果南「雨音演奏曲」
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ずっといるから知ってる。 一度来ただけじゃ分からないような良いところも悪いところも。
それを実感したのはきっと、あの子が私の隣にいることが多くなって
私が彼女に、自分の知っているその全部を少しずつ
ぽつぽつと話し始めたからだろう。
そう、それはまるで傘に入るか入らないか──少し迷うくらいの
にわか雨を降らせるような感じで。 ─それから一ヶ月後…
果南「…………」
「続きましては桜内梨子さんの……」
果南(……きた)
梨子「……」カツンカツン…ピタッ
梨子「……」ペコリ
果南(姿勢、ピンとしてて綺麗だなあ……そういえば、コンクールの経験あったんだもんね)
果南(…知ってるのに)
梨子「……」スッ
果南(初めて見る顔だ) ===♪ =====♪
〜〜♪ 〜〜♪ーー♪♪
果南「!!」
果南(何回も聴いたことがある、透き通った音色)
果南(なのに耳に入ってくるものは、目に浮かんでくるものは……全くの別物で)
果南「……」ギュッ
果南(私は旋律がどうとか詳しいことは分からないけど……でも)
果南(今、梨子ちゃんがどんな想いを込めてこの曲を弾いているのかは、分かるよ)
ずっと見てきたから知ってる。
今あの子は曲を聴かせようとしているんじゃない、自分の中にあるものを──曝け出そうとしているんだ。
多分、私に向けて。 〜〜〜〜♪ 〜〜♪…
梨子「…………」
もしかしたら、それは自惚れかもしれないけど
果南(大丈夫、伝わってるよちゃんと)
果南「……これが、梨子ちゃんの世界なんだね」
私だけに見せた、貴女の。
私だけが知っている───
──
─ 梨子「……ふう」スタスタ
果南「お疲れさま、演奏…すごくよかったよ」ニコッ
梨子「…待っててくれたんですか?」
果南「もちろん、挨拶もなしに帰るなんて失礼でしょ、折角誘ってくれたのに」
果南「あとはほら、一緒に帰りたかったから」 梨子「そうですか」クスッ
果南「あっそうだ、喉渇いてるでしょ? 奢るよ。何か飲みたいものある?」
梨子「えっと、じゃあフルーツミックスで」
果南「ん、わかった。 ちょっと待っててね」 ガコンッ
果南「よっと、はい」
梨子「ありがとうございます」
果南「いいって、気にしないでよ」
梨子「……あの、今更ですけど」
果南「ん?」
梨子「一人で来てくれたんですね」
果南「うん、もしかして心配だった?」
梨子「ちょっとだけ」 果南「あはは、それもそうだよね」
果南「真っ先に他の友達も誘おうとしたんだから」
梨子「でも、良かった……嬉しかったです」
果南「そうだね、私も」
梨子「え?」
果南「さ、そろそろ外に出ようか」スクッ
梨子「ま、待って……さっきのどういう」
果南「ほら梨子ちゃん早く、先に行っちゃうよ?」スッ
梨子「……もう、ズルいです」ギュッ 果南「そういえば、渡辺曜が過失運転致傷と負傷者救護義務違反で捕まったらしいね」
梨子「そうですね。彼女にはしっかり罪を償って欲しいですね」
完
https://i.imgur.com/13nJyRS.png ─
梨子「外、夕方なんだ……もうそんなに時間が経ってたのね……」
果南「そうだね、結構あっという間に─」ギイィッ
果南「!! これ……なんで…」
キラキラ
梨子「わあ……綺麗…」
果南「…………」
梨子「夕陽ってあそこまで赤くなったりするんだ……少し眩しいけど、でも…とても素敵…」 梨子「果南さん、果南さんはこの夕焼けって見たこと……」
果南「…………」
梨子「……果南さん?」
果南「…あるよ、ずっと前に」
果南「だけど、また見られるなんて……思ってなかった」
梨子「?」キョトン
果南(私が、あの頃からずっと…心のどこかで待ち焦がれていたもの……)
果南(それを今見ることが出来たってことは、つまり…そういうことなんだよね)
ダキッ
梨子「…!?」 果南「……ああ、やっぱりだ」
果南「やっぱり、とっても温かい」
梨子「か、果南さん……? ど、どうしたんですか急に」
果南「…梨子ちゃん、私、やっと分かったよ」
梨子「えっ……あの、なにが」
果南「私の気持ち」
果南「ねえ梨子ちゃん、私の話…聞いてくれるかな?」
果南「梨子ちゃんに知ってもらいたいんだ、私のこと」 梨子「…それは、いいですけど……その」
果南「? なに?」
梨子「聞く前に一度離れてもらっても……」
果南「え? …あっ、ごめん……つい」パッ
梨子「いえ……大丈夫ですから」
果南「そっか、じゃあ…改めて」
果南「…………」フゥーッ 果南「…あのさ梨子ちゃん、一ヶ月前のこと覚えてる?」
果南「梨子ちゃんが私を誘ってくれた日のこと」
梨子「は、はい勿論」
果南「あのとき私、ここの会場へ行ったことがあるって言ったよね」
梨子「…ああ、そういえば言っていましたね」 梨子「えっと、それがどうかしたんですか?」
果南「ちっちゃい頃の話なんだけどさ、私が会場に連れていかれたその日、そこは演劇の公演に使われていたんだ」
梨子「演劇?」
果南「そう、話自体は結構ありふれたものだったよ」
果南「運命に導かれるように惹かれあった男女が、身分の違いで引き裂かれる……悲恋もののストーリー、だったかな確か」
梨子「……」 果南「子供ながらに観るものじゃないなとは思ってたよ、話の内容的に」
果南「教育や道徳とかの問題じゃなくて、理解するってほうの意味でね、実際何をやってるのか当時はさっぱりだったし」
果南「ずーっと前のことだから今思い出そうとしても、詳細なところはもう覚えてないしさ……ただ」
梨子「ただ?」
果南「そこに在る“世界”から、ずっと目を離せなかったことだけは──今でもはっきりと覚えてる」 果南「俳優が魅せる仕草、挙動、声色……それをより一層際立たせるような、照明と音の響き」
果南「それぞれが舞台の上で重なり合って創られる、見る人によって色を変える、透明だけど確かな世界」
果南「その一つ一つが、その全てが、私がいつも見ている景色とは違って」
果南「初めて、海以外のものに飲み込まれるような感じがしたんだ」
果南「人が、違う自分になれるってことを知ったのは、多分…そのときからかもしれない」
梨子「……なんか、らしくないですね」
果南「あはは、そうだね私らしくない、でも何か言葉にしたくなっちゃったんだよね」
果南「この夕焼けが、懐かしかったからかな? きっと」
梨子「……続き、聞きますよ?」ギュッ
果南「ありがとう、じゃあ最後まで聞いてもらおうかな」 果南「どこまで話したっけ……ああそうだ、演劇を観たってところまでだよね」
果南「そのあと親と一緒に帰ったんだけど、そこから帰る途中私は」
果南「自分の足で歩いているのかどうなのか、ハッキリしない気分だったんだ」
果南「まだ、別の世界にいるような気がして…それはなんでかっていうと」
果南「ちょうど今見てるような、真っ赤に燃える綺麗な夕焼けが私の背中にあったから」 梨子「……」
果南「絵の具をそのまま塗りたくったような空の色が振り返るとあって、言ってしまえばただそれだけなんだけど」
果南「私の心を弾ませるには十分で」
果南「純粋に、誰かの夢の中に潜り込んでいるような…ふわりとした感覚」
果南「そんな気持ちのまま歩いているのが不思議で、楽しくて」
果南「だからよく分からなくても、ずっと続けばいいのに…なんて、思ってたりしてさ……伝わってるかな?」
梨子「はい、ちゃんと」
果南「そっか……うん、それでそう思ってたんだけど」
果南「でも…終わりっていうものは何にでもやってくるものなんだよね」 梨子「え?」
果南「ほら、ここまでの道って結構距離があるでしょ? だから家が見えてきたころには辺りも暗くなってきてさ」
果南「そこでやっと気が付いたんだ、ああ、私がいつも見ている景色だって」
果南「そう思って振り返ると、目の前にあったはずの夕焼けがとても遠くに見えて」
果南「それがすごく、もどかしかった」
果南「あれを遠ざけたのは、時間じゃなくて、私自身だったから」
果南「私がそういうものなんだって、決めつけたから」 果南「たまに見かけるでしょ、子供が見ている幻想に野暮なことを言う大人を」
果南「光り輝く宝石の山や、別の場所へと繋がっている摩訶不思議な穴を見て」
果南「捨てられたガラスやビー玉の集まり、ただの大きな水たまりだと言ってしまう」
果南「一気に現実に引き戻すような、正しいけれど、ロマンの欠片もない余計なひと言」
梨子「……」
果南「私はそれを、私自身にやったんだ」
果南「私が感じとった世界に、自分自身でケチをつけた」
果南「だから消えちゃったのかなってずっと思ってた、あれ以降…同じ場所でその夕陽を見ることはなかったから」
果南「私が消してしまったんだろうって……でも」
果南「今、同じものがある、目の前に」 果南「ねえ梨子ちゃん、私はさ、それがすごく嬉しいんだ」
梨子「どうして?」
果南「だって、今また見えたってことは私の世界に梨子ちゃんがいるってことでしょ?」
果南「梨子ちゃんの音楽で、梨子ちゃんの世界で、私の景色が変わったってことでしょ?」
果南「だから今、とても幸せなんだ」
果南「二人でこの景色を見られたことが、隣にいるのが梨子ちゃんなのが」
果南「堪らないくらいに…嬉しいんだよ」
梨子「……!」
果南「なんか、久しぶりに、暖かいんだ」 梨子「あ、あの! それって─「でもね」
果南「待ちぼうけてばかりでずっと答えを教えてもらうだけなのは、嫌だから」
果南「せめてその答えだけは、私の口から言いたい」
果南「大切なことだから」
梨子「……わかりました」
梨子「果南さんの気持ち、聞かせてください」
果南「……うん」
果南「あのね梨子ちゃん」
果南「私は梨子ちゃんのことが───」
……
… ─梨子の部屋
ガチャ
果南「ふぅ……今上がったよ」
梨子「服、合いましたか?」
果南「大丈夫だよ、ちょっと胸のあたりがきついけどそれ以外は特に」
梨子「そ、そうですか……」ヒクッ
果南「でも悪いね、いきなり泊まりに来たうえにお風呂や着替えまで使わせてもらっちゃって」
梨子「いいんです、気にしないでください」
梨子「私が誘ったことですから、果南さんが遠慮することないですよ」 果南「梨子ちゃんって意外とアグレッシブだよね」
梨子「そうですか?」
果南「うん、ちょっと驚いてる」
梨子「それはまあ、折角だから恋人っぽいことしてみたいかなって……」
果南「ああ成程ね、それでか」
梨子「あとは…果南さんの話を聞いて、今日だけはずっと一緒にいたいなと思って…その」
果南「…そうだね、うん、私も同じ気持ちかな」 果南「ねえ梨子ちゃん」
梨子「なんですか?」
果南「ありがとね、私を誘ってくれて」
梨子「どうしたんですか、また改まっちゃって」
果南「梨子ちゃんが誘ってくれないままだったら、一生気が付かなかったと思うからさ」
梨子「一生ですか」
果南「そこは幼馴染み二人のお墨付きをもらってるからね」 梨子「ならちゃんと伝えて正解でしたね」
果南「そうだね、私も伝えられてよかったし」
梨子「はい、嬉しかったです。 果南さんの告白」
果南「そ、そう? ならよかったけど」
梨子「でも今思い出すと……フフッ」 果南「なに?」
梨子「いや、だって……あのときの果南さん」
梨子「すごく真っ直ぐに伝えてくれたのに、それまでの過程が回りくどかったんですもん」クスクス
果南「え? そうかなあ…そんなつもりなかったんだけど」
梨子「ありましたよ、ねえ果南さんって不器用でしょ」
果南「あー、それはよく言われる」 梨子「ほらやっぱり」フフッ
果南「ちょっと、さっきから笑いすぎじゃない?///」
梨子「ごめんなさい、つい……私も嬉しかったから」
果南「……クスッ、ならしょうがないね」
梨子「はい、仕方ないんです」 果南「あははっ……でもまあ、確かに今回のことで」
果南「言葉にすることの大切さっていうのかな、それが身に染みて伝わったよ」
果南「気がついてほしいことはちゃんと伝えるべきだって」
果南「分かってたはずなんだけどね、私は」
梨子「……」
果南「……ああごめん、辛気臭くなっちゃった、そんなつもりなかったんだけど」 梨子「…果南さん」
果南「ん?」
梨子「今から少し弾くので、聴いてもらえますか?」
果南「え、どうしたの急に、いや私は全然いいけど」
果南「でももう夜中でしょ?」
梨子「大丈夫です、少しの間だけですから…ね?」 果南「じゃあ、お言葉に甘えて」
果南「でも無理したら駄目だよ、梨子ちゃん疲れてるんだから」
梨子「分かってますよ」スッ
〜♪
果南「やっぱり綺麗だなあ…」
梨子「ありがとうございます」フフッ
果南(でもこの曲、なんか聞き覚えがあるような……) ===♪ =====♪
果南「……あっ、このメロディ…」
梨子「気付きました?」
果南「今日の演奏会で梨子ちゃんが弾いていた曲だ」
梨子「はい、正解です」
梨子「……今日聴いたものでも、一回だけじゃあまり気付かないでしょう」
果南「!」
梨子「そういうものなんですよ、何にしても」 梨子「私だって、一度聴いただけでその全部を理解なんて出来ません」
梨子「だから繰り返し聴いて、繰り返し弾いて、必死に覚えようとするんです」
梨子「失敗したって何度でも……だってそれが、私の好きなものだから」
果南「……」
梨子「果南さん、誰だって後悔の一つや二つ、あると思います…私もそうだったから」
梨子「だけど、そこから立ち上がらせてくれる人がいたら…また頑張ってみようって思えるんですよ」 ーーー♪ −−♪
梨子「そして、そうやって私に前を向かせてくれたのは千歌ちゃんやAqoursのみんな…ここ内浦っていう暖かい場所」
梨子「その内浦の良さを私に教えてくれたのは、果南さんです」
果南「あ……」
梨子「一人で抱えなくてもいいんだって、貴女が私に教えてくれたから」
梨子「だから今度は私が貴女の力になりたい、もし果南さんがまた忘れてしまっても」
梨子「私が音にして伝えます、何度でも」 果南「……はは…やっぱり凄いな、梨子ちゃんは」
果南「そうか……そうだよね…一回程度じゃ、何も分からない」
果南「まだ、始まったばかりなんだ…」
果南「……ねえ梨子ちゃん」
梨子「なんですか?」
果南「もう一回、弾いてもらえないかな」
梨子「……いいですよ」ニコ
─貴女のためなら何度だって。 ─翌日
千歌「ええー!? 果南ちゃん昨日梨子ちゃんの家に泊まってたの!?」
果南「まあね、ちょっとお世話になった」
千歌「そんなあ、だったら私も呼んで欲しかったよ……果南ちゃんが来るなんて珍しいのに」
果南「あー、それは駄目かな」
千歌「なんで?」
果南「私が梨子ちゃんと一緒にいたいから」
千歌「え?」
果南「…っといけない、梨子ちゃんを待たせているんだった」
果南「まあそういうことだから、またね千歌」タッ 千歌「あっ、うんバイバイ」
タタタッ
曜「千歌ちゃん、おはヨーソロー! …ってどうしたの?」
千歌「ううん、なんか…初めて見る顔だなーって」
曜「なにが?」
千歌「果南ちゃんがね、凄く楽しそうだったんだ」
曜「果南ちゃんが?」
千歌「うん、なんか─」フフッ
千歌「輝いてるって感じ」 梨子「……」
果南「ごめん、待った?」
梨子「いいえ全然」
果南「待ったんだね」
梨子「…まあ少しは」
果南「じゃあお詫びに何かしなきゃね、何がいい?」
梨子「それなら、手を握って欲しいです」スッ
果南「はいはい」ギュッ 果南「今日はどこに行くんだっけ?」
梨子「沼津のほうにあるお店です、果南さんに似合う服を探すの」
果南「…あー、可愛い系のやつだっけ…私そういうのあまり着ないんだけど」
梨子「だからじゃないですか」
果南「あははっ……そうだね、確かに」
梨子「行きましょうか」ニコ
果南「うん」ニコッ ………………
ある日から、私は傘に入り始めた。 少し雨が強くなりはじめたから。
多分強くなったのは隣にあの子がいて、吐き出すことが多くなったから。
ぽつりぽつりと繰り返し零した言葉は、いつの間にか大きな水たまりになっていて
もやが晴れたその後に…覗きこんだそこからは、反射して映り込む私とあの子の笑顔。
ポタリと一粒、また傘から雫が流れ落ちて、波打つ鏡。
静まった後にはきっとまた、違う顔が映っているんだろう。
そうして繰り返しながら、私たちは歩いていく……ううん
歩いていきたいって───そう思ったんだ。
貴女の隣でいつまでも。 ======
果南「雨音演奏曲≪リフレイン≫」
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