果南「雨音演奏曲」
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ずっといるから知ってる。 一度来ただけじゃ分からないような良いところも悪いところも。
それを実感したのはきっと、あの子が私の隣にいることが多くなって
私が彼女に、自分の知っているその全部を少しずつ
ぽつぽつと話し始めたからだろう。
そう、それはまるで傘に入るか入らないか──少し迷うくらいの
にわか雨を降らせるような感じで。 ─学校、三年生教室
果南「演奏会をやる? 来月に?」
梨子「はい、学生で演奏できる人が欲しかったみたいでお誘いをもらったんです」
梨子「ここの会場なんですけど……」ピラッ
果南「へえ、ここでやるんだ…懐かしいなあ」
梨子「果南さん、行ったことあるんですか?」
果南「昔ね、それよりその演奏会さ、観に行ってもいいの?」 梨子「え……も、もちろん! というより、そのために来たというか……」ボソボソ
果南「? いいんだよね?」
梨子「は、はい! それとあの、飲み物サービスのチケットもあるから…良ければ」ドウゾ
果南「わっ、相変わらず用意いいね、ありがとう梨子ちゃん楽しみにしてるね」
梨子「うん…頑張ります」ニコ 梨子「それじゃあ…お邪魔しました」ペコリ
ピシャン
果南「…………演奏会、かあ」ヒラヒラ
果南「ねえ、二人も観に行くよね?」フリムキ
ダイヤ・鞠莉「……は?」
果南「…え? 何その反応、行かないの?」
鞠莉「行かないもなにも…」
ダイヤ「流石に私たちが同伴するのは無粋だと思うのですけれど」 果南「無粋ってなにが」
鞠莉「だ、か、ら、梨子は果南にだけ観てほしいってこと」
果南「そうなの?」
ダイヤ「少なくともここにいる果南さん以外の全員はそう捉えたと思いますわよ」
果南「それじゃあ私が梨子ちゃんのこと分かってないみたいじゃん」
鞠莉「いや、実際にそうじゃない」
果南「そんなことないって、この前だって……」 鞠莉「ええそうね、ちゃんと二人で出掛けたりしているものね」
果南「ちょっと鞠莉、適当に済ませているでしょ」
ダイヤ「とにかく、演奏会は果南さん一人で行ってください、私たちは付いていきませんからね」
果南「……分かったよ、じゃあそうする」
ダイヤ「それだけ素直に受け止められるなら、さっきのことも疑わなくてよかったのに」
果南「ん…それはまあ、少し意外だったから」 鞠莉「意外って?」
果南「梨子ちゃんのこと、あの子真面目だし気が利くから、私たちみんなに言って回ってるのかと思ってたんだよね」
ダイヤ「確かにそう考えるのもおかしくはないでしょうけど」
果南「あとは…うーんなんだろう、私だけっていうのが引っかかって…いや、嬉しいんだけどさ」
果南「でも梨子ちゃんが自分から切り出すほど、仲良くなってるとは感じていなかったから」
果南「これが千歌や曜なら全然分かるんだけどね、なんで私なのかなーって」 鞠莉「最近はよく一緒にいるじゃない、それで仲良くなれたって納得できないの?」
果南「あれはなんか、違うんだよ…相談の延長線上っていうか」ホオヅエ
果南「あの子が知らないことを私が教えているだけなんだ」
果南「だからいまいち実感が湧かないっていうか、とにかくそういうのじゃないと思う」
ダイヤ「……」
果南「梨子ちゃんに聞いても、多分同じ答えが返ってくるんじゃないかな」
鞠莉「……ダイヤ、この果南めんどくさい」
ダイヤ「同感ですわ」 果南「なんで」
鞠莉「自分なりの解釈を持つのはいいけど、頑固なのは考えものよね」
ダイヤ「ええ、本人が無頓着なら尚更」
果南「? よく分からないんだけど」
鞠莉「もっと色んなことに目を向けてみたらって話よ」
ダイヤ「こういう時くらいで丁度いいと思いますけどね、頻度が多いと歓声が上がりそうですし」
鞠莉「あり得るわねー、また変に人気が付きそう」
果南「はあ……?」
果南(色んなこと、ねえ) ─
スタスタ
(とにかく梨子によろしくね! チャオ〜♪)
果南「って言われてもなあ…やっぱりよく分からないし」
果南「目を向けるって、何に? 梨子ちゃん?」
果南「私はちゃんと見てると思ってたんだけど…違うのかな」
「あれ、果南さん?」
果南「…梨子ちゃん、どうしたのこんなところで」 梨子「それはこっちのセリフです、果南さんこそどうしてここに?」
梨子「日課の走り込みは?」
果南「もう終わらせた」
梨子「流石…じゃあもしかして、何か悩み事ですか?」
果南「ん、正解…なんで分かったの?」
梨子「何かあるといつもここに立ち寄るの、知ってますから」
果南「そっちこそ流石だね、よく見てる」
梨子「それほどでも、ないですよ……っと」ストン 果南「汚れちゃうよ」
梨子「いいんです、慣れましたから」
果南「そっか」ストン
梨子「あの、今日はどんなことで悩んでたんですか?」
果南「そうだね、梨子ちゃんのこと考えてた」
梨子「…………え?」 果南「今日誘われた演奏会のことでね、ちょっと」
梨子「あ、ああ……そっち」
梨子(ビックリしたあ……)
果南「あの後鞠莉とダイヤを誘おうと思ったらさ、呆れられて」
果南「でね、梨子ちゃんは私に観てほしいんだって二人は言うんだけど、そのことで色々話してたら」
果南「頑固だの、無頓着だの、面倒くさいだの好き勝手言われた」
梨子「へ、へえ……そうですか」
梨子(何となく想像つくかも、その光景…)
果南「そこまで言わなくてもいいよね、それとも」
果南「やっぱり私のほうが梨子ちゃんのこと、分かっていないのかな」 梨子「もしかしてそれで?」
果南「まあね、これでも結構な間付き合ってきたから、色々知ってると私は思ってたんだけど」
果南「違うのかなって……ねえ、梨子ちゃんはどう思う?」
梨子「どうって言われても、別にそんなことはないと思いますけど」
梨子「果南さんは私のこと、ちゃんと分かってくれてますよ」
果南「……そっか、うん…それならいいんだけどね」
果南「でもこうして正面から言われると、なんかむず痒いなあ」アハハ
梨子(照れてる……可愛い) 果南「…あっじゃあさ、私だけに観てほしいっていうのは本当なの?」
梨子「…………はい?」
果南「どうかした?」
梨子「……それを私に聞くんですか?」
果南「だって本人に直接聞くのが一番手っ取り早いじゃん」
梨子「いや、そうですけど…………はあ」
果南「えっなに」
梨子「別に、なんでもないです」
梨子「それより、逆に聞きますけど果南さんは一人で見たくないんですか?」 果南「ううん、けど皆で見たほうがいいと思って」
果南「梨子ちゃんの弾いてる姿を見ないなんて、もったいないでしょ」
梨子「…成程、やっぱりそういう考えなんですね」
果南「やっぱり?」
梨子「……果南さん、さっきの質問に答えますけど」
梨子「私が誘ったのは果南さんだけですよ」
梨子「だから果南さんだけに観てほしいっていうのは、本当です」
果南「……なんで私だけなの?」
梨子「それは自分で考えてほしいです」 果南「…………分かったよ、ならもう聞かないことにする」
梨子「はい」
果南「ごめんね」
梨子「どうして謝るんですか?」
果南「なんか怒らせたみたいだから」
梨子「だからって理由も分からないのに謝るんですか? 人によっては逆効果になっちゃいますよ、それ」
果南「う……」
梨子「……クスッ、大丈夫別に怒ってないですよ、ただ」
梨子「さっきの果南さんの話を聞いて、多分今のままじゃ駄目だって思っただけですから」
果南「……そっか」 梨子「それじゃあ私はそろそろ帰りますね」スクッ
果南「うん、今日はありがとね」
梨子「はい、また明日」
果南「……」
果南「梨子ちゃん!」
梨子「?」クルッ
果南「楽しみにしてるのは本当だから、梨子ちゃんのピアノ」
梨子「……」ニコッ 果南「…行っちゃったか」
果南「……今のままじゃ駄目」ボソ
果南「それって多分、私もそうだよね」
果南「……」ハァー
果南(……あの時も、そうだったのかな)
果南(梨子ちゃんが私に相談を持ち掛けたあのときも、あの子は)
果南(今のままじゃ駄目だって、思っていたんだろうか) =======
思えば、一緒になる機会が増えたのはその頃からだ。
内浦の魅力を形にしたいと、彼女が私に話しかけてきたのが始まりだった。
その時も「どうして私なの?」って私は聞いたんだっけ。
あの子が言うには、私が一番ありのままの内浦を知っているからだって話だけど。
いまいちピンとこなかったから、もう少し詰めよってみたんだ、さっきみたいに。 そしたらちょっと恥ずかしそうに
海に潜って、風に当たって、星空を見上げる─自然が大好きな貴女だから、その世界を感じてみたいとそう言って
正直、その言葉に少し面喰ってしまった、確かに私は自然が好きだけど
自分とは全く違う、それこそ乙女チックな一面を彼女は私の中に見ていて
初めて、女の子らしい女の子を見た気がした。 私なんかとはまるで正反対の存在。
ただ、それでも…彼女が何を求めているのか、私には分かるような気がして。
それから────。 果南「……すごいな、梨子ちゃんは」
果南「やっぱり私とは正反対だよ」
ザザーッ… ザザーッ…
果南「ねえ梨子ちゃん、私はね、答えを持ってはいるけど」
果南「梨子ちゃんみたいに、探してはいないんだよ」
果南「あの頃からずっと……待ってばかりいる」
果南「でもきっと、そのままじゃ……分かりはしないんだろうね」
果南「うん、それは嫌だな」 スタッ
果南「よし、私も考えてみよう」
果南(私だって、自分だけが知らないことに何とも思っていないわけじゃない)タッ
果南(寧ろ……)
タッタッ……
果南「あっそうだ、梨子ちゃんの曲を聴きながら走れば何か分かるかも」スッ カチッ
果南(曲作りのとき、よく私の前で弾いてみせてくれたっけ)
果南(それはあくまでサンプルで、ちゃんとしたものじゃないからってあの子は言ってたけど)
果南(凄く綺麗な音だったから、お願いして入れてもらってたんだ)
果南(真っ赤な顔をして恥ずかしがっているのに、どこか嬉しそうな微笑みが)
果南(なんでか頭から離れなくて)
〜〜♪ 〜〜♪♪
果南「綺麗だなあ…」 よく口ずさんでは、少しずれてる私の音を
一緒に歌って直してくれて、弾きながら私に目を合わせてくれてるのが凄いなあって思ったり
ああ、思い出したらまた歌いたくなってきた
でも走りながら歌うには、私の足は少し先に進み過ぎてて
一緒に歩くくらいの速度で、ようやく足並みが揃うリズム
だからなのかな、体をいくら急かしても
気持ちが落ち着いていられるのは。 ……
果南「…………」タッタッ
果南「……」タッ
果南「…あれ?」ピタッ
シーン…
果南「嘘、もう終わり? だってまだ」
果南「走ってから全然時間が経っていないのに……なんで」
─私が誘ったのは果南さんだけですよ。
果南「…なんで今思い出すんだろ」
どうして今になって、気にし始めるんだろう。 そういえば、演奏会の音楽って私……苦手だったんだっけ。
なんでってそれは、分かってくれる人もいるかもしれないけど
一曲一曲の演奏の時間が長くて、いつも眠たくなっちゃうから
特に幼い頃から体を動かすことが好きな私からしたら
あの時間は退屈で仕方なかったんだ
そうだよ、私にとってはそれくらい長いはずなのに
どうしてこんなにすぐ終わってしまうんだろう
あの子のピアノも同じはずなのに、なんでこんなに違うんだろう ……いや、そもそも、本当に同じなのかな
(自分なりの解釈を持つのはいいけど、頑固なのは考えものよね)
私が思い込んでるだけじゃないのか
駄目だ、答えが見つからない
(ええ、本人が無頓着なら尚更)
これじゃあ本当に
─私が梨子ちゃんのこと、分かってないみたいじゃん
分かって……
果南「…………ああ、そうか」
果南「そうだったんだ」 果南「私は、分かっていなかったんだ」
果南「私だけが知っている梨子ちゃんが、こんなにも少なかったんだってことを」
果南「あんなに一緒にいたはずだったのに、形にするとこんなに小さくて、あっという間で」
私の“いつも”の足元にすら、届かない。
たかだかその程度の、関係。
果南「……だから梨子ちゃんは」 (演奏会、かあ)
(ねえ、二人も観に行くよね?)
(果南さんは一人で見たくないんですか?)
(ううん、けど皆で見たほうがいいと思って)
果南「…………違う」グッ
果南「……それじゃ駄目だ、そんなの、嫌だ」
果南「私は、一人で行きたい…あの子の傍にいたい…!」
果南「もう自分から大事なものを遠ざけるなんてこと……したくないから」 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています