井上信治科学技術担当相は11月26日、日本学術会議の梶田隆章会長らと会談し、学術会議を国の機関から切り離すことも検討するよう要請した。会議を非政府組織(NGO)や民営化にした場合、日本の科学アカデミーにどんな問題が生じうるのか。学術会議元幹事で、アジア学術会議元事務局長の白田佳子しらたよしこ東京国際大学特命教授は、東京新聞に寄稿し「国際学術会議やアジア学術会議への参加が困難になり、日本社会の未来にとっても大きな危機になる」との懸念を示した。

 寄稿文は次の通り。

◆「ナショナルアカデアカデミー」の意義
 日本学術会議に関わる議論が、「任命拒否」問題から「学術会議を国から独立させる」方向へかじが切られ始めている。
 
 井上科技担当相が、学術会議との会談後に、この「独立」について口にしたがそもそも政府の思惑は、当初から任命の問題ではなく、この「独立」にあったのではないか。
 学術会議が「ナショナルアカデミー」として、省庁を超え、直接、政府への提言を行うことの意義や効果が、政府だけでなく、国民にもきちんと伝わっていないと感じる。そこで、少し目線を変え「ナショナルアカデミー」の果たしてきた役割にまず言及したい。

◆世界的な科学者組織
 科学者組織には、国内だけでなく、世界的な科学者組織が存在する。大学等の研究者が、個人の研究成果を公表し、業績を積むための「学協会」と呼ばれる機関とは異なり、世界の科学者組織は、国境を越え、地球のあるべき姿を、科学者の視点から、議論する場として設けられてきた。
 具体的にどんな機関があるか。ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)は、加盟国における教育、科学、文化の協力や交流を通じ、国際平和と人類の福祉の促進を目的として、国際連合の専門機関として設置された。
 国際社会科学協議会(ISSC)は、ユネスコの支援で設立。自然科学分野では、各国の学術機関や、自然科学に関する国際的な学会連合を、相互に連絡調整する組織として国際研究協議会(IRC)が作られ、31年に改組されて、国際学術連合会議(ICSU)ができた。
 2018年に、ISSCとICSUは、統合され、人文社会科学から自然科学に至る全ての科学者が一堂に会する国際学術会議(ISC)が設置された。これは、地球温暖化など、あらゆる領域における科学者が、分野を超えて人類の福祉に貢献するために、地球のあるべき姿を共に考えていく必要性がより重要となってきたからだ。
 ISCとは別にナショナルアカデミーのみで構成されるIAP(Inter Academy Partnership)と呼ばれる国際機関がある。IAPは、100カ国140以上の科学者組織から構成され、主に政策提言や科学教育の振興、保健衛生の向上など、重要テーマについて各国政府に対し、科学的な助言や勧告をおこなう。

◆学術会議が非政府組織になったら◆
 日本の学術会議は、1996年にIAPに加盟して以来、積極的に活動に参加し、執行役員も派遣しており、日本の存在感は十分、加盟各国に認識されており、2017年には、学術会議においてIAP主催による「持続可能な社会のための科学と技術に関する国際会議」も開催された。
 今後、井上科技相が指摘するように、学術会議が「国から切り離され」、国の機関でなくなった場合、日本には、政府直下のナショナルアカデミーが存在しないことになる。そうなると、どのようなことが起きるのか。

 IAPのようなナショナルアカデミーのみが会員となることができる国際機関から、まず、日本は脱退しなければならない。その場合、日本政府は、学術会議の替わりとなる組織を内閣府内に置き、日本政府として、世界の科学アカデミーに意見を発信し続ける必要がある。その場合、政府は、優れた意見を発信できる科学者組織を、政府内にどのように再編成するつもりなのか。
 国際アカデミーの1つにアジア諸国をとりまとめているアジア学術会議(SCA)がある。これまで紹介してきた国際科学者組織と最も異なる点は、アジア学術会議の事務局が、日本学術会議内に設置されているという点だ。
 米国の全米科学アカデミーや英国の英国王立協会などは、政府から独立しているため、ユネスコや国際学術会議などには、加盟できない。米国や英国などは、これらのアカデミーとは別に政府直轄の機関を作って対応している。
 学術会議を「国から切り離した」場合、国の機関として位置付けられる学術組織がなくなるため、日本はIAPやアジア学術会議、国際学術会議などに、これまでのように加盟し、リーダーシップを発揮できなくなる。

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東京新聞
2020年12月1日 16時50分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/71676