《最高権力者の説明であっても、分からないことは分からないと問い詰めるのがジャーナリストではないか。総合的、俯瞰的と言われて意味が分かった人は、日本に何人いるのだろう》

ツイッター上でそう指摘したのは、法政大学教授の山口二郎氏だ。菅義偉首相(71)が日本学術会議の会員候補だった学者6人の任命を見送った問題で、政府側が乱発しているのが「総合的、俯瞰的(ふかんてき)」という表現だ。

「総合的、俯瞰的活動を確保する観点から判断をした」

10月5日に行われた“グループインタビュー”で、菅首相は6人の任命を行わなかった理由をこう説明した。このインタビュー中、菅首相は「総合的、俯瞰的」という言葉を5回にわたって繰り返した。加藤勝信官房長官(64)も定例会見で毎日のように「総合的、俯瞰的」という表現を使っているほか、10月7日の衆議院内閣委員会の質疑では三ッ林裕巳内閣府副大臣(65)ら政府側の答弁者が数十回にわたって乱発している。

だが、この言葉がいったい何を意味するのかわからないという声が、ツイッター上で相次いでいる。格闘家の高田延彦氏(58)はこうツイート。

《菅氏の総合的、俯瞰的に判断て、この説明じゃサッパリ分からないなー。》

ほかにもツイッター上ではこんな声が。

《「総合的、俯瞰的な活動を確保する観点から判断した」。抽象的で全く何の説明にもなっていない》
《「総合的、俯瞰的」という具体性全くゼロで一切の判断根拠が不明の説明。説明責任をごまかしているだけ》

■明確な意味があった「総合的、俯瞰的」

10月2日の会見で、加藤官房長官は「総合的、俯瞰的」という表現は「総合科学技術会議の意見具申」に由来していると説明した。中央省庁改革の流れで、2003年2月に総合科学技術会議が出した「日本学術会議の在り方について」という具申書にこの表現はみえる。

<日本学術会議は、新しい学術研究の動向に柔軟に対応し、また、科学の観点から今日の社会的課題の解決に向けて提言したり、社会とのコミュニケーション活動を行うことが期待されていることに応えるため、総合的、俯瞰的な観点から活動することが求められている>

ここでいう「総合的」と「俯瞰的」の意味は、別の箇所を読めば理解できる。

<人文・社会科学を含む総合的な視点>
<科学者コミュニティの総体を代表して俯瞰的な観点>

日本学術会議は、一つの学問分野にとらわれない、さまざまな分野を含む“総合的”な観点と、個別の学会ではなく科学者全体を代表するような“俯瞰的”な観点から活動しなければならないということが、具申書で言われているのだ。つまり、「総合的、俯瞰的な観点」とは日本学術会議が活動する上で求められる学問的な姿勢ということになる。

そして、そうした活動を実現するために、<日本学術会議は科学者コミュニティの総体を代表し、個別学協会の利害から自立した科学者の組織とならねばならず、在来の学問体系や諸学問分野の勢力図から離れて組織が構成され、メンバーも選出されるべき>とされている。

■任命拒否の6人は“非常識な学者”?

菅首相が「総合的、俯瞰的活動を確保する観点から」6人の任命を見送ったということは、この6人がこうした観点からの活動を阻害する存在であると首相が評価したということになる。

たとえば、一つの学問分野に拘泥するあまりに他分野からの意見を妨げたり、特定の学会の利害しか考えないような学者ということなのだろうか。だが6人の経歴や過去の発言内容を見る限り、到底そのような“非常識な学者”であるようには思えない。

また、日本学術会議の会員は「優れた研究又は業績」を有していることが条件となっている。首相による会員の任命が、日本学術会議の推薦に基づかなくてはならないとされているのは、「会員候補者が優れた研究又は業績がある科学者であり、会員としてふさわしいかどうかを適切に判断しうるのは、日本学術会議であること」(2018年内閣府文書)が理由とされてきた。

2に続く

女性自身
2020/10/08 13:28
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