釈迦は殺されるな殺されもするなと教えた。
それが簡略化されて不殺生戒となされ曲解の結果人を殺すなの法律となったようである。
道理として、
大迷惑野郎の野放しし切りは殺害が起きない場合大衆が愚かに見える。
為政者の悪政を正す義による殺人もあり得るのが世の常であろう。
何より食事の度に殺しているのだから許されないと考える方が不自然だ。
故に人を殺しても許される場合は存在する。