2018年11月下旬、オフィスビルが立ち並ぶ東京都港区芝。朝夕には会社員らが川のように流れをつくって行き交う。地下鉄の駅から地上に出てすぐの場所にその建物はあった。

 大企業の本社が点在する立地と、周辺のビル群に溶け込んだ外観から集合住宅だと気付く人はどれほどいるだろうか。JRの駅にも近く、列車の音もひっきりなしに聞こえるが、その建物の周辺だけは、なぜか時間が止まったように静かだった。玄関口を入ると、両側にびっしりと並んだ郵便受けが飛び込んできた。10階建てで、住宅部分は独立行政法人が運営するが、すでに取り壊しが決まっている。

 物件情報によると、3階まではテナントとして利用され、4階以上に約400の賃貸住宅があるとされる。だが、壁に掛けられた居住人の名簿には、半分ほどの名しか残っていない。名簿、郵便受けの名前を丹念に見ていったが、目当ての男性の名はなかった。

 虚偽の住所か―。人けのない薄暗いフロアで、しばし立ち尽くした。

 11月初旬に発足した琉球新報ファクトチェック取材班は、18年9月30日投開票の県知事選で、真偽不明の情報や中傷的な情報を流した二つのサイトに注目し、取材を進めていた。
 
 「沖縄県知事選挙2018」
 
 「沖縄基地問題.com」

 ネット上に残るサイトの情報を追うと、二つとも1人の男性の氏名で登録されていた。ここでは仮に「M」と呼ぶ。港区芝の集合住宅はMが「沖縄基地問題.com」で住所として記載していた建物だ。

 「沖縄県知事選挙2018」の登録住所は東京都荒川区東尾久のマンションの4階の部屋になっていた。しかし8年前に取り壊され、今は3階建ての別のマンションが立つ。大家にMの名について心当たりがないか訪ねた。しかし「管理会社に任せているから」と答えるだけだった。

 Mが登録していた電話番号に掛けると、一つは女性の声で「違う」と否定された。もう一つの電話番号に掛けると「この番号は現在使われておりません」と機械的なメッセージが返ってきた。

 ただ、古い電話帳をめくると手掛かりがあった。9年前に荒川区東尾久の登録住所で、Mと同じ姓名で電話番号が登録されていた。だが、この番号もすでに使われていなかった。実際に、このMがサイトを運営していたのか、第三者に名前や電話番号を使われたのか、分からないまま、消息は途絶えてしまった。

 迫っても、迫っても届かなかった「覆面の発信者」。目の前の闇が広がっていく気がした。 (ファクトチェック取材班・池田哲平、滝本匠)

2につづく

琉球新報
2019年1月1日 12:33 https://ryukyushimpo.jp/news/entry-856174.html