【日本史】アンゴルモア 元寇合戦記 たかぎ七彦 part 11
レス数が900を超えています。1000を超えると表示できなくなるよ。
アンゴルモアの新刊は毎回連載より先の話がかなりのボリューム読めて嬉しい
まぁその分未読部分が掲載されるまで長いのだが そういう形式なんだ!
初めて知ったわ
筆が遅いんじゃなくて小出しにしてるのね 戦う君は美しい
ついマスクマンの主題歌を歌いたくなってしまう >>852
半年に1冊新刊出てるし、一般的な月刊連載ペースと同等だよ
小出しの方が仕上げに余裕が持てるのかもしれないが
ニコニコのコメントでしょっちゅう「ページ少なすぎ!もっと載せろ」だの書く奴いるけど
1回分のページ数増やしたら更新が隔週や月イチになるだけやで
それより毎週少しずつ楽しみがある今の形式がいいわ 月一でいいからちゃんとページ数使って話見せてほしいけどなあ
どの漫画のアプリでも一話を数ページづつぶつ切りで週イチにしてるけど批判しか見ない
でもそうするってことはコメント残さない勢の支持がはっきり運営には届いてたりするんかな? 4巻、飛び道具に興味のある俺にとっては、
波打ち際でモンゴル軍を迎え打つ武士たちと、追物射で盾を貫通する迅が、
かっこよく好きだ。
「二点同時攻撃」の次のページから2〜3ページくらいの所、
武士がかっこよく描かれているじゃないか。 4巻読んで障泥が小さくペラペラに描かれていて気になった。
https://www.pinterest.jp/pin/183732859782403866/
俺が前に見た障泥はこのような練革で表面に漆を塗ったような物だったが。
作者なりの考証があるんだろうけど。 >>855
週イチから隔週になった作品のコメ欄では
1話分のページ数が増えたのに
「隔週とか待ちきれないし次の更新日が覚えられない。週イチに戻してくれ」
って言われてたりするぞ
まとめて読みたいなら単行本買えばいいじゃん派
4巻は16話まで。今週更新分より74ページ先行 軍勢の中に迅三郎の姿を見て戦慄する瓜やんはなかなか良かったけど、最近は蒙古側の義経流の使い手が出てこんな たぶん忘れてるんだろw
まさか義経ジンギスハン説なんかとらんだろうが >>866
いや、ソレしかないだろww
この作者のアタマはたかが知れている 尻から開幕の4巻満足度高ぇ
合戦シーンにナレーションが入らないのがスピード感あって良かったな
やっぱこの漫画は主人公が一番カッコいいぜ >>867
流石に義経=ハーンはやらないと思うけど、生き延びて向こうに渡って軍略やら武芸やらを部将として重宝されて、モンゴルのやつらにも武芸を伝えた
もしくはやつが直系の子孫といったオチはありそう 4巻よんだ
迅は甲冑姿が似合うね、カッコ良かった
太子様も最高だった >>854
月刊で50Pを掲載したら月に1度しか読めないと猿(読者)は不平不満
それならばと週刊で10Pを掲載したらそれでも週に1度しか読めないと不平不満
最後にウェブ上で毎日1Pずつアップしたらようやく猿(読者)は満足しましたとさ 「二点同時攻撃」の次のページの一番下のコマの左に居る武士の表情いいな。
臨場感があって迫力あるよ。
次のページで武士が弓返りしてる描写があるのもよい。
迅の甲冑は大鎧と胴丸の中間くらい?
肩から上は大鎧、胴から下は胴丸。
一枚板の鳩尾板が左右両方についていたり変則的だね。 >>873
あのコマの太子様最高にかわいい
ウカガミさんの顔安定しねぇなぁ
荒蜘蛛衆こんなにいても覚えらんねぇわと思ってたらいい具合に減って笑った >>872
>弓返り
知らないから調べた
アンゴルモアのこういうのを解説してるブログとかないかな(他力本願)
古式泳法とか箱ふいごとかスレ見なきゃ分からなかったし >>874
藤太のキャラってなんとなく大河時宗での平頼綱を連想する >>878
今回では迅以外では唯一の対馬編組なんだよな >>879
そういや鬼と商人はどうなったんだっけ? >>881
今巻は出番なし
系図での顔と名前だけだが輝日が久しぶりに
迅が彼女の事を輝日という呼び方をしていたのも注目 つーか迅ちゃん、輝日は無事だってこと小太郎にもまだ言ってないのかね?
兄妹仲がどうかは分からんが
お兄様に認められる働きはあれで十分でしょw 「二点同時攻撃」の3ページ後の
「クソッ」「やめとけまだ届かん」の所でモンゴル人(出身はどこ?)が弓を射ようとしてるんだけど、
矢を弓の左側に保持してて、これはヨーロッパの射法なんだ。
モンゴルや中国、朝鮮、日本など東アジアでは、
矢を弓の右側に保持する蒙古式なんだけど。
このモンゴル人(出身はどこ?)はモンゴルとは別のどこかの出身の人なのか、
それとも東アジアでも場所や時代によって矢を弓の左側に保持する事があったのか。 >>879
金包茎「せやな」
>>884
お兄様やったんや
輝日より幼く見えた >>888
生存者を放り出すわけにはいかないだろう
それに乙姫は竜宮城から離れられないし >>876
読んでて遠戦だから弓返りをやる余裕があるんだろうなと思った。
ある程度の接近戦や一騎打ちでも弓返りはやるだろうけど、乱戦になればやる余裕がないだろうし。 迅が「ゆがけ」を使わず素手で弓を引いてるけど、親指痛くならないかな。
作者が、ゆがけを書くのが面倒で省略してるだけかもしれんが。 鎌倉時代の頃のゆがけは後の時代のゆがけと違って簡単な皮手袋のような物だった。
下はトルコのゆがけだが、革製のゆがけは日本独自の発明みたいだ。
https://www.youtube.com/watch?v=ZWbuTo5Qi3E 迅三郎の鎧は両方が鳩尾板になってるところが独特で、近接戦闘特化という表現なんだろうな 光影ってカッコイイ名前だのう
でもなんで名越邸乱入や今回みたいな名乗りの時しか言わんの?
他の武将たちの名前見てると光影って呼ばれる方が自然な感じするけど
源九郎義経とか漫画で出てきたときは
昔から親しい身内みたいな人は九郎って呼んでて
一般的には義経って呼ばれてるイメージだけど、
実際どういう違いがあるんだ? >>894
名越光時から一字をもらってるという意味かな 諱は普通使わん
義経を義経と呼べるのは頼朝くらい…義朝や悪源太義平は義経なんて名前知らずに死んだし
朝廷のお偉方は官位や位階や住まいや育ちでつけた通称で呼ぶ
頼朝はスケどの→鎌倉殿→前右大将
義経は九郎+判官とか予州とか
範頼は蒲どの、義仲は木曾どの
平家も入道殿とか池殿とか小松殿とか
それ以外ではそれこそ梶原源太景季や佐々木四郎高綱とか自分で名乗り上げるときに言うくらいかな 明智光秀が皆から全然光秀って呼ばれず十兵衛って呼ばれてた感じ? 信長殿とか秀吉様とか光秀とか呼ばれてるのは全部漫画的な都合?
官位とかしょっちゅう変わるだろうに間違えそう
景資殿とかも実際そう呼んだら失礼にあたるの? 例えば君の上司を下の名前で呼ぶか?
たいていは名字+さんか名字+役職だろう
そんな感じ 当時、相手をどう呼ぶのが適切なのか
具体的な作法手引きみたいなの残されてんのかね >>898
漫画的というか歴史に詳しいない読者には誰が誰だかわからないから仕方ない んーでも元服したての若僧は官位とか自分の屋敷とか
まだ持ってなかったりするのでは
この漫画だと景資の甥っ子の資時なんかは
この頃の史実的にはどう呼ばれるのが正解?
〜郎みたいなやつ?
この〜郎ってのも諱みたいに全員持ってるもの?幼名とも違うようだが 当時どう呼ばれてたのかわからない人もいるしなあ
仮名や官位で呼ばせてる作品でも、作品によって名前違ったりするよな
どう呼ばれてたかはっきりしないからそれぞれの作者が多分これかな?と思った名前使ってるから 官位がなければ仮名や通称や輩行で呼ばれるだけでは
三郎どのとか藤吉どのとか権六どのとか
上総介どのとか筑前どのとか修理亮どのになる前はそうだろ 親が有名で隠居前の現役だと○○の若君とか若殿とか呼ばれるんじゃないか ツイッターでアンゴルモアの矢の話が盛り上がってるね。
俺が思うに、日本の武士の戦いは国内での小規模な紛争だから、
矢で弾幕を張るシチュエーションを経験せず、
自然と狙撃型になったんだとおもうよ。 これだから遅れた非合理的なジャップは・・
って論調のやつがやっぱ多いなツイッター 既に散々突っ込まれてるけど、でも元寇は勝ったじゃん?っていう
あくまで戦術の違いであって
これをもって>>908のような論調に利用されるのはモヤっとするわな
まぁここからウリヤンについて語る一群が派生してたのは面白かったし
これをキッカケに読者が増えれば 歴史書とかじゃなくあくまで漫画だしなあ
聞くところによるとこの漫画は八幡愚童訓からの引用多いらしい
でもこれは文永の役の史料が少ないから引用されがちだけど実地の地理がわかってなかったりで正確さに欠けるし
何より石清水八幡宮の関係者の立場から書かれた本で神仏の効果上げ、武士の功績下げされてるんじゃないかと戦争の日本中世史って本で呉座勇一も言ってたし
元軍相手に名乗りを上げて袋叩きにあったっていう有名な逸話もこれにしか記載ないんだそう >>912
そもそも蒙古が海に沈んだのも陸上に拠点が作れなかったからだしな 今更だけどウリヤンエデイってオリキャラ?実在人物? >>912
八幡愚童訓を資料の一つに使ってるからって理由で
この漫画批判してる人たちもいるけど
たまに状況説明で挿入されてるのも別に合戦の流れとして不自然ではないし
名乗りを上げてる最中に袋叩きにされてる場面も漫画にはないじゃん
神風のおかげじゃなく武士もちゃんと強いし
そもそも安徳帝生存や刀威祓の末裔や金田城をガンガン利用したり
ストーリー上は創作部分が多い漫画なのに
八幡愚童訓から使える部分を引用して漫画にするのは許せんって何やそれと思う ウリヤンはオリキャラでしょ
史実だと高麗王族のアラテムルの位置が近いんじゃないの?
というか劉復亨なんて実質オリキャラ 大河ドラマだって北条時輔は赤マフラー以降オリキャラ状態だしなw
しかしこの漫画の時宗のキャラ面白いな 本人は架空だろうけどチンギス配下のジェルメとスブタイがウリヤン一族なので
その一族という設定はあるかもしれない
要はチンギス以来の名門一族のぼんぼん
本家筋の当主は今多分南宋攻めてるはず >>916
鎌倉時代に女武者は実際いたし
ああいう鎧の着方をしている男は普通にいたから
ありえなくはない範囲でしょ
実際あったかもしれない絶妙なバランスがこの漫画の好きなところ
漫画だと水軍の女武者は北崎拓のますらおや森秀樹の海鶴にも出てきたが
同じような乳鎧を着用していた気がする 太子は実在の人物らしいけど他でも水軍で女武者多い気がする
鶴姫あたりからの連想?
>>915
書き方悪かったけど八幡愚童訓はそういう本ってだけで質がいまいちな本からの引用があるからこの漫画は駄目って話じゃなく
あくまで歴史書じゃなくて創作なんだから正確さなんか求めるもんじゃないって話ねおらのは ツイッターで水際の武士が「土砂降りの雨」で殺されたって書いてあったけど、
別に殺されてはないような。撤退しただけだと思う。
俺にはそう読めたけど。
蒙古の矢で日本の鎧を貫通するのは難しいと思うしね。 女武者と言えば板額御前が有名だよね。
弓の名手だったらしいが。
女で何十キロもある弓を引くのは大変だったんじゃないかな?
でも体重軽いから乗馬は有利だよね。 なんで鎌倉期には女武者がいたのに後の戦国期には出てこないんだろ ツイッター見てると面白いな。
弓は「引く強さ×引き尺」で威力が決まる、
和弓は弓本体が大きいからエネルギーロスが大きい、はその通りだと思う。
弓は腕だけで引くなってのが定番の指導だぞ。背中の筋肉が大事。
んでもって、当然だけど大きな弓と小さな弓では体を動かす範囲が大幅に違ってくるわけだから、
動員される筋力=実際に弓を引くときに注ぎ込まれる力にも違いが生じてくる。
和弓は弓返しを行うからアーチャーのパラドックスは軽減。
↑は興味深いね。今まで自分が知らなかった見方だよ。 >>925
小説家の捏造だもんな
しかも証拠とされる古文書がそいつ以外見たことないというw >@7hiko
>過去作電子で出してくれるからデータ見直しチェックしてたけど
>いろんな意味で10年前の自分に驚きっぱなしだわ。
>午後11:30 · 2021年3月29日·Tabtter
なまずランプかな? この世界なら後に「朽井迅三郎絵詞」とかできていそう >>930
あるいは少弐一族の内紛で多くのノウハウと共に失われたとか 相手が上陸しようとしてる時が防衛側1番有利なのに防備ショボすぎじゃないの
簡単に揚がられてる >>932
最初は馬の足立でゴネて今はビビりまくってるから >>924
史実かどうか知らないけど、岡山にある常山城は
毛利に滅ぼされて落城する時に城主の妻の鶴姫(伊予水軍のとは別人)が
侍女三十人余りとともに毛利軍と戦って戦死だか自害だかしたとかなんとか
常山城には今も墓がある そういう状況となるとただ自害するよりは戦って死ぬって女は
普通にいたんじゃないかな
薙刀を嗜む武家の女とかいたわけだし >>907
狙撃となればやはり壇之浦で漕ぎ手を狙わせたのが有名だな
あれを義経流としてどう説明するかも気になる >>936
いたとしても城主の妻娘くらいじゃないと名前残らないのかもな
名前残ってるのは珍しい気がする 対馬と違って現地の水軍が存在しているからある程度上陸させて横から分断する事も出来るというのは大きい 対州馬と違って南部馬は体高145センチがアベレージだから、
蒙古馬より大きかった可能性がある。 合戦物見るたびに思うけど、こんな乱戦の中にいたら
絶対間違えて味方刺しちゃったり馬に蹴られて大怪我する人多かっただろうな
てーか歩兵はよく馬についていけるな 戦列組めてるなら前に出てきたやつを叩く、だろうな
馬上からは目標見定めて突っ込んで殴りかかる、だけだと思うし
徒士はそれについて行って邪魔になるやつをぶっ叩く、ではないかな
戦場に慣れたらまた違うんだろうか、そこは想像がつかない
長曽我部元親あたりが初陣振り返って何か言ってた気がする
実際に乱戦の中で打ち合いになったら、どちらかが死ぬよりも前に混雑の中で引き離されそうだし
間違えて味方に斬りかかるなんてのは茶飯事のような気がする >>924
まぁ源平〜鎌倉だって、女の全てが巴御前やふとこ様みたいに
勇猛だった訳はないだろうが...一番大きいのは戦争形態の変化では
一族と郎党単位で参戦する「家内制手工業」的な部隊編成から
専業の兵士、それも流れ者の傭兵的な奴らも多数の大規模戦に
変化したからでは?
味方陣営ですら、女は危なくてウロウロできないだろう
とは言え、戦国期の女も
惣村に入り込んできた盗賊や野伏には容赦なく斬りかかっただろうし
落ち武者を見つければウキウキで身ぐるみ剥ぎに行ったとは思うが >>937
間合いを取れる
振り回すことで牽制できる
威圧感が大きい
...って事で、戦場の武器として廃れた後も女性の武芸として
生き延びたんだろうが
さすがに、武家の妻女が屋敷の奥で薙刀取って戦うなんてのは
落城寸前の最後の場面でしょ
ちな
昔、宮島に旅行した際、厳島神社でたまたま開催されていた
演武大会を観賞したけど
薙刀術の中には、お互い柄を掴み合った後に、小太刀や匕首を
用いた格闘戦もちゃんと含まれてたよ >>946
間合いを潰されたあとに匕首でさばこうとするのは軍鶏でみた レス数が900を超えています。1000を超えると表示できなくなるよ。