花丸「マルのために争わないで!」
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まえがき
作中に登場する人物や関係はすべてフィクションであり実在の人物および団体とは関係ございません。 〜プロローグ〜
私「いってきまーす!」
おらは国木田花丸、15歳。好きな食べ物はみかんとあんこ、趣味は読書。浦の星女学院に通っているごく普通の女子高生ずらっ♪……あっ、ずらって言っちゃった……。
おらはこの大好きな内浦のお寺で大好きなお爺ちゃんとお婆ちゃんとずーっと一緒に住んでるからか、たまーに方言や訛りが出ちゃう時があるんだ。
他のみんなは訛りなんてないのにおらだけ訛ってると少し恥ずかしいから普段は気を付けてるの。だからもうずらなんて絶対言わないずら!……てへ。
いけないいけない。考え事ばっかりしてたら朝練に遅れちゃうずら。
「おーい、マルー!」
私「あっおはよう果南さん」
果南さん「おはよ。えへへー朝からマルに会えるなんて今日はついてるな〜」ヒョイ
果南さんの大きくて優しくて、でも少しだけゴツゴツした手のひらがおらの頭を覆って髪を撫でる。果南さんが触れるたびにその髪の毛一本一本がまるで命を与えられるみたいにビクビクと動いてしまうのではないかと言う不思議な気持ちになる。
私「も、もう、やめるずら!!///」
果南さん「へえ、やめていいの?」ニヤ 蠱惑的な瞳に一瞬捕らわれそうになるのを押し込めておらは精一杯のジト目でお返しをする。
私「……あたり前だよ!」
果南さん「はいはいわかったよー」
果南さんの手がおらの体から離れていく。消えたぬくもりに少し口惜しいものを感じるがそんなことは意にも介していないようなふりをした。
私「果南さん、最近マル見るたびに頭さわるよね」
果南さん「あははごめんごめん、マルが可愛いから、つい」
誰にでもすぐこういう甘い台詞を吐くんだから、とため息をつきながら適当にあしらう。
私「はいはい」
果南さん「む、なにー?その呆れた顔は」
私「えへへへへ」
果南さん「あはははは」
おかしくなって二人で笑い出す。ちょっと危ない光景かもしれないけど今はまだ普通の登校時間よりは早いため人目は多くない。おらはさっきのちょっとイジワルな果南さんよりやっぱりこっちの明るくて元気ないつもの果南さんの方が好きだなあなんて。 果南さん「それでさー、この前海の中でね〜……」
私「ええーすごいずら!」
なんて他愛無い会話をしているともう学校のすぐ前まで来ちゃった。ふと前を見ると爽やかな亜麻色の髪の毛と、それと正にコントラストを生み出すような綺麗な紺色の髪の毛が楽しそうに跳ねているのが見えた。
私「……」
果南さん「あ、曜と善子だ! おーい」
隣から前の二人を呼び止める声が響く。おらはなんとなくこの二人と一緒に歩くのは気が進まなかったけど、時すでに遅しってやつずら。前の二人はこちらを振り向いて大きく手を振っている。
曜さん「果南ちゃん、花丸ちゃん、おはヨーソロー!」ブンブン
善子ちゃん「おはよう、リトルデーモンたち。それとヨハネよ」ギラン 良く見たら手を振ってるのは曜さんだけで善子ちゃんはまた意味の分からないポーズを決めていた。さっきまでの気が進まなかったのはどこへやら、おかしくなって、おらと果南さんは二人の元へと笑顔で駆け寄った。
果南さん「おはよ。今日も元気だね二人とも」
私「ほんとずら、それからマルたちはリトルデーモンではないずら」
善子ちゃん「くっ……! 絶対リトルデーモンにしてやるんだから!」
曜さん「あはは、元気だけが取り柄だからね」
曜さんはにかっと笑うが、そんなことは決してない。曜さんはなんてったって浦女のヒーロー!
スポーツだってなんでも出来るし飛び込み競技は国体レベル、優しくてみんなの憧れの王子様ずら。
善子ちゃん「ふふん、私は曜さんとは違って存在全てが取り柄だけれどね。ああヨハネはなんでこんな美しく――」
善子ちゃんの一人話はみんなでスルーして朝練へと向かう。善子ちゃんも本当はとっても優しくて魅力がたくさん詰まっているけど、どう考えてもキャラが足を引っ張っているタイプずら。
善子ちゃん「ってちょっと待ちなさいよー!」
私「善子ちゃん早く早く〜」
果南さん「おいていくよ〜」ヘラヘラ
曜さん「全速前進、ヨーソロー!」
善子ちゃん「待ってってば〜〜」 善子ちゃんがうるさいのでちょっと待って合流し、みんなで部室へ向かった。あ、言い忘れてたけどおらも果南さんも曜さんも、そして善子ちゃんもみんなAqoursって言うグループでスクールアイドルをやってるんだよ。
おらがスクールアイドルなんてちょっと恥ずかしくて自信ないけど、みんなと一緒にアイドル活動するのはとっても楽しいんだ。
それにスクールアイドルのおかげでおらはみんなと出会えたし――。
――ガララ
いつの間にか到着していた部室のドアを曜さんが勢いよく開ける。
曜さん「おはヨーソロー!」
「おはようございます、曜さん、果南さん、善子さん、花丸さん。それから扉はもう少し丁寧に開けるようにと……」
「みんなおはよう!」
部室には三年生のダイヤさんと、その妹でおらと善子ちゃんと同じクラスのルビィちゃんが着替えを終えて待っていた。おらたち3人も続いてあいさつをして荷物を置く。
ダイヤさんは生徒会長でとってもクール、頼れるお姉ちゃんだけれどちょっと抜けてるとこがすっごく可愛いずら♪
ルビィちゃんはおらの親友! 可愛くて優しい素敵な女の子。でも意外とわがままで芯が通ってるようなところもあるよ。
ダイヤさん「曜さん! こちらへ来なさい」
曜さん「はーい……」
曜さんはダイヤさんにつかまってお説教中。おらたちはそれを横目に着替え始めた。 ルビィちゃん「なんか珍しい4人組だね」
善子ちゃん「私と曜さん、ずら丸と果南さんで学校の前でたまたま合流したの」
果南さん「マルと来る途中で会ってね」
私「まさか連続でメンバーのみんなと会うなんて思わなかったよ」
ルビィちゃん「じゃあ合流する前は花丸ちゃんと果南さんの二人だったんだ」
私「そうずら」
ルビィちゃん「へぇ〜! 花丸ちゃんと果南ちゃんって二人でどんなお話するの?」
果南さん「えーっとね〜……」
果南さんが横目でチラとおらのことを見て、また朝のあのときと同じ眼をした。
果南さん「秘密……かな……♡」
果南さん?!なんでそういう言い方をするずら?!
善子ちゃん「なっ……まさかあんたたち口に言えないような……」プルプル
ルビィちゃん「えぇーー!」
私「そんなわけないずら! 落ち着いて!」 善子ちゃん「そ、そうよね、ごめんなさい」
ルビィちゃん「なーんだ……」
ルビィちゃんはなんで残念がっているんだろう。
果南さん「あはははは。やっぱり1年生3人は可愛いね」
善子ちゃん「もう、そういうのはやめてよねー!」
果南さん「ごめんてっばー」ヘラヘラ
ガララとまた勢いよくドアが開く。ダイヤさんは額に手を当てている。
「グッモーニン! みんな元気ー?」
ダイヤさん「もう、鞠莉さん?あなたと言う人はほんとに……はぁ。おはようございます」
鞠莉さん「あれ?ダイヤってば頭を押さえてもしかしてチョーシ悪い?」
ダイヤさん「誰のせいだと思ってるんですか、だ・れ・の!」
鞠莉さんもダイヤさんや果南さんと同じ三年生、とは言っても鞠莉さんの普段の振る舞いは三年生に見えないっていうのは内緒ずら。
しっかりするときはしっかりした先輩なんだけどなぁ……。
ダイヤさんが鞠莉さんにすっ飛んでいったからか曜さんももう着替え始めて……というか着替え終わっていた。どんだけ着替えるの早いずら。 ガララ。
また元気のいい音が響いてきた。天丼ネタもしつこいとただ飽きられるだけずら。
「おっはよー!」
「おはよう、みんな」
ダイヤさんを見るともう気力を失って倒れこんでいる。果南さんと善子ちゃんはなにやら言い合いをしていてルビィちゃんはなぜか目を輝かせている。
曜さん「おはヨーソロー、千歌ちゃん、梨子ちゃん」
私「2人ともおはよう」
梨子さん「ごめんね、千歌ちゃんがなかなか来なくて」
千歌さん「えー?!梨子ちゃんがしいたけに怖がって走り回ったからでしょー?!」
果南さん「まあまあ二人ともお互いのせいにしない」
「「はーい」」 千歌さんと梨子さんは曜さんと同じ2年生。千歌さんはAqoursのリーダーをやってて私たちをいつも引っ張ってくれるとっても大切な先輩。
普段はおふざけが多いのがもったいないけど。
梨子さんは千歌さんの隣に住んでて、ピアノがとっても上手で女の子らしい先輩。梨子さんとは趣味合いそうってひそかに思ってるずら。
曜さん「私先に屋上行ってるねー!」
千歌さん「うん!」
さて、おらもそろそろ朝練場所の屋上に行こうかな。今日もいい日になりますように。
――このときのおらはまだこれから大変なことになるなんて思ってもいなかったんだ。 第一部 マルと王子様
私「はぁ〜やっと昼休みずら〜」グテー
体力のないおらは朝練のある日はいつもへとへと。授業を聞くのは好きだけどお腹が減るのだけはどうしようもないずら。おらはかばんの中からのっぽパンと、おばあちゃんが作ってくれたお弁当を取り出す。
善子ちゃん「あんた今日はお弁当だけじゃなくてのっぽパンも持ってきたわけ? ほんとよく食うわね」
私「マルは成長期なの」
ルビィちゃん「あはは……」
善子ちゃん「身長じゃない方に栄養が行ってるみたいだけどね……」グヌヌ
善子ちゃんがおらの胸を見つめてくる。ルビィちゃんは自分の胸を見つめてしゅんとしている。かわいい。
私「善子ちゃんのえっち」
善子ちゃん「はぁ?! なんでそうなるのよ!」
ルビィちゃん「まあまあ落ち着いて善子ちゃん」
1年生3人でのお昼ご飯の時間はこうしていつもわいわい賑やかだ。
ルビィちゃん「そういえば花丸ちゃん、最近果南さんと仲良いよね。今朝も一緒に来たんでしょ?」
隣の善子ちゃんがなにやらビクっとした。 私「AZALEAでも一緒だし頼れるお姉ちゃんみたいで安心しちゃうんだ〜」
善子ちゃん「果南さんのあの大らかな雰囲気はすごいわよね」
私「でも最近すぐにマルの頭を撫でようとしてちょっと恥ずかしいずら」
一瞬善子ちゃんの動きが固まったような気がした。
ルビィちゃん「へ〜いいなぁ〜、今朝も?」
私「うん」
善子ちゃん「あのね、ずら丸は無防備すぎるのよ!」
私「でも、果南さんに撫でられるの別に嫌って訳じゃないし……」
善子ちゃん「はっきりしなさいよ! 高校生にもなって頭撫でられるなんて子ども扱いされてるのよ?!」 何か怒ったようにまくしたてる善子ちゃんにおらも少しむっとする。善子ちゃんはたぶんおらが果南さんに甘えてるのが羨ましいんだと思う。なんずら、自分だって曜さんに甘えられるくせに。
私「果南さんはそんなこと考えないずら! 善子ちゃんとはちがうもん!」
善子ちゃん「なんですって?!」
私「だいたい善子ちゃんだって曜さんといつもいつもあんなに楽しそうにしてるじゃん、何が気に入らないずら?!」
私「浦女のヒーローの曜さんとあんなに仲良さそうに二人っきりで登下校してるのに!」
善子ちゃん「なっ……」 つい言葉が強くなってしまった。隣を見るとルビィちゃんが泣きそうな眼をして慌てている。とっても可愛い。じゃなかった、申し訳ない気持ちが止まらなくなる。
私「ごめん……」
善子ちゃん「いや、私が悪かったわ……」
善子ちゃんは何かを噛み締めるような顔をして下を向いている。ルビィちゃんも気まずそうだ。おらもこの空気に耐えられなくなってお弁当箱をそそくさと片付けた。
私「あ、マ、マル、図書委員の仕事あるから行くね」ガタッ
善子ちゃん「ちょっと待って、花丸」
彼女がおらのことを「花丸」と呼ぶのは真面目な話をする時だ。おらは深呼吸して応える。
私「なに?」
善子ちゃん「あんた、もしかして曜さんのこと好きなの……?」 私「え」
善子ちゃんが何を言っているか分からない。え?
頭が真っ白になりそうになる。
ルビィちゃん「ひゃあああ///」
ルビィちゃんはさっきまでの元気の無さはどこへやらすごく楽しそうに口を隠して頬を彼女の美しい髪の毛のように赤くしている。
私「い、いや、なにを言ってるずら、善子ちゃん、冗談は善子ちゃんずら。お、おらが曜さんを好きだなんてそんなことあるわけないずら」
私「そ、そりゃ曜さんは浦女のヒーローだから憧れてる部分もあるけど……。じゃ、じゃあマルはもう図書委員行くね、ばいばい二人とも!」ダダダ
善子ちゃん「……」
ルビィちゃん「善子ちゃん……」 ―――
――
―
まったく善子ちゃんってばなんていう質問をするずら。そ、そんなことあるわけないのに。
でも曜さんってお話に出てくる王子様みたいでとっても――ってなに考えてるずら。
だいたいおらなんかが曜さんと釣り合うわけないし……。
そうこう考えていると図書室に到着した。カウンターの中には返却された本がたくさん積んであった。
あちゃー。最近夢中になって小説を読んでいたから本を元に戻す仕事があんまり進んでいなかったんだった。
これだけあると昼休み中に終わるかどうか……。
ため息をつきながら積まれてる本に手をかけようとしたとき、図書室のドアがゆっくりと開いた。
曜さん「花丸ちゃん!」
私「曜さん、本読みに来たずら?」
朝にダイヤさんに怒られて自重しているのだろうか、曜さんらしからぬドアの開け方だったので少し驚いた。
曜さん「ううん、なんとなく花丸ちゃんと話したくなって来ちゃった。……迷惑だった?」
先ほどの善子ちゃんとの会話を思い出してドキリとする。
私「ううん、そんなことないよ。でも今からこの山積みの本を棚に戻さなきゃいけなくて……」
曜さん「おぉ……それは大変そうだね」 曜さんとお話したい気持ちはあったけど、この本の山の前じゃ無理な話だ。
私「うん、ごめんね」
曜さん「……よし! じゃあ私も手伝うよ!」
私「ええ、そんな悪いすら」
曜さん「いいからいいから♪ 二人だったら速さも倍! 楽しさも倍だよ!」
曜さんは強引に本を数冊抱える。
私「もう……ありがとう曜さん」
曜さん「えへへーどういたしまして」
流石浦女のヒーロー、とっても素敵な笑顔がおらの瞳に、胸に、頭に、突き刺さる。
そう言うわけで二人で一冊一冊本を戻して行く。曜さんとすれ違うたび、曜さんはあの笑顔をおらに向けて、おらも笑顔を返す。
あれだけ積もっていた本も二人がかりで戻して行ったらすぐにもうあと少しになっていた。 私「あとは高いところにしまう本だけだから、曜さんは脚立押さえるのお願いしていい?」
曜さん「もちろんであります!」
普段は脚立を押さえる人がいないことが多いけど、やっぱり少し怖いから、こうして誰かがいてくれると安心する。最後の一冊を本棚へとしまう。
私「おわったずら!」
曜さん「やったね」
すぐ下で曜さんの声がする。ん、下……?おらは今制服でスカートだから……
私「ひゃあ!」グラッ
やだ、曜さんにパンツ見えちゃってたかな……うう、恥ずかしい……。
なんだか頭もくらくらして周りの景色も揺れてるような……。
……って落ちてるずら!
曜さん「花丸ちゃん!」ガシッ
ドスン! 私「いたたたた……」
曜さん「大丈夫?花丸ちゃん」ギュッ
気が付くとおらは曜さんの腕の中。落ちたときに曜さんが掴んでくれたらしい。
曜さんがおらを覗き込む。とってもきれいなアクアブルーの瞳から目が離せない。
曜さんに抱えられている背中や膝の裏がだんだんと熱を帯びていくのが分かる。なんだか体全体が心臓になってしまったみたいに全身がドクンドクンと脈動している。
私「う、うん、ありがとう……///」
なんとか声を振り絞って曜さんに返事をした。
声を出してみるとこの状況をより意識して全身の血が沸騰しそうになった。浦女のヒーローにこんなことしてもらっちゃうなんて……。
このままじゃ体が自分じゃなくなってしまうような気がして、名残惜しさをぐっとこらえておらは勢いよく飛びあがった。
曜さん「良かった。花丸ちゃんがケガでもしてたらどうしようかと」
立ち上がってよく見ると、曜さんは本棚に背を預けて座り込んでいた。きっと落ちてきたおらをかばって自分が下敷きになったのだろう。
私「曜さんこそ! 大丈夫?」
曜さん「へへ、全然平気だよ、花丸ちゃん軽かったし!」 私「な///」
そういえばさっきまで曜さんに全体重を預けていたのだった。曜さんに体重知られちゃったかもしれない……と顔が真っ赤になる。
曜さん「あはは、恥ずかしがんないでよ。本当に軽かったよ、お人形さんかと思ったくらい」
私「も、もう大げさずら///」
曜さん「でも花丸ちゃんの体とっても柔らかくて気持ち良かったよ。それに落ち着く匂いだったし!」
私「〜〜!///」
おらの顔はどんどん熱くなって、体の底にマグマがあって今まさに噴火しようとしているのではないかって感じるくらいで。もう熱暴走した機械のようにおらの頭は完全停止してしまった。
曜さん「おーい花丸ちゃん、どうしたの?」
私「な、なんでもないずら〜」
曜さん「ふーん、じゃ花丸ちゃん、起こして♡」
曜さんはこちらに向かって両手を伸ばしている。この手を引っ張れという事だろうか。おらの手が曜さんの両手に触れる。さっき感じた体の熱さとは対照的に少しひんやりとしていてすべすべした綺麗な手だった。 曜さん「引っ張ってー」
私「はい」グイ
思いっきり曜さんを引っ張ると、それに合わせて曜さんが立ち上がる。手先にはほんの一瞬曜さんの体重がかかるがすぐに軽くなっていき、曜さんは立ち上がり、その勢いのままこっちへ吹っ飛んできた。
ええ?!吹っ飛んできた?!
曜さん「ハグ〜〜!」ギュ
私「え、よ、曜さん?!///」
曜さん「あはは、花丸ちゃんをぎゅーってするの、とっても気持ちいいね!」
私「も、もう、果南さんじゃないんだからやめるずら」
曜さん「え〜果南ちゃんは良くて私はダメなの〜?」
少しおおげさだけど弱気な声が耳の少し後ろからくっついた頭を振動させながら伝わってくる。曜さんらしい柔らかな香りが鼻孔に広がり、おらから判断力を奪う。 私「そ、そういうことじゃないずら! 別にハグしてもいいけど……突然はびっくりするよ……///」
曜さん「ほんと〜?! 花丸ちゃんだーーーーーい好き!」ギュー
私「はわわ……///」
つい恥ずかしがってる時の梨子さんみたいな声を出してしまう。それからしばらくの間おらは動けず抱きしめられているだけだった。 曜さん「よし、チャージ完了であります!」バッ
私「あ……」
曜さんの手が背中から離れ、頭がおらの頭から離れ、曜さんの胸もおらの胸から離れていく。消えていくぬくもりと香りにおらは残念な気持ちを隠すことも忘れていた。
曜さん「さっき花丸ちゃんを受け止めたときの感触があんまりにも気持ち良かったからつい抱き着いちゃった、ごめんね」
私「う、うん……べつに平気ずら……」
曜さん「しかし花丸ちゃんとお話しに来たのにハグしてたらもうお昼休み終わりになっちゃうねー」
私「そうだね、そろそろ戻らないと」
曜さん「じゃあ1年生の教室まで一緒に戻ろうよ! 少しでもお話したいし」
意外な提案だったけど賛成の他に選択肢はなかった。静かにうなづきで返事をする。このときのおらは憧れの曜さんと近づきすぎて舞い上がっていたのは後になれば明らかだった。 曜さん「はい、手」
私「え?」
曜さん「手つないでいこ」
ええ〜〜それは流石に恥ずかしいずら。みんなに見られたらなんて言えばいいんだろう、でも手をつないで歩くなんてこ、恋人みたいでちょっと良いかも……。ってダメずら! ちゃんと断らないと――。
おらがそうやって逡巡していたら、
曜さん「花丸ちゃんの手、ゲット!」
なんて、やっぱり曜さんは突然で、おらの考えなんてぴゅーんって置いていって、どんどんおらを侵食していく。そのたびに侵食された部分は甘くて脆いチョコレートみたいにされてしまう。
私「もう、好きにするずら……///」
さっきと同じく曜さんの手は水のように冷たくて、細やかで。自分の手がとっても熱くなっていないだろうか、汗かいてたら恥ずかしいなと心配な心が出てくる。でもきっと曜さんは、そんなこと気にするおらなんてお構いなしにどこだって手を引いて行ってくれるのだろう。
曜さん「じゃ、行こっか」 おらはそのまま歩き出す曜さんにちょっと駆け足で追いついて、隣を歩く。それからは二人で他愛もない話をしながら、教室に向かった。おらが最近読んでた小説の話を一生懸命話したら、「今話してる花丸ちゃん、とっても楽しそう!」って言われた。
そうだ、と思って曜さんとも仲が良い善子ちゃんの幼稚園時代の話なんかもちょっと言ってみたら曜さんはお腹を押さえて笑っていた。
曜さんの笑顔はやっぱり素敵で、曜って名前にぴったりなくらいほわほわとした光をまき散らしておらの中に溶けていった。
「あれ、マルと曜じゃん、やっほ」
急に名前を呼ばれてビクリとする。顔をあげてみるとそこには今朝も顔を合わせた果南さんの姿があった。
曜さん「あ、果南ちゃん、朝ぶりだね」
果南さん「そうだね。ところで………」
果南さんがおらの方を見つめる。ドキリとしながらも次の言葉を待つ。
果南さん「マルと曜はいつのまにそんなに仲良くなったの?」
果南さんは視線を少し下の方にやっていた。その視線はどうやら曜さんとおらの真ん中くらいへと向かっていて、そのまま辿っていくとおらと曜さんの手があった。ぎゅっと握りしめられて1つになっていた2つの手が。 そうだった。おらと曜さんは今手をつないでいたんだ! 顔が赤くなってとっさに手を放そうとする。
私「い、いや、これはね……」
が、振り放そうとした手は曜さんに強く握りしめられていて接着剤でくっついたように離れなかった。
曜さん「元々仲良いよ〜。ね、花丸ちゃん」
私「え?う、うん…」
果南さん「へぇ〜知らなかったよ……」ニコ
曜さん「……」ニッコリ
何故か背筋に冷たいものが走る。今日の朝の二人の笑顔とはなにかが違う気がした。
その3秒に満たない瞬間が1分も10分にも感じられた。早くこの状況から抜け出したい!
私「ぁ、そろそろ教室行かないと……」
なんとか声を振り絞って二人を促す。 果南さん「そうだね、引き留めてごめん」
曜さん「ううん、全然大丈夫だよ。いこ、花丸ちゃん」
私「う、うん」
曜さんに手を引かれてまた歩き出す。すれ違う瞬間果南さんの方をちらと見ると、顔を動かすこともなくそのまま前方を見つめているようだった。
ただ、その瞳はつややかに磨いたアメジストのように鋭く光り、口元は僅かに震えていて、こころなしか口角が上がるのをこらえているようにも見えた。
曜さん「……花丸ちゃん、大丈夫?」
私「うん……でも果南さん、ちょっと怖かったよ……曜さんも。」
曜さん「あはは、ごめんね。そんなつもりは無かったんだけど」
良かった、いつもの曜さんだ。でもさっきまでの怖い雰囲気はなんだったんだろう。
私「どうしてかな」
曜さん「うーん……まあすぐに分かるんじゃないかな」 曜さんはどうやら知ってるのに教えてくれないらしい。ちょっとムカっとしたので拗ねたふりをしてみる。
私「曜さんの意地悪。ふーんだ」
曜さん「ちょ、ちょっと花丸ちゃん……」
あたふたしながらどうしようか迷ってる曜さん、とっても可愛い。
私「……じょーだんずら♪」
曜さん「も、もう! 花丸ちゃんの方がイジワルだよ!」
気の抜けた顔でこちらに文句を言ってくるけど、おらにはどこ吹く風。
今日は曜さんにペースを握られっぱしだったからたまにはやり返さないと――えへ♡
曜さん「はあ……でも花丸ちゃんに嫌われてなくて良かったよ」
心臓がドクンと跳ねる。さっきまで威勢が良かったおらの心は途端に大人しくなって、
その言葉が頭の中をこだまするのに任せるだけになっていた。 曜さん「ありゃ、もう1年生の教室ついちゃったよ」
私「あ……」
その声でハッとしてあたりを見回すともう教室のドアの前まで来ていた。とは言っても果南さんとすれ違った時点でもう1年生の教室の近くだったのでそれは当然だったのだけれど、おらにはそんなことに気づく余裕は無かった。
曜さん「じゃあ花丸ちゃん、またね!」
そう言って曜さんはくるりとUターンして歩き始める。
今日は曜さんととっても仲良しになれた素敵な日だった。さっきの様子が変だったのとか、そんなものは忘れてまた明日から楽しく過ごせばいい。きっととっても楽しくなる。
でも……。
でも……おらはやっぱり気になる。気になったことは分かるまで満足できない、それがおらずら!
今日ほど曜さんと2人で話せる日は無いかもしれない。それを無駄にしてはいけない気がした。
私「曜さん、待って!」
曜さん「ん?」
曜さんはまたくるりとこちらを向く。その動作はとても美しくて、普段の高飛び込みでの練習の賜物だろうかと頭をよぎる。 私「ねえ、曜さん。さっき果南さんと会った時、なんでマルの手を握りしめたの」
曜さん「…あ、もしかして痛かった?」
私「ううん、大丈夫だよ。でもなんで?」
曜さんの瞳が少し潤んで泳いだ後、目をそらしたまま答えた。
曜さん「花丸ちゃんの手が気持ち良かったから放したくなくて……」
私「嘘ずら。曜さん、嘘つくの下手だよね」クスッ
思わず笑ってしまう。普段は格好いいのにこういうところは可愛いんだから羨ましい。
曜さん「うぅ……」
今度は曜さんがしゃべってくれるまで待ってみる。曜さんは顔を真っ赤にして今にも泣きそうなくらい瞳を潤ませ、口をすぼめながら、自信なさげにしゃべり始めた
曜さん「でも、嘘じゃないんだよ。花丸ちゃんの手が気持ち良かったのは……」
私「うん」 真剣な眼差しで曜さんを見つめる。曜さんはしばらく黙っていたけど、おらの目を見ると何故かはっとしたような顔をした後、胸に手を当てて数秒間うつむいた後、さきほどの泣きそうな姿とは全然違う、強い眼差しをこちらに向けてきた。思わずこちらも息を飲む。
曜さん「本当はね」
曜さん「果南ちゃんに負けたくなかったんだ」
私「? それってどういう……」
曜さんは急におらの右手をとり、両手で覆う。
曜さん「花丸ちゃんをとられたくないってこと」
え? おらを取られたくないってドウイウコト? 頭が働かずショート寸前になる。
言葉は何も出てこない。体も動かない。ただ顔がどんどん熱くなって、意味が分かっていないふりをして、
体はその意味をはっきり分かっていることを主張してくる。
曜さん「私、渡辺曜は国木田花丸ちゃんのことが好きです」 どくんっ。
全身が揺さぶられたあと時が止まったような錯覚に陥る。この空間にはおらと曜さんの2人しかいなくて、他の何もかもすべて忘れてしまったかのように白い光景を見ているだけのような、そんな気分になる。
ああ、言われてしまった。その言葉を聞いてしまえばもう意味を知らないふりは出来ない。
曜さん「花丸ちゃんを守りたいんだ」
曜さんはそのまま右膝を地面につけ、左ひざを立て、おらの手の甲にゆっくりと唇を落とした。 読んでくださってる方、ありがとうございます
ここでのss投稿は初めてになります 第二部 マルと悪い先輩
「………まるちゃん」
「…………はなまるちゃん」
ん?
ルビィちゃん「花丸ちゃん、授業終わってるよ」
私「え?あ、ほんとずら」
曜さんにあんなことを言われたから今日の午後の授業は何にも頭に入らなかったよ……うう……。
まさかあんな、こ、告白、されるだなんて……。
思い出したらのぼせちゃいそう。
ルビィちゃん「今日なんか変だけど……大丈夫?」
ぎくり。曜さんのことはやっぱりみんなには知られない方が良いよね。
おらはとりあえず誤魔化すことにした。
私「うん、なんかぼーっとしちゃっただけだよ」
善子ちゃん「……あんた昼休み曜さんと手繋いで教室まで来たらしいわね」 私「え……」
首筋から冷たい水を垂らされたような寒気が全身を駆け巡る。なんで善子ちゃんがそのことを――。
ハッとしてルビィちゃんの方を見ると顔を赤くして目をそらしている。どうやらルビィちゃんも知っていたらしい。
私「それは、ぇっと……」
ダメだ。何も思いつかない。ただ何かを言わなきゃという焦燥感だけが喉の奥で暴れてひねり出されるのはうめき声のような声にならない声だけだ。
善子ちゃん「良かったじゃない。曜さんと仲良くなれて」
私「〜〜〜っ///」
善子ちゃん「応援してるわよ、頑張りなさい」ニコ
私「え……いや、そんな………///」
ルビィちゃん「………」
善子「さ、そろそろ練習行きましょ」
私「そ、そうだね!」
ルビィちゃん「………うん」 それからおらたちは屋上へ行った。う〜でも曜さんと会うのは気まずいなぁ……。
千歌さん「お、待ってたよー」
屋上につくと一番に元気な千歌ちゃんの声が響いた。屋上は屋根がないから響かないんだけどね。
ふと目を横にずらすと曜さんと梨子さんがなにやら座ってしゃべってるのが見えた。
曜さん「///」
梨子さん「おーい」ヒラヒラ
目が合うと曜さんは恥ずかしそうに下を向く。頬が熱くなるのを誤魔化そうと元気に挨拶した。
果南さん「お、元気いいねー」
鞠利さん「So good!」
ダイヤさん「みなさんこんにちは」
ちょうど三年生も屋上に来たところだったらしく、少し恥ずかしくなる。
千歌さん「よーし、練習始めよー!」 ―――
――
―
私「……はああ、疲れたずら〜〜〜〜」
果南さん「あはは、お疲れ様」
今日の練習もハードだった。元々インドア派で体力があまりないおらには毎日が本当に精一杯。
それなのに果南さんと来たらピンピンしている。恐ろしいずら。
おらたちは今ペア練習後のストレッチをしている。いつもは善子ちゃんやルビィちゃんとペアなんだけど…。
ちらりと屋上の端の方を見ると善子ちゃんとルビィちゃんがストレッチをしているのが見える。
私「ずら〜……」
今日は善子ちゃんとペアを組もうとしたら、
「ルビィと組むから」
とか
「曜さんと組むチャンスじゃない」
とかなんとか言って一回もペアを組んでくれなかった。
ルビィちゃんも善子ちゃんと組むって言うから今日は果南さんとペアを組むことが多かったのだ。 一回曜さんとペアになったんだけど、お互い真っ赤になっちゃってあんまり話もしないで終わっちゃった。
曜さんは練習中も何度かこっちを見てきてるようで何度か目が合っては恥ずかしそうに目をそらしていた。
そんな曜さんのことを善子ちゃんが見ていたのにも気づいた。
これでもおらは察しが良い方だ。ずっと気づいていた。善子ちゃんは曜さんのことが好きなんだ。
あの仲の良さはそうに違いないとずっと思っていた。
だからきっと、曜さんと仲良くなったおらに微妙な気持ちなんだと思う。
今日ペアを組んでくれなかったのもそれでおらのこと避けてたからだという確信がある。
ちゃんと善子ちゃんと話し合おう、じゃないと善子ちゃんはきっと自分だけ無理しちゃう、そんな子だから。
果南さん「……マル?」
つい考え込んでいたおらはストレッチの最中だったことを忘れていた。なにかが頭いっぱいになると周りが見えなくなるのはおらの悪い癖だ。
私「あ、ごめん果南さん、ぼーっとしてて」
果南さん「ううん、大丈夫。そろそろ終わろっか」
私「うん!」
周りをみるとみんなストレッチを終えて立ち上がり始めていた。
千歌「みんな今日もお疲れ様!」 千歌さんやダイヤさんが終わりの合図を告げ、ぞろぞろと階段へと足が集まっていく。空は橙色に染まり始め、黒くたたずむ山とのコントラストが美しくもあり、またどこか寂しさを感じさせる。
そうだ、ルビィちゃんと善子ちゃんを誘って放課後どこかで話そう。
果南さん「ねえマル、今日放課後空いてる?」
私「え」
まさか果南さんから誘われるなんて。
最近仲良くなってきた果南さん、優しいお姉ちゃんみたいで、ちょっとかっこよくて。
もっと仲良くなりたいけど……
私「ごめんなさい、今日は善子ちゃんとルビィちゃんとお話したくて……」
果南さん「そっか」ニコ
とっても優しい笑顔で何故か涙が出そうになる。
果南さん「じゃあ早く誘わないとね」
私「うん、ありがとずら!」 優しく背中を叩かれる。
そのまま自然と足が動いて、ふわふわ浮かんで流れるみたいに善子ちゃんとルビィちゃんのすぐ側まで来ていた。
いつも誘ってくれるのはルビィちゃんや善子ちゃんだからちょっと緊張する。
弱気な気持ちに負けないように少し深呼吸する。
よし、がんばルビィ、ずら。
私「あの、ルビィちゃ――
ルビィちゃん「善子ちゃん、今日ちょっとだけ学校に残ってくれる?」
ルビィちゃん「話したいことがあるんだ、二人だけで」
二人だけで。その言葉はおらに突き刺さって全身の細胞たちの動きを鎮静化させる。手を伸ばしたポーズのまま、ただなにも体を動かすことができず、おらは善子ちゃんを見るルビィちゃんのまっすぐな瞳を見ているだけだった。
もしかしておらには言えない話なのかな……。
良くない妄想だけがおらの内側を駆け巡って、体の熱をどんどん奪っていく。
そんなこと無いって頭では分かっているのに。
善子ちゃん「………ええ、わかったわ」 そっか。今日はダメだったか。
やっと行き場を失った気持ちを落ち着けたけど残念な気持ちは変わらない。
だって早く仲直りしたかったから。
大事な大事な友達だから。
ルビィちゃん「あれ、花丸ちゃん、何か言いかけた?」
ルビィちゃんはさっきの真剣な眼差しを崩しいつものように優しい声色になった。
私「い、いや………なんでもないずら……」
ルビィちゃん「そっか、じゃあルビィたちちょっと教室行ってくるね、バイバイ!」フリフリ
私「うん、またね……」
善子ちゃん「……じゃあね」
私「……」 二人を見送ったあともおらの足はそのまま動かない。
誘って断られるくらい大したことじゃない。全然普通のことだ。
でも、やっぱり、今日は、ちょっと寂しい。
果南さん「……マル」
果南さんはどうやらおらのことを見守っていてくれたらしい。
私「えへへ、フラれちゃったずら」
ふざけた感じで元気なふりををしてみた。演技はあんまり得意じゃないからすぐバレちゃうだろうけど。
果南さん「そっか」ニコ
果南さんはまたさっきと同じ優しい顔をしていた。
果南さん「やっぱり今日は……ちょっと付き合ってよ」
大きくてしっかりした右手が差し出される。
今のおらにはそれに触れない選択肢は無かった。
私「……うん」 ―――
――
―
私「………ここって、三年生の教室?」
果南さん「うん、今の時間人もいないし話すにはいいかなって」
私「なるほど」
おらは果南さんに連れられるまま、慣れない教室に入っていた。
果南さん「ほら、そこ座って」
言われるまま腰かける。果南さんは前の席に椅子を跨いで反対向きに座った。
果南さん「そこ、私の席だよ。ここはダイヤの席、私のとなりが鞠莉の席」
果南さんは少し嬉しそうに話す
果南さん「鞠莉がさ、『理事長権限デース!』って言って私たちの席勝手に決めちゃってさ」
私「ふふっ、鞠莉さんらしいね」
果南さん「ダイヤも『職権濫用ですよ、鞠莉さん』なんて言ってたけど席戻そうとしなくてそのままなんだ」
私「とっても仲良しずらね」ニコ
果南さん「私たちにはあと少ししかないから。お互い遠回りしてたらいつの間にか3年生なんだもん」
私「果南さん………」
そうだ、果南さんたちは三年生。もう残された時間は、少ないんだ。
おらたちはただ時間に囚われて生きる。誰もそれからは逃れられない。
おらとルビィちゃんと善子ちゃんだってそうだ。 果南さん「だからマルたちは自分の気持ちから遠回りしちゃダメだよ。私みたいになっちゃダメ」
果南さんみたいに……
私「……うん」
私「でも、昔のことがあったから、きっと果南さんと鞠莉さんとダイヤさんは昔よりもっと特別になったんだと思う」
果南さん「……!」
私「それはきっと一緒に活動してるマルたちみんな思ってるよ」
私「それにマルは、果南さんみたいになれるなら嬉しいかも。だってとっても格好よくて、優しくて、温かくて、それにすっごく可愛い憧れの先輩だから」
自分でも驚くほどするすると言葉が出ていく。それはそうだろう。だって溢れ出てきた思いがそのまま言葉に置き換わっただけなのだから。 果南さん「マル……」
果南さんは目を真ん丸にしているがすぐに剣のようなキリッとした目付きになった。
果南さん「マルは……」
私「……」
黙って言葉が紡がれるのを待つ。
果南さん「マルは私が悪い先輩でも好き?」
少し弱気な質問内容に反して目付きはぴくりとも変わらない。
一瞬怯みそうになるが、正直な気持ちを伝えようと思った。
私「もちろん。どんな果南さんでも大好きずら」
すると果南さんはにっこりと笑ったあと、少し目を伏せた。
果南さん「ありがとう、マル」
それからしばらくマルたちは特筆することもないような話をしていた。 私「そろそろ帰らなきゃ」
気がつくといつの間にか外は真っ暗だった。お父さんたちが心配しているに違いない。
私「今日はありがとう、果南さん。ちゃんと善子ちゃんやルビィちゃんと話してみる」
果南さん「どういたしまして」
果南さんもそう言うと席を立った。
そういえばおらたち今朝も一緒に来たんだっけと思いながらドアに手を掛け――。
ようとしたら果南さんに手を捕まれた。
私「果南さん?」
振り返るとそこには今日の昼に見たようなギラリとした目と少し上がった口角があった。
おらは思わず怖じ気付いて少し後退る。 私「ど、どうしたの……?」
果南さん「……」
なにも言わず距離を詰めてくる。
また少し後ずさる。
私「……なんか変だよ果南さん」
私「今日お昼休みにあったときもおかしかったし………」
果南さん「!」
お昼休みという言葉にびくりと反応した。今のうちに……… 果南さん「……マルは曜となにやってたの?」
ゾクリとする。もしかしたら不味いことをいったのかもしれない。
私「い、いや、別になにも……」
果南さん「へぇ?」
私「ひっ……」
地の底から響いてきたような重くて鋭い声色に思わず声をあげる。
腰がへたりそうになり、後ずさろうとすると、ガタンッと背中が固いものに当たる。
そうだ、今はドアのすぐ前なんだった……。
果南さん「マル」
おそるおそる果南さんの方へゆっくりと顔をあげ……
ドンッ
私「きゃっ!」
おらの顔のすぐ横を同じ高校生とは思えないほど力強い腕が貫く。
果南さん「びっくりさせてごめんね、マル」ニコ にっこりと微笑む果南さん。
その少し不気味な笑顔に何故かドキドキしてしまう。
おかしいよ……。なんでこんなに……。
顔がどんどん熱くなる。
果南さん「ふふ」
果南さんに見つめられる。その距離はどんどん近くなって………。
顔をあげるのも恥ずかしいほど側まで寄っていた。
私「あ、あの………」
恥ずかしくてもじもじと足が動いてしまう。抜けそうになる腰を精一杯支える。
果南さん「マル……」
私「っ!」
果南さんの脚が、力の抜けた私の脚を割り入ってきた。
内腿が熱い。二つの腿の熱はそのまま上へ伝わって、脚の付け根で合流しておらの心臓、頭までじわじわと焦がす。
果南さん「……」
果南さんの吐息が耳に直接聞こえてくる。耳から入ってきた振動は体を下へと伝わり、果南さんと太股同士が擦れ合う。 果南さん「……マルが言ったんだよ?」
私「え、え………?///」
言葉がうまくでない。頭がぐるぐるする。
果南さん「悪い私も好きだって、ね」
私「……!」
まさか、まさかこんなことになるなんて思ってなかった。
果南さん「ねえ、マル」
心臓がドキリと跳ねる。この声色は。この感覚は。まさか。
なにか言わなきゃ……。
なにか、なにか。
クイッ
不意に顔が持ち上がる。強く熱い視線とぶつかる。ワインのような魅惑を放つその瞳に釘付けになる。 果南さん「私のものになりなよ」
どくんっ。
またこの感覚だ。不思議で熱くて苦しくて、でもどこか心地いい。
体が動かない。意識は真っ白としている。それでいてどこか状況を俯瞰している自分がいる。 果南さん「私ね」
果南さんの左手がおらの首を撫でる。
果南さん「……マルをめちゃくちゃにしたいんだ」
反対の首筋に熱くて柔らかい唇が触れる。
私「ひゃっ……///」
くすぐったくてたまらず声をあげる。それでも果南さんは唇を離そうとしない。首の上を舌がなぞる。
私「や、やめ……///」
そして激しく吸われる。自分の一部が果南さんに入っていってしまうような錯覚に陥る。
私「〜〜〜!///」
それがしばらく続いてようやくそれは私の首からゆっくり、ゆっくりと離れていく。
私「か、果南さんっ……!!!」
果南さん「ねぇ、さっきの声、誘ってるの?」
自分の声を思い出して恥ずかしくなる。
私「そ、そんなわけ……!」 果南さん「もう我慢できないや」
ゆっくりと果南さんの顔とマルの顔は近づいていく。なにも抵抗できずただぎゅっと目を瞑る。
吐息が唇を湿らせる。触れた腿が顔が、体がじんじんと熱い。
ああ、マルのファンのみんな、ごめんなさい……。
ここでマルの純潔はおしまい。 善子ちゃん「……花丸?」
突然聞こえてきた声で目がカッと開く。
弾けたように突然体が動いて果南さんを両手で押し返す。
果南さん「あちゃータイミング悪いなー」
果南さんも突然の声で諦めたように力を抜いておらの体から離れていく。
おらも少し安心して腰が抜けてへたりこむ。
がらがらとドアが開き善子ちゃんとルビィちゃんが入ってくる。 ルビィちゃん「花丸ちゃん、大丈夫?!」
善子ちゃん「……もう一人いると思ったら果南さんだったのね、ちょうど花丸に隠れてて気づかなかったわ」ギロッ
おらはルビィちゃんの手をとって立ち上がる。
果南さん「あはは、善子たちはどうしてここに?」
善子ちゃん「ルビィが忘れ物したって言うから屋上に戻って、帰ってくるときになにか物音が聞こえて気になったから来てみたのよ」
いつにも増して善子ちゃんの目つきは鋭い。
果南さん「そんなに怖い顔しないでよ」ニコリ
またあの笑顔だ。
善子ちゃん「あなた、ずら丸と何してたの? ずいぶん距離が近かったみたいだけど」
果南さん「なんだろうね」
ルビィちゃん「うぅ……」ビクビク
善子ちゃんが捲し立てるも果南さんは軽く躱していく。 善子ちゃん「ふざけないで!」
果南さん「ふざけてないよ。そんなに知りたければマルに聞けば?」
私「え?」
突然話を振られて困惑する。果南さんは堪えきれないように意地悪な笑顔を浮かべている。善子ちゃんは勢いを失い不安そうな目で見つめてくる。
私「えっと……」
二人に嘘はつきたくない。でもさっきのことを話すのは恥ずかしい。おらはどうすれば……… 私「その……」
果南さん「……」ニヤニヤ
善子ちゃん「……」
私「ちょっと目にごみが入ったからとってもらっただけだよ」
ダメだった。おらは嘘を選んだ。
果南さん「だってさ」
善子ちゃん「っ……」
善子ちゃんは納得いかなそう。でも彼女は引き際を知っている。
善子ちゃん「……そう。それなら良かったわ」
善子ちゃん「急に怒鳴ってごめんなさい」
果南さん「いいよ。友達のこと心配するのは当たり前だもん」
ルビィちゃん「ほっ……」 なんとか場は収まったらしい。
なんやかんや言ってもAqoursのみんなは温和な人ばかりだ。
善子ちゃん「さ、ずら丸、ルビィ、帰りましょ」
ルビィちゃん「うん。果南さんも一緒に帰る?」
果南さん「うーん、今日はやめとく。もうちょっとここに残ってたいんだ」
内心ほっとする。いま三人と一緒に帰ったりしたらどこかで墓穴を掘ってしまいそうだったから。
私「そっか、じゃあね果南さん」
ルビィちゃん「じゃあね」
善子ちゃん「……じゃ」
三人で教室を出ようとしたとき後ろから声が響いた。 果南さん「あ、そうだ」
果南さん「私、欲しいものが手に入りにくいほど燃えてくるタイプなんだ」
果南さん「それだけ覚えておいて」
そこまで聞こえたところで善子ちゃんは教室のドアを閉めた。 第三部 マルと幼馴染
教室を出ると善子ちゃんがすぐにルビィちゃんに聞こえないように囁いてくる。
善子ちゃん「……あんた家帰ったら絶対家族に見つかる前に鏡の前にいきなさい。わかったわね?」
私「? う、うん」
あのときのおらにはまだ意味が分かっていなかった。まあすぐに分かるんだけど……。
ルビィちゃん「どうしたの?」
善子ちゃん「なんでもないわよ」
おらも相槌をいれる。
ルビィちゃん「えへへ、そっか」ニコニコ
ルビィちゃんはなぜだかニコニコしている。でもさっきのがよほど怖かったのか心なしか目が赤くなっている気がした。
それからいつものようにわちゃわちゃと三人で騒ぎながら帰る。練習のときのような気まずさは消えていた。でもルビィちゃんと善子ちゃんは一体何をしていたんだろう。
気になるけどなかなか聞くタイミングをつかめない。
バス停についた。沼津への最終バスもほぼ同時にバス停につく。 善子ちゃん「じゃ、またね」
ルビィ「うん!」
私「まって」
やっぱり気になってしまう。それがおらだから。
善子ちゃん「なに?」
私「今日善子ちゃんとルビィちゃんは、なにしてたの?」
ルビィちゃん「……」
ルビィちゃんは答えてくれないらしく、善子ちゃんに視線を投げている。本当にちゃっかりして場を流すのが上手い子だ。
善子ちゃん「クックックッ……」
善子ちゃんは顔を隠していつもの堕天使笑いをして、笑みを浮かべたまままっすぐこちらを見据えた。
善子ちゃん「明日、空けておきなさい」
善子ちゃん「ちゃんと話してあげるわ」
そう言うと善子ちゃんはバスに飛び乗る。ルビィちゃんは優しい笑顔をしていた。おらは不思議な感覚で出発するバスを見送った。
善子ちゃん「……全部ね」 ーーー
ーー
ー
私「な、なっ……」
私「なにこれーーーー!!///」
家に帰ってきたおらは善子ちゃんの忠告通り鏡までたどり着いて悲鳴をあげた。
おらの首の左側には赤くなったアザのようなものができていた。
これは……あれずら……。
キスマーク……///
果南さんにキスされた時にできたんだ……。
お父さんたちが何事かと言っているが、いまはそれどころじゃなく、自分の部屋に駆け込んだ。
私「うぅ……///」
これ、絶対善子ちゃんにはバレてたってことだよね。
あはは………。
あははじゃないずら!!!
も〜〜果南さん次あったら許さないよ!
うわああああああ。 気持ちが落ち着かず、枕に顔を埋めて暴れまわる。今ならおらも普通怪獣になれちゃうかも。
はぁ……。善子ちゃんにバレてたってことは嘘ついてたのもバレたってことだよね……。
あんなにおらのために怒ってくれたのにおらが嘘ついてたなんて知ったら……。
頭の中の善子ちゃん「あんたとは今日で友達やめるから」
なんてことになっちゃうんだ……。きっとそれを言うためにいきなり明日予定を空けておいてなんて言ったんだ……。
思考がどんどんネガティブになっていく。もう一度枕に顔を押し付けた。 それからぼんやりしたままご飯を食べてお風呂に入ってまた自分の部屋に戻ってきた。
ぼんやりはしていたけれど、首を隠すことだけには集中力が回った。
人間ほど自分の首を守ることには真剣な生き物はいないんだ。
一日を終えてベッドに倒れ込むと今日の衝撃の出来事たちがぼふんと音をたててまき上がって、またおらに降り注いできた。
本当に色々なことが起こりすぎた。
あの浦女のヒーロー曜さんにお姫様だっこみたいなことされたり、憧れの先輩の果南さんに壁ドンされちゃったり。 否が応でもおらの体も思い出す。二人の瞳、息、体の感触、温度。全身がまた熱く熱く燃える。
冷ましてくれる周りの視線は今はない。
体の熱はどんどん上がっていく。
熱に浮かされ溶かされておらの頭はおかしくなってしまいそう。
あふれでる熱さに、たまらず熱を帯びた部分に触れていく。背中、手のひら、頭、顔、胸、手の甲、首筋、膝の裏、太腿を撫でる。
そして、今にも爆発してしまいそうなほど熱を持った、おらの体で一番熱いところに手を伸ばす――。
私「〜〜〜!///」
甘美で蠱惑的な火花が弾けた。 ーーー
ーー
ー
チュンチュン チュンチュン
パチリ。
目が覚める。
体がだるい。頭がぐわんぐわんする。
なんでこんなにだるいんだっけ……。
昨日は、え〜っと……。
あ、
ああ、
あああああああ!
おらってばなんてことを!///
あああああああ、もうおらのばか、ばかばかばか。
寝起きでぼさぼさの髪の毛をさらにぐちゃぐちゃにする。
まさか曜さんと果南さんであんなこと……///
おらは最低ずら……。
枕を抱き締めて布団の上を転がる。
今日は一日中布団にくるまっていたい気分だ。
そうは言っても善子ちゃんから誘われているので布団からでなくてはいけない。
善子ちゃんから連絡が来てないかスマホを確認する。 善子: お昼過ぎに家行くわ
なんとも簡素なメールだ。普段の彼女らしいとも言えるし、もしかしたら怒っていることの表れなのかもしれない。
とにかく朝ごはんを食べてから準備しようかな。髪の毛もしっかりとかさないと。
女の子の準備は時間がかかるものずら。
鏡の前で髪の毛の仕上がりを確認して、今日はいつものストレートにしようか、それとも結ぼうかと考える。
おらがおしゃれするのは意外かな?
高校に入るまでは全然したことなかったんだけど、とっても可愛い先輩たちや、他のスクールアイドルを見て少し勉強してみたんだ。
なかなか本に書いてある通りには行かなかったけど……。
でも、最近は結構上達してきたと思う。
沼津とかに行ってもちょっとは平気になったかも。
えへへ、おらなんかにはまだ少しだけ早いかもしれないけど。
さて、髪の毛はどうしよう。ポニーテールは……やめた方がいいかも。
今日はお下げにしようかな。 ヘアゴムを二つ取りだし、一つを口に咥え、一つを耳の後ろに回す。最近髪を結ぶときの、頭を引っ張る感覚が好きになってきた。
今からおらは変わるんだってそんな気分になれるから。
私「よしっ」
髪を結び終えた。さて、もうそろそろ善子ちゃんが来る頃かな。
ピンポーン
ほら来た。幼馴染だけあって行動パターンはすべてお見通しずら。
私「はーい、今開けるずら」
階段を降りる。一段ごとに不安が募る。昨日のことを話すに違いない。
また一段降りる。
やっぱり善子ちゃんはおらのこと嫌いになったのかな……。
さらに一段降りる。
それとも曜さんを取ったおらに復讐しようとしてるとか……。
昨日の帰りはそんな風じゃなかったけど、ルビィちゃんがいたから気を使ったのかもしれないし……。 階段を降りきると、ドアを開けるのがすっかり怖くなっていた。
善子ちゃん「ずら丸ー?早く開けなさいよ」
私「う、うん……」
ドアに近づく。鍵を開け、ドアノブに手をかける。手が動かない。こわい。
さっきまでの余裕はなんだったのか。昨日のネガティブな心がまたおらを飲み込もうとしていた。
ドアを開けることはできなかった。
ガチャリ
?!
善子ちゃん「遅いわよ!」バンッ
私「うわっ!」ドテッ
善子ちゃん「ずら丸? どうしたのよ。そんなに驚いて……」
ドアが突然開き善子ちゃんが入ってきた。いきなり目が合って、びっくりして尻餅をついてしまった。 私「もう! 善子ちゃん! 勝手にドア開けるなんてありえないずら!」
善子ちゃん「ごめんなさい」クスリ
私「なにがおかしいの?! マルも怒るよ」
いよいよ隠す気もなく笑い出す善子ちゃん。
善子ちゃん「あはは、もう怒ってるじゃない」
私「なっ」
善子ちゃん「はい、手」スッ
私「あ、ありがと……」
伸ばされた手をつかむ。そういえばこんなことが昨日もあったなあ。
そのときはおらが差し出す側だったけど。
善子ちゃんの手を握り立ち上がる。
私「うわっ」
善子ちゃん「ちょっと!」 善子ちゃん「まったく、危なっかしいんだから」ギュ
おらは善子ちゃんの腕の中にいた。本当に昨日からこんなのばっかりだ。いつもの善子ちゃんの匂いがする。
なんでだろう。いつもよりドキドキする。
このままじゃダメな気がした。鼓動がどんどん早くなる。
なんで善子ちゃん相手にこんな、こんな……。
私「うぅ……///」
善子ちゃん「……あっ、ごめん///」バッ
善子ちゃんもおらの顔が赤くなってることに気づいたらしく、自分も同じように赤くなって手を離す。
私「ううん、ありがとう」
やっぱり人の温かさって不思議だ。不安なんて忘れてすっかり落ち着いてしまう。
私「じゃ、上がる?」
善子ちゃん「いいえ、いいわ。今日は上がらない。上がれない」
不思議な言い方だ。どこか引っ掛かりがある。
私「どういうこと?」
善子ちゃん「気にしないで。私のちっぽけな抵抗よ」
善子ちゃんの言ってることはいつも意味不明だけど、今日はどこかそれとは違う。 善子ちゃん「ふっ、それよりも今日は本堂のところで話しましょ!」
善子ちゃん「仏様がこの堕天使ヨハネをしばりつけてくれる場所でね」ギランッ
私「仏様はそんなことしないずら」ゲシ
善子ちゃん「あんた相変わらず私には容赦ないわよね……」
ふふ、確かに手が出るのは善子ちゃんに対してくらいかもしれない。
そんなことを思いながら靴に足を通していく。
足を通し終え、コツコツと爪先で地面をノックする。
私「よし、外いこっか」
善子ちゃん「……ええ」 見渡す限り見知った風景、匂い、音があたりを埋め尽くしている。
今日みたいに善子ちゃんと二人で来たことも何度かある。
よく走り回っておじいちゃんに雷を落とされたものだ。
あの頃は仏様なんてよくわからなくて、なんでおらが怒られなきゃいけないの、なんて思ってたけど。
おらがAqoursのみんなと、素敵な仲間と出会えたのはきっと、仏様のお陰だよね。
善子ちゃん「……」
そんなことを思いながらちらと善子ちゃんを見るけれど、さっきからずっと黙ったままだ。
おらたちは外に出て本堂の縁側に並んで座っていた。
しびれを切らしたおらは自分から話題を振ってみる。
私「昔もこうやってここで二人で遊んだよね」
善子ちゃん「そうね、花丸のおじいちゃん、すっごく怖かったけど」ニコ
良かった。話には答えてくれるらしい。
私「ふふ、それは善子ちゃんが走り回ったりふざけるからずら」
善子ちゃん「あんただってやってたじゃない!」
私「あはは、そうだね」
やっぱり昨日までの善子ちゃんとどこか雰囲気が違う。こっちの方がいつもの善子ちゃんだ。 善子ちゃん「あのさ」
私「……ん」
どうやら何か話してくれる気になったらしい。
こうなると相手の勢いを止めないことが大事だ。軽い相づちで続きを促す。
善子ちゃん「私――あんたに憧れてた」
私「へ?」
思っても見ない言葉が飛び出してきた。
善子ちゃん「お寺生まれってなんか特別感あるじゃない」
私「い、いや、そんな」
善子ちゃん「いいから聞いてて」
力強い目に口を閉ざされる。
善子ちゃん「たしかに実際はそんなの特別すごいことじゃないかもしれない」
善子ちゃん「でも小さい頃ってやっぱり不思議な力にあこがれるものでしょ?」
どうやら幼稚園の頃の話をしているらしい。
おらは黙って善子ちゃんを見つめる。 善子ちゃん「私の家は不思議とは程遠いし」
善子ちゃんのお母さんは学校の先生だしとっても真面目で家でもしっかり者なのだろう。
それも頷ける。
善子ちゃん「それだけじゃないわ」
善子ちゃん「私は小さい頃から不幸で、たくさんひどい目に遭ってきた」
善子ちゃん「なんで私ばっかりこんな目に遭うんだろうってずっとその意味を探してた」
強い視線がおらを射抜く。おらも誠意で返そうと強く見つめる。
善子ちゃん「ねえ、遠足で私のお弁当が鳶に持っていかれちゃった時のこと覚えてる?」
私「うん、善子ちゃんが泣いてたのは覚えてるずら」
懐かしい。あの日は何もないところで転んだり、お弁当とられたり、落とし物したり、善子ちゃんは散々だった。
善子ちゃん「あんたはそんとき何て言ったと思う?」
私「うーん、おら自身のことはあんまり………」
目の前の彼女はにこりと微笑む。
善子ちゃん「『大丈夫ずら、悲しいことがたくさんあったらその分仏様がとっても大きな幸せをくれるんだよ』」 私「あっ……」
善子ちゃん「あの時のあなたの顔、今でも私の中に焼き付いてる」
善子ちゃん「私にはね、あなたが神様の遣い、天使に見えた。視界の中で涙とともに煌めいていたあなたが」
私「……」
善子ちゃん「あのときくらいよね、あなたがのっぽパン譲ってくれたの」
私「困ったときはお互い様ずら」ニコリ
善子ちゃん「ふふ、あんたそれあん時
も言ってたわね」
桃色の瞳には少し煌めきが見えた。
善子ちゃん「だから、憧れたの。私にとって天使のあなたに」
善子ちゃん「でも私は天使にはなれない。不幸な天使なんておかしいもの」
私「そんなこと……」
善子ちゃん「だから私は堕天使になった。いつかあなたの言ったように、とっても大きな幸せが来て、天使の羽が生えるまで不幸を身に宿す堕天使に」 知らなかった。善子ちゃんの堕天使に自分が関係してたなんて。
善子ちゃん「堕天使のことを一番最初に話したのもあなたよ」
私「それってあの時の……?」
善子ちゃん「ええ、あの滑り台でね」
善子ちゃん「あの時あなたが受け入れてくれたから、目を輝かせてくれたから私は堕天使でいられた」
善子ちゃん「いまの最高の仲間たちに巡り会えたのもあなたのお陰よ、花丸」
私「……」
一つ一つの言葉が心に染みていく。そうか、善子ちゃんはずっとそんな風に思ってくれていたんだ。
私「マルだって善子ちゃんには感謝してるよ。お寺で育った変わり者のおらと、一番初めに友達になってくれたのは善子ちゃんだから」
善子ちゃん「ずら丸……」
私「だからありがとう、善子ちゃん」 善子ちゃんは肩を少し震わせている。きっとおらも同じだ。
善子ちゃん「それはこっちの台詞よ。ありがとう、花丸」
それから二人で寄っ掛かりあってしばらく泣いていた。 しばらくして二人とも落ち着くと、もう日が傾きかけて、周りの景色も赤みを増していた。
善子ちゃん「もう、こんな時間ね……」
結局善子ちゃんの真意は分からないままだった。
このまま何も確かめなくていいのだろうか。
善子ちゃん「……」
彼女はまたうつむいて黙っている。やっぱり聞かないわけにはいかない。
彼女が曜さんのことをどう思っているのか。
私「あ、あのさ」
善子ちゃん「ん?」
私「善子ちゃんって、曜さんのこと、好きなんだよね……?」 善子ちゃん「え?」
彼女はすっとんきょうな声をあげて、本当に訳が分からなそうな顔をしている。
善子ちゃん「そんなわけないじゃない」
私「え?! ちがうずら?! うそ!」
私「だっていつもあんなに楽しそうに登下校してるし……」
善子ちゃん「まああの先輩なら誰が相手でも楽しませられると思うけど……」
私「それにおらが曜さんと仲良くしてたら、おらのこと避けてたし……」
善子ちゃん「そ、それは……」
私「全部おらの勘違い……?」
善子ちゃん「曜さんはたしかに素敵な人だけどそういうのじゃないわ。仲の良い先輩よ」
私「ず、ずら〜〜」
そ、そんな、全部おらの勘違いだったなんて、恥ずかしすぎる。
でも、そしたらなにも心配ない。今まで通り友達として善子ちゃんと一緒にいられる。
安心したら気が抜けてきた。 善子ちゃん「あはは、あんた馬鹿でしょ」クスクス
私「もう! 善子ちゃんが紛らわしいのが悪いずら!」
善子ちゃん「ふふ、でも鈍感なあなたらしいわね」
善子ちゃん「私なんて分かりやすすぎて昨日ルビィに散々怒られたんだけどね」
善子ちゃんが、分かりやすい?
一体何のことだろう、首をかしげそうになったけど、そしたらまた馬鹿にされるから我慢した。
私「……昨日はなに話してたの?」
善子ちゃん「……」
善子ちゃんが息を飲む。そんなに言いにくいことなのかな。
善子ちゃん「いま言った通りよ、ルビィに怒られたの」
私「どうして?」
聞いてはいけない気がした。でも、聞かずにはいられない、それが人間だ。 善子ちゃん「自分の気持ちに向き合ってなかったから」
善子ちゃん「私は自分から逃げてた。勝負するのが怖かった。傷つけるのが怖かった。今が壊れるのがとてつもなく怖かった」
胸騒ぎがする。この話が何を言っているのかは分からない。でもどこか自分と重なる気がした。
善子ちゃん「でも逃げたって後悔するだけだって、迷惑でもなんでも自分を曲げるなってルビィが怒鳴ってくれた」
善子ちゃん「自分のことでも無いのに泣きながら、私の胸を叩きながら、そうやって叱ってくれたの」
どこまでも優しく、それでいて強情なルビィちゃんらしい。
だからこそ、彼女がそこまで訴えかけるような"何か"に、胸のざらつきは増していく。
善子ちゃん「だから私はもう逃げない。自分の気持ちと向き合う。たとえそれが、すべてを壊したとしても」
ダメだ。ダメだ。この話はダメだ。本能がそう囁く。
善子ちゃん「だから花丸……」
善子ちゃん「……聞いてくれる?」 彼女の目は不安、恐怖、高揚、優しさ、そして覚悟の色を映していた。
嫌だ、聞きたくない、何故か分からないけどこの話は聞いてはいけない!
体が勝手に立ち上がり、家の方へと動き出す。
私「ご、ごめん、善子ちゃん! そういえばお手伝いが……」スタスタ
善子ちゃん「っ…」
逃げろ。逃げろ。ここから離れないと。家に入ろう。早く、早く――。
ギュッ!
善子ちゃん「ごめん」
私「……へ?」
後ろから善子ちゃんに抱きつかれた。
おらの肩の横とお腹の横から善子ちゃんの腕が通って、おらを捕まえていた。
おらの顔のすぐ横には善子ちゃんの顔があり、彼女の息が首筋をくすぐる。
善子ちゃん「あなたには迷惑かもしれない」
善子ちゃん「私は先輩たちみたいに格好良くもないし、頼りないかもしれない」
夕陽に、そしてそれ以上の熱さに照らされ顔まで真っ赤に染まる。
善子ちゃん「でも、私は……」
善子ちゃん「あんたと並んで歩いていきたい」
善子ちゃん「好きよ、花丸」 どくんっ。
景色が真っ白に染まる。心臓の高鳴り、血液、頬の熱さ、かかる吐息、おらを締め付ける細くてきれいな腕の感触、背中から伝わる柔らかくて熱い愛。
それらすべてが混ざりあって心地が良い。
好意を受けることはある種の麻薬のような物なのではないかと錯覚してしまう。
私「……熱いよ…善子ちゃん……///」
善子ちゃん「私だって熱いわよ……///」
善子ちゃん「でもまだ離してあげない」
幼馴染だったのに、やっぱりドキドキする心は止められない。
私「善子ちゃんがおらのこと好きなんて気づかなかった」
善子ちゃん「私も言うつもり無かったわよ」
善子ちゃん「あなたが曜さんとくっついて幸せになるならそれでも良いって、ずっと嘘ついてた」
私「だから、おらと曜さんをペアにしようとしたんだね」
善子ちゃん「それもあるけど……結局はあなたと組むと諦められなくなるから逃げてただけよ」
善子ちゃんはバツの悪そうな声で言った。
私「やっぱり善子ちゃんは優しいね」
善子ちゃん「まあそのおかげでルビィに厳しく怒られたんだけどね」
善子ちゃん「あなたは結局……曜さんのこと好きなの?」
まあ渡さないけど、と続けて呟く。
いちいち顔を赤くするようなことを言わないでほしい。 私「……分からない。おらはやっぱりまだ、好きってどういうことなのか分からない」
善子ちゃん「手を繋いでドキドキしたんじゃないの?」
私「そりゃしたずら……///」
私「でもそれを言ったら昨日の果南さんのアレだって、その、今だって……ドキドキしっぱなしずら///」
善子ちゃん「そ、そう……///」
私「……///」
でも、ドキドキしたからってそれが恋だなんて限らないと思う。
もっときっと、恋って複雑なんだ。
善子ちゃん「……花丸、こっちを向いて」
気がつくと善子ちゃんの腕の締め付けはすっかり弱くなっていて、抜けようと思えばいつでも抜けられるほどのものだった。
私「……うん」
おらがくるりと振り返るのに合わせておらを覆っていた善子ちゃんはおらから離れていく。
それはやっぱり名残惜しいけど、でももうきっとそれに甘えちゃいけないんだ。
善子ちゃんの顔を見上げると、彼女の白い肌と美しいコントラストを描いた赤い頬と、キラキラと煌めく瞳が映った。 善子ちゃん「恥ずかしいからあんまり見ないで」
私「ふふ」
格好良いことを言ってもやっぱり善子ちゃんは結局可愛いキャラずら。
善子ちゃん「やめなさいって!」
善子ちゃんは手をブンブン振ったあと、急になにかに気づいたように目を見開いた。
善子ちゃん「あんた、白髪生えてるわよ」ププ
私「えっ!」
確かに最近忙しかったから白髪も生えるかもしれない……。
白髪の生えたスクールアイドルなんて、ありえないずら……。
善子ちゃん「くふふふふ」
私「そんなに笑わないで!/// まったく善子ちゃんはデリカシーが足りないずら!」
善子ちゃん「まあまあ、じっとしてなさい、切ってあげるわ」
そう言うと、善子ちゃんはカバンからハサミを取り出した。
善子ちゃんはその不幸体質からかいつも色々なものを持ち歩いている。
私「うん……」
おらも腰を曲げて姿勢を下げ、善子ちゃんに任せることにした。
善子ちゃんの手がおらの髪を撫で、掻き分ける。
ふと上を見るととても真剣なピンクの眼差しが見えて、思わず下を向いた。 ちょきりと音がして善子ちゃんがハサミをポッケにしまう。
善子ちゃん「よし、出来たわよ」
私「ありがと」
善子ちゃん「あれっ?こっちにも今白髪が見えたような……」
ええ、そんなに?!
さすがにショックずら。
善子ちゃんは今度は両手で私の前髪を掻き分ける、おでこが見られるのはなんだか恥ずかしい。
でもなかなか善子ちゃんはハサミを取りだそうとしない。
白髪を見失っちゃったのかな?
そう思って上を見上げると――。
チュッ。
善子ちゃんの唇がおらのおでこに近づいて、少し視界から消えたあと、また離れていった。
善子ちゃん「あ、もう白髪無かったみたい。見間違えだったわ」ニコリ
私「あ………///」
おでこが熱い。前髪の感触が気持ち悪い。
善子ちゃん「……///」
善子ちゃんもなにも言わず真っ赤になっていた。 私「恥ずかしいならしなきゃいいのに……///」
善子ちゃん「これも堕天使の契約よ///」
私「どんな契約ずら」
善子ちゃん「あなたを諦めないっていう意味よ」
私「それ契約でもなんでもないずら……///」
善子ちゃん「う、うるさいわね!///」
やっぱりいまいち決まらないけど、それも彼女の良さであることに間違いはない。
こうしておらは笑顔になっているのだから。
私「あはははは」
善子ちゃん「ふふふふ」
曜さん「善子ちゃん、花丸ちゃん、何、してるの……」 ふと良く知った声がぼそりと聞こえてきた。
大きい声ではなかったけれど、人の少ないこの空間ではその主張はとても激しいものだった。
私「え、曜さん……?」
善子ちゃん「え?!」
何故かそこには昨日いろいろなことがあった曜さんがいた。
曜さん「あっ……」
曜さん「ごめんね、邪魔、しちゃったよねっ……」ダッ
私「ちょ、ちょっと待つずら!」
曜さんは一瞬驚いたような顔をして、そのあと少し困ったように笑ったあと、顔を背けて走っていった。
私「曜さん、行っちゃった……」
善子ちゃん「はあ、まったく……」
善子ちゃんは大袈裟にため息をついて見せる。
善子ちゃん「私も大概だと思うけど、あの先輩も世話がかかるわね……」
私「え?」
善子ちゃん「私、曜さんを追いかけるわ、あのまま放っとけないし」
私「じゃ、じゃあおらも……」
はぁ?とでも言いたげな顔をして、というか実際に言って、善子ちゃんはそれを拒否した。
善子ちゃん「あなたが行ったらまた厄介なことになるでしょうが。大丈夫、私に任せなさい」
そう言って彼女も走り出す。
善子ちゃん「あっ、そうだ」
門から出たところで善子ちゃんが振り返る。
善子ちゃん「その髪型似合ってるわよ。いつものストレートも好きだけどね」
私「!」
善子ちゃん「じゃ」ダッ
私「もう、善子ちゃんってば……///」 ―――
――
―
バス停
善子「曜さん」ハアハア
曜「……善子ちゃん?」
善子「急に走るんじゃないわよ」ハアハア
曜「あはは、ごめんごめん」
善子「……花丸と私、別になんでもないから」
曜「!」
曜「なんだぁ〜よかった! すっごく不安だったんだよ」
善子「まあ泣いてるものね」
曜「えへへ、善子ちゃんは言わなくても良いことを言ってくれますなぁ」
善子「……」 善子「でも花丸は渡さないわよ」
曜「え?」
曜「あはは、そっか」
曜「うん、私も負けないよ!」
善子「これでも宣戦布告のつもりなんだけど」
曜「でもさっきのショックに比べたらなんでもないかな」
善子「あなたは余裕あるのかないのか分からないわよね」
曜「余裕なんてないよ」
曜「でもね、お互い全速前進よーしこー! だよ」
善子「だからヨハネだってば!」 何を言われようと書ききったら勝ちだ
安心しろ面白いぞ いいぞ…
>>95
害の悪評価ぐらい当てにならんもんはないからな いいねぇ!いいよ!
久しぶりに夢中になって遅刻しそうだわ 第四部 マルとみんな
私「はぁ……」ペタリ
ルビィちゃん「花丸ちゃん、大丈夫?」
私「うう、寝不足ずら……」
金曜日と土曜日、いろいろなことがありすぎて、日曜日はずっと頭を悩ませていた。
そのせいで夜はちっとも寝付けず、授業は上の空。
ルビィちゃん「あはは、花丸ちゃんも色々あるんだね」
そう言って善子ちゃんの方をチラ見するルビィちゃん。
全くとんだ腹黒娘だ。可愛いけど。
対する善子ちゃんの方は申し訳なさそうな顔をして、恥ずかしそうにそっぽを向いた。
ルビィちゃん、恐るべしずら。 ともあれやっと待ちに待ったお弁当タイム。
ここで持ち直して午後は頑張るずら!
曜さん「やっほー! 花丸ちゃん、一緒にごはん食べよ」
果南さん「なに、曜も来てたの? でもマルは私がもらってくよ」
なんで果南さんと曜さんが……。
善子ちゃん「ダメよ。私たち1年生の昼御飯を邪魔しないでくれる?」
さすが善子ちゃん、相手が先輩でも遠慮なしだ。
曜さん「善子ちゃんずるいよ! 授業だって一緒に受けてるのに」
果南さん「まあまあ、ここはマルに決めてもらったらいいんじゃないかな? 誰と食べたいか」
え?!
おらが決めるの?!
しかもさっきから三人の会話のせいでクラスメイトたちのおらへの視線がすごいことになっている。 善子ちゃん「な、それは……」
曜さん「え……?」
果南さん「なに?」クスクス
果南さん「二人とももしかして自信ないの?」クスクス
何故か挑発するようなことを言う果南さん。
曜さん「そ、そんなことないよ、だって花丸ちゃんのこと、信じてるもん」
善子ちゃん「良く言うわよ。私だって……花丸のこと信じてるわ」
ええ……。
これまた選びづらいことになってきた。
果南さん「ふふ、マル、どうするの?」
助けを求めようとルビィちゃんを見ると目を輝かせてこちらを見守っていた。
あ、これはだめずら。 私「え、えっと」
曜さん「……」
私「それじゃあ……」
善子ちゃん「……」
私「み、みんなで食べよう?」
果南さん「……」
うっ、沈黙がつらい。でもこんなのまだおらには選べないよ。
この前のことで頭いっぱいいっぱいだもん。
果南さん「ぷっ……」クスクス
果南さん「あはは、マルらしいね」
果南さんは絶対おらがこう言うって分かってた気がする。
曜さん「よかった。花丸ちゃんと一緒に食べられるならなんでもいいよ」
曜さんは相変わらず爽やかだ。
でもなんだろう。どこか自信がなさげで可愛らしい。 善子ちゃん「なっ、曜さんはともかく果南さんまで一緒に食べるの?!」
善子ちゃん「この前あんなことがあったばっかりなのに」
善子ちゃんはやっぱり怒っちゃうよね。そういえば果南さんに危うくキスされそうになったんだった。
曜さん「あんなことって、なに?」
ひっ。
曜さんの目が鋭く果南さんを見つめる。
爽やかなんて言ったけどこの人もそれだけじゃない。
言い出した善子ちゃんもびっくりして二の句を告げずにいる。
果南さん「そうだね、ちゃんと謝らないとだね。あのときはごめん、マル」 思ったより素直に果南さんは頭を下げた。おらもべつに怒っている訳ではないのですぐに顔をあげてもらった。
私「びっくりしたんだからね、果南さん」
果南さん「うん、ごめんね」
私「いいよ、でももう、あ、あんなことはしないでね///」
果南さん「しないよ、誓う」
良かった。やっぱり優しいいつもの果南さんだ。
果南さん「……次はマルから求めてくるようにしてみせるから」ボソリ
私「え?」
果南さん「ううん、なんでもないよ、ごはん食べよっか」
ルビィちゃん「椅子は前の方から借りてきたよ」
いつの間にか机がくっつけてあって椅子も人数分揃っていた。
ルビィちゃん、天使ずら。 曜さん「じゃあ私花丸ちゃんのとなりー!」ダッ
善子ちゃん「あ、ちょっと、曜さん待ちなさい!」ダッ
果南さん「じゃあ私は向かい側でルビィの隣に座ろうかな」
いつの間にか勝手に席が決められてみんな座っていた。
おらも曜さんと善子ちゃんの真ん中に座る。
ルビィちゃん「それじゃあ、いただきます」
こういうときのルビィちゃんの所作はとても美しく、やはりお嬢様であることを伺わせる。
みんな「いただきまーす」 果南さん「お、マルのお弁当屋の卵焼き美味しそう」
私「おばあちゃん特製ずら」エッヘン
おらのお弁当を作ってくれるのはいつもおばあちゃん。おらはこの優しい味が大好きなんだ。
善子ちゃん「ずら丸のお弁当は本当に美味しいのよ」
ルビィちゃん「うんうん!」
曜さん「へぇ〜二人は食べたことあるんだ、いいなぁ」
みんなにおばあちゃんが褒められて嬉しくなる。
果南さん「ねぇ、一口ちょうだい! 一口だけ」
私「しょうがないなぁ」ニヤニヤ
つい良い気分のままあげると言ってしまった。 曜さん「私も欲しい!」
私「うん、もちろんずら」
一人にあげたら他の人にもあげないとね。曜さんと果南さんに一切れずつ卵焼きを渡す。
ルビィちゃんと善子ちゃんは食べたことあるしいいよね。
果南さん「ほんとだ、とっても温かい味だね」
曜さん「焼き加減も味付けのバランスも熟練しててとってもおいしいねー」
喜んでくれたみたいで良かった。やっぱりみんなで食べるのは楽しい。
果南さん「もらってばっかじゃ悪いよね、これマルにあげるよ、あーん」スッ
果南さんは自分のお弁当から焼き魚を一欠片差し出してきた。
私「え?」
果南さん「だから、あーん」 私「い、いや、普通に食べられるずら」
果南さん「えー、私がしたいんだけど……ダメ?」
うっ、おらはみんなの思ってる通り断るのが苦手なタイプずら。
困り顔で頼まれるとどうしても了承してしまう。
でもあーんは恥ずかしいし……。
それに周りの目突き刺さってくる。
果南さんは浦女でも曜さん、ダイヤさんに並んで人気の一人だ。
クラス中の女の子が怖い目をしている気がする。
一番怖いのはおらの両隣の二人だけど………。
凄まじい視線を感じるから横に目は向けられない。
チラチラ目に入ってるルビィちゃんはニヤニヤしていて鬱陶しい。可愛いけど。 果南さん「そっか、私なんかじゃ嫌だよね……」
私「う、ううん! そんなことないずら!」
果南さん「やった! それじゃあ……」
私「もう……分かったよ……///」アーン
果南さん「あーん」ニコニコ
ドキドキして口が震えそうになる。抑えようとすると余計に震えてみんなにどう見えてるか恥ずかしい。
私「……」パクッ
美味しい……んだろうけど恥ずかしさであんまり味は分からない。 曜さん「は、花丸ちゃん、これ!///」アーン
曜さん「私ももらってばっかだとアレだし」
やっぱり曜さんもそうなるのか。
恥ずかしいならやらなければいいのに、というのは野暮なのだろう。
私「……///」パクッ
曜さん「美味しい?」
私「う、うん」
曜さん「えへへ、良かった!」
屈託の無い笑顔に罪悪感が湧くけれど今は食べることに集中しよう。
善子ちゃん「……私のも食べなさいよ」アーン
なぜか善子ちゃんまで手をこちらに差し出してきた。 私「え、いや、でも何もあげてないし……」
善子ちゃん「いいから、口を開けて待ってなさい」
私「えぇ……?辛いやつじゃないよね?」
善子ちゃん「大丈夫よ」
渋々口を開ける。
善子ちゃん「……」プルプル
善子ちゃん、震えすぎずら。
失敗しないでよね……。
被害を受けるのはおらずら。 善子ちゃん「……あーん」ボソッ
私「……」パクッ
私「……///」
ぼそりと呟く善子ちゃんはとっても可愛くてドキッとしてしまう。
恥ずかしいのに頑張ってるんだね。
なんとかみんなからのあーんが終わった。やっとゆっくりご飯が食べれる。
果南さん「そういえば、これって間接キスだよね」ニコリ
私「……ぶふっ!」
危うく口からご飯が飛び出しそうになる。
ルビィちゃんも顔を真っ赤にしている。
曜さん「あっ、そうだね」
曜さん「でも私は花丸ちゃんなら全然嬉しいよ」 曜さんはまた恥ずかしいことを……。
善子ちゃん「まあ、良くあることよ」
善子ちゃんは余裕ぶってる。
実際幼馴染だけあってこういう経験が少ない訳じゃないし。
善子ちゃんもさっき吹き出しかけてたけど。
私「間接キスなんて普通ずら、そうでしょ?」
みんなの唇を見て熱くなりそうなほおを冷ますように強い口調で否定する。
果南さん「まあ、そうだよね」
曜さん「確かにあんまり気にしたこと無いかも」アハハ
善子ちゃん「そ、そうよ」
良かった。果南さんが突然変なことを言い出すから焦ったけど、なんとか収束しそうだ。
ともかく、これで変な話題は無くなったしゆっくりご飯が食べられる。 果南さん「この前は本物のキスの手前まで行ったしね」
ごふっ!
…………。
何も見なかったことにするずら。
乙女は口からご飯粒なんて飛ばさないんだから。
曜さん「あはは、冗談だよね?」
善子ちゃん「……」ギロリ
果南さん「どうかな〜?」
ルビィちゃん「あわわわわ……」
善子ちゃん、ルビィちゃんと視線を回した曜さんがついに真隣の私を見つめる。
思わず目を逸らしてしまった。
曜さん「………へぇ 」 曜さん「果南ちゃん、後で久しぶりに遊ぼっか?」
果南さん「曜との遊びはいつも激しいからなぁ」アハハ
曜さん「軽口を叩いてられるのは今のうちだよ」
善子ちゃん「曜さん、加勢するわ。やっぱり果南さんは許せない」
善子ちゃんまで加わって険悪な雰囲気に拍車がかかる。
和やかなお昼ご飯はどこずら。
果南さん「そもそもこれは私とマルの問題だよ。二人には関係ない」
善子ちゃん「ッ! このッ」
果南さんに飛び付こうとする善子ちゃんを曜さんが手を伸ばして制する。
曜さん「もうそれ以上喋らないで、果南ちゃん」
曜さん「私だって殴りかかるのを抑えるのに必死なんだ」 果南さん「ふふふ」
私「も、もうやめて!」
あまりの空気に我慢できず声をあげる。
みんな「……」
私「おらのことで喧嘩しないで……」
先程の自分の声の大きさにビックリして、友達のみんなが喧嘩してる悲しさが一気に流れてきてそれは瞳からこぼれ落ちる。
私「みんな…仲良しが良いずら……」 一度壊れると中々それは抑えられない。こらえようと思えば思えるほど溢れだしてくる。
私「あ、あれ……なんでおら泣いてるんだろ」
急に泣き出すなんて恥ずかしいしみんなに嫌われちゃう。
こんな顔を見られたくない。
両手で顔を隠す。 曜さん「……花丸ちゃん、ごめんね」
曜さんの手が頭に触れる。
温かくて優しい手だ。
善子ちゃん「………悪かったわよ」
善子ちゃんが背中を擦ってくれる。
不器用な彼女らしく不規則なリズムがおかしい。
果南さん「やりすぎだったよ、ごめん。ほら顔あげて」
果南さんがハンカチで涙を拭いてくれる。
やっぱりその仕草はお姉さんのようだった。
ルビィちゃん「元気だして、花丸ちゃん」
ルビィちゃんもおらの腕を掴んで励ましてくれる。
やっぱりみんなとっても素敵な人たちだ。 曜さん「......善子ちゃん、果南ちゃん、今日部活のあとちょっと話そっか」
善子ちゃん「そうね、いろいろはっきりさせましょ」
果南さん「そうだね、それは良い案だね」
3人ともそう話ながらもおらから手は離さない。
私「もう、喧嘩しちゃダメだよ」
ルビィちゃん「そうだよ! アイドルなんだから顔に傷つけちゃダメだよ!」
ルビィちゃん、なんで殴り合いが行われる前提なの?
果南さん「うん、もちろん」
善子ちゃん「私たちだってアイドルに真剣だもの、当たり前よ」
曜さん「それに花丸ちゃんを悲しませるのは嫌だしね」
ギロリ。善子ちゃんと果南さんが曜さんを睨んだような気がするが、曜さんはあははと流している。
もうおらも気にしないことにしよう。 ルビィちゃん「ところで曜さん果南さんは急がなくて良いの?」
かなよう「「え?」」
ルビィちゃん「もうすぐ午後の授業始まっちゃうよ」
おらも驚いて時計を見るとルビィちゃんの言うとおり。
バタバタしてたら時間が経つのは早いずら。
果南さん「やっば、ダイヤに怒られるっ!」ダッ
果南さん「じゃーね!」フリフリ
果南さんは凄まじい勢いで走っていった。
曜さん「私も急ご。じゃあね〜」ダッ
全速前進ヨーソロー!
そんな叫び声が廊下から聞こえた。 善子ちゃん「騒がしい先輩たちね……」
すると今度は
「こら! 廊下を走らない!」
と言う怒鳴り声が上の階から響いてきた。
私「本当に騒がしい先輩たちずら」フフ
ルビィちゃん「あはは………」
―――
――
― 日曜日
私「で、なんでこうなってるずら」
善子ちゃん「しょうがないでしょ」
果南さん「まあそりゃね」
曜さん「うんうん」
かなようよし「「だってみんなマル(花丸ちゃん)(あなた)が好きなんだから」」
私「もう……///」
あれから1週間が経った。
果南さん、曜さん、善子ちゃんの3人はあのあと集まって、その、おらのことを話したらしい。
それからはよく3人一緒におらと話すようになった。
その結果……どういった訳か、今日は3人と一緒に遊びに行くことになっていた。 私「で……今日はどこ行くんだっけ?」
善子ちゃん「映画ね!」
曜さん「ショッピングかな」
果南さん「海しかないでしょ」
私「バラバラずら…」
この人たち、ちゃんと話し合ったのかな……?
かなようよし「………」
ダメみたいだ。 私「うーん、じゃあ取り敢えず映画館行く…?」
曜さん「うん、いいよ!」
果南さんもうなづく。
善子ちゃん「決まりね! クックック……堕天使的な恐ろしいホラー映画があるのよ!」
果南さん「えっ……ホラー……?」
果南さんが一瞬びくっとしたのをおらは見逃さなかった。
曜さん「果南ちゃん怖いのだめだもんね〜」ニヤリ
曜さん「花丸ちゃんは怖いの平気なんだよね?」
さすが曜さん、気配り上手だ。
私「うん、オカルト系はお寺で慣れてるし、サイコホラーは小説とかでもよく読むずら」
善子ちゃん「果南さんはどうする? 怖いなら別のにしてもいいわよ?」 なんやかんや言いつつ善子ちゃんは果南さんを気遣うことができる子だ。
果南さんは食い気味になにかを言おうと口を大きく開け、おらの方をちらと見たかと思うと、口をつぐんで歯をぎりりと鳴らしたあと、再びゆっくり口を開いた。
果南さん「へ、平気だよ! 私もホラーが見たい気分だったんだよね〜……」
全然見たそうな顔じゃないずら。
曜さん「あはは、格好つけなくてもいいのに〜」ケラケラ
果南さん「ち、違うから!」
曜さんにからかわれて慌てて否定する果南さん。
この前のこととか、大人でカッコいい部分がある果南さんだけど、こういうところはとっても可愛い。
善子ちゃんがそのあと心配そうに何度か確認したけど、頑固な果南ちゃんは結局意見を変えず、じゃあいいけど……と最後は善子ちゃんが納得して映画のチケットを買った。 曜さん「席、どうしよっか?」
曜さんがみんなを見回し、こっちをちらりと見て、恥ずかしそうに目をそらす。
果南さん「マルの隣がいいな〜」
善子ちゃん「なっ…!わ、私だって……」
三人とも急に真剣な目付きになって、バチバチと視線を飛ばし合う。
映画に来たカップルたちの視線が四方八方から突き刺さって太ももの内側がむずむずする。
果南さん「じゃあさ…じゃんけんで決めようよ」ニヤリ
果南さんが意地悪く微笑む。じゃんけんなんて勝敗は決まったようなものだ。
曜さん「えぇ……それって……」
曜さんも察しているが流石にずるいと思っているのか戸惑っている。
善子ちゃん「やってやろうじゃない!」
私「えぇ……」
一方善子ちゃんはあほだった。これはもう決まったずら。 ―――
善子ちゃん「なんでよっ!」クワッ
お約束。
果南さんはクスクスと、曜さんは呆れたように眉を下げて笑っている。
じゃんけんの結果、並び順は左から果南さん、おら、曜さん、善子ちゃんということになった。
劇場に入って、スクリーンに代わる代わる映る予告を眺める。
善子ちゃんはなにやら楽しそうに目を煌めかせながらリアクションをしていて、曜さんもそれを可笑しそうに見ていた。
果南さんは眠そう、というかもう寝ていた。
おらは劇場予告の退屈だけどわくわくする時間が結構好きだ。
短い時間で映し出されるそれぞれの映画の世界を渡りながら旅しているかのような気分になる。
そうしているとき、おらはオデュッセウスであり、シンドバッドであり、ガリバーだった。 しばらくするとその旅もひとまず終わりを迎え、あたりが静寂につつまれる。
そうして本来の映画の世界へと"戻って"いく。
―――
映画が始まって15分ほど経って、主人公の男性はその恋人に優しい手つきで体を撫でられ、ベッドへと体を投じた。
前に三人に迫られたときはおらも恥ずかしかったけど、こういった作品内での情事は芸術の一部として慣れっこだった。
ブロンドの髪を乱れさせ、すらりと伸びたら脚をぐにゃぐにゃと暴れさせ、体躯の良い茶髪の主人公の体に巻き付きながら、麗しい女性は嬌声をあげる。
慣れてはいてもやはり体が熱くなる。そのとき右手に突然暖かみが重なった。
右側へちらと視線を向けると、真っ赤な顔でうつむきながらびくびくと震えている曜さんがいた。 ……可愛い。曜さんは普段あんなに爽やかなのにウブなところも魅力だ。
そんな可愛さについついおらの悪戯心が刺激され、右手をひっくり返して曜さんの手を握り返してみた。
ふわっと曜さんの手から力が抜けたかと思うと彼女は体をびくりと跳ねさせ、今度はさっきより強くおらの手を押さえ込んでいた。
少し瞳を潤わせ、紅潮した頬をリズムよく揺らしながら浅い吐息を漏らす様子はどこか艶かしく、スクリーンの美女と張り合うほどだった。
おらも、そんな空気につい飲み込まれて、"そうすることが決まっている"主人公の男の人が女の人を抱き締めるように、指を踊らせながらむにゅむにゅと手の握り方を変え続け、そのたびに体を震わせる彼女を見て頭を巡る心地の良い締め付けに息を詰まらせていた。 不意に左の太ももに暖かくてやさしい気持ち良さが襲う。
全神経を曜さんとの行為に釘付けにされていたおらは、突然意識が太ももへと体の中をぐるりと回って伝わって、その急加速に体がつられそうになる。
なんとか声をこらえて左側を睨むと、こちらの心の中まで見ているような、掌に掬っているような目で青い髪の先輩が微笑んでいた。
果南さんはおらの太ももに置いた手をゆっくり離そうとする。掌がまず離れ、指先は手の中心に向かってゆっくりとなぞられる。
まるで磁石に引き寄せられる砂鉄のようにその指に合わせて太ももの細胞たちが踊る。
そしてついに指先が離れる。ふう……やっと終わったずら。
そう思った次の瞬間、もういちど太ももに刺激が走る。
見ると先程と違い指をまげて先端を食い込ませるように掴んでいる大きな手があった。 もうやめさせようと左手を伸ばすが、太ももから手を離した果南さんにあっさりと捕まれ、ゆっくりと果南さんの方へと誘導される。そしてそのままおらの手は、果南さんの太ももに置かれた。すごくすごく熱かった。
その熱に驚いたおらはつい右手を強く握りしめてしまった。
汗でしっとりとした曜さんの手も左手から感じる熱と同じく、とても熱かった。
曜さんは手を握られた刺激で一度大きく体を波打たせ、右手で口を覆っていた。左と右、二つの方向からの甘美な誘惑の問いかけに頭がショートしそうになる。
おらの手をいつの間にか左手に持ち変えた果南さんは三度太ももに手をかざす。
しかし、今回はいままでと違い、それは目的地へと向かうかのように一つの方向へとゆっくり進められる。おらの体の中心へと。 どんどん近づいていく。
近づくたびその感覚は研ぎ澄まされ、熱を強く感じ始める。
さらに近づく。
頭のなかで警報が鳴り響いてる。だが喉元を圧迫する生物としての欲望がおらに判断することを許さない。
もうすぐ……もうすぐ……。
ただぐるぐると回る思考のなかで、ただおらはその時を待っていた。
もうその場所まであと少し。
おらはゆっくりと目を閉じた。それは諦めだったのか、それとも望みだったのか。 ……しかしそれはおらのそれへと触れることはなかった。
果南さんの右手は曜さんに捕まれ、おらから離されていた。気がつくとおらの右手も左手も自由だった。
曜さんは果南さんに向けて口を明け閉めする。「え」、「お」「う」「お」。
なんと言ったのかは分からないけどそう動いているように見えた。
果南さんもそれに何か言おうとしたが、そのタイミングで劇場内に音が鳴り響いてスクリーンには怪奇現象が写し出される。果南さんは固まって、そのあとぎこちなく席に収まった。
曜さんもそれを見て手を離すと、おらの方は一瞥もせずスクリーンへと向き直った。
―――
――
― 善子ちゃん「いやーー、面白かったわね!」
曜さん「あはは! みんなのリーダーだったおじさんが最初に襲われたところは怖かったね」
あの後、果南さんは怖がって腕にくっついてくるわ、曜さんもなぜか腕を抱き抱えてくるわ、結局映画の中身は頭に入ってこなかった。
後ろをトボトボと歩く果南さんをちらと見ると、虚ろな目で遠くを見つめていた。
むしろなんで曜さんはあんなに映画の内容しっかり分かるんだろう。訝しむような視線を曜さんに向けるも、目があったと思ったらすぐに逸らされてしまった。
善子ちゃん「ちょっとトイレ行ってくるわ」
私「あ、マルも……」
曜さん「じゃあ、ここで待ってるから行ってきていいよ!」
果南さんも力なくうなづいてみせた。 ことを終え個室から出ると、善子ちゃんが手を拭きながら待っていた。おらが手を洗い終わると善子ちゃんは少しイライラしたような、弱気そうな声で話しかけてきた。
善子ちゃん「......映画の間、なんかされたんじゃないでしょうね?」
ぎくり。上擦った声が出そうになる。
私「な、なにもないよ?」
善子ちゃん「曜さん、映画のときなんかモゾモゾしてたけど」
そう言って善子ちゃんは目を細め、こちらへ向かってくる。
私「へ、へぇ……知らなかったずら」
そう言いつつ後退して善子ちゃんから距離をとるも、善子ちゃんは無言のままどんどん距離を詰めてくる。背中が壁にぶつかった。弁明と距離の確保のため両手を胸の前に持ってきて横に振ってみせると、善子ちゃんは一歩だけおらに近付いて足を止めた。 わかってくれたかな……?と思ったのもつかの間、胸の前の両手首を善子ちゃんに捕まれる。
私「え……?」
自らの意思に反して手首は上へと持ち上げられ、腕は左右へと開かれる。だんだんと胸の前を守るものがなくなっていくのがむずむずと落ち着かない。
善子ちゃん「ずら丸は無防備すぎるのよ」
手首は壁に押し付けられる。すると善子ちゃんはするりと押さえていた手を滑らせるようにずらして、無理矢理開いたおらの掌と合わせる。そして、一本ずつ指をおらの指の間に絡ませるように入れてくる。
指が入ってくるたびにその異物感が体を通って、どこかで心地よさに変換されておらの脳髄に染み渡る。
善子ちゃんが少し息をあらげているのが額にかかる温風でわかる。体の奥の方から込み上げてくる熱を抑えようと太ももを寄せるも、善子ちゃんに距離を詰められ手を抑えられているため上手くいかない。 広げられた腕、握られた手、逃げ場を失いもぞもぞとするだけの脚。すべておらの意思に反しているのに、おらの意思に反しているからこそ、なお神経が過敏に反応して脳みそを熱して混乱させる。
頬が紅潮し、じんわりと瞳が潤う。
おら「よ、善子ちゃん……」
善子ちゃんを見上げ助けを求めるように呟いた。
善子ちゃん「っ……!」
善子ちゃんはおらの必死の声にも関わらず、むしろ握った手をまるで人間ではなくロボットがそうしてるかのように固くした。
そして善子ちゃんはゆっくりと頭を下げおらと同じ高さにすると少しずつ顔をおらに寄せてきた。
これから何が起こるか、さすがにおらももう分かっている。
何か声を上げようかと思っても熱くなった脳はなにも絞り出すことはできず、吐息だけが早くなる。 もう逃れられない。いや、どこかにもう逃れなくてもいいんじゃないかと言うおらがいる。
おらはもう頑張った。もう楽になっても良いんじゃないか。ただこの胸の高鳴りに身を任せてしまってもいいんじゃないか。先ほどの映画のときから、もうそんな気分がたまに顔を覗かせてしまっていた。
ああ、マルのファンのみんな、ごめんなさい……。
今度こそマルの純潔はおしまい。
目をつぶり、口をゆるく結んでつき出す。んっ……
……………。
……何も起こらない。またか。
半ば察したように目を開けると善子ちゃんはゆっくりと体を離していて、握っていた手をほどくと自らの頬を二度強く叩いた。 善子ちゃん「ごめんなさい、花丸。危うく果南さんと同じことするとこだった」
私「う、うん……いいよ」
善子ちゃん「ちょっと頭冷やしてから行くから、先みんなのとこ戻ってて」
善子ちゃんはそう言うと急ぎ足で個室に戻っていった。 乙女マルちゃんほんとかわいいな
地味に果南ちゃんがマルって呼ぶの好き 愛さられマルは好きだけど
簡単に流されちゃうマル嫌い ―――
おらが二人のもとに戻ると、今度は二人がトイレに行き、善子ちゃんと三人で戻ってきた。
それから4人で昼御飯を食べ、曜さんが私服を選んでくれるというのでデパートにやってきた。 曜さん「うーん、花丸ちゃんにはこれが似合うと思うな!」
曜さんが選んだのはふりふりとした可愛らしいスカートと格好良いデニムのジャケットの組み合わせ。
こんなのほんとにおらに似合うんだろうか。そう思いながら試着を終える。期待と不安に胸を踊らせながら鏡を向くと、見違えたおらがいた。
すごい……!
こんな服もおら着れるんだ……!
曜さんにも見てもらおうとカーテンを開けると、彼女はにっこり微笑んでいた。
曜さん「うん、やっぱりとっても可愛い」ニコ
そう口にする曜さんの声は優しくて、爽やかで、とっても頼もしい、やっぱり憧れの王子さまだった。王子さまの「可愛い」の言葉はあまりに直球でそれでいて頭を反響する。 曜さんがおもむろに手を差し出す。
曜さん「花丸ちゃん、お手をどうぞ」
その優雅な立ち振舞いに見惚れそうになりつつ、曜さんの手の上に自らの手を重ねる。
曜さん「少しだけ歩いてみよっか」
曜さんに優しく手を引かれ試着室の周りを少しだけ歩く。試着室の周りだと分かっているのに、なぜか気分はお城のお庭を歩いてるかのようで、どこか誰にも見られない二人きりの場所にいるような感覚になっていた。
曜さん「うん、ばっちりだね!」
さっきはもっと大胆に手を握っていたはずなのに、いまふんわりと重ねただけの手はさっきと変わらず大きな熱源となっておらへと熱を流している。すごく綺麗な曜さんの手。この手に引かれてどこまでも行けたら、どんなに幸せなのだろう。またそんな思いが湧き上がってくる。 曜さん「……花丸ちゃん?」
曜さんに覗き込まれてはっとする。ついぼーっとしてしまっていた。
私「だ、大丈……」
そう言い終わる間もなく、おらの声帯は突然近づいてくる曜さんの綺麗な瞳に縛られてしまう。光に、太陽に照らされた海のように澄んだ輝きに溺れそうになる。
ぴとっ。
おでこに少しの圧迫感がかかる。当てられた曜さんの額は熱いでもなく、冷たいでもなく、不思議な感じがした。
次いで唇に少しの温かみを感じる。それはきっと、曜さんの唇の温かみが伝わってきたからだと、おらの頭は考えるでもなく、瞬時に理解していた。 この人の唇はいったいどれほど熱いのだろうか。どれほど柔らかいのだろうか。おらがほんの6cm首の付け根を突き出せば、この先輩が何を判断する暇もなく、それはおらのものになり、この胸をざわざわと揺らす好奇の心は澄み渡るような爽快感に変わるだろう。
おらは……おらは……。
曜さん「うん、具合悪いのかと思ったけど、熱はないみたいだね」
曜さんはすっと頭を引くと、さらりとそんなことを言った。
それが離れたことで周囲の空気と視線におらの頭は急激に冷やされる。ここは店内。おらたちはめちゃくちゃ見られていた。
この先輩は……まったく……!
私「あはは……あ、ありがとう、大丈夫ずら、着替えてくるね」
そう言って試着室に逃げ込む。
あんなところ見られてもう恥ずかしすぎて服なんて買えない。曜さんのあほ。ばかばかばか。
うぅ……ここから出たくない……。そんなことを考えながら試着室の角に前向きに寄っ掛かる。 果南さん「おーいマル、ちょっとこれも着てみて」
……。
空気を読んでほしいずら。おらは無言でやり過ごそうとする。
果南さん「はい」
果南さんは無言のおらを気に止めるでもなく、どうやら彼女が選んだらしい黒いレザーのジャケットとミニのタイトスカートを下から試着室に入れてきた。
そうだよね、果南さんはそういう人ずら。 あんまり気が進まないところではあったけど、せっかく果南さんが選んでくれたんだし......という思いと、このちょっとオトナな服を着たらどんな風に変われるかなという興味に誘われ、おらはジャケットに腕を通した。
スカートのジッパーを持ち上げる。足をぴったりと押さえ付けてくる感触が落ち着かない。
そわそわしながら鏡をみる。
私「はわ......///」
ピンと張ったスカートから入りきらずにはみ出るように生え出た黒タイツの太ももはスカートの押さえつけで柔らかく形状を変え、硬めのジャケットはおらの胸を避けるように開いて背中をひっぱりさらに胸を突き出させる。
果南さん「着れた......?」
私「うわっ」
果南さんは試着室に首を突っ込んでこちらを確認してきた。この先輩も本当に......。 果南さん「わっ、似合ってるじゃん」
そういうと彼女はなぜか靴を脱いで試着室に入ってくる。そのまま彼女はおらの後ろに立った。
果南さん「ほら見てマル、こうやって並んだら結構お似合いじゃない?」
そういって鏡の方を指さす果南さん。鏡の中では凛とした高身長の格好いい女の人と、大人っぽくセクシーな小柄な女の子が髪の毛の青と茶色のコントラスト効かせて立っていた。
私「た、たしかにそうかも......」
ついどこか自分じゃないような感覚でそんなことを言ってしまい、遅れて顔が火照る。
果南さん「あはは、マルにそういってもらえるのとっても嬉しいよ」
果南さんはおらの頭に手を置くとぐしゃぐしゃと髪の毛をごちゃまぜにする。 私「もうっ、果南さん!///」
どうしてだろう。この人の手で撫でられるのは前からとても好きだった。でもなぜか、今はいままで以上に気分が浮き足だっている。
意地悪そうに細められた紫色の瞳を見つめる。どこか落ち着かないのは、この瞳がこんなに紫色だって知ってしまったからだろうか、こんなにおらを写してるって知ってしまったからだろうか、それとも頭上に感じる手の温もりをたくさん味わってしまったからだろうか。
私「ひゃっ……!」
急におらの腰は果南さんの方へと引っ張られ、気づくと体の右側面が果南さんの左側面とぴたりとくっついて、一枚になっていた。
果南さん「ほら、マル、もっとくっついて」
腰を締め付ける果南さんの手の力が強くなる。おらの力じゃ果南さんに敵うはずもなく、ひょいと引き寄せられる。いまこの人が本気になればおらは為す術もなく思いのままにされちゃうんだな、とそんなことを思うと鼓動が早くなった。 果南さん「照れてるの? 可愛いよ」
落ち着いたなかに力強さを感じる声が耳元から脳を満たす。
どくん。どくん。どくん。
血液が勢いよく全身を回り始める。
果南さん「ねえ、いいよね?」
そういって果南さんは腰に回していた手でおらのお腹を優しく撫ぜる。
もう今日一日いろいろなことがありすぎておらの頭はとっくにパンクしそうになっている。
ダメって言わなきゃ……ダメって言わなきゃ……。
……本当にダメって言わなきゃ、なのかな……。
……だめだめだめ!! だめにきまってるずら!
ぐるぐるぐるぐると同じ言葉が頭をよぎっても、おらの頭はおらの口に命令を出すことを忘れてしまってただその言葉を思い浮かべることにすべてのリソースを使ってしまっている。 果南さん「ふふっ、黙ってるってことはいいんだね」
果南さんはもう一度おらを抱き寄せる。
あわわ……あわわ……。頭のなかはもうこれからされるだろうことへの恐怖と背徳感と何もできない自分への嫌悪と、それから好奇でいっぱいだった。
果南さん「はい、チーズ」
私「えっ、えっ」
いつの間にかスマホを取り出していた果南さんに言われるがまま、つい左手の人差し指と中指を弱々しくたててしまう。
果南さん「よし撮れた! ばっちりだね」
そう言うと果南さんは腕を引っ込めて、おらに背を向けて、靴を履き直す。 私「えっ……?えっ……?」
訳のわからぬまま、言葉にならない声が口から漏れる。それを聞いてか聞かずか果南さんはくすりと笑いながら振り返った。
果南さん「ふふっ、何されるの期待してたの?」ニヤ
私「なっ……!///」
大きく弧を描く果南さんの口元を見て、はめられたことに気づく。
私「果南さんの……」
私「果南さんのバカーーー!」ベシッ
果南さん「っいたぁ!」 ついかっとなって背中を思い切り張り手して果南さんを追い出した。さすがの果南さんと言えども痛いものは痛いらしい。
私「あ」
そこまで考えて、急に自分が何をやってしまったのか分かりはじめた。おら、果南さんになんてことを……。
このあと、あの人に何されるかわかったもんじゃない。
急に血の気が引いてきた。余計に試着室から出づらいずら……。 善子ちゃん「ずら丸、いる?」
次は善子ちゃんか。もうそっとしておいてほしい。
善子ちゃん「花丸?」
……。
善子ちゃん「あれ、おかしいわね……これあいつの靴なんだけど……」
善子ちゃん「もしかして……誘拐されたとか……?」
善子ちゃん「大変!! け、警察に……」
私「すとっぷすとーっぷ! おらならいるずら」
善子ちゃん「花丸! 良かったわ」
善子ちゃんだけじゃないけど、おらの周りの子達はみんな純粋だから結局どれだけ策を練ってもこうなることは最初から分かっていた。 善子ちゃん「あ、あんたに似合うと思って選んだから、着てみなさい」
そう言って善子ちゃんから渡されたのはサラサラしたベージュのロングスカートに、薄手の白のブラウスと茶色いチェックのベストだった。
さすが善子ちゃん。何となくおらの趣味を分かっているというか、これなら自分でも似合うというのが容易に想像できる。
わくわくしながら服を纏って鏡を見ると、やっぱりばっちり似合っていて、最初からこの服で今日出掛けたのだと言っても驚かれなさそうなほどだった。
私「善子ちゃーん!」
あまりにもぴったりなのでつい得意気に善子ちゃんを呼びながらカーテンを開ける。
善子ちゃん「おお……!」
善子ちゃん「ま、まあ、可愛いじゃない。さすが私が選んだだけのことはあるわね」 そう言いながら善子ちゃんは目をそらして頬を掻いた。
私「善子ちゃん、照れてるずら〜?」
つい面白くなってからかってみる。
善子ちゃん「う、うっさいわね!」
さらに真っ赤になる善子ちゃん。
私「ふふっ、否定しないの?」
善子ちゃん「〜〜〜!!//////」
私「かわいい♪」
その可愛さに、つい善子ちゃんの頭にぽんぽんと二度掌を当ててしまった。
善子ちゃん「私だって……」
私「?」 善子ちゃんの頭から引っ込めようとした手がまた引っ張られる。そのまま無防備に開かれてしまったおらの腕と胴体の間に善子ちゃんの腕が滑り込んでくる。そしておらの手のひらとクロスするように善子ちゃんの手のひらが結ばれる。
善子ちゃん「私だって、こうやってあんたをリードできるわ///」
善子ちゃんはそっぽを向いたままそう言った。組んだ腕同士が少し擦れるたび、どきっ、どきっと脈が流れ、善子ちゃんの一部が入り込んできてるような気分になる。
近くで見る彼女の横顔は思ったより見上げる位置にあって、ずっと前から知ってるはずの彼女の肌や艶や表情も、おらが知らないくらいに大人になっていたことを思い知らせる。ふと胸が締め付けられて、組まれた腕をぎゅっと掴む。
善子ちゃん「花丸……?」
私「ううん、なんでも……ないずら」
そうしてそのまま二人とも時が止まったかのように、しばらく口も開かずじっとしていた。 私「ごめんね」
そう言って善子ちゃんから手を離す。
善子ちゃん「なんで謝るのよ」
私「………なんとなく?」
善子ちゃん「ぷっ、なによそれ」ニコ
おかしくなって二人で笑い出す。やっぱりこういう気の合うところは、そのままだった。
曜さん「おお、その服似合ってるね!」
果南「善子が選んだのかな? さすがだね」
みんなそれぞれ自分の服を選び終わったのか袋を下げていた。
私「あ、ちょっと待ってて。着替えてくるね」 私「お待たせずら」
着替えを終えて試着室を出る。
曜さん「それで、花丸ちゃんは結局どの服を買うの?」
私「うーん、どれも素敵だから迷ってて……」
もちろんおらはいま3セットすべて買えるほどお金がない。
果南さん「マルが誰を選ぶのか、楽しみだな〜」
私「えっ?!」
なんか語弊があるような……でもよく考えたらないような……。もしかしてこれって重要な分岐選択ってやつずら?! 善子ちゃん「……私は花丸と、そして私自身を信じるわ」
格好良いこと言ってプレッシャーをかけないでほしいずら!!!
曜さん「花丸ちゃんに、私のお姫様になって欲しいな」
私「っ///」
なんでいつもは照れ屋なのにこういうときはこんなことをそんなに真剣な眼差しで言えるんだろうか。その眼差しに焦がされて、耳まで赤くなってしまいそう。
おらの憧れていた王子さまはやっぱりとても素敵な人だ。
▶曜さん
果南さん
善子ちゃん
選ばない 果南さん「マル、身も心も私の色に溺れてみない?」
私「〜!///」
その言葉に教室でのこと、映画館でのこと、さっきの試着室のこと、いろんなことがフラッシュバックして、頭が沸騰しそうになる。
でも、喉に刺さった魚の小骨のような感情が、このちょっと悪い先輩にめちゃくちゃにされてみたいとずっと囁いているのをおらは知っていた。
曜さん
▶果南さん
善子ちゃん
選ばない 善子ちゃん「……私があなたを一番近くで見てきたわ、花丸」
私「……///」
ずっと気づいていなかった善子ちゃんの気持ち。ううん、気持ちだけじゃない、大きくなって格好よくなったことも、いつも側にいてくれたことの有り難さも、今になってやっと気づいた。
胸がじんわりと熱くなる。おらの幼馴染は、きっと世界一の幼馴染みだ。
曜さん
果南さん
▶善子ちゃん
選ばない 曜さん「花丸ちゃん」
果南さん「マル」
善子ちゃん「花丸」
▶曜さん
果南さん
善子ちゃん
選ばない
曜さん
▶果南さん
善子ちゃん
選ばない
曜さん
果南さん
▶善子ちゃん
選ばない うああああああああああああああ
こんなの無理! 無理ずら!!
みんなとっても大切だし、それにやっぱりおらには恋なんてまだ分かんないよ……。
曜さん
果南さん
善子ちゃん
▶選ばない
でも……それでいいんだろうか。
おらは三人の気持ちにちゃんと向き合わず、逃げてるだけじゃないのか。
曜さんはあのとき泣きそうな目をして胸に手を当てていた。
果南さんは顔色は変えなかったけど、言葉選びが不安を語っていた。
善子ちゃんも悩んで悩んで、それでも一歩踏み出した。
ルビィちゃんだって、善子ちゃんのために涙を流した。
みんな何かを変えたくて、このままじゃだめだって自分を奮い立たせたんだ。 おらはただ怖がって、分からない、分からないって言い訳してなにも決めようとしないまま、この関係に甘えてるだけだ。
おらも、おらの中に芽生え始めてるこの小さな感情と向き合って、「好き」を見つけていかなきゃいけないんだ。
そして、この目の前の三人と大好きな親友にそれをちゃんと話さなきゃいけない。
もちろん、今のおらが持ってる最大限のみんなへの応えも。
それがおらに真摯な気持ちをぶつけてくれたみんなへの最低限のお返しなんだ。
だから、今は「選べない」でも、いつか来る次は必ず「見つける」。それが単純な三択なんかじゃなかったとしても。
そう覚悟を決めて口を開く。
私「全部とっても素敵なお洋服だから、今度来たときに買うずら。今日は全部は買えないから」 曜さん「……そっか! 楽しみにしてるね」
果南さん「そ。まあまたいつでも着てきなよ」
善子ちゃん「ふふっ売り切れて後悔しても、知らないわよ」
みんな、どこか寂しそうではあるが、それでも笑顔で答えてくれる。やっぱり、とても、とても、強い人たちだ。あるいはそれぞれの一歩を踏み出して強くなったのかもしれない。 それからしばらくはぎこちなかったものの、みんなすぐに調子を取り戻してぎゃーぎゃー騒ぎながらデパートを見て回っては、周囲に白い目で見られた。
すっごくすっごく恥ずかしかったけど、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけそんな空気が幸せに感じたのは内緒ずら。
日が傾き始めて、おらたちはデパートから海岸へと移動した。本日最後の目的地だ。堤防の階段にみんなで腰掛ける。
曜さん「いやー、やっぱり海は良いね!」
善子ちゃん「いっつも見ててよく飽きないわね……」
果南さん「海は生き物だよ。毎日顔つきが少し違うんだ」
私「ほえ〜」
よくわからなかったけど、海とずっと触れ合ってきた二人が言うんだからきっとそうなのだろう。 果南さん「……マルは、今日楽しかった?」
少し眉を下げて視線を下へと傾けて果南さんはそう言った。
私「もちろん、すっごく楽しかったずら!」
果南さんはほっとしたように一息ついて、「それなら良かった!」とにかっと笑った。
善子ちゃん「私も楽しかったわ」
そう言う善子ちゃんの顔は晴れ晴れとしていて、どこか満足気であった。
曜さん「花丸ちゃんだけじゃなく、この4人で来れて良かったよ」ニコ
4人。おらと、この3人。
みんなそれぞれ素敵な3人で、そんな3人と一緒にこうやって遊べるおらは幸せ者なんだ、と思う。 善子ちゃんもうんうんと頷いている。でも。
果南さん「まあね。でも私は次はマルと二人でおでかけしてみたいかなー」
そうだよね、きっとみんな本当はそうなんだ。
善子ちゃん「果南さんに任せたらあなたが何されるか分かったもんじゃないわ。二人で出掛けるなら私にしなさい」
善子ちゃんも続く。
人を好きになるってきっとこういうことなんだ。
曜さん「あはは……。でも、私も花丸ちゃんと二人で遊んでみたいな……なんて」
おらだってそうだ。もし誰かを好きになったら、絶対、二人きりでおでかけしたくなるんだ。 だから、きっと、いつまでも「4人」ではいられないんだ。たとえそれでこの時間が終わったとしても、おらは今、おらの気持ちを伝えなきゃいけない。
私「……ぁ、あの……」
声が詰まりそうになる。おらも勇気を出してちゃんと言うって決めたんだ、負けるな、負けるな。震え出しそうな体を止めるため胸の下に力を込める。
私「……おら、みんなに伝えたいことが、あるんだ」
善子ちゃん「……!」
言え。
果南さん「へえ……?」
言うんだ。
曜さん「っ……」
言うんだ。 私「みんな、おらを……好きになってくれてありがとう」
かなようよし「……」
1つ。なんとか言い終えて一度息を飲む。
私「……ちゃんと返事しなくちゃだよね」
果南さん「…」
曜さん「!」
善子ちゃん「……」
私「おらは……」
おらのことを守りたいと言ってくれた曜さん。
おらをめちゃくちゃにしたいと言う果南さん。
おらと一緒に並んで歩いていきたいと言う善子ちゃん。
みんなの顔を順番に見回す。もう答えは決まっている。
あとちょっと。あとちょっと。もう少しだけ頑張れ、おら。 私「おらは……」
私「……ごめんなさい」
私「おらは……みんなの気持ちには応えられない」 言いきった。よく頑張ったね、おら。
曜さん「あっ……」
果南さん「……」
善子ちゃん「そう……」
気持ちを伝え終えて、視界に彩度が戻ってくる。自分の気持ちに向き合うのに精いっぱいだったおらは、そこで初めてみんなの表情を認識できた。 曜さん「は、花丸ちゃんならきっと良い人見つかるよ!」
声を震わしながら、それでもいつもと変わらないような笑顔で応援してくれる曜さん。
果南さん「……納得できない。どういうこと」
少し潤んだ目をキッと鋭く細め、歯を食い縛って、率直な理由を求める果南さん。
善子ちゃん「あなたの決めたことなら応援するわ」
あくまで冷静に、おらを落ち着かせてくれるかのように淡々と受け入れる善子ちゃん。 善子ちゃん「でも、その理由は聞かせて」
そう言うとさきほどまでの静かな雰囲気とは一転して力強い視線をこちらに向けてきた。
曜さん「わ、私はちょっと、もう帰ろうかな……よ、用事あったの思い出したし……」
そう言って急に立ち上がろうとする曜さん。思わず手が伸びて、曜さんの腕を掴む。
果南さん「曜。一緒に聞こう」
同じく曜さんを掴んで立ち上がるのを止めた果南さんがこちらも一転落ち着いたような口調で曜さんに訴える。
曜さんも諦めたように座り直したあと、胸に手を当てて深呼吸をすると、飛び込みの大会のときの写真で見たような強い強い眼差しをこちらへ向ける。 私「おらは……やっぱりまだ好きって、恋って、なんなのかわからなくて」
みんなの真剣な眼差しがおらに力をくれる。さっきよりもはっきりと、しっかりと、おらのそのままの気持ちが声になって、言葉になって、紡がれていく。
私「でも、曜さんも、果南さんも、善子ちゃんも、おらにとっては大切な人で、」
かなようよし「!」
私「だから、3人にいつまでも、おらのことを待ってもらうのは申し訳なくて、」
私「だから、だから……」
むき出しになったそのままの気持ちは口だけでなく、目からもじんわりと溢れ、零れ落ちていく。 私「みんななら、きっともっと素敵な人と、幸せになれるから……」ポロポロ
私「おらじゃ……おらじゃなくても……」ポロポロ
曜さん「なーんだ、そんなことか!」
私「……え?」
曜さん「花丸ちゃんに嫌われたのかと思ってびっくりしちゃったじゃん」
私「え? え?」 果南さん「マル相手じゃなかったらビンタしてるよ」
私「?」
果南さん「元から意地でもマルを振り向かせるつもりだから、覚悟しなよ」
私「……」
善子ちゃん「そんなことだろうと思ったわ」
私「う……」
善子ちゃん「あなたはあなたの気持ちを大事にしなさい。私も私の気持ちを大事にするから」
私「……!」 おら、馬鹿だ。大馬鹿だ。
みんなのことを想うあまり、みんなのこと、ちっとも信じてあげられていなかった。
みんな、それぞれちゃんと自分の幸せは自分で決められるんだ。
おらが何て言ったって、その結果の行動を決めるのはみんな自身だ。そんな当たり前のこと見落としていた。
私「ごめん……ごめんねみんな……」ポロポロ
私「ありがとう……」ポロポロ
果南さんが背中をさすってくれる。曜さんが頭を撫でてくれる。善子ちゃんがハンカチで涙を拭いてくれる。どこかで見たような光景に吹き出しそうになるが、とても心が暖かくなる。 私「おら、みんなのこと好き。大好きずら」
私「曜さんのいつも格好よくておらのこと良く考えてくれるとこや、本当は乙女なところが大好き」
曜さん「えへへ/// すっごくすっごく嬉しいよ! 私も花丸ちゃんが大好き!」 私「果南さんの頼もしくておらのこと気にかけてくれるところや、ちょっと強引なところも大好き」
果南さん「ふふっ、もっと好きにさせるからね。大好きだよ、マル」 私「善子ちゃんのおらと同じペースで同じものを見てくれるところや、真っ直ぐなところが大好き」
善子ちゃん「……/// ふんっ私の花丸への大好きの方が上なんだから!///」 私「みんな、みんな大好きずら」
私「この4人でいる時間もとっても楽しくて大好きで、だから、だから……」
私「もう少しだけ、お返事、待ってくれる……?」 曜さん「もちろん! いつまででも」
果南さん「私を選ぶことは変わりないからね」
善子ちゃん「何年気持ちを押し込めてたと思ってるのよ、今さら変わらないわ」 私「ありがとう……みんな本当に……」
私「大好き」
そう言うと三人はおらにハグして、そのまま少しだけ泣いた。 〜エピローグ〜
私「いってきまーす!」
おらは国木田花丸、15歳。好きな食べ物はみかんとあんこ、趣味は読書。浦の星女学院に通っているごく普通の女子高生ずらっ♪……あっ、ずらって言っちゃった……。
おらはこの大好きな内浦のお寺で大好きなお爺ちゃんとお婆ちゃんとずーっと一緒に住んでるからか、たまーに方言や訛りが出ちゃう時があるんだ。
他のみんなは訛りなんてないのにおらだけ訛ってると少し恥ずかしいから普段は気を付けてるの。だからもうずらなんて絶対言わないずら!……てへ。
いけないいけない。考え事ばっかりしてたら朝練に遅れちゃうずら。 「あなた昨日また抜け駆けしようとしたわね!」
「やだなー、早い者勝ち、恨みっこなしだよ」
「あはは、二人とも落ち着いて……」
「昨日曜がこっそり図書室に行ってたの知ってるよ」
「なっ……! 善子ちゃんだって体育のあと二人で片付けしてたって聞いたよ!」
「ちょっ…それは……あれよ……」
毎朝毎朝賑やかな三つの声が今日も変わらず聞こえてくる。おらもすっかり習慣になったおはよう代わりの挨拶を投げ掛けよう。きっと今日も素敵な日になるに違いない。
私「もう〜……みんな!」
私「マルのために争わないで!」ニコッ
おわり あとがき
お読みいただいた皆様、ありがとうございます。初めに、作中に登場する人物や関係はすべてフィクションであり実在の人物および団体とは関係がないことを断らせていただきます。
いかがでしたでしょうか。作中に登場する三人の素敵な女性に迫られるようなドキドキを皆様も味わっていただけたならこの上ない喜びです。
この小説を書き始めたのは、自分の憧れの人との青春の一幕がきっかけでした。若い頃にしか味わえないような激しい胸のときめき、心を引っ張って勝手に突き動かしてしまう体の熱さ、そういったものが私にこの小説を書かせました。
なんとか書き終わるまで時間がかかってしまいましたが、こうして書き上げられて、私の気持ちを小説に保存することができて、非常に嬉しく思います。
みなさんは恋してますでしょうか。私も恋多き乙女の一人として、恋する皆様の毎日が素敵であることを遠くから祈っております。
最後に執筆に際し、支えてくれた母、父、祖父母、二人の先輩と幼馴染み、友人たちにここで感謝の意を表します。
H.K ―――
――
―
ダイヤ「……なんですの、これは」
黒澤ダイヤは部室で呆然としていた。
休日だと言うのに一人部室の片付けをしようと学校を訪れていた彼女はふとロッカーの中に見つけた一冊のノートに目を奪われ、気づくと読み耽っていた。
なんとそこに書かれていたのは同じグループのメンバーであり友人である人たちの小説であったのだ。
黒澤ダイヤが呆然としていたのは、その内容もそうではあるが、小説自体に思わずのめり込んでしまったこと、そしてここに書かれている内容が事実なんじゃないかという疑いなど、様々な思考が混濁した故だった。 ガラガラガラ
部室のドアが突然開き、小麦のような綺麗な茶色の髪を靡かせ、背の小さい美少女が部室に入ってくる。
花丸「ダイヤさん、手伝いに……きた……ずら……」
黒澤ダイヤは思わず手元のノートを隠そうとするも、間に合うはずもなく、国木田花丸は見覚えのあるノートが黒髪の綺麗な少し怖いが優しい先輩の手の中にあるという事実から何があったかを推測する。結論は―――。
逃げるッ―――!
花丸「ちょっと用事思い出したずら」ダッ 黒澤ダイヤは一瞬呆気にとられるも、このノートについて追求せねばならないことに気がつき一歩遅れて走り出す。
ダイヤ「こら、待ちなさい!!」
花丸「い・や・ず・ら!」
ダイヤ「ここに書かれてるのは事実なんですの?!?!」
花丸「えへへそれは……」
ダイヤ「それは……?」
国木田花丸は言葉を一旦止めて頬を少し赤くしてからいたずらっ子のように、でもどこか艶を含ませて微笑んだ。 花丸「なーいしょ、ずら♪」
ダイヤ「教えなさい〜〜〜!!!」
二人の少女の楽しそうな叫び声が校内に響いて、そして消えていった。
ほんとのほんとにおわり お読みいただいた皆さん、応援コメント、貴重な意見をくれた皆さん、ありがとうございました
無事完結できてよかったです
また分岐を見たいと言ってくださった方もありがとうございます
今回は構成の都合上分岐はできなかったのですが、また機会があれば参考にさせていただきます やはり国木田先生の夢小説だったか……
花丸の台詞が私「」の形だからかな、乙女ゲームのテキスト読んでるみたいで新鮮だった
すごいにやけてしまったよ 女の子の考え方ってこんな感じなんか?
流されるマル嫌いとか言ったけど
女の子がこういう思考してるとなると俺が考え方を改めなきゃだな ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています