(・8・) 〜その大いなる両翼〜
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私の名前はエリーチカ
おばあさまから世界を見てくるのは若いうちからに限ると言われ
札束で異様に膨らんだ財布と着替えをこれでもかと詰めたトランクを携えて
私はいつまでも続く陸に飽き飽きしたので空へと繰り出そうと思った
エリーチカ「そうと決まれば飛行船乗り場に行きましょう」
最寄りのドックはここから30キロ離れた街にあると知ったけれども
もう夕暮れ時だったため出発は翌朝にすると決め
私は宿に一泊することにした エリーチカ「え、部屋がない!?」
宿屋の主人にそう告げられた私は途方に暮れた
何とかならないものかと懇願してみるが答えはノーばかりだった
「あの、よかったら相部屋しませんか?」
突然の声に私が振り向くとそこには同じ年頃の少女が
ロビーのソファーに座って気恥ずかしそうに微笑んでいた
それなら、ということで私は彼女の部屋で泊まることになった
エリーチカ「ありがとう。自己紹介しておくわね、私はエリーチカよ」
「あ、私、かよちんっていいます」
かよちんはそう言ってぺこりと頭を下げた
きっと気立てがいい子に違いない エリーチカ「でも本当に助かったわ」
この辺りに宿はもうない
かよちんがいなければ私は野宿するはめになっていただろう
かよちん「いえ。あ、ここが私の部屋です」ガチャ
エリーチカ「ちょうどベッドが二つあるわね」
かよちん「私は左のベッドを使ってるので…」
エリーチカ「じゃあ私は右のを使わせてもらうわ」
ベッドの上に腰掛けてみると程良い弾力が伝わって来た
どうやら安眠できそうな寝床ね エリーチカ「かよちんは旅行?」
かよちん「あ、いえ、私はその…」
そう言った後かよちんは目を伏せた
しばしの静寂が室内に流れる
エリーチカ「べ、別に言いたくなかったらいいのよ」
かよちん「――ために」
エリーチカ「え?」
かよちん「バード捕りになるために、家を飛び出しまして」
バード捕り、それは大空に飛ぶ鳥たちを狩る者の総称
彼らは飛行船に乗って大小様々な鳥を獲ることで生計を立てている
エリーチカ「じゃああなたも飛行船乗り場を目指すの?」
かよちん「も、ってことは、エリーチカさんも?」
エリーチカ「ええ、そのつもりよ」
図らずしも私とかよちんは同じ方角を目指していた かよちん「私、昔から空を飛ぶことを夢見ていたんです」
かよちん「飛行船に乗ってあの大きな空を渡ることができたらどんなに気持ちいいだろうと」
かよちん「それで、15歳の誕生日をきっかけに夢を追いかけようと決心して」
かよちん「両親の反対を押し切って出てきちゃいました」
エリーチカ「かよちんって、見かけによらず大胆なのね」
かよちん「そ、そうでしょうか…」
エリーチカ「じゃあ私のほうがお姉さんなわけね。私は17歳だから」
かよちん「はい」
エリーチカ「でもご両親の気持ちは分かるわ。バード捕りは危険な仕事だから」
エリーチカ「こないだも、怪鳥にやられて転覆した飛行船があったって、ニュースでやってたから」
かよちん「覚悟の上です」
エリーチカ「そっか」
たった15歳で進みたい道を見つけたかよちんは年下だけど大人に見えた
エリーチカ「じゃあお風呂に行きましょうか」
かよちん「そうですね」 浴場には他に誰もおらず私たちはのんびりと湯に浸かった
エリーチカ「いいお湯ね」
かよちん「はいー」
エリーチカ「あ、見てみて」
かよちん「はい?」
エリーチカ「そりゃ、エリチカお湯鉄砲」ピュピュ
かよちん「おお、すごい…」
お風呂から上がった私たちはそのまま食堂へと向かった エリーチカ「……」
かよちん「いただきます!」
エリーチカ「かよちん、あなたそのご飯全部食べるの?」
かよちん「はい、お米は私の力です」パクパク
エリーチカ「ハラショー…」
エリーチカ「て、あら」
エリーチカ「ふふ、かよちんってば、頬にお米がついてるわよ」
かよちん「え、ホントですか?恥ずかしい」
エリーチカ「はい、とった」ヒョイ
かよちん「あ、ありがとうございます///」 エリーチカ「じゃあ部屋へ戻りましょうか」
かよちん「はい」
私たちは部屋で歯磨きを終えるとそのまま眠ることにした
明日の朝はきっと早いだろうから
エリーチカ「お休み、かよちん」
かよちん「お休みなさい」
電気を消すと静寂の闇が一瞬で広がる
暗闇はあまり好きではないので私はすぐに目を閉じた
かよちん「エリーチカさん」
かよちんがぽつりとつぶやく
私は目を閉じたまま返事をした
かよちん「今日はありがとうございます」
エリーチカ「ふふ、私お礼を言われるようなことしたかしら」
かよちん「あの、こうして誰かと話すのは久しぶりでしたから」
エリーチカ「長旅だったの?」
かよちん「はい」
エリーチカ「私のほうこそありがとう」
エリーチカ「旅の道連れができてうれしいわ」
かよちん「よろしくお願いします」
エリーチカ「さ、もう寝ましょう。明日は朝一番に飛空船乗り場まで行かないと」
かよちん「そうですね」
こうして私たちは眠りについた エリーチカ『はあ、はあ』
╭*(๑˘ᴗ˘๑)*╮『キミもここまで来たんやね』
エリーチカ『あなたは?』
╭*(๑˘ᴗ˘๑)*╮『名前なんて意味ないやん』
エリーチカ『じゃあ私はあなたを何て呼べばいいの』
╭*(๑˘ᴗ˘๑)*╮『キミの好きなように』
エリーチカ『じゃあ、妖精…さん?』
╭*(๑˘ᴗ˘๑)*╮『ウチは妖精やないよ』
エリーチカ『じゃあ一体何なのよ!』
╭*(๑˘ᴗ˘๑)*╮『そんな怒らないで』
╭*(๑˘ᴗ˘๑)*╮『そうやねえ。じゃあノッゾ』
エリーチカ『え?』
╭*(๑˘ᴗ˘๑)*╮『うちのことはノッゾと呼ぶといい』
エリーチカ『ノッゾ…?』
╭*(๑˘ᴗ˘๑)*╮『ま、仮の名ということで』
エリーチカ『ノッゾ、なぜ私の前に現れたの?』
╭*(๑˘ᴗ˘๑)*╮『忠告しといたるやん』
エリーチカ『忠告?』
╭*(๑˘ᴗ˘๑)*╮『飛空船には近づくな』
エリーチカ『!』
╭*(๑˘ᴗ˘๑)*╮『うちに言えるのはそれくらいやん』
エリーチカ『どうして、どうして知ってるの!?』
╭*(๑˘ᴗ˘๑)*╮『ふふ』 エリーチカ「はっ!」
私は目を覚ました
どうやらあれは夢だったらしい
気付けば窓のカーテンの隙間から明るい光が漏れ出している
朝になったようね
エリーチカ「ふわあ…ん?」
気付けば背中に重みを感じる
振り向いてみるとなんとそこにはかよちんがいた
かよちん「zzz」
かよちんは私のベッドで、私を抱きかかえるようにして眠っていた エリーチカ「かよちん、起きて」
気持ちよく寝ているので最初は起こそうかためらったけど
この状況を本人にも知ってほしくて、私は柔らかなその肢体を揺らした
かよちん「ん…」
エリーチカ「おはよう、かよちん」
かよちん「おはようございます…」
エリーチカ「ねえ、かよちん」
かよちん「はい?」
エリーチカ「どうしてキミは私のベッドで寝ていたの?」
かよちん「ほえ、エリーチカさんのベッド…」
かよちん「……」
かよちん「ぴゃあああああ!」
かよちん「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」
かよちんはそう言って何度も頭を下げた
エリーチカ「気にしないで。それよりどうして?」
かよちん「たぶん、夜中に一回おトイレへ行ったとき」
かよちん「寝ぼけて自分のベッドじゃなくエリーチカさんのベッドに…」
エリーチカ「そうだったの」
かよちん「ホントにすみません!」
なおも謝り続けるかよちんをなだめ、私たちは朝食を取りに食堂へ行った かよちん「いただきます」
かよちんのご飯は相変わらず大盛りだった
あんまりおいしそうに食べるから、私もつられて朝食は白いお米を食べることにした
エリーチカ「ねえ、かよちん」
かよちん「はい?」
エリーチカ「飛空船乗り場に着いたらどうするの?」
かよちん「船長にお願いして、見習いとして雇ってもらえるか交渉します」
エリーチカ「じゃあ私もそうしようかしら」
かよちん「エリーチカさんもバード捕りになるんですか?」
エリーチカ「ええ、ほかにあてもないし」
エリーチカ「かよちんの夢がどんなものか味わいたいなって」
かよちん「よ、よろしくお願いします!」
そう言ってかよちんは頭を下げた
その様子が少しおかしかったので私はつい噴き出してしまう
するとかよちんも一緒に笑ってくれた
エリーチカ「さ、夢に向かって進みましょう」
かよちん「はい、全速前進です」 「ちょっと待った!」
私たちが席を立って食堂を出ようとしたとき、ふいに横から人影が現れた
「あかんあかん。二人とも考え直したほうがいい」
声のする方を向くと、フードで顔が隠れている人が目に入った
高い声だから女性だということは分かったけれど
エリーチカ「あの、どちら様で…」
「ウチ?ウチはのんたん」
エリーチカ「のんたん…?」
もちろん聞いたことない名前だった
かよちんの知り合いだろうかと思い訊いてみると、かよちんは首を横に振った
エリーチカ「えっと、のんたんさん。一体どのようなご用件で」
のんたん「さっきも言ったやん。考え直したほうがいい!」
エリーチカ「は、はあ」
のんたん「ウチのカードが告げているんよ」
のんたん「二人とも、このままじゃ死神に魅入られる」
かよちん「し、死神!?」
どうも穏やかじゃない話になった
けど要は占いということだろう エリーチカ「占い師さん、忠告はありがとうございます」
エリーチカ「けど私たちは引き下がる気はありませんので」
のんたん「強情やねえ。ま、そういう人相してるやん?」
エリーチカ「失礼な」
かよちん「危険は百も承知です」
のんたん「あらら、そっちの子も」
占い師のんたんは一息つく
すると彼女はフードに手をかけ、その顔をあらわにした
エリーチカ「あ、あなた!?」
なんとその顔は、今朝私が夢で見たノッゾにそっくりであった
のんたん「ん?ウチの顔に何かついてる?」
そう言って彼女は頬をなでる
よく見ればまだ成人には遠い、あどけない顔をしていた
訊いてみるとのんたんと私は同い年だった
のんたん「それで?キミらはどこに行くつもりなん?」
エリーチカ「知らないで言ってたの?」
のんたん「うん」
私はのんたんに事情を説明した のんたん「バード捕りかあ。それじゃあ危険やな」
エリーチカ「のんたんの占い、よく当たるの?」
のんたん「うーん、五分五分ってところやな」
エリーチカ「なんだ、じゃああんまりあてにならないじゃない」
のんたん「何おう!のんたんの占いは伊達じゃないよ」
かよちん「じゃ、じゃあ私たち、死んじゃうんでしょうか…」
かよちんがあからさまに暗い顔をした
私はなぜだかイライラしたのでのんたんの額にチョップをかます
のんたん「いたっ!何するん!?」
エリーチカ「かよちんを脅した罰よ」
のんたん「ウチは親切心から言ったんよお!」 エリーチカ「とにかく、私たちは先を急ぐんで」
のんたん「ちょっと待った!」
エリーチカ「はあ。今度はなによ」
のんたん「ウチも一緒に行く」
エリーチカ「は、はあ!?」
のんたん「ウチのようなラッキーガールがついていれば二人は心配ないやん?」
エリーチカ「な、なんでわざわざ」
のんたん「危険と分かっている二人を見捨てるなんて人間がすたるやん」
エリーチカ「ついてきて大丈夫なの?」
のんたん「もちろん!ウチは気楽な自由業や」
のんたん「それに、占いの稼ぎだけじゃいい生活できんし」
エリーチカ「ちょっと、本音はそっちじゃないの!」
のんたん「バード捕りかあ。腕がなるやん」
のんたん「ウチの占いがあれば大物のありかなんてすぐや」
エリーチカ「そのために私たちに声かけたわけじゃないでしょうね」
のんたん「ううん、全然。最初は本当に親切心からだったんよ」
かよちん「の、のんたんさん。よろしくお願いします」
のんたん「よろしく」
何にせよ、道連れが一人増えた のんたん「そうだ、エリーチカ、かよちん」
エリーチカ「なに?」
のんたん「教会でお祈りしとこ」
エリーチカ「私はあんまり信心なんて持ってないけど」
のんたん「まあええやん。祈って損はないって」
エリーチカ「どうする、かよちん?」
かよちん「せっかくなので行きましょう」
こうして私たちは教会を目指した
のんたん「着いたで。ここやここ」
その教会は見事なゴシック風だった
入口から入るとパイプオルガンの音が聞こえだした
のんたん「あそこに坊さんがいるけど」
のんたん「演奏中や、話しかけないでおこ」
私たちは教会の奥まで進み、主をかたどった銅像の前でひざまづいた
のんたん「主よ、私たちの航空をお守りください」
のんたんの言葉に合わせて私とかよちんも祈りを捧げた ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています