小林「異世界召喚?」
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
小林「あれ、ここどこ?」
小林「森の中?なんで?」
小林「おっかしいなー、散歩してたはずなのに」
小林「東京にこんなとこあったっけ」
小林「スマホで位置確認しよっと」
小林「……でない」
小林「もしかして、迷子?」
小林「ヨハちゃんと同じで不幸な目にあってるんだ!」
小林「いやー、困っちゃうなー」 もしここにふりりんがいれば罠を警戒したのであろうが、二人は特に警戒することなく愛奈の後をついていった。
三十分程歩いた頃だろうか、森の中をひたすら進んでいくと、集落が見えてきた。
小林「村だよ、ヨハちゃん!」
善子『言わなくても分かるわよ、小林』
小林「何か美味しい食べ物あるかな?」
小林「ヨハちゃんは何が食べたい?」
善子『久しぶりにチョコレートが食べたいかも』
朱夏「そんな話ししてる場合じゃないから」
小林「どうしたの?」
朱夏「ここは魔族の村でしょ?」
朱夏「みんな襲い掛かってくるんじゃない?」
愛奈「そんなことしない」
愛奈「魔族のみんなは、とてもいい人ばっかりよ」 朱夏「そんなこと言われてもなー」
愛奈「……それを分かって欲しいから、二人を連れてきたの」
小林「この村に?」
愛奈「うん」
愛奈についていく形で、二人は一軒の民家へと辿り着いた。
年季が入っているのか、見た目はお世辞にも綺麗だとは言えず、ところどころ変色した箇所が見つかる。
だが、家自体の雰囲気とは正反対に、中からは元気な声が溢れていた。
愛奈「ただ今、みんな」
「にゃーねーちゃんだー!」
「おかえりなさい!」
「お土産はなにー?」
家の扉を開けると、子供たちが我先にと愛奈の側に駆け寄ってくる。
「……あれ、この人たちは?」
「ひっ!に、人間……!」 愛奈「大丈夫。悪い人たちじゃないから」
善子『小林、こういう時は場を和ませる何かをするのよ!』
小林「ギランっ!リトルデーモンがこの禁じられた世界に舞い降りてきたわよ」
善子『微妙ね』
小林「ヨハちゃんが辛口だー……」
「一人で誰かと会話してる!」
「やっぱり人間って怖い!」
愛奈「みんな、落ち着いて」
愛奈「私はこの二人と話があるから、部屋に戻って」
「「「「はーい」」」」 朱夏「この子達は?」
愛奈「孤児よ」
愛奈「人間に、親を殺されたの」
小林「戦争してるんなら仕方ないんじゃないのかな?」
小林「兵士になったら死んじゃう可能性だってあるんだし」
善子『そういう問題じゃないわよ、小林』
小林「どういうこと?」
愛奈「……人間が、村を襲ったの」
愛奈「村に火を付けられて、略奪が始まった」
愛奈「抵抗した人は全員殺された」
愛奈「女性は酷い目にあわされた」
愛奈「だから……だから……私は……!」 朱夏「それで、人間を恨んでるんだ」
愛奈「そう。人間は、この世界にいてはいけない」
愛奈「だからお願い。もう何もしないで」
小林「無理だよ!だって、もうすぐ元の世界に帰れるんだもん!」
愛奈「元の世界に……?」
小林「うん!魔王を倒すとね、元の世界に帰れるってヨハちゃんが言ってたもん!」
小林「だからさ、あいにゃも一緒に帰ろう?」
愛奈「……無理よ」
小林「なんで?あいにゃも帰りたいでしょ?」
愛奈「人間を滅ぼすまでは帰れない」
愛奈「この村のみんなのためにも」
小林「あいにゃ……」 善子『説得は無理そうね』
善子『帰るわよ、小林』
小林「うん。じゃあ帰ろうか、しゅか」
朱夏「え、待って、ここそういう流れじゃなくない?」
小林「ん?」
朱夏「あれ、話終わったっけ?」
愛奈「待って。もうこの戦いに参加しないって誓って」
朱夏「それは無理だよ。もうここまで来たんだから」
愛奈「……私は、みんなと戦いたくない」
愛奈「お願い。引き返して。魔王城には、絶対来ないで」 愛奈のお願いを聞きながら、二人は村を出た。
元の見張りの位置に行くと、ふりりんと高槻が見張りをしているのに気付く。
小林「あれ、あいあいとかなこだ」
降幡「あ、てめ!見張りサボってどこ行ってやがった!」
小林「なんか魔族の村に行ったよー」
降幡「はぁ!?」
小林「じゃあ後よろしくねー」
小林「いこ、ヨハちゃん」
善子『そうね』
降幡「あ、おい!待ちやがれ!」
降幡「ったくよー」 小林「んー、今日も疲れたー!」
小林「ヨハちゃん、一緒に寝よ」
善子『当たり前よ』
善子『といっても、一人につきテント1つだから一緒に寝る以外の選択肢はないわ』
小林「そうだね!ヨハちゃんかしこーーっ!?」
テントの前、扉を開けようとすると、急に中から手が飛び出し、小林の首を絞め上げた。
小林「がっ、っ、ぃ、」
杏樹「おかえり、あいきゃん」
杏樹「こんな時間まで、何処で、なにしてたのかな?」
小林「っ、ぁ、っ、っ、」
杏樹「しゅかと一緒に、なにしてたの?」
杏樹「何処に行ってたの?」
杏樹「私のしゅかと一緒にさ」
小林「っ……ぅ……!」
杏樹「さようなら、あいきゃーー」ピクッ
杏樹「ん?しゅかが呼んでる?」パッ
小林「っ、げほっ、げほっ!」ドサッ
杏樹「しゅか〜!今いくよ〜!」
小林「はぁ……はぁ……」
小林「……え、何だったの、今の」 それ以降、特に変なことがおきることもなく日が明けた。
朝、昼は森の中を進み、夜は野宿をする。
魔王城までの道のりは通常であれば厳しいものであるのだが、全員が危機感を持つような事態にはならなかった。
小林「ここが魔王城かー」
小林「ねーねー!写真撮ろう!」
善子『スマホがないわよ、小林』
小林「えー!」
降幡「うるせーよ!やっとここまで来たんだ、静かにしとけ」
降幡「あいにゃのことも気掛かりだし、気を引き締めていくぞ」
杏樹「そうだね。しゅかは私の側から離れないように」
朱夏「引っ付かないでいいから」
杏樹「一生隣にいてね」
朱夏「だから今じゃないでしょ」
すわわ「うむ」
小宮「zzz」
高槻「あー、だりー」
梨香子「優勝w」
降幡「まじで大丈夫なのか……」 敵に遭遇することなく、小林達は城の中へと入っていく。
それは通常であれば不自然なことであろうが、大体の者が何も考えておらず、特にそれが話題となることはない。
小林「あれ、分かれ道だ」
降幡「どっちに進む?」
朱夏「二手に分かれて両方行けばいいんじゃない?」
杏樹「うん、そうしよう」
すわわ「うむ」
高槻「メンバーはどうすんだよ」
杏樹「しゅかと一緒だったら別にいいよ」
杏樹「梨子ちゃんと……あいきゃんかな」
梨香子「おけw」
小林「はーい」
小林「ヨハちゃん!頑張ろう!」
善子『そうね』
小林「どっちに行った方がいいのかな?」
善子『こういう時は右に行くのよ』
小林「右ね!流石ヨハちゃん!」 小林達は二手に分かれ、魔王城を進むことにした。
高槻「おい」
降幡「ん?」
高槻「このメンバーで大丈夫なのか」
降幡「別に大丈夫だろ」
高槻「半分くらい意思疎通できるか怪しいのにか?」
すわわ「ふんふん」
小宮「zzz」
降幡「……なんとかなるだろ」
降幡「お、なんか見えて来た」
高槻「あそこにいるのは……」
愛奈「…………」 四人が辿り着いたのは、大きく開けた空間であった。
その真ん中には愛奈が立っており、その向こう側に先へ進む扉が置かれている。
愛奈「結局、来ちゃったんだ」
降幡「あいにゃ、あいきゃんから話は聞いた」
降幡「辛いことがあったってのは分かった」
降幡「でも、こんなことしても意味ないだろ?」
降幡「みんなで一緒に帰ろうぜ」
愛奈「……できないよ」
愛奈「人間を滅ぼした後じゃないと、みんなが安心して暮らせない」
愛奈「なるべく、殺さないようにするから」
降幡「くそっ!やるしかねぇのか!」 ポンポン
降幡「ん?なんだ?」
すわわ「ん」
剣を構えたふりりんが、肩を叩かれて振り返ると、扉を指差しているすわわの姿が目に入った。
降幡「行けっていうのか?」
すわわ「うむ」
高槻「私も一緒に?」
すわわ「うむ」
小宮「ここは私たちが相手をします」
すわわ「ありさは寝てていいよ」
小宮「zzz」
降幡「……分かった」
高槻「じゃあ任せるわ」 愛奈「『光は鞭となり敵を排除する』」
愛奈の言葉に連動するように、数本の光の鞭が四人を目掛けて振るわれる。
常人の目では追うこともできないであろうそれは、誰にも当たることなく両断された。
すわわ「うむ」
降幡「この隙に行くぞ!」
高槻「分かってるよ」
愛奈「させない!」
さらに現れた数本の鞭が鋭い音を立ててふりりんへと迫るが、それも届くことはなかった。
キン、と渇いた金属音が鳴るのと同時に、鞭は切断されて霧散してしまう。
愛奈「……っ」
降幡「後は任せたぞ!」
ふりりんと高槻が先へと進み、三年生組だけがこの場に残った。 〜
小林「凄いよヨハちゃん!お城の中にこんな広いところがあるんだ!」
善子『油断したらダメよ、小林』
杏樹「おかしい」
朱夏「何が?」
杏樹「敵の本拠地なのに、今まで何とも遭遇してない」
小林「そっちの方が楽だしいいんじゃない?」
梨香子「楽勝w」
善子『そういうことじゃないのよ、小林』
善子『罠か……もしくは、誰か強い人が待ち構えてるのかもしれないわ』
小林「そうなの!?」
杏樹「……出てきなよ」
小林「え?」
杏樹「そこにいるのは分かってるんだから」 ???「あーあ、気付かれちゃった」
???「やっぱり女狐は鼻が利くんですね」
朱夏「え……?」
杏樹「……」
???「久し振りだね、しゅか」
???「会えるのを凄く楽しみにしてたよ」
朱夏「由佳?なんでここに?」
由佳「そんなの、朱夏がいるからに決まってるでしょ?」
朱夏「いや、決まってはないかな」
由佳「照れなくてもいいよ」
由佳「この世界で、二人でずっと生きて行こう」
由佳「大丈夫。邪魔なやつらはみんな……殺してあげるから!」
杏樹「ちっ!」 突如として現れた巨大な魔槍が、杏樹を目掛けて物凄い速度で投擲される。
即座に反応した杏樹は障壁を展開し、槍を受け止めた。
由佳「へぇ、反応できるんだ……と!」
飛び退いた由佳の足元から氷の槍が無数に伸び出る。
もしもその場にいれば串刺しになっていたであろうが、由佳はそれを笑いながら軽く躱してみせた。
杏樹「しゅかに付き纏うストーカーはここで抹殺してあげる」
由佳「ストーカーはそっちじゃないですか?」
由佳「しゅかに近付いていたのは私だけですから」
小林「しゅかは人気なんだねー」
善子『呑気なこと言ってる場合じゃないわよ、小林』
善子『ここはあんちゃんに任せて、先に進んだ方がいいわ』
小林「うん!」
由佳「……ああ、何処かで見たと思ったら、地元愛の」
小林「え?」
由佳「貴女も、ここで死んでくださいね」 じゃらららと冷たい金属音が鳴り、小林の足が地面へと繋ぎとめられる。
小林「『だ、堕天ーー』」
由佳「残念、遅すぎます」
突如出現した無数の黒槍が、風を切りながら小林へと迫る。
小林「っ、!」
善子『小林!逃げなさーー』
小林は逃げることも出来ず、ただ呆然とその光景を眺めていた。
魔法も間に合わず、回避をすることもできない絶対絶命の状態に、思わず目を瞑ってしまう。
しかし、覚悟していたはずの衝撃は小林へと襲い掛かってこなかった。 小林「あれ……?」
小林が目を開けると、そこには見慣れた背中……杏樹の背中があった。
杏樹の展開した魔法障壁が、あいきゃんを無数の黒槍から守ったのだ。
小林「あ、ありがとう、あんちゃ……」
しかし、小林の言葉はそこで止まってしまう。
ぼたぼたと真っ赤な血が杏樹の腕を伝い、地面を濡らしていく。
杏樹の障壁は確かに由佳の攻撃を防いだのだが、突然のことに展開が遅れ、最初の一本目が杏樹の左腕を貫いたのだ。
その軌道は小林へと向いており、もしも杏樹が庇わなければ、小林の命は無かったかもしれない。
小林「な、なんで……?」
小林「あんちゃんは、私を殺そうとしてた、よね?」
小林「なのに、なんで守ってくれるの?」 杏樹「……別に、あの女の思い通りになるのが許せないだけ」
杏樹「それに……あいきゃんが死んだら、しゅかが悲しむでしょ」
小林「あんちゃん……」
杏樹「先に行って、こいつは私が殺すから」
由佳「あはは、物騒ですね」
由佳「左手がそんな状態なのに、できるんですか?」
杏樹「ちょうどいいハンデでしょ」
由佳「その強気な発言、いつまでできますかね?」
善子『小林、先に行くわよ』
小林「で、でも」
善子『ここにいても、あんちゃんの足を引っ張るだけよ』
小林「……うん」
小林「りきゃこ、行くよ」
梨香子「はいはいw」 〜
魔王「よくぞここまで辿り着いたな」
魔王「だが、貴様らはここで終わりだ!」
降幡「いや、誰だよこいつ!」
高槻「知らねーよ、魔王だろ」
降幡「こういう時って知ってる奴が出てくるんじゃねーのかよ!」
高槻「知るかよ、ゲームじゃあるまいし」
魔王「もう少しで儀式は完成する」
魔王「邪魔はさせんぞ!」
高槻「うっせーな、何が儀式だ」
降幡「あっちの連中はまだ来ないのか」
高槻「みたいだな……いや」
小林「あいあい!かなこ!」 降幡「あいきゃん!」
高槻「おせーよ」
小林「お待たせ!」
小林「あれが魔王なんだね」
善子『ええ、そうよ』
小林「よーし、五人で力を合わせて倒そう!」
高槻「三人しかいねーだろぼけ」
小林「え?」
小林「あれ?りきゃこは!?」
降幡「知るか!」
善子『遊んでる暇はないわよ』
善子『敵は強いわ。気をつけるのよ、小林』
小林「うん!」
降幡「よし、やるぞ!」
高槻「やってやんよ、面倒だけど」 みんな名前漢字なのに一人だけすわわなのがじわじわくる 〜
愛奈「邪魔、するんだね」
すわわ「うむ」
愛奈「なんで?私が間違ってるっていうの?」
すわわ「うむ」
愛奈「魔族のみんなを救うために人間を滅亡させることが、そんなにいけないことなの?」
すわわ「うむ」
愛奈「……分かった」
愛奈「すわわにも、ちょっとだけ痛い目にあってもらう」
愛奈「本気で、行くからね」
すわわ「うむ」 愛奈「『光の矢は高速に飛び敵を貫く』」
矢を象った光の粒子が愛奈の後方から放たれる。
すわわは刀を携えた右腕を鞭のようにしならせ、矢継ぎ早に矢を切り落とし、愛奈へと向かって駆ける。
すわわの狙いは近接戦への移行であり、その狙いに気付いた愛奈は矢の本数を増やすがすわわの歩みを止めることはできない。
愛奈「っ……『光を集めて剣と為せ』」
愛奈が剣を構えたのを見て、すわわは片手で持っていた刀を両手で握り、正面に構えたまま足の速度を速めた。
上段の構えからの強力な振り下ろしと同時の踏み込み。その衝撃により愛奈を中心に床が蜘蛛の巣状に割れるが、それを愛奈はしっかりと受け止めていた。
愛奈「やぁっ!」
剣を弾き返され、体勢を崩したすわわへと斜め方向からの袈裟斬りを放つ。
当たれば致命傷となるであろう剣が、すわわに届くことはなかった。 愛奈「っ!?」
唐突に愛奈の右腕に走る激痛。それと同時に右腕の感覚が全て無くなり、刀が勝手に手から離れてしまったのだ。
愛奈「な、なんで……」
すわわ「ん」
それはすわわが何かをしたことが明白であり、一度距離を取ろうと思考したその一瞬の隙に、すわわが愛奈との距離を詰める。
愛奈「っ!」
咄嗟に左足に力を込め地面を蹴ろうとしたが、また激痛が走るのと同時に力が抜け、そのまま尻餅を付いてしまう。
愛奈「……これが、すわわの力なんだね」
すわわ「うむ」
愛奈「右手と左足……全く感覚がない」
愛奈「やっぱり、強いね」
すわわ「うむ」 すわわは不可視の刃を振り下ろし、相手の神経を斬ることができる。
射程範囲は刀をめいいっぱい伸ばした程ではあり、本当に斬るのではなく、実際には刃を通した先に痛みを与えるだけである。
しかし、その痛みのせいで脳が実際に切られたと認識してしまい、その先の感覚が全て失われてしまうのだ。
また、脳から切られた部分への信号も出なくなるため、自分の意思で動かすことができない。
愛奈「降参……しなさいって?」
すわわ「うむ」
愛奈「……それは、できない」
愛奈「こんなに強いなら、ここで倒しておかないといけないから」
すわわ「んあっ」
意識から外れていた、愛奈の左足による足払いにすわわが体勢を崩す。
すわわから見ればそれはありえないことであるが、愛奈はその隙に立ち上がると、すわわと逆方向へ走っていったのだ。 愛奈「ごめん……もう、手加減してる余裕、ない」
愛奈「『それは牢獄、嘘偽りを全て暴き、裁く者』」
すわわ「ん」
空中に、地面に、壁に、この空間のあらゆる場所に、大小さまざな鏡が出現した。
それは一見すればただ鏡を出しただけのことであり、特に情勢に影響はないように見えるが、すわわはこの技がどれだけ強大であるかを一瞬のうちに判断した。
小宮「まずいですね」
すわわ「うむ」
小宮「加勢しますけど、いいですよね?」
すわわ「うむ」
愛奈「有紗……」 小宮「酷い顔ですね」
愛奈「っ、それが、どうしたの」
小宮「愛奈は笑ってた方がいいと思っただけですよ」
愛奈「……笑い方なんて、忘れた」
梨香子?「じゃあ思い出させてあげるw」
愛奈「え、りきゃーー」
ずがん、と巨大な音と共に愛奈が吹き飛ばされ、地面を転がっていく。
完全な無防備を狙われた愛奈は受け身もとることができず、それを好機と梨香子ーーに変身した小宮が一気に距離を詰めた。
梨香子?「逢田さんぱーんちw」
起き上がろうとしている愛奈へと襲いかかる無慈悲な右ストレート。しかし、その手は愛奈に受け止められ、そのまま体を捻るように力を込められる。
梨香子?「え?w」
空中で一回転し、地面に転がった小宮へと右足が振り下ろされ、間一髪で首を振って躱す。
次の一手の前にすわわが駆けつけ、愛奈は大きく距離を取った。 小宮「不意打ち作戦は失敗ですね」
小宮は他人に変身し、その能力を真似ることができる。
梨香子へと変身し愛奈の隙を作ったところに攻撃を叩き込み、一気に決める作戦であったが、愛奈の立て直しが予想よりも早く、上手く決まらなかった。
愛奈「そうやって、騙すんだよね、人間って」
小宮「これは勝負ですから」
愛奈「……そっか。じゃあ、争いのない世界を作ってあげないと」
愛奈「『集いて弾けろ、裁きの光』」
部屋の中央に出現した巨大な光が、全ての方向へと弾け飛んだ。
小さなレーザー光線のように襲いかかるそれらを、すわわは全て刀で弾き飛ばす。
しかし、それはただそれだけの攻撃ではない。
光は部屋中に出現した鏡から鏡へと乱反射を繰り返し、無数の光線となって全方位からすわわ、小宮へと襲いかかる。 何十、何百、何千、何万、無数の光が襲い掛かるのはほんの一瞬であり、時間にすれば一秒にも満たないであろう。
小宮「……だい、じょうぶ、ですか?」
すわわ「うむ」
いつもと変わらぬ口調、変わらぬ抑揚の返事。
しかし、刀を支えに立ち上がり、着物を血で濡らしている姿を見ればそれが強がりであることがわかるだろう。
小宮もまた、耐えることはできたものの、いくつかの光に肉を抉られ、全身から血を流している。
愛奈「降参して。さもないと……死ぬよ」
それは二人が聞いたことがないほど、冷たい声であった。
愛奈という少女は本来争いもできないほど優しい人であることを二人は知っていた。だからこそ、彼女が普通の状態でないと分かるのだ。
小宮「まだいけますね?」
すわわ「うむ」 愛奈「なにをしても無駄。私には勝てない」
愛奈?「えー?そんなことないわよぉ?」
愛奈「え?」
愛奈?「ふふ、ロック、オーン!」
愛奈「……私に化けたところで、何も変わらない」
愛奈?「すわわ……あのね……私、すわわと……したいな」
すわわ「うむ」
愛奈「っ……ふざけないで!」
愛奈「『集いて弾けろ、裁きの光』」
愛奈?「『集いて弾けろ、裁きの光』」
愛奈「え……?」 光と光がぶつかり合い、お互いに打ち消しあう。
それは愛奈の必殺技が、完全に防がれたことを意味する。
しかし、少なからずの動揺はあるものの、他の技は健在であり、愛奈に悲観の様子はない。
愛奈「それを防いだところで、勝てない」
愛奈?「……戦いたくない」
愛奈「……え?」
愛奈?「本当は、戦いたくなんてない」
愛奈?「みんなを傷付けるなんて、嫌」
愛奈?「でも、私がやらないと、あの子達を救えない」
愛奈?「私は、どうしたら、いいの?」
それはまるで愛奈自身の心を写したような姿であった。そして、それを一番感じるのは愛奈であり、それを振り切るために光の剣を構え、小宮へと迫る。 愛奈「やぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
しかし、その剣は小宮の剣により受け止められた。感情に任せた直情的な攻撃は軌道が読みやすく、簡単に受け止められるのだ。
愛奈?「どうしたらいいのか、分かんない」
愛奈?「魔族のみんなを助けるために、戦わないと」
愛奈?「でも、それでみんなを傷付けるのは、正しいことなの?」
愛奈「やめて……やめてよ!」
それは女優である小宮だからこそできることであった。
内面を理解し、それを全て「愛奈」という人物の心として演じる。
心に蓋をして選択肢から逃げた愛奈に、もう一度、その問いを突き付けたのだ。
愛奈は何がしたいのか、と。 愛奈「私は……私ッ!」
キン、と金属音が響き、愛奈の手から光の剣が弾け飛び、霧散する。
愛奈はその場から動くことをせず、また、反抗する様子もない。
ただ呆然ともう一人の自分と……そして、目の前で刀を構えているすわわへと視線を向ける。
それを見る愛奈の瞳に宿っていたのは、諦めと、そして救いであった。
死して幕を閉じれば、もう迷う必要はないからと、全てを受け入れるように目を閉じる。
しかし、覚悟したはずの痛みは何も襲ってこなかった。
代わりに、自分を抱きしめる温かい感触に、愛奈は気付く。
愛奈「すわ……わ?」
すわわ「うむ」
愛奈「慰めて、くれてるの?」
すわわ「うむ」
愛奈「っ……!」 愛奈「どうしたら、いいの」
愛奈「私は、どうしたら、いいの?」
愛奈「分からないよ、決められないよ」
愛奈「だって、みんな大切で、みんなに幸せになって欲しいんだもん!」
愛奈「それなのに、片方なんて、そんな、の、」
小宮「……馬鹿」
愛奈「っ……」
小宮「そういう時こそ、頼るのが仲間でしょう」
愛奈「ぅっ、っ、ぁ、」
小宮「一緒に考えてあげるから、全部吐き出しなさい」
小宮「大丈夫、ちゃんと受け止めてあげますから」
大切な人達に抱きしめられながら、愛奈は泣き噦り、心の本音を吐露した。 〜
朱夏「やめてよ二人とも!」
朱夏「戦う必要なんてないじゃん!」
由佳「ううん、これは必要なの」
由佳「私の思い描く世界に……そこの女は邪魔だから」
杏樹「そこだけは気が合うね」
杏樹「私も、邪魔者は葬りたいと思ってたんだ」
由佳「申し訳ないですけど、命乞いは聞きませんよ」
杏樹「するのはどっちだろうね」 話は終わりだと言わんばかりに、杏樹は両手を前に出し、前羽の構えを取る。
これは相手の攻撃に備える防御の構えであるが、左手の負傷、杏樹の魔法のことを考えればこれが最善であるだろう。
杏樹「『火球(ファイアーボール)』!」
巨大な火の玉が由佳を目掛けて真っ直ぐに放たれるが、由佳はたいした反応を見せることもなく槍で払ってみせた。
由佳「こんな魔法しか使えないんですか……っ!?」
由佳の言葉が驚きに彩られる。それも当然だろう、火の玉を払いのけたと思えば、その先に杏樹が迫っていたのだから。
杏樹「しっ!」
由佳が辛うじて体勢を逸らすことで、胸を抉り抜こうとした杏樹の四本貫手は肩を掠めるだけですんだが、肩の肉が抉られ、傷口から血が飛び散った。
由佳「小賢しい真似を!」
杏樹を突き放すために、右手で掴んでいた槍を薙ぎ払おうとした由佳は、がちゃりという金属音に気付く。 由佳「ちっ!」
杏樹の魔法により鎖に絡め取られた槍を捨て、すぐさま距離を取ろうとする由佳だが、杏樹を振り切る事ができない。
目を潰すよう放たれた貫手を躱しながら、次の一手を考える。
由佳「鬱陶しいッ!」
由佳の右足の蹴り上げを左足で抑えて止めた杏樹は、好機とばかりに右手を振るう。
狙うは由佳の瞳。目潰しを狙った貫手では躱されてしまうことがほとんどであるため、杏樹は手刀による擦りを狙った。
由佳「調子にのるなっ!」
杏樹「甘い」
なんとか手刀を回避した由佳は反撃のために左手に槍を出現させ、正面への杏樹へと繰り出す。
しかし、杏樹は穂先へと手を添え力を込める事で、その軌道を自分から逸らしてしまう。 強力な力を身に付けたとしても、使いこなせなければ意味がない。
それを見せつけるかのように杏樹は由佳の攻撃を全て受け流していく。
杏樹「りゃぁっ!」
由佳「がっ!?」
そして、できた隙を見逃さず、その体へと右足を鋭く蹴り上げ、由佳の体は空中へと舞った。
杏樹「これが経験の差」
杏樹「分かったら、おとなしく死んで」
杏樹の振りかぶった右手に真っ赤な焔が宿る。
その狙う先は当然無防備に空を舞う由佳であり、杏樹は思い切り地面を蹴り上げ、由佳の後を追った。
杏樹「さようなら」
由佳「……ええ、さようなら」 杏樹「がぁっ!?」
突如身体中を走る電撃に、杏樹の体が強張り、空中に貼り付けにされる。
気付けば、杏樹を取り囲むように出現した槍から、強力な電撃が発せられていたのだ。
由佳「あはは、待ち構えてたのになんの仕掛けもしてないと思いましたか?」
由佳「ちゃーんと罠を仕掛けておいたんですよ」
杏樹「ちっ!」
由佳「残念、私の方が早いです」
防御魔法を展開しようとした杏樹だが、電撃のせいで反応が遅れてしまった。
その一瞬の差に、由佳が禍々しいほどの黒炎を纏わせた黒槍を身動きの取れない杏樹へと叩き込む。 杏樹に防御する手段は無く、由佳の攻撃を食らい、その衝撃で奥の壁へと叩き付けられ、巨大な破砕音を立てる。
由佳は追い討ちをせず、ただその光景を眺めていた。
なぜなら、追い討ちの必要がないと分かっていたからだ。
煙が無くなると、そこには杏樹が壁に背を預けるように座っていた。
いや、それは座るというよりも、もたれ掛かるという方が合っているのだろうか、杏樹の体には力が入っておらず、両腕がだらりと下げられている。
そして何より、杏樹の体の真ん中には、槍で貫かれたせいか、大きな風穴が開いていた。
由佳「……ふふ」
由佳「さようなら、杏樹さん」 朱夏「あんじゅ……?」
朱夏「嘘でしょ、ねぇ」
朱夏「あんじゅ!」
駆け寄った朱夏が杏樹へと呼び掛けるが、反応は帰って来ない。
ただただ赤い血溜まりだけが、ゆっくりと地面を濡らしながら広がっていく。
由佳「やっと殺せたよ、その女」
由佳「やっと二人きりになれたね」
朱夏「……い」
由佳「どうしたの?ほら、こっちに来てよ」
朱夏「……さない」
由佳「え?」
朱夏「絶対に許さないよ、ゆか」
由佳「……しゅか?」 立ち上がった朱夏の右手には、いつの間にか大剣が握られていた。
本来であれば両手持ちであり、持ち上げるのにも苦労するはずであろうその剣を、朱夏はやすやすと持ち上げ、由佳へと剣先を向ける。
由佳「待って、どうして?」
由佳「そいつがいなくなって、しゅかも嬉しいでしょ?」
由佳「付き纏われて迷惑してたの、知ってるんだよ」
朱夏「嬉しくなんかない」
朱夏「あんじゅは、私の大切な人」
朱夏「例えゆかでも、あんじゅを傷付ける奴は許さない!」
突如として悪寒に襲われた由佳は、迷わずに地面を蹴り後ろへと下がる。
その由佳の眼前には、横薙ぎにされた大剣が見えた。 由佳「速い……!」
慌てて体勢を立て直そうと由佳が槍を構えると同時に、朱夏が大剣を振り下ろす。
槍を交互させ穂先で受け止めようとするが、その重量と勢いを受け止めることができず、由佳は即座に右へと回避行動をとる。
その回避行動を見た朱夏は即座に左手を振りかぶる。
由佳はその左拳による強打を受け止め、体勢を崩して取り押さえようと一瞬のうちに考えるが、朱夏の左拳を右手で受け止めきることができず、その勢いのまま床を転がることになった。
由佳「……そうだったね、しゅかは力が強かったもんね」
朱夏「…………」
朱夏の強さは、圧倒的な力と速さ、ただそれだけである。
だからこそ由佳は朱夏の動きを止める方法を考えるが、その速さ故に罠に掛けることが難しい。 由佳「いいよ、やろうか、久しぶりに……本気の喧嘩」
このままでは殺されると考えた由佳は、自分の甘い感情を切り捨てる。
そこには本気でやっても朱夏は死なないであろう、という一種の信頼もあり、全力を持って戦闘に応じるつもりだ。
由佳「ふッ!」
弾丸のように直線上を駆け、朱夏へと槍を繰り出す。
その突撃に合わせ、朱夏は振りかぶった大剣をそのまま振り下ろした。
由佳「そこッ!」
乾いた金属音が鳴り響き、朱夏の手足へと鎖が絡み付き拘束をしようとするが、朱夏は特に気にした様子もなく、鎖ごと腕を振り下ろす。
由佳「なっ!?」
大剣はそのまま由佳を両断……したかに見えた。
しかし大剣はただ地面を砕いただけであり、由佳の姿はそこにはない。
由佳は踏み込みの瞬間に合わせ左に高速で飛んでおり、大剣を躱したのだ。
そして、その隙を見逃さず、朱夏の肩を目掛け槍を振るう。 だが、それも朱夏には通じない。
朱夏は右手で槍の先端を掴むと、そのままボールを投げるように肩を回し、槍ごと由佳を地面へと叩き付けた。
由佳がまずいと思った時には遅く、その無防備となったお腹を思い切り蹴りあげられる。
由佳は腹が千切れそうな痛みに意識を飛ばさないようにしながら、朱夏から視線を外さない。
この無防備な姿を晒せば、杏樹同様追撃をすると由佳は考え、その通りに朱夏は動く。
地面を蹴り上げ、大剣を振り上げながら空を舞う。
その無防備となった朱夏へと、電撃が襲い掛かる。
朱夏「……っ!」
だが、朱夏は止まらない。
電撃に拘束されることもなく、真っ直ぐに由佳へと向かってくる。
その姿を、由佳は悲しい瞳で見つめていた。
由佳「……使いたく、無かったんだけどな」 由佳「『絶槍の処女』」
朱夏「!?」
巨大な鋼鉄の球体が、朱夏を中心とするように部屋の中央に出現する。
その壁には伝説から粗悪品であろう、全種類の槍が埋め込まれていた。
由佳「ごめんね、朱夏」
由佳「多分、死ぬと思う」
由佳「その時は、ちゃんと私も後を追うから」
球体が少しずつ小さく縮んでいき、それに合わせるように様々な槍から魔法が飛び交う。
雷、炎、風、氷、水、土、闇、光、伝説として記された力が朱夏目掛けて振るわれながら、大量の槍が迫る。
無論、空中にいる朱夏にはそれを避ける術などない。
無数の魔法を内部で起こしながら球体は縮んで行き、そして、人の大きさになるところで停止した。 由佳「殺し、ちゃったかな」
由佳「……あれ、なんで、私、こんな」
ばきり、と何かを砕く音が由佳の言葉を遮る。
それは球体から発せられた音だ。
球体の一部が割れ、そこから赤い雫が垂れている。
本来であればこの球体が割れることはないはずであり、それは即ち、何か異常自体が起こっているというこであろう。
由佳「……うそ」
その球体から出てきたのは、全身を血塗れにした朱夏であった。
全身に傷を作りながらも、致命傷は追っていない。
由佳「っ!」
由佳が反応するよりも先に、朱夏の拳が、由佳の顔面を捉えた。 二発目、三発目、四発目、防御が間に合わず何度も拳を貰い、最後に胸を打たれ、由佳は壁に激突しそのまま座り込んでしまう。
胸を抉る衝撃に肺から空気が吐き出され、身体中が痙攣を起こす。
由佳「あ、はは……強いね、しゅか」
朱夏「何か、言い残すことはある?」
由佳「……ないよ。しゅかが生きてて、良かった」
朱夏「自分で殺そうとしたのに?」
由佳「……うん。なんでだろうね、絶対に使わないって思ってたのに」
由佳「こっちの世界に来て、私もおかしくなっちゃったのかな」
朱夏「ゆか……」
由佳「ああ……ごめんね。いいよ、殺しても。抵抗はしないからさ」
朱夏「……そんなことしないよ。ゆかは、私の大切な親友だもん」
由佳「……親友、かぁ」 朱夏「杏樹、大丈夫?」
朱夏は由佳から離れると、杏樹の所へと急ぐ。
朱夏「っ……誰か、治してくれそうな人のところに連れて行かないと」
何も答えない杏樹を腕に抱きかかえ、朱夏は通路を進もうとする。
朱夏は回復魔法を使うことができず、そのため杏樹を回復させるには他の誰かの力が必要になる。
小林はよくわからない魔法をたくさん使っており、もしかすると回復もできるんじゃないかと、先の道へ行くことを朱夏は選択したのだ。
由佳「ねぇ」
朱夏「何?」
由佳「止め、刺さなくていいの?」
朱夏「必要ないでしょ」
由佳「……そうだね。さっきから、体が全然動かないもん」
朱夏「……じゃあ、先に行くから」
由佳「待って」
由佳「もし、さ」
由佳「私がその人に殺されてたら、朱夏は怒ってくれた?」
朱夏「……怒らないよ」
由佳「……そっか。やっぱり、その人の方が大切ーー」
朱夏「だって、杏樹はゆかを殺したりしないから」
朱夏「そうしたら私が悲しむって、知ってるんだよ、杏樹は」
由佳「……あはは、そう、なんだ」
由佳「……負けた、なぁ」 朱夏「あんじゅ、大丈夫だよ」
朱夏「もうすぐあいきゃんが治してくれるからさ」
朱夏「だからもう少しだけ頑張って」
朱夏「大丈夫……大丈夫だから」
杏樹「……しゅ、か」
朱夏「あんじゅ!」
杏樹「ごめ、ん……しゅか、きず、つい、て、」
朱夏「そんなのどうでもいい」
朱夏「それより、自分に回復魔法は使えないの?」
杏樹「……まりょく、たりない」
朱夏「どうやったらその魔力は回復するの?」
朱夏「私にできることはある?」
杏樹「…………」ボソッ
朱夏「……っ」
朱夏「……緊急事態だから、だよ」
朱夏「これで治らなかったら、怒るからね」
朱夏「……あんじゅ」 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています