善子「ヨハネの可愛い先輩」
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私の学校生活はそれなりに満ち足りていた。
入学早々、自己紹介で少しだけ失敗したりもしたが、今では笑い話に出来るくらいにはなった。
それくらい、スクールアイドルの活動は充実しているのだけれど、何か少しだけ、物足りなさも感じていた。
その物足りなさの正体は自分でもわからなかった。
善子「あれ、梨子ちゃん?」
放課後、今日は練習も休みで、なんとなく手持ち無沙汰になったので中庭に行くと、一つ上の先輩、梨子ちゃんがいた。
エプロンを着け、手にはパレットを持って。どうやら絵を描いているようだ。
梨子「よっちゃん」
善子「へぇ、上手いものね」
覗きこんだキャンパスには風景画が描かれていた。完成まで後2,3割といった所だろうか。
その本格的な様は流石は元美術部だと思った。
梨子「そんなこと、ないよ。暇だったから描いているだけだし」
梨子ちゃんは顔を赤らめて私の言葉を否定した。彼女はそうだ、どこか自分に自信が持てていない、引っ込み思案なところがある。
私が言えた口ではないが、もう少し自分に自信を持って良いと思うのだけれど。
善子「あるわよ、そんなこと。ねぇ、少し見ていてもいい?」 他にやる事も無いため、私はなんとなく絵を描く所を見ていたいと思った。
そう、最初は純粋に、絵に対する興味だった。
梨子「う、うん。別に、いいけど」
やはり、他の人がいると集中できないのだろうか、どこか歯切れの悪い返事をされる。
とはいえ、許可は貰ったのだ。遠慮なく見させてもらおう。
心配しなくとも、無闇に話しかけたりはしないから。
善子「では遠慮なく」
そう言って私は梨子ちゃんの少し後ろに腰を下ろした。
それから、しばらく梨子ちゃんが絵を描く様子を眺めていた。
初めの方は少し緊張していたような梨子ちゃんも、暫くする頃にはそれも解けたのか、思うが侭に手を動かしているように見えた。
絵が描かれる過程を見るのは存外楽しく、梨子ちゃんが手を動かす毎に、キャンパスの中は少しずつ、完成度を高めていく。少し前の状態よりも確実に良くなっていくのがハッキリとわかる。
思えばこうして人が絵を描く所を見るのは初めてだった。何時も見るのは完成品ばかりか、もしくはまっさらな白紙のどちらか。0か100しか知らない私にとって、こうして過程を眺める行為は、新鮮で中々に楽しめるものがあった。 梨子「何も話さないの?」
突然梨子ちゃんにそう言われ、ハッとした。そういえば、梨子ちゃんの絵を描く所を見始めてから、私は一言も発していなかった。自分でも気付かないくらい、私は夢中になっていたようだ。
善子「邪魔しちゃあ、悪いかと思って」
梨子「ふふ、そこまで気にしなくてもいいのに」
善子「実はちょっと見入っちゃっていたのよ。凄いものね、さすがは元美術部」
梨子「そ、そんな事ないって」
善子「いいえ、このヨハネを虜にするなんて、大したものよ。卓越している。冠絶する人材だわ。流石はヨハネのリトルデーモン!」
梨子「ちょっと、褒めすぎ! それにリトルデーモンになった覚えはありません」
善子「クックック……。ねぇ、また絵を描いている所を見せてもらっても良い?」
梨子「え? うん、別にいいけど」
善子「ありがとう、リリー」
梨子「り、リリー? 私の事なの?」
善子「素敵な名前でしょう?」
梨子「うーん……」
こうして、私と梨子ちゃん改めリリーの二人の時間は始まった。 私の目的が絵からリリーに変わり始めるのにそう時間はかからなかった。
善子「リリー、チョコ食べる?」
梨子「今ちょっと手が」
善子「じゃあ、はいあーん」
梨子「ん」
梨子「美味しい」
善子「でしょう? ヨハネイチオシのチョコレートなんだから」
最初は絵を描いている所を見せてもらう以外にも、二人でいる時間が増えた。
リリーといる時間は落ち着く。リリーは私を甘えさせてくれるし、リリーも私といる時は楽しそうにしていると、少なくとも私にはそう見えた。
私はリリーとの時間が好きだった。
なんとなくずっとこんな時間が続くと思っていたが、ある日変化が訪れた。 梨子「あの、よっちゃん。急にこんな事言われて、迷惑かもしれないし、駄目だとはわかっているんだけど」
いつものように二人で過ごしていると、突然リリーが真剣な面持ちで話し始めた。
梨子「私、よっちゃんの事が好きなの」
善子「え、リリー」
梨子「女の子同士だし、よっちゃんにその気は無いのはわかっているけど」
善子「……」
梨子「どうにかなりたいっていう訳じゃあないの。ただ伝えたくて……。ごめんなさい」
リリーの目には僅かに涙が浮かんでいるように見えた。余程真剣に悩んだ末の告白なのだろう。
正直、私にそっちの気は全く無かったし、リリーの事はリトルデーモンとして――仲のいい友達として――好きではあったが、そういう、所謂女の子として、という目で見たことは無いはずだった。
“はず”というのは、つまり、今私の目の前で、顔を赤らめながら必死に告白をしているリリーを見ていたら、断るのももったいないと思ってしまったのも事実だった。 善子「謝る必要などないわ、リリー。神でさえ嫉妬するこの堕天使ヨハネの美貌。リリーが惹かれるのも無理は無い」
梨子「えっ、あー、うん」
善子「ククク、禁忌の恋、それこそ堕天使たるヨハネに相応しい。そう、そろそろ下界の男共には飽きてきたところ。同性を喰らうというのも面白い!」
本当は飽きるどころか、実は会話すら殆どした事ないのだけれど。こう言っておけば格好がつくだろう。
梨子「よっちゃん、私、真剣なんだよ? あまり、茶化さないで――」
リリーが言い切るよりも前に、その唇を塞ごうと、私は自らの唇をリリーの口許へと運んだ。
梨子「痛っ!」
善子「うぐっ」
しかし、私の思い描いた図とは裏腹に、唇は唇を捉えられず、代わりに私の前歯がリリーの前歯にヒットする形となった。
慣れない事はするものではない。漫画やアニメでよくある、カッコいいシーンを真似したつもりだったが果たしてそれは失敗に終わった。
私は口許を押さえながら、恐る恐るリリーの様子を伺うと、リリーも突然の事に驚いたのか、涙目になりながらこちらを睨んでいた。 梨子「何するの〜!?」
善子「い、今のは間違いよ! リリー、目を瞑って!」
梨子「え? う、うん」
記念すべき、我が初キッスが、このような不恰好なものであってはならない。
私は今度こそ、基本に忠実に、シンプルな形でファーストキスをやり直そうと、リリーに目を瞑ってもらった。
これが本当のファーストキス。誰に繕うわけでもないが、心の中でそう呟いた。
そして私はリリーに悟られぬよう、小さく深呼吸をした後、少しだけ背伸びをして、烙印を押すようにその唇を重ねた。
善子「ど、どう? こ、恋人の、契約の、キスよ!」
初めてのキスはそんな感じだった。私も格好つけてはみたものの、初めてのことで緊張したし、恥ずかしかった。顔の赤さは誤魔化せまいと思ったが、された方のリリーは今までに見たことが無いくらい顔を赤くしていた。
私はそれを見て、素直に可愛い、と思ってしまった。 梨子「本当に、いいの?」
善子「いいのよ!」
梨子「ふえぇ」
善子「な、何泣いているのよ!」
梨子「だって、嬉しくて」
善子「全く……」
誰かにここまで想われるというのは悪い気がしない。それが女の子同士でも、今のリリーを見ていると決して半端な気持ちではないとわかるから。
私は"面白そうだから"なんて理由でリリーの気持ちに答えたけれど、リリーの事を好きな気持ちに間違いない。
その好きの気持ちが私とリリーで違うのかもしれないけれど。
私がリリーを可愛いと思った事と、そして、リリーがそうなのか、女の子は皆そうなのかわからないけど、リリーの唇が、マシュマロみたいに柔らかくて、癖になりそうだと思った事も、また間違いなかった。 恋人同士になったといっても、私とリリーは特に変わることは無かった。二人で遊びに行ったり、絵を描いたりして、のんびりと過ごす。
お互いの家に泊まりに行く頻度は増えたけれど、まだ一線は越えていない。
ただ、変わったことも少なからずある。
そう、例えば。
善子「リリー」
梨子「んっ」
私とリリーは頻繁にキスをするようになっていた。
リリーの可愛いところはたくさんあるが、キスするときのリリーは特に可愛い。
キスする前に、未だに顔を赤らめて恥ずかしそうにする姿も、キスした後に嬉しそうに笑う姿も、私は好きだった。
艷やかな柔らかい唇にも、私は夢中になった。
しかしリリーは恥ずかしがりやなので、未だにキスをするときは私からしている。いつかはリリーからして欲しいけど、それにはまだまだ時間がかかりそう。
私は思ったよりも、リリーに夢中になっていたらしい。 そんな日々にも転機は訪れる。
なにせ、私もリリーも女の子同士。
こうした恋人の日々に思うことがないわけでもない。
モブ子「でさ、やっぱり、この学校にもあるらしいよ」
モブ美「へー。いくら女子高だからって、それはないよねぇ」
モブ恵「男子いないから、仕方が無いんじゃない? そんなの、本当の恋愛じゃないと思うけど」
モブ子「遊びじゃない? 一時の気の迷いっていうか」
なんて、クラスメイトの会話が聞こえてきた。
女子同士、なんて受入れられないのはわかっていたけど。でも、本当の恋愛じゃあないなんて言われるのは心外だ。私とリリーは本気なのに。
こんな言葉無視していればよかったのに、気にしなければよかったのに、その時の私はどうしようもなく不安になってしまった。
「本当の恋愛じゃないと思うけど」という、クラスメイトの言葉が深く胸に突き刺さったまま、私はリリーに会いたくて堪らなくなった。リリーはこの恋についてどう思っているのだろうか、そんな事がどうしても気になってしまった。
私とリリーは、本気だよね。遊びなんかじゃあ、ないよね? 善子「ねぇ、リリー。私が、男の子を好きになったから別れて、って言ったら、どうする?」
わかっている。こんな馬鹿なこと、聞くものじゃあない事くらい。
でも私は不安で、リリーに引き止められたくて、「つまらない冗談はやめて」って笑って流して欲しくて、「冗談でもそんな事を言わないで」なんて怒ってほしくて、聞いてしまった。
梨子「え……」
梨子「うん……仕方ないよね」
だから、そんな諦めたように笑わないでよ。
その先は聞きたくない。
梨子「別れようか」
それを聴いた瞬間、私は反射的にリリーの前から駆け出していた。
結局、私だけが勝手に本気になっていただけ。馬鹿みたいだ。
始まりは軽い気持ちだったのに、知らないうちに熱くなって。でも、それは私だけだったみたい。リリーはあの時、真剣だって言ってくれたのに。
そうだ、最初はリリーのほうが私を好きだったはずなのに。いつの間にか、私のほうがこんなにリリーを好きになっていたんだ。 そんな事を考えていると、涙が出そうになってきた。
いっそ大雨でも降ってくれれば思い切って泣けるのに、こんなときに限って私の不幸体質はなりを潜め、空は私の心とは裏腹に爽やかな青さが広がっているだけだった。
学校を飛び出してからしばらくして、頭も冷えると私は完全に時間を持て余すこととなった。
バスまではまだあるし、この田舎ではどこかで時間を潰すのも難しい。
どうしたものかと立ち尽くしていると、後ろからよく知った声が聞こえてきた。一番よく知る、一番聞きたかった声。
梨子「よっちゃん!」
善子「リリー……?」
振り向くと、そのままリリーは私の許に飛び込んできて、抱きしめられた。
梨子「ごめん、よっちゃん、ごめん……私、やっぱり別れたくない。男の子によっちゃんを取られるなんて、我慢できないよ」
梨子「私の一方的な思いで、よっちゃんを縛り付けておくのはよくないって思ったから、よっちゃんがもし別れを切り出してきたら、きっぱり諦めようと思っていたんだ」
梨子「でも、ダメだったみたい。よっちゃんと離れたくない」
私の一番聞きたかった言葉を、時間差でかけられるなんて。まるで図ったかのようなタイミングに、私は全てリリーの思惑通りなのではという気さえしてくる。それほどまでに、私はリリーに対して一喜一憂している。 けど、もうそんな事はどうでもいいくらい、今はリリーの言葉が嬉しかった。
善子「馬鹿ね、一方的なわけないじゃない」
梨子「だからよっちゃん、別れるなんて、言わないで!」
善子「そもそも、私は別れるなんて言ってないわよ?」
梨子「え、でも」
善子「”別れて、って言ったらどうする?”って聞いてみただけよ? むしろ、私がリリーに別れようって言われたのよ」
梨子「え?」
梨子「ええー!? ま、待ってよっちゃん、あれは、その、ヒドイよ!」
これはせめてもの仕返し。
私はわざと悪戯っぽく、大袈裟に落ち込んだフリをした。
善子「あー、リリーにフラれちゃったなぁ」
梨子「待って! 取り消し! あの言葉は取り消すから!」
善子「うーん。じゃあさ」
私は少し考えた後、一つ、まだリリーにしてもらっていない事があるのを思い出した。今が、絶好のチャンスではないだろうか。 善子「リリーからキス、して」
梨子「えっ!? うん、わかった……」
梨子「いくね? よっちゃん」
私はいつもリリーがそうしているように、目を瞑ってリリーを待った。
私からするのは慣れているのに、される側ではまた違った緊張感がある。
そういえば、ここは往来の真ん中だ。こんなところで、私達は何をやっているのだろう。なんて、変に冷静になった思考は、唇に当たったよく知る感触によって再び遮られた。
梨子「ど、どうだった……?」
善子「クククッ、ここに再び契約は交わされた! これよりリリーは我がパートナーとして、一生我に付き従うのよ!」
リリーは不安げにキスの感想を求めてくるが、私は口許に手を当てて大袈裟な演技で返すしか出来なかった。
この、緩みきった頬が元に戻るまで、口許の手はどけれそうにない。
オワリ メノ^ノ。^リ「計画通り」
元ネタは竹宮ジン先生です。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています