先月下旬に国際シンポジウムに招かれ、30年ぶりにベルリンを訪れた。以前と変わらぬ落ち着いたたたずまいだったが、ブランデンブルク門近くのホロコースト記念碑が目新しかった。統一ドイツの良心の証しとして2005年に新設され、無数の棺のオブジェが「歴史認識は古くて新しい問題である」と語りかけてきた。で、東京に戻って、それを痛感させられた。

 安倍首相が韓国に対し、徴用工問題の仕返しとばかりに、輸出規制を発令した。「事実に反し、危険」(韓国・李洛淵首相)と韓国側を緊張させている。「トランプの真似」(ウォールストリート・ジャーナル紙)と報じられたが、日本への貿易赤字解消要求を参院選後に先延ばししたトランプ大統領もビックリ苦笑いだろう。

 なぜなら、安倍首相は先日の大阪G20でホスト国として「自由、公平、無差別な貿易の実現」を掲げたばかりで、まったく言動が一致しない。なぜ、この時期に発令かというと、それはもう参院選の政治利用しか考えられない。「韓国けしからん」の反韓世論に向けて勇ましさを見せたいのだろう。

 参院選といえば、桜井よしこ国家基本問題研究所理事長が先月、新潟に入り、「安倍忖度道路」発言で国交副大臣を更迭された自民党候補の応援演説に立った。新潟入りは「安倍首相直々の要請」だそうで、「横田めぐみさんの1学年先輩。立派な人」と拉致問題を強調していた。安倍首相も公示日翌日の7月5日に新潟入りして、問題候補が拉致問題で頑張っていると持ち上げていた。拉致問題を「忖度発言」の免罪符に利用しようという魂胆にも開いた口がふさがらない。蓮池薫さんのお兄さんが、同候補のことを「めぐみさんの同窓であること以外、何もしていません」と批判していたが、一切お構いなしだ。

 安倍首相が桜井氏らと共に拉致問題に関わって以来、その免罪符的な利用は常態化している。「拉致は主権侵害」と被害者意識を高ぶらせている。主権侵害の加害者であった過去のことなど、どこへやらである。これは、ネオナチの「ホロコーストはなかった」を彷彿させる心理的プロセスである。

「歴史問題でいつまで謝らなければならないのか」と、反省どころか、ますます攻勢に転じる安倍首相。反韓世論を煽り、過信した経済力にモノをいわせて韓国を黙らせる腹積もりでいるが、それは、せっかく互恵主義で発展した日韓の市場を失う泥沼に足を踏み入れる天下の愚策である。

 (作家・河信基)

日刊ゲンダイ
19/07/14 06:00
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/258327/