穂乃果「ある英雄譚」
私が説明している間、希ちゃんは腕を組んで何か思案しているようだった。
希「なるほどそんな所が…しかも白い狐までセットで。確かにこれは匂うね…」
希ちゃんは腕組みをほどき、腰に手を当てて俯きがちに言う。
穂乃果「でしょ?あそこにいけば何か掴めるかも!」
海未「でも、あの霧もあります…リミットもある中で探すのも大変ですよ。」
穂乃果「大丈夫、私は6時間吸ってこれだから!」
ことり「…笑い事じゃないよ、もう。」 穂乃果「…えへへ、ごめんね。でも、場所も大体なら覚えてるし、無理はしないって約束する。」
ことり「…じゃあ私はついていくよ、どこまでもっ。」
海未「私も行きます。」
3人で希ちゃんの方を見ると、希ちゃんは見渡して苦笑いをする。
希「…ウチも行くよ。と言いたいけど、あの状態のにこっちと真姫ちゃんをここに残すのはちょっと心配やな。」
確かに、不安定らしい2人を残すのは心配だ。でも、希ちゃんの祠に対する見解も欲しいのが本音だ。
どうしようか…と悩んでいると、入り口の方から声が聞こえた。 にこ「私は大丈夫だから、行ってきなさい…」
穂乃果「にこちゃん!?」
声の方を見ると、入り口の枠に手を着いいるにこちゃんが立っていた。
少し、鼻声だった。
希「にこっち、ほんまに大丈夫?」
にこ「心配されることはないわ。アイドルになるんだから、これくらい楽勝よ!…さすがに、あんたちに着いてはいけないけどね。」
にこちゃんが恥ずかしそうに頭を掻く。
その手はわずかに震えており、いつも気にしていた綺麗な黒髪には、艶がなくなっていた。 穂乃果「にこちゃん、」
希「…分かった。にこっち、何かあったら思いっきり叫んで、ウチらを頼りにするんやで?」
希ちゃんがにこちゃんの頭を撫でる。
にこ「希…」
希「真姫ちゃんは頼んだよ。」
にこ「うん。」
気持ちよさそうに目を閉じて揺られていた。
… にこちゃんを部屋に見送り、私たち4人は屋敷を後にする。
にこちゃんが心配ではあるけど、よく知る希ちゃんが大丈夫だと判断したなら、それを信頼するしかない。
海未「そういえば、結界、あれは大丈夫なんでしょうか…」
穂乃果「あ。」
血の気が引くのを感じる。完全に忘れてた…
ことり「忘れてたの?穂乃果ちゃん…」
穂乃果「獣道だから大丈夫かと…」
海未「注連縄がこの一帯を囲んでいることを一緒に見ていたでしょう…」 希「とりあえずそこに行ってみよっか。すぐ帰って来たんじゃにこっちに顔向けできんしな。」
穂乃果「わかった。案内するよ。」
私は半ば祈るように、記憶を辿って歩みを進めた。
…
石を伝って川を渡り、川沿いを歩いたその先、確かこの獣道から来たはず…
穂乃果「…あ。」
川の向こう岸には、確認した通り、縄がずらっと張り巡らされていた。やっぱりあそこにはいけないのか…と思ったが、 海未「穂乃果、これ…!」
穂乃果「縄がこの獣道だけ垂れてない…!」
ことり「それなら、脱出できるんじゃ!」
希「いや、それは無理そうよ。見て…」
希ちゃんの指差した先は、獣道の両端に沿うように、縄が両側の木々を伝っている。
穂乃果「何でこの道だけ…」
希「誘われているようにも見えるね。」
ことり「本当に行っても大丈夫なのかな…」 確かに、不安はある。罠のようにも見える。ただ、この世界を作った誰かがいるとすると、この道は意図されたものだ。
今は、少しでも情報が欲しい。
穂乃果「行くしか…ないよ。」
希「そうやね。こんな不自然に抜け道があるなんて、罠なんか、それとも、気付いて欲しがっているんか…ともあれ、穂乃果ちゃんは先頭を頼むな。」
穂乃果「…了解!」
そこは考えても仕方ない。もとより私たちはもう動くしか道はないんだ。
あいもかわらず深い霧の中、私たちは列になって歩く。 後ろが気になって見てみると、最後尾にいる海未ちゃんの顔が霞んでいた。両側の縄のおかげで、迷わず進めることができた。
ぬるく湿った空気が服を抜け、水分だけ残していく。地面はぬかるんでおり、歩きにくい。
それでも、私たちは数十分霧と草を分け入って進んだ。
ことり「本当にこの辺に祠があるの?」
穂乃果「確かこの辺のはず!」
希「やけど、引き返す時間も考えな…そろそろ戻った方が。」
ことり「一旦休憩…あっ、そっか。」
ことりちゃんは周りの霧を見渡し、悔しそうに拳を握りしめる。
海未「この霧の辛いところですね。」 穂乃果「…私の記憶によれば、もう少しのはず!もうちょっと進んでみよう。」
私の記憶が正しければ…たしか、この獣道を、進んだ先に__
穂乃果「あ、あれ…?」
そこに広がっていたのは、
美しい景色の草原ではなく、
ただ、土が__
海未「どうかしましたか?」
ことり「これって…」
希「ここ?この土…最近あの崖が崩れたものやな…まさか、ここなん?」
穂乃果「え、え?」
ひらけた先の、奥の方。
祠が、土に飲み込まれるように、崩れていた。 穂乃果「あ、あそこ!あの祠だよ!」
急いでそこまで行こうと駆け出すも、凸凹とした湿った土と、折れた木の幹が散乱しているせいで、上手く足が進まない。
転げ、這いながらようやく辿り着く。
近付いてみると、祠の内部に土が入り込んでいる。酷い有様だ。
穂乃果「何で…ついこの間まで。」
海未「…穂乃果!本当にここですか?この数日の間に大雨は降ってないはずですよ。それに、この山肌…少なくとも、崩れてから1、2ヶ月は経っています。ここで虫取りだなんて有り得ません。」
そんなの、私だって信じられない。私の見間違いなのか…? 私は焦ったように辺りを見渡していると、記憶と一致するものを見つけた。
穂乃果「いやここなんだ…これを見て。」
私は、祠の残骸と一緒に土砂に埋もれ、頭だけを出している木の板を指差す。
希「やっと追いついた。穂乃果ちゃん、大丈夫?…っ…これって。」
希ちゃんが咳き込むことりちゃんを支えながら、私が指した方向を見る。
海未「希…」
希「永正10年…?」
海未「永正と言ったら…確か1500年頃だったでしょうか…」 希「そうやね。」
ことり「そんな前だったら…崩れちゃうのも仕方ない気もするね。」
希「いや、この祠は死んでない。土砂崩れが起きる前から、手入れされているように見えるな。」
海未「確かに、瓦なんかも土を除けば綺麗なものです。建立は昭和辺りに見えます。」
希「うん。いずれにせよ、獣道の入り口だけ抜け穴のように結界が外され、道を沿って注連縄が施されていた。まるで、この場所を私たちに見つけて欲しいかのように。」
穂乃果「見つけて欲しい…か。そうだ!」
私は急いで祠を埋める土砂の方へ登り、木の板を掘り起こそうと、手で掘り進める。
私ではさっぱり読めなかったけど、皆なら読めるんじゃないか。 爪の中に土が入る。普段なら、アイドルとして気にするところだが、今はそれどころじゃない。3人も協力してくれたおかげで、なんとか引き抜くことに成功し、急いで土の山を下る。
文字は少し掠れていたが、読めないほどではない。私はそれを希ちゃんに手渡す。
穂乃果「希ちゃん‥なんて書いてある?」
希「これは…!海未ちゃん、見てみ。」
海未「…なるほど。ことり、ちょっと持ってて下さい。」
ことり「え、なになに?」
不思議そうにことりちゃんが両手で受け取る。私もその隣に行って覗き込む。 小夜……社人………
わかる?という顔を向け、私を見ることりちゃん。私は目を閉じて首を振った。
海未「まず、その文章は5文字、4文字に分かれています。」
小夜……社/人………ってことか。思考する私をよそに、海未ちゃんは続ける。
海未「最初の5文字の方は、小夜明神社と書いてあります。ここは、この祠に祀られている人物の名です。」
ことり「人物?神様じゃなくって?」
人間が神になる話は、古今東西見ることができる。でも、それは大抵… 海未「はい。むしろ後ろの4文字の方が重要です。これはおそらく、人身御供かと。つまり、この祠は、小夜という名前の、人身御供として犠牲になった人を祀るためのものだと考えられます。」
ことり「それで、人物か…この地で人身御供だなんて…」
希「尻尾が見えてきたね。私たちにこれを見つけ出して欲しかったってことなんかな…それとも…あれ?」
海未「どうかしましたか?」
希ちゃんは祠の方へ歩き出す。それについて行くと、中は絵画が無造作に錯乱しており、その額縁には寄贈者が彫られていた。 そこには、
穂乃果「真姫ちゃん…」
希「…」
確かに、西木野家と刻まれていた。
… 希「西木野家が一枚噛んでるってことで間違いなさそうやな。」
私たちはこれまで、この中に犯人はいないということでかろうじて団結することができていた。
それを崩す証拠が出た今、何が起きるか分からない。
ことり「でも、真姫ちゃんがやったとは思えないよ!」
そうだ。この地域一帯に影響力を持っていたと思われる西木野家だ。関係していることは予想できていた。
海未「もちろん、そうと決まったわけじゃありません。西木野家で昔何かがあっただけで、真姫だって何も知らされてないかもしれません。それに、精神的に参っています。下手に刺激するのは得策じゃありません。」 ただ、直接的でないとしても、関係している証拠が出てきてしまった。それを冷静に判断することが、今の私たちにできるのだろうか。
結果、黙るしかなくなってしまった。
ことり「ゲホッゴボッ…」
ことりちゃんが咳き込む。顔色も少し悪い。霧の影響で間違いない。私も空咳が増え始めている。
希「あぁ、そろそろ戻らなな。」
穂乃果「ことりちゃん、肩持って。」 ことり「ありがとう…」
気持ちにも、身体にも相当鞭打っている私たちは、霧によるリミットのおかげで、最低限屋敷の方向に向かうことができた。
これから、どうなってしまうんだろう…と、1、2歩と、歩みを進めた時、
キャァァァァァァ!!?
麓の、屋敷の方から微かに悲鳴が聞こえた。
海未「悲鳴!?」
希「まさかさっき言った…にこっち?」
にこちゃんと一緒にいるのは真姫ちゃんか…!くそッ。
胸騒ぎがする。 穂乃果「…ゆっくり考えさせてもくれないってことだね。」
ことり「私は走れないから、みんな先に行って。」
ことりちゃんが膝に手をつきながら言う。そんな姿で…できるわけないよ。
穂乃果「それは無理、置いてけないよ。海未ちゃん、希ちゃん、先にお願い。私はことりちゃんをおぶっていく。」
ことり「そんな!急がないと…」
穂乃果「無理しちゃダメって…さっきことりちゃんが言ったでしょ。」
ことり「そうだけど…」 海未「穂乃果…ことりをお願いします。」
穂乃果「こっちは任せて、早く言ってあげて。」
希「海未ちゃん、行こう。」
海未ちゃんが頷いて、希ちゃんの背中を追った。その陰はあっという間に霧に飲まれていった。
… 獣道を、肩を組みながら2人で歩く。
ことりちゃんは時折咳払いをしているが、まだ1時間も外に出てないので、命には別状ないはずだ。
ことり「次の番は誰だと思う?」
穂乃果「…え?」
ことり「なんとなく、私だと思うんだぁ。」
何を、言ってるの。そんなの、嫌だよ。
ことりちゃんは答えに迷う私を見て、苦笑いをした。
ことり「えへへ、冗談。」
穂乃果「もう〜、置いてっちゃうよ?」 私は頬を膨らませ、肩の手を外すための手首を握る振りをする。
ことり「あ、いや〜待って。」
眉毛が八の字になることりちゃんを見て、何だかおかしくなった。
穂乃果「えへへ、冗談。」
明日死ぬ気がするって時より、私に先に行かれるのが嫌だなんて。
ことり「ぷっ…」
少し意地悪。
ことりちゃんの笑顔、久々に見た気がした。
やっぱり癒される。ことりちゃんはこうじゃないと。 ことり「…でも、明日私がいるという保証はない。…だからねっ、伝えておきたいの。」
そう言ったことちゃんは、力強い意気込みとは裏腹に、少し逡巡したように目線を動かし、
ことり「いつだって、私1人だと見れない景色を見せてくれる…そんな穂乃果ちゃんが、わたしは大好き!」
と言った。
さっきの笑顔よりも、何十倍も素敵な表情で。
穂乃果「うん!私もだよ!」
そう返して、ことりちゃんを抱き寄せた。 ことり「前にもこんなことがあったよね…」
異様に霧が立ち込めている状況に、日常の花が咲く。
異常な世界に、普通が生まれた気がして、
酷くほっとした。
… しかし、この屋敷を見ると、異常な世界へ引き込まれる。
ことり「悲鳴が聞こえたって…みんな大丈夫かな。」
穂乃果「大丈夫、きっと。」
玄関へと進み、意を決して障子を開けると、
希「あ、穂乃果ちゃん。」
苦笑いの希ちゃんが立っていた。
穂乃果「大丈夫だった!?」
希「あ〜あれな。」 希ちゃんが、机に手を置いて座っているニコちゃんの方へ目線をやる。
にこ「心配させたわね…真姫が夢から覚めた時に、悲鳴を上げながら飛び起きたのよ。今は落ち着いてゆっくり寝てるから。」
ことり「そっか…てっきりにこちゃんの声かと思ったよ。真姫ちゃんは心配だけど、何も起きてなくて安心だね。」
結構な距離だったし、判別は難しいだろう。
穂乃果「ほっ…穂乃果はもっと、刃傷沙汰でもあったんじゃないかと…」
海未「表現が妙に古いですよ…」
希「私たちが見たものについて、にこっちに伝えたけどええよな?」
穂乃果「もちろんだよ。」 にこ「驚いたわよ…」
希「この件に関して、西木野家が関わってるとみてよさそうや。」
ことり「今まで敵対してるのは神様だと思ってたけど…人間ってことでいいんだよね。」
希「人間の恨みによって怪異が起こる…これはいくつか事例があるね。お菊井戸とかが1番有名なんじゃないやろか。」
穂乃果「1枚…2枚…って数えるやつかな?」
希「そうそう。似たような話は色々あるんやけど、数える話は、『番町皿屋敷』やね。」 言うと、希ちゃんは改まって話し始めた。
希「ある屋敷に、菊という下女がおった。ある日彼女は、主人が大切にしていた皿10枚のうちの1枚を割ってしまった。それを聞いた主人は皿の代わりに菊の中指を切り落とし、監禁した。」
ことり「ひどい…」
希「なんとか抜け出した菊は、井戸に身を投げてしまった。すると間もなくその井戸から「一つ…二つ…』と数える女の声が響いた。その後生まれた奥方の子供には、中指がなかったそうな。」
希「その後もその声は収まらんから、たまらず主人はある僧に読経を依頼した。ある夜、読経してたところに皿を数える声が聞こえた。「八つ…九つ…』そこで、僧は『十』と呟くと、菊の亡霊は『あらうれしや』と言って消えたとさ…」
ヒュゥゥ… 穂乃果「うぅっ…」
背筋が冷たくなる…真夏にはとっておきの…って…
にこ「…あんた、ちょっと楽しくなってんじゃないわよ。」
希「あ、バレた?」
そう言ってニシニシと笑う。
ことり「あはは…この話を参考にすると、ある人が酷い目にあって、恨みを持ったまま死んじゃって、復讐するために現世に幽霊として現れるってことかな。」
希「敵が人身御供となった人間、恨む対象が西木野家だと筋は通る仮定できたけど…まだもう少し情報が必要やな。」 海未「それなら、やっぱり真姫に聞いてみるしかないんでしょうか。」
にこ「待ちなさい。今の状態の真姫にそんな質問するのは危険よ。それに、そんな曖昧な状態で事実だけを突きつけると、何するか分かんないわよ。」
にこちゃんが天井を指しながら片目を瞑り言った。
海未「しかしですね…」
ことり「真姫ちゃん、何かあったのかな…」
確かに、今手にしている情報だけだと『昔のことなんて知らない』と言えば、容易にしらばっくれることができる。
やはり公開するべきタイミングは、全て解明した時…というのが理想だ。
ただ、今晩も1人… …あぁ。
ここで私は、既に真姫ちゃんが敵であると認識していることに気づいて、少し嫌になった。
にこ「それより、この屋敷を探すことが先決だと思うわ。私は仏間を探すから。」
そう言ってにこちゃんは仏間へ消えていった。
海未「それじゃ、私たちも少し探索しましょうか。」
穂乃果「じゃあ、私はこの部屋を探してみる。」 ことり「じゃあ私はあっちにするね。」
海未「希…?」
海未ちゃんが仏間の方をじっと見て固まる希ちゃんに声をかけると、ビクッと飛び跳ねて振り向く。
希「ん、あ、いや、なんでもないよ。ウチはあっちな。」
そう言って、希ちゃんはキッチンの方へ小走りで歩いて行った。
… 穂乃果「ん〜やっぱり何もないな…」
あの後私は机の下へ入ったり、押し入れを開けてみたりしたが、何も出てこず、肩をすくめるばかりだった。
この部屋には何もないと思って、縁側に出てみる。窓ガラスの向こうはとう日が暮れて、霧のモヤが見えるだけだった。
私は障子を閉め、縁側の窓を開けてみる。
案の定、霧が縁側に侵食してきて、障子をノックしている。
私はそこに座ってみて、1人黄昏る。
一つ息を吐いたのち、道に大きな桂の木を見る。初日には煌々とした陽の光に照らされて生き生きとしていたが、今はただ黒い輪郭を見せているだけだった。 …あの時、真姫ちゃんと喋ったっけ。
…
真姫『まぁ、拝むのはここだけじゃなくて、あっちの建物の方にもしてたし…』
…
ふと、その言葉を思い出した。
それは、どこなのだろうか。真姫ちゃんの言う通り、たたら場なのか?
製鉄を営む身からすると、神聖な場所なのは間違いないだろう。
ただ、少し違和感がある。 神聖な場所と言えど、やはり製鉄の建物だ。温度などをしくじると水蒸気爆発するかもしれないような場所に、神様を在中させるだろうか。
きっとそれは、俗世と隔てたもっと奥の…
穂乃果「あれ…?」
たたら場の先、森の斜面に、丸太を横たわらせただけの階段のようなものが見える。
あれは…なんだろう…
私が腰を浮かせようとした瞬間、
海未「わっ!すごい霧…!穂乃果、何やっているんですか!」
穂乃果「あ、」
言うより前に、海未ちゃんは私の服の襟を持って、猫のように居間へと連れ去ってしまった。
… 戻ると、もうすでに皆は集まっており、机に座っている。
穂乃果「どうだった?」
私の問いかけに、すぐさま答えるものはおらず、皆一様に首を振るだけだった。
希「ダメや、めぼしいものはなかったよ。」
ことり「こっちもだよ。」
にこ「私も。まぁしょうがないわ、そうやすやすと出てこないものよ。」
穂乃果「そうだよね…」
海未「くっ、人身御供なんてなんで…どんな理由で…そんなの、無駄死にと変わらないじゃないですか!」 希「海未ちゃん!そんなの、その時代や犠牲となった人に失礼や!前提として、彼らを知恵のない者と下に見たら、本質は掴めんくなるんよ。私たちだって、信じているのは誰かが見つけた科学。神を信じるのと、対象が変わっただけや。」
海未「ですが…いや、すみませんでした。」
希「わかれば__
いいんよ。と希ちゃんが言い終わる前に、ガタンと何かが落ちたような音が、部屋の外に響いた。
ことり「な、なに?」
穂乃果「ちょっと行ってくる。」
扉を開けると、
真姫「うぅ…頭が…」
唸る真姫ちゃんがいた。 穂乃果「真姫ちゃん大丈夫!?」
真姫「うっ…ぅ…」
ことり「真姫ちゃん!」
私の声に気付いたのか、ことりちゃんが入り口から飛び出てきた。
ことりちゃんは慣れた手つきで、真姫ちゃんを抱えた。
真姫「い、嫌っ!!」
真姫ちゃんが弾けるようにことりちゃんを突き飛ばし、壁へもたれかかる。
その時、ことりちゃんが一瞬戸惑いの表情を見せたが、それはすぐ悲しそうなものに変わり、
ことり「寝かせてあげた方がいいかも…」
と、やはり悲しそうな声で言った。 海未「私が運びます。」
穂乃果「じゃあそっちお願い。」
私が真姫ちゃんの足を持とうとするも、
真姫「い、いや、大丈夫。1人で歩けるから…」
明らかに大丈夫じゃない顔で、そう言われた。
あの脂汗…焦点の定まらない目…危険な状態だ。
希「そんな、無理せんでも…」
真姫「大丈夫…」
その後、なんとか真姫ちゃんの部屋まで送り届け、布団に寝かせてあげた。 その後を皆がついて来てたようで、真姫ちゃんの部屋に集合することになった。
真姫「…ありがとう。もう良くなったから。」
ことりちゃんが温めた牛乳を飲みながら、真姫ちゃん力なく笑った。
にこ「…無理しないでね。」
希「もうそろそろやな…」
希ちゃんが時計を見る。
針は23:30を指していた。
今夜もまた、この中の誰かと会えなくなる…そう考えると、胸が苦しい。
今まで、水→木と来ている。それなら、次は土になる可能性が1番高い。となると…3、6、9、12月か… 全員の顔色を見る。同じことを考えているのか、一様に白い顔をしている。
私は、今でも…信じたい。
希「みんな、私な、今日私の番でもいい思てるとこもあってな。」
穂乃果「えっ!?」
にこ「希!?」
ついこの前、ことりちゃんの口から同じようなことを聞いたばかりだ。
希「だって、μ'sの1人でも残ってくれれば、必ず解決してくれる。現に、事態は良い方向に進んでるやろ?」 にこ「そうだけど…私は嫌よ、死ぬのは。」
希「そりゃウチだって死にたくはないよ。けど、みんながウチを覚えてる間は、みんなの中でウチは生きてる。花陽ちゃんも、そう言ってたんやろ?」
穂乃果「そうだね。私も、賛成だな。」
私はその問いかけに、自然と口角があがって、力強くそう答えた。
海未「まだ何にも解決してないのに…全くあなたたちは…もちろん、私も賛成です。」
ことり「じゃあ、円陣組もうよ!久しぶりにっ。今朝はさ、全員集合してなかったし!」
そう言ってことりとゃんはVサインを作って見せた。 にこ「ええっ、こんな時に?って、今朝って何よ。」
穂乃果「それは今いいの!にこちゃん、こんな時だからこそだよ!ほら、真姫ちゃんも!」
真姫「わ、わかってるわよ。」
真姫ちゃんはやおら起き上がり、その手をいつもの位置に寄せる。
もちろん、隙間は空けてある。
見てくれているかもしれないから。
海未「ふふっ、なんだか懐かしいですね。」
希「よっしゃ、気合い入れよか!」 私は皆の顔を見渡したのち、天を仰ぎ大きく息を吸って叫ぶ。
穂乃果「いち!」
ことり「に!」
海未「さん!」
真姫「よん」
にこ「なな」
希「はち!」
穂乃果「μ's!ミュージックスタート!」
…