>>153
ヒュームの規範論理は関係無い、と説明したはずだね
価値観によっては重度障害者を食ってもよい、とするならば、当然それは「普遍的な正邪判断」の基準たる倫理ではないので尚更ヒュームは援用できない
「倫理」の意味を理解しないままのキミがこのハナシをする意味が無い

> 近年ドーキンス等は大型類人猿とヒトの混血可能性や、混血種が過去にいた事を理由に連続性を言ってるが、種差別撤廃主張者含めて大勢が賛同してるよw

>その子孫を作ることができるかどうかという連続性に伴って「苦痛という概念」の連続があったかどうかは不明では?

そうではない、という証明もまた不可能なので、キミはそれを否定する事も出来ない
血縁となれるのに何故、苦痛の概念だけが連続しないのか?説明できるか?
そして「植物の苦痛」を否定出来ないならば、尚更自動的に動物の苦痛を根拠に同じ動物という枠組みに入るヒトとの連続性を否定できない、という事になる

ガバガバ過ぎてそこらのひよっこveganにも言い負かされて終わりだね

>>154
> 同じ人間であっても、それが知的障害者だったりすると「苦痛という概念」ではなく「社会的理由」を適用しなければならない、というのは

>さっき書いたけど、それは[「苦痛という概念」の有無を線引きの条件とする人]に言う筋の話だね

キミは「苦痛という概念はヒトにだけ有り、動物には無い」と言ってる
今更それは時分の線引きでは無い、と言ってもハナシにならないね

>俺が食うか食わないかの線引きをする条件は極めて恣意的だよ

「倫理」のハナシなので、キミ自身が食うかどうかの基準に関しては一切関係が無い