四季「カブトムシ観察日記」
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「くそっ、離せ! 離せー!」
手の下でメイの脚がうねうねと蠢いている。
ごめんね、メイ。
もう片方の手を使ってその脚をつまんで力を込めると、脚が外れた。
6回分繰り返すとメイは大人しくなった。 しょんぼりした顔でうつむいている。
ごめんね、メイ。
でも、外は危ないから。虫かごの中なら安全だから。
日付が変われば外に出たがっていたことも忘れてくれるだろう、そう願う。
6日目終わり。
(米女メイと思われる顔の絵、下部に昆虫の胴体らしき絵、実際に引きちぎったのであろうクワガタムシの脚が6本、胴体の周囲にセロハンテープで固定されている) 小学生1年とかそれくらいに似たようなことやっちゃったことあったけど今考えると恐ろしい… 「出せー、ここから出せー!」
結論、ダメだった。
メイは昨日と同じようにじたばたじたばた、外に出たがっている。
外に出たいという欲求は記憶ではなく本能によるものらしい。
どういうわけか取り外したはずの脚も6本全て元通りになっている。 私は考えた。
部屋から出るのは難しい。
でも、部屋の中で虫かごから出すだけならいいのかもしれない。
一度外に出ればメイも満足するだろうし。
私は虫かごのフタを開けてあげることにした。 カブトムシの足ってその気が無くても取れちゃうよね
申し訳ない事をした 「アッハッハッハッハッハッ」
メイは嬉しそうに部屋の中を飛び回っている。
私は脚を取ったりせず、素直に虫かごから出してあげれば良かったなと後悔した。
虫かごの中にいるもう1匹のカブトムシが目に入る。
脚が6本なくなっていた。
きっとメイに渡してあげたんだろう。
ありがとうカブトムシ。
7日目終わり、1週間達成。 今日のメイはご機嫌だった。
昨日虫かごから出してあげたおかげか、ずっと鼻歌を歌っていた。
メイが元気だと私も嬉しくなる。
最近退屈する事が多かったけれど、メイが来てくれて本当に良かったと思う。 「なぁ、そういえばさ。一緒にスクールアイドルやってたって言ってたよな?」
会話の中でメイが思いついたように言った。
私はこくりと頷いた。
今では遠い記憶のように霞がかった思い出だけど、それは確かな事実だ。
「どんな感じだったか、少しだけ教えてもらってもいいか?」
メイは私の顔をうかがうように、おずおずと切り出した。 スクールアイドルの事は気になるけれど、私の体の事も気遣ってくれているようだ。
メイらしい。
私は歌を歌ってみたり、手振りでダンスの振り付けを見せてみた。
メイは顔を輝かせて喜んでくれた。
きっと全身を使って踊って見せることができたなら、もっと喜んでくれたはず。
そうすることの出来ない自分がもどかしい。
足がほしい。
8日目終わり。
(踊っている人間の絵、若菜四季と思われる。左足がない) これは・・・今年No.1のSSになるポテンシャルを秘めているかも? 憂うつな一日だった。
メイと他愛のない会話を交わしていた時、突然部屋の扉が開いた。
入ってきたのはキリギリスとスズメバチ。
キリギリスがけたたましい鳴き声をあげる。
神経を逆なでされる不快な音に、頭がしめつけられ、目がくらみ、吐き気がした。 キリギリスを黙らせようと、私は暴れた。
鳴き声が聞こえなくなるよう、何度も叫んだ。
左足があれば飛びかかっていただろう。
でも無駄だった。
キリギリスが私を押さえつけて、スズメバチに腕を刺された。
スズメバチの毒が体の力を奪い、私は意識が遠くなるのを感じた。 「大丈夫か?」
メイの声がする。
どれくらい眠っていたのだろう、体がだるい。
毒が抜けきっていないらしく、視界がぼやける。
メイの姿が見えず、声だけが聞こえる。
「いつもあんなことされるのか?」
心配そうな声。
私はこくりと頷く。
「だったらさ、逃げちゃえばいいんじゃないか?」
逃げる。
ここから。
考えたこともなかった。
でも、もしそれが叶うなら
まぶたが重くなってきた。
今日はこれで
(精密なスズメバチとキリギリスの頭部が描かれている。胴体部分には白衣) 目を覚ますと、メイはいなかった。
虫かごの中にはただのカブトムシしかいない(脚のある個体と、ない個体)
脚のある個体が、左右一対の立派なアゴを見せびらかすように持ち上げている。
メイはどこに行ってしまったのだろう。
メイが私に何も言わずにどこかへ行ってしまうなんて、そんなことがありうるだろうか。
私は泣きだしたいのを何とかこらえて、部屋の中を見回してメイを探した。
動けないのが本当に嫌になる。 部屋の中は当然いつもと変わらない。
照明、ベッド、椅子、窓、カーテン。
ベッドの脇、手を伸ばせば届く位置にある小さなテーブルに、花瓶と、虫かごと、この日記。
壁も床も天井も真っ白で、とにかく殺風景だ。
花瓶に挿してある花と、壁に掛けられた千羽鶴だけが色彩を感じさせてくれる。 でも、どこにもメイの姿はなかった。
もう一度メイに会いたい。
虫かごの土を掘ると、カブトムシの幼虫が蠢いている。
ペンで左手を突き刺す。
血が流れ出る。
幼虫は赤く染まる。
土を被せる。
メイ、戻ってきて。
私の祈りが届きますように。
10日目終わり。 この日記は夏休みの宿題のため、カブトムシを観察するために書き始めたものだ。
今日の出来事をこの日記に書き記すのは主旨から外れてしまうかもしれない。
でも、私はどうしても今日の出来事を文章化して、頭の中を整理したい。 今日、私は土の中からメイが顔を出すのを、今か今かと待っていた。
その時、扉をノックする音が聞こえて、部屋の中にキリギリスが入ってきた。
私の顔は嫌悪感に歪んでいたと思う。
またスズメバチに刺されると思ったのだ。
でも、キリギリスと一緒に部屋に入ってきたのは、スズメバチではなかった。 第一印象は
『長い、綺麗な金髪だな』
だった。
ただ、ずいぶん疲れているのかな、とも思った。
目の下のクマがとても濃かったからだ。
その人は私を見て、多分、笑った(顔が引きつっただけのようにも見えた)。
そして、しばらく沈黙した後に「久しぶり」と言った。
私は正直戸惑った。
初対面の人に久しぶりと言われたら、きっと誰でもそうなると思う。 カブトムシなのかクワガタムシなのかはっきりしないのとか、
絵も小学生っぽいタッチと緻密なタッチ入り乱れてるのとか、
いろいろ不気味。(いい意味で) ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています