【SS】 よしルビQUEST
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善子「A42tc5=ΩtWin21liguLl……」
ルビィ「……」カリカリ
善子「そこから外側に円を作って、チョークは赤色ね」
ルビィ「……」カッカッカッ…
善子「そう、その調子……ルビィ、貴女円を描くの上手ね」
ルビィ「えへへっ…そうかなぁ」
善子「はいそこでストップ、これで陣は完成よ……最後に」
ルビィ「真ん中のお皿に」ピッ
善子「お互いの血を一滴」ツゥー
ポタッ……
善子「さあルビィ、準備はいい?」
ルビィ「うん」
善子・ルビィ「……汝、常世の国に在らずレば。 我、現世にて己が姿をミたりて。」
故有りし世に糸重ね、一輪自≪かかぐ≫り下思ひて。 響かせたまへ
我、張り者也─── ルビィ「──ストロベリームーン?」
善子「そ、ルビィもよく聞かない?」
ルビィ「そういえば、最近ネットでよく見るね」
ルビィ「お月様が赤くなるんだっけ? ロマンチックだよね」
善子「そうそう、それのことよ」
善子「あと二、三ヶ月もすればここでも見られるそうよ、その月が」
ルビィ「へえ〜…善子ちゃん、詳しいんだね」
善子「……別に? ほら私は流行に敏感だから」 ルビィ「えへへっ、そっか」
善子「ルビィも少しは知っておいた方がいいわよ」
善子「音楽やアイドルにだって流行り廃りはあるんだから」
ルビィ「うん、分かってる」
ルビィ「だから善子ちゃんがルビィに教えてくれたらなぁって」
善子「何言ってんのよ全く…甘えないの」
ルビィ「ごめんなさい」クスッ 善子「でもまあ? そこまで頼りにしてるっていうなら、教えてあげなくもないわよ主として」
ルビィ「善子ちゃんってあんまり素直じゃないよね」フフッ
善子「悪かったわね素直じゃなくて」
ルビィ「ううん、ありがとう」
ルビィ「でもたまにはルビィだけで考えなくちゃね…あっ、もう少しで授業が始まっちゃう」
ルビィ「急ごう善子ちゃん」タッ
善子「……もっと頼ってくれてもいいんだけどね、私は」スタスタ ─
ストロベリームーン。 最近になってメディアが取り上げはじめて、よくその名前を目にする
一年に一度というワードで、ああ、その手のやつかと内心呆れはしたけど
パワースポット信仰が未だに根付いているこの国で、宇宙に関する神秘が絡んだものを噂で流せば
確かに食いつきはいいんだろうなと感心もした。 ましてや月、満月だ。
人はロマンチストのくせして割とドライなところがある、夢があるものでもお手軽にパパッと済ませたいものなのだ。
理想4:現実1の割合を前提に努力しようとするし、だから短い練習法や簡単な生活習慣の改善などが流行ったりする。
最も重要である継続が、大抵この後に抜け落ちてしまうが。
そういう意味でもこのストロベリームーンというものは人々の興味の対象としては絶好なのだろうと、改めて人の移り気の早さに呆然とした。
いや、でもそんなものか。 今私が耽っているこの考察すら
明日になれば空っぽになって消えてしまう、取るに足らないものだしね。 善子「……」トントントントン
ルビィ「……善子ちゃん?」
善子「……」ウーン
善子「はあ……」カキカキ
ルビィ「…どうしたんだろう?」
花丸「さあ…?」 あとはまあ、恋愛の謳い文句としてはありがちな
「見た人に幸せが訪れる」だの「好きな人と結ばれる」だの
そういった“オマケ”まで付いてくるものだから、周りの女子たちも月並みに浮き足立って
教室の中だというのにまるで宇宙に放り出されたような、不思議な違和感がそこら中に漂っていた。
いやほんと、いつの時代も変わらないんだなあって。
さながら俗世の立会人になったような気分。 ただ、さっきから自分は違うとでも言いたげにだらだらと御託を並べてはいるけど
かく言う私もそんな浮かれ者の一人で、つまりは──
気になる子の反応を窺いたい、ということ
いくら堕天使の身とはいえ、恋に溺れてしまってはどうしようもなく
何かにしがみつきたくなることがあっても、それはもう仕方のないことなのよ。 ルビィ「善子ちゃん、、、善子ちゃんってば」
善子「……え? なに」
ルビィ「もう授業終わったよ」
善子「あれ……本当に?」
ルビィ「うん、一緒に帰ろうよ、花丸ちゃんも待ってる」
善子「……そうね」 ===
花丸「でも今日は珍しくボーっとしてたね、善子ちゃん」
ルビィ「何か考えごとでもしてたの?」
善子「ん、まあね」
花丸「ふーん…考え事といえば、クラスの子たちも最近は妙にそわそわしてるよね」
ルビィ「確かにそうかも……あっ、もしかしてストロベリームーンのことかな?」
善子「……」 花丸「すとろべり〜む〜ん? 何ずらそれ」
ルビィ「一年に一度、お月様が真っ赤になるんだって、凄いよね」
花丸「ほえ〜、そんな現象があるんだね」
善子「あんたたちはちょっと世間に疎すぎじゃない?」
ルビィ・花丸「あははは……」
善子(というかそこまで赤く染まらないっていう話もあるんだけど…)
善子(……でも)チラッ
ルビィ「?」
善子(そうなって欲しいという気持ちは、確かに私の中でもあるかもしれない) しかし、巷で人気のスクールアイドルにも専ら関心を寄せられているこの紅い月だが
正式名称は違うという話もあるらしい。
まあ正直私としては、そんなのどうだっていいんだけどね。
だって紅い月というのが、私の好物のイチゴとあの子の髪の色を思い起こさせて
まるで運命みたいだと、私の胸を高鳴らせてくれたから。
そう…たとえそれがこじ付けで些細なことでも、私が一歩踏み出すには十分すぎる根拠だった。 花丸「それじゃあまたね、二人とも」
ルビィ「うん、バイバイ」
善子「また明日」
善子「それにしても、よく懲りずに付いてくるわね貴女も」
ルビィ「そっちのほうが楽しいから」
善子「あっそ」フフッ ルビィ「それに、儀式のほうもあと少しでしょ?」
善子「…ああ、だからね」
ルビィ「うん、でもどうしちゃったの?」
善子「なにが?」
ルビィ「今回のはやけに凝っているなぁって」
善子「…魔力よ、紅い魔力が欲しいの私は」
善子「ならそのチャンスは今しかないじゃない?」 ルビィ「赤……あーそっか、一年に一回しかないんだもんね」
善子「そういうこと、さあ今日もちゃっちゃとやっちゃいましょ」ガチャ
ルビィ「今日はどこまで?」
善子「これを撒くわ、月の欠片」
ルビィ「金粉だよね?」
善子「代わりって意味よ、それから───」
……
… 善子「──うん、こんなものかしらね」
善子「お疲れさまルビィ」
ルビィ「善子ちゃんも」
善子「フフッ…次はいよいよ最終段階よ、心の準備をしておくことね」ハイ
ルビィ「これ、ちゃんと覚えられるかなぁ…?」ペラッ
善子「大丈夫よ、ルビィなら出来るって私は信じているから」
善子(私のやってることにも真面目に付き合ってくれる貴女だもの) ルビィ「ありがとう…ルビィ、善子ちゃんのために頑張るね」ニコッ
善子「…っ……ええ、よろしく」
善子「帰るんでしょ、もう暗いけど大丈夫? 送っていく?」
ルビィ「うん、でも途中まででいいよ」 スタスタ
善子「……ねえルビィ」
ルビィ「なに?」
善子「今日は月が綺麗ね」
ルビィ「えへへっ、そうだねぇ…三日月さん、綺麗な形してるもん」
善子「……うん」 ルビィ「またね善子ちゃん」
善子「はいはい、また明日ね」
善子「……伝わらないか」
善子「花丸から教えてもらったんだけど、あの子知らなかったみたいね」
善子「…やっぱり借り物じゃなくて、自分の言葉で伝えろってことなのかしら」
善子「……まあ、分かってはいたけどね」クルッ
善子「だから今、積み上げてるんでしょ」スタスタ
自分なりの告白ってやつを。 善子「……」ピタッ
善子「…………三日月?」ミアゲ
善子「…おかしいわね、今日は─」
善子「どう見ても満月なんだけど」
善子「あの子の勘違い、なのかしら…」スタスタ
○ === ●/】
ズズズッ…… それから一ヶ月後…
善子「……ふぅ」パタンッ
善子「これで全て滞りなく終わったわ、お疲れさまルビィ」
ルビィ「うん、やったね善子ちゃん」
善子「ええ、あとは実際に効果が現れるまで待つだけね」
善子「あの紅い月を」
ルビィ「でも月の色が変わるときに願いが叶うなんてロマンチックだよねぇ」
ルビィ「儀式っていうより、おまじないみたい」
善子「呼びかたが違うってだけでどっちも同じものでしょ」
善子「まあ言いたいことは分かるけどね」フフッ 善子「さてと、今日も遅くなっちゃったわね」
善子「泊まっていく?」
ルビィ「ううん、大丈夫」
善子「そう、なら今度会う日は来月になるわね」
ルビィ「え?」
善子「二人きりでって意味」
ルビィ「ああ、そっか」 ルビィ「楽しみだね、善子ちゃん」
善子「そうね……ちゃんと起きていなさいよ、迎えに行くから」
ルビィ「うん分かってるよ、連れていってくれるんだよね?」
善子「ええ、曜さんに教えてもらったとても見晴らしのいい丘に」
善子「そこで貴女に最高のものを見せてあげるから」
ルビィ「うん、期待してる」ニコッ
そして私は、この想いを貴女に…… ルビィ「バイバイ、善子ちゃん」
善子「気をつけて帰りなさいよー……さてと」
善子「これでようやく準備が整ったのね、あとは」
善子「私が気持ちを伝えるだけ……」スッ
善子(……家の大掃除のときに埋もれていたのを見つけた、この古い本)
善子(一体いつからあったのか、もうかなりボロボロで相当な年月が経っていることだけは間違いないけど)
善子(何故か儀式の部分と、呪文のページだけは苦も無く読めるくらいには綺麗な状態で保たれていた)
まるで強い念がそこに込められているかのように。 善子「……だからこそ」
善子(これは本物なんじゃないかと思った)
今までの、所詮遊びの範疇でしかなかったものとは違う……何か。
善子(もしかしたら、リスクを伴う危険なものかもしれない…でも)
善子「私は一歩先へ進みたいの、今まで通りの関係じゃない…その先へ」
そうだ、これは願掛けなんかじゃない
私自身が前に踏み出すための、覚悟を示すもの。
善子「私は本気よ……だからお願い、力を貸して」ギュゥ
善子「少しだけでいい、私に…想いを伝える勇気を」
……
… ─それからさらにひと月経って
遂にその日がやって来た。
ストロベリームーン、月が赤く染まる日。
胸の高鳴りを抑えられないまま家を飛び出した私は、愛しのあの子を迎えに行って
二人で一緒に手を繋ぎながら、ゆっくり、でも急かすようにあの丘へと向かった。
その時の気分はまるで、ガラスの靴を与えられたシンデレラのような。
時間の針を背に景色が巡り巡っていく、二人だけの世界。
そう───思っていた。 結論から言うと、想いを伝えることは出来た。
勇気を振り絞って、震える身体を必死におさえながら、彼女に向けていた感情を一つ一つ
力強く、丁寧に。
彼女はそれを静かに聞いてくれていた、私から目を離さずにずっと。
だから私もそれに応えるように、真っ直ぐに向き合って最後まで吐き出し続けた。
言い切った後にはもう息も途切れ途切れで、顔も熱いし、汗だって酷かったけど
優しく微笑むあの子の顔を見たら、なんだかとても安心したの
ああ、よかった。
私はちゃんと気持ちを、伝えられたんだって。 けど
その先が続くことはなかった
告白は
失敗したんだ。 私の想いは彼女に届くことはなく、この日のために積み上げてきた恋心は
夜風と共に攫われ、散り散りになって、そのまま
何もかもが空っぽになった私はただ呆然と、そこに立ち尽くしていて
とめどなく溢れる涙を拭うことすら出来なかった 私はその衝撃を忘れもしないだろう
そう、あの日──空に浮かぶ満月が、紅く染まったあの瞬間
彼女は、黒澤ルビィは私の前から姿を消した。 中国ウイグル族強制収容施設は180か所超存在
催涙ガスにスタンガンと手錠で拷問
「つながりを断て、出自を絶て」 を実践
21世紀のヒトラーこと習近平は 人類の敵です ─翌日
バタン
花丸「……」
曜「どうだった?」ハイ
花丸「誰にも会いたくないって」アリガトウ
曜「…そっか」ズズッ 梨子「赤夜失踪事件…新聞の見出しにはそう載っていたわね」スタスタ
曜「梨子ちゃん」
梨子「ごめんね、遅くなって」
梨子「善子ちゃんは…その様子じゃ駄目だったみたいね」
花丸「うん…」
曜「無理もないよ、私…よく相談に乗ってたから知ってたけど」
曜「よりにもよってあの日に、自分が想いを伝えようとした日に好きな人がいなくなったんだよ」
曜「しかも自分の目の前で」
曜「私が同じような立場でも…耐えられないと思う」 梨子「……そうね」
曜「あれ、そういえば千歌ちゃんは?」
梨子「今ダイヤさんに連絡してる」
曜「……止めなくてよかったの?」
梨子「こうして大々的に一つの事件として扱われている以上、知ってしまうのも時間の問題よ」
曜「そうかもしれないけど……」 花丸「……教えておいたほうがいいよ」
曜「花丸ちゃん?」
花丸「辛いかもしれないけど、何にも気付かないまま自分だけのうのうと過ごしていた…なんて知ったら」
花丸「きっと後悔すると思うから」
梨子「……千歌ちゃんも似たようなことを言っていたわ」
梨子「曜ちゃんごめんなさい、さっきのは言い訳だったの…本当は」
梨子「止められなかっただけ」
曜「梨子ちゃん……」
「…………」 曜「ねえ、これからどうする?」
花丸「マルはここにいるよ」
花丸「善子ちゃんのことが心配だから」
「そういうことなら中に入っていきなさい」
梨子「あっ」
善子母「いつまでもそんなところにいると風邪引いちゃうわ」
曜「いえ、でも」
善子母「それにずっと玄関前に居られても目立つから、ね?」
梨子「…お邪魔させていただきます」 ─
善子母「ごめんなさいね、粗末なものしかなくて」コトッ
曜「そんなっ、気にしないでください!」
曜「むしろ押しかけてるこっちが悪いといいますか…!」
善子母「いいのよ気にしなくて」
善子母「あの子のために、来てくれたんでしょ?」
曜「…………はい」 花丸「…でも、善子ちゃんは、会いたくないって言っていました」
善子母「部屋から出たの?」
花丸「はい、チャイムを鳴らしたら少しだけドアを開けて…マルと話をしてくれました」
善子母「…そう」
花丸「隙間越しにしか見れなかったけど、髪はボサボサで、目も真っ赤で」
花丸「酷い顔でした」
梨子「ちょっ、花丸ちゃんっ……」
善子母「でしょうね」フゥーッ 善子母「一応食事はとっているんだけどね、基本は部屋に籠りっぱなし」
善子母「でもそう…あなた達の呼びかけには答えてくれたのね」
梨子「……あの、お母さんは善子ちゃんのこと、どこまで」
善子母「全部知っているわ」
「!!」
曜「全部って…」
善子母「ルビィちゃんはよく家に遊びに来ていたし、善子の悩みも聞いていたからね」 善子母「だからあの子が、昨日深夜に家を出るって言っても止めなかったし」
善子母「ルビィちゃんの親族にも私から説得した」
梨子「…………」
善子母「その後大泣きしながら抱きつかれたときはどうしたのかと思ったけど」
善子母「あの子が自分の口から全部、説明してくれたわ」
曜「…………」
善子母「それからは疲れ切って昼まで就寝、後はあなた達も知ってる通りの有り様よ」
善子母「部屋から一歩も出ずにずーっと…パソコンの画面と向き合ってる」 花丸「……パソコン?」
善子母「それと新聞、さっきもね、夕刊を買うために出かけていたの」ガサッ
善子母「はいこれ」
花丸「…まさか善子ちゃん」
梨子「調べているんですか? 事件のこと…」
善子母「ええ、きっと……あそこまで懸命だと私も何も言えなくてね」
善子母「でも心配なのに変わりはないの、だから」
善子母「…曜ちゃん、梨子ちゃん、花丸ちゃん」
善子母「少しお願いしてもいいかしら?」 ─
善子「…………」バサッ…
[赤夜失踪事件]
[先日6月28日深夜にて同時間帯、各地域で複数の女性が行方不明になるという事件が……]
[現在も警察が付近を捜索しているが、未だに誰一人発見されておらず…]
善子「…………」カチッ
[意味分からん、目を離した間に見失ったってだけじゃないのか]
[各地域って言ってるからそれはないでしょ]
[神隠しの類か何か? 最近こういう都市伝説系の事件ってめっきり見なくなったけど]
[つーかこれ確実に未解決事件になるよね、まだどこも足どり掴めてないし] [そもそも原因が原因だからなあ……]
[あと↑の言ってることは間違いだからな、行方不明者は全員消えるところを誰かに見られてる]
[原因って月のことか? あれクソ怪しいもんな、連続じゃなくて一気に行方不明だし]
[しかも行方不明者が出てるの関東だけとか不気味すぎだわ、日本各地じゃなくて関東限定っていうのがほんと怖い]
善子「っ!?」カタカタ [それマジ? ソースどこよ]
[色んなところで拡散されてて話題になってるだろ、自分で調べろ]
[ニュースになった後にかなりの証言出てるぞ、こっちではそんな事件起きてないって]
[実際俺も彼女と外にいたけど何も起きなかったしな、ちな広島]
[隙あらば自分語り]
[ちょっと待て、関東だけじゃないぞ、確か中部のほうにも被害報告あったろ]
善子「………!」タンッ
[静岡は入ってたな] [あ、そうなの? でも九州東北あたりはマジで知らないらしいな]
[今のところ確定してるのは?]
[さっき上でも出てたけど静岡、東京、神奈川、長野、群馬あとは知らん]
[ちょうど日本の真ん中あたりか……何かありそうだな]
[こんなん陰謀論不可避ですわ]
[何でもいいから早く解決してほしい、俺が推してたスクールアイドルのメンバーも巻き込まれたっぽいし]
善子「……え…」 [は? スクドルもやられてんのかよ…]
[まだ断定は出来ないけど、今日発表予定だった新曲の情報も来てないし]
[グループ全員ツイートしてないからな、もちろん返事も無し]
[昨日月を見に行きますって呟いてからそれっきりだ]
[うわあ…もう黒じゃんそれ]
善子「……調べなくちゃ」カタカタカタ
[公式垢貼ってくれ、気になる] [ほら、凸はするなよ]
https:☆//twitter★○○××△△ーー
善子「……よし」
コンコン
善子「! ……ママ?」
花丸「ううん、違うよ」
善子「…まだ帰ってなかったのね」 善子「会いたくないって言ったでしょ」
花丸「放っておけないから」
善子「……いいから帰ってよ」
花丸「そこまで言うなら出ていってもいいけど」
花丸「夕刊、欲しくないの?」
善子「! あんたなんでっ」
花丸「どうする? このままじゃ渡せないよ」 善子「っ…」ガチャ
花丸「二人とも、今ずら」
バアンッ!
善子「!? な…」
梨子「曜ちゃん勢いつけすぎ、ドア壊れちゃう」ガシッ
曜「ごめん、力入れすぎた」タハハ
善子「あなた達ねえ、どういうつもりよ…!」
梨子「貴女のお母さんから清潔にしてくれって頼まれたのよ」
善子「はあ!?」 曜「そういうことだから、はいお風呂場に直行ー」ズルズル
善子「離しなさいって! こんなことしてる場合じゃ」
梨子「いいから入りなさい、はいバンザイして」
善子「勝手に脱がすな!」
ギャーギャー
花丸「あれなら多分大丈夫だと思います」
善子母「ありがとう、これで多少はマシになるわね」
善子母「さてと、私は夕飯の準備をしなくちゃね……食べていくでしょ?」
花丸「じゃあお言葉に甘えて」 ─
曜「ただいま終わりました!」ケイレイッ
梨子「ちゃんと隅から隅までしっかり綺麗に洗いましたから」ニコッ
善子母「あらほんと、良かったわね善子」
善子「…………よかないわよ」ムスッ
善子母「でも少しはさっぱりしたんじゃない?」
善子母「身なりが汚いと心のほうまで沈んじゃうものよ」
善子「……別に」 善子母「そう、まあいいわご飯出来てるわよ座って」トントン
善子母「二人も食べていって」
曜・梨子「ありがとうございます」
善子「…………」
善子母「はい善子」
善子「……うん」 善子「ご馳走様」パンッ
善子母「はいお粗末様、ちゃんと残さず食べたわね」
善子「当たり前でしょ、じゃあ私部屋に戻るから」ガタ
善子母「それは駄目よ、あそこは今から私が掃除するから」
善子「は?」
善子母「空気の入れ替えとごみをまとめるだけよ、余計なものには手を出さないわ」
善子母「そんなに手間はかけないから安心しなさい」スタスタ 善子「勝手なことばかり…」
花丸「そうかな」
善子「なによ」
花丸「善子ちゃんに比べたらそれほどでもないと思うけど」
花丸「勝手に学校休んで部屋にこもってお母さんやマルたちを心配させてさ」
善子「…………」
花丸「…相談してよ」
花丸「ルビィちゃんのこと、マルたちが気にしてないとでも思っているの…?」
善子「…………ごめん、なさい」 梨子「花丸ちゃん、それくらいにしておきましょう」
花丸「……ん」
梨子「はい善子ちゃん、これ今日の夕刊ね」
善子「…ありがと」
曜「ねえ、何か分かったこととかある?」ズイッ
善子「…この事件、一部の地域でしか起きていないみたい」バサッ
善子「具体的に言うと私たちが住んでいる中部、関東あたり……それと」
善子「消えているのは学生ってことね、ほら」 曜「なになに──[標的は学生? 相次ぐ失踪者に迫る]……か」
善子「話によるとスクールアイドルも巻き込まれたって噂があるわ」
梨子「え!?」
花丸「それって本当に」
善子「可能性は高いわ」
善子母「善子ー、もういいわよ」
善子「丁度いいタイミングね、ちょっと来て」 善子「さっきSNS上のやり取りで偶然見かけてね」
善子「これがそのスクールアイドルの公式アカウントよ」カチカチッ
善子「貴女たちが来る前、私も調べようと思っていたの」
梨子「……確かに昨日の日付から更新が止まっているわね」
曜「うん、少し遡っても頻繁に更新してたことが分かるし、いきなり止まるのは不自然かも」
善子「ええ、だから彼女たちも恐らくってファンの人は言っていたわ…ただ気になるのは」
善子「どうして女性だけが被害に遭っているのかってところだけど」 梨子「けれど神隠しって大体子供か女の人が攫われてるものじゃない?」
善子「そうかもしれないけど、どこか引っかかるのよ」
善子「何か、見落としているような…」
花丸「見落としって言っても…」ウーン
曜「……お迎え、とかだったりして」
善子「え? どういうこと曜さん」
曜「ああでも、やっぱりそんなわけないよね」
曜「流石に妄想が過ぎる気もするし……」
梨子「妄想って、何を思い浮かべたの曜ちゃん」
善子「何でもいいから話してくれないかしら? もしかすると手掛かりになるかもしれないし」 曜「えっと、笑わないで聞いてよ?」
曜「昔話にかぐや姫ってあるでしょ? なんかそれに似てるなあって思ったんだよね」
花丸「かぐや姫、竹取物語のことだね」
善子「この際名称はどっちでもいいわ、それで?」
曜「うん、かぐや姫の後半に月から使者が迎えに来る場面があるよね」
曜「今回の事件について考えてたらそれを思い出しちゃって」
善子(迎えに来る……か)
梨子「確かに赤かったとはいえ事件が起きた日も満月だったわね」 梨子「でもよく思いついたね曜ちゃん」
曜「いやそんなに大したことじゃないよ、昔千歌ちゃんたちとよく読んでたから」
曜「頭の中に染みついてたってだけだし」
梨子「そうなの?」
花丸「竹取物語では終盤で出てくる不老不死の薬を焼いた山のことを」
花丸「不死の山、不死山と呼んで綴られているずら、つまりこれが富士山の名前の由来とされているの」※
花丸「そしてその富士に近い静岡県民からすれば、竹取物語はほかの昔話よりもずっと有名だったりするんだよ」
梨子「へえー…なるほどね」
※名前の由来は諸説あります 曜「まあそれは一旦置いといて、どうかな善子ちゃん」
曜「何か参考になったりとか」
善子「そうね、確かに状況が似てるし…そのかぐや姫を学生に置き換えるとしっくりくるところもあるわ」
─でも、多分たまたま似通っただけで、直接的な関係はないだろうけど
善子(…………え? 何……)
善子(今…どうしてそう思ったの私は……?)
花丸「善子ちゃん?」
善子「…ううん、何でもないわ」 善子「となると、迎えに来る側も存在するってことになるわね」
善子「で、それに当て嵌まるのがここでいうところの神隠しで、攫う方」
善子「図式としては大体そんな感じで納まりがきくと思うわ」
曜「えーっとつまり…」
善子「つまりこの推測で話を進めるなら、この赤夜失踪事件は偶然ではなくて」
善子「何者かによって“意図的に”行われたものになる」
梨子「分かっててやったってこと? 偶然その日に攫われたんじゃなくて」
曜「誰かが敢えてその日を狙ってやった……?」 花丸「でもそんな突拍子もない…」
善子「ええ、これはあくまで私たちの中で出た推論…想像の範囲内でしかないわ」
善子「曜さんの言った通り、今の時点ではただの妄想ね」
善子「だからそれが正しいか間違っているか知るためにも、もっと情報が……!」クラッ
花丸「善子ちゃん!」ダキ
善子(やば……目が重くなって…)
梨子「…今日はここまでね、続きはまた明日にしましょう」ガタ
曜「だね、花丸ちゃんはそのままベッドまで運んで」
花丸「う、うん」 善子「ちょっと待…」
梨子「駄目よ、大人しく寝なさい」
梨子「善子ちゃん、疲れを取らないと頭だって回らないわよ」
曜「そういうこと、大丈夫、私たちも色々調べてみるから」
善子「……分かったわよ」
曜「うん、じゃあまた明日ね」バタン 花丸「よいしょっと…ここでいい?」
善子「うん」
花丸「じゃあマルもそろそろ帰るね」
善子「……花丸」
花丸「なに?」
善子「…今日はありがと」
花丸「どういたしまして」クスッ
花丸「またね、善子ちゃん」 バタン
善子「……はあ」ゴロン
善子(突拍子もない、か……でも)
善子(何でかそうは思えないのよね)
善子(どうしてそんなことが言えるのか、私にも、分からない…けど……)
善子「……あ、だめだ……ねむ…」ウトウト 安心なのか疲れなのか、はたまたその両方か
布団の中に入るととてつもない眠気に襲われて、私は促されるまま瞼を閉じた。
そのときふと横目で見た月の光が、私を誘っているようにも見えて
何故か私はそれを、とても懐かしく感じたの。 ─翌日
善子「……んぅ……眩し」モゾッ
善子「……朝……昼……どっち」ゴソゴソ
善子「……11時35分……か」
善子「休日でよかったわ……っと」
善子「顔洗ってこよ」フワァ 善子「……」
善子母「おはよう善子、その様子だとぐっすり眠れたみたいね」
千歌「こんちかー」テヲアゲ
善子「…最近は客人が多いわね、優良物件なのかしら」
千歌「いやそうでもないと思うよ」
善子「失礼ね、っていうか真面目に返さなくてもいいわよ」
千歌「あははごめんね、なんか顔見たら安心しちゃって」
善子「そう、悪かったわね心配かけて」 千歌「うん、本当に心配だったんだから」
善子「……」
千歌「まあそんなことよりも善子ちゃん」
善子「なに?」
千歌「今すぐ出かける準備してくれないかな? それまで待ってるから」 善子「出かけるって……どこに」
千歌「私の家、もうみんな集まってる」
善子「…何かあったのね?」
千歌「うん、例の事件に進展があった」
善子「!!」
千歌「詳しいことは部屋で話すよ」 ─
千歌「皆お待たせー連れてきたよー!」ガチャ
曜「お、やっと来た」
梨子「随分遅かったのね」
千歌「いやー善子ちゃんがなかなか目を覚まさなくってさー」アハハ
善子「悪かったわね、お寝坊さんで」
花丸「ううん、寧ろいいことだと思うよ」 梨子「さてと、全員そろったことだし早速話しましょうか」
善子「でも俄かには信じられないわね、ここに来る途中千歌さんに少し聞いたけど」
善子「行方不明者が見つかっただなんて…本当なの?」
曜「うん、まずはこれを見てよ」ピッ
善子「この映像は?」
曜「今朝放送されたニュース、録画してくれてたんだって」 [本日午前6時40分頃、山梨県南部町にて消息不明と思われていた五十嵐恵子さんを発見、無事保護されました]
[続きまして長野県茅野市……]
善子「!」
曜「昼になった今でも発見の報告は続いているって、次はこっち」
善子「……これ、昨日の」
曜「そう、善子ちゃんが見せてくれたスクールアイドルのアカウントだよ」
曜「このグループはメンバーの一人が巻き込まれていたみたい、でも今日見つかったそうで」
曜「そのことについて報告するために再浮上したって感じだね、見てよこの呟き」
曜「もの凄い勢いで拡散されてる」 善子「…今日の朝から見つかったの? 昨日は?」
梨子「夜中まで起きてたけど発見の報告は無かったわね」
梨子「でも一つ分かったことが」
善子「何?」
梨子「被害に遭った県について、善子ちゃんが聞いた話だと合計5つだったみたいだけど」
梨子「実際の所まだあったみたい、昨日の夜の報道でそれが確定されたわ」
梨子「で、最終的に事件が起きた場所は」
梨子「長野、静岡、山梨、群馬、神奈川、埼玉、東京、愛知、この8つ」 善子「……」
千歌「このうち群馬と埼玉、あと東京は行方不明者がほとんど見つかったみたい」
曜「その3つほどじゃないにしても、静岡だって保護されてる人は出てきているし」
曜「この調子ならもしかするとすぐに終わるかもしれないよ」
梨子「ええ、昨日の夜の時点だと被害に遭った場所がひと塊になっていて他は無害って状態だったから」
梨子「その段階では善子ちゃんみたいな考えを持ってる人、国家陰謀論を提示する人」
梨子「タイムスリップ説、異世界転生説、宇宙人黒幕説なんかがネット上で飛び交っていたけど」
梨子「どれも全部杞憂で済みそうね」 善子「……ルビィは、見つかったの?」
千歌「それはまだ…だけど」
千歌「でもきっとすぐに見つかるよ! 大丈夫!」
善子「……」
善子「一つ、気になることがあるんだけど」
善子「その行方不明者たちって戻ってくるまでの間に何があったの?」
曜「え?」 花丸「……何もないずら」
善子「本当に?」
花丸「うん、正確には“何も覚えていない”だけど」
善子「…奇妙ね、全員そうなの?」
花丸「マルが知っている限りではね、見て善子ちゃん」カチカチッ 花丸「行方不明者が見つかった後、今度はそれが話題の渦中になってる」
善子「……思い出そうとしても思い出せない、ね」
善子「一時的なショックで記憶を失っているのか、それとも誰かに消されたか…」
善子「もし後者が当て嵌まるなら……」
花丸「…どっちにしても行方不明者が全員無事に保護されましたってだけじゃ、当分話は終わらないと思う」
花丸「この事件…まだまだ荒れる気がするずら」 ここまでです、次の更新は明日か明後日あたりになると思います。 千歌「そんな…」
花丸「い、いやマルが言ったのはあくまで話題性ってだけでその…」
善子「そうね、特に問題なく終わる可能性もある、それよりも」
善子「今はルビィが帰ってくるかどうか、そっちのほうが気がかりだわ」
善子「ねえ、他に何か気になった点とかないかしら?」
曜「いや。特には…」
梨子「ないわね……」 善子「そう…なら今日はこの辺りにしましょう」
善子「みんな今日はありがとね」
千歌「ううん、また何か分かったら連絡するね」
善子「よろしくお願いね、私も家で色々調べてみるわ」
善子「それじゃまたね、お邪魔しました」ガチャ
バタン ======
善子「…………」スッスッ
善子「…被害者の数はおよそ400…うち半分が保護」
善子「残りは未だ捜索途中か…」カチッ
善子「……ん? 誘拐犯はロリコン? 何これ」
善子「…ああ成程、被害者に幼い顔つきの子が多い、か、ら……!」
善子「なによこれ、偶然よね…」 善子(最初に見つかった人から徐々に、そういう子の割合が増えてきている…)
善子(まるで少しずつ的を絞っていくように……特徴に当て嵌まる人物を)
─ 選別 ─
善子「! また…何なのよ……!」
善子「……けど、この予想がもし当たっているとしたら」
善子「もしかしたらルビィは…っ…」
善子「…馬鹿なこと、考えてるんじゃないわよ」
善子「そうよ、まだそうだって決まったわけじゃない」
善子「決まったわけじゃ……!」 しかしそれから数日が経過しても、やはりというべきなのか
黒澤ルビィは帰ってこなかった
なおその間も捜索は続き、その結果
神奈川、山梨、長野、愛知の被害者も全員無事に保護されたらしい
400人余りが同時間帯に失踪するという不可解極まりない事件でありながら
進展の早さは他の未解決事件の比ではなく、間もなく収束を向かえようとしていた
だけども、私にはそれが安心出来る知らせとはとても思えなくて
寧ろ、終わりではなくこれから何かが始まるような…そんな予兆さえ湧いてくるほどの
そんな得体の知れない不安感が私の心を渦巻いていたの。
そう、まだ終わっていないって…… ─それからさらに数日が経って
善子「……やっぱり」
善子(中学生、小学生、顔つきもそうだけど)
善子(体型も段々近くなっているような気がする)
善子「あの時の私の考え、間違ってなさそうね…でも」
善子「仮に選んでいたとして、どうしてそんなことをする必要があるのかしら…」
ブーッ ブーッ
善子「はいもしもし」
「もしもし善子ちゃん!? 大変だよ!」 善子「? 花丸、大変ってなにが」
「いいからテレビつけて! 早く!」
善子「まあいいけど」ピッ
善子「……っ…! 何よこれ」
「……見た?」
善子「…ルビィはまだ帰ってきていないはずでしょ、それなのに何で」
善子「どうして事件が解決したことになってるのよ!!」 ……
千歌「ダイヤさんに聞いたんだけど、3日前の時点でルビィちゃん以外の人は全員見つかっていたんだって」
千歌「でもそれから数日掛けてもルビィちゃんだけは見つけられなくて…」
善子「打ち切ることにしたの?」
千歌「表面上はって言ってた、捜索自体はまだ続けるみたい」
善子「…収拾をつけるためにってわけね」
善子「実際たった一人だけ帰ってきていないなんてことが周囲に知れたら」
善子「まず報道陣は黙ってはいないでしょうし」 千歌「ネットのほうはまだ荒れてるみたいだけど」チラッ
善子「放っておけばいずれ鎮火するわよ、いくら騒いだところで話題が何もなければ勝手に離れていくから」
善子「そういう意味でもメディアの方を先に手籠めにしたのは流石といえるわね」
千歌「……手籠めって」
善子「黒澤家が圧をかけて言わせないようにしてるんじゃないの」
善子「ダイヤから話を聞いたってことはそういうことでしょ」
千歌「…ルビィちゃんを守るためだよ、それは」
善子「…ごめん、言い過ぎた」 千歌「…あっそうだ、善子ちゃんに渡すものがあるんだった」
善子「?」
千歌「えっとね、梨子ちゃんと曜ちゃんが作ってくれたんだけど」ハイ
善子「静岡県、事件の中心説…」
千歌「SNSのほうでも結構騒がれてるみたいで、二人が調べてその要点をまとめてくれたの」
千歌「それで何か心当たりがないか聞いてみてって」
善子「私に?」
千歌「うん、なんか複雑な顔してたよ梨子ちゃん」 千歌「私の思い違いならそれでいいんだけどって」
善子「リリーが……」カサッ
善子「…………」
善子「─! …ぁ……」
善子「私…どうして今まで……」
千歌「善子ちゃん?」
善子「…ごめん、今日はもう帰るわ」ダッ
千歌「えっ!? ちょっと善子ちゃん!」
千歌「……本当に、そうなの?」 善子「はぁっ…はぁっ……!」タッタッ
[いい善子ちゃん、まずはこの説が出回っている理由を挙げていくわね]
[一つ目、行方不明者が最後まで残っていたのが静岡県だということ]
[まあこれは結構単純だね]
善子「はあっ…!」タッ [二つ目、被害者が保護された順番と場所の関連性]
[これは群馬、埼玉、東京の三つは人数が少なく、そのうえ比較的早く解決した一方で]
[神奈川、山梨、長野、愛知の四県はそれらよりも人数が多く、捜査に時間が費やされたことについての憶測ね]
[この違いは静岡に隣接している県とそうでない地域で]
[被害状況が大きく異なっているから、それでここに影響性があるのではと指摘されているの」
[つまり事件の中心部である静岡に近いから、被害も大きかったんじゃないかってことね]
善子「どうしてっ……!」 [そして三つ目、口封じ]
[千歌ちゃんから話は聞いたと思うけど表面上捜査は打ち切り、事件は解決したということになったわ]
[でもどうしても漏れてしまうものね、解散したとはいえAqoursはまだそれなりに知名度があるみたいで]
[ルビィちゃんが見つかっていないことについて言及している生徒が出て来たの]
[おかげでネット上は騒然、怪しさに拍車がかかったって感じね、もちろん現在進行形で色々勘ぐられてるわ]
[ただ、解散に伴ってAqoursのHP、ブログとかは全部閉鎖したから]
[それで中々足どりを掴まれずにいるっていうのが不幸中の幸いかも] [うん、根拠としては大体こんなところね……で、ここからは私の考えになるんだけど]
[先に言っておくわ、気分を悪くさせるかもしれないからごめんねって]
善子「何でっ…今まで……気付かなかったのよ…!」 [まずさっきも言った通り、行方不明者が全員保護されたのは静岡県が最後…ルビィちゃんを除いてね]
[そしてそのルビィちゃんは未だに見つけられないまま、事件は一応の終わりを迎えた]
[ねえ善子ちゃん、これは逆に言えばルビィちゃん以外は本来この件とは何の関係もなかったってことになるんじゃない?]
[女性だけが被害に遭っていたのも、容姿が似通っていたのも]
[選別されているからじゃないかって善子ちゃんは言ってたよね、でも本当にそうだとしたら]
[何でルビィちゃんがその中で選ばれたと思う?]
善子「……違う、本当はっ…どこかで…ッ!」
善子「分かってて……でも…!」
善子(信じたくなくて…) [……私ね、善子ちゃんの部屋に何か魔方陣みたいなものが描かれているのを見ちゃったの]
[ねえ、アレはいつやったものなの?]
[事件が起きた日、ルビィちゃんと一緒にいたのは善子ちゃんだったよね]
[そのルビィちゃんが最後の一人になって、事件の中心は静岡だって言われて…]
[これが本当に偶然のものだと思う?]
[はっきり言わせてもらうわ、善子ちゃん、貴女まだ──]
[私たちに何か隠していない?]
バタンッ!
善子「……はぁっ………げほっ…!」 善子「どこ…どこよっ」ガサガサ
善子「これじゃないっ……これでもない!」
善子「……あった、魔術書…!」
バッ
善子「…嘘……なんで」
善子「…傷ついてたページの一部が…直って……」ペラッ
善子「読めるように、なってる…」 ─現世と冥府を繋げる器、それを為すもの
これ即ち命である
善子「い…のち……嘘でしょ、ねえ…?」
器、暦、来るその時に導かれるようこの術を……
善子「違う、こんなの……私が、わたしは…っ……」
善子「そんな、つもり…じゃ……」
新たな世界創造に捧げる
善子「うぅっ…あぁ……あああぁぁああっっ……!!」 ─???
ルビィ「……ぅうん…」パチ
ルビィ「……ん…あれ…?」
ルビィ「ここは……」
「気が付いたか」
ルビィ「─! 善子ちゃんっ!?」バッ 「…………」
ルビィ(…じゃない、似てるけど…違う)
ルビィ「あなた……誰、ですか」
「───死神」
ルビィ「え…?」
死神「生前はそう呼ばれていた」 ルビィ「死神…」
死神「……ほう、成程やはりか」
死神「どうやら選別の結果に誤りはなかったようだな」
ルビィ「あの、どういうことですか」
ルビィ「選別って、なに?」
死神「貴様は選ばれた人間ということだ、そう、あいつに」
死神「私の言葉が通じているのが何よりの証拠だ、他のものは会話すら成立しなかったからな」
ルビィ「それじゃ分からないよ…何の説明にもなってない」 死神「説明だと?」
ルビィ「そうだよ、だってまだ何も教えてもらってないもん」
死神「……」
ルビィ「ねえ、ルビィはどうしてここにいるの」
ルビィ「ルビィね、あの夜から何も覚えていないの……それって」
ルビィ「あなたがルビィたちに何かしたから? …もしそうなら」
ルビィ「みんなは、善子ちゃんはどこにいったの?」
死神「ふん…喧しいうえに図々しい、面倒な女だな」
死神「お前みたいな奴が一番相手にしていて疲れる、あの時もそうだった」ハァ 死神「だが」ジロッ
ルビィ「……」
死神「物怖じしないところを見る限り、それなりに胆は据わっているようだ」
死神(所詮消える命、文字通り冥土の土産に聞かせてやるのも悪くはないか)
死神「…いいだろうそこに座れ、一から教えてやる」
死神「まだ“その日”が来るまで時間はあるからな」 ──
曜「……つまり、その本に書いてある儀式を行ったせいであの事件が起きて」
曜「ルビィちゃんがいなくなっちゃったかもしれないってこと?」
善子「……その通りよ」
千歌「…梨子ちゃん、どう思う?」
梨子「可能性はかなり高いと思う、少なくともこの本に何かあることは確かだしね」
曜「どうしてそう言い切れるの?」
梨子「だってこの本、私には読めないから」
善子「えっ…嘘でしょ?」 梨子「嘘じゃないよ、分かるのは最後のページの魔法陣が描かれている図だけね」
曜「ちょっと見せて……本当だ、何が書いてあるのかさっぱり分からない」
曜「千歌ちゃんと花丸ちゃんは? 読める?」
千歌「ううん、全然読めない」ブンブン
花丸「右に同じずら」 善子「そんな…だってこれ、ルビィも読めてたのよ?」
善子「だから呪文の部分だって二人で」
花丸「ちょっと待ってよ」
花丸「ルビィちゃんが読めたって…善子ちゃんそれ」
善子「あっ…」
梨子「これで間違いなくなったわね」
千歌「……あれ?」 善子「…最低ね、私」
善子「自分の都合でルビィを巻き込んで、そのせいでっ」
千歌「待って善子ちゃん、梨子ちゃんと花丸ちゃんも」
千歌「なんかそれおかしくない?」
善子「…え?」
千歌「ルビィちゃんが消えたのが儀式のせいだっていうのに、その前から文字が読めるのって変じゃん」
千歌「なんで読めるの? それも善子ちゃんが何かやったことなの?」 梨子「どうなの、善子ちゃん」
善子「…あれ以外には何も手をつけていないわよ」
善子「だからこの本だってさっきの話を聞くまでは、誰でも読めるものだと思っていたし」
曜「じゃあ元々何もしなくても二人は読むことが出来たってこと?」
善子「そうなるわね」
千歌「だったら余計に変じゃん、それにずっと気になってたけど」
千歌「儀式のせいっていうなら、なんで善子ちゃんだけ何もないの」
善子「それは……」
花丸「確かに…可笑しいね」 善子「……」
曜「とりあえず、一回話を整理したほうがよさそうだね」
梨子「…そうね、お願いできる?」
曜「うん、じゃあ少し待って、まとめるから」 ……
曜「…よし、終わったよ」
千歌「お疲れさま曜ちゃん」
曜「うん、これは予測も含めてなんだけど」
曜「今までの話を粗方まとめるとこうなるよ」
曜「まず発端である女性が行方不明になる事件が起きたのが今から10日ほど前の6月28日」
曜「現在の時点でルビィちゃん以外の人は全員見つかっていて、でも見つかるまでの間の記憶は誰も覚えていない」 曜「で、その事件の原因はさらにそこから一ヶ月前にあった」
曜「善子ちゃんとルビィちゃんがやった魔術書に書かれている儀式のせいだと思われてる」
曜「実際にその魔術書に書かれている文字は二人にしか読めないわけだし」
曜「最終的に犠牲者がルビィちゃんだけになっていることも考えると、何か関係があるのは間違いない」
曜「だけど、そもそものきっかけ……原因の原因であるこの本を」
曜「どうして二人が読めたのかまでは分からないし、そこについては善子ちゃんも何もしていない」
曜「更に言うと、儀式を行ったのは善子ちゃんも同じはずなのに善子ちゃんには一切の影響がなくて」
曜「その理由も不明なまま今に至ると……こんな感じかな」 梨子「…こうして振り返ると違和感ばかりね、一番妙だと思うのはやっぱりこの本だけど」
花丸「どこで見つけたのこれ?」
善子「押入れの奥だったかしら、どこで手に入れたか、いつからあったのかはママも分からないって」
花丸「ちなみにお母さんは読めたの?」
善子「いいえ、全然」
花丸「親族も読めない…」
梨子「ねえ善子ちゃん、本の内容を訳して書き写すことって出来る? 何か分かることがあるかもしれない」
善子「やってみるわ」 善子「──ここが呪文の部分ね、こっちが私たちが唱えたほう」
梨子「…これ多分だけど西洋魔術よね? なんで古語が使われてるの?」
善子「私の意訳よ……その、そっちのほうが格好いいと思って…」
曜「…それ意味あるの?」
善子「ここでいうところの呪文っていうのは内容が大事なのよ」
善子「言語の表面じゃなく、その言葉にある真意を読み解くことが重要になるの…多分」
曜「多分って…」
善子「しょうがないでしょ、読めるって言ってもあくまでニュアンスとして何となく分かるって感じなんだから」 花丸「じゃあこっちが直訳したほう?」
善子「そうよ」
花丸「えっと……お前が望むところにいないのならば、今は私だけしかお前の存在を感じることが出来ないのだろう」
花丸「もしそうならば過ぎ行く世に想いを連ねて、いつか」
花丸「ただ一輪の花にすら縋りつくようなこの感情を解き放ってみせる」
花丸「私は愛を貫く者……か」 千歌「うーん、確かにこれだけ見たら告白の意味として取れなくもないよね」
曜「それに、2018年の6月28日に発動する…とも書いてあるし、余計そう思っちゃうんじゃないかな」
善子「だからって許されるわけじゃないけどね」
花丸「善子ちゃん、そのことよりも今は謎を突き止めるほうが大事だよ」
善子「……そうね」 梨子「そしてこっちが最近読めるようになったページの訳…どうして直っているのかは一先ず置いといて」
梨子「現世と冥府を繋げる器、それを為すもの、これ即ち命である」
梨子「器、暦、来るその時に導かれるようこの術を新たな世界創造に捧げる…ここがよく分からないわね」
花丸「あの世とこの世を結ぶために必要なものが命で」
花丸「その命と日が揃ったときに導く…導くって何を」
千歌「ルビィちゃんじゃないの?」
善子「ルビィは器のほうじゃないの? 命を使って繋げるんだから」 曜「いや、それも少し引っかかるかな」
曜「仮にだけどルビィちゃんが連れ去られた場所がここでいう冥府…あの世だとするよ? そうしたら」
梨子「もうその時点で現世と冥府は繋がっているわけだから、ルビィちゃんがその器っていうのはないかもね」
善子「冥府が個人によって違う存在で、一人ずつ命を使わなくちゃいけないような場合は?」
梨子「それこそ考えられないと思うけど、その理屈なら行方不明者全員が連れ去られた時点で死んでるし」
梨子「こっちに帰ってこられるわけがないでしょ」
善子「……」
梨子「とりあえず既に死んでいるって前提は無しにしましょう、大丈夫だから」
善子「…ええ」 千歌「じゃあ先に進めるよ、この世界創造っていうのはなんだろう?」
曜「多分条件が揃うと何かが生み出される、何かを創れるってことなんだろうけど…」
花丸「世界の意味合いによっても変わってくるから何とも言えないずら…」
善子「この術も、術<じゅつ>なのか術<すべ>なのか曖昧だしね」
善子「どちらに取るかで解釈が分かれるような含みが多すぎるのよこの本」
花丸「ちなみに善子ちゃんはどっちだと思う?」
善子「術<すべ>のほう、何となくだけど」
善子「あと世界っていうのは多分…世界観のことじゃないかしら」 千歌「世界観を創り出すってどういうことだろう?」
曜「あれじゃないの、衝撃体験で人生が変わったみたいなやつ」
千歌「ああ〜」
善子「まあ平たく言うとそんな感じじゃない? 生まれ変わると言ってもいいかもね」
梨子「ところで術の読みがすべの方だとすると、方法って意味になるから」
梨子「この呪文を指していない可能性もあるわね」
曜「そっか、別のやり方があるかもしれないわけだ」
千歌「うーん、今のところ分かるのってこれくらいかな」
梨子「本の内容についてはそうかもね、でもまだそれ以外に手掛かりがあるかもしれないわ」
花丸「善子ちゃん、他に何か気になったこととかない?」 善子「気になったことね…………そういえば」
花丸「なに?」
善子「いや、前にルビィを見送ったとき…その日は満月だったんだけど」
善子「あの子、三日月が綺麗だって言ったのよ」
花丸「三日月…」
善子「うん、その時は見間違いかちょっと変だなくらいで済ませていたんだけど」
曜「見えてたものが違ったってこと? それっていつのことか分かる?」
善子「確か4月の……20日、あたりだったと思う」
千歌「えーっと4月20日、っと」スッスッ 千歌「……ん? ねえ善子ちゃん、満月が見えてたのは善子ちゃんだったよね」
善子「ええ、間違いないわ」
千歌「それでルビィちゃんには三日月が見えてたんだよね」
善子「そうよ」
千歌「本当に?」
善子「だからそうだってば、どうしたのよ」
千歌「…合ってるよそれ、その日に見えるのは三日月で合ってる」
善子「え…?」
曜「ちょっと待って、それってつまり」
千歌「うん、満月が見えてるほうがおかしいってことになる」 善子「…おかしかったのは私のほうだったってこと? でも、この出来事自体は4月にあったもので」
花丸「儀式が行われる日のさらに一ヶ月前の話だよね……ということは」
善子「私は私でこの本から何かしらの影響を受けている…ルビィとは違った形で、しかもより早い段階で」
曜「それぞれ違う効果が表れているってこと?」
善子「違うわね、そういうものじゃなくて繋がりの差よ」
善子「ルビィと私では根本的にそこの部分の違いが……っ…!」ズキッ
花丸「よ、善子ちゃんどうしたの? どこか具合でも…」
善子「……まただ」
花丸「また、って何が?」 善子「たまにあるのよ、思考が乗っ取られるというか…ううん」
善子「私の知らない情報や記憶が突然頭の中に流れ込んでくるような、そんな感じ」
善子「そこから自然と答えが浮かんでくる、みたいな…上手くは言えないけど」
梨子「たまにってことは今までにもあったの?」
善子「何回かはね…でも」
善子「今回のはいつもよりも少し、強かったかも」 曜「繋がりの差、根本的に違うって答えてたけど」
千歌「それって本について言ってたの?」
善子「多分そうだと思う」
梨子「繋がり……ねえ、そうなると」
梨子「善子ちゃんは魔術書とより密接に繋がっているからこそ離れられないって考えも出来るんじゃないかしら?」
千歌「どういうこと?」
花丸「影響がないからここにいるんじゃなくて、影響を受けてるからここに留まっているんじゃないかということずら」
千歌「ふむふむ、成程ー」 梨子「どれも予想の域を出ないものだけどね」
善子「だけど間違ってるとも言えないわ…それに」
善子(……ページの修復とさっきの思考)
善子(それも私とこの本の繋がりに何か関係があるかもしれない)
善子(でもどうやって証明する? こうやって考えを出し合ってるだけじゃリリーの言う通り)
善子(予想ばかりで確実にそうだとはならないし…)
梨子「それに、なに?」
善子「…ああ、ごめんなさい何でもないの」 善子「うん、とりあえず私が気にした点はこれくらいね、他にはもうないわ」
曜「そっか、じゃあ今日はもうこれくらいにしておく?」
千歌「そうだね、続きはまた今度、何か分かったときに」
善子「ええ、今日は助かったわ」
曜「いいってば、でもさ」
曜「今日の話を聞く限りだと、どうしても善子ちゃんたちの儀式以外にも何かあるって思っちゃうよね」
千歌「うんうん、何か怪しいよね」 善子「儀式……」
善子「……あ…!」ハッ
善子(そうか、それがあった……)
善子「ねえ曜さん千歌さん、最後にちょっと頼みたいことがあるんだけど」
曜・千歌「ん?」
善子「二人の友達か知り合いに例の事件の関係者がいないか調べてほしいの」
千歌「いいけど、なんで?」
善子「ええ、ちょっと試してみたいことがあってね」
善子「その為にも行方不明になった被害者とコンタクトをとりたい」 ……
善子「…ふう、ここまでまどろっこしいと頭に入れるのも一苦労ね」コトン
善子「そろそろ休もうかしら」
善子「いや、その前に…」スッ
善子「…もしもし花丸? ごめん夜遅くに」
善子「図書館で調べてほしいものがあって……そう、アレ」
善子「参考文献くらいなら多分見つかると思うの、それでね」
善子「あとで写真の画像をいくつか送るから…うん、よろしく。じゃあね」 善子「さてと、あっちの判明は任せるとして」
善子「問題はこっちね」
善子「選別、繋がり、影響、記憶と……」トントン
善子「──魔術」
善子「ある程度のところまでは分かったけど、それでも」
まだ遠い気がする。
善子「…今日はもう寝よう」 ──
─
善子(…………ん…あれ……?)
善子(何、ここ…どこ?)
やけに暗い紫色の光が、周りを覆っていて……だけど
そこまで恐怖を感じない。
善子(なんでかしら……ん?) 善子(……よく聞くと話し声がするわね、誰かいる?)
……デ… ……ナノ
善子(いや…というかこれ、もしかして)
善子(私に向かって話しているんじゃ…)クルッ
ルビィ「え?」
善子(っ!! ルビィ!!? ルビィなの!?)
善子(どうして貴女がここに! ねえっ!!)
ズズズ…… 善子(──!? 何、急に体が引っ張られるような…いや違う、この感覚)
“引き剥がされる”っ…!
ルビィ「……」ジッ
善子(何でよ、このっ…ようやく……ようやく見つけたのにっ!!)ズズッ…
善子(あんた一体何だっていうのよ!!?)
善子(分かってるのよいるんでしょそこに! 出てきなさいよ!!)
グワンッ
善子(……ぁぐっ……くそ…まだ何も…してないのに!)ググッ
善子(こんなことで、私は……私はねえっ!!)
善子(ルビィっ!! 聞こえてるでしょ!?ルビ────)
プツンッ ルビィ「……」
死神「どうした」
ルビィ「…今、少しだけ善子ちゃんがいたような」
死神「ほう、そうか」
ルビィ「驚かないの?」
死神「その善子という娘はアレに書かれている儀式を行った者なのだろう?」
死神「ならばそういうこともある。いや、その娘がアレを傍に置いてある以上は」
死神「寧ろ必然とも言えるだろうな」 死神「だから私にとってはそこまで気にするほどのことでもない」
ルビィ「……」
死神「それよりも問題なのは、お前もあの儀式に手をつけたということだ」
死神「あくまでも補助とはいえ、あれは本来“一人”で行う予定のものだったというのに」
死神「唯一の見落としがあったとするならば、お前と奴がそれほど近い関係にあったという点か…」
ルビィ「見落とし…死神さんにとっては良くなかったってこと?」
死神「とはいえ、所詮それも僅かな不確定要素に過ぎん」 ルビィ「どうだろうね、まだ分からないよ?」
死神「無駄な希望に縋るのはやめておけ、打ちひしがれるだけだ」
ルビィ「ううん、やめない」
ルビィ「ルビィは信じてるから、善子ちゃんのこと」
死神「…馬鹿が。信じたところでどうにもならんわ」
死神「結局己が身を救うのは……己自身でしかないのだからな」
ルビィ「……」
ルビィ(ならどうして……矛盾してるよ…) =====
善子「……はっ…!! はぁっ…はぁっ!」ガバッ
善子「夢……じゃない…」
善子(あの感触、まだ残ってる…)
善子(じゃあやっぱりあれは、あの光景は、嘘じゃなくて)
善子(本当の……)
善子「……あぁ……よかった…」ギュ
善子「生きてた…っ…!」ポロポロ 善子「っ…」ゴシゴシ
善子「そうと決まれば、やることは一つだけ」
ブーッ ブーッ
善子「ルビィをあそこから連れ戻す」パシッ
善子「もしもし…ええ、わかったわ。すぐそっちに行く」
善子「皆も一緒に…そう、伝えたいことがあるの」 千歌「え!? ルビィちゃんを見たの!?」
善子「向こうは気付いていたか怪しかったけどね」
善子「私の声、聞こえてなかったみたいだし」
花丸「そっか、生きていたんだ…良かったあ……」
梨子「ねえ善子ちゃん、水を差すようだけどただの夢って可能性は…」
善子「もちろん考えたわ、でも私の考えが間違っていなければそれも否定できる」
曜「考えって?」
善子「それを今から証明しに行くのよ」 ─
千歌「この子だよ、中3なんだって」
女子「は、初めまして」
善子(初対面だからか、ちょっとおどおどしてるわね…それとも)
善子「やっぱり事件のトラウマとか…」
曜「あーそうじゃなくて、この子Aqoursのファンなんだ」
曜「特に善子ちゃんの」
善子「そ、そうなの?」 女子「はい、あの…大会を見て、好きになりまして…」
善子「あ、ありがと」
花丸「善子ちゃん、握手握手」
善子「え? ああそうだったわね、はい」
女子「いっいいんですか!? ありがとうございます!」ギュッ
─ ヴオンッ ─
善子「!!」
善子(思った通り…ビンゴだわ) 女子「…? あの、どうかしましたか?」
善子「…ううん、何でもないわ」
善子「こっちこそありがとね、わざわざ来てくれて」
善子「今年高校受験なんでしょ? 頑張ってね、応援してるから」サラサラ
善子「はいサイン、もう私はスクールアイドルやってないけど…よかったら」
女子「ほ、本当にいいんですか!?」
善子「もちろんよ」ニコ
女子「わぁ…ありがとうございますっ大切にします!!」ペコリ
女子「帰ったら皆に自慢しよう…!」タタタッ 千歌「よかったの帰しちゃって? まだ何も聞いてないけど」
善子「いいのよ、おかげで重要なことが分かったから」
善子「どうやら予想は的中したみたい」
梨子「それって……」
善子「ええ、他の被害者の顔写真ってある?」
善子「それも合わせて確認したい」 ─
善子「さっきの中学生の子と接触して、見えたものがあるの」
花丸「見えたもの?」
善子「彼女たちが失っているであろう、行方不明になっていた時の記憶よ」
「!!」
善子「あの事件がこれによって引き起こされたのはまず間違いないわ、儀式の有無は置いといてね」
善子「そしてその本と繋がりの深い私なら」
善子「もしかしたら、被害者を通して何か感じることが出来るかもしれないって思ったのよ」
梨子「成程……」
善子「結果は成功みたい」 曜「おーい持ってきたよー!」タッ
曜「公開されていたのを出来るだけ集めてみたよ、とりあえずこんなものかな」
善子「……」
曜「どう?」
善子「うん、やっぱりね」
善子「ここにいる全員、同じ場所にいたわ」
曜「ということは…」
善子「連れ去られた場所は予想通り冥府、そしてその場所は一つだけ、これが確定したわね」 曜「あの予想、合ってたんだ…」
善子「ええ…あと、分かったことがもう一つ」
善子「これは今日見た夢とさっきので気が付いたんだけど」
善子「ほぼ間違いないと思うわ」
千歌「どんなこと?」
善子「まずあの子と接触したときに見た景色で、おかしな点があったの」
善子「それは彼女の顔も“見えていた”っていうところ」 善子「普通彼女の視点で周りを見るのなら、そうなることはあり得ない」
千歌「鏡でもない限り自分で自分の顔は見えないもんね」
梨子「でも、それなら他の被害者の目線で見てるかもしれないわけだけど」
梨子「善子ちゃんはここにいる全員確認してって……まさか」
善子「そう、つまり彼女や他の被害者以外の第三者の目線で私はそれを見ていたということになる」
善子「そして今日見た夢でも…目の前にルビィがいて、私に向かって話していたのを見た」
善子「ルビィ以外いるはずのないあの場所で、私はそこにいたんだ」 善子「本の影響と私が見た景色とルビィの現在の状況、ここから私が導き出した答えはただ一つ」
善子「私の視点になってた第三者……そいつが彼女たちを連れ去った張本人で」
善子「その彼女らの中から何かしらの理由でルビィを選別して、今もまだあの子と一緒にいる」
善子「しかもその上で、私と本を通して繋がっている人物……こんなのもう一人しか考えられない」
「「…………」」
善子「そう、あそこにいた奴の正体は──」
善子「この魔術書を書いた作者、その人そのものよ」 明日更新します
それとAqours紅白出場おめでとうございます。 梨子「作者がこの事件の元凶ということ? でも何のためにそんな」
善子「さあね、目的までは分からないけど」
善子「ここに書かれている世界創造のための術…」
善子「これを実現させようとしているのは間違いないわ」
善子「その手段にルビィが必要だということも、今までのことで分かってる」
曜「それってかなり不味いんじゃ……」
善子「ええ、だからその前にルビィをあそこから連れ戻して救い出すのよ、何としてでも」 千歌「でもどうやって? ルビィちゃんがいる場所はあの世なんだよ?」
善子「……そこまでは、まだ思いついていないけど…」
花丸「…方法なら、あるかもしれないずら」
善子「本当に!? ねえ花丸、それってどんな方法なの?」
花丸「皆インターネットをやっているなら一度は見たことがあるはずだよ」
花丸「異世界、魔界、霊界…呼び名は色々あるけど」
花丸「今自分が住んでいる世界とは別の場所へ行く方法を」 梨子「まあ、確かに見たことくらいはあるけど…あれっててっきり都市伝説みたいなものだと」
花丸「そうだね、信憑性に欠けるものもある…だけどこの世の中に幽霊というものは確実に存在していて」
花丸「それらはここじゃないどこかから来ているというのもまた、事実ずら」
花丸「善子ちゃんが見た冥府がそこに含まれているようにね」
善子「……それで?」
花丸「今までの情報を全部まとめると、現世と冥府の道は既に繋がっていて」
花丸「だから影響を受けている善子ちゃんも向こうにあるものを見ることが出来た」
花丸「つまりは意識だけでもそっちに行けたということになるよね?」
善子「そうなるわね」 花丸「だとすれば答えは結構単純ずら……要はその道に行くための扉を開けばいい」
花丸「そしてその方法だけど、マルが知っている中で一番その効果が現れるのは……」
花丸「合わせ鏡」
善子「合わせ鏡……心霊現象やオカルトでも有名なやつね」
花丸「うん、でも今まで言われてきたであろうそれらの体験談と明確に違う点は」
花丸「もう行く場所がどこか定まっているっていうところかな」
善子「…成程ね、やってみる価値はあるかも」 花丸「ただ、そこまで備わっている状態でも危険なことに変わりはないよ、それでもやる?」
花丸「と言っても、答えは決まっていると思うけど」
善子「やるわ」
花丸「やっぱりね、千歌ちゃんたちは?」
千歌「当然私たちも行くよ!」
善子「ちょっと、流石にそれは……私以外は特に危ないわけだし」
梨子「何言ってるの、ここまで関わっておいて今更引き返すなんて出来るわけないでしょ」クスッ
曜「なんでも一人で抱え込むのはよくないよ、ま、経験談だけどさ」ニコッ
花丸「決まりだね、もちろんマルも行くずら」 善子「……ありがとう」
善子「ねえ花丸、具体的にはどうすればいいの?」
花丸「そうだね…まずは霊的な要素が強い場所、例えば跡地とか廃墟とかそういうところを見つける必要があるずら」
花丸「それと実行する時間は夜、大体0時か数字がゾロ目のときに出やすいって言われてるね」
曜「なら休日のほうがいいかもね、今日みたいな平日だと色々自由がきかないし」
梨子「そうだね、来週は14、15、16で三連休だし…そこに合わせるのがいいと思う」 千歌「じゃあ次の休みまでにそういう怪しい場所を探し出せばいいんだね」
千歌「うん、私に任せてよ」
善子「分かったわ、花丸もそっちの方を手伝ってくれる?」
花丸「いいけど、昨日の頼みごとはどうするの?」
善子「あっ…そうよね…」ウーン 曜「頼みごとって?」
善子「魔術書に書かれているこの文字、何語で書かれているのか調べてもらってたのよ」
梨子「成程ね、ならそっちは私と曜ちゃんで何とかしてみるわ」
曜「うん、忙しいから少し時間がかかっちゃうかもしれないけどね」
善子「十分よ、やってもらえるだけで助かるわ」
善子「私は道具の方を揃えるわ、一番影響が強い人間が使っているもののほうが効果が現れそうだしね」 千歌「よし大体決まったね、それじゃあ次の休みまでに各自やることをまとめるよ」
千歌「まず私と花丸ちゃんは廃墟探し」
千歌「曜ちゃんと梨子ちゃんは文字の言語を調べて」
千歌「善子ちゃんは必要な道具を用意すること」
千歌「日時は土曜日の夜、集合場所は私たちが見つけた廃墟の前で!」
千歌「みんな頑張ろう! Aqoursーー!!」
「「サーンシャイーーン!!」」 曜「…って言ってももう解散してるんだけどね」
千歌「いやー、つい癖で…」アハハ
梨子「フフッ、私たちもつい返しちゃったしね」
花丸「染みついたものはなかなか取れないものずら」
善子「ええ、そうね」クスッ
善子(…ルビィ待っててね、今迎えに行くから) それから数日後…
─内浦のとある廃墟
千歌「全員いる?」
善子「大丈夫、問題ないわ」
曜「それにしてもよくこんなところ見つけてきたね」
梨子「どうやって調べたの?」
千歌「ちょっと色んな人に話を聞いただけだよ」 善子「さてと、それじゃあ実行する場所だけど…どこがいいかしら」
花丸「そうだね、ここから入って真っ直ぐ進んだところに広間があるずら」
花丸「ここだと、あそこが一番嫌な気配がする」
善子「ならそこにしましょう…全員準備はいい?」
善子「……行くわよ」カツンッ ……
…
曜「着いたね…」
千歌「うん、だけど…」
千歌「なんか来たとたん一気に寒気が……」ブルッ
花丸「千歌ちゃん、今ならまだ引き返せるよ?」
千歌「あはは、まさか」
梨子「そんな気ないわよ、誰もね」
善子「……」コトン 善子「よし、配置は済んだわ…最後に」
キュッキュ
曜「何描いてるの?」
善子「六芒星よ、“記憶”の中にあったものから引っ張り出してきたの」
善子「直感だけど、多分これで……扉が開く気がする」
善子「準備は整ったわ、あとは映すだけ」
「「……」」
善子「やるわよ」スッ 持ってきた手鏡を六芒星が描かれた鏡へと向ける。
向き合った二つの鏡は互いに反射を繰り返し、同じ面が先へ、先へと
際限なくずっと続いていく。
その状態からどれくらい経っただろう…5分、いや3分だったかもしれないし
もしかしたら1分にも満たない時間だったかもしれない
静けさと暗闇から溢れる禍々しい気
それがあらゆる角度から突き刺さるような悍ましさを感じて
そんな数字を数えることすらままならなかった しばらくすると不意に終点……目で確認出来る一番奥のところが突如として光り始めた。
小さかった光はだんだん大きくなっていって、遂には
鏡全体を覆うほどの、青白い輝きと化し……もう鏡面には何も映っていない
そしてその中央には、それよりもっと深く青い色に包まれている…自分が描いた六芒星
間違いない、確信を持って言える。
善子「“開いた”っ…!」 花丸「これが……実際に見るのは初めてずら…」ゴクッ
曜「本当に成功、したんだね」
善子(…形も変わっているわね、長方形だった鏡が楕円形になっている)
善子(大きさは…ちょうど1人入れるくらいの)スッ
ズズッ…
梨子「善子ちゃん、手が!」
善子「うん……今ので分かった」 善子「この感触、あのときと似ている」
善子(夢の中で感じ取ったアレと…つまり─)
善子「向こうに、繋がっているっ……!」ダッ
ブォンッ
花丸「善子ちゃん!?」
曜「消えたっ! 入れたってこと!?」
千歌「それより早く追いかけなくちゃ!」タッ
梨子「ええ!」
ヒュンッ ヒュンッ
ズッ ズズズズゥゥ……
……
… 死神「……」ピクッ
ルビィ「あれ? 何だろう……なにか」
死神「…来る」
ルビィ「え?」
トンッ
善子「……ふぅ、意識だけだったとはいえ二回目ともなると流石に少しは慣れるものね」
ルビィ「…善子ちゃん? 本当に……?」
善子「…ルビィ、会いたかったわ」
死神(ほう…成程そうか、あの娘が)
死神「まだ他にも来るな、数は3…いや4か」 シュンッ スタッ
千歌「わっとと…着いた?」
梨子「みたいね」ホッ
花丸「─! ルビィちゃんっ!!」
ルビィ「花丸ちゃん! それにみんなも…!」
死神「なんだ顔見知りか」
曜「! 待って、ルビィちゃんの隣にいる人」
曜「善子ちゃん……じゃないね、似てるけど」
善子「ええ、あれが恐らく…」 善子「ねえ、あんたよね…ルビィをここへ連れ去ったのは」
死神「そうだが」
死神「お前、私の言葉が分かるのか」
善子「は? 何言ってるのよ、分かるに決まって……!」ハッ
「「……?」」
善子「え、嘘でしょ…まさか」 善子「…ねえ皆、あいつの言ってること」
梨子「…うん、全く聞き取れない…さっきの善子ちゃんの言葉も、何を喋っているのか」
梨子「私たちにはこれっぽっちも…」
善子「……私も? それってどういう─」
死神「ふむ、これで決まりだな」
死神「津島善子───お前か、私の来世は」
善子「……えっ……?」 善子「来世…って、なに?」
死神「知らないか、ここまで来たのなら少しは身に覚えがあってもおかしくないと思っていたのだがな」
善子「どういう意味よ」
死神「言葉通りの意味だが?」
死神「お前に私の知識や記憶を借りた経験はないのかと聞いている」
善子「!」
死神「今抜けてきた道もそうだな、ここへ明確に繋がるよう六芒星を用いて行く先を固定したみたいだが」
死神「一体何をもってそれを正しいと判断した」
善子「……」 花丸「…ねえ善子ちゃん、あっちの人、なんて」
善子「…私があいつの来世だって、言ってる」
花丸「来世って…! じゃああの人は善子ちゃんの前世の姿なの…?」
梨子「確かに似てるとは思っていたけど……まさかそんな」
善子「いや、あり得ない話じゃないわ、寧ろ…それで今までの辻褄が合うくらい」
善子(だとすると…魔術書の文字が読めたのも、今向こうと会話が出来ているのも)
善子(多分その言語に対する知識が、私の中に無意識に備わっていて)
善子(実際に本物に触れることで、その記憶が蘇るきっかけになったから……?)
善子「けど、もしそうなら…」 善子「ルビィ! 貴女も彼女の言葉を聞き取れたりするの?」
ルビィ「え? うん、分かるけど」
善子(思った通りか……)
ルビィ「やっぱり他のみんなは死神さんの言葉、分からないんだね」
善子「死神、それがあいつの……」チラッ
曜「!……」コクッ
善子「ふーん、ずいぶんと物騒な名前なのね」 死神「別に私が名付けたわけではないが、真名を名乗る気もないのでな」
死神「敢えて使わせてもらっている」
善子「へえ…まあそんなことはどうでもいいのよ、それより」
善子「ルビィがあんたの言語を理解できる、その理由が知りたいんだけど」
善子「私が思うに、あの時の選別もそれを確かめるためのものだったんじゃないの? 違う?」
死神「教える必要はないな」
善子「さっきは色々と喋ってくれたみたいだけど?」
死神「私が確認するためだ、それが済んだ以上話す道理は存在しない」
死神「そしてお前らにも用はない、消えろ」 善子「あっそう、ならその前に─」
死神「何?」
曜「ルビィちゃんを返してもらうよ!」ヒュンッ
死神「」スッ
ルビィ「よ、曜さん!? いつの間に」
曜「かわされたかっ……でも」
曜「今だよ二人とも!」 グイッ
ルビィ「花丸ちゃん! 千歌さんも!」
千歌「ルビィちゃんこっちに!」
花丸「早く逃げるずら!!」
ダダダッ
死神「…ほう」
死神「先ほどの会話は時間稼ぎだったか、咄嗟に思いついたものにしては上出来だ」 曜「もう一回!!」ブンッ
死神「だが、そこの身軽な小娘」
死神「再び私に挑みにきたのは間違いだったな、愚の骨頂だ」パシッ
曜「なっ……」
死神「脆弱すぎる、話にならん」
メキメキメキッ
曜「…っ……い…! ああああぁぁぁぁああ!!!」 千歌「曜ちゃんっ!!」
曜「ぁぐっ……! うぅ………かはっ…!」
梨子「やめて! 離してっ!!」
善子「嘘でしょ…曜さんが、あんな…」
死神「痛みへの耐性もこの程度か……全く、どれほど温い人生を歩んできたのか計り兼ねるな」
死神「…いや待て、逆に言えばそういった生活を送れるだけの秩序が保たれている、ということになるのか?」
死神「……確かめてみるか」 死神「ルビィ、それと善子だったか、聞こえているだろう?」
ルビィ・善子「……」
死神「どちらでもいい、私の質問に答えろ」
ルビィ「答えたら、曜さんを放してくれるの?」
死神「そうだな、お前もこちらに戻ってくれば解放してやる」
善子「っ…ふざけないでよ!!」
死神「生殺与奪の権を握っているのは私だ、この意味が分かるな」
善子「…反吐が出るわね」
死神「ふん、耳慣れた言葉だな」
ルビィ「……」
死神「さあ、返事を聞かせてもらおうか」 毎度続きが気になるところで止めよる……
お伝えしておきます ルビィ「…分かった、でももう少しだけ待って」
ルビィ「みんなと決めたいの」
死神「構わん、だがなるべく手短に済ませてもらう」
善子「……っ」
花丸「善子ちゃん、ルビィちゃん、さっきから何を…?」
善子「…向こうは私たちに聞きたいことがあるみたい」
善子「だから質問に答えてルビィもあっちに送り返せば、曜さんは解放するって」
善子「そう言ってるわ」
梨子「それって人質じゃない!」
花丸「…どうするの?」 善子「もちろん曜さんのことは見捨てたくない……けど」
善子「ルビィをあいつの元に戻らせることも…私には出来ない」
善子「折角ここまで来たのに…っ…! どうすれば!」
ルビィ「……」
ルビィ「善子ちゃん、あのね」
ルビィ「ルビィ、死神さんのところに戻ろうと思うの」
「「!!」」
ルビィ「それが一番、無事に終わらせられる解決方法だと思う」
善子「な…何言ってるよ! 駄目に決まってるでしょそんなの!!」 善子「まだ曜さんを取り戻す方法だってあるかもしれないじゃない!」
ルビィ「ううん、無理だよ」
善子「無理じゃないわよ! さっきだって上手くいったじゃないの!」
ルビィ「最初はね、でも二度目はない」
ルビィ「あの時は死神さんの不意をついたけど、流石にもう警戒されてる…それに」
ルビィ「もう一度それをやろうとしたらきっと、死神さんは曜さんを殺すから」
千歌「…嘘だよね?」
ルビィ「本当だよ、間違いなくそうする」
ルビィ「あの人にね、迷いはないの…多分殺す時も躊躇は一切しない」
ルビィ「でも約束さえ守れば、無事に返してくれるはずだよ」
ルビィ「だから、ルビィが行かなくちゃ」 善子「だけどっ!! そんな奴のところに行かせるなんて尚更!!」
ルビィ「ルビィなら大丈夫」
善子「何でそう言い切れるのよ!!」
ルビィ「死神さんはルビィを絶対に殺せない」
ルビィ「“その日”が来るまで、ルビィに死なれたら困るから」
ルビィ「だから安心して」 千歌(それって…)
梨子(その日が来たら確実に死ぬってことじゃない…!)
ルビィ「曜さんを助けたいの…お願い善子ちゃん」
善子「……」
ルビィ「ルビィに行かせて」
善子「………分かった、わよ…」グッ
善子「でも……今だけだからね、次は絶対に助ける」
善子「必ずよ……私は絶対に、貴女のことを諦めないから」
ルビィ「うん、ありがとう……みんなもごめんなさい、折角ルビィを助けに来てくれたのに」 梨子「…謝るのは私たちの方よ、結局…何の役にも立てなかった…!」
ルビィ「そんなことないよ、嬉しかったもん」
花丸「…」
ルビィ「花丸ちゃん、善子ちゃんのことお願いね」
花丸「……任せるずら」
善子「…………」
ルビィ「善子ちゃん、ルビィ信じてるからね…善子ちゃんがまたここに来てくれるって」
善子「…当たり前よ、何度だってやってやるんだから」
ルビィ「うん、待ってる」ニコッ 死神「……」
ルビィ「そろそろ危ないかも…でもその前に」
ルビィ「善子ちゃん、聞いて」
ダキッ
善子「…ルビィ?」
ルビィ「──────」
善子「!!」
スッ
ルビィ「じゃあまたね、善子ちゃん」クルッ 死神「決まったのか?」
ルビィ「うん、今からそっちに行くね」
死神「……」
スタスタ
ルビィ「はい」
死神「よし、戻ってきたな」
ルビィ「早く曜さんを放して」
死神「いいだろう、約束だ」パッ
曜「うぐっ…! はぁ……はあ…!」
ルビィ「曜さん!!」
曜「ルビィちゃ…ごめ……足、引っ張って…」ヨロ
ルビィ「そんなのいいよ!」 ダッ
千歌・梨子「曜ちゃん!!」ギュッ
曜「千歌ちゃん……梨子ちゃん…」
善子「曜さん、ごめんなさい…私のせいで」
死神「集まったな」
死神「少し離れていろ、もう術式は仕込んである」
ルビィ「…うん」 バチッ バチバチッ…
善子「な、何? なんなの!?」
ブォンッ
花丸「! いきなり真下に…」
善子「この模様っ…! これ、まさか!!」
善子(私たちを飛ばすための!?)
死神「言っただろう、お前達に用などないと」
死神「時間だ、全員まとめてここから出ていけ」
善子「待っ──」シュンッ フッ…
死神「行ったか」
ルビィ「それで、聞きたいことって何?」
死神「あの娘達が送っている生活は、お前らの国では普通にあるものなのか」
死神「それとも特別なものとして扱われているのか、どっちだ」
ルビィ「…そうだね、ルビィのところは分からないけど」
ルビィ「善子ちゃんたちは多分、普通だと思うよ」
ルビィ「そこまで特別なことでもない気がする」
死神「…そうか」 ルビィ「ねえ、ルビィも聞いていい?」
死神「何だ」
ルビィ「あなたの記憶、善子ちゃんはどこまで見れるの?」
死神「今はまだ大して引き出せてはいないだろうな、しかし」
死神「今回ここに来たことと、アレが復活する際の影響を考えると」
死神「存外早く、全てを理解する日が来るかもしれん」 ルビィ「全部……見るんだよね」
死神「恐らくな、だが」
死神「お前だけは絶対にそれを見るな、いいか、絶対にだ」
ルビィ「……」
死神「一生記憶の底に閉じ込めて出さないようにしろ……要らん傷を負いたくなければな」 シュイン
善子「! ここは…やっぱり戻らされたのね」
善子「みんな無事? 曜さんは?」
梨子「大丈夫ここにいるわ、でも」
曜「…痛ぅ……」
梨子「腕の腫れが酷いから早く病院で診てもらわないと」
梨子「それにいつまでもここにいるのも危ないし、早くここから出ましょう」
善子「…そうね」 千歌「行こう、曜ちゃん」
曜「…ありがと」
善子「……鏡が割れてる、どこまでも徹底してるわね」
善子「…っ!」ガンッ
花丸「善子ちゃん」
善子「…分かってる、大丈夫、すぐ切り替えるから」ハァーッ
善子「……行きましょ」
カツンッ カツンッ
善子(待ってなさいルビィ、そして死神)
善子(私は必ずそこに戻る) ─それから数日後
善子「……」トントン
『善子ちゃん、聞いて』
『ルビィたちがやった儀式はあくまでも補助、本命は別のところにある』
『それと、重要なのは数字』
『あの時のこと、もう一度思い出してみて』
『あとね、最後にお願いが……』
善子「重要なのは数字、あの時のこと……つまり」カキカキ 善子「この方法を使って……出来た、でもこれに一体何の関係が」パラッ
善子「…ん? またページが直っているわね、今度は何が書かれて…」
善子「! これって……成程ね、だから…」
善子「ありがとうルビィ、おかげでようやく分かったわ」
善子「そういうことだったのね」
……
… ─さらに数日が経って
善子の部屋
ガチャ
曜「お邪魔しまーす!」
千歌「善子ちゃんこんちかー!」
善子「元気そうね二人とも」
梨子「花丸ちゃんも来てたのね」
花丸「うん、ちょっと前に」 善子「曜さん、腕の具合は?」
曜「もう平気だよ! ごめんね心配かけて」
梨子「お医者さんも驚いてたわ、凄い回復力だって」
千歌「流石曜ちゃんだね!」
善子「そう、良かったわ」
曜「えへへっありがと…あっ、そうだ善子ちゃん!」
善子「ん? なに?」
曜「あのとき頼まれていたやつ、ようやく分かったよ!」 善子「本当に?」
曜「梨子ちゃん、あれお願い」
梨子「ええ」ゴソゴソ
梨子「はい、これが詳しく書かれている本よ」
善子「……」
花丸「うーん確かにそっくりずら……ねえ二人とも、これ何語だったの?」
曜・梨子「ヘブライ語」 千歌「へぶらい?」
曜「イスラエル国で使われている公用語、らしいよ」
梨子「名前が似てるから誤解されがちだけど、イスラム国とは違う国だからね、勘違いしちゃ駄目よ」
千歌「ほえ〜、そうなんだ」
花丸(ん? でも確かイスラエルって…)
善子「…やっぱりね」ボソッ
善子「二人ともありがとう、これで確信が取れたわ」 曜「何か分かったんだね」
善子「ええ、例の事件が起きた原因」
善子「それはやっぱりこの魔術書が引き起こしたものだということが、分かったわ」
善子「そしてその術式がどんな要素で構成されているのかも」
梨子「……」
善子「理由も含めて一から説明するわね」 善子「まずはこの図を見て」カサ
千歌「あ、これアニメとかで見たことあるよ! 確か」
千歌「セフィロトっていうんだよね!」
善子「正解、実は数日前にまた魔術書のページが修復されててね」
善子「そこにこれが載っていたの、今見せてるのは私が簡略化したものだけど」
善子「これでも充分伝えられると思うわ」
https://i.imgur.com/Z09BT44.jpg 梨子「ページに載ってたということは、この図も重要なものの一つなのよね?」
善子「ええ、取り敢えず簡単に説明すると」
善子「セフィロトの樹はカバラという西洋魔術において大きな影響を与えた神秘主義、思想から生まれたものの一つで」
善子「別名、生命の樹とも呼ばれているわ」
善子「ちなみにセフィロトというのは複数形で、一つ一つはセフィラと呼ばれているの、この丸いやつがそうよ」
善子「で、こっちの各セフィラを繋いでいる道がパスって名前」
善子「この10の球体と22の道が合わさって出来たもの、その名称がセフィロトの樹なの」
善子「ただ今回は知識のセフィラともされている11個目、ダアトも含めて話を進めるわね」
善子「セフィロトは球体一つ一つとそれを繋ぐ道、その組み合わせ全てに意味があるとされているんだけど」
善子「それを一個ずつ説明していくとキリがないから、重要な部分だけ触れていくわよ」 善子「まずカバラの理論では、この世界は4つに分けられていると言われているの」
善子「初めに神、創始の世界とされるアツィルト、それに次ぐ創造の世界ブリアー」
善子「更にそれらを形成する世界イェツィラー、最後に私たちが生きている現実世界アッシャー…この4つ」
善子「で、ざっくり言うとここの一番上、最上界には神の魂が宿っていて」
善子「そこに辿り着くことで人は至高の幸福を得られるだろうというのがカバラの教義なのね」
善子「線で分けるとこんな感じ」キュッキュ
善子「死神はこれを利用して、この世とあの世を結ぶ道を創ったのよ」
https://i.imgur.com/vjDoiMv.jpg 花丸「でもどうやって?」
善子「数字よ」
花丸「数字?」
善子「カバラの考えの中でも有名なものがあるわ、数秘術と呼ばれるものよ」
曜「あっ、それ知ってる、占いでよく見るやつだ」
千歌「生年月日を入れるやつでしょ? 私も知ってるよ」 善子「そう、年月日の数字の足し算を繰り返して、最後の一桁の数で運命を占うといったものね」
善子「タロットとかにも使われていたりするわ」
善子「この数秘術を奴は発動させる魔術の基盤、トリガーとして、術式に組み込んだの」
善子「そうして起こったのがあの赤夜失踪事件」
善子「奇しくも私たちが最初に思っていた通り」
善子「あれは偶然の産物ではなく、死神の手によって意図的に引き起こされたものだったってわけね」 梨子「術が発動した日が、何か数字的に意味のあるものだったということ?」
善子「ええ、私は最初月のほうに何かがあると思っていたけど」
善子「ストロベリームーンという存在にまんまと踊らされたわ」
善子「よくよく考えてみればこの魔術書が日本以外の国にあった場合」
善子「時差や緯度経度の関係で赤い月は見ることが出来ないし、そうなれば本末転倒になる」
善子「なら何かそれ以外の要素があると考えるのはおかしくないはずなのに、まだ浮ついていたのかしらね」
梨子「善子ちゃん…」
善子「ごめん、話を戻すわね」 善子「いい? 重要なのはここ……事件が起きた当日の2018年6月28日」
善子「これを数秘術で計算すると…」
善子「2+0+1+8+6+2+8=27 ここから更に分けて2+7=9…9の数字が出てくるわけね」
善子「だけどこれで終わりじゃない、この数字の計算を更に年、月、日の三つに分けて計算する」
善子「そうすると…2018は11、6月は6、28日は10と1…合計五つの数字が浮かび上がるわ」
善子「そしてこの数字をさっきのセフィロトに合わせて繋げると…」ツゥー
「「「!!?」」」
善子「現実世界から神の魂へと繋がる一本道の完成よ」
https://i.imgur.com/aQ3GoBB.jpg 曜「ん…? ちょっと待って善子ちゃん、確かに道のほうは今ので分かったけど」
曜「繋げるためには本に書いてあった器…命が必要だったんじゃないの?」
善子「その通りよ、けどその器が何かももう分かっているわ」
梨子「本当に? ねえ、一体誰の命だったの?」
善子「死神よ」 千歌「死神って善子ちゃんの前世の人、だよね? でもその人ってもう死んでいるんじゃ…」
善子「そうね、そこも私が誤解していた部分の一つだったわ」
千歌「どういうこと?」
善子「つまり結論から言うと、そこに命さえ宿っていれば」
善子「その対象は生きた人間じゃなくても良かったってことよ」
花丸「! 善子ちゃんそれってまさか……その本が?」 善子「ええ、この魔術書には死神の命が宿っている」
善子「そして自分の命を器として、現世と冥府を繋げたの」
曜「本に命って…そんなことあり得るの?」
花丸「そこまで変な話でもないよ、日本にも付喪神<つくもがみ>といった伝承があるように」
花丸「長い年月を経たものには魂が宿ると云われているの」
花丸「また、呪いの人形みたいに作り手の念が強く込められているものには」
花丸「作り手の命が吹き込まれ、その人形が生きているかのように見えたりする」
花丸「心霊現象とかで人形の髪が伸びていた、っていう映像を見たことはある?」
千歌「うん」
花丸「あれにはそういったものも少なからず含まれているずら」 曜「じゃあ死神は…自分の命を奉げてまでこの魔術書を…」
善子「恐らく死に至るその際まで書き続けたんでしょうね、そうなることも狙って」
善子「全く、本命とはよく言ったものだわ」
梨子「なら、本のページが直っていったのは?」
善子「術の発動によって魔術書に宿っている死神の命と冥府にある魂が繋がったから」
善子「おかしいと思わなかった? ルビィはともかくとして」
善子「どうして魂だけの存在である死神が、冥府とはいえ自分自身の実体を持っていたのか」
梨子「そういえば……確かに」 善子「答えは簡単よ、あの日から時間の経過とともに死神は本来の力を取り戻しつつあるの」
善子「だから実体もあって、こっちにある魔術書のほうも」
善子「自然と元の完全な状態に近づいていってたというわけ」
梨子「成程ね…だとすると、善子ちゃんが言ってた情報や記憶が流れ込むっていうのは…」
善子「死神が力を取り戻していくにつれて、前世である私もそれによる影響を強く受けていたから」
善子「要は力が戻った分だけ、私は奴からその知識を授かっていたということになるわ」 曜「そういうことかあ…色々納得したよ」
曜「でもそれならさ、善子ちゃんとルビィちゃんがやった儀式には一体どういう意味があったの?」
曜「今までの話をまとめると魔術もそれに必要なものも、全部死神が用意していて」
曜「時間が来たから勝手に発動されたってことになるけど」
善子「ルビィの言葉と私の記憶から推測するに、あれは恐らく召喚術だと思うわ」
曜「召喚?」
善子「そう、前世の血を通して発動よりも早いうちに現世と繋がるためのもの」
善子「まあ曜さんも言った通り、その日が来れば勝手に本陣が発動するからこれはあくまで補助なんだけど」
善子「その儀式も予期せぬ結果で失敗に終わったわ」 梨子「予期せぬ結果? 聞いていて何かおかしい部分があったとは思えないけど…」
善子「注目するのは、この儀式には前世の血が必要だったというところ」
千歌「んーと…そっか分かった、ルビィちゃんだ!」
千歌「あれってルビィちゃんと二人でやったものなんでしょ? なら」
花丸「…そこにはルビィちゃんの血も混ざってる」
善子「そういうこと、つまり私とルビィの血が混ざりあったことで向こうは判別することができなかったのよ」 善子「さてと、これで大体の解説は終わったわね……じゃあ最後に」
善子「死神、彼女は一体何者なのか…その正体について話すわ」
善子「まずこの魔術書に書かれている言語、ヘブライ語」
善子「現在ではイスラエル国で使われているものだって二人も言ってたわね」
梨子「ええ」
善子「けどそれは今の話、考証をするにはもっと昔の時代まで遡る必要があるわ」
曜「そっか、昔に書かれたものだもんね」
善子「それで過去の話になった場合、このイスラエルというのは国でもそこに住んでいる国民でもなく」
善子「イスラエル人という部族のことを指していたの」 善子「当時イスラエル人は他民族からヘブライ人とも呼ばれていたわ」
千歌「ヘブライ人、言語と同じ名前だ」
善子「そう、ともすれば書かれている文字にヘブライ語が使われていても何らおかしくはない」
曜「じゃあ死神の正体は、昔のイスラエル人、ヘブライ人だったってこと?」
善子「いいえ正確には違うわ、正式に呼ぶならそうじゃないのよ」
曜「え?」
善子「確かにここまで聞くと死神はイスラエル人なのかと思うかもしれないけど」
善子「その前にもう一つ、確認しなくちゃいけないものがあるわ」
善子「それがこの魔術の大元になっているカバラ」 善子「セフィロトを生み出した思想、神秘主義というのはさっき説明した通りだけど」
善子「まだ触れていない部分があるの」
千歌「なに?」
善子「その思想や主義はそもそもどこから来たものなのか、ここについて」
善子「そしてそれを突き止めることこそが、奴の秘密を暴くうえで最も重要な鍵になったの」
花丸「……」 善子「最初に、カバラが形成されたのは12〜13世紀の中世…カバラとはヘブライ語で<伝承>を意味していて」
善子「この教義はユダヤ教の伝統に基づいた神秘主義思想として作られた」
善子「本来は宇宙の真理や神に対する追求を行うためのものだったけれど、いつしか思索と魔術に分けられ始め」
善子「そして魔術側の教義が西洋魔術の基盤として広がり始めたのは15世紀あたりから」
善子「また、現在の話に戻るけどイスラエル国は」
花丸「住民の8割がユダヤ人、宗派もユダヤ教が多数を占めているずら……ということは」
善子「そう、つまり私の前世、死神の正体は────」
善子「ユダヤ人なのよ」 曜「ユダヤ人って言うと……あの?」
善子「まあ私たちがどういう印象を持っているかはこの際関係ないのよ」
善子「大事なのは当時、彼女がその民族であったために誰に何をされてきたのか」
善子「死神がこうなるまでに至った過程ときっかけ、それを知ること」
「……」
梨子「…魔術といえば、確かその時代にそれに関係する有名なものがあったわよね」 善子「ええ、中世ヨーロッパで15〜18世紀にかけて行われた」
善子「魔女狩り、魔女裁判」
善子「詳しいことは分からないし、その記憶もまだ見つけられないけど」
善子「多分それが、全ての始まりなんじゃないかしら」
善子「とにかく、私が分かったのはここまで」
善子「また何かあったら教えるから、そっちも色々調べてみてね」
千歌「うん、わかった」 曜「それじゃまたね」
善子「ええ、お疲れさま」
花丸「……」
善子「? 何よ花丸、帰らないの?」
花丸「帰る前に話しておきたいことがあって」
善子「…なに?」
花丸「魔女裁判は……証拠がなくても被疑者を罰することが可能で、いや」
花丸「裁判とは名ばかりの人種差別による迫害ずら」 善子「……」
花丸「それともう一つ」
花丸「ルビィちゃんも本の文字、ヘブライ語を読むことが出来たんだよね? …ということは」
花丸「ルビィちゃんの前世もユダヤ人である可能性が高い」
花丸「日ユ同祖論なんていうのもあるくらいだから、そんなに妙な話でもないと思うし」
花丸「…だからね善子ちゃん」
花丸「そのルビィちゃんを死神が連れ去ったということは」
善子「…ええ、私も同じことを考えていたわ」
善子「恐らく直接的な被害を受けたのは死神ではなく…」
善子「“そっち”のほうなんだってね」 =====
===
=
……………………
善子(……ぅ…うぅん…?)
善子(あれ、ここは…確か)
死神『…何? お前の前世のことを知りたいだと?』 善子(! この声! ということはやっぱりここは冥府……でも)
善子(どうして死神の声が聞こえるようになったのかしら)
ルビィ『うん、なんでルビィがここに来たのか、それは分かったけど』
ルビィ『死神さんがそこまでする理由が知りたいの』
死神『知る必要は『あるよ』
ルビィ『だって、そのためにルビィの命を使うんでしょ?』
善子(!!)
死神『受け入れている割には随分と落ち着いているようだが?』 ルビィ『うん、善子ちゃんが助けに来てくれるからね』
死神『無駄だと思うがな、仮にここへ来たところで邪魔はさせん、阻止するだけだ』
善子(まあ、実際手も足も出なかったしね……悔しいけど)
善子(…ってそうか、これ…今より少し前の死神の記憶なんだ)
ルビィ『それなら教えてくれてもいいでしょ? どうせルビィしか聞かないんだから』
死神『ほう意外と強かな奴だな、いいだろう』
死神『確かにお前には知る権利がある、前世として、その当事者として』
死神『私の過去を知る資格が……それに』
死神『お前の記憶を蘇らせるよりは、私の口から話しておいた方が楽かもしれん』 ルビィ『記憶……』
死神『ああ、お前にとっては負の遺産にしかならない』
ルビィ『どういうこと?』
死神『これからする話を聞けばすぐに分かることだ、だがその前に』
死神『話をするにあたって、まず始めにあいつの名前を教えておく必要があるな』
ルビィ『あいつって、ルビィの?』
死神『そうだ、名前はマリア……私の妹だ』
善子(妹!?) ルビィ『え? 死神さんってお姉さんだったの?』
死神『血の繋がりは無いがな、単に向こうが私を姉と呼んでいただけだ』
死神『しかし私はそれを止める気はなかった、血の繋がりなど私にとっては些細なことだったからな』
死神『それに、自分を慕ってくれていることに──悪い気はしなかった』
死神『いいや違うな……嬉しかったんだ、私は』
グワングワンッ
善子(っ!? 何……急に景色が……) ──
「……ちゃん…お姉ちゃん」
「エステルお姉ちゃんってば!」
エステル(現死神)「…なんだマリアか、どうした」
マリア(前ルビィ)「なんだどうしたじゃないよ、族長様が探してるよ」
エステル「族長…どうせいつもの煮え切らない話だろうが」
マリア「そんなこと言ったらまた説教されちゃうよ、ほら早く!」
エステル「はあ…行けばいいんだろう」 族長「……であって…故に……」
エステル(相変わらずつまらんな、救世主<メシア>の到来がどうだのと、それしかないのか)
エステル(とはいえ、こんな日々が続けばその思想に囚われるのもやむを得ないのだろうが)
エステル「……」
エステル「族長、一つ聞いても宜しいでしょうか?」
族民「おいエステル! お前また族長の話を!!」
族長「構わん、言ってみろ」
エステル「その救世主というのはいつ我々を救ってくれるのでしょうか」
「!!」
族長「貴様…自分が何を言っているのか分かっておるのだろうな」 エステル「我らが神を否定しているわけではありません、しかしながら」
エステル「それらとは別に我々が直面している問題があることも確かです」
エステル「例えば3日前に処刑されたラバン、彼は祈りを捧げていたところを偶然街の者に発見され」
エステル「魔女の疑いを掛けられ、聴取という名の長い拷問の末に処せられました。彼を含めてこれで19人目です」
エステル「このことについてはどうお考えでしょうか」
族長「我々には使命がある、多少の犠牲はやむを得まい」
エステル「その犠牲で何が変わったのでしょうか、寧ろ敵を倒した事実や快楽を機に」
エステル「街の人々の結束が強まっているようにも見えますが」 「……」
エステル「それでもまだ、彼らの死は無駄ではないと言うのですか」
エステル「いや、たとえそうだとしても、周囲の懐疑の念は留まることを知りません」
エステル「恐らく近いうちにまた犠牲者がこの中から出るでしょう」
エステル「なれば族長、生き残るためにもそのような行為は極力控えるべきなのでは「エステル」
族長「そこまでだ、口を慎め」
族長「それ以上は我らが神、そして我が一族への冒涜とみなすぞ」
エステル「…失礼いたしました。しばらくあちらで瞑想をしてきます」 エステル「…」スタスタ
ゲシッ ガンッ バキッ
「……ごふっ…ぉ…」
「早く立てよ、おい、このくらいで倒れてるんじゃねえぞ」
「仕方ねえな、こっちで遊ぶか…お前ら身体押さえてろ」チャキッ
「!! や、やめろ!やめてくれ!!」
「そうだ、せっかくだから何か書いてやるよ! 俺の名前を入れてやるからありがたく思え!!」ガリガリ
「やめっ…ぎゃああああああああぁぁぁぁああ!!! 離せ!離してっ…」
「ああああああああ!!」
エステル「…これを仕方のないことだというのか」
エステル「……私には、理解できん」スタスタ 族長「……」
族民「長、いいのですかあのまま放っておいて!! 先程の失言の数々! あれはもはや異端の領域ですよ!」
族民「いくら才覚に恵まれているとはいえ!!」
族長「分かっておる、だがここから追い出すわけにもいかなかろうて」
族長「あ奴は全てを知っておる、我らが目指している真理に最も近い場所にいる…いわば神の子なのだ」
族長「神が我らに遣わした希望の子、それこそがエステルなのだよ、ならばそこには必ず大きな意味があるのだろう」 族民「しかし!」
族長「確かに常軌を逸した存在はその思想すらも、常人には理解し得ないものだと言う」
族長「だが考えてもみろ、それが神の啓示でもない限り、奴の言い分を理解する必要がどこにある?」
族長「だから言わせておけばいい、所詮やつの言葉に耳を傾ける者などどこにもいないのだからな」
族長「それは……成程、確かにその通りかもしれません」
族長「我らはただ祈っていればよい、救世主が現れるその日まで」
マリア「……」 ─
マリア「だって」
エステル「いかにも向こうが言いそうなことだ、馬鹿馬鹿しい」
マリア「そんなこと言うから皆に避けられるのに」
エステル「構わんどうでもいい、それにマリアは近くにいるだろう?」
マリア「楽しいからね、お姉ちゃんといると」
マリア「他の人と考えてること全然違うし、話していて面白いもん」
エステル「そうか…なら、私に賛同しているお前も異端というやつなのかもな」フフッ
マリア「えへへっ、そうかも」 マリア「ねえ、ところでさっきから何を書いてるの?」
エステル「これか? 新しい術の構築式だ、ルリアの輪廻転生の思想…あれを基に私なりの解釈を少し書き加えている」
エステル「今のメシア待望論は大体がルリア神学のせいだが、彼の思想自体は実に興味深い」ジャリジャリ
マリア「えっと、よく分からないけど…そんな大事そうなことを地面に書いていいの?」
エステル「ああ、少し土をいじればこの通り証拠も消せるからな、理論を頭に入れるだけならこの方法が一番いい」ザザッ
マリア「成程…やっぱりお姉ちゃんはすごいねぇ」 マリア「でもなんで輪廻転生の術にしようと思ったの?」
エステル「仲間の無念を晴らすためだ…あんな最期では、皆救われはしない」
マリア「……」
エステル「先にも言ったように救いがいつ来るのかなど、誰にも分かりはしないんだ」
エステル「ならばせめて、生まれ変わった先で安らかに過ごしてほしいと…そう思ってな」
エステル「それだけだ」
マリア「そっか…そうだよね、みんな大切な仲間だもん…」
マリア「分かるよ、私もお母さんやお父さんがそうなっていたらいいなって思うから」
エステル「…そうか」 マリア「うん、だから応援してるね」
エステル「必要ない、すぐに終わらせるからな」
マリア「えー」
エステル「まあ一応受け取ってはおくがな」
マリア「ならいいんだけどね、えへへっ!」ニコ
エステル「それよりもマリア、このことはむやみに口外してはいけないからな」 マリア「うん」
エステル「ただでさえ魔女の件で疑いが強まっているんだ、もし知られようものなら…」
マリナ「分かってるよ大丈夫、絶対に言わないから!」
エステル「ああ、そうしてもらえると助かる」
エステル(…流石に心配しすぎか、ここは街はずれで滅多に人が来ない場所…それに)
エステル(私の一族ですらここへ立ち寄ることはそうないんだ、だからこそ私もここを拠り所にしている……だというのに)
族民「…………」サッ
エステル(…何だ? この、妙な胸騒ぎは……) 族長「…成程な、そのようなことが」
族民「ええ、奴はルリアの思想も完全に理解出来ているようでした」
族長「この短期間でか、流石は神が与えた才だな」
族民「はい、しかし我らが救世主を否定するようなあの思想はやはり危険かと」
族長「ふむ…考えを改めさせることが出来れば、我らに大きな恩恵がもたらされるのは間違いないのだが……」
族長「どうしたものか」
族民「長、それなのですが一つ提案がございます」 族長「何だ?」
族民「エステルが自分の主張を曲げないのは奴自身の我の強さもあるでしょうが」
族民「それ以上に大きく関わっているのが奴に理解を示す者、マリアの存在です」
族長「マリア、確かエステルを姉と慕っていた娘か」
族民「はい、自分を肯定してくれる者がいるからこそ、より正しいと信じて疑わないのでしょう」
族民「それならば話は簡単です、奴からその要素を消してしまえばいい」
族民「肯定してくれるものがいなくなれば、エステルも己の間違いに気付くはずです」
族長「ほう…して、どうするつもりだ?」 族民「奴も言っていたでしょう、懐疑の念は留まることを知らないと」
族民「ならばその疑いは緩和しなければなりません、そう、信頼という形で」
族民「マリアにはそのための尊い犠牲となってもらいましょう」
族長「ふむ。話を詳しく聞かせてもらおうか」
……
… ─
「で、貴様らの用件とは何だ」
族長「身内から魔女を見つけた。その始末に手を貸してもらいたい」
「! ハハッ、そうか“売り”か!! 面白い…いいだろう、暫くの間は貴様らに手を出さないことを約束しよう」
「それで、対象はどいつだ?」
族長「二人いる、一人は観賞側、もう一人はその見せしめだ」
「観賞に見せしめ…となるとアレだな」
族長「ああ、被疑者の名はマリア」
族長「これから我らの礎になる少女だ、宜しく頼むぞ」 マリア「〜♪ 〜〜♪」
マリア(今日はお姉ちゃん、何してるかなー)
族民「マリア、少しいいか?」
マリア「? 何でしょうか?」
族民「確かお前はエステルと関係が深かったよな?」
マリア「は、はい」
族民「これはまだ公には広まっていないのだがな……奴に魔女の疑いが掛けられている」
マリア「!!?」 族民「聞くところによると、奴が怪しい動きをしている現場を目撃したとのことだ」
マリア「そんな…」
族民「まあいつもの言いがかりという可能性もあるが、お前はどう思う?」
族民「何かそのことについて思い当たる節はないか?」
マリア「それは……」
マリア(…え、なんで? どうしてバレたの……?)
マリア(お姉ちゃんがそんな簡単につけられるはずがない、なのに……)
マリア(……もしかして、私のせい、なの…?)
マリア「…っ……」
族民「…」ニタ 族民「マリア」
マリア「」ビクッ
族民「分かっているとは思うが決められてしまった以上、遅かれ早かれ裁きは下されるだろう」
マリア「あ……」
族民「だがマリアよ、実をいうとエステルが生き残る術はまだ残っているのだ」
マリア「ほ、本当ですか!?」
族民「ああ、エステルの代わりとなる魔女を見つけ、執行前にすり替えればよい」
族民「それが連中の魔の手から逃げのびる術であり、またこの方法しか奴が助かる道はない」 マリア「……」
族民「我らとしても、あれ程恵まれた素質があるものの幕をこのような無残な形で終わらせたくはない」
族民「しかし先程も言ったように、このことはまだ公には知られていないし、知られてもいけない」
族民「それゆえ周囲に悟られないよう、この計画は秘密裏に進める必要がある」
族民「代わりといってもそれが出来る人間は限られているのだ」
マリア「…!」ゾクッ
マリア(それって、つまり…)
族民「これがどういう意味か、分かるよな」 マリア(…嫌だ、怖い……怖いよっ……)ガタガタ
マリア(…でも、私のせいでお姉ちゃんがこうなったのなら…)
マリア(私が、助けなくちゃ…)グッ
マリア「…………はい」
マリア「私がエステルの代わりを務めます」
族民「マリア、いい子だ」ニコ
族民「お前に神の御加護があらんことを…」 ====
スタスタ
エステル「……妙だな」
エステル「ここ最近、どこに行っても傷つけられている者の姿を見かけない…」
エステル「迫害の数が目に見えて減っている……何があった?」
「特報、特報ー!!」
エステル「ん?」
「住民全員に告ぐ!! 本日正午より魔女の処刑を執り行うこととなった!」 ウオオオォォォォ!! ワアアァァアァ!!
エステル「魔女だと? ……そうか、通りで」
「では罪人を発表する! 魔女の名はマリア!」
エステル「!? なん、だと……」
「罪状は魔術による我らへの反逆、及び殺人未遂だ!!」
「これは我々にとって最も唾棄すべき行為であり、その歪みきった心情は筆舌に尽くし難い!!」
「よってその遺恨を根元から取り除くため奴を火刑に処すことが決められた! これは正義の執行である!!」
「繰り返す! 魔女の名はマリア!!」
エステル「マリアが……魔女?」
エステル「一体どうなっているっ…!」 「……あいつか」
「皆の者! あそこに魔女の関係者がいる! 取り押さえろ!!」
エステル「何ッ!? 待て……がはっ!」
「よし、連れていけ! 余計な手出しはするなよ」
「そこのお前もな、娘」
エステル「!! 貴様………ぐっ!」
「おら! さっさと歩け!」
エステル「…っ…! クソ……」
エステル(マリア…) ザワッ ザワザワッ
エステル「……」
カツンッ カツンッ
エステル「─! マリアッ!!」
マリア「……」
オイアレガ… マダコドモジャナイカ ナンテスエオソロシイ…
「縛り付けろ」
「はっ」 「さて、では刑の執行を始めようと思う…が、その前に」
「身内とはいえ、悪魔の所業を暴いたユダヤの長に皆盛大な拍手を」
族長「……」
パチパチパチパチ!!
エステル「なっ…」
「そして彼らの今回の働きに免じて、魔女以外の者の刑を取り下げることを」
「どうか許してもらいたい」
エステル「……まさか、族長…あなたは…っ」 オオ…ナントジヒブカイ…
「ああ、目の前にいる君は特に仲が良かったようだな」
エステル「…っ…」
「ふむ…魔女よ、何か彼女に言い残すことはないか」
エステル「…マリア…?」
マリア「……お姉ちゃん、ごめんね…それと─」
マリア「ありがとう」
エステル「!!」 「…だそうだ」スタスタ
「運がよかったな……“魔女”」ボソッ
エステル「!! っ…貴様あああああああああああああ!!!!」
「おい暴れるな!!」
「抑えろっ!!」
エステル「離せっ!! 離せええええええ!!」
「ではこれより刑を執行する」
「火を点けろ」 パチッ バチバチッ
ゴオッ
マリア「ひっ……」
エステル「やめろぉっ!!ふざけるな!正気か貴様ら!!」
エステル「これが使命だと!?役目だと!?」
エステル「貴様らこそ冒涜も大概にしろ!!こんなっ!こんなもの!」
エステル「救いでもなんでもないじゃないか!!」 ジジ ジジジッ…
ジュウゥッ
マリア「っっっ!! あぁっあああああああああああああ!!!」
マリア「いや!! やだ!! やあああああああああ!!」
ボウッ ボオォォ…
マリア「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいゆるして!!」
マリア「私じゃない!!私はやってないよ!!」
マリア「私は違う!私はっ…ああああぁぁぁぁああ!!!」
マリア「あぁあっ……かひゅ…こひゅ……っ」
マリア「……………ぁ……」 エステル「…………マリア? マリアッ!!」
マリア「……」
「ふむ……酸欠で死んだか」
エステル「!!」
「まあ、仕方あるまい」
「続けろ」
エステル「…………………は?」
エステル「何を、言っている…?」 ボオッ ボオオゥッ
エステル「続ける…? もう、いいだろ……息がないんだぞ…」
マリア「」ドロ
エステル「やめろ……」
マリア「」
エステル「頼…む……」
ボトボトッ
エステル「もう…やめてくれ……」 『ねえお姉さん、そこで何してるの?』
『私知ってるよ! お姉さんって女神様なんだよね! …あれ、違った?』
『ねえねえ、一緒についていってもいい? 何でって、えっとね…面白そうだから!』
『あっそうだ! 私ね、マリアっていうの!』
『えへへっこれからよろしくね、お姉ちゃん!』
エステル「マリアああああああああ!!!」 ……
パチッ パチパチッ
「やれやれ、ようやく全部燃えたか」
「えー早いでしょ、これで終わり?」
「次まで我慢しろよ、そう日が長いわけでもないんだ」
「さあ見世物は終いだ、みんな帰るぞ」
スタスタ
エステル「……」 エステル「……マリア」
エステル「頼む、返事をしてくれ」ベチョ…
エステル「頼むから…っ……」
「」
エステル「…ぅあっ…あぁ……ああぁ……」
エステル「うわああああぁぁぁああああああああ!!!」 エステル「………………」
エステル「なんだ…なんだっていうんだ」
エステル「お前も……お前も……お前たちも」
エステル「本当に同じ人間なのか……これが、あいつと一緒だと…?」
エステル「こんなものを、認めろというのか」
エステル「……ふざけるな」 エステル「認めない、私は、絶対に」ヨロ
エステル「貴様らだけは」
「うおっ! なんだ貴─」ザクッ
族長「!?」
族民「なっ…」
「何をやっている! 死にた─」
エステル「…なんと脆い」
エステル「今までこんな連中に怯えて暮らしていたというのか……はっ」
エステル「はは…あははははははは!!!」 「おい! 街の連中を連れてこい!! 全員で奴を殺──」
「この─」 「くら─」 「死っ─」
エステル「……」クルッ
族民「は、反逆者が……」
エステル「黙れ」ザシュッ
族民「」ボトッ
エステル「そこで首だけ晒していろ……さて」
エステル「これで全員か? …………いや」
族長「……」
エステル「最後にひとり、いたな」スッ ゴロゴロ……
エステル「」グチャッ
族長「ひっ……」
エステル「……」ザッ ザッ
族長「く、来るな…」
族長「来るな化け物おおおおおおおおお!!!」 ズブッ
エステル「……」
族長「……ぉ…あ…ぇ」
ドサッ
エステル「……」
エステル「化け物はお前らだろ」 ………………
「なんだこの有り様は、地獄絵図だな」
「生存者はいないのか」
「いえ、我々が来た時にはすでに…」
「……そうか」
「ですが、魔女の一派…その生き残りと思われる者から証言はとれました」
「ほう、してその者は?」
「すぐに殺しました」 「宜しい、他にも仲間がいないか徹底的に探せ」
「情報を聞き出すまでは生かしておくよう、他のものにも伝えろ」
「はっ」
「ふん…魔女の反逆か、図に乗りおってからに」
「……いや、この所業…もはや魔女と呼ぶことすら生温いのかもしれん」
「言うなれば、そうだな」
「常に我々の命を脅かす──死神、といったところか」 カリカリ……
カリ…
死神「………は…ぁ…」パタンッ
死神「っ! ……ゴホッ…ゴホッ!!」
死神「…そろそろか」ベト
死神「待っていろ……マリア…」
死神「…私は…必ず……」
──
─ ルビィ『…………』
死神『マリアの最期を見届けたとき、私は誓った』
死神『他の誰でもない、私自身の手であいつを救ってみせると』
死神『だからこそ…………』
死神『何故泣く』
ルビィ『──え──?』 ====
善子「……っ!!」ガバッ
善子「……はぁっ、はあっ!!」
善子「……っ、あれが…」
善子「死神の……過去」ポロポロ
善子「そう、だったのね……うっ」
善子「おえぇ…っ…」ベチャベチャ
善子「けほっ…………だけど、それでも」
善子「私は…」 ─
二週間後、8月12日
「……」
善子「───とまあ、死神にはそういった背景があったのよ」
善子「ざっくりと説明したけど大体こんな感じ」
曜「そんな事が……」
千歌「善子ちゃん…辛かったね」
善子「…っ……うん」
善子「…けど、だからといって彼女のやることを見逃すわけにはいかないわ」
善子「私たちは私たちで守りたいものがあるから」
梨子「…そうね」 善子「じゃあ本題に入るわよ」
善子「死神の過去を見て、そして前世の記憶が全て蘇って、ようやく彼女のやろうとしていることが分かったわ」
善子「覚えてる? 全員で冥府に行ったあの日、ルビィが言ったこと」
花丸「えっと確か…その日が来るまで死神はルビィちゃんを絶対に殺せないって」
千歌「ルビィちゃんに死なれたら困るからとも言ってたよね」
善子「そう、それは何故かというと」
善子「死神が行う魔術にはルビィの身体が必要不可欠だったから」 花丸「ルビィちゃんが?」
善子「魔術書に書かれてあった言葉があったわよね、前に皆で解読したやつよ」
善子「器、暦、来るその時に導かれるようこの術を新たな世界創造に捧げる…この部分」
善子「これが指し示すものは一つだけじゃない、二つあったの」
善子「一つは6月28日に発動した術のこと…器が魔術書、暦は今言った日付け、導くのはルビィ」
善子「そして世界創造とは自分たちのいる冥府のこと」 曜「じゃあ二つ目は?」
善子「これから発動させる術のこと、これを指しているわ」
善子「こっちは器がルビィ、暦がルビィや死神が言っていた“その日”、導くのはルビィの前世…マリアの魂」
善子「以前私は、ここに書いてある世界とは世界観という意味なんじゃないかって考えを述べたけど」
善子「それがこの部分に当て嵌まるのよ、つまり」
善子「二つ目でいう世界創造とは、ルビィの前世マリアをこの世に蘇らせること」
善子「死神は彼女の来世であるルビィの身体を器にして、そこにマリアの魂を定着させるつもりなのよ」 梨子「じゃあ死ぬっていうのは…」
花丸「肉体的ではなく、精神的な意味での死…一つの身体に二つの魂が入るのは危険とされているから」
花丸「死神の過去のことも考えると、魂の共存は実質不可能ずら」
曜「そんな危ない状態で生きていかせるわけにもいかないから…か」
花丸「うん、だからその術が発動したら必然的にルビィちゃんの身体にはマリアさんの魂が入ることになる……そうなれば」
善子「ルビィの魂、人格は完全に消滅する……たとえ姿は同じでも」
善子「そこにいるのは別人でルビィの面影はない、それは結果として死と同義よ」 千歌「…ねえ善子ちゃん、ずっと気になっていたんだけど」
善子「何かしら」
千歌「生まれ変わる魔術が発動する“その日”って、いつなの?」
善子「大丈夫それも分かってるわ、順を追って説明するわね」
善子「まず最初の術の重要な要素が数字であったのと同じように」
善子「こっちのほうにも構築式にカバラのそれが使われているわ」
善子「そこで私が描いたこのセフィロトを見返してほしいんだけど」カサッ
善子「見てほしいのはここ、一番上にある1のセフィラ、ケテル」キュッキュ
https://i.imgur.com/1PPngI6.jpg 善子「前にもサラッと触れたけど、改めて解説すると」
善子「このケテルがある場所は最上界に位置していて、そこには神の魂が宿ると言われている」
善子「創造の更に上、完全なる世界がこのケテルなのね」
善子「死神はこのケテル…1の力を利用できるように術式を組み込んだ」
善子「つまり数字の1が揃う日、それが術が発動する日になる」 曜「1が全部揃った日…」
善子「2018年は別名運命の年とも呼ばれているわ、これは何故かというと」
善子「普通は一桁の数字が出るはずの計算式で2018年だけ運命数“11”の数字が浮かび上がるから」
梨子「! ちょっと待って、ということは」
善子「ええ、暦に当て嵌まる日付け…それは2018年11月11日」
善子「今から約三ヶ月後に行われるその日が」
善子「私たちの運命を賭けた、死神との決着をつける最後の戦いよ」 千歌「最後…え、でもさ善子ちゃん」
千歌「その日が来る前にルビィちゃんを取り戻すこととかは出来ないの?」
梨子「そうね、私もわざわざそこまで待つ必要なんてないと思うけど」
曜「いや、やめておいたほうがいいと思うよ」
梨子「曜ちゃん?」
曜「千歌ちゃんたちも見たでしょ、私が手も足も出なかったところ……あの人は魔術だけじゃない、身体能力も優れている」
曜「しかもそれに加えて紛争、戦争経験者…どう見繕っても正面切って勝てる相手じゃない」
曜「仮に私と果南ちゃんが二人揃ったところで……いや、どんなに鍛えていても」
曜「私たちがただの女子高生であるうちは絶対に敵わないよ、喧嘩とかそういうレベルの話じゃない、向こうは殺し合いの世界で生きてきたんだ」
曜「実際にやられた身として言わせてもらうけど、何の考えも無しに行っても返り討ちに遭うだけだよ」 梨子「流石にそこまで言うこと…」
曜「ううん、卑下でもなんでもなく客観的に見た結果としての事実だよ…だからさ」
曜「善子ちゃんにはその“何か”の考えがあるってことなんだよね?」
善子「そうね、曜さんの言った通り」
善子「前みたいな手段で取り戻そうとするつもりはないわ」
善子「警戒心の強い死神のことだから冥府への道も閉ざされてそうだしね」 千歌「あっ…そうだよね、あの時も鏡が割られていたし……」
梨子「いつまでも私たちが行けるような状態を放置しているわけがないわよね…」
善子「だけどそんな状況でも一度だけ、絶対に道を開かなければいけない時間があるわ」
善子「それがマリアの魂を入れたルビィを現世に送るとき、術を使う日よ」
善子「決着をつけるとは言ったけど、まず前提として冥府に行くことが出来なければ話にならない」
善子「そしてそれが出来るのは、現状この日しかないのよ」 梨子「成程ね…それで対策っていうのは?」
善子「数字を使った術式、命が宿っている魔術書、これを逆手にとって死神が私に手出しすることが出来ない状況を作る」
千歌「どうやって?」
善子「死神の魔術と真逆の効果を持つ魔術を同じタイミングでぶつけて打ち消す」
善子「数字を要素にしているのなら、こっちだって同等の力が使えるはずよ」
善子「この魔術書を利用して、そのための術式を私が新しく構築する」
曜「対抗するための新しい魔術を作るってこと!? そんなこと出来るの!?」 善子「今の私には魔術師である死神の知識が全て備わっている、不可能じゃないわ」
善子「それにこの二週間で発動条件や式のイメージも大体掴んでいるの…期限は多く見積もっても二ヶ月ちょっとしかないけど」
善子「絶対にやってみせる…………ただ、これに一つだけ問題があるとすれば」
善子「この術式を完成、発動させるにはみんなの協力が必要不可欠だってこと」
曜「え、それの何が問題なの?」
梨子「リスクを伴う協力ということでしょ…そうなのよね?」
善子「ええ、文字通り命を懸けることになるわ」
善子「言っておくけど大袈裟な表現をしているつもりはないわ、本当に命に関わることなの」 善子「それに……本音を言うと、不安しかない」
善子「前世の記憶があるといっても所詮それは借り物の力、本物には遠く及ばないもの」
善子「正直、私一人の力じゃ太刀打ちできない…ルビィを助けられない」
善子「でも全員の力を合わせれば、一人じゃないのなら、絶対に勝てる……私はそう信じてる」
善子「だからどうかお願い……みんな、私に力を貸してください」
「「……」」
千歌「……ふーん、やっぱり何が問題なのか全然分からないね」
曜「だね、寧ろ頼ってくれて嬉しいくらい」
善子「……え?」 曜「言ったじゃん、なんでも一人で抱え込むのはよくないって」
曜「それに乗り掛かった船から降りるなんて、私はそんなの絶対に嫌だ」
千歌「うん、出来るか出来ないかじゃなくて、やるかやらないかが問題なら」
千歌「答えなんて、もうとっくに決まってるよ」
善子「千歌さん、曜さん…」
梨子「善子ちゃんのことだもの、多分善子ちゃん自身も相当危ないことするんでしょ?」
梨子「それが分かってて放っておけるわけないじゃない、僕であるリトルデーモンとしてはね」クスッ
善子「リリー…」 花丸「一蓮托生って言葉があるずら」
花丸「意味は、たとえどんな結果が待っていたとしても最後まで行動や運命を共にすること」
花丸「つまり、いつも通りのAqoursだってことだよ…何も変わらない、変わっていない」
花丸「皆で決めたあの時から今でも、そしてこれからもずっと、マルたちは運命共同体ずら」
善子「花丸…」
千歌「やろう、善子ちゃん…私たち皆で」
千歌「そして今度こそ絶対に救おうよ、ルビィちゃんを」
善子「…っ…ありがとう、みんな…」ポロポロ
善子「……グスッ…じゃあ作戦を伝えるわ、よく聞いて─」 善子「───以上よ、これが私が考えた死神に対抗する策と」
善子「全員の力を使った魔術を発動するための手段」
梨子「……考えたわね、確かにこの方法ならきっと」
曜「けど想像していたものよりかなりハードだよ、時期も考えると本当に死にかねない」
花丸「善子ちゃんはこれ…大丈夫なの?」
善子「大丈夫なわけないでしょ、でもこれしか私とルビィが帰って来れる方法はないの」
千歌「…死なないよね? ちゃんと生きて帰ってくるんだよね?」
善子「当然、命は懸けても死ぬつもりは全くないわ、皆もそうでしょ?」
善子「安心しなさい必ず戻ってくるから、だから貴女たちも絶対に死なないで」
千歌「……分かった、信じる」 曜「でもそういうことなら、付け焼刃でも少し慣らしておく必要があるね」
曜「“ここ”が空いている期間は確か来月までだし、休みを使って出来るだけ多く皆で行ってみようよ」
梨子「そうね、そこに辿り着くまでの時間と距離も測らなくちゃいけないし」
梨子「でも実際問題、当日に行けるのかしら?」
曜「大丈夫、許可さえ取れば行くことは出来るよ、その場合は自己責任になるけどね」
善子「でもなるべくなら万全の状態で臨みたい…その為にも」
善子「最後にあと一人、どうしても力を借りたい人がいる」
善子「私個人としても話をつけなくちゃいけない人が」
千歌「…今、実家に帰ってるって」
善子「ありがとう千歌さん」
善子「じゃあ……行ってくるわ」 ─黒澤家
コンコン
ダイヤ「どうぞ」
ガチャ
善子「……」
ダイヤ「お待ちしていましたわ」
ダイヤ「こうして顔を合わせるのは、久しぶりですわね」
善子「ええ、そうね」 ダイヤ「それで私にご用とは一体何でしょうか?」
善子「待って、その前に言っておかなくちゃいけないことがあるわ」
善子「……」スゥーッ
善子「ルビィのこと…本当にごめんなさい」
ダイヤ「……」
善子「こんなことに巻き込んで、黒澤家の人たちにも迷惑かけて」
善子「もちろん許してもらえるなんて思っていないわ、それでも」
善子「ずっと謝りたかった…貴女にちゃんと、伝えたかった」
善子「本当に…申し訳ありませんでした」 ダイヤ「……言いたいことはそれで全部ですか?」
善子「……」
ダイヤ「…そうですか」
ダイヤ「……」ハァーッ
ダイヤ「善子さん、顔を上げてください」
ダキッ
善子「…え……?」
ダイヤ「もういいです……もう、いいですから」
ダイヤ「少しの間だけ、泣かせてください」
善子「…………うん」ギュッ ====
ダイヤ「──成程、ある程度の事情は千歌さん達から伺っていましたが」
ダイヤ「まさかここまでとは……大変でしたわね」
善子「いや、別に私は……それに辛いのはルビィだって」
ダイヤ「……そうですわね、その通りですわ」
ダイヤ「…話を戻しましょう、さて善子さんの話を聞いたうえでまとめますと」
ダイヤ「11月11日…この日に善子さん達はルビィを救うため、あの場所へ辿り着かなければいけない」
ダイヤ「そしてその為には私、いえ黒澤家の力が必要で」
ダイヤ「だから手を貸してもらうためにここへ来たと、そういうことで宜しいのでしょうか?」
善子「ええ、それで合ってるわ」 ダイヤ「…………」フム
善子「どう? 問題なさそう? それとも流石にそこまでは……」
ダイヤ「…いえ、掛け合ってみれば大丈夫だとは思いますが……しかし」
ダイヤ「善子さん」
善子「何?」
ダイヤ「死にたいのですか?」
善子「言うと思ったわ、はっきり言って自分でもどうかしてると思うし」
善子「でもね、私は本気よ」
ダイヤ「……覚悟は、もう決めているということですね」 善子「私だけじゃないわ、他の4人も全員腹を括っている」
ダイヤ「…これは止めても無駄ですわね」
ダイヤ「分かりました、貴女たちに協力しましょう」
善子「本当!?」
ダイヤ「ただし一つだけ条件があります、当日その場所に私も同行させてください」
善子「ダイヤ…」 ダイヤ「元Aqoursのメンバーとして、元生徒会長として、鞠莉さんと果南さんの代表として」
ダイヤ「そして最後に、ルビィの姉として」
ダイヤ「私には貴女たちの行く末を見届ける義務がある、嫌とは言わせませんわよ」
善子「駄目なんて言う気はないわよ、最初からね」
ダイヤ「フフッ、そうでしたか……では改めまして、善子さん」
ダイヤ「ルビィのこと、どうかよろしくお願いします」
善子「……任せて」
善子「絶対に救ってみせるわ、そして叶えてみせる」
善子「あの時の約束を─」
……
… ─冥府
死神「…ふむ、これで残りは50を切ったか」
ルビィ「……」
死神「さて、あれから一向に音沙汰がないわけだが、まだ信じているというのかお前は」
ルビィ「うん、来るよ」
ルビィ「約束したもん」
死神「…一つ聞くが、何故そこまで大丈夫だと言い切れる?」
死神「ルビィ、お前がそこまで信じられる根拠とは一体何だ?」
ルビィ「…知ってるから、ルビィも、みんなも」
ルビィ「大切なものがなくなる辛さを、苦しみを……みんな分かってるから」 ルビィ「それにね、ルビィたちって諦めが悪いの」ニコッ
死神「……」
ルビィ「だから来るよ、必ずね」
ルビィ「ルビィの知ってるAqoursは、善子ちゃんは…」
ルビィ「どんな困難にも負けたりしない、途中で挫けたって、何回でも立ち上がって前に向かって進むんだ」
ルビィ「死神さん、ルビィはね、そんな善子ちゃんたちのことを」
ルビィ「信じてるんだよ」 ─それからまた月日が過ぎて、季節は冬
11月10日、早朝
善子「忘れ物は、ないわよね」
善子「……よし」キュッ
善子母「善子、迎えが来てるわよ」
善子「今行くから待ってて!」 善子母「ではよろしくお願いします」ペコリ
善子母「みんなも、気をつけてね」
千歌「はい!」
ダイヤ「ありがとうございます」
善子「お待たせ」タッ
曜「おはよう善子ちゃん、これで全員揃ったね」 善子「ええ、それじゃあ「待って!」
善子母「善子……」
善子「ママ…」
善子母「……っ……」
善子母「いってらっしゃい」
善子「! …うん」
善子「いってきます!」 梨子「もういいの?」
善子「いいのよ、あれで」
花丸「…いよいよだね、善子ちゃん」
善子「ええ…ようやくここまで来たわ」
善子「さあ、みんな準備はいい?」
「「……」」コクッ
善子「行くわよ、これが正真正銘最後の戦い!」
善子「目的地は富士山、その頂上! 待っていなさい死神!」
善子「私はもう絶対に負けない! 今度こそあんたの手から」
善子「ルビィを救い出してみせる!!」 ─富士山五合目
ダイヤ「着きましたわね」バタン
「お待ちしておりました、こちらの方々が?」
ダイヤ「ええそうです、人払いのほうは上手くいっていますか?」
「問題ありません、閉鎖という形をとっていますので」
ダイヤ「そう、ご苦労様でした」 ダイヤ「では皆さん参りましょうか」
曜「車で来れるのはここまで、後はただひたすら登るだけだよ」
曜「体調管理には十分に注意を払ってね」
ダイヤ「念のため、登山経験のあるこちらの方にも同行してもらうようにしました」
「よろしくお願いいたします」
善子「え、いやそれは有難いけど」
ダイヤ「心配ありません、今からやることは他言無用として通してありますから」
善子「…分かったわ、行きましょう」 ─八合目、山小屋
曜「はいストップ! 今日はここまでにしよう、みんなお疲れさま!」
千歌「つ、疲れたー……」
梨子「はぁっ…やっぱり…厳しいわね」
花丸「だけど、あともう少しずら…」
千歌「いや…本当ダイヤさんに頼んで良かったね、休める場所があるのは助かるよー」
千歌「ありがとうダイヤさん」
ダイヤ「冬の山道は危険ですからね、これくらい当然ですわ」 善子「そうね、なら休める今のうちにもう一度確認しておきましょう」
善子「曜さん、この調子のまま頂上まで行けたとして、どれくらい持つと思う?」
曜「そうだね、今のところ天気は悪くない…でも気温自体はかなり低いから」
曜「長く見積もっても30分…ってところかな」
ダイヤ「30分……大丈夫なのですか?」
善子「やってみせるわよ、向こうだってそんなに長居させてはくれないだろうしね」 千歌「それはそうだろうけどさ」
善子「大丈夫よ、私なら」
善子「さあもう寝ましょう、明日も早いわ」
曜「うん、そうだね…おやすみなさい」
善子「おやすみ」
善子(……30分、それが私たちのタイムリミットか)
善子(…充分過ぎるわね、うん、大丈夫)
善子(私たちならやれる) ─そして翌日、11月11日夜
富士山、頂上部
ヒュオオォッ……
善子「……着いたわね」
曜「うん、ようやくこれでスタートラインだね」
梨子「善子ちゃん、時間のほうは?」
善子「大丈夫、まだ来てないわ」
千歌「良かった、なら早速」
善子「ええ、全員配置について、時間が来たら私が合図を出すわ!」 花丸「善子ちゃん、全員準備できたよ!」
善子「分かったわ、そのまま待機でお願い!」
ダイヤ「……やはり見ているだけというのは、歯痒いですわね」
「あの、お嬢様…彼女たちは何を」
ダイヤ「直に分かりますわ、ですが……この先何が起きても、決して彼女たちを止めないよう、お願いいたします」
「? 畏まりました」
ダイヤ「……」フゥーッ
ダイヤ(皆さん、どうか負けないでください)ギュッ 善子「……来たわね、満月」
善子(本来、この日この時間帯に出てくるのは三日月…皆からもそう見えてる)
善子(満月が見えてるのは私だけ……そう、あの時と一緒だ)
善子(今になって分かる、あの時のあれは…私が初めて魔術書を通して観た予兆だったんだ)
善子(魔法陣の円、そのファクターを暗に示していたそれが、私と死神の最初の繋がり)
善子(ならきっと見えるはず…全てが分かった今の私なら)
ズズ…
善子(月を通して浮かび上がる死神の魔術…その本陣が!!)
ズズズッ
善子「──! 見えた!!」 善子「やるわよ皆!」スッ
ダイヤ「!!」
善子「反撃…開始だ!!」ザクッ
ズブッ! グサッ!
「!!? 自分たちを刺した!? 一体何を──!」
ダイヤ「待ちなさい! 言ったでしょう止めてはならないと!」
「しかし!」
ダイヤ「あれでいいのです!!」 千歌「……っ…ああああ! 右足!!」
梨子「ひだり……うで…!!」
曜「右…腕っ…!!」
花丸「左足……!! 善子…ちゃん!!」
善子「ごほ…っ…! 揃ったわね……これで…」ボタボタッ
ギュルギュルギュルッ!!
「なっ…血が……円を描いて…!」
バチバチ バチィッ!!
善子「完、成………よ…」バタン
シュウゥゥッ 花丸「善子ちゃんっ!!」
曜「善子ちゃんが、消えた…! …ということは」
千歌「……うん」
千歌「“成功”…した!!」
梨子「……良かった、後は…待つだけね」ガクッ
ダイヤ「!! 手当を!早くっ!」
「は、はい!!」
花丸「…うっ……頼んだよ、善子ちゃん」 ─
死神「…そろそろだな」
ルビィ「……」
死神「お別れだルビィ、来世の魂よ」
死神「短い付き合いだったが、お前と過ごす時間は悪くはなかった」
ルビィ「うん、ルビィも」
死神「さらばだ」 バチッ
死神「……何?」
ルビィ「?」
死神「…術が、発動しない」
「ようやく面食らったような表情をしたわね」
ルビィ「あ…!」
死神「…そうか、お前か」
「ええ、待たせたわね死神、そしてルビィ」
善子「今戻ってきたわよ」 ルビィ「善子ちゃん!」
死神「再び扉を開けてこちらにやってきたか…しかし解せんな」
死神「どうやって術を打ち消した、お前の力では私に及ばないはずだが」
善子「ええ、あんたの言う通りよ、私じゃあんたの魔術には敵わない」
善子「でも一人じゃなく、五人分の力なら、どうかしらね?」
死神「何だと?」 善子「私が術式に使ったものは五芒星、東洋では五行思想と呼ばれているものよ」
善子「でも西洋魔術のほうはそれとはまた違う、当然知ってるわよね?」
善子「西洋の五芒星は火、水、土、風、そして霊…この五つの要素で成り立っている」
善子「そこにあんたの魔術書と4人を当て嵌めて、中央には私、それで陣を展開させた」
死神「成程な、霊の位置に私を組み込んだか、だが」
死神「それ以外の属性は分けられまい」
https://i.imgur.com/GqifaNG.jpg 善子「いいや出来るわね、人間の命と魂を繋げるうえで最も深く関わっているもの……それは血よ」
善子「だから私はこの魔法陣を血で描くことにした…そして」
善子「血を使ううえで区別出来るもの、分類されるもの、それは血液型」
善子「千歌さんはB、曜さんはAB、リリーはA、花丸はO型! 丁度四つ分揃ってるのよ!!」
善子「数さえ揃えば後はそれを繋げればいい!」 死神「無理だな、例えその4人とお前の繋がりが深かったとしても」
死神「私には関係がない」
善子「そうよ、だからその為に真ん中に私がいるんでしょ」
善子「あんたと唯一繋がりの深い、来世である私がね」
善子「五芒星の要は中心、つまり全員の力を一つにまとめ上げるのが私の役目」
善子「そしてね、言っていなかったけど、私もO型なのよ」
善子「O型がそう呼ばれるようになった由来はね、全ての血液型の輸血において反応が0だった0<ゼロ>型から来ている」
善子「もうどういうことか分かるわよね」
死神「貴様、まさか」
善子「そう、私が発動させた魔法陣は──」
善子「私の血を巡回させて、あんたと他の4人全員に結びつきを与えるためのものなのよ!」
https://i.imgur.com/DcXEQzf.jpg ルビィ「みんなの、力…」
死神「…理屈は分かった」
死神「どうあっても邪魔をするというのだな」
善子「その為にここへ戻ってきた、さあ…返してもらうわよ」
善子「私の大事な人を」
死神「無駄だ─」バチッ!バチバチッ
ゴオッ!!
善子「っ!! 大した風圧じゃないの!」ザッ 死神「お前たちが打ち消したのはあくまで表面上の円に過ぎない」
善子「表面上ですって…!?」
死神「そうだ、たとえ先程の陣でお前が私自身の力と拮抗し、一時的に相殺したとしても」
死神「我が魔術の根本にある内側から溢れ出る力……我らが“神”の力を」
死神「その程度のもので完全に消し去れるわけがないだろう」
善子「神…! やっぱりね…だと思ったわ…!」
死神「術が消えたというのなら、今からまた発動しなおせばいいだけの話だ」ヴォン
死神「お前たちがやったことは所詮僅かな時間稼ぎ、無駄な抵抗に過ぎん」 善子「……」
フッ
死神「──構築は済んだ」
死神「短い逆転劇だったな」スゥ……
善子「……短い、ねえ」
善子「それはどうかしら?」
ピシッ ビシビシビシッ
死神「…何?」
パァンッ!
死神「!」
善子「あんまり私を舐めるんじゃないわよ」 死神「馬鹿な、何故消される」
善子「さっき無駄な抵抗って言ったわよね、その台詞、そっくりそのまま返してあげるわ」
善子「あんたが何度式を組み立てようが無駄よ。私が何回でも打ち消してやる」
善子「神様? 上等よ、来るなら来なさい」
善子「真っ向から迎え撃って返り討ちにしてあげるから」
死神「貴様ら…何をした?」
善子「別に、神様の力を借りてるのはあんただけじゃない…それだけのことでしょ」
善子「もう一度言うわ死神、あんまり私を舐めないで」
善子「あんたがこの日の為に計算を重ねてきたのと同じように」
善子「私も勝つための布石は全部打ってきてるのよ!!」 ──
─
『五人の力を合わせた五芒星を使って死神の魔術に対抗する、ね』
『うん! これならいけるよ!』
『ええ、勿論よ……だけど』
『これはきっと、一時的な打ち消し程度にしかならないと思う』
『一時的? どういうこと?』
『魔力の強さ、大きさではなく、量の問題ってこと』
『恐らく向こうは私たちが術を一回消しただけじゃそこまで動じない、何故かというとまた術を発動すればいいだけだから』
『それって、あっちは何回でも同じ魔術を使えるってこと?』
『そう、水で例えるなら私たちは精々コップ一杯分、向こうはウォータータンク10L超え、それくらいの差があるわ』 『そんなに!?』
『絡繰りはここ、11月11日の奥に隠された数字“666”の存在』
『666って確か…悪魔の数字って言われてるやつだよね』
『一般的にはね、でもユダヤの場合は違う』
『ユダヤにとって666は神の数字なのよ』
『聖書の一つにメシーアスという言葉があるわ、救世主という意味を持ったギリシャ語よ』
『神による救いを信じているユダヤ教ではこのメシーアス、メシアこそがユダヤ人にとっての神様、その象徴にあたるの』
『そしてそのメシーアスの文字列を数字に置き換え、計算して浮かび上がる数字が666』
『死神はその数字を利用して、神の力を借りるつもりなのよ』 『じゃあここにその6の数字が3つ隠されているってことだよね』
『えっとまず、日付けの計算式で出た数字の6と…』
『年、月、日で分けると1が6つ並ぶから、それが2つ目の6よね……3つ目は?』
『最初の術が発動してからこの日が来るまでの間に経過した月日の合計数』
『6月は2日、7月8月10月は31日、9月は30、11月は10日、これを全て計算すると』
『6+2+7+31+8+31+9+30+10+31+11+10=186 → 1+8+6=15 → 1+5=6 となるわ、これが最後の3つ目』
『数字が揃った…しかも』
『魔術書に蓄積された日数も組み込んで……こんなの一体どうすれば…』
『簡単よ、こっちも神様の力を借りればいい』
『え……?』 『もう皆分かってると思うけど、死神が魔術に使っている最大の要素は数字』
『だから例え魔術書がどんな場所にあろうと、時間さえ来ればこれが勝手に発動する仕組みになってる』
『つまり、これは逆に言えば』
『魔術を使うその場所だけは、私たちが任意の位置を指定できるということ』
『向こうが数字なら、こっちは土地で対抗するのよ』
『でもそんな、神様がいる場所なんて……あっ!』
『そうか! そういうことなんだね!』
『ええ、私たちが向かう場所…それは』
『大地に根付く日本の象徴、富士山よ!!』 善子「私が構築した魔術は“生きている人間をこの世に留まらせる術”」
善子「不死の山という伝承を持っているここは正に私にとっておあつらえ向きの場所なのよ」
死神「生きた人間、ルビィも含めてか」
善子「そう、死人のあんた達はお呼びじゃないの」
死神「…成程、つまり」
死神「消すものが増えただけか」パキッ
善子「やってみなさいよ、やれるものならね」ヒュオッ ビリィッ! ガガガガガガガガッ
バチバチィッ!
死神「! また…っ!」パァンッ
善子「…15回目っ!!!」キイィィン
善子(無効化されると分かってから、あっちは高エネルギーの魔力を組み込んでき始めた…!)
善子(恐らく私の体力を削ろうとして……けど!!)
善子「無駄よ! あんたがどんな小細工を仕掛けようが!」
善子「何度でも何度でも何度でも!! 私が弾き返す!!」
死神「…貴様っ!」 死神「いい加減に諦めろ! 引き際を知れ!!」バッ
善子「こっちの台詞…ってんでしょうが!!」バッ
バリバリバリバリッ!! ガガガガガガガガッ
ドオオオォォォン!!
善子「…16回目、何さっきからバカスカ威力上げてきてるのよ、焦ってるの?」ケホッ
ルビィ「すごい……善子ちゃん」 死神「焦る? 私が? 冗談を言うな」スッ
善子「……!」
死神「いつまでも食い下がる貴様に苛ついてるだけだ!!」ゴオォッ!!
善子(っ嘘でしょまだ大きくなるの!?)
善子「それを余裕がないっていうのよ!!」ビリビリビリッ!
善子「17…っ…回目ぇ!!」 ドド ドド ドド ドドド
善子「18!!」
ド ド ド ド ド ド ド
善子「19!!」
ドド ドド ドド ドドド
ド ド ド ド ド ド ド
善子「20っ!!」
キイイイィィィィィィン
善子「これ、で…21っかいめ……はぁっ、はあっ…どうよ…!?」
死神「まだ…逃れているっ…!!」ギリィ 死神「……だが」
善子「…っ……」ガクッ
ルビィ「善子ちゃん!!」
死神「…ふん、そろそろ限界が近いようだな」
善子「このっ涼しい顔して……体力どんだけあんのよ…!」
死神「当然だ、貴様らのような温い連中と一緒にするな」
善子「!!」
死神「これで最後にしてやる、もう楽になれ」ヴォォォ
善子「く……!」
善子(まずい……体が…) 死神「終わりだ」スッ
ズアァァァァァァ
ルビィ「──! やめて!!」ダッ
善子「……ぁ…」
死神「なっ…! ルビィどういうつもりだ!!」
死神「死にたいのか!! さっさとそいつの前から離れろ!!」 ルビィ「嫌だ!! 絶対に離れない!!」
善子「…………ル、ビィ…!」
ゴオオオォォォォォォ!!
ルビィ「!! ……善子ちゃんはっ!ルビィが守る!」
─お姉ちゃん。
死神「!!やめ──」
バチィッ!!!
ルビィ「…………え?」
善子「待ち、なさいって…」ギギギッ…
死神「…馬鹿な」 バチッ
善子「……なに、やってんのよ…」ググッ
善子「私が、わたしたちが…誰のために……」
バチバチバチ!
善子「ここまで来たと、思ってるのよ…!」
善子「なのに、守られるなんてっ……」
善子「何やってんのよ!私はっ!!」ブシュッ
善子「っああああああああああ!!22ぃっっ!!」
ドパンッ!!!!
ルビィ「善子ちゃ…」
善子「はぁっ……何よ…まだ動けるじゃない」シュウゥゥッ
死神「…………何故だ」
なぜ、立ちあがれる? すみません、一旦ここまでで続きは明日に。
そろそろ終わります 善子「…理解出来ない…って顔してるわね、そりゃ、分からないでしょうよ」
善子「あんたみたいな、甘ちゃんに…私たちの想いが!強さが!分かるわけがない!!」
死神「私が、甘いだと…!?抜かすな小娘がっ!!」ゴォォォッ!!!
死神「貴様らに私の何が分かるっ!!!」
善子「っ!まだまだぁっ!!!」バチィィィィイッ!!!
善子「ルビィ!力を貸しなさいっ!!」
ルビィ「──! うん!!」ギュッ
ルビィ「頑張って善子ちゃん!!後ろはルビィが」
ルビィ「皆が支えるから!!」 死神「何を考えている!何故ルビィから力を借りようとする!!」
死神「ルビィにお前のような魔力は存在しない!!ルビィは!貴様が救うべき存在ではなかったのか!!」
ズウウウウゥゥウゥアアアアアアァァァ!!!!
善子「ふざ……けるな……」バチッ…
善子「ふざけるなあっ!!」キイィィイインッ!!
死神「!」
善子「いい加減にしなさいよあんた!!力がないだの温いだの!人を見下すのも大概にしろっ!!!」
善子「なんでそうなのよ!!こんなに…とんでもない力を持ってて……!神様への信仰心も、あるくせに…!!」
善子「あんただって誰かのために戦っているのに!!」
善子「なんで自分以外の人間を!その強さを!!信じることが出来ないのよっ!!」 死神「信じるだと!?アレを信じろというのか!許せというのか!!」
死神「貴様は奴らの行いを見てもまだそんなことが言えるのかっっ!!!」ゴォオ!
ドンッッッッッ!!
善子「くぅ……! そん、なわけ…ないっ!」
死神「何!!」
善子「許せるわけないでしょあんなの!!」
善子「ルビィだって皆だって全員許してないわよ!!怒ってるのよ!だけど!」
善子「だからこそ!!ルビィを犠牲にしようとしているあんたが許せないんでしょうが!!」 善子「だから私もルビィもここに立っているの!あんたを止めているのよ!それを本当に分かっているの!!?」
死神「!!!」
バチバチバチイッ!!!!
善子「ルビィは!私はねえっ!!」
『あとね、最後にお願いがあるの』
善子ちゃん…死神さんのこと、助けてあげて。
善子「貴女を救いたいのよ!!」 死神「救い、救いだと…!?…っ…そんなもの必要ない!!」
死神「私は救われたいと…望んでいない!!ここに来て選択を誤るか!!」
死神「ここまで来て出した答えがそれならっ…!愚かにも程がある!!」ズァァァッ!!!
善子「愚かは…どっちだあっ!!」バアンッ!!
死神「っ!!」
善子「なんでそうやって自分一人で何でも分かった気になって!それが正しいことだって勝手に決めつけるのよ!!」
善子「あんたずっとそうじゃない!!昔も!今も!誰の言葉にも耳を貸そうともしないでっ!!」
善子「それで生まれた悲劇があるのに!また同じことを繰り返そうとしている!!」 『族長…どうせいつもの煮え切らない話だろうが』
『その救世主というのはいつ我々を救ってくれるのでしょうか』
『いかにも向こうが言いそうなことだ、馬鹿馬鹿しい』
『救いがいつ来るのかなど、誰にも分かりはしないんだ』
『…馬鹿が。信じたところでどうにもならんわ』
『結局己が身を救うのは……己自身でしかないのだからな』
死神「──!」 死神「私が…全て招いたことだと言うのか」
善子「違う!あんただけじゃない!!誰にだって罪はあるわよ!」
善子「マリアを焼いた連中は勿論!それに手を貸した族長たちも!」
善子「そんな奴らを殺したあんたも!!そんなあんたを助けたいと思ってるルビィにも!!」
善子「そしてルビィを巻き込んだ私にも!!今ここにいる全員が!その罪を背負ってるんだ!!」
善子「だけどその中でも何一つ変わってない!変わろうともしない!自分だけが絶対だと思っている!!」
善子「そんなあんたがっ!私は一番許せないのよ!!」
死神「!!」
善子「あんたは!たったの一度でも誰かを頼ったのか!死神ぃ!!」
ゴオオオォォォォォォ!!!!!
死神「私…私は……!」 善子「だから私たちは負けない!負けたくない!!」バチッ
善子「私はあんたとは違う!一人で戦っているんじゃない!」
善子「私の目の前で守ってくれているこの両手も!!」バチバチィッ!
善子「前に進めようとしてくれているこの両足も!!」ザッ!!
善子「私の背中を押してくれる後ろの小さな体も!!」
ルビィ「っうううああああぁぁ!!」
善子「その全てに支えられて私はここに立っているんだ!!」
善子「皆の想いを背負ってここに立っているのよ!だから私は!!」
善子「絶対に!負けるわけにはいかないのよ!!」ギギギギギッ!!! 善子「っ……うああああああああああ!!!」
死神「!!……何故だ、術が…!」
死神「壊れ…っ…!!」
善子「罪なら一緒に背負ってあげるわよ!!だからもう」
善子「独りになるのはやめろぉっ!エステルーーーーー!!」
キイイイイイイイィィィィィィン!!!
死神「……あ…」 ねえ、一緒についていってもいい?
死神「…………そう、か」
……ピシッ
これからよろしくね、お姉ちゃん!
死神「そうだったのか」
ピシピシピシッ…
死神「本当に、救いを…求めていたのは…」
エステル「救われたかったのは……私だ」
────パリンッ シン……
善子「はあっ……はぁ……」
ルビィ「とまっ…た……?」
善子「…………みたい、ね」ヨロッ
ルビィ「善子ちゃん!」ダキッ
善子「大丈夫…ありがと」
善子「……」
エステル「…………なんだ」
善子「……貴女の負けよ、エステル」
エステル「……ああ……そうだな」
エステル「お前“たち”の…勝ちだよ」 エステル「私の完敗だ……心残りは、ない」スッ
ヴォンッ
善子「! 陣が…!!」
エステル「行け、器は用意した、これで問題なく帰ることが出来るはずだ」
ルビィ「器…それって!!」
エステル「ああ、私の命だ、使え」
善子「……」
ルビィ「そんな!駄目だよ!」
エステル「私に構うな、ルビィ」
エステル「お前たちには帰るべき場所があるのだろう?」 ルビィ「だけど!」
エステル「……本当にお前は、よく似ているな」
エステル「どうしてそこまで、寄り添おうとするのか」
ルビィ「だって……大切な人だもん」
ルビィ「マリアちゃんにとっても!ルビィにとっても!大事な人だから!」
エステル「!…………馬鹿者が、もういい」
エステル「それだけで、もう十分…私は救われている」
エステル「ありがとう。ルビィ」
ルビィ「……っ…」ポロポロ
エステル「……善子、ルビィを“頼む”」 善子「エステル…」
エステル「お前だから、頼むんだ」
善子「…わかったわ」
善子「ルビィ」
ルビィ「……うん」スッ
エステル「そうだ、それでいい」フッ 善子・ルビィ「……」
エステル「さあ、時間だ……唱えろ、その言葉を」
エステル「お前たちは誰よりも、その術を知っているはずだ」
善子・ルビィ「……うん」
善子・ルビィ「……」スウーッ
そうだ、私たちは知っている
たった一滴でも、最初に血を分け合ったのは他の誰でもない
──私たちだから
エステル「……いけ」 善子・ルビィ「……汝、常世の国に在らずレば! 我、現世にて己が姿をミたりて!」
善子・ルビィ「故有りし世に糸重ね、一輪自≪かかぐ≫り下思ひて! 響かせたまへ!」
エステル「……ああ、だが…そうだな…一つだけ、願うことがあるとするならば」
善子・ルビィ「我、張り者也───!!」
どうか、幸せに生きて──。
それだけでいい。
そうなんだろう? マリア。 ──ピカッ
「「!!!!!」」
シュウゥゥッ
花丸「魔術書が…っ…消えていく……!!」
花丸「!あ…ああぁ……!!」
花丸「善子ちゃんっ!ルビィちゃんっ!!」
曜「戻って…来た……」
梨子「……っ…時間は!!」
ダイヤ「…43分、ごじゅうっななびょう……!!」
花丸「……息…あるよ!!」
千歌「…うぅっ…あああぁ……やった…やったよ、善子ちゃんっ…ルビィちゃん…!!」ボロボロ
千歌「私たちの…っ…みんなのっ…完全勝利だ!!」 ─善子の家
善子母「善子ー、ルビィちゃん来てるわよ」
「うん、すぐ行く」
ガチャ
善子「わ…っとと、あぶな…」
善子母「もう、慌てないの…転んで怪我でもしたら心配されるわよ?」
善子「う……わ、分かってるわよ気をつけるから!」 ルビィ「善子ちゃん! おはよう!」
善子「おはよう、待たせたわね」
善子母「二人とも、気をつけてね」
善子「うん」
善子・ルビィ「いってきます!」
善子母「はい、いってらっしゃい……ふふ」
善子母「全く、あんなに機嫌よくして」クスクス
善子母「…………」
善子母「おかえりなさい。善子」 花丸「善子ちゃーん! ルビィちゃーん!」タッ
ルビィ「あっ花丸ちゃん!」
善子「おはよ、早いわね」
花丸「居ても立っても居られなくて、それにそういう善子ちゃんだって」
善子「まあね、だって楽しみじゃない」
善子「年末年始、久しぶりにAqoursのみんなが揃うんだもの」
ルビィ「えへへっ、ワクワクするね」 ======
善子「……あれから一ヶ月、か」
善子「早いのか遅いのか、よく分からないわね」
ルビィ「うん」
花丸「全員すぐさま病院に運ばれた時は本当に大変だったんだよ! もうご近所さんから何まで大騒ぎで……」
花丸「マルも寿命がかなり縮んだ気がするずら……」
善子「本当よね、正直これはもう駄目だと思ったわ」
ルビィ「ちょっ善子ちゃん!?」
善子「じょ、冗談よ冗談」
ルビィ「もう…」
善子「……でも、こうしてみんな生きてるでしょ」
ルビィ「…うん、生きてる」 花丸「あっ! 見えてきたよ!」
曜「…お! 千歌ちゃーん! ルビィちゃんたち来たよー!!」
「はーい!」
善子「準備?」
曜「まあそんな感じ、でももうすぐ終わるよ」 曜「そういえば、二人とも進路決まったんだって?」
ルビィ「うん、大学に行こうと思ってるんだ」
善子「そこで民族のことについて色々学んで、教員免許も取って、いつか」
善子「その大切さを子供たちに伝えていく…そんな教師になりたくて」
曜「そっか、いい夢だね」
善子「幸いうちのママも教師だし、使えるものは全部使っていくつもりよ」
曜「あはは、相変わらず抜け目がないね善子ちゃんは!」
曜「うん、私も応援するよ! 頑張ってね二人とも!!」
千歌「準備できたよー!」
曜「はーい! それじゃいこっか!」ニコッ 鞠莉「ルビィー!善子ー!花丸ー!」ガバッ
花丸「わわっ鞠莉ちゃん」
鞠莉「会いたかったわよー!!」スリスリ
果南「こら」ペシッ
鞠莉「あいたっ」
果南「久しぶり、三人とも元気そうで何よりだよ」
善子「ええ、果南さんもね」 ダイヤ「……あら、もう皆さん揃っていましたのね」ガチャ
梨子「私たちが最後みたい」
ルビィ「お姉ちゃん!」
善子「リリーも!?」
ダイヤ「買い出しですわよ、注文が多すぎるので時間がかかってしまいました」ガサッ
梨子「それで私も手伝いに呼ばれたわけなの」
ダイヤ「おかげで助かりましたわ、しかし、一体誰がこんなに…」
鞠莉「えー!? だって折角みんな集まったんだしパーッとやりたいじゃない!」
ダイヤ「…やはり鞠莉さんでしたか」
梨子「あはは…やっぱり」 ─
千歌「よぉーし!! それじゃあ皆さん揃いましたところで!!」
千歌「ルビィちゃんが戻ってきたお祝いと!二人が付き合ったお祝いと!Aqours集合記念と……まあ諸々含めた祝宴会を!!」
千歌「今から始めたいと思いまーす!!かんぱーーーーーい!!」
「「乾杯ーー!!」」
ワイワイ ガヤガヤ
果南「さ、どんどん食べてってよ!」ドンッ
花丸「うぅ〜ん! 美味しいずらぁ〜!」ムグムグ
鞠莉「ねえねえそれで? 聞かせてくれるんでしょう、今までのこと!」
善子「やけに興味津々ね…あ、おかわりお願い」プハッ 鞠莉「私のも持ってきてー! だって聞きたいんだもの、貴女たちの愛の物語」
善子「愛って……」
鞠莉「あら、違った? ……色々協力出来ることがあるかもしれないでしょ」
ルビィ「! 鞠莉さん…」
果南「ま、そういうことだよね」ズイッ
鞠莉「言っておくけど、私たちだけ除け者なんてなしよ、善子」
果南「それに皆も改めて聞きたいみたいだよ? ほら」 「「……」」
善子「全く……長くなるわよ」クスッ
鞠莉「逆にすぐ帰れると思っていたのかしら?」
ルビィ「えへへっ! それもそうだね!!」
果南「聞かせてよ善子ちゃん、私たちに二人の物語を」
善子「…仕方ないわね」フフッ
善子「じゃあ、そうね…どこから話せばいいかしら」
善子「もう半年も前になるのね……そう、あれは私が部屋で本を見つけた頃まで遡るわ────」 ────救いとは一体何だろうかと、最近になって考える。
神か、人か、それとも自らの欲を満たしてくれる別の何かか
恐らく、人が人である限り完全なる答えは出ないのだろう。
そうだ、多様な価値観の中で争いが繰り返されるこの世の中で
全ての人を救える術など、どこを探しても見つからないだろう。
だが、それでも悩み、苦しみ、足掻き続けたその先には
きっと、お前たちを照らしてくれる光が待っているはずだ。
だから進め、お前たちの信じる仲間とともに。
そして掴み取れ、己自身の幸せを。
善子、そしてルビィ。
その日が来るのを私たちは楽しみに待っている。
この雄大な海よりも更に高い、空の上から────ずっと。 終わりです、ありがとうございました。
最後に名前の補足ですが、エステルは「星」、マリアには「海の輝き」という意味がそれぞれあるそうです。 おつでした
一ヶ月以上に渡り楽しませてもらいました >>515
元ネタが漫画やアニメ等といった作品を指しているのならssの元ネタはありません
ただ、今回のオリジナル要素における部分
エステルやマリア、ユダヤの魔女裁判につきましては
実際に行われていた中世ヨーロッパの魔女狩りの事件などを参考に書きました。
エステルの名前の元ネタは旧約聖書の一つ「エステル記」の主人公エステルから
マリアについてはユダヤでそういった名前がよく使われていたから名付けただけで元になった人物は特にいません お疲れさまでした
ここ最近の楽しみの一つでした
毎回読ませてもらってる、今回もとても良かったです おつおつ
最後の対決は熱い展開で凄いよかったわ
魔術の法則も色々練られてて面白かったです よく勉強してるなあ
ただの匿名掲示板に書き込むのはもったいないんじゃないか ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています