令和初の国賓として来日したトランプ米大統領への「接待攻勢」に、議論が巻き起こっている。安倍晋三首相がゴルフに大相撲観戦、炉端焼き店などでトランプ氏を“おもてなし”したことに、米ニューヨーク・タイムズ紙は「おべっかの積み上げ(Piles on the Flattery)」と題した記事を掲載した。国内では立憲民主党の辻元清美国対委員長が「(トランプ氏は)観光旅行で日本に来るのか。首相はツアーガイドか」と批判するなど、野党が反発を強めている。

 もちろん、一国の首相としての誇りをかなぐり捨て、大国の権力者とお近づきになって得られたものがあるなら、それも一つの外交戦術だろう。では、成果があったのかというと、どうにも心もとない。

 今回の日米首脳会談では、事前に共同声明の発表見送りが決まっていた。最大の理由は、トランプ氏が農産物の関税引き下げを求めたことで、日米の貿易交渉が進んでいないからだ。

 ところが27日、トランプ氏はツイッターで<日本との貿易交渉で素晴らしい進展があった。農業と牛肉で特に大きい。日本の7月の選挙後に大きな数字を期待している!>と投稿。同日の日米首脳会談後の記者会見でも「おそらく8月に両国にとって素晴らしいことが発表されると思う」と発言。参院選後に貿易交渉が妥結されるとの見通しを示した。

 日本は、日米の貿易交渉でTPP以上の関税引き下げに応じないことを基本方針としている。一方のトランプ氏は、会見で「TPPなんか関係ない」と言い放った。いったい、どちらがウソをついているのか。東京大学の鈴木宣弘教授(農業経済学)は言う。

「日本でTPPやEUとのEPA(経済連携協定)が発効したことで、米国は日本への農産物輸出で出遅れています。しかも、日本はEUとの貿易交渉で、チーズなどの分野でTPP以上の譲歩をしている。そういった状況で、トランプ氏がTPP以下の水準で『進展』と考えるとは思えません。安倍首相としては選挙が終わるまで秘密にしておくつもりが、トランプ氏が勝手に公表してしまったので『密約』にならなかったのでしょう」

 実は、過去の米国大統領訪日でも“密約”があった。鈴木教授は続ける。

「2014年4月に来日したオバマ氏(当時は米大統領)は、安倍首相と一緒に銀座の高級すし店で夕食をともにしました。その時にTPP交渉で議論されていた農産物の関税引き下げについて、オバマ氏と秘密合意をしたと一部で報道されました。安倍政権はその事実を認めませんでしたが、同年12月に安倍首相は解散総選挙を実施して、再び圧勝。その後、オバマ氏との密約の内容がTPP交渉で次々と実現していきました」

 当時の報道によると、すしを食べながら“密約”を交わしたのは、牛肉や豚肉の関税についてだった。牛肉を38.5%から9%に、豚肉は安い部位で1キログラムあたり482円の関税を50円に引き下げることで実質合意した。TPP反対は、12年に自民と公明が政権に返り咲いたときの公約だ。テレビではオバマ氏がすしを食べる様子がさかんに報道されていた裏では、安倍首相が公約破りの大幅譲歩していたのだ。

 そういった経緯があるからだろう。国民民主党の玉木雄一郎代表は27日、「(トランプ氏と)密約的に約束を交わして、国民に明らかにするのは選挙の後というのは、我が国の国民や国会をだます結果としてなってしまう」と警告した。一方、河野太郎外相は「交渉は(TPP以上の関税引き下げはないと定めた)共同声明の枠組みで行われる」(28日参院外交委員会)と説明したものの、5年前と同じで参院選後になれば前回と同じように国民との約束をひっくり返す可能性は十分にある。

2に続く

更新 2019/5/29 17:20 AERA dot.
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