ゆうきまさみ総合22【新九郎 奔る!】
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ゆうきまさみ総合21【新九郎 奔る!】
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ゆうきまさみ総合20【新九郎 奔る!】
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https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account) 家督を継いだら荏原に注力したい、エンタメの常として人に話した願いはまず叶えられません
というわけで荏原(一回目)編終了
多分荏原(二回目)編もあるはず
14年後に盛頼と再戦するから >>174
義政ブチ切れで新九郎の方が出奔か?
新九郎、今川に奔る!(一回目)
ならば荏原は弥二郎の後の義父(京都伊勢分家)にお預けかな? >>169
まさに、で、で、出たー! って印象
これぞ過ぎたるは及ばざるがごとしな危険すぎる聡明ぶりか
>>172
まずは自分が率先して敬意を示さねば当主としての権威を付けられないというのもあるだろうが >>168
本来なら八郎の着くべきだった座に新九郎だけは付けたくないという感じも >>185
義母須磨は兄八郎の形見の鎧を新九郎が使うことを許可しているので、新九郎が当主を継ぐのだって問題にしないんじゃない?というかそうしないと自分の居場所である備前守家が潰れてしまう。まあ皮肉のひとつくらいは言うかも知れないが。この義母さん皮肉は祖父の貞国に似てないし貞親にも似てなくどっから皮肉が出てきてるんだろう?ちなみに当時の鎧はそれぞれの階級でそれぞれの階級の屋敷を建てるくらい費用がかかるものを使っていたと聞いたことがある。 須磨はいずれ新九郎が備前守家を継ぐにしろ、「それは今じゃないでしょ」って感じで怒ってるんだと思う
謹慎だけで済ませてもらったのに心折れてる盛定への怒りもあるし、状況に流されて当主継ぐ気になってる新九郎もあかんでしょって感じで >>185
娘の伊都が今川家に嫁いでいるので自分の血統は続くし、京都の実家住まいで夫とは別に資産も持ってるので露頭に迷う心配はない
八郎が死んでしまったことへの無念の思いはあっても新九郎が家を継ぐことには異論はないだろう
この時代の武士の妻は共同経営者みたいなものだから、自分の息子が後を継ぐ継がない以上に家が存続することのほうが重要
まあ日野富子みたいに自分の息子(義尚)が死んじゃったから妹の息子(義視)を後継者に指名したのに、今度はそっちと仲違いして夫の甥(義澄)に挿げ替えたなんて例もあるけど >>180
公方様の義政は、一休さんの公方様義満の孫だからね。
ただし義満ほどは権力なかったと言われているね。
本作だと十分わがままに描かれているがw
>>181
特に隠居後なのだろうけど義政も後白河の今様狂い以上の道楽というか芸術狂いだからね。
芸術にのめり込んで国家財政からの支出で寺や庭園作り絵画を描かせるのは、徳がある為政者の世に対する施しのひとつでこれも政治なんだという考えもあったらしい。で伊勢家が政所としてその経理を担当していたわけね 明応の政変の首謀者は政元じゃなくて貞宗らしいんだな、親父と違って成功してはる あの政変は誰かが首謀者というより政元・貞宗・富子の共同謀議ってイメージ >>182
家督継いだら京都から離れられなくならね?(笑) >183
散々罵り合って新九郎が飛び出してから、貞親に色々教わったことを思い出してしんみりする義政?
>190
一休さんとこの将軍様はわがままだけど決めるべきことは決めてるからなぁ。
>193
といっても、弥次郎も関東について来るわけだしなぁ。
申次衆伊勢備前守家にはならないのか。 >>174
叱責じゃなくて、正論だけどめんどくさいことを言いだしそうな気がする。
義政の反応がどうなるかは分からんが。 頼もしく思える自分に自己嫌悪を覚える須磨さま、という展開が見てみたいが無理か >>194
伊勢弥次郎は「御由緒六家」に入っていないので後から駿河に来た可能性もあるね。
ゆうきまさみ氏がどう描くかわからんが。
ただ記録にあまり残っていない人で諱もはっきりしないようだ(盛興との説あり)。
小田原城で戦った記録はあり戦で大きな怪我を負い出家した説もあるようだね。
笠原も後北条氏の重臣で
「御由緒六家」に入っておらず長らく伊豆の国人出身だと思われていたようだが
備中国荏原付近には今でも笠原姓が多いそうだ。備中国の出自であることを
感じさせるエピソードだね。4巻でゆうきまさみ氏は城主館の対面に笠原一族の
館群があるのを描いており城代を務めるにふさわしい一族として扱ってるね。
(現地を取材し笠原が多いことに気づいたのかも?)
笠原弥八郎が単身で駿河か伊豆に後追いで来て加わったのかも知れないね。 >>198
そら弥次郎は新九郎の弟、一門衆なんだから家臣の後由緒六家には入らん
新九郎の名前が資料に出るのは文明13年だから家督継ぐのはその辺と思われる
15年には申次衆にはなっているから一応申次衆備前守家は継承したんじゃないか
その4年後にはまた奉公衆になっているからこの辺くらいから政元貞宗の手駒、実働部隊として動いていくんだろうと思う
作中でいうと10年後くらい先の話だけど 弥次郎は後から来るのは資料で確認されてるんしゃなかったっけ? >195
かもしらんけど、義政が生まれて初めて怒鳴りあう相手になるとか。
>196-197
でも、弥次郎はかわいがってるし。
>198-200
いずれにせよ、この漫画では新九郎の右腕として活躍することが決まってる(1巻P135)わけだし……じゃあ左腕が太郎か。
今一瞬、「笠原弥次郎」になりかけた。 盛定さん真面目な働き者だけど
ものの判断とか旧伊勢守に丸投げしてたふしがあるからなあ
くっついてけばいいや的な 新九郎の父ちゃんが廊下走り出すコマだけなんとなく落ち着かない。 >>201
例えば一休さん的に描いたりとか、ゆうき氏の創作の余地はなくはないが、普通将軍義政と怒鳴り合いなんかしたら間違いなく切腹か打首だよ。立場が違いすぎるし、義政にはそれを命じることが出来る権力がある。乳母父の貞親ですらあれだけ言葉に気を遣っているのでね たしかちゃむボッシーの生まれじゃなかったっけ?
黒髪って顕性遺伝だったっけ? >>204
今出川殿足利義視ですら伊勢への出奔から戻り義政周辺の奸臣の煤払いをせねばなと義政に諌言したら、今後出入りを禁じるといわれてしまった訳だし。継嗣にした弟ですらそうなのだから家臣だったらあぽーんだよ。この時代に限らず今だって平社員がワンマン社長と怒鳴りあいの喧嘩をしてしまったらそうそう許してもらえるもんではない。 新九郎が元服して初めて義政にお目見えした時も、
いちいち貞宗を経由して会話してたくらいだしね。
途中で義政が「直答を許す」みたいになって、最後は直接会話してたけど。 やっぱりないかぁ。
逆に、そんなことになってなお無事でいられるってことは相当義政の信頼とかそういうのが高いってことになる。
そしたらもう、京都から出られなくなるくらい重用されて駿河下向とかホイホイできないか。 >>198
笠原弥八郎が単身か従者ひとりくらい連れて伊豆に後追いで来て主人新九郎の館で出された飯を食って一言、ここの漬物は美味いでござるな、とかwww
伊豆の韮山はそんなに高くない山に囲まれて川も流れているので荏原と風景似てるんじゃないかと思っているが。 >209
敵「ここに、美味い漬物を用意しておびき寄せよう」 それはそれとしてこういうのを見つけた。
ttps://b.imgef.com/FOGFFnC.jpg
義満が美少年ならその孫たちもそうだったのだろうか。 一介の小坊主を呼び出してはお話したがる将軍様、今なら事案 >>208
仮に義政の信頼が高かったら、そちは儂の相談相手になれとか言われ日頃から頻繁に義政に呼ばれたりする訳で呼ばれていないということはそうでないということ。実際そういう立場なのは日野勝光とか細川勝元とか伊勢貞宗なわけで、その立場はその立場で公方様への影響力が強過ぎと妬まれると、あらぬことを讒言されてそれを信じてしまう公方様よりそちを許さん切腹!となってしまう。政治的に強い立場で居続けるのも難しく、その観点でも失脚しない勝元や貞宗は人間関係の力学を上手くコントロールしており凄いのですよ。 >>214
ゆうき氏の創作が入る余地はもちろんあるが、ゆうき氏は将軍と幕臣の距離感とか人間関係を現代人の読者が違和感を感じないレベルで史実に近く丁寧に描いており、その基本路線は乳母父で義政の幼い頃しつけすらした実の父同然の貞親ですら成人した将軍義政への言葉使いに相当気を遣い(1巻で義視を讒言したときは御所の御前でイヤな汗が吹き出したとか)、作品全体でそういう基調で描かれているので、ここで本作主人公の新九郎だけ将軍と怒鳴りあいが出来るとかはアンバランスで、次週の連載ではそういう風には描かないでしょう。 >>215
でも新九郎の乳兄弟の大道寺太郎は、幼い頃から新九郎と兄弟同然(太郎のほうが年上)で成長したこともあり、自分の主人である新九郎にタメ口だしおまえとかあいつとか言っちゃったりするんだよね。この辺は本作のご愛嬌。乳兄弟だし子供または元服してすぐの頃ならあり得なくも無いのかななんて思ってしまう。 まあ、新九郎にとって太郎は乳兄弟であり、しかも実母同士が姉妹(横井氏)だから、
いろいろな意味で「身内」ってことなのかな。 今週号の展開はいいな
荏原より魑魅魍魎の京都の方が面白い >>211
美少年好きではあったようだな
世阿弥はそれでおそばに侍らせてたみたいだし >>216
伊勢家とはいえ国主ですらない陪臣の家と、将軍家は比較にならんよ。 >>217
その後があまりぱっとしない家が多い御由緒六家の中で大道寺氏は一門扱いで別格だし、新九郎の頃からそういう位置だったんだろうな
後から来た笠原氏のかなり高い位置についてるし、作中で笠原氏が城代を務める現地被官筆頭みたいに描かれてるのもそこから来てるんだろう 新九郎の声が大きくなった瞬間息子をぶん殴る盛定!
これならパパンもう少し頑張る方向で進んだりして。
「おやじにも殴られたことないのに!」
「今殴っただろう!」
義政(父上にも貞親にも殴られたことないなぁ) 息子を殴りに黄泉帰る万人恐怖にして天台開闢依頼の逸材 義尚(春王)は貞宗の屋敷で養育されており、御所にはいないので出てこないんじゃないかな。 まだ養育中か、どういう会話になるかわからんなーとりあえず死なないのは分かっているけど 今日からパトレイバー4D始まってるけど、結構入ってるね 新右衛門さんカムバーック!
あと福寿丸君はどうなってるのかな スピリッツの連載だから読者の平均年齢に近い新九郎と同年代の側近の会話はタメ口や現代語を多用するよう編集部からゆうき氏に指示依頼が出てるとか?京の伊勢家では貞親や盛定も儂なんだけど、新九郎が荏原で若い側近に話すときは俺なんだよね。まあ全体の雰囲気を壊さない程度にして頂きたいですね。 未だに現代語ダメとか外来語ダメとか言ってる奴いんの?w
現代語使わない当時の言葉遣いで書いてある歴史漫画なんてあんの? >>218
京都に足を取られて戻るに戻れなかった親父の苦労も分かってほしい 書状なら目上だろうが目下だろうが候文やで
仍って件の如し >>231
あの父ちゃんのことだから一番の理由は
三百貫の恨みが怖かったからだとおもう >>230
昔の時代劇マニアだから。昔の手紙を基にして普段から堅苦しい喋り方をしていたと勘違いした間違った時代考証の産物 高橋のぼるの劉邦で重要な場面でマスターマインドって叫んでいるのはどうにかせえと思った、言い換えなんかいくらでもできるだろうに
新九郎における横文字は説明シーンのときに多用されるからな 「win-winの関係なのだ」
「ちゃんとケアしないからですよ!」
「男のロマンです!」
…先日亡くなったジョージ秋山氏の代表作「浮浪雲」、アレを渡哲也主演でドラマにしたやつが
いろいろすごかった、とリアルタイムで視聴していた身内が言ってるなー
桃井かおり演じる嫁のかめさんが、鼻歌歌いながら長屋の縁側にガーガー「掃除機」かけてるっていう
あの「もりさだスクリーン」とか、そのへんのオマージュなんじゃないか、って わーおもしろいもっとやれだな自分は
専スレでさえこうだもの
実際に大河にしたらNHKに抗議の電話やメールがガンガン来て
途中で放映中止になるだろうな
にわか歴史マニアが偉そうに批判している様には苦笑しかできないわ マンガだから許される表現もあるし
ただでさえわかりにくい状況が続くんだから
あれぐらいゆるくていいでしょ 昔、花とゆめLaLa(「日出づる処の天子」掲載誌)で連載してた
「信長君日記」シリーズが「新九郎」と同じようなノリだったな
「○○インターチェンジ方面から攻めてまいります!」とか言ってて
佐々木けいこって作者だったけど作品はこのシリーズしか
なかったような気がする
歴史コミックとしては自分的には「新九郎」の次に傑作だと思う
ギャグ中心だけど >>234
そのコメント的外れじゃねーか
誰が昔の時代劇マニアなんだか
妄想力さすがだな 選挙の落下傘候補にたとえたくだりはめっちゃ腑に落ちた >>242
ゆうきまさみの作品なんだからコミカルで軽めのシーン織り込んでいくのはあたり前だろ。
そもそもあんたの見たい重厚な()大河作品じゃないんだから、その作品の雰囲気が気に食わないというなら読むのやめた方がいいよ。 だいたい盛定スクリーンなんか真田丸でもやってたじゃないか。
さむらい探偵のノリでやったっていいじゃないか。
小太刀右京はスーパーロボットや高校生がモリアティ教授とフードファイトして勝たないとコロニー落としで大江戸最後の日な時代劇ゲーム作ったけど、
そういうのはだいたい数十年前に使い古されてんだよ。 >>242
この漫画はあなたの知識を再確認するだけの備忘録じゃない
今後どんどん気に入らない展開になるから、そういうもんだと思って読むか諦めてブコフに売るかしてくれ
ここで文句を書き散らすために読むのはやめてね 台詞回しを逆のアプローチでギャグにしているのが衛府の七忍ってことだな 盛定スクリーン面白いじゃないか。
山名宗全にサインもらったか聞くのだって面白いし
備後に出陣したのがビンゴだって
荏原の状況を選挙の候補者に見立てた説明が難しすぎるなんてセリフも面白い。
大体誰も今の展開が気に食わないなんて言ってないだろ。
それにこんな掲示板誰が気ままに書いたって構わないし
それをやめろとかいうのは自治厨だけどな。 実際のところ駿河編に突入したら誰がメインの解説役やるかは気になる
宗長さんかしらん 盛定の方が分かりやすかったとか言われちゃうのだろうか 大河の「毛利元就」で妻が夫に、「殿、チャンスですぞ!」と言ったとかいう都市伝説。
解説シーンでは、「葵」の水戸光圀(中村梅雀)が、「ポエムがない」と言っていた。
こういうの好き。
三谷幸喜が「新選組!」で、沖田総司の一人称を「僕」にしたり「(将来の)夢がある」
というセリフを書いたら、考証の先生から「幕末にそういう用法はまだありません」
と訂正が入ったとか。
創作側もいろいろ大変だけど、「新九郎」はバランスとれてていいと思うけどな。 現代風な解説で一番面白かったのは荏原での西に比べれば東の新九郎は落下傘候補みたいな物だという奴 >>252
一人称の「僕」、幕末だと使ってるのは長州くらいでないかい。 >>254
ああ、長州にはあったんですか。
考証的には沖田は多摩育ちだから「僕」は不自然だということだったのかな?
(結局三谷氏は「わたし」を沖田の自称にした)
むかし月スピに三谷氏とゆうき先生の対談が載ったみたいだけど、よんでみたかったな。 >>255
吉田松陰の「松下村塾」が発祥って説はある。「僕」
一君万民論で、君子の下に士農工商とかなく皆が平等に「下僕」だから「僕」。 くだけた現代語はいいんだが出来れば漢字にもうちょいルビ振って欲しいんだが
ルビ打つ基準がいまいちわからん誰でも読めそうな一般的な漢字にルビ振ってるわりに歴史的な漢字使いに振ってなくて調べたりしてるわ 肝心なシーンで横文字使わなきゃいいんだよ、兄貴が死ぬところで横文字使ってはいかんだろうし、そんなことはしていない >>254
古代中国の君主の一人称に「僕」が使われてたはずだが、日本には輸入されてない事を考えるとその後使われなくなったんだろうか? >>260
それは知らんので、中国のどのあたりか教えてもらえるか、URL書いてもらえればありがたい。
松下村塾も何もないところから「僕」を使い出したわけでもないだろうから、ルーツはそっちで、日本で普及しだすのは松下村塾から…でいいかもしれん。 僕はしもべだし大元の人は元々臣なんだけど君主が僕なんて使ったの? スピリッツ最新号の聡明丸(細川政元)が割り込んでくる場面では、ゆうき氏のアシスタントの方?が聡明丸を描いたから画風が違うのかな?本スレでも何人か書いてるけど眼が少女マンガみたいw 会話で伊勢家が礼法の家柄であることが語られてるけど、その礼法の家の新九郎が室町時代の制度を否定する戦国大名になるのだから不思議。 思えば北條氏って、伊勢氏の主家の足利の敵だった家なんだよな
名乗った時、問題にならなかったのかな これか
源平交代思想(げんぺいこうたいしそう)または源平交代説は、日本史上の武家政権は平氏(桓武平氏)と源氏(清和源氏)が革命(易姓革命)的に交代するという俗説のこと。室町時代ごろから一部で信じられていたと言われている。 へ〜ダブスタなんだって。相当違うけどな。
以前から本作のおふざけを含めて好きだから書き込んでるんだよ。
一般ウケするか微妙な歴史的な表現も頑張って作り込んでるので
今の雰囲気を崩してウケ狙いだけに移行して欲しくないと思ってるだけだ。
言われてダブスタになったと思うのは読解力無い勝手な誤解と妄想なんだが。
ここはみんなの掲示板なんだから空気カリカリさせること書いて荒らすなよ。 >>265
足利氏は北条氏の身内みたいなもんだったので、敵視してたというより新田義貞の蜂起がどんどん勢力大きくなっていくのを見て生き残るために一方的に裏切ったという感じ 自分の考えに賛同者が現れず逆に何人かから叩かれてる時点で、普通は察して黙るもんだけどな 叩かれると逆に燃えるんだよきっと
おもしろいから言わせとこ
徳川も源氏名乗ってたっけか
室町から徳川までどう変遷したか複雑でもうわからんね 足利氏で鎌倉政権の真の重鎮だったのは頼朝期の門葉No.1だった義兼とその息子・義氏。
義兼の嫁が北条政子の妹で、義氏は若くして父母ともに亡くしたのち叔母・政子にお預け。
義兼は頼朝ありきで北条と付き合ってたと思うけど、義氏は北条の成り上がりに完全に協力した側。
義氏の次代の出来がイマイチだったせいか政権内でパッとしなくなっちゃって、
得宗家からは嫁もらえなくなっていったけど、それでも北条一門から嫁もらう者が多かった。
最後に裏切ったのは、得宗家の家宰ごときに押さえつけられるようになってキレたから。 家康が自分の名前を「源朝臣」で書いてる文書とか普通に残ってるよ
氏姓と名字の使い分けの感覚はなかなかわかりづらいよね 大阪在住バイオテロリストチワワことアウアウカーくんのレス↓ >>167
頑張って話の輪に入ろうとしてもたいしたレスができなくて嫌われてるアウアウカーくんらしいレスだと思うよ >>263
成人後の政元もかなりの変人だっただけにむしろあのくらいが将来を暗示させるという感じ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています