せつ菜「桜舞い散るあの日の勇気をもう一度」
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しずせつ
卒業後のお話です
その辺を気にしない方向け 先輩女優「しずくちゃんは居ないの?」
しずく「…いませんよ」
先輩女優「そっかぁ。ていうかそういう話全然聞かないけど、興味ないの?」
しずく「まぁ、そうですね。それより今は女優として頑張らないと」
先輩女優「…うん、やっぱりだめ」
しずく「えっ」
先輩女優「勝手に恋人作ったら許さないよ。私の認めた人にしかしずくちゃんはやらん」
しずく「せ、先輩?」
先輩女優「こんな可愛くて健気な子、そこらの人には勿体ない」
しずく「何言ってるんですか…」
先輩女優「あははは」
しずく「……」 しずく「…はぁ」
しずく(寒い…もう、今年も終わりかぁ…)
―――クリスマスはもう終わったけれど
―――街中ではまだ多くの人が仲睦まじく歩いている姿が目に入る
―――各々残り少ない今年を楽しみたいのかな
しずく(…なんか空しい)
しずく(…いや、別にいいけど。今は演劇のほうが大事)
―――そう、言い聞かせているのに
女性A「……」〜♪
女性B「お待たせ」ポンポン
女性A「あ、やっと来た」
女性B「ごめんごめん。何聞いてるの?」
女性A「もちろん優木せつ菜の曲だよ」
―――考えないようにしてるのに
―――未だに唐突に耳に入る、その名前に心がざわつく 女性B「ホント好きだね。もう引退して、えーっと8か月か、経つのに」
女性A「なんでやめちゃったの…たった3年で…」
女性B「まだ引きずってんの…」
女性A「…私がおかしいみたいに言うけど、あなたのほうがおかしいんだからね?」
女性A「せつ菜ちゃんの人気は国民的どころか世界的だったんだから!」
女性B「はいはい。分かってますよ。FC会員番号1桁さんはすごいなぁ」
女性A「それ言うのやめてって言ってるよね?これはもう今日は家でライブ鑑賞会の刑ね」
女性B「はぁ…まぁいいけど」
女性A「え…冗談なのにいいの?」
女性B「…まぁ、いいよ。あんたと一緒なら」
女性A「…ふ、ふーん…」
しずく「……」
しずく(…せつ菜、さん…)
――――
―――
―― 『ごめんなさい、私…』
・
・
・
しずく「っ……!」ハッ
しずく「……」
しずく(またあの時の夢…)
―――忘れたくても忘れられない記憶
―――どこかで名前を聞くたびに必ず夢に現れる
しずく(うたた寝しちゃってた…?)チラッ
―――時計は0時を回ったばかりを指している
しずく(……はぁ、ちゃんと寝ないと疲れが残っちゃう)
しずく(……おやすみなさい) 翌日
しずく「おはようございます」
監督「あー、桜坂さん。ちょっとこっち来て」
しずく「?、はい」テクテク
しずく「何かありました?」
監督「いやね…最近のあなたのことなんだけど」
しずく「はい」
監督「演技してるときの様子がなんか引っ掛かって。大丈夫かなと思って」
しずく「えっと…大丈夫、とは…?」
監督「なんだろう…疲れてる?」
しずく「え…いえ、そんなことありませんけど…」
監督「んー、なんか完璧過ぎるっていうか」
監督「ていうか、台本通り過ぎて逆に違和感ある…って伝わる?」
しずく「…?」
監督「…んー、難しいか。ま、いいや。とりあえず今日もよろしくね」
しずく「あ、はい。失礼します」ペコリ ガチャ
先輩女優「おはようございまーす」
監督「おはよう。ちょっといい?」
先輩女優「はい。なんですか?」
監督「あのね、……のことなんだけど―――」
先輩女優「!…え、…が?」
監督「うん…―――、だから―――」
先輩女優「……、…。」
しずく「……」
しずく(台本通り過ぎて…?良いこと、ではなく多分悪い意味っぽいけど…)
しずく(……)
しずく(一応ダメ出し、されたのかな…でも完璧だって…)
しずく(……よく分からないよ…)
・
・
・ 稽古終了後
先輩女優「ねぇしずくちゃん」
しずく「はい」
先輩女優「この後時間空いてたりする?」
しずく「え?」
先輩女優「もし良かったらご飯でも行こうよ」
しずく「……」キョトン
先輩女優「たまには先輩に付き合って?」
しずく「……まぁ、構いませんけど」
先輩女優「よし来た。実はお店予約してあるんだ」
しずく「…ふふ、私が断ったらどうしてたんですか?」
先輩女優「そりゃあ二人で予約したのにお一人様ご案内になってただけよ…」
しずく「先輩にそんな恥はかかせられませんね」クスッ
先輩女優「そうだよ?頼むよ後輩ちゃん」
しずく「はいはい」 レストラン 個室席
先輩女優「それじゃ、乾杯しましょうか」カチン
しずく「はい」コツン
先輩女優「しずくちゃんとこうして食事するの初めてかもね」
しずく「…そうですね」
先輩女優「……」
しずく(…?)
しずく「先輩…?」
先輩女優「……」
しずく「…あの…?」
先輩女優「あー、うんとね…最近、どう?」
しずく「え…と?」
先輩女優「んー…元気?っていうか、どんな感じなのかなって」
しずく「どうもなにも、毎日稽古ですけど…先輩も一緒ですよね?」
先輩女優「いや、ま、そうなんだけど…」アハハ
しずく「…?」
先輩女優「……はぁ、やめやめ。回りくどいの苦手」
しずく「へ?」 先輩女優「単刀直入に聞くわ。最近…いえ、ここしばらくずっと、どうしたの?」
しずく「……え?」ドキッ
しずく「何言ってるんですか急に」
先輩女優「おかしいなとは思ってたんだよね」
先輩女優「演技自体は完璧だったから最初は問題ないのかと思ったんだけど…」
先輩女優「それにしても、ね。なんだろ…うーん」
先輩女優「私も上手く言えないんだけどさ、どこか変なんだよ。違和感があるというかさ」
先輩女優「入団したての頃はもっと…」
しずく「……」
先輩女優「…ごめん、これは忘れて」
先輩女優「とにかく、何かあったんじゃないの?」
しずく(…監督に言われたことと同じ…でも、私自身よく分からないのに…)
しずく「…気のせいです」
先輩女優「…本当に?」 ―――無言の時間が流れる
―――その沈黙に耐えきれず口を開く
しずく「…まぁ、何もなかったと言えばウソですけど」
しずく(そもそも1年も前の話だし…)
しずく「今はもう大丈夫なので心配は無用です」
先輩女優「………そっか」
しずく「……」
先輩女優「はぁー…まぁいいや。ならこの話はやめよっか…」
しずく「すみません、なんだか気を遣っていただいて…」
先輩女優「良いよ良いよ。可愛い後輩のためだしね」
しずく「押しつけがましいですね」グビッ
先輩女優「えぇ、急に辛辣…酔ってない?」
しずく「…酔ってませんよ」
先輩女優「…ほんとかねぇ」ゴクッ
・
・
・ 先輩女優「じゃ、またね〜」フラフラ
しずく「…酔ってるのは先輩じゃないですか」
しずく「ちゃんと帰れるんですか?」
先輩女優「そんなに酔ってないって、あはは」
しずく「……」
先輩女優「大丈夫だって。あたしのことはいいの」
先輩女優「……意味わかるよね」
―――見透かされてる
―――でも、仕方ないんだもの。どうしようもないんだもの
しずく「…そう、ですか」
先輩女優「んじゃ、また明日もがんばろー」
しずく「はい、おやすみなさい」ペコ
しずく(私はタクシーで帰ろうかな) しずく家前
運転手「…お客さん」
しずく「……」
運転手「お客さん、起きてください。着きましたよ」
しずく「ん…あっ…ありがとうございます」
しずく「…えっと、これで…」
運転手「はい、どうも。お疲れ様」
しずく「…」ペコッ
バタン
ブーン…
しずく(……はぁ)
しずく(…やっぱり疲れてるのかな、私…)
ガチャガチャ
カチャン
バタン ・・・・・・
せつ菜『もう、誰かのものになることはできないんです』
・・・・・・
しずく「……」ゴソゴソ
トサッ
ガサガサ
しずく(……またあの夢を見せるなんて酷いな、私の脳は)ペラッ
―――せつ菜さんから届いた手紙を取り出す
―――会えなくても、直接話せなくても、これがあるから私は今まで頑張れた
―――なのに、そのつながりも絶たれて
―――姿を見ることもできなくなって
―――私に残されたのはせつ菜さんと交わせたこの短いやり取りだけ
―――時々見返すと少しだけ私に元気をくれて
―――その分現状との差で寂しさを増幅させる ・・・・・・
『しずくさん
お手紙ありがとうございます
私は早速毎日レッスンに収録に、忙し過ぎていきなりめげそうです!
なんて言ったらいろんな人に怒られちゃいますね
またこれからも、できるだけお返事は返せるように頑張ります!
あ、この手紙内緒ですからね!誰にも言ってはいけませんよ!』
・・・・・・
しずく(初めてせつ菜さんから手紙が届いた時は本当に嬉しかった)
しずく(連絡は取れないと聞かされて)
しずく(私から一方的に送るだけだと思っていたから)
・・・・・・
『しずくさん
女優になる夢は叶いそうですか?ずっと応援してますからね
なかなか言えないこともあるかも知れませんが
私もあなたの最初のファンなんですから!』
・・・・・・
しずく(ファンレターは事務所のチェックが入るだろうからあまり詳しく書けない)
しずく(そんな私の事も察してくれているようで)
しずく(短いながらも、忙しい合間を縫って) ・・・・・・
『私ついに、ファーストワンマンライブ決まりました!
不安半分、期待半分ですけど
…関係者枠として1枚、チケットを同封しておきます
もしよかったら観に来てほしいです…
来れたらで構いませんから…』
・・・・・・
しずく(…行かないわけないじゃないですか、って思ったっけ)
しずく(そして…)
・・・・・・
『私、次のデビュー記念日に引退します
ごめんなさい』
・・・・・・
しずく(何の前触れもなく突然言い渡されたこれ)
しずく(はっきり言って心が不安定でどうにかなりそうだった)
しずく(ラストライブのチケットが同封されていて)
しずく(そのせいで嘘ではないと認めざるを得なかった) しずく(でも、少しだけ期待してしまった)
しずく(せつ菜さんはアイドルになるから私と付き合えないって言った)
しずく(だったらアイドルをやめるなら…って)
―――そう思って、引退して8か月が過ぎた
―――期待した分だけ私は絶望した
―――現実は、ただせつ菜さんの姿を見ることができなくなっただけ
しずく(やっぱり会いたいよ…せつ菜さん…どうして…?)ウルッ
しずく(私からは連絡手段がない。せめて手紙をくれても…)
しずく(それとももう私の事…好きじゃなくて…)
しずく(…っ、そ、そんなこと…ない…)
―――根拠のない否定 しずく(だって、こんなに手紙くれたし)
―――送ったのはいつも私からだけど
しずく(そんなの、きっと送ってくれるのだって簡単じゃないから)
―――今なら送れるよね?
―――なんで何も連絡が無いの?
―――そもそもどうして突然やめたの?
―――私の事が好きで、でも私よりアイドルを選んで
しずく(そのアイドルよりも、選びたいものができて…?)
しずく(本当に、私の事が好きだったの?…実は、私を傷つけない嘘で…)
しずく(っ…馬鹿…)
―――最低な自分に気付いて必死に思考を停止させる
―――自分とせつ菜さん、両方を侮辱する救えない私 ―――なのに
しずく(助けて…お願い、せつ菜さん…)
―――醜く救いを求める
―――神様でもなんでもいい
―――私は…
しずく(せつ菜さんが欲しい…)
しずく(誰のものにもならないならそれでもよかった)
しずく(その中で少しだけ特別になれていた私は、それでも満足だった)
しずく(でも、誰かのところになんて行かないで…)
しずく(私を、一人にしないでよ…)グス…
―――これだから嫌なんだ
―――こうなるから、演劇の事しか考えたくないんだ
―――今日はよく眠れそうにない
―――眠れない夜は本当に長い。嫌い。 数日後
しずく「―――!」
劇団員A「―――、―――」
監督「……」
監督(やっぱり…)ジー
劇団員B「最近、桜坂さんなんか調子悪そうじゃない?」ヒソヒソ
劇団員C「…そう?普通、っていうかむしろ力入ってると思うけど」
劇団員B「いや、そうなんだけどなんか…入れすぎて桜坂さんらしさが無い」
劇団員C「それはなんかわかるかも…」
監督(他の人も気付いてくるレベルで…)
先輩女優「この間話してみたんですけどね…あれはダメですよ」
先輩女優「話してくれる気はないですね」
監督「そう…」
監督「仕方ない…劇団長、ちょっと…」ヒソヒソ
劇団長「え……、いや、そうですね…分かりました」 しずく「え……休めってことですか?」
劇団長「これは監督と私の判断」
劇団長「もちろん降板させたいわけじゃないよ」
しずく「……」
劇団長「でも今のあなたの役はあなただから任せたの」
劇団長「桜坂しずくにやってほしいの」
劇団長「ちょっと厳しい言い方をするとね」
劇団長「今のままだとまるで精密機械に覚えさせた演技を見てるみたい」
しずく「…っ」
劇団長「そんな演技ならあなたでなくてもできる」
しずく「……」
劇団長「……ごめん。でも、それだけ私はあなたの事を買ってるの」
劇団長「桜坂しずくの演技力はこんなものじゃないって知ってるからこそ」
劇団長「ごめんね…嫌な言い方しちゃって」
しずく「いえ…監督も、先輩も、同じような事言ってましたから…」 劇団長「あなたが何故そんな状態になってしまったのかは聞かないけれど」
劇団長「それ、どうにかできる?」
しずく(これは…できるできないじゃない、やらないと…でも…)
劇団長「稽古のほうはギリギリまで気にしないでいいよ」
劇団長「あなたでなくてもできるっていうのは今のままならってだけで」
劇団長「代役を用意したって私の望んだ役にはならないし、する気もない」
劇団長「私は90点を100点にしたい。それができるのはあなただけなの」
しずく「…分かりました」
劇団長「…大丈夫?」
しずく「…はい、多分…」
劇団長「何かあれば何でも言ってよ?みんなも私も相談くらい乗るから」
しずく「…ありがとうございます」
――――
―――
―― トボトボ
しずく(……)
しずく(多分…?何言ってるの私…)
しずく(どうにかなんてできるわけない…)
しずく(手を抜いてるつもりはない。機械みたいだと言われたって、よく分からない)
しずく(私は真剣に自分の役がどういう人物かを考えて、演じているつもり)
しずく(でも言えなかった…期待を裏切りたくない気持ちもあるけれど)
しずく(もしできないなんて言ったら…私はどうなるの…?)
しずく(もう私には演劇しかないのに…)
しずく(…演劇の事を考えてないと、おかしくなりそうなのに)
しずく(それも奪われてしまったら…)
カチャカチャ
しずく(…あ、しまっ…)ポロッ
カラン…
―――震える手で挿し込もうとした鍵を落とし
しずく(…私は今、何ならできるの…?どうしたらいいの…?)ポロ…
しずく(…せつ菜さん…もう私、耐えられないよ…)ポロポロ
―――拾った代わりに、涙が落ちた 「もう、泣くほど辛いなら相談してよね」
「昔からそういうところありますから」
しずく「え…?」クルッ
―――不意に聞き覚えのある声で話しかけられる
―――顔を向けると…
侑「こんばんは」
かすみ「やほ、しず子」
しずく「…侑さん、かすみさん」
しずく「…どうしたんですか?」
侑「そりゃあ困ってる友達を助けに来たんだよ」
かすみ「ふふふ、驚かないでよ?」グイッ
しずく「…?」 「わ、ちょ、ちょっと…」
―――二人以外にも誰かいる
―――暗くてよく見えない人が、かすみさんに引っ張られて…
しずく「…………ぇ」ポロ
―――信じられない光景に気を取られ
―――私は再び鍵を落としてしまう
せつ菜「…こ、こんばんは」
しずく「――――」
侑「しずくちゃんが見てられないくらい酷かったから勝手にさせてもらったよ」
かすみ「まったく、変わってないねしず子も」
かすみ「それにしても大変だったんだからね?」
かすみ「せつ菜先輩探すのも、連れてくるのも一苦労どころじゃないよ」
侑「まぁまぁ、そう言いながら一番頑張ったのかすみちゃんだけどね」
かすみ「…当たり前ですよ。親友が泣いてるんですから」
侑「いろんな関係者に話を聞いて、頭下げて、なんとか見つけたんだ」
かすみ「まぁこのご時世完璧に姿をくらませるなんて無理な話ですよってね」
せつ菜「……」 ―――訳が分からない
―――何も言えない。何も考えられない
―――どういう状況なの…?
かすみ「…何してるんですかせつ菜先輩。早く抱きしめてあげてくださいよ」
せつ菜「い、いや、できませんよ、何言ってるんですか」
侑「それはこっちのセリフだよ。しずくちゃんを助けられるのはせつ菜ちゃんだけなんだよ」
せつ菜「いえ、でも、わ、私は…」オロオロ
かすみ「目の前のしず子見えないんですか?そんなこと言ってる場合ですか?」
侑「じゃ、後は任せたよ。行こうかすみちゃん」
かすみ「そうですね」
せつ菜「は、話が違います!待ってください!」
せつ菜「一緒に居てくれるって約束だったじゃないですか!」
かすみ「知りません。待ちません」ダッ
侑「しずくちゃんにたっぷり怒られちゃえ!」ダッ
せつ菜「っ、ちょ…」
かすみ「しず子置いて追っかけてきたら怒りますからね!」タッタッタ せつ菜「…しずくさん」
しずく「………」
せつ菜「…お久しぶりですね」
しずく「……せつ菜、さん?」
せつ菜「……はい」
しずく「……」フラフラ
―――二人きりになり、ようやく少しだけ思考がまともになる
―――縋るように、おぼつかない足取りで近寄る
せつ菜「……」
しずく「…う、嘘…本物…?」ペタ、ペタ
―――本当に信じられない。夢でも見てるのかな
―――存在を確かめるように
―――目の前の人の顔に、身体に、震える手を当てる
せつ菜「…一応偽物ではないつもりですが…」
しずく「っ…あぁ……せつ菜さん…」ウルッ
―――確かにここに居る
―――夢なんかじゃない
―――私の最愛の人 しずく「会いたかった…ずっと、会いたかったんですよ…?」ポロ…
しずく「ライブで、テレビで、一方的に見てるだけでも辛かったのにっ」
しずく「それすらも出来なくなって…っ」
せつ菜「ごめんなさい…」
―――嬉しいはずなのに
―――零れる言葉は責め立てるものばかり
―――もしも会えたら、笑って抱きしめたかった
―――でも、私はもう限界だったみたい
しずく「酷いです、どうして、今まで何も言ってくれなかったんですか…!」ポロポロ
せつ菜「ごめん、なさい…」
しずく「せめて、手紙くださいよ!私からは届ける術がないんですよ…!」
せつ菜「…ごめんなさい」
しずく「せつ菜さんのばかっ…ぐすっ、絶対許さな…っ、うぅ…」
せつ菜「……」ギュ…
しずく「……っ」ブワッ
せつ菜「とりあえず、こんなところで話していたら身体が冷えてしまいますから…」
しずく「……」グスッ ―――家に入るなり、私はたまらずせつ菜さんに正面から抱き着く
―――顔をうずめ、すすり泣きながらも、全身でせつ菜さんを捕まえる
―――もう離してやるもんか
せつ菜「…どうしたら許してもらえますか?」
しずく「……はぐ」
せつ菜「…してます」ギュ
しずく「……もっと強く」
せつ菜「……」ギュッ
しずく「……頭」
せつ菜「……」ナデナデ
しずく「……ぽんぽん」
せつ菜「……」ポンポン
しずく「……もっと」
せつ菜「……」ポンポン
しずく「……」
―――暖かい
―――こうして触れ合うのは、あの日以来
―――せつ菜さんの腕に包まれて
―――さっきまで荒れていた心が癒されていく しずく「…どうして急にアイドルやめちゃったんですか?」
せつ菜「……」
しずく「私の生き甲斐だったんですよ…?せつ菜さんがアイドルとして頑張る姿が」
しずく「せつ菜さんとの秘密の文通が…」
しずく「なのに、突然それが両方奪われて…」
せつ菜「……」
しずく「何の音沙汰もなく数か月も…寂しさで死んでしまいそうでした」
せつ菜「…すみません」
―――せつ菜さんの顔は暗い
―――謝るばかりで、何も話してくれない
―――もしかして…
しずく「もしかして…私よりも、アイドルよりも、好きな人が…」フルフル
せつ菜「!?、ち、違います!そんなわけないじゃないですか!」
しずく「…そう、ですか」ホッ
―――ひとまず安心
―――でもそれなら尚更、何故何も言ってくれないんだろう
しずく「それなら理由を聞かせてください。お願いします…」
せつ菜「…ここまで来て言わないわけにはいきませんよね」 せつ菜「実は急ではなかったんです。最初から3年でやめることになってました」
しずく「え…?」
せつ菜「いや、最初からではありませんね…私がそうお願いしたんです」
しずく「…どういうことですか?」
せつ菜「私たちの卒業日、しずくさんに告白されるとは思わなくて」
せつ菜「両想いだなんて思わなくて」
せつ菜「つい心が揺らいでしまったんです」
せつ菜「アイドルにならなければよかったんじゃないかって…」
しずく「……夢じゃなかったんですか?」
せつ菜「もちろん、好きは好きですけど…なれたことも、ありがたいことなんですけど」
せつ菜「私はしずくさんに相応しくなりたくてアイドルになると決めました」
しずく「…!」
せつ菜「女優を目指すしずくさんには、私もそれくらい必要だと思ったんです」
せつ菜「でも…既に両想いで…だからと言ってやっぱりやめますとは言えませんし」
せつ菜「ましてや、何年かかるか分からないアイドル業が終わるまで待ってほしいなんて」
しずく(…それはまぁ、言えない…) せつ菜「それで、事務所に死に物狂いで交渉しました」
せつ菜「プライベートは一切要らない。アイドル業と芸能活動に私の全てを捧げるから」
せつ菜「それで絶対に結果を出すから、3年でやめさせてくださいとお願いしました」
せつ菜「デビュー直前の人間が何を言ってるのかと思われたでしょうけど」
せつ菜「もうその時は必死でした」
せつ菜「こんなふざけた申し出が認められた理由は今でも分かりません」
せつ菜「スクールアイドルとしての経験のおかげですかね…」
しずく(そういうこと…)
―――誰とも連絡を取れないのではなく、取らないようにしてた
―――3年間も…私がそうさせてたんだ…
しずく「…どうして3年なんですか?」
せつ菜「ちょうどスクールアイドルも3年間しかできませんから」
せつ菜「限られた時間の中で精一杯輝く、そんなスクールアイドルが好きなんです」
せつ菜「だからそのつもりで、気合を入れるためというか、願掛けというか…そんな感じです」 しずく「それで実際にあんなに売れてしまうなんて…やっぱりせつ菜さんは凄いです」
せつ菜「…どうしてもしずくさんのことを諦めきれなかったんです」
せつ菜「ですが、私はあまりにも自分勝手でした」
しずく「…?」
せつ菜「アイドルとして成功するということは、それだけファンがいるということで」
せつ菜「私を応援してくれたたくさんのファンも裏切って」
せつ菜「しずくさんも、あんなに応援してくれていたのに」
せつ菜「そのしずくさんの告白を断ってまでなったアイドルをあっさり捨てて」
しずく「……」
せつ菜「活動中に届いたファンレターを見て、ライブに来てくれたファンの方々を見て」
せつ菜「私はどれだけの自分への好意を無下にするつもりでいるのか」
せつ菜「そんなもの考えなくても分かるのに…私は大バカでした」
せつ菜「これがずっと私を見てくれていたしずくさんを待たせてやりたかったことなのかと」
せつ菜「怖くなってしまったんです」
せつ菜「こんな私、しずくさんが知ったら幻滅するのではと」
せつ菜「しずくさんの憧れた私ではなくなって…」 せつ菜「しずくさんに会いたくて辞めたのに」
せつ菜「そう思うといつまでたっても会いに行くことができませんでした」
せつ菜「それがまた、しずくさんをずっと傷つけていることにも気付けませんでした」
せつ菜「私、何やってるんでしょうね…」
せつ菜「もう私には何もないんです…」
しずく「…!」
しずく(私から見たせつ菜さんはいつもキラキラ輝いていて)
しずく(完璧過ぎて違う世界の人だと思ってた)
しずく(でも違う。せつ菜さんだって私と1歳しか変わらないし)
しずく(人並みに悩んで、間違えて、泣いたりする)
しずく(せつ菜さんも、私と同じで…)
しずく「そうだったんですね」
せつ菜「……」 しずく「…せつ菜さん、聞いてください」
せつ菜「……っ」
―――話しかけたとたん、体を震わせる
―――私が何を言い出すのかとても不安そうな顔
しずく「…そんなに怖がらないでください」
しずく「…実は私にも今何もないんです」
せつ菜「え…?」
しずく「劇団から、しばらく来るなって言われました」
せつ菜「な、ど、どういうことですか!?」
しずく「私の演技は機械みたい、らしいです」
せつ菜「……え、え?」
しずく「そんな状態じゃ今の役は任せられない、だから何とかして来いって言われて」
せつ菜「そんなはずは…しずくさんの演技は…」
しずく「ここ最近で皆さんに変わったと言われました」
しずく「それでさっき帰ってきたばかりです」
せつ菜「そんな…それって…」
しずく「降板ってわけではありません」
しずく「期待してもらえてるみたいで、待っててもらえてます」 しずく「でも何がいけないのか自分では良く分からなくて」
しずく「どうしたらいいのか途方に暮れてしまいました」
しずく「せつ菜さんは居ないし、演劇はさせてもらえないし」
しずく「我慢していた分がさっき全部溢れちゃって…泣いちゃいました」
せつ菜「ぁ…わ、わたしの、せいで…?」
しずく「……でも、今日せつ菜さんの話を聞いて何となく分かったんです」
せつ菜「…?」
しずく「さっきせつ菜さん、私に相応しくなるためって言ってましたよね」
せつ菜「まぁ、はい…」
しずく「多分私もそんな気持ちで演技をしていたんです」
しずく「もう私には演劇しかないから、そのことだけを考えて誤魔化してました」
しずく「心から好きでやっているのではなく、上手くやらなければって」
しずく「それを見透かされていたのかもしれません」
しずく「でもせつ菜さんなら私を助けてくれるって思ってました」
しずく(それと、私を気にかけてくれたみんな)
しずく(…侑さん、かすみさん、ありがとう…)
しずく「だからありがとうございます」ニコッ せつ菜「や、やめてくださいよ…私は何もしていません」ウルッ
せつ菜「しずくさんを傷つけるだけで。私のせいでこんなことになってるのに…」
しずく「いいじゃないですか。私たち似た物同士ってことで」
せつ菜「……」
しずく「せつ菜さんが居てくれるならなんだってできそうです」
せつ菜「…いいんですか?こんな、何もない私で…」
しずく「そんなこと関係ありません。せつ菜さんじゃないとダメなんです」
せつ菜「……」
しずく「せつ菜さんがどうなろうとこの気持ちは変わりません」
しずく「私の大好きを甘く見ないでください」
せつ菜「……っ」ポロッ
しずく「せつ菜さん…私と、付き合」
せつ菜「ま、待ってください!」グスッ
しずく「えっ…」
せつ菜「……今度は私から…」ゴシゴシ
しずく「…!」 せつ菜「…しずくさんに比べたら大した勇気ではありませんが」
せつ菜「せめてこれは言わせてください…」
せつ菜「もう二度としずくさんを泣かせたりしません。一生幸せにしてみせます」
せつ菜「…って、ちょっとプロポーズみたいになってしまいましたね」
せつ菜「でも、それくらいには本気です」
せつ菜「……しずくさん、私と付き合ってください!」
しずく「ぁ……」ツー
―――ずっと聞きたかった言葉
―――約4年間…いや、そのもっと前から大事に育てたこの想い
―――やっと実ったんだ…
―――今度は嬉し涙
―――今日はいろんな涙を流す日
しずく「……はい、喜んで」グスッ
せつ菜「…えへへ…ありがとうございます」ポロポロ ―――二人してソファに腰掛ける
―――肩を寄せ合ってゆっくり時が過ぎる
―――優しく握り合う手の感触が心地いい
しずく「…あ…どちらの家に住みましょうか」
せつ菜「…?」
しずく「…?」
せつ菜「…え、一緒に住むんですか?」
しずく「…え、住まないんですか?」
せつ菜「そんな急に言われましても…」
しずく「今一人暮らしですよね?」
せつ菜「そうですけど…」
しずく「私も一人なんです…一人暮らし、寂しくないですか?」
せつ菜「……え、と…」
しずく「私は寂しいです。…嫌なんですか?」
せつ菜「い、いえ、その……は、恥ずかしいというか…」
しずく「私もうせつ菜さんを手離すつもりはありません」ギュッ
せつ菜「あ、う…///」 しずく「また離れ離れなんて絶対嫌です」
しずく「せつ菜さんは違うんですか…?」
せつ菜「わ、私も……///」ギュ
しずく「…嬉しいです」
せつ菜「…私たちずいぶん遠回りしちゃいましたね」
しずく「そうですね…」
せつ菜「…そういえば、直接は言えてませんでした」
しずく「…?」
せつ菜「オーディション合格おめでとうございます。遅くなってすみません」
せつ菜「…もう、立派な役者さんなんですね」
しずく「…ありがとうございます。すごく嬉しいです」ギュッ
―――欲しい言葉を聞きたい人から聞ける
―――たったそれだけでも幸せを感じる
―――ついさっきまで絶望で泣いていたのに
―――単純すぎる自分自身に少し笑える
―――今なら本当に、なんだってできそう せつ菜「それでその、演劇のほうは大丈夫なんですか?」
しずく「はい…もう何も気にする必要ありませんから」
しずく「元通り、好きな気持ちを持って演技ができます」
しずく「私の100%が出せるはずです」
せつ菜「よかったです…これからは私がしずくさんの応援します!」
しずく「…あは、こんなに心強いものはありませんね」
せつ菜「任せてください!」ペカー
しずく「明日、もう一度劇団に顔を出してみます」
せつ菜「…!」
しずく「なので、早速応援してもらえませんか?私に勇気をください」
せつ菜「それは構いませんけど…えっと、が、がんばってください!」
しずく「…ふふっ」
せつ菜「な、なんで笑うんですか!
しずく「いえ、とても可愛らしくて」クスッ
せつ菜「っ…///、ではどうしろと…」
しずく「……」ジッ
せつ菜「……?」 ―――黙ってせつ菜さんを数秒見つめた後
しずく「……」スッ
せつ菜「!?……っ…」
―――静かに目を閉じる
―――胸の前で手を重ね、後は待つだけ
せつ菜(…今度こそ、私が勇気を出せってことですね)
せつ菜「しずくさん…」ソッ
―――せつ菜さんの手が両手に置かれる
せつ菜「…あなたが望むなら――」
せつ菜「――――ん」
しずく「――――」
―――苦くて、甘くて、暖かい
―――せつ菜さんから私への、少し遅い大人のクリスマスプレゼント
―――見ててくださいせつ菜さん。私、きっと大女優になってみせます
しずく(あなたに負けないくらい立派になって、今度は私から―――)
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