緊急寄稿 
田代洋一・横浜国大、大妻女子大名誉教授

日米二国間の新たな通商交渉の初会合が4月15、16日の2日間、米国のワシントンで行われた。昨年9月の日米共同声明に即して農産物の自動車についての物品貿易交渉に加え、デジタル貿易についても交渉することで合意した。両国政府とも早期の成果をめざして交渉を続けるとしている。初会合で見えてきた新たな日米通商交渉の本質とは何か。田代洋一横浜国大名誉教授は本紙への緊急寄稿で米中貿易摩擦と米国の戦略も視野に、今後予想される5つの危惧を指摘する。

◆ウソからはじまった日米交渉

 日米通商交渉の初会合が開かれた。各紙の扱いは一面だがトップではなく、ひっそりした幕開けになった。しかしそこで演じられるドラマは、とてつもなく大きなものになる可能性が大である。短期・長期さまざまな角度から監視する必要がある。
 この交渉、名称・範囲からして日米で異なっていた。日本はたんなる物品協定(TAG)としたが、アメリカはあっさりFTAと割り切っている。初会合の結果、物品貿易とデジタル貿易から交渉開始することになった。これは昨年9月の日米共同宣言の、物品貿易と「他の重要分野で(サービスを含む)で早期に結果を生じ得るもの」についての交渉開始という合意に即してはいる。しかし日本が主張するTAGの範囲を早くも逸脱した。米通商代表部(USTR)は1月下旬に22の交渉事項を示したが、「8.物品・サービスのデジタル貿易および国境を越えたデータ移動」は、「1.物品貿易」とは全く異なる項目建てだからである。
 安倍首相は「包括的なFTAとは全く異なる」と言い切っていたが、デジタル貿易を含めたことで、のっけからそのウソがばれた。ウソをつきつつ引きずりこまれたこの交渉で、日本はアメリカにどこまで引っ張られていくのか。
 たとえば、ムニューシン財務長官は、初会合に先立ち、為替条項を交渉に含めるとし、初会合の最中、交渉責任者のライトハイザー通商代表さえ為替条項に言及した。アメリカの射程は超ロングだ。当初の交渉の間口をせばめたのは、アメリカが本命の中国との交渉で膠着状態にあるからで、その目途がつけば日本に集中攻撃をかけてくる。
 以下では、予想される5つの危惧を述べる。

◆農産物「暫定合意」の危険

 9月の日米共同宣言では、物品や早期に結果を生じ得るサービス等の分野で「交渉開始」(第一段階)、その「議論の完了後」に「他の貿易・投資の事項についても交渉」(第二段階)という二段階方式をとった。
 二段階と言っても、第一段階でいったん打ち切りFTAを結ぶのではなく、たんに「議論の完了」をするだけで、次の段階に移るということで、両段階は連続的である。そもそもFTAたるためには、第一段階だけ先に切り離して議会承認とWTO通告をするわけにはいかず、両者は一体だ。となるとそれなりの時間がかかる。
 そこで注目されるのが、パーデュー農務長官が主張する「農産物先行で暫定合意」案だ。第一段階で農産物だけ先に「議論を完了」させてしまい、第二段階に移行するというわけだ。
 政治日程をみると、トランプは2020年の大統領選を控え、そこで交渉成果を誇示するには今年中に批准に持ち込まねばならず、安倍は7月の参院選を控えている。すると参院選直後、すなわち安倍がどんな妥協も可能になり、トランプもギリギリに大統領選に間に合わせることのできる今夏が、早期決着の目途になる。そこで一挙に第一・第二段階を通じるFTAまで行けないとなれば、農産物だけ切り離して「暫定合意」というわけだ。

2につづく

JA 農業協同組合新聞
2019.04.18 
https://www.jacom.or.jp/nousei/closeup/2019/190418-37853.php