インターネット上の誹謗中傷対策として、政府が提出した「侮辱罪」を厳罰化する刑法改正案を巡り、国会論戦で「政治家への正当な批判を萎縮させる」との懸念が焦点になっている。立憲民主党は、政治家などへの正当な批判は罰しない特例を設ける対案を提出。ネット上の中傷に対応する必要性では一致しつつ、権力側の乱用を防ぎ、どう言論・表現の自由を担保するかが課題となっている。(井上峻輔)

 「閣僚や国会議員を侮辱した人は逮捕される可能性があるか」。4月27日の衆院法務委員会で立民の藤岡隆雄氏は、二之湯智国家公安委員長にただした。
 最初は「ありません」と明言した二之湯氏だが、次第に「あってはならない」と表現を弱め、最後は「逮捕される可能性は残っている」と答弁を転換。藤岡氏は「とてもこのままでは容認できない」と批判した。
 政府案は、「拘留(30日未満)または科料(1万円未満)」となっている現行の侮辱罪の法定刑に「1年以下の懲役・禁錮もしくは30万円以下の罰金」を加える。ネット上の誹謗中傷が社会問題化する中、厳罰化で抑止力向上につなげる狙いがある。衆院法務委で4月26日に行われた参考人質疑で、一昨年に交流サイト(SNS)上で中傷を受けて亡くなったプロレスラー木村花さん=当時(22)=の母響子さんは「言論の自由に重きを置くなら、それに見合った責任を伴わせてほしい」と訴えた。
 立民などが問題視するのは、法定刑の上限が「懲役」に引き上げられることにより、刑事訴訟法で法定刑が「拘留または科料」の場合は出頭の求めに応じない時などに限られる逮捕が、広く可能になることだ。「今までの侮辱罪とは異質なものになる」と指摘し、街頭演説でやじを飛ばした人が現行犯逮捕されるなど恣意的な運用で言論弾圧も可能になると懸念を示す。
 立民の対案は、電子メールやLINE(ライン)などを使った少人数の中での誹謗中傷も対象とする「加害目的誹謗等罪」を新設。法定刑を「拘留または科料」にとどめ、公共性や真実性がある場合は罰しない特例を設けることで、政治家への正当な批判に対する処罰を防ぐとする。一方、自民党側は「(加害目的誹謗等罪は)公然ではない侮辱も規制対象となり、かえって表現の自由が制限される」などと主張する。
 衆院法務委の参考人質疑で、弁護士の趙誠峰さんは「表現の自由に与える危険が大きいということこそ一番議論されるべき問題」と厳罰化に反対。その上で「野党案でも危険はある。処罰すべき行為をもっと緻密に限定する必要がある」と指摘した。日弁連などの弁護士団体は声明で、法定刑の引き上げには公益性、公共性のあるものを処罰対象から除外する規定を明記する必要性を訴えている。
 古川禎久法相は「正当な表現行為の萎縮の懸念は真摯に受け止めるべきことだ」と認めるが、具体的な対応は説明しないまま、政府案の成立を求めている。

東京新聞
2022年5月11日 06時00分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/176519