新型コロナウイルスの感染拡大で緊迫感が高まる中、「花見写真」や「大分旅行」で世間の批判にさらされている安倍昭恵氏。こうした自由奔放なふるまいには、身近な人たちからも疑問の声が上がる。かつて昭恵氏と「盟友」だった男性は「今ではもう語り合える気がしない」と突き放す。

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「またやっちゃったなと思いました。彼女らしくて。真剣に怒ったり、あきれたりする感情は特にないですね」

 そう話すのは、安倍昭恵氏と親交が深かった元バー経営者の高坂勝さん(50)だ。

 高坂さんは2年前まで東京・池袋でオーガニックバー「たまにはTSUKIでも眺めましょ」を経営していた。

 当時、このバーは菅直人元首相などの政治家や、都知事候補にもなったミュージシャンの三宅洋平氏など社会活動家も出入りする「言論の場」となっていた。店主の高坂さんは自他ともに認める「反安倍」で、店頭には「アベ政権反対」の看板が掲げられていたほどだ。

 そんななか、安倍政権の「中心人物」ともいえる女性が常連客にいた。安倍昭恵氏だ。

 きっかけは2011年1月。昭恵氏からのアプローチだった。高坂さんは過度な消費生活から抜け出し、余暇をもってゆとりのあるペースで暮らす「ダウンシフト」の生き方を実践しており、『減速して自由に生きる ダウンシフターズ』などの著書もある。昭恵氏は、高坂さんのこうした生き方を紹介した正月の新聞記事を読んで興味を持ったようで、「ぜひ会いたい」とメールで連絡してきたのだという。 

 それ以降、昭恵氏は頻繁に高坂さんのバーに通うようになった。もちろん、昭恵氏にとっては「アウェー」の店だ。

「首相夫人という立場でしたが、仲良くできた。『晋三氏は一番嫌いな政治家だ』と面と向かって言いましたが、動じることはなかったですね」

 昭恵氏はグラスを傾けながら、高坂さんにいろいろな話をしたという。夫である安倍晋三首相や政権を批判する意見にも耳を傾けた。昭恵氏のこうした姿勢は「第1次安倍内閣が下野した後の、立教大学(社会人が対象の大学院)への進学が大きかったのでは」と高坂さんは話す。

「それまでは保守の夫と同じ考えを持って、違和感を覚えることなく過ごしていたようです。しかし、リベラルな気質が強い立教大学で学び直したことで、自分と真逆の考えの人たちと出会った。『素晴らしい人たちとの出会いに恵まれた』と言っていました。これを機に、主義主張やイデオロギーの垣根をなくして、いろいろな人と広くかかわるようになったようです」

 今や昭恵氏のライフワークとなっている地方での米作りも、高坂さんが過去にレクチャーしたものだという。12年に昭恵氏が居酒屋「UZU」を立ち上げた際にも相談されたといい、昭恵氏は高坂さんに強い信頼を寄せていたようだ。

 ところが17年、2人の友情を破綻させる出来事が起きた。昭恵氏の関与が疑われた森友学園問題(国有地売却をめぐる巨額値引き問題)だ。

「今までは店内で昭恵さんに批判が集中しても、夫がやっていることだからと切り離すことができましたが、森友問題は昭恵さんも当事者でしょう。鬱になった人もいるし、自殺者まで出ている。昭恵さんに悪気はないと思いますが、結果的にたくさんの善良な官僚を追い込んで、傷つけたわけです。昭恵さんに対しても今までのように許容はできないと思いました」

 そうした思いを抱えていた高坂さんは、森友問題の発覚後に昭恵氏と電話で話をした。すると、

「私は悪いことしてない」

 と話されたという。それに対して高坂さんは、

「『総理大臣の妻として世間や俺に言えないこともあるんでしょ』と聞くと、昭恵さんは少し間を置いて『うん、ある』と言った。私は『言えないことがあるんだったら、僕の店には来ないで』と伝えました」

 昭恵氏はおとなしく「うん、わかった」と応じたという。

 事実上の「絶縁宣言」後も、昭恵氏からは「近くの店にいるから来ない?」などの誘いがあったというが、高坂さんは会っていないという。

「(森友問題も)昭恵さんの人柄からして、悪気はないのはわかっていますが、会えば会ったで、『あれはどうだったのか』と問いたくなる。少なくとも、今は笑いながら語り合う気にはなれないし、事実を明らかにしないなら友人としての縁を復活させたいとは思いません」

 改めて、問題となっている「花見写真」や「大分旅行」について問うと、諦めたような口調でこう答えた。

2に続く

AERA
2020/4/23 12:00
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