ベジ批判者 「植物だって生きてる」 ← [無断転載禁止]©2ch.net
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アスペなの?
動物と植物本当に同じだとおもってるんかいw >>258
>>249には言い逃れしか返ってきてないようなので、繰り返すね?
>>247
キミが毎度の如くハナシを逸らしたいのは知ってるんで、求められた疑義に対する返答、をしましょう♪
>>236 のハナシは
>>231のこれ↓なw
> それ等「苦痛」だけの客観的証拠が有りさえすれば「苦痛の実存在」は証明されてるが、それだけでなく「苦痛の 概 念 」が必要、という謎の論理根拠は未だ提示されてないまま・・・w
それを言うなら同様に「苦痛という記号に対応する概念に同一性があるといえないのに、単に生体システムの同一性のみがあれば人間同様に扱うべき」とする謎の論理根拠が未だ提示されていないわけだが
↑はキミが自己に不都合な事の返答をかわす、典型的なやり口だよねw
キミが「自分の線引き基準では無い」と毎度言い訳しながらも、それを「動物の苦痛があるとは言えない」の根拠として縋ってる事由が、
何故絶対であるのか?何故それを判別基準と出来るのか?という具体根拠は示せないまま・・・
単に自身の選好、自己都合に合う事由を絶対基準として強弁してるだけで、他の立場をとる者への説明証明と成り得ない、という事位はそろそろ分るべきでは?w >>254
> それが唯一の基準ではないのならば、「苦痛概念の記号表現」は単に
> 「 選 好 的 に 選 ば れ て る だ け の 基 準 」
そう言ってるよ
「これは普遍的な線引き条件とならない」とね
> でしかないので、生体システムの同一性とストレスホルモン分泌等反応の同一性という
> 物 証 によって、動物をヒトと同じ側に置き、植物をその外側に置く、という線引き基準を 普 遍 的 な 基 準 とする事が出来ます。
いや、だから「抽象概念の記号化表現の有無」が「普遍的な線引き条件とならない」のと同様に、その線引き条件も「普遍的な線引き条件とならない」と言っています
> 今やってるのは議論ではなく、単にキミが自己都合によって枠組みをコロコロ変えてるだけ、という有様を嗤ってるだけ、だからw
俺は一貫して「線引き条件は枠組みの恣意性で決まる、枠組みを超えた普遍的な線引き条件はない」と言ってますよ
なにがどうコロコロ変わってるのか、藁人形やレッテル貼りでないならレス番号と該当部分を抽出してしめしてくれよ
> そこにどんな穴が有るのか?を論理的且つ具体的に指摘して見せて?
既にヒントは出してるけどね
まずは藁人形疑惑に回答してくれよ
>>255
既に回答済みのコピペのようだからレスは省くね >>258 残りの部分も、いつまで経っても自身が出すべき証拠を出さない為の言い逃れと、自身の論拠が正しい、という根拠の無い強弁のみなので、繰り替えすね?w
ねぇ、いったい何処の記号論を勉強したら、「動物による危険回避行動や学習による行動パターン変化、過去加害ヒトに対する威嚇/逃避行動をとる事」
を「苦痛概念が有る証拠」として採用しなくて良い、と書いてあるのか?を教えてください♪
キミが、自分だけは提示しなくてよい、と勝手に決め付けてる<「苦痛概念の記号表現」が、いつ誰によって「それがヒトに苦痛概念が存在する客観的な証明となる」と示せたのか?
また、単に「苦痛」の実在だけでなく、それでなければヒトとの扱いを別けない根拠とならないのか?更に「言語による再現でなければならい理由」に関しても、全く答えられてないので、
答えられるまでは同じ事↑を繰り返し聞く事にするね?↓
「概念」クンが、>>228にも馬鹿な事を書いてるから、もうひとつw
ヒトの「苦痛の概念」が歴史の中で検証され確認されてきたから、という理由で真となれるのならば
動物の「苦痛の概念」もまた実験や自然観察の中で繰り返し検証され確認されてきたから、という理由で真となれる。
そこでの違いは言語やノンバーバルによる「証言」の有無のみだが、これはあくまで「状況証拠」でしかない。
動物によるノンバーバルな苦痛回避行動や学習による行動パターン変化、恐怖反応という「状況証拠」や、
それに伴う 物 理 的 な ストレスホルモン分泌、という 「 物 的 証 拠 」 を 論 理 的 根 拠 も 無 く 否定するのならば、
ヒトによる言語やノンバーバルでの「証言」の歴史もまた、「虚偽証言の積み重ねでしかない、という可能性を排除できない」と退けられるだけ。
キミはトコトン馬鹿なんだなw
ついでに、ひとつ分りやすい話をば・・・
「苦痛概念の表現」とは言語やノンバーバルによる経験や体感の共有、等を指すのだろうが、それは観察者によって
「在る様に見えているだけ」で「物証」ではない。謂わば「状況証拠」でしかない。
それで「苦痛概念が在る証拠」と出来るのならば、動物が苦痛を恐れたり、苦痛を齎す行動パターンを学習によって避けたりする、
という(実験でも自然状態観察でも)観測上の事実だけで「苦痛概念が在る証拠」と出来る。
こういった苦痛回避や学習は最も原始的な哺乳類に属するマウスは勿論、哺乳類鳥類より下等と目される両生類爬虫類魚類に加え、
一部の昆虫でも確認されてた(現在ソース未確認)ので、事実上此処の馬鹿が言う「ヒトと同様に扱われるべき条件」は揃ってるねw
「物証」で云えば、脳脊髄痛覚神経等の生体システムは勿論、アドレナリン・ノルアドレナリン等ストレス関連物質の放出でも客観科学的な事実として「苦痛」の証拠と出来る。
それ等「苦痛」だけの客観的証拠が有りさえすれば「苦痛の実存在」は証明されてるが、それだけでなく「苦痛の 概 念 」が必要、という謎の論理根拠は未だ提示されてないまま・・・w
事実存在する否定不可能な 「 物 証 」 を差し置いて、「虚偽証言」の可能性を排除できない「状況証拠」を優先するのは馬鹿としか云えないよねw
加えて云えば、形而下に於いてすら「他者ヒトの苦痛概念の表現」は、それが「自分以外のヒト状物体が全てヒトを内臓部まで精密に再現したロボットである」という
将来起こり得ないとは限らないSF的な状況から「そう見えているだけ」である可能性を否定出来ないので、現状ですらそれをヒトの特別扱いをする根拠とするのは危うい、と言えますw
(これが形而上であれば独我論として映画マトリックスの電脳空間状の世界に「主体存在は完全に自分ひとり」の状況で放り出されている様な状況となる。他に居るのは全てエージェントスミス同様のプログラム人格だけ。) >>261
>>254の内容は ↓ なので、キミの云ってる事は単にキミの都合で選好的に選ばれてる言い訳でしかない、という事になります。具体論拠や証拠証明はいつになったら出せるの?w
>>251
それが唯一の基準ではないのならば、「苦痛概念の記号表現」は単に
「 選 好 的 に 選 ば れ て る だ け の 基 準 」
でしかないので、生体システムの同一性とストレスホルモン分泌等反応の同一性という 物 証 によって、動物をヒトと同じ側に置き、
植物をその外側に置く、という線引き基準を 普 遍 的 な 基 準 とする事が出来ます。
それから「このスレの議論」というのは終わらないよ?
今やってるのは議論ではなく、単にキミが自己都合によって枠組みをコロコロ変えてるだけ、という有様を嗤ってるだけ、だからw
そんなキミの惨めなアタマで、私の連ツイへの反論が不可能なのは判ってる事だけど、今のこの議題から逃れて息継ぎしたいのならば、
そこにどんな穴が有るのか?を論理的且つ具体的に指摘して見せて?
キミみたいな度のキツイ馬鹿に、私の連ツイの穴の指摘など不可能なので、どうせ自身の価値観のみによってコロコロ枠組みを変えた難癖しか出せないんだろうから、もったいぶった所で、キミの赤っ恥が先延ばしになるだけ、だよ?w >>257
既に回答済みのコピペのようだからレスは省くね
>>259
前半は既に回答済みのコピペのようだからレスは省くね
> いい大人が真顔でそれをするってのは、卑怯者と呼ぶべきか、或いは特殊学級なタイプと呼ぶべきなのか・・・?w
こういうレッテルは不要ですよ
>>260
既に回答済みのコピペのようだからレスは省くね
>>262
> 残りの部分も、いつまで経っても自身が出すべき証拠を出さない為の言い逃れと、自身の論拠が正しい、という根拠の無い強弁のみなので、繰り替えすね?w
俺が主張してないことについて俺が説明責任を負うべき理由の説明は?
君が、俺が自分の主張してないことの説明をしないことを言い逃れとレッテル貼りし、ゆえに俺の主張が誤りであると強弁するためには上記の説明が必要なはずだが
以下は全て以前に回答済みのコピペのようだからレスは省くね .
「概念」クンの言い逃れ「俺の線引き基準じゃない」によって「藁人形」扱いされてる私の指摘が正しいのは、彼がその線引き基準によって
「動物には苦痛概念が有るとは云えない」と断定してる事から明確なんだけど、彼はそれで誤魔化せると本気で考えてるのかな・・・?ww
まぁ、>>262で書いてる事と、>>259の ↓ で、彼の頭蓋骨に猿の大便が詰まってるって事実が判るかと思われます・・・
・・・「言葉という記号を使って表現し、再現し得る事」を「ヒトと、言語を操れない動物の扱い方を別ける理由」の条件とするのは、それこそ幼稚園児にすら出来るハナクソ論理だけど、
いい大人が真顔でそれをするってのは、卑怯者と呼ぶべきか、或いは特殊学級なタイプと呼ぶべきなのか・・・?w
単に「動物は言葉を喋れないんだから、苦痛を感じようが配慮しなくて良い」と省略可能な論拠は、それが「苦痛を感じてる者には、感じさせない様にする方が善い」
に対して何の釈明にもなってない、という事すらも分らない様な馬鹿が中学生動物愛護に雑食者全員が嗤い者にされる理由になってるんだと思います。
それと、毎回毎回「それは自分の基準じゃない」と嘘を吐いて藁人形扱いしたり、「普遍たり得る根拠が有る」という説明をしてあげても、ガバガバな自説同様に「それも枠組みで決まる」んだと強弁したりするだけで延々逃げられると思ってるのならば、
私の連ツイを読めば、全人類に普遍な線引き基準は有り得る事、それがキミ程度のアタマでは到底覆せない事、が分る筈なので、ダラダラ時間稼ぎするぐらいなら、さっさとその話題に移り、首を落とされて楽になったらどうだろうか・・・?w >>264
言い逃れ以外の反応が無かったようなので、繰り返すね?
>>246 への返答は ↓ なので、具体的な論理根拠を以って再反論してみてね♪
1
キ ミ が 、 「他者ヒトにもキミ自身との同一性があるかどうかという線引き条件が枠組みを超えて普遍的に存在し、ゆえに枠組みを超えてキミ自身と他者ヒトとの間に線を引いてはいけない普遍的な理由となる」ことを説明してくれたら、そうしてあげるよ?w
2
単に「生体システムの同一性」とヒトとの種の連続性。植物はヒト含めた動物とは違う生体システムを持っているから。動物と違う生体システムを植物が持ち、ヒトが動物と同じ生体システムを持ってる事は、
キミ以外の義務教育修了者ならば全員が知ってる事です。
故にそれに由来する「ヒト同様の苦痛を感じる能力が有る事」を以って「動物と植物の間に扱いを区別すべき線を引き得る」事を、否定する事は 不 可 能 ですね。
3
キミがいつまで経ってもそれを証明出来ない事から明らかな様に「記号表現」が言語やノンバーバルによってのみ「それが在る事」の証明が可能、という根拠説明が存在し得ない>>244から、です。
3の線引きはキミが勝手に「動物は含まれない」と決めてるだけなので、その証明「動物によるノンバーバル反応や行動」が そ こ に 含 ま れ て は い け な い 理 由 を論理的に証明出来ない以上、相手にするまでも無い愚論ですが、
それ以前に 苦 痛 を 感 じ て る 、という物証(>>244に説明) だ け で は 、ヒ ト 同 様 の 配 慮 を し な く て よ く な る 理 由 が何処にも無いので、
単に自己都合によって好きな線引き基準を選んでるだけのキミのハナクソ持論には意味が無い、とゆってます♪ .
「概念」クンの言い逃れ「俺の線引き基準じゃない」によって「藁人形」扱いされてる私の指摘が正しいのは、彼がその線引き基準によって
「動物には苦痛概念が有るとは云えない」と断定してる事から明確なんだけど、彼はそれで誤魔化せると本気で考えてるのかな・・・?ww
まぁ、>>262で書いてる事と、>>259の ↓ で、彼の頭蓋骨に猿の大便が詰まってるって事実が判るかと思われます・・・
・・・「言葉という記号を使って表現し、再現し得る事」を「ヒトと、言語を操れない動物の扱い方を別ける条件」とするのは、それこそ幼稚園児にすら出来るハナクソ論理だけど、
いい大人が真顔でそれをするってのは、卑怯者と呼ぶべきか、或いは特殊学級なタイプと呼ぶべきなのか・・・?w
単に「動物は言葉を喋れないんだから、苦痛を感じようが配慮しなくて良い」と省略可能な論拠は、それが「苦痛を感じてる者には、感じさせない様にする方が善い」
に対して何の釈明にもなってない、という事すらも分らない様な馬鹿が居る所為で、中学生動物愛護にすら雑食者全員が嗤い者にされる理由になってるんだと思います。
それと、毎回毎回「それは自分の基準じゃない」と嘘を吐いて藁人形扱いしたり、「普遍たり得る根拠が有る」という説明をしてあげても、ガバガバな自説同様に「それも枠組みで決まる」んだと強弁したりするだけで延々逃げられると思ってるのならば、
私の連ツイを読めば、全人類に普遍な線引き基準は有り得る事、それがキミ程度のアタマでは到底覆せない事、が分る筈なので、ダラダラ時間稼ぎするぐらいなら、さっさとその話題に移り、首を落とされて楽になったらどうだろうか・・・?w ほらきた
コピペとレッテル貼り
アスペだから1つの事にこだわりだし、自分が不利になると思考停止しコピペとレッテル貼りで精神勝利めざすトリパン
渡辺雅と同じタイプw .
・・・それとも、彼は「物証が在る事」の意味が分ってないのかな?
「そう見えてるだけ」かもしれない「苦痛概念の記号表現」=状況証拠とは違う、生体システムとストレスホルモン放出という物理現象を伴う同一性
= 「 物 的 証 拠 」 が 在 る 事 、を「ヒトと動物を別けられない根拠」として扱えないのならば、彼の縋る「状況証拠」は尚の事根拠と出来ないし、
その物的証拠を以ってしても「ヒトと同様の苦痛が動物にも在る事」の証明と出来ないとすれば、同じ生体システム等を共に持つ「自己以外の他者ヒト」にも、
その者に「自己と同様の苦痛が他者ヒトにも在る事」の証明としては使えない事となる。アタリマエですねw
此処に「言葉での苦痛概念記号表現とその再現性」を以って「ヒトだけは違う」と強弁し続けた所で、>>262で説明済みの様に動物によるノンバーバル/苦痛回避行動や学習によって
「動物にも苦痛概念が有り、それは『過去加害ヒトへの威嚇や恐怖・逃避行動』によって記号として再現される事実」として、ヒトだけを特別扱いすべき根拠が消え失せてしまいます。
唯一残るは「言語を介してそれを行う事」のみですが、それが言語によって為されるのでなければ、「それのみ」でなければならない理由、というモノが存在せず、
それは即ち「動物はヒトの言葉を喋れないんだから、苦痛を感じようが感じまいが、ヒトと同様には苦痛を感じない」と省略可能なウンスジ付けた幼稚園児の謎理論・或る種神秘的なハナクソに還元されてしまいます・・・
いずれにせよ、成人とは考え難い程の浅ましい言い逃れを装飾して何度も塗り重ねる手間があったら、論理的一貫性の有る思考法を身に付けましょう・・・元がそれじゃあ、ムリだろうけどw
因みに、私が言う「或る事実を無視すれば、功利主義による種差別撤廃主張は普遍倫理基準と成り得る」というのは、その「或る事実(二つ有る)」が、一方は長々「無い事」とされ続けてきた所為で、
他方は「恐らくは、そうでない事を事実だと認識されてる=錯誤」か、意図的に流布されてる嘘、によって普遍足りえない、という理由から{或る事実を無視すれば}という但し書きが付いてるだけ、ですので
お猿の「概念」クンはその事に充分留意して、私の連ツイにある「全人類普遍の線引き根拠・ルールと出来る、或る理由」の説明を、なんとか覆すべく頑張ってみましょう♪
.
. >>265
> 「概念」クンの言い逃れ「俺の線引き基準じゃない」によって「藁人形」扱いされてる私の指摘が正しいのは、彼がその線引き基準によって
> 「動物には苦痛概念が有るとは云えない」と断定してる事から明確なんだけど、彼はそれで誤魔化せると本気で考えてるのかな・・・?ww
俺は「その線引き条件によって、動物には苦痛概念が有るとは云えない」と言ってるのではないので藁人形ですね
俺が言ってるのは「動物に苦痛概念が有るとは云えないので、苦痛概念の有無を線引き条件として採用する枠組みにおいては、引かれた線の同じ側に動物と植物が位置付けられる」です
> 単に「動物は言葉を喋れないんだから、苦痛を感じようが配慮しなくて良い」と省略可能な論拠は、
倫理は個々の枠組みごとに恣意的に決まるのであって、仮に「言葉を喋ることができない者には配慮しなくてよい」という倫理を採用する枠組みがあるという前提で思考実験することも可能
>それが「苦痛を感じてる者には、感じさせない様にする方が善い」
> に対して何の釈明にもなってない、という事すらも分らない様な馬鹿が中学生動物愛護に雑食者全員が嗤い者にされる理由になってるんだと思います。
そもそも倫理は個々の枠組みの恣意性で決まるのであり枠組みを超えた普遍性によるのではないから、釈明の必要が生じない
> それと、毎回毎回「それは自分の基準じゃない」と嘘を吐いて藁人形扱いしたり、
俺の嘘であり君の藁人形でないなら、俺がそのように主張している箇所をレス番号と該当部分の抽出で示してくれと再三いってるのだが、君はそれをできないでいるよね
なぜできないのかな?藁人形だからでしょ?
>「普遍たり得る根拠が有る」という説明をしてあげても、ガバガバな自説同様に「それも枠組みで決まる」んだと強弁したりするだけで延々逃げられると思ってるのならば、
コーランは普遍!と言ってるのと変わらず、普遍たり得る根拠になってないから普遍と認められないと言ってる
> 私の連ツイを読めば、全人類に普遍な線引き基準は有り得る事、それがキミ程度のアタマでは到底覆せない事、が分る筈なので、ダラダラ時間稼ぎするぐらいなら、さっさとその話題に移り、首を落とされて楽になったらどうだろうか・・・?w
読んだ上で言ってるけど、読む前からの予想の範囲を出るものじゃなかったね
反論は持ってるし、ヒントは既に示してると書いたが、なぜ俺が「自然主義的誤謬」の方でなく「ヒュームのギロチン」を持ち出したかを、俺が言ってきたことと併せて少し考えてみたらいい
その際、君の作った藁人形の発言でなく、俺の主張と併せて考えないと俺の反論に思い当たらないかもしれない
まあいずれにせよ君が藁人形に向き合って俺の主張と向き合わないままでは話は進まないのだから、話題を移したいならその前に今やってる話を終わらせようね
差し当たり藁人形疑惑に回答してくれよ
>>265-267
既に回答済みのコピペのようだからレスは省くね >>269
苦痛の概念なんて個人の感情でしかないんだから、苦痛あるからなんては種差別の論拠にならない >>270
キミが連ツイを読んでない、或いは読んでも意味が分ってないのは、その明後日向いた反応から明らかですし、私が藁人形に釘を打ってないのも、キミのうろたえた言い繕いから公衆に明らかと知られるところですね♪
>>271
そして未だに功利主義のさわりにすらも触れていない、と。
では、キミが藁人形扱いしたくとも出来ない論拠、を楽しく読んでね♪↓
・・・やはり彼は「物証が在る事」の意味が分ってないのかな?
「そう見えてるだけ」かもしれない「苦痛概念の記号表現」=状況証拠とは違う、生体システムとストレスホルモン放出という物理現象を伴う同一性
= 「 物 的 証 拠 」 が 在 る 事 、を「ヒトと動物を別けられない根拠」として扱えないのならば、彼の縋る「状況証拠」は尚の事根拠と出来ないし、
その物的証拠を以ってしても「ヒトと同様の苦痛が動物にも在る事」の証明と出来ないとすれば、同じ生体システム等を共に持つ「自己以外の他者ヒト」にも、
その者に「自己と同様の苦痛が他者ヒトにも在る事」の証明としては使えない事となる。アタリマエですねw
此処に「言葉での苦痛概念記号表現とその再現性」を以って「ヒトだけは違う」と強弁し続けた所で、>>262で説明済みの様に動物によるノンバーバル/苦痛回避行動や学習によって
「動物にも苦痛概念が有り、それは『過去加害ヒトへの威嚇や恐怖・逃避行動』によって記号として再現される事実」として、ヒトだけを特別扱いすべき根拠が消え失せてしまいます。
唯一残るは「言語を介してそれを行う事」のみですが、それが言語によって為されるのでなければ、「それのみ」でなければならない理由、というモノが存在せず、
それは即ち「動物はヒトの言葉を喋れないんだから、苦痛を感じようが感じまいが、ヒトと同様には苦痛を感じない」と省略可能なウンスジ付けた幼稚園児の謎理論・或る種神秘的なハナクソに還元されてしまいます・・・
いずれにせよ、成人とは考え難い程の浅ましい言い逃れを装飾して何度も塗り重ねる手間があったら、論理的一貫性の有る思考法を身に付けましょう・・・元がそれじゃあ、ムリだろうけどw
因みに、私が言う「或る事実を無視すれば、功利主義による種差別撤廃主張は普遍倫理基準と成り得る」というのは、その「或る事実(二つ有る)」が、一方は長々「無い事」とされ続けてきた所為で、
他方は「恐らくは、そうでない事を事実だと認識されてる=錯誤」か、意図的に流布されてる嘘、によって普遍足りえない、という理由から{或る事実を無視すれば}という但し書きが付いてるだけ、ですので
お猿の「概念」クンはその事に充分留意して、私の連ツイにある「全人類普遍の線引き根拠・ルールと出来る、或る理由」の説明を、なんとか覆すべく頑張ってみましょう♪
. 書き忘れたが、>>270
つーか、私の連ツイの内容には、ヒュームのギロチンなんてまったく関係し様が無いですからw
読んでたら、ヒト健常者の成人がそんな馬鹿な返しするなんて有り得ないよねw
そして、>>265は書き損じがあったので、正しくは此方♪↓
「概念」クンの言い逃れ「俺の線引き基準じゃない」によって「藁人形」扱いされてる私の指摘が正しいのは、彼がその線引き基準によって
「動物には苦痛概念が有るとは云えない」と断定してる事から明確なんだけど、彼はそれで誤魔化せると本気で考えてるのかな・・・?ww
まぁ、>>262で書いてる事と、>>259の ↓ で、彼の頭蓋骨に猿の大便が詰まってるって事実が判るかと思われます・・・
・・・「言葉という記号を使って表現し、再現し得る事」を「ヒトと、言語を操れない動物の扱い方を別ける条件」とするのは、それこそ幼稚園児にすら出来るハナクソ論理だけど、
いい大人が真顔でそれをするってのは、卑怯者と呼ぶべきか、或いは特殊学級なタイプと呼ぶべきなのか・・・?w
単に「動物は言葉を喋れないんだから、苦痛を感じようが配慮しなくて良い」と省略可能な論拠は、それが「苦痛を感じてる者には、感じさせない様にする方が善い」
に対して何の釈明にもなってない、という事すらも分らない様な馬鹿が居る所為で、中学生動物愛護にすら雑食者全員が嗤い者にされる理由になってるんだと思います。
それと、毎回毎回「それは自分の基準じゃない」と嘘を吐いて藁人形扱いしたり、「普遍たり得る根拠が有る」という説明をしてあげても、ガバガバな自説同様に「それも枠組みで決まる」んだと強弁したりするだけで延々逃げられると思ってるのならば、
私の連ツイを読めば、全人類に普遍な線引き基準は有り得る事、それがキミ程度のアタマでは到底覆せない事、が分る筈なので、ダラダラ時間稼ぎするぐらいなら、さっさとその話題に移り、首を落とされて楽になったらどうだろうか・・・?w >>269
> ・・・それとも、彼は「物証が在る事」の意味が分ってないのかな?
> 「そう見えてるだけ」かもしれない「苦痛概念の記号表現」=状況証拠とは違う、生体システムとストレスホルモン放出という物理現象を伴う同一性
記号コミュニケーションが成立し、記号が記号として存在することを形而下事実と認めるならば、記号というものの性質からそこに所記が存在することは自明だが?
そして記号の存在についての物証は、ある音や形が記号として用いられている無数の記述や音源がそれにあたるわけだが?
それとも記号というものは存在せず、単に「無意味な音や形が記号に見えてるだけ」なのかな?
だとすると記号コミュニケーションもまた無意味な音や形の無意味な連続に過ぎず「成立してるように見えてるだけ」なのかな?
膨大な物証や検証があり再現的に実験がリアルタイムで進行してるのに?
単に「帰納推論は恒に普遍的な真理を表現できない」と言ってるだけなら、それは確かに帰納推論の性質ではあるが、
そのことから帰納推論を否定するならそもそも自然科学は成立しないし、それゆえに反証主義が採用されるのが科学なわけだが、
これを「そう見えてるだけかもしれない、認めない」というなら「生体システムの同一性についての物的証拠」すら「そう見えてるだけかもしれない」と言うことができるはずだが?
> = 「 物 的 証 拠 」 が 在 る 事 、を「ヒトと動物を別けられない根拠」として扱えないのならば、彼の縋る「状況証拠」は尚の事根拠と出来ないし、
個々の枠組みの恣意性により、枠組みによっては「生体システム」を線引き条件に採用し、「ヒトと動物を別けられない」ような線の引きかたをすることができることを否定していないよ
ただしその線引き条件は枠組みを超えた普遍性でもってあらゆる枠組みで採用されるべきとする理由がない、と言ってる
その意味で「抽象概念の記号化表現の有無」と同じく、それを線引き条件として採用するというのは一つのローカルルールに過ぎない、と言ってる
> その物的証拠を以ってしても「ヒトと同様の苦痛が動物にも在る事」の証明と出来ないとすれば、同じ生体システム等を共に持つ「自己以外の他者ヒト」にも、
> その者に「自己と同様の苦痛が他者ヒトにも在る事」の証明としては使えない事となる。アタリマエですねw
いや、「生体システム」によって動物と植物の間に線を引くこともできるが、
「抽象概念の記号化表現の有無」で動物と植物を同じ側に置くような線の引きかたもできる、といってる
どちらか(あるいは他の無数の線引き条件を含めたうちのどれか)が普遍的で他の線引き条件の成立を妨げるのではなく、
単に枠組みの恣意性でどちらが(どの線引き条件が)採用されるかの問題に過ぎない、と言ってる
そして言い換えれば、「生体システム」にしろ「抽象概念の記号化表現の有無」にしろ、あるいは他の線引き条件にしろ、
たまたまある条件を線引き条件に採用した枠組みにおいては、それを採用したがゆえにそのような線の引きかたがなされるというだけであり、
その条件が当該の枠組みを超えて普遍的に採用されるべき理由はない、と言ってる
> 「動物にも苦痛概念が有り、それは『過去加害ヒトへの威嚇や恐怖・逃避行動』によって記号として再現される事実」として、ヒトだけを特別扱いすべき根拠が消え失せてしまいます。
それが「抽象概念の記号化表現」であるという学術的な検証がないというのが現在の事実では?
学術的な検証があるというなら提示してくれと再三要求しているが、どうなの?
で、そういった検証が存在しないならば、今のところその線引き条件を採用する場合には動物は植物と同じ側に置かれるよね
> 唯一残るは「言語を介してそれを行う事」のみですが、それが言語によって為されるのでなければ、「それのみ」でなければならない理由、というモノが存在せず、
別に俺は「抽象概念の記号化表現」だったり「言語」だったり、あるいは「生体システム」だったりというのは個々の枠組みで恣意的に決まる線引き条件の一つでしかないと言ってるだけで
「枠組みにかかわらず記号化表現あるいは言語が線引き条件として普遍的に採用さればならない」と言ってないけど?
> それは即ち「動物はヒトの言葉を喋れないんだから、苦痛を感じようが感じまいが、ヒトと同様には苦痛を感じない」と省略可能な
過失か故意かは知らないが、ちょっと違うな
「動物はヒトの言葉を喋れないんだから、ヒトの言葉を喋るかどうかを線引き条件とするなら、動物は植物と同じ側に置かれる」だな >>269
> 因みに、私が言う「或る事実を無視すれば、功利主義による種差別撤廃主張は普遍倫理基準と成り得る」というのは、その「或る事実(二つ有る)」が、一方は長々「無い事」とされ続けてきた所為で、
> 他方は「恐らくは、そうでない事を事実だと認識されてる=錯誤」か、意図的に流布されてる嘘、によって普遍足りえない、という理由から{或る事実を無視すれば}という但し書きが付いてるだけ、ですので
> お猿の「概念」クンはその事に充分留意して、私の連ツイにある「全人類普遍の線引き根拠・ルールと出来る、或る理由」の説明を、なんとか覆すべく頑張ってみましょう♪
その話に移るのは先にしている方の話が片付いてからだね
既にしている話から論点をずらすために別の話を始めるような相手と新しい論点で話をしたところで
新しい論点の方でもまた都合により論点をずらしていくというようなことが繰り返されるのであれば不毛だからね
君がそういう論者でないことを示してくれよ >>277
植物は良くて、
動物はダメ。って何で? >>272
> キミが連ツイを読んでない、或いは読んでも意味が分ってないのは、その明後日向いた反応から明らかですし、私が藁人形に釘を打ってないのも、キミのうろたえた言い繕いから公衆に明らかと知られるところですね♪
そういう不毛なレッテルは不要だから早く俺が要求しているレス番号と該当部分の抽出をして藁人形でないことを示してくれよ
以下は全て以前に回答済みのコピペのようだからレスは省くね
>>273
> つーか、私の連ツイの内容には、ヒュームのギロチンなんてまったく関係し様が無いですからw
ヒュームのギロチンを理解してないんですね
> 「概念」クンの言い逃れ「俺の線引き基準じゃない」によって「藁人形」扱いされてる私の指摘が正しいのは、彼がその線引き基準によって
> 「動物には苦痛概念が有るとは云えない」と断定してる事から明確なんだけど、彼はそれで誤魔化せると本気で考えてるのかな・・・?ww
俺は「その線引き条件によって、動物には苦痛概念が有るとは云えない」と言ってるのではないので藁人形ですね
俺が言ってるのは「動物に苦痛概念が有るとは云えないので、苦痛概念の有無を線引き条件として採用する枠組みにおいては、引かれた線の同じ側に動物と植物が位置付けられる」です
以下は全て以前に回答済みのコピペのようだからレスは省くね >>274
そう唱える人たちの枠組みでは恣意性でそういう線引きをするような条件の採用が決まっているから
つまりたまたまそういうローカルルールだというだけだね >>279
植物は良くて、
動物はダメ。って何で? >>276
それで、動物に於ける苦痛概念の表現だけがその根拠の外側に置かれる根拠説明は何処に?
動物に於けるそれだけを証拠と採らない根拠説明が出来ないのであれば、所詮が状況証拠でしかありえないそれよりも 物 的 証 拠 である生体システム等の同一性によって動物とヒトの扱いは別けられないまま、だよねw
よって、ナニひとつ具体反論とはなってないので、もう一度♪↓
・・・やはり彼は「物証が在る事」の意味が分ってないのかな?
「そう見えてるだけ」かもしれない「苦痛概念の記号表現」=状況証拠とは違う、生体システムとストレスホルモン放出という物理現象を伴う同一性
= 「 物 的 証 拠 」 が 在 る 事 、を「ヒトと動物を別けられない根拠」として扱えないのならば、彼の縋る「状況証拠」は尚の事根拠と出来ないし、
その物的証拠を以ってしても「ヒトと同様の苦痛が動物にも在る事」の証明と出来ないとすれば、同じ生体システム等を共に持つ「自己以外の他者ヒト」にも、
その者に「自己と同様の苦痛が他者ヒトにも在る事」の証明としては使えない事となる。アタリマエですねw
此処に「言葉での苦痛概念記号表現とその再現性」を以って「ヒトだけは違う」と強弁し続けた所で、>>262で説明済みの様に動物によるノンバーバル/苦痛回避行動や学習によって
「動物にも苦痛概念が有り、それは『過去加害ヒトへの威嚇や恐怖・逃避行動』によって記号として再現される事実」として、ヒトだけを特別扱いすべき根拠が消え失せてしまいます。
唯一残るは「言語を介してそれを行う事」のみですが、それが言語によって為されるのでなければ、「それのみ」でなければならない理由、というモノが存在せず、
それは即ち「動物はヒトの言葉を喋れないんだから、苦痛を感じようが感じまいが、ヒトと同様には苦痛を感じない」と省略可能なウンスジ付けた幼稚園児の謎理論・或る種神秘的なハナクソに還元されてしまいます・・・
いずれにせよ、成人とは考え難い程の浅ましい言い逃れを装飾して何度も塗り重ねる手間があったら、論理的一貫性の有る思考法を身に付けましょう・・・元がそれじゃあ、ムリだろうけどw
因みに、私が言う「或る事実を無視すれば、功利主義による種差別撤廃主張は普遍倫理基準と成り得る」というのは、その「或る事実(二つ有る)」が、一方は長々「無い事」とされ続けてきた所為で、
他方は「恐らくは、そうでない事を事実だと認識されてる=錯誤」か、意図的に流布されてる嘘、によって普遍足りえない、という理由から{或る事実を無視すれば}という但し書きが付いてるだけ、ですので
お猿の「概念」クンはその事に充分留意して、私の連ツイにある「全人類普遍の線引き根拠・ルールと出来る、或る理由」の説明を、なんとか覆すべく頑張ってみましょう♪
. >>277
私が既に完全にキミの言い逃れを塞いでしまってるのは周知であるので、キミが不毛な事を続けたいのは、私の連ツイには一切反論不可能である事を知ってるか、或いは未だに読んでないだけ、という証拠だねw
>>279
私の連ツイを読んでないからこそ、或いは理解して無いからこそ、ヒュームのギロチンが関係有るんだと思い込んでるだけ、だよw
さて、私のいう事が藁人形では無い、というのは一目瞭然なので、それを否定したければ、もう一度頑張って?w↓
私の連ツイの内容には、ヒュームのギロチンなんてまったく関係し様が無いですからw
読んでたら、ヒト健常者の成人がそんな馬鹿な返しするなんて有り得ないよねw
そして、>>265は書き損じがあったので、正しくは此方♪↓
「概念」クンの言い逃れ「俺の線引き基準じゃない」によって「藁人形」扱いされてる私の指摘が正しいのは、彼がその線引き基準によって
「動物には苦痛概念が有るとは云えない」と断定してる事から明確なんだけど、彼はそれで誤魔化せると本気で考えてるのかな・・・?ww
まぁ、>>262で書いてる事と、>>259の ↓ で、彼の頭蓋骨に猿の大便が詰まってるって事実が判るかと思われます・・・
・・・「言葉という記号を使って表現し、再現し得る事」を「ヒトと、言語を操れない動物の扱い方を別ける条件」とするのは、それこそ幼稚園児にすら出来るハナクソ論理だけど、
いい大人が真顔でそれをするってのは、卑怯者と呼ぶべきか、或いは特殊学級なタイプと呼ぶべきなのか・・・?w
単に「動物は言葉を喋れないんだから、苦痛を感じようが配慮しなくて良い」と省略可能な論拠は、それが「苦痛を感じてる者には、感じさせない様にする方が善い」
に対して何の釈明にもなってない、という事すらも分らない様な馬鹿が居る所為で、中学生動物愛護にすら雑食者全員が嗤い者にされる理由になってるんだと思います。
それと、毎回毎回「それは自分の基準じゃない」と嘘を吐いて藁人形扱いしたり、「普遍たり得る根拠が有る」という説明をしてあげても、ガバガバな自説同様に「それも枠組みで決まる」んだと強弁したりするだけで延々逃げられると思ってるのならば、
私の連ツイを読めば、全人類に普遍な線引き基準は有り得る事、それがキミ程度のアタマでは到底覆せない事、が分る筈なので、ダラダラ時間稼ぎするぐらいなら、さっさとその話題に移り、首を落とされて楽になったらどうだろうか・・・?w .
・・・因みに「概念」クン、「人権」が、それが 何 故 生まれたのか?はキミに説明できるかな?
これは人類普遍の線引き根拠・基準・ルールが、どんな枠組みによっても否定されずに決められ得る根拠、なんだけど、
仮にキミがそうじゃない、と言うのならば、キミなりの 人 権 の 成 因 を当然説明できるよね?
まぁ、必死にハナシを逸らして誤魔化すんだろうけどね♪
. >>282
> それで、動物に於ける苦痛概念の表現だけがその根拠の外側に置かれる根拠説明は何処に?
その前に動物の振る舞いが「苦痛概念の表現」であることの検証がない(、あるなら学術的な研究成果を出してくれ)と言ってる
その検証が無いのだから、
「動物に於ける苦痛概念の表現」というものが存在することを前提するのは科学的でないね
前提に据える前にまずそれが存在することを説明してくれよ
勝手に前提して勝手にそれが存在すると言い張っても論点先取にしかならないぞ
> 動物に於けるそれだけを証拠と採らない根拠説明が出来ないのであれば、所詮が状況証拠でしかありえないそれよりも 物 的 証 拠 である生体システム等の同一性によって動物とヒトの扱いは別けられないまま、だよねw
動物に於けるそれだけを証拠と採らないのではなく、それ以前に「動物に於けるそれ」が存在するという検証が無いから前提できないだけだね
>>256に書いたが、
人間が記号を用いることには再現可能な膨大な検証がある
他方で「動物によるノンバーバル反応や行動」が記号化された表現であることは不確かなはずだがね
無論これは反証可能性のある話で、[「動物によるノンバーバル反応や行動」が抽象概念の記号化表現である]という学術的な研究成果があるなら反証として出してくれ、と言ってるのに
それを出さない、ゆえに反証を成立させられないのは君だよね
以下は全て以前に回答済みのコピペのようだからレスは省くね >>283
> 私が既に完全にキミの言い逃れを塞いでしまってるのは周知であるので、キミが不毛な事を続けたいのは、私の連ツイには一切反論不可能である事を知ってるか、或いは未だに読んでないだけ、という証拠だねw
君が藁人形であることに反証を示せていないし、
こちらが求める「動物に於ける苦痛概念の表現」の存在を検証した研究成果を出せていないし
記号には所記が存在しそのことで単なる音声や形と区別されるという記号論を知らないから、
生体システムにおける物理現象と抽象概念の記号表現を区別できないし、
物的に記号表現がなされた記述や音源を抽象概念の存在の物的証拠と理解できないし、
能記の真偽と記号表現に所記が伴うことの区別ができないだけだし、
ヒュームのギロチンを理解していないし、
倫理についての立場を実在論しか知らないからその他の立場をひたすら認めないだけだし、
あと色々な点で穴だらけなんだけどどこを塞いだつもりなの? >>284
> <br> ・・・因みに「概念」クン、「人権」が、それが 何 故 生まれたのか?はキミに説明できるかな?
もちろん反論は持ってるよ
その話は今の話が終わってからだね 動物実験に用いられる苦痛分類というものはデタラメなんだな ベジの何がいけないのか
そこまでして食肉を押し付けようとするのは何故? 藁人形とレッテル貼りで逃げた癖にツイッターで謎の勝利宣言
春日部 幸一
@kasugabe1111
4 時間
某所で、未だに「動物が苦痛を感じてるとは言えない」と記号論を援用して給うバカとオハナシ中…
こんなのが居るからveganがハナシを打ち切ってしまうんだろうと考えつつ、それでも功利主義を倫理としてではなく、仕組として使えば上記の様なバカですら黙らざるを得なくなる、という事が判った
春日部 幸一
@kasugabe1111
4 時間
返信先 @kasugabe1111
…が、それは最低限一貫した論理を貫こうとする矜持を持つ者に限られちゃうので、逃げ道にメタ倫理援用すればなんとかなる、ってタイプのバカには、やはり無効^^
「苦痛を感じる者には、それを感じさせない方が、より善い」までを否定出来るならば、動物の苦痛事実を否定する必要は無んだけどねぇ?
春日部 幸一
@kasugabe1111
4 時間
返信先 @kasugabe1111
種差別撤廃主張の不可能性を言う立場の私が「動物は苦痛を感じてるとは言えない、だから植物と同じ側として扱える」というバカを前にして、
Pシンガー等の言を援用してそのバカを諌める、という不条理なこの2〜3日… 「人は言語で意思疎通出来るから特別」という浅い論理を支えてるのはそいつ等か… >>285 キ ミ の 論 拠 ・ 学 術 的 な 根 拠 もまた、一度も提示されてないので、条件は同じだね♪ いつまで経っても自身が出すべき証拠を出さない為の言い逃れと、自身の論拠が正しい、という根拠の無い強弁のみなので、繰り替えすね?w
ねぇ、いったい何処の記号論を勉強したら、「動物による危険回避行動や学習による行動パターン変化、過去加害ヒトに対する威嚇/逃避行動をとる事」
を「苦痛概念が有る証拠」として採用しなくて良い、と書いてあるのか?を教えてください♪
キミが、自分だけは提示しなくてよい、と勝手に決め付けてる<「苦痛概念の記号表現」が、いつ誰によって「それがヒトに苦痛概念が存在する客観的な証明となる」と示せたのか?
また、単に「苦痛」の実在だけでなく、それでなければヒトとの扱いを別けない根拠とならないのか?更に「言語による再現でなければならい理由」に関しても、全く答えられてないので、
答えられるまでは同じ事↑を繰り返し聞く事にするね?↓
「概念」クンが、>>228にも馬鹿な事を書いてるから、もうひとつw
ヒトの「苦痛の概念」が歴史の中で検証され確認されてきたから、という理由で真となれるのならば
動物の「苦痛の概念」もまた実験や自然観察の中で繰り返し検証され確認されてきたから、という理由で真となれる。
そこでの違いは言語やノンバーバルによる「証言」の有無のみだが、これはあくまで「状況証拠」でしかない。
動物によるノンバーバルな苦痛回避行動や学習による行動パターン変化、恐怖反応という「状況証拠」や、
それに伴う 物 理 的 な ストレスホルモン分泌、という 「 物 的 証 拠 」 を 論 理 的 根 拠 も 無 く 否定するのならば、
ヒトによる言語やノンバーバルでの「証言」の歴史もまた、「虚偽証言の積み重ねでしかない、という可能性を排除できない」と退けられるだけ。
キミはトコトン馬鹿なんだなw
ついでに、ひとつ分りやすい話をば・・・
「苦痛概念の表現」とは言語やノンバーバルによる経験や体感の共有、等を指すのだろうが、それは観察者によって
「在る様に見えているだけ」で「物証」ではない。謂わば「状況証拠」でしかない。
それで「苦痛概念が在る証拠」と出来るのならば、動物が苦痛を恐れたり、苦痛を齎す行動パターンを学習によって避けたりする、
という(実験でも自然状態観察でも)観測上の事実だけで「苦痛概念が在る証拠」と出来る。
こういった苦痛回避や学習は最も原始的な哺乳類に属するマウスは勿論、哺乳類鳥類より下等と目される両生類爬虫類魚類に加え、
一部の昆虫でも確認されてた(現在ソース未確認)ので、事実上此処の馬鹿が言う「ヒトと同様に扱われるべき条件」は揃ってるねw
「物証」で云えば、脳脊髄痛覚神経等の生体システムは勿論、アドレナリン・ノルアドレナリン等ストレス関連物質の放出でも客観科学的な事実として「苦痛」の証拠と出来る。
それ等「苦痛」だけの客観的証拠が有りさえすれば「苦痛の実存在」は証明されてるが、それだけでなく「苦痛の 概 念 」が必要、という謎の論理根拠は未だ提示されてないまま・・・w
事実存在する否定不可能な 「 物 証 」 を差し置いて、「虚偽証言」の可能性を排除できない「状況証拠」を優先するのは馬鹿としか云えないよねw
加えて云えば、形而下に於いてすら「他者ヒトの苦痛概念の表現」は、それが「自分以外のヒト状物体が全てヒトを内臓部まで精密に再現したロボットである」という
将来起こり得ないとは限らないSF的な状況から「そう見えているだけ」である可能性を否定出来ないので、現状ですらそれをヒトの特別扱いをする根拠とするのは危うい、と言えますw
(これが形而上であれば独我論として映画マトリックスの電脳空間状の世界に「主体存在は完全に自分ひとり」の状況で放り出されている様な状況となる。他に居るのは全てエージェントスミス同様のプログラム人格だけ。) >>285
「 人 間 に 於 け る そ れ 」 が 存 在 す る 、という検証・学術的な研究成果も ま っ た く 出 て な い ま ま 、なので、
言 語 以 外 の 動物によるノンバーバルでの苦痛概念の記号表現によって、ヒトとは扱いを別けられない、という事にしかなりません♪↓
>>276
それで、動物に於ける苦痛概念の表現だけがその根拠の外側に置かれる根拠説明は何処に?
動物に於けるそれだけを証拠と採らない根拠説明が出来ないのであれば、所詮が状況証拠でしかありえないそれよりも 物 的 証 拠 である生体システム等の同一性によって動物とヒトの扱いは別けられないまま、だよねw
よって、ナニひとつ具体反論とはなってないので、もう一度♪↓
・・・やはり彼は「物証が在る事」の意味が分ってないのかな?
「そう見えてるだけ」かもしれない「苦痛概念の記号表現」=状況証拠とは違う、生体システムとストレスホルモン放出という物理現象を伴う同一性
= 「 物 的 証 拠 」 が 在 る 事 、を「ヒトと動物を別けられない根拠」として扱えないのならば、彼の縋る「状況証拠」は尚の事根拠と出来ないし、
その物的証拠を以ってしても「ヒトと同様の苦痛が動物にも在る事」の証明と出来ないとすれば、同じ生体システム等を共に持つ「自己以外の他者ヒト」にも、
その者に「自己と同様の苦痛が他者ヒトにも在る事」の証明としては使えない事となる。アタリマエですねw
此処に「言葉での苦痛概念記号表現とその再現性」を以って「ヒトだけは違う」と強弁し続けた所で、>>262で説明済みの様に動物によるノンバーバル/苦痛回避行動や学習によって
「動物にも苦痛概念が有り、それは『過去加害ヒトへの威嚇や恐怖・逃避行動』によって記号として再現される事実」として、ヒトだけを特別扱いすべき根拠が消え失せてしまいます。
唯一残るは「言語を介してそれを行う事」のみですが、それが言語によって為されるのでなければ、「それのみ」でなければならない理由、というモノが存在せず、
それは即ち「動物はヒトの言葉を喋れないんだから、苦痛を感じようが感じまいが、ヒトと同様には苦痛を感じない」と省略可能なウンスジ付けた幼稚園児の謎理論・或る種神秘的なハナクソに還元されてしまいます・・・
いずれにせよ、成人とは考え難い程の浅ましい言い逃れを装飾して何度も塗り重ねる手間があったら、論理的一貫性の有る思考法を身に付けましょう・・・元がそれじゃあ、ムリだろうけどw
因みに、私が言う「或る事実を無視すれば、功利主義による種差別撤廃主張は普遍倫理基準と成り得る」というのは、その「或る事実(二つ有る)」が、一方は長々「無い事」とされ続けてきた所為で、
他方は「恐らくは、そうでない事を事実だと認識されてる=錯誤」か、意図的に流布されてる嘘、によって普遍足りえない、という理由から{或る事実を無視すれば}という但し書きが付いてるだけ、ですので
お猿の「概念」クンはその事に充分留意して、私の連ツイにある「全人類普遍の線引き根拠・ルールと出来る、或る理由」の説明を、なんとか覆すべく頑張ってみましょう♪
. >>286
何度も言うけど、キミが証拠も出せないままの「苦痛概念の記号表現」を「動物には苦痛が在ると言えない」という線引きの論拠に縋ってるのは 事 実 ですし、それを裏付ける証拠も、
動 物 に も 在 る 言 語 以 外 の そ れ を採用できない、という論理的な根拠も、キミは一度も示せてないので、キミがハナシを逸らしたいだけ、というのは知ってます♪
>>277
私が既に完全にキミの言い逃れを塞いでしまってるのは周知であるので、キミが不毛な事を続けたいのは、私の連ツイには一切反論不可能である事を知ってるか、或いは未だに読んでないだけ、という証拠だねw
>>279
私の連ツイを読んでないからこそ、或いは理解して無いからこそ、ヒュームのギロチンが関係有るんだと思い込んでるだけ、だよw
さて、私のいう事が藁人形では無い、というのは一目瞭然なので、それを否定したければ、もう一度頑張って?w↓
私の連ツイの内容には、ヒュームのギロチンなんてまったく関係し様が無いですからw
読んでたら、ヒト健常者の成人がそんな馬鹿な返しするなんて有り得ないよねw
そして、>>265は書き損じがあったので、正しくは此方♪↓
「概念」クンの言い逃れ「俺の線引き基準じゃない」によって「藁人形」扱いされてる私の指摘が正しいのは、彼がその線引き基準によって
「動物には苦痛概念が有るとは云えない」と断定してる事から明確なんだけど、彼はそれで誤魔化せると本気で考えてるのかな・・・?ww
まぁ、>>262で書いてる事と、>>259の ↓ で、彼の頭蓋骨に猿の大便が詰まってるって事実が判るかと思われます・・・
・・・「言葉という記号を使って表現し、再現し得る事」を「ヒトと、言語を操れない動物の扱い方を別ける条件」とするのは、それこそ幼稚園児にすら出来るハナクソ論理だけど、
いい大人が真顔でそれをするってのは、卑怯者と呼ぶべきか、或いは特殊学級なタイプと呼ぶべきなのか・・・?w
単に「動物は言葉を喋れないんだから、苦痛を感じようが配慮しなくて良い」と省略可能な論拠は、それが「苦痛を感じてる者には、感じさせない様にする方が善い」
に対して何の釈明にもなってない、という事すらも分らない様な馬鹿が居る所為で、中学生動物愛護にすら雑食者全員が嗤い者にされる理由になってるんだと思います。
それと、毎回毎回「それは自分の基準じゃない」と嘘を吐いて藁人形扱いしたり、「普遍たり得る根拠が有る」という説明をしてあげても、ガバガバな自説同様に「それも枠組みで決まる」んだと強弁したりするだけで延々逃げられると思ってるのならば、
私の連ツイを読めば、全人類に普遍な線引き基準は有り得る事、それがキミ程度のアタマでは到底覆せない事、が分る筈なので、ダラダラ時間稼ぎするぐらいなら、さっさとその話題に移り、首を落とされて楽になったらどうだろうか・・・?w >>292
> >>285 キ ミ の 論 拠 ・ 学 術 的 な 根 拠 もまた、一度も提示されてないので、条件は同じだね♪ いつまで経っても自身が出すべき証拠を出さない為の言い逃れと、自身の論拠が正しい、という根拠の無い強弁のみなので、繰り替えすね?w
君が理解していないだけで記号論を知れば記号表現には所記が存することは明らか
> ねぇ、いったい何処の記号論を勉強したら、「動物による危険回避行動や学習による行動パターン変化、過去加害ヒトに対する威嚇/逃避行動をとる事」
> を「苦痛概念が有る証拠」として採用しなくて良い、と書いてあるのか?を教えてください♪
> キミが、自分だけは提示しなくてよい、と勝手に決め付けてる<「苦痛概念の記号表現」が、いつ誰によって「それがヒトに苦痛概念が存在する客観的な証明となる」と示せたのか?
1・記号論を知れば記号表現と単なる音声や形相といった事象と記号表現の差違は所記を有するかどうかだとわかる
2・いま動物の振る舞いが抽象概念の記号表現であるということは科学的には未検証
3・ゆえに科学的にはS1「動物のある種の振る舞いが抽象概念の記号表現である」という命題は科学的には偽とされる
4・ちなみにS2「動物のある種の振る舞いが抽象概念の記号表現ではない」も未検証だが、そもそもS2の命題は悪魔の証明を要求するので、S1の未検証がS2を真とする条件となり、結果的に両方の命題がS1に収斂する
5・動物についてS1が偽であるが、人間については言葉の使用に代表されるように「人間のある種の振る舞いが抽象概念の記号表現である」という命題に、記述や音源といった物証を含む膨大な検証がある
> また、単に「苦痛」の実在だけでなく、それでなければヒトとの扱いを別けない根拠とならないのか?更に「言語による再現でなければならい理由」に関しても、全く答えられてないので、
「苦痛と命名された物理現象の実在」も「記号表現の使用から確認される苦痛という抽象概念の存在」も、ともに個々の枠組みの恣意性で決まる線引き条件の一つでしかない、といってる
前者ではなく後者を枠組みを越えて普遍的に線引き条件として採用しなければならないなどと主張していないので藁人形
以下は全て以前に回答済みのコピペのようだからレスは省くね >>287
キミが縋ってる命綱があまりにもか細くて、そのフェイルセーフとして必要になってる「メタ倫理や別の枠組み」が、
その 「 人 権 の 成 因 が 何 で あ る か ? 」 を知れば、全く無意味である、という事が明らかになるんだけど、
それだと勿論キミは困るんで、このままダラダラ言い逃れを続けたい、という事だよねw
>>291
わざわざ私のツイを開いてまで、そんな口惜しげなコピペを貼るぐらいならば、さっさと連ツイを読めば良いのにねぇ・・・?w
それでは、先ず以ってキミがその意味を ま っ た く 理 解 し な い ま ま 否定出来ると思いこんでる
「 功 利 主 義 」 に絡めて、次レスで説明してあげるね?w とりあえず先に、同じ言い逃れを夫塞いでおくね?⇒ >>295 キ ミ の 論 拠 ・ 学 術 的 な 根 拠 もまた、一度も提示されてないので、条件は同じだね♪
いつまで経っても自身が出すべき証拠を出さない為の言い逃れと、自身の論拠が正しい、という根拠の無い強弁のみなので、繰り替えすね?w
ねぇ、いったい何処の記号論を勉強したら、「動物による危険回避行動や学習による行動パターン変化、過去加害ヒトに対する威嚇/逃避行動をとる事」を「苦痛概念が有る証拠」として採用しなくて良い、と書いてあるのか?を教えてください♪
キミが、自分だけは提示しなくてよい、と勝手に決め付けてる<「苦痛概念の記号表現」が、いつ誰によって「それがヒトに苦痛概念が存在する客観的な証明となる」と示せたのか?
また、単に「苦痛」の実在だけでなく、それでなければヒトとの扱いを別けない根拠とならないのか?更に「言語による再現でなければならい理由」に関しても、全く答えられてないので、
答えられるまでは同じ事↑を繰り返し聞く事にするね?↓
「概念」クンが、>>228にも馬鹿な事を書いてるから、もうひとつw
ヒトの「苦痛の概念」が歴史の中で検証され確認されてきたから、という理由で真となれるのならば
動物の「苦痛の概念」もまた実験や自然観察の中で繰り返し検証され確認されてきたから、という理由で真となれる。
そこでの違いは言語やノンバーバルによる「証言」の有無のみだが、これはあくまで「状況証拠」でしかない。
動物によるノンバーバルな苦痛回避行動や学習による行動パターン変化、恐怖反応という「状況証拠」や、
それに伴う 物 理 的 な ストレスホルモン分泌、という 「 物 的 証 拠 」 を 論 理 的 根 拠 も 無 く 否定するのならば、
ヒトによる言語やノンバーバルでの「証言」の歴史もまた、「虚偽証言の積み重ねでしかない、という可能性を排除できない」と退けられるだけ。
キミはトコトン馬鹿なんだなw
ついでに、ひとつ分りやすい話をば・・・
「苦痛概念の表現」とは言語やノンバーバルによる経験や体感の共有、等を指すのだろうが、それは観察者によって
「在る様に見えているだけ」で「物証」ではない。謂わば「状況証拠」でしかない。
それで「苦痛概念が在る証拠」と出来るのならば、動物が苦痛を恐れたり、苦痛を齎す行動パターンを学習によって避けたりする、
という(実験でも自然状態観察でも)観測上の事実だけで「苦痛概念が在る証拠」と出来る。
こういった苦痛回避や学習は最も原始的な哺乳類に属するマウスは勿論、哺乳類鳥類より下等と目される両生類爬虫類魚類に加え、
一部の昆虫でも確認されてた(現在ソース未確認)ので、事実上此処の馬鹿が言う「ヒトと同様に扱われるべき条件」は揃ってるねw
「物証」で云えば、脳脊髄痛覚神経等の生体システムは勿論、アドレナリン・ノルアドレナリン等ストレス関連物質の放出でも客観科学的な事実として「苦痛」の証拠と出来る。
それ等「苦痛」だけの客観的証拠が有りさえすれば「苦痛の実存在」は証明されてるが、それだけでなく「苦痛の 概 念 」が必要、という謎の論理根拠は未だ提示されてないまま・・・w
事実存在する否定不可能な 「 物 証 」 を差し置いて、「虚偽証言」の可能性を排除できない「状況証拠」を優先するのは馬鹿としか云えないよねw
加えて云えば、形而下に於いてすら「他者ヒトの苦痛概念の表現」は、それが「自分以外のヒト状物体が全てヒトを内臓部まで精密に再現したロボットである」という
将来起こり得ないとは限らないSF的な状況から「そう見えているだけ」である可能性を否定出来ないので、現状ですらそれをヒトの特別扱いをする根拠とするのは危うい、と言えますw
(これが形而上であれば独我論として映画マトリックスの電脳空間状の世界に「主体存在は完全に自分ひとり」の状況で放り出されている様な状況となる。他に居るのは全てエージェントスミス同様のプログラム人格だけ。) とりあえず先に、再々再々再々再々再度・・・の同じ言い逃れを「概念」クンがしてるので塞いでおくね?w ↓
>>295
「 人 間 に 於 け る そ れ 」 が 存 在 す る 、という検証・学術的な研究成果も ま っ た く 出 て な い ま ま 、なので、
言 語 以 外 の 動物によるノンバーバルでの苦痛概念の記号表現によって、ヒトとは扱いを別けられない、という事にしかなりません♪↓
>>276
それで、動物に於ける苦痛概念の表現だけがその根拠の外側に置かれる根拠説明は何処に?
動物に於けるそれだけを証拠と採らない根拠説明が出来ないのであれば、所詮が状況証拠でしかありえないそれよりも 物 的 証 拠 である生体システム等の同一性によって動物とヒトの扱いは別けられないまま、だよねw
よって、ナニひとつ具体反論とはなってないので、もう一度♪↓
・・・やはり彼は「物証が在る事」の意味が分ってないのかな?
「そう見えてるだけ」かもしれない「苦痛概念の記号表現」=状況証拠とは違う、生体システムとストレスホルモン放出という物理現象を伴う同一性
= 「 物 的 証 拠 」 が 在 る 事 、を「ヒトと動物を別けられない根拠」として扱えないのならば、彼の縋る「状況証拠」は尚の事根拠と出来ないし、
その物的証拠を以ってしても「ヒトと同様の苦痛が動物にも在る事」の証明と出来ないとすれば、同じ生体システム等を共に持つ「自己以外の他者ヒト」にも、
その者に「自己と同様の苦痛が他者ヒトにも在る事」の証明としては使えない事となる。アタリマエですねw
此処に「言葉での苦痛概念記号表現とその再現性」を以って「ヒトだけは違う」と強弁し続けた所で、>>262で説明済みの様に動物によるノンバーバル/苦痛回避行動や学習によって
「動物にも苦痛概念が有り、それは『過去加害ヒトへの威嚇や恐怖・逃避行動』によって記号として再現される事実」として、ヒトだけを特別扱いすべき根拠が消え失せてしまいます。
唯一残るは「言語を介してそれを行う事」のみですが、それが言語によって為されるのでなければ、「それのみ」でなければならない理由、というモノが存在せず、
それは即ち「動物はヒトの言葉を喋れないんだから、苦痛を感じようが感じまいが、ヒトと同様には苦痛を感じない」と省略可能なウンスジ付けた幼稚園児の謎理論・或る種神秘的なハナクソに還元されてしまいます・・・
いずれにせよ、成人とは考え難い程の浅ましい言い逃れを装飾して何度も塗り重ねる手間があったら、論理的一貫性の有る思考法を身に付けましょう・・・元がそれじゃあ、ムリだろうけどw
因みに、私が言う「或る事実を無視すれば、功利主義による種差別撤廃主張は普遍倫理基準と成り得る」というのは、その「或る事実(二つ有る)」が、一方は長々「無い事」とされ続けてきた所為で、
他方は「恐らくは、そうでない事を事実だと認識されてる=錯誤」か、意図的に流布されてる嘘、によって普遍足りえない、という理由から{或る事実を無視すれば}という但し書きが付いてるだけ、ですので
お猿の「概念」クンはその事に充分留意して、私の連ツイにある「全人類普遍の線引き根拠・ルールと出来る、或る理由」の説明を、なんとか覆すべく頑張ってみましょう♪
. >>293
> 「 人 間 に 於 け る そ れ 」 が 存 在 す る 、という検証・学術的な研究成果も ま っ た く 出 て な い ま ま 、なので、
記号論を勉強しよう
記号表現には所記が存することは明らかです
> 言 語 以 外 の 動物によるノンバーバルでの苦痛概念の記号表現によって、ヒトとは扱いを別けられない、という事にしかなりません♪↓
動物によるそれらが抽象概念の記号表現であることの学術的な検証があるなら出すように再三要求しているが、提示できていないのは君だよ
> それで、動物に於ける苦痛概念の表現だけがその根拠の外側に置かれる根拠説明は何処に?
これは動物の振る舞いが抽象概念の記号化表現であることを先に検証しないうちに勝手に前提された論点先取の主張であり詭弁です
この質問をする前にまず「動物の振る舞いが抽象概念の記号化表現である」についての学術的な研究成果を提示しましょう
> 動物に於けるそれだけを証拠と採らない根拠説明が出来ないのであれば、所詮が状況証拠でしかありえないそれよりも 物 的 証 拠 である生体システム等の同一性によって動物とヒトの扱いは別けられないまま、だよねw
「動物におけるそれ」は未検証、対して「人間におけるそれ」には膨大な検証がありますね
抽象概念が記号化されて表現されている物証としては無数の記述や音源がそれにあたりますね
以下以前に回答済みのコピペのようだからレスは省くね >>294
> 何度も言うけど、キミが証拠も出せないままの「苦痛概念の記号表現」を「動物には苦痛が在ると言えない」という線引きの論拠に縋ってるのは 事 実 ですし、それを裏付ける証拠も、
> 動 物 に も 在 る 言 語 以 外 の そ れ を採用できない、という論理的な根拠も、キミは一度も示せてないので、キミがハナシを逸らしたいだけ、というのは知ってます♪
>>299
以下は全て以前に回答済みのコピペのようだからレスは省くね 薬品開発による動物実験、それに伴い動物に生じる苦痛とされるものが人間の苦痛と全く異なるものであるなら動物実験に意味はない
今すぐ動物実験は廃止して問題ないな >>296
> その 「 人 権 の 成 因 が 何 で あ る か ? 」 を知れば、全く無意味である、という事が明らかになるんだけど、
> それだと勿論キミは困るんで、このままダラダラ言い逃れを続けたい、という事だよねw
別にそれについて反論は持ってるが、その前に先にしている話を決着させようね
>>297
全て以前に回答済みのコピペのようだからレスは省くね
>>298
> とりあえず先に、再々再々再々再々再度・・・の同じ言い逃れを「概念」クンがしてるので塞いでおくね?w ↓
既に回答して貫通済みのコピペのようだからレスは省くけど、穴を塞ぎたいならコピペ連投は無意味だよ
せいぜいスレを埋めて閲覧者の目先を誤魔化す程度の役にしかたたない
無論、君がそうしたくて仕方がないから故意にやってる可能性もあるし、それならこの提言を聞き入れるわけないだろうけど >>301
> 薬品開発による動物実験、それに伴い動物に生じる苦痛とされるものが人間の苦痛と全く異なるものであるなら動物実験に意味はない
飛躍してる
人間と動物に生体システムの同一性があるとして、
人間の場合にはその生体システム上の現象と抽象概念が相関するとしても、
動物の場合にもその生体システム上の現象と抽象概念が相関するとはいえない
これは初歩的な要素還元主義による誤謬
人間も豆腐もタンパク質と水分が主成分だから豆腐も物を考えるに決まってる、という類いの誤謬 レッテル貼りとコピペバカ
いつもの佐世保クジラ屋トリパンw
クジラが売れなくなると工場畜産ガーと始まる >>301
つまりある薬品がある生体システムに作用することが分かっているとし、人間とマウスの双方がその生体システムを持つとして
人間の場合は生体システムと相関する抽象概念が検証されているが、マウスにおいてはそうでないとき、
人間の場合は薬品が生体システムへの作用と同時に相関する抽象概念に作用するとしても
マウスの場合には薬品の生体システムへの作用以上のことは不確か .
さて、「概念」クンが言い逃れ以外のレスを返せないのが判っている以上、基本的にはコピペの使いまわしで対応が済むのですが、
ツイでも書いた様な「功利主義を、倫理としてではなく、制限事由として使う」というハナシを、今後も使いまわすコピペの現行として、改めて纏めてみましょう♪
・・・つっても、まぁ「概念」クンは未だに功利主義も種差別議論全般も、もちろん私の連ツイもまったく内容を知らないままなので、地アタマの悪い彼に飲み込めるハナシではないのですが・・・w
私が何度も何度も、種差別撤廃や、vegan=倫理菜食に関しては「形而下の、規範倫理でなければ、形而上・メタ倫理に逃げ込んだところで意味が無い」と言ってるのは、
彼等vegan等が基本的に功利主義で説明可能な論拠に則っているから、です。
「 苦 痛 を 感 じ る 者 に は 、 そ れ を 感 じ さ せ な い 方 が 、 よ り 善 い 」 というのは、
それを否定すれば、自身もまた、自身より暴力武力或いは知力等に優れる者によって暴力を与えられる事を「それは善くない」と否定出来なくなる事から、自明の事となります。
< A > ⇒これはネット掲示板上ではなんとでも言い逃れ可能でしょうが、リアルでは現にバレないように「概念」クンを拘束し、 苦 痛 を 与 え 、 逮捕もされずに逃げ果せる事は 可 能 、だからね。
「概念」クンが自身の言動に一貫性を保とうとすれば、「それをする事は善くない事 で は な い ので、自分は苦痛を与えられてよい」と言わなければなりませんが、 当 然 ム リ でしょうw
それが彼以外のヒトであっても、動物相手であっても、 基 本 的 に は 同じ原理原則となります。
ハイ、これが「枠組みによって変わらない」⇒「普遍的正邪の判断基準」=規範倫理ですね。
「概念」クンのその惨めなアタマにすらも、それぐらいの事を薄ボンヤリとは分っているので、彼は「生体システムやストレスホルモン分泌等、物理的条件・反応の同一性」という
物 的 証 拠 を必死に「無かった事」にして、「言語による苦痛概念の表現有無」という、「虚偽証言」の可能性が排除出来ない 状 況 証 拠 の み に頼った
「動物には苦痛概念があるは言えない」という朧げな論拠に縋り付かざるを得ない、というワケです。
そしてそれが非常に朧な論拠である事をも辛うじて分ってる彼は、それによる自身の立場を守る為に、形而上概念・メタ倫理を逃げ道として援用しなければなりません・・・
しかしながら、 < A > の 状 況 には、逃げられない家畜の苦痛と同様、それを感じる主体(この場合、もちろん「概念」クン♪)にとってそこで受ける苦痛と、
その苦痛を受ける事への倫理的判断は、 誰 に と っ て も 、 形 而 下 且つ、 規 範 倫 理 の 対 象 としかナリマセン♪
・・・さて、これで
彼が長々噴飯モノの言い逃れを重ね続けなければならない理由、その心因的な仕組み、というのを改めて明らかにしたワケですが、どうせ意味不明な食い下がりを続けるだけ、だろうねぇ・・・
というワケで、当然このレスにも具体的論理的な反論不可能な彼向けに、今後も校正し直し/改変・補足しながらコピペとして使い回すので、お楽しみに♪ >>302
>>>301
>オマエにそんな権限はないw
↑
こいつ本物の阿呆だな >>305
日本の調査捕鯨のはともかくアイスランドからの輸入物は美味いぞ >>299
記号論等、キミが言い逃れに使うツールは 全 く 意 味 が 無 い 、と解説済み>>307です♪
以下、具体的返答が見当たらないので、繰り返すね?w↓
>>285
「 人 間 に 於 け る そ れ 」 が 存 在 す る 、という検証・学術的な研究成果も ま っ た く 出 て な い ま ま 、なので、
言 語 以 外 の 動物によるノンバーバルでの苦痛概念の記号表現によって、ヒトとは扱いを別けられない、という事にしかなりません♪↓
>>276
それで、動物に於ける苦痛概念の表現だけがその根拠の外側に置かれる根拠説明は何処に?
動物に於けるそれだけを証拠と採らない根拠説明が出来ないのであれば、所詮が状況証拠でしかありえないそれよりも 物 的 証 拠 である生体システム等の同一性によって動物とヒトの扱いは別けられないまま、だよねw
・・・よって、ナニひとつ具体反論とはなってないので、もう一度♪↓
・・・やはり彼は「物証が在る事」の意味が分ってないのかな?
「そう見えてるだけ」かもしれない「苦痛概念の記号表現」=状況証拠とは違う、生体システムとストレスホルモン放出という物理現象を伴う同一性
= 「 物 的 証 拠 」 が 在 る 事 、を「ヒトと動物を別けられない根拠」として扱えないのならば、彼の縋る「状況証拠」は尚の事根拠と出来ないし、
その物的証拠を以ってしても「ヒトと同様の苦痛が動物にも在る事」の証明と出来ないとすれば、同じ生体システム等を共に持つ「自己以外の他者ヒト」にも、
その者に「自己と同様の苦痛が他者ヒトにも在る事」の証明としては使えない事となる。アタリマエですねw
此処に「言葉での苦痛概念記号表現とその再現性」を以って「ヒトだけは違う」と強弁し続けた所で、>>262で説明済みの様に動物によるノンバーバル/苦痛回避行動や学習によって
「動物にも苦痛概念が有り、それは『過去加害ヒトへの威嚇や恐怖・逃避行動』によって記号として再現される事実」として、ヒトだけを特別扱いすべき根拠が消え失せてしまいます。
唯一残るは「言語を介してそれを行う事」のみですが、それが言語によって為されるのでなければ、「それのみ」でなければならない理由、というモノが存在せず、
それは即ち「動物はヒトの言葉を喋れないんだから、苦痛を感じようが感じまいが、ヒトと同様には苦痛を感じない」と省略可能なウンスジ付けた幼稚園児の謎理論・或る種神秘的なハナクソに還元されてしまいます・・・
いずれにせよ、成人とは考え難い程の浅ましい言い逃れを装飾して何度も塗り重ねる手間があったら、論理的一貫性の有る思考法を身に付けましょう・・・元がそれじゃあ、ムリだろうけどw
因みに、私が言う「或る事実を無視すれば、功利主義による種差別撤廃主張は普遍倫理基準と成り得る」というのは、その「或る事実(二つ有る)」が、一方は長々「無い事」とされ続けてきた所為で、
他方は「恐らくは、そうでない事を事実だと認識されてる=錯誤」か、意図的に流布されてる嘘、によって普遍足りえない、という理由から{或る事実を無視すれば}という但し書きが付いてるだけ、ですので
お猿の「概念」クンはその事に充分留意して、私の連ツイにある「全人類普遍の線引き根拠・ルールと出来る、或る理由」の説明を、なんとか覆すべく頑張ってみましょう♪
. >>300 私 が 求 め て る 研究結果の証拠証明が一度も提示されてない上に、キミが具体反論してくれたレスも見当たらないので(それが有ると言うんだったら、レス番指定した上でコピペ貼ってね?w)繰り返せざるを得ません♪↓
>>286
何度も言うけど、キミが証拠も出せないままの「苦痛概念の記号表現」を「動物には苦痛が在ると言えない」という線引きの論拠に縋ってるのは 事 実 ですし、それを裏付ける証拠も、
動 物 に も 在 る 言 語 以 外 の そ れ を採用できない、という論理的な根拠も、キミは一度も示せてないので、キミがハナシを逸らしたいだけ、というのは知ってます♪
>>277
私が既に完全にキミの言い逃れを塞いでしまってるのは周知であるので、キミが不毛な事を続けたいのは、私の連ツイには一切反論不可能である事を知ってるか、或いは未だに読んでないだけ、という証拠だねw
>>279
私の連ツイを読んでないからこそ、或いは理解して無いからこそ、ヒュームのギロチンが関係有るんだと思い込んでるだけ、だよw
さて、私のいう事が藁人形では無い、というのは一目瞭然なので、それを否定したければ、もう一度頑張って?w↓
私の連ツイの内容には、ヒュームのギロチンなんてまったく関係し様が無いですからw
読んでたら、ヒト健常者の成人がそんな馬鹿な返しするなんて有り得ないよねw
そして、>>265は書き損じがあったので、正しくは此方♪↓
「概念」クンの言い逃れ「俺の線引き基準じゃない」によって「藁人形」扱いされてる私の指摘が正しいのは、彼がその線引き基準によって
「動物には苦痛概念が有るとは云えない」と断定してる事から明確なんだけど、彼はそれで誤魔化せると本気で考えてるのかな・・・?ww
まぁ、>>262で書いてる事と、>>259の ↓ で、彼の頭蓋骨に猿の大便が詰まってるって事実が判るかと思われます・・・
・・・「言葉という記号を使って表現し、再現し得る事」を「ヒトと、言語を操れない動物の扱い方を別ける条件」とするのは、それこそ幼稚園児にすら出来るハナクソ論理だけど、
いい大人が真顔でそれをするってのは、卑怯者と呼ぶべきか、或いは特殊学級なタイプと呼ぶべきなのか・・・?w
単に「動物は言葉を喋れないんだから、苦痛を感じようが配慮しなくて良い」と省略可能な論拠は、それが「苦痛を感じてる者には、感じさせない様にする方が善い」
に対して何の釈明にもなってない、という事すらも分らない様な馬鹿が居る所為で、中学生動物愛護にすら雑食者全員が嗤い者にされる理由になってるんだと思います。
それと、毎回毎回「それは自分の基準じゃない」と嘘を吐いて藁人形扱いしたり、「普遍たり得る根拠が有る」という説明をしてあげても、ガバガバな自説同様に「それも枠組みで決まる」んだと強弁したりするだけで延々逃げられると思ってるのならば、
私の連ツイを読めば、全人類に普遍な線引き基準は有り得る事、それがキミ程度のアタマでは到底覆せない事、が分る筈なので、ダラダラ時間稼ぎするぐらいなら、さっさとその話題に移り、首を落とされて楽になったらどうだろうか・・・?w >>303 キミが 私 の 求 め て る 証 拠 を出せない以上、キミが言い逃れしてるだけ、という指摘が続くだけ、だよ?w
>>286
何度も言うけど、キミが証拠も出せないままの「苦痛概念の記号表現」を「動物には苦痛が在ると言えない」という線引きの論拠に縋ってるのは 事 実 ですし、それを裏付ける証拠も、
動 物 に も 在 る 言 語 以 外 の そ れ を採用できない、という論理的な根拠も、キミは一度も示せてないので、キミがハナシを逸らしたいだけ、というのは知ってます♪
>>277
私が既に完全にキミの言い逃れを塞いでしまってるのは周知であるので、キミが不毛な事を続けたいのは、私の連ツイには一切反論不可能である事を知ってるか、或いは未だに読んでないだけ、という証拠だねw
>>279
私の連ツイを読んでないからこそ、或いは理解して無いからこそ、ヒュームのギロチンが関係有るんだと思い込んでるだけ、だよw
さて、私のいう事が藁人形では無い、というのは一目瞭然なので、それを否定したければ、もう一度頑張って?w↓
私の連ツイの内容には、ヒュームのギロチンなんてまったく関係し様が無いですからw
読んでたら、ヒト健常者の成人がそんな馬鹿な返しするなんて有り得ないよねw
そして、>>265は書き損じがあったので、正しくは此方♪↓
「概念」クンの言い逃れ「俺の線引き基準じゃない」によって「藁人形」扱いされてる私の指摘が正しいのは、彼がその線引き基準によって
「動物には苦痛概念が有るとは云えない」と断定してる事から明確なんだけど、彼はそれで誤魔化せると本気で考えてるのかな・・・?ww
まぁ、>>262で書いてる事と、>>259の ↓ で、彼の頭蓋骨に猿の大便が詰まってるって事実が判るかと思われます・・・
・・・「言葉という記号を使って表現し、再現し得る事」を「ヒトと、言語を操れない動物の扱い方を別ける条件」とするのは、それこそ幼稚園児にすら出来るハナクソ論理だけど、
いい大人が真顔でそれをするってのは、卑怯者と呼ぶべきか、或いは特殊学級なタイプと呼ぶべきなのか・・・?w
単に「動物は言葉を喋れないんだから、苦痛を感じようが配慮しなくて良い」と省略可能な論拠は、それが「苦痛を感じてる者には、感じさせない様にする方が善い」
に対して何の釈明にもなってない、という事すらも分らない様な馬鹿が居る所為で、中学生動物愛護にすら雑食者全員が嗤い者にされる理由になってるんだと思います。
それと、毎回毎回「それは自分の基準じゃない」と嘘を吐いて藁人形扱いしたり、「普遍たり得る根拠が有る」という説明をしてあげても、ガバガバな自説同様に「それも枠組みで決まる」んだと強弁したりするだけで延々逃げられると思ってるのならば、
私の連ツイを読めば、全人類に普遍な線引き基準は有り得る事、それがキミ程度のアタマでは到底覆せない事、が分る筈なので、ダラダラ時間稼ぎするぐらいなら、さっさとその話題に移り、首を落とされて楽になったらどうだろうか・・・?w .
・・・さて、「概念」クンが「回答済み」と言いつつ、過去に彼が書いたという、具体的論拠や科学研究結果等の証拠証明を伴うレス番やそのコピペを一向に示してくれないので、
それらに関してはもう反論が出来ないものとして、残るは私の「全人類共通の線引き基準と出来る或る制限事由(無論これには人権の成因等まで含むよ♪)」を説明した連ツイへの反応か、
新しく書き起こしてあげた>>307に対する、またもや苦し過ぎる言い逃れ、しか返ってこない筈なので、暫し待ちましょう・・・
彼は自身の一貫性を維持する為に「自身に苦痛を与えたい者が居れば、その者が自身に苦痛を与えるのは悪い事ではなく、善い事である」と言い得るでしょうか?w
. .
あぁ、念の為言っておけば、私は>>307で挙げた「普遍的正邪判断基準」を「或る制限事由によって、種差別撤廃の理由とは出来ない根拠」を持っていますが、
差し当たって此処では「概念」クンの「動物は痛がってるとは言えない/倫理は枠組みで決まる」というハナクソ理論にハナクソである事を自覚させる為の説明です。
. >>310
> 記号論等、キミが言い逃れに使うツールは 全 く 意 味 が 無 い 、と解説済み>>307です♪
どこ?
記号論を君が知らないから君には意味が分からない、ということしか拾えなかったけど
> 「 人 間 に 於 け る そ れ 」 が 存 在 す る 、という検証・学術的な研究成果も ま っ た く 出 て な い ま ま 、なので、
君は記号論を知らないかもしれないが、記号というものの性質についてはソシュールが研究成果を示し広く知られているよ
例えば以下のように、記号は所記を有するとあるね
ソシュールは、言語記号をシーニュと呼び、
(中略)
音声言語の記号であるシニフィアンは、必ずそれが指し示す対象(物質・意味・概念)としてのシニフィエを持っているのである。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~mind/vision/es001/language.html
以下は全て以前に回答済みのコピペのようだからレスは省くね >>311-312
> >>300 私 が 求 め て る 研究結果の証拠証明が一度も提示されてない上に、キミが具体反論してくれたレスも見当たらないので(それが有ると言うんだったら、レス番指定した上でコピペ貼ってね?w)繰り返せざるを得ません♪↓
・「動物のある種の振る舞いが抽象概念の記号表現ではない」ことの検証については>>295に書いたけどあらためて貼っておくね
4・ちなみにS2「動物のある種の振る舞いが抽象概念の記号表現ではない」も未検証だが、そもそもS2の命題は悪魔の証明を要求するので、S1の未検証がS2を真とする条件となり、結果的に両方の命題がS1に収斂する
・[「抽象概念の記号化表現の有無」が線引き条件として枠組みを超えた普遍性をもつ]ことの検証については、
そもそもこちらは[「抽象概念の記号化表現の有無」も「生体システム」ま共に枠組みを超えた普遍性を持たない]と言っており、「もつ」というのは君の藁人形だから俺には説明責任が無いと既に回答済み
以下は全て以前に回答済みのコピペのようだからレスは省くね >>310
> 「 人 間 に 於 け る そ れ 」 が 存 在 す る 、という検証・学術的な研究成果も ま っ た く 出 て な い ま ま 、なので、
例えば志賀隆生はソシュールの用語に従えばシニフィアンとシニフィエの「二つの結合した全体をシーニュと呼ぶことを提案した」(現代思想・入門、宝島社、1998)とし、
このソシュールがつけたシニフィアンとシニフィエの区別について「こうした区別をしないで言語を研究しても言語の本質には到達しない」(同)としている >>315
そのリンクの 「 動 物 の 示 す 苦 痛 概 念 の 表 現 は 動 物 苦 痛 の 存 在 を 証 明 し な い 」 と書いてある部分は何処?
抜き出しコピペして貼ってみてね?
>>316
「私が求めてる証拠」は、キミのハナクソみたいな言い逃れではなく ↓ だよぅ・・・?
<ねぇ、いったい何処の記号論を勉強したら、「動物による危険回避行動や学習による行動パターン変化、過去加害ヒトに対する威嚇/逃避行動をとる事」を「苦痛概念が有る証拠」として採用しなくて良い、と書いてあるのか?を教えてください♪>
(↑は>>297等)
「それが言語によって表現されたモノでなければ、証拠として扱えない」は「言語を発したその者が虚偽表現をしていない証明」にはまったくならない、という意味で、状況証拠としてしか扱えません♪
一方、物証である「生体システムと、それに伴うストレスホルモン分泌等の反応が同一である事」を理由に「同様の苦痛を感じている事」を疑えるのならば、他者ヒトにも同様の疑義が否定出来ないが故に、
当然状況証拠よりも重視されるべき物証が動物とヒトの両方に於いて「苦痛が存在する証拠」として採用出来ませんから、これも先と等しく「苦痛の有無によって動物とヒトを別けて扱う理由」にナリマセン♪
では以下繰り返しw
>>246 への返答は ↓ なので、具体的な論理根拠を以って再反論してみてね♪
1
キ ミ が 、 「他者ヒトにもキミ自身との同一性があるかどうかという線引き条件が枠組みを超えて普遍的に存在し、ゆえに枠組みを超えてキミ自身と他者ヒトとの間に線を引いてはいけない普遍的な理由となる」ことを説明してくれたら、そうしてあげるよ?w
2
単に「生体システムの同一性」とヒトとの種の連続性。植物はヒト含めた動物とは違う生体システムを持っているから。動物と違う生体システムを植物が持ち、ヒトが動物と同じ生体システムを持ってる事は、
キミ以外の義務教育修了者ならば全員が知ってる事です。
故にそれに由来する「ヒト同様の苦痛を感じる能力が有る事」を以って「動物と植物の間に扱いを区別すべき線を引き得る」事を、否定する事は 不 可 能 ですね。
3
キミがいつまで経ってもそれを証明出来ない事から明らかな様に「記号表現」が言語やノンバーバルによってのみ「それが在る事」の証明が可能、という根拠説明が存在し得ない>>244から、です。
3の線引きはキミが勝手に「動物は含まれない」と決めてるだけなので、その証明「動物によるノンバーバル反応や行動」が そ こ に 含 ま れ て は い け な い 理 由 を論理的に証明出来ない以上、相手にするまでも無い愚論ですが、
それ以前に 苦 痛 を 感 じ て る 、という物証(>>244に説明) だ け で は 、ヒ ト 同 様 の 配 慮 を し な く て よ く な る 理 由 が何処にも無いので、
単に自己都合によって好きな線引き基準を選んでるだけのキミのハナクソ持論には意味が無い、とゆってます♪ >>317
私が言ってる 人 間 に 於 け る そ れ 、とは
「 苦 痛 概 念 の 記 号 表 現 が 苦 痛 の 実 在 を 証 明 す る 」 という学術的な研究結果、だよ?
私は言語による表現が「或る者に神経細胞や電気物理的な反応を齎している」とする証拠になる、という説明をいったい誰がしてるの?と訊いてます。
それが物理的な証拠を形成し得ない以上、どれだけ多く再現されても「恐らく、それが有るのだろう」という推測以上の根拠にならないのはアタリマエ。
当然ながら「誰かの推測」は 「 そ れ が 真 で あ る 事 の 証 明 」 と は な り ま せ ん ・ ・ ・
キミがその推論に拠った研究結果を真として信じたい、というだけの事だねw
それから、これも何度も訊いてるけど、「物的証拠」よりも虚偽証言の可能性が排除出来ない「状況証拠」を重視し「物的証拠」を証拠として採用しない謎理論の説明はいつしてくれるの・・・?w
・・・ところで、キミが援用してるリンク、何処を読んでも「ヒトの言語表現の再現性等が苦痛を感じてる証拠となる」などの説明が見当たらないんだけど、そのリンクは何の為に紹介したの?
まぁ、これもついでに♪↓
「概念」クンの言い逃れ「俺の線引き基準じゃない」によって「藁人形」扱いされてる私の指摘が正しいのは、彼がその線引き基準によって
「動物には苦痛概念が有るとは云えない」と断定してる事から明確なんだけど、彼はそれで誤魔化せると本気で考えてるのかな・・・?ww
まぁ、>>262で書いてる事と、>>259の ↓ で、彼の頭蓋骨に猿の大便が詰まってるって事実が判るかと思われます・・・
・・・「言葉という記号を使って表現し、再現し得る事」を「ヒトと、言語を操れない動物の扱い方を別ける条件」とするのは、それこそ幼稚園児にすら出来るハナクソ論理だけど、
いい大人が真顔でそれをするってのは、卑怯者と呼ぶべきか、或いは特殊学級なタイプと呼ぶべきなのか・・・?w
単に「動物は言葉を喋れないんだから、苦痛を感じようが配慮しなくて良い」と省略可能な論拠は、それが「苦痛を感じてる者には、感じさせない様にする方が善い」
に対して何の釈明にもなってない、という事すらも分らない様な馬鹿が居る所為で、中学生動物愛護にすら雑食者全員が嗤い者にされる理由になってるんだと思います。
それと、毎回毎回「それは自分の基準じゃない」と嘘を吐いて藁人形扱いしたり、「普遍たり得る根拠が有る」という説明をしてあげても、ガバガバな自説同様に「それも枠組みで決まる」んだと強弁したりするだけで延々逃げられると思ってるのならば、
私の連ツイを読めば、全人類に普遍な線引き基準は有り得る事、それがキミ程度のアタマでは到底覆せない事、が分る筈なので、ダラダラ時間稼ぎするぐらいなら、さっさとその話題に移り、首を落とされて楽になったらどうだろうか・・・?w 概念クン、>>307に反応しねぇなぁ・・・
あれは少々補足校正したいんだけどw
要は、概念クンに倣えば「別の枠組みに拠る倫理を持つ、暴力等に優れる者」が、
その者の選ぶ枠組みに則った己の倫理に従って「善くない事ではない」とされる概念クンへの暴力と、
それに伴う苦痛、を概念クン自身が否定不可能、というハナシなんだけどねw
だからこそ「苦痛を感じる者には、苦痛を与えない方が、より善い」という、一つの形而下・規範倫理によってしかそれは規定され得ない、という事です。
これを「種差別撤廃」にまで敷衍する事は、或る制限事由によって出来ない、というだけで、彼等がそれを認識しないままで言ってる限りでは、または私の言う制限事由以外で否定しようとしても
功利主義による種差別撤廃主張は普遍的な倫理根拠に基いている、という事になります。 >>308
オマエの個人的感想はなんの意味をもたない いま出先だからレス遅くなる
ことによると数日レス返せないかもしれないけど遅くとも来週火曜日くらいには返せると思う だからその間にコピペじゃなくきちんとこちらの質問に答えといてね >>322
キミがムリな意地を張る期間が延びるだけ、なので気にしなくて良いよ^^
>>323
キミの質問にはすべて答えてるけど、キミが「答えてる」と言ってる問いへの答えが無いので、コピペを使い回さざるを得ない、という状況だよ?
何度も貼ってるんで、それに既に答えてると云うのならば、レス番で示した上でコピペするだけでいいのに、それをしないんだから、キミは未だ答えてない、という事だねw
ところで、今コピペ原稿探してたら見付けた概念クンの>>219
>>そして私の貼ってる連ツイを読めば、普遍的線引きが可能だと解るよ。
>ざっくり読んだけど枠組みを超えて恒に「選好」される必然性が示されてない
>いいとこ、その枠組みの人たちはその線引きが枠組みを超えて普遍的であると信じてる、という程度のことでしかなく、要するに信仰でありドグマに過ぎないだろ
成る程、私の連ツイに示してる「普遍的な制限事由」が、選好基準によっては「制限事由」とならない、あれに書いてあるのが「必然性ではない」というワケだね?
もしもキミ自身が>>307 >>320の理由・条件で苦痛を与えられる事が善い、と本気で云うのであれば、それは「選好」基準である、とされるかも知れないねぇ・・・?
キミみたいなのがそんな事を言うのは、それが読んでない事を誤魔化す為の嘘なのか、単に完全な錯誤なのか、判別出来ません・・・
冗談抜きで、ハナクソみたいな馬鹿だなw .
記号論による「苦痛を感じている事を事実であるとする証拠証明」は 不 可 能 。
何故ならば、それがどれだけ膨大な記述・検証・再現が有っても、それは「状況証拠」でしかないから。
「膨大」とは単なる誰かの定規でしかないので、それを云えば「膨大な」実験や自然観察によって、
動物にも苦痛回避行動、学習による行動パターンの変化、過去加害ヒトに対する威嚇・恐怖・逃避行動等によって
その「苦痛概念の表現」が記述・検証・再現されているので、それを「動物にも苦痛が有る」という状況証拠として採用可能。
ヒトの言語の記号表現は証拠足りうるが、動物の逃避・威嚇や恐怖・恐慌等のノンバーバル表現が証拠採用できない、とするのは
単概念クンや概念クンが縋る研究者の 選 好 でしかアリマセン。
それ等「状況証拠」を証拠証明根拠と出来るのであれば、生体システムやストレスホルモン分泌等の同一性が
「 物 的 証 拠 」
としてヒトと動物に同様の苦痛が存在する、との よ り 重 要 な 証拠証明の根拠とされるのはアタリマエ。
「 苦 痛 」 というのは「概念」ではなく、脳脊髄神経内臓筋肉等にホルモン分泌や電気信号による収縮痙攣発汗等の変化を起こす
物 質 物 理 的 生 理 現 象 なので、それがヒトと動物で同一であるならば、 そ れ だ け で 動物もヒトと同様の苦痛を感じている、という証拠証明となります。
それをなんとしても否定したいのであれば、先ず 最 低 限 、痛覚への刺激或いはそれ以外のストレス状況に於いて、
ヒトだけに有って動物には確認されない内分泌反応や電気信号の存在を示す事が必要ですが、その様な科学研究報告はアリマセン。
そしてこれ等の物的証拠を苦痛が在る事の証拠証明として信用しないのであれば、同様の生体システムを持つ他のヒト個体にも、物質物理的には、その苦痛の存在有無は分らないまま、という事になります。
ここで改めて概念クンの食い下がり論拠を見れば、この「物的証拠」を証拠証明根拠として否定する事で初めて、それが意味を持てる「状況証拠」=「言葉による苦痛概念の表現」に彼が拘る理由、が分りますよねw
即ち「何としても動物に苦痛が在ってはいけない」ので「物的証拠を証拠として認めなければ、それしか証拠が無くなる」⇒「状況証拠」を証拠証明の唯一根拠とさせる為、です♪
勿論これは概念クンの真意がそうだ、というハナシなので「在るとは言えない」ではなく「在ってはいけない」ねw
つまり、概念クンが自身の選好でそれだけを証拠証明根拠としたい「苦痛概念の記号表現」とその「推測をしてる研究結果」を何べん「証拠である」と貼っても同じ、という事ですね。 タイミングが得られたのでレスしとく
明日、明後日はレスできるか分からないが上手くいけば月曜日にはレスできるし、火曜日にはほぼ確実にレスできると思う
>>318
> そのリンクの 「 動 物 の 示 す 苦 痛 概 念 の 表 現 は 動 物 苦 痛 の 存 在 を 証 明 し な い 」 と書いてある部分は何処?
> 抜き出しコピペして貼ってみてね?
俺の主張は「 動 物 の 示 す 苦 痛 概 念 の 表 現 は 動 物 苦 痛 の 存 在 を 証 明 し な い 」ではなく「動物の振る舞いが抽象概念の記号表現であるとはいえない、ゆえに所記があるとはいえない」であり藁人形
そして「動物の振る舞いが抽象概念の記号表現であるとはいえない」ことの証明は悪魔の証明だ
と説明済み
>>319
> 「 苦 痛 概 念 の 記 号 表 現 が 苦 痛 の 実 在 を 証 明 す る 」 という学術的な研究結果、だよ?
俺は 「 苦 痛 概 念 の 記 号 表 現 が 苦 痛 の 実 在 を 証 明 す る 」と主張していないので藁人形
俺の主張は「苦痛という記号表現があるとき、そこには対応する所記が存在する」です
このことはソシュール以来広く認められており、これが認められていることについての学者の言辞は提示済み
もっと欲しければ貼るけど、記号論を知っていれば不要だよね >>324
いや、言外に君に猶予を与えてるんだよ
>>325
> キミの質問にはすべて答えてるけど、キミが「答えてる」と言ってる問いへの答えが無いので、コピペを使い回さざるを得ない、という状況だよ?
へー?
例えば
・俺が[「苦痛記号の表現」は枠組みの恣意性を超えた普遍性のある線引き条件だ]と主張してる箇所があるならレス番号と該当部分を抜き出してみてくれよ (>>222)
・自身の線引き基準を絶対だと言い張ってるってのはどこのこと?レス番号と該当部分を抽出してくれ (>>223)
・「 それが唯一の判断基準と成る」と俺がどこで主張したのか、藁人形でないならレス番号と該当部分の抽出で示してみよう
(>>227)
・俺は一貫して「線引き条件は枠組みの恣意性で決まる、枠組みを超えた普遍的な線引き条件はない」と言ってますよ
なにがどうコロコロ変わってるのか、藁人形やレッテル貼りでないならレス番号と該当部分を抽出してしめしてくれよ (>>261)
・俺の嘘であり君の藁人形でないなら、俺がそのように主張している箇所をレス番号と該当部分の抽出で示してくれと再三いってるのだが、君はそれをできないでいるよね (>>270)
これらに対する質問の答えがどこにあったかな?
レス番号と該当する部分を抽出してみてくれないか? >>325
> 記号論による「苦痛を感じている事を事実であるとする証拠証明」は 不 可 能 。
「苦痛という記号に対応する所記がある」と言っており能記の真偽を述べていないので藁人形」
他、以前に回答済みのコピペとおぼしきところはレスは省いたよ
では留守にする間にこちらの質問への回答をお願いね >>320
反論の用意はあるんだけど、論点が変わるので先の議論が決着したらレスしますよー (尤も、>>320について論破されるのを恐れるがゆえに、先の議論を決着させたくないという思惑であれば、こちらの質問に回答しないことは理解できるしコピペ連投で誤魔化すことについても説明がつくな…
その場合は故意に回答を避けているということだから催促するだけ無駄かもしれない…いずれにせよ回答がなければ決着のしようがないわけだが…) 確かに、草木も動物も人も皆同じ生き物です。したがって、どこまでを食べ物とするかの線引きは、かなり個々人の主観に依ります。
極論、カニバリズムもヴィーガ二ズムも主観に依る、という観点では同じものです。
いわば現代社会では、たまたま人以外の生物までを食べ物とする考えが主流で、
カニバリズムやヴィーガ二ズムを支持する人が少ないというだけ。
ところが、やはり、マイノリティにはマイノリティたる所以があります。例えばカニバリズムの場合は、不利益を被る人が多いことに比して、人肉を食べることによるメリットが少なすぎることでしょうか。
マイノリティがマジョリティに打ち勝つためには、いたずらに主張を押し付けるのではなく。
マジョリティたる原因に目をつけ、それらを改善していくことが近道であると考えています。 >>333
実際、カニバリズムがみとめられた文化なんて歴史上ごまんとあるもんね。 まちがえた>>10
間違いなく、過去には食人の文化が存在した。
だから、そもそも「人間は食べちゃダメだけど動物は良い」なんてルール自体、存在しないんじゃないの。 現在日本では動物に苦痛という概念を基準に用いた結果、実験に使用したり食ったりしてる >>333
俺はベジ擁護として納得できないベジ批判には反対するけど、
>ところが、やはり、マイノリティにはマイノリティたる所以があります。例えばカニバリズムの場合は、不利益を被る人が多いことに比して、人肉を食べることによるメリットが少なすぎることでしょうか。
>
>マイノリティがマジョリティに打ち勝つためには、いたずらに主張を押し付けるのではなく。
>マジョリティたる原因に目をつけ、それらを改善していくことが近道であると考えています。
君のは建設的意見なんで同意しとくよ
マイノリティであるがベジタリアンの人達にとって肉食することは動物を殺すことによる精神衛生上のデメリットのほうが強いんだろう
だから俺はベジが、かわいそうな動物を減らそう!、とかの愛護的な啓蒙活動をすることも認めている
しつこいのや人格否定までされるのはもちろん困るが
>>335
そんなものが存在するという主張はしてないです 科学とは観察や実験によって得られた事実を羅列的に記述するものではない
学問として体系的に述べるためには定義や分類についての共通理解が必要である
しかし、この作業には恣意性(ベジ批判者はこの言葉が好きなようなので引用w)を挟まざるを得ない
つまり生物学における生物の定義はあくまで便宜的なものである
このことは生物の定義に当てはまらないウイルス(しかし、自己増殖しまるで生きているかのようにふるまう)の研究が概ね生物学の範疇で行われていることからも明らかだ
>>1の植物なんて生きてねーよw、という感覚に優越しているものではない >>335
法律があるが
法律では認められてないよ >>338
間違いを訂正
自己増殖→自己複製ですね >>340
それって現代社会に限った話でしょう。
過去には食人を良しとする文化だって存在したんだから、「人類に普遍的なルール」とは言えないと思うんですよ。
食人の是非なんかも、いわば文化の多様性の一端に過ぎないわけで。 >>337
> マイノリティであるがベジタリアンの人達にとって肉食することは動物を殺すことによる精神衛生上のデメリットのほうが強いんだろう
その通りですよね。とどのつまり、肉を食べるのが好きか嫌いかってだけの話。正直、個人の好き嫌いに正解もクソもないんですよ。
だからこそ、押し付けがましいのはよろしくない。互いに不干渉を守って、それぞれの食生活を楽しめばいいんじゃないかと。 >>339
現在日本では動物に苦痛という概念を基準に用いた結果、実験に使用しなかったり、食わなかったりもしている >>342
過去に生きているわけでなく現代法治国家に生きているわけだが 植物も苦痛を感じ、虫に食われないように毒を持ったり、傷つけば脂を出して樹皮を守ったり防御反応があるのだがこれを無視しているのかな 自分の感情移入出来ない苦痛は苦痛じゃないと線引きしているだけなんだろw >>346
インドには現在も葬儀で食人を行う民族がいるそうです。
私たちにしてみればそれは非人道的な行いですが、彼らの視点に立てばそれは正当な文化的行為です。
極論、コンテクストが異なれば現代日本にも食人を認める文化が成立していた可能生も否定できません。
(実際、中世に罪人の肉を食べた記録がある)
自分たちの文化圏ではこう考えるから、他所でもこうに違いない。そのような「当てはめ」を一般には自文化中心主義と呼びます。
あなたの考えは、自文化中心主義にとらわれてはいませんか。 >>346
んまぁダラダラ書きましたが要は
(おそらく日本の)現代法治国家のいわゆる常識が
全世界の人類に普遍的な筈ないでしょう。
あなたが言ってることは
「ウチの国では捕鯨禁止だから」って日本人を攻撃してるアノ団体と変わりませんよ。 ●声優の原奈津子(28歳) ガンを公表 8月に摘出手術
https://www.cinematoday.jp/news/N0084324
好きな食べ物・・・焼き肉、肉、牛丼、どて煮、ビフィズスヨーグルト、
チロルチョコ、カレーうどん、サーモン、生キャラメル
寿司、ラーメン、ミンティア、長芋の唐揚げ、かにかま
「JKめし」などに出演中の原さんは自称「かにかま通」
朝ごはんに牛丼を食べていたら、その姿を見たお姉ちゃんに大爆笑された
ことがあった。
焼肉は月に4、5回は食べに行くくらい大好き。
>>351
結局捕鯨っていいたいだけかw
で反捕鯨のレッテル貼りたいだけ
捕鯨は日本文化だから自文化中心主義なんだがオマエは矛盾しているんじゃないのかw
オマエはカニバリズム肯定主義者なんだろ
一般日本人からしたらオマエは異常だよ
日本に住んでいるんだから日本の法律が摘要されるの理解できるw >>353
>で反捕鯨のレッテル貼りたいだけ
>捕鯨は日本文化だから自文化中心主義なんだが
うーんどうやら趣旨が伝わらなかったようで残念です。ぜひ自文化中心主義をWikiで調べてみてね。
それから
あなたは一度海外旅行をした方がいいですね。
世界に出て、もっと視野を広げた方がいいと思いますよ。
文化というものは実に多種多様です。
日本の文化が絶対などとは思わないことです。 >>353
それと。
日本でもカニバリズムは不可能ではないですよ。ただし法律で罰さられたりと、あらゆる代償を覚悟しなければなりませんが。
まぁ、それ程のリスクを冒してまでカニバる奇特な人は少ないと思いますけどね…。
いわずもがなだと思いますが、違う文化が共存していくためには
どうしても譲歩せざるを得ないこともあります。
「互いの文化を尊重しあうことは大前提ですが
必要に迫られた際は、妥協もしなければならない」ってワケです。
ただし、円滑にことをすすめるために
どうしてもマイノリティ側がたくさん譲歩せねばならない傾向があるのは事実なんですけどね。 成人してからベジタリアンになる奴って変身願望が高めだよね >>355
カニバリズム推奨主義者かな
ニューギニアの食人はクールー病発症するので止めたんだが
オマエは地域文化だからって食人継続容認するんかw
たたオマエの自己主張を徹したいだけにしか見えないな >>357
私がもし食人文化の民族のあいだで暮らすことになったら、私も彼らにならって同じもの食うと思いますよ。
逆に、そういう民族の方が一人日本に来たとしたら、食わせる肉がないので食人は控えてもらうことになりますが。
互いの文化を尊重しつつも、必要があれば互いに妥協し合う、てのが異文化共生です。
自分の文化だけを尊重し、必要がないのに他の文化を乏しめ、否定するのが自文化中心主義っつってそれはアウトです。
それから、クールー病ですか…。脳髄を食べなければさほど危険もないみたいですし、大雑把に言ってしまえば「食の安全」の問題ですよね。 フグ食うのと同じで。 カニバリズムってのは少々極端すぎる例えでしたが
要は我々がベジタリアンっていう「異文化」と共生していくために
お互いに何を譲歩して、どんな形で折り合いをつけるかって問題です。
で、今までは「ベジタリアンの人が無理に肉を食べなくて良いように配慮はするけれども、我々は肉を食べるから我慢してね」ってところに落ち着いてたわけですよ。
にも関わらず、一部の過激なベジタリアンはそれを良しとせず。我々にも肉を食べないよう強要しているのが問題なのです。
ハッキリ言ってベジタリアンは超「マイノリティー」なワケです。
にも関わらず、我々からも肉を食べる権利を奪おうと主張するのは、いくらなんでも横暴すぎやしないか。
ってことで、彼ら過激派ベジタリアンを妥協させるにはどうすべきか?ってのがさしあたっての問題なワケですよ。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています