http://japanese.joins.com/article/322/240322.html

(略)

昨年2月、稲田朋美防衛相は国会で「イラク日報があるか」という質問に対し、「発見できなかった」と答えた。実際、当時はイラクではなく南スーダンPKOの日報が大きな問題だった。日報をめぐっては「自衛隊員が『戦闘』という表現を使ったというが、非戦闘地域に派遣された自衛隊員がなぜ『戦闘』という表現を使ったのか」という論争で日本全体が騒々しかった。結局、稲田防衛相が「廃棄した」と主張した「南スーダンPKO日報」の一部が公開され、稲田防衛相の退陣の原因になった。

ところが1年ほど過ぎた今月2日、小野寺防衛相が突然、「確認の結果、イラク日報は残っている」と発表し、新たな問題が浮上したのだ。2日の発表まで小野寺防衛相は陸上自衛隊が「イラク日報」を初めて発見したのは今年1月と話していた。しかし4日には「昨年3月27日に陸上自衛隊内部の研究本部(教育訓練本部)がこれを発見した」と述べた。陸上自衛隊が「イラクPKO日報」をすでに確認していたが、1年以上も報告せず、3月末にこれを小野寺防衛相に報告したということだ。独自の調査で関係者らは「当時は南スーダン日報を探すのに集中し、イラク日報まで報告する必要が感じられなかった」という理由を挙げたという。

陸上自衛隊のどのラインまでこの事実を知っていたかはまだ明らかになっていないが、ひとまず防衛相と副大臣、政務官など防衛省を指揮する「政務3役」には一切報告されなかったと確認された。

日本のメディアと野党は「軍(日本の場合は自衛隊)は政府の指揮と統率に従うという、いわゆる『文民統制システム(シビリアンコントロール)』がまともに作動していないのでは」「文民統制に赤信号がついた」という懸念が出ている。

「制服組」と呼ばれる陸上自衛隊の幹部が「背広組」と呼ばれる民間人指揮部を締め出して組織的に隠した可能性まで提起されている。創設64年目に実現した統合司令部新設と日報隠蔽疑惑、陸上自衛隊ではわずか数時間の間に天国と地獄を行き来した。

いったいなぜ日本社会は陸上自衛隊の一挙手一投足が注目されるのか。過去に日本の陸軍は政府でなく天皇の軍隊だった。政府と対等な立場で、政府でなく天皇の指揮だけを受ける組織だった。内閣の陸軍大臣も現役陸軍大将が務めた。陸軍大臣が握っている軍政権も一線軍隊の軍令権もすべて陸軍が掌握した。政府のコントロールを受けない陸軍の専横は日本を軍国主義に向かわせた。陸上自衛隊に対する日本社会のトラウマはそれだけに根深い。

日本国内に右翼的な声を代弁してきた産経新聞までも5日付で「陸上総隊の発足など大規模な組織改編の前提は国民の信頼であり、陸自が防衛相の指示に結果的に従わなかったことは、文民統制の実効性を疑わせることになりかねない」と強く批判した。

5日の参院外交防衛委員会で野党議員は「文民統制が機能していない」とし、小野寺防衛相の辞任を要求した。自衛隊を統率する能力がなければ退けということだ。

これに対し小野寺防衛相は「(日報の存在が)分からないのはおかしいと思い、再調査を指示し(結果的に存在が)確認された」とし「文民統制は作動している」と反論した。

安倍内閣は「文書問題」から抜け出せずにいる。南スーダンPKO日報問題、加計学園の獣医学科新設関連文書、森友学園問題関連文書改ざん、裁量労働制データ捏造に続いてまた文書問題が出てきた。そうでなくとも支持率低下に悩んでいる安倍首相にはもう一つの大型悪材料だ。

特に陸上自衛隊が論争の中心になり、平和憲法に自衛隊の存在を明記するという安倍首相の夢は春雨に散る花のようにはかなくなっている。