すみれ「平安名ギャラクシー」
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すみれ「今って、西暦何年ですか……?」
花「ふふっ。タイムトラベラーのようなことを言うのですね」
まだ頭が混乱してる……
私……ほんとに過去へ戻れたの……?
と、とりあえず落ち着くのよ、すみれ……
まずはこれまでの経緯を思い出してみましょう……! ◇◇◇
☆部室☆
千砂都「ねえねえ、すみれちゃん」
千砂都は私に、9つの丸を見せつけてきた。
千砂都「次の曲のフォーメーション、こんな感じで考えてるんだけど……すみれちゃんはどう思う?」
すみれ「そうね。まあいいんじゃない?」
千砂都「おー、よかったよかった!」
すみれ「あ、でもこれだとセンターが目立たないからダメね。手直しが必要だと思うわ」
千砂都「んー……そっか。ありがとね、すみれちゃん」
すみれ「ええ」
嵐千砂都。かのん信者第一号。
一言目には「丸」、二言目には「かのんちゃん」な盲信的少女。正直私の得意なタイプではない。
スクールアイドルになってなかったら、きっとこの子と関わることはなかったでしょうね。 メイ「い、今の二人の会話! すげー!」
すみれ「どこがよ……?」
メイ「だって、Liella!の曲の振り付けやダンス構成を担当するあの千砂都先輩が、ショウビジネスの申し子であるすみれ先輩に意見を求めてるんだぜ!?」
メイ「まさに神々の交流じゃねーかよお!!」
この子もなかなか盲信的なタイプね。
自分が信仰の対象になるなら悪い気はしないけど。
すみれ「ま、ショウビジネスといえば平安名すみれだもの。観客からの見られ方なんかは熟知してなきゃね」
可可「まーたすみれが変なこと言ってマス」
すみれ「むっ」
きな子「『しょうびじねす』っすかあ……。すみれ先輩は雲の上にいる人みたいで、あこがれるっす!」
なによ、そんなに褒めちぎっちゃって。
うれしいからチロルチョコあげちゃうったらあげちゃう!
きな子「やったっす!」
夏美「夏美もすみれ先輩のこと、とても尊敬してますの〜」
すみれ「あんたにはあげないわよ」
夏美「ナッツ!? 褒めて損しましたのー!」
夏美はほっぺを引っ張るとかわいい声で鳴く。ナッツナッツ。 恋「そういえば、ショウビジネスのことはあまり詳らかに訊ねたことがありませんね」
恋がアポロチョコをほお張りながら口を開く。なんとも幸せそうな顔ね。
この子は母親や学校のことで苦労も多かっただろうし、今だけでも幸せに浸っててほしいわ。
恋「何か、始められたきっかけでもあるのですか?」
かのん「あ、それ私も興味あるかも」
千砂都「意外と今まで聞いたことなかったよね」
すみれ「きっかけ、ねえ」
可可「すみれのことですから、スポットライトや脚光を浴びたいとかそんな理由デスよ」
すみれ「そうねえ。その通りよ」
可可「エエ……」
すみれ「なんでひいてるのよ! クゥクゥが言ったんでしょ」
可可「まさか当たるとは思ってませんデシタ……」
たしかに「注目されたい」という動機で続けていたけど。
そもそも、そう思うに至った"きっかけ"が、まるで思い出せなかった。
んー。どうして過去の私は、そこまでして周囲の関心を集めたかったのかしら……? 可可「しかしその結果がグソクムシとは情けない話デスね」
すみれ「なによ。グソクムシでもなんでも下積みを頑張ることが大切なのよ」
すみれ「努力なしに開花したって、才能がなきゃすぐに枯れてしまうわ」
かのん「深いなあ」
かのんが漏らした浅い感想は受け流す。あんたは才能ある側の人間でしょ!
まったく……
恋が変なこと訊いてくるから、昔のこといろいろ思い出しちゃったわ。
あの日、あの場所で……
今でも忘れられない、あの言葉……
私を見る、あの表情……あの屈辱…………
千砂都「──すみれちゃん、大丈夫?」 すみれ「え?」
千砂都「顔色、悪いよ……?」
千砂都が心配そうに覗き込んでくる。近いったら近いわよ。
すみれ「……大丈夫ったら大丈夫よ」
すみれ「自己管理できなきゃショウビズ世界ではやってけないわ」
適当に誤魔化し、席を離れる。
すみれ「さ、ラブライブ予選まで間もないんだから、そろそろ練習始めましょう」
恋「そ、そうですね」
恋は開封しかけていたアポロチョコの2箱目を、そそくさとカバンに戻した。まだ食べるつもりだったのね……。
かくして、この日の練習は始まった。
四季「…………」 ◇◇◇
☆平安名家☆
すみれ「……げっ」
家に帰ると、居間ではお母さんが古いアルバムを眺めていた。
すみれ母「すみれ、おかえりなさい」
すみれ「ただいま。……何見てるの」
すみれ母「何って、すみれがちっちゃい頃の写真よ」
私の写真……
私がオーディションに落ちまくって、お情けで端役をもらえて、作り笑いで喜ぶフリをしていたあの頃の……無様な歴史の証人。
まさか一日に二度も思い出すことになるなんて……。
運命論者ではないけど、宿命めいたものを感じざるを得なかった。
すみれ「恥ずかしいから見ないでったら見ないで!」
すみれ母「えー、いいじゃない。すみれがこんなにもかわいいんだから!」
「もちろん今もね☆」と、付け足すお母さん。やかましい! ちびれ「あ、このお姉ちゃんギャン泣きしてる」
妹もアルバムに食いついた。
すみれ母「ほんとほんと、大号泣ね」
すみれ「……」
すみれ母「いつもならオーディションに落ちても作り笑いしてたのに、この時だけはすごく泣いてたのよねー」
ちびれ「へー」
そう、その時だ。
一生忘れられない、後悔の源泉……
すみれ「もう、いいから!」
むりやりアルバムを引きはがし、書棚の空隙に収めようとした、その時──
すみれ「ん……?」
私のアルバムから、一枚の栞がひらひらと舞い落ちた。 栞には、鮮やかな紫色の押し花がラミネート加工されていた。
押し花……?
これ、なんの花だったかしら。見覚えはあるんだけれど……
すみれ母「……すみれ。気を悪くしちゃったならごめんなさいね」
すみれ「……ううん、平気。先に着替えてくるから」
栞をアルバムにはさみ、すぐに部屋を出た。
まったく、なんて一日よ…… ◇◇◇
ベッドに入っても、まだ思考が乗っ取られている。
私は今の自分にも、スクールアイドル活動にも満足しているわ。
自分でも贅沢すぎるほど楽しい日々を送ってるつもり。
でも……
もし、あの時に戻れたら……
もし、あのオーディションに合格してたら…………
私は変われたのかしら……?
オーラをまとい、きらきらと輝いてたのかしら……?
すみれ「……無意味な仮定ね」
目をつぶって、意識をシャットアウトする。
眠れない夜には、クゥクゥ羊のことを考えましょう。
マウンドに立ったクゥクゥが投羊し、バッターボックスにいる私がヤギで打ち返す、というだけの妄想。
毎回白熱するけど、途中で寝ちゃって試合がどうなるのかわからないのが玉に瑕なのよね。
でも今日こそは、因縁のクゥクゥを負かしてみせるわ!
すみれ「むにゃ……ほーむらんよ……うへへ……」 ◇◇◇
☆部室☆
すみれ「昼休みに、部室で二人っきり……」
四季「……」
四季から呼び出され、部室に来たはいいけど……
すみれ「まさか、私に告白でもするつもり?」
四季「……っ///」
冗談で言ったのに、まんざらでもない態度で返してくる。ほおを染めるな!
四季「12歳の春に私は初めて恋に落ちた。広大な平原をまっすぐ突き進む竜巻のような激しい──」
すみれ「はいはい。私のことからかってるのね」
四季「Maybe」
若菜四季。メイ信者第一号。
この子も盲信的な少女だけど、何を考えてるか予想のつかないところが恐ろしい。 すみれ「で、本当の目的は? 私も暇じゃないのよ」
四季「実は、先輩に渡したいものがある」
手渡されたのは、真っ黒な球。
サイズは野球ボールと同じくらい? 千砂都が好きそうな丸さだ。
四季「──すみれ先輩は、タイムトラベルに興味ある?」
すみれ「はあ」
突拍子もなさすぎて、気の抜けた返事しか出てこなかった。タイムトラベルぅ?
すみれ「ええ、そうね。人並みに興味あるわ」
四季「もし過去に戻れるなら、やり直したいことはある?」
すみれ「……普通の人だったら後悔の一つや二つあるでしょ」
すみれ「で、どうしてそんな話を私に?」
四季「先輩が一番、過去に強い悔恨を残してそうだったから」
すみれ「……何が言いたいのかしら」
つい怒気を孕んだ声色になってしまう。いやな過去に触れられて気持ちのいいはずがない。
そんな私の様子を見てか、四季は言葉を選んで話し始めた。 四季「……私は3年ほど前から、タイムトラベルに関する研究をしてきた」
すみれ「へー。なんともSFチックね」
四季「そして研究の果てに……私は愛の力で、過去へ行く方法を見つけた」
四季「先輩が手にしているタイムマシン──それなら、過去へも飛ぶことができる」
すみれ「へー、そうなの……ってギャラ!?」
これタイムマシンなの?! さっきから指紋べたべたつけちゃってるけど大丈夫ったら大丈夫!?
四季「すみれ先輩が過去に戻りたいと願うなら、その望みは叶えられる」
すみれ「私が、過去に……」
脳裏によぎったのは、10年前の忘れられないオーディションの日のこと。
タイムマシンを握る手に力がこもる。 四季「もちろん強制はしない。タイムトラベルするかどうかは、先輩の意思で決めて欲しいから」
すみれ「……もし戻れるのなら、戻ってみたい」
すみれ「で、でも、どうやって時間を超えるっていうのよ……?」
四季「理屈はそう難しくはない。すみれ先輩でも理解できると思う」
すみれ「ええ、ぜひ教えてちょうだい」
四季「まず回転による時空ゆらぎを引き起こして今いる次元から脱出し高次宇宙に接触する。それから光子の海を揺蕩い時間の奔流を──」
すみれ「あ、もういいわ」
四季がすごいということだけは、なんとか理解できた。 ◇◇◇
その後、使用上の注意をよく聞かされた。
四季「──それから『親殺しのパラドックス』には気をつけて」
すみれ「ずいぶんと物騒な名前ね……。どういう意味なの?」
四季「自分が生まれる前に戻って親を殺害すると、自分はこの世界には存在しないことになり、歴史に齟齬が生じる」
四季「こういった時空パラドックスが起こると、銀河系、あるいは宇宙そのものが消滅するかも」
すみれ「うん、わかったわ……。要するに誰も殺さなければいいのよね?」
四季「Yes」
四季「もし成功したら、すみれ先輩が人類初のタイムトラベラーになる。おめでとう」
すみれ「……まだ有人実験はしてないのね?」
四季「That's right」
すみれ「やれやれ……」
四季「本当は自分のために使うつもりだった」
四季「でも今や必要なくなったから、誰かに使ってもらいたくて」
つまり私はモルモットってわけ……?
まあガチで危険なら勧めてくるわけないだろうし、その辺は信頼してるけど…… 四季「先輩。最後にもう一度だけ確認しておくね」
四季「本当にこのタイムマシンで、過去に戻りたい?」
すみれ「…………」
あの日のオーディションに合格していたら……
今の私は、もっと強くなれてるのかな……
もっと、自分に自信が持てるのかな…………
すみれ「──ええ。戻りたい」
四季「good」
決断を下すと、途端に緊張してきた……
四季「言い忘れてたけど、このタイムマシンは往復するだけで寿命を迎える」
すみれ「旅は一回限りってことね……」
四季「でも、別世界線の私を見つけてくれればリカバリーは効くはず」
四季「私はどの世界でもタイムマシンを発明するだろうから」
すごい自信ね……。 四季「それと、タイムトラベル後は『今が西暦何年か』を訊ねるといい」
すみれ「ええ、わかったわ」
四季「それじゃあ、目を閉じて──行きたい年代を強く念じて」
すみれ「…………」
私が戻りたいのは、10年前……
四季「思いの強さがエネルギーとなり、タイムマシンを起動する!」
あの日、あの時……
あのオーディションを、やり直したい……!
四季「行ってらっしゃい、先輩」
四季「…………どうかお気をつけて」
手の中のタイムマシンがうなり、光が明滅する。
体が重くなった次の瞬間には無重力に晒され、見えない力が私をもみくちゃにする。
ぐるぐる回ってぐるぐる回り……
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる…………
すみれ「ギャラクシィィィィィィィィィ!!」
──突然、すべてが止んだ。 ◇◇◇
すみれ「…………」
目を開くと、目の前にいるはずの四季が消えていた。
室内を漂う埃が、窓から差し込む陽光によって照らし出されている。
すみれ「し、四季……?」
すみれ「けほけほっ! なんで急に埃っぽくなったのよ……!?」
急いでぼろぼろの扉を開き、部室から飛び出した。
床を踏むたびに鳴るギシギシという音が、廊下に響く。
すみれ「なによこれ……。昼休みだったはずなのに、誰もいないわ……」
すみれ「ま、まさか……本当に……」
タイムマシンとか過去に行けるとか、四季の話をすべて真に受けていたわけではない。
半信半疑どころか、一信九疑だったのだが……
すみれ「一体どうなってるったらどうなってるのよ……!?」 校舎を飛び出し、閉鎖された校門を乗り越えた。
スカートの中が見えていることに気が回らないほど、激しく動転している。
すみれ「ここ、結ヶ丘……よね……?」
そこにあった我が校は、ツタに覆われ廃墟と化していた。肝試しスポットになってそうね……
呆然と立ち尽くす私のもとへ、一人の女性が近づいて来た。
美しい黒髪と整った顔立ちながら、柔かな印象を与える魅力的な人だ。
婦人「ここでどうかされましたか?」
私は四季の言葉を思い出した。
すみれ「あ、あの……」
すみれ「今って、西暦何年ですか……?」
その人はきょとんとしている。まあ普通そうなるわよね。
婦人「ふふっ。タイムトラベラーのようなことをおっしゃるのですね。面白い方です」
婦人は鈴を転がすような声で笑い、出会ったばかりの私に対し、懇切丁寧に教えてくれた。
ここが、10年前の世界だと。 すみれ「やっぱり成功していたのね……」
婦人「あの、あなたは……?」
すみれ「あ、わざわざ教えてくださってありがとうございました。それでは!」
タイムトラベルがうまくいったのなら、ぐずぐずしてられないわ!
早くオーディション会場に向かわなきゃ……!
それにしても、さっきの人……
どこかで見たことあるのよね〜。気のせいかしら?
婦人「ああ……行ってしまいました。不思議な方でしたね」
婦人「しかし、あの制服……」 ◇◇◇
すみれ「なんで入れないのよお!?」
「すみません。関係者以外は立ち入り禁止なんです」
すみれ「ぐぬぬ……」
電車に乗ろうとして財布を持ってきてないことに気がつき、必死に会場まで走って来たのに……
まさか、直前も直前で阻まれるなんて。
でも、それもそうか……。私が「関係者」だったのは、今から10年も前のことだもの。
なんとか過去の私に接触して、合格するためのアドバイスができないかしら……?
すみれ「あの、私、今日のオーディションを受けてる子の……その、姉的存在で……」
「でしたら、1階の会議室が保護者の待合所となっております」
警備が優秀すぎる……。何言っても入れてくれないわ!
すみれ「あ……実は私、芸能人なんです!」
すみれ「このオーディションは業界でも期待度が高いから、ぜひ見学させてほしくて……」
……って誰も信じないわよねー。私が芸能人だなんて。
私には、オーラも才能もないんだから。 「んー……そうでしたか。オーディションの見学は難しいですが……」
「終わった後なら、審査員の方に挨拶できるかもしれませんよ」
すみれ「終わってからじゃ遅いんです! 私は今すぐにでも──」
ん? 待てよ……
オーディションの合否を決めるのは審査員なんだから、接触すべきは過去の私ではなく、審査員のほうなんじゃない……!?
私がどうにかして、審査員を言いくるめることができれば……
すみれ「……わっかりましたぁ〜。では、オーディションが終わるまで大人しく待ってますね〜」
「……あの、あなた芸能人なんですよね?」
すみれ「え、ええ……そうですけど」
やば、疑われてる……?! 不審者として通報されちゃうったらされちゃうわ……!! 「よろしければ1枚、サインもらえませんか?」
すみれ「さ、さささサインっ……!?」
周章狼狽。動揺のあまりペンが手の中で暴れている。
なによ、うれしいからサインあげちゃうったらあげちゃう!
すみれ「……」
平安名の「平」を書こうとして、思いとどまった。
えーっと、いま私は10年前にいるわけで……ここには過去のすみれもいるわけだから……
この世界には、すみれが同時に2人存在してるのよね……?
ややこしくなるから、私は「平安名すみれ」を名乗らない方がいいかもしれないわ。
私の偽名は何にしようかしら? "もしも"を叶えようとしてるから──御伽音イフとか?
ま、なんでもいいわ。適当に書いちゃいましょう。 ◇◇◇
オーディションが終わるまで、保護者に混じって待合室で待つことにした。
……お母さんがいることに思い至ってたなら、絶対に来なかったけど。
すみれ「お母さん、流石に若いわね……」
ちびれ「んー……ママぁ〜」
すみれ母「よしよし。もうすぐお姉ちゃんが帰ってくるからね〜」
まだ妹も手のかかる頃ね……。お母さん、育児とか大変そう……
私はショウビジネスのことばかりで、お母さんや家のことを気にかける余裕もなかったのよね……
元の時代に戻ったら、いっぱい親孝行しましょう。
すみれ母「……ん?」
すみれ「!?」
間一髪で顔を隠せた。危うくお母さんに見られるところだったわ……
いや、別に見られても問題はないでしょうけど……成長した娘を見たら、なんかややこしいことになりそうだし……
私はおもむろに立ち上がり、待合室をあとにした。 ◇◇◇
廊下には、オーディションを終えた子ども達がきれいに列を成して行進している。
子どもらしくない子ばっかりね。ま、この業界にいるから仕方ないんだけど。
列の中に一人、抜け殻になった子を見つけた。
その子の名前は平安名すみれ。過去の私だ。
突きつけられた現実をうまく受け止められず、頭が真っ白になっているのだろう。
この後、お母さんの顔を見て安心したのも束の間、感情を抑えられず大号泣するのよね……
この子の心中を思うと、胸が苦しくなる……。だって昔の自分なんだから。
大丈夫よ、過去のすみれ。
未来の私が、あなたを輝ける世界に連れて行ってあげるから……!
「あ、ギャラクシーさん。こちらです」
先ほどの警備員さんに案内され、私は会場の奥へと向かった。
ちなみに警備員さんは私のサインを手に持っていなかった。どこに消えたのよ……
まあ不慣れで汚い字だったし、捨てられたって別にいいったらいいんだけど。 よく見知った通路を進んでいくと、いかにも業界人といった風貌の大人が角を曲がってきた。
あれ、この人……
わりと最近にも見かけたことがあるような……
「ん、なにかね?」
すみれ「……あー!」
思い出した。こいつは節穴スカウトマン……!
街でスカウト待ちしている私のすぐ目の前で、他の女の子に声をかけてたのよね……
まさかこの時代で会うとは。髪は"まだ"ふさふさのようね?
「なんだね、急に大声あげて──んんっ!?」
すみれ「ギャラ!?」
突然、目を見開き、私の肩を鷲掴みにして迫って来た。
きゃー襲われるー!
「──君、光るものがあるね」
すみれ「……ギャラ?」 「よければ、うちの事務所に来ないかい?」
すみれ「へ……?」
「君をスカウトしているのだよ、ぼくは」
すみれ「…………」
ギャ……
ギャギャギャギャギャギャ…………
すみれ「ギャラクシーーーーーーーーー!?」 「君がうちに来れば、瞬く間にスーパースターになれると確信しているよ、ぼくは」
私が、スーパースターに……?
いや、冷静になるのよ平安名すみれ! ここに来た目的を忘れたの!?
私は過去のすみれがオーディションに合格できるよう──
……いや、ちょっと待ちなさい。目的達成のことを考えても、業界側の人間になった方がなにかと都合がいいわ!
それに……正直、スカウトされてうれしいし……
私のこと、スーパースターって呼んでくれるし……
……どうせすぐに元の時代に帰るわけだし、多少の好き勝手ぐらい許されるわよね? 「どうかね、うちの事務所に来──」
すみれ「やります!」
すみれ「私、やるったらやるわ!」
どうしてオーラ0の私なんかをスカウトしたのかは気になるけど……
そんなこと、今はどうだっていいわ!
私はこれから、ショウ☆ビジネスの世界に返り咲くのよ!
……ついでに、過去のすみれの件も忘れずにね。 ◇◇◇
タクシーに乗り、行き先不明のまま都内を移動中。
隣に座っているスーツをまとった女性は、膨らんだ胸元から名刺を取り出した。
マネ子「初めまして、萌音依マネ子です。あだ名は印象派」
マネ子「これからあなたの専属マネージャーとなります。どうぞよろしくお願いします」
すみれ「こ、こちらこそ、よろしくお願いします!」
マネ子「痛い痛い。力みすぎです」
すみれ「うう、すみません……」
喜びのあまり、つい握手に力がこもってしまった。
マネ子「うちの事務所『SMR』は業界大手ですからね、契約できてうれしい気持ちはわかります」
マネ子「ですが、あなたは今日からSMRの看板を背負うタレントとなりました。契約に従い、従順に仕事をこなしていただきます」
すみれ「……はい!」 契約に関しては、いつしかの"オニナッツの乱"でよくよく学んだので、しっかり内容に目を通しておいた。
事務所から提示された好待遇は私には身に余るもので、心が踊りっぱなしだった。
話がとんとん拍子に進んで絶好調! 気分はまさにギャラクシー!
タイムトラベル最高よ!!
マネ子「……で、改めてご確認いたしますが」
マネ子「あなたの本名は『ギャラクシーあやめ』でお間違いありませんね?」
すみれ「……はい」
先の警備員さんへの色紙に書いた適当な芸名を、私の本名ということにしておいた。
タクシーの運転手さんが吹き出していた。
マネ子「ギャラクシーあやめさん……」
マネ子「戸籍なし、住所不定」
マネ子「架空の学校に通っているという自称16歳の学生ですか……」
現在の私の設定を並べると、とんでもなく怪しい人物になってしまった。
戸籍も住所も、過去すみれと被っちゃうから使えないのよね……。まだ結ヶ丘もない時代だし…… マネ子「……まあ細かなことはなんとでもなるでしょう。事務所パワーで行政はゴリ押しできます」
それってなんとかなるの……? いや、実際なんとかなってるみたいだけれど……
そうこう話している間に、タクシーが停まった。
マネ子「さあ、着きましたよ」
車から降りて、真っ先に視界へと入ってきたのは……
────天にそびえ立つ、摩天楼。
マネ子「今日からここが、あなたのお家です」
ギャギャギャ……
すみれ「ギャラクシーーーーーーーーー!!」 ◇◇◇
地上30階から望む景色は、ギャラクシーの一言だった。
マネ子「家具全般は取り揃えてあります」
マネ子「もし何か必要なものがあれば、ご自身で購入なされるか、わたくしにお申しつけください」
私は右ポケットに視線をやる。この中には今、漆黒に輝くクレジットカードがすんなりと収まっている。
初めて見たブラックカードは、左ポケットで膨れているタイムマシンと同じくらい真っ黒だった。
財布すら持ち合わせていなかった私には、願ったり叶ったりな展開だけど……
どうやらマンションもカードも、すべて事務所が肩代わりして支払ってくれるものらしい。
いわば、事務所に借金をしているようなものよね……
話が浮世離れしすぎで、鳴き声が漏れる。
すみれ「ギャラ……」
マネ子「ギャラはすべて事務所に入ります。稼ぎが増えれば、いずれは"借りていたもの"を返せるかもしれませんね」
だが借金返済できるほど稼げる人はそうおらず、ほとんどはSMRに骨を埋めることになるそうだ。
ただ、リターンを考えれば最高の環境だし、つくづく私にはもったいないと思っちゃう。 マネ子「今日はゆっくり休んでいただき、明日からは早速仕事です」
マネ子「午前中に各方面への挨拶回りを済ませ、午後からは某社のCMオーディションに参加してもらいます」
すみれ「オーディション……」
マネ子「ああ、オーディションといっても八百長の出来レースなので。安心してください」
すみれ「えっ!?」
マネ子「我々は悪魔との契約を結んでいますので、事務所の名を出すだけで不思議と合格できるんですよ」
そう言ってマネ子さんはニヒルな笑みを浮かべる。いやいや、冗談……よね?
マネ子「何か困ったことがあれば、いつでもご連絡ください」
すみれ「はい……」 マネ子「それと、最後に一つだけ」
マネ子「契約にもありましたが、絶対に男だけはつくらないでください。タレントはイメージ勝負ですので」
マネ子「少なくとも、自制の効く年齢までは恋愛禁止です」
すみれ「じゃあ、女の子ならいいんですか?」
冗談めかして言ってみたものの、マネ子さんには通じなかったらしい。
マネ子「"お付き合い"は、契約違反となります」
マネ子「ですが、"買う"のであれば問題ありません」
なにやらメモ帳に電話番号を書き始めた。
マネ子「ドM巨乳レズで、いい子が入ってますよ」
そう言って、メモを私の胸ポケットに収める。
すみれ「ギャラ……」
マネ子「まだ若いですし、くれぐれも性や薬には溺れないでくださいね」
マネ子「ギャラクシーさんにはSMRのために尽くしてもらわなければなりませんので」
すみれ「……わかりました」 ◇◇◇
ほんと、目まぐるしい一日だったわ……
昼休みに四季から呼び出されて、10年前にタイムトラベルして、過去のお母さんや私に会って、何故かスカウトされて、大手事務所と契約して、高級高層マンションに住むことになって……
バカでかいソファでゆったりくつろぎたかったけど、緊張して背筋が伸びっぱなしだった。
気を紛らわすために、主張の強いテレビを点けた。
『がんばろう、にっぽん!』
すみれ「あ、ベッキーさんが出てる」
ここは間違いなく10年前の過去なのね……確信したわ。 ……あ、そうよ! 過去すみれのオーディションのこと、すっかり忘れてたわ!
まだ合否の結果は出てないはず……よね。連絡が来るまでかなり時間かかってた記憶があるし。
とりあえず、明日。オーディションの審査員の人に会って、便宜を図ってみましょう。
事務所のパワーと悪魔の契約で、案外なんとかなるかもしれないわ……!
それで過去が変わったことを確認できたら……
タイムマシンで、未来へ帰りましょう。
その夜はクゥクゥの大暴投がデッドシープとなり、怒れるヤギと羊の群れがぶつかって試合は中断された。
すみれ「うう……もふもふ……逃げるわよ……」 面白いssって>>10まででもう面白いんだよな
この作者実力あるよ まあすみれもスクールアイドルで頑張ってるから芸能人として魅力的に見えたんだろうな 毎日3回はこのスレ開けて更新チェックしてるから頼む
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