善子「ライラプスは諦めて帰りましょう」梨子「ノクターンよ……」
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梨子(何よ、泣き止んですぐに立ち直るなんて)
梨子(善子ちゃんの想いはその程度だったってことね)
善子「ほら、行くわよ」
梨子「うん……」 ―――
―
梨子(小さい頃から犬が苦手だった)
梨子(人間のものとは違う鋭い犬歯、獰猛な鳴き声、荒い吐息)
梨子(そのひとつひとつが、幼い私の恐怖心を煽った)
梨子(彼らの本心を探ろうともせず、ただ怖くて)
梨子(逃げてばかりだった)
梨子(それなのに)
梨子「……ただいま」
桜内母「お帰り、飼い主さん喜んでた?」
梨子「うん」
桜内母「よかったわね」
梨子「うん……」
桜内母「……じゃあ、ご飯にしようか」
梨子(どうして私、こんなに落ち込んでるんだろう) ―――
―
ザー…
果南「今日の練習はここまでにしようか」
ダイヤ「最近雨が続いてますし、無理して続けない方がよさそうですわね」
千歌「ふぇー、つっかれたぁ」
曜「梨子ちゃん、また振り付けズレてたよ」
梨子「え?」
曜「ほら、この動画見て」
梨子「あー……ホントだ、ごめんね」
曜「ううん、気にしなくていいんだけど」
曜「――大丈夫? どっか調子わるい?」
梨子「……そんなことないよ」
曜「今日ずっとボーっとしてたみたいだったから」
千歌「言われてみれば、確かに今日の梨子ちゃん変だったかも」
梨子「千歌ちゃんまで……本当に大丈夫だよ」
曜「梨子ちゃんがそういうなら、いいんだけど……」
善子「……」 ―――
―
善子「ちょっと」
梨子「……へ?」
善子「来て」
梨子「どこに?」
善子「いいから」グイッ
梨子「わわっ!」
善子「……」ツカツカ
梨子「ちょ、善子ちゃん……もう閉まっちゃうよ?」テクテク
善子「どうでもいいわよ」
梨子「えぇ……施設の人に迷惑が……」
梨子(喧騒が遠ざかる)
梨子(私たちは、誰もいない……静かな場所へと向かっていった)
梨子(二人っきりになれる場所へ) 善子「……」クルッ
善子「貴方、まだ昨日のこと気にしてるの?」
梨子「昨日の……」
善子「ライラプスのことは忘れなさい。あの犬はあの家の子なんだから」
梨子「ムッ……ノクターン!」
梨子「っていうか善子ちゃん、何も無かったみたいな様子だけど」
善子「なによ」
梨子「悲しくないの?」
善子「フン、堕天使がこの程度のことで悲しむと思って?」
梨子「いやいや……昨日善子ちゃん、みっともなく泣いてたじゃない」
善子「うっ、うるさいわね! 泣きもせずにいつまでも引きずる貴方よりマシよ!」
梨子「なっ……どうせ私は面倒な女ですよ」
善子「そんな言い方っ……してないじゃない」 梨子「善子ちゃんは強いね」
善子「は?」
梨子「あんなに仲良かった子と、あんな別れ方して……それなのにすぐ立ち直れるんだもん」
梨子「私には、そんなことできないよ」
善子「強くなんてない」
善子「この程度の"不幸"には、慣れてんのよ」
梨子「慣れてる?」
善子「そう、私は不幸にも天から堕ちた堕天使。人間風情と一緒にしないで頂戴」
梨子「……」ジー
善子「……なんか言いなさいよ」
梨子「いや、続けて?」
善子「なによ、調子狂うわね」
善子「とにかく。あの犬のことはもう忘れて、いつもの梨子に戻りなさい」 ―――
―
桜内家
梨子「……」ボー
梨子(このおもちゃで……楽しそうに遊んでたっけ)
梨子「ノクターン……」グスッ
桜内母「梨子ー、善子ちゃん来てるわよ?」
梨子「へ?」
ガチャッ
善子「……何してるのよ」
梨子「何って?」
善子「それ、ライラプスに買ったものでしょう」
梨子「……うん」
善子「そんなに未練があるなら、いっそ取り返しにいけば?」
梨子「はい?」
善子「今日の練習も身が入ってなかったし。いつまでもそんなんじゃ困るの」
梨子「別に、善子ちゃんには関係……」
善子「大アリよ。おなじAqoursのメンバーだし、ユニットだって同じだし」
梨子「それはそうだけど……でも、だからって他所のペットを盗んでいい理由にはならないわ」 善子「あの子が梨子を選んだら?」
梨子「え?」
善子「仮にあの子が梨子を飼い主と認めれば、貴方が飼い主なのよ」
梨子「そんなわけないでしょ!」
善子「契約とはそういうものよ。クックックッ、そうと決まれば早速あの家に……」
梨子「行かない! それ犯罪だから!」
善子「なら、貴方はこのままでもいいっていうの?」
梨子「うっ……よくはない……けど、仕方ないでしょう。あの子はあの家の子なんだから」
善子「私はイヤよ。でも、あの子のためを思って振り切ったの。そうするべきだと思ったから」
善子「でも貴方は? いつまでも煮え切らない態度で周りを困らせて。そんなんだったら、たとえ認められない行為でも……」 梨子「ふざけないで」
善子「……!」
梨子「私にあの子を押し付けといて、自分が一番あの子を好きだったみたいに言わないでよっ!」
梨子「私だって……でも、仕方ないじゃない。今更どうしようもない事なんだから……」
善子「気に入らない」
梨子「は?」
善子「気に入らないのよ。貴方の諦め癖」
梨子「……」
善子「……話は終わり。帰るわ」 ―――
―
桜内母「スー…スー…」
梨子「……よし」
梨子(ごめんなさい、お母さん)
ガチャッ ―――
―
梨子(自転車でいけば30分くらいかな)
梨子(一目見るだけよ……それだけなんだから)
梨子「ハァ…ハァ……着いた」
梨子(明かりは……消えてるか)
梨子(って、そんなの当たり前よね)
梨子(家の近くまでくれば、もしかしたら会えるかも……なんて思ってたけど)
梨子(考えてみれば、この時間は犬だって寝てるに違いない)
梨子「はぁ……帰ろ」 グイッ
梨子「キャッ! モゴ……ン〜〜〜!!」
善子「静かにして!」コソコソ
梨子「……!」
梨子「プハッ……善子ちゃん、どうしてここに?」
善子「こっちのセリフよ。どうして貴方がいるの?」
梨子「私は……その」
善子「フッ、言わずともわかるわ。貴方もライラプスを取り返しに来たのでしょう」
梨子「……違うもん。あとノクターン」
チリンチリン…
警官「君たち、そこで何してる!」
梨子「やば!」
善子「逃げるわよ梨子!」
梨子「ふぇ!?」
善子「早くっ!」
梨子「ちょ、待って〜!!」
警官「こらー! 止まれー!!」 ―――
―
よしりこ「ハァ…ハァ……」
善子「なんとか……撒いたわね」
梨子「う、うん……」
善子「クッ……プククッ……」
梨子「もう、笑い事じゃないって」
善子「はぁ……楽しかった」
梨子「怖かったよぉ」
善子「スリル満点ね。こんなに楽しいのはライブでもそうそう味わえないわ」
梨子「悪趣味……」
善子「あら、貴方がそんなこと言えるの?」
梨子「クスクス……」
梨子「あんこちゃん、元気にしてるといいな」
善子「――っ」
梨子「帰ろっか」
善子「……そうね」 ―――
―
翌日
千歌「ねえねえよーちゃん」
曜「うん?」
千歌「道端にこんなのが貼られてたんだけど」
曜「なになに……"迷い犬探しています"?」
梨子「おはよー。2人とも何見てるの?」
千歌「あ、梨子ちゃん! これだよ、迷子の子犬さん!」
梨子「それ……まだ剥がされてなかったんだ」
曜「え?」
梨子「善子ちゃんがその子を見つけて、飼い主さんの所に帰してあげたのよ」
千歌「なーんだ、それなら安心だね」
梨子(……あれ? でも、私と善子ちゃんも剥がすの手伝ったはずなんだけどなぁ) バタバタバタ…
善子「梨子っ!」
梨子「ふぇ?」
善子「ハァ…ハァ……これ」
梨子「善子ちゃんも、あんこちゃんの張り紙見つけたんだ。きっと剥がし忘れてたのね」
善子「ううん、違う」
善子「また貼られてたのよ……剥がしたはずの場所に」
梨子「……え?」 ―――
―
ピンポーン
『……はい』
梨子「あ、えっと……」
善子「以前お会いした津島です」
『ああ、あの時の……ちょっと待っててね』
ガチャッ
母「いらっしゃい」
梨子(なんか……疲れてる?)
善子「こちらの張り紙の件なんですけど」
母「……貴方たちには説明しないといけないわよね」
母「どうぞ、上がって」 ―――
―
娘「ひっぐ……えっぐ……あんこぉ……」
梨子(あんこちゃんは……見当たらないか)
母「どうぞ座って」
善子「失礼します」
母「説明って言っても、簡単な話なんだけど。……また逃がしちゃったのよ」
梨子「へ?」
善子「ライ……あんこちゃんをですか?」
母「あんこは小さい頃からヤンチャな性格で。少し目を離すと、すぐにどこかに走って行っちゃうような犬なのよ」
母「だから娘には、リードを離さないようにって強く言ってたんだけど……」
娘「うぇぇ……ごめんなさい」 梨子「リード、離しちゃったんですか?」
母「ううん、違うの。この子の癖みたいなもので……やめなさいって言ってるのに、いつもリードをその辺に引っ掛けちゃうのよ。柵のドアノブとかね」
梨子「ああ……」
善子「それで、逃がしてしまったんですか」
母「ええ。せっかく見つけてくれたのに、本当にごめんなさい」
梨子「いえ、私たちはそんな……」
母「昨日の夜ずっと探してたんだけど、結局見つからなくて」
母「はぁ……どこに行っちゃったのかしら」 ―――
―
善子「……探すわよ」
梨子「え?」
善子「決まってるでしょ、ライラプス!」
梨子「探すって、一体どこを?」
善子「しらみつぶしに探すの!」
梨子「日が暮れちゃうよ……」スッ
善子「スマホ?」
梨子「2人で探すより、9人で探したほうが見つかりやすいでしょ?」 ―――
―
千歌「2回もいなくなっちゃうなんて、仕方ない子だなぁ」
曜「遊びに行きたい気持ちは分かるけどね」
ダイヤ「言っている場合ではありませんわよ」
ルビィ「お腹空いてるだろうなぁ」
花丸「マルが見つけたらのっぽパンあげるずら」
果南「犬ってパンとか食べるの?」
鞠莉「小原家を総動員すれば一網打尽デース!」
梨子「みんな……来てくれてありがとう」
善子「ふん、ヨハネの力さえあれば犬一匹など簡単に……」
善子「……でも、ありがと」
千歌「フフッ♪ じゃあ、みんなであんこちゃんを探そう! おー!」 ―――
―
1時間後
ザー…ザー…
梨子(こんな時に限って雨降ってくるなんて。みんなに悪い事しちゃったなあ)
梨子(傘さして走るの、結構難しい)
梨子(……あれ?)
パシャパシャッ
梨子「――善子ちゃんっ」
善子「梨子……ヨハネよ」 梨子「見つかった? ……って、そんな雰囲気じゃないか」
善子「ハァ…ハァ…」
梨子「それ、お気に入りのパーカーじゃなかったの?」
善子「堕天使の力をもってすれば、染み込んだ雨粒を吹き飛ばすことなど容易……クックック」
梨子「はいはい……風邪引いちゃうから、傘入って?」
善子「いらない」
梨子「善子ちゃん……?」
善子「あの子は、この雨の中震えてるかもしれないんだから」
梨子「――っ」
善子「最初見つけた時もそうだった。雨が強い中、屋根も無い場所で小さくなってて」
善子「そんなライラプスを助けてあげたのは、私なの……!」 善子「きっと今回だって、私の助けを望んでる……そんな気がするの! だからっ――」
梨子「善子ちゃんっ!」
梨子「……落ち着いて? 風邪引いちゃったら、元も子もないでしょう」
善子「堕天使は風邪なんて引かないわ」
梨子「……中の貴方は大丈夫でも、借りているその体は人間なの。もっと大切にしてあげて」
善子「え――?」
梨子(こんな感じ……だよね)
善子「フフッ……クククッ……貴方がそういうのなら致し方ない。この仮初の体を休めましょう」
梨子「はぁ……じゃあ、あそこのコンビニで」 ―――
―
善子「……」ブルブル
梨子「はい、ホッカイロとカッパ買ってきたわ」
善子「なんでカッパ?」
梨子「見た目よりずっと保温性が高いのよ」
善子「……ありがと」
梨子「ふー……あんこちゃん、見つかるかな」
善子「ライラプスよ」
梨子「はいはい……」
善子「見つかるわよ、きっと」
梨子「どうしてそんなことが言えるの?」
善子「フフッ……あの子と私は、運命(ディスティニー)で繋がっているのよ」
梨子「ディスティニーって……」 善子「……堕天使って、いると思う?」
梨子「え?」
善子「私さ、小さい頃からすっごい運が悪かったの」
善子「外に出ればいつも雨に降られるし、転ぶし、なにしても自分だけうまくいかないし」
善子「それで、思ったの」
善子「きっと私が特別だから、見えない力が働いてるんだって」
梨子「それで……堕天使?」
善子「勿論、堕天使なんているはずないって、それはもうなんとなく感じてる。クラスでは言わないようにしてるし」
善子「……でもさ」
善子「本当に、そういうの全くないのかなって」
善子「運命とか、見えない力とか」 善子「――そんな時、出会ったの」
善子「何か見えない力で引き寄せられるようだった」
善子「これは絶対偶然じゃなくて、何かに導かれてるんだって……そう思った」
善子「不思議な力が……働いたんだって」
梨子「……」
善子「……もう出ましょう。ライラプスを探さなきゃ」 ―――
―
善子「……」キョロキョロ
梨子「いまの所、誰からも連絡来てないし。町から出ちゃったのかな」
善子「ううん、いるわ」
梨子「それも運命?」
善子「……知らない場所に行くとは思えないの」
梨子「ああ……」
チュンチュン
梨子「雨、止んだね」 クウーン…
梨子「――え?」
善子「今の、聞こえた?」
梨子「まさか……あんこちゃ――」
善子「シッ……静かにして」
クゥーン…クゥーン……
梨子(きっと傍にいる……でも、どこかに隠れてるみたいで、正確な位置まではわからない)
梨子(でも放っておけば、またどっかに行っちゃうかもだし……どうしよう)
善子「……」スッ
梨子「……善子ちゃん?」
梨子(額に指を当てて……堕天使のポーズ?) 善子「お願い、ライラプス」
善子「私の所に来て……!」
梨子「――っ」
――本当に、そういうの無いのかなって。
――運命とか、見えない力とか。
梨子(善子ちゃん……)
善子「ウーン……ウーン……!」
――これは絶対偶然じゃなくて、何かに導かれてるんだって……そう思った。
――不思議な力が……働いたんだって。
あんこ「くぅーん……」スタスタ
梨子「あんこちゃん……!?」
善子「ライラプスっ……!」
あんこ「わんっ」
よしりこ「……っ!」
善子「ライラプスぅ! 信じてたわ! 流石ヨハネと上級契約を交わした……グスッ」
梨子(見えない力……か) ―――
―
母「本当にありがとうございました……!」
娘「あんこ、ごめんね……ごめんね……!」グスッ
梨子「いえ、見つかってよかったです」
善子「……」
梨子「では、私たちはこれで……」
あんこ「わんっ」パタパタ
善子「……え?」
あんこ「くぅーん」スリスリ
善子「ライラプス……」
娘「きっとお礼言ってるんだよ。お姉さんに……『ありがとう』って」
善子「……そっか」
善子「じゃあね、あんこ」ナデナデ
梨子「……クスッ」
スッ
善子「……貴方」
梨子「元気にね、あんこちゃん」ナデナデ ―――
―
梨子「"みんな手伝ってくれてありがとう"……これで一件落着ね」
善子「……まあ、偶然よね」
梨子「え?」
善子「分かってるのよ。きっと今回限りの出来事で、ただの偶然だって」
善子「明日から、元通りの不幸な堕天使に――」 梨子「見えない力は、あると思う」
善子「……梨子?」
梨子「善子ちゃんの中だけじゃなく、どんな人にも」
善子「……そうかな」
梨子「うん。信じている限り……きっとその力は働いてると思うよ」
善子「……」ニコッ
善子「流石私のリトルデーモン。ヨハネの名において、上級リトルデーモンに認定してあげるっ♪」
梨子「ありがと、ヨハネちゃん」フフッ
善子「善子! ……あれ?」
梨子「フフッ♪」 `¶cリ˘ヮ˚)| 風の音が大きすぎて寝られないじゃないの! ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています