すっかり定着した「増税メガネ」とのネーミングを嫌がって、岸田文雄首相が所得税を対象にした「減税カード」を切る構えを見せている。ところが、そんな“今さらながらのアピール”も焼け石に水――。岸田政権になって以降、国民の「実質賃金」が恐ろしい勢いで下がり続けている現実を専門家が指摘する。

厚労省によれば、最新の実質賃金(今年8月)は前年同月と比べ2.5%の減少となり、17カ月連続でマイナスを記録した。実質賃金とは、企業が労働者に払った給与(名目賃金)から物価上昇分を割り引いたもので、要は受け取った給与で品物やサービスをどれだけ買えるかを表す指標である。

 国民の生活水準や景況感に直結するのが実質賃金だが、パートやスキマバイトなどに従事する人が増えると“実態以上に下がる”との指摘があり、アメリカでは「労働時間当たり実質賃金指数」を用いるのが一般的だ。

 実態をより反映した同指数を日本に当てはめ算出してみると、驚くべき結果が得られたと話すのはインフィニティ・チーフエコノミストの田代秀敏氏である。

「2020年を〈100〉として、労働時間当たりの実質賃金指数を算出すると、23年上半期は92.95となります。実はこの数値はバブル崩壊が顕著になった91年(90.80)と92年(93.42)のちょうど中間の水準となるのです」

 現在の実質賃金(基準年を100となるようにした指数)は、バブル崩壊直後とほぼ変わらないというのだ。

「過去最悪」の落ち込み
 田代氏が続ける。

「過去50年まで遡って計算してみると、労働時間当たりの実質賃金指数は1970年代から1997年までは右肩上がりの状況にありました。以降、浮き沈みはあるものの大きな変動はなく、横ばいに近い状態が続いている。しかし21年10月に岸田政権が発足し、1年と経たない22年後半あたりから同指数は急降下で落ち込んでいるのです」

 最近の節目となった年の数値を検証すると、興味深い事実が見えてくる。例えばアベノミクスが始まる前年、つまり民主党政権最後の年となった12年は97.76。アベノミクス下の15年は95.56だが、故・安倍晋三総理が退陣した20年は前述のとおり100.00となる。つまり安倍政権下の最後の5年間で、労働時間当たり実質賃金指数は4.64%上昇したことになるのだ。

「ただし、この結果だけを見て“アベノミクスが実質賃金を顕著に押し上げた”とは言い難いのです。なぜならバブル崩壊後の92年から97年の5年間で同指数は8.10%上昇していて、アベノミクスの5年間を大きく上回っている。これはバブル崩壊までに蓄えた企業の“余力”がまだ残っていたことが要因と考えられますが、アベノミクスの効果を過大評価できないことを意味しています。一方で『新しい資本主義』なるものを掲げた岸田政権の数値はそれとは比較にならない惨憺たる有様です」(田代氏)

「未来への絶望」政策
 今回の計算法は、多くのシンクタンクなどで採用されているのと同じ手法を用い、毎月勤労統計の名目賃金指数を分子とし、総労働時間指数を分母に。一人当たり名目賃金指数を同総労働時間指数で割ったものを時間当たり賃金指数とし、さらに消費者物価指数で割るなどして算出されたものという。

「岸田政権が発足した21年の指数は99.80。ところが今年上半期には一気に92.95にまで急落し、“失われた30年”と呼ばれる97年以降、最速の下げ幅を記録しています。もちろん最大の要因として物価上昇が挙げられるのですが、それに賃金がまったく追い付いていない現状が浮き彫りになっている。物価抑制に効く“魔法の政策”はありませんが、なればこそ、賃金を上げる施策を強力に推し進めるべきなのです。例えば中小企業も含めて、賃金を上げた企業に税制上の優遇措置を与える政策などをリーダーシップを発揮して実行していれば、ここまで極端な落ち込みは防げたはずです」(田代氏)

 労働時間当たり実質賃金指数が下がるということは、労働分配率が下がっていることを指し、つまりは決算など見かけ上の数字は良くても、労働者にまでその“果実”が行き渡っていないことを意味する。

「経済政策で重要なのは“未来への希望”を抱かせることです。ところが現実は、“生活は苦しいのに岸田首相は何もしない”と国民の間に諦めや絶望が広がっている。そんな状況下で増税を行えば、希望が完全に消失しかねない。いま検討されている減税案も、肝心の給与を上げる対策に比べれば、所詮は弥縫策に過ぎません」(田代氏)

 支持率のためでなく、国民生活を守るための政策が早急に求められている。

デイリー新潮
10/20(金) 6:02配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/83c7becec795e21cf7eb0cb63320e8a91edae1e9