菅義偉官房長官が視察先の熊本県で、外国人観光客誘致のため「全国に高級ホテルを50カ所新設する」と発言した。熊本地震の傷も癒えない復興途上の被災地で、富裕層重視を打ち出す発言。「無神経」と怒りの声が上がっている。 (佐藤直子)

◆仮設で不便な生活続くのに…

 「ふざけるなって話ですよね。まだ仮設住宅で不便な生活を続けている人もおられるのに…」。熊本市を拠点に被災者支援を続ける「こころをつなぐよか隊ネット」の佐藤彩己子代表は菅氏の発言を知り、怒りが収まらなかったという。

 佐藤さんは、二〇一六年の熊本地震後から、子ども食堂を運営したりして、困窮者の支援にかかわってきた。今はひとり親家庭の支援に力を入れ、自家用車のトランクに米や卵など食材を積んでは各家庭に届けて回る。

 「みなさん、家が壊れたり、仕事を失ったり、病気になったり、いろんな事情を抱えているのに、それでもなかなか助けてとは言えないんですよ」

◆被災現場を視察後「世界レベルのホテルが不足」

 菅氏の発言は七日、震度7を観測した同県益城町で飛び出した。地表に断層が現れた同町の現場や南阿蘇村の崩落した橋を訪ねた後、空港で記者団に「地震の発生前以上に、地域のにぎわいを取り戻し、地域経済を活性化することが重要。とくに観光産業は成長産業だ」と強調。「わが国は世界レベルのホテルが不足している」と指摘し、財政投融資制度などを活用して、全国にスイートルームを多く含む高級ホテルを五十カ所程度新設することを目指すとした。

 菅氏は、外国人観光客を誘致する観光事業にご執心だ。政府が一五年にスタートさせた「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」作業部会で座長を務める。観光庁観光産業課の坂野修一課長補佐は、「日本はアジア諸国に比べ五ツ星ホテルが少ないと以前から指摘されていた。菅官房長官の発言は、こうした流れから出た」と説明する。

 熊本にも高級ホテルがやってくるのか。県知事公室は高級ホテルについて「何も聞いていない」というが、「もしも建設されたなら、震災復興の後押しになる」と期待を抱く。
◆人手不足に拍車も 「住民置き去りに」

 しかし、被災地の傷はまだ癒えていない。高級ホテルが復興支援になるのか、中小の宿泊業者は戸惑う。阿蘇地区で旅館を営む男性は「熊本で発言することじゃないですよ」と不快感をあらわに。周辺は地震で大きなダメージを受け、数カ月は温泉が止まった。国道や鉄道の復旧もまだ終わっていない。

 「震災で廃業したホテルもある。高級ホテルが熊本にできたとしても、われわれのような旅館とは客層が違うから、客の取り合いにはならないだろうが、従業員など人材の引き抜きなどが始まる。人手不足に拍車がかかる」

 熊本地震の被災者の人権問題に取り組んできた熊本学園大水俣学研究センターの井上ゆかり研究員(社会福祉学)も、憤りを隠さない。

 「傷痕の残る益城町の現状を見た後に、よく高級ホテルの話ができるなと、無神経さに言葉が出ない。高級ホテルが熊本に建設されても、それで収益を上げる人はごく一部。県民全体の底上げになる話ではない。国としては何かと復興の印象づけをしたいのだろうが、住民が置き去りになるばかりだ」

東京新聞
2019年12月11日 朝刊
https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201912/CK2019121102100025.html