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 民進党の小西洋之参院議員が16日夜、国会近くの路上で防衛省統合幕僚監部の3等空佐から「お前は国民の敵だ」と繰り返し罵倒された問題は、過去の暗い歴史を思い起こさせた。シビリアンコントロール(文民統制)の下にある現職自衛官が語った言葉の意味や影響を考えた。【和田浩幸、中川聡子】

 ◇5・15事件でも「国民の敵」スローガンに

 「日本国民よ! 国民の敵たる既成政党と財閥を殺せ! 祖国日本を守れ」

 1932(昭和7)年に海軍青年将校らが首相官邸を襲撃し、当時の犬養毅首相を暗殺した5・15事件。青年将校らは檄(げき)文にこう記していた。「憲政の神様」と呼ばれた犬養首相は「話せば分かる」と説得したが、将校らは問答無用で殺害。犬養内閣は戦前最後の政党内閣となり、以後、日本は軍部独裁の戦争の道を歩んだ。

 戦前ならば将校に当たる3佐が、国会議員を「国民の敵」と断じた問題をどうみるか。井上寿一学習院大学長(日本政治外交史)は「威嚇する言葉としては戦前ほどのインパクトはないが、許されない言動だ。『国民』を都合良く権威付けて自身の考えを正当化することで、根拠もなく『自分こそが国民で、お前は国民ではない』と言いたかったのではないか」と分析する。

 ◇小西氏は国会で日報問題を追及

 3佐が勤務する統幕は昨年2月、自衛隊のイラク派遣に関する資料提出要求を受けたが、3時間程度の調査で「見つけられなかった」との国会答弁案を作成。当時の稲田朋美防衛相も「残っていないことを確認した」と国会で断言した。その後の調査で陸自などに残っていたことが判明し、今月16日に約1万5000ページを公表。文民統制のほころびに批判が起きている。

 小西氏は国会でたびたび稲田氏や小野寺五典防衛相の管理責任を追及。2015年9月に成立した安全保障関連法の審議でも「狂信的な官僚集団」と発言して紛糾するなど、激しい追及ぶりで知られていた。井上さんは「リアルな現場を知る自衛官として、国会論戦は空理空論に思えたのかもしれない。根底には与野党を問わず政治家そのものへの不満があったのではないか」と推測する。

 ◇統幕は文民統制を支える組織

 自衛隊は国内最大の組織であり、武器を持つ実力集団だ。文民統制は政治が実力集団を統制することで暴走を防ぐ仕組みで、自衛隊法は自衛隊員に対し、選挙権の行使を除く「政治的行為をしてはならない」と規定。さらに政令では特定の政党や内閣を「支持し、またはこれに反対すること」を目的とする行為を禁じている。また、統幕は部隊の運用について、陸海空の3自衛隊と連絡を取りつつ防衛相を一元的に補佐する機関で、文民統制を中核的に支える組織と言える。

 軍事評論家の前田哲男さんは今回の問題について、安保法制が一因になったとみる。「第2次安倍政権以降に自衛隊の権限が拡大し、現場に高揚感が広がる一方で、日報問題で批判されることに焦りもある。引き裂かれた感情が、防衛省に批判的な小西議員に向かったのではないか」と指摘。「実力組織の指揮官候補として不適格な振る舞いだ。北朝鮮の核・ミサイル問題で国民の不安が広がっているが、こうした暴言に同調せず、言論への暴力だという問題意識を持つことが大切だ」と語った。

 ◇各国で「国民の敵」名指しの悲劇

 「国民の敵」という言葉で始まった悲劇は国内にとどまらない。旧ソ連の独裁者スターリンは反対派を「人民の敵」と名指しして粛清。同じ言葉が中国の「文化大革命」でも使われ、毛沢東の政敵や知識人らの迫害につながった。

 最近では、米国のトランプ大統領が批判的なメディアをけん制する際にも使用した。井上さんは「考えが異なる人を分断して攻撃し、支持を得る手法が世界的に広がっている。立場を忘れてまで相手を非難した3佐の発言は、そうした潮流が一般国民にも浸透し、感覚がまひしている表れかもしれない」と語る。

 「職業上の立場から抑制が働くべき自衛官が、抑制が利かない状態になったことが問題だ。国民全体の奉仕者としてどう教育してきたかが問われている」。旧防衛庁出身で内閣官房副長官補を歴任した柳沢協二さんはこう語る。「今回は一種のヘイトスピーチで、他者を排斥する心情の表れだ。自衛隊は世の中の縮図であり、世間に充満した雰囲気が表れたのではないか。分断と排斥が現代の戦争の要因になっていることを肝に銘じるべきだ」と警鐘を鳴らした。