<民なくして10・31衆院選>
◆感染対策徹底していたけれど
 1年以上かけて準備してきた舞台公演の初日が、10日余り後に迫っていた。「悔しいけど、やめるしかない」。劇団「日穏」を主宰する岩瀬晶子さんは8月上旬、東京・赤坂で予定していた新作劇の中止を決断した。
 当時、新型コロナウイルス感染の「第5波」が急拡大し、医療提供体制は逼迫していた。入院できない患者が相次ぎ、都内の自宅療養者は1万人を超えた。政府は肺炎などの症状がある中等症患者の一部を自宅療養とする方針を打ち出し、批判を受けて原則入院に修正するなど迷走していた。
 世間には「またクラスター(集団感染)を起こすんじゃないか」と舞台公演に批判的な見方があることは知っていた。だから感染対策は徹底した。出演者やスタッフは全員PCR検査を受け、けいこ場ではマスクを着用。観客数も減らす予定だった。
 でも、もし観客に感染者が出てしまったら―。演目のテーマは「命」。「お客さんが入院できずに命の危険にさらされる可能性がある。それだけは絶対に避けなければいけない」と自分を納得させた。

◆仕事激減、貯金崩して準備
 公演は全国3カ所で22回予定していた。チケットは既に2000枚近く売れていたが、全て返金。中止を直接伝えたファンからは「実は感染が怖くて、見に行くかどうか悩んでいた。やめてくれてありがとう」と感謝されることもあった。
 岩瀬さんは2008年に日穏を旗揚げし、年1〜2回、戦争や介護などをテーマに公演を重ねてきた。普段の司会業や俳優業で得た収入を「本当にやりたいこと」の演劇に投入。赤字になることもあったが、生きがいにしてきた。
 昨年は新型コロナの影響で司会の仕事が激減。預金を切り崩して臨んだのが、今回の公演だった。
 公演は、コロナ禍での文化芸術活動を支援する文化庁の事業に選ばれており、劇場のキャンセル代は補償された。出演者やスタッフら約30人の人件費の一部も補償されたが、「予定の何分の1かにさせてしまい、本当に心が痛い」とうつむく。

◆文化芸術への支援を
 支援事業では、今年4〜5月に5368件の申請があり、文化庁が団体の過去の公演実績などを基に審査。選ばれたのは半数の2713件にとどまり、支援を受けられなかった劇団も多い。
 そんな中、衆院選が始まった。自民、公明両党が文化芸術の経済的支援などを公約に掲げているが、具体性は乏しく、ほとんど争点になっていない。
 岩瀬さんは「演劇はコロナ禍の今こそ、人の心を潤すために必要だ」と信じる。だからこそ政治には、「支援を広げるための政策を考えてもらいたい」と望む。
 今回中止となった新作劇は来年夏の上演を目指す。でも今の医療提供体制のままでは不安が残るという。「コロナにかかっても入院できずに命を落とす人がいる社会は怖い。政治には誰もが安心して暮らせる社会づくりを目指してほしい」(池田悌一)

東京新聞
2021年10月22日 06時00分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/138166