善子「見果てぬ夢」
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夕暮れ時の生徒会室
誰もいない、誰も来ない時間
ダイヤ「やっ……待っ」
ダイヤ「んっ」
優しく、唇を触れさせる
拒絶するような言葉を吐く口は、
触れ合わせた唇までは拒まずに、受け入れてくれる
ダイヤ「っふ……っ」
見る見るうちに赤らんでいく頬
熱っぽく潤んでいく瞳
私を見てくれていたそれはゆっくりと逸れていく
ダイヤ「ま、まだ生徒会の仕事がありますから……」
そんなの明日でも出来るでしょ
そう言うと、それはそうですが。と、困った反応が返ってくる
迷いを悟らせるような視線の躊躇い
それがどこか愛らしくて、思わず苦笑する 善子「む、難しいこと言われても良く分からないわよっ」
ダイヤ「ふふふっ、そうですか」
善子「っ……もう帰るっ!」
強く言い返して、ダイヤから扉へと振り返る
怒ったわけじゃない
大人っぽさに交じった、からかいの空気
それはいつも見せるダイヤの笑い方とは違っていて
なんだか、こう
言葉にはできない何かが起きてしまいそうで。
ダイヤ「手伝いに来て下さったのでは?」
善子「手伝うって、なにを?」
善子「喋ってばっかりで仕事してないじゃない」
善子「……あっ」
ダイヤ「…………」
口にしてすぐ、失言だと悟った
誰のせいで仕事ができていないのか
誰が、仕事をしていたダイヤの手を止めたのか。
視界には映らないダイヤ以外の人
紛れもなく、私のせいだ 善子「あ、いや、違っ」
ダイヤ「……そう言えば、手が止まっていましたわ」
善子「そ、そう……そうよ!」
善子「邪魔にしかなってないから、帰ったほうが良いでしょっ」
ダイヤのつぶやきに便乗する
感情ばかりが先行して、自分勝手なことしか言えないけど
間違ってはいないから、ダイヤも否定はしない
そうすれば、引き留めてはこないだろうと。
ダイヤ「別に、邪魔などとは思っていませんが」
ダイヤ「生徒会長であるわたくし自身が目を通さなければならないので」
ダイヤ「善子さんが、そう仰るのであれば引止めしたりは致しませんわ」
善子「……そ」
善子「じゃぁ帰る……邪魔して悪かったわ」
ガンッ……と
思いのほか強くしまった引き戸が悪い音を立てる
廊下に響く足音がいつもよりもうるさく聞こえるのは
きっと、自分一人だからだ ――――
―――
――
ダイヤ「や、やめてくださいっ!」
そんな悲鳴を打ち消すように、ダンッ! と、大きな音が響く
壁に肩をぶつけられたダイヤは呻き、私を睨む
憤怒を感じる翡翠の瞳は、状況に反してとても力強さを感じさせる
でも、今の私にその目を向けてはいけない
……良い目をしてるわね。ダイヤ
優しく。
限りなく優しく、声をかける
けれど、ダイヤの体を押さえつける力はより強くしていく
ダイヤ「痛っ……痛い……っ」
……私が一番嫌いな、目をしてる
声をかけ、押し付けるだけだった力を引く力へと切り替え、
ダイヤを力一杯に、床へと引き倒す
ダイヤ「っ!」
鈍い音、押し出された息、苦痛の呻き
倒れこんだダイヤを助けるでもなく、見下す ……ダイヤが、悪いのよ
そう声をかけ、うつ伏せから仰向けへと無理やりに返させ、足の上に跨る
逃がさない
逃げる事なんて、許さない
……ダメ
抵抗するそぶりを見せた手首を床に押し付けて、薄く笑ってダイヤの心を煽っていく
ダイヤの考えは分かっていると。
逃げる事なんてできはしないと。
ダイヤ「どうして……ですか……」
困惑よりも、悲しさの強い声
理由を知りたいという思いさえ希薄な、悲しい呟きだった
だけど、関係ない
ダイヤの左手と右手
その両方を一度、床に叩きつける
ダイヤ「っ」
その痛みも消えないうちに、もう一度床に叩きつける
ダンッ....ダンッ....ダンッ....
ダイヤのまだ強い瞳が
それを支える心が……折れるように
憎しみを持って、痛めつけていく 止めて。と、ダイヤの口が動く
お願い。と、ダイヤの瞳が揺れる
けれど次第に声は消え、瞼が閉じられて
固く結ばれた唇の奥から籠ったうめき声が聞こえるだけになっていく
真っ赤になったダイヤの手の甲
重みに潰され、擦れてほんのりと血の滲んだダイヤの手
綺麗だった手の汚れはまるでダイヤのようだと思った
いや……そうじゃない
もっと汚してしまいたいと、靄がかった悪意が動く
叩きつけられなくなったからか、
ダイヤの瞳が恐る恐る開かれて、視線が合う
光の薄れた目は、ダイヤのようでダイヤには見えない
フェイクダイヤのように、感じた ……そう。そうよ。そうね
ダイヤ「え?」
何が悪いのか
何がいけなかったのか。
それが分かって、私は場に似合わず満面の笑みを浮かべて。
……あんたが汚れていればいいのよ
そうすれば、誰も目を向けない
誰も触れようとは思わない
誰の心に響くこともない
ダイヤ「や、やめて……」
ダイヤの手に力が入ったのを右手が感じる
でも、力が足りない
叩きつけられた手は痛むのか、右手一つで両手を抑え込めてしまう
……私が、汚してあげるわ
意地悪くそう囁いて、乱暴にダイヤの胸に触れた ―津島家―
善子「――違うっ」
善子「はっ……は……はぁ……」
カタンッ
跳ね除けられた布団に引っ張られたスマホの充電器が、スマホをベッド脇に引きずり込む
開いたカーテンから入ってくる光はなく、部屋には自分一人
寝ていたこと、夜になっていること
その何かよりもまず、目の前にダイヤがいないことに安堵する
夢の中で何をしようとしたのか
なんで、あんなことをしようとしたのか
理由は、分からないでもない
善子「………」
自分の胸に、手を当てる
奥の方でざわつくものを感じて、目を閉じる
ダイヤに、帰ってもいいと言われたときに、感じた
自分で言い出したことなのに
堪らなく、苛立ちを覚えた
どうして、引き留めてくれないのか。と
善子「……バカみたい」
眠れば酷い夢を見て
悪態をついても心は晴れない
ずら丸に話せば、八つ当たりするための悪口の一つでも言ってくれるのに
そう考えて、スマホを手に取る
ちかちかと点滅する光
黒から白へ、画面が変わる
ルビィからのLINEだった ルビィ:善子ちゃん、お姉ちゃんと何かあった?
pm.5.12
ルビィ:善子ちゃん、大丈夫?
pm.7.00
ルビィ:おうちに電話して良いよね?
pm.7.34
善子「……え?」
ルビィからの三件の通知
一番最初を見て、ダイヤに何があったのかと不安を感じ
二つ目を見て、既読にならないことを心配しているルビィに申し訳なく思って
三つ目を見て、ベッドから飛び起きる
ガタッ
ガタンッ
近くに落としていた鞄を蹴飛ばして、倒れこむ
ルビィからの最後の通知は五分前
家の電話よりも、スマホに。
倒れこんだまま思考を巡らせ、ルビィへと電話をかける
鳴り響く電話のコール
一回……ガチャリッ
ルビィ「善子ちゃんだよねっ!?」
二回目も待たずに電話が繋がって、大きな声が部屋に響いた 善子「……私以外に誰がこの電話取るのよ」
ルビィ『だ、だってっ!』
ルビィ『二時間経っても既読にならないしっ』
ルビィ『お姉ちゃんは帰ってきたとき何か変でっ』
ルビィ『だから何かあったんじゃないかって……』
ルビィ『ルビィは――』
善子「……ごめん。悪かったわよ」
善子「寝てたのよ……ちょっと」
いつ寝たのかとか
まぁもろもろと意識飛んでて
何よりもダイヤに強引にあんなことする夢とかいう
悪夢を見てしまったせいか
正直、悪いことが起きてるかいないかで言えば
悪いことが起きてる最中なんだけど。
善子「ダイヤと話すので緊張してたからかもね」
善子「家に帰ってすぐ、寝ちゃったみたい」
ちらりと、自分の服装を見る
まさかの、制服だ
善子「ほんと悪かったわ」
善子「明日、購買で何か奢るから許して」 ルビィ『別に奢って欲しいわけじゃないよっ』
ルビィ『ルビィはただ、善子ちゃんに何かあったら嫌だから……』
善子「……悪かったわね。でも、偶にはこういうときもあるから」
善子「せめて、電話はスマホにかけて貰っていい?」
部屋に居たら取りに行くのに時間がかかるし
出ることが出来なくて余計に心配させるかもしれない
スマホなら、寝ているときは枕元で充電中
音ですぐに気づけるかもしれないし、
顔に触れたバイブが骨伝導で起こしてくれるかもしれない
もっとも。
LINEの通知程度では全く気付かなかったんだけどね。
ルビィ『ごめん……心配で、つい』
善子「良いわよ」
善子「ルビィも心配してくれたからだし」 善子「それで、ダイヤがおかしいってなんなのよ」
善子「わざわざLINEして来たってことは相当変ってことでしょ?」
善子「なんなの?」
ルビィ『えっと……なんかすごい悩んでる感じだったんだ』
ルビィ『トイレのドアが手前に引くのは善子ちゃんも知ってるよね?』
善子「まぁ、行ったことあるし。そりゃね」
ルビィ『お姉ちゃん、引かないで押した後』
ルビィ『ルビィ、入ってます? って』
善子「えぇ……」
ルビィ『隣にルビィがいるのにだよ?』
ルビィ『さすがに大丈夫? ってルビィも言っちゃって』
ルビィ『そしたら、あぁ……そうでしたって』
善子「それは……おかしいわね」
ルビィ『うん。だから善子ちゃんと何かあったのかなって』 善子「特に何かあったわけじゃないわよ」
善子「ただ、私がダイヤの邪魔になっちゃってただけ」
ルビィ『お姉ちゃんに言われたの?』
善子「いや、ダイヤはそんなことないって言ってくれた」
善子「でも、話をするばっかりで手伝いなんてしてなかったし」
善子「ダイヤの手さえ、止めちゃってたのよ」
善子「だから、邪魔にしかなってないからって……私は帰った」
ずきりと、痛む
床の上で寝返りを打って、仰向けになる
息を吐くと、心臓の音がより鮮明になったような気がした
善子「それだけよ」
善子「私とダイヤにはそれくらいね」
ルビィ『そっか……え?』
善子「ルビィ?」
ルビィ『ぁ、うん』
善子「どうかした?」
ルビィ『ううん、なんにもないよ』 ルビィ『お姉ちゃんは引き留めなかったの?』
善子「自分の仕事だから、私が帰るっていうなら止めないって」
ルビィ『……えっと』
ルビィ『そのあとは?』
ルビィ『それで善子ちゃん帰ったの?』
善子「そうよ。帰った」
ルビィ『そっか』
ルビィ『……お姉ちゃんが邪魔になってないよって言ったなら残っても良かったのに』
善子「そう言われたって、邪魔になってたのは明らかだったし」
ルビィ『それはそうなんだけど……』
ルビィ『でも、引き留めなかったお姉ちゃんが悪いよね』
ルビィ『………』
ルビィ『特に何もなかったのは分かった』
ルビィ『お姉ちゃんも連絡した時はあれだったんだけど、今はもう大丈夫だから心配しないでね』
善子「そう……ならいいんだけど」
ルビィ『うんっ。じゃぁ、また明日学校でね』 善子「……大丈夫。ね」
善子「私も……大丈夫になれる?」
右腕を目元に宛がって、視界を真っ暗にする
深く息を吐いて、大きく息を吸って、また吐く
胸の痛みこそないけど、あんまり落ち着かない感じがまだ残る
善子「ダイヤが私のことで悩んでてくれたら……なんて」
はぁ……と
ため息をついて、ぐるりと一回転
うつ伏せになって、体を起こす
寝起きの意識を覚醒させるような倒れた体の痛み
善子「……お母さん、帰ってきてるかな」
帰ってきてたら怒られそうだと
嫌な夢を見たこともあって
寝ちゃってたことを、後悔した ――――
―――
――
ダイヤ「善子……さん」
私が隣に座ると、ベッドが軋む
ダイヤの緊張した声が心をくすぐる
顔合わせにならない、隣同士
無造作に下ろした手と手がこっそりと触れる
ダイヤ「…………」
ダイヤは何も言わない
私も何も言わない
ただ、自分たちだけしかいない部屋の中で
互いの呼吸の音を聞きながら、指先で触れ合う
いじらしいと思う
もどかしいと思う
でも、それだけでも心は踊った 一番長い、中指
それよりも先に絡む人差し指
いつも。
いつも、私たちの手が触れるときは人差し指から。
人差し指、中指、薬指
一つ、一つが繋がって……固く結ぶ
言葉を交わさなくても、
顔を見合わせなくても
手を結ぶだけで、何となく満たされたように感じるのは……なぜだろう
ダイヤ「善子さん」
声が、近づいた
どこかへ向いていた、自分への言葉が
自分へと向けられたのを、感じた
少し、距離を詰める
ベッドの軋んだ音が、心を隠す
……ダイヤ
呼び返す
その声が震えて感じるのは、気のせいじゃない ダイヤの左手を握る、私の右手
ぐっと自分の方へと引っ張ると、ダイヤの体はベッドへと傾いていく
ダイヤの抵抗はなかった
むしろ、受け入れた滑らかさがあって
私はそのダイヤに跨るようにして、見下ろす
白い布団に、黒い髪
翡翠の光が私を見つめる
ダイヤ「………」
整った顔立ち、優しさと厳しさを兼ね備えた瞳
私から見て、左下のほくろが、目を引く
右手だけのつながりが、両手のつながりになる
私が握ると、握り返してくれる
ダイヤが握るから、私も握り返す
大きな瞳が閉じられる
して欲しい。の、ダイヤなりのねだり方
そんな愛らしい求め方をするダイヤへと、ゆっくり、近づいていく―― ―津島家―
善子「……」
目を覚まして、自分の隣にダイヤがいないことを確認する
手を握っていた右手は布団の端を握っていて
真実が分かってしまうと、酷く冷たく感じる
昨日はいないことに安堵したのに
今度は、いないことが寂しく感じてしまう
そんな分かりやすい自分に、ため息をつく
善子「そういうことね」
つまるところ、ダイヤに嫌われたくはない
でも、ダイヤともう少し仲良くなりたいとは思ってる
自分の欲求は、昨日の夢のようにダイヤにとっての悪意ではないのかという不安があるくせに
ベッドに押し倒してしまうほどの、思いがある
それは多分、鞠莉のせいだ
あんなことを言われたから
目で追うようになってしまったから
その端麗さを知ってしまったから
きっと、惹かれてしまったんだと思う 善子「どうすりゃ良いのよ……こんなの」
いや、別に悩むようなことじゃないとは思うけど
ただ、仲良くなりたいと言えばいい
善子「って、言えるかーっ!」
ゴンっと机に頭をぶつける
高校生にもなって、仲良くなりたいの。なんてとてもじゃないが口にはできない
しかも、先輩だ
何が仲良くしたいなんだ。と失笑さえされかねない
もちろん、ダイヤがそういう人でないことくらいは分かってるけど。
多分、私がダメだ
二人きりじゃないと言えるわけがないし
二人きりになったところで
前置きの呼び声になんですの? とでも聞き返されたら
きっと何も言えなくなってしまう 善子「……仕方がない」
きっと茶化されるというか
余計なことを口出ししてきそうではあるけど。
善子「ずら丸に話してみるしかないわね」
元々、昨日の時点で似たような相談しているようなものだし
こっちが本気だと分かれば
いくらずら丸でもちゃんとしてくれるだろうと、思う
あの黒澤ダイヤとお近づきになる方法
善子「でも、なんか……」
これってあれじゃない? と
赤くなってしまいそうな顔を覆って、首を振る
そんなんじゃない
そんな気持ちはないんだから ―浦の星女学院―
花丸「え? ダイヤさんと付き合いたい?」
善子「そんなこと言ってないっ」
ああやっぱり。と
花丸のふざけた返答に悪態も尽きかねて、机にふて寝する
夢のことこそ話したりはしなかったけど
どうやったらダイヤと仲良くなれるのか
それを聞いただけなのに、付き合いたい。なんて
善子「あんたの頭は花畑なの?」
花丸「マルの頭は花ずらよ。花丸だから」
善子「はぁ……そっ」
善子「で、何かいい方法ない?」
花丸「仲良くしたいって直接言うのは?」
善子「言えると思う?」
花丸「……そんな自信満々に言われても」 花丸「なら、趣味の話をしてみるのは?」
善子「黒魔術の話?」
花丸「あ、うん。じゃぁマルは図書室行くね」
善子「ちょまっ、待って待って!」
善子「分かってるからっ!」
花丸が言いたいのは自分の趣味もダイヤの趣味も一応知り合っているのだから
相手に寄り添ってみては。と言うことだろう
善子「でも別に映画鑑賞なんてあんまりしてないし、本なんてヨハネっぽいのしか読んでないし」
花丸「だからこそ、良い感じの映画とか。興味を持った態で聞くずら」
花丸「そうすれば、ダイヤさんだって話が続けられるはずだよ」
善子「……そうかしら」
花丸「善子ちゃんだって、堕天使の話に興味持ってくれたら嬉しいよね?」
花丸「例えば、ダイヤさんがヨハネさんって呼んでくれたら?」
善子「……保健室に連れてく」
べしっと
頭に軽い一撃が加えられて、思わず変な声が出る
花丸「何言ってるずら」
善子「いや、だって……ダイヤよ?」
善子「あのダイヤがヨハネなんて呼んで来たら病気疑うわよ」
花丸「ダイヤさんの歩み寄りかもしれないのに?」
善子「……そうだけど」
突然呼ばれたら呆然とした後に
熱を測るかもしれないと、改めて答える ルビィ「おはよう、善子ちゃん、花丸ちゃん」
花丸「おはよう」
善子「おはよ」
ルビィ「善子ちゃん、大丈夫?」
机に伏せっていたからか
心配そうに言うルビィに大丈夫だと伝えて体を起こす
花丸「善子ちゃんが、ダイヤさんと付き合いたいって」
ルビィ「えぇっ!?」
善子「だから言ってないからっ!」
強く言うと、花丸は冗談ずら。とニコニコで
ルビィはそうだよね。と
驚いたまま呟いて、ほっと胸を撫で下ろす 花丸「ダイヤさんと仲良くなりたいって」
ルビィ「お姉ちゃんと……」
ルビィ「多分、仲良くなりたいって言えば喜んでくれると思うよ」
善子「でも――」
ルビィ「お姉ちゃん、生徒会長だから」
ルビィ「後輩の子には、やっぱり距離を置かれちゃってると言うか……」
少し怖いイメージがあるのかな。と、ルビィは悲しそうに言う
私も分かる
Aqoursとして一緒になるまでは、怖いイメージの方が強かった
関わりにくい感じが強くて
Aqoursとして一緒になった今でも、上手く話せないくらいなんだから
ルビィ「だからね?」
ルビィ「善子ちゃんに仲良くなりたいって言われるだけで凄く喜んでくれるんじゃないかな?」 善子「そんなこと言われたってなんか、恥ずかしくない?」
善子「面と向かって仲良くなりたいです。とか」
善子「……小学生でしょ」
机に伏せってため息をつく
ルビィが言ってることは確かにそうかもしれない
一時期、ダイヤさんと呼ばれる距離感を気にしていることもあったし
ダイヤにも距離を詰めたい、仲良くなりたい
そんな思いがあるのは分かる
でも、急に何言ってるのかみたいな反応されたら
私は多分、何でもないって逃げてしまう
そうなったら、二度と近づけなくなってしまいそうで。
花丸「大丈夫ずらよ。善子ちゃん」 花丸「大丈夫」
善子「………」
善子「……なんであんたが、自信たっぷりなのよ」
自信たっぷりな笑みを浮かべる花丸を一瞥して悪態をつく
相談している以上
関係あるかないかと言えばあるけれど
でも、花丸の自信にちょっとだけ、イラっとする
善子「関係ないからって、偉そうに」
花丸「そういうところずらよ」
花丸「すぐにそうやって悪っぽいこと言ったらダメ」
花丸「ダイヤさんはそういうところ、まじめに受け取っちゃうよ」
善子「………」
ルビィ「確かに、お姉ちゃんにそういうこと言うと絶対に謝ると思う」
ルビィ「それで、ぎこちなくなっちゃう」
善子「……分かった、分かったわよ」
善子「我慢したらいいんでしょ」 仲良くなりたい
ダイヤに直接それを言う方向で話がまとまっていく
花丸が言うように
ルビィが言うように
ダイヤはそれを喜んでくれるかもしれない
あとは、ダイヤの反応に対して
私がすぐに強く出ないように我慢する
ダイヤが引き留めてくれないからって
ざわついてしまった昨日みたいに。
善子「……はぁ」
今から早まっていく心臓
ちょっと痛くさえ感じそうな胸に手を当てて、ため息をつく
しかし、私の不安をよそに
昼休みの教室に――生徒会長の呼び出しがかかった ―生徒会室―
ダイヤ「すみません、お呼び立てしてしまって」
善子「いや、別にいいんだけど……」
本当は全く良くない
昼休みは購買に行かないといけないのに
それができない
時間次第ではお昼が無くなってしまう
でもだからって蔑ろにしてたらいつもと同じ
だから、我慢して付き合う
善子「呼び出されるようなこと、した覚えはないわ」
善子「確かに生徒会長から見れば不良生徒かもしれないけど」
善子「私はなにもやってないわ」
ダイヤ「いえ、何か悪いことがあったとかではなく」
ダイヤ「ルビィが、お昼は購買で購入している。というものですから」
ダイヤ「その……ご一緒にいかがでしょうか」
ダイヤ「と……思ったもので」 ダイヤ「もちろん、迷惑でなければ……」
ダイヤ「ぜひ、ご一緒していただければと」
善子「……そういうこと」
ダイヤの背中に隠れて見える包みが一つ
ダイヤの手に支えられ、向けられる包みが一つ
購買で買っているからと
わざわざ、用意してくれたのだろう
でも、なんで? と
私が疑問に思ったのを感じたのか
ダイヤは手にした包みを机の上に置く
ダイヤ「昨日、手を止めていたことを善子さんは邪魔になっていると言いましたわ」
ダイヤ「わたくしはそれを否定したものの、自分の仕事だからなどと言って」
ダイヤ「思えば、まるで善子さんが不要だと言っているようなものでした」
ダイヤ「手を止めていたのはわたくしなのに……まるで、善子さんが悪者のようになってしまった」 ダイヤ「嬉しかったんです」
ダイヤ「手伝いに来てくれたこともそうですが……なによりお話してくださることが」
ダイヤ「手を止めていたのは、わたくしがそちらに集中したかったというだけ」
ダイヤ「本当は、もう少しお付き合いして欲しいと思っていたんです」
でも、善子は帰ると言ったから
邪魔をしているのではないかと不安に思っていたから
それを助長してしまうのではないか
善子の時間を邪魔してしまうのではないか
逆に不安に思って、ダイヤは引き留めることをしなかった
ダイヤ「……その結果が、昨夜のことですわ」
ダイヤ「ルビィに聞いたでしょう?」
善子「え……あ」
善子「あの時居たの?」 ダイヤはちょっと照れくさそうに笑って、頷く
ルビィが一瞬、変な反応をしたのは
ダイヤがそこに来たからか、何かを言ったからだ
善子「それで、弁当を用意してきた。と」
ダイヤ「簡単に言えば、そうですわ」
善子「……なにそれ」
悪いのはこっちなのに
勝手に来て、勝手に話して
勝手に癇癪起こして帰った馬鹿はこっちなのに
なのに……
ダイヤが悩んで、弁当なんか用意してきて
善子「悪いのは私なのに」
善子「私が、ダイヤと近づきたいって思ったからなのに」
善子「……気を使わせて」
ダイヤ「そんなことありませんわ」
ダイヤ「わたくしも、善子さんとは仲良くしたいと、思っていたんです」 ダイヤ「でも、意識してしまうと何をどうしたらいいか、分からなくなって」
ダイヤ「善子さん善子さん善子さん」
ダイヤ「そう、意識しすぎてしまったのかもしれません」
ダイヤ「目を合わせる事すら気まずくなってしまって」
ダイヤ「ふふっ……バカみたいですわ」
善子「ほんと、バカみたい」
二人して、笑う
意識しすぎて空回り
あの金持ちのせいだと、八つ当たり
善子「お昼、食べたいわ」
善子「今から購買なんて行ってられないし……ありがたく戴かせて」
ダイヤ「ええ」 旧綱元黒澤ダイヤ
そんな人が持ってくるには意外と質素な内容だった
汁が出てくることを考えてか
小さなカップに入れられた煮物
肉団子とか、お浸しとか……定番の卵焼き
でも、一つ一つがしっかりと作られていて、美味しい
卵焼きも、しょうゆとかを持ち込まないためか、
少し濃い味に作られていて、美味しかった
善子「ダイヤのお弁当って誰が作ってるの?」
善子「お母さん?」
善子「もしかして……メイドとか?」
ダイヤ「基本的にはお母様ですわ」
ダイヤ「どう? 口に合いますか?」
善子「ん。美味しいわよ」
善子「こういうの食べちゃうと、購買に戻りたくなくなるわね」 ダイヤ「そ、そうですか?」
ダイヤ「それならよかったですわ」
くっと胸に手を当てたダイヤは
安堵したように息を吐いて、微笑む
購買に行く時間を奪って勝手に用意した弁当な分
口に合わなかったらどうしようかと不安だったのかもしれない
そんな心配いらないくらい、美味しいけど
家独特の味もあるし心配にはなるのかもね
ダイヤ「善子さんはいつも購買なんですの?」
善子「大体購買ね」
善子「たまに、作ってくれることもあるけど」
善子「忙しいみたいで、なかなか作れないみたいなのよ」
仕事が忙しいから仕方がない
無理に作ってくれようとしているときもあったけど
流石に悪いから、購買で良いって断った
善子「購買で良いって言ったのは私だから、それでいいんだけどね」 善子「毎回こうやって食べられるのは、ちょっと羨ましい」
ダイヤ「よ、善子さんっ」
善子「えっ、なっなに?」
急な大声に、思わずビクつく
真面目なダイヤのことだから
仕事が大変なのに無理を言うべきじゃないとか
なんかそういうこと言われるのではと、邪推する私
その一方で、ダイヤは箸を両手で握りしめて
ダイヤ「よろしければ……わたくしがご用意しても……?」
善子「えっ?」
ダイヤ「………」
善子「ほ、本気?」
ダイヤ「……はい」
小さな、声だった
目はそらされているし、長い髪が陰になって表情は見えない
ダイヤ「も、もちろん。ご迷惑でなければ。という話で……」
ダイヤ「善子さんがもし、今後もお弁当を戴きたいというのであれば」
ダイヤ「わたくしの卒業までとはなりますが……その、ご用意させていただければ。と、思って」 善子「なんで?」
善子「なんで、そんなことしてくれるわけ?」
善子「そこまでする義理は、ないんじゃないの?」
ダイヤ「なぜ、でしょうね」
ダイヤ「善子さんが嬉しそうに食べてくれるから」
ダイヤ「善子さんがいつも購買だという話だから」
ダイヤ「食べられるのが羨ましいと言うから」
ダイヤ「……いえ、それもありますが」
ダイヤは困ったように笑う
巧く言葉を選べないのは、ダイヤもだと感じた
ダイヤ「結局のところ、切っ掛けが欲しいのです」
ダイヤ「善子さんとつながることのできる、切っ掛けが」
ダイヤ「毎日とは言いません」
ダイヤ「ですが、一日、二日はこうしてお付き合いして頂ければ、良いなと」
ダイヤ「鞠莉さんに不仲と言われたことが理由ではありますが」
ダイヤ「ぜひ、仲良くしたいんです」 つまり、ダイヤは私が喜ぶことをしたいって思ってる
私がお弁当を喜んだから
それをやろうとしてくれてる
歩み寄ろうと、してくれてる
でも……
善子「なんていうか、不器用ね」
ダイヤ「不器用……ですか」
善子「だってそうでしょ。仲良くなるためにお弁当用意するとか」
善子「ただ仲良くなりたいっていうよりずっと大変じゃない」
善子「しかも、その過程でさらっと仲良くしたいって言えるんだから」
善子「そんなことする必要なんてない」
善子「……ダイヤは、優しいんでしょ」
善子「私が羨ましいって言ったから、やってくれようとしてるんでしょ?」
善子「……迷惑にならない?」
善子「お金かかるし、大変なんじゃない?」
善子「私と仲良くなるって、それくらいの価値がある?」 不器用なのは、どっちなのか
余計なことを言ってしまう口
ダイヤは眉を顰めて、困り顔
それはそうだ
こんなこと言われたら誰だって、困る
でも、ダイヤはそうですわね。と笑う
ダイヤ「わたくしにとっては、高校時代のとても価値あるものだと思っています」
ダイヤ「何より、ここで善子さんを手放せば後悔する」
ダイヤ「善子さんは、わたくしと仲良くなるのは嫌ですの?」
善子「そんなわけ、ないでしょ」
善子「私も、仲良くしたいとは思ってる」
善子「でも、ダイヤの迷惑にはなりたくないから」
ダイヤ「気にしないでください。わたくしがやりたくてやることですから」
ダイヤ「迷惑なんて全くありませんわ」 ダイヤの満面の笑みは正直で、
その言葉が全く嘘ではないことを示していて
ありがたくも、申し訳なく感じて。
自分でお弁当を作れるようになろうかと……考える
ダイヤ「どうですか?」
善子「……ん」
ニコニコ見つめられると、口にしにくい
夢の中の大胆さがあればよかったのにと、
奥手な自分に悪態をついて、ダイヤを見る
善子「……おかわり」
食べたいとは言えなくて、お願いとは言えなくて
おかわり。なんて曲がり道
けれどダイヤは分かってくれたらしい
ダイヤ「はい」
にっこりと、頷いてくれた
その瞳がまぶしくて、目を逸らした 善子「ご馳走様」
ダイヤ「お粗末様でした」
善子「お弁当箱は洗って返すわ」
善子「それくらいはさせなさいよ?」
ダイヤ「ええ、お願いします」
弁当箱を包んで、脇に置く
昼時の生徒会室という
ちょっと特殊な状況に緊張しそうな息を吐く
善子「それにしても、ダイヤのお母さんって料理上手なのね」
善子「美味しかったわ。ほんと」
善子「うちは休みの日くらいしか作って貰えないというか、作る時間がないから」
善子「より感じるっていうのもあるかもだけど」
ダイヤ「家が近所なら、通ってあげたい感じですわね」
善子「何言ってんのよ」 ダイヤ「あら、ご存じありませんの?」
ダイヤ「世話焼きの幼馴染ですわ」
善子「あー知ってる」
善子「所謂負け属性ってやつでしょ」
ダイヤ「まっ……」
ダイヤ「負けませんわっ」
変に意地を張ったダイヤの反論
ダイヤは違うから平気でしょ。と
宥めるように切り返して、苦笑する
ほんと、変なところにまじめで……ちょっと面倒くさいんだから
言いたくなるけど言えない思いを飲み込む
善子「まぁ……その」
善子「これからよろしくね、ダイヤ」
ダイヤ「ええ、こちらこそ」
二人きりで決めた、二人のランチタイム
ダイヤの持ち込む弁当が、実はダイヤが作ってきていたものだと知るのは
ダイヤと私が付き合っているのではないかと言う噂が立ち始める数か月後のことだった 善子とダイヤが仲良くなるところまでなので
これで、ヨハネの物語はおしまい
少し長くなったけどここまでお付き合いありがとうございました 更新ボタンを押す手が止まらないSSでした
ありがとうございます すごく…良い…
なんというか、言葉で表せないんだが、綺麗だ。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています