■【一筆多論】プーチン氏は信用できぬ 遠藤良介

 日本人記者として歴代最長の連続11年8カ月にわたったモスクワ特派員生活を終え、東京での仕事を始めた。モスクワ勤務の思い出を語れば切りがないが、最も鮮烈な取材体験といえばロシアによる2014年3月のクリミア併合である。

 この年の2月、ロシアの隣国ウクライナでは、首都キエフの大規模デモで親露派政権が崩壊し、親欧米派が実権を握った。プーチン露政権はこれに激怒し、ロシア系住民の多いウクライナ南部クリミア半島を一方的に併合したのだった。

 当時の私は、キエフで親露派政権の崩壊を取材し、そのまま南部のクリミア半島に飛んだ。
 クリミアでは、議会や行政庁舎、空港、テレビ放送拠点といった中枢施設が、「自警団」を名乗る地元の男たちや、銃を構えた兵士たちによって封鎖・占拠されていた。

 「あなたはロシア軍兵士ではないのか。どこから来たのか」
 兵士たちは、所属部隊を示す記章などを全く付けておらず、私はいたる所で尋ねた。兵士らは「人民の味方だ」などとはぐらかすだけだった。

 「キエフにはファシスト政権が発足した。ロシア系住民には危険が迫っている」。クリミアではロシアのテレビ放送だけが流れるように工作がなされ、こんなプロパガンダが集中的に行われた。

 現地では3月、こうした状況でロシア編入の是非を問う「住民投票」が行われ、97%が賛成だったとされた。あり得ない数字だ。

 クリミアに展開した謎の兵士たちについて、プーチン露大統領は当初、「地元の自衛勢力」であり、ロシア軍は派遣していないと公言していた。しかし、クリミア併合後になって、実際には軍の特殊部隊を投入していたことを認めた。国際社会に平然と嘘をついていたのである。

 プーチン氏はまた、クリミア併合に際し、必要があれば核兵器を臨戦態勢に置くことを考えていた−とも後に明らかにした。

 プーチン政権はクリミア併合後、ウクライナ東部でも独立運動をたきつけた。東部では、ロシアの支援を受ける親露派武装勢力とウクライナ軍が交戦する事態となり、1万人以上の死者が出た。14年7月には、マレーシア航空の民間旅客機が戦闘地域の上空で撃墜され、乗客乗員298人が死亡する惨事もあった。

 プーチン氏はまたも、ウクライナ東部に派兵していないと主張。しかし、マレーシア機撃墜の国際捜査グループは、ロシア軍所属の地対空ミサイルが使用されたことを特定している。

 クリミア併合後、低下傾向にあったプーチン氏の支持率は8割超に跳ね上がった。プーチン氏は、国際社会を欺き、「領土拡張」を自らの権力保持のために利用したのだ。

 安倍晋三首相は、プーチン氏との間で日露平和条約を締結することに改めて意欲を示している。しかし、プーチン氏は信用に足る指導者だといえるのか。この人物が真摯(しんし)に北方領土交渉に応じるのか。

 プーチン氏の支持基盤に陰りも見える今、拙速な交渉を行う理由は全くない。(論説委員)

産経新聞
https://www.sankei.com/column/news/181203/clm1812030004-n1.html