ステイホームは必要ない−。新型コロナウイルス対策を議論する政府分科会の尾身茂会長が発したこの言葉が波紋を広げている。国民の私権を制限する強い対策を取る中、不要不急の外出自粛などを求める行政の呼び掛けとも矛盾するからだ。一方、政府も行動制限を緩和する政策の停止を決めながら、その判断は各知事に「丸投げ」。対応が割れる結果を招いた。国民の協力が必要な重要局面に、またしても政府や自治体、専門家の足並みがそろわない事態となっている。

 尾身氏の発言は19日、まん延防止等重点措置の適用地域を拡大する政府案を、分科会が了承した直後の取材で飛び出した。重症化率が低いオミクロン株を前提に、繁華街の人出を減らす「人流抑制」から、飲食店などの「人数制限」に対策のかじを切るべきだと言及。その上で、少人数でマスク着用での会話などを心掛ければ、「ステイホーム」や「飲食店を閉める」必要はないと述べた。

 これまで医療逼迫(ひっぱく)を回避するため、削減の数値目標を示して「人流抑制」を訴えてきた尾身氏。このタイミングの方針転換は「感染力が強いオミクロン株で繁華街の人出と感染者数が結びつかなくなり、感染抑止のための指標として機能しなくなった」(関係者)ことも理由という。

 分科会メンバーは「どんどん出歩いて騒いでいいわけではない。リスクが高い場面を避け、めりはりのある対策が重要」と説明する。一方で「矛盾するが、オミクロン株はよほど強力な対策を講じないと効果がないとも思う」と述べ、社会経済活動への影響も考慮した適切なメッセージを発信する難しさにも触れた。

 デルタ株の最大4倍の感染力があるとされるオミクロン株。政府や専門家が何度も強調してきた「大人数での飲食」などリスクが高い場面の回避に特化した対策が、どれほど奏功するかは不透明だ。医療逼迫への懸念から「不要不急の外出自粛」(小池百合子東京都知事)や、全ての飲食店に酒類提供停止を求める自治体にとって、尾身氏の発言が相反するメッセージになった面は否めない。

情報を受け取る国民からすれば、政府が19日に「原則停止」とした「ワクチン・検査パッケージ」も分かりづらさの一因となっている。停止の判断は知事の裁量とされ、21日から重点措置が適用される埼玉県は継続を決めた。ワクチンの接種証明書などがあれば、尾身氏が強調する「人数制限」も関係なく、大人数での飲食も可能という。

 日本大危機管理学部の福田充教授(リスクコミュニケーション)は、「メッセージが複雑だと人々は自分が信じたい情報を信用する傾向がある。強い対策を打つときは矛盾したメッセージにならないように国や自治体、専門家がワンボイスになることが望ましい」と指摘する。

(久知邦)

西日本新聞
2022/1/21 6:00
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