俺さ家庭菜園やってるんだけど [転載禁止]©2ch.net

1菜々しさん2015/12/02(水) 16:37:58.87ID:6GOrwX4Y
土作りに牛糞その他の動物性肥料は欠かせないし、農薬もやっぱ最低限撒かないと虫食いにやられるんだわ
ベジタリアンって農業の過程で生じる犠牲については自覚あんの?

283菜々しさん2015/12/22(火) 09:45:50.07ID:E0F5ZLn3
>>273
今更ですが、レスを見落としていたようです。既に同じ内容を述べていますが、一応レス返しておきます。
> つまり問題解決の決定権は住人側にあるということです。

解決しさえすれば、住人はその手段は問うていません。

> 不特定(全員が容疑者)への問題解決の対応というのは、容疑者全てに対し対応することが合理的です。

それは解決手段が犯人探しと限られ、かつ全員が容疑者である場合つまり容疑者に該当しない者があることを捨象できる場合です。

> 出来ることなら犯人全てを特定できれば「犯行は停止」し問題解決となります。

それが解決となる可能性はありますが、解決法がそれに収束することにはなりません。

> 「問題の原因(犯人)は特定しろとは言わない!

犯人を特定しなければ対策ができないわけではありませんからね^^

>原因の追及の方法をお前らが決めるな!

これは捏造ですね。犯人を特定したいなら勝手にやってください、と言っています。

> そして追及しろとは言っていない。

そうですよ?犯人探しは眼中にありませんから。

>問題解決とは関係ない。

犯人探しは対策に必須ではない、必要条件ではない、と言っています。必要条件の意味は分かりますかね?

> 全てに問題がある可能性があるが、全ての問題に対してを考慮し対応するのは非論理的だからおかしい!

「全てである可能性もあり、全てでない可能性もある」ということから「全てでない可能性」を捨象しなければ「全てである」とすることはできません。論理的とはこういうことです。
捨象する論理的な根拠が無ければ、その捨象は恣意によるものだということ。恣意は非論理的なものです。

>全てに対し対応することはお前らの勝手だ。

そうですね。恣意によるということですから。

> 勝手な解釈は論理の飛躍だ!

恣意が入るということは論理は飛躍していますよ。

> さあ!問題を解決しろ!」

元の文は問題解決しろ、とはあなたに言っていませんよ?

> こういうのを世間ではクレーマーと呼ぶでしょうね。

www
こういうのを世間話では「レッテル貼り」と言います。

284菜々しさん2015/12/22(火) 10:21:07.51ID:E0F5ZLn3
>>272
ああ、これも見落としていました。申し訳ない。
> 問題解決で重要なのは「原因の排除」ですので「犯人の特定」は合理的でしょう。

犯人の特定を手段の一つに挙げることは可能でしょうが、様々な手段のうちから手段を「論理的に」それに限定するためには、その他の手段を論理的に捨象する必要があります。
それ無しに手段を限定するならばその限定は恣意によるということです。

> 問題解決に対し最も有効であるのは「原因の排除」です。「犯人検挙」となります。

「原因の排除」が最も有効であると仮定して、それを犯人の特定に限定することはどのように導出しましたか?
例えば、「監視者がいない」ことが原因であるなら見張りをつけることも「原因の排除」になり得るし、
「容易に手出しができる」ことが原因であるならフェンスの設置が「原因の排除」になり得るし、「罰せられた前例がない」ことが原因であるなら一人二人の犯人を見せしめにすることも「原因の排除」になり得ますよ?

> つまり犯人探しは原因排除への対応として論理の飛躍でも何でもありませんよ。

他の手段を捨象して犯人探しに対策を限定することに論理的根拠があれば飛躍ではないですし、論理的根拠がなく恣意的に捨象するのであれば論理は飛躍していますよ?

> PTA予算から防止策を設置等の対応は、冤罪である生徒の家族を巻き込んだ新たな問題が発生しますので「まず有り得ない」でしょう。

これは本題と関係ない余談ですね。PTA会費の使途の是非を判断するのはあなたでも私でもありませんが、一部の該当する生徒のためにPTA会費を運用することは珍しくありませんよ?部活動の運営資金や、特定の通学路の安全対策などがありますね。

285菜々しさん2015/12/22(火) 10:22:44.22ID:7x11acgp
>>282
貴方は「言っただけ。提示していない。」といいましたが?
正確には「この板に書いて、提示した。」でしょ?

それを常識を疑うと言ったのです。
「欺瞞を提示するベジタリアンが存在しない」とは言ってません。
し、それが非常識という話にすり替えないでもらいたい。

286菜々しさん2015/12/22(火) 10:33:25.43ID:E0F5ZLn3
>>285
> 貴方は「言っただけ。提示していない。」といいましたが?
>正確には「この板に書いて、提示した。」でしょ?

>>278
>「犯人がある」と言っただけで「犯人の提示」はしていません。
のことでしょうか?
この板に書いたのは「『犯人があるということ』の提示」であって、「『犯人』の提示」ではないですね。すり替えないでいただきたい。

287菜々しさん2015/12/22(火) 11:50:27.75ID:7x11acgp
>>283
>解決しさえすれば、住人はその手段は問うていません

問うてはいないが望みがあります。
その望み通りに行かなくては問題解決になりません。
つまり「問題解決の決定権は住人側が持っている」のです。

> それは解決手段が犯人探しと限られ、かつ全員が容疑者である場合つまり容疑者に該当しない者があることを捨象できる場合です。

容疑者に該当しない者があることを捨象できるから、その人間は容疑になるのではなく、
「容疑がある」から「容疑者」と呼ばれるのですよ?

> それが解決となる可能性はありますが、解決法がそれに収束することにはなりません。

だから問題解決の決定権は住人側にあります。
解決法の中で一番犯罪を停止できる可能性のある対策をとることは合理的です。
それが「原因の排除」です。

> 犯人を特定しなければ対策ができないわけではありませんからね^^

犯人を特定(わからない内はできるだけ特定する)ことをしなければ対策はできませんがね?
すでに住人は「生徒が犯人」「対策の一つである苦情」を実行しています。
「ある程度の特定」を犯行を停止させる(問題解決)手段としてすでに使用しています。
しかしまだぼんやりすぎます。
犯行を停止させる(問題解決)確率をあげることは「原因の特定→排除」こうなることが合理的です。

>これは捏造ですね。犯人を特定したいなら勝手にやってください、と言っています

「問題解決」に「原因の特定→排除」は合理的です。
問題解決を望む住民にとってはありがたいことであり、どうでもいいことではありません。

288菜々しさん2015/12/22(火) 11:50:56.92ID:7x11acgp
>>283
> そうですよ?犯人探しは眼中にありませんから。
犯人探しは対策に必須ではない、必要条件ではない、と言っています。必要条件の意味は分かりますかね?

問題解決に原因の特定→排除は合理的です。
まずどうでもいいなら苦情はいれません。
自分で解決すればいい。
学校や警察を巻き込んだ場合、学校、警察は最も問題解決に合理的な対策をとることは当たり前です。
学校、警察は暇じゃないんでね。
住人側の要望であろう早期解決も実現するのに一番適した対応です。
住人側、貴方は「どうしてほしい」のですかね?

> 「全てである可能性もあり、全てでない可能性もある」ということから「全てでない可能性」を捨象しなければ「全てである」とすることはできません。論理的とはこういうことです。
捨象する論理的な根拠が無ければ、その捨象は恣意によるものだということ。恣意は非論理的なものです。

学校、警察の対応は恣意ではなく合理的な決断による対応です。

そうですね。恣意によるということですから。

問題解決に原因特定→排除は合理的です。
学校、警察の対応は恣意ではなく合理的な決断による対応です。

> 元の文は問題解決しろ、とはあなたに言っていませんよ?

住人側はそれを言っているからの「苦情」でしょうが?

> こういうのを世間ではクレーマーと呼ぶでしょうね。
www
こういうのを世間話では「レッテル貼り」と言います。

根本的に貴方は「詐欺的手法による欺瞞を提示する1人以上〜全員以下のベジタリアンが存在する」というレッテルを
関係ないベジタリアンに貼っていますが。

289菜々しさん2015/12/22(火) 15:23:14.26ID:E0F5ZLn3
>>287
> その望み通りに行かなくては問題解決になりません。
> つまり「問題解決の決定権は住人側が持っている」のです。

住人の望みが「犯人探し」に収束することの論理的根拠がありますか?
解決手段が犯人探しと限られないならば、必ずしも犯人探しは必須ではない。

> 容疑者に該当しない者があることを捨象できるから、その人間は容疑になるのではなく、
> 「容疑がある」から「容疑者」と呼ばれるのですよ?

文言は「全てとは限らない不特定の該当者がある」と言っていますが、「全員に『容疑がある』」とも、「全てではなく一部だけに『容疑がある』」とも、「特定の誰に『容疑がある』」とも述べていない。
そもそも「どの該当者に『容疑がある』」と述べていない。つまり文言は容疑をかけていない。
文言の読み手が恣意により「例外がある場合を捨象し『全てが容疑者である』」としたり「他の部分を捨象し『一部が容疑者である』」としたり「特定の誰か以外を捨象し『特定の誰かが容疑者である』」とするだけのことです。
文言はあくまで事実を提示しているだけであり、誰に容疑があるかという判断は文言には無い。文言から乖離しています。

> だから問題解決の決定権は住人側にあります。
> 解決法の中で一番犯罪を停止できる可能性のある対策をとることは合理的です。
> それが「原因の排除」です。

その「原因の排除」が「犯人探し」に収束するといえない、と言っています。収束しないなら犯人探しは必須ではない。

> 犯人を特定(わからない内はできるだけ特定する)ことをしなければ対策はできませんがね?

そうとは言えませんね。既に反証は挙げてあります。

> 「問題解決」に「原因の特定→排除」は合理的です。
> 問題解決を望む住民にとってはありがたいことであり、どうでもいいことではありません。

その「原因の排除」が「犯人探し」に収束しないならば、住人は解決手段が「犯人探し」であることに必ずしも拘泥していません。

290菜々しさん2015/12/22(火) 16:02:35.18ID:E0F5ZLn3
>>288
> 問題解決に原因の特定→排除は合理的です。

その「原因の排除」が「犯人探し」に収束するといえない、と言っています。収束しないなら「犯人探し」は必須ではない。

> 学校、警察は暇じゃないんでね。

論点はそこじゃないですよね^^
そもそも学校の例は「全てとは限らない不特定の該当者がある」という内容の文言を論理的に「全てが該当者である」と読めるかどうかという話です。
暇じゃないからどうだとかいう恣意的な都合は論点外ですよ。

> 住人側、貴方は「どうしてほしい」のですかね?

住人ですか?住人は生じている問題を解決して欲しいんじゃないですか?つまり悪戯の防止。それ以外は住人のみが知りうることであり、私の知ったことじゃない。
「犯人探しを求めている」という証拠もないし「フェンスの設置を求めている」という証拠もないし「見張りを立てろと言っている」という証拠もない。

私ですか?私なら文言の指すように
「『全てとは限らない不特定のベジタリアンが詐欺的手法により欺瞞を提示する場合がある』という事実があるが、
『菜食主義に論理的・科学的・普遍的な理由を求めきれずにベジタリアンになれない人がいるならば、そんな期待もできないものを求めるより、菜食主義などは単なる【主観や恣意】の問題と割りきった方が遥かにベジタリアンになりやすいでしょうね』という提言」
をしているだけですよ?「提言」であり、それが元々のあっちのスレの目的でしょ?「どうしてほしい」という要求ではないですね。

小学校の例は「全てとは限らない不特定の該当者がある」を「全てが該当者である」と読めるかどうか、という例ですから、「提言」と「要求」の部分に差違があってもそれを挙げるのは論点のすり替えですね。

> 学校、警察の対応は恣意ではなく合理的な決断による対応です。

恣意でないならば、論理的にその対応に収束させられるということになります。どうやって収束させるのか知りませんが、収束させられるなら論理的、させられないなら恣意的な判断です。
まあフィクションの世界の警察なりがどう論理的に収束させられるのかには興味はありますけどねwww
私には提示されている情報が少なすぎて収束させられません。あなたにできるとも思えないけど。
いずれにせよ、元の文は「迷っている人への提言」であり「困っている人による対応の要求」ではありません。その部分の例え話じゃありませんので。

> 問題解決に原因特定→排除は合理的です。
> 学校、警察の対応は恣意ではなく合理的な決断による対応です。

「原因の排除」がその対応に論理的に収束するならばね。そうでなければ恣意です。

> 住人側はそれを言っているからの「苦情」でしょうが?

ですから、元の文は「提言」であり「苦情」でもなければ「要求」でもありません。論点がずれています。

> 根本的に貴方は「詐欺的手法による欺瞞を提示する1人以上〜全員以下のベジタリアンが存在する」というレッテルを
> 関係ないベジタリアンに貼っていますが。

違いますね。「全てとは限らない不特定のベジタリアン」に「誰が該当するのか」述べていない。誰にもレッテルは貼っていませんよ。
「全てとは限らない不特定の日本は皇族である」という場合、「全ての日本人は皇族である」と言ったことになりますか?

291菜々しさん2015/12/22(火) 19:03:41.20ID:wlR2tJeo
>>284
犯人の特定を手段の一つに挙げることは可能でしょうが、様々な手段のうちから手段を「論理的に」それに限定するためには、その他の手段を論理的に捨象する必要があります。
それ無しに手段を限定するならばその限定は恣意によるということです。

「原因が特定できず、全てに問題がある可能性がある」時、全てに問題があるとし対応し、そこから消去法で残ったものを原因と特定することは合理的であり、一般的な対応だと言えるでしょう。
恣意でも何でもありません。

> 「原因の排除」が最も有効であると仮定して、それを犯人の特定に限定することはどのように導出しましたか?
例えば、「監視者がいない」ことが原因であるなら見張りをつけることも「原因の排除」になり得るし、
「容易に手出しができる」ことが原因であるならフェンスの設置が「原因の排除」になり得るし、「罰せられた前例がない」ことが原因であるなら一人二人の犯人を見せしめにすることも「原因の排除」になり得ますよ?

犯罪が原因ではありません。
原因は犯人です。
悪戯が原因ではありません。
悪戯をする人間が原因です。


> つまり犯人探しは原因排除への対応として論理の飛躍でも何でもありませんよ。

他の手段を捨象して犯人探しに対策を限定することに論理的根拠があれば飛躍ではないですし、論理的根拠がなく恣意的に捨象するのであれば論理は飛躍していますよ?

> これは本題と関係ない余談ですね。PTA会費の使途の是非を判断するのはあなたでも私でもありませんが、一部の該当する生徒のためにPTA会費を運用することは珍しくありませんよ?部活動の運営資金や、特定の通学路の安全対策などがありますね。

まず根本的に「犯人が存在する悪戯」に対しPTA会費を使って防犯する訳がありませんよwww
新たな問題が発生しますからね?
やっぱり常識がずれてますかね?

292菜々しさん2015/12/22(火) 19:15:58.03ID:wlR2tJeo
>>290
貴方は>>227

>小学校の近くの住人から「お宅の生徒の悪質な悪戯として、ウチの植木の枝が折られたり葉がむしられたりといった行為がしばしば行われている」という苦情が来た。

と「苦情」と言ってますが?
いつから「提言」にすりかわりましたか?
やはり貴方は無茶苦茶ですね。

>違いますね。「全てとは限らない不特定のベジタリアン」に「誰が該当するのか」述べていない。誰にもレッテルは貼っていませんよ。
「全てとは限らない不特定の日本は皇族である」という場合、「全ての日本人は皇族である」と言ったことになりますか?

誰が皇族かもわからない場合、「全ての日本人は皇族である可能性がある」でしょう。
この「問題を解決」するのであれば消去法で皇族を特定すればいい。
特定が終わるまでは皆「容疑者」ですよ。
「誰が該当するかを述べない」から「容疑者」になるんですがね?
つまり貴方は、関係ないベジタリアンに「欺瞞を提示する可能性がある人間」というレッテルを貼っています。

293菜々しさん2015/12/22(火) 23:39:46.13ID:E0F5ZLn3
>>291
> 「原因が特定できず、全てに問題がある可能性がある」時、全てに問題があるとし対応し、そこから消去法で残ったものを原因と特定することは合理的であり、一般的な対応だと言えるでしょう。

消去法で必ず論理的に単一の原因に収束させられるという根拠は?それがなければ単一の原因に収束するとは言えませんが?
で、論理的に単一に収束させられない場合、恣意が働かざるを得ませんが?

> 犯罪が原因ではありません。
> 原因は犯人です。

環境が犯意を誘発したり抑制することは十分にあり得ますね。
抑止力とか割れ窓理論とかいう単語をご存知ない?

> まず根本的に「犯人が存在する悪戯」に対しPTA会費を使って防犯する訳がありませんよwww

余談になるのでどうでもいいですが、近い実例を知っているものでねwww
一般的かどうかは論点ではなく、あり得るという話で例示としては十分なはずですが、身元に関連する情報を提供する気はありませんので、その例が気に入らなければその例に関しては取り下げますよ?
ただ、自分の知っている範囲だけが世界ではないということは知っておいて損はないと思います。

294菜々しさん2015/12/22(火) 23:53:13.92ID:E0F5ZLn3
>>292
> 貴方は>>227
> と「苦情」と言ってますが?
> いつから「提言」にすりかわりましたか?

よく文章を読んでくださいね^^
・住人は「苦情」を呈し、対応を「要求」していると考えられます
・私は「苦情」や「要求」ではなく「提言」をしています。

小学校の例は「全てとは限らない不特定の該当者がある」という文を「全てが該当者である」と読むことは論理的かどうか、という考察のための例示ですので、「苦情」なのか「提言」なのかは問題にならない。
やはり貴方は無茶苦茶ですね。

> 誰が皇族かもわからない場合、「全ての日本人は皇族である可能性がある」でしょう。

質問の答えになっていません。質問は
「全てとは限らない不特定の日本人は皇族である」という場合、【「全ての日本人は皇族である」と言ったことになりますか?】
です。
やり直し。

> この「問題を解決」するのであれば消去法で皇族を特定すればいい。

www
それは特定したい人のお仕事です。
別に 「全てとは限らない不特定の日本人は皇族である」と発言した人の仕事というわけじゃありません。

>特定が終わるまでは皆「容疑者」ですよ。
> 「誰が該当するかを述べない」から「容疑者」になるんですがね?

www
それは容疑をかける人の問題です。
文言は誰にも容疑をかけていませんよ。

> つまり貴方は、関係ないベジタリアンに「欺瞞を提示する可能性がある人間」というレッテルを貼っています。

つまり文言も私も、誰にもレッテルを貼っておりませんwww

295菜々しさん2015/12/23(水) 00:39:27.80ID:WLWPYJ2j
何?ベジタリアンを詐欺の容疑者にしたって?誰だよ
土下座して謝れよ

296菜々しさん2015/12/23(水) 00:51:20.52ID:gRSn9FYd
>>295
とりあえずID:7x11acgp君と、自称マッチョのオカマ君の二人がいるようです。

297菜々しさん2015/12/23(水) 03:48:53.20ID:djOBmdC8
ベジの人は個人の趣味で肉を食べないだけなのに、それを良い事だ、そうでない事を悪い事だと言う人が存在するってだけの話じゃないの。

長いこと粘着してるベジの人は誤解されるような文章を嫌うみたいだから、普段から菜食主義は個人の趣味だとしっかり断言してると思うけど、そうじゃない人いっぱいいるじゃん。

298菜々しさん2015/12/24(木) 08:43:45.77ID:KtcXa2BL
>>297
だから「そういう人が存在する」と一様になるよう言ってもらえばいいと言っています。
全員という解釈が含まれていることから起こりうる偏見について懸念があるのです。

299菜々しさん2015/12/24(木) 11:16:18.25ID:iEKChMuC
>>298
ん?元の文は「そういう人が存在する」と一様になる文章でしょ。

「そういう人が存在する」という文章も「そういう人」がどれだけ存在するのかを限定していない文章だけどこれと同じだよ。

300菜々しさん2015/12/24(木) 18:01:06.16ID:DpBcwUUf
言葉足らずなら申し訳ない。
全員という解釈が含まれていることから起こりうる偏見について懸念があるのです。
それが排除された「一部そういう人が存在する」ということが言明された「一様解釈」にしてもらえばいいと言っています。

301菜々しさん2015/12/24(木) 19:18:57.82ID:DG7yjZXd
>>300
> 全員という解釈が含まれていることから起こりうる偏見について懸念があるのです。

元の文に示されているのは「全てとは限らない不特定のベジタリアン」です。
これ以外の解釈は文そのものから論理的には導出できません。
この文について読み手が「全員」という解釈をするためには、読み手が文外の理由で「例外がある」ことを捨象しなければならない。
その捨象をしてはじめて「全員」という解釈が文に生じるのですよ?ですからそれはどのように捨象するのか、と再三問うています。
その捨象が論理的なものであるなら提示してください、それが正しく論理的な捨象であるならば、それによる解釈は「論理的解釈」です。
その捨象が論理的なものでないならば、それによる解釈は「非論理的解釈」である、ということです。

で、「論理的解釈」で「全てとは限らない不特定のベジタリアン」に収束しないならば、すなわち「全てのベジタリアン」「全てではないベジタリアン」「特定のベジタリアン」の意味に解釈できるならば、
元の文は私の意図する「全てとは限らない不特定のベジタリアン」の意味になりませんから、私の意図する内容に収束するように表現を改めます。
それは言語が論理に基づくコミュニケーションツールであり、議論が論理によるものであるゆえの、発言者としての責任だと考えるからです。
ところが、文言の「論理的解釈」が私の意図するところに収束するにもかかわらず、読み手の恣意や非論理性のせいで「非論理的解釈」(要するに誤読)をされるならば、それは読み手の責任だということです。

302菜々しさん2015/12/24(木) 19:31:38.10ID:DG7yjZXd
>>300
ですから私はあなたの提示した解釈について「論理的解釈」か「非論理的解釈」かと問うています。

あなたは、「文言の『論理的解釈』が私の解釈に収束するかどうかはどうでもいい」とか「『論理的に合理であるか否か』はどうでもよく、論理以外(すなわち『非論理的解釈』)で文言を解釈されることもあり得る」というようなことを仰っていましたが、
あなたが「文言の変更や謝罪の要求」をしており、私は「変更や謝罪は、文言が『論理的』にどうであるかによる」としているのだから、

あなたにとって「文言の『論理的解釈』が私の解釈に収束するかどうか」こそが問題であり、
むしろ「『非論理的解釈』をされることがあり得るかどうか」こそがどうでもいい問題なのですが、理解できていますか?

303菜々しさん2015/12/25(金) 13:04:16.75ID:1PKV03Fh
>>302
貴方の文言は「1人以上〜全員以下のベジタリアンが、主張の根拠として詐欺的手法による欺瞞を提示する」です。
「全員の可能性もある」ことは否定できてはいません。

そしてボクの主張は
「貴方の文言により疑いをかけられ、偏見を持たれたベジタリアンに対し謝罪。そのようなベジタリアンが生まれないように、文言を限定されたものへの変更を求める」です。

貴方の文言が論理的正しいからそうしなくていいのではなく、
「関係ないベジタリアンに対し偏見を持った人間を生んでしまう多様解釈が可能な文言を提示した」
ことが問題であるということです。

この多様解釈とは散々言っていますが、
「ベジタリアン」という言葉の「全員を否定てきていない」
「詐欺的手法」という言葉の「犯罪的だという意味」
による解釈です。

304菜々しさん2015/12/25(金) 15:43:45.54ID:HaHmmtzG
>>303
何度も言っていますが、

> 貴方の文言は「1人以上〜全員以下のベジタリアンが、主張の根拠として詐欺的手法による欺瞞を提示する」です。
> 「全員の可能性もある」ことは否定できてはいません。

文言は「全員とは限らないベジタリアン」を含意していますので、「全員の可能性と同時に、全員でない可能性も有している」はずです。
従って、後者の可能性を何らかの理由で捨象しない限り、文言から直ちに「全員を容疑者にする」ことはできません。
そしてその捨象が論理的に正当なものでないならば、それは読み手の恣意による「非論理的解釈」によるものでしかありません。

> 「貴方の文言により疑いをかけられ、偏見を持たれたベジタリアンに対し謝罪。そのようなベジタリアンが生まれないように、文言を限定されたものへの変更を求める」です。

つまり、これについては「疑いをかけ、偏見を持つ読み手」に問題があるのであって、文言そのものに問題を還元するのは論理的には無理筋です。

> 貴方の文言が論理的正しいからそうしなくていいのではなく、

論理的に誤りがなければ変更の必要は無いと考えますが、その理由も既に述べています。すなわち、論説が論理に基づくものであることによる発言者の責任の範囲が理由です。
俗っぽく言うなら、読み手の勝手解釈の尻拭いまでしていられません、ということです。

> 「関係ないベジタリアンに対し偏見を持った人間を生んでしまう多様解釈が可能な文言を提示した」
> ことが問題であるということです。

何度も言っていますが、元の文のベジタリアンという文言の「論理的解釈」は「全てとは限らない不特定のベジタリアン」という単一の解釈に収束します。
あなたが言うような多様解釈とは、「非論理的解釈」でしかありません。そして「非論理的解釈」というのは文言がどうであれ読み手の恣意次第ですから、文言の変更は本質的には無意味です。
> この多様解釈とは散々言っていますが、
> 「ベジタリアン」という言葉の「全員を否定てきていない」

散々言っていますが、元の文は「全員でないことも否定していない」はずです。論理的な理由無しにそれを捨象し、恣意的に都合のいい可能性だけを抽出するならば、それは読み手の勝手解釈・ご都合解釈でしかありません。

>「詐欺的手法」という言葉の「犯罪的だという意味」

まず、仮にこの場合の「詐欺」という語が刑法に規定されるところの「詐欺罪」を指すものだとしても、「詐欺『的』」という表記から「詐欺罪だという断定」と解釈するのはまず無理ですし、
「詐欺『的』」ですから、詐欺罪の構成要素と同一でなくとも類似の性質があれば誤用にはあたらないでしょう。
元の文ではその類似の性質について【非科学的なものを科学的と偽ったり、非論理的なものを論理的と偽ったり、普遍的といえない価値観を普遍的であると偽ったり】と説明してあります。
元の文の「詐欺」を刑法上の「詐欺罪」の意として読むならば、「詐欺的手法」とは「少なくともこれらの性質において詐欺罪に類する手法」という意味になりますが、この意味であれば私の意図する内容と齟齬はありませんし、
この解釈で「詐欺」という語が誤用にあたるでしょうか?
また、刑法の「詐欺罪」を指すのでない場合、私の意図する内容と齟齬はありませんし、語の意味から判断して誤用にはあたらないと考えます。
書き手である私の意図する内容と齟齬が無く、誤用にもあたらないならば変更の必要は無いと考えます。

305 ◆S/YLxH/p.c 2015/12/25(金) 23:01:02.58ID:4Si9MnGl
最初に無があった
無は有を生んだ
これが全ての真理

306菜々しさん2015/12/26(土) 12:42:10.45ID:zt0xgPLZ
>>304
だから
主張も何もしていない人に対し、
「貴方は犯罪的方法による欺瞞を提示する主張をするグループに属する可能性がある」と提示されれば
「は?」ってなるでしょ?
貴方がいきなり「犯罪的なグループの人扱い」されてどうです?「犯罪的」ですよ?
いい気分はしないでしょ?違いますか?
しかし、まだそれは「文言を提示した者」と「本人」とのやり取りの話で済むこともあるでしょうが、
それを「偏見とし解釈した者(第三者)」が現れた場合の懸念をしているのです。
「犯罪的なグループの人扱い」と解釈した第三者から「そのような解釈」が広まってしまう可能性は否定できません。
一般的、社会的に貴方は「何もしていない人」を傷つけることになるということです。
これは貴方の文言が論理的だろうが、合理だろうが、起こる可能性があることです。

307菜々しさん2015/12/26(土) 16:18:17.19ID:jvC/DTPW
>>306
> 「貴方は犯罪的方法による欺瞞を提示する主張をするグループに属する可能性がある」と提示されれば

ですからなんで「貴方は犯罪的方法による欺瞞を提示する主張をするグループに属さない可能性もある」を捨象してるんですかね?
あなたの恣意ですか?それとも論理的根拠はありますか?
文言は「貴方は犯罪的方法による欺瞞を提示する主張をするグループに属する可能性も属さない可能性もある」としか言っていませんよね?

> 貴方がいきなり「犯罪的なグループの人扱い」されてどうです?「犯罪的」ですよ?

いやいや、だから私も文言も「犯罪的なグループの人扱い」してないですよね?
そういう扱いをされるとしたら、それはそういう扱いをする人たちの恣意性や非論理性の問題ですから、そっちに言う筋のお話です。

> それを「偏見とし解釈した者(第三者)」が現れた場合の懸念をしているのです。

ですからそれは、「非論理的解釈」で偏見を持つような非論理的で恣意的な読み手の問題です。

> これは貴方の文言が論理的だろうが、合理だろうが、起こる可能性があることです。

可能性だけでいうならどんな非論理的解釈だって生じうるが、それは読み手の問題であって書き手の責任の範疇外だ、と言っており、その理由は既に説明済みです。

308菜々しさん2015/12/27(日) 17:20:30.41ID:7tR0gBCQ
>>307
だから「ボクの解釈」ではなく「偏見を持った人間の解釈」ですから。
その「偏見を持った人間」はどういう解釈から「偏見」になったかは「その人間」に聞かなくてはわかりません。
が、貴方の文言は「その人間を産む可能性を否定できない」のです。
つまり、その人間の存在を無くすには「その原因の排除」が必要。
原因を排除すればその人間は現れることを防げます。

それと「属する可能性と属さない可能性を同時に提示している時」。
例えば医者が「貴方はこのままの食生活を続ければガンになる可能性があります。」と提示するとき、
医者は「可能性がないを捨象した」からそう提示した訳ではありません。
あくまでも「可能性がある」ということを考慮し、提示するのです。
聞き手も「可能性がないを捨象した」訳ではく、あくまでも「可能性がある」を考慮し対策します。
これらは、医者、聞き手の
最終的に「どちらかを選ぶこと」になるでしょうが、これは恣意的解釈、非論理的解釈、飛躍的解釈ということでもなく、ごく一般的、社会的な解釈及びその対策、対応でしょう。

それと貴方は「論理的」という一つの価値観からしか解釈できていません。
「論理的なもの」がこの世の真理であるのならば別ですが、
そうでないのであれば、そうとは言い切れないのであれば、貴方は客観的とは言えないことにもなります。

309菜々しさん2015/12/28(月) 10:17:22.88ID:bf26gnnk
>>308
> だから「ボクの解釈」ではなく「偏見を持った人間の解釈」ですから。

いやいや、あなたもその解釈をしている一人なんですよね?

> その「偏見を持った人間」はどういう解釈から「偏見」になったかは「その人間」に聞かなくてはわかりません。

どういう解釈であれ、それは「非論理的解釈」には違いないと思いますが、いかがです?

> が、貴方の文言は「その人間を産む可能性を否定できない」のです。

「非論理的解釈」であれば、ある文言からどのような解釈だって産まれ得ると思いますよ?「雨が降っている」という文を「今日の晩御飯はカレーだ」と解釈することも可能です。

> つまり、その人間の存在を無くすには「その原因の排除」が必要。
> 原因を排除すればその人間は現れることを防げます。

「非論理的解釈」の可能性をどう排除するんですかね?教えてください。

> 例えば医者が「貴方はこのままの食生活を続ければガンになる可能性があります。」と提示するとき、

医者をバカにしていますね。
> 医者は「可能性がないを捨象した」からそう提示した訳ではありません。
> あくまでも「可能性がある」ということを考慮し、提示するのです。

医者は可能性があるからデタラメに可能性を述べているのではありません。医者が提示するのは本質的に可能性でなく蓋然性です。
蓋然性は膨大なデータに裏付けられています。私の文が非論理的に読解されることの、可能性でなく蓋然性をあなたが述べようとしているならば、その裏付けとなるデータが必要です。

私は「非論理的解釈」が生じる【可能性】については認めています。
だが、言論が論理に基づくコミュニケーションであることから、文が論理的に解釈されることの【蓋然性】が高いと判断していますし、
実際問題として「非論理的解釈」の生ずる可能性を捨象できない以上、書き手の責任範囲は「論理的解釈」の範囲だとするのが妥当だと考えています。

> 最終的に「どちらかを選ぶこと」になるでしょうが、これは恣意的解釈、非論理的解釈、飛躍的解釈ということでもなく、ごく一般的、社会的な解釈及びその対策、対応でしょう。

医者は膨大なデータを裏付けに、蓋然性を提示します。
それは判断の主観性・恣意性に対して、できるだけその前提に客観性・普遍性を与えたいからです。
その結果として、「可能性」ではなく「蓋然性」を提示するのであって、漠然と「どちらかを選ぶ」んじゃありませんし漠然と「可能性」を述べているのでもありません。

>それと貴方は「論理的」という一つの価値観からしか解釈できていません。

違いますね。
もう何度も何度も何度も何度も述べていますが、「『非論理的解釈』があり得る」ことを否定していません。
しかしそれは書き手の責任の範疇外だ、と言っています。
理由は、これも何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も述べていますが、「『非論理的解釈』の発生の可能性の範囲は限定できない」ゆえに「書き手が『非論理的解釈』に責任を持つことは不可能」だからです。
従って、書き手の責任の範囲は「論理的解釈」の範囲だと考えます。

>「論理的なもの」がこの世の真理であるのならば別ですが、

そんなことは問題にしていません。

310菜々しさん2015/12/29(火) 06:50:43.93ID:VhdLsG6E
>>309
何度も言っていますが、ボクが主張しているのは「偏見を持った人間が現れる懸念」であり、貴方の文言はそれを「否定できない」ということ。
偏見を持った人間の解釈が合理、不合理とかはどうでもいい論点です。
ボクの解釈も何度も言っていますが「貴方の文言は合理」でしょうがどうでもいい話です。
そんなことが「偏見を持った人間が現れる」ことの否定にはなりませんから。
後、「飛躍解釈」の話も何度も言っていますが、「雨→カレー」ということではなく、貴方の文言で可能である多様解釈の範囲内での話です。
後押しスレ>>205>>221辺りで言っています。

医者の話ですが、
可能性だろうが、蓋然性だろうが、
貴方の論理ならば医者も患者も「可能性がないを捨象しなくては、可能性があることを選べない」ということであり、
「膨大なデータ」というものが100%のものであるなら別ですが、100%で無いものを選択するという考えは、医者も、患者も「恣意」で選んだということになります。
恣意だからこそ手術には同意を求めるのでしょう。
例えばその「西洋医学的な蓋然性は根拠」となるのであれば、東洋医学的な蓋然性は根拠とも言え、「一般的、社会的な解釈」つまり「文化」のようなものの解釈であるようなものも一つの「合理」です。
貴方がその「合理」を捨象する必要はありません。
このいわゆる多様解釈は「言葉」があるからそれが生まれないのではありません。
コミュニティツールだからこそ多様解釈が生まれてしまうのです。
それを止めるのは不可能ではありませんよ。
「一様な解釈しかできないような文言にする」か「文言を提示しないか」です。
文言を提示しなければ「解釈」さえ生まれません。
それをおすすめします。

311菜々しさん2015/12/29(火) 07:43:28.13ID:Tl79sjwp
>>310
> 何度も言っていますが、ボクが主張しているのは「偏見を持った人間が現れる懸念」であり、貴方の文言はそれを「否定できない」ということ。

何度も何度も言っていますが、「非論理的解釈」について書き手が責任を持つことは不可能です。

> 医者の話ですが、

医者の話は「可能性」と「蓋然性」の概念の違いを理解できていれば何の問題もないはずです。

>可能性だろうが、蓋然性だろうが、

というようなゴチャマゼにしたいい加減な物言いをする前に、きちんと語義を調べることをおすすめします。

> 例えばその「西洋医学的な蓋然性は根拠」となるのであれば、東洋医学的な蓋然性は根拠とも言え、

これに至っては文自体の意味が不明です。

> それを止めるのは不可能ではありませんよ。
> 「一様な解釈しかできないような文言にする」か「文言を提示しないか」です。

www
「論理的解釈」においては一様に文意が定まる文を提示しています。
ただし「非論理的解釈」の発生を妨げることは理論的に不可能です。
で、「非論理的解釈」が生じ得るならば発言をするなというならば、あらゆる発言の機会が奪われてしまいますねwww

312菜々しさん2015/12/29(火) 13:17:24.58ID:VhdLsG6E
>>311
蓋然性が高い低いを論点にした例ではなく、
「あるないを同時に提示されたものに対する対応」の話です。
蓋然性が高ければ医者は「ガンになります!」と断言できますかね?
高くとも「ガンになる可能性があります。」としか言えないでしょう。
しかも貴方の論理で言うならば、この時医者は「ガンになる可能性とならない可能性があります。」と言わなければ非論理的です。
「蓋然性が高い」を考慮するには「蓋然性が高い以外を捨象」しなくては考慮することは非論理的です。

結局、医者は「データを客観的結論とする」という「主観的恣意」による判断に加え、「主観的恣意」による結論とし患者にガンを告知し、
患者も「主観的恣意」による判断からその対応をすることになります。
貴方に言わせれば非論理的です。
しかしこれは一般的、社会的に当たり前な「解釈」です。

それと貴方はボクの文言に対し「医者をバカにしている」といいましたが、これは飛躍解釈ですかね?
そうではなく、もしボクの文言が一般的、社会的な解釈の中で医者をバカにしているという解釈が成り立つなら、それに対し対応しますが?

313菜々しさん2015/12/29(火) 14:52:14.52ID:Tl79sjwp
>>312
> 蓋然性が高い低いを論点にした例ではなく、
> 「あるないを同時に提示されたものに対する対応」の話です。

あなたの想像する医者が薮医者なのか知りませんが、まともに言葉を選ぶ医者だったらリスクの高低を言うことはあっても「ガンになります!」と断言なんかしませんよ。

> 高くとも「ガンになる可能性があります。」としか言えないでしょう。
> しかも貴方の論理で言うならば、この時医者は「ガンになる可能性とならない可能性があります。」と言わなければ非論理的です。

www言葉に厳格な医者であれば「可能性がある」なんて無意味なことは言いません。「リスクが上昇する、低下する」という話をします。

>「蓋然性が高い」を考慮するには「蓋然性が高い以外を捨象」しなくては考慮することは非論理的です。

やはりあなたは「蓋然性」という概念が理解できていない。「蓋然性」とは評価基準に対する度合いの評価です。捨象は関係ありません。


> 結局、医者は「データを客観的結論とする」という「主観的恣意」による判断に加え、「主観的恣意」による結論とし患者にガンを告知し、

当たり前です。判断とは【主観や恣意】によるものです。
その【主観や恣意】に説得力を持たせるために事実や論理といったもので客観性を高めようとするんですよ。

> 貴方に言わせれば非論理的です。

判断である以上【主観や恣意】であることは免れません。重ねて言いますが、説得力のために事実や論理で判断を補強するだけです。
そして、判断の恣意性が論理的であるか非論理的であるか、という話はしていません。
今しているのは文言の読解が論理的であるか非論理的であるか、という話です。
で、非論理的な読解をするのは読み手の勝手ですが、書き手がそれに責任を持つことは不可能だ、という話です。

> それと貴方はボクの文言に対し「医者をバカにしている」といいましたが、これは飛躍解釈ですかね?

あなたが普遍命題的に全ての医者を引っくるめて「言葉にルーズな生き物である」としているのでなければ、故意に言葉に厳格な医者ではなく言葉にルーズな医者の例を抽出したということであり、
その抽出に論理的な根拠がないならば身勝手な抽出ということで我田引水の詭弁だということにしかなりませんよwww
あなたが詭弁を用いたという可能性を捨象するなら、あなたは医者を「言葉にルーズな生き物」と規定していることになり、これは医者をバカにしているということになると思いますが、いかがですかね?
それとも我田引水でしたか?だとしたら私の見込み違いでしたので、医者をバカにしているという発言は取り下げます。
どちらか教えてください。

314菜々しさん2015/12/29(火) 15:26:17.93ID:VhdLsG6E
>>313
「同時に提示する」とは「リスクが上昇する可能性と低下する可能性がある」となります。
「リスクが上昇する」を提示するのであれば「リスクが上昇する以外を捨象する」ことになります。
蓋然性は度合いの評価ですので「高い評価をする」のであれば「高い評価以外を捨象する」ということです。
貴方の論理で言うならば「同時に提示されたものに対し、一様な解釈を用いるにはそれ以外を捨象する必要がある」ということです。

医者をバカにしているという話ですが、

例えば医者が「貴方はこのままの食生活を続ければガンになる可能性があります。」と提示するとき

「ガン」という病名は別にしても、当たり前に「○○という病気の可能性があります。」という医者の発言は、日常普通に聞けますが?
その「可能性」について「同時に提示されたもの」の例えとして上げたものですが、それが「バカにしている」という「解釈」にしています。
ボクからすれば全く根拠のないデタラメでしかありません。非論理的ですね。
「医者はルーズな生き物」とも言っていませんし。
貴方無茶苦茶ですね。
デタラメにも程がある。

しかも「医者が」という文言が「全ての医者」という解釈としましたか?
「全て以外の医者の捨象」はどうやってしましたか?
それにいつボクが全ての医者の発言だといいましたかね?
それともこの文言には「多様解釈」の可能性があり、その様な「全ての医者の発言とし、それは医者をバカにしている」という解釈が成り立つなら、
それは「提示したものの責任」として成り立つということですかね?

315菜々しさん2015/12/29(火) 19:09:25.81ID:Tl79sjwp
>>314
> 「同時に提示する」とは「リスクが上昇する可能性と低下する可能性がある」となります。

「可能性」と「蓋然性」をやはり混同していますね。

> 蓋然性は度合いの評価ですので「高い評価をする」のであれば「高い評価以外を捨象する」ということです。

違います。
リスク評価は事象の有無の判断ではありませんから捨象は関係ありません。事象があり得るとしたうえで、その程度が基準に対してどうであるかを述べるものですので性質がまるで違う話です。

> 「ガン」という病名は別にしても、当たり前に「○○という病気の可能性があります。」という医者の発言は、日常普通に聞けますが?

可能性というのは、科学的にはあらゆる可能性が考えられます。なぜなら科学は帰納法だから。
その中で蓋然性を、様々な事実や理論を背景にして最終的に【主観や恣意】で「判断」する、それは当たり前です。診断、所見、見立て、など色々な言葉が使われますが、「判断」である限り【主観や恣意】の影響から逃れることはできません。
医者は可能性の有無でアドバイスするのではありません。事実や理論といったものを客観性の担保にして、蓋然性を「判断」して提示しているんです。
正しく論理的に厳密にいうならば「可能性はあるが、蓋然性に鑑みて捨象して構わないと『判断』する」とか「可能性があり、蓋然性に鑑みて捨象できないと『判断』する」とかそういった言い方になります。


>その「可能性」について「同時に提示されたもの」の例えとして上げたものですが、それが「バカにしている」という「解釈」にしています。

医者が「このままの食生活ではガンになる可能性がある」とアドバイスをする、という事例が提示されていますが、「可能性がある」というのは科学的には本質的に無意味な評価です。
可能性を科学的に否定するのは非常に困難で、それゆえに科学は反証主義を採用しているのだから。
問題は可能性の有無ではなく蓋然性がどうであるかです。
従ってあなたの提示した事例は「医者が非科学的・非論理的な発言をする」場合ですが、
当然、あなたが普遍命題的に「全ての医者が非科学的・非論理的な発言をする」というのであれば、これは「言葉に厳格で、科学的・論理的な発言をする医者の存在」を蔑ろにしていることになりますよね?
他方で、あなたが存在命題的に「全てではないが、非科学的・非論理的な発言をする医者がある」ということを言った場合、「非科学的・非論理的な発言をしない医者」を捨象できず、
その医者の発言自体の正当性は何物にも担保されない、要するにバカな医者が一人いたところでその医者の発言を取り上げてもあなたの発言の正当性をその事例が担保できない、
つまりこの例示は議論上で何の意味も持たない、ということになります。

> 「医者はルーズな生き物」とも言っていませんし。

言語に厳格でない場合の例示ですよね?

> しかも「医者が」という文言が「全ての医者」という解釈としましたか?
> 「全て以外の医者の捨象」はどうやってしましたか?

あなたの論者としての尊厳を担保に捨象しました。

> それにいつボクが全ての医者の発言だといいましたかね?

あなたの例示が存在命題的に「言葉にルーズな生き物だって医者をしている場合がある」ということであれば、その例示はあなたの説の正当性を一切担保できませんから無意味な詭弁です。
あなたが詭弁によって無意味な例示をした可能性を、あなたの論者としての尊厳を担保に捨象するならば、
これは存在命題的には解釈できない、すなわち普遍命題的に述べたに違いないと考えたわけです。

もしあなたが、詭弁によって無意味な例示をした、というなら私が前提した「あなたに正当な論者としての尊厳が備わっている」という前提自体が偽であったということですから、
当然この前提から導かれた「普遍命題的に述べている」という結論は誤りですので取り下げます。
「あなたに正当な論者としての尊厳が備わっている」という前提命題は偽でしょうか?つまり「あなたは不当な詭弁を提示する卑劣な論者」ということでよろしいでしょうか?

316菜々しさん2015/12/29(火) 19:33:09.19ID:Tl79sjwp
言い方を変えましょうか?
「全てとは限らない不特定のベジタリアン」という提示から「全てのベジタリアンが該当する」という「判断」をするとき、
これは「全てではないベジタリアン」を捨象して構わないと「判断」することと同義ですが、
この「判断」は当然【主観や恣意】によって下されたものです。で、この「判断」は何によって担保されていますか?と聞いています。

医者の例で言うなら「ガンになる蓋然性は極めて低く、可能性を捨象して構わないと『判断』する」場合に、その蓋然性の高低の客観性を担保するのは事実の蓄積や理論といった要素です。
これらの裏付けに基づいて最終的に医者の【主観や恣意】で「判断」しますが、その裏付けが他者に対する説得力として機能するために患者なりがその「判断」を受容するわけです。

あなたの「判断」に十分な説得力が機能しないならば、あなたの「判断」は受け入れられるはずがありません。ですから再三、「『全てでない可能性』はいかにして捨象されたのか」を伺っています。
まさか説得力を担保するものが何もない「単なる【主観や恣意】」が都合よく受け入れられて然るべきだ、などという幼稚な考えではないでしょうから、伺っています。

それと、「全てとは限らない不特定のベジタリアン」が「全てのベジタリアン」を直ちに意味しないということは論理的に明らかですから、
「『論理的解釈』によればそのように誤読されることはない」というこちらの主張は、論理的に裏付けられている、論理がこれを担保している、ということになります。
そして、何度も繰り返し言っていますが、読み手の「非論理的解釈」を書き手が妨げることは事実として不可能ですから、書き手が読み手の「非論理的解釈」に責任を持つことは不可能です。
これらのことから、「書き手の責任は『論理的解釈』の範疇であり、読み手の『非論理的解釈』の責任は書き手が負うものではない」という「判断」は論理と事実に担保されている、と考えますが、いかがですかね?

317菜々しさん2015/12/30(水) 19:36:42.89ID:5Lout7Y4
>>315
いやいやこれは貴方の論理ですよ?
「蓋然性」の「高い低い」が「同時に提示されたもの」であるなら、一様な解釈を選択するのであれば、それ以外の捨象が必要です。
ではなぜ「蓋然性が高い」を選択できるのですかね?
例えば60%の確からしさであるなら、なぜそれを「高い」とし、それをその様に選択するのですかね?
60%は「低い」としても構わないはずです。
つまりこの選択に関しても主観的恣意が必要となります。

そして最終的には「可能性」の判断となります。
例えば「蓋然性が高い」からといって「ガンになる可能性がある」となることが必然ではありません。
「蓋然性が高い」といっても「ガンになる可能性がない」が無いとは言えません。
そう結論付けることは、論点の先取りということになるでしょうし。
つまり医者の最終的な判断は「ガンになる可能性があるとない」が同時に提示されたものから「ガンになる可能性がある」を選択することになるでしょう。
手術も同じですが「蓋然性が高いから手術が成功する」という訳ではないですから「同意」が必要なわけです。
最終的には「成功する可能性と失敗する可能性」が同時に提示されたものから「成功する可能性」を選択することになります。

318菜々しさん2015/12/30(水) 20:24:52.54ID:5Lout7Y4
>>315
>言語に厳格でない場合の例示ですよね?

全く違いますね。
「同時に提示されたものに対し、一様な解釈を用いることは、一般的、社会的に当たり前に存在する」という例です。
バカにしているとか、厳格でないとか、デタラメにも程がある。

> あなたの論者としての尊厳を担保に捨象しました。

都合がいいですねwww
でしたらボクの主張を受け入れるべきでしょwww
貴方のそれこそが我田引水ですよwww

「医者が」という文言を「全ての医者が」とし、
一般的、社会的に当たり前にある例を提示したものが
「医者をバカにしている」と解釈し、
「言葉にルーズな生き物である」としていると決めつけ、
そうでなければボクは詭弁で卑劣な論者www

貴方はデタラメの無茶苦茶ですね。
全部決めつけの論点先取。

「医者が」を「全ての医者」とできるなら「ベジタリアンが」を「全てのベジタリアン」とできることを認めるべきですね。
貴方の論者としての尊厳を担保によりねwww

貴方みたいなデタラメな無茶苦茶な人間とはもう話すのもイヤになりました。
失礼。

319菜々しさん2015/12/30(水) 21:47:01.77ID:1dBNgyez
>>317
> いやいやこれは貴方の論理ですよ?

違いますね。「蓋然性」という言葉の概念は理解できていますか?イエスかノーか答えてください。

> 「蓋然性」の「高い低い」が「同時に提示されたもの」であるなら、

「蓋然性」とは何らかの基準に対する程度を評価する概念です。有無の問題じゃない。

> ではなぜ「蓋然性が高い」を選択できるのですかね?

何らかの評価基準に対しての比較評価だからです。

> 例えば60%の確からしさであるなら、なぜそれを「高い」とし、それをその様に選択するのですかね?
> 60%は「低い」としても構わないはずです。

60%は「100」を基準としたときの、「全体の100分の60」という評価ですし、これを「高低」で評価する基準が例えば40%であれば「高い」と評価されるし、80%という基準であれば「低い」と評価されます。
捨象は関係ない。

> つまりこの選択に関しても主観的恣意が必要となります。

そうですよ?「『判断』は【主観や恣意】の影響を免れない」と言いませんでしたか?

> そして最終的には「可能性」の判断となります。
> 例えば「蓋然性が高い」からといって「ガンになる可能性がある」となることが必然ではありません。

当たり前です。それも既に説明済みですね。
医者がガンになる可能性を抽出したり捨象したりするのは、最終的には【主観や恣意】です。それが「判断」です。
その判断は「『可能性』の有無」で為されるわけじゃない。「事実や論理による『蓋然性』」で為されます。
医者の仕事は「【可能性】が『存在する』とか『存在しない』」とかいう客観的事実を述べるのではない。
「【可能性】は『ある』として、それを『捨象できる』とか『できない』」という「判断」を述べるんですよ。「蓋然性」はその判断を担保する材料です。
科学ってものは理解できていますか?

それで、議論の本筋に返りますが、あなたが「全てとは限らない不特定のベジタリアン」という文言から「全てではないベジタリアン」である場合を捨象し「全てのベジタリアン」を抽出する、その判断を担保するものは何ですか?
文言からは直ちにそのように抽出できないはずです。

320菜々しさん2015/12/30(水) 22:34:38.57ID:1dBNgyez
>>318
> 「同時に提示されたものに対し、一様な解釈を用いることは、一般的、社会的に当たり前に存在する」という例です。

「同時に提示されたもの」というのは「ガンになる可能性と、ならない可能性」ですよね?「一様な解釈」とは「ガンになる可能性がある(あるいは、ない)」という「判断」のことですか?
そう解釈して話を進めますが、
ですから言葉に厳格な医者であるなら
「ガンになる可能性がある(あるいは、ない)」などと言いません。
「『ガンになる可能性はある』が、(蓋然性に鑑みて)『ガンになる可能性は“捨象できる(あるいは、できない)”』と『判断』する」と言います。

> バカにしているとか、厳格でないとか、デタラメにも程がある。
> あなたの論者としての尊厳を担保に捨象しました。

説明しましたが、
あなたが全ての医者をひっくるめて普遍命題的に「医者ってのは言葉にルーズな生き物なんだぜ」と規定したのでないならば、
あなたは「医者の中には言葉にルーズな輩だっているんだ」という主張をしただけですが、これはあなたの主張を一切補強できない無意味な主張ってことになります。
いくらなんでも無意味なことを言ってはぐらかしたりはしないでしょう、と思ったわけです。無意味な撹乱であれば詭弁ですしね。

> でしたらボクの主張を受け入れるべきでしょwww

その場合は「全ての医者をひっくるめて言葉にルーズだとしている」ってことで、それを受け入れろと?
これはこれで反証例を挙げて覆すことのできそうな命題ですが、少なくとも無意味な言説で議論を撹乱する詭弁よりは論者としてはマシだと思えます。いずれにせよ人格的に問題があるとしても。

> 「医者が」という文言を「全ての医者が」とし、

全てでないなら、あなたは無意味な言説で議論を撹乱させようとした卑劣な詭弁家ってことになります。

> 一般的、社会的に当たり前にある例を提示したものが

一般論として提示したという場合、「言葉にルーズでない医者の存在」を恣意的に捨象して「医者が言葉にルーズであること」を一般化しているなら、これは詭弁にあたります。
一般論であるとするなら統計的データなりを用意して恣意性を十分に排除し、一般論であることを担保しなければならないが、そのような説明は見当たりません。説明してください?

> 「医者をバカにしている」と解釈し、

誰かが「医者ってのは言葉にルーズな生き物だぜ」と規定したとしたら「医者をバカにしている」と解釈できませんか?

>「言葉にルーズな生き物である」としていると決めつけ、

普遍命題であるなら、そのように規定したのはあなた自身です。
普遍命題ではないが一般論であるとするなら、ではなぜ「言葉にルーズでない医者の存在」を捨象し、「医者が言葉にルーズな場合」を抽出したのですか?一般論であるならその捨象には説明が必要です。

> そうでなければボクは詭弁で卑劣な論者www

そりゃそうなりますよ。

> 全部決めつけの論点先取。

論点先取じゃないですよ?論点先取の意味が分かっていないのでは?
場合分けをし、その場合分けに応じて結論を導いているだけですが、どこで論点が先取されていますか?
どの部分の構造が論点先取になっているか教えてください。

321菜々しさん2015/12/30(水) 22:36:33.62ID:1dBNgyez
>>318
> 「医者が」を「全ての医者」とできるなら「ベジタリアンが」を「全てのベジタリアン」とできることを認めるべきですね。
> 貴方の論者としての尊厳を担保によりねwww

www
猿真似しようとしても無駄ですよ。
私の主張は≪ベジタリアンの主張の根拠として、詐欺的手法による欺瞞が提示されることがある≫ですが、この「ベジタリアン」が「一部のベジタリアン」であっても、
それを前提とした後段、
≪このような欺瞞性を理由にベジタリアンになることを躊躇する人があり得るならば、ベジタリアンになる根拠をそれらの欺瞞に求めるのではなく【主観や恣意】による選択でベジタリアンになることへの理解を促すことは、
それらの人がベジタリアンになるための後押しになり得る≫
にとって無意味な前提にはなりませんし、何らの妨げにもなりません。
別に論理的瑕疵が生じないので私の論者としての尊厳の問題に還元されません。

あなたが、自分の説の補強になるかのように偽装して「言葉にルーズな医者だっているじゃんか!」という無意味な提示をしようとしたこととは同じに扱えません。

あなたこそがデタラメで無茶苦茶です。
何の説得力も用意せずに文言を変更せよ、謝罪せよ、とチンピラヤクザ顔負けのイチャモン三昧じゃないですか。
逃げるのも勝手ですが、高卒程度の論理性さえあるなら、もう一度最初からアタマ冷やしてじっくり読み直してみたらいい。どちらが無理筋かハッキリ分かるんじゃないですかね。

322菜々しさん2016/01/14(木) 11:23:18.48ID:ne+Zy6s4
EU(欧州連合)は今年1月1日からコメに含まれる
「無機ヒ素」の最大基準値を設定した
すしなどコメを使った日本食は海外でも人気だが、
含まれる無機ヒ素の多さから海外でコメはリスクが高い
とされる食品の一つ
スウェーデンでは昨年、乳幼児にコメを与えないように勧告した
子供のときからコメを食べている日本人にはにわかに信じがたいが、
コメは危険な食べ物なのか−

WHO傘下の国際がん研究機関「IARC」の発がん性の5段階分類で、
無機ヒ素は最もリスクが高い「グループ1」
これは昨年、「大腸がんのリスクが高い」と話題になった
ソーセージなどの加工肉や赤肉と同じ分類に属し、
発がん性の根拠が極めて高い物質ということを意味する

323菜々しさん2016/01/21(木) 19:23:18.42ID:bZPcut3z
知りたくなかった

324菜々しさん2016/01/22(金) 22:14:48.97ID:R19C4RaC
>>323
知りたくないベジタリアンは沢山いるかもしれないwww

325菜々しさん2016/01/29(金) 19:48:14.15ID:BpYbaAHh
野菜基地害死ね

326菜々しさん2016/11/27(日) 19:08:46.59ID:6DW9CJSb
肉バカ基地外死ね

327菜々しさん (スププ Sd33-prdN)2017/03/04(土) 13:41:18.56ID:i1BGS6wFd
>>322
米と肉食ってる肉食人間は、米食ってるベジタリアンより、肉を食ってる分はるかにガンになる確率が跳ね上がる上がるってはなしか大爆笑

肉やめれば確率下がるのなら肉やめたら?大爆笑

328菜々しさん (アウアウオーT Sa63-87NH)2017/03/04(土) 22:58:32.39ID:5CJcaHNQa
https://goo.gl/YWFb2E
この記事本当?
普通にショックだんだけど。。

329菜々しさん (ガラプー KK0d-qEzR)2017/03/22(水) 22:23:32.79ID:JiEch6X4K
プレミア見れない
ブンデス見れない
CLEL見れない
代表も見れねえちきしょう
結果知らされて見れねえちきしょうクソったれ同和のクソ野郎地獄へ落ちろ
音楽聞けねえちきしょう
テレビ見れねえちきしょう
同和のクズ共死ねクソ共がざまあみろ気違い共
ほれ気違い共もっともっとドア閉めろ通れ
それしか能のない能無し共がざまあみろ地獄に落ちろ
悔しいか、ざまあみろくたばれクソ同和
お前らの恐ろしさをもっと見せてみろ。そんなんじゃなんともねえぞ
袋とじ見たぞ
悔しいか、ざまあみろくたばれクソ同和
生きる権利もねえクズ共が藁地獄へ落ちろ
嫌がらせがエスカレートするのが楽しみでしょうがない
今それだけが楽しみだ
俺の生き甲斐藁
それだけ怒ってるってことだもんな藁
分かったか?お前らは生きる権利すらねえクソ野郎共だ
ラブホ行ったのがそんなに悔しいかざまあみろチンカス共が藁
思う存分楽しんでくるぞあばよ
椎名茉莉、知っちゃったよ。ラブホに来なければ知らなかったはずだけどな。サンキューお前ら藁
超美形。嬉しくてたまらん。お前らどうしてくれる?藁ほれ赤字分を取り返すために必死になれ
ピザ食ったぞ。羨ましいだろう?藁ざまあみろ
音楽聞いたぞざまあみろ
非人が美人

330菜々しさん (ワッチョイ b783-egNg)2018/02/01(木) 11:59:48.90ID:xz+KLMV40
野菜食べ放題で金が儲かる方法とか
グーグルで検索⇒『羽山のサユレイザ』

WAHY6

331菜々しさん (スプッッ Sd43-qZMV)2018/05/16(水) 12:40:36.03ID:n4mZeyx1d
ベジタリアンってどうして、攻撃性が高いの?闘犬みたいだね♪

332菜々しさん (ワントンキン MM5a-Bt/G)2018/11/18(日) 23:48:25.35ID:/gEGe9g0M
わざわざベジタリアン板にくるアンチほど攻撃的ではないと思うけど

333菜々しさん (スップ Sdca-Y3n0)2018/11/19(月) 09:00:25.45ID:OtbHQLaVd
誰もアンチではない

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