植物にも心はある。 2心

1菜々しさん 転載ダメ2015/08/20(木) 20:50:46.36ID:2RBNPIFN
・動物と同じように、植物にも心はあります。

・生物は脳だけで思考しているのではない。臓器も細胞も思考する。

・植物にも心と意志があります。花が美しいのは、花に美しい心と意志があるからです。

・ベジタリアンは植物虐待である。
※前スレ
植物にも心はある。
http://hope.2ch.net/test/read.cgi/vegetarian/1403841582/

708菜々しさん (ガラプー KK4d-+Yw0)2017/04/12(水) 07:22:21.33ID:9Gscej/DK
>>707
心という言葉の定義によるんじゃない?

709菜々しさん (ワッチョイ 9fe6-YTUC)2017/05/02(火) 19:16:34.34ID:/F9BxtiU0
心は脳にあるけど心の状態によって心臓も胃腸も影響されるよね。

710菜々しさん (ガラプー KK6b-mOSS)2017/05/03(水) 07:21:46.08ID:DJewTKz9K
植物も明確に生きるという意思をもって生きている

711菜々しさん (ワッチョイ 7ff2-dw5s)2017/07/24(月) 23:36:38.37ID:5+RddsUd0
植物も生命だからな
心がないのは無機物

712菜々しさん (ワッチョイ 736e-2wgU)2017/07/27(木) 05:28:35.61ID:AiEw9ChP0
無機物にも心があるという考え方もあるのでなんとも

713菜々しさん (ガラプー KKeb-7U0F)2017/07/27(木) 06:50:10.90ID:iH4eKoxUK
>>712
また科学に基づかない、想像で語る荒木光男

科学的根拠で書けよバカ

714菜々しさん (ガラプー KK17-o/O9)2017/07/29(土) 09:23:03.42ID:vad6/HpmK
>>712
無機物にも心があるとすると、岩は無機物だが心がある、では岩が欠けてできた石ころも無機物だがそれにも心があるのか、
あるとしたら石ころは元の岩の心を引き継いでいるのか、つまり自己同一性を保っているのか、それとも石ころの心として新たに心が生まれるのか、

石ころに新しい心が生まれるとしたら、その場合大きい方の岩は元の岩の自己同一性を保っているのか、それとも元より小さくなった岩として新しい心が生じているのか
自己同一性を保っているとすると岩が細分化されて石になっても砂になっても自己同一性は保たれることになる
では砂が泥土になってもそこに含まれる微細な砂粒に岩の心があることになる
そしてその泥土で壺を作ってもそこに岩の心があることになる

今ここに無機物の土の壺があるとして、その壺は心を持っているとする
壺を微細なレベルまで粉砕してもその微細な破片には壺の心があるとする
さてこの壺が先の泥土から作られたとして、そのうちのある微細な破片は元の岩の砂粒だったとする
この時この微細な破片は岩なのか壺なのか

岩からずっと引き継いできた心が一時的に壺の構成部分だったと考えると、壺の心というのは様々な原料の心の集合体だったということで、厳密には壺という主体の心ではなかったことになる
ということは壺の心という単独のものはなかったことになる

ところが元の岩について考えると、それもまた微細な粒子の集合体だから岩の心というのも実はなかったことになり、あったのは微細な粒子の心だったことになる
微細な粒子を突き詰めていけば分子に至るわけだが、すると心は分子にあるのか

鉄板という無機物があるとする
鉄板の一部が錆びたとき、鉄板を構成する鉄の分子は酸化鉄の分子になったことになる
このとき心は鉄分子から酸化鉄分子に引き継がれるのか引き継がれないのか
引き継がれないとすると同じ鉄板を構成するなかに鉄分子と酸化鉄分子が混在することになる
そのときこの一部が錆びた鉄板の心というのは鉄分子の心と酸化鉄分子の心の集合体ということになる
このとき心は分子にはあるが原子にはない、ということになる

引き継がれるとすると、酸化鉄分子にある鉄の原子に心があることになり、他方で同様に酸素原子があるのだから、酸化鉄分子の心とは酸素原子の心と鉄原子の心の集合体ということになる

心は分子にあり、分子の形作る集合体にあるのではないと考えると、有機物ではどうなるか
当然、心は例えば人間の体を構成する分子にあるのであって集合体としての人間に心があるのではないことになる
また生き物が生きていようが死んでいようが、それを構成していた分子がその分子として存在するうちは心があるということになる
心は原子にあると考えると、これは動物を構成していた分子を構成していた原子が存在するうちは心があるということになる

あるいは心とは個々の分子なり原子なりにあるのではなく、岩や壺という何らかの集合体を構成した時にその全体に生じるのだろうか
とすると、岩の一部である石ころが欠けた時点で元の岩の心は消滅するのだろうか

だとすると人間の髪の毛が抜け落ちた場合、人間の心の自己同一性は消滅するのだろうか
あるいは人間は代謝により恒に体の構成要素物を新しいものに取り替えていくわけだが、すると人間に自己同一性は無いことになるのだろうか

有機物に心があると考えると人の心というものは実はなかったことになるか、あるいは人の心は自己同一性を持たないということになる

715菜々しさん (ガラプー KK17-o/O9)2017/07/29(土) 09:33:06.27ID:vad6/HpmK
>>712
>>714訂正
無機物にも心があるとすると、岩は無機物だが心がある、では岩が欠けてできた石ころも無機物だがそれにも心があるのか、
あるとしたら石ころは元の岩の心を引き継いでいるのか、つまり自己同一性を保っているのか、それとも石ころの心として新たに心が生まれるのか、

石ころに新しい心が生まれるとしたら、その場合大きい方の岩は元の岩の自己同一性を保っているのか、それとも元より小さくなった岩として新しい心が生じているのか
自己同一性を保っているとすると岩が細分化されて石になっても砂になっても自己同一性は保たれることになる
では砂が泥土になってもそこに含まれる微細な砂粒に岩の心があることになる
そしてその泥土で壺を作ってもそこに岩の心があることになる

今ここに無機物の土の壺があるとして、その壺は心を持っているとする
壺を微細なレベルまで粉砕してもその微細な破片には壺の心があるとする
さてこの壺が先の泥土から作られたとして、そのうちのある微細な破片は元の岩の砂粒だったとする
この時この微細な破片は岩なのか壺なのか

岩からずっと引き継いできた心が一時的に壺の構成部分だったと考えると、壺の心というのは様々な原料の心の集合体だったということで、厳密には壺という主体の心ではなかったことになる
ということは壺の心という単独のものはなかったことになる

ところが元の岩について考えると、それもまた微細な粒子の集合体だから岩の心というのも実はなかったことになり、あったのは微細な粒子の心だったことになる
微細な粒子を突き詰めていけば分子に至るわけだが、すると心は分子にあるのか

鉄板という無機物があるとする
鉄板の一部が錆びたとき、鉄板を構成する鉄の分子は酸化鉄の分子になったことになる
このとき心は鉄分子から酸化鉄分子に引き継がれるのか引き継がれないのか
引き継がれないとすると、同じ鉄板を構成するなかに鉄分子と酸化鉄分子が混在するのだから、一部錆びた鉄板の心とは鉄分子の心と酸化鉄分子の心との集合体ということになる
このとき心は分子にまでしか還元されないとすれば
心は分子にはあるが原子にはない、ということになる

引き継がれるとすると、酸化鉄分子にある鉄の原子に心があることになるが、他方で同様に酸素原子があるのだから、酸化鉄分子の心とは酸素原子の心と鉄原子の心の集合体ということになる

心は分子にあり、分子の形作る集合体にあるのではないと考えると、有機物ではどうなるか
当然、心は例えば人間の体を構成する分子にあるのであって集合体としての人間に心があるのではないことになる
また生き物が生きていようが死んでいようが、それを構成していた分子がその分子として存在するうちは分子の心があるということになる
心は原子にあると考えると、これは人間を構成していた分子を構成していた原子に心が存在することになり人間という集合体に心があるのではないことになる
そして人間の生死によらず、人間を構成していた原子が存在するうちは原子の心があるということになる


あるいは心とは個々の分子なり原子なりにあるのではなく、岩や壺という何らかの集合体を構成した時にその全体に生じるのだろうか
とすると、岩の一部である石ころが欠けた時点で元の岩の心は消滅するのだろうか

だとすると人間の髪の毛が抜け落ちた場合、人間の心の自己同一性は消滅するのだろうか
あるいは人間は代謝により恒に体の構成要素物を新しいものに取り替えていくわけだが、すると人間に自己同一性は無いことになるのだろうか

有機物に心があると考えると人の心というものは実はなかったことになるか、あるいは人の心は自己同一性を持たないということになる

716菜々しさん (ガラプー KK17-o/O9)2017/07/29(土) 09:40:01.56ID:vad6/HpmK
>>711
心が無いのは無機物ということは
有機物には心があるということになるが

>>715のような議論を踏まえて有機物に心があるとすると、
抜け落ちた髪の毛にも心があるということになるし、例えば人間を構成する細胞やそれを構成するタンパク質にも心があるということになり
>>715同様に人間の心というものはそもそも存在しないか、自己同一性を保てないことになる
だから有機物か無機物かで心の有無を考えると、心というものは存在しないか、自己同一性を保てないことになる

717菜々しさん (ワッチョイW 2a36-HW52)2017/07/31(月) 18:16:26.08ID:hQHUf9wz0
心とは何か

確かめようのない哲学は要らない

心とは意識 意識とは高度な情報ネットワーク

活動する高度なネットワークこそ心

植物に高度なネットワークはあるのか

私には判らない

718菜々しさん (ワッチョイW 2a36-HW52)2017/07/31(月) 18:26:30.65ID:hQHUf9wz0
分子や原子が「演算している」とは言わない

しかし一度分子に組まれ 素子になり
計算機に完成すると

「演算ている」と言う

生命も心も

時間的、空間的連続性のことを言う

生命も心も

「物体」ではなく「現象」

複雑系が全て教えてくれた

719菜々しさん (ガラプー KKeb-o/O9)2017/07/31(月) 21:09:29.33ID:ZvPSLdHBK
>>718
今のところ心というようなものは還元主義では解明できないし
それだけでなく現実のもっとあらゆるところにそういった捉えこぼしている要素があるかもしれない
あまりに微細すぎて見落としても我々にさほど影響せず我々が気づかないだけで
還元主義は実際には成立していないかもしれない

720菜々しさん (ワッチョイW 2a36-KAnv)2017/07/31(月) 22:13:02.93ID:hQHUf9wz0
>>709
意識=心

そういう認識でいいかい

みんな

721菜々しさん (ワッチョイW 2a36-KAnv)2017/07/31(月) 22:18:14.60ID:hQHUf9wz0
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/複雑系


やはり生命も心も複雑系の一種だと結論した
それらは還元主義が扱える問題ではないと思う
    還元主義で扱える時代でもないと思う

722菜々しさん (ワッチョイW 2a36-KAnv)2017/07/31(月) 22:37:51.03ID:hQHUf9wz0
心の解明は現時点では不可能だ

しかし そのカテゴリぐらいはわかるはず

複雑系が最も近い考え方だと思う

723菜々しさん (ガラプー KKeb-o/O9)2017/08/01(火) 11:51:55.80ID:j9MxuIaXK
>>721-722
アリストテレス以来、全体は部分の単なる総和ではないって言われてるはずだけど微積分をイメージすると要素還元主義が要素を分析しきれないことのニュアンスは掴めるよね
分析-統合で対象を形而上に再現できないことはブッダも言ってたような気がする
ただ本当に要素分析というのが例えば2次元を1次元に、あるいは1次元を0次元に分割するようなことだといえるのかどうか
だとすると統合に積分的な再現手段は無いのか
その「無い」というのは論理上「あり得ない」のか経験論的に「無い」ということなのか
ソシュールの認識論というのも結局は認識というのが全体から要素を抽出することで我々は対象を認識してると解釈できるわけだが
それはまさに仏教でいう分別/無分別の概念と同じだろうし、その極地で存在論と認識論という西洋哲学の二大潮流が連結するように思えるがどうでしょうか

724菜々しさん (ワッチョイW 7336-lYTp)2017/08/03(木) 14:23:54.65ID:jkFvjFcX0
>>723
円城の小説で
宇宙そのもので演算したほうが速い
って概念があった
形而上の再現が経験的に不可能な要素、素子はブラックボックスではいけないのか

725菜々しさん (ガラプー KK35-Q96Z)2017/08/05(土) 20:18:37.38ID:LOgfldK6K
>>724
それは結局再現にはならない
骨格を組み上げたってそれが元の生き物だということにはならない

726菜々しさん (ワッチョイW 8136-Omeh)2017/08/06(日) 01:32:29.11ID:wt6Rtro60
菜食も肉食も生物を虐殺してるのに変わりはない。
生物を殺戮しまわって繁栄する人類も遠からず滅亡するだろう。

727菜々しさん (ガラプー KK35-1suC)2017/08/06(日) 06:20:06.30ID:p41+q6njK
>>726
そうだよオマエも必ず死ぬんだから

728菜々しさん (プチプチ Sdaf-x/4S)2017/08/08(火) 14:28:26.47ID:/YcB0aPOd0808
心があってもなくても、人は食べる理由をいくらでも作りますね

729菜々しさん (プチプチ KK35-1suC)2017/08/08(火) 18:24:15.60ID:zh3MsvnQK0808
>>728
食べられるから食うだけだろ
心などと言うのはベジの詭弁

730菜々しさん (スププ Sdaf-x/4S)2017/08/09(水) 10:37:15.20ID:E0DMQnRId
>>729
>>1を読んだところ、植物に心がないと主張しているのはベジタリアン。植物に心があると主張しているのはノンベジタリアン。と思われますが?

ベジタリアンは植物虐待であり、同時ノンベジタリアンも植物虐待ということですね。
あ、そうなるとノンベジタリアンは動物虐待も含んでいるというのが1さんの主張ですか...

731菜々しさん (ガラプー KK35-Q96Z)2017/08/09(水) 11:19:44.98ID:RIAE5SCyK
>>730
>>56>>123>>302などで既に「心とは何かを定義しないと有無を論じることができない」と言われてるよね

732菜々しさん (ガラプー KK35-Q96Z)2017/08/09(水) 11:27:22.92ID:RIAE5SCyK
>>730
> >>1を読んだところ、植物に心がないと主張しているのはベジタリアン。植物に心があると主張しているのはノンベジタリアン。と思われますが?

違うんじゃない?
ベジタリアンが心がないと主張しているということからは、ノンベジが必ず心があると主張していることは論理的には導出できないのでは?

733菜々しさん (スププ Sdaf-x/4S)2017/08/09(水) 12:50:21.23ID:E0DMQnRId
>>731
つまり1さんの言ってる事はデタラメという事ですか

734菜々しさん (スププ Sdaf-x/4S)2017/08/09(水) 12:53:03.40ID:E0DMQnRId
>>732
ベジタリアンも必ずではないでしょうから、あるベジタリアンが「動物には心があり、植物にはない。」言った返答として1さんの「植物にも心はある。」という思想が出てきたという訳ですね

735菜々しさん (スププ Sdaf-x/4S)2017/08/09(水) 12:57:49.90ID:E0DMQnRId
ノンベジタリアンとベジタリアンの中には
a動物には心があり、植物にもあるという思想
b動物には心があり、植物にはないという思想
c動物には心がなく、植物にはあるという思想
d動物には心がなく、植物にもないという思想
があり、皆さん個人的な心の定義がある。ということですか...

736菜々しさん (ガラプー KK35-Q96Z)2017/08/09(水) 14:11:42.82ID:RIAE5SCyK
>>733
え?
そんなこと言ってないけど?
>>1が定義していないのであればそうと言えるとしても、定義せずに言っているかどうか判断する要素がないから、
>>1がどのように定義しているかが分からないから>>1の主張について真偽を議論できないということしか言えないわけで

737菜々しさん (ガラプー KK35-Q96Z)2017/08/09(水) 14:12:08.45ID:RIAE5SCyK
>>734
なんで[あるベジタリアンが「動物には心があり、植物にはない。」言った返答として1さんの「植物にも心はある。」という思想が出てきた]と言えるのか教えてください
別の理由で「植物にも心はある」と考えていたかもしれないんじゃないですか?
それと、>>1の知る限り「動物には心があり、植物にはない。」を主張するベジタリアンしか居ないなら帰納推論としては「あるベジタリアン」でなく「(全ての)ベジタリアン」となることは妥当で、
あるいはそのようなベジタリアンが圧倒的に多いなら一般論としてはやはり「あるベジタリアン」でなく「(一般的な)ベジタリアン」と表現することも妥当でしょうね

738菜々しさん (ガラプー KK35-Q96Z)2017/08/09(水) 14:12:31.14ID:RIAE5SCyK
>>735
一般的なレベルで様々な意味で用いられる言葉であり、どのパターンになるかは意味の定義次第だから、定義を伴わない主張について真偽を真偽を帰属させられないということがこのスレで既に言われてることだね
だからaが定義を伴わない以上は「植物に心がある」は命題にならない、つまり真偽を議論することができないのと同様に
ベジタリアンがbを主張したところでベジタリアンの定義の妥当性が示されないならそれは議論の対象にする価値のない主張だ、ということになる、ということが言われていると考えられるね

739菜々しさん (スププ Sdaf-x/4S)2017/08/09(水) 14:24:13.90ID:E0DMQnRId
>>736
あ、なるほど。そもそも「心」に関しての主張はノンベジタリアン、ベジタリアン共に真偽の確かめようがないということですね

740菜々しさん (スププ Sdaf-x/4S)2017/08/09(水) 14:31:18.04ID:E0DMQnRId
>>737
1さんはベジタリアンの「動物には心がある。植物には心がない(だから食べる)」という思想の反論として、>>1の理由を上げられたのではないのですか?
もしベジタリアンに植物には心がある。でも食べるという人がいたとするならベジタリアンに対しそのような理由は上げられないと思ったのですが...。

もし1さんがいきなり植物には心がある。だからベジタリアンは植物虐待だ!と言い出したのでしたら、「ノンベジタリアンも植物食べたり、剪定したり、引っこ抜いたりしてますよ」となりませんか?

741菜々しさん (ガラプー KK0f-1suC)2017/08/09(水) 15:41:58.50ID:/EXGWgvaK
>>740
それって
植物虐待だろw

742菜々しさん (ガラプー KK35-Q96Z)2017/08/09(水) 16:09:53.32ID:RIAE5SCyK
>>739
真偽を帰属させるためには「心」という語から多義性を排して意味を定める必要があり、
それ無しに「心はない」とか「心はある」とか言ってもそんなことは議論の対象になり得ない

743菜々しさん (ガラプー KK35-Q96Z)2017/08/09(水) 16:27:41.43ID:RIAE5SCyK
>>740
> 1さんはベジタリアンの「動物には心がある。植物には心がない(だから食べる)」という思想の反論として、>>1の理由を上げられたのではないのですか?
> もしベジタリアンに植物には心がある。でも食べるという人がいたとするならベジタリアンに対しそのような理由は上げられないと思ったのですが...。

>>737
それと、>>1の知る限り「動物には心があり、植物にはない。」を主張するベジタリアンしか居ないなら帰納推論としては「あるベジタリアン」でなく「(全ての)ベジタリアン」となることは妥当で、
あるいはそのようなベジタリアンが圧倒的に多いなら一般論としてはやはり「あるベジタリアン」でなく「(一般的な)ベジタリアン」と表現することも妥当でしょうね
と書いた通りです

ちなみに俺は>>1じゃないけど
「動物には心がある。植物には心がない(だから食べる)」というベジタリアンの主張はよく見るが「植物には心がある。でも食べる」と主張しているベジタリアンは見たことがありません
存在するというならそういった著書なりブログなりを教えてもらえるとありがたいです

> もし1さんがいきなり植物には心がある。だからベジタリアンは植物虐待だ!と言い出したのでしたら、「ノンベジタリアンも植物食べたり、剪定したり、引っこ抜いたりしてますよ」となりませんか?

>>1は「植物にも」という表現がされていることから、動物についての言及が先にあり、それとの対比として言われていると考えられる
ということは「ベジタリアンは植物虐待である」の前に「ノンベジは動物虐待だ」という言明が想定されていると考えられる
もちろん「ノンベジも植物虐待だ」を含むとして、
「心あるものを食べることをもってノンベジは虐待しているというなら、心あるものを食べるベジタリアンは同じく虐待をしている」ということになるんじゃないですかね

744菜々しさん (ワッチョイWW f14b-x/4S)2017/08/09(水) 18:15:10.59ID:0LJsx7dD0
>>741
心があるというもの食べるということが虐待という定義となりますかね?
ということは動物に心があるとしてしまえばノンベジタリアンは動物虐待となりますか...

745菜々しさん (ガラプー KK35-1suC)2017/08/09(水) 18:19:37.18ID:/EXGWgvaK
>>743
肉食べてるやつよりも少しでも道義性があると誇示したい認知バイアスなんだろうね

746菜々しさん (ワッチョイWW f14b-x/4S)2017/08/09(水) 18:55:36.79ID:0LJsx7dD0
>>743
単純な疑問なんですが、そもそも「植物にも心がある。」と考えている人達(ベジタリアン、ノンベジタリアン含め)はどのくらいいらっしゃるのでしょうか?
殆どのノンベジタリアンは「植物にも心がある」と考えてらっしゃるのでしょうか?
つまりは「動物にも植物にも心がある」と考えている上で命を奪うのですかね?
私は正直に申し上げますと植物に心があるとかないとか考えて庭の草むしりをしたことはありません。
私は特別なんでしょうかね?...

例えば、そもそも殆どの人達が「植物には心がある」と考えてもなく庭の草むしりや、収穫や、調理をしているのでしたら1さんの「植物にも心がある。ベジタリアンは植物虐待だ!」は詭弁とはなりませんか?

747菜々しさん (ガラプー KKe7-xJAL)2017/08/10(木) 00:24:54.90ID:BdS/6h5kK
>>746
> 単純な疑問なんですが、そもそも「植物にも心がある。」と考えている人達(ベジタリアン、ノンベジタリアン含め)はどのくらいいらっしゃるのでしょうか?

知りませんね「心」という語の意味が定まらないと何とも言えません

> 殆どのノンベジタリアンは「植物にも心がある」と考えてらっしゃるのでしょうか?
> つまりは「動物にも植物にも心がある」と考えている上で命を奪うのですかね?

「心」という語の意味が定まらないと何とも言えませんね

> 私は正直に申し上げますと植物に心があるとかないとか考えて庭の草むしりをしたことはありません。
> 私は特別なんでしょうかね?...

特別かどうか知りませんが「心があるかどうかは食べるかどうかと関係ない」という人は当然いるだろうと思いますね
食材に心があるかどうかいちいち言及している人はベジタリアンくらいしか知りません

> 例えば、そもそも殆どの人達が「植物には心がある」と考えてもなく庭の草むしりや、収穫や、調理をしているのでしたら1さんの「植物にも心がある。ベジタリアンは植物虐待だ!」は詭弁とはなりませんか?

何度も言っている通り、「心」という語の意味をどう定義するかという前提次第ですよね

>1さんの「植物にも心がある。ベジタリアンは植物虐待だ!」は詭弁

であるなら、スレタイや>>1に前提されているはずの(前提されていることは以前のレスで説明しましたね)「動物には心がある。ノンベジタリアンは動物虐待だ!」も詭弁ですよね
>>1は[先にある「動物には心がある。ノンベジタリアンは動物虐待だ!」という主張が成り立つならば]という前提で[それならば「植物にも心がある。ベジタリアンは植物虐待だ!」]と言っているということじゃないでしょうかね

748菜々しさん (ガラプー KK33-7SOU)2017/08/10(木) 06:50:43.60ID:s0FThRzLK
>>744
はい動物虐待ですが

バカベジの認知バイアスの特徴
自分の考えが正しいと思い込み過ぎて自己矛盾に気づいていない

749菜々しさん (ガラプー KK33-7SOU)2017/08/10(木) 07:03:46.84ID:s0FThRzLK
>>746
肉を食べるのに動物の心を知る必要があるのか、オマエが草を毟って草の生命を奪っているのに草の気持ちを考えるのか
人間は雑食動物であり動物を食べるのは普通の事である

ベジタリアンは自分が聖人賢者かのように誇示、自己顕示するだけで物事の道理を理解していない
ただの自己満足の押し付け

750菜々しさん (ワッチョイ 5afb-kh1+)2017/08/15(火) 11:10:49.31ID:fORfhAB10
CHIKARA YANAGIDA3 か月前
逆に植物ならいい、痛くなければいいという考えが恐ろしいです どう思います?

返信 6
返信を非表示



もう、3 か月前
CHIKARA YANAGIDA
痛み感じて血流して暴れて叫んで殺される動物達を殺すより良いだろ?
芝生歩く時に、動物踏む感覚で歩いてるか? 違うだろ。
しかも痛み感じないから殺して良いなんてベジタリアン誰も言ってないし。
動物殺すのが植物殺すのと同じなら、
スイカ割りの代わりに犬でも人間の赤ちゃんでも
木製バットで頭かち割んのも同じだっていうサイコパスだろ
https://youtu.be/A85tp6O64OI

ほんまこれ思うわ
同じような心持ってると思ってるってことは
植物と動物同じように扱えるってことだろ
サイコパスかなんかだろ

751菜々しさん (ガラプー KK7f-7SOU)2017/08/15(火) 17:29:35.71ID:AY7Ivwz0K
>>750
バカベジ詭弁がでたかw

なんで食べ物じゃない人間の赤ちゃんの頭などと話をすり替えてくるんだw

荒木光男

752菜々しさん (ワッチョイ 4ef6-V1Cg)2017/08/16(水) 03:30:29.55ID:ftB60x+Q0
すべての命は尊い

でも小学生の社会科見学で、田植え芋掘りはしても、屠殺場にはいかない。
自明のこと。
そういう、普通の感覚の上に、動物を、殺さないという選択もありえる。
人間はコンピュータじゃない。

命を捧げてくれたものたちの為に、命懸けで世の中のために生きることは、菜食者も肉食者も、同じ義務だ。
それが、感謝ということではないか?
そういう気持ちと、目の前の弱い生き物を大事にしたいと思う気持ち、そんなに離れていない。
だから、試しに、食事から動物性を減らしてみよう。

753菜々しさん (ガラプー KK33-7SOU)2017/08/16(水) 09:11:49.42ID:XWDPT7TtK
>>752
すべてじゃないだろオマエは植物抜いているだろw

オマエは病院の手術室も開放して皆に見せろというやつなのかw
弱い生き物の植物を殺すオマエの矛盾

バカベジの個人的な偏った主張

754菜々しさん (ワッチョイ 4ef6-V1Cg)2017/08/16(水) 18:39:11.36ID:ftB60x+Q0
そんなこというなら、自分で牛や豚を育てて、自分で殺してみせよ。

結局、君のは現実感覚を欠いた机上の空論でしかないんだよ。

755菜々しさん (ガラプー KK33-7SOU)2017/08/16(水) 20:53:06.79ID:XWDPT7TtK
>>754
でた米や野菜も作った事のないやつの妄言

自分もしないことを他人におしつけるバカベジ
人間は雑食で肉を食うのを理解できないバカ

756菜々しさん (ガラプー KKc5-BxZ+)2017/08/17(木) 22:18:02.96ID:+tDrkb1RK
>>752
> そういう、普通の感覚の上に、動物を、殺さないという選択もありえる。

普通の感覚というなら菜食より雑食の方が遥かに普通の感覚だぞwww

757菜々しさん (アメ MMff-3T9e)2017/09/10(日) 16:05:14.08ID:2r9TLrOcM
「心」といっても意識の種類があるんだよ

758リンク+ ◆BotWjDdBWA (ワッチョイ 2918-ouyv)2017/10/14(土) 13:48:20.13ID:rlFv+tHp0
微笑みの木とデクの樹様とコログ族は確か…。

新着レスの表示
レスを投稿する