トランプ米大統領のこのことばを、安倍晋三首相はどんな気持ちで聞いたのだろうか。

 先週のホワイトハウスでの記者会見で、北朝鮮との緊張緩和を理由に「安倍首相からノーベル平和賞に推薦された」と明らかにした。

 トランプ氏によれば、安倍首相からノーベル賞委員会に送った5ページの書簡の写しを渡され、「日本を代表して、謹んであなたを推薦した」と伝えられたという。

 推薦理由についてトランプ氏は「日本上空をロケットやミサイルが飛ばなくなり、警報も鳴らなくなったからだ。日本国民は安心を感じている。私のおかげだ」と語った。

トランプ氏は今月末、北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長と再会談する。発言は会談の見通しに関する質問への答えの中で飛び出した。

 北朝鮮政策はうまくいっているとアピールする狙いがあるのだろう。だが、候補者や推薦者は50年間は秘密にする規則があり、発言は道義にもとる。首相はきのうの国会答弁で「コメントは控える」と述べつつ、否定はしなかった。

 それにしても、日本国民はトランプ氏が言うように、安全を実感し、喜んでいるのだろうか。

 昨年6月の米朝首脳会談では、金氏が非核化の意思を示し、トランプ氏が安全の保証を約束した。確かに米朝間に緊張緩和は生まれた。

 しかし、合意には日本に脅威となる核兵器や短・中距離弾道ミサイルの廃棄は明記されなかった。

 会談後の記者会見では米韓軍事演習の中止や将来的な在韓米軍の撤収に言及した。日本の安全保障に影響を与えかねず、日本政府は慌てた。

 その後の8カ月を振り返っても、非核化は進まず、朝鮮半島情勢が安定に向かっているとは言いがたい。

 日本国民は、口先だけの安定を強調するトランプ氏に、むしろ不安を募らせているのが実情だろう。

 平和賞候補に推薦されたのを自慢するのであれば、次回の米朝首脳会談で、核・ミサイルを廃棄させ、敵対関係を緩和し、地域や世界に安定をもたらす合意につなげるべきだ。

 日本政府もトランプ氏の機嫌を取るだけではなく、具体的な進展に向けて後押しし、安易な妥協をしないようクギを刺す必要がある。

毎日新聞
2019年2月19日 東京朝刊
https://mainichi.jp/articles/20190219/ddm/005/070/100000c