何かになろうとする目的のための瞑想はしないほうがいい。
あるがままで完璧で何一つ変わる必要はないと思いながら瞑想しよう。
なぜなら何かになりたいとか、何か目標を立ててそれに向かうということは、
裏を返せば未完成で不完全な自分というものを自覚してしまってるということ。
その思い込み自体が不幸で苦しみの元になってしまってる。
なのですべきことは、不完全な自分を自覚して何かになろうとすることではなく、
自分はすでにこの状態で完璧なのだ、と自覚する必要がある。
自分は何一つ変わる必要はないと思いながら瞑想すると、とても安らかな瞑想ができるはず。
何かになろうとする瞑想は、つまり悟りや覚醒を目的とした瞑想は、
何かになりたいというエゴが入るので、自我が邪魔をして、正しい瞑想ができない。