【SS】千歌「我ら天駆亜九人集、参る!」
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時は天正18年(西暦1590年)――
世に聞こえる天下人、豊臣秀吉が関東の北条を攻めんとし、天下統一を間近に控えた時代。
伊豆国を治めるいち大名に過ぎなかった小原家――
父の死後、家督を継いだ小原家当主・小原鞠莉は、突如として乱心し、暴虐の限りを尽くしていた。
果てには「悪亜集」なる軍門を組織し、秀吉の首を獲らんと野望を抱く。
終わらぬ破壊と略奪に、伊豆の民は絶望の底へと落とされていた。
しかし、地獄の中でも、希望を捨てぬ者がいた。
侍に憧れる、ひとりの少女。
彼女が、小原家に対抗を続ける水軍の棟梁、そしてひとりの謎めいた旅の浪人と邂逅した時、
歴史の影に埋もれた、とある九人の物語が幕を開ける――
VIPQ2_EXTDAT: checked:vvvvv:1000:512:----: EXT was configured 果南が、何かの気配を察した――その時、
ドンドンッ!
千歌「うひゃあっ!?」
曜「な、何!? 誰かが、外から戸を叩いてる!?」
千歌「よ、妖怪!?」
花丸「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏・・・・・・!」
果南「・・・・・・」スッ
ガラッ!
動揺する三人を尻目に、果南は黙って立ち上がり、
戸を開けると――そこに立っていたのは、
少女「・・・・・・!!」
ハァハァ
曜「え・・・・・・あれ?」
千歌「お、女の子・・・・・・?」
梨子「わ、私・・・・・・梨子、って言います・・・・・・!」
梨子「た、助けて――かくまってください!」 ガラガラッ ピシャッ
部屋に迎え上げられた、梨子と名乗る娘。
その顔面は蒼白で、服も身体も泥だらけ、呼吸も荒い。
梨子「・・・・・・・・・」ハァハァ
千歌「大丈夫!? 落ち着いて!」
花丸「服も格好もボロボロずら・・・・・・!」
曜「梨子ちゃん、だっけ・・・・・・? 何があったの?」
梨子「わ、私・・・・・・武蔵国から、逃げてきたの・・・・・・」
千歌「ええっ、武蔵――ってことは、関東から!?」
曜「山を越えてきたの!? なんでまた・・・・・・!」
梨子「・・・・・・・・・」
梨子「私・・・・・・故郷の村を、無くしたの」
梨子「みんなみんな、焼かれて・・・・・・」
千歌「・・・・・・!」
梨子「関東にいても駄目だ、他国に逃げよう、と思って」
梨子「ひたすら逃げ続けて、気づけばここまで来てたんだけど・・・・・・」
梨子「そうしたら・・・・・・」 〜梨子の回想 淡島城の近辺〜
梨子『・・・・・・』ハァハァ
梨子『逃げ続けて、ここまで来たけれど・・・・・・ここ、どこだろう・・・・・・?』
梨子が、夜の闇に包まれた、海岸通りを見渡す。
その時、道の脇の草叢が、にわかにさざめき――
ザッ…
男『待たれ・・・・・・そこのお人・・・・・・』ヨロッ…
梨子『!? だ、誰!?』ビクッ
梨子『・・・・・・!? 酷い怪我・・・・・・!』
現れたのは、黒装束に身を包み、
身体から血を流した、ひとりの男。
男『お主に・・・・・・頼みが、ある・・・・・・』
男『これを・・・・・・!』
スッ
梨子『・・・・・・!? 巻物・・・・・・?』 男は、梨子に向かって一本の巻物を差し出し、
息も絶え絶えに、語る。
男『これは、淡島城より奪いし、“煉獄の書”・・・・・・!』
男『この中に、奴らの、小原の秘術の秘密が・・・・・・』
ガハッ!
梨子『!! 大丈夫ですか!?』
男『俺は・・・・・・もう、駄目だ・・・・・・』
男『しかし・・・・・・! この書は、この世にあってはならぬ・・・・・・!』
男『頼む・・・・・・! この書を、奴らの手に渡さぬよう・・・・・・!』
スッ
梨子『・・・・・・? この、巻物を・・・・・・?』
男『!!』ゲボッ!
梨子『!? しっかり!!』
男『頼む、この書を・・・・・・!!』
ガクッ
男が倒れ、こと切れた――その時。
<アッチダ!
<ニガスナ!
バタバタ
遠くから近づいてくる、男たちの怒号と、複数の足音。
梨子『・・・・・・!? もしかして、この巻物を奪いに・・・・・・!?』
梨子『に、逃げなきゃ・・・・・・!!』 梨子「――そんなことがあって。もう、訳がわからない・・・・・・!」
千歌「“レンゴクの書”・・・・・・!?」
曜「その男の人は、他の国の大名の、隠密か何かだったのかな・・・・・・?」
梨子「これが、その巻物なんだけど・・・・・・」
スッ
曜「それじゃもしかして、これを狙って、悪亜集が・・・・・・!?」
果南「・・・・・・・・・」
果南(気のせいか? この娘――)
秘かに、果南が眉をひそめた――
――その時。
ザワッ…
果南「!」ピクッ
花丸「か、果南さん?」
果南「・・・・・・どうやら、もう逃げ場はなさそうだよ」
花丸「ええっ!?」
梨子「・・・・・・・・・!!」 〜花丸の寺 境内〜
ザザッ…
――暗闇に紛れて、花丸の寺を取り囲む者たち。
悪亜集の兵たちと、黒衣の少女――
悪亜兵「夜羽根様。寺の周りは、完全に囲みました」
善子「ふっ。籠の中の鳥とは、このことね」
ドンドンッ!
悪亜集の兵たちが、閉ざされた本堂の戸を乱暴に叩く。
悪亜兵「この戸を開けられいっ! 我ら、淡島城城主、小原鞠莉公の配下、悪亜集である!!」
悪亜兵「ここに逃げ込んだ娘を出せ! 隠し立てするとためにならんぞ!!」 すると、堂の中から、か弱い少女の答える声。
花丸「・・・・・・お侍様方、このお寺には住職のオラ以外、誰もいないずら」
花丸「夜も遅うございますし、お引き取りしてほしいずらー」
悪亜兵「たわけたことをっ! ここに逃げ込んだのはわかっているぞ!!」
悪亜兵「なめくさりおって!! 構わん、戸を破れぃ!!」
ワアアッ!!
ドンドカッ!
果南「――やれやれ」 ズパッ
バカッ!
悪亜兵「――!?」
悪亜兵「戸が、中から斬られ――!?」
そして、真っ二つに斬られた戸の向こうから、
悠然と現れたのは――
果南「ゆっくり、寝かせてもらいたいんだけどねぇ」
ザッ
悪亜兵「・・・・・・!! 松浦果南!!」
悪亜兵「なぜ貴様がここにっ!?」
花丸「か、果南さん・・・・・・」
果南「任せといて、マル」
花丸「・・・・・・後で、戸の直し賃を頂戴するずら」ジトッ
果南「・・・・・・う。貸しにしといてくれ」タラッ 果南「――さて」
果南「娘がどうとか、どーでもいい」
果南「私は気持ちよく寝ようとしてたんだ。その寝込みを襲おうっていうんだから――」
スラッ…
果南「――覚悟は出来てるな?」
悪亜兵「く・・・・・・!」
悪亜兵「そ・・・・・・そんな短い脇差一本で何が出来る! かかれっ!!」
ワアアッ!
果南「――上等」ニッ
シャキンッ!
ズパッ!
悪亜兵「ぐわっ!」
悪亜兵「ひでぶっ」 一方、堂の中に隠れ、
境内で戦う果南と悪亜集の様子を窺う、千歌たち。
千歌「・・・・・・梨子ちゃんは、部屋の奥に隠れてて」
梨子「・・・・・・!!」
梨子「すごい、あの果南さんっていうお侍、強い・・・・・・!」
梨子「あんな短い脇差一本で、何人もの鎧武者と渡り合ってる・・・・・・!」
千歌「当たり前だよ! 果南ちゃんはすごいんだから!」
曜「でも・・・・・・昼間の時より、相手の数が多い」
曜「流石の果南ちゃんも、この数が相手だと・・・・・・」
悪亜兵「かかれかかれ! 所詮は多勢に無勢!」
悪亜兵「いかに“無太刀の果南”といえども、この数にかなうと思うなよ!!」
果南「・・・・・・言ってろ」
ガキン!
ズパッ!
――数に勝る悪亜集に、一歩も退かず渡り合う果南であったが、
四方八方から次々と襲い来る兵たちに、手こずっているのは明らかであった。
曜「このままじゃ・・・・・・!」
千歌「・・・・・・!」 千歌「・・・・・・曜ちゃん」
曜「え?」
千歌「美渡ねえや果南ちゃんは、侍になんかなるな、って言ってた・・・・・・」
千歌「確かに、侍の中には酷い人だっている。そのくらい、私にだってわかってる・・・・・・」
曜「千歌ちゃん・・・・・・」
千歌「だけど・・・・・・だけどね」
千歌「本当の、侍って・・・・・・誰かが困ってる時、力になってくれる」
千歌「そんな人のことを言うんじゃないかなって、千歌は思うの」
千歌「そう・・・・・・果南ちゃんみたいに」 グッ
千歌「ね・・・・・・曜ちゃん」
千歌「もし私と一緒に、侍になろうって言ったら・・・・・・」
千歌「曜ちゃんは・・・・・・一緒に、やってくれる?」
曜「・・・・・・・・・」
曜「本気・・・・・・なんだね」
クスッ
曜「私、小さい頃からずっと思ってた。千歌ちゃんと一緒に、何かやってみたいって」
曜「だから・・・・・・」
千歌「・・・・・・!!」
千歌「曜ちゃん・・・・・・!」 キイン!
ガンッ!
悪亜兵「ふふふ、流石だな、松浦果南」
悪亜兵「しかし貴様とて、この数を一度に相手にするのは容易ではあるまい」
果南(くっ・・・・・・! 一人一人は雑魚だけど、いかんせんこの数は・・・・・・)
悪亜兵「さあ、どんどんかかれっ!!」
ウオオオッ!
カキン! ギンッ!
悪亜兵「その隙に、寺の中へ押し入るのだ!!」
ワアアアッ!
果南が見せた、一瞬の隙を逃さず、
兵の何人かが、堂に向かって突進する。
果南「くっ!! しまっ・・・・・・」 千歌「どおりゃあああ!!」
ギインッ!!
悪亜兵「ぐあっ!?」
曜「蹴りいいいいいっ!!」
ドキャッ!!
悪亜兵「へぶっ!?」
――その時。
堂の中から飛び出した千歌と曜が、押し入ろうとした兵たちを、勢いに任せて蹴散らす――!
千歌「果南ちゃん!!」
曜「大丈夫!?」
果南「な!? 千歌、曜!?」
果南「何しに出てきた!! ふたりは中にいろって・・・・・・!!」 千歌「果南ちゃん! 私は確かに、ごく普通の百姓の子だよ! でもね・・・・・・!」
千歌「困ってる人がいるのに、それを見て見ぬふりするほど、腐ってもいない!!」
果南「!」
曜「私だって! 果南ちゃんと千歌ちゃんが頑張ってるなら・・・・・・!」
曜「ひと肌脱ぐよ! おっ父だって、きっとそうした!!」
果南「千歌、曜―――」
キッ!
果南「――いいか! あくまで、己の身を守るために戦えっ!!」
果南「いいね!!」
千歌「合点(がってん)――」
曜「――承知之助!」 悪亜兵「このっ・・・・・・! 舐めるな小娘ぇ!!」
ガキッ!
千歌「ぐぅぅ・・・・・・!!」
ギリギリ
兵のひとりが、千歌に斬りかかり、
千歌はかろうじて、刀でそれを受ける。
悪亜兵「ふはは、防ぐだけで精一杯じゃねえか!!」
悪亜兵「百姓の小娘風情が、悪亜集にかなうと思うなぁっ!!」
ギインッ!
千歌「あうっ!」
ズザッ
体格に勝る悪亜兵が、力任せに押し返し、
弾かれた千歌は倒れそうになるも、なんとか踏みとどまる。
悪亜兵「くくく・・・・・・一丁前に、刀なんざ構えちゃいるが・・・・・・」
悪亜兵「どうせ、人を斬ったことなんざねえんだろぉ!? てめえにゃそんな刀、勿体無ぇ!!」
千歌「うるさい・・・・・・!! この刀は、戦で戦ったお母さんの形見の刀・・・・・・!」
千歌「私は、この刀で・・・・・・! 本当の、侍になるっ!!」 悪亜兵「しゃらくせぇっ!! 死ねっ!!」
グオッ!
千歌「・・・・・・!!」
千歌に向かって、悪亜兵が刀を振り上げる――!
千歌(落ち着け・・・・・・! 相手の動きは大振り!)
千歌(昔、稽古をつけてもらった頃の、果南ちゃんにすら劣る・・・・・・!!)
千歌(落ち着いて、相手の体の、全体を見るっ!!)
チャキッ
千歌(相手は銅鎧を身につけてるけど・・・・・・果南ちゃんは、瞬時に鎧の隙間に、刃を当てていた)
千歌(だったら――そこを狙って!!)
グッ
千歌「そこ!!」
ドグッ! 悪亜兵「ごふぁっ!?」
千歌「や、やった・・・・・・!!」
悪亜兵「馬鹿、な・・・・・・!!」
ドサッ
千歌は、返した刀の峰を、悪亜兵の胴当ての隙間に叩き込み――
兵は、その場に昏倒した。
千歌「・・・・・・峰打ちだから、勘弁ね」
ドキドキ
千歌(やった! 私だって・・・・・・戦える!!)
キッ
千歌「来るなら来い、悪亜集!!」
千歌「みんなはっ・・・・・・私が、守るっ!!」 悪亜兵「ぐへへ・・・・・・」
ジリジリ
曜「・・・・・・!」
―― 一方の曜。
武器を持たない曜に、刀を構えた兵のひとりが、じりじりとにじり寄る。
悪亜兵「丸腰じゃねえか。それでどうやって戦うつもりだ、ああ?」
曜「・・・・・・私は、武器を使えないからさ」
曜「いや、違うかな。“使えない”んじゃない、“使わない”んだ」
曜「おっ父も言ってた。海の男は、武器になんか頼らず、自分の体ひとつで戦うんだって」
悪亜兵「何を寝言ほざいてやがる!! 死ねっ!!」
ジャキッ!
グオッ!
曜の脳天目掛け、
悪亜兵が、刀を振り上げる――!
曜「―――」
スゥッ ――しかし。
曜の頭は、冴えていた。
その目で、瞬時に、相手の全身を見渡す。
曜(――遅い。それに動きが大振りで、無駄がありすぎる)
曜(私に稽古をつけてくれてたおっ父は、もっと――)
曜「――速かった!!」
ダンッ!!
悪亜兵「!?」
悪亜兵が刀を振り上げた、その刹那。
相手が刀を振り下ろすより一瞬速く、曜は相手の懐へと踏み出す。
曜(おっ父は言ってた。刀を、怖れるな)
曜(刀を振るえば、動きは大きくなる。刀を恐れず、振られる前に、一気に間合いに踏み込んで――)
ガッ
ガシッ
曜(襟口と腰を掴んで、一気に重心を崩し)
曜(肘を相手の首に入れたまま――投げ落とすべし!!)
曜「どおおりゃあああああっ!!!」
ブワアッ
ドキャッ ゴキッ!!
悪亜兵「!!?」 悪亜兵「が・・・・・・あ・・・・・・!?」
ガクッ
曜「はぁぁ・・・・・・やった・・・・・・!」
曜に投げ落とされ、頭を地面に強打した悪亜兵は、
そのまま白目を剥き、失神した。
曜(武器がなくったって・・・・・・私も、戦える!)
曜(千歌ちゃんの、力になれる・・・・・・! 侍に、なれるんだ!)
曜(この、おっ父直伝の――体術があれば!!)
曜「――宜候(よーそろー)!!」
曜「さあ、どんどん行くぞぉぉーー!!」 〜寺の中、本堂〜
梨子「・・・・・・!!」
ドキドキ
梨子(すごい、あの、千歌ちゃんと曜ちゃんって子・・・・・・!)
梨子(悪亜集を、倒した・・・・・・! ただの、百姓の子じゃないの?)
梨子(あの、果南さんっていう侍は、相変わらず強いし・・・・・・)
ゴクッ
梨子(ここに隠れてるように、言われたけど・・・・・・)
梨子(助かる、かも・・・・・・?)
――その時。
梨子の背後の闇から、現れた者――
ギシッ…
???「――そんな、格子の隙間から覗き見してないで」
???「もっと近くで、見物してはいかが?」
梨子「!?」ビクッ
梨子「――誰!?」 スゥッ
善子「――くくく。愚かな人間風情は、この私をこう呼ぶわ」
善子「“堕天使の夜羽根”と」
梨子「だ・・・・・・だてんし・・・・・・!?」タラッ
梨子「そ、それより・・・・・・! 貴方、どこから・・・・・・!!」
善子「くくく。夜羽根の魔術に、不可能は無いのよ」
梨子「そうか! あえて表で派手に部下を暴れ回らせ、注意を表に向けて――」
梨子「自分はこっそり、裏から侵入したのね! せこい!」
善子「せこい言うな!」 善子「ふふ・・・・・・まあいいわ。追い詰めたわよ」
ジリ…
善子「さあ、大人しく、我らが城から奪った書を渡しなさい」
梨子「・・・・・・!」
梨子「あの巻物は、渡すわけには・・・・・・!」
善子「愚かな・・・・・・あくまで、夜羽根に逆らうというのね」
善子「手荒な真似はしたくないけど――致し方ない」
ジリッ
善子「力ずくでも――!」
梨子「――!」
???「――そこまでずら!」
シャッ! ブンッ!
善子「!!」
バッ!
不意に突き出された刃を、
善子が咄嗟にかわす。
善子「危なっ――誰!?」
梨子「和尚様――」
梨子「じゃなくて、花丸ちゃん!!」
チャキッ…
花丸「――オラのお寺で、乱暴狼藉する人は」
花丸「いくらオラでも、許さないずら」
現れたのは、
十字の刃が光る槍を構えた、花丸――!
善子「十文字槍――ですって?」
善子「ただの坊主じゃないわね――」 花丸「おじいちゃんから受け継いだ、宝蔵院流槍術――」
花丸「――ただの坊主だと思ったら、大間違いずら」
善子「ふ――面白い」
バサッ
善子「所詮は脆弱な人間風情の武器術など、恐るるに足らず」
善子「この“堕天使の夜羽根”の魔術に――」
ギランッ
善子「――恐れおののくがいいわ」 続く
余談ですが、この時代(天正18年:西暦1590年)の2年前にはすでに秀吉により刀狩令が発布されていますが、
実際は何らかの理由をつけて農民が武器を所有したままであることも多く、
そこまで「農民から武器を取り上げる」ことが徹底されていた訳ではなかったようです
ちかっちやマルが刀や槍を持ってるのもそういう訳でひとつ大目に見てやってください
詳しくはwikipediaかなんかで 宝蔵院流と聞くとバガボンドを思い出す
マルちゃんも強いのかな 刀狩りはどの時代も象徴的なものだしね
明治の廃刀令も没収はされてないし 〜花丸の寺 境内〜
果南「はぁっ!」
キィンッ!
ガスッ
悪亜兵「ぐあ!?」
果南(・・・・・・妙だね)
果南(こいつら、数は多いけど、そこまで必死に戦っているように感じない)
果南(まるで、時間稼ぎでもしているかのような――)
果南「!」ハッ
果南(まさか――!?) 〜寺の中、本堂〜
善子「槍術――大した槍だけれど」
善子「貴方みたいな小坊主に、まともに扱えるのかしら?」
花丸「馬鹿にしないでほしいずら」
花丸「・・・・・・ん?」
花丸「暗くて、よく見えなかったけど・・・・・・よーく見ると・・・・・・」
花丸「真っ黒のマントなんか羽織って、南蛮かぶれずら?」
善子「なっ!? 南蛮かぶれじゃなーい!」
善子「あったまきた・・・・・・! この夜羽根の魔術を見て、恐怖におののくがいいわっ!」
善子「堕天流魔術・壱式・・・・・・!」
スッ
花丸(・・・・・・? マントの中に手を入れて・・・・・・)
花丸(何をするつもりずら?)
善子「――“地獄火焔龍”!!」
ボワッ!! マントから出した右手を、花丸と梨子に向けた瞬間、
差し出した善子の右手から、炎が放たれる――!
花丸「なっ!?」
梨子「て、手から火を吹いた!?」
ボワッ!
花丸「危ないっ!!」
バッ
善子「くくく・・・・・・上手く避けたみたいだけど」
善子「私の“地獄火焔龍”から、逃れることなんて・・・・・・!」
花丸「――こらああぁぁぁぁ!!」
善子「へっ!?」ビクッ
花丸「お寺の中で火なんて燃やしたら危ないずら!!」
梨子「は、花丸ちゃん?」
善子「ご、ごめんなさい・・・・・・」シュン
梨子「素直に謝った!?」
梨子(意外と、いい子なのかも・・・・・・) 善子「――って! なんで私が謝らなきゃ、」
花丸「隙ありぃっ!!」
ヒュバッ
善子「あああぶなっ!?」
ビュンッ
善子の隙を逃さず、花丸が槍を突き出し、
善子はかろうじて、槍の刃を避ける。
善子「こんの卑怯者!!」
花丸「貴方に言われたくないずら!」
花丸「南無阿弥陀仏――お覚悟!!」
ビュッ
善子「くっ・・・・・・!!」 善子(あの槍は厄介ね・・・・・・この暗い屋内じゃ・・・・・・)
善子「ならばっ!」
サッ
花丸(――!? また手をマントの中に、)
善子「堕天流魔術・弐式――“天堂極閃光”!!」
カッ!!
今度は、マントから手が出された瞬間、
堂内を、まばゆい光が照らす――!
梨子「!?」
花丸(光――!? 目くらまし!?) 〜花丸の寺 境内〜
カッ!!
千歌「――!? 曜ちゃん、あれ――!?」
曜「うん! お寺のお堂の中から、強い光が――!?」
果南が戸を斬った、本堂の入口。
その中から、まばゆい光が周囲にこぼれる。
カアアッ!!
曜「ま、まぶし・・・・・・!!」
千歌「な、なに、なんなのぉ!?」 千歌たちの目が慣れてきて――
一同が、寺の本堂の方へと、視線を凝らすと、
善子「あーっはっはっはぁ!!」
千歌「!? な、なに!?」
曜「あそこ、お堂の屋根の上!!」
バサッ…!
果南「な・・・・・・なんだ?」
果南「あの、変なマントを羽織った傾奇者は・・・・・・」
本堂の屋根の上に、いつの間によじ登ったのか、
漆黒のマントをはためかせ、妙なポーズで立つ善子の姿。
悪亜兵「よ・・・・・・善子様!」
悪亜兵「善子様!!」
善子「だから夜羽根よっ!」
ピョーン 善子「くくく・・・・・・計画通り」ギランッ
善子「あんたたちが表で騒いでる間、“煉獄の書”はまんまと頂いたわ!」
善子「ほら、この通り」
スッ
千歌「あ! あの巻物!」
曜「とられちゃったの!?」
善子「あははは! 愚かな下界の人間どもめー! まんまとしてやったわ!」
善子「さあ、さっさと撤収するわよっ!」
巻物を手にした善子が、勝ち誇った高笑いを上げていると――
花丸「――おおっと」
ザッ
花丸「まんまとしてやったのは――どっちずら?」
梨子「げほっ、ごほっ!」
本堂の中から煙に巻かれつつ、
外に出てきたのは、花丸と梨子。
千歌「花丸ちゃん、梨子ちゃんも!」
曜「無事だったんだね!」 善子「ふ。負け惜しみとは、愚かな――」
花丸「そんな、カッコつける前に」
花丸「その巻物、よーく見るといいずら」
善子「なんですって? これがなんだって・・・・・・」
善子「・・・・・・!!?」
善子「違う! “煉獄の書”じゃない!?」
花丸「まんまとひっかかったずらね! それは、オラがつけてるお寺の家計簿ずら!」
花丸「あの、光で目くらましをした隙に、巻物を盗っていったんだろうけど――」
花丸「こんなこともあろうかと、あらかじめすり替えておいたずら!」
梨子「本物は、お寺の中に隠してあります!」
善子「ぐうう・・・・・・だ、騙したのね・・・・・・!」
善子「おのれえぇぇ・・・・・・!!」 善子「許さないっ・・・・・・!!」
善子「あんたたち全員、この堕天使・夜羽根の最強魔術で、灰燼と化すがいいわっ!」
サッ
果南(マントの中に、両手を入れた――!?)
果南「気をつけて、何かするつもりだよ!!」
善子「遅いわっ! 堕天流魔術・参式――」
善子「――“魔界光龍弾”っ!!」
バッ!
バラバラッ
マントの中から出された善子の両手から、
小さな球のような“何か”が、屋根の下にばらまかれる。
曜「――!?」
千歌「屋根の上から、何か、投げ――」
カッ!
果南「!?」
ドカドカドカァァン!! 善子がばらまいた“何か”は、
地面に落ちるたび、爆発を起こす――!
千歌「げほっ、ごほっ!」
果南「み、みんな無事!?」
曜「な、なんとか・・・・・・!」
梨子「ば、爆発した・・・・・・!?」
花丸「一体、なんなんずら・・・・・・!?」
善子「あはははっ! まだまだいくわよぉー!」
ポイポイッ
悪亜兵「ちょちょ、夜羽根様、我々も巻き添えに――!」
ドカドカァン!!
善子「くくく、はーはっは!!」
善子「堕天使・夜羽根を馬鹿にした罰よっ! 地獄の業火に焼かれるがいいっ!!」
悪亜兵「駄目だ聞いちゃいねえ!!」 曜「あぶあぶ、あぶなっ!!」
花丸「逃げなきゃ、ふっとんじゃうずら!」
千歌「なんなの、これ!? あの子が言ってる通り、妖術!?」
果南「そんな訳ない。この攻撃は――」
千歌「もー、頭きたよ! 妖術だかなんだか知らないけど、こんな危ないこと、やめさせなきゃ!」
果南「ちょ、ちょっと千歌!?」
善子「ふふふ。さあとどめに、もう一丁――」
千歌「こらぁー!! 待てぇー!!」
ヨジヨジッ
善子「――え!?」
柱伝いに、屋根によじ登ってきた千歌の姿を目にし、
善子は、思わず目を剥く。
千歌「ぜえぜえ・・・・・・そんな危ないこと、したら駄目だよ!!」
善子「よ、よじ登ってきた・・・・・・!? 屋根の上に!?」
善子「なんなの、この子!?」 千歌「妖術だかなんだか知らないけど、あんなことしたら危ないじゃん!」
善子「あ、危ないって、あんたねぇ・・・・・・! それにあれは妖術じゃなくて堕天流魔術よ!」
千歌「どーでもいいー!! 貴方はこの場で成敗するっ!!」
チャキッ
屋根の上で善子と対峙した千歌が、刀を構える。
善子「このっ・・・・・・! 来ないでっ!!」
善子「それ以上近づくなら、堕天流魔術・壱式・・・・・・!」
スッ
梨子「――!」
梨子「避けて、千歌ちゃん!!」
善子「――“地獄火焔龍”!!」
ボワッ!
千歌「!? あぶなちゃちゃっ!?」
千歌「ひ、火!? 手から火が出た!?」 善子「くくく・・・・・・我が堕天流魔術の力、思い知ったか・・・・・・!」
千歌「そ、そんな・・・・・・本当に、妖術が使えるなんて・・・・・・!」
善子「だから堕天流魔術!」
善子「いいわ、貴方はこの地獄の火炎で、消し炭となるがいい・・・・・・!」
千歌「く・・・・・・!」
千歌が、思わず怯んだ――その時、
果南「待てぇっ!!」
ブンッ!
地上の果南が、手に持った竹筒を放り投げ、
それは、屋根の上の、善子に当たる。
バコッ!
善子「あだっ!?」
バシャッ!
善子「な、何・・・・・・!? 竹筒の・・・・・・水筒!?」
善子(しまった、手が水に濡れて・・・・・・!) 果南「幽霊の正体見たり枯れ尾花ってね」
果南「あんたのそれは、妖術でも魔術でもない」
ビシッ
果南「――ただの、“火薬”だ!!」
善子「!!」ギクッ
梨子「手から火を出したのは、おそらく手に筒のようなものを隠し持って、そこに仕込んだ火薬か油に火を点けただけ」
梨子「あの目くらましの光は、ただの音と光の強い花火――火薬玉です」
果南「そして、さっきからばらまいているのは、小型の焙烙(ほうろく)玉だろう」
花丸(この梨子さんって人、なんだか妙に、詳しいずらね・・・・・・)
果南「つまりあんたは、魔術使いでもなんでもない」
果南「――火薬を始めとした火器を操る、“火器使い”だ!!」
善子「ぐ・・・・・・うぅ・・・・・・!!」 千歌「え!? 魔術じゃなかったの!? 騙したなー!」
善子「う・・・・・・うるさいうるさーい!!」
善子「私は堕天使の夜羽根! 誰がなんと言おうと魔術なのよっ!」
果南「――千歌っ!!」
果南「相手の武器はただの火薬だよ! ならば戦いようもある!」
千歌(戦い方・・・・・・? それって・・・・・・?)
千歌(火薬・・・・・・火薬は火・・・・・・火なら・・・・・・)
千歌「――!」ハッ
善子「なにごちゃごちゃ言ってるのよ!」
善子「私の魔術を馬鹿にした奴は、地獄の業火で・・・・・・!」 千歌「――やーいやーい!」
善子「はっ!?」
千歌「インチキ魔術ー! あなたなんて怖くないよーだ! べー!」
善子「な、なんですって・・・・・・!?」ピキッ
千歌「ここまでおいで、鬼さんこちらー!」
ダダッ!
善子「こ、この・・・・・・!!」ビキビキ
曜「千歌ちゃん!?」
花丸「屋根の上を走ったら、危ないずら!」
善子「ぜっっったい許さない!!」
善子「まてこのおおお!!」
ダダッ! 千歌が善子を挑発しながら屋根を走り、
善子は、それを追いかける。
千歌「へへーん、悔しかったら捕まえてみろー!」
千歌「とおっ!」
バッ!
善子(――! 寺の裏に飛び降りた!?)
善子「逃がすかあああ!!」
善子「うりゃっ!」
バッ!
屋根から飛び降りた千歌を追い、
頭に血が上った善子が、飛び降りた――その刹那。
千歌「――かかったね」 善子「え?」
屋根から飛んだ善子が――ふと下を見ると、
善子の足元には、いっぱいに水を張った――
バッシャーン!!
善子「わぷっ!?」
善子「みっ・・・・・・水瓶!!?」 ゴロン
バシャン!
善子「げほっ、ごほっ!?」
善子は瓶の中でもがき、
なんとか瓶を倒して、脱出するも――
善子(くっ・・・・・・! 体が、水浸しに・・・・・・!!)
果南「――そこまでだよ」
チャキッ…
善子「――!!」
バッ!
ジャキッ
千歌「――!!」
果南が、善子の喉元に、脇差の刃を突きつけると同時に――
善子は、マントの中から、素早く短筒(片手撃ちの、砲身の短い鉄砲)を取り出し、果南に突きつける――! 果南「種子島(火縄銃)か――やっぱりあんたは、火器使いだったんだね」
果南「でも、水浸しの今、それも役立たずだよ」
善子「くっ・・・・・・!」
善子「私を、あの水瓶の中に落とすために・・・・・・わざと挑発を・・・・・・!!」
千歌「そういうこと!」
果南「咄嗟にあんな気転をきかせるなんて、千歌もなかなかやるね」
千歌「えへへ、それほどでも・・・・・・」
千歌「お寺の裏に、水を貯めた水瓶があったのを思い出したから――」
千歌「上手くいくかも、って思って!」
果南「――さて、あんたの手品の種は切れた。他の悪亜集も、あらかた片付けたよ」
果南と千歌だけでなく、曜と花丸も、
睨みをきかせて、善子に向かい合う。
曜「・・・・・・」ザッ
花丸「・・・・・・」チャキ…
果南「――これでも、まだやる?」
善子「う・・・・・・うう・・・・・・!!」 善子「わーん!!」
バッ!
ダダッ!
梨子「あ!」
曜「逃げた!」
善子「・・・・・・覚えてなさいよ! あんたたち!」
善子「この夜羽根に恥をかかせたこと、後悔させてやるんだからぁ〜!!」
ダダダッ
悪亜兵「ああっ! 善子様!」
悪亜兵「待ってくだせぇ〜!!」
ダダダダ
曜「行っちゃった・・・・・・」
花丸「逃げ足は速いずら」 千歌「や、やった・・・・・・?」
曜「勝ったの? 私たち・・・・・・」
花丸「よ、良かったずら・・・・・・」
果南「――ふぅ」
パチン
果南(素人だらけだったけど――なんとかなったか)
果南(しかし、曜の武の才覚、そして千歌の機転――)
果南(この子たち、ただの素人かと思ってたけど、もしかしたら――) 梨子「あ、あの・・・・・・ありがとうございました!」
梨子「皆さんに助けてもらえなかったら、私――」
千歌「なんのなんの。困った時はお互い様だよー!」
アハハハ
――その時。
???「」ムクッ…
梨子の背後から、忍び寄る影――
果南「!!」
果南「梨子、後ろっ!!」 梨子「!!」ピクッ
ガバッ!
不意に姿を現したのは、
血走った目で、刀を握る、悪亜兵の生き残り――!
悪亜兵「貴様ら、よくも――!!」
悪亜兵「こいつだけでも、斬り殺してやらぁ!!」
ジャキッ!
果南(悪亜集!! うかつだった、まだ隠れていた奴が!?)
果南(駄目だ、間に合わ――)
千歌「梨子ちゃんっ!!」
千歌「あああああっ!!!」
――千歌は、
無我夢中だった。
――梨子ちゃんが危ない。
梨子に襲いかかろうとした悪亜兵。
自分が一番、近くにいたから。
無我夢中で、刀を握って――
ズパッ
千歌「―――」
梨子「・・・・・・・・・え、」
ピュッ
ブシュウウ…
悪亜兵「あ・・・・・・あ・・・・・・?」
千歌と――梨子と――
その場にいた、皆が、目にした光景。
千歌が振るった刀が、兵の喉笛を切り裂き。
そこから血を吹きながら、
ゆっくりと倒れ込む、兵の姿――
ガクッ…
ドサッ 果南「――!」
曜「ち、千歌、ちゃ・・・・・・」
千歌「――あ」
千歌「わ・・・・・・私・・・・・・?」
呆然とする千歌を尻目に。
花丸が、倒れた兵の許に、屈み込む。
花丸「・・・・・・・・・」
悪亜兵「―――」
花丸「・・・・・・・・・」
そして花丸は、そっと、両掌を合わせ――
スッ
花丸「・・・・・・南無阿弥陀仏」 千歌「え・・・・・・え?」
千歌「し・・・・・・死んじゃ、った・・・・・・の?」
果南「・・・・・・・・・」
千歌「そんな・・・・・・私、こ、殺す、つもりなんて・・・・・・」
ガタ…
千歌「ただ・・・・・・梨子ちゃんを助けなきゃ、って・・・・・・無我夢中で・・・・・・」
千歌「気づいたら・・・・・・刀を、振ってて・・・・・・そしたら、首から、血、血が、たくさん・・・・・・!!」
ガタガタ
曜「――千歌ちゃん!」
ガバッ
がたがたと体を震わせ、取り乱しそうになる千歌を、
曜が必死で、抱き締める。 ギュッ
曜「もういい――もういいから!!」
千歌「う・・・・・・うう、う・・・・・・!!」ポロポロ
梨子「千歌ちゃん・・・・・・」
果南「千歌・・・・・・」
花丸「――人は、死ぬ」
花丸「当たり前の――世の理(ことわり)ずら」
スッ
花丸「南無――・・・」
――刀で斬れば、人は死ぬ。
少女は、その当たり前の現実に、直面する。
そして少女は、選択を迫られる。
人としての尊厳を捨て、家畜同然に生くるか。
人としての尊厳を守るべく、血塗られた道を往くか。
少女の選択の先に――未来はあるか。
乙!
善子が火器使い設定なのはいいね
そして何やらシリアスな空気に… 最初に鉄砲導入した大名連中はみんな南蛮かぶれなのでヨハネとか自称しちゃうのはむしろ正しいかも 〜翌日、花丸の寺 境内〜
―― 一夜明け。
悪亜集襲撃の報を受けた黒澤水軍の一党は、花丸の寺へと集まっていた。
ガヤガヤ
よしみ「ダイヤ様、悪亜集は果南殿らが討ち取った者を除き、皆逃げたようです」
いつき「今のところ、悪亜集が再び攻めてくる様子はありませんが」
むつ「油断は出来ないかと」
ダイヤ「――ええ。果南さんは?」
よしみ「裏手の墓地にいるようです」
ダイヤ「そうですか。それにしても、悪亜集がこの寺を襲うとは――しかも」
スッ
ダイヤ「この、“煉獄の書”を狙って・・・・・・」
手にした巻物に視線を落としたのち――
ダイヤは、振り返る。
ダイヤ「――もう一度、事情を聞かせて頂きますわよ。梨子さんとやら」
梨子「――はい」
ギュッ…
呼ばれた梨子は、着物の裾を握り締めた―― 〜花丸の寺 裏手の森の墓地〜
ザクッ ザクッ
―― 一方の、果南たち。
沈んだ表情で、掘った穴に土を被せていく千歌――
果南「――ふぅ。これくらい、土を被せれば大丈夫だろう」
千歌「・・・・・・・・・」ザクッザクッ
曜「千歌ちゃん、大丈夫?」
果南「人ひとりぶんの穴を掘って、疲れた?」
果南「だけど私の方は、三人分だからね」
千歌「うん・・・・・・」
曜「・・・・・・悪亜集のために、墓を作る必要なんてあるの?」
果南「悪党でも、死んだら皆同じ、ただの骸(むくろ)だよ」
果南「そりゃ、死体だらけの大きな戦場(いくさば)なら話は別だけど――」
果南「自分が手にかけた奴を埋めてやるぐらいしても、バチは当たらないさ」
千歌「・・・・・・・・・」 花丸「摩訶般若波羅蜜多心経 観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時・・・・・・」
――埋めた土の上に石を置いた、簡素な四つの塚。
その前で、粛々と経を唱える花丸。
表情の晴れぬまま佇む、千歌、曜、果南――
千歌「・・・・・・・・・」
曜「・・・・・・・・・」
果南「・・・・・・・・・」
果南「――私はゆうべ、三人斬った」
千歌「・・・・・・」
果南「命を獲らずに越したことはないだろうけど――」
果南「私は後悔していないし、斬られた悪亜兵の連中だって、自分達が常に死と隣り合わせであることぐらい、覚悟の上だろう」
果南「もしも、そんな“覚悟”すら出来ていないような奴らだったとしたら――」
果南「“侍”を名乗る資格は無い」
千歌「・・・・・・!」 果南「刀で斬れば――人は死ぬ」
果南「当然のことだよ。それを、知らなかった訳じゃあ――ないよね?」
千歌「・・・・・・・・・」
果南「だけどね、千歌」
果南「千歌の、その怖れは――手の、体の震えは――なくしちゃいけないものなんだ」
果南「人を斬っても、人を殺めても、動じないような人間になったら――駄目なんだ」
曜「・・・・・・・・・」
果南「――だから、言ったでしょ。侍なんて、ろくなもんじゃない」
果南「私だって、ろくな人間じゃないんだって――」
千歌「・・・・・・・・・」 果南「千歌――それに、曜も」
果南「今なら、まだ戻れる」
千歌「・・・・・・!」
曜「果南ちゃん・・・・・・」
果南「侍になるということは――命のやり取りと、常に隣り合わせになる覚悟を背負うということ」
果南「自らの命を獲られる覚悟と――他人の命を獲る覚悟」
果南「それを背負って――生きていけるのかどうか」
千歌「覚悟・・・・・・」
果南「だけど、それは本来、人間が持ってはいけないものなのかもしれない」
果南「だから――今なら、まだ戻れる」
ザッ…
果南「――しっかり、答を出すんだね」
ザッザッ… 果南は、振り返ることなく、その場から立ち去り――
後には、千歌と曜が、残される。
千歌「・・・・・・・・・」
曜「千歌ちゃん・・・・・・」
曜「・・・・・・やめる? もう・・・・・・」
千歌「・・・・・・・・・」
曜の、問いかけに――
千歌は、答えることが出来なかった。 〜長浜城 城門前〜
ザッ
果南「長浜城か・・・・・・」
果南「子供の時以来だよ。懐かしいな」
ダイヤ「・・・・・・あの頃とは、すっかり様変わりしてしまいましたが」
ダイヤ「悪亜集との、度々の戦であちこちボロボロですわ」
果南「かつては、小原家の居城であった、ここが・・・・・・」
果南「見る影も無いとは、このことか」
――伊豆国長浜城。
かつて、小原家が居城としていた、平山城(ひらやまじろ)である。
天守を備えた平城(ひらじろ)と異なり、山上に城郭、麓に居館を築き、
戦の際には山上の城郭に篭って防御を固め、平時は居館にて過ごす、という形の城である。
※参考画像
https://i.imgur.com/Iw5BXk7.jpg ダイヤ「家督を継ぎ、御本城様(北条氏)や秀吉公に反旗を翻した鞠莉さんは――」
ダイヤ「この伝統ある長浜城を捨て、淡島に、新たに“淡島城”を築きましたわ」
ダイヤ「淡島という島そのものが要塞――難攻不落の城ですわ。我ら黒澤水軍の力を持ってしても、攻め落とすに至りません」
ダイヤ「そして、この長浜城は、今や我々黒澤水軍の本拠地、という訳ですわ」
果南「成る程ね・・・・・・」
ダイヤ「――さ。参りましょう」
ザッ… 〜長浜城 居館〜
梨子「・・・・・・・・・」
――居館内の、大広間。
ダイヤ、果南の前で、神妙な顔つきで座る梨子。
ダイヤ「さて――改めて訊きますが、梨子さん」
梨子「・・・・・・はい」
ダイヤ「村を焼かれ、関東から逃れてきた貴方は、間者と思われる手負いの男から、この巻物を受け取った」
ダイヤ「そして、訳もわからぬ内に、悪亜集に追われる羽目になった、と・・・・・・」
梨子「はい・・・・・・その通りです」
ダイヤ「ふぅむ・・・・・・」 梨子「う・・・・・・嘘はついていません。どうか、信じてください・・・・・・」
ダイヤ「――貴方が嘘をついている、とは言っていませんわ」
ダイヤ「貴方が、この書のことについて、何も知らないのは事実のようですし――」
ダイヤ「ですが、悪亜集が書を持っていた貴方を再び狙うかもしれません」
ダイヤ「貴方がよろしければ、この長浜城にしばらく身を寄せるとよろしいでしょう」
梨子「そんな、私はただの百姓ですし・・・・・・!」
ダイヤ「遠慮は無用ですわ。その代わり、飯炊き番の手伝いくらいはやって頂きますが」
梨子「・・・・・・わかりました。ありがとうございます・・・・・・!」ペコッ
ダイヤ「――ルビィ。お部屋へご案内を」
ダイヤが呼ぶと、部屋の隅で待機していたルビィが立ち上がり、
襖を開け、梨子を促す。
ルビィ「――はい。では、こちらへどうぞ」
スッ
パタン
ルビィに連れられて、梨子が部屋を後にし、
広間には、ダイヤと果南だけが残された。
果南「・・・・・・・・・」 果南「“嘘をついているとは言っていない”――」
果南「だけど、“信じてもいない”ってことかな?」
果南「だから彼女を城に留めることで、監視下に置く、と」
ダイヤ「・・・・・・・・・」
ダイヤ「そこまでは言っていませんわ。ですが、今の世、何が起こるかわかりませんから」
果南「念には念を、ってことか」
果南「すっかり、頭領の顔になったね――ダイヤ」
ダイヤ「――それよりも」コホン
スッ
ダイヤ「これが――南蛮仕込みの妖術と噂される――」
ダイヤ「小原の秘術について書かれた、“煉獄の書”――」
果南「・・・・・・中身は?」
ダイヤ「・・・・・・お待ちください」
スルスル…
ダイヤ「――! これは――?」
慎重に、巻物の紐を解き、書を広げたダイヤだったが――
中身を見て、思わず目を見張る。
果南「南蛮の文字――かな?」
ダイヤ「これでは、何が書いてあるのかわかりませんわね――」
ダイヤ「果南さんは、読めますか?」
果南「無茶言わないで。さっぱりだよ」 果南「この城の中に、南蛮文字が読める人間はいないの?」
ダイヤ「悪亜集との戦いの中で、水軍も随分人が減ってしまいました」
ダイヤ「今残っている者の中には、残念ながら・・・・・・」
果南「・・・・・・小原家の秘密が探れるかと思ったんだけど。残念だな」
ダイヤ「・・・・・・・・・」
ダイヤ「・・・・・・果南さん。やはり貴方が戻ってきたのは、鞠莉さんに会うため――なのですか?」
果南「・・・・・・・・・」
ダイヤ「ならば今は、わたくし達に手を貸して頂けませんか」
ダイヤ「――彼女の真意を、知るためにも」
果南「・・・・・・・・・」
果南は、しばし逡巡したのち。
目線を上げ――ダイヤと、目を合わせる。
果南「私は、誰かに仕えるつもりはない」
果南「だけど――」
果南「鞠莉を、一発ぶん殴ってやりたい――って気持ちは、同じだよ」
ダイヤ「・・・・・・」クス…
果南の返事に――
ダイヤは、口許に笑みをこぼした。 〜長浜城 居館 渡り廊下〜
ルビィ「・・・・・・・・・」
渡り廊下を歩くルビィと、その後に付き従う梨子。
梨子は、赤い着物を着込んだ目の前の少女の、小さな背中を見つめる。
梨子(この子・・・・・・私よりも、年下に見えるけど・・・・・・)
梨子(この子も、水軍? あの頭領さんの、妹だって聞いたけど・・・・・・)
梨子(――! あそこにいるのは、)
廊下の隅で佇んでいるのは、
見覚えのある、袈裟をまとった、ひとりの少女。
花丸「・・・・・・・・・」
梨子「――和尚さ・・・・・・じゃなくて、花丸ちゃん!」
花丸「!」
ルビィ「・・・・・・花丸ちゃん!?」
花丸「ルビィちゃん! それに梨子さん!」 ルビィ「花丸ちゃん・・・・・・!」パタタタ
花丸「ルビィちゃん、久しぶり〜!」
梨子「・・・・・・ふたりは、知り合いなの?」
ルビィ「は、はい・・・・・・花丸ちゃんのお寺は、ルビィたち黒澤水軍の、代々の菩提寺なんです」
花丸「その縁で、ルビィちゃんとオラは小さい頃からの幼馴染ずら」
梨子「そうだったんだ・・・・・・」
ルビィ「花丸ちゃんが、どうしてここに?」
花丸「昨日の騒ぎで、オラのお寺も、滅茶苦茶になっちゃったから・・・・・・」
花丸「しばらくはここにいるといいって、ダイヤさんが言ってくれたずら」
ルビィ「そうなんだ・・・・・・お寺が・・・・・・」シュン
花丸「ルビィちゃんがそんな顔することないずらー」
ルビィ「だけど、私たち水軍が、もっと早く騒ぎに気づいていれば・・・・・・」 梨子「ううん。元はといえば私が・・・・・・助けを求めたりしなければ・・・・・・」
梨子「・・・・・・ごめんなさい」
花丸「梨子さんのせいでもないずら! オラは全然、平気だよ」
花丸「御本尊様をお寺に残してきちゃったのは心残りだけど・・・・・・」
花丸「どこにいても、お祈りする心があれば、仏様は見守っていてくれるずら」ナムー
ルビィ「花丸ちゃん・・・・・・」
花丸「・・・・・・そしていつか絶対、悪亜集からお寺の修繕費をがっぽりふんだくってやるずら」キラン
ルビィ「あはは・・・・・・たくましいね、花丸ちゃんは」
梨子「・・・・・・・・・」
――どこか、和気藹々とした二人のやりとり。
しかし梨子は、どうしても気がかりなことがあった。
梨子「あの・・・・・・千歌ちゃんと、曜ちゃんは・・・・・・」
花丸「・・・・・・あのふたりずらか」
花丸「亡くなった、悪亜集の人たちの亡骸を、果南さんと一緒に葬ってあげてたけど・・・・・・」
花丸「その後は・・・・・・村に帰ったんじゃないかな」
梨子「そう・・・・・・」
梨子「千歌ちゃん・・・・・・私を、かばって・・・・・・悪亜集の人を・・・・・・」
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