「それを、恋愛という形に昇華してみる……というものでしたら、おそらく……」
彼方「さっすが〜」
しずく「い、いえ……そんな、女優としては出来て当然のことだと思いますし……出来るとは限らないので」
しずく「一日、時間をください」
彼方「うん、大丈夫だよ〜」
とりあえず、今日は解散 ――――――
―――
しずく「彼方さ〜ん!」
お昼休みになって、私のいる教室へとやって来たしずくちゃん。
学科も学年も違うから、それなりに距離は離れているはずなのに
お昼休みになってからまだ数分しか経っていない。
しずく「あのっ、お時間頂けますか?」
お弁当が入っているだろう包みを持ちあげて見せるのは、
お昼を一緒に食べましょう。って誘いのつもりなのかな……
彼方「良いよ〜」
断る理由もなく、
自分の分のお弁当を持って、しずくちゃんについて行く
彼方「どこに行くの〜?」
しずく「いつもの、ベンチです」
彼方「彼方ちゃんが寝てるところ?」
しずく「はいっ、そこで一緒に食べましょう」
弾むような声色で話すしずくちゃんは、私の手を握って……引っ張っていく
これはもしかするともしかするかもしれない ベンチは幸いにも誰もいなくて、二人で並んで座る
しずくちゃんはいつもよりも距離が近い
しずく「……やっぱり」
彼方「ん〜?」
しずく「昨日、一晩中彼方さんのことを考えてみたのですが」
しずく「心的には、愛せそうというか……愛してもいいと言いますか」
彼方「おぉぅ……?」
しずく「身体的接触はどうなのかと思って……」
しずくちゃんの手が、私の足に触れる
撫でるような柔らかい手つきはこそばゆい
思わず身震いしちゃうと、しずくちゃんは小さく笑って私の手を掴んで
そのまま、私の手を自分の足に触れさせる
しずく「……触ってください」
彼方「え……ここ外だよ〜?」
しずく「人はいないので大丈夫です」 彼方「じゃぁ、触るよ〜?」
しずく「どうぞ……」
別にいかがわしいことをするわけじゃなくて
ただ、しずくちゃんの足を撫でるだけ。
スカートからすらりと伸びる、白さのある肌
触れているだけでも感じる温もりは
心なしか、温かみが増していくような感じがする
しずく「っ……ん……」
彼方「大丈夫?」
しずく「大丈夫です……続けてください」
彼方「続ける……?」
しずく「もっと、煽情的にお願いします」
彼方「煽情って……しずくちゃん言ってる意味――」
しずく「分かってます。でも、異性恋愛のような対象としてイメージできるかは」
しずく「この身体の接触において性的欲求が高められるかが重要だと思うんです」
しずく「これによって違和感を覚えた場合、同性恋愛は難しくなりますから」
彼方「そういうものなのかなぁ……?」
心は私を愛せるかもしれないって話なら、
身体の関係云々は気にしなくてもいい気はするけれど。
一緒に死にたいほどという、ある意味究極の愛を求めるなら必要なのかもしれない。 彼方「……」
太ももを軽く撫でる
頭を撫でるのと同じ程度の、力加減
スカートの裾部分から、膝のあたりまで。
その隙間を何度も往復するように撫でていくと、しずくちゃんの口から小さな声が漏れる
しずく「んっ……っ……」
彼方「大丈夫?」
しずく「平気です、続けてください」
彼方「続けて大丈夫?」
しずく「お願いします」
彼方「じゃぁ……」
しずく「……っ……んっ……」
擦っていくと、しずくちゃんの身体が小さく震える
手を離したのに、しずくちゃんはその手を掴んで抑えて……
ちょっぴり、顔赤くなってるのに……
しずく「もう少しお願いします」
彼方「これ以上はちょっと……」 しずく「あと少しだけですから」
彼方「……少しだけだからね〜?」
懇願にも似たしずくちゃんの要求
応えて太ももを擦ってみると、やっぱり……ちょっぴり高い声を漏らす
何かを堪えるような、細やかな声。
身悶えるような体の震え
私まで、いけないことをしているんじゃないかというドキドキを感じちゃう……
いや、うん。
間違いなく学校でして良いことじゃないとは思うけど……。
しずく「っぁ……んっ……」
彼方「もう駄目っ、終わり〜っ!」
しずく「っ……はぁ……」
しずくちゃんの声が明らかに色づいて、艶がかって
これは駄目だと手を飛び跳ねさせる
誰かに見られたら、大変な事になるよねぇ…… 彼方「大丈夫……?」
しずく「大丈夫です……」
彼方「なんだか、ダメそ〜な声出てたけど……」
しずく「彼方さんの触り方が、優しくて……その、こそばゆかったというか」
照れくさそうに笑うしずくちゃん
本当にこそばゆかっただけなのかって思うけど
それは多分藪蛇で。
でも……私が聞くまでもなかった。
しずく「……なんというか、その……悪くなかったです」
彼方「えぇ……」
しずく「あっ、えぇっと……も、もちろん!」
しずく「もちろん、卑猥な妄想してプラスアルファしていたとかいうのもあるからですよっ?」
しずく「この後、キスしたりとか、そういう……性的な行為を行うんだ……って、心構えをしていたからであって」
しずく「本当に、ただ素の状態からだったら無理です」
それは誰でも無理じゃないかなぁ? 彼方「えぇっと〜……つまり、私と恋できる?」
しずく「……できそうです」
彼方「そっか……」
しずくちゃんも女の子オッケーなのか
ただただ、私相手ならオッケーなのかっていうのはあるけれど
そこは別に、追及する必要はないよね?
あくまで、心中しちゃう " 彼女 " とその友人? 恋人という舞台が出来上がればいいんだから。
しずく「それで、その……キス、してもいいですか?」
彼方「えっ!?」
恥ずかしそうに切り出したしずくちゃんは、
背けそうな顔を上げると、潤みのある瞳の中にはっきりと私を映して。
しずく「……本当の感触を、知りたいんです」
彼方「ぅ……い、いや……それはっ……」
彼方「それはっ! 止めよう……っ?」 キスまでしちゃうのは、流石にまずい
さっきまでしていた太ももを撫でるのも
よく考えなくてもNG行為だった気がするけれど、
キスまでしちゃうのは……流石に、ダメな気がする。
彼方「後戻り、出来なくなっちゃうよ?」
何の気なしに間接キスしてしまうとか、
そういうのだったら、私も笑って済ませられると思う。
けれど、恋人の様な関係を意識した上でというのは、
ちょっとどころじゃなく、無理がある
彼方「す、少し落ち着こう? ね〜?」
しずく「……はい」 しずくちゃんは頷いてくれたけれど、しょんぼりとして
胸元に手を当てながら、やや乗り出し気味だった姿勢を正して……溜息をつく。
これ見よがしに……なんて、思っちゃう。
しずく「すみません、焦りました」
彼方「う、ううん……良いけど……」
しずく「でも、そうなんですよね?」
しずく「私たちって、普通はそういう風になるものなんですよね?」
彼方「ん〜……そうだねぇ」
世界的にはだんだんと許されるような場所も出始めているけれど、
こっちでは別にそんなこともないし、
世界や国がどうこう言っていたって、
自分の周囲が認めるかどうかはまた別の話だ。
しずく「……だからこそ " 彼女 " は命を断った」
しずく「そう考えると、順風満帆に見えたのに死んでしまった。というのも分かる気がします」 虐められているとか、
表立って何か大きな問題に直面しているとかでもなく、
ごく普通に幸せそうにしていて
これからも何の問題も無く幸せになれそうに見えた彼女が、
不意に……仲の良かった友人と心中する。
その裏には……彼女達にしか分からない苦悩があったとしたら……。
そう、たとえば
世間的には許される事ではない何かを、していた。したかった。
そうなのだとしたら?
しずくちゃんはそこに行きついたのか、
少し、苦しそうな顔をする。
しずく「彼方さんを好きになって、愛していて」
しずく「今ここでキスをするような間柄だったとして」
しずく「私達にとってはただのスキンシップ。心の伝達」
しずく「でも、他人に見られたら大変な事になってしまう……そんな、心的負荷を抱え込んでいたのなら……」
しずくちゃんは小さく息を吐くと
ゆっくりと私を見つめながら……私の手に、手を重ね合わせてくる
しずく「……好きです、彼方さん」 彼方「し、しずくちゃん……」
演技か、本心か。
しずくちゃんの瞳は、真に迫っているように見える
さっきまでの空気もあるからなのか……私も必要以上にドキドキしちゃってる……
演技、だよね?
そう聞きたいけれど……本心だったら?
そんな疑念が、言葉を奪い去っていく。
だって、もししずくちゃんが本心で言っていたら
私のそれは、酷く傷つけることになっちゃう……。
彼方「っ……」
しずく「すみません、そんな顔……させるつもりでは」 しずくちゃんは薄く、
切な気な笑みを浮かべながら……私の頬に触れる
小さな手は優しくて、温かい。
しずく「……今の心的には、本気で告白しました」
彼方「しずくちゃん……」
しずく「でも、良いんです」
しずく「私も。とか、付き合おうとか……」
しずく「そう言われちゃったら……どうしたらいいか、分かりませんし……」
おどけた笑みを形作っていくしずくちゃんの表情
本当に、本気で言ってくれたと信じさせるその想い
応えてあげられなかったのが……少し申し訳なくて
胸が痛い……けど、でも、だって……。
彼方「ぁ……」
――あぁ、これが " 彼女達の心 " なのかと、思う。
彼方「……ごめんね」
しずく「いえっ、そんな……役の心を理解したい。ただそれだけの話ですから」
しずく「本気で恋愛をするなんて……流石に、ちょっとどうかしちゃってますよ」 彼方「そうだねぇ……どうかしちゃってるかも」
しずく「……だから、答えて貰えなくて良かったです」
しずく「すみません……変な空気にしちゃって」
しずくちゃんは申し訳なさそうに言うと、
脇に避けていた自分の弁当箱を取って、膝の上に置く
お昼休みになってからそれなりに時間が経っていて、
もう、そんなに残っていない気がする……
食べきることは、出来るかな?
しずく「……でも、そうですね」
しずく「彼女はいつも、こんな気持ちだったのかもしれません」
しずく「こんなにも近くにいて、触れ合うこともできるのに」
しずく「それが過ちだとされているだけで……果てしなく遠く感じる」
しずく「これじゃ……彼女は幸せになんてなれるはずがありません」 しずく「……ならせめて、いずれ別つ死によって繋がろうと」
しずく「心中を選んでしまう……その気持ちが……」
しずくちゃんは、膝の上のお弁当の包みを解くような素振りさえなく
小さな独り言のように呟き続ける。
それはとても普通とは言い難くて
何か……危ない気がして
彼方「しずくちゃんっ」
しずく「っ」
彼方「しずくちゃん。止めた方が良いよ」
彼方「それ以上役にのめり込んだら……本当に心中したくなっちゃうよ……?」
声をかけながら体を揺さぶって、私に意識を向けさせる。
しずくちゃんは本気で取り組もうとしてる
女優なら出来て当たり前の事だって言ってたけれど
没入してしまうのは……違う気がする。
しずく「……止める、なんて……出来ません……」 でも、しずくちゃんは首を振る。
拒否して……辛そうに笑って見せて……はっとして
そうしてまた、ごめんなさいって口にする。
しずく「えぇっと……演劇ですよ?」
しずく「演劇を止めたくないのであって、その……彼方さんとの恋は……」
彼方「そうじゃなくてっ、いやそれもそうなんだけど〜」
彼方「彼女にのめり込んじゃダメだって言ってるんだよ〜……」
彼方「しずくちゃん、真面目だから……少し、危ない感じがする」
遠回しに言ったってしょうがない
だから、率直に言う
彼方「あくまでしずくちゃんはしずくちゃんで、彼女は彼女なんだから」
彼方「……間違っちゃ、ダメだよ〜?」 しずく「頭では分かってます」
しずく「でも、もう一歩踏み込まないといけない……そんな気がしてならないんです」
彼方「ダメだよ」
しずく「あと少し……だって、今このままだと」
しずく「私は彼方さんと心中なんて出来ない……」
彼方「出来ちゃダメなんだってっ!」
鬼気迫る感じのしずくちゃんを前にして
流石に、声を張り上げちゃったけれど……
しずくちゃんは驚く様子も見せずに、ただただ……悲しそうな顔を見せた
しずく「でもそれでは、中途半端になってしまいます……」
彼方「う〜……」
彼方「それは妥協って言うんだよ〜」
必要な事だから。なんて言ってみたけれど
しずくちゃんは頷かない
しずく「やっぱり、キスしてください」
彼方「えぇっ?」
しずく「させてくれてもいいです……それで、今回の件は妥協しますから」 彼方「妥協ねぇ……」
なんだか、しずくちゃんに弄ばれているような気がする
でも、心中云々は本当に演技のことだったし、
今のしずくちゃんの状態だって、おふざけで言ってるわけじゃなくて
本気で、そうなっちゃってるのかもしれない。
うぅ〜ん……それはそれで不味いような気もするけど
もしそうなら、私のこと考えてみて。なんて言った私の責任だし……。
しずくちゃんをこのままにするよりは、
責任とって、一回キスしちゃうべきかもしれない。
でも、それが決定打になって
しずくちゃんをダメな子にしちゃうかもしれない。
彼方「本当に、キス一回で大丈夫になれる?」
しずく「……なれると、思います」 彼方「ん〜……」
彼方「んん〜……っ」
生か死かなんて極論を言うわけじゃないけれど
でも、このたった一回が及ぼす影響はきっと大きい
彼方「本気になっちゃったりしない?」
しずく「……もう、本気です」
彼方「………」
しずく「本気じゃなければ、二回もキスしたいなんて言えません」
しずくちゃんは笑いながら言うけれど、冗談じゃない
一回目なら、冗談で終わる
でも、これはしずくちゃんが言うように二回目だから。
胸に手を当てているしずくちゃんの求めるような表情
ドキドキしちゃいけないのに……しちゃいそうになる 彼方「ダメだよ……しずくちゃん……」
しずく「でも……ドキドキしちゃって……」
彼方「………」
時間がどんどん、流れていく。
昼休み特有の校内外から聞こえて来る虹ヶ咲生徒の活気
けれど、
私達の空気は穏やかじゃない
キスをしたら、後戻りは出来ないって言ったのに。
なのにしずくちゃんはキスがしたいって言う
ダメだって分かってるのに……私は。
彼方「足を触るのとはわけが違うんだよ〜?」
しずく「分かってます」
彼方「ダメな事なんだよ?」
しずく「分かってます」
彼方「………」
彼方「……一回だけ。だからね?」
しずく「はい」 しちゃだめだけど……
したらいろんなことが変わっていっちゃうことだって分かってるけれど
でも、だけど。
しずく「彼方さんからで、いいですか?」
彼方「うん、大丈夫」
そういう気持ちを込めたキスなんて、未経験
それでも私が先輩でしずくちゃんが後輩だから。
キスは、私からする。
なんて――ただの見栄っ張り
ううん、わがまま。
彼方「見られたら……大変な事になっちゃうよ?」
しずく「そうですね……」
このどきどきは、それが理由かもしれない。
だとしても……関係はなくて。
ゆっくりと、しずくちゃんと唇を重ねた。 しずく「ん……っ……」
彼方「っ」
ほんの数秒程度のキス
運よく、誰も通ることはなくて……見られなかったけれど
でも、胸の奥の高鳴りは止まってくれない
彼方「ふ……」
しずく「……温かい、ですね」
彼方「ん……」
名残を惜しむ声で呟いたしずくちゃんは
指先で自分の唇をなぞって、小さな笑みを浮かべる
なんだか、ちょっぴり煽情的に見えちゃうのは……キスのせいだよね? しずく「……彼方さん、好きです」
彼方「っ……だ、ダメだってば……」
しずく「……周りがなんて言おうと関係ないです」
しずく「今みたいに、こっそり付き合っていけばいいじゃないですか」 彼方「こっそりって……」
確かに、今日みたいに隠れてこっそり付き合っていけば
同性が云々なんて問題は気にしなくていいのかもしれない
でも、それは結局
自分たちが悪いことをしていると言っているようなもので、
言葉にはしなくても
互いを想い合うことを良くないと認識していかなければならないということになる
そんなのは……やっぱり、辛い。
彼方「ダメだよ……」
しずく「……」
しずく「そう、ですよね……」
しずくちゃんは笑う
凄く、悲しそうに笑う
やめて……やめてよ……
しずくちゃん……っ……
しずく「わた――」
彼方「そういうの、狡いよっ」 彼方「そんな、自分だけが傷ついてますみたいな……」
彼方「自分が我慢したらいいみたいな……笑い方……」
彼方「狡いよ……しずくちゃん」
しずく「そんなつもりはっ!」
彼方「ない? 無いなら、どうしてそんな顔するの?」
彼方「……私だって……こんな……」
何を言ってるのか分からない
ううん、何言ってるのかは分かってる。
けれど、どうしてだろう……変な感じがする。
ダメだと分かっていても……言ってしまえって……
彼方「ダメだったんだよ……キスなんて……」
しずく「っ……」
恋を出来るかどうかなんて考えながら、私達はキスをした。
したらいけなかったのに、してしまった。
私達は――彼女達になってしまった。 しずく「……こんな、気持ちだったんでしょうか」
しずく「したいのに、しちゃダメだって」
しずく「彼女も、その友人も」
しずく「ずっと……こんな気持ちでいたから、心中しちゃったんんでしょうか?」
彼方「だったら、私達も心中したくなるんじゃないのかな……」
彼方「……今結ばれることがないなら、せめて次は……せめて死後の世界では」
彼方「そんなことを彼女達が考えたなら……私達も」
その可能性はあるし、
もしもそうなら、私達はいずれ心中することになる。
……いやいや、ない。よね?
しずく「大丈夫ですよ。彼方さんには遥さんがいるじゃないですか」
しずく「彼女には友人しかいなかった」
しずく「だから、心中を躊躇う必要がなかったんです」
しずく「私も彼方さんも私達だけじゃない以上、そう陥ることは万に一つあり得ませんよ」 お昼終了数分前を知らせる鐘がなる
お弁当を一口も食べていないのに、
不思議と空腹を感じることはなくて……
しずく「心中……したくなる気持ちは分かったので、大丈夫です」
彼方「大丈夫って」
大丈夫って、何が?
その気持ちが分かったから……なに?
私のその疑問が解消されないまま、
しずくちゃんはお弁当が食べられなかったことを申し訳なさそうにして。
しずく「戻りましょう……」
彼方「……そう、だね……」
授業をさぼるわけにもいかなくて……私達は別れた ――――――
―――
その日以降、
しずくちゃんが「心中しませんか?」なんて言ってくることはなくなった
それどころか、私に近づいてくるような事も無くなって
私から距離を詰めようとすると……思い出したように離れていく。
かすみちゃん達も、
流石に何かがあったと察して関わってくるようになったけれど
しずくちゃんは何も答えてはくれないらしくて。
――だから、捕まえることにした。
彼方「しずくちゃん!」
しずく「ぁっ……」
しずくちゃんが確実にいる時間を狙って……
しずくちゃんの教室で、声を張り上げる
彼方「付き合って……くれるよね〜?」
お弁当箱の入った包みを掲げて見せると
しずくちゃんは凄く躊躇う様子を見せて……
そうして諦めたのか、小さく頷いてくれた しずく「あの……彼方さん……」
彼方「ダメ」
しずく「に、逃げたりしませんから……」
彼方「絶対ダメ」
しずく「でも……」
彼方「別に普通のことだよ〜」
しずくちゃんの手を握って、強引に引っ張って連れていく
横切る人達が見てくるけれど、関係ない
手を繋ぐなんて別に普通
連れていくのだって別におかしなことじゃない
彼方「……約2週間」
彼方「しずくちゃんが、私を避け続けた」
彼方「だから絶対に放さないよ〜」
しずく「……彼方さん……」 最後に私達が変な関係を紡いでしまった場所
そのベンチに隣あって座ると、しずくちゃんは露骨に距離を取る
彼方「……膝枕してくれるのかな〜?」
しずく「ダメです」
しずくちゃんは即答すると、
自分の膝の上にお弁当箱を乗せる。
私の頭を置く場所なんてないとでもいうかのような素振りに
ちょっぴりむっとしちゃう……。
しずく「……避けてすみません」
しずくちゃんは弁当箱を開けることなく、切り出す。
しずく「でも……ダメだと思って……」
彼方「ダメ?」
しずく「あれから……忘れられないんです」
しずく「彼方さんとしてしまったキスの感触が」
しずく「……ペットボトルに口をつけても、お箸に口をつけても」
しずく「あの時の感覚が浮かんできちゃって……ドキドキして」
しずく「夢にまで見ちゃうこともあって……」
しずくちゃんはとめどなくあふれ出す心を打ち明けるように並べ立てて
そうして……俯いてしまう
しずく「……本気に……なりたいって、思ってしまって……」 しずくちゃんは絞り出して、黙り込む
彼方「しずくちゃん……」
今にも泣いてしまいそうなしずくちゃんの雰囲気
演技ならいいけれど……でも、
2週間もの時間が演技なわけはなくて。
しずく「……彼方さんは、私のこと好きですか?」
彼方「好きだけど……」
しずく「だけど……そういうのじゃない。ですか?」
彼方「………」
私もしずくちゃんのように一歩踏み込んでしまった
キスの感触を思いださなったと言えば嘘になるし
あれを忘れられたなんて、口が裂けたって言えることじゃない
彼方「ダメ、だよ……ダメなんだよ。しずくちゃん」 しずく「っ……だったら、だったら、本当に……っ」
彼方「それは出来ないよ……」
しずく「……一緒に、死ぬことはできませんか?」
二度は言わずに、首を横に振る。
私には遥ちゃんがいる。
しずくちゃんじゃなくても、
誰とだって……心中する事なんて出来ない
しずくちゃんもそれが分かっているからだろう
そうですよね。と、小さく笑う
しずく「……なら、みんなには秘密にして交際して貰うことは出来ませんか?」
しずく「私……もう、忘れられないんです……」 彼方「しずくちゃん、ダメだってば……っ」
しずくちゃんが止まれないなんてもう分かり切っている
俯いて見えない顔がどうなっているかなんて……分かっちゃってる
でも、言わなければいけないと思った。
何かの契約における
同意するかしないかの読ませる気を感じない長々と書かれた利用規約のような……
そんな、義務感めいたものだから。
しずく「ごめんなさい……でも、好きです」
しずく「好きになっちゃったんです……性的に」
身体と、唇の接触
あの日の軽はずみな行為が……作り出した関係
ううん、あれが完全なものとしてしまった想い
無垢なしずくちゃんを歪ませてしまったこと。
――だから。
彼方「………」
彼方「……絶対に、外には出さないって約束できる?」
しずく「……この苦しさをどうにかできるなら、何だって!」
しずくちゃんは自分の胸に手を当てて、顔をあげる
辛さと苦しさの入り混じった表情
瞳には涙が浮かんでいた
彼方「じゃぁ……こっそり、付き合おっか」
彼方「誰かに知られちゃったら……大変な事になっちゃうから、秘密だよ〜?」
心中出来るようになるかどうかって話しだったはずなのに
心中に隠しておけるかなんて話しになるなんて。
しずく「……大丈夫ですっ」 しずくちゃんは嬉しそうに言うと、
自分の弁当を抱えるようにして、脇へと除ける
しずく「……私、彼女が無理心中したんじゃないかって思うんです」
どうして? なんて言わなくても良い
聞かなくたって、分かる
しずくちゃんは……
彼方「私と無理心中することを考えたんだよねぇ?」
しずく「……すみません」
しずく「少しだけ、考えました」
しずく「……彼女も、彼女の友人も、主人公さえも」
しずく「この演劇の中の登場人物は、みんなが幸せではなかった。って、聞きました」
しずく「でも、もういいんです」
しずく「……いいんですよね? 心中を、考えなくても」 これはきっと間違ってる
やってはいけないことをやってしまったと思う
でも、今更止まることはできなくて
私としずくちゃんは関係を紡いでしまった。
とても、歪なものを。
彼方「大丈夫、必要ないよ〜」
しずく「……良かったです」
そう言うしずくちゃんには
何か、触れてはいけない危うさが感じられる。
しずく「……彼方さん、好きです」
しずく「一緒に死んでもいいくらいに……」
しずくちゃんは笑顔で言う。
彼方「しずくちゃん……」
心中して死ぬ少女の役
もしかしたら、それに没入してしまったのかもしれない。
彼方「……うん。ありがと」
その想いが嬉しいと感じられる……私のように。 case.6:しずくと心中(演劇) 終了
ヒストリ
case1.果林 (洋服選び 5-32)
case2.璃奈 (菓子作り 45-102)
case3.歩夢 (クソゲー 118-151)
case4.菜々 (お勉強会 172-206)
case5.侑 (クリスマスデート 213-264)
case6.しずく(心中演技 275-341) このままだと二人が本当に心中する内容になりかねないので終了。
次のcaseは明日 乙乙
めっちゃ良かった
やっぱりかなしずが好きだなぁ なんだこの…良い…
でもイチャラブがやっぱり見たい… 乙乙良かった
かなしずって二人とも文系でなおかつ頭良いから文学的なssも書きやすいよね 3、かすみ
5、愛
7、エマ
9、遥
>>355 キャラクターセレクト(上の1〜0からのみ)
>>357 内容選択(自由)
※注意事項
全て彼方との組み合わせ 年始年末にこのご時世で帰国できなくなったエマちゃんが彼方ちゃん宅へお泊まりに行く(少なくとも2泊3日以上で) 当たり前のように出来ていたことが、出来なくなった時代
これからというスクールアイドル同好会の活動も自粛しなければいけなくなって
東雲や藤黄が9人グループのために控えなければいけない中
ソロでやっていたことが功を奏して……とはあまり言いたくはないけれど
そのおかげで、私達は細々と活動を続けることが出来ていた1年
それも終わりを迎えようとしていた頃に……その問題が起こった。
侑「えっ……果林さん地元帰るの!?」
果林「ええ……私は大丈夫って言ったのだけど」
果林「都内の何が大丈夫なのって……戻ってくるように言われちゃって」
果林ちゃんは困ったように言って、新幹線のチケットを見せる
すでに予約購入されたらしいそれは、両親が送って来たものかな
果林「そういうわけで……年末年始は一緒には居られないわ」
エマ「そう、だよね」
エマ「大丈夫だよ〜……一人でも」 私達は元々家から通っているから問題はないけれど、
果林ちゃんとエマちゃんの二人は寮暮らし。
生活する場所があるから、
問題があるかないかで言えば無いんだけど……でも。
エマちゃんは私と同じ高校三年生
実家であるスイスに戻ることが出来ないのを含まなくても
独りぼっちで寮生活というのは寂しいと思う。
彼方「それなら、エマちゃん年末年始だけウチに来る?」
エマ「えっ……悪いよ〜」
彼方「でも、私のところも遥ちゃんと二人だけになりそうなんだよね……」
私のお母さんは仕事の都合上、家に帰ってくることが出来ない。
というのも、
感染リスクの軽減のためにと会社が用意した社宅があり、
お母さんの同僚含めて殆どの人がそこで生活するようにしていて……
お母さんも、そこで過ごす予定らしい。
実家に戻れないわけではないけれど、
戻る場合は、
休み明けに感染していないことの確認取れるまで、仕事に復帰させて貰えないとのことなので
仕方がない。って言ってた
彼方「部屋は余るから、どうかなって……」
エマ「でも……迷惑にならないかな……」
彼方「二人分のおせちじゃ寂しいから3人分作らせてほしいな〜」
彼方「遥ちゃんも、二人だと寂しいねって言ってたから」
彼方「エマちゃんが一緒に年越ししてくれると嬉しいかなぁ……」 これは楽しみ
(中々に取り扱いにくそうなシチューにしてしまって申し訳ない…) 甘えるような声と、ちらちらアピール。
何か世話の大変な子供ならともかく、
エマちゃんだったら絶対にそんなことはないから、
迷惑なんてとんでもない。
エマ「ん〜……ほんとに?」
彼方「ほんとほんと〜」
かすみ「もしあれなら、かすみんが――」
果林「かすみちゃんは過ごす家族がいるでしょう?」
かすみちゃんの頬を摘まんで黙らせる果林ちゃん
二人を見て笑うエマちゃんはちょっぴり申し訳なさそう
エマ「じゃぁ……遥ちゃんが良いって言ってくれたら。お邪魔させて貰おうかな〜」
彼方「じゃぁ、確認してみよっか〜」
手っ取り早く、お電話で。
遥『えっ!? ほんと! 私は全然いいよっ!』
大興奮の二つ返事
この勢いにはエマちゃんも「ありがとう」と笑顔だった エマ「……あ、彼方ちゃん」
彼方「ん〜?」
ソファでゆったり膝枕をして貰う私に振ってくる声
エマちゃんの手にある雑誌にはおせち特集なるものがあって
それを見ているに違いないと、勝手に思う。
彼方「なぁに〜?」 エマ「おせちって、彼方ちゃんが作るの?」
彼方「そうだよ〜いつも手作りしてる」
エマ「……そっか」
ちょっぴり曇るエマちゃん。
作らせてって言ったから、
エマちゃんも分かってたはずだけど……心配があるのかな?
……気にしなくても、良いのに。
彼方「大丈夫だよ〜」
エマ「ううん、私も食べてみたいのがあって……」
エマ「だから、お買い物一緒に行かせて貰えないかなって……」
彼方「なるほど……」
エマちゃんはきっと、
お金のことを考えてくれてるんだと思う。
本当に気にしなくていいけれど
でも、エマちゃんの罪悪感を大きくさせちゃうよりはいいかな……
彼方「分かった。じゃぁ今度買いに行こうよ」
彼方「ギリギリに行くと混むから」
彼方「少し早いけど……明後日とか」
エマ「うんっ」 おせち料理は自分で作らない方が安く済むのもあるにはあるけど
でも、せっかくだから作りたい彼方ちゃん心
そのために、一年間おせち貯金してたりするし。
普通の貯金に加えて、おせち貯金、お遊び貯金とかとかとか。
用途別に貯金してるから、大丈夫。
エマ「このローストビーフって」
彼方「作れるよ〜」
エマ「海老のは?」
彼方「作れま〜す」
エマ「黒豆も?」
彼方「任せて〜」
エマ「……年越しそばも〜?」
彼方「麺は打たないかなぁ……」
エマ「えへへ〜だよね〜」 エマ「彼方ちゃんなら、作れそうな気がしちゃったよ〜」
彼方「えへへ〜」
作れるか作れないかで言えば、作ることは出来る
もちろん、麺から。
でも、流石におせちと年越しそばの両方はちょっぴり難しいから、
おせちを作って、おそばは出来てる麺を使う。
お汁は変わらず作るけど。
でも……
彼方「エマちゃんが作って欲しいなら、彼方ちゃんが頑張っちゃうよ〜?」
エマ「大変じゃない?」
彼方「ん〜それなりかなぁ?」
彼方「……そうだ。一緒に作ってみる〜?」
彼方「せっかくだから、三人で」 エマ「私と、彼方ちゃんと遥ちゃんで?」
彼方「うん……そう」
彼方「エマちゃんも私も高校最後の年末でしょ〜?」
彼方「なのに……こんなことになっちゃって」
誰が悪いなんて言うつもりはないけれど
でも、もっといろんな事が出来たはずの学生生活が潰れてしまったのは事実で
だから、せめて。
彼方「せっかくだから……思い出、作ろ〜?」
エマ「彼方ちゃん……」
彼方「えへへ〜」
地方から来ている果林ちゃんさえ、
日本国内にいるから会いたければ……会おうと思えば会える
でもエマちゃんはそう簡単じゃないから。
彼方「一緒に年越しそば作って、食べて、初詣行って……」
彼方「あぁ、初日の出も見ようよ〜」
エマ「彼方ちゃん起きられる〜?」
彼方「起きるよ〜」
いっつも、遥ちゃんに寝ちゃってたね。って、
笑われちゃうんだけどねぇ。 エマ「でも、初詣……行けるのかな」
彼方「そうだねぇ」
大きな神社に関しては、開門……って言ったらいいのかな?
参拝に行ける場所が普通にあるけれど、
通行規制や人数制限があったり、
今までのように簡単にすることは出来なかったりする訳で。
出来る限り……三箇日は避けてってサイトにも出ていたりするし。
彼方「場所によってはね〜公式のサイトで参道とかの映像が見れるみたいなんだよね〜」
彼方「それで確認して……人が少なそうだったら行くって言うのもありかも」
エマ「へ〜そう言うのもあるんだね〜」
彼方「あるんだよ〜」
私も、遥ちゃんとの話で知ったんだけどね 初詣はどうしようか。
ここはどうだろうとか、
こんな風になってるんだよとか。
少し距離のある大きな神社や、
比較的近くにある神社とか。
部室にあるパソコンを使って、
初詣とかの事を調べて……エマちゃんと盛り上がる。
調べるだけでも、誰かとしていると……楽しい
エマ「見て見て彼方ちゃん、この神社〜」
彼方「おぉ〜ヴァーチャル参拝……?」
エマ「おみくじ引けるみたいだよ〜」
彼方「今日引いちゃうの〜?」
エマ「引いてみようよ〜」
彼方「え〜」
彼方「凶引いちゃうかもしれないよ〜? 今日だけに〜」
エマ「ん〜……せめて吉が良いな〜」
彼方「そうだね〜」
侑ちゃんか愛ちゃんなら、反応してくれたかな?
まぁ、エマちゃんが楽しそうなら別にいいけどねぇ
そんな気持ちで引いたおみくじ
彼方「あっ……大吉」
エマ「ほんとだ〜凄いね〜」
彼方「……我儘になったりすると運気を追い出しちゃうって」
エマ「でも、願い事は叶うって書いてあるよ〜?」
エマ「他人のことばに迷わされてはいけません。だって〜」
神様を他人って言っちゃっていいのかなぁ?
でも、エマちゃんが言うなら、良いのかな? エマ「あっ、でも私の言葉も他人だね〜」
彼方「じゃぁ今だけ、私の家族〜」
おふざけで言いながら身体を寄せると、
エマちゃんも私の方に身体を寄せてくる
私よりも大きな……立派な体。
簡単に押し倒されちゃいそうな……力強さを感じる
彼方「ヴェルデ彼方だよ〜」
エマ「えへへ〜じゃぁ〜……」
エマ「近江エマだよ〜」
仕返しとでも言うかのように、エマちゃんはいい返してくる
笑み交じりの柔らかい声
エマちゃんらしい、楽しそうな声。
彼方「このえま〜」
エマ「このえま〜」
冗談で言うと、エマちゃんも乗ってきて。
なんだかちょっぴり語呂が良い。
なんていうか、舌触り?
語感が良いなぁなんて……二人でハモってみたり。
彼方「このえまヴェルデ彼方〜」
エマ「ふふっ、なんかもうすごいね〜」
約束の日まで、まだ数日。
でも、その日のための時間から……とっても楽しかった。 ――――――
―――
そうして、30日
エマちゃんが私たちの家にやってきた。
というか……連れてきた。
彼方「じゃじゃ〜ん、エマちゃんで〜す」
エマ「遥ちゃん、久しぶりだね〜」
遥「お久しぶりです……エマさん」
遥「いつもお姉ちゃんがお世話になってます」
エマ「ううん、私もいつもお姉さんにお世話になってます」
エマ「あっ、これ」
エマ「マカロン作ってきたから食べて食べて〜」
遥「わぁ〜……ありがとうございますっ」
お母さんがいない分、エマちゃんが来た近江家
いつもよりも賑やかで
遥ちゃんもすっごく楽しそう
彼方「まぁまぁ、まずは上がって上がって〜」 案内するほどでもない、私たちの生活する家の間取り。
それでも楽しそうに案内する遥ちゃんと、
それでも嬉しそうにしてくれるエマちゃん。
微笑ましい二人のやり取りを見つめる私は、
ちょっぴりお母さんな感じ。
なんて。
娘を持つってこういうことなのかな
娘が彼氏とか連れてきたら……いや、それは全然違うよねぇ
遥「……お姉ちゃんお姉ちゃん」
彼方「ん〜?」
遥「私の彼氏、紹介するねっ」
彼方「んん゛っ!?」
遥「エマくんだよ」
エマ「どーも〜彼氏やってま〜す」
彼方「………」
彼方「無理があるかなぁ……」 エマちゃんが来てることを知らなければもうちょっと驚いたかもしれないけど
でも、知ってるから大丈夫。うん……
お茶が肺に流れた気がするけど……うん。
遥「そっか〜……残念」
エマ「やっぱり無茶だったね〜」
遥「でも、ちょっとビックリしたでしょ?」
彼方「ん……ん゛ん゛……ちょっとね。ちょっと」
遥「お姉ちゃん、なんか笑ってたから……驚かせようと思って」
遥「えへへ〜」
エマ「えへへ〜」
彼方「ん……ゴクッ」
お茶を一口飲んで、息をつく
いぇーい。なんて、ハイタッチする二人
全く、やってくれるなぁなんて思いつつ、
本当に遥ちゃんに彼氏が出来たらどうなっちゃうんだろう。って不安になっちゃう。
彼方「……今度、私の彼氏も紹介してあげるからね〜」
遥「え〜? 止めてよ〜」
容姿的に……果林ちゃんとか。
エマ「果林ちゃんかな〜?」
彼方「ち、違うよ〜」
かすみちゃんにしようかな。うん……
背が低い系男子もありだと思う。 遥「お姉ちゃんに本当に彼氏が出来てたら、私ショックで倒れちゃうかも」
彼方「彼方ちゃんだって血を吐くかもしれないから」
彼方「事前に教えてね〜」
遥「え〜?」
エマ「でも、確かに妹や弟に恋人が出来たーってなるのは」
エマ「ちょっと不安になったりするよね〜」
彼方「ね〜」
遥「そうなんだ……私は妹じゃなくてお姉ちゃんだからなぁ」
遥「でも、それでも不安になるんだから」
遥「見つけるなら、いい人にしてね」
今はまだいないこと前提な遥ちゃんのお言葉。
遥「エマさんも……いい人見つけてくださいね」
エマ「じゃぁ〜……私のお付き合いしてる彼方ちゃんだよ〜」
彼方「わわっ……」
身体を引っ張られて、寄せられて
抱かれるような形になっちゃう
私の抵抗力なんて、エマちゃんの前では役に立たないみたい
遥「エマお姉ちゃん。ですねっ」
彼方「ありなの〜?」
遥「エマさんだったら……うん、いいと思うよ?」
女の子同士だけどね〜
なんて、野暮なことは言わないでおいた。 エマ「ねぇ彼方ちゃん、今日のうちにやっておくこととかってある〜?」
彼方「そうだねぇ……食材とかはもう用意してあるし」
彼方「大掃除だって、もう済ませちゃったからなぁ……」
遥「おせち作りは?」
彼方「明日かな……仕込みはやるけど」
エマ「おそば作りは?」
彼方「それも明日かな〜」
彼方「………」
彼方「でも、練習で作ってみる〜?」
明日ぶっつけ本番っていうのも思い出にはなるだろうけれど
せっかくなら、完璧とはいかなくても成功させたいよね。
そう思って聞いてみると、
二人は顔を見合わせて、頷いた
遥「やってみたい」
エマ「うんっ、私も〜」
彼方「いいねぇ。じゃぁ、やってみよっか〜」 彼方ちゃんに彼氏、遥ちゃんに彼氏
どっちにしろ再起不能になるダメージ受けるわ… 追いついてしまった
心中caseめっちゃよかった……おせちも期待 彼方「そば粉、中力粉、水」
彼方「材料は以上だよ〜」
エマ「それだけなんだ……」
彼方「うん。中力粉じゃなくて強力粉でもいいらしいけどね」
彼方「エマちゃんどうしたい?」
彼方「弾力が欲しければ、強がいいけど」
作る難しさは、さほど変わりがない
もちろん、ちょっと力が必要になったりはするけれど
エマちゃんなら誤差でいいだろうし。
エマ「遥ちゃんは?」
遥「私はお姉ちゃんの指示に従っておきます……自信がないので」
エマ「私も自信ないけど……」
エマ「遥ちゃんがそっちなら、変えてみてもいいかな?」
エマ「食べ比べしてみたい」
彼方「良いよ良いよ〜やってみよう〜」 物凄く簡単に言っちゃえば
お蕎麦は混ぜて、こねて、切るってだけの調理
もちろん、
その一つ一つがまた細かくて……大変で
だから簡単に言えるけど簡単じゃない。
彼方「まずはそば粉と小麦粉をふるって」
彼方「混ぜながら……水を全部入れちゃっていいよ〜」
遥「全部入れちゃっていいの?」
彼方「いいよ〜」
元々、必要な量の半分しか用意してなかったり。
後で追加する分は、その時に用意したらいいからね。
エマ「粉だね〜」
遥「……お姉ちゃん、これどのくらい混ぜてればいいの?」
彼方「いい感じに混ざるまでかな〜」
まだまだそんなに力は必要ない
一生懸命に手を動かすエマちゃんと遥ちゃんの二人の状況を見ながら、
私も合わせて作っておく
私は遥ちゃんと同じ中力粉……で、二八の予定。 いい感じに混ざってきたら、また水を入れる
入れすぎないように、水の準備は私がしておく
遥「んっ……んっ……」
彼方「大丈夫〜?」
遥「うん……」
エマ「ずっと手を動かしてると、痛くなってくるね〜」
彼方「そうだねぇ……」
これを何度もできる職人さんは、本当にすごい
遥「はぁ……左手でやる〜」
彼方「頑張れ〜」 一生懸命に頑張る遥ちゃんを差し置いて、
エマちゃんの方は次の段階に進めそうな感じにまでなってきてる
遥ちゃんに比べて、
エマちゃんの方が力強くて手が早いからかなぁ?
エマ「彼方ちゃん、どう〜?」
彼方「いい感じだね〜そのままやっていこ〜」
遥「……うぅ」
エマ「私の方が力があるからね〜、頑張って〜」
遥「が、頑張ります……」
エマちゃんに追い抜かれていく事に落胆する遥ちゃん
宥めるエマちゃんはそれでもしっかりと手を動かしていって
粉だったものが次第に小さな塊になっていく
彼方「ん……」
私の方もあと少し
遥ちゃんも、あとちょっとかな 粉っぽさがなくなってきたら次の工程
押し込むように練りこんでいく
ここから、また少し力が必要になっていくんだけど……
エマちゃんは余裕そうだね
遥ちゃんは、ちょっと辛いかな?
エマ「んっ……と」
遥「……んんんっ」
一生懸命に、練り込んでいく二人
上から下へと力をかけてるエマちゃん
やや斜めにねじ込む形になってる遥ちゃん
お菓子を作れるかどうかの差もあるかな〜?
彼方「遥ちゃん、この台つかおっか」
遥「ん……うん」
エマ「……んっ……しょっ」
エマ「んっしょ……」
エマちゃん、楽しそう そんな風に少しずつお蕎麦を作り上げていく
こね終わりが近づくと、
生地は滑らかになってペタペタな感じになる
クッキーとはまた全然違う生地感に、
遥ちゃんもエマちゃんも物珍しそうに手で触る……
彼方「少し休憩だよ〜」
彼方「ビニール袋に入れて少し寝かせようか」
遥「やったぁ〜……」
エマ「どのくらい? 1時間?」
彼方「長くて10分かな〜」
遥「ふぅ……」
お疲れ様、遥ちゃん
まだ終わりじゃないけどねぇ〜 それからまた時間をかけて
打ち粉……今回はそのままそば粉を使って
延ばしたり、折ったり、畳んだり
そうしてまた延ばしたりと……繰り返して。
ようやく、切る作業。
遥「私が切っていいの?」
彼方「大丈夫だよ〜見てるからねぇ〜」
エマ「彼方ちゃん私も見て〜」
彼方「エマちゃん、おでこに粉がついてるよ〜」
エマ「えぇっ!?」
三人で、お蕎麦作り体験
遥ちゃんも、料理がまだ苦手な中で上手にできてるようには見える
板を使っても斜めになってたりするのは、ご愛嬌〜
そのくらいなら、全然平気〜 乙
近江家泊まりだから仕方がないけどエマより遥が目立っちゃってるな
謎の最低2泊3日のせいで長くなりそう エマ「おそば作るのって大変なんだね〜」
彼方「そうだねぇ……」
鍋でお蕎麦をゆでながら……一息
ここまで来たら、あとはもう簡単
エマ「でも、彼方ちゃんは作れるんだよね〜?」
彼方「一通りの物は作れるようになったってだけだよ〜」
彼方「やっぱり……遥ちゃんが食べたいって言ったものを作ってあげたいから」
別にお蕎麦を作れるようになる必要は無かったとは思うけれど
そういうものも作れるようになっていたほうが、便利……
便利……?
便利とは言えないかもしれないけど、いいかなって。
エマ「彼方ちゃんはほんと、遥ちゃんが大好きだね〜」
彼方「エマちゃんだって、妹たちが大事でしょ〜?」
エマ「そうだね〜」 ほんわかとしたエマちゃんの声は、ちょっぴり眠くなる
でも、調理中だからと我慢して……小さくあくび
エマ「彼方ちゃん、眠い〜?」
彼方「眠くなってきちゃうかも〜」
エマ「食べ終わって洗い物とか終わったら、膝枕する〜?」
彼方「遥ちゃんがいるからねぇ……」
エマ「そっかぁ……」
少し残念そうなエマちゃん
膝枕はエマちゃんも喜んでしてくれてるし
したいのかもしれないけど……
遥ちゃんがいるし……。
でも、知られちゃってるから。
彼方「じゃぁ、お願いしようかな〜」
エマ「えへへ〜お泊りさせてくれるお礼だよ〜」
彼方「わ〜い」 遥ちゃんが傍にいないのを良いことに、ちょっぴり甘え声
部屋から戻ってきそうな気配を感じて軽く咳払い
彼方「そろそろいいかな〜」
蕎麦を鍋からあげて、用意しておいた冷水に晒す
彼方「今日は、ざるそばにしてみよっか〜」
エマ「いいねぇ〜」
彼方「自分たちで作った、お蕎麦の味が良く分かるよ〜」
残念ながら、かなりいいそば粉だとかではないから
ありふれた味になっちゃってるかもしれないけれど。
彼方「遥ちゃん、エマちゃん、私」
彼方「食べ比べしてみよ〜」
エマ「ん〜……見た目的に、彼方ちゃんのかなぁ?」
少しざらっとしちゃってるように見えるエマちゃんのお蕎麦
ざらざらしているようには見えないけれど
ゆでる前から若干ひび割れの多かった遥ちゃんのお蕎麦
それと……まぁ、普通な私のお蕎麦。
彼方「市販のお蕎麦もゆでてみる〜? あるよ〜?」
エマ「ん〜ん。大丈夫〜」 エマ「いただきま〜す」
普段は二人で向かいあっているだけのダイニングテーブル
今日は、私の隣にエマちゃんがいる
その少し嬉しい違和感に、思わず口元が緩んじゃう
遥「エマさんのお蕎麦弾力があって美味しいですっ」
エマ「遥ちゃんのは、お蕎麦〜って感じだね〜」
遥「えへへ〜そうですか?」
遥ちゃんもエマちゃんもすっかり仲がいい感じで
話すことにも躊躇いがなくなってたり。
元々、
連れてくることに大賛成だったから心配はしてなかったけれど、
仲良く出来てるようで、ひと安心。
遥「でも……お姉ちゃんのには勝てないですよね」
エマ「彼方ちゃんのは見た目市販だって言われても気付かないよね〜」
遥「市販のものよりも美味しいですし」
エマ「だね〜」
遥「お姉ちゃんのお料理は全部美味しいんですよっ」
遥「たまに外食した時なんて」
遥「私が美味しいって言うとですね」
遥「私の方が美味しく作れるもんって言って」
遥「次の日に本当に作ってくれたりもするんですよ〜」
彼方「遥ちゃんっ!?」
エマ「愛だね〜」
遥「はいっ」
仲良く……し過ぎかな〜 彼方「別に普通のことだよ〜」
エマ「え〜?」
エマ「私にも大切な妹たちが居るけど……」
エマ「流石に、お店のお料理を真似したりは出来ないかな〜」
彼方「彼方ちゃんはフードデザイン専攻だから、当然なんだよ〜」
本当は、遥ちゃんに美味しいっていって貰えてるお料理に嫉妬してるだけ。
だったりするんだけど……
うぅ……顔が熱いかも……
エマ「ふふっ、彼方ちゃん顔赤いよ〜?」
彼方「も〜言わなくていいのに〜」
エマ「………」
エマ「彼方お姉ちゃん」
彼方「エマお姉ちゃんじゃないかな〜?」
誕生日的に。
エマ「えへへ〜そうかな〜」
エマ「お料理上手だし、彼方ちゃんがお姉さんでもいいかも〜」
彼方「妹に膝枕して貰うのはちょっと〜」
エマ「それもそうだね〜」 お蕎麦作りは問題無くできそうかな〜
難しそうなところは私がやって……
エマちゃん達にも手伝って貰って……
エマ「明日はおせち作り手伝うよ〜」
彼方「ありがと〜」
遥「お姉ちゃんっ、私も手伝いたいっ」
彼方「ありがとねぇ」
いつも一人でやってたこと
でも、今年は三人で。
世界的にも
学校的にも……すっごく大変な一年だったけれど
今年は……今までで一番楽しい年越しになりそう。なんて。 ――――――
―――
夜になって、
みんなでお風呂……なんて出来たらいいのだろうけど
そんなことは出来ないから、諦める
だからせめて布団を持って、お母さんの部屋に集まる
私たちの部屋はベッドに二人分の机や箪笥があるから、
三人並んだりは出来ないから。
遥「お母さんの部屋で寝るなんて、いつ以来だろう?」
遥「……なかったかな」
彼方「そうだねぇ」
遥ちゃんが小さい頃は私と一緒に寝てて、
お母さんとは無かったような気がする。
エマ「気を使って貰っちゃって……ありがとね〜」
彼方「ううん、遥ちゃんも私も」
彼方「エマちゃんと一緒に寝たいな〜って思ってたから」
彼方「気にしなくていいよ〜」
むしろ、私たちこそありがとうかなぁ……
エマちゃんのおかげで、
賑やかで楽しい年末になりそうだし。 エマ「……なんだか不思議な感じがするね」
彼方「そうだねぇ」
エマ「いつも、私一人だから……」
いつもと違う空気
いつもと違う天井、いつもと違う布団
いつもと違って……私達がいる。
それを嬉しそうに話すエマちゃん
エマ「ありがと〜」
彼方「エマちゃんに喜んでもらえたなら良かったよ〜」
彼方「おもてなし……成功してるかな〜?」
エマ「うん……してるよ」
すぐ隣で布の擦れる音がする
目を向けてみれば、エマちゃんがこっちを見ていた
エマ「……今の私って、彼方ちゃんの匂いなんだよね〜」
彼方「そうだねぇ」
エマ「膝枕してるときに感じる匂いと同じ」
エマ「……私ね、彼方ちゃんの匂い好きなんだ〜」
彼方「えへへ〜ありがと〜」 彼方「私も普段のエマちゃんの甘い匂い好きだよ〜?」
エマ「そう〜?」
エマ「お菓子の匂いかな〜」
彼方「ううん、普通の匂いだよ〜」
彼方「ボディミルクとか?」
私たち以上にちゃんとしたケアしてそうというか
海外の高いやつ使ってそうなイメージがあったりして。
彼方「……普通にスクールアイドル活動できるような状況だったら」
彼方「合宿とか……出来てたのかなぁ?」
エマ「……そうだね」
エマ「出来てたら……」
エマ「同好会のみんなと、今日みたいに賑やかに楽しめたのかな?」 きっとできてた
出来てたけれど……出来なくなっちゃった。
彼方「……その分、楽しんでいってね〜」
エマちゃんも私も三年生
だから、もう来年の虹ヶ咲合宿なんて言葉は存在しない
エマちゃんは来年には向こうに帰っちゃうから
もしかしたら、これが最後になるかもしれない
彼方「合宿も、ライブも」
彼方「もっともっと……やりたかったねぇ」
エマ「うん……でも、バラバラになったままじゃなくて良かった」
彼方「そうだねぇ」 エマちゃんの親友で、私と同じ学科だった果林ちゃんや、
この大変な時期に元気づけるためにとライブをしたせつ菜ちゃんに魅せられた侑ちゃん達。
当初の5人から10人にまで膨れ上がってきたりして……
不幸中の幸いって言っていいのか
ソロだからこそ、観客のいないライブが出来て、
それを、ネットで配信したりもして……
でも、それだけでなく色々やってみたかった
そんな名残を惜しむ1年間だった。
彼方「明日はおせち作りに年越しそば、除夜の鐘を聞いたり……」
彼方「まだまだあるから。楽しもうね〜」
だから、その分も楽しもう。
そう声をかけると、エマちゃんは元気よく頷く。
エマ「ありがとね〜……彼方ちゃん」
彼方「ううん、良いよ〜……良いんだよ」
彼方「……これは、膝枕のお礼だから」
なんて。適当な理由をつけて……笑った テーマがテーマだけにほんわかゆったりとしたやり取りの中に混じる切なさが年末の空気に似てていいね… ――――――
―――
翌朝、
まだエマちゃんも遥ちゃんも寝ている時間に、目が醒める
部室とかで寝ていることがある私だけど
朝は早かったりして……
彼方「ふふっ……」
いつもはエマちゃんに寝顔を見られる側
でも、今日はエマちゃんの寝顔を見る側
エマちゃんと反対側には遥ちゃんが寝ていて
すやすやと眠る可愛い寝顔を写真に収めたくなってきちゃうけど、我慢
彼方「エマちゃんの寝顔もかわいいよ〜」
そんな可愛い二人に挟まれる形の私
年始にもこれが見られると思うと……ドキドキだねぇ エマちゃんも遥ちゃんも寝相は悪くないみたいで
昨日眠ったときから、殆ど布団が崩れていない
仰向けから横向きに変わっているから
寝返りはうっているみたいだけど。
もうちょっと崩れてくれてもいいのになぁ。
……頬突いてみたくなっちゃう
エマちゃん達が触ってくるのはだからかな〜?
彼方「ふふふっ……」
起きてから色々やることはあるけど
でも、もうちょっとだけ。
そんな気持ちで、エマちゃんと遥ちゃんの寝顔を観察する
かわいい寝顔
触ってみたくなっちゃう……柔らかそうな頬。
今は三人同じようなシャンプーとかの匂いがして
まるで三姉妹のようだなぁ。なんて……思ったり。
年齢的には、
エマお姉ちゃん、私、遥ちゃん
もしもそうだったら、また違う私になってたかもしれない。
彼方「……どうなってたかな?」
エマちゃんの寝顔に聞いてみる
もちろん答えは無かったけれど。 エマ「も〜起こしてくれたらよかったのに〜」
彼方「えへへ〜」
エマ「恥ずかしいなぁ〜……」
エマ「変な顔じゃなかった〜? 変な寝言言ってなかった〜?」
エマ「も〜彼方ちゃん〜っ」
彼方「大丈夫だったよ〜」
かわいい寝顔だったよ〜なんて言ったら、顔を赤くしたエマちゃん
かわいい怒り方みたいな
ほんと、かわいい反応を見せながら、
変じゃなかったかと心配していて……そんなことはなかったと答えるけれど
笑ってるからか、ほんとに〜?
なんて、ちょっぴり心配は続く。
彼方「ほほえま〜だったよ〜?」
彼方「あっ、このえま〜だったよ」
エマ「も〜」
ぽかぽかと痛くない叩き方
近江エマであり、好ましいエマであり。
なんとも意外に使い勝手が良い。
彼方「えへへ〜」
エマ「……かすみちゃんが撮った彼方ちゃんの寝顔を遥ちゃんに見せてくるね〜」
彼方「わーっ! だめぇーっ!」
いつもとは違う甘えた寝顔
それは遥ちゃんには見せられない エマ「お餅も手作り?」
彼方「ん〜……作れなくはないけど、そこは出来てるものにするかなぁ」
彼方「機械があれば楽なんだけど……無いからねぇ」
エマ「そっか〜」
前は近所で、それに似た催しが年始にあったりしたけれど
今年はもちろん、そんなことができるはずもなくて。
その分、年越しそばもおせちも手作り。
彼方「遥ちゃん。栗きんとん作ってみる〜?」
遥「う、うんっ」
彼方「エマちゃんは伊達巻作って〜」
エマ「は〜い」 フードプロセッサーがあればいいけれど、
ウチにはそんなものはないので、
ビニール袋に入れて上から泡だて器で潰し、
そのあとに手で揉む
ある程度柔らかく混ざったら、
塩や砂糖等の調味料を適量入れて……
ビニール袋の中でまた揉み混ぜていく
彼方「良いよ〜その感じ〜」
エマ「ビニールがひんやりするね〜」
彼方「破れないように気を付けてね〜」
エマちゃんはかなり手馴れていて
そんな心配は要らないけれど、一応言っておく。
エマ「唐揚げとかも、こうやってるの〜?」
彼方「うん。手が汚れないから手もみするときはこうしてるんだよねぇ」 料理描写が細かくて好き
安価でここまでポンポン書けるの凄いね そうしたら、溶き卵。
こんこんっと叩いて……おぉぅ
エマちゃん、片手でやってる……
彼方「エマちゃん、片手で卵割れるんだね〜」
エマ「えへへ〜日本ではこれが必須だって、ネットで見たんだ〜」
遥「必須……」
にこやかなエマちゃんの隣で自分の手を見て絶望する遥ちゃん
ヒビを入れるどころか、
叩く段階でぐしゃりと潰した前科のある遥ちゃんも
今では両手でやればちゃんと割れるから、大丈夫
彼方「出来たら便利だよね〜」
エマ「両手で一個ずつも出来るよ〜」
遥「………」
彼方「遥ちゃんも練習したら出来るようになるよ〜」
頭をなでなで。
落ち込む遥ちゃんを慰めた。 さてさて。
溶き卵とはんぺんに調味料を合わせて揉みつぶしたものを混ぜ合わせてから
さらに良く揉みこんで、潰し込んで……混ぜ合わせて。
滑らかな感じになるまで繰り返す
彼方「キッチンペーパーに油を染み込ませて、フライパンに油を塗ろう」
エマ「私もやるやる〜」
エマ「油が無駄になったりしないし、塗りやすいよね〜」
彼方「うん、便利なんだよね〜」
牛脂を塗りたくるようなイメージ出フライパンに油を塗って
弱火でフライパンを温める
遥「私には分からない話ばっかりだよ……」
エマ「私も最初は全然分からないことばかりだったけど」
エマ「やっていくうちにね、分かってくるから大丈夫だよ〜」
遥「が、頑張りますっ」
温めたフライパンの様子を見て、
塗った油が小さな音を立てるようになったら、オッケー
生伊達巻……巻いてないから生伊達をフライパンに流し込んで
弱火のまま、程よく焼けるまで蓋をして待つ
遥「こうしてみると、ホットケーキみたい」
彼方「そうだねぇ」 ウチの弱い火力では、大体13分くらい
普通なら10分くらいでも良いかな?
いい感じに焼き色がついたら、ひっくり返す
遥「手首のスナップが重要らしいですよっ」
ぐっと握り拳を作る応援団長の遥ちゃん。
この前作ったホットケーキを真っ二つにした不安を感じる頬の冷や汗
でも、エマちゃんはなんのその。
エマ「いくよ〜」
遥「………」
エマ「それ〜っ」
遥「お、お箸で……!」
菜箸でいとも簡単にひっくりかえして見せたエマちゃんに、
遥ちゃんは感激の拍手
エマ「ありがと〜」
彼方ちゃんも出来るよ?
彼方ちゃんも出来るよっ? そうして、遥ちゃんには黒豆やくりきんとんなど
比較的簡単なものを作って貰って
エマちゃんには、ちょっぴり難しいのを一緒に手伝ってもらう
少しずつ、少しずつ準備をして。
お昼は、ご飯を炊いて簡単に。
彼方「このまま、おせちの準備で大丈夫〜?」
彼方「あと少しやったら、今度はお蕎麦作りになっちゃうけど……」
エマ「うん、やっちゃおう」
遥「出かけられないもんね……」
遥「お姉ちゃんのお手伝いしたいし」
エマ「一緒に作ろ〜」 せっかくの年末
どこかに出かけるなんてこともなく
みんなでお料理をする時間だけで過ぎていく。
でも、遥ちゃんもエマちゃんも楽しそうで
エマ「みんなでこうやってお料理するのも楽しいよ〜」
遥「うんっ、楽しいよ」
お母さんの部屋で敷いた布団のように
私を間に挟む遥ちゃんとエマちゃんは距離を詰めてくる
エマ「普段はお菓子ばっかりだから……色々作れるし」
エマ「彼方ちゃん、ちゃんと教えてくれるから」
エマ「まるでお料理教室みたいだよ〜」
彼方「そうかなぁ〜……」
当たり前のことをしているだけ、だけど。
でも、二人が喜んでくれているなら良いかなって、思わず笑みが零れちゃう エマ「………」
エマ「彼方先生〜味見して下さ〜い」
彼方「えっ?」
遥「あっ、こっちもお願いしますお姉……」
遥「彼方先生っ」
彼方「遥ちゃんまで……」
手皿と共に差し出される一口分
二人同時に来られると、ちょっぴり困る
二人はそれが分かっててやってそう……なんて邪推して。
遥「先生っ」
エマ「先生〜」
彼方「も〜っ!」
どっちを先にしたらいいんだろう
悩んで、悩んで。
先に零れ落ちそうなエマちゃんの方を選んだ エマ「先生、どうかな〜?」
彼方「ちゃんと美味しいよ〜」
遥「エマさんばっかり狡い……」
遥「私のも食べてっ」
グイッと押し付けるようにしてくる遥ちゃん
彼方「ぁ〜ん……」
大人気な先生の気分と共に、遥ちゃんの分も一口貰う。
下味は私がつけているから、
味が染み込んでいるのはそうなんだけれど。
でも、仕上げは遥ちゃんにやって貰ったから。
彼方「美味しいよ〜」
遥「えへへ〜よかった〜」 エマ「……せんせ〜遥ちゃんの方が好きなのかな〜?」
遥「そうだよね〜?」
彼方「えっ、あっ……えぇ……」
大人気な先生のお料理教室は、
包丁が意図しない使われ方しそうな雰囲気に包まれる。
もちろん、冗談だからそうはならないけれど。
エマ「将来は、お料理教室開いたりするの〜?」
彼方「ん〜どうかなぁ?」
エマ「彼方ちゃんなら、人気者になりそうだね〜」
遥「……刺されないようにしてね?」
彼方「遥ちゃん、お昼のドラマ見るの禁止」 冗談を交えながら、三人で年末に向けての準備をしていく
お蕎麦作りも、
昨日の練習のかいもあって難なくクリアすることが出来て……
エマちゃんはもちろん、
遥ちゃんにも多少の余裕はあったみたい。
緊張するよりも、普通の笑顔が見られた
彼方「……いい感じだねぇ」
冷蔵庫に入れるものは入れて、出しておけるものは出しておく
エマちゃんのご厚意で用意されたズワイガニも
冷蔵庫ギリギリに何とか入って一安心
彼方「お夕飯はどうする〜?」
彼方「お蕎麦以外に食べたい物ある〜?」
エマ「彼方ちゃん達はいつもどうしてるの〜?」
遥「ウチはいつも、お蕎麦だけにしちゃってますね」
エマ「なら、お蕎麦が良いな〜」
彼方「エマちゃん、お蕎麦だけで足りる〜?」
エマ「大丈夫だよ〜、具だくさんのお汁……早く食べてみたい」 彼方ちゃん特製の、しょうゆベースのお蕎麦用のお汁
昨日とは違って、季節に合わせた温かいお蕎麦だったりする。
もちろん、温かくない方も用意はしてあるから大丈夫
彼方「お変わりはあるから、沢山食べて良いからね〜」
遥「お姉ちゃんの作ってくれるお蕎麦のお汁、すっごく美味しいんですよ〜」
エマ「だろうね〜」
エマ「授業で作ったお料理とか、部室によく持ってきてくれてね〜」
遥「わ〜いいなぁ……」
彼方「………」
キッチンにいる私に聞こえてくる、
テーブルのところにいる二人の話声
私のことを褒めてくれてるのは嬉しいけれど……照れくさい
というか、聞こえてるの知ってるよね
遥「一度食べたら、お姉ちゃんとしか年越しできなくなっちゃいますよ〜」
エマ「わー大変だね〜」
エマ「来年も、ここに来ようかな〜」
遥「来られそうなら、是非また来てくださいねっ」
エマちゃんが向こうに帰っちゃうのを知ってるから
だから、ちょっぴり寂しそうに言う遥ちゃんを、
エマちゃんは優しく撫でる
エマ「うん〜何とかしてみるね〜」 ――――――
―――
エマ「ふぅ……」
彼方「終わったねぇ」
お蕎麦を食べ終えて、
入浴も終えて……後は、一年の終わり
あるいは、一年の始まりを迎えるだけ。
遥ちゃんがお風呂から上がってくるまでの……二人きりの時間
エマ「……あっという間だね〜」
彼方「そうだね〜」
エマちゃんが来てからもう1日たっちゃってる
1年間が思いのほか早く過ぎていっちゃうから
たった1日2日くらい、ほんと一瞬のことなのかもしれないけれど
ちょっぴり、寂しい
彼方「エマちゃん、来年も日本に来られるの?」
エマ「ん〜……行こうと思えば、1年に1回くらいは大丈夫だと思う」
彼方「その貴重な1回を使ってくれるの?」 エマ「うん……それが良いかな〜って」
エマ「遥ちゃんに会いたいし」
エマ「果林ちゃんは難しいかもしれないけど」
エマ「他のみんなにも会いたいし……」
エマ「……彼方ちゃんの美味しいご飯で1年を終えるのも良いかな〜って」
エマちゃんはほんわかとした口調で言うけれど
本気で言っていると分かるのは……短い関係でも深い繋がりを持てたってことかな……?
彼方「えへへ〜美味しかった〜?」
エマ「うん美味しかった〜」
彼方「良かった〜」
エマ「毎日こんなに美味しいお料理を食べられてる遥ちゃんが羨ましいくらいだよ〜」 エマ「私、こっちに来てから美味しいご飯が食べられるのが嬉しくて」
エマ「ちょっと太っちゃったかな〜って思ったりもしてたし」
エマ「栄養大丈夫かな? って不安になったりもしてたから分かるけど」
エマ「そういう面をちゃんと考えて」
エマ「管理してくれる人がいるって……幸せな事なんだよね〜」
彼方「……そうだねぇ」
自分でやるようになってから分かる、その大変さ
自分一人なら大雑把になっていたかもしれないという不安
遥ちゃんの喜ぶ顔が見たくて
遥ちゃんの元気な姿が見たくて……頑張ってる私。
それを労ってくれるエマちゃんは、
私がいることが羨ましいと言って。
エマ「もう少し、一緒に居たかったな〜……」
エマ「一年生の頃から、留学出来てたら良かったのに……」
残念そうに、寂しそうに。呟く 彼方「エマちゃん……」
エマ「色々大きくなってきてるから……年明けの学校も良くなさそうだし……」
彼方「………」
冬休み前の連絡でもあったけれど
状況によっては学科ごとに登校日をわけての授業になる可能性もあるし
もっと大きくなればこのまま卒業までオンラインでの授業へと切り替わって
卒業式だって……もしかしたら。
エマ「だから……私、彼方ちゃんがお泊りに誘ってくれてすっごく嬉しかった」
エマ「一人で寮にいなくちゃいけないんだって思ってたから」
エマ「本当はあの時、寂しくて……誰か一緒にいて欲しいって思ってて」
エマ「……だから、ありがとね〜……彼方ちゃん」
エマちゃんはちょっぴり泣きそうな顔で笑う。
エマ「こうして彼方ちゃんと一緒にいられると……」
エマ「平和だ〜日常だ〜って感じがして……ぽかぽかするんだ〜」
彼方「彼方ちゃんも、エマちゃんと一緒に居られて幸せだよ〜」
遥ちゃんだってそう。
お母さんのいない、二人きりから……エマちゃんもいる3人の年越し
思い出作りも出来て……凄く、嬉しそうだった。
彼方「ありがと〜」
エマ「こちらこそだよ〜」
彼方「このえま〜」
エマ「ほほえま〜」
彼方「えへへ……」
遥ちゃんが戻ってくるまでの時間
寄り添って、肩を触れさせる
膝枕は……本当に寝ちゃうから、諦めた 遥「……あとちょっとだね」
年明けまであと数分にまで差し迫って、
テレビには毎年見るお寺での映像が流れる。
彼方「これが始まると」
彼方「あぁもうそんな時間か〜って感じがするんだよねぇ」
エマ「なんだか、面白いね〜」
彼方「でしょでしょ〜?」
エマ「……よいお年を〜」
彼方「お蕎麦食べる前にも言ったけどね〜」
彼方「よいお年を〜」
遥「よいお年を〜」
ほんとあと数分
もう少ししたら、今度はあけましておめでとうになって
今年もよろしくお願いします。になる
そして――1月1日
彼方「あけましておめでとうございます」
あけましておめでとうございます。
三人で、一斉に……は、ちょっとズレちゃったけれど。
エマ「今年もよろしくお願いします」
今年もよろしくお願いします。は、みんなで一斉に言い合った。 ――――――
―――
彼方「ぁふ……」
彼方「ん……」
年が明けて、すぐに眠って数時間
日が出る前に起こしてくれるようにセットした目覚まし時計のけたたまし音を止める
遥「ん……」
エマ「んぅ……」
もぞもぞと動くだけの遥ちゃんと、ゆっくりと頭を上げるエマちゃん
寝ぼけ眼なエマちゃんはすぐ隣の私を見ると
一旦頭を伏せて……またあげる
エマ「おはょぅ……」
彼方「おはよ〜……大丈夫〜?」
エマ「ん〜……」
寝て起きるにはまだまだ早すぎたからか、
エマちゃんはまだまだ本調子じゃない様子。
そんなレアなエマちゃんを見られたのは、私だけ。なんてね。
短い睡眠時間に慣れててよかった……って言うと、遥ちゃんに怒られちゃうかな エマ「……ん」
彼方「初日の出、見られる?」
エマ「………」
エマ「うん……大丈夫〜」
いつもほんわかしているけれど
寝起きのエマちゃんはもっとゆったり。
いつにもまして可愛らしいな。なんて思いつつ
まだお寝んねな遥ちゃんの体を揺さぶってみる
遥「んぅ……」
彼方「遥ちゃ〜ん。日の出見に行く〜?」
遥「いくぅ……」
彼方「……もうちょっと寝る〜?」
遥「ねるぅ……」
彼方「ふふっ、起きろ〜」
5分くらいかけて遥ちゃんとエマちゃんを起こしてから
特別に許可をもらった屋上へと、上がっていく 厳かな雰囲気だったり、風流がどうだとか
そういった特別感が感じられるかと言えば……そうは言えないかもしれない
けれど、年が明けて初めての日の出はそれだけで特別な感じがする。
仮に雲が出ていて見れなかったとすれば、それは幸先が悪いって感じがするし、
普通に日の出が見られるというだけで
それはいい年になりそうだなって感じがする
彼方「そろそろかな〜」
東京は7時前が日の出の時間だって話
……あともう少し。
彼方「見終わったら、また寝ても良いからね〜」
遥「大丈夫だよ。うん」
エマ「なんだか不思議な感じがする……」
彼方「エマちゃん、早寝早起きしてそうだしねぇ」
昨日みたいなことはなさそうなエマちゃんは、ちょっと眠そう そうして――
彼方「わっ……」
エマ「すごいね〜……」
山々から見える御来光ではないけれど
東京のマンションなどの窓がきらきらと光を反射している様は、
それはそれで、とても煌びやかで。
遥「……今年も良いことありますように」
彼方「ふふっ、ありますように〜」
エマ「……いいことありますように」
三人で、お願い事を口にしてみる
今年こそは、
コロナが治まってくれるように
今年こそは、みんなが、幸せになれる年でありますように
それを願いながら、
日の出の輝きを……見つめる
エマ「んっ……ちょっと寒いね〜」
彼方「そうだねぇ」
遥「もう少し見て、戻りましょうか」
エマ「そうだね〜」
彼方「そうしよっか〜」 彼方「初詣は、ちょっと難しいよねぇ」
エマ「うん……」
遥「ウチは行かないようにってお願いがあったから、どっちにしてもダメだよ」
初詣は諦めて、テレビをつける
いつもはやっている初詣関連の生中継みたいなものもなく、
粛々とした感じのあるテレビ内容で。
遥「お散歩にでも行く?」
彼方「ん〜ん。やめとこ〜」
エマ「っと……」
答えながら、エマちゃんの膝に頭を落とす
今年はもう、ゆっくりとするしかない。
せっかくの元日だからなんて言って余計なことをしてもどうにもならないし。
特に私はコロナでなくても風邪を引いたりするわけにはいかないから。
遥「足つぼマッサージしてあげようか〜?」
彼方「やめて、泣いちゃう」
エマ「ふふっ……ゆっくりしようよ〜」 派手な何かもない、元日
それはそれでちょっぴり寂しいけれど、でも。
彼方「二人とも食べられそう?」
エマ「お腹空いた〜」
遥「おせちとお雑煮出す?」
彼方「そだねぇ」
みんなで作ったおせちがあって、
私が作った特製のお雑煮があって。
彼方「……出かけられない分、今年は豪華だよ〜」
遥「えへへ〜知ってる〜」
エマ「三人で作ったからね〜」
エマ「楽しかったよ〜」
ありがと〜と、
繰り返して言うエマちゃんに、遥ちゃんと一緒にこちらこそ。なんて返す
ほんとうに、エマちゃんが来てくれてよかった。 お餅はとりあえず、一個ずつ
おせちを食べても食べられそうならまた追加ってことで。
遥「私お皿とか用意しちゃうね」
彼方「そしたらエマちゃんとおせち用意しちゃって」
彼方「お雑煮用意しておくから」
遥「は〜い」
エマ「任せて〜」
みんなで作ったおせちを、みんなで準備
いつもは二人で使うテーブルが豪華になっていくのを見ながら、
お餅を三つ、お椀を三つ……用意して。
彼方「……ふぅ」
仲良く準備する二人を見る
本当に姉妹のように会話を弾ませる二人
もう、今年にはお別れしなければいけないエマちゃん
それを考えて、
湧き上がってくる思いを感じて……グッと息を飲む
まだ、あと少しあるから。 さて。
おせちもお雑煮も
しっかりと準備をして……椅子に座る
お母さんはいないけれど、エマちゃんがいる。
おとといから始まったこの光景もすっかり馴染んだ。
彼方「遥ちゃん、エマちゃん。もう大丈夫かな〜?」
遥「うんっ」
エマ「いいよ〜」
二人の準備が整ったところで、切り替える
彼方「改めて……今年もよろしくね〜」
エマ「よろしく〜」
遥「よろしくねっ」
彼方「まだまだ大変な時期だけれど……健康に気を付けて」
彼方「無事、また集まれるようにしよ〜」
遥「お姉ちゃんとはずっと一緒だから……エマさん、またよろしくお願いしますね」
エマ「うん。きっとまた一緒に」 遥「黒豆美味しい……」
彼方「栗きんとんも、ローストビーフも美味しいねぇ」
黒豆や栗きんとんは必須というわけでもないけれど、
個人的には大好きだから、必須
遥ちゃんも喜んでくれてるから、良し〜。
エマ「自分で作るって大切だね〜」
エマ「でも、自分だと中々作れないな〜……」
彼方「えへへ〜」
遥「だから、お姉ちゃんは凄いんですよ」
遥「大抵のものは作ってくれて……」
遥「誕生日ケーキとかも手作りしてくれて……」
エマ「遥ちゃんはほんと、彼方ちゃんが好きだね〜」
遥「えへへ……」
彼方「彼方ちゃんも、遥ちゃん好きだよ〜」 エマ「私は〜?」
彼方「好き〜」
遥「好きですよ〜」
エマ「私も好きだよ〜」
のほほんとした告白
別に恋愛的な意味もない友人的な好意を伝え合う
今日を含めれば三日間
本当に楽しかった
お蕎麦やおせち作りをして
一緒に並んで寝て、日の出を見て……
エマ「実はね〜初夢はね〜」
エマ「彼方ちゃん達と姉妹になるってやつだったんだ〜」
彼方「疑似体験してるからかなぁ?」
エマ「そうかもしれないね〜」 もう何回も言ってるけど。
エマちゃんはそう前置きをして、お箸を置く
エマ「本当にありがとね〜」
エマ「すっごく楽しかった〜」
遥「いえ、そんな」
遥「こちらこそ本当にありがとうございました」
遥「……いつもと違って、楽しい年末年始で」
遥「昨年はあんなだったからなおさら……嬉しかったです……」
ちょっぴり泣きそうな遥ちゃん
それを宥めるエマちゃんは、とっても優しいお姉ちゃん
私も優しいけどね〜
彼方「ありがとね。エマちゃん」
彼方「まだ2,3ヶ月あるから……ライブとか、やれたらやろうね〜」
エマ「そうだね〜」
エマ「やりたいね〜……」 彼方「進路もダメにならないようにしなきゃ」
エマ「卒業ライブ、やってみたいな〜」
彼方「おぉ〜いいねぇ」
彼方「思い立ったが吉日、年明けの挨拶含めて侑ちゃん達に電話しよ〜」
また来年
ううん、今年もまた
もしかたら、大々的な活動とかは出来ないかもしれないけれど、
せつ菜ちゃんから始まったソロ活動
それを活かして、みんなに元気を届けられたらいいな
エマちゃんと一緒に、
遥ちゃんと一緒に、
同好会のみんなと一緒に。
活動できるのはもう残り少ないけれど……精一杯
彼方「もしもし〜彼方ちゃんだよ〜」
彼方「あっ、エマちゃんもいるよ〜!」
虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会は、今年もまだまだ頑張りま〜す!
どうぞよろしくねぇ〜 case.7:エマと年末年始 終了
ヒストリ
case1.果林 (洋服選び 5-32)
case2.璃奈 (菓子作り 45-102)
case3.歩夢 (クソゲー 118-151)
case4.菜々 (お勉強会 172-206)
case5.侑 (クリスマスデート 213-264)
case6.しずく(心中演技 275-341)
case7.エマ (年末年始 358-443) のんびりと100レス超えるので、2泊3日(朝)で終了。
次のcaseは明日 本当に料理作ってそうな描写が良かったわ
このえまは流行るべき 乙でした
本当にもうすぐエマちゃんとお別れする感じが寂しかったけどお泊まり楽しそうで泣けた コロナ自粛で2泊3日以上とかいうマンネリ不可避な鬼畜設定でよく頑張ったな 乙乙
こういうSSでも今年の高3生の辛さを感じてしまうわね 乙
エマちゃんが実際に近江家で暮らしてたらこんな感じなんだろうな 3、かすみ
5、愛
9、遥
>> キャラクターセレクト(上の3,5,9からのみ)
>> 内容選択(自由)
※注意事項
全て彼方との組み合わせ >>455 キャラクターセレクト(上の3,5,9からのみ)
>>457 内容選択(自由)
※注意事項
全て彼方との組み合わせ バレンタインで2人がお互いに本命チョコを贈ろうとする話 歩夢「ん〜……」
彼方「どうしたの〜?」
歩夢「あぁ、彼方さん……」
部室にいくと、歩夢ちゃんが悩ましそうに本を読んでいて
半分閉じたその表紙には特別なバレンタインに。と、
ちょっぴりポップな字体で大きく書かれていて……察しがついた
彼方「バレンタイン?」
歩夢「分かっちゃいますよね……ふふっ……」
歩夢「去年よりも少し変えようと思ったんですけど、なかなかいいのが思いつかなくて」
彼方「そっかぁ……」
大きく賑わうところもあれば、控えめになったりもする特別な日
女の子にとっても、
男の子にとっても、ある意味勝負をするバレンタインデー
まぁ、虹ヶ咲は女の子しかいないんだけどねぇ。 彼方「歩夢ちゃんの本命は、侑ちゃんかな〜?」
歩夢「……まぁ、そう、ですね……」
歩夢「彼方さんは、やっぱり遥ちゃんですか?」
彼方「私は……」
遥ちゃんにあげるのは例年通り。
それが本命であることも、やっぱり今まで通りではあるけれど。
でも……
彼方「えへへ〜どうかなぁ?」
歩夢「その顔は遥ちゃん以外にもいるんですね、本命」
彼方「え〜いないよ〜」
歩夢「ふふふっ、そうですか」
彼方「いないからね〜?」
歩夢「そういうことにしておきますね」 彼方「いない……なぁんて……」
嘘。
歩夢ちゃんには渡したい人がいないなんて言ったけれど
ほんとうは、渡したい人がいる。
もう、2月
あと2ヶ月もなく私達三年生は卒業していなくなる
だから、渡したいって思っちゃったり。
彼方「はぁ……」
かすみ「……先輩?」
彼方「わぁっ!?」
かすみ「ひぃっ!?」
不意に聞こえた後ろからの声に、
思わず叫んじゃった私から飛びのくようにして離れたかすみちゃん。
悪戯顔ではなく、本当に驚いた表情のかすみちゃんは、
ふと、心配そうな顔つきに変わって。
かすみ「彼方先輩、大丈夫ですか?」
彼方「あはは……ごめんねぇ。考え事してて〜」
私が、本命を渡したい相手だから。
なんて、言えるわけもない かすみ「何もないなら良いんですけど……本当に大丈夫ですか?」
かすみ「………」
かすみ「そうだ……ちょっと、こっち来てください」
彼方「えっ、えっ……」
かすみちゃんはあたりをきょろきょろと見渡すと、
私の手を取って……歩き出す。
ちょっとだけ強引な小さな手は、
去年よりも少し大きくなったようにも感じられて……
かすみ「ここなら、良いかな……」
かすみ「さっ、彼方先輩、どうぞ」
彼方「どうぞって……」
人気のない茂みに腰を下ろしたかすみちゃん。
自分の膝をぽんぽんっと叩くと、私を見上げてくる
かすみ「大丈夫ですよ、かすみんの膝にはぶーぶクッションも爆発物もロケットも何も搭載されてませんから」
彼方「そんな心配はしてないよ〜」
というより……何を見てたらそんな発想になるんだろうなぁ……
彼方「良いの〜?」
かすみ「良いですよ。全然……なにも減るものなんて……いえ、減るものはありますけど、だからこそ」
はっとして悲しそうな顔をしたかすみちゃんは
それでも、早く。と、急かしてきた 彼方「じゃぁ、せっかくだから……」
かすみ「どうぞどうぞ」
かすみちゃんの積極的な姿勢……座ってるけど
それに負けてお膝を借りることにして、横になる
エマちゃんやしずくちゃん達にして貰うことはあったけれど、
かすみちゃんは初めてで、なんだか不思議な感じがする
かすみ「んふふ〜どうですかぁ?」
かすみ「エマ先輩にも負けず劣らずの良い膝枕ですよねぇ?」
彼方「ん〜……そうだねぇ」
かすみ「も〜……良くないって反応ですよぉ?」
ぷんぷん。なんて、
わざとらしい愛らしさを演出するような効果音を口に出したかすみちゃんは、
私の頭をどかしたりすることはなくて、
ただ、エマちゃん達がするように私の髪を優しく撫でてくれる
かすみ「……まぁ、初めてですし? 仕方がないかもしれないですけど」 彼方「……っていうことは、また。こういう風にしてくれるってこと〜?」
かすみ「えっ?」
かすみ「あっ……」
かすみ「………」
目を瞑っていると、かすみちゃんの声と吐息だけが情報源で
押し黙って顕著に感じられる体の揺れが、なんだか妙にこそばゆい
かすみ「まぁ……そういうことに、なっちゃうんですかね……」
彼方「そっかぁ……」
かすみ「なんですか……?」
彼方「ううん、ありがと〜」
かすみ「別に、良いですよぉ……」
かすみ「かすみんが……いえ、私がしたくてしてることですし」
彼方「かすみちゃん、緊張してる〜?」
かすみ「こんなとこ、人に見られたら何言われるか分かったもんじゃないですから……」
彼方「え〜? 上級生に膝枕させられてる下級生的な〜?」
かすみ「そう言うんじゃ、無いですけど……」 かすみ「……彼方先輩、もうすぐ卒業じゃないですか」
彼方「うん」
かすみ「だからっていうか……なんていうか」
かすみ「………」
何度目かの、沈黙
そのあとに何か続けるって分かってるから、何も言わない
顔の右半分に感じるかすみちゃんの感触が揺れる
かすみ「えっと……なんでしょう」
かすみ「あははっ……」
かすみ「………」
かすみ「ま、まぁ……っ! アレですよ! アレ!」
かすみ「そういうあれだから、見られたら誤解されるかもしれないじゃないですか」
そういうアレってどんなアレなんだろう
それを聞くべきなのかって迷いはなくて
何も聞かずに、ただ、いつもの調子を装って
彼方「そうだねぇ……」
かすみ「そういうものですよ〜ぅ」
彼方「えへへ〜」
かすみ「えへへ……」 かすみ「あっ、そう言えばなんですけど……」
彼方「ん〜?」
かすみ「えぇっと、ほら。もうすぐ……バレンタインじゃないですか」
彼方「あ〜……」
かすみ「彼方先輩は、遥ちゃんが本命ですよね?」
歩夢ちゃんと似ているけれど、全く違う、本命の問い方。
私には遥ちゃん以外には縁がないみたいな……
まぁ、そりゃぁ、ウチは女子高だけど。
バレンタインっていうのは、バイト先でもそわそわする男の子がいたりするもんなんだよ〜なんて。
彼方「そういうかすみちゃんは〜? 侑ちゃんかな〜?」
かすみ「しず子かもしれませんよぉ〜?」
彼方「いやいや、果林ちゃんだったりして〜」
かすみ「果林先輩はどうせ食べてくれませんし〜」
彼方「そんなことないよ〜」
かすみ「りな子かもしれませんけどね〜」
彼方「そうだね〜」
はぐらかして
はぐらかされて
互いに突き詰めることはなくて。
かすみ「本命はいますけど……言ったらからかわれそうって言うか」
かすみ「その、彼方先輩は大丈夫だと思いますけど……一応、すみません」
彼方「良いよ〜別に〜」
――聞きたくないから。
かすみ「そう、ですか……そうですよねぇ……」
静かに消え入るかすみちゃんの声
それはちょっぴり切なさを感じたけれど
それはきっと、もうすぐ卒業だから。なんて。 かすみ「……彼方先輩」
彼方「なぁに?」
かすみ「……グループ、作っていいですか?」
彼方「スクールアイドルの?」
かすみ「そんなわけないじゃないですか……連絡用のですよっ」
彼方「あぁ……そっちかぁ」
彼方「グループって二人の?」
かすみ「そうです」
彼方「……別に良いよ〜」
グループを作るとかそういうのでもない気がするけれど
でも、かすみちゃんがそうしたいなら……ううん。
そうしても良いって言うなら、しようかなって……便乗する。
ずるい先輩
かすみ「……膝枕、雨が降ってなければここでしてあげますから」
かすみ「連絡、するので」
彼方「ありがと〜」
かすみ「……いえ、こちらこそ」
かすみちゃんはちょっぴり元気になって
私の頭をポンポンって叩く
かすみ「そろそろ時間じゃないですか?」
彼方「そうだねぇ……」
みんなには教えていない、私達二人の秘密。
今更って思うけれど、でも……本当に、今更だ ――――――
―――
それから、
私とかすみちゃんは晴れた日だけじゃなく、曇ってる日にもこっそりと二人で会うようになった。
誰にも見られていないよね、なんて
明らかに挙動不審に。
なぜだか自分でも分からない駆け足。
茂みに飛び込んで、かすみちゃんがいたらお待たせって笑って
かすみちゃんがいなかったら、まだかな……なんて、もやもやとして。
彼方「あ〜あ……」
どうしよう
どうしちゃったら良いんだろう
自分の胸に手を当ててみると、攻めることしか考えていないような激しい心音が感じられて。
あと1年じゃなくて、あと1ヶ月しかない
ううん、もう1ヶ月もない。
なのに、
こんなものを押し付けられて、かすみちゃんは迷惑じゃないかななんて……不安になる。
明日はバレンタイン
男の子も女の子も緊張する、勝負の日
高校三年生がうつつを抜かすべきじゃない日
でも、だけど。
こんな気持ちは現実めいたものじゃないから……ノーカンだよね。
かすみ「……お待たせしました〜」
彼方「ぁ……うん。待ってないよ〜」 彼方ちゃんだけでなくかすみんのドキドキが伝わってくるような描写が… 直は汚れちゃうからと用意してくれたレジャーシートを広げて
かすみちゃんは、当たり前のように私に寄り添う距離感で座り込む
かすみ「いよいよですね……明日」
かすみ「しず子は演劇部と同好会のみんなに配る予定だって言ってました」
彼方「そっかぁ」
かすみ「遥ちゃんはどうですか?」
彼方「部のみんなと、私〜」
かすみ「え〜? 本当ですかねぇ……」
彼方「怖いこと言わないで〜」
遥ちゃんに本命がいて
私にも秘密にしている可能性は十分にある
だって、私もずっと秘密にしているんだから。
良い人なら、良いかもしれない
でも、悪い人だったらって思うと……怖い
かすみ「まぁ、遥ちゃんは1に彼方先輩、2にスクールアイドルって感じでしたからねぇ」
かすみ「きっと大丈夫ですよ」
からかうように笑うかすみちゃん
でもちょっぴり、元気がないように聞こえる かすみ「それで? 彼方先輩はバイト先に良い男の人とかいないんですか〜?」
彼方「え〜?」
かすみ「うちは女子高ですけど、バイトにはそんなの関係ないじゃないですか」
かすみ「……いるんじゃないですか?」
少し前は、遥ちゃんしかいないみたいな断言をしていたのに
今日に限っては、誰かいるんじゃないかって探りを入れてくる
彼方「いた方が良い?」
かすみ「なんて答えて欲しいですか?」
いつにもまして真剣な声色
それを口にしたかすみちゃんを見ると、その視線さえも正されていて。
少し、
ううん、とても、胸が弾む。
かすみ「………」
かすみ「なんて」
かすみ「そうですねぇ……」
かすみ「かすみん的に、彼方先輩はダメ男に尽くしちゃいそうな雰囲気があるので、いない方が良いです」
彼方「え〜そんなことないよ〜」
かすみ「それこそ、え〜? ですよぉ」
かすみ「だから、どちらかと言えば居ない方が良いです」
彼方「そんなことないって〜」 かすみ「ありますよ〜」
彼方「な〜い」
かすみ「ある」
彼方「ないよ〜」
かすみ「ダメ男作りそうな感じ有りますし」
彼方「も〜……そんな……」
彼方「………」
そんな。
そんな " ことない " ?
そんな " に言うなら " ?
そんなに言うなら――かすみちゃんが……
かすみちゃんが?
彼方「……そんな相手いないよ」
彼方「だって、そんな暇あるわけない」
かすみ「あっ……」
彼方「家事して、部活して、バイトして、勉強して」
彼方「平日も休日も……したいことじゃなくて、するべきことがあって」
彼方「なのに、誰かに恋してる暇なんて……あるわけないよ」
かすみ「……ごめんなさい」
彼方「ううん、私こそ……ごめんね」
ただの八つ当たり
胸の中を埋め尽くすようなもやもやしたものに対しての苛立ち 少しだけ悪くなった空気
でも、かすみちゃんは膝枕を止めることはなくて……
かすみ「あと、半月くらいなんですよね」
彼方「そうだねぇ」
かすみ「……男の子じゃなくて、良かったです」
彼方「どうして?」
かすみ「だって、そうしたら返すべき時にはもう、先輩は卒業しちゃってるじゃないですか」
彼方「あぁ……確かに〜」
彼方「でも、男の子だったら虹ヶ咲には通えないから……赤の他人だったよ〜?」
かすみ「でも、この近くに私と彼方先輩はいるわけですし」
かすみ「もしかしたら、同じバイトをしてたかもしれないじゃないですか」
彼方「パン屋さん?」
かすみ「コンビニとか」
彼方「スーパーは?」
かすみ「パンの陳列と発注専任ですね」
彼方「裏でパン太郎って呼ばれるやつだね〜」
かすみ「女の子はパン子ですか」
彼方「ふふっ……そういう感じかもねぇ……」 かすみ「彼方先輩にパン太郎くんってからかわれるんですよ」
彼方「え〜?」
かすみ「だからかすみ君も、何か言い返したりして」
かすみ「意識してない振りして、でも、夜は一緒に帰ろうとしたり……」
かすみ「どうでもいい確認するために声をかけたりして」
かすみ「……彼方先輩のこと、出来るだけ近くで見たりして」
かすみ「甘い匂いと、小さくて大きな体にドキドキして」
かすみ「……それで、卒業が近づいてきて、不安になるんですよ」
かすみ「彼方先輩、大学行ってもここ続けるんですか? なんて」
かすみ「あからさま過ぎて笑いたくなっちゃうような態度でかすみ君は聞くんですよ」
かすみちゃんは楽しげに語る
それはあり得るはずもない空想
バレンタインなんてどこかに消えた、恋のお話。
彼方「へぇ……」
かすみ「なんですか?」
彼方「かすみ君は、彼方先輩が好きになっちゃったんだねぇ」
かすみ「……男の子なら、彼方先輩に恋の1つや2つはあるじゃないですか」
彼方「かすみちゃんは?」
かすみ「かすみちゃんは、女の子ですし」
彼方「じゃぁ嫌い?」
かすみ「……好き。ですけど」 彼方「えへへ、そっかぁ」
かすみ「も〜なににやけてるんですかぁ〜」
彼方「別にぃ〜?」
かすみ「かすみんのこと嫌いなんですか?」
彼方「好き好き〜」
かすみ「適当過ぎません……?」
彼方「そんなことないよ〜」
冗談だったら、何度だって好きっているのに
顔を見て、顔を見ずに
どちらでだって口にしてしまえるのに。
なのに。
かすみ「も〜……」
だから。
彼方「好きだよ〜好き好き」
――泣きそうになる。
かすみ「適当じゃないですかぁ……」
その残念そうに聞こえる声が
本当にその通りだったらいいな……なんて、思ってしまう かすみ「そんな彼方先輩はもう膝枕してあげません」
彼方「え〜……」
かすみ「冗談ですよぅ……えいえいっ」
彼方「むっ……」
頬を指で突いて来るかすみちゃん
小さくて細い、爪をしっかりと整えられた指先
爪先から指の腹へと、触れる部分が変わっていくのを……気付かないふりをする
かすみ「………」
彼方「………」
なにも話さない
吐息さえも聞こえないような静けさに満ちていく中で
膝上から、かすみちゃんの顔を見上げる かすみ「……ん」
かすみ「なんですか……」
かすみ「私のこと、やっぱり好きなんですか?」
茶化すような声色でも、表情でもなく
かすみんではなく、私と言うかすみちゃん
彼方「そうだねぇ……」
彼方「好きだよ」
かすみ「………」
かすみ「ですよねぇ〜」
一瞬の驚きと、喜び
本当に、本気で
今のその言葉を投げ渡しても、かすみちゃんは同じ顔をしてくれる?
彼方「……そうだよ〜」
ドキドキする。
明日は――……バレンタインデーだ ――――――
―――
活気づいた14日。
通学路までもがピンク色……あるいは赤色。
もしくは灰色……とか。
まぁとにもかくにも煌びやかな1日
女子しかいない虹ヶ咲学園もその例外ではなく、
授業中を除けば、特別禁止されていないこの学校は朝からその賑やかさに満ちてる。
彼方「わぁお……」
おはよ〜。と、
クラスメイトに肩を叩かれて、
はいコレ友チョコ! なんて、次から次へと鞄の中にチョコが詰め込まれていく
その分、私が用意していた分のチョコが消えていくから、それほど変化はないけれど。
彼方「………」
かすみちゃんと二人きりのグループ
会う約束を取り付けるためだったはずのその中身には、
おはようと、おやすみ
それ以外の雑談まで割り込んでいて
昨日の夜のおやすみのスタンプで……終わっていた。
果林「彼方」
彼方「おぉ……果林ちゃん。紙袋かぁ……」
果林「ええ。モデルやスクールアイドルのファンだからって言うのだけど……」
果林「ここまで来ると、なんていうか……蹴落としに来てる感じもするわよね」
彼方「それ、みんなの前で言ったらダメだよ〜?」
果林「分かってるわよ」 紙袋いっぱいのチョコレートを携えた果林ちゃん
モデルもやっている果林ちゃんには、この糖分量は聊かにつらいものはあると思うけれど
断らずに貰ってくれる辺りが、果林ちゃんの優しさだったりもして。
彼方「チョコ、もう1個増やしていいかな〜?」
果林「最低、9個は増えそうなんだけど……」
彼方「確かに」
果林「……で」
彼方「ん?」
果林「本命、渡すつもりはあるの?」
彼方「え〜?」
果林「悩んでるの、バレバレよ」
彼方「そんな悩んでたかな……」
果林「今日じゃなくて、結構前から」
並んで歩く果林ちゃんは、
分かってるわ。なんてしたり顔をする。
でも、正解
そっか……私は分かりやすいかぁ……
果林「彼方の本命なら、貰ってあげても良いわよ?」
彼方「だめ〜」
果林「この紙袋と交換するのは?」
彼方「それ、くれた人たちに聞かれちゃだめだよ〜」
果林「ふふっ、冗談よ」
果林「さすがに失礼だもの」 果林「だから……」
果林「………」
果林「……はい」
彼方「なに?」
果林「友チョコ。交換しましょ」
果林ちゃんの鞄の中から出てきた市販品のチョコレート
コンビニに売っているのよりは何段か豪華そうなそのひと箱を受け取って
代わりに、個包装したチョコレートの包みを果林ちゃんにお返し
果林「本命?」
彼方「友チョコ」
果林「あら、そう……」 彼方「なに〜? 彼方ちゃんの本命が良かった〜?」
果林「彼方の料理美味しいから、本命はまた格別だと思って」
果林「それなら、多少太るのも厭わず食べたいじゃない」
彼方「責任持ってその紙袋を空にしてからもう一度言って〜」
果林「卒業式には間に合わせるわ……」
意気込む果林ちゃんへと、かかる声
頬を染めた1学年下の2人組
その手の中に、小さな手には大きい包み
彼方「じゃね〜」
果林「ええ、行ってらっしゃい」
彼方「………」
彼方「なぁに……行ってらっしゃいって」
チョコレートを渡されるカッコいい同級生を置いて、一人で教室へと向かう。
なに……行ってらっしゃいって。
まだ、踏み出せてないって言いたのかな……もう……
彼方「……スタンプ、押しちゃおうかな」
あとでね。
そんな一言の入ったスタンプ
とても簡単なそれは
でも、なんだか違うと思う面倒くさい心 否応なく過ぎていく時間
かすみちゃんからの連絡もなく、
私からも連絡を出来ないまま……ただただ、時間を浪費していくだけで。
彼方「……だって」
だって、
こんな日に呼び出したら、本命だって言ってるようで
なんだか、もやもやしちゃうから……なんて。
彼方「はぁ……」
せっかく作って貰ったのに、
これじゃ、このグループの意味が……
ううん。
元々、そんな意味なんてなかった。
ただ、あそこで会うためだけの秘密の連絡網
彼方「かすみちゃん、本命渡したのかなぁ……」
友チョコを渡すだけなら、
私達は別に部室に集まってからで問題ない。
果林ちゃんは、あの場の流れっていうだけ。
でも、
みんなと違うこの1個は、みんなの前では渡せないから 連絡もせずに、いつもの茂みに飛び込む
かすみちゃんがいるわけもないのに、いたらいいななんて。
彼方「いるわけ、無いんだけどねぇ……」
それがあたりまえだった。
一人でこういう場所に来て、横になって
それが当然で、私の日常で
そうだったはずなのに。
彼方「………」
最近は、かすみちゃんと一緒だった。
それが好きで
それが心地よくて
それが嬉しくて
それに甘んじていた 彼方「どうしようかなぁ……」
持ち出した、本命用に包んだちょっぴり豪華な箱
渡したい
でも、渡せそうもない。
行ってらっしゃいと背中を押されても
私の足は、玄関の扉で踏みとどまったまま
……あと一歩
彼方「………」
スマホを取り出して、スタンプ一つ
たったそれだけで十分なのに
それが重い
彼方「もぅ……」
かすみ「なにがもぅ。何ですかぁ?」
彼方「ひっ!?」
かすみ「……そんな驚かなくたっていいじゃないですか」
かすみ「まぁ、連絡してませんから……気持ちはわかりますけど」 シート持ってきてますよ〜なんて。
いつもと変わらない様子でシートを広げるかすみちゃん。
動かない私をよそに、かすみちゃんは一人で座って
私がいつも頭を乗せさせて貰ってる膝を整えて……
かすみ「……スクールアイドルの影響ですかねぇ」
かすみ「みんなから、たくさん友チョコ貰っちゃって」
彼方「へぇ……」
彼方「彼方ちゃんだって、それくらい貰ったよ〜?」
かすみ「……本命、貰いました?」
彼方「貰ってないよ〜」
かすみ「本命、渡しました?」
彼方「渡してないよ〜」
彼方「………」
彼方「そう言う、かすみちゃんは?」 かすみ「まぁ、残念ながら」
彼方「そっかぁ」
かすみ「なんで喜んでるんですかぁ?」
彼方「え〜? そう見える〜?」
かすみ「そう見たいですね。本音を言えば」
彼方「え?」
かすみ「そういうわけで……どうぞ。チョコクリームコッペパンです」
かすみちゃんはいつもに比べれば少し上擦った声で、袋に包まれたコッペパンを差し出す。
どういうわけなんだろう
なんて。
戸惑う私を残して、かすみちゃんはそのコッペパンを引き戻して。
かすみ「それとも……こっちで良いですか?」
コッペパンじゃない、でも、市販でもない
丁寧な包装
普段のかすみちゃんと比べたら……特別なのは――
かすみ「こっちじゃ、だめですか?」 かすみ「……困るって、分かってます」
かすみ「でも、だけど……」
かすみ「やっぱり」
かすみ「やっぱり……私……」
かすみ「私……本命は、彼方先輩に受け取って欲しくて……」
かすみちゃんは首を振る
そうじゃないって、自分で自分の言葉を否定して。
かすみ「彼方先輩に……渡したかった」
かすみ「でも、彼方先輩……本命がいるのかどうかわからないし」
かすみ「全然、私に気がないような感じだったし」
かすみ「けど……」
かすみ「3年生だし、あと半月もなくいなくなっちゃうし」
かすみ「だから……やっぱり。悔いは残したくないって言うか……」
かすみ「えっと」
かすみ「その……」
かすみ「……」
かすみ「……好きって言ったら、もうここで会えなくなっちゃいますか?」 彼方「……えっと」
いじらしいというか
いつもらしくないというか
元気の有り余っているようなかすみちゃんとは違う、しおらしさ
見上げてくる瞳は潤んでいて
頬は赤みがかっていて
それは……きっと。
彼方「……ん」
後ろ手に隠した、心
後輩に先手を打たれた、みっともなさ
でも、だけど。
その手は間違いなく、足踏みするだけだった私の手を引いてくれた
彼方「なら……交換、しよ〜?」
かすみ「彼方、先輩?」
彼方「渡すかどうか、凄く迷ってたんだよね〜……」 彼方「私、もうすぐ卒業だから」
彼方「置いて行っちゃうのに……こんな今更」
彼方「本命だよ……なんてかすみちゃん困らせるだけでしょ……?」
彼方「だから、やめておこうと思ってたんだよねぇ……」
断られたら怖いし
迷惑かけたくなかったし
あと半月もせずに離れ離れになっちゃうのに
彼方「急にさ、本命だよ〜なんて……言ったら重いかなって」
彼方「だから、連絡することも出来ないままここに逃げて」
彼方「なのに、かすみちゃんはここに来てくれて」
ドキドキする。
かすみちゃんが本命を渡してくれたのに
もう、この気持ちを伝えたって、良いはずなのに。
彼方「えへへ……」
彼方「………」
彼方「運命、感じちゃったよ〜……」
彼方「なんて言ったら、もうここに来てくれなくなっちゃう?」 かすみ「なんですかそれ……」
かすみ「そわそわしてたのが、彼方先輩一人だとか、思ってます?」
彼方「ううん、思ってない」
私が連絡しなかったように
かすみちゃんも連絡をしなかった。
もしかしたら。
そんなことを考えながら、本命のチョコレートを持って……ここに来た。
一緒だよ。
かすみちゃんも、私も。
彼方「だから……交換しよ?」
かすみ「も〜……」
かすみ「でも、交換します」
気持ちの交換
受け取らなければ、拒否と受け取れるそれを……互いにしっかりと受け取って。
かすみ「……えへへ」
彼方「……なぁに〜? そのふやけた顔は」
かすみ「彼方先輩も、その顔は分かりやすくて可愛いですよ?」
かすみ「……かすみんよりも」
彼方「そうかな……」
彼方「彼方ちゃん敵に、かすみちゃんも可愛いと思うけどな〜」
かすみ「そうですかぁ〜?」
かすみ「そう、ですよねぇ……」 >>495 修正 下から3行目
かすみ「なんですかそれ……」
かすみ「そわそわしてたのが、彼方先輩一人だとか、思ってます?」
彼方「ううん、思ってない」
私が連絡しなかったように
かすみちゃんも連絡をしなかった。
もしかしたら。
そんなことを考えながら、本命のチョコレートを持って……ここに来た。
一緒だよ。
かすみちゃんも、私も。
彼方「だから……交換しよ?」
かすみ「も〜……」
かすみ「でも、交換します」
気持ちの交換
受け取らなければ、拒否と受け取れるそれを……互いにしっかりと受け取って。
かすみ「……えへへ」
彼方「……なぁに〜? そのふやけた顔は」
かすみ「彼方先輩も、その顔は分かりやすくて可愛いですよ?」
かすみ「……かすみんよりも」
彼方「そうかな……」
彼方「彼方ちゃん的に、かすみちゃんも可愛いと思うけどな〜」
かすみ「そうですかぁ〜?」
かすみ「そう、ですよねぇ……」 二人で、肩を並べて座る
包みを開けて、
それぞれが思いを込めて作ったチョコレートの一つを……
彼方「かすみちゃんさ〜」
かすみ「なんですかぁ?」
彼方「大きいハート1枚って、割っていいのかな?」
かすみ「え〜……」
かすみ「食いついてくださいよぅ……」
彼方「ふふっ、分かってるよ〜」
かすみちゃんの作ったハートマーク
齧りつきやすそうな部分を探して、そうっと……咥える
彼方「かふみひゃん、かふみひゃん」
かすみ「なんですか?」
彼方「かすみちゃんの気持ちで釣れちゃった〜」
かすみ「………」
かすみ「……も」
かすみ「……もぉ〜っ!」
かすみ「なんなんですかそれ〜っ!」
顔を真っ赤にして声を張り上げたかすみちゃん
ぽかぽかとまったく痛くもない力で叩かれながら……ハートを齧る
彼方「あまぁい……」
お別れまで、あと半月もないけれど。
かすみ「も〜っ!」
彼方「えへへ〜」
でも……その日がきてもこの心の距離感だけはそのままだったらいいなって、思う。 case.8:かすみとバレンタイン 終了
ヒストリ
case1.果林 (洋服選び 5-32)
case2.璃奈 (菓子作り 45-102)
case3.歩夢 (クソゲー 118-151)
case4.菜々 (お勉強会 172-206)
case5.侑 (クリスマス 213-264)
case6.しずく(心中演技 275-341)
case7.エマ (年末年始 358-443)
case8.かすみ(バレンタイン 457-498) かなかす、すげえ良かった
初々しい感じでニヤニヤした 5、愛
9、遥
>>507 キャラクターセレクト(上の3,5,9からのみ)
>>509 内容選択(自由)
※注意事項
全て彼方との組み合わせ 彼方「はぁ……」
数日前、店舗で利用していた機器の故障によって
掛け持ちしていたバイトの一つが、急遽出来なくなった。
他のバイトのシフトに急遽入るなんてことは出来ないし
そうでなくても、ほかのバイトで入れないから掛け持ちしていたのだから……無理
そのうえ、
故障した機器が機器と言うこともあって、結構な期間バイトすることはできないって話で……
彼方「どうしよ……」
バイトが一つなくなるだけで、当然給与は減っていく
しかも、週3日は入れていたバイトが無くなると、
それはもう……激減する。
彼方「うぅぅ……」
愛「あっれー? カナちゃん、どうしたの?」
彼方「愛ちゃん……」
愛「誰かに振られた?」
彼方「ある意味振られた……」
愛「えっ……」
愛「カナちゃん振るとか……えっ、既婚者?」
彼方「ち〜が〜う〜……」
彼方「バイト……一つ出来なくなっちゃった……」 理由を説明すると、
愛ちゃんはひとしきり笑った後に、笑い事じゃないよね。なんて。
もう時すでに遅い取り繕う文句を呟く
愛「そっかー……失恋じゃなくて良かったよ……」
愛「けど、バイト先が一つ改装でダメになったって言うのは辛いね……」
愛「休みを喜べないんでしょ?」
彼方「無理……」
愛「ん〜……」
愛「ほかにバイトは?」
彼方「探してるけど、短期で入れるようなところって限られてるでしょ〜?」
彼方「そのうえで、時間も限られてるってなると……」
彼方「……日雇い選んだけど、追い払われちゃって」
愛「あぁ……」
日雇いだからって誰でも良いってわけじゃないんだよ。
役に立たないやつを雇う暇はないんだよ
あのさぁ……仕事舐めてる?
そうやって……鼻で笑われたり。
彼方「………」
愛「………」
愛「カナちゃんって、知り合いがいるとやり辛いとかってあったりする?」 彼方「え……?」
愛「カナちゃんさえよければだけど、ウチでバイトしてみないかなって」
愛「最近、雇ってたバイトが2人くらい止めちゃってさ……」
元々その予定だったから問題はないんだけどさ。と
愛ちゃんは明らかに困った様子で笑う
愛ちゃんはここ数日、部活をせずに早く帰ってることがある
家の用事だって言っていたけれど
たぶん……お手伝いをしているんだろうなぁ……
愛「だから、カナちゃんさえよければだけど……ウチで雇われない?」
愛「飲食店でのバイト経験ある?」
彼方「ない」
愛「そっか……でも、もんじゃは余裕だよね?」
彼方「うん……たぶん」
愛「カナちゃんはメニュー覚えたりオーダー取ったりは余裕だと思うし……」
愛「まぁ、主に洗い場担当して貰うと思うけど……」
愛「難しい仕事はお願いしないからさ、どうかな?」 彼方「愛ちゃんの方はむしろ良いの〜?」
彼方「勝手にスカウトしちゃって」
私としては、
バイトとして雇って貰えるなら、すっごくありがたい
知り合いがいるだけじゃなくて
知り合いのお店と言うのは……ちょっと気になっちゃうけど
でも、そんな我儘は言っていられないし、
愛ちゃんだって信頼してくれてのことだから。
けれど、お店側は……
愛「あー平気平気」
愛「実はさ〜……募集出してもなかなか来てくれないから」
愛「バイト探してる子いたら連れてきてってお願いされてるんだよね〜」
愛「カナちゃんなら看板娘にだってなれそうだし、絶対優秀だし」
愛「ぜひ来てよ!」 屈託のない愛ちゃんの笑顔
向けられる信頼
応えられるかなって不安はあるけれど……
彼方「看板娘にはなれないよ〜」
愛「え〜? カナちゃんならどの店の看板娘にだって敵うでしょ!」
愛「 " かな " だけにね!」
愛「あっはっはっはっは」
彼方「そっかぁ……」
敵うかなぁ……
いやぁ……無理だよね〜
でも、このまま月給の半分以上を失ったままと言うのは地獄が待ってるし。
彼方「とりあえず、試用期間……設けて貰えるかな〜?」
愛「当然」
愛「……って言うことは、受けて貰える!?」
彼方「うん。宜しくお願いします」
愛「いやいやいや!」
愛「こっちこそ、宜しくお願いします」
愛「ほんと、実は裏と表で手が足りない時もあって……裏に入ってくれるだけで超助かるよー!」
大喜びで抱き着いて来る愛ちゃん
初めてだからうまく出来るか分からないけど……うん、とにかく、頑張ってみよう かなかす最高だった
あんまレスしないけど読んでるから安心して続けておくれやす〜 天才かよ
かすかな好き好き 推し2人の最高のssありがとう ――――――
―――
放課後になって、
今日あるはずだったバイトもなく暇を持て余していた私
それならと……愛ちゃんはさっそく、実家でもあるもんじゃ焼き屋さんに連れていってくれた
……けど。
忙しそうにしている中
手伝いに飛び込んでいった愛ちゃんに置き去りにされちゃって。
彼方「えぇぇぇ……」
愛ちゃんがスクールアイドルとしての活動を始めて
それがどんどん人気が出て、比例してこのお店にもお客さんが増えてきたとか。
奔走するという言葉が適切な感じの店内
ぽつねんな私はとりあえず……バックヤードで待機
彼方「……うぅ」
みんなが忙しなく働いているのに
裏で座っているだけというのが、なんだか不快感。
こういうのも、職業病って言うのかな? 愛「あー……ごめんねカナちゃん!」
愛「もうちょっと待ってて!」
彼方「あ、うん……」
ちらっと顔をのぞかせた愛ちゃんは、
本当にそれだけでまた戻っていく
飲食店だから着の身着のままではなく、ちゃんと仕事用に着替えた愛ちゃん
普段よりもしっかりと纏められた髪型も似合っていて
一層しっかりとしているように見える
彼方「……頑張ってるなぁ」
部活も、おうちの手伝いも、同好会も
すっごく頑張っている愛ちゃんは、かっこいい こっそりと覗いてみる。
怒られないように……ちょっとだけ。
彼方「………」
オーダーを伝えに来て、
用意された分を持って行って、
オーダーを持って帰ってきて……また用意出来た分を持って行く
その繰り返し
それが愛ちゃんと、もう一人
そして、用意するのが愛ちゃんともう二人
洗い場は……手が空いたとき
オーダーが一気に来た時は、本当に洗い物は水につけたりして置いたままみたいで。
彼方「……そわそわしちゃう……」
洗い物が溜まってるというのが、気になっちゃう
独り蚊帳の外なのが申し訳なくなっちゃう
彼方「手伝っちゃダメかなぁ……」
愛ちゃんには、ダメって言われちゃった。 お店が落ち着いた辺りで、いよいよお話。
愛ちゃんの紹介ということもあって、
愛ちゃんも同席しての面接と言うか、顔合わせはちょっぴり不思議な気分。
愛「大丈夫! カナちゃ……えぇっと」
愛「彼方先輩は、ほんと、すっごいしっかりしてるから」
愛「料理も掃除も完璧だし」
愛「ほら見てこのプロポーション!」
彼方「変な紹介はやめて〜」
全力で看板娘へと推し出していく愛ちゃん
おばあちゃんはそれを笑って流してくれたけれど
でも、良ければやってもいいんだよ。なんて言ってくれちゃって。
愛「とにかく、カナちゃんは絶対いけるよ!」
健康に問題が無いかだけしっかりと確認されたけど
でも、無事に採用して貰えることになった バイトするのは明日から。
せっかくだからと送ってくれる愛ちゃんへと、一言お礼
彼方「ありがとねぇ……愛ちゃんのおかげですんなり採用して貰えちゃった」
愛「その信頼を得たのはカナちゃんだし……」
愛「お礼すべきなのはこっちだよー」
愛「見ててうずうずしてたでしょ」
彼方「えへへ〜……職業病かな」
愛「あはははっ、だとしたら生粋の仕事人だね〜」
愛「でも、飲食店未経験なら職業病って言うより」
愛「主婦的な思考なんじゃない?」
愛「油汚れとかそういうの」
彼方「あ〜……」
彼方「それあるかも……」
家ではいっつもすぐに洗ってるから、
洗い物が溜まってるのが気になるのは、多分ある。
愛「………」
愛「……そっかぁ」
愛「カナちゃん……彼方先輩は、将来良いお嫁さんになれそうだね〜」
彼方「そうかな〜?」
愛「そうだって、絶対」
愛「選ばれた男の子は幸せになるねぇ」 彼方「愛ちゃんに選ばれても幸せになれるんじゃないかな〜?」
彼方「趣味とか、普通に付き合ってくれるし」
彼方「賑やかを好む人は、愛ちゃんに没頭しそうだよ〜」
愛「えへへ〜そっかな〜」
ちょっぴり驚いて
照れくささを感じる笑顔を見せる愛ちゃん
バイト中の格好良さは薄れて
歳相応の可愛らしさが感じられる……なんて。
言ったら愛ちゃん、耳まで赤くなりそう
彼方「愛ちゃんって」
彼方「普段は快活でぐいぐい来るのに〜」
彼方「ここぞというときには恥じらうなんてギャップってやつだね〜」 愛「な、何言ってんの〜? も〜カナちゃんってば、冗談きついって〜」
愛「このこの〜!」
愛「近江だけに〜」
彼方「変化球だねぇ……」
愛「先にブーメラン投げたのはカナちゃんだけどね」
彼方「ん〜?」
愛「いや、何でもない」
愛「それじゃ……明日から宜しくね!」
彼方「うん、またね〜」
年齢的には彼方先輩だけど、バイト的には愛先輩
明日はそう呼んでみようかな〜なんて、
去っていく愛ちゃんの後ろ姿を見ながら考えてみたり。
彼方「愛先輩」
彼方「宮下先輩」
彼方「愛せんぱ〜い」
彼方「……かすみちゃんかな?」
……やめとこう。 その組み合わせ特有の空気を演出するのがほんとお上手でいくらでも読めちゃう ――――――
―――
愛「と言うことで、連絡した急遽新規で入ってくれることになった近江彼方さんだよ〜」
彼方「宜しくお願いします」
愛「基本的に洗い場担当して貰う予定だから、準備とかで頼っちゃだめだよ?」
一つの仕事専任
それはよくあることだけど、洗い場のみというのは聊か特殊な感じがする
一緒に働く先輩たちもそう感じたようで、
愛ちゃんが言った準備を手伝わせては駄目なのかと、戸惑ってるのが感じられた
でも、愛ちゃんは駄目だって言う
私は別に一緒にやっても良いのに……
大変な仕事だって分かってるからか、手伝わせたくないみたい。
愛「近江さんが洗い場の仕事で物足りなさそうだったら回しても良いけど」
愛「手一杯な感じだったら、無理強いしないでよ〜?」
彼方「精一杯頑張りますので、宜しくお願いします」
まだ見学一回の私に言えるのは、意気込みを語ることだけ。
いつまで手伝えるかは分からないけれど
でも、出来る限り力になりたいから……頑張るぞ〜! ……なんて
意気込んだはいいけど。
近江さん、これ追加!
近江さん、こっちもよろしく!
カナちゃん、もう3追加だよ〜!
ひっきりなしに洗い物が追加されていって、
あっという間に山が出来上がりそうになる
彼方「これは……凄いなぁ……」
限りなく丁寧に洗い物をしながら
限りなく手早く済ませないといけない
もちろん、私の手が少し遅れたって食器類や、調理器具が足りなくなるなんてことはないけど
でも、それは……
彼方「許せない――」
「近江さん追加!」
彼方「あっ、はいっすみません!」
集中集中! 一つ一つを丁寧に
そして、少しずつスピードを上げていく
放課後からの勤務
夕方以降のピークが気付かないうちにやってきて、
愛ちゃん達表に出ている子の行き来が激しくなり、
材料とかを用意するバックの子の動きが忙しなくなる。
それでも私に回ってくる仕事は変わらない
「はい! 次どれ!」
「こっち――」
「あっ、違うそっち!」
「も〜!」
「ねぇちょっと! これオーダー違う!」
すぐそばで足早に動き回る先輩たちがいる中で
私だけがただひたすらに洗い物をしていて
修羅場と言うか、本当に大変なのは見てるだけで伝わってくるし
愛ちゃんがそこまで手伝わせるのはって気を使ってくれてるのは分かる
でも……実力不足な感じがして、申し訳ない 彼方「こんなじゃ、全然手伝いになれてない……」
愛「いや〜……十分じゃないかな?」
彼方「愛ちゃん……」
愛「これ、追加ね〜」
愛ちゃんが持ってきた器とかを水につけて、
今ある分を洗いながら……一息つく
愛ちゃんはすぐに表に戻っていくことはなく、
背筋をぐっと伸ばしながら、手で顔を仰いでいた
彼方「そうかなぁ……」
彼方「何にも手伝えなかったよ〜……」 愛「そんなことないって」
愛「落ち着いてから手を付けてた洗い物が、今追加した分と少ししかないって時点で奇跡だから……」
「そうそう、近江さんはよくやってくれたよ」
彼方「あ、ありがとうございます」
「あんがとね〜、かなえっち」
彼方「か、かなえっち……?」
「近江彼方だから、かなえっち。いやならこのえっちにするけど」
彼方「えぇっと……お好きな感じで大丈夫です」
愛ちゃんだけじゃなくて
裏で一緒に働いていたみんなまで、喜んでくれて。
嬉しいけれど、ちょっぴり複雑
明日は用意も手伝えるくらいになれたらいいな。なんて、意気込みだけは十分
愛「手荒れ大丈夫?」
「あとでクリーム貸したげるよ」
彼方「え、そんな」
「良いから良いから、新人ちゃんお疲れ〜」
私よりも背の高い
果林ちゃんと同じかそれより上くらいの女の子
労ってくれるその子は、私よりも年下だった 彼方「……クリーム良いの借りちゃったなぁ」
愛「良かったじゃん!」
愛「カナちゃん、そこらへん結構甘いし」
彼方「甘い、かな〜?」
一応、ハンドクリームを使ってるし
荒れたままにならないように気を使ってはいる。
でも、愛ちゃん達みたいにしっかりしてるかって言われると……ちょっと迷う
見比べられると、
ちょっぴり年季が入ってしまっているかのように感じられちゃったり。
彼方「愛ちゃん的には、物足りない?」
バイト仲間となってる女の子が貸してくれたちょっと高そうなハンドクリーム
べたついたりしないし、
ほんのりとした石鹸の香りが優しくて。
そんな今の私の手は、それでもやっぱり愛ちゃんとは比べられない
愛「ん〜……正直に言っちゃっていいなら物足りないよね」
愛「もちろん、忙しいからって言うのは分かるけど……やっぱりもったいないよ」 愛ちゃんは私の手を軽く握って、揉む。
指で包むようにしながらの感覚は優しい感じ。
でもちょっと、こそばゆい
愛「まだ若いのに、ほら……こんなに皺っぽい」
彼方「んっ……」
愛「尿素系の含まれてるハンドクリームにした方が良いよ〜」
愛「普通の、ただの保湿効果だけとかだとどうにもならないだろうし」
愛「美容にはお金を使っても良いんじゃない?」
彼方「遥ちゃんには、良いのを使って貰ってるんだけどねぇ……」
それを言っちゃうと遥ちゃんに遠慮されちゃうから、
絶対に言わないけど。
スクールアイドルをすっごく楽しんでて、活躍もしている遥ちゃん
どちらに重きを置くかなんて、考えるまでもないよね
愛「愛さん的には、カナちゃんにも良いのを使って欲しいんだけどなー」
彼方「え〜?」
愛「料理してて思わない?」
愛「良い食材は、よりよく扱いたいってさ」 彼方「彼方ちゃん、良い食材なの〜?」
愛「そりゃもう、最高級じゃない?」
彼方「そっかぁ……」
彼方「………」
バイトの後の、暗くなりつつある帰り道
人気があったりなかったり
二人きりで歩いている夜
家までではないけれど、送ってくれる愛ちゃん
ふむ……
彼方「送り狼?」
愛「あはははっ、何それ!」
愛「愛さんが狼だって〜?」
愛「カナずきんちゃん、食べちゃうぞ〜?」
彼方「わ〜っ! 待って、待って!」 飛びついて来る愛ちゃんを避けられなくて、捕まっちゃう。
ぎゅっと抱きしめてくるその体は温かくて
私よりも大きくて。
彼方「危ないよ〜」
抱きしめ返しても抱き着いてるようにしか見えない気がして
腕を引っ込める
愛「っと……ごめんごめん」
彼方「別に良いけどねぇ」
彼方「そうそう」
彼方「次は、明日別のバイト入ってるから明後日かな〜」
愛「カナちゃんがいなくなったら困るなぁ……」
彼方「まだ一日だけだよ〜?」
愛「山積みの洗い物がない幸福感……カナちゃんならわかるでしょ?」
彼方「ん〜……」
彼方「そう言われると分かるかも〜」 1から100まで全部やっていた家のこと
でも、少し前から遥ちゃんにも手伝って貰うようになって
お料理で使った器具やお皿とかが他のことをやっている間に片付けられていたり
お洗濯の一部をやって貰えていたり……なんだり。
そんなちょっとしたことで、かなり救われていたりもして。
そう考えれば
洗い場に食器類が溜まっていないというだけであんなにも喜んで貰えたのもわかっちゃう。
愛「やっぱり、ピークが終わった後に洗い物が溜まってるとさ」
愛「どうしても溜息が零れちゃう子もいるみたいなんだよねー」
愛「それが今日は片付いてたから余裕も出来て」
愛「すぐに休憩入れたりして……ほんとよかったよ」
それが普通なんだけどね。と、困ったように言う愛ちゃん
人手が十分だったころは問題なかったのだろうけど
足りなくなっちゃったから、余計に苦しいのかも。
愛「時間帯ずらして貰ったりしてある程度調整してるけど……」
彼方「しわ寄せ来ちゃうよね〜」
急遽休みになった人がいたり、
突然辞めちゃう人がいないこともない今までのバイト
私も、しわ寄せの経験は身に覚えがある 愛「そうそう!」
愛「だから、みんなありがとってね」
愛「カナちゃん的には楽な仕事かもしれないけどさ」
愛「アタシ達からしてみれば洗い場専任もきつい仕事だから」
愛「あんまり無理、しないでいいからね?」
彼方「大丈夫〜」
心配してくれる愛ちゃん
あのハンドクリームを貸してくれた子達だって、
私のことを評価してくれて
そのうえでありがたいと思ってくれているからこそのもの。
だからこそもっと役立てるように頑張ろうって思っちゃうけど。
彼方「無理なんてしてないよ〜」
愛「ほんと〜?」
愛「あやっしいなぁ?」
彼方「ほんとだよ〜」
わざわざ下から覗き込む愛ちゃん
でもほんとに無理してないよ。
――愛ちゃん、よりは。
彼方「愛ちゃんこそ、無理してないかな〜?」
愛「愛さんは問題ないよ〜!」
愛「実家だよ? 実家!」
愛「大丈夫だって〜」
愛ちゃんは押し付けるように言い放って、歩いていっちゃう
ほんとかな……? ――――――
―――
彼方「えっホールスタッフ?」
愛「いやいやいや、ダメだって!」
愛ちゃんはスクールアイドルだってみんな知っていたけれど、
自分から周知してなかった私は普通の一般人……だったのに。
一緒にバイトしていた子が私のことを友達に話した結果、
私のライブを見ていたその子から流れて。
愛ちゃんと一緒にホール側をやってみないかって話が出てきちゃった。
名前が知られてきてるっていうのは、良いこと……かな〜?
ダブルスクールアイドルのもんじゃ焼き店
それって良さげじゃない? って賑わうほかの子達と、反対する愛ちゃん
愛「カナちゃんだよ? 邪まなお客さんが増えちゃうよ!」
彼方「邪ま……?」
「あー……」
彼方「なんで納得しちゃうかなぁ……」
そもそも、愛ちゃんが看板娘推してたのに
他の子からの推薦だとダメって言うのは、どうなんだろう?
彼方「そうだねぇ……邪まなお客さんは増えないと思うけど」
彼方「私、まだ全然仕事覚えられてないよ〜?」
なんて。
当たり前のことを言っただけなのに。
仕事覚えてない新人バイトからのドジっ子属性がつくんじゃないかって議論に発展しちゃった。 愛「ごめんねー……できれば裏だけで済ませてあげたかったんだけど」
彼方「ん〜ん。良いよ〜」
彼方「洗い場だけでしか働かないっていうのも、気になっちゃってたからね〜」
愛「その方が、カナちゃんには良いと思ってさー」
散々看板娘を推してきたのに? なんて
ちょっぴり意地悪を言ってみると
愛ちゃんは照れくさそうに笑って、誤魔化す
愛「人によってはさ、もんじゃとかのにおいがつくのが嫌だって人もいるんだよね」
愛「カナちゃんがそうだとは思ってないけど」
愛「そんなにおいついたら、遥ちゃんから引かれちゃうかもしれないし」
彼方「遥ちゃんは大丈夫だよ〜……」
彼方「それとも」
彼方「愛ちゃんは今の私のにおいの方が好きなのかな〜?」
愛「カナちゃんの匂いは良い匂いだから好きかなー……」
愛「彼方だけに!」
愛「なんて……あはははっ」
愛「……カナちゃんの長い髪が痛んじゃうよ?」 彼方「それを気にしてくれてたんだねぇ……」
彼方「でも、愛ちゃんもそれなりの長さじゃないかなぁ?」
愛「アタシは長いって言ってもせいぜいこの程度」
愛「でもカナちゃんはここまでくるでしょ?」
愛「纏めれば良いって言っても限度ってものがあるから」
どうにかできないこともないけど
それはそれで。なんていう愛ちゃん
手で私の髪をまとめながら、それっぽい形にして見せてくれる
少し唸って、
やっぱり……困ったように笑う
愛「カナちゃん、ゆるふわなくせっ毛でしょ?」
愛「それをまっすぐ下に下ろしてるだけだからさ」
愛「それをこんな風に纏めちゃうと……ほら」
彼方「ほら?」
愛「それなりに煽情的になる!」
彼方「えぇ……」
愛「えーなにその反応」
愛「カナちゃん、さては自分が異性の目を惹くって本気で思ってないな〜?」
愛「言っておくけど……カナちゃん、結構人気なんだからね?」 彼方「えへへ〜そうかなぁ?」
愛「だからホールには出したくないんだよー」
愛「カナちゃん、ここのっていうか……」
愛「飲食店の制服似合いすぎ」
愛「雰囲気も相極まって、堪らない人もいるって絶対!」
愛「ファンに目を付けられるね、間違いない」
愛ちゃん大絶賛な今の私
ホールスタッフ用の服に着替えて、鏡の前
愛ちゃんが言うほどかなぁ? なんて思うけれど
客観的には愛ちゃんが言うような感じなのかもしれないって思う。
愛「唾つけちゃうべきかなー?」
彼方「え〜? ダメだよ〜」 愛「女同士でもいけるって!」
彼方「こらこら〜」
愛「あはははっ、冗談冗談!」
愛ちゃんは高らかに笑いながら
私の左手を持ち上げて、手ごろなリングを薬指に嵌めた
愛「おぉ……これでちょっとトレン……トレイ持ってみて」
彼方「こう?」
愛「指輪見える感じで」
彼方「ん〜……こんな感じ?」
愛「………」
愛「……奥さん、パート大変っすね」
彼方「怒っちゃうぞ〜?」 愛「大人っぽいって意味なのにー」
彼方「そう感じられなかったのでだめで〜す」
愛「きっびし〜!」
愛「……」
愛「でも、カナちゃん大人の蠱惑感があるって言うか」
愛「えっちだよねぇ……かなえっちだけに!」
彼方「いやらしいなぁ……」
愛「あっはっはっは」
愛「ははっ」
愛「………」
愛「なんか変なのに目覚めそうだから、その目やめて欲しいかなー!」
愛「目、だけにー!」
笑ってごまかす愛ちゃん
別に睨んだりしてないし
普通にしてたはずなんだけどなぁ
見ちゃだめなら……なんて。
耳に口を近づけて……
彼方「愛ちゃんのえっち〜」
愛「っ!?」
愛「ず、っ……る!」
愛「カナちゃん……」
彼方「なぁに?」
愛「えっち、はれんち、このえっちは〜? かなえっちー!」
愛「次のライブのコール&レスポンスはこれに決定ってゆうゆに言っておくから」
彼方「それはだめ〜っ!」 ホールでの仕事は、思っていた以上に大変だった
来店してきたお客さんを座席へ案内したり
オーダー対応して、頼まれたものを運んで行ったり。
場合によっては、作ってあげたり。
レジの対応とか、お客さんが帰った後の清掃とか。
金額とかを覚えていないからレジ打ちまではさすがに出来ないけれど……
でも、それ以外だけでも十分にボリュームがあって。
彼方「はぁ……ふぅ……」
愛「カナちゃんお疲れさま〜」
愛「でも、あともうちょい頑張って!」
ぺしんっと肩を叩かれて顔を上げる
たった1日でへとへとになっちゃうホールスタッフの運動量
これが普通なのかな、それともここが特別なのかな
彼方「頑張るよ〜……」
愛「もうちょっとテンション上げて〜!」
彼方「ん〜……おぉ……」
崩れ落ちそうなのを責任感で塗り固めて、大きく胸を張って
彼方「いらっしゃいませ〜!」 彼方「ありがとうございました〜!」
最後のお客さん……ではないけど。
客入りも落ち着いてきて、ようやく一息。
愛「カナちゃんお疲れ様〜」
愛「休憩いこ、休憩」
彼方「そうだねぇ……」
愛ちゃん達と休憩に入って、他の人達と入れかわり
椅子に座って……そのまま休憩室の机に突っ伏す。
足も腰もなにも……限界ギリギリ。
彼方「はぅぅ……」
愛「あっはっはっは!」
愛「カナちゃん大丈夫〜?」
愛「今日、ウチ泊まってく?」
彼方「ううん、遥ちゃんが待ってるからねぇ……」
愛「そっかー残念……」 愛「ほんと、お疲れ様」
愛「初めての人は普通あそこまで動けないんだよー?」
愛「愛さんビックリしちゃったよ」
愛「同じくらい動こうとしてるんだもん」
ついつい頑張っちゃったって零す愛ちゃん
それにもついて来ようとするんだから。なんて……
愛ちゃんは私に向かって厚めの紙で風を送ってくれる
彼方「すずしぃ〜」
愛「研修期間なんだから、補佐程度でも良かったのに」
愛「………」
愛「カナちゃん、結構真面目だよね」 愛「……良ければ、だけどさ」
愛「いっそ、休業中のバイト辞めちゃってさ」
愛「こっちで、ずっとバイトしようよ……」
愛「あっ、いや……ごめん」
愛「それじゃ、真面目なカナちゃんは断固拒否るよね」
間違えた間違えた
そう繰り返す愛ちゃんを見ると、ちょっぴり寂しそうな表情
私はもうしばらくここでバイトさせて貰うけれど
でも、改装が終われば向こうに戻るつもりだから……かな?
学校でなら、会おうと思えば会えるのに。
愛「慣れれば、カナちゃんはあたしにも負けない戦力になってくれそうだし」
愛「お給料だって、その分弾んで貰えるだろうし」
愛「知り合いだからって忖度も何もなし、カナちゃんならここで上手くやってけるよ!」
彼方「ん〜……体力的な問題もあるからねぇ」
愛「……もんじゃとかのにおいがついちゃうけど」
彼方「あははっ」
彼方「この匂い、私は好きだよ?」
彼方「だって、ここが愛ちゃんの家なら」
彼方「それはつまり、これこそが愛ちゃんの匂いってことでしょ〜?」
愛「……そういうとこだよ……まったく」 彼方「ん〜?」
愛「そのとぼけた顔、演技だったら愛さん怒っちゃうぞ〜」
彼方「え〜?」
愛「……それで、どう?」
愛「このままここでバイトしてくれない?」
愛「正直、調理師とか栄養士の資格を取れるフードデザイン専攻のカナちゃんは」
愛「親友……って言っていい?」
彼方「言わせて〜」
愛「あははっ……ありがと」
愛「まぁ、親友の贔屓目を抜きにしてでも欲しい」
愛「栄養士や、調理師の資格持ってる調理スタッフがいるってさ」
愛「ウチみたいな飲食店では……ほら、やっぱ、信頼とか安心感とか」
愛「そういうのでめっちゃ強みになるんだよねぇ」
愛「なんでそんな資格持ってもんじゃ屋!? とかなるだろうけど……でもさ」
愛「お客様に満足して貰う上で、それ系の資格持ってる人って……かなり重要なんだよね」 彼方「なるほどね〜」
彼方「実はさ、スーパーでも似たようなこと言われたんだよねぇ」
彼方「総菜売り場ってあるでしょ?」
彼方「あれってお店の中で作ってるのもあって」
彼方「フードデザイン専攻なら、そっちに移らないかって」
愛「え……それで?」
彼方「ううん。断っちゃった」
彼方「そっちでやるには、時間が全然合わなくなっちゃうから」
落胆されちゃったけど
でも、時間が合わなくなっちゃったらバイト自体が出来なくなっちゃうから、仕方がない。
愛「それで、どう?」
愛「ウチのフードデザイン学科って一応、栄養学学んでれば栄養士資格が卒業でとれるでしょ?」
愛「それに飲食店実務を加えれば管理栄養士の資格まで取れるんだよね?」
彼方「ちょっと違うけどねぇ……」
彼方「栄養士としてバイトする必要があるから」
愛「そっか……じゃぁ厳しいかな?」
愛「ここで栄養士採用なら、大丈夫?」
彼方「ん〜……実はそこまで詳しく調べてないんだよねぇ」 愛「じゃぁさじゃぁさ!」
愛「ウチで栄養士採用できて」
愛「それで実務経験OKなら、考えてよ!」
彼方「そこまでしてくれなくてもいいんだよ〜?」
愛「いやいや!」
愛「ウチの店がが欲しいんだって!」
愛「いや……アタシが欲しいんだって!」
愛「今後、いつまでもこのお店を続けていくには」
愛「今のままじゃダメだと思ってる」
愛「古き良き。それも大事だけどさ」
愛「やっぱり改革は必要で……」
愛「でもアタシには栄養士とか向いてなかったし、もっと別のことを手につけなくちゃいけなくて」
愛「だから情報処理学科を選んじゃったんだけど……」
愛「だからこそ、ちゃんとした資格を持つことのできるカナちゃんが……」
愛「彼方先輩が欲しい!」 本当に真剣で
勢いだけじゃない思いがあって
だから……とても力強い
彼方「そっかぁ……」
彼方「うん……」
彼方「彼方先輩か〜……」
彼方「えへへ……」
いつもはカナちゃん呼びの、愛ちゃんからの本気の声
それはすっごく嬉しくて
私を信じてくれていて
私を頼ってくれていて
彼方「でも」
彼方「……本当に私で良いの?」
彼方「愛ちゃんが育ってきたこの場所が、無くなっちゃう可能性だってあるんだよ?」
愛「何もせずに失うよりも、抗いたいってあたしは思う」
愛「おばあちゃんだって……言いたくはないけど、いつまでもはいてくれない」
愛「安心させたいんだ。アタシにはこの人がいるって、一緒にこのお店を守ってくれる人がいるって」
愛「それが……カナちゃんだったとしたら、アタシは嬉しい」 彼方「………」
彼方「ふふふっ」
愛「何か変なこと言ったかなー?」
彼方「ううん、言ってない」
彼方「ただ、ただね……」
笑っちゃうのは失礼だけど
でも、これは別におかしくて笑ったわけじゃない
愛ちゃんの将来を委ねられるような
そんな大役を任せようとしてくれているからこそ……照れくさい
言っていいかな
言っちゃダメかな
そう思いながら、口は動いちゃって。
彼方「なんだか、プロポーズみたいだな〜って」
愛「えっ、あっ……あぁっ!?」
愛「ち、ちがっ……」
愛「いや、違わないけど違うって言うか!」
愛「アタシは別に……けど……あぁ……もう……」
愛「そうだよ!」
愛「そう……そう受け取って貰ったってかまわない」
愛「恋愛的な意味ではないけど……そう。出来たらあたしと……添い遂げて欲しい」 愛ちゃんはすっごく照れくさそう
でも、真剣さは変わらない
恋愛的な意味がないのはもちろんだけど
でも、大切なこの場所を一緒に守って欲しいって
彼方「そっかぁ……」
彼方「そこまで言われちゃうとね……えへへっ」
愛ちゃんが最初に左手の薬指に嵌めてくれたリング
ずっと外していたそれを、
意味ありげに、持ち上げてみせる
彼方「婚約指輪……受け取っちゃったし」
愛「渡した覚えないよ!?」
彼方「ご家族への挨拶もしちゃったし」
愛「してな……したけど!」
彼方「いいよ〜?」
彼方「愛ちゃんと、添い遂げても」
愛「え……ほんと?」 彼方「え〜」
彼方「こんな大事なことで嘘なんてつかないよ〜」
彼方「もちろん、考えるべきことはあるから……卒業してからになっちゃうけど」
彼方「ちゃんと考えて……力になれるように頑張るよ」
愛「カナちゃん……」
愛「ありがとー!」
愛ちゃんはすっごく嬉しそうに、抱き着いて来る
とっても重要な役割だから、
安易なことは言えないし
勉強だってもっと頑張らなきゃいけない
だから、まずはちゃんと学校を卒業してから
彼方「でも、それは私の気持ち」
彼方「周りを説得したり、ちゃんと……説得力のある実力をつけるのが先だからね?」
愛「ううん、それでもいい」
愛「……ありがと」
愛「アタシもこれから、もっともっと頑張るよ」
彼方「頑張りすぎて、倒れちゃだめだよ〜?」 カナちゃんにそれ言われちゃうか〜なんて
困り顔の愛ちゃん
でも、私は凄く近くで見てるから分かる
そんな時があったからこそ、分かる
彼方「おいで〜」
愛「え……?」
席を立って、
良さげな場所に座り込んで……膝を叩く
彼方「彼方ちゃんの膝、貸してあげるから」
彼方「ゆっくり休みなよ〜」
愛「……」
愛「ん……ありがと」
強がりを言わずに、愛ちゃんは私の膝を枕にして横になる 彼方「一緒に頑張ろうねぇ〜」
愛「そうだねー……」
愛「あ〜あ……どっちかが男の子だったら、結婚も出来たのになぁ」
彼方「そうだねぇ……」
彼方「私、寿退職を予定してるから、気を付けてね〜」
愛「え〜……」
彼方「嫌なら……私を惚れさせてみせてよね〜愛ちゃん」
愛「愛さんが惚れるんじゃ、ダメかな」
彼方「だ〜めっ」
冗談めかして、かわいい愛ちゃんの横髪を撫でてあげる
もうしばらくは、臨時のアルバイト
まずはそれを精一杯頑張ろう
それで――いつか。
なんて、ね
彼方「……彼方ちゃんも、ちょっとだけおやすみしよ〜っと」
まず、体力つけよう。
……なんて思いながら、目を瞑った case.9:愛とバイト 終了
ヒストリ
case1.果林 (洋服選び 5-32)
case2.璃奈 (菓子作り 45-102)
case3.歩夢 (クソゲー 118-151)
case4.菜々 (お勉強会 172-206)
case5.侑 (クリスマス 213-264)
case6.しずく(心中演技 275-341)
case7.エマ (年末年始 358-443)
case8.かすみ(バレンタイン 457-498)
case9.愛 (一緒にバイト 510-575) 次caseは後日
残りは遥だけなので、内容安価のみ 愛さんイケメンすぎて彼方ちゃんも惚れるわこんなん
あなたは最高です! もんじゃみやしたのこれからを2人で。素晴らしすぎる…
遥まで終わったら2周目突入してくれ 貴重すぎるかなあいありがとうございます……
好きな二人だけど全然絡みあるSSなかったので嬉しい 貴重すぎるかなあいありがとうございます……
好きな二人だけど全然絡みあるSSなかったので嬉しい これが天才なんだなあ
負担になるかもしれないけど、できれば全キャラの誕生日で全カプ描いて欲しい 少ないけどそのためにお金出したいくらい 俺の推しカプss描いてほしいわ >>589
んな無理言うな…こういうのは本人が書きたいものを書くから素晴らしいものになる
お前の推しカプはお前が書くんだぞ 短編集って銘打ってるからあれだが実質彼方カプ10作分だぞ
頼まれて書くもんじゃないもんじゃ やっと追いついたぜ
「私のジャンルに神がいます」って漫画あるけど、まさに俺らの心境そのものだと思うわ
特級らっかせい氏には感謝、尊敬、信頼の念を抱かずにはいられない かなあいめちゃくちゃ良かった
俺も彼方の発言を見る前から愛さんプロポーズかな?と思いながら読んでた
愛さんが彼方を大切に想う発言も多かったし、すごくエモかった キャラクターセレクトは遥固定
>>597 内容選択(自由)
※注意事項
彼方との組み合わせ 今までのcaseを夢で追体験して脳破壊され独占欲に目覚める遥ちゃん 彼方「遥ちゃん、何してるの〜?」
遥「あっ……えっと……」
初めは、
家に帰って来た時、遥ちゃんは私のクローゼットを漁っている程度の……
ほんの些細な事だったと思う
私と遥ちゃんのクローゼットは向かい合っているから
間違えることはないはずだけど
でも、ちょっとした勘違いとか
下着が入れ替わってるとか
そういうことがあっただけだって。
遥「何でもないよ……なんでも」
遥「………」
遥「お姉ちゃん、なんか。こう……」
彼方「ん〜?」
遥「こういうお洋服、持ってなかったっけ?」
私がとても買わないようなお洋服を着たモデルさんを見せてきたり
困った顔で、そうだよね……って、呟いたり。
――片鱗はあったと思う 突拍子もない行動はそれだけでなくて
璃奈ちゃんの家はどうだとか
ゲームはどうだとか
良く分からないことまで言うようになって
遥「お姉ちゃん待って」
彼方「遥ちゃ――」
学校に行こうとした私の腕を掴んで、左手を検める
彼方「は、遥ちゃんどうしたの〜?」
彼方「なんだか、怖いよ〜……?」
遥「………」
遥「指輪は?」
彼方「指輪って?」
遥「してたよね?」
彼方「え?」
遥「侑さんから貰った、指輪」
遥「お姉ちゃん……凄く大切にしてたから、知ってるんだよ?」
彼方「え? えっ?」
彼方「な、何言ってるのか分からないよ……?」 遥「え………」
遥「あれ……?」
遥「侑さんと、付き合ってるんじゃなかったっけ……」
彼方「侑ちゃんと私が?」
付き合う?
女の子同士なのに?
いや、それを差し引いたってそんな
何の脈絡もない……
彼方「付き合ってないよ〜」
遥「そう、だったっけ……」
彼方「……遥ちゃん大丈夫?」
彼方「今日、学校休む?」
遥「ううん。だい、じょうぶ……」
遥「ごめんねっ」
遥「最近……変な夢ばっかり見ちゃって……」
カラ元気な遥ちゃん
やっぱり休んだ方が良い
そう言った私を振り切って、遥ちゃんは学校に行って。
そうして。
その日の夜――小さな家の中に悲鳴が響き渡った 遥「お姉ちゃんっお姉ちゃんっ……お姉ちゃん……っ!」
彼方「よしよし……」
夜中に悲鳴を上げて飛び起きた遥ちゃんは
驚いて目を覚ましちゃった私に飛びついてきて
生きてるよね、死んでないよね。
なんて……なんだか怖いことを言いながら泣き出しちゃって。
彼方「大丈夫だよ〜……大丈夫……」
頭を撫でながら、優しく声をかけてあげて
寝付くまで一緒にいてあげる
彼方「今日は一緒に寝ようね〜」
遥「うん……」
遥「うんっ……お姉ちゃんと一緒にいる……」
抱き着いて来るお姉ちゃんは可愛いけど
でも、ちょっぴり。
嫌な予感がした >>601 最後から三行目修正
遥「お姉ちゃんっお姉ちゃんっ……お姉ちゃん……っ!」
彼方「よしよし……」
夜中に悲鳴を上げて飛び起きた遥ちゃんは
驚いて目を覚ましちゃった私に飛びついてきて
生きてるよね、死んでないよね。
なんて……なんだか怖いことを言いながら泣き出しちゃって。
彼方「大丈夫だよ〜……大丈夫……」
頭を撫でながら、優しく声をかけてあげて
寝付くまで一緒にいてあげる
彼方「今日は一緒に寝ようね〜」
遥「うん……」
遥「うんっ……お姉ちゃんと一緒にいる……」
抱き着いて来る遥ちゃんは可愛いけど
でも、ちょっぴり。
嫌な予感がした ――――――
―――
お昼休みになると、
スマホの振動が途切れては震え、途切れては震える
電話の相手はいわずもがなって言っちゃうとあれだけど……遥ちゃん
彼方「おぉぅ……」
家を出るときは手を握るどころか腕を組んできて
ギリギリまで私と一緒の道を歩いて……別れてからは、電話
授業の合間合間を狙い撃ちしたかのように連絡を送ってきて
お昼休みには、また電話
彼方「……もしもし?」
遥『よかった! も〜心配させないでよ!』
遥『あと少しでも遅かったら、そっち行こうと思ってたんだからね?』
彼方「遥ちゃん……ほんと」
彼方「彼方ちゃんは全然、平気だから」
彼方「夢占いだって、吉――」
遥『そんなの信じられないよ……』
遥『信じられない……無理……』
遥『やだ……お姉ちゃんがいなくなっちゃうなんて……嫌だよ……』 ラストとして最高のネタだな
遥ちゃんがこんなん見せられたらそりゃ脳が破壊されますね 彼方「遥ちゃん……」
遥ちゃんは、私が死ぬ夢を見た
ううん、ただ死ぬ夢ならよかったって言えるくらいに酷い夢だった
私と、しずくちゃんが一緒に
そう、心中してしまう夢を見たらしい。
だから気が気じゃない
遥『もしかして近くにしずくさんがいるの?』
彼方「いないよ〜」
遥『……ほんと?』
彼方「ほんとだよ〜」
遥『………』
遥『じゃぁ、スピーカーにして』
彼方「ここで……?」
教室だから、別に聞かれたら困るようなことは何もない。
電話相手がちょっと鬼気迫ってるというのが周りに知られかねないのを除けばだけど
遥『出来ない? させて貰えない?』
遥『なら、今すぐそっちに行くから』
彼方「分かった! 分かったからっ!」 仕方がなくスピーカーモードに切り替えると
あっという間に周囲の声が流れ込んでいく……と思う。
昼休み特有の雑談ばかりの音を、遥ちゃんはどう思ってるんだろう?
彼方「しずくちゃんはいないよ〜?」
遥『黙ってるだけかもしれない』
彼方「え〜?」
遥『……本当にいないよね?』
彼方「いないよ。大丈夫」
遥『そっか……』
信じていいんだよね?
遥ちゃんの口から零れる不安に
私は「大丈夫」としか返してあげられない
遥『信じる、からね』
遥『お姉ちゃんはいなくならないって』 遥ちゃんは明らかに普通じゃない
今までも、くっついてきてくれることは当たり前だったけど
ここまで……なんていうんだろう
ここまで強いのはおかしいもんね……
変な夢を見ちゃったのが原因だって言うのは、分かってるけど。
遥『……お姉ちゃん、私とずっと一緒にいてくれるよね?』
彼方「うん、もちろんだよ〜」
遥『先にいなくなっちゃったり』
遥『私の知らない、どこかに行っちゃったり』
遥『そんなこと……しないよね?』
彼方「う、うん……」
遥『……お姉ちゃんが一番好きなのは私だよね?』
遥『だから、一人にしたりしないよね?』
彼方「当然だよ〜……置いていけないよ」
今の遥ちゃんを一人にするなんて
見て見ぬふりするなんて……そんなこと、絶対に出来ないよ 彼方「電話切るよ〜?」
遥『どうして? しずくさんと約束があるの?』
遥『それとも侑さん?』
彼方「違うよ〜」
遥『……やっぱり、心配』
遥『そっち行こうかな』
彼方「学校があるんだからダメだってば〜」
遥『転校する』
彼方「こらこら……」
遥『じゃぁ、お姉ちゃんがこっちに来て』
遥ちゃんの声は、震えているようにも感じられて
強く突き放すなんて当然だけど出来るわけもない
彼方「今は電話で我慢しようよ」
電話料金……上がっちゃうのに……
なんとか、出来ないかなぁ ――――――
―――
遥「お姉ちゃん、帰るの?」
彼方「えっ」
同好会には休む連絡を入れて、
早く遥ちゃんのところに行こうと思った矢先
校門の前に立ち尽くしていた遥ちゃんに見つかっちゃって……
彼方「遥ちゃんのところに行こうと思って」
遥「……ほんとうに?」
遥「私、何も聞いてない」
遥「今日はバイトもないし、同好会の練習をする予定……だったよね?」
遥「なのに同好会を休んでどこかに行くの?」
遥「本当に、私のところにきてくれようとしたの?」
雰囲気が怖い遥ちゃん
私が何を言っても無駄そうな感じで、でも……私は胸を張って答えておく
だって、嘘じゃないから。
彼方「そうだよ。遥ちゃんのところに行こうとした」 遥「………」
遥「お姉ちゃんがそう言うなら……」
遥ちゃんは訝し気な表情を見せたけれど
すぐに笑って、雰囲気をがらりと切り替える
いつもの可愛い遥ちゃん
遥「……私、スクールアイドル辞めた」
彼方「そっか……」
彼方「……ん」
彼方「えっ!?」
遥「本当は学校もやめようと思ったけど……それはさすがに行き過ぎてるかなって思って」
とんでもないことを口走りながら
でも、いつも通りの愛らしさで
遥ちゃんにとってはとるに足らないことのように、笑っていて。
彼方「な、ななななな何言ってるのかな!?」
遥「何って……学校もやめて良かった?」
彼方「違うよっ!」
彼方「スクールアイドル……なんで……」
遥「だって……その分お姉ちゃんから離れることになっちゃうから……」
遥「その隙に何かあったら……私、耐えられないもん」 彼方「ただの」
彼方「ただの夢だよ……っ」
遥「お姉ちゃんは知らないから!」
彼方「っ……」
遥「あんなの、夢じゃないよ……」
遥「はっきり、覚えてるんだよ?」
遥「お姉ちゃんが侑さんと付き合って、私よりもそっちを優先していくようになっちゃったり」
遥「お姉ちゃんがだんだんと様子がおかしくなって」
遥「しずくちゃんには私がいなきゃダメなの。なんて言いながら……どんどん、壊れていって」
遥「それで、それで……最後には虹ヶ咲の校舎内で二人で自殺しちゃうの」
遥「冷たくなったお姉ちゃんの手、固くなったお姉ちゃんの身体」
遥「二度と開かない目と口」
遥「全部はっきり覚えてる! 今も、この手に感じるの……」
遥「怖い」
遥「怖いよ……嫌だよ……お姉ちゃん……っ……」
遥「私を置いていかないでよっ!」
遥「お願い……」
遥「お願いだから……」
遥「私を一人にしないで……」 エマ編は遥ちゃんも癒される内容だからなんとかそこまで耐えてくれ 放課後の校門前
この時間の校内では最も人の目がある場所で、号泣する遥ちゃん
縋りつかれる、私。
彼方「遥ちゃん……」
人目なんて気にしていない
遥ちゃんはそんな余裕なんてない
だって、一度は止めようとして
でも、私と一緒に続けていくと決めたスクールアイドルをこんなにもあっさり辞めちゃうんだから
遥「やだ……」
彼方「大丈夫だから」
彼方「遥ちゃんを置いてどこかに行くなんて絶対にありえないよ〜」
彼方「信じて?」
彼方「ね?」
遥ちゃんを抱きしめて、頭を撫でてあげる
周りの人たちが「修羅場」とか「禁断」とか
何か色々言ってるけれど……気にしてられない。
そんなことで恥じらって遥ちゃんを突き離したりしたら……本当に終わっちゃう気がして。 遥「約束だからね……」
彼方「うん」
遥「腕組んでていい?」
彼方「仕方がないなぁ……」
遥「今日一緒に寝てくれる?」
彼方「いいよ〜」
遥「明日も、明後日も……ずっと一緒にいてくれる?」
彼方「う〜ん……バイトがあるんだけど……」
遥「なら私も一緒にバイトする!」
遥「それが駄目なら、ずっと見てる」
遥ちゃんは全部本気
私が駄目だって言わないとバイトをするだろうし
それならそれでどこかから私を見つめてる 怖いけど、でも、本気
今日の夜また違う夢を見たら、この態度は変わるのかな
きっと……悪化しちゃう
彼方「……見てて良いよ」
スクールアイドル、やめた方が良いかな……
それで、バイトの時間早くして
遥ちゃんが遅くならないように……でも……
遥「お姉ちゃんとずっと一緒にいる」
彼方「も〜甘えん坊だなぁ」
遥「……嫌?」
彼方「そんなことないよ〜」
彼方「彼方ちゃんだって、遥ちゃんがいつか離れていっちゃうんじゃないかってドキドキだったからねぇ」
恋人が出来たり、
進学したり
結婚したり
何かがあっていつかは別れていくものだから
でもまさか、こんなことになるなんて思わなかった 遥「どこにもいかないよ」
遥「私、お姉ちゃんとずっと一緒にいる」
遥「……お姉ちゃんも、東雲に来てくれたらよかったのに」
遥「そうしたら、こんな不安になることもなかったのに」
違うかな
そう零した遥ちゃんはもっと強く私の腕にしがみ付いて来る
絶対に離さない
絶対に離れない
そんな意思を感じる遥ちゃんの力
遥「私がもっと勉強頑張って、虹ヶ咲に入学したらよかったんだよね」
遥「奨学金貰えるくらい」
彼方「そんなこと気にしなくていいのに〜」
遥「ううん。私が一緒に居たいの……居たかったの」
遥「だって……」
遥「今日一日……連絡が遅いだけで、電話に出てくれないだけで」
遥「死にそうなくらい、不安になって怖くて……気が気じゃなかった」
遥「転入はもう遅いから……私、就職も進学も。お姉ちゃんと一緒の場所にするね」
遥「二度と……間違えたりしないよ」 心中のときといい、壊れかけの人間の書き方がすごいすき
更新楽しみです 彼方「間違えてないよ……」
彼方「真剣に悩んで、相談して、考えて……それで決めたことなのに」
彼方「間違えたなんて、言っちゃだめだよ……」
遥「ううん、それだけ悩んでも間違えることだってあるんだよ」
遥「……お姉ちゃんのことが大事なら、死ぬ気で勉強してでも虹ヶ咲学園を選ぶべきだった」
遥「私は、逃げちゃったんだ」
過去を悔やみ、自分を憎み、
恨み言のように遥ちゃんは言葉を噛みしめる
そんな必要なんてないのに
そんなはずがないのに……なのに。
彼方「遥ちゃんのことを悪く言うのは、遥ちゃん自身だとしても許さないよ〜」
遥「………」
遥「じゃぁ……お姉ちゃんは私が傍に居ない方が良かったんだ」
遥「その方が嬉しいんだ……」
彼方「ち、ちがっ」
遥「やっぱり……私を置いていくつもりなんだ」
彼方「違うよっ……違うから」
彼方「ね……? 本当に、違うから……」 遥「だったらどうして、悪く言うのは許さないなんて言うの?」
遥「どっちの方が一緒にいられるのか考えたら」
遥「前の私が間違ってたのは明白だよね……」
遥「なのに、それを咎めちゃいけないって言うってことは」
遥「お姉ちゃんは一緒に居たい私が間違ってて、一緒にいられなくなった私が正しいって思ってるってことだよね?」
彼方「痛っ……」
遥ちゃんの腕を組む力が強くなって
組み敷かれているかのような感覚に、痛みが走る
足は止まって、俯きがちな遥ちゃんの見えない口から聞こえる声
怖い……
この遥ちゃんは、怖い
彼方「痛い……痛いよ、遥ちゃん……」
遥「私は、もっと痛かったよ」
遥「お姉ちゃんと会えない時間、話せない時間」
遥「連絡を返してくれるまでの時間、電話に出てくれるまでの時間」
彼方「痛っ……痛いってば……」
遥「ずっと……死にそうなくらい辛かったって、言ったよね?」
遥「その痛さは、腕を掴まれる程度じゃすまなかったよ……?」 遥「それなのに……お姉ちゃんは」
遥「痛いって……振り払うの?」
彼方「っ……」
彼方「振り払うわけ……ないよ〜……」
遥「なら、前の私は間違ってたよね?」
遥「今の私が正しいよね?」
遥「ねぇ……そうだよね?」
下から覗く遥ちゃんの瞳
心の奥底まで見ぬことしているそれは恐ろしくて
どうしても口が震えちゃって……声が出ない
すぐに答えなきゃいけないのに
はっきりしておかないといけないのに
あんなに悩んで、考えて
自分から東雲学院にすると言った遥ちゃんの笑顔を……否定したくないのに
否定しなければいけない逼迫感に湧きたつ心が、
タイムリミットのように細められる遥ちゃんの目を直視させてくれない
彼方「う……うん……」
遥「………」
遥「えへへっ、そうだよね」 遥ちゃんは怖い笑顔を浮かべながら、
握りつぶそうとしているみたいな力を緩めていって
そうして――
遥「しずくさんと一緒にいなかったっていうのは、嘘じゃないよね?」
彼方「え?」
遥「………」
遥「バイト先に、男の人いないよね?」
彼方「普通に居るけど……大丈夫」
彼方「誰にもそんな気ないよ〜」
遥「そうだと良いね」
遥ちゃんは少し冷たく言い返してくる
なんだか、変な感じ
距離は遠くなっていないのに
ちょっぴり離れちゃったかのような……
彼方「わた――」
遥「絶対に、離さないからね」
その笑顔は……目を閉じてもずっと、私を見てる感じがした 遥「あ、そうだ……」
遥「お姉ちゃん、スマホ出して」
彼方「えっと……何するの?」
遥「しずくさん達と何かやり取りしてないか確認しておきたくて」
彼方「してないよ!?」
彼方「練習の件でやり取りはしてるけど、でも、そんな……」
遥「なら、出してくれるよね?」
それなら大丈夫なんて遥ちゃんは言わない
ただ、それがあたりまえだと思っているかのように笑顔で、私に手を出してくる
スマホを出してって
今すぐ、渡してって
彼方「……信じてよ」
遥「えー?」
遥「信じてるから、お姉ちゃんが学校に行くのを止めてないんだよ?」
遥「疑ってたら、お姉ちゃんを学校とかバイトに行かせるわけないよ」
遥「も〜何言ってるんだか〜」 彼方「遥ちゃん、それは……」
遥ちゃんは、笑顔
それがどれだけのことかなんて、まるで思ってない
冗談のような口ぶりで、本気
内包している狂気が……今にも爆発しそうな感じがする
彼方「私を、家に閉じ込めるってこと?」
遥「閉じ込めるんじゃないよ」
遥「守るんだよ」
遥「だって、車が走ってて、人が歩いてて、どこかでは工事が行われてて」
遥「お姉ちゃんがいなくなっちゃう可能性が無限にある」
遥「そんな場所にお姉ちゃんを出しておくことが怖くて不安」
遥「だから……守っておこうかなって考えもあるんだ」
照れくさそうに笑う遥ちゃん
でも、その言葉は……
遥「けど、お姉ちゃんは外に出たい理由があって出るべき理由があって」
遥「だから、出ててもいいかなって思ってる」
遥「……なのに、お姉ちゃんが隠し事するなら」
遥「私に嘘をつくなら」
遥「もう……ずっと家にいて貰わなくちゃいけなくなっちゃう」
遥「それは、私もお姉ちゃんも幸せになれない。よね?」 彼方「………」
私を監禁しなくて済むようにしたいから……なんて、想いの込められた悲しそうな笑顔
おかしい
遥ちゃんが言っていることは普通じゃない
だけど、それを指摘したらダメな気がする
間違いなく幸せになれない
私を監禁して、それで守れるかもしれないけれど
でも首輪のついた私は、きっと遥ちゃんの好きな私じゃない
だから、遥ちゃんでさえも幸せにならない
彼方「そうだねぇ……幸せになんて、なれないと思う」
遥「だから、スマホ出して」
彼方「………」
彼方「……分かった。良いよ〜好きなだけ見て」
ポケットから出して、そのまま遥ちゃんに渡す
暗証番号は言うまでもなく解除されちゃったのは……もう言っても仕方がない 遥ちゃんは一通り操作をして、
普通のメールや、アプリのメッセージ、電話の履歴
何もかもを全部漁る遥ちゃん
そのまま自分の鞄の中に私のスマホをしまい込む
彼方「あっ……えぇっと……返しては、くれないの〜?」
遥「私が傍にいるのに、必要なの?」
彼方「あ〜……うん、要らないかもね〜」
彼方「充電して貰えれば、うん……」
遥「だよね」
遥「……学校も学年も違うから、無いとダメだけど」
遥「双子だったら、こんなの要らなかったのかな?」
彼方「どうかな〜……」
遥「以心伝心、第六感で感じ取れちゃったりするのかなぁ」
遥「えへへっ、私とお姉ちゃんも感覚共有みたいなの。出来たらよかったのにねっ」
彼方「そ、そうだねぇ……」
楽しそうに話す遥ちゃんは今までのようで……数秒前の不気味さとの違いに悪寒が走る ――――――
―――
彼方「えっと、遥ちゃん……どういうつもりなのかな……」
その夜、
もうそろそろ寝ようかと言うときに、遥ちゃんはとんでもないものを取り出してきて
私は思わず……不満を口にしちゃって。
遥「だって、何があるか分からないから」
彼方「家の中だよ?」
遥「うん」
彼方「安全、だよね?」
遥「寝てる間に電話したりメールしたりメッセージ送ったりするかもしれないから」
彼方「……そっか」
遥「お姉ちゃんからしないって信じてるけど……向こうから来たら優しいお姉ちゃんは反応しちゃうだろうから」
遥「そのための保険だよ」
遥ちゃんは凄く可愛い笑顔を浮かべながら、
私と遥ちゃんの右足と左足をそれぞれ一つの玩具……だと思いたい手錠で繋いで
それを右手と左手にも同じようにつける
トイレはどうするのかなんて言っても……一緒に行けばいいというだけで。
遥「起こしていいからね? もし万が一漏らしちゃっても……お姉ちゃんのなら別に濡れてもいいから気にしないよ」
彼方「それは気にして……」
遥「海水浴だって、ある意味海洋生物の糞尿に塗れてるものだし」
遥「お姉ちゃんを殺される不快感に比べたら、なんでもないよ」 彼方「そっかぁ……」
彼方「わかった」
彼方「……じゃぁ、遥ちゃんのこと抱きしめて寝て良い?」
遥「良いよっ」
遥「息苦しくない程度なら、ぎゅーってして良いからね〜」
彼方「えへへ〜やったぁ〜」
嬉しそうな遥ちゃんの頭を撫でて
そうっと……優しく抱きしめてあげる
二段ベッドの下
一人分の小さなスペースに二人の身体
多少の窮屈さはあるけど、抱きしめてればそれもだいぶ緩和されて
遥「お姉ちゃんの匂いがする」
彼方「彼方ちゃんのベッドだからねぇ」
遥「良い夢見れそうな気がする……」
彼方「うん……見られるようにお姉ちゃんが包み込んでいてあげるよ〜」
本当に。
本当にお願いだから……いい夢を見させてあげてください。
そう、祈りながら遥ちゃんをもうちょっとだけ強く抱きしめる
私ならいくらでも悪夢を見させてくれてもいいから……だから、遥ちゃんはいい夢が見られますように
どうか、お願いします…… 暫くして、遥ちゃんの寝息が聞こえるようになってきて……一息
ゆっくりと力を抜いて、息苦しさを出来るだけ軽減していく
今のところはうなされてる様子もなくて、すやすや。
手と足に感じる拘束感がなければ普通なのに……
彼方「……そのまま、言い夢見てね」
それで遥ちゃんが戻ってくれるとは思えない
眠ってから起きるまでのほんの数時間
それが、遥ちゃんにとっての何日間だったのかまでは分からないけれど
世界が分からなくなるくらいには強烈で、リアリティがあったんだと思う。
今いる世界が " もしも心中する世界だったら " 遥ちゃんの怖い思考回路の原因はそれ一つ
いや、私が侑ちゃん達にうつつを抜かしちゃうかもしれないって言うのもあるみたいだけど
大半はそれに限られてる
このままいけば……私は。
彼方「スクールアイドル、やめるべきか相談しようと思ったのになぁ……」
取られちゃったスマホ
充電してるよ〜という光は遠くに見える
彼方「明日、かな……」
遥ちゃんのためなら、スクールアイドルを止めてもいい
それで遥ちゃんが安心できるなら
これ以上、壊れずにいてくれるのなら……楽しいことの一つや二つ。私は止められる
彼方「だから大丈夫だよ〜……心配なんて、しなくていいからねぇ……」
だって私は、遥ちゃんが宇宙一……大好きなんだから だから、遥ちゃんが信じてくれていないことが辛い
遥ちゃんは信じてるからこそなんて言うけれど
もっと信じて欲しい
侑ちゃん達に靡いたりなんてしないって
しずくちゃんと心中なんてしないって
遥ちゃんを悲しませるようないなくなり方なんて絶対にしないって
私にとっての一番は遥ちゃんなんだって
彼方「……っ」
手枷足枷、スマホのチェックと没収
ひっきりなしの連絡
そこまでしなくていいって……
でも、
遥ちゃんがそうしないとダメなんだって言うなら、受け入れよう
今日みたいな反応は駄目だよね
怖がったり迷ったり躊躇ったり
その一つ一つが遥ちゃんを不安にさせちゃうんだよね
彼方「………」
私が我慢していれば
私が頑張っていれば……それで、良いんだよね?
大丈夫、遥ちゃんのためなら頑張れるっ
だから……泣いちゃだめだよ。
彼方ちゃん。 ――――――
―――
幸いにも、お漏らしをするなんて悲劇もなく目を覚ました私
遥ちゃんも大丈夫だったみたいで
抱き合うようにしていた体の密着感から生まれた暑さに滲んだ汗の細やかな不快感だけが感じられる
遥「……あれ」
辺りを見渡す遥ちゃん
何かを探して……手錠をしてるのを忘れちゃってたのか
そのまま力強く引っ張られて――
彼方「わぁっ!?」
遥「あっ……」
遥ちゃんを押し倒しちゃった私を遥ちゃんは見つめて、はっとする
二人の手を繋ぐ手錠、足を繋ぐ手錠
私の後ろに見える、二段目の裏側
寝ぼけ眼ははっきりとして……悲しそうにしぼむ
遥「そっか……また夢だったんだ」
彼方「今度はどんな夢を見たの?」
遥「年末に、エマさんが泊まりに来るの」
遥「ほんの数日だけど……一緒に暮らして」
遥「本当の姉妹みたいに楽しくて……それで……」
遥「それからエマさんと仲良くなって……それで……それでね……」
遥「エマさんは向こうに帰っても……年末には会いに来てくれる……そんな、ありふれた夢」 年末には、エマちゃんが会いに来てくれると言った
年末に数日暮らした後の年末
つまりは少なくとも一年後
彼方「遥ちゃん……それ、その夢……」
彼方「何年間、その夢を見てたの?」
遥「えっと……どう、だろ」
遥「5年……くらいだったかな……」
遥「えへへ……お姉ちゃんは死なないし、どこにもいかないし」
遥「幸せ……だったのになぁ……」
遥ちゃんは突然、涙をためて、流して
遥「戻りたいよ……」
彼方「……いい夢だったんだねぇ」
戻りたい、帰りたい
寝なければよかった
そう零す遥ちゃんは……本当に、辛そうで
遥「もうやだ……」
遥「お姉ちゃんがいなくなっちゃうかもしれない世界なんて……やだよぉ……」
手錠で繋がっているせいで離れてあげることも出来なくて
ただ、傍にいてあげることしか出来ない 彼方「行かないよ……」
彼方「どこにも行ったりなんてしないよ」
彼方「大丈夫……私の一番は、遥ちゃんだから」
遥ちゃんに負担がないように気を付けながら
ゆっくりと体を降ろして、小さく震える体を抱きしめてあげる
私がいつか死ぬのなんて、
世界的には些細なことだし、それこそ当たり前のことだけど
でも、それは " きっと大丈夫 " なんていう
ある意味、現実逃避的なものによって私たちの頭の中から外れている
それが、遥ちゃんにはない
私としずくちゃんが心中する夢を見て、それを体感して
身に染みたリアリティに……均衡を崩されちゃったから
だから、無事に卒業してなおも平穏無事に数年を生きられた夢は
遥ちゃんにとってはこれ以上ないほどに幸せな夢だったと思う。 彼方「大丈夫、大丈夫だからね〜……」
遥「うぅ……」
彼方「遥ちゃん……」
口でなんて言ったって、遥ちゃんは信じ切れない
私達なら無視することもできるような
もしかしたら。
そんな細やかな可能性が恐ろしくて……どうにもならない
遥「お姉ちゃん……」
遥「どこにもいかないで」
遥「このままずっと、一緒にいて……」
彼方「うん、いるよ……」
遥「学校にも行かないで」
彼方「それは……」
欠席や成績の低迷は奨学金に響く
だから……
彼方「奨学金、ダメになるわけにはいかないよ……」
遥「……じゃぁ、鍵は渡さない」
彼方「これから大変になっちゃうよ?」
遥「お姉ちゃんが傍にいてくれるなら……海に沈められたって良いよ」
彼方「怖いこと言うなぁ……」 彼方「なら、せめて欠席の連絡させて……ね?」
彼方「色々問題はあるけど」
彼方「ちゃんと連絡したら……まだ、取り返しはつくから」
彼方「それくらいなら、良いでしょ〜?」
奨学金のことを言っても
遥ちゃんが私を放してくれないのなら……もう駄目。
遥ちゃんは放っておけない
ここで置いていったら……ダメになっちゃう
だから……仕方がない
遥「学校の連絡だけだからね?」
彼方「同好会に連絡しちゃダメかな〜?」
彼方「みんなにも連絡しないと、心配してきちゃうよ〜?」
遥「……」
遥「……連絡は、私がする」
彼方「はいはい」
彼方「じゃぁ、これ外して〜」
遥「ダメ……このまま」
彼方「お風呂に入ったりしたいんだけどなぁ」
遥「今度から、裸で寝ないとだね」
彼方「そういうことじゃないかな〜……」
結局、手錠はお風呂に入るときだけしか外して貰えなかった なんだかんだずっと幸せなお話が続いてただけにつらいな…
先が気になる 幸せな9本の後、最後に重いお話は少し辛いけど面白い 彼方「遥ちゃん、やっぱり足のくらい外さない?」
遥「だめ」
彼方「お料理だって作りにくいし、トイレだって……」
手だけならともかく
足も手錠で繋がっているせいで、その時だけ部屋の外にいてなんて言えない
一人がしている間、
もう一人は目の前で立って見下ろしてるなんて酷い光景
遥ちゃんは別にそんなこと気にしないって言うけど
私は気にするんだよねぇ……
彼方「……お母さんに見つかったら大変な事になっちゃうよ〜?」
遥「お母さんに見られないようにしたらいいだけだよ」
それはそうなんだけどね〜……
もしも万が一、急遽忘れ物とかで帰ってきたりしたら
見られることを避けることはできない
それ、ちゃんと分ってるのかなぁ? 彼方「お見舞いに行って良いですか? だって〜」
遥「ダメだよ」
彼方「……だよねぇ」
朝の欠席連絡への侑ちゃんからの返事
誰か一人でもお見舞いに……なんてグループのメッセージに載っていて
すでに私を含めてみんなが確認したマークがついていた
欠席理由は体調不良
学校を休む理由つまりは、同好会を休む理由だから。
風邪か、熱か、それともまた別の何かか。
遥「風邪うつしたら悪いから、来ないでって」
彼方「……それでも来ちゃったら、追い返す?」
遥「うん、もちろん……」
遥「あ、でも……」
遥「エマさんなら、別に良いよ」
彼方「そう連絡していい?」
遥「ダメ」 今の時点でこれってかすみと愛さんの見たらもう死んじゃうんだぜ >>658
二人ともこれからも一緒って感じだし、ほの甘いからこそダメージはでかいかもしれん エマちゃんとの夢は幸せだった
だから、エマちゃんなら私と一緒にいても良いって思ってる
エマちゃんと私が一緒にいた夢でなら私は死ぬことなく、遥ちゃんの傍を離れなかったから
それと同じような流れにしようとしてる
でも、それを故意に発生させても運命的な流れとはいえない
偶然じゃないといけない
でも
彼方「エマちゃんは私が連れてきたんだよね?」
彼方「だったら、私が連絡してもいいんじゃないかな〜?」
遥「ううん、今のお姉ちゃんは駄目」
遥「お姉ちゃんは、事情を知ってるから」
遥「ダメ」
彼方「そっか」
彼方「難しいねぇ……」 彼方「………」
彼方「……そうだ」
彼方「もう一つ、みんなに連絡したいことがあるんだけど、良いかなぁ?」
遥「なに?」
彼方「スクールアイドル、やめようかなって」
本当は遥ちゃんに聞かせないようにしようと思ってたけれど
こんな状態じゃ相談もままならないし
遥ちゃんは、私がいきなり何かをすると疑いだしちゃう傾向にあるから
遥「なんで?」
遥「お姉ちゃん……スクールアイドルやりたいんじゃなかったの?」
意外にも、遥ちゃんは即断せずに困った顔
辞めて欲しいって思ってると思ってたのに
彼方「遥ちゃん、すっごく心配してるから〜」
彼方「どうせ、もう半年もなく卒業するし……やめてもいいかなぁ〜って」
遥「……ごめんね」
彼方「遥ちゃんが謝ることじゃないよ〜」
遥「ううん」
遥「お姉ちゃんが辞めてくれるのが嬉しいって思っちゃってるから……ごめんねって……」 彼方「……良いよ」
辛くて苦しい
けれど、遥ちゃん自身にもどうにもならない不安
私が死んじゃうこと
私が傍からいなくなっちゃうこと
その恐怖
遥「ごめんね……」
それを払拭できるのなら
私が楽しめていたことの一つを奪うことになってもいい。
そう考える遥ちゃんと、
それは駄目だと考える遥ちゃんのぶつかり合いで今にも泣きだしそう。
彼方「良いよ〜」
彼方「私にとっての一番は、遥ちゃんだもん……」
本当はやめたくないよ
もっと続けていたいし、ライブだってやりたいよ
でも、私のその我儘が遥ちゃんを苦しめるのだとしたら
そんなことはできない
彼方「学校もバイトも辞められることじゃない」
彼方「けど、部活は……同好会なら……私の人生で必須科目じゃないから。なくてもいい」
彼方「だから、良いんだよ〜……そんな、悲しそうな顔しなくても」 遥「ごめんねお姉ちゃん」
遥「ありがと……」
泣き出しちゃった遥ちゃんの目元を拭ってあげる
隣り合って、肩をくっつけて
腕を絡めながら、手まで握っちゃって
彼方「遥ちゃん、分かってる〜?」
彼方「彼方ちゃんと遥ちゃんは、女の子だし姉妹」
彼方「いつか別々の人と結婚して、別の家に住むようになるんだよ〜?」
結婚できるかどうかは別の話として
いつかそうなるのが、普通
遥「させないから……そんなこと」
彼方「ん……」
肌がびりびりするような遥ちゃんの雰囲気
目を向けると、涙はすっかり引っ込んでいて……瞳の光は影って見える
遥「お姉ちゃんはずっと私のお姉ちゃんだから」
遥「ずっと……私のだから……」
遥「……入れ墨、入れる?」
彼方「え〜……遥ちゃんと温泉行けなくなっちゃうから、ダメ」
遥「そっか、そうだよね……」
遥「えへへっ」 彼方「……遥ちゃんも、スクールアイドル辞めちゃったんでしょ?」
遥「昨日からずっと、考え直してって連絡たくさん来てるけどね」
彼方「考え直してもいいんだよ〜?」
遥「お姉ちゃんより大切な事じゃないから」
遥ちゃんはスクールアイドルになれるのを凄く楽しみにしてた
スクールアイドルとして頑張って、いきなりセンターに選ばれたりだってしてた
それを、
私よりも大切じゃないって理由だけであっさりと切り捨てる
遥「お姉ちゃんがずっと傍にいてくれるって安心できるまでは……必要ないことはやめる」
彼方「安心していいよ〜」
遥「だめ」
遥「最低限、お姉ちゃんが高校卒業するまでは安心できない」
彼方「先は長いなぁ……」
彼方「じゃぁ、まずはその第一歩」
同好会みんなが見るメッセージに、
退部? 退会の連絡を簡潔に書き込んで……
遥「……本当に良いの?」
彼方「いいよ〜……もう、決めたことだから」
ちょっぴり躊躇いながら――送信 ――――――
―――
私の退会連絡に驚いたみんなからの電話、メール、メッセージ
不在着信は瞬く間にたまっていくけれど
風邪という言い訳もあって出るわけにもいかないから、メッセージで返す
正式な届は後日出すこと
ちゃんと考えて決めたことだってこと
理由は……これからのことを考えて
勉強や部活に時間を割く必要があるなんて、それなりの理由
遥「……凄い、引き留めてくるね」
彼方「それはまぁ……」
遥「ねぇ」
彼方「ん?」
遥「どうして……グループじゃなくて個別で送ってくる人がいるのかな?」
彼方「それを聞かれても……」
遥「……個別の方、返さなくていいからね?」
彼方「う、うん……」 勉強や部活に時間を割く必要、って部活はもう辞めるのでは? >>665修正 上から7行目
――――――
―――
私の退会連絡に驚いたみんなからの電話、メール、メッセージ
不在着信は瞬く間にたまっていくけれど
風邪という言い訳もあって出るわけにもいかないから、メッセージで返す
正式な届は後日出すこと
ちゃんと考えて決めたことだってこと
理由は……これからのことを考えて
勉強やバイトに時間を割く必要があるなんて、それなりの理由
遥「……凄い、引き留めてくるね」
彼方「それはまぁ……」
遥「ねぇ」
彼方「ん?」
遥「どうして……グループじゃなくて個別で送ってくる人がいるのかな?」
彼方「それを聞かれても……」
遥「……個別の方、返さなくていいからね?」
彼方「う、うん……」 遥「同好会辞めるなら、もう連絡用のグループ入ってる必要ないよね?」
彼方「ま、待って待って」
彼方「まだみんな混乱してるから連絡たくさんしてくると思う」
彼方「それなのに、私が一方的にこの連絡グループから抜けたり削除したりしたら余計困っちゃうよ〜?」
そうなったら、みんなは何が何でも連絡を取ろうとしてくる
電話も、メールもしてくる
家にだって押しかけてくるかもしれない
そのすべてを突っ撥ねるのなんて、今までの私にはありえないことだ
それでも遥ちゃんは接点を絶たせようとするだろうけど
それが違和感を産んで……余計に拗らせる
彼方「ここはしばらく残しておいて……」
彼方「ほとぼりが冷めてから、削除するって形にしよう……」
彼方「ね?」 遥ちゃんに匹敵しないとしても、
私にとって、同好会のみんなは大切仲間で友達だった
そのみんなと絶交するなんて……正直に言えば、嫌だ
だけど遥ちゃんはそれを望んでいる
望んでいるから、受け入れる
今の遥ちゃんの心は酷く脆い
風が吹けば崩れ去りそうなほどに。
だから。
私の繋がりが遥ちゃんただ一人じゃなければ不安で怖くて、死にそうだという遥ちゃんの為に
私は、断ち切らないといけない
バカみたいだって思われるかもしれないけど
でも、光の消えた遥ちゃんの目なんて見たくない
何をしでかすか分からないほどに歪んだ遥ちゃんなんて、嫌だから。
遥「……分かった」
彼方「ありがと〜」
遥「ううん、ごめんなさい」 自分がおかしいことを言ってるってことも
意味の分からないことを求めてしまっているということも
全部、遥ちゃんは分かっている
分かっているけれど、止められずにいる
だからこその ” ごめんなさい " は、すぐには消えない
彼方「も〜……仕方がないよ」
遥ちゃんは突然、夢を見た
それに脅かされて、魘されて
飛び起きることも、泣き叫ぶこともあった
これは多分、病気だ
精神的な病気
だから、遥ちゃんは悪くない
そして私は
そんな遥ちゃんの傷ついた心が砕けてしまわないように
お願いを受け入れて、叶えて、尽くしてあげる
彼方「二人の時間が増えるんだよ〜?」
彼方「喜んで欲しいな〜」
遥「ありがと……お姉ちゃん……」
彼方「………」
どうしてそんな夢を見るようになっちゃったんだろう
どうして私が奪われる夢ばかりを見るんだろう
もしかして……卒業が近づいてきてるから、なのかな? 自分が固定厨なのが再確認される気がするスレ
一度触れた世界は読み終わったからといって消えるものじゃないんだよな 私が体調不良だって嘘をついたからなのか、
向こうはちゃんと学校に通っているからなのか、
不在着信が溜まることはなくなって、その分のメッセージが蓄積されていく
スマホの画面の上部には何度もポップアップが表示されては上書きされていき
アプリのグループ一覧には、未読何件の数字がカウントされる
彼方「……ほらぁ、凄いことになってる〜」
遥「通知オフにして、サイレントにしちゃおうよ」
彼方「連絡つかなくなったら大変だよ〜?」
遥「お姉ちゃんは体調不良で寝込むから大丈夫」
彼方「便利だねぇ……」
スマホが私の手から遥ちゃんの手へと渡って
少し弄られて、枕元に放置
通知も振動もオフにされたスマホは眠ったように静かだ
彼方「……彼方ちゃんは、遥ちゃんのためならここまでできる」
彼方「遥ちゃんのためなら、もっと先までできる」
彼方「それでも、怖い?」
遥「怖いよ!」 遥「お姉ちゃんが死ぬかもしれないんだよ?」
遥「侑さん達に恋して、私のことなんてだんだん置いて行っちゃうかもしれないんだよ?」
それは、当たり前のことだよ。
数秒後には急病で死ぬことがある
数日後には恋をしてしまうことがある
それは普通の人にとっては笑い話程度のこと。
そんなことはあり得ないよ。なんて、一蹴できてしまう程度に数ある可能性の一つ
遥「嫌だよ! そんなの……お姉ちゃんはずっと私と一緒にいてくれるって言ったのにっ!」
なんて――言っても無駄だ。
遥ちゃんは私の余命宣告を受けたようなものなんだから。
たとえそれの出どころが夢であっても、その鮮明さがリアリティを持たせてしまっている
って……私の頭も、堂々巡りな感じ
彼方「言ったよ〜……覚えてる」
小さい頃から、私と二人きりのことが多かった遥ちゃん
一緒にいてねって、何度も何度も繰り返し確認してくるたびに、私は一緒にいるよ。って答えてた
ずっと一緒、絶対に一緒、何があっても一緒だよって
彼方「大丈夫、覚えてるから……」
彼方「忘れてないからね〜? 一緒にいるなんて……当たり前だよ〜」 遥ちゃんを抱きしめてあげる
抱いてあげると、体の震えが少しだけ収まって……ごめんなさい。って、また謝ってくる
彼方「大丈夫だよ〜」
責めたりしないから
悪い子だなんて思ってないから
それだけ私のことを大切に思ってくれてるんだって……思ってるから。
遥「どうしたら、私と一緒にいてくれる?」
彼方「健やかに育って、幸せに生きてくれたらそれだけで十分だよ〜」
遥「それだけじゃいなくなっちゃう……」
遥「一緒にいて欲しいのっ、ずっと……ずっと一緒が良いのっ」
遥「お姉ちゃんの子供を産めばいい? そうしたら一緒にいてくれる?」
彼方「む、無理かなぁ……」
遥「え……」
彼方「あ、えっと、もちろん。遥ちゃんが無理なんじゃないよ?」
彼方「女の子同士じゃ子供は作れないから、無理なんだよ〜?」
遥「そっか……そうだよね……」
遥「……ファーストキスくらいじゃ、だめだよね?」
遥「私のしょ――」
彼方「えぇっと……一旦落ち着こう? ね?」
子供産めばいい? の時点で結構危ない発言だけど、
これ以上になったら何を言い出すか分かったものじゃない
彼方「そんな契約みたいなことしなくても私はちゃんとここにいるから」 この世界では女の子同士では子供はできないのか、なるほど 遥「今はいてくれるのは分かってる」
遥「でも……ずっととは限らないよね?」
彼方「それはそうなんだけど〜……えっと……う〜ん……」
遥「私はずっと一緒が良いの……いてくれないと嫌なの……」
遥「ねぇ、どうしたらいいの?」
彼方「お、落ち着いてってば〜……」
闇を抱えているというか、
闇に包まれているような瞳の遥ちゃん
私をどうにかするんじゃなくて
周りをどうにかしようなんて考えにはならないようにしたい。
みんなに怪我や、怪我以上のことをされたら本当にお別れしなくちゃいけないし。
彼方「………」
彼方「えっと……」
彼方「じゃぁ、指輪……指輪頂戴?」
彼方「彼方ちゃんが遥ちゃんのものだよ〜って、証明になる指輪を左手の薬指に嵌める」
彼方「そうすれば、少なくとも彼方ちゃんはほかの人に言い寄られることが無くなるよね〜?」
遥「それで問題ないなら、不倫なんて起こらないと思う」
彼方「あはは……」 だから遥ちゃんは最も効果的に思える入れ墨を真っ先に提案してきたのかな
身体にそういう刺青があったら普通の人は避けるだろうし
身体目的の人だとしても気分が萎えるだろうから。
でも、うん
入れ墨はさすがに避けたい
彼方「逆に、遥ちゃんは私がどうだったら安心できるのかな〜?」
彼方「入れ墨とか、監禁以外で」
遥「………」
遥ちゃんはしばらく呆然とする
その目は私を見ているのにまるで視線を感じられない
遥「子供がダメ、入れ墨も保護もダメ……」
遥「それなら」
考えを纏める独り言
小さな口はだんだんと歪さを増していき――
遥「あ、そうだ……」
それは小さな気づきを得て笑う。
遥「……手足が無ければいいんだ」
彼方「え……」
遥「私がいないと何もできなくなっちゃえばいいんだ」
彼方「は、遥ちゃん……?」
遥「お姉ちゃん、切断しよ?」
彼方「む、無理無理無理! それは、それはあり得ないよっ!」 遥ちゃんに依存しないと何もできなくなれば、確かに私は離れない
それは最も安心できることなのかもしれない
でも、だけど……そんなの。
恐ろしい
ううん、悍ましい
あり得ないよ……遥ちゃん……
彼方「一緒にお出かけ出来なくなっちゃう……お料理だってしてあげられなくなっちゃう」
彼方「そんなの、生きてる意味ないよっ!」
遥「っ」
彼方「ぁ……」
つい、怒鳴っちゃった私を見つめる目が揺れる
逃げるように動いた遥ちゃんの手は、手錠のせいで引き合って逃げられない
遥「あ……そ……そう、そう、そうだよ、ね」
遥「何言ってるんだろ、私」
遥「えへへ……ごめん、ごめんなさい……」
遥「お姉ちゃんの手足が無くなっちゃえばいいなんて……」
遥「意味わからないよ……」
彼方「遥ちゃん、少し寝よう?」
彼方「寝れば、少しは頭の中も整理できるはずだよ〜」
遥「……怖い夢見そうだから、寝たくない」
彼方「……なら何も考えないだけでもいいから。少しだけ」
遥「うん……」
彼方「……よしよし」
彼方「怒鳴っちゃってごめんね……」
抱きしめてあげる
少し強く……絶対に離れないよって分かって貰えるように。 ――――――
―――
放課後の時間になって、
また不在着信が溜まっていくのを横目に寝息を立てる遥ちゃんの頭を優しく撫でてあげる
電話も一人からではなく、
同好会のみんなからかかってきてる
誰か特定の一人では、出てくれないだけかもしれないって思ってるのかな
違うよ。
違うんだよ……ごめんね。
彼方「……既読も、つけてないもんね」
連絡用のスマホアプリは通知を切っちゃったから、届いていても気づかない
気付いてるからって返事は出来ない
アプリを起動してみると、未読の件数は驚くほどにたっぷり。
無料スタンプの為に友達登録した企業の未読の方が多いけど。
彼方「見て良い?」
彼方「………」
彼方「やめとくね?」
勝手に見ると、遥ちゃんは怒るかもしれない
どうして、なんで? ってすっごく取り乱す
だから……既読もつけてあげられない
ごめんね、みんな。
心配してるよね……不安だよね
体調不良なのに、退会の連絡をしてから音信不通
何かあったんじゃないかって……
彼方「……心中、かぁ」 遥ちゃんは私としずくちゃんが心中する夢が一番怖かったみたい
それはそうだよね
誰かと恋をして、結婚して
ただ住む場所が違っちゃっただけなのとは全然違う
二度と会えない
顔も見られず、声も聞けず、
何もして貰えないし、何もしてあげられなくなっちゃう
――でも。
でも、もし。
それがしずくちゃんと私じゃなくて。
遥ちゃんと私だったら?
それだったら……遥ちゃんは喜んで受け入れてくれるのかな
女の子同士
血の繋がった姉妹
どうにもならないその強力な縁を無視して深く繋がり合えるかもしれない " 死 " という選択
遥ちゃんが誰かを傷つけることがなく
私がこれ以上何かを犠牲にすることない結末
お母さんやみんなには酷いことをしちゃうかもしれないけれど
遥ちゃんがそれ以上のことをしちゃう前に、いっそ――
彼方「あ……」
それは駄目だって言うかのように、呼び鈴が鳴った 一回、二回
呼び鈴が部屋の中に鳴り響いて、ドアを開けようとするかのような音
侑『彼方さん! 彼方さんっ……いますか!?』
しずく『やっぱり、寝込んでしまっているのでは?』
かすみ『何言ってんのしず子! 電話はともかく、メッセも一切既読つかないんだよ!?』
エマ『彼方ちゃんっ、彼方ちゃん……聞こえる!?』
ドアが開かないからと、叩く音
ドアと扉と壁と……
色んなものを挟んで聞こえてくるみんなの声
誰か一人は来るかと思ってたけれど
まさかの、全員な感じ
心配、させ過ぎちゃったかな……
彼方「遥ちゃん、遥ちゃん」
遥「っ……ゃ……」
彼方「………」
とりあえず揺さぶって、声をかける
出来れば起こしたくないけど
手錠のせいで起きてくれないと困るから……
彼方「起きて、遥ちゃ――」
遥「だめぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
彼方「痛っ!?」 跳び起きた遥ちゃんの手に手錠ごと腕が引っ張られて
足の手錠による不自由さに挟まれて、体が嫌な音を立てる
遥「はっ……はっ……はっ……」
遥「はぁ……」
遥「ぁ……お、お姉ちゃん……」
彼方「骨……折れ……折れるっ」
遥「ご、ごめんねっ……お姉ちゃんっ」
遥ちゃんは慌てて手錠を外してくれたけれど
変に捻った部分は変色こそしてないけれど、ズキズキとした痛みは継続中
遥「また、嫌な夢見ちゃって……」
彼方「あ、あははは……だ、大丈夫……じゃない、かも」
熱を帯びて、腫れてきたようにも感じる
色も……ちょっぴり
遥「あっ、あぁ……氷っ、冷やすやつっ!」
慌ててベッドから飛び降りる遥ちゃん
玄関のドアを叩き壊しそうなほど強く叩いて、叫ぶ同好会のみんな
遥ちゃんが泣きながらリビングに飛び出すのと同時に、
愛「カナちゃん!!」
遥「え……」
玄関のドアが開けられて、一目散になだれ込む私の友達。
せつ菜「あ、あれ……? 遥さん?」
歩夢「彼方さんは大丈夫なの!?」 遥「なん……」
遥「………」
果林「今の悲鳴は……遥ちゃんなの?」
遥「………」
私から見える遥ちゃんの背中
怖い空気を感じる
ダメな、感覚
彼方「わ、私は大丈夫だよ〜」
璃奈「彼方さん?」
遥ちゃんの体の横からひょっこりと顔を覗かせる璃奈ちゃん
目が合って、笑って見せると安堵したように胸を撫で下ろす
どうしよう。
長居は、させちゃだめだ
彼方「実は、体調悪くて……ふらついたときに足と手をやっちゃったんだよねぇ」
ちょっぴりおぞましさを増す私の片手足
それを見せてあげると、かすみちゃんの口から息を引く音がして。
彼方「だから、連絡できなかったんだ〜ごめんね〜」
侑「じゃぁ、悲鳴は……」
彼方「こんな状態で氷を取りに行こうとしたから……」
しずく「なにを、しているんですか……」
そんなの私でも絶叫しますよ。なんて困り顔のしずくちゃん
あぁだめだ……遥ちゃんが、ダメだ エマ「それなら私達も手伝――」
彼方「大丈夫!」
せつ菜「え?」
彼方「大丈夫だから……帰って」
かすみ「何言って――」
彼方「うつすと悪いから……ほんと、近寄らないで欲しいんだ〜」
布団に隠れる、外れた手錠
これを見られたら終わる
今の私には自然に隠す動作が出来るほどの余裕もない
彼方「……お願い」
遥ちゃんが、壊れちゃう前に
我慢できなくなって怒鳴っちゃう前に
お願いだから……
果林「………」
果林「そう、じゃぁ、プリンだけ置いていくわね」
果林「……はい。遥ちゃん」
遥「………」
歩夢「遥ちゃ――」
遥「あ、はいっ」
遥「ありがとうございます」
遥「でもどうやって、鍵を開けたんですか?」 侑「あ、ごめんね」
侑「不安だったから管理人さんに連絡して、マスターキー頼んで開けて貰っちゃったんだ」
侑「渋られたけど、音信不通なのを話したら開けてくれて……」
すぐそこに管理人さんもいたようで
私の様子を見るや、早とちりで良かったよ。と優しく言ってくれる
ちゃんと連絡を返してあげるように、って。注意も含めて。
遥「……なるほど」
遥「ご心配おかけしてすみません」
遥「でも大丈夫ですから」
遥「お姉ちゃんも言ってたようにうつすと申し訳ないので、今日はお引き取りください」
遥「お姉ちゃんの為に、ありがとうございました」
しずく「う、うん……こっちこそ押しかけちゃってごめんなさい」
エマ「彼方ちゃん、退会の話……」
彼方「ごめんねエマちゃん。もう決めたことなんだ〜」
ありがとう
そして、ごめんなさい
でも、そうしないと遥ちゃんが駄目だから。
彼方「ありがとね〜」
せっかく来てくれたみんなを、追い返した 気軽に生えて気軽に孕ませられるこの板の常識って幸せだな この遥ちゃんヤンデレすぎてハッピーエンドは無理だろ… 遥ちゃんはみんなが出ていくと、
すぐに鍵をかけた上で、チェーンも重ね掛けする
普段はお母さんのことも考えて開けていたけれど……
そのせいで、突入されちゃったから。
遥「……お姉ちゃん、プリンだって」
彼方「買ってきてくれたんだね〜」
彼方「なのに追い返しちゃったのは……悪いことしちゃったかなぁ」
遥「………」
遥「お姉ちゃんは私以外にもいて欲しいの?」
彼方「え、えっ……そんなことないよ〜」
目が怖い
瞬きもしないで、睨みつけてるわけでもない
ただただじっと見つめてくるその目は危険な雰囲気がある
プリンをくれたのに、追い返しちゃった罪悪感
それを持つことさえ、遥ちゃんは駄目だっていうのかな……
彼方「恩を仇で……返すっていうか〜」
言葉を選ばないと
少しも好意的な意味がないって言い方じゃないと
遥ちゃんは……。
彼方「プリンのお礼に、お茶くらい出しても良かったかもしれないな〜って」
遥「……じゃぁ、これ捨てればいい?」 彼方「食べ物は粗末にして欲しくないなぁ……」
遥「………」
遥「……でも、プリンをくれた果林さんのこと、少し好きになっちゃうよね?」
遥「美味しかったら、何かお礼しなきゃって考えて会う機会が出来ちゃうよね?」
遥「そしたらまた距離が縮まって、仲良くなっちゃうよね?」
遥「二人で遊ぶ回数が増えるかも」
遥「私を置いて……どこか行っちゃうかも」
なにか、まずい
遥ちゃん、また夢を見てた
きっと、エマちゃんとの夢のような良い物じゃなかったんだ。
そうじゃなかったら、叫ばない
でも、どんな夢を――
彼方「遥ちゃ――」
遥「やめてッ!」
彼方「っ……」
遥「ただのお礼だからなんて嘘つかないでよ……」
遥「お姉ちゃん、そう言ってかすみさんにお弁当まで作るようになった!」
遥「私の為に作ってくれてたのに、侑さんの分が増えた!」
遥「自分がいないとダメだからって、しずくさんを家に連れてきたりもしてたよね……っ!」
遥「このプリンを言い訳にして、果林さんと繋がるつもりなんでしょッ!」 知らない
身に覚えがない
でも、遥ちゃんはそんな私を見てきてしまった。
彼方「そんなことしないよ〜」
彼方「大丈夫……私はずっと遥ちゃんと一緒だから」
他の私が遥ちゃん以外の誰かと一緒になっちゃったんだとしても
今ここにいる私は、遥ちゃんと一緒にいる
彼方「そんな、怖がらなくても平気だよ〜」
彼方「痛っ……」
手錠に繋がれていた部分の一部は痣の色に変わっていて
足が痛くて、うまく立ち上がれない
無事な方にほぼ全部の体重を
なんて……手首も痛めたせいで、使えるのは半身しかないのが辛い。
彼方「………」
彼方「手足痛めちゃったから……遥ちゃんがいてくれないと立ち上がることもできないんだよ〜?」
彼方「だから〜……大丈夫」
遥「……ほんと?」
彼方「ほんと、ほんと……嘘つかないよ〜」
彼方「というより……ついてる、余裕がないかなぁ」
これは多分、病院行かないといけないやつだ
彼方「遥ちゃんには悪いけど、病院いかせて……」
遥「……わかった」
遥「ごめんね。私のせいで」 少し戻った遥ちゃんは、
とても申し訳なさそうに言ってから119にお電話。
私がほぼ半身……右手右足をやっちゃったこと、
大人がいないこと、病院まで行けそうもないから……救急車
整形外科のお医者さん曰く、軽傷
軽傷とはいえ、比較的軽いというだけで
「右手と右足をよく器用に捩じったね」と、最低でも1週間は要安静。
彼方「えっと……入院ですか?」
入院はしなくてもいいけれど、その場合は車椅子があった方が良いというお話。
松葉杖でもいいが、可能なら車椅子と言うのは私の怪我が両手足だから。
しかも……利きの方。
彼方「バイトは……あ、はい……無理ですよね」
遥「………」
ご両親を呼んだ方が良いとも言われて、
断りたかったけれど……自力で帰れそうもないから泣く泣く呼び出し。
お仕事を中抜けしてきてくれたお母さんに怒られつつ
より酷い状態じゃなくて良かった。と安心されて。
松葉杖で良かったのに……
色々と手続きとかして、ちゃんと車椅子をレンタルすることになった。 ――――――
―――
私についていたいっていうお母さんは、
けれど、どうしても戻らなくちゃいけなくて……遥ちゃんと二人きり
遥「……おトイレとか、必要になったら言ってね?」
彼方「松葉杖さえあればなぁ……」
遥「大丈夫、私がいるから」
右手足はギプス固定
一応、取り外しも可能なもので、
お母さん、遥ちゃん、私
みんながそのつけ方と外し方を知ってるから、どうにかなる
けど。
部屋から出歩くのはさすがにどうにもならない
松葉杖があればって言ってみても
実際、利き足利き手が扱えないのは不自由で
バランスだって取りにくい
遥「……学校は、行くんだよね?」
彼方「うん……途中まで送ってくれれば、あとはどうにかするから」
遥「どうしても行かないとダメ?」
彼方「特待生……取り消しになると大変なんだよねぇ……」 遥「……ごめんね」
遥「私が寝ちゃったから……」
彼方「仕方がないよ〜」
彼方「悪夢を見ちゃうのは、遥ちゃんのせいじゃないから」
手錠をさせたのは遥ちゃんだ
それがなければ
そんなことにさえなっていなければ……
彼方「………」
彼方「……仕方が、ないよ」
遥ちゃんを責めても仕方がない
だって、遥ちゃんだって苦しんでるんだから
どうしようもない悪夢に苛まれてるんだから。
彼方「でも、これで……遥ちゃんがいないとダメになっちゃったねぇ」
彼方「……お世話になりま〜す」
遥「もぅ……お姉ちゃんってば」
困りつつも嬉しそうな遥ちゃん。
そこに罪悪感は、ない。 彼方「それで、今度はどんな悪夢だったの?」
遥「かすみさんと一緒になっていく夢」
遥ちゃん曰く
私は卒業の近づく来年の二月
バレンタインデーの日にかすみちゃんに本命のチョコレートを送るらしい
その結果、
相思相愛で付き合い始めて……そして。
やがて遥ちゃんを置いて行ってしまう。らしい。
私がそんなことするはずがないのに。
――ほんとうに、そうかな?
遥「大丈夫だよね?」
遥「お姉ちゃん、いなくなったりしないよね?」
彼方「当然だよ〜」
もしも。
もしも今、誰かに " 大丈夫? " って声をかけられてしまったら
私は駄目な部分を隠し通せないと思う
そうなったら、もう……ダメ。
今の遥ちゃんは怖いって思っちゃってるから。 でも、それでも私にとって遥ちゃんは大切な妹
なにものにも代えられない、世界でただ一人の大切な人
彼方「………」
彼方「ねぇ、遥ちゃん」
遥「なぁに? おトイレ?」
彼方「あはははっ、違うよ〜」
彼方「………コホンッ」
彼方「遥ちゃん、私のこと好き?」
遥「えっ!?」
ビックリする遥ちゃん
顔はすぐに赤くなって、じっと私を見る目はとても愛らしい
普段とは違うけれど
怖くない……純真さのある空気
遥「それは……」
顔を逸らした遥ちゃんの口元が動き、
くっと唇を固く結ぶのが見えて。
遥「………」
遥「好きだよ……大好き」
遥「お姉ちゃんとして、人として、女の子として」
遥「あらゆる意味で、好き」
遥「だから……誰にも渡したくない」 遥「なのに、お姉ちゃん侑さん達と付き合っちゃうんだもん……」
遥「私に向けてくれてた分を、ほかの人に向けちゃうんだもんっ」
遥「私を置いて……しずくさんなんかと死んじゃうんだもんッ!」
遥「……嫌だよ」
遥「どうして?」
遥「妹だから?」
遥「女の子だから?」
遥「それ以外に何かダメなところがあるなら言って?」
遥「治すから」
遥「お姉ちゃん好みになって見せるから」
遥「だから……ほかの人になんて、気を向けないでよっ!」
遥ちゃんはだんだんと昂った感情に涙を零して、
頭を振るたびに、雫が飛ぶ。
二つ結びの髪が乱れる
遥「お姉ちゃん、女の子でも大丈夫だよね?」
遥「だって、かすみさん達と一緒になるんだもん」
遥「じゃぁ、妹を止めたらいい?」
遥「縁切りしてどこかの人の養子になってからなら、私と一緒になってくれる?」
彼方「そんなことしなくたって……大丈夫」
遥「大丈夫じゃ、無いから言ってるのに……」 彼方「そんなに不安?」
遥「怖いよっ」
彼方「信じられない?」
遥「信じてる……けど、でも。胸騒ぎがするの……」
遥「お姉ちゃんが他の誰かと付き合ったりしないとしても」
遥「死んじゃうんじゃないかって、怖いの」
遥ちゃんは体を震わせる
遥ちゃんの手が掴む遥ちゃん自身の腕の部分には、強い皺が寄っていて
見開かれた瞳が、その異常さを強める
本当に怖いんだねぇ
恐ろしくて、不安で……
それ以上に、私のことを想ってくれているんだよね〜?
遥ちゃん。
……遥ちゃん。
彼方「だったら……心中する?」
彼方「遥ちゃんがどうしようもなくて」
彼方「これ以上苦しみたくなくて、信じ切ることができないなら」
こんな遥ちゃんを残しては、いけない
だから
彼方「いっそ……私達で、心中しちゃうっていう手もあるんだよ〜?」 遥「お姉ちゃん……」
彼方「ごめんね」
彼方「遥ちゃんを抱いてあげたいけど、この体じゃ上手く抱いてあげられない」
彼方「一緒に寝てあげられない」
彼方「……今日の夜、また悪夢を見ても」
彼方「私には何もしてあげられない」
話を聞いて、
そんなことはないよって " 嘘をつく " くらいしかできない
それは何もできないのと同じ。
その嘘さえもつけなくなってしまう前に。
彼方「夢の中の彼方ちゃんがどうだろうと、この私はまだ遥ちゃんと一緒にいる」
彼方「遥ちゃんとなら、どこにだって行っても良いって思ってる」
彼方「……この体じゃ、連れていってもらう必要があるけどね〜」
遥「本当に良いの?」
彼方「……いいよ〜」
遥「………」
遥「……っ」 遥「もう少しだけ、頑張ってみる」
遥「もしかしたら、エマさんの時みたいないい夢があるかもしれないから」
遥「だから……あと一日」
遥「それが悪い夢だったら……私、もうきっと我慢できないけど」
彼方「じゃぁ……」
遥「?」
手招きする
出来るのなら自分から近づいてあげたいけど
今の私には出来ないから、遥ちゃんに来てもらう。
そして――おでこに、キス
遥「お、おね……お姉ちゃん!?」
彼方「良い夢を見られるように、おまじない」
彼方「一緒に寝てあげられないから」
彼方「特別だよ〜?」
遥「も〜……」
遥「えへへ……ありがと……」
遥「きっと、お姉ちゃんと一緒の夢が見られると思う」
すっごく嬉しそうな、紅い顔の遥ちゃん。
でも、どれだけかわいい顔をしていても
世界はちっとも、遥ちゃんに優しくしてくれることはなかった 今まで幸せにしてきた分が不幸になって跳ね返ってくるの辛いな楽しみにしてるわ乙 乙です
ついに全部終わりかあ
寂しいけど毎日楽しみで幸せでした 一番脳破壊されてるの>>1だろうな…最後まで頼む(ハッピーエンドで) ――――――
―――
遥「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
彼方「っ」
朝になって、部屋の中には悲鳴が轟く
すぐそばに隣接していた壁を力強く叩く音が聞こえたかと思えば
相手側からは「叩くな!」という怒号が飛んできて
上のベッドが軋み、遥ちゃんの嗚咽が聞こえる
彼方「遥ちゃん」
彼方「……遥ちゃん、彼方ちゃんならここにいるよ〜」
彼方「下におりてごらん? 大丈夫だから〜」
顔を見せてあげられたら良いけど、今は難しい
せめて……と、声だけでも聴かせて傍にいることをアピールしてみる
遥ちゃんがゆっくり動く布擦れの音
視界の片隅に見える梯子に右足が降りてきて
徐々に遥ちゃんの姿が見えてくる
遥「お姉ちゃん……っ」
彼方「ね〜? 彼方ちゃん、ちゃんとここにいるでしょ〜?」 遥ちゃんは、私が愛ちゃんのお店のアルバイトを始める夢を見たらしい
アルバイトに始まり、愛ちゃんからの熱烈なオファーを受けた私は、
自分の資格や、力が活かせるならと……愛ちゃんのもんじゃ焼き屋さん専属の調理師となって、
そして。
別に付き合ったりはしなかった
付き合ってないのだから結婚だってしてなかった
だけど、その関係はただの友人ではなくて
でも、家族でもなくて。
遥ちゃんにとっては……自分以上にも強い繋がりに見えちゃって……。
遥「お姉ちゃん、私なんてどうでもよくなっちゃったんだって……」
彼方「え〜……私、そんなこと絶対に言わないと思うんだけどなぁ……」
この私にはその自信があっても
しずくちゃんと心中したり、ほかの子達と付き合っていく私がいたというのなら
絶対だなんて確証を持たせてあげることは出来ない。
それこそ、私のこの手足が無くならない限り。 彼方「でも、そっか〜」
彼方「また嫌な夢を見ちゃったんだね〜……」
おでこにキスしてあげたのに。
遥ちゃんの気持ちはあんなにも高ぶって……幸せそうだったのに。
その精神的に幸福な状態でも
夢で悪いものを見ちゃったというのなら、
これはもう、いよいよ遥ちゃんどうこうの問題じゃない
彼方「辛い?」
彼方「苦しい?」
遥「うん……」
彼方「じゃぁ……一緒に、死んでみる?」
死が二人を別つまで。
結婚に関係するものとして、そんな言葉をよくよく耳にする
ということは……世間一般的に、死は別れなんだと思う。
でも、もしその別れの時である死さえも共にしたなら
限りある生涯の垣根さえも超えて、永久的に二人一緒にいられるんじゃないかな。
だから……。
彼方「どうする?」 遥「……っ」
彼方「いいよ」
遥ちゃんの細い指が首にかかる
苦しいのは嫌だけど
でも、それが遥ちゃんの味わった苦しみだというのなら我慢もできる
彼方「ぅ……」
指の一本一本に力が込められていくと
大事な血管を押さえられてるからか、強い違和感と不快感を感じてしまう
彼方「ぁ……」
遥「っ……無理……」
彼方「っ、はっ……けほっ……」
首を絞めたという部類にまで届かない程度で離れた遥ちゃんは、
首を締めようとした手を押さえて……引き下がっていく
彼方「遥ちゃん……」
泣きそうな顔
辛くて、苦しくて、崩れてしまいそうな……
遥「やだ……殺したくない……」
彼方「屋上から飛び降りるっていう手もあるんだよ〜?」
遥「お姉ちゃんを突き落とすなんて、出来るわけないよ!」
彼方「ぎりぎりまで連れていってくれたら、あとは自分で――」
遥「やだっ!」
遥「やだよ……そんなこと……やだ……っ!」 遥「お姉ちゃんと一緒に居たい」
遥「このまま、私とお姉ちゃんで……一緒に居たいのっ」
遥「死んじゃったら終わっちゃう」
遥「終わっちゃうよ……」
遥ちゃんは泣き出しちゃって
死なせたくないって……首を横に振る
遥ちゃんにとっても、死んじゃうのは終わりと同じ。
でも、このままだと辛くて苦しい夢のせいで
いつか不眠症になっちゃうだろうし、早死にすると思う
彼方「……心中はしたくないんだよね?」
遥「したくない……」
彼方「でも、私がみんなと一緒にいたりするのは嫌なんだよね?」
遥「やだ……」
彼方「……一緒にいるのが駄目ってなると、彼方ちゃん何もできなくなっちゃうから」
彼方「譲歩して欲しいな〜」
遥「譲歩?」
彼方「うん」
彼方「例えば〜……スマホ。やり取りは必ず遥ちゃんに見せる」
彼方「GPSをONにして、常にどこにいるか分かるようにしておく」
彼方「定時連絡を必ずする……みたいな」
彼方「その合間の時間で、私が他の誰かに身体を許すかもしれないって思うなら」
彼方「貞操帯……だったかな……それをつけておく。とか」 彼方「生きていくうえで必要最低限な時間はほかの人のために使う」
彼方「でも、それ以外の全ては遥ちゃんに使う」
彼方「お友達なんて作らない」
彼方「遊びに行かないし食事もしない」
彼方「どこかに泊まるなんてもってのほか」
彼方「学校やお仕事以外は必ず遥ちゃんの傍にいるようにする」
彼方「一緒にいるときはスマホは遥ちゃんに預けておく」
彼方「それでも心配なら、バレないように、手だけはまた手錠でつないでくれてもいい」
彼方「……だからその代わり、私が誰かとお話してても怒らないで」
彼方「危ないこととか悪いことをしようとしないで」
彼方「なに話してたのかとか、全部ちゃんと報告するから……最低限の人付き合いは、許してくれないかな……」
遥「………」
遥ちゃんに契約みたいなことは必要ないって言ったのに
私から、契約するかのようなお願い
でも、
こんな壊れかけだったとしても遥ちゃんは遥ちゃんだから。
私が尽くし続けることで遥ちゃんが楽になれるなら、その方法を選ぶ 遥「ほんとうに、そうしてくれる……?」
遥「連絡したらちゃんと返してくれる?」
遥「電話したらすぐに出てくれる?」
遥「一日の予定とか、全部教えてくれる?」
遥「何もない時は、ずっと一緒にいてくれる?」
彼方「うん、約束する」
彼方「……友達のことが不安なら、まずは私のスマホのデータを遥ちゃんが消してくれてもいいよ」
遥ちゃんがあとから不安がらないように
ちゃんと考えて、穴を埋めて、すべてを晒していく
遥「……同好会と、バイトの人以外は全部消すね?」
彼方「うん、良いよ」
遥「………」
遥ちゃんが分からないバイト先関係者
それだけはちゃんと選び取って、削除する
もちろん、連絡用のアプリからも。
遥「信じるからね?」
遥「今日から、ちゃんと守ってくれるんだよね?」
彼方「うん、絶対」
貞操帯は、後日だけど。
でも、それ以外のことなら……
遥「じゃぁ、いいよ」
遥「……ちょっとだけなら、許しても」
それでも遥ちゃんは不安そうだったけど、でも、頷いてくれた。
そして――休むわけにもいかない学校に、連れていってもらう ――――――
―――
流石に、遥ちゃんに授業全てを手伝って貰うことはできないから、
校門前で果林ちゃんと待ち合わせ。
私を見るや否や、果林ちゃんは唖然として。
果林「……大丈夫なの?」
彼方「なんとか、左手で書いてみるよ〜」
彼方「ダメそうだったら、あとでノートを借りてもいいかな?」
遥「………」
遥ちゃんに目を向けると
遥ちゃんは何も言わなかったけれど、頷く
これは多分、良いよってことだろう
果林「……」
果林「そう……」
果林「無理は、しないで欲しいのだけど……本当に授業受けるの?」
彼方「そうしないと、特待生取り消されちゃうからねぇ……」 果林「まったくもう……」
果林「じゃぁ、遥ちゃん……彼方のことは預かるわね?」
遥「はい。宜しくお願いします」
礼儀正しく頭を下げる遥ちゃん
でもその空気は、普段の遥ちゃんらしくなく、嫌悪感が滲んでる
預けたくない、任せたくない
そんなものが……溢れてる。
彼方「じゃぁね〜……後で連絡するから」
遥「うんっ」
遥「じゃぁ、気を付けてのちゅー」
遥ちゃんはそう言って、
果林ちゃんにも見えるように、唇を重ねてきた。
果林「ちょっ……」
柔らかくて、小さくて
味わうことなんて出来ない、潤いを感じるキス
すぐに離れた遥ちゃんは、満足げ。
遥「またあとでね」
彼方「またね〜」
戸惑う果林ちゃんを促して、車椅子を動かして貰う 遥ちゃんがだいぶ見えなくなるころ、
果林ちゃんは急に「彼方」と、呟いて。
果林「……なに、してるのよ」
彼方「ん〜?」
果林「あんな場所で、しかも……妹となんて」
彼方「普通じゃない? おかしい?」
彼方「………」
彼方「だから、果林ちゃんはどうしろっていうのかな〜?」
果林「………」
果林「やめた方が良いわ」
果林ちゃんはいつにもまして深刻そうに零す。
下手に身体を動かせないから、
果林ちゃんがどんな顔をしてるのかまでは、見てられない
今、どんな顔してるんだろう。 果林「昨日、お見舞いに行ったときからもう何か危なそうな感じがしたけど」
果林「今日は――」
彼方「それ以上言われても、彼方ちゃんは首を横に振るだけだよ」
果林「彼方……」
彼方「ダメなんだよ。遥ちゃん」
彼方「彼方ちゃんが一緒にいてあげないと壊れちゃうんだよねぇ……」
彼方「だから、同好会もやめて、最低限の連絡先以外を消して――」
彼方「………あ、ごめんね。電話」
果林「出なくていい」
彼方「ううん、出なきゃダメ」
止めようとしてきた果林ちゃんの手を払い除けて、
遥ちゃんからの電話を受ける
遥『三コールだった……』
彼方「ごめんね。まだ、左手で出るの慣れなくて……」
遥『コールが2回終わる前にって、言ったよね?』
彼方「うん、ごめん……」
彼方「次からは、絶対に出られるようにするから」
遥『果林さんとお話してるのもいいけど、約束は守ってくれなきゃ……やだよ』
彼方「ごめんね」
遥『……次は駄目だからね』
彼方「わかった。約束する」 少しだけ話して、電話を切る
果林ちゃんは立ち止まっていたようで……まるで景色が変わってなかった
彼方「遅れちゃうよ〜?」
果林「何今の……」
果林「どういうこと、約束って」
彼方「私がみんなに会える条件」
彼方「詳しく言えないけど……2コール以内に電話に出るって約束があるんだよね〜」
彼方「だから、二度と邪魔しないでね?」
果林「っ……」
彼方「遥ちゃん、約束破ったら怖いんだから……」
果林「彼方は、本当にそれで――」 彼方「いいよ」
彼方「私から持ち掛けた条件なんだから……いいに決まってる」
果林ちゃんはおかしいって言う
狂ってるって、私に言ったわけじゃないだろうけど……呟く
でも、そうしないとダメなんだから仕方がないよね
そうしないと、遥ちゃんと一緒にいられないんだから
そうじゃないと……遥ちゃんは壊れていっちゃうんだから。
果林「彼方……」
彼方「なぁに?」
果林「………」
果林「……っ……」
果林「……ごめんなさい」
彼方「良いよ別に……邪魔さえしなければ、それでいいから」
果林ちゃんは何かを言いかけたけど、言わなかった
うん。
それでいいんだよ……言ったって、無駄なんだから。
歯ぎしりみたいなのが聞こえたけど、気のせいだってことにしておく。 彼方「あ、また電話――」
果林「ん」
果林ちゃんは私が出るよりもはやく電話を取って、耳に当ててくれる
遥『良かった、出てくれた』
彼方「………」
果林ちゃんが出てくれただけだけど。
それを隠すかどうか迷って
隠さないと決めたからと……ちゃんと話す。
彼方「あ、でも……今のは果林ちゃんが取ってくれただけだよ〜」
彼方「実は、一番手伝ってもらうことになるからちょっとだけ事情話しておこうと思って」
遥『そっか』
遥『……よかったぁ』
すごく、安堵した遥ちゃんの声
それに続いて「東雲の子がどうしてここにいるの?」と、雑音が聞こえた
果林「っ……あ……」
果林ちゃんの口から洩れる呆然とした言葉
車椅子がゆっくり動いて、私には見えなかった景色の中……
見慣れた髪型で、東雲学院の制服を着た女の子が手を振ってるのが見えた
遥『本当のこと言ってくれてよかった』
遥『さっき、電話に出てくれなかったから心配で戻ってきちゃったんだよね……えへへ』
遥『でも次、果林さんにスマホ持たせたら怒るからね』
彼方「ごめん……」
遥『お姉ちゃんは、私だけのお姉ちゃんでいてくれなきゃ……嫌だからね』
彼方「うん、私は遥ちゃんだけのために生きていくよ〜」
遥『絶対だからね』
大丈夫。
だって、そうしなければならないんだから――と、心に言い聞かせた case.0:遥と 終了
ヒストリ
case1.果林 (洋服選び 5-32)
case2.璃奈 (菓子作り 45-102)
case3.歩夢 (クソゲー 118-151)
case4.菜々 (お勉強会 172-206)
case5.侑 (クリスマス 213-264)
case6.しずく(心中演技 275-341)
case7.エマ (年末年始 358-443)
case8.かすみ(バレンタイン 457-498)
case9.愛 (一緒にバイト 510-575)
case0.遥 ( 598-730) 全10case終了のため、以上で終了となります。
予想より長くなりましたが、お付き合いいただきありがとうございました。 乙
良かった…最後ハッピーエンドにして欲しかったけど
個人的にこの10caseの中だと最推しはcase2かな
でもcase9の愛は盲点だったわ
すごく良かった 乙でした!彼方推しの自分全カプが見られて超大満足です
また書きたくなったらぜひお願いします! どれも素晴らしかった
お疲れ様
ただ最後の重すぎたw 1ヶ月弱お疲れ様!まじでどれも素晴らしかった!また来年の彼方誕も頼む 乙
この遥は間違いなくヤンデレだけど好き他のSSはおね好き遺伝子だけ? 約1ヶ月毎日いろんな彼方ちゃんが見れて楽しかった乙
どの話も心情描写とお料理が丁寧で有難かったけど特にかすみ編の二人のヤキモキ感が好きだわ
エマ編でリアルタイムに年越せたのも臨場感あって良かった 夜這いするやつは間違いなくここのらっかせい作でしょうな >彼方「……zzz」 遥「……」コソコソ
>果林「彼方ったら、またこんなところで寝て……」
>しずく「彼方さん、1週間だけ私のお姉ちゃんになって頂けませんか?」 彼方「ん〜?」
上の3つは同じ人が書いてると思ってたが、かなりなの名作もあんたが書いていたとは
そしてエグいのもいけるのね、彼方ちゃんのこと心から愛してそうだけど可哀想な彼方ちゃんも書けるんだ
スクスタの奴とかも合わせて全部同じ人が書いてるとはね すげえや 過去作も良作揃いで納得だわ
つーか視点分けて2スレ連動の彼方SS書いてた人か りなりーのやつ好き
グロもエロもシリアスもいちゃラブもハードも真面目なのも何でもいける上にカプ拘り無しとか万能過ぎでは? 最後どうなるかと思ったけど上手いことまとめたな
洋服選びとバレンタインが特に好きだわ 遺伝子的に〜のやつもだと思ってたけど、違う人だったのか >>755
多分過去作しか載せてないだけかと
あっちは終わってないし >>755
そっちのスレで15日のらっかせいのIDを確認してみろ
同じ人だぞ ニジガクしかのせて無いけど監視委員と変わらない日常と同じやり方の
ダイヤ「ここは……?」ってSSもこの人では? これせっかくだからキャラ別で渋にあげ直して欲しい
もうひとつの方で作った渋アカでやってくれないかな >>760
《遺伝子的に〜》の>>359に探し方載ってるけどユーザー名は《虹ヶ咲_SSオマケ》
遺伝子スレのオマケ(ガチ)しか載せて無いから勿体ない ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています