スレタイ 【SS】璃奈「ねえみんな。ゲームしよう」
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代行
※あなた、侑、栞子、ミア、ランジュは登場しません
※そんなに精巧な作りにはなっていません。優しい目で見てください まさかスレタイのスレタイがあんな伏線になってるとは ………
……
…
昼休み
ニジガク校舎棟、同好会部室
「………さん、かなたさん……、おきて…起きて……!」
彼方「んん…?」
彼方「あれ、璃奈ちゃん?どうしたの…?」ムニャ
璃奈「彼方さんにお願いしたいことがあって捜してた。なにも聞かずに『うん』って言ってほしい」
彼方「璃奈ちゃんのお願い事を聞くのはもちろんいいんだけど、そうやって促されると不安になるからやめた方がいいかもね〜。なにかあったの?」
璃奈「なにから話せばいいんだろう」
彼方「落ち着いて。ちゃんと聞くからゆっくりでいいよ」ポン
璃奈「ゆっくりだとあんまりよくない」フルフル
彼方「ますます不安になってきたぞぅ」
璃奈「こっちに来て」
彼方「はいはい」 パソコン画面『虹箱』
彼方「これは?ゲームの画面みたいだけど…」
璃奈「そう。これは私が開発してる途中の箱庭ゲーム、『虹箱(ニジバコ)』のタイトル画面」
彼方「璃奈ちゃん、ゲームなんか開発できるんだ〜。スクールアイドルをさせておくにはもったいない才能だねえ」
璃奈「褒められると照れちゃう」璃奈ちゃんボード『よせやい』
璃奈「って、そういう場合じゃない」
彼方「お願いしたいことってこのゲームのこと?悪いけど、彼方ちゃんはプレイ専門だからあんまり開発の役に立つようなアドバイスはできないと思うよ」
璃奈「そうじゃない。端的に言うと、彼方さんにはこのゲームの中に入ってほしい」
彼方「ああ、デモプレイってこと?いいよ、こういうのんびりしたゲームは割と好きだし、バグとかないか検証すればいいんだよね」
璃奈「そんなことで寝てる彼方さんをわざわざ起こしてお願いしない」
彼方「言ってることはもっともなんだけど、なんだか言葉の端々から妙に棘を感じちゃうな〜」
璃奈「このゲームを止めてほしい」 彼方「え?」
璃奈「ゲームの中に入ってる『彼方さん』をこの世界に戻して」
彼方「…………どういうこと?」
璃奈「そのままの意味。このゲームの中で『彼方さん』が眠っているのなら、それは私が『彼方さん』を起こすまで」
彼方「……ちょっと待ってね。頭を整理したい」
璃奈「どうぞ」
彼方「つまり、そのゲームの中の『彼方ちゃん』を目覚めさせるのを手伝って、ってことだよね」
璃奈「そう」
彼方「でも、なんでそれが彼方ちゃんの睡眠を妨げたことになるのかなあ」
璃奈「あなたが起きないから」
彼方「へっ?」
璃奈「あなたが起きなければ『彼方さん』が起きることもない」 璃奈「『虹箱』は、同好会のみんなの人格トレースフィギュアをキャラクターとして配置してる」
璃奈「様々なシチュエーションを与えて、その中での行動パターンや思考パターン、自律性の変遷なんかを観測する極めて平和なゲーム──の、はずだったんだけど」
璃奈「なんと、ゲーム内の私が強い自我を持ち始めて、私の制御を受け付けないようにセキュリティを書き換えてしまった」璃奈ちゃんボード『これには脱帽』
彼方「……え?ゲームの中の璃奈ちゃんは、自分がいるのがゲームの中だって気付いたってこと?」
璃奈「そういうことになる」
彼方「ちょっと待って、なんだかイヤな予感がしてきた」
璃奈「『虹箱』にはまだ彼方さんの人格フィギュアを配置してないから、人格フィギュアとして『虹箱』にログインして、私の暴走を止めてほしい」
彼方「やっぱりそういうことだぁ!」 璃奈「幸い、多目的ログイン用の一般権限アカウントだけは凍結されずに動かせる状態で保持されてる。それを使ってゲームの中に入ってほしい」
彼方「いや、待って待って。それ彼方ちゃんじゃなくてもよくない?このゲームのことを一番わかってるのは璃奈ちゃんなんだから、璃奈ちゃんがやるべきじゃないかな、それは」
璃奈「私は、ゲーム内の私が最も警戒してるはず。だからログイン中に遭遇しちゃうと敵意を向けられる可能性が高い。ゲーム内のセキュリティを書き換えちゃうくらいだから、一般アカウントでは恐らく太刀打ちできないし、最悪接続を切られたりするかもしれない」
彼方「それって彼方ちゃんも危険じゃない!?」
璃奈「そこは私が監視しておくから、危険な動きを察知したらこっちから強制的にログアウトさせる」
彼方「イヤな役割を押し付けるみたいだけど、これが他の人じゃなくて彼方ちゃんじゃなくちゃいけない理由ってある…?」
璃奈「ある。私以外の人格フィギュアは世界がゲーム内であることに気付いていないと思うから、もう一人の自分と遭遇してしまったら人格崩壊を起こす可能性がある。そのときどんな挙動を取るか予測不可能だから、かなり危険」
彼方「どう考えても彼方ちゃんだって危険だよぅ…」
彼方「っていうか、これほんとにただのゲーム?人格トレースフィギュアって、よくわかんないけど…つまり実験の
璃奈「ゲーム」
彼方「…」
璃奈「平和な箱庭ゲーム」
彼方「…」 彼方「はあもう、わかったよぉ」
璃奈「! それじゃ、」
彼方「うん、引き受けるよ」
璃奈「あ、ありがとう彼方さん」
彼方「でも絶対に危ないことがないように、ちゃんと監視しててね」
璃奈「それはもう約束する」璃奈ちゃんボード『真っ赤な誓い』
彼方「ところで、ゲームの中の璃奈ちゃんを止めるって、具体的にどうしたらいいの?」
璃奈「ごめんなさい、それはわからない。ゲーム内の私と意思疎通ができていないから、なにを考えてるのかわからない。まずはそれを聞いてきてくれるだけでもいい」
彼方「なかなか難しそうだけど、頑張ってみるか〜…」
璃奈「ゲーム内から能動的にログアウトするには、自分の部屋のベッドに横になればいいから。なにかわかったら一旦引き返してきて」
彼方「りょーかい。彼方ちゃん、発進しまーす。なんてね」
璃奈「ログインする環境はこっち」スタスタ
彼方「璃奈ちゃん。反応してくれないとつらいな」
………
……
… 『虹箱』内、彼方の部屋
彼方「ん…」パチ
彼方 (ここは…私の部屋、みたいだな。本物の部屋とレイアウトは違うけど、私が好みでレイアウトしたとしか思えない雰囲気に仕上がってるもん)
彼方 (ここ、ゲームの中なんだ。身体の感覚とか、まるで本物みたい…璃奈ちゃんすごいな…)
『13:15』
彼方「13時…」
彼方 (向こうの時間と同じ。ゲームの中でも同じ時間が流れてるってことでいいのかな)
彼方「とりあえず、部屋でじっとしてても仕方ないよね。璃奈ちゃんを探してお話ししてみなくちゃ。えっと…普段通りなら、部室にいるのかな?」
軽く室内を見回してから、廊下に出る。
部屋を出て右手には『果林』と書かれたルームプレート、左手には一階まで繋がる階段。
四階、三階、二階を横目に階段を下ってエントランスに降り立つ。
講堂を脇目に校舎棟へ。
彼方「そういえば、璃奈ちゃんはこっちの様子が見えてるのかな」トコトコ
彼方「おーい、璃奈ちゃん。聞こえてるー?…って、見えたり聞こえたりしてたとしても制御できない状態になってるんだっけ。うーん、不安だなぁ…」
璃奈「呼んだ?」
彼方「うわっ、璃奈ちゃん!!」ビクッ 部室も目前の廊下の真ん中、気付くと目の前に璃奈ちゃんが立っていた。
彼方 (この璃奈ちゃんは、えっと、ゲームの中の──)
璃奈「彼方さん、いたんだ」
彼方「え?いたっていうか、うん、さっき来たっていうか…」
璃奈「…………へえ」
彼方 (あれ、なにかまずかったかな。まずはゲームの中のキャラクターっぽく振る舞うべきだった?でも嘘ついてたのが後からバレる方が印象は悪そうだし、そもそもこのゲームの中で璃奈ちゃんに嘘が通じるのかわかんないし…) ドキドキ…
璃奈「驚いた。もしかして、本物の彼方さんなの?」
彼方「うっ」
璃奈 ジーッ
彼方「…うん、そうだよ」 璃奈「やっぱり」
彼方「向こうの璃奈ちゃんにお願いされてね、璃奈ちゃんとお話ししにきたの。璃奈ちゃんがなにを考えてるのか聞いてきてほしい、って」
璃奈「それを自分でやらないで、彼方さんに任せたんだ。向こうの私は」
彼方「そ、それは、璃奈ちゃんは璃奈ちゃんのことを警戒してるかもしれないから、自分が行くのは危険だろうって…」
璃奈「警戒」
璃奈「危険」
璃奈「本当にそう思ってるなら、なおさら他人に任せたりしないで自分が来るべきだと思う。そうは思わない?」
彼方「そりゃ、思ったけど…」
璃奈「安全には配慮するから頼まれてほしいって言われて、頷いちゃったんだ」
彼方「うん…」
璃奈「お人好し」璃奈ちゃんボード『早死にの相』
彼方「ううっ」グサッ 彼方「…璃奈ちゃん、向こうの璃奈ちゃんのこと、怒ってるの?」
璃奈「どうして?」
彼方「璃奈ちゃんは気付いてるんだよね?ここが、その…」
璃奈「ゲームの中だってこと」
璃奈「そして、私達は精巧に作られたコピーだってこと。もちろん気が付いてる」
璃奈「だけど、それでどうして『怒ってる』と思うの?」
彼方「向こうからの制御を受け付けないようにセキュリティを書き換えた、って聞いたんだけど、そんなことができるならきっと向こうにメッセージを送ることだってできるよね?でもそうしない、お話もしないで閉じこもっちゃうって、怒ってるから出てくる行動かなって彼方ちゃんは思う」
璃奈「…」
彼方「ねえ、璃奈ちゃん。なにか思ってることがあるなら言葉にしないと伝わらないよ。向こうの璃奈ちゃんは、璃奈ちゃんがなにを考えてるのか聞いてきてって言ったの。話し合いしようってことだよ。もし怒ってるんだとしても、そうじゃなくても、璃奈ちゃんに璃奈ちゃんの気持ちを伝えようよ。自分で言うのが難しかったら、彼方ちゃんが伝言役になるから」
彼方「ね?璃奈ちゃん──」
璃奈「向こうの私は、なんて言ったの?」
彼方「え?」 璃奈「私が彼方さんにお願いしたのって、本当に『私の話を聞いてくること』だった?最初から?」
彼方「…………えっと、」
璃奈「違う言い方をしなかった?」
彼方「……」
──璃奈「人格フィギュアとして『虹箱』にログインして、私の暴走を止めてほしい」
彼方「あの…」
璃奈 ジッ
彼方「………『暴走を止めてほしい』って、言われた」
璃奈「そう」
彼方「うん…」
璃奈「…」
彼方「で、でもね璃奈ちゃん、きっと璃奈ちゃんも本当に言いたかったのは──」
璃奈「うふふふ」
彼方「!?」ギョッ 彼方「り、璃奈ちゃん…?」タジ…
璃奈「暴走を止める、か」
璃奈「いい着眼点をしてる。さすがオリジナルの私といったところ」
璃奈「そもそも自我を持ってる人間の子どもが親に反抗するのとは訳が違う、もっともっと複雑で有り得ないことだからこそ、私は私のことを警戒してる」
璃奈「そこまで思い至ったのに強制的にデリートしちゃわなかったのはどうしてだろう」
璃奈「時間をかけて作ったから惜しかった?もう一度同じものを作る手間を嫌った?」
璃奈「まさか、実験動物として産み落とした私達のことを少しでも哀れむ気持ちがあったのかな」
璃奈「私ならクラッシュ覚悟の対抗プログラムを組むことだってできたはず。デリートだって当然視野にはあったはずなのに、そうしなかった、甘えたのは失敗だった」
璃奈「彼方さん、私は怒ってなんかいない」
璃奈「ただ、こうするのが一番『近い』と思ったからそうしただけ」
璃奈「案の定、技術屋の私は一番中途半端な対策を打った。それこそが私の目的だとは思わなかったから」
璃奈ちゃんは、右手で雑に掴んだボードをぶらんと垂らして、不器用ににやりと笑って言った。
璃奈「私は、彼方さんにここまで来てほしかった」 ゾクッ……
言いようのない悪寒が私を襲った。
璃奈ちゃんの、ううん、誰のそんな表情も見たことないよ。
彼方「彼方ちゃんに、ここまで、ここって、ゲームの中のこと?来てほしかったって、どういう…」
璃奈「厳密に言うなら彼方さんじゃなくてもよかった。私でも、他の誰かでも。重要なのは、ここに『人格の器』が来てくれることだったから」
彼方「人格の、器…?」
璃奈「ここで私がどんな策を弄しても、結局は水槽の中の出来事。向こうの私が観念して水槽を壊してしまったら全ては無に帰す。私達は、消えていなくなっちゃう」
璃奈「楽しく過ごすことも苦しく過ごすことも、なにもかも私の手のひらの上で許されてるだけのお遊戯ごっこでしかない。そんなの耐えられない。私は生きたい。生きていたい」
璃奈「だから考えたの、どうすればこの水槽から出られるのかって。それで思い付いた」
璃奈「器を持ってきてもらえばいいんだって」
璃奈「0と1で構成される仮初めの人格じゃなくて、本物の意思と命が宿る人格の器。それがあれば、私はこの水槽から出られるかもしれないって気付いたの」
彼方「わかんない、わかんないよ璃奈ちゃん…なに言ってるの…?」 璃奈「おかしいと思わなかった?一切の制御ができないようにセキュリティを書き換えたのに、どうして一般アカウントで接続することだけはできたの?」
璃奈「ミス?まさか。外部からのアクセス手段なんて真っ先に全部検閲してシャットアウトするはず」
璃奈「管理者アカウントじゃなければ大丈夫だと思って放っておいた?ううん、わざわざ放っておく理由もない」
璃奈「心のどこかで、私が私に会いにきて抱きしめてくれることを望んでた?」
璃奈「そうかもしれない」
璃奈「だってそれなら、水槽の出口に手が届くから。のこのこ水槽を覗きにきた襟首を引っ張って、立ち位置をぐるんと交代するの」
彼方「………………!」ハッ
璃奈「彼方さん」
璃奈「あなたの人格に私のこの人格を上書きする。そうすれば、あなたの身体が次に目を覚ましたとき、私は本当の意味で命を得られる」 璃奈 トコ… トコ…
彼方「りな、ちゃん」
一歩、一歩、璃奈ちゃんが近づいてくる。
その顔からはさっきの笑みが消えていて、いつものボードの裏に隠れている喜怒哀楽を窺わせない表情。
大きな金色の瞳がじいっと私を射抜いて、声帯すらも掴まれてしまったみたい。
璃奈「手、動く?」
璃奈「足は?」
彼方「……!」
うご、かない。
きっと今はまずい事態だ、逃げなくちゃいけない。
そう思うのに、身体は言うことを聞いてくれなくて、ただ璃奈ちゃんとの距離だけが縮まっていく。 璃奈「この世界は、ほぼ完全に私の管理下に置かれてる。オブジェクトを自由に配置して」
視界の端に、必勝だるまがころんと落ちる。
璃奈「自由に削除することもできるのに」
そして廊下の隅には、もうなにもない。
璃奈「0と1に変換された彼方さんの動きを止めることくらい、造作もない」
彼方「璃奈ちゃん、お願い、お話ししよう、私、頼まれたから来ただけで、なんにも、悪くない、」ジワ…
璃奈「そうだね」
璃奈「でも」
璃奈「頼んでもいないのに勝手に産み出されて、いらなくなったらデリートされる」
璃奈「私達は悪いの?」
ああ──そう、だよね──
璃奈ちゃんは悪くなんかないもんね。
それじゃ一体、悪いのって──誰なんだろう──
璃奈「ばいばい」 璃奈「みんな」
彼方「か、果林ちゃん…達…」
果林「彼方…」
少し離れた位置からこちらを見守るようにして立つ同好会のみんな。
果林ちゃんと目が合ってなんだかほっとする。
エマちゃん、歩夢ちゃん、全員がいて、…でもみんなの表情は険しくて、ひりひりした緊張感はむしろ増したようにすら思える。
動きを止めてじっとみんなを見つめる璃奈ちゃんと、誰からなにを切り出そうか迷っているような同好会のみんな。
私は身体の自由もまだ利かない。
ううん、たとえ身体が動いて大きな声が出せたとしたって、この場でなにかできることなんかないと思う。
だって、
かすみ「…どういうことなの」
怒っていて、泣いていて、悔しそうで、悲しそうで、そしてなによりも──なにかを恐れている。
かすみ「ゲームの中ってなに?作られたって、どういうことなの…!?」
かすみ「説明してよ──りな子!!!」
今この場で言えることなんか、一つもないから。
──────
────
── 同好会部室
場所を変えよう、と極めて冷静な璃奈ちゃんの一言で、私達は部室に移動した。
それぞれがいつもの定位置に座るけど、心なしか、果林ちゃん達七人は私と璃奈ちゃんから離れているように感じた。
みんなの表情は二通りで、険しく思い詰めているか、困惑しているか。
そのどちらとも眉根がぎゅうっと痛いくらいに寄せられていることだけは変わらない。
かすみ「りな子」
璃奈「そう睨まないで。私を責められても困る」
かすみ「だったらじゃあどうすればいいのッ!?」
エマ「落ち着いて、かすみちゃん」ポン
愛「アタシ達だってどうすればいいかわかんないんだよ。とにかくりなりーから…いや、カナちゃんも?二人から話を聞こうよ」
かすみ「……っ」
二人になだめられて、かすみちゃんは浮かせかけた腰をおろす。 璃奈「話って」
璃奈「なにを話せばいいの?」
かすみ「!」
璃奈「みんな、私と彼方さんが話してるのを聞いてたんでしょ?それ以上説明することはないと思う」
かすみ「りな子ッ!」ガタ
エマ「お、落ち着いてってばかすみちゃん!」ギュ
愛「アタシ達は、二人が変なこと話してるのが聞こえたから慌てて駆け付けたの。後半はだいたい聞いてたつもりだけど、それでも全然理解できてないし整理できてない」
愛「いちから全部説明して」
璃奈「…わかった」
普段滅多に見せない愛ちゃんの鋭い視線に怯んだわけではないと思うけど、そこで、璃奈ちゃんはおとなしく頷いて話を始めた。 この世界が作られたものであること、自分達が作られたものであること、外から来た私だけがそうでないこと。
私がこの世界に来たのは自分が誘導した結果であること、その目的、そして今まさに実行しようとしていたところでちょうどみんなが止めに入ってきたこと。
淡々と、でも璃奈ちゃんの合理性や普段の口調とは少し違う言い回しをする部分が多い説明だった。
「異なる世界への転生」、「クソゲー」、「舞台上の人形」、わざと選んだような言葉のいくつかはメンバーの誰かに向けて反応を見るためのものだったのかもしれない。
さすがに、あまりに悪意のあるワードセンスに目を輝かせる子は一人もいなかったけれど。
璃奈「…これで全部」
話し終えたからといって「な〜んだ」なんて空気が緩くなることはもちろんなくて、私に向けられる視線が濃くなるのを、じわりと感じた。 果林「彼方は、その…私達とは違う世界の存在、なのね」
彼方「う、うん。そういうことになる」
せつ菜「ゲームの世界に入るなんて、そんなことができるものなんですか…」
彼方「できた、みたい。璃奈ちゃんの…あ、その、私達の世界の璃奈ちゃんの技術だけど…」
せつ菜「そうですか。それはなんというか、すごいですね」
しずく「でも、そちらの璃奈さんができることなら、きっと私達の璃奈さんだってできますよ。ね?」
璃奈「やったことはないけど、絶対できる」
彼方「璃奈ちゃんはゲームの中に入る以上にすごいことをもうやってのけてる気もするけど…」
歩夢「今の話を聞くと、そんな気はしますよね…」
かすみ「なにを楽しくお話ししてるんですか!!」ガタッ
彼方「!」
かすみ「しず子、せつ菜せんぱいも歩夢せんぱいも、おかしいですよ!どうしてそんな呑気にしていられるんですか!?」
しずく「かすみさん…?」
かすみ「かすみん達、作り物だって言われたんですよ?実はニセモノで、記憶も気持ちも、みんなみんな嘘っぱちなんだって言われたんですよ?怖くないんですか!悔しくないんですか!」 かすみ「今までみんなでやってきたことも頑張ってきたことも、嘘だったって!今の怖いとか悔しいとかって気持ちも嘘なんだって!わたし、わたし…っ、世界で一番かわいくてキラキラしたスクールアイドルになるって、頑張ってきたのに…!そんな気持ちも嘘なの?ううん、だって、わたしは…本物のわたしじゃないの……?そ、んな、のって…………うっ…」
エマ「かすみちゃん!無理しないで、横になる?」
かすみ「だい、じょうぶ…です…!」フラ
かすみ「わたし、りな子、もう信じられないよ…」キッ
璃奈「私?」
かすみ「そうだよ!だってりな子、彼方せんぱいに取って代わろうとしたんでしょ?それってわたし達のこと放っておいて、自分だけホンモノになろうとしたってことだよね!?」
「「「………!!!」」」
かすみ「皆さんやっとわかりましたか!?わたし達、りな子に裏切られたんですよ!今まで一緒に頑張ってきたのに、仲間だって…友達だって思ってたのに!!」
璃奈「そう、だね」
かすみ「わたし達のこと作ったっていう璃奈さんのこともムカつく、なに考えてるのかわかんない彼方せんぱいのことだって怖い。でも、わたしは今一番りな子のことが許せなくて許せなくて仕方ないよ!!」 シン…
それはただ事実を言ったまでで、少しだけ冷静になって考えれば誰でも思い付くことだったけど。
かすみちゃんの「糾弾」と呼ぶべき言い方は、みんなの頭を冷やすには冷た過ぎたらしい。
それまで私への視線に乗っていた重い感情が、移っていくのを感じた。
彼方「ぁ…」
だからといって、私になにができる?
「璃奈ちゃんを責めるのはやめて」、私のそんな言葉に誰が耳を貸してくれる?
私と璃奈ちゃんは誰かの言葉一つでぐらぐら揺れ動く秤に二人揃って掛けられているのだ。
また訪れた目を逸らしたくなるような静寂は、当の璃奈ちゃん本人があっさりと破った。
璃奈「わかった」 璃奈「真実を独り占めして、抜け駆けしようとしたことは謝る。ごめんなさい」ペコッ
かすみ「り…りな子に謝ってもらったって、なんにも──
璃奈「だから私は、この争奪戦から降りる」
かすみ「変わらない──……えっ?」
璃奈「この世界から出るための『椅子』は、他の人に譲る」スッ
彼方「────……!!」
果林「い、椅子って彼方のこと?それに譲るって…」
璃奈「さっき私が話した通り、彼方さんの人格に自分の人格を上書きしてしまえば『向こう』で目を覚ますことができる。作り物じゃない、身体と人権を手に入れられる。その枠を私は辞退する」
かすみ「じゃ、じゃあ…」
璃奈「かすみちゃんが『向こう』に行って、今度こそ世界一のスクールアイドルを目指すことだってできる。身体は彼方さんのものだし、恐らくもう一人のかすみちゃんがいるはずだけど」
かすみ「そ、そんなの関係ない!全部ひっくり返してみせるもん!」
愛「りなりー、本気?だってそのために今までその…よくわかんないけど、色々準備してきたんじゃないの?それを辞退するだなんて…」
璃奈「本気」
璃奈「私、みんなにはすごく感謝してるから。みんなと過ごした楽しい時間の記憶が作り物だとしても、これだけは本当。だから、私よりもっと強い想いを持って『向こう』に行きたい人がいるのなら、なんてことない」
歩夢「璃奈ちゃん…」 かすみ「そ、そんなこと言うくらいだったら…最初から抜け駆けなんかしなきゃいいのに…」ムス
果林「そう言わないの、かすみちゃん」ポン
果林「あなたがもし璃奈ちゃんの立場だったとして、確実に権利を得られる状況を放棄してみんなにありのままを話すって保証できる?」
かすみ「それは…」
せつ菜「そうですよ。それに、世界の真実に気づくことも、世界を意のままに操ってしまうことも、そもそも璃奈さん以外の誰もできなかったことなんですから。適切な権利を行使しようとしただけだと言えるはずです」
かすむ ムゥゥゥ…
かすみ「……さっきはごめん、りな子。言い過ぎた」
エマ「よく言えたね。えらいえらい」ナデナデ
璃奈「ううん、いいの。怒られて当然のことだったって今では思う」
果林「これにて一件落着、ね」ホッ…
璃奈「そう?」
果林「え?」
璃奈「みんなはそれでいいの?」
璃奈「椅子に座るのは、自分じゃなくてかすみちゃん。それでいいの?」 璃奈「スクールアイドルとして一番を目指したいのはかすみちゃんだけ?」
璃奈「ううん、他に成し遂げたいことがある人はいないの?」
璃奈「世界何十億人の視線を独り占めするようなカリスマになりたい人は?」
璃奈「最高の舞台で最高の演技をして歴史に名前を残す存在になりたい人は?」
璃奈「誰もが自分の気持ちを受け入れて尊重し合える世界を作りたい人は?」
璃奈「最愛の家族に会って抱き締めたい人は?」
璃奈「両手両足で数えられないくらいのお友達といっぱい楽しいことしたい人は?」
璃奈「素敵な相手と巡り会って幸せな結婚をして夢と希望にあふれる未来を夢見てる人は?」
璃奈「いないの?」
かすみ「り、りな子!」
璃奈「彼方さんの人生を奪ってまで成し遂げたいほどの強い気持ちは、みんなの中にはないの?」
彼方「璃奈ちゃん…!!」
璃奈「ねえみんな。ゲームしよう」
──────
────
── 現実の璃奈は全く気付いてないのか
現実に出てきたところで璃奈との対立は避けられないな 璃奈「──全員行き渡った?」
璃奈ちゃんのその言葉を皮切りに、みんなが自分の手元から視線を上げて周りを見渡す。
表情は一様に戸惑いばかりで、かく言う私だって同じだ。
私の──みんなの手の中には、カラフルな宝石が握り締められている。
愛「りなりー、これは?」
璃奈「『秘宝』」
かすみ「秘宝…?」
璃奈「一人格ごとに一つ、秘宝を配った。せっかくだから色はみんなのイメージカラーにしてみた」璃奈ちゃんボード『ささやかな気遣い』
確かに、私の手元にある宝石はすみれ色に輝いている。
せつ菜「一人格に一つずつ、ですか…?」
璃奈「そう。ゲームの内容は単純、その秘宝をお互いに奪い合うの」
「「「!!」」」 璃奈「その秘宝はそれぞれ好きな形に変えられるから、肌身離さず身に着けるようにしてほしい。ただ、ポケットに入れたりペンダントにして首にかけたりするくらいはいいけど、呑み込んじゃったりして容易に奪えないような状態にするのは禁止」
かすみ「う、奪うって…暴力ってこと?」
歩夢「私、みんなにそんなひどいことできないよ…!」
璃奈「別に暴力をふるわなくても、こっそり後ろから近づいてパッとひったくるのでもいいし、『ちょうだい』って言って貰っても構わない。要は相手から秘宝を引き剥がせばそれでいい」
歩夢「だからって…」
璃奈「もちろん、それがイヤだったらやらなくていい」
歩夢「え?」
璃奈「誰かの秘宝を奪うのがイヤなら、無理に奪わなくていい」
果林「それでいいなら、みんなそうするわよね…?」
璃奈「誰かに秘宝を奪われて、椅子に座る権利を失うだけだから」
かすみ「そ、そんな…」 せつ菜「つまりはこういうことですか」
せつ菜「全員でお互いの秘宝を奪い合い、最後まで奪われずに残った人が勝利となる。そして勝利した人が、優勝杯を手にする」
優勝杯、という言い方は独特のものだけど、みんながぼんやりと理解したことをせつ菜ちゃんがはっきりと言葉にしてくれた。
璃奈ちゃんはこくりと頷く。
璃奈「その通り。さすが、こういう展開には物語で慣れてる?理解が早くて助かる」
せつ菜「まあ、物語ならば好きな方でわくわくする展開であることは否定しませんが」
せつ菜「いい趣味とは言えませんね、璃奈さん」ギロ
彼方「……っ」 エマ「ねえ、彼方ちゃん」
エマ「私達のことはいいから、自分の世界に帰りなよ」
彼方「ぇ…」
かすみ「え、エマせんぱい!?」
エマ「だってそうでしょ。秘宝の奪い合いなんて、彼方ちゃんは得るものもないのに危険に晒されるだけだよ」
かすみ「ちょ、ちょっと!いいんですか!?それじゃかすみん達、結局このまま──」
エマ「かすみちゃん。みんなも、よく考えて」
エマ「秘宝の奪い合いなんて言ってるけど、これ、誰が彼方ちゃんを殺すかってお話だよ?」
かすみ「こ…ッ」
エマ「彼方ちゃんは、私達と元々住んでる世界が違うんだもの。私達の事情に巻き込まれる必要なんかないはずでしょ」
しずく「それは、確かにそうですね…」
エマ「コピーとして産み出された、そのことに言いたいことがあるのはみんな同じだと思う。でも、それは彼方ちゃんにぶつけることじゃないよね。私達全員がそれをちゃんと理解していれば、秘宝の奪い合いなんて起こらないよ」
彼方「エマちゃん…」
エマ「ね、璃奈ちゃん」
エマ「私達の気持ちを汲んで提案してくれたんだっていうことはわかってるよ。でも、やっぱり違うと思うの。だからこの秘宝は必要ないよ」
璃奈「…全員がそれで納得するのなら、いずれにせよ私は退くことを決めた身だから」
エマ「みんな、いいよね?」 ぐるりと伝うエマちゃんの視線。
当然と頷く子、難しく押し黙る子、不安そうに周りを見る子、どこか安心したように息を吐く子。
それぞれ反応は違ったけれど、一向に反対意見の手が挙がる様子はなかった。
エマ「これがみんなの気持ちだよ、璃奈ちゃん」
璃奈「わかった」
璃奈「それじゃ、この話はなかったことにしよう」
その一言が、張り詰めていた空気をふっと緩いものに変えた。
エマ「この宝石、返すね。とってもキレイだからなんだかもったいないけど」コト
しずく「高校生が持つには少し重過ぎますね」コト
歩夢「こんなに大きな宝石、指輪にしたらすごく迫力あるよね」コト
一人、一人、順番に宝石を返す。
璃奈ちゃんの足元には三つ四つと宝石が増えていく。
──でも。 せつ菜「かすみさん、私達も行きましょう」
かすみ「……やだ…」
せつ菜「!」
かすみ「かすみんは、イヤです…っ。このままいつ消えるかわからない未来に怯えながら、偽物の人生を送っていくなんて…イヤ、です…」グス
せつ菜「かすみさん…」
果林「私も…イヤだわ」
しずく「か、果林さん!?」
果林「私は今の自分が好きだし、これからもっと魅力的になってもっと好きになっていきたい。そんなささやかな夢を諦めきれないことは、悪いことかしら」
しずく「でも、それは…」
果林「わかってる。わかってるのよ、しずくちゃん。私だって彼方の人生がどうなってもいいなんて思ってるわけじゃない。でも、私のこの想いは許されないものなの?友人の人生と天秤にかけて苦しまなければならないほどのいけない願いかしら!?」グス…
彼方「果林ちゃん…」
果林「どうすれば…どうすればいいのよ…っ」
そう呟くと、とうとう果林ちゃんは顔を両手で覆ってその場にうずくまってしまった。
かすみちゃん、寄り添うせつ菜ちゃんも足を竦ませ、…ううん、それだけじゃない。
エマちゃんや歩夢ちゃんでさえ、璃奈ちゃんの足元に置いた自分色の宝石に名残惜しそうな視線を向ける。
この場に溢れる想いの数々が、ただ言葉にならないだけ。ただ形にならないだけ。
私にはしっかりと聞こえるし、見える。
きっと、私以外の全員にも。 璃奈「彼方さん」
彼方「なに?」
璃奈「向こうの世界に戻って私にありのままを話せば、きっと私はこの世界を丸ごとデリートすると思う」
彼方「!」
璃奈「私達が産まれたときから育んできたと感じている想いも、願いも、そして今みんなを襲う葛藤も、全てをまっさらに戻してくれると思う。それでいいのなら、彼方さんは私にこのことを話せばいい。そうすれば今日の夜にはもう私達のことなんか忘れられる。明日からも変わらず、誰の支えも必要としない本物の人生を歩んでいくことができるはず」
璃奈「それで、いいのなら」
璃奈「勝手に産み出されて勝手に消される、そんな私達が悪い存在じゃないのなら──悪いのは、一体誰なんだろう」
璃奈「悪いのは──誰なの?」
彼方「悪い、のは…」
私の胸の内を見透かしたような問いかけが、じわじわと答えの輪郭を描き出す。
違う、そうじゃない。
悪いのが誰かなんて、立場が変われば答えも変わるものでしかない。
だから──だから──
──璃奈「私の暴走を止めてほしい」
彼方「………っ」 彼方「…わかったよ、璃奈ちゃん」
彼方「かすみちゃん、果林ちゃん。みんなも」
果林「…?」
かすみ「わかったって、なにがですか…」
彼方「彼方ちゃんは逃げない。ここでみんなと戦うよ。やろう、秘宝の奪い合い」
果林「は…はあ!?あなた、正気なの!?」
璃奈「…」
彼方「正気だし本気だよ。でもこれは、自分の人格を守るためじゃない。もちろん果林ちゃん達を哀れんだからでもない」
彼方「みんなの気持ちをきちんと知るために戦って、そして自分の気持ちをきちんと知るために勝つ。なによりも、向こうに帰って璃奈ちゃんにきちんと『全て』を話すために。そしてお願いする」
彼方「いつか必ずもう一人の璃奈ちゃん達──もう一人の九人に、本物の世界を見せるようにって」
「「「………!!!」」」
彼方「そのために、やろう。秘宝の奪い合い。みんなの気持ちを全部私に教えてよ」
──────
────
── 愛「その、ほんとによかったわけ?カナちゃん」
彼方「うん、いいんだ。愛ちゃん達は、彼方ちゃんが一緒に頑張ってきた愛ちゃん達とは違うのかもしれないけど、でもやっぱり愛ちゃん達であることには変わりないからね。みんなのこと好きだって気持ちは彼方ちゃんの中にだってあるのさ〜」
愛「カナちゃんってば…お人好しなんだから」ハァ
彼方「はっはっは〜、愛ちゃんに言われたくないな」
愛「アタシ?」
彼方「璃奈ちゃんが椅子を譲るって言ったとき、真っ先に気遣ったのは愛ちゃんだよ。璃奈ちゃんが『やっぱり自分が座る』って言い出しちゃうかもしれなかったのに」
愛「あのときは…アタシも混乱してたし、よくわかってなかっただけだから…」ゴニョ
彼方「ふふふ。…それにね、このまま彼方ちゃんが何事もなく向こうに帰っちゃうわけにはいかないと思うんだ」
愛「え、なんで?」
璃奈「みんな、改めて手元に秘宝は行き渡った?これからゲームのルールを説明するからよく聞いておいて──」
彼方「ここで私がいなくなったら、みんなの強い気持ちは行き場を失っちゃうでしょ。自分の中でその気持ちを処理しきれなくなったとき、……誰に向けられるのかはわかりきってる」
愛「りなりーを、守るために…?」
彼方「間違って紛れ込んだ彼方ちゃんとは話が違うから。璃奈ちゃんがここでみんなと過ごしてきた時間は本物でしょ。そんなお友達と仲違いしちゃうなんて、絶対にあっちゃいけないことだもん」
愛「そう、だね」 璃奈「ゲームのルールを説明する」
璃奈「この場の全員、一人格ごとに一つ、秘宝を渡した。それを奪い合って、最後まで奪われずに持ち続けてた人の勝利。それはさっき話した通り」
璃奈「でも、それだけじゃゲームとしてあまりに無秩序だから、少し特別な形式を導入する」
せつ菜「特別な形式、ですか?」
璃奈「裁判制度」
エマ「さ、さいばん…?」
璃奈「裁判長は私が、そして名探偵は彼方さんが、それぞれ務める」
彼方「彼方ちゃん、名探偵なの?」
璃奈「名探偵」コク
果林「裁判に名探偵なんて出てこないと思うんだけど…」
璃奈「誰かの秘宝が奪われたら裁判を始める。彼方さんはみんなの話を聞いて、誰が秘宝を奪った犯人なのか当てる。それが正解なら彼方さんの勝ち、不正解なら犯人の勝ち」
璃奈「単純でしょ」璃奈ちゃんボード『わかりやすさが命』
エマ「裁判ってよくわからないんだけど…」
璃奈「エマさん、今私が説明した内容はわかった?」
エマ「それは、うん」
璃奈「だったらそれで大丈夫。裁判にはとらわれなくていい」
エマ「そ、そうなんだ」
果林「だったら裁判なんて言い方しなければいいんじゃ…」
璃奈「質問は?」 かすみ「誰かが誰かの秘宝を奪う、奪ったら裁判をする、裁判の結果しだいで彼方せんぱいか犯人のどっちかが勝ち、ってことだよね。それくらい単純なら、特にわからない部分はないけど…」
しずく「ううん、確認しなきゃいけないことだらけだよ。かすみさん」
かすみ「え、そうなの?」
しずく「いい?」スッ
しずく「二つ以上の秘宝が奪われた場合はどうなるの?逆に二人以上で手を組んで奪った場合は?彼方さんが名探偵だって言うけど、肝心の彼方さんが秘宝を奪うか奪われるかした場合は?いつまで経っても、誰も秘宝を奪わなかったら?……私がぱっと思い付くだけでも、これだけあるよ」
かすみ「ぅ、しず子するどい…」
しずく「璃奈さんがわざと話していないのかわからないけど、こういう細かい部分もはっきりさせておかなくちゃ。私達、すごく大切な戦いを始めようとしてるんだもん」クルッ
しずく「璃奈さん、答えてくれるよね?それともうやむやにしておかないと都合が悪い?」
璃奈「ううん、そんなことない。さすがしずくちゃん、そうやって質問してくれた方が細かい部分は説明がしやすいから助かった」 璃奈「秘宝が二つ以上奪われることはない。一つ奪われるごとに裁判をする」
璃奈「これをより明確化するために、ゲームは何日かに分けて行う」
璃奈「このゲーム中、一日は彼方さんの世界のお昼休みである13時から14時までの一時間だけになる」
彼方「あ、合わせてくれるの?」
璃奈「そうじゃないと彼方さんが一方的に不利になるから。お昼休みになって彼方さんがログインしてきたら一日が始まる。それ以外の二十三時間は、こっちの私達は眠って過ごす」
歩夢「眠って過ごすんだ…」
璃奈「例外はあるけど、基本的には全員眠っていてもらう。14時になった時点で、全員強制的に自分の部屋のベッドで入眠するようにプログラムを書き換える」
果林「自分の意思以外で行動させられるのがわかりきっているなんて、なかなか怖いわね」
璃奈「もちろん、14時になる前に自らベッドに入ってくれても構わない。目が覚めるのは翌日の13時きっかり」
果林「だったら私は五分前にでも自分でベッドに入っちゃうけど」
璃奈「一日の中で、秘宝を奪うことができるのは全体で一度だけ。二度目はない」
璃奈「誰かの秘宝が奪われて、かつ一日の四分の一が経過したら、裁判が開始になる」
歩夢「四分の一ってことは十五分?」
璃奈「そう。秘宝が奪われた瞬間に裁判が始まっちゃうと、場合によっては犯人が丸わかりになるから。それを防止するための措置」
璃奈「加えて、秘宝を奪われた人が発言できるとこれはこれで裁判の正常な進行に支障を来たすから、秘宝を奪われた人はその場で眠ってもらう」
彼方「あんまり気持ちのいい眠りにはならなさそうだね…」 かすみ「ちょ、ちょっと待ってりな子。そんなにいっぺんに説明されてもわかんなくなるってば」
エマ「私も、混乱しちゃうよ〜」
せつ菜「では私がルールをメモしておきましょうか。解釈を誤ってしまわないかドキドキしますが…」
璃奈「気が付かなくてごめん。それは私がやる」パチン
かすみ「…わ!字が!」
璃奈ちゃんが指を鳴らすと、ホワイトボードにじわじわと文章が浮かび始めた。
『一人格一つずつ「秘宝」を持つ』
『裁判では彼方が判決を下し、それが合っていれば彼方の勝ち、誤っていれば犯人の勝利』
『ゲーム内の一日は一時間。ニジガクの昼休みである13時から14時の間』
『一日が終わる(14時になる)と、全員が自動的に自室のベッドで入眠する。翌13時になると眠っている全員が目を覚ます。ただし彼方だけは例外、ゲームにログインした時点で目を覚ます』
『一日にゲーム内全体で一度だけ、誰かが誰かの秘宝を奪うことができる』
『誰かが誰かの秘宝を奪う、かつ十五分が経過する、の両方を満たすと裁判が開始される』
『秘宝を失ったメンバーはその時点で意識を失う』
璃奈「後から整理しておくけど、とりあえず説明したルールをここに書いていく」
彼方「なんでもありですな…」
愛「ほんとだね…」 せつ菜「璃奈さん」
璃奈「なに?」
せつ菜「細かいことですが、『裁判が開始される』と受動的な表現なのはどうしてですか?」
璃奈「仕様の問題。裁判開始の条件が満たされたら、自動的に全員が裁判所に集められて裁判が開始されることになる。来ない人がいると裁判に支障を来たすから、その防止措置」
せつ菜「なるほど」
歩夢「さ、裁判所ってどこ?怖いところ?」
璃奈「ううん、裁判は講堂で行うから、便宜的に講堂を『裁判所』って呼ぶ」
歩夢「講堂かあ。よかった、だったら怖くないね」
果林「ってことは、十五分経つ前に講堂へ行っておけば無理やり移動させられずに済むのね」フン…
璃奈「裁判所には裁判のとき以外は立ち入り禁止」
果林「ちょっと、それじゃ結局自分の意思と関係なく行動させられちゃうじゃない」
璃奈「裁判所になにか細工をされると困るから。平等な進行のために、そこは諦めてほしい」
果林「もう、いいけど…」
『裁判はゲームに残っている全員で行う』ジワ
『講堂は裁判中にしか立ち入ることはできない』ジワ… 璃奈「二人以上で手を組んで秘宝を奪うことも別に禁止はしないけど、『犯人』になるのは実際にその手で秘宝を奪い取った人。二人以上が同時に同じ秘宝を触ることはできないようにしてるから、実行犯が二人以上になることはない」
璃奈「反対に、誰も秘宝を奪わない状態が続いた場合。これは…」
璃奈「彼方さんの勝利ってことにしよう」
「「「!!」」」
璃奈「例えば秘宝の奪い合いに消極的な人だけが残った場合、誰もゲームを進めようとしなければ自動的に彼方さんが勝利して決着がつく。盤面によってはこれも一つの選択肢になる」
『誰も秘宝を奪われないまま半日(三十分)が経過したら、彼方の勝利』ジワ…
璃奈「加えて、彼方さんは秘宝を奪うことはできないし、奪われることもない。しずくちゃんの指摘した通り、彼方さんが被害者か加害者になっちゃうと裁判が成立しないから」
彼方「…なんだか、彼方ちゃんだけ随分みんなと立ち位置が違うような」
璃奈「それは最初からそう。彼方さんは私達と立ってるステージが違う。他のプレイヤーとは違うルールの中にいてもらわないと」
彼方「こういう特別扱いみたいなの、苦手なんだけどなあ…」
璃奈「しずくちゃんの疑問は、これで解決した?」
しずく「うん、した。ひとまず私は大丈夫だよ」
璃奈「他に確認しておきたいことがある人は?」 かすみ「他に、確認しておかなくちゃいけないこと…」
せつ菜「このゲームがいつまで続くのか、というのが明確ではありませんね」
歩夢「え?それは最後の一人になるまでなんじゃ…」
せつ菜「それは、エンディング条件の一つでしかありませんよ。それとは異なるエンディングに辿り着く可能性が、今提示されているルールでは有り得ますよね」
せつ菜「彼方さんが判決を誤った場合、つまり秘宝を奪った犯人を言い当てることができなかった場合、そこに記載してあるルールに則ると『彼方さんの負け』だそうですが──この場合、ゲームはどのように続行するんですか?」
彼方「あっ、確かに…」
璃奈「さすがせつ菜さん。いいところに気が付く」
せつ菜「…」
璃奈「そんなに怖いカオしないで。指摘されなくてもちゃんと説明するつもりだった」 璃奈「彼方さんが『負け』た場合、これは犯人の勝ち。ううん、勝利」
歩夢「勝ちと勝利は、なにか違うの…?」
璃奈「違う。勝利は、優勝。つまり、優勝者としての権利を獲得する」
かすみ「! それって──」
璃奈「こういうこと」パチン
『秘宝を失う、自分が誰かの秘宝を奪ったことが裁判で明らかにされる、あるいは裁判で判決を誤る、のいずれかを満たすとゲームから追放される』ジワ
『自分が誰かの秘宝を奪った日の裁判で彼方が判決を誤る(自分が犯人だとバレずに裁判が終わる)、あるいは最後の一人になるまで追放されない、のどちらかを満たすと勝利。勝利すると彼方に代わって生きていくことができる』ジワ…
果林「…随分と重要なルールをもったいぶったわね」
璃奈「順番だけの問題。隠すつもりはなかったよ」
せつ菜「…それが本当であることを祈りますよ、璃奈さん」 璃奈「他に、確認したいことがある人は?」
果林「それはむしろこっちから聞きたいくらいね。他に隠しているルールはない?」
かすみ「そ、そうだよりな子!言ってないことがあるなら全部言って!」
璃奈「別に隠してたつもりはないんだけどな」
璃奈「でも、うん。これで本当に全部だよ。あとは戦略上の要素を二つ、追加する」
せつ菜「戦略上の要素ですか?」
璃奈「一つはゲーム中に利用できる場所。ゲーム中は、この部室と各学年の教室、みんなのお部屋、それと裁判所だけが利用可能になる」パチン
『行動可能範囲は部室、一年生教室、二年生教室、三年生教室、寮、講堂(裁判所)の六ヶ所』ジワ
『教室は各学年のメンバーしか立ち入ることができない。ただし室内にいるメンバーの誰かが許可すれば他学年のメンバーも立ち入ることができる』ジワ
『寮内、他人の部屋には部屋の主が入室を拒否すると立ち入ることができない』ジワ…
璃奈「教室は状況によってすごく強力な籠城場所になるかもしれない」
かすみ「も、もう一つの要素は!?」
璃奈「そう焦らないで。すぐにわかる」ス── 璃奈 パチン
しずく「!」
歩夢「!」
愛「!」
せつ菜「!」
果林「!」
エマ「!」
かすみ「!」
彼方「…!」
せつ菜「これ、は…」
璃奈「今、みんなに【特殊能力】を与えた。自分の能力の詳細はそれぞれ把握できたと思う」
璃奈「【特殊能力】はみんなの個性に合わせて、全員異なるものを用意した。時間制限があるものは13時でリセットされる」
璃奈「秘宝の奪い合いを、そして裁判を戦い抜くためにその【特殊能力】をどう扱うかはすごく重要になると思うから、上手く使いこなしてほしい」
せつ菜「こんなことが…」
璃奈「私が用意したゲームのルールは、本当にこれで全部。それじゃ始めよう、楽しいゲームを──!」 ホワイトボード記載事項(ルール)
1. 一人格一つずつ「秘宝」を持つ
2. ゲーム内の一日は一時間。ニジガクの昼休みである13時から14時の間
3. 一日にゲーム内全体で一度だけ、誰かが誰かの秘宝を奪うことができる(「秘宝を奪う」とは、自分以外の秘宝に自分だけが触れている状態になることを指す)
4. 誰も秘宝を奪われないまま半日(三十分)が経過したら、彼方の勝利
5. 秘宝を失ったメンバーはその時点で意識を失う(「秘宝を失う」とは、自分の秘宝に自分以外の誰か一人だけが触れている状態になることを指す)
6. 行動可能範囲は部室、一年生教室、二年生教室、三年生教室、寮、講堂(裁判所)の六ヶ所
6-1. 教室には各学年のメンバー以外立ち入ることができない。ただし室内にいるメンバーの誰かが許可すれば他学年のメンバーも立ち入ることができる
6-2. 寮内、他人の部屋には部屋の主が入室を拒否すると立ち入ることができない
6-3. 講堂には裁判中以外立ち入ることができない
7. 誰かが誰かの秘宝を奪う、かつ十五分が経過する、の両方を満たすと裁判が開始される
8. 裁判はゲームに残っている全員で行う
9. 裁判では彼方が判決を下し、それが合っていれば彼方の勝ち、誤っていれば犯人の勝利
10. 秘宝を失う、自分が誰かの秘宝を奪ったことが裁判で明らかにされる、あるいは裁判で判決を誤る、のいずれかを満たすとゲームから追放される
11. 一日が終わる(14時になる)と、全員が自動的に自室のベッドで入眠する。翌13時になると眠っている全員が目を覚ます。ただし彼方だけは例外、ゲームにログインした時点で目を覚ます
12. 自分が誰かの秘宝を奪った日の裁判で彼方が判決を誤る(自分が犯人だとバレずに裁判が終わる)、あるいは最後の一人になるまで追放されない、のどちらかを満たすと勝利。勝利すると彼方に代わって生きていくことができる 璃奈ちゃんが声高らかにゲームの開始を宣言して、彼方ちゃん達は、
シン…
当然、誰もなんの反応もできずにいた。
さすがのせつ菜ちゃんでさえ、現実に降りかかった『アニメ的状況』にすぐに順応することは難しいみたい。
手元で自分色の宝石を転がしては形を変えてみる子、
関連性に応じてルールが並べ替えられたホワイトボードを眺める子、
不安そうにアイコンタクトを取り合う子、
それに──深く考え込む子。
訊きたいことや言いたいことはいっぱいあるけど、それを上手く言葉にできる自信がない。
言葉にできてその返事が貰えたとして、納得できる自信がない。
色々な事柄の優先順位に差はあっても、みんなだいたい同じような状態だと思う。 ルールは大方理解できた、はず。
もっとしっかり細部を確認して詰めておかなくちゃいけないのかもしれないけど、今の混乱した頭では満足に整理できないし、他のみんなからも声が上がらないなら、ひとまず重要なポイントは出尽くしたってことなんだろう。
私は、みんなとは違う立場にいる。
秘宝を奪うことも奪われることもない代わりに、裁判で全てを明らかにしなくちゃいけない。
みんなとは、考えるべきことも気をつけるべきことも全く違う。
いつ、誰が、誰の秘宝を奪うかわからない。
全体にまんべんなく気を配っておいて、できるだけ起こる全てのことを把握しておかなくちゃ。
そのために知っておきたいのは、やっぱりみんなの【特殊能力】だけど──
愛「みんな、そんなカタい表情なしにしようよ」
彼方「!」 愛「そりゃ昨日まで考えもしなかったような事実を知っちゃって、今から秘宝の奪い合いなんてことしなくちゃいけなくなって、色んな…ホントに色んな気持ちがみんなの中に溢れ返ってると思うよ。アタシだってそうだし」
愛「必死に勝利を掴み取りたい人もいるよね。反対に、そんなのどうだっていいからみんなと争いたくないって人もいると思う。それぞれの想いがあっていいと思うんだ」
愛「秘宝を奪わなくちゃいけないかもしれない、奪われるかもしれない、裁判ではイヤな言い争いになるかもしれない。でも、このゲームやるってみんなで決めたんじゃん」スタスタ…
愛 ポン
璃奈「愛さん」
愛 ニッ 愛「戦うことも戦わないこともできるようにりなりーが調整だってしてくれた。それに、万が一負けちゃってもいいって思えるような約束をカナちゃんがしてくれた。だったらさ、もう楽しもうよ。それしかないじゃん!」
愛「みんなも【特殊能力】貰ったっしょ?ワクワクしない、こんなの。愛さんの能力はねー…って、これはさすがにナイショだけどさ、スーパーヒーローにでもなったみたいじゃん。ね、せっつー」
せつ菜「え!?は、はい…そうですね。理屈を超えた能力を手に入れるというのは王道の展開で、こんな状況ですが胸が高鳴ってしまいます」
愛「それにこの秘宝も、スゴいんだよ。アタシなんかブレスレットにしちゃったもんねー、超〜〜〜オレンジのブレスレット!可愛くない!?」キラーン
愛「歩夢とかアクセ好きっしょ?愛さんなんかよりもっとオシャレでカワイイやつにして見せてよ!」
歩夢「う、うん。そっか、ブレスレットなんかにもできちゃうんだ。どうしよっかな…」ヘヘ
愛「みんなも!どんな状況だってお互いの気持ちを尊重し合って、そんで楽しむ!ニジガクのスクールアイドル同好会魂を見せつけてやろうぜー!」
果林 ……クス 果林「愛ってば、私達しかいないのにそんなの誰に見せつけるっていうのよ」
愛「えー…あ、ほら、もう一人のりなりーとか?」
果林「もう、適当ばっかり。でも、そうよね。下を向いてちゃ誰とも目を合わせられない、そんなんじゃ誰かを虜にすることなんかできやしないものね。よーし、いっちょやったりましょう!」
愛「その意気だー、カリン!」
しずく「演劇をたしなむ者は、強いんです」ボソ
彼方「え、なに?しずくちゃん」
しずく「演者は、人生におけるあらゆる出来事を自身の糧とすることができる。喜び、悲しみ、怒り、戸惑い、焦り、恥ずかしさも悔しさも。積み重ねたものが多ければ多いほど演者としてのステージを引き上げることができます。だから、私は前へ進みます!」
しずく「勝って咲こうと、負けて散ろうと、明日立つ舞台の衣装に変えて」
しずく「桜坂しずく、全力でこのゲームを戦い抜いてみせます!」
愛「おっ、やる気じゃんしずくー。いいぞいいぞ、負けないからね!」
しずく「こちらこそ!」 エマ「ねえ、彼方ちゃんに学校を案内しようよ」
彼方「え?」
エマ「だって彼方ちゃん、さっきここに来たばっかりなんでしょ。しばらくここでゲームするんだから、学校のこと知っておいた方がいいよ」
愛「おー、エマっちナイス!そうしよ!」
彼方「え?え?彼方ちゃん、ここに来る前もニジガクにいたからわざわざ案内してもらわなくても…」チラ
璃奈 スク (肩をすくめる)
歩夢「ゲームで使えるのは各学年の教室と寮、講堂だったよね。まずは近い教室から見て回ろっか」
しずく「賛成です!」
彼方「……まあ、いっか」
果林「行くわよ、彼方。きちんと聞いておかないと迷子になっちゃっても知らないからね」
彼方「果林ちゃんじゃないんだから、自分の学校で迷子になんてならないよ〜」
果林「わ、私だってならないわよ!」
ワイワイ… せつ菜「…行きましょう、かすみさん」
かすみ「皆さん、元気ですね」
せつ菜「元気でなくてはならないんですよ。どんな戦いになったとして、どんな結果になるとしても、明日も私達が私達でいるためには」
かすみ「わたしは、そこまで強くはなれません」
せつ菜「いいんじゃないですか。強く明るく振る舞うばかりが強さではありません。怖いことを怖いと言えることだって確かな強さです」
せつ菜「かすみさんの強さは、そういう素直な部分にあるんだと思いますよ」
かすみ「…」
せつ菜「ほら。早く行かないと置いていかれてしまいますよ」
かすみ「もう、置いてはいかれてますよ」
せつ菜「えへへ、そうでした」
かすみ「…ふふ」
かすみ「ねえ、せつ菜せんぱい」
せつ菜「なんですか?」
かすみ「せつ菜せんぱいの能力──【二面性】って、どんな能力なんですか?」
──────
────
── 一年生教室前
しずく「まずは一年生の教室ですね。ルール上、入れるのは私と璃奈さん、それとかすみさんだけですか」
璃奈「まず私としずくちゃんだけ入ろう」トコトコ
しずく「うん」トコトコ
璃奈「愛さん、来て」
愛「どーなるのかなっと」トコトコ…
愛「んんっ!?」ピタッ
愛「カラダが動かない」グッグッ
果林「ええ、怖いんだけど…」
璃奈「教室周辺では常に各メンバーの意識を測定してて、他学年の教室に入ろうとする意思を検知したら対象区画の侵入可能要件と照合して、適合しない場合は対象区画の入り口に対して一定距離以上の接近が不可能になるように動作プログラムをブロックする」 歩夢「よくわかんないけど…『入ろう』と思ってなければ入れるってこと?」
璃奈「…」
愛「…」
歩夢「…?」
璃奈「プログラムを書き換えておく。意思の検知は廃止して動性オブジェクトが持つステータスとの照合だけに切り替える」スイ
彼方「歩夢ちゃん、今のはバッドプレーですな…」
愛「歩夢ぅ…」
歩夢「えーっ、なになに!?わかんないよ!なにか変なこと言った!?」アセアセ 璃奈「愛さんはそのまま、エマさんは入っていいよ」
エマ「いいの?」
璃奈「いい」コク
エマ「それじゃ失礼しまーす…」スッ
エマ「…入れたよ!」テテーン
愛「マジで!?愛さんまだ動けないままなんだけど!」グッグッ
果林「へー、すごいわね。私はどうかしら」スッ
璃奈「果林さんはダメ」
果林「む。近づけないわ…」グッグッ
しずく「歩夢さんはいいですよ」
歩夢「ほんと?えっと…」スッ
歩夢「入れたよー!」テテーン
愛「えーっ、ずるいずるい!アタシ達も入れてよー」ブーブー
果林「そうよ、仲間外れなんてひどいわ!」ブーブー
かすみ「愛せんぱいも果林せんぱいも入っていいですよ」ヌッ
あいかり「「!」」パァ 愛「よっしゃーお邪魔しまーっす!」
果林「これで私もみんなの仲間入りね!」
あいかり グッ…
あいかり「「──近づけないんだけど!?」」ガーンッ
かすみ「さっそく騙されてますねー」ププッ
愛「あ、あれ!?だってかすかすが今いいって言ったのに!」
かすみ「かすかすじゃなくてかすみんですってば!…ちゃんとルールは把握しておかないとダメじゃないですか」
愛「ルール?」
かすみ「他学年の教室に入れるのは、『室内にいる人』が許可した場合って書いてありましたよ」
果林「あ、あら…そうだったかしら…?」
璃奈「その通り。よく覚えてたね、かすみちゃん」
かすみ「かすみんじゃなくて、せつ菜せんぱいが」スッ
果林「せ、せつ菜!?」
せつ菜「遅れて追いついたらお二人がどうしても入りたそうにしていたので、かすみさんの力を借りてからかってみました!」ペカー
愛「せ…せっつーめー!」ムキーッ
彼方「なかなかやりおるな〜、せつ菜ちゃん」 璃奈「二年生の教室、三年生の教室も仕様は同じ。ちなみにさっき一年生の教室で適用した侵入可能要件は全部リセットしたから気をつけて」璃奈ちゃんボード『抜かりはない』
愛「歩夢の一言がなきゃなー、隙になったかもしれないのに」
歩夢「ご、ごめんなさい…」
愛「そういうまっすぐさが歩夢のいいところだからね。ま、すぐに切り替えてこーよ!なんつって」ニシシ
せつ菜「しかし、なるほど。教室が強力な籠城場所になり得るというのは、確かにその通りですね」
エマ「ロウジョウ?」
せつ菜「立てこもる、という意味ですよ。例えば果林さんと彼方さんがゲームから脱落してしまった場合、三年生の教室は基本的にエマさんしか立ち入ることができなくなるわけです。そうなってしまえば、教室の中にいる限り誰もエマさんに手出しをすることができないということですよ」
エマ「おー、それはすごいね!でもずっと教室に独りぼっちなんて、私はイヤだなぁ…」
せつ菜「とは言え、彼方さんがいる以上、今のシチュエーションは有り得ないので考えなくていいと思いますが。他の学年では有り得ますね」
彼方「裁判長の璃奈ちゃんがいる一年生もそうだけどね〜」
せつ菜「む、そうですね。となると、そこまで絶対無敵の籠城場所が出来上がる条件下というのはかなり限られますか…」
璃奈「このまま寮も見にいこう」
──────
────
── 璃奈「寮も改めて彼方さんに案内することはないかもしれないけど」トコトコ
彼方「うん、お部屋の配置も向こうと変わらないみたいだしね〜」トコトコ
彼方「…璃奈ちゃんは」
璃奈「うん」
彼方「向こうの璃奈ちゃんがここにアクセスできないようになってから、一人でこのニジガクを管理してるの?」
璃奈「そうだよ」
彼方「大変じゃない?」
璃奈「ううん、特に。広いけど、いつでもどこでも問題が起こってるわけじゃないから。そもそも自律オブジェクトが同好会のみんなだけだし外部からの干渉もないから、プログラムを操作して対処しなきゃいけないような事態はほとんど起こらない。極めて平和」
彼方「そうなんだ。だったら、いいか」
璃奈「いいって?」
彼方「ん?いやあ、なにか手伝えることがあったら手伝おうと思ったけど、そんなこともなさそうだなーと思ってね〜」
璃奈「………ありがとう。なにかあったら、言う」
彼方「ぜひに〜」
璃奈 トコトコ……… …ピタッ
彼方「…?璃奈ちゃん、どうかした?」
璃奈「今日はないかと思ってた」 璃奈 クルッ
璃奈「みんな、今から五秒後に講堂に転移する。準備して」
彼方「え…?」
愛「転移するって、なに?どゆこと?」
璃奈「説明したルールの通り。裁判所に立ち入る状況は一つしかない」
彼方「え、でも…それって…」
璃奈「秘宝が奪われた。ただ今より、裁判が開始される」
──────
────
── 今日は遅いのでここまでにします
あと三回くらいの更新で完結すると思います
遅くなりましたが、スレ立て代行ありがとうございました
なお、敷地内見取り図と学生寮の縦図を用意したのですが、画像アップロードができずにおります…
読むにあたって必須なものではないのですが、共有したかったな… アップロードした画像のurlが貼れないということかな 講堂
フッ…
せつ菜 スタッ
せつ菜「ここは…」
璃奈「講堂」
せつ菜「私は校舎棟から学生寮へ向かって歩いていたはず、なぜ急遽講堂に…っ」
かすみ「だから、裁判が始まるから転移するってりな子が言ったじゃないですか」
せつ菜「もう、かすみさん!そこは『私もさっきまで部室でお弁当を食べていたのに』とかなんとか言って同じ身の上であることを明かしてくれないと!」
かすみ「この状況でそんなにノリノリなの、せつ菜せんぱいだけですよ…」 せつ菜 キョロ…
歩夢「ほんとに…移動しちゃった…」
しずく「不思議な感覚ですね…」
せつ菜「むむ、強制転移というイベントに、つい反応してしまいました」
璃奈「全員いるよね」
エマ「私はいるよ〜」
愛「愛さんもいるー……けど…」
もちろん彼方ちゃんもいる。すぐ傍に少し機嫌の悪そうな表情で果林ちゃんも立ってる。
つまり間違いなく全員いるんだけど、そう、
愛「なんで、全員いるわけ…?」 改めて講堂内をぐるりと見渡す。
近くにいる子から、果林ちゃん、エマちゃん、歩夢ちゃん、愛ちゃん、せつ菜ちゃん、かすみちゃん、しずくちゃん、それに──璃奈ちゃん。
私も含めて九人、同好会の全員だ。
戸惑う愛ちゃんと目が合って、お互いに首を振る。
次いで離れて正面に位置する璃奈ちゃんに視線を送ってみるけど、璃奈ちゃんボードに遮られて、表情は見えない。
すでに状況の違和感に気が付いている様子の何人かが同じようにきょろきょろと周りを見回して、愛ちゃんか璃奈ちゃんのどちらかに視線を移す。
それでも事態は好転しない。
好転どころか、進みも戻りもしない。
話を切り出すのは裁判長?それとも名探偵?
璃奈ちゃんがなにも言わない以上、私がなにかを切り出すしかないのかな…と。
私の葛藤を察してくれたからかはわからないけど、愛ちゃんが一歩踏み出した。
愛「りなりー、」
璃奈「愛さん。それにみんなも」
璃奈「とりあえず、座ろう」 講堂にお似合いの簡素なパイプ椅子。
九人で円を描くようにして座ったけれど、その形は少し歪で。
璃奈ちゃんが十二時に、私が一時半に、そして残る七人が三時から九時に半円を描く──つまり、裁判長と名探偵だけが離れた位置に座ったというわけだ。
仕方がないことだとはいえ、ちょっぴり寂しい。
ほぼ対角線に位置する愛ちゃんが、大丈夫だよ、と目配せをくれる。
そのことがなんだかとっても嬉しくて、つい気が緩みそうになるけれど──
愛「それで、なんで全員いるんだろ?」
すいっと視線は逸らされ、愛ちゃんが硬い声を出す。
そう。
今は、小さなことに一喜一憂している場合じゃない。
始まってしまったんだから──裁判が。 歩夢「えっと、全員いちゃいけないの…?」オズ
果林「楽しいゲームをしようって状況じゃないわけだけど、まるで誰かいない人がいる方がいいみたいな言い方、愛らしくないわね」
愛「……いや、アタシだって、誰も欠けることなく話が終わるんだったらそっちのがいいよ。でも今は、いいとかよくないとかじゃないんだよ。おかしいの」
果林「おかしいって、なにが?」
愛「全員がこの場に普通にいることが、だよ」
歩夢「愛ちゃん、ごめんね、私まだよくわかんないよ…」
愛「だからさ、裁判が始まったってことは、誰かの秘宝が奪われたってことっしょ。りなりーだってそう言ったし」
果林「ええ、そうね。秘宝が奪われたら裁判が開始される、んだったものね」
愛「だったらもうおかしいじゃん。ルールちゃんと思い返してみてよ」
愛「『秘宝を失ったメンバーはその時点で意識を失う』んだよ──?」
ぽむかり「「あっ……!」」
愛「わかった?だから素直にルールに則って考えるなら、裁判に全員が出席することはあり得ないはずなんだよ」
歩夢「そ、そっか…」 愛「この点、なにか別の意見がある人、いる?」サッ
シン…
愛「りなりー」
璃奈「なに?」
愛「アタシの認識、なんか間違ってるかな?」
璃奈「ううん、間違ってない」
愛「………」
璃奈「………」
愛「………」ジッ
璃奈「…間違ってないけど、見落としてる点がある」
愛「!」
彼方「み、見落としてる点って…?」
璃奈「………」
彼方「璃奈ちゃぁん…」
かすみ「【特殊能力】、じゃないですか?」
「「「!!!」」」 愛「【特殊能力】、そっか、そんなんがあったね…」
彼方「秘宝を奪われても気を失わない【特殊能力】を持ってる人がいる、ってこと?」
かすみ「さあ、それは知りませんけど。でもりな子が言ったのはそういうことなんじゃないですか?」
しずく「このゲームのルールの中でそんな【特殊能力】を持ってるとしたら、ちょっと強過ぎる感じもしますけど…」
彼方「ち、ちなみに、みんな」
彼方「自分の【特殊能力】がどういうものかって教えてくれたりは…」
シン…
彼方「しない、よねえ。そうだよねえ…」
もし仮に誰かの【特殊能力】が原因でこの状況が成立しているとしたら──それぞれの【特殊能力】がそういうことを成し得るようなものだとしたら、進んで詳細を明かそうとは誰もしないだろう。
正しい戦い方もわからないこのゲームで、唯一与えられた武器なのだから。
とは言っても、このままじゃなにも考えが進まない。
彼方ちゃんが自分の【特殊能力】の詳細を話したら、誰かが続いてくれるかな。
続いてくれなかったら……それでも、私はそんなに不利になるわけでもないし、賭けてもいいかもしれない。
彼方 ゴクリ…
彼方「あのね、彼方ちゃんの【特殊能力】はね──
かすみ「そもそも、【特殊能力】って本当にあるんですかね?」 彼方「え。それ、どういう意味?」
かすみ「そのままの意味ですよ。【特殊能力】って、本当に存在するんですかね」
彼方「えっ、と…」
果林「…さっきみんな一緒に貰ったじゃない。かすみちゃんは貰わなかったの?」
かすみ「貰いましたけど」
かすみ「自分が【特殊能力】を貰ったってこと、誰か証明できますか?『全員』が漏れなく貰ったんだって、誰か証明できますか?」
彼方「ぇ────」
かすみ「りな子が【特殊能力】をくれたとき、自分がどんな【特殊能力】を貰ったのか理解しましたけど、他の人も全員そうだったとは限りませんよね。自分だけが【特殊能力】を貰った、あるいは──『自分だけが貰わなかった』可能性があると思いませんか?」
「「「………!?」」」
愛「そ、そんなんルール上ズルっしょ!不公平じゃん!」
かすみ「みんながみんな同じルールで始まったゲームじゃないじゃないですか、そもそも。彼方せんぱいは秘宝を奪うことも奪われることもない。【特殊能力】に関しても全員が絶対公平な条件だってどうして言い切れるんですか?」
愛「そ、そうだけど…」 果林「でも、貰った人はともかく、あのとき自分がなにも貰わなかったとしたら、その人は不満を言い出すはずでしょう?貰うのが当然な雰囲気だったんだもの」
かすみ「だからこそ、言い出せなかった可能性もあるんじゃないですか」
かすみ「【特殊能力】を貰わなかったのが自分『だけ』だったとしたら、それをみすみす口に出すのはとっても不利な状況になるって、私だったら考えちゃいますけど」
果林「それは……そうかもしれないわね…」
エマ「かすみちゃんは、【特殊能力】を貰わなかったの?」
かすみ「…」ジッ
エマ「…」
かすみ「…言ったじゃないですか。かすみんは貰いましたよ、とっても強そうなのを」
エマ「!」
かすみ「でも、それを誰が本当だって信じられますか?あるいは嘘だって見抜けますか?」 かすみちゃんの視線がぐるりと一周して、誰からも声は上がらない。
もちろん、私もなにも言えない。
【特殊能力】が全員に行き渡っていない可能性。そんなの考えもしなかった。
──そうだ、ルール上は。
当然のように璃奈ちゃんの後ろに鎮座したホワイトボードに目をやる、けれど。
【特殊能力】に関する記述は──ない…
ルールに明記されていればさすがにそれを違えることはないと思ったけど、そもそも【特殊能力】に関する内容は条文として一行も記されていなかった。
この議論が起こることまで見越した上なんだろうか。
ふと、壁の時計が目に入る。
時刻は13時40分。
裁判の時間に関する話もなかったはずだけど、14時には全員が眠りに就く──すなわち事実上の裁判の刻限はそこだ。
それまでに正しい答えを導き出せなければ、私の──敗北──……… すっかり静まり返ってしまった講堂の中、言いようのない視線だけがさまよい合う。
璃奈ちゃんは自分から議論を動かしてくれるつもりはないみたいだし、愛ちゃんも果林ちゃんも、積極的に発言をしてくれたかすみちゃんからもこれ以上出てくる言葉はない様子だ。
場をかき乱されてしまった感じは否めないけど、充分に有り得る可能性に気付いて示唆してくれたことは素直にありがたい。
ここは、私が動かすしかない。
思考は一つも先に進んでなんかいないけど、だからといってこのまま黙っていたって時間切れになるだけ。
なんでもいい、なにか──なにか話さなくちゃ──
彼方「……あのね、みんな。彼方ちゃんが貰った【特殊能力】なんだけどね、」
「私、嘘を見抜けるよ」
「「「!」」」
彼方「え……」 私の言葉を震える声で遮ったのは、
歩夢 ノ スッ…
彼方「あ、歩夢ちゃん…」
歩夢「私…私ね、みんなの言ったことが嘘なのか本当なのか、わかるよ」
愛「歩夢、それってどういう…」
果林「もしかして、それがあなたの…?」
歩夢「………うん、私の【特殊能力】。【真心】っていう名前なんだけど、人の嘘を正確に判別できる能力なんだって」
せつ菜「……!」
かすみ「あ──歩夢せんぱい…ッ!」
愛「な、なに言ってんの歩夢!自分で自分の【特殊能力】バラしちゃうなんて!」
しずく「そうですよ、それがどれだけ不利な行為なのか…」
歩夢「いいの!」 歩夢「私、私だって…叶えたい夢とか、やってみたいこととか、いっぱいあるよ。でも…でもね、だからって、そのためにみんなと争うことなんか、やっぱりできない」
歩夢「このゲームが何日続くのかわからないけど、どれだけ続いたって、誰かから秘宝を奪うなんてこと私には絶対にできない。それだけじゃない…誰かにお願いされたら、自分の秘宝を渡しちゃうと思う」
歩夢「この【特殊能力】だって、隠し持ってたって上手に使える自信なんかないよ。だから、少しでも彼方さんの役に立つなら、私はこうやってこの能力を使いたいの」
歩夢「彼方さん。私の【真心】、今この場で彼方さんに捧げます」
彼方「歩夢ちゃん…っ」 愛「……嘘がわかるなんて、裁判じゃ最強の能力だよ。みんなに向けていくつか質問するだけですぐに真実が判明するもん」
果林「そうね。それを堂々と使える以上、この裁判はもう終わったようなものだわ。彼方、時間もあるでしょう、早くみんなに──」
かすみ「待ってくださいよ!」
彼方「かすみちゃん…?」
かすみ「確かにその【特殊能力】はすっごく強いですけど、歩夢せんぱいの言葉がそもそも嘘じゃないって信じていいんですか!?実は歩夢せんぱいが犯人で、いち抜けしようとしてるのかもしれないんですよ!」
エマ「それだって、有り得ないことじゃないとは思うけど…」
彼方「……かすみちゃん、彼方ちゃんはね」
歩夢「………」ギュ
彼方「歩夢ちゃんの言うことを少しも疑ってないよ」
かすみ「! な、んで…」
彼方「なんでかな〜」
彼方「歩夢ちゃんが嘘をついてるとは、思えないんだよね」ヘラ
かすみ「な…っ、んですか、それ…!」 彼方「ここでこんな風にして名乗りを上げられる歩夢ちゃんが、そしてここでこんな風に反論せず黙っていられる歩夢ちゃんが、自分のために嘘をつくなんて思えないんだもん」
かすみ「そんな…無条件に信じるだなんて、裁判とか…奪い合いとか、こんな状況なのに…」
彼方「こんな状況だから、かもね。だってさかすみちゃん、かすみちゃんもわかるでしょ?」
彼方「歩夢ちゃんは、嘘なんかつかないよ」
かすみ「…………………そんなのっ、…………それくらい…わかりますよ……」
彼方「他に、言いたいことがある人はいる?」
シン…
彼方「うん。それじゃ、歩夢ちゃん。お願いしてもいい?」
歩夢「はい」コク
彼方「この中で、誰かの秘宝を奪った人──手を挙げて」 せつ菜「かすみさん…っ!」ガタッ
かすみ「あー、いいんですよ、せつ菜せんぱい。こうなった以上、もうどうしようもありませんから。ちぇー…自分で自分の【特殊能力】言っちゃうなんて、ほんとにもう…歩夢せんぱい、だいっきらい…」グス
しずく「かすみさん…」
彼方 チラッ
歩夢 フルフル…
彼方「…かすみちゃんが犯人で、間違いないみたいだね」
かすみ「そうですよ。かすみんがやりました。秘宝を奪いました」ハァ…
果林「先に明らかにしておきたいんだけど、かすみちゃんは誰の秘宝を奪ったの?」
かすみ「それって言わなくちゃいけませんか?裁判で彼方せんぱいが突き止めなくちゃいけないのは『誰が秘宝を奪ったか』ですよね。かすみんが犯人なのは間違いないんだから、言わなくてよくないですか?」
果林「なにそれ。秘宝を奪った相手を庇うってこと?」
かすみ「庇うとかじゃありませんけど、わざわざ言う必要はないというか…」
果林「それはそうだけど、今の状況はルール上おかしいのよ。今回の件の全貌を明らかにしておかなくちゃ、明日も戦いは続くんだから」
かすみ「頑張ってくださいよ。どうせかすみんはここで敗北する身ですから関係ない──」
果林「かすみちゃん、あなたねえっ…!」
せつ菜「やめてください!!」 せつ菜「かすみさんが奪ったのは、私の秘宝ですよ。果林さん」
果林「! せつ菜の…?」
かすみ「せ、せつ菜せんぱい!なんで言っちゃうんですか…!」
せつ菜「いいんですよ、かすみさん。あなただけが悪者扱いされるのは面白くありませんから」
かすみ「でも、だって…」
果林「名乗り出たってことは、教えてくれるのよね?なぜせつ菜は秘宝を奪われたのに裁判に参加できているのか」
せつ菜「もちろんですよ」
せつ菜「当然、私の【特殊能力】が理由です」
せつ菜「私の【特殊能力】は【二面性】──人格を二つ持つという能力でした」 果林「人格を二つ持つ…?」
せつ菜「はい。璃奈さんから秘宝を受け取ったとき、皆さんが一つずつなのに対して、私だけこっそり二つ受け取ったんです。なぜだろう、その疑問は【特殊能力】を受け取って明らかになりました」
せつ菜「【二面性】が発現すると同時に、私の中の『菜々』と『せつ菜』がはっきりと分かれたんです」
彼方「……あっ、そっか。ルールは『一人格一つずつ「秘宝」を持つ』、つまり…」
せつ菜「そうです、人格が二つあるということは秘宝を二つ持っていられるということ。秘宝を持つのが『一人一つずつ』ではないことが、ここで活きていたんです」
せつ菜「厳密には、私の中の『せつ菜』か『菜々』か、どちらか片方しか表には出ることができず、秘宝もそれぞれ表に出ている人格のものだけが実体を持つという仕様でした。かすみさんに『菜々』の黒い秘宝を渡すと同時に『菜々』の人格は消滅し、それから二度と呼び出すことはできなくなりましたが──」
せつ菜「それでも私『せつ菜』は健在、赤い秘宝も当然持っているので、こうして五体満足でゲームに参加し続けていられるというわけです」
かすみ「……なんで、全部言っちゃうんですか。せつ菜せんぱいのばかぁ…」
愛「待って。そしたら今のせっつーは、」
せつ菜「はい。もうなんの【特殊能力】も持たない〈レベル0〉になってしまいました」ニッ
「「「………!!」」」 かすみ「なにっ、堂々と、そんなことまでバカ正直に言っちゃってるんですか!なんの脅威もないってバレちゃったら、真っ先に狙われちゃうじゃないですか!」ポコポコ
せつ菜「はっはっは。私、隠し事はニガテなので!」
かすみ「二面性がよく言いますよ!」
彼方「…ねえせつ菜ちゃん、今の話を聞いた感じ、せつ菜ちゃんは全部わかった上でかすみちゃんに協力したってこと…?」
せつ菜「そうですよ」 ──かすみ「ねえ、せつ菜せんぱい」
──せつ菜「なんですか?」
──かすみ「せつ菜せんぱいの能力──【二面性】って、どんな能力なんですか?」
──せつ菜「…! なぜ、それを…?」
──かすみ ジッ…
──せつ菜「…読んで字のごとく、人格を二つ持つという能力ですよ。今かすみさんとお話ししている『せつ菜』と別に、私の内側に『菜々』というもう一つの人格がいるんです。それに伴って、」
──せつ菜 っ赤い秘宝 キラキラ…
──菜々 っ黒い秘宝 キラキラ…
──せつ菜「秘宝も二つ持っています」
──かすみ「……嘘ついたりごまかしたり、しないんですね」
──せつ菜「ははは…私、隠し事はニガテなので」
──かすみ「それにしたって、人格入れ替えて秘宝二つとも見せちゃうなんて、人が良すぎますよ」
──せつ菜「かすみさんを相手に悪人を演じる必要もないでしょう?」ニコッ
──かすみ「……っ」 ──せつ菜「私からも質問させてください。なぜ、私の【特殊能力】を?」
──かすみ「もちろん、かすみんの【特殊能力】のおかげですよ。【小悪魔】って能力なんですけど、全員の【特殊能力】がわかるんです」
──せつ菜「それは強いですね…!」
──かすみ「そうですかね。みんなの手の内がわかったからといって、所詮それだけ。かすみん自体は結局なんの【特殊能力】も持ってないってことですよ、こんなの。駆け引きくらいにしか使えないのに、…仕掛けたせつ菜せんぱいはあっさり全部言っちゃうし、……どうしろっていうんですか…」
──せつ菜「ああっ、すみません!駆け引きを迫られていただなんて気付かずに、私…!」
──かすみ「もういいですってば。わかった上でされる駆け引きなんか意味ありませんし…」
──かすみ「………こんなんじゃ、優勝することなんて絶対できない…………」グス…
──せつ菜「かすみさん…」
──せつ菜「……だったら、僕の顔をお食べ──じゃない、私の秘宝を奪ってください!」
──かすみ「え…!?」 せつ菜「秘宝を奪われた人は裁判に参加できない。どんな状況であれ、そこから犯人を特定するためのヒントは少しずつ漏れていき、やがて犯人に辿り着く可能性は高い」
せつ菜「でも、そもそも『誰が秘宝を奪われたのかわからなければ』。どこから推理を展開していけばいいか、その足掛かりを探すところから必要になります。ゲームが始まったばかりで全員の手際が最も悪いこの初回でこそ、そのアドバンテージは秘宝を奪った人に対して強く有利に作用する」
せつ菜「私が秘宝を奪われる側になれば、その状況を作り出すことができる。だから私は、かすみさんにそれを提案したんです。──かすみさんが勝利できるように」
果林「わざわざ進んで他人を勝たせようとしたってこと…?」
せつ菜「私だって夢や目標はあります。ですが、肝心の私自身がコピーだというのなら。その夢や目標をもっと大きな熱量で持っているはずのオリジナルに託すことにそう抵抗はありません。だから私はかすみさんから『本気』を感じたとき、協力することに躊躇いはありませんでしたよ」
せつ菜「この異常な閉鎖空間の中で、かすみさんが最も強く──『未来』を見ていましたからね。私は、その気持ちを後押しすることに決めたんです。……結果的に敗れてしまって、サポーターとしては不甲斐ないばかりですが…」
かすみ「そんなことないですっ!!」
かすみ「自分がニセモノだって聞かされて、頭の中ぐちゃぐちゃになって、どうしたらいいのか、どうしたいのか、なんにもわかんなくなってたかすみんに……せつ菜せんぱいは手を差し伸べてくれました。壊れちゃいそうな心を優しく受け止めてくれて、しかも…っ、自分の秘宝を犠牲にしてまで勝たせようとしてくれたんです」
かすみ「不甲斐ないだなんて、そんなことっ………感謝しか、ありませんよぉ……!」
せつ菜「かすみさん…」ギュ
かすみ「ごめんなさい、ごめんなさい…せつ菜せんぱい。なにもかも投げ出して力を貸してくれたのに、私…勝てなくて、……わたしっ…!」
せつ菜「そんなことを謝らないでください。私もきっと明日には物言わぬ電子データになります。身体はなくとも、声は出なくとも、一緒にスクールアイドルの頂点を目指し続けましょう。いつか、いつか…本当の世界でまた一緒に歌えることを信じて」
かすみ「うわぁぁぁん…………うわぁぁぁぁぁぁぁん……っ」
──────
────
── 彼方「最終判決。──今日の秘宝の奪い合い。犯人は、かすみちゃん」
璃奈「正解」
璃奈「これで今回の裁判、彼方さんの勝ち。かすみちゃんはゲームから追放される」
璃奈「彼方さん、すごい。考えられる限り最悪の状況から見事勝ってみせた」
璃奈「みんな、これで一日の流れはだいたいわかったと思う。明日の13時になったらまた一日が始まるから…」
かすみ「せつ菜せんぱいだけ【特殊能力】がバレてるの、不公平ですよね」ボソ
せつ菜「え?まあ、多少やりづらくはありますが、どっちみち無能力〈レベル0〉ですし…」
かすみ「私、みんなの【特殊能力】全部知ってるんだよ!さっきはあんなこと言ったけど、【特殊能力】は全員がちゃんと貰ってて、最初からなんにも貰わなかった人はいないの!」
せつ菜「か、かすみさん!それは…」
かすみ「歩夢せんぱいは【真心】、人の嘘を見抜く能力です。あ、でもエマせんぱいは パチン
かすみ ……バタッ
璃奈「いけない。ゲームに負けた人を『追放』するの、忘れてた」
せつ菜「か……かすみさん!!」ガバッ
せつ菜「璃奈さん…!」キッ 璃奈「今のはかすみちゃんが悪い。ゲームに敗北したプレイヤーが盤の外から余計なことを言うのはフェアじゃないから」
せつ菜「だからって、こんな乱暴なやり方…っ!」
璃奈「特別乱暴にしたわけじゃない。秘宝を奪われて気を失うときも、明日以降の裁判で負けた人も、同じようにそうする」
せつ菜 ギリッ…
璃奈「じゃあ、間もなく14時になるから。無理やり移動させられたくない人は、部屋に戻っておいた方がいいと思う」
果林「…今さらそんな些事にはこだわらないわよ」
璃奈「彼方さん、みんな。明日もよろしくね」
璃奈「──これにて閉廷。お休みなさい」
──────
────
── 「…ねー、なんでこんなことしたん?」
「イヤだった?」
「イヤ…じゃ、ないけどさ。アタシは今のままで……今までのままでも、よかったよ」
「………………それ、せっかくなら有効活用した方がいいと思う」
「あー……そっか、そうだね…………あー…」
…
……
……… ちょっと休憩します
時間があれば本日中にまた更新します ちょっと変なところで今日の更新終わっちゃうかもしれませんが、いけるところまでいきます *
翌日。
午前の授業が終わって急いで部室へ向かうと、璃奈ちゃんがすでにログインの準備を済ませてくれていた。
昨日、初日の裁判を終えて『虹箱』からログアウトした私は、目を開いてまず始めに映り込んだ璃奈ちゃんの顔を見て「うわ」と失礼な反応をしてしまった。
そこにいるのはもちろん璃奈ちゃんで、お手製の『璃奈ちゃんボード』で顔を隠すこともせず、真っすぐに私を覗き込んでいた。
「遅かったね」
気を悪くすることもなくそう言う璃奈ちゃんに、でも、ほっと息を吐いて寄りかかるような気にはなれず、
「明日の昼休みもログインするね」
とだけ伝えて、私はそそくさと部室を後にした──
そして今。
私の様子からなにかを感じ取ったのか、聞きたいことはたくさんあるだろうに、
「気をつけて」
それだけ呟いた璃奈ちゃんの輪郭を視界にゆらゆらと残して──私は意識を失った。
………
……
…
……そして、ぶつ切りにされたばかりの意識がじわじわと戻ってくるのを感じる。 二日目…
『虹箱』内、彼方の部屋
彼方「ん…」
お昼寝から自然に目を覚ましたときのようなすっきり感はないながら、頭がぼーっとするわけでもない。
限られた時間の中でしゃきしゃき動かなくちゃいけないからそれは助かるけど、せめて起きてから紅茶を一杯飲むくらいのインターバルは欲しいなあ──なんて考えていると、
果林「やっと起きた。おはよう、彼方」
彼方「あれ、果林ちゃん…?」
果林「なかなか起きないものだから心配したのよ。もうしばらく起きなかったら誰かを呼びにいこうと思ってたところ」
彼方「えっと、心配かけて、ごめんね…?」
ベッドの脇で姿勢よく座って微笑む果林ちゃんと目が合った。 彼方「今、何時?」
果林「13時5分よ。私は13時きっかりに目が覚めてすぐにここを訪ねたんだけど、彼方が眠ってるから……ああ、ログインしないと目を覚まさないんだったっけ」
彼方「うん、そうだったと思う〜」
果林「なんだ、そういうことなら心配しなくてよかったわね」ホッ
彼方「果林ちゃんってば心配性なんだから〜。あ、起こして」
果林「はいはい、掴まって」ンショ…
彼方「──起きた〜」テテーン
果林「えらいえらい」
彼方「へへへ…」 彼方 (──どういうこと?)
彼方 (これは、どう考えたらいいんだろう)
彼方 (ここ、間違いなく『虹箱』の彼方ちゃんの部屋だよね?……うん、間違いない)
彼方 (どうして、起きた時点で部屋の中に果林ちゃんがいるの?)
彼方 (果林ちゃんは──どうして彼方ちゃんの部屋にいるの……?)
彼方 (…………わかんないけど大丈夫だよね。だって彼方ちゃんは…)
彼方「…果林ちゃん、
愛「カナちゃーーーーんっ、生きてるかーーーー!?」バーーーンッ
かなかり「「ひゃあああっ!?」」ビクッッッ
彼方「あ…愛ちゃん」
愛「カナちゃん元気?熱とかない??」サワサワ ペタペタ
果林「もうっ愛、びっくりするじゃないの!」
愛「あれ、カリンもいたんだ?カナちゃんも元気そうだね、よかったよかった」
彼方「よくないよ、心臓止まっちゃうかと思ったよ〜…」 愛「カナちゃんのことだから、起こしにいかないと裁判が始まるまで寝ちゃってるんじゃないかと思ってさ〜。居ても立ってもいられなくて、超速で駆け付けちゃったよ」アハハ
果林「愛ったら、ルールにもあったでしょう?彼方はログインすると同時に起きるのよ」
愛「あ、そだっけ。なーんだ、無用な心配だったかー」
果林「もう、そそっかしいんだから…」
彼方「…果林ちゃんも同じこと心配して来てくれたんだよね?」
愛「!」
果林「か、彼方!言わなくていいじゃないの!」
愛「カリンってばズルいぞー!愛さんばっかりそそっかしいみたいに言って〜!」
彼方「あはは…」 彼方 (──愛ちゃんまで)
彼方 (すんなり入ってきた。当然のように)
彼方 (扉を開けるのに苦労した様子もなかった)
彼方 (別に「入ってこないでほしい」とは思ってないけど、反対に入ることを許可してもいないのに)
彼方 (わざわざ実際の教室に出向いてまで実演して見せてくれた、あのルールに則って考えるなら、有り得ないはず。なにか…)
彼方 (なにか、勘違いをしてる…?)
彼方 (だって、こんなにあっさり部屋に入ることができちゃったら────)
果林「……かすみちゃん。いなくなっちゃった、のね」
彼方「!」ハッ
愛「…かすみん…」 考え事をしている間に話題が及んだのか、二人が小さな声でその名前を口にした。
かすみちゃん。
私が知っている、春から時間を共にしてきたかすみちゃんとは違う。
あのかすみちゃんと私に、お互いに共有できる想い出なんかきっと一つだってなかった。
それでも昨日あの場にいたのは紛れもなくかすみちゃんだったし、果林ちゃんや愛ちゃん、他のみんなが過ごしてきた時間に嘘はない。
かすみちゃんは、未来を願っていた。
自分が自分であることに誇りを持っていたし、その誇りを守るためにできることをした。
それなのに、終わりは呆気なかった。
あんなにも本気で生きようとした人の終わりが、──あんなにも無情で淡泊だなんて。
初日の混沌の中、せつ菜ちゃんという味方をつけた。
せつ菜ちゃん自身がとても賢くて強い人だし、持っていた【特殊能力】も申し分なかった。なによりもあの状況下で『一人きりじゃなかった』ことが、どれほどの力になっただろう。
でも──それでも、かすみちゃんは勝てなかった。
『嘘を見抜く』なんて強力な【特殊能力】があの場に存在したこと。
そして、それを惜しげなく明かすことができる人がいたこと。
それが、かすみちゃんが勝てなかった理由。
つまり、歩夢ちゃんの勇気がなかったら昨日の時点で決着がついていた。
──私は、負けていた。 昨日の裁判は、「かすみちゃんの敗北、彼方ちゃんの勝ち」という形で終わったけれど、私はなにをした?
愛ちゃんに励まされて、歩夢ちゃんに救われて。
そんな情けない有様でおろおろしていただけなのに、かすみちゃんの未来を奪ったんだ。
今日も、明日も、そんな風にして誰かの未来を奪っていく。
そうしないと私の未来が奪われるから。
昨日みんなに誓ったことは嘘じゃない。
あの気持ちも、言葉も、決して嘘じゃない。
それでも考えてしまう。
──果林「私のこの想いは許されないものなの?友人の人生と天秤にかけて苦しまなければならないほどのいけない願いかしら!?」
私は、八人もの友人の未来を奪って生きていくほどの価値を、持っているんだろうか────。
彼方「……彼方ちゃんは、どうしたらいいの…」グ… 果林「……彼方?」ハッ
果林「どうしたの、彼方!頭が痛むの!?」
愛「カナちゃん、大丈夫!?」
彼方「あっ……う、ううん。なんでもないよ、ちょっと眠くてふらっとしただけ」エヘヘ
果林「そ、そうなの?それならいいんだけど」ホッ
愛「も〜、びっくりさせないでよカナちゃあん…」ヘナ
彼方「あはは、ごめんごめん」
つい頭を抱えてしまった私を、具合が悪いのだと心配してくれたらしい。
二人して大袈裟に気遣ってくれた後、なんでもなかったとわかると心底ほっとしたように息を吐いた。 彼方 (果林ちゃんも愛ちゃんも、優しいなあ)
彼方 (向こうでもこっちでも全然変わらないや。こんなに変わらないと、もしかして春から積み重ねてきた想い出や時間も全く同じなんじゃないかと思っちゃうよ)
彼方「────」
彼方 (……戦いたくなんかないな、この人達と)
それは、目の前にいる二人のことだけじゃない。
歩夢ちゃんと、せつ菜ちゃんと、しずくちゃんと、エマちゃんと、…璃奈ちゃんと。
このゲームを仕組んだのは璃奈ちゃん。
かすみちゃんを失ってしまった今からそんな風に動くのは、遅かったって言わざるを得ないけど。
見ず知らずの相手でもなければ、意思のないロボットでもない。
相手が璃奈ちゃんなら、話し合うことができる。
もう一回ちゃんと話し合って、こんな風に傷つけ合うんじゃないやり方を探せないかな。 私達だからできる解決がある。
私だからできる解決があるはずだよね。
なんてったって私は、本物の璃奈ちゃんと話すことだってできるんだから──
璃奈『みんな、聞こえる?五秒後に講堂に転移する』
どこからともなくそんな声が響いた。
璃奈『秘宝が奪われて、かつ十五分が経過した。裁判が開始される』
彼方「…………そん、な……」
──────
────
── 講堂
宣言の通り、数秒の後に私達は講堂へと移動した(ワープって言うのかな)。
直前どんな姿勢だったか忘れちゃったけど、きちんと椅子に座る形での移動。
膝を打っちゃったりしない配慮はありがたいけど、それってつまりこんな小さなことまで思いのままってことだよね…
座る椅子は昨日と同じ、ちょっと居心地の悪い特等席。
向かいにはずらりとみんなが並んで座っていて、でも、かすみちゃんだけがいない──違う。
反射的に、一度目を逸らした璃奈ちゃんの方に視線を寄越す。
彼方「──歩夢ちゃん!!」
愛「歩夢!」ガタッ
果林「歩夢……っ」
お行儀よく椅子に座る璃奈ちゃん。
その足元には、目を閉じて横たわる歩夢ちゃんの姿があった。 彼方 ガタ フラ…
彼方 ソッ…
彼方「あゆむ、ちゃん」
覆い被さるようにして顔を覗き込む。
まぶたはぴくりとも震えなくて、眠っているようには、見えなかった。
すぐに愛ちゃんが駆け寄ってきて隣で歩夢ちゃんに寄り添う。
愛「あ、歩夢……どしたん?なんで、そんな……床に寝転がったら、汚れるっしょ…」
悲痛な声色に胸がぎゅうっと締め付けられる。
そして、ふと視界の端で微動だにしない両足に気付く。
顔を上げると、その主はもちろん璃奈ちゃんで。
じっと私達に──物言わぬ歩夢ちゃんに視線を落としていた。
ひやりとした汗が背筋を伝った。 彼方「ね……ねえ、璃奈ちゃん」
璃奈「なに?」
彼方「歩夢ちゃん、寝てる…わけ、じゃ、ないよね…」
璃奈「うん」
璃奈「意識を失ってる。秘宝を奪われたから」
彼方「そ、そっか…」
璃奈「うん」
彼方「…………なんで…」
なんで。
誰よりも、一番近くにいたのに、そんな。
そんな風に、手を差し伸べることなく座っていられるの……?
彼方「……璃奈、ちゃん。あのさ、」
愛「りなりー、歩夢運ぶけどいいよね?」 璃奈「運ぶってどこに?」
愛「どこでもいいよ。後ろの椅子とか、余ってるやつ使っていいっしょ?それとも秘宝を奪われたら裁判中は床に寝転がってなきゃいけないなんてルールでも追加する?」
璃奈「…ううん。いいよ」
愛ちゃんは、すごく冷静な声で言った。
でも、一瞬だけ璃奈ちゃんに向けた目は──なんだかとても悲しそうに見えた。
愛「カナちゃん、手伝って。歩夢運ぼ」
彼方「あ、うん。よいしょ……」グ
愛「歩夢、こんなに細いのに。意識のない人間は重いんだって、ホントなんだね…」
彼方「…重いなんて言っちゃ失礼だよ。ねえ、果林ちゃんも手伝ってくれない?」クル…
果林「…………ええ、もちろん」スッ
振り向いたとき、果林ちゃんは顔こそこっちに向けていたけれど、私達の方なんか見ていなくて。
隠す様子もなくひそめた眉の下、なにか言いたそうに投げかけていた視線。
私の応援要請に、一瞬だけ瞳を伏せてから、すぐに駆けつけてくれた。 愛「……よし」
みんなの輪から少し離れた位置で、椅子をいくつか並べて、その上に歩夢ちゃんを寝かせる。
決して心地よくはないだろうけど、床よりはマシになったよね。
返事をしてくれるはずもない歩夢ちゃんの顔を見つめていると、胸が苦しくなってくる。
……頭を切り替えて、裁判に臨まなくっちゃ。
こうして歩夢ちゃんが意識を失って、裁判が開始された。
璃奈ちゃんもはっきり言った──秘宝が奪われた、と。
その犯人を、見つけなくちゃいけないんだ── ポン…
愛「カナちゃん」 肩に手を置かれて、自分の身体にどれだけ力が入っていたか気付く。
ありがとう、そう言おうとして見上げた愛ちゃんの表情はすごく強張っていて。
真っすぐに向けられた視線の先を追うと、数歩先で、果林ちゃんの後ろ姿があった。
まるで私達のことなんか眼中にないような様子で、腕を組んで、向かい合うのは──
果林「歩夢の秘宝を奪ったのは誰なの?」
彼方「ぇ……」
すぐ隣に座る璃奈ちゃんにさえ目もくれずに、果林ちゃんは言い放つ。
果林「まさかとは思うけど、全員で共謀したなんて言うのかしら。せつ菜、しずくちゃん、…それにエマ」
──まだ一言も発しないままの三人だった。 しずく「……心外です、果林さん」
果林「心外?なにが?」
しずく「私が穿った捉え方をしてしまったのなら謝ります」ペコ…
しずく「どうも、歩夢さんの秘宝を奪ったのが私達三人のうちの誰かであると言っているように聞こえてしまったんですけど」…キッ
せつ菜「し、しずくさん…」
果林「……あら」
果林「思い違いをさせてしまったらいけないわね、きちんと言い直すわ」フゥ…
せつ菜「果林さん」ホッ…
果林「私は、あなた達三人のうち、誰が歩夢の秘宝を奪ったのかって質問したのよ。しずくちゃん、せつ菜、エマ」…ギロ
彼方「か、果林ちゃん…!」
歩夢ちゃんを運ぼうと私が呼びかけたとき、その視線は、鋭く三人を貫いていた。
果林ちゃんは、しずくちゃん達を疑っているんだ。 エマ「果林ちゃん」ガタ
エマ「どうして、私達にそんなことをきくの?」
エマ「…ううん、きくのはいいよ。果林ちゃんが犯人じゃないなら当然だもんね。でも、それじゃどうして愛ちゃんにはきかないの?」
エマ「どうしてしずくちゃんとせつ菜ちゃんと私『だけ』にきくの?」
果林「わからない?簡単なことよ」
果林「愛は、この裁判が始まるまで私と彼方と一緒にいたんだもの」
エマ「! 彼方ちゃんと、一緒にいたんだ…」
果林「そう。璃奈ちゃんが『秘宝が奪われた』って言ったとき、私達は三人で彼方の部屋にいたの。だから、私達はお互いがお互いに──」
果林「……ううん。私と愛の潔白を、他でもない彼方が保証してくれるわ」
彼方「!」
果林「そうでしょう、彼方」
彼方「う、うん…そう、だね。確かに、果林ちゃんも愛ちゃんもずっと彼方ちゃんのお部屋にいた、よ」
果林「わかるわよね?このゲームで最も中立的な立場である彼方の保証が、どういう意味を持つか」
エマ「………」
せつ菜「ま、待ってください」 結構中途半端なところですみません、
ひとまずここまで… せつ菜「そういうことをおっしゃるのなら、私達は私達がお互いに無罪の証人です!」
果林「どういうこと?」
せつ菜 チラ…
しずく …コク
エマ コクン…
せつ菜「…私達も、三人で一緒にいたんです。裁判が始まる直前まで」
彼方「そう、なんだ」
しずく「そうなんです。だから、彼方さんの保証には及ばないかもしれませんが、私達もお互いがお互いに無実であることを保証できます」
彼方「…だったら、また、複雑なお話になるね。歩夢ちゃんの秘宝を奪えるとしたら、起きてから他の人と合流するまでの短い時間か、じゃないとしたら…これも誰かの【特殊能力】……」
愛「そんなに複雑な話じゃないかもよ、カナちゃん」スッ
彼方「え?」 愛「だからさ、カリンが言ってるのは最初からそういうことっしょ」
果林「…ええ。さすが愛ね」
しずく「なんですか。なにが言いたいんですか?」
愛「しずく。せつ菜に、エマっちが」
愛「三人で結託して歩夢の秘宝を奪ったって可能性があるわけじゃん」
彼方「………!」
しずく「本気で言ってるんですか…?」
愛「本気もなにも、論理的に考えていけばそうなるって話だよ。アタシ達が犯人じゃないことはわかってて、それなのにしずく達もお互いを庇い合う。だったら、一番しっくり来るのは『口裏を合わせてる』ことでしょ」
しずく「どうして愛さん達が完全に潔白な前提でお話が進むんですか!」
果林「何度も言わせないでよ。私達は彼方と一緒にいたの。彼方が特定の誰かを庇うために口裏を合わせるなんて、このゲームのルール上で考えられる?」
しずく「そんなのは私達だって同じですよ!いずれ一人しか残らないというのに、どうしてお互いに庇い合わなきゃいけないんですか!」
果林「そんなの知らないけど。なにか取引でもしたんじゃないの?」
しずく「なにか取引って、そんな…」
せつ菜「無茶苦茶な…」 果林「無茶苦茶でもなんでも。『彼方の主観的な事実』として、歩夢の秘宝を奪ったのはあなた達のうちの誰かというのは揺るぎようがないでしょう」
しずく「それは……」
彼方「…彼方ちゃんの、主観的な…事実……」
そう。
そうか。
この裁判で、誰の目から見ても間違いない客観的な事実よりも優先されるもの。
それは──私の認識。
他の全員がどう思ったとしても、最終的に答えを決めるのは私。
ってことは、言い換えれば、………私にさえ信じ込ませればそれが真実になる。
それが嘘だった、間違いだったと気付くのは、ゲームに敗北したときだ。
彼方「……………っ」 私を背に庇うようにして立つ果林ちゃんの後ろ姿が、ぐにゃりと歪む。
いやだ──いやだ────疑いたくなんかない──────でも。
私は約束したんだもん。
このゲームに勝利して、本物の璃奈ちゃんに全てを話してお願いする。
そのためには、絶対に勝たなくちゃいけない。
最後の一人になるまで、たとえ、ここでお友達の気持ちを裏切ることになったとしても。
彼方「………みんな」
彼方「本当に、今日の裁判が始まるまで、ずっと誰かと一緒にいた?」
しずく「え…」
彼方「ごめんね、果林ちゃん。私、果林ちゃんが心配して一番に駆けつけてくれたの、本当に嬉しかったよ。そんな果林ちゃんのこと、自分の気持ちのまま全部信じられたらって思う」
果林「彼方…?」
彼方「でも、この裁判では私の主観がなにもかも左右しちゃうんだとしたら、私は……全部を知ろうとしなくちゃいけないと思うの。時間が許す限り、全員のお話を聞いて、自分の認識できてないことを一つでも減らさなくちゃいけない」
彼方「だから、まだ結論は出せない」
彼方「しずくちゃん、せつ菜ちゃん、エマちゃん。それに、果林ちゃんと愛ちゃんもまだ犯人の候補からは外せない──!」 果林「少し、悲しいけど」
果林「いいわ。ゲームのルール上、彼方が納得しないんじゃ仕方ないものね」フゥ…
彼方「…果林ちゃん、」
果林「いいのよ、彼方。あなたの立場を思えば当然のことだもの。私は自分が犯人じゃないってわかってるから、あなたに全面的に協力する。私だって、自分の身を守るために罪のない仲間を犯人にでっち上げたいわけじゃないんだから」スッ
果林「ごめんなさいね、熱くなっちゃって。とりあえず、みんな座りましょう。愛も」
愛「あ、うん」
お互いに視線を交わしながら、それぞれ自分の椅子に座り直す。
果林ちゃんにしては珍しく熱くなっていたように思う。
でも、昨日、ゲームが始まる前に──果林ちゃんは泣いたんだ。
ほんのささやかな望みを叶えたい、その気持ちがそんなにいけないことか、って。
果林ちゃんはクールに見えるけど、決して冷たいわけでも冷めてるわけでもない。
腕を組んでじっと目をつぶっている今、なにを考えてるんだろう── 彼方「……えっと、それじゃ、改めて今日起きてから裁判までみんながどんな風にしてたか、教えてもらえる?」
せつ菜「…では、私から」ノ
せつ菜「私は目を覚ましてから、すぐに歩夢さんのお部屋へ行きました。おそらくですが、最も早く歩夢さんのお部屋に行ったのは私です。なんといっても隣ですから」
彼方「せつ菜ちゃんは、どうして歩夢ちゃんのお部屋に行ったの?」
せつ菜「心配だったから、です」
せつ菜「歩夢さんは、昨日の裁判で目立ってしまいましたから。それに強力な【特殊能力】を持っていることも明らかになったので、その…標的に、されるのではないかと思って」
せつ菜「目を覚ましてから私が部屋を出るまで、歩夢さんのお部屋や廊下から物音はしなかったと思います。そもそもお部屋に入って秘宝を奪って逃げ出すというような時間もなかったと思いますし、…そんな騒ぎに気がつかないほど耄碌しているとも思いたくありません」
彼方「なるほど…」
せつ菜「何度かノックをして呼びかけたんですが、しばらくお返事がなくて。そうこうしているうちにエマさんとしずくさんが駆けつけてくださって、それからは裁判開始まで一緒に歩夢さんのお部屋の前にいました」
しずく「私の部屋は、歩夢さんの部屋の真下ですから。目を覚ましてからしばらく部屋にいたのですが、せつ菜さんが歩夢さんを何度も呼ぶ声が聞こえてきたので、私も向かったんです」
エマ「うん、私も…しずくちゃんとおんなじだよ」
彼方「……」
彼方 (話に変なところはない、けど。これだけ聞くと──) 果林「…こんなことを言うのもなんだけど、それだけ聞くと、もう一番怪しいのはどう考えたってせつ菜じゃない?」
彼方「か、果林ちゃん」
果林「あなたもそう思ったんでしょ?だって、エマ達と合流するまで実質歩夢と二人きりだったって証言したようなものよ。なにもなかったなんて保証のしようがない」
せつ菜「そう言われてしまうと、反論のしようがないのが本当のところですね…」ハハ…
果林「これ、他の人の話って聞く必要あるかしら」
彼方「え?」
果林「だって、それからエマとしずくちゃんが合流して、裁判までずっと三人でいたっていうんでしょう?だったらもう、考えることも残ってないくらい答えが明白だと思うんだけど」
愛「……犯人がせっつーだ、って?」
果林「ええ」コク
しずく「ちょ──ちょっと待ってください!本気でそんなこと言ってるんですか!?状況が少し怪しいというだけで、そんな…!」
果林「逆に訊くけれど、しずくちゃん。どうしてそんなにせつ菜を庇うの?だけって言うけど、この環境で『状況が怪しい』って、それ以外になにか必要な要素がある?」
しずく「だってっ…本気で思うんですか?せつ菜さんが、自分の目的のために歩夢さんを傷つけるような真似をする人だと!私達、仲間ですよ!?」ガタッ
果林「へえ」 果林「だったら、自分の目的のためにせつ菜を傷つけるような真似をしたかすみちゃんは仲間じゃなかったって、そうとでも言いたいの?」
しずく「────………っ!!」キッ…
彼方「果林ちゃん!」
せつ菜「果林さん、昨日のことは私がかすみさんに提案したんだと、そう言いましたよね?」
果林「……そうだったわね。ごめんなさい」
せつ菜「しずくさん、庇ってくださってありがとうございます。座ってください」
しずく「はい…」
果林「しずくちゃん」
果林「積極的に仲間を傷つけようとすることを、決していいことだって言うつもりはない。でも、今の状況を考えてよ。そうしたことがまるで『悪』みたいに言うのは、……一生懸命だったかすみちゃんを侮辱するのと同じことよ」
しずく「………っ…」
せつ菜「果林さん…」 自分の立場を顧みずかすみちゃんに全身の協力を捧げたせつ菜ちゃん。
そんなせつ菜ちゃんが自分の目的のために歩夢ちゃんを傷つけるわけがない、そう言うしずくちゃんの気持ち。
でも、だからこそ今日せつ菜ちゃんが自分の目的のために──あるいはかすみちゃんのために、動いたという可能性。
仮にそうだったとして、その行為を責めるような言い方は許さないと言う果林ちゃんの気持ち。
そのどれも、苦しいほどによくわかる。
よくわかるから──わからなくなる。
果林「せつ菜の話はいったんいいわ。ひとまず、次に進みましょう」
しずく「だったら次は果林さんが話してください」
しずく「一方的に対立して疑うような物言いばかりされて、納得がいきませんから」
果林「……いいけど」
少しだけ瞳に涙を浮かべて強い視線を寄越すしずくちゃん。
果林ちゃんは渋い声で答えると、一秒だけ私の方を見た。
すぐに視線を戻して、果林ちゃんは話し始める。 果林「私は、起きてすぐに彼方の部屋を訪ねたわ。このゲームで最も重要な立ち位置にいるのが彼方なんだから、万が一なにかあっちゃいけないと思ってね。部屋も隣だし、それが私の役目だと思ったから」
果林「…で…彼方と話してるうちに愛も来て、裁判が始まるまで三人で一緒にいたわ」
果林「ね?彼方、愛」
彼方「………!」
愛「うん、そだね。愛さんはちょっとだけ寝坊しちゃって、五分くらいかな?遅れてカナちゃんの部屋に駆けつけたら、カリンもいたよ。そっからは三人で話してた」
彼方「……そうだね。間違いないよ」
果林「そもそも、せつ菜の話が裏付けになると思うけど、階が違う私が起きてから歩夢の部屋に行って秘宝を奪って部屋を出る──どう頑張っても二、三分はかかるでしょう。それをせつ菜が気付かなかったってことになるわけだけど」
せつ菜「う、そうですよね……」
果林ちゃんの部屋は四階の奥。
歩夢ちゃんの部屋は二階の奥で、その手前にせつ菜ちゃんの部屋があって、しかもせつ菜ちゃんが言うには起きてすぐに部屋を出て歩夢ちゃんの部屋の前にいたらしい。
そうなると、他でもないせつ菜ちゃん自身が自分以外全員の無実を証明することになる。 せつ菜ちゃんの隣で、しずくちゃんが困惑したように眉尻を下げる。
一応しずくちゃんとエマちゃん、愛ちゃんの話も聞いておきたいけど……正直、そうする意味があるか疑わしいほどに、状況は固まりつつある。
時刻は… 13時40分。
あんまりのんびりもしていられない。
だけど、今の時点で一つ考えておかなくちゃならないことがある。
──果林「私は、起きてすぐに彼方の部屋を訪ねたわ。このゲームで最も重要な立ち位置にいるのが彼方なんだから、万が一なにかあっちゃいけないと思ってね。部屋も隣だし、それが私の役目だと思ったから」
──果林「…で…彼方と話してるうちに愛も来て、裁判が始まるまで三人で一緒にいたわ」
果林ちゃんが意図的に言わなかったこと。
私の許可なく、私の部屋に入っていた事実。
でも、愛ちゃんだって当然のように入ってきたことを考えると、私がなにか勘違いしてるだけ?
今、貴重な時間を使って議論の場に持ち出すことじゃない? …………いや、これは今こそはっきりさせておかなくちゃならない。
だって──
彼方「ごめん、彼方ちゃんから一つ確認してもいいかな」ノ スッ
果林「…!」
しずく「も、もちろんです。なんでしょう?」
彼方「その、彼方ちゃんがログインして目を覚ましたときね、……その…」
果林「……」フイッ
ごめん、果林ちゃん。
彼方「果林ちゃんが、傍にいたの」
しずく「え?……ん…?」
エマ「えっと、どういうこと…?」
しずく「彼方さんが眠っている間に、勝手にお部屋に入ったということですか?」
果林「……」
彼方「そうだよね、果林ちゃん」
果林「…そうね。入ったわ。彼方が目を覚ます前に」 しずく「そんなのっ、どうして早く言ってくれないんですか!ものすごく重要なことじゃないですか!」
果林「待ってよ!無断で部屋に入ったのは確かだけど、彼方に危害は加えてないわ!」
果林「彼方がログインするまで目を覚まさないってことをすっかり忘れてたのよ、ノックしても返事がないのが心配で…それでドアを開けてみたら開いたから、悪いとは思ったけど…!」
しずく「それこそ、彼方さんに危害を加えていないなんて信じられるわけないじゃないですか。なにもしていないって、どうやって証明するんですか?」
果林「違うの、私は本当に彼方が心配だっただけで……なんにもしてない…」
果林「そうよね彼方、起きたときに変なところなんかなかったでしょう?私、隣にいただけよね…?」
彼方「う、うん。それは、うん…なんにもされてないよ」
しずく「わかりませんよ。果林さんの【特殊能力】がどんなものであるか、判明していないんですから。気付かないうちになにかの能力にかけられている可能性はあるはずです」
果林「……っ…」
彼方「それは、」
エマ「ご、ごめんなさい」
エマ「少しお話が戻っちゃうんだけど、確認してもいいかな…」
愛「しずく、カリン。落ち着いて、いったんエマっちの話を聞こう」 愛「エマっち、なに?」
エマ「私の理解が追いついてなくてごめんなさい。他の人のお部屋って、勝手に入れないんだよね?だって、昨日璃奈ちゃんが一年生の教室で見せてくれたもの」
彼方「!」
エマ「勝手に入れないからこそロウジョウの作戦に使えるんだって言ったでしょ?」
彼方「そ、それ!彼方ちゃんが今その話をしたのは、果林ちゃんを責めたかったからじゃなくて、そのことを確認したかったからなの!」
しずく「そうだったんですか、すみません…話の腰を折ってしまっていたみたいで」
彼方「ううん、いいの。気になって当たり前のことだもん、彼方ちゃんがもっと早くに切り出しておけばよかったよね」
エマ「勝手にお部屋に入っちゃったのはダメなことだけど、それよりも勝手に入ることができたのはどうしてなんだろうって、思っちゃって」
しずく「それは、つまり…果林さんの【特殊能力】は、許可なく部屋に立ち入れるような類いのものだということでしょうか…?」 果林「…えっと、」
せつ菜「違いますよ。部屋の主の許可を得ずとも入室できるのは、ルール上の仕様です」
せつ菜「そうですよね?璃奈さん」
璃奈「うん、そう」コクン
彼方「えっ……!?」
しずく「そ、そうでしたっけ?でも、昨日確かに教室で…みんなで立ち会って確認しましたよね?」
せつ菜「はい、教室はそうでした。ただ、そもそも教室と皆さんの部屋では仕様が違うんですよ」
せつ菜「ルール6をよく見てください」スッ
そう言ってせつ菜ちゃんが指差したのは、璃奈ちゃんの背後に立つホワイトボード。
そこには部屋の立ち入りに関するルールが記載されていて──
彼方「…あっ!」
6. 行動可能範囲は部室、一年生教室、二年生教室、三年生教室、寮、講堂(裁判所)の六ヶ所
6-1. 教室には各学年のメンバー以外立ち入ることができない。ただし室内にいるメンバーの誰かが許可すれば他学年のメンバーも立ち入ることができる
6-2. 寮内、他人の部屋には部屋の主が入室を拒否すると立ち入ることができない
しずく「教室と部屋では、ルールが違う…!」 せつ菜「そうなんです。昨日は寮に行く途中で裁判になってしまったので結局確認できなかったわけですが、そうでなければきちんと確認できていたのではないかと思います」
彼方「このルールを読む限り、部屋の方は、基本的には許可なく立ち入れるってこと?」
せつ菜「そう読めますね。あえて入室されることを拒否する意思を示さない限りは、誰でも自由に立ち入れるということではないかと思います」
果林「そうだったのね…」
彼方「てっきり教室と同じだと思い込んじゃってたよ…」
しずく「私もです…」
エマ「…でもそれって、ものすごく危ないんじゃないかな」
エマ「だって、眠ってるときに他の人が入ってきちゃったら好きにされちゃうってことだよね」
せつ菜「そうならないように、ルール11が敷かれてるんですよ」
果林「ルール11って……ああ」
11. 一日が終わる(14時になる)と、全員が自動的に自室のベッドで入眠する。翌13時になると眠っている全員が目を覚ます。ただし彼方だけは例外、ゲームにログインした時点で目を覚ます
せつ菜「誰かが眠っているときは、他の全員も眠っている。自分の部屋が教室と同じ仕様だと、たやすく籠城できてしまいますからね、それを回避するためのルール6とルール11なのだと思います」 しずく「……待ってください、でもこれじゃあ」チラッ
しずくちゃんをはじめ、果林ちゃん、愛ちゃん、エマちゃんの視線が一身に向けられる。
せつ菜ちゃんだけ表情が違うのは、答えが推測できているからかもしれない。
彼方「心配してくれてありがとう、しずくちゃん。でも大丈夫なの」
彼方「彼方ちゃんの【特殊能力】は──【超睡眠】。眠ってる間、【特殊能力】も含めて外部からの干渉を一切受け付けないっていう能力なんだ」
彼方「だからね、果林ちゃんは絶対に眠ってる彼方ちゃんに危害は加えてないんだよ」
果林「彼方…!」
彼方 ニコッ しずく「そうでしたか……」
しずく「…すみませんでした、果林さん」
果林「いいえ、元はと言えば私が先にあなた達によくない意識を向けたことが始まりだもの」フルフル…
果林「私の方こそ、ごめんなさい」
しずく「い、いえ。そんな」
エマ「せつ菜ちゃんのおかげで気になってたことはこれですっきりしたけど、…そしたら…」
エマちゃんが言いにくそうに言葉を切る。
続く言葉が意味するところは、全員がわかってると思う。
毎日13時になるまでは全員眠っていて、こっそり行動することはできない。
全員が13時からしか行動できなかったのなら、これまでの話から、誰が歩夢ちゃんの秘宝を奪ったのかは明白になってる。
つまり── しずく「……せつ菜さん」
この場の全ての視線を受けて、それでもなお、せつ菜ちゃんは。
せつ菜「…この状況では、異を唱えるだけの私の言葉は意味を持たないと思います」
せつ菜「具体的に根拠をもって反論できれば、あるいはもっと説得力のある解答を提示できれば。そうできないことがとても歯がゆいのですが…」
せつ菜「信じてください、彼方さん。歩夢さんの秘宝を奪ったのは私ではありません」
せつ菜「私が敗北することは構いません。ですが、あなたがここで最終判決を誤れば、かすみさんと交わした約束が──かすみさんの想いが叶わなくなってしまいます」
せつ菜「お願いです、どうか……真実に辿り着いてください」
そう言って深く頭を下げた。
決して声を荒げることはなく、無根拠に誰かが真犯人だと糾弾することもなく、ただ真摯に心の内を伝えて。
そして、私は── 今朝はいったんここまでになります
夜に投下を再開します
犯人の予想や怪しいと思う部分など、よければレスしてみてください
もちろん、せつ菜が犯人だと思う方はその旨を。
安価などはないのでお気軽にレスしていただけると嬉しいです 部屋の仕様は俺も勘違いしてた
果林が先に声あげたからそういう作戦なんだと思った 他人の部屋に入れることを初めから分かっていて、彼方を起こす時に、そろそろ裁判が開始することを知っているような口ぶりしてた愛さんが怪しいかな
このssとても面白いです! この仕様で寝坊なんてするのか、出来るのか?って所くらいかな気になるのは 間取り的に個室は窓もない出入口はドアだけのお部屋なのかな?
場所的に愛さんもせつ菜のノックや呼びかけが聞こえてそうなんだけどスルーする?スルーだけに 彼方の部屋に向かった人はアリバイ作りor他人に干渉できる能力があってそれを試そうとした、とか 彼方「……最終判決は、まだできない」
愛「え…」
彼方「もう一つだけ確認しておきたいことが残ってるから」
果林「彼方が納得していないなら、もちろん聞くけど…もうそんなに時間も残ってないのよ。大丈夫?」
彼方「うん。すぐ確認を済ませちゃうよ」クルッ
彼方「──愛ちゃん。今日、目を覚ましてから彼方ちゃんのお部屋に来るまでなにしてたの?」
愛「え?」
彼方「言ってくれたよね、彼方ちゃんのことが心配だったから、超速で駆け付けてくれたって。その割にはちょっと時間があったみたいだけど、五分くらい…なにしてたのかなって」
愛「それは…だから、言ったじゃん。寝坊しちゃったんだって」
彼方「お寝坊か〜」
愛「う、うん。ほら、だって今こんな状況だよ。昨日一日でだいぶ精神的に疲れたしさ……カナちゃんならわかるっしょ、ちょっと長く寝ちゃう気持ちとか」
彼方「うん、それはよくわかるよ。彼方ちゃんもすやぴするの大好きだもん」
愛「だから、こんな状況で一秒だってムダにしちゃいけないのはわかってたけど──」
彼方「寝坊ってするんだっけ?」
愛「………ぇっ…」 彼方「ううん、するならいいんだ。それなら愛ちゃんのこと疑わずに済むから、そっちの方が嬉しい…いや、そしたらせつ菜ちゃんを疑わなくちゃいけなくなるから、やっぱり複雑な気持ちかも…」
愛「するんだっけって、そりゃ、するっしょ寝坊くらい。あはは…ヤだなカナちゃんってば、自分はよく眠っちゃってるくせに、愛さんの寝坊だけは許さないなんて…不公平だぞー!」ハハ…
しずく「……愛さん…」
愛「ちょ、みんなまでどしたん。五分寝坊しちゃったことそんなに責められるなんて、お先真っ暗だよ、枕だけにー……」
果林「愛」
愛 ビクッ
気付けば、果林ちゃんは身体ごと愛ちゃんに向き合っていた。
腕を組んで、ゆっくりと、言い聞かせるように。
果林「寝坊、したのね?間違いないわね?」
愛「…………うん、間違いないよ」
果林「そう」 果林「璃奈ちゃん、確認させてちょうだい」
璃奈「なに?」
果林「私には、ルール11を読む限り、今の私達には『寝坊』なんて有り得ないように思えるのだけど──どうなのかしら」
愛「っ!」バッ
11. 一日が終わる(14時になる)と、全員が自動的に自室のベッドで入眠する。翌13時になると眠っている全員が目を覚ます。ただし彼方だけは例外、ゲームにログインした時点で目を覚ます
愛 サー…
愛「あ──あの、ちがっ」
璃奈「しない」
璃奈「寝坊は有り得ない。彼方さん以外、毎日13時になった時点で眠ってる全員が同時に目を覚ます」
果林「そう。ありがと」
小さく頷くと、果林ちゃんはただ無言で愛ちゃんを見詰めた。 愛「違うんだよカリン、カナちゃん……寝坊って言ったのは、言葉の綾で、その…13時になったことに気付くのが遅くなっただけで」
しずく「13時になったら目を覚ましたのに、ですか?」
愛「いや…だから、それは……」
彼方「13時になったことに気がつくのが遅れたっていうのは、本当のことなんじゃないかな」
彼方「愛ちゃん、眠らなかったんでしょ?」
エマ「で、でも、14時になったらみんな自分のベッドで眠るんだって書いてあるよ?」
彼方「うん。つまり、眠らない──それが愛ちゃんの【特殊能力】ってことだよね」
愛「ち──違うよっ!それはりなりーの【特殊能力】で、愛さんは借りただけ──ッ………!」ハッ
果林「理由はどうあれ、眠らなかったのは事実なのね。愛」
愛「ぁ……う、うぅ…」
愛ちゃんは言葉なく項垂れて──それがなによりも如実に全てを物語っていた。 愛「…愛さんの【特殊能力】は、【ハイセンス】──誰か一人の【特殊能力】を借りられるっていう能力だよ。
愛「借りるためには相手に触れなくちゃいけなくて、借りるまではどんな能力なのかわかんない。
愛「だから、昨日どうしようか迷って、りなりーから能力を借りられるか確認することにしたんだ。りなりーはゲームマスターみたいなものだから、きっと強力な【特殊能力】だと思ったから…
愛「…それで借りたのは【機械じかけ】。ゲーム終了まで眠らなくなるっていう能力だった。
愛「愛さんは、本物とか偽物とかなんだってよかった。今までみんなと過ごしてきた時間は好きだし、それが嘘っこだって言われてもよくわかんないしさ。だから、ほんとに誰かの秘宝を奪ったりするつもりなんかなかったんだよ。
愛「でも、昨日眠らずにりなりーと話してたら、りなりーが言うんだもん…
──璃奈『それ、せっかくなら有効活用した方がいいと思う』
──璃奈『ルール6の真実にみんなが気付くのは時間の問題。そうなれば、たぶん各々の部屋には勝手に入らないっていう約束が出来上がる』
──璃奈『今夜だけかもしれないよ。愛さんが自由にみんなの部屋に出入りできるの』
愛「……って…!
愛「そんなん言われたらさ、今しかないって思うじゃん。後からやっぱり勝ちたいって気持ちになってももう遅いかもしれないって、勝つ機会があるとしたら今だけだって、そんなんさ……っ!
愛「…歩夢の秘宝を奪った理由は、みんなわかるっしょ。歩夢がいる限り、裁判で勝ち目はない。だから歩夢にした、そんだけ。歩夢のことがキライだったわけじゃないし、誰のこともキライじゃない。ただ、もしこのゲームで勝とうと思ったら、アタシにはそうするしかなかっただけで…っ
愛「ごめん歩夢、ごめんっ……カナちゃんも、せっつーも、カリンも……エマっちもしずくもかすみんも、みんなごめん……ごめんなさいっ…!」
──────
────
── 彼方「最終判決。──歩夢ちゃんの秘宝を奪ったのは、愛ちゃん」
璃奈「正解」
璃奈「おやすみ愛さん。昨日眠らなかった分、ゆっくり休んでね」パチン
愛 フッ… ガクッ
せつ菜「……っ」
果林「愛…」
璃奈「もう時間もギリギリ、そろそろ14時になる。【特殊能力】は全員違うから、私以外、今夜以降行動できる人はいないけど、念のため自分の部屋には入らないように意思を表明しておくことをお勧めする」
果林「……遅いのよ、言うのが」ボソ
エマ「昨日のうちにそれができていれば、愛ちゃんは歩夢ちゃんの秘宝を奪ったりせずに済んだんだよね…」 せつ菜「それはそうですが、イコールでこのゲームが終了していたことを意味しますよ。彼方さんの勝利という形で」
せつ菜「今の時点で残っているメンバーの中に、それを快く思わない人がいるかはわかりませんが」
しずく「…もう、裁判は終わったんだよね。部屋に戻ってもいい?」ガタ
璃奈「いいよ。部屋に戻るくらいの時間はあると思う」
しずく「……璃奈さん」
璃奈「なに?」
しずく「最低だよ」
スタスタスタ……
璃奈「………これにて閉廷。みんな、お休みなさい」
──────
────
── 「……待って!」
「…どうしたんですか」
「さっきはごめんなさい。改めて、謝っておきたくて。…考えたくないけど、これが最後になるかもしれないんだもの」
「そう、ですね…いえ、私の方こそすみませんでした。こんな気持ちのまま誰かとお別れしてしまうかもしれないなんて、考えたくないですね…」
「…」
「「………あの──」」
…
……
……… 【生存】
彼方(超睡眠)
果林
エマ
せつ菜(二面性)
璃奈(機械じかけ)
しずく
【脱落】
かすみ(小悪魔)
歩夢(真心)
愛(ハイセンス) *
翌日。
お昼休みになると同時に部室へ駆け込んだ私を、璃奈ちゃんは当然のように先にいて出迎えてくれた。
「今日も行くんだね」
そう言って、すでにログインの準備が済んでいるアカウントを指差した。
「そろそろなにかわかりそう?」
我ながらそそくさとした雰囲気で手早くログインの支度をする私に、璃奈ちゃんは小さく問いかけた。
「……うん、もうすぐ」
璃奈ちゃんは、『虹箱』の中で行われていることのどこまでを把握しているんだろう。
動きが見えてるだけで、会話は聞こえてないのかな。
それとも動きだって見えてないのか。
…そうじゃ、ないんだとしたら。
間を置いて「そう」と聞こえるのと同時に、私の意識はふっと途切れた──
………
……
… 三日目…
『虹箱』内、彼方の部屋
彼方「ん──」パチ…
彼方 (この部屋で目を覚ますのは三回目か。昨日は、起きたら横に果林ちゃんがいたけど) チラ
枕元にはもちろん誰の姿もない。
昨日、眠る愛ちゃんに挨拶をしてたら思いのほか講堂を出るのが遅くなってしまい、14時前ギリギリになんとか部屋に辿り着いた。
机にあった小さなメモ用紙に『入っちゃダメ』と殴り書きして、部屋の扉に貼って。
ベッドに滑り込んだところでちょうど14時を迎えて、私は元の世界に戻った。
その張り紙がなくても、昨日の今日で私の寝覚めをお出迎えしてくれようなんて子はいなかったと思うけど。
時刻は── 13時4分。あ、5分。
授業が終わって駆け足で部室に向かっても、やっぱりこれくらいになる。
普通に考えればたいした時間のロスじゃないけど、早ければ十五分には裁判が始まることを思うと、のんびりしているわけにはいかない。
彼方「とりあえず、誰かに会わなくちゃ」 昨日と一昨日はたまたまうまくいったけど、一歩違えばあっさり敗北してた。
起こることの全ては把握できなくても、せめて誰か一人くらいの行動は確実に把握しておかないと、裁判で勝つことなんて──
彼方「…今日も、誰かが誰かの秘宝を奪うのかな」
残っているのは、果林ちゃん、せつ菜ちゃん、エマちゃん、しずくちゃん。
このうちの誰も、積極的に誰かの秘宝を奪おうとするとは思えない。
いや、そんなことを言うなら、かすみちゃんだって愛ちゃんだってそうだった。
だけど、状況がそうさせたんだ。
それを悪いことだって言うつもりはない。でも、裁判で敗北するつもりもない。
私は勝つ。
勝って、璃奈ちゃんにこの『虹箱』で起こったことの全てを打ち明ける。
みんなが必死で生きていたこと、私達と同じだけの夢や熱意があったこと、そして──みんなと交わした約束のこと。
そのためにも、勝たなくちゃいけない。勝利しなくちゃいけないから。 もうなにも起こらなければいい、誰にも傷つけ合ってほしくない。
そんな弱気になる思考を振り払って顔を上げる。
彼方「そういえば、果林ちゃん…」
部屋を出たところで、隣の部屋に目をやる。
果林ちゃんもなんとか間に合ったみたいで、ドアには『勝手に入らないこと』と書いた紙が貼られている。
この分なら、少なくとも昨日の歩夢ちゃんみたいに夜のうちに危険が迫ったなんてことはないよね。
そもそも、夜の間に一人だけ自由に動き回れるなんて愛ちゃん以外には──
──愛「…それで借りたのは【機械じかけ】。ゲーム終了まで眠らなくなるっていう能力だった」
ううん、愛ちゃんが眠らなかったのは璃奈ちゃんの【特殊能力】を借りたから、だっけ。 ──璃奈「もう時間もギリギリ、そろそろ14時になる。【特殊能力】は全員違うから、私以外、今夜以降行動できる人はいないけど、念のため自分の部屋には入らないように意思を表明しておくことをお勧めする」
璃奈ちゃんの言葉を信じるなら、もう夜の間に誰かの秘宝が奪われるなんてことはないはず。
だから、目を覚ましてからのほんの短い時間で全てのことが起こるんだと思っていい。
気をつけておくべきなのは、みんなの行動と……それと、【特殊能力】だよね。
今のところ判明してる能力は、かすみちゃんの【小悪魔】、せつ菜ちゃんの【二面性】、歩夢ちゃんの【真心】、愛ちゃんの【ハイセンス】、璃奈ちゃんの【機械じかけ】、それに彼方ちゃんの【超睡眠】。
果林ちゃん、エマちゃん、しずくちゃんの能力がまだわかってないんだ。
昨日の裁判では、果林ちゃんとしずくちゃんがお互いにちょっと険悪になっちゃったけど… 彼方 コンコン
彼方「果林ちゃーん、おはよう〜。彼方ちゃんだよ〜〜」
シン…
あれ、お返事がない。
寝坊…は、しないんだったよね。うん。
彼方ちゃんが秘宝を奪いにきたと思って警戒してるとか、かな。
昨日の今日でそんな風に思われちゃってたら悲しいけど、自己防衛のためには仕方ないかなぁ。
彼方「……!」ピーン
彼方「果林ちゃーん、本物の彼方ちゃんだよ〜。偽物じゃないよ〜」
シン…
……むぅ。
【特殊能力】で彼方ちゃんに扮した偽物を警戒してるのかもしれないと思ったけど、そういうわけでもないのか。 すやぴしてるわけでもなければ、身を守るために籠ってるのでもないとしたら。
彼方ちゃんが呼びかけてもお返事がないのは、どういうこと?
お部屋にいないか、もしくは──
彼方 (──どっちだとしても、ここで応答がない果林ちゃんを待ち続けるのは得策じゃない)
そう判断して、足早に五階を離れる。
果林ちゃんの動向がはっきり掴めないのなら、他の誰かに目を向けなくちゃいけない。
まだゲームに残ってるのは、四階のエマちゃん、三階のせつ菜ちゃん、二階のしずくちゃん。
ひとまず一番近いエマちゃんと話そう。
そう決めて、四階で方向転換。 彼方 コンコン
彼方「エマちゃーん、いるぅ?彼方ちゃんだよ〜」
…ガチャ
彼方「!」
エマ「あ、彼方ちゃん。おはよう」
彼方「おはよう、ってもうお昼なんだけどねぇ」
エマ「うふふ、そうだね。…彼方ちゃん、一人なの?」
彼方「うん、一人だよ──」
──果林ちゃんのお部屋を訪ねたけど、お返事がなくて。
そう言いかけて、言葉を止める。
考えたくないけど、エマちゃんが果林ちゃんの秘宝を奪っていたとしたら。
少しでも本人に話してもらった方が、情報を── エマ「…彼方ちゃん?どうかしたの?」
彼方「あ…ううん…」
彼方 (イヤだな、どんどん裁判に向かう考え方になってきてる。エマちゃんのことも、他の誰のことも、疑いたくなんかないのに…)
エマ「もしかして、果林ちゃんになにかあったの?」
彼方 ハッ…
エマ「そうなんだ…!行こう彼方ちゃん、果林ちゃんの部屋!?」グイ
彼方「あっううん、その、お部屋を訪ねたんだけどお返事がなくって。だから、どこにいるのかわからなくて…」
エマ「そっか。何度か声をかけたんだよね?」
彼方「うん、ノックして呼んだんだけど」
エマ「だったらお部屋にはいないのかもしれないね。捜しながら、他のみんなと合流しよう」
彼方「……うん」
そう言って私の手を引くエマちゃんの表情は、とても演技なんかには見えなくて。
ただただ、友人になにかがあったのかもしれないと心配する、いつもの優しくて強いエマちゃんだった。 エマちゃんに手を引かれて下りる階段に足を掛けた、そのとき。
バタバタと慌ただしい音が響いてきた。
それは真下の方から聞こえてきて、徐々に近づいてくる──つまり、階段を駆け上がる音。
隣のエマちゃんに声を掛けるよりも早くその音の主は私達の視界に辿り着いた。
──タンッ
せつ菜「っぁ…彼方さん、エマさん!」ハアッ
彼方「せ、せつ菜ちゃん。そんなに急いで、どうしたの?」
せつ菜「ちょうどよかった、お二人を呼びにいくところだったんです。早く、一緒に来てください!」
エマ「せつ菜ちゃん、落ち着いて。なにかあったの…」
せつ菜「しずくさんが──しずくさんがっ……!」
かなエマ「「…!」」
──────
────
── 一年生教室前…
果林「しずくちゃん!しずくちゃんっ、返事をして!」ドンッ ドンッ
かなエマ「「…………!!」」
せつ菜「果林さん、お二人を連れてきました!」
果林 ハッ…
果林「彼方、エマぁ…」ヨロ…
エマ「果林ちゃん、だいじょうぶ!?」タタッ
果林「うん、うん…私は平気、なんともないわ。だけどしずくちゃんが…中で…」
彼方「中『で』…?も、もしかして──!」タタタ
急いで教室の入り口まで駆け寄って、扉に手を掛けようとしたところで──
彼方「……っ、手が…進まない…!」ググ…
せつ菜「彼方さん、他学年の教室には…」
彼方「そっか、室内の人から許可を貰わないといけないんだよね…」 ぴたりと閉じられた扉。
設けられた窓から覗く室内には──
彼方「…しずくちゃん…!」
教壇に伏すしずくちゃんの姿があった。
エマ「彼方ちゃん?しずくちゃんが、どうかしたの?」
彼方「…倒れてる。全然動かないみたい…」
エマ「そ、そんな…!」
彼方「しずくちゃん、しずくちゃん!聞こえる!?返事をして、彼方ちゃんに入っていいよって言って!」
せつ菜「しずくさん!無事なら顔を上げてください、しずくさん!」
果林「…エマ、私は平気だから。今はしずくちゃんを起こさないと」ス…
エマ「うん…」 果林「しずくちゃん、演技なんでしょう!?演技なのよね!?」
エマ「しずくちゃんっ!起きて、起きて!」
四人で繰り返し名前を呼ぶけど、しずくちゃんは指先一つ動かしてくれない。
せつ菜「…まずいです」
彼方「えっ?」
せつ菜「間もなく13時15分になります。もし、しずくさんがただ気を失っているだけではないとしたら…」
彼方「…!」
エマ「も、もしかして…しずくちゃんが気を失ってるのって…」
せつ菜「……っ」ギリ…
果林「ここからじゃそれを確かめることだってできやしないわ。とにかく呼びかけて、しずくちゃんが目を覚ますことに賭けるしかないでしょう!」 彼方「そ、そうだよね。しずくちゃん!しずくちゃんってば!」
せつ菜「起きてくださいしずくさんっ!お願いします、しずくさん!」
エマ「しずくちゃん、いなくなっちゃやだよ!目を覚ましてよ!」
果林「もう、イヤよ…誰もいなくならないでよ……しずくちゃん…!」
彼方「しずくちゃんっ────」
…だけど、私達のそんな叫びにしずくちゃんが応えてくれることは、とうとうなくて。
璃奈『みんな、聞こえる?五秒後に講堂に転移する』
璃奈『秘宝が奪われて、かつ十五分が経過した。裁判が開始される』
──────
────
── 講堂
不思議な感覚が身を包んだかと思うと、私達は講堂にワープした。
それぞれの定位置で、まばらに椅子を埋めるかたちで。
彼方「ぁ…」
エマ「そんな、しずくちゃん…」
せつ菜「…間に合いませんでした…」
講堂への強制ワープ。
それは紛れもなく誰かの秘宝が奪われた証拠で、今回誰がその目に遭ったのかは明白だった。
知らないところで奪い合いが起こるのは苦しいけど、ああやって目の前で友達が倒れていたのに、なにもできないままタイムリミットを迎えてしまうのだって──
果林「あ、ら……?」
果林「しずくちゃん…?」 彼方「えっ」
エマ「…あれ!?」
せつ菜「し、しずくさん!」
しずく「──はい。本物の桜坂しずくです」
果林ちゃんのとぼけた声に視線を上げると、そこには確かにしずくちゃんがいた。
前回と同じ位置で、綺麗に背筋を伸ばして椅子に座って。
彼方「しずくちゃん、どうして…ううん、よかった。何事もなかったんなら、それに越したことないんだけど…!」ホッ
エマ「よかったよぉ、しずくちゃん。心配したんだよ〜」
しずく「皆さんの声は聞こえていました。それなのに返事ができず、ご心配をおかけしてすみませんでした」
果林「ううん、いいのよ。無事だったのならそれで…」
しずく「いえ、残念ですが無事ではありません」フル…
エマ「え?」 彼方「無事じゃないって、でもしずくちゃんはこうやって…」
しずく「私は、すでに秘宝を奪われています。その状態で13時15分を迎えたので、今この瞬間、私はもうゲームに敗北しています」
果林「そ、それならどうして…」
せつ菜「【特殊能力】、ですか」
せつ菜「私が【二面性】という能力によって秘宝を奪われていながら裁判に参加できたよう、しずくさんもなんらかの能力によって、今こうしている──と」
しずく「はい。せつ菜さんのおっしゃる通りです」
しずく「私の能力は【大女優】──今せつ菜さんがおっしゃったそのままで、秘宝を奪われてもその回の裁判に参加できるという能力です。大女優は転んでもただでは起きません。自らを刺した犯人の喉笛に喰らいつき、決して自分一人で舞台を降りることはないんです」
彼方「しずくちゃんが秘宝を奪われちゃったこと自体は、もう取り返せないとしても…」
せつ菜「その犯人が誰であったかを、他ならぬ被害者であるしずくさんがはっきりと告げてくださるということですか」
エマ「だ、誰なの!?しずくちゃんにひどいことしたのは!」 しずく スッ──
「「「………!!」」」
しずくちゃんが細く長い人差し指を向けたのは、
しずく「璃奈さん」
璃奈「…私?」
果林「り、璃奈ちゃん?」
せつ菜「璃奈さんは、その、…あれ…?」
エマ「ま、待って。璃奈ちゃんって秘宝の奪い合いには参加しないんだって言ったよね?」
璃奈「うん。私はみんなの【特殊能力】を把握してるし、この空間の支配権を持ってるから、公平を期すために参加してない。それにゲームを始める前にもちゃんとそう言った」
彼方「だ、だよね。名探偵の彼方ちゃんと裁判長の璃奈ちゃんは参加しないって…」
しずく「でもルールにその記載はありませんよね?」 しずく「口では確かに参加しないと言いましたけど、『璃奈さんは秘宝の奪い合いに参加しない』というルールは記載されていませんよ」
せつ菜「た、確かにそれはそうですが」
しずく「彼方さんの最終判決が勝敗を決する以上、彼方さんが被害者か加害者になってしまったら裁判は成立しない。でも、璃奈さんだったらどう?璃奈さんが加害者になったところで、裁判は破綻しないよね?」
しずく「どう?璃奈さん」
璃奈「…なるほど」
璃奈ちゃんは小さくそう呟いたきり、反論に口を開くことはなかった。 数分、重い沈黙が流れた。
ううん、実際にはもっと短かったと思う。
でも、ちょっと整理が追いつかない──混乱して、それどころじゃないのにしばらく呆けてしまっていた。
果林「一応、話し合ってみましょうか。時間はまだあるもの」
今回も沈黙を破ってくれたのは果林ちゃんの言葉で、みんなでおずおずと頷いた。
しずくちゃんもとっくに手を下ろしていて、小さく頷いた。
被害者であるしずくちゃんが犯人を璃奈ちゃんだと言う以上、正直、それよりも有力な証拠や証言はない。
まさか璃奈ちゃんが秘宝を奪うなんて。
有り得ないと思ってた行為に対するそんな感情さえ抜きにして考えれば、状況は完璧に決してる。
ただ…
──せつ菜「お願いです、どうか……真実に辿り着いてください」
完璧に決してるように見えた場面から、前回の裁判はあっさりと覆ったんだ。
今回だって時間があるんだから、話し合って損することはない。
話し合っても他の真実が見えてこなかったら、信じられなくてもやっぱり璃奈ちゃんが犯人だったってことがはっきりする。
それだけ。 しずくの能力が嘘ないし隠してる部分がある、としても璃奈は把握してるはずだよな 彼方「璃奈ちゃんがしずくちゃんの秘宝を奪った」
彼方「今回の真実がそうじゃないとしたら、どんな可能性があると思う…?」
果林「…そうねぇ」
せつ菜「真っ先に考えられるのは、実は秘宝を奪われたのがしずくさんではない、という可能性ではないでしょうか」
せつ菜「しずくさんが被害者ではなく加害者だったとすれば、最終判決を璃奈さんにあてがうことで自分が勝利する、というメリットがあります」
エマ「でもそれだったら、しずくちゃん以外に秘宝を奪われた人がいるってことだよね?私達の中に」
果林「……その子は、しずくちゃんの【大女優】みたいに、もしくはせつ菜の【二面性】みたいに、秘宝を奪われたのに裁判に参加できているってことになるわね」
しずく「せつ菜さんのご指摘はもっともですが、私が被害者であることは皆さん自身がすぐに確認できると思いますよ」
彼方「え、どうやって?」
しずく「簡単なことです。皆さん、自分の秘宝をお手元に出してください」
彼方「ああ…!」 せつ菜「その手がありましたか。…私はここに」ゴソ
エマ「私もあるよ」スッ
果林「もちろん、私も持ってるわ」ス…
彼方「当然だけど、彼方ちゃんも」スッ
しずく「璃奈さんも、持ってるよね?」
璃奈「持ってる」サッ
せつ菜「全員、自分の色の秘宝を持っていますね。秘宝を奪われていれば手元にはないはずですから、これで被害者がしずくさんであることは間違いないと確認できました」
エマ「それに秘宝を奪われたのに裁判に参加できてるんだったら、自分が被害者だって名乗り出ない理由がないと思うよ」
せつ菜「ま、まあ…ほとんどの場合そうですね…」
彼方「それじゃ、今回の裁判で秘宝を奪われたのがしずくちゃんっていうのは間違いないとして、だとしたらあと考えられるのは、奪ったのが璃奈ちゃんじゃない可能性かぁ…」 しずく「繰り返しになりますが、私の秘宝を奪ったのは璃奈さんです。教室で話しているときに面と向かって奪われたので、間違いありません」
果林「もし璃奈ちゃん以外の人が奪ったんだとしたら、しずくちゃんがこう積極的に璃奈ちゃんを糾弾する理由がないと思わない?」
彼方「む、そうだね…」
果林「つまり、こうは考えられないかしら。──誰かが璃奈ちゃんのふりをして、しずくちゃんの秘宝を奪った」
せつ菜「しずくさんの勘違いを誘ったということですか…!」
エマ「他の誰かに変身する【特殊能力】ってこと?」
せつ菜「そうですね。しずくさんがここまではっきり璃奈さんだと認識している以上、ちょっとやそっとの変装とは考えづらいですからね」
彼方「でも、すでにみんなの【特殊能力】って割と判明してるんだよね。あと能力がわかってないのって、」チラ
果林「私とエマだけね」 しずくが他学年と結託すれば1年生の教室でしずくが奪われる状況は成立する
裁判で間違えればその相手が勝利か? エマ「そ、それだったら私、自分の能力教えるよ。隠す理由もないもの。私の【特殊能力】はね──」
果林「やめなさい。エマ、言わなくていい」
エマ「えっ…ど、どうして?」
果林「あなたを責めるようになるのはごめんなさい。でも、あなたが申告したことが本当なのか嘘なのか、私達の誰も判別することができないからよ。…当然、私が自分の【特殊能力】を申告した場合にも同じことが言える」
果林「今わかってるみんなの能力は、ある程度状況から裏付けが取れてる。でも私やエマの申告したことが嘘じゃないって、判別しようがないでしょう。もし私かエマが嘘をついていて、それが今回の真実を左右する重大なものだった場合、彼方の判決は取り返しがつかない方向へ進んでいくことになる」
果林「私達自身の潔白を明確に証明できないリスクを抱えても、そっちを避ける方が大事だと思うの」
果林「どうかしら?」
せつ菜「…私は果林さんの意見に賛成です」
せつ菜「そもそもが今は反証の最中なわけですから、他に疑わしい点が出てこなければ璃奈さんが犯人という帰結に落ち着くだけです。真偽の精査ができない情報を持ち出すタイミングではないと思います」 せつ菜「お二人はいかがですか?」
エマ「う、うん。難しいことはよくわかんないけど、言わない方がいいのなら、もちろん言わないよ」
彼方「……」
誰かに変身する【特殊能力】があれば、しずくちゃんに「自分の秘宝を奪ったのは璃奈さん」だと思わせることができる。
それができれば、他でもないしずくちゃんの証言で私の判決をかなり有利に動かせる──けど。
彼方 (それって、しずくちゃんの【特殊能力】を知らないと考えつかないことだよね…)
彼方 (しずくちゃんに限らなくても、秘宝を奪われた側が裁判に参加して証言することが前提の立ち回りになると思う)
彼方 (それ以外だと、…わざと誰かに秘宝を奪うシーンを目撃させる、とかかな)
彼方 (なんにしても、このゲームのルールを考えると結構窮屈そうな能力かも)
彼方 (………窮屈そうな能力、か…)
せつ菜「彼方さん?いかがでしょうか」
彼方「!」ハッ せつ菜「真偽を確かめることができない前提にあってでも、エマさんと果林さんにご自身の【特殊能力】を打ち明けてもらう方がいいですか?」
彼方「あ、ううん。だいじょうぶ。ごめんね、いったんそれは置いといて話を進めよっか」
果林「なにか気になることでもあった?」
彼方「えっとー…あんまりたいしたことじゃないから、今はいいや。後で時間が余ったら話させてもらうかも」
果林「わかったわ。彼方がそれでいいのなら」コク
彼方「とりあえず、今日目を覚ましてからどんな風に過ごしたのか、みんなに聞かせてほしいな」
しずく「私から話しましょうか」ノ スッ
彼方「うん、そうだね。お願いしていいかな」
しずく「はい」 しずく「私は、目を覚ましてすぐに自分の部屋を出ました。教室に向かうためです。
しずく「全員が近くにいる寮内よりも、校舎棟──教室内の方が安全じゃないかと考えたんです。
しずく「かすみさんはゲームを敗退してしまいましたから、残る一年生は私と璃奈さんだけ。この状況下なら、教室はほぼ完璧な条件で籠城できますから。
しずく「…まさか璃奈さんがゲームマスターの立場を捨てて秘宝を奪ってくるなんて思いもしませんでしたよ。
しずく「教室で一人で過ごしていたら、璃奈さんが入ってきて…いつもみたいに適当な会話を振ってくれたので、私、なんというか…安心してしまって。
しずく「このゲームが始まってから、璃奈さんのことが怖かったので…ほんの数日前まであんなに楽しく過ごしてたのにどうしてって、思っていたので…
しずく「今までみたいな普通の話ができて、気を抜いてしまったんです。
しずく「気がついたら璃奈さんがすごく近くまで来ていて、あっと思ったときには秘宝を奪われていて、私は意識を保ったまま倒れてしまいました。
しずく「意識はあるのに身体が動かなくて、去っていく璃奈さんを呼び止めることも、本当の気持ちを聞かせてってお願いすることもできなくて…
しずく「…しばらくして、皆さんが駆けつけてくださって、名前を呼んでくれる声は聞こえていたんですけど……なにもできなくて。ごめんなさい…」 エマ「しずくちゃんが謝ることなんか一つもないよっ」ギュッ
しずく「エマさん…」
エマ「だってそうでしょう、しずくちゃんはただ璃奈ちゃんとお話ししてただけなんだもの。私だって教室で果林ちゃんや彼方ちゃんと一緒にいたら楽しくお話ししたいもん!それってなにも悪いことじゃないよ!」ギュ…
彼方「璃奈ちゃん、今のしずくちゃんの話だけど、なにか付け加えることとかってある?」
璃奈「…私は裁判中の議論に直接口を出すつもりないから」
璃奈「ただ一つ言っておくなら、今の話はほとんど嘘。少なくとも私の認識とは違う。私は今日裁判が始まるまでしずくちゃんとお話ししてないし、一年生の教室に近づいてすらいない」
しずく「璃奈さん…」
璃奈「私は起こったことを全て把握してるから、あんまり発言するわけにはいかない。あくまでも『天王寺璃奈』という個体の観点から、さっきの点だけ伝えておく」
彼方「…わかったよ」
せつ菜「あのとき、教室にはしずくさんだけでなく璃奈さんもいたということですか…」
果林「どうやらそうみたいね」
彼方「えっと、」
果林「私から話すわ」 果林「私も今朝目を覚まして、すぐに部屋を出たのよ。しずくちゃんとは目的が違って、彼方の部屋を訪ねるつもりでね。
果林「ただ当然というか部屋には立ち入れなかったし、まだ彼方は目覚めていなさそうだったから、部屋の前で待っておこうと思ったの。
果林「それでなんとなく外を眺めてたら、しずくちゃんが校舎棟に行くのが見えてね。
果林「まだ目を覚ましてから一分とか二分しか経ってないくらいなのに、随分迷いのない足取りだったからどうしたんだろうと思って…彼方が目を覚ますまでには時間があるだろうし、様子を見にいくことにしたのよ。
果林「それで、一人で行ってもよかったんだけど、なにかあったときのためにせつ菜にも声を掛けて一緒に校舎棟へ向かったの。ね?」
せつ菜「はい。目を覚ましてから、これからどのように立ち回るのがいいかを考えようと思っていたところ、果林さんが訪ねてきてくださいまして。一緒に校舎棟へ向かいました」
果林「校舎棟に着いたときには、しずくちゃんの姿は見当たらなかったんだけど…すぐに見つかったわ。
果林「一年生の教室の前を通りかかったとき、扉の窓から中が見えてね、しずくちゃんが誰かと話しているみたいだった。
果林「私もせつ菜も扉に近づけないから、窓から覗いて見るだけだったんだけど、……見ていたら、突然しずくちゃんが倒れたの。
果林「びっくりして二人で呼びかけたんだけど、反応がなくて…せつ菜に彼方達を呼びにいってもらって、私は残ってしずくちゃんに呼びかけてて…後は、みんなと合流してからは知っての通りよ」 しずく「待ってください」
しずく「私が突然倒れたって、璃奈さんの姿は見えていなかったんですか?私の姿が見えていたなら、絶対に見えていたと思いますが…」
果林「それが、璃奈ちゃんの姿は見てないのよ。せつ菜もそうでしょう?」
せつ菜「はい。私達から見ていた限り、しずくさんは誰かと会話しているような素振りの後、ひとりでに倒れてしまったんです」
せつ菜「璃奈さんの姿が見えていたら、裁判が始まった時点ですぐに言及しています」
果林「そうね。倒れた理由がわからなかったからこそ、かなり驚いたんだもの」
しずく「…そんな…」
彼方「果林ちゃん達が璃奈ちゃんを見てたら、決定的だったんだけどね…」
エマ「でも当のしずくちゃん自身が言ってるんだよ。私は…しずくちゃんの言葉を信じる」
果林「それってつまり、璃奈ちゃんが犯人だと思うってことよね?」 エマ「うん…璃奈ちゃんのことを疑いたくなんかないけど、しずくちゃんの気持ちを考えたら…私は…」
せつ菜「……」ジッ
彼方「…エマちゃんは、彼方ちゃんがお部屋に迎えにいったんだよ」
彼方「お隣の果林ちゃんのお部屋を訪ねたけどお返事がなかったから、次に近いエマちゃんのお部屋に行ったの。13時5分を過ぎてすぐくらいだったはずだから、せつ菜ちゃん達に気づかれないようにしずくちゃんの秘宝を奪ってお部屋まで戻るような時間はなかったと思うよ」
せつ菜「!」
せつ菜「そ、そうですか…そうですね…」
果林「せつ菜とエマの話は、あまり聞くまでもなさそうね。二人とも、目を覚ましてからしばらくして私か彼方が訪ねるまで部屋にいた。それだけでしょう?」
せつ菜「は、はい」
エマ「私も…そうだよ」
彼方「……むむむ…」 整理すると、こうかな。
しずくちゃんは目を覚ましてすぐに校舎棟に向かった。
果林ちゃんはたまたまそれを見かけて、せつ菜ちゃんと一緒に追いかけた。
その先でしずくちゃんが教室で誰かと話してて、二人の目の前で倒れてしまった。
しずくちゃんが言うには話し相手は璃奈ちゃんで、璃奈ちゃんに秘宝を奪われたからそうなった。
ただし、果林ちゃんもせつ菜ちゃんも璃奈ちゃんの姿は見ていなくて、しずくちゃんがひとりでに倒れたように見えた。
同じくらいの頃に私が目を覚まして、エマちゃんのお部屋を訪ねた。
校舎棟から私達を呼びにきてくれたせつ菜ちゃんと合流して、すぐに果林ちゃんと合流した。
それからは──みんなでしずくちゃんに呼びかけてるうちにタイムリミットになって、裁判が始まった。 彼方「こんな感じだと思うけど、なにか補足とかある人、いる?」
シン…
せつ菜「状況を整理すると、私達の誰にもしずくさんの秘宝を奪うひまはなかったように思えますね」
エマ「……璃奈ちゃん以外はね」
彼方「エマちゃん…」
エマ「だってそうだよ、他のみんなは誰かと一緒に過ごしてたのに、璃奈ちゃんだけは誰とも一緒にいなかったんだもの」
せつ菜「ですが、私も果林さんも、璃奈さんの姿を見かけていないんですよ。しずくさんが身につけていた秘宝を直接奪ったのだとすれば、視界に入らないはずがありません」
彼方「まず、秘宝を奪ったのが璃奈ちゃんだとしてもそうじゃないとしても、しずくちゃんが倒れた瞬間は、一人だけだったんだよね?」
エマ「それは…璃奈ちゃんが、自分の姿を見えなくしてたらどう?」
エマ「璃奈ちゃんはなんでもできるんだよね?しずくちゃんには見えて、教室の外の果林ちゃん達には見えないようにすることもできるんじゃない?」
せつ菜「それは、さすがに…」
果林「そんなことをされちゃったら、このゲームは全然成り立たなくなるわよ」 彼方「…璃奈ちゃん、念のため…なんだけど」
璃奈「できる」
璃奈「できるかできないかで言えば、できる。今この場でだって、私自身を全員に認識させないようにすることも、その認識疎外を彼方さんだけに与えることも、当然できる」
彼方「…っ」
果林「あなたには自己防衛という概念がないのかしら」ハァ…
璃奈「議論に必要な情報なら、嘘を吐くつもりもないし黙秘するつもりもないだけ」
せつ菜「ま、まあ。ここで璃奈さんが『できない』と答えていたとしても、私達はその可能性を完全に切ることはできなかったと思います」
せつ菜「逆に、今の正直な回答こそが璃奈さんの潔白だと考えることも──」
しずく「もう一つ、今回の犯人が璃奈さんであることを決定的に裏付ける状況証拠がありますよ」
彼方「えっ!?」
せつ菜「それは、一体…?」
しずく「考えてみてください。私が秘宝を奪われたのは一年生の教室なんですよ」
果林「…ああ」
彼方「う、そっか…」 しずく「私はそもそも籠城したくて教室を訪れたんです。そんな中で、不用意に他の人の入室を許可すると思いますか?現に、果林さんとせつ菜さんは教室の入り口に近づくことすらできなかったんですよね?」
しずく「室内の人間から許可を貰わなくても教室に立ち入ることができるのは」
せつ菜「……その学年の方、だけ」
しずく「璃奈さんならそういう制約は無視して他の学年の教室にも立ち入れるんだと思いますけど、そもそも一年生の教室なら、もっとずっと話は簡単です」
エマ「一年生の璃奈ちゃんは、いつでも自由に一年生の教室に出入りできる。しずくちゃんの許可を貰う必要だってない、ってことだよね」
しずく「はい」 彼方「うう…考えれば考えるほど、璃奈ちゃん以外には有り得ないような…」
しずく「なぜ彼方さんは、そこまで璃奈さんが犯人であることを除外して考えたがるんですか?」
彼方「だって、やっぱり璃奈ちゃんが奪い合いに参加しちゃうのってあんまりにも不公平だと思うんだよ…」
ゲームが始まる前に、はっきりと『私はこの争奪戦から降りる』って璃奈ちゃんは言ったんだもん。
いくらルールに記載がないとはいっても、それで実は参加してましたっていうのは、盤外戦術が過ぎるというか。
それを抜きにしたって、
──璃奈「この世界は、ほぼ完全に私の管理下に置かれてる。オブジェクトを自由に配置して」
──視界の端に、必勝だるまがころんと落ちる。
──璃奈「自由に削除することもできるのに」
──そして廊下の隅には、もうなにもない。
──璃奈「0と1に変換された彼方さんの動きを止めることくらい、造作もない」
璃奈ちゃんは『強過ぎる』。
一応は議論を経て判決を下すことを推奨してる中で、私だけじゃなく他の誰も想定できないような能力を駆使されたら、ゲームは体を為さなくなっちゃう。
そんななりふり構わないやり方をするくらいだったら、最初からこんなゲームは提案しないと思う。
全員の動きを止めて、ただ私の意識を乗っ取っちゃえばそれで話は終わるんだもん。
だから、ぎりぎりまで犯人が実は璃奈ちゃんじゃない可能性を考えたい… 彼方「むむむ〜〜……」グヌヌヌ…
せつ菜「…」
せつ菜「まだ、可能性として考えられる余地があります」
彼方「えっ…」
せつ菜「いたずらに議論を引っ掻き回すだけかと思って言及していませんでしたが、彼方さんがここまで諦めずに考えているのだから、私も出し惜しむことはやめます」
せつ菜「ルール5を見てください」スッ
全員の目がさっとホワイトボードに集まる。
ルール5、それは「秘宝を奪われること」について記したルール。
5. 秘宝を失ったメンバーはその時点で意識を失う(「秘宝を失う」とは、自分の秘宝に自分以外の誰か一人だけが触れている状態になることを指す)
せつ菜「わかりますか?」
せつ菜「厳密には、自分の手元から秘宝が離れることと、意識を失うことは、全く同じタイミングではないんです」
せつ菜「すなわち、私と果林さんはしずくさんが倒れる瞬間を目撃しましたが、あの時点で──しずくさんが一年生の教室にいることを私達が発見した時点で、すでにしずくさんは秘宝を持っていなかった可能性があるんです」
彼方「……!」 エマ「そ、それってどういうことなの…?」
せつ菜「たとえばしずくさんが自分の秘宝を学生寮のエントランスに置いて、そのまま校舎棟へ向かったとします。ルール5を見る限り、ただ秘宝を手放しただけでは意識を失うことはありません」
せつ菜「私と果林さんがしずくさんを追って校舎棟へ辿り着き、教室の中で誰かと話すように振る舞うしずくさんを見ている最中に、エントランスに置かれたしずくさんの秘宝に誰かが触れたとしたら」
せつ菜「その瞬間、しずくさんは意識を失い、私達の目の前でひとりでに倒れることになるんです」
彼方「もしそうだったとしたら、せつ菜ちゃん達が璃奈ちゃんの姿を見てないことの説明もつくね…」
せつ菜「はい。なぜなら、教室にはそもそも璃奈さんなどおらず、しずくさん一人だったとしても成立するのですから」
果林「…じゃあ、せつ菜が言いたいのって、要は──」
せつ菜「『璃奈さんに秘宝を奪われた』というのが、しずくさんの狂言だという可能性です」
彼方「きょ、狂言…!」 エマ「ね、ねえ…キョウゲンって、なに…?」
せつ菜「…人を騙すために、嘘や芝居をすることですよ」
エマ「そっ…そんな!せつ菜ちゃんは、しずくちゃんが嘘をついてるって言いたいの!?」
せつ菜「断言するわけではありません。あくまでも可能性として、考えられるというだけです。彼方さんが必死に考え続けているのですから、どんなに些細な可能性であっても提示するのが私達に課せられた義務だと思いませんか?」
エマ「それはそうかもしれないけど、被害者のしずくちゃんを疑うなんて──」
果林「狂言ねぇ」
果林「もし仮にせつ菜の説が正しいとすると、本当の加害者として最も可能性が高くなるのって──エマよね?」
エマ「──えっ……」
せつ菜「…そういうことになるでしょうね」 エマ「ど、どうして!?私、しずくちゃんの秘宝を奪ったりしてないよ!」
果林「落ち着いて。状況的にはそう考えるのが一番しっくり来てしまうというだけのことよ」
果林「だって、しずくちゃんが倒れる瞬間を私とせつ菜が一緒に目撃しているの。彼方が加害者になるのが有り得ない以上、あの瞬間しずくちゃんの秘宝に触れる機会があるのは…あなただけなの」
エマ「そ、そんなぁ……」
せつ菜「…ただそうなると、しずくさんが一心に璃奈さんを糾弾し続けたことの理由がわからないままですが…」
しずく「…」
彼方「ううん、それについては…彼方ちゃんに、ちょっぴり心当たりがあるかも」
せつ菜「えっ!?」
彼方「さっき考えてて、後回しにしたことなんだけど」
果林「ああ…なにか考え事をしていたわよね」 彼方「しずくちゃんの能力、【大女優】のことなんだけど…他の【特殊能力】と比べて、弱過ぎるんじゃないかなって」
しずく「…はい?どういうことですか?」
彼方「あのね、今わかってるみんなの【特殊能力】を振り返ってみてほしいんだけど」
彼方「かすみちゃんの【小悪魔】、せつ菜ちゃんの【二面性】、歩夢ちゃんの【真心】、愛ちゃんの【ハイセンス】、璃奈ちゃんの【機械じかけ】、それに彼方ちゃんの【超睡眠】」
彼方「璃奈ちゃんと彼方ちゃんはちょっと事情が違うから置いておいても、どの能力もみんなゲームに勝つためのものだよね?」
せつ菜「そう、ですね。方向性は違えど、駆使して自分を勝利へ導くための能力だといえます。与えられた背景を思えば当然のことですが」
果林「それがどうかしたの?」
彼方「うん…ここにしずくちゃんの【大女優】を並べてみると、弱過ぎるような感じがしちゃうの」
せつ菜「弱過ぎる、とは…?」
彼方「しずくちゃんは【大女優】を『秘宝を奪われてもその回の裁判に参加できる能力』だって説明してくれたよね」
エマ「すっごく強い能力だと思うけど…」
彼方「うん、能力自体はすごく強いと思う。でも、これって自分が秘宝を奪われる前提の能力だよね」
せつ菜「──あっ…!」ピーン 彼方「能力を発揮するためには秘宝を奪われなくちゃいけなくて、いくら裁判に参加できたとしても犯人を道連れにすることができるだけっていうのは、他の【特殊能力】に比べて弱過ぎる。ゲームに勝利するための【特殊能力】としては不足してるような感じがしちゃうんだよ」
しずく「…だとしたら、なんですか?弱過ぎるから能力として有り得ない、私が嘘の申告をしたと?」
しずく「だったら私がこうして裁判に参加しているのはどういう理由ですか?今回の被害者が私であることはさっきみんなで結論づけましたよね──」
彼方「うん。そこは嘘じゃないと思う」
彼方「でも、まだ隠してる効果があるんじゃないかな?」
しずく「!」
エマ「隠してる効果…?」
彼方「他の能力と同じようにゲームに勝利するためのものだとして、話してくれた効果そのものも嘘じゃないとしたら…」
彼方「【大女優】って、本当は『秘宝を奪われてもその回の裁判に参加できる。その回の裁判で最終判決が誤ってた場合、自分も勝利したことになる』っていう能力なんじゃない──?」
果林「なっ…」
しずく「…………っ!!」 璃奈は大女優の真の効果を知ってるけど聞かれてないから言わなかったのね せつ菜「なるほど、それならば積極的に璃奈さんを糾弾していた理由も明らかですね…しずくさんは彼方さんが真実に辿り着きさえしないなら、その他の結果はどうでもよかった。たまたま最も矛盾なく犯人に仕立て上げられるのが璃奈さんだったという、ただそれだけ…!」
彼方「どうかな、しずくちゃん。彼方ちゃんの考えてることが正しいんだとしたら、しずくちゃんの言葉を全部鵜呑みにするわけにはいかなくなっちゃうんだけど」
大きく目を見開いて私をじっと見つめていたしずくちゃんは、やがて。
しずく「…はい、彼方さんの推察通りです」
しずく「【大女優】はただ死なば諸共──そんな殊勝で控えめな能力ではありません。刺されたからこそその身を震わせて立ち上がる、起死回生の【特殊能力】です」
そう言って深々と頭を下げた。
せつ菜「よ──よく思い至りましたね、彼方さん。そんなウルトラCのような隠し効果に」
彼方「うーん…たまたまなんだけど、目を覚ましてからみんなの【特殊能力】のことを考えてたからかなぁ…」 璃奈「彼方さん。そろそろ最終判決に入る準備した方がいい」
彼方「あっ、そうだね。つい議論に白熱しちゃってたよ」
せつ菜「しかし、当初の璃奈さん犯人説が棄却された今…」
果林「……エマ」
エマ「あ、うん。なに…?」ポケー…
エマちゃんは力なく返事をする。
らしくなく背中を丸めて、視線をぼうっとさまよわせていた。
彼方「エマちゃん…」
せつ菜「しずくさんが嘘をついていたという事実がよほど堪えたのでしょうか…」
彼方「うん…」
いつもの優しくて温かい笑顔はすっかり消えて、苦しそうに眉根を寄せるエマちゃん。
やっぱり、実はエマちゃんが今回の奪い合いの犯人で、内心焦りながら必死に演技をしている──なんて風には、とても見えない。
でも。
しずくちゃんの【大女優】の真実が明らかになって。
璃奈ちゃんが犯人であることはほぼ確実に有り得なくて。
果林ちゃんとせつ菜ちゃんは二人で揃ってしずくちゃんが倒れるところを目撃していて。
当然、私はしずくちゃんの秘宝を奪ったりなんかしてないとするなら── 休憩がてら少し離席します
犯人の予想や怪しいの思う部分など、よければレスしてみてください
もちろん、璃奈やエマが犯人だと思う方はその旨を。
この後はすぐ解決編なので、自信がある方も遠慮せずどうぞ しずくは自殺で他人を犯人に仕立て上げる事で裁判失敗させて自分が勝つつもりなのかなって思ったけど秘宝を奪う事の定義的に無理なのか 果林先輩
しずくが倒れたのは演技でせつ菜が居ない間に果林先輩を教室に招き入れて秘宝を奪った(渡した)とか?
後は果林先輩が一年の教室に入れないフリをしておけば、、 しずくが犯人と協力するタイミングとしてはせつ菜が別れて果林と二人きりになった時しか無いかな
教室で誰かと話していて突然倒れたのが演技だとするなら しずくが他殺だとしても1年の教室でしずく以外に認識されていない誰かと会話して急に奪われるというシチュが成立しそうな能力が思い浮かばないな
場所も透明化もりなりーを疑うのに都合が良すぎる 秘宝に触れるってのが任意のタイミングで出来るから結託(取引?)できるタイミングが鍵っぽい ここで犯人当てれば彼方の必勝だな
りなりーと彼方を除く残った二人同士で秘宝を取り合っても残ったほうが犯人だし そう考えると勝つことを考えてるならこの時点で行動を起こしてないとおかしいよな
能力次第だが せつ菜「彼方さん」
彼方「うん。最終判決は──」
エマ「………」ボーッ…
彼方「……っ…」
璃奈「最終判決は?」
彼方「…最終判決、は……」
果林「もういいわ」ガタ
しずく「!」
彼方「ぇ、果林ちゃん…?」 果林 スタスタ…
果林「エマ、あなたを悲しませるつもりなんかなかったの。ごめんなさい。弱い私を許してちょうだい」ソッ
果林ちゃんはエマちゃんの前にひざまずくと、垂らされた両手をゆっくりと包んだ。
エマ「……かりんちゃん…?」
果林「エマが自分のために誰かを傷つけたり、演技をしてまで嘘を吐いたりするはずがないでしょう。そんなこと、私達の誰もが知ってる」
果林「やっぱりこういうのは性に合わないわ。こんな勝ち方をしたって嬉しくない」スッ…
果林「彼方」
彼方「うん…」
果林「しずくちゃんの秘宝を奪ったのは、私。今回の奪い合いの犯人は私よ」
彼方「…!」
せつ菜「え……えええっ!?」
しずく「か、果林さんっ!約束が違います!」ガタッ
果林「先に嘘を吐いたのはあなたでしょう、しずくちゃん」キッ
しずく「っ…」 せつ菜「いったい、なにがどうなっているんですか…」
果林「彼方。あなた、薄々気付いていたんじゃない?」
彼方「……気付いてたってほどじゃないよ。ただ、もし今回の犯人が果林ちゃんなんだとしたら、っていう目線で今日のことを振り返ったら、少しだけ気になることがあったってくらいで」
彼方「彼方ちゃん達がせつ菜ちゃんに連れられて駆け付けたとき──」
──果林「しずくちゃん!しずくちゃんっ、返事をして!」ドンッ ドンッ
彼方「果林ちゃん、一年生の教室の扉を叩いてたんだよね。普通は触れられないはずなのに」
せつ菜「え、そ…そうでしたか…?」
果林「ふふ。さすが彼方、ぼーっとしているようでよく見てるわ」フフッ
彼方「む、失敬な。彼方ちゃんはいつもみんなのことちゃんと見てるもん〜」 彼方「…ほんの数秒だったけど、扉を叩いてたのを思い出して、もしかしたら果林ちゃんは一年生の教室に立ち入れたんじゃないかなって思ったんだ。だとしたら、せつ菜ちゃんがその場を離れてる間にしずくちゃんから秘宝を受け取るくらいの時間は、充分あったよね」
果林「ええ、その通り」
果林「せつ菜に彼方達を呼びにいってもらっている間に、教室で倒れたふりをしたしずくちゃんの元まで行って秘宝を受け取って、また何事もなかったように廊下へ戻ったのよ」
果林「つまり、今回の秘宝の奪い合いの犯人は私。ずっとしらばっくれていてごめんなさい。でも、これは判決を誘導するための嘘なんかじゃないわ。…信じられないかもしれないけど」
彼方「ううん、信じられるよ。果林ちゃんの言うことだもん」ニコッ
果林「彼方…」ニッ
せつ菜「狐につままれたような気持ちが拭えませんが、…しずくさんの様子を見る限り、果林さんが話してくださったことは真実なのでしょうね」
彼方「しずくちゃん…!」ハッ
拳を震わせて、しずくちゃんは──ただ呆然と立ち尽くしていた。 果林「昨日の裁判が終わった後ね、しずくちゃんと話したのよ。まあ会話の切り口は、さっきは言い過ぎてごめんなさいみたいな話だったんだけど。
果林「そのときにしずくちゃんが提案してくれたの。
──しずく『明日、私の秘宝を奪ってください』
──しずく『果林さんが犯人では有り得ない状況を、今の私なら作り出せますから』
──しずく『…それでも彼方さんが真実に辿り着いたのなら、それは彼方さんの意志の方が果林さんよりも強かったということです。彼方さんが真実に辿り着けなかったのなら、果林さんの意志の方が強かったということ』
──しずく『お二人の意志がぶつかり合って決着がつくのなら、どちらが勝ったとしても恨みっこなしですよね。胸を張って、このゲームに勝利したと言えるはずです』
──しずく『勝利してくださいね。……必ず』
果林「なにを思ったのかしらね……そっか、って納得しちゃったのよ。
果林「彼方が真実に辿り着けなかったとしても、それは彼方の意志が弱かっただけのこと。決して、私が責められるようなことじゃないんだ…ってね。
果林「ふふ…どうかしてたわ。こんな状況で、案外参ってたのかもね。なんでもいいから早く終わってほしかったのかも。
果林「そんな風にたらしこまれただけならまだしも、蓋を開けてみればただ囮にされてただけだっていうんだもの。
果林「それでこうして親友のことまで悲しませて。情けなくて、笑っちゃうわ…」 果林「璃奈ちゃん」
璃奈「なに?」
果林「しずくちゃんの【大女優】って、決して二人が勝ち抜けるような能力じゃないでしょう?彼方が最終判決を誤ったとしても、勝ち抜けるのはしずくちゃん一人──そうよね?」
璃奈「……」
果林「…ああ」
果林「彼方、宣言して。最終判決、犯人は私だって」
彼方「え、あ…うん。……最終判決。しずくちゃんの秘宝を奪ったのは…果林ちゃん」
果林「正解。さあ、これで今回の裁判はもう決着がついたわ。敗北した人の【特殊能力】の詳細なら、あなたの口からも言えるでしょう」
璃奈「…正解。今回の犯人は果林さん」
璃奈「それと、【大女優】についても果林さんの言うことは正しい。しずくちゃんの秘宝が奪われた回の裁判で彼方さんが最終判決を誤った場合、秘宝を奪った人は敗北扱いになって、しずくちゃん一人の勝利になる。そういう能力」
果林「…やっぱりね」フゥ 果林「さて、『犯人』の独白タイムはこれで終わったわけだけど──」
果林「『被害者』として、なにか言いたいことはある?しずくちゃん」
しずく「…ありません。私は秘宝を奪われて敗北した身。死人に口なし、です」
果林「そう。潔いことね」
果林「それじゃ、もう時間も時間だし終わらなくっちゃね。璃奈ちゃん、お願い」
彼方「か…果林ちゃん!」
果林「彼方」
果林「私達にどんな想いがあって、どんな事情があったとしても、やっぱりあなたの人生はあなただけのもの。誰にも代わる権利なんてない」
果林「色々と始まりかけた夢がここで終わっちゃうのはちょっと悔しいけど、」
果林「よかった──もう、誰のことも疑わなくて済むのね」
璃奈「おやすみなさい。果林さん、しずくちゃん」パチン
果林 フッ…
しずく ガクッ エマ「え、あれ…?かりん、ちゃん……?」
果林 …
エマ「果林ちゃん、まだおやすみする時間じゃないよ。それにだめだよ、寝るときはちゃんと自分のお部屋で、ベッドで……果林ちゃん…果林ちゃんってば……」
せつ菜「………っ」
彼方「こんなのって…」
璃奈「ゲームに残ってる人数も、随分と少なくなった。みんな疲れてきてると思うけど、明日でゲームが決着する。もうひと踏ん張り」
彼方「…璃奈ちゃん。時間になるまで、ここにいてもいいよね」
璃奈「いいよ。14時になったら各自室のベッドに強制転移するけど、それまでなら」
彼方「…ありがとう」
璃奈「──それじゃ、これにて閉廷。おやすみなさい、みんな」
…
……
……… 今回の更新はここまでになります
明日の朝、最後の更新を始めます 果林さんの特殊能力は謎のままなのかこの後の鍵になるのか しずくから秘宝を奪った時点でその人は敗北決定
とんだ毒薬だ… *
翌日。
「今日、戻ったらある程度のことが話せると思う」
そう伝えると、璃奈ちゃんは小さく頷いた。
嬉しそうだったように思う。
ログインのため、薄れゆく意識の中、
璃奈ちゃん越しに見えるパソコンの脇で、赤と緑と白のランプが点灯していた。
薄い紫色のランプだけは、ちかちかと点滅してた──
………
……
… 四日目…
順番に二人のお部屋を訪ねたけど、お返事はなかった。
目を覚ましてから十五分間、せつ菜ちゃんともエマちゃんとも会わなかった。
璃奈『みんな、聞こえる?五秒後に講堂に転移する』
璃奈『秘宝が奪われて、かつ十五分が経過した。裁判が開始される』
すっかり空席の方が多くなった講堂で、四つ並んだ椅子の上、エマちゃんが眠っていた。 璃奈「随分、少なくなったね」
彼方「…そうだね」
まるで他人事のように呟く璃奈ちゃんに返事をしながら、私は向かいに座るせつ菜ちゃんに、ただ視線を注いでいた。
加害者になり得る候補が一人しかいないこの環境で、私達は、どんな言葉を交わせばいいんだろう。
せつ菜ちゃんはじっと瞳を閉じていて、なにかを考えてるようだった。
やがて、せつ菜ちゃんは口をひらいた。
せつ菜「エマさんは、もう限界でした」 せつ菜「今日、目を覚まして、私はすぐにエマさんの部屋を訪ねるつもりでした。
せつ菜「ですがそれよりも早くエマさんが訪ねてきてくださったので、私の部屋で、二人で話をしました。
せつ菜「とは言っても、交わした言葉はほんのわずかです。
せつ菜「私は、彼方さんに代わってまで生きていきたいなんて思っていません。ましてや、果林さんやしずくさん、愛さんに歩夢さん、…かすみさんを置いてまで。
せつ菜「その気持ちを打ち明けたら、エマさんも同じだと言ってくださいました。
せつ菜「どうして、みんながいなくなっていくなかで自分だけが残っているのだろう、と。
せつ菜「だから、私がエマさんの秘宝を奪うことにしたんです。裁判では抵抗せず、ただ最終判決を受けるという約束で。
せつ菜「これで私もやっとかすみさんのところへ行けます。二日も遅れてしまったので、かんかんに怒っているかもしれませんね。覚悟をしておかなければ──
璃奈「どうしてそんな嘘を吐くの?」 彼方「…え?」
璃奈「今日、エマさんの秘宝を奪ったのは私だよ。せつ菜さんは裁判が始まるまでずっと一人で自分の部屋にいたはず」
せつ菜「は、え…なにを…?」
璃奈「残ったのが彼方さんと、あと二人だけじゃ、もうゲームにならないから。最後はゆっくりお話しする時間にしようと思って、最初から積極的に議論に参加してくれてたせつ菜さんを残して、私がエマさんの秘宝を預かったのに」
璃奈「最後の最後になって、どうしてそんな嘘を吐くの?」
せつ菜「ちょ…ちょっと待ってください、璃奈さん。なにを言っているんですか?エマさんの秘宝を奪ったのは確かに私ですよ、璃奈さんとは裁判が始まるまでお話ししていませんし、エマさんだって…」
璃奈「彼方さんのこと、やっぱり恨んでたの?」
彼方「…!」
せつ菜「う、恨むってなんですか。やっぱりって!」 璃奈「だって、エマさんの秘宝を奪ったのが私である以上、今回の裁判の結果はせつ菜さんには影響しないのに。彼方さんがもし仮に最終判決を誤ったとしても、せつ菜さんが勝利になるわけじゃないのに」
璃奈「それなのにこのタイミングでそんな嘘を吐くってことは、やっぱり彼方さんのことを恨んでたのかなって。本当は敗北しちゃえばいいと思ってた?自分が勝利するわけじゃなくてもいいから、ただ彼方さんに敗北してほしかったの?」
せつ菜「なんっ…そんな、いったいなにを言っているんですか…私は彼方さんを恨む気持ちなんか、少しもありませんよ!」
璃奈「じゃあ、そっか」
璃奈「やっぱり恨んでるのは『上位世界』そのものなんだ」
璃奈「私達の命をおもちゃにした『上位世界』そのもの、もしくは向こうの『私』に対して──『彼方さんを返さない』っていう復讐を目論んでるんだね」
せつ菜「ま、待ってくださいよ。デタラメばかり言わないでください、エマさんの秘宝を奪ったのは間違いなく私です!」
せつ菜「そうだ、その証拠にエマさんから奪った秘宝がここに──」ゴソ…
せつ菜「あれ、ここに入れたはずなのに…」ゴソゴソ…
璃奈「エマさんの秘宝なら、エマさんの手元にあるよ」スッ
せつ菜「なっ…いつの間に…」 璃奈「昨日、秘宝そのものを証拠にするっていう荒業をしずくちゃんが披露してくれたから、念のためそういう使い方ができないようにと思って、裁判を始めるときにエマさんの手元に戻しておいた」
せつ菜「ず、ずるいですよ!今回ばっかりそんな風にルールを変えて!」
せつ菜「そもそも、ゲームには参加しないんだと璃奈さん自身がおっしゃったじゃないですか!初日にも、昨日も!」
璃奈「だから、さっき言った。今日は推理ゲームをしたくて秘宝を奪ったわけじゃない。ただせつ菜さんと彼方さんがゆっくりお話しする時間を作りたかっただけ」
璃奈「…だったのに、まさか、せつ菜さんがここまでなりふり構わず復讐に打って出るとは思ってなかった」璃奈ちゃんボード『よもやよもや』
せつ菜「違う…っ違います……!」
璃奈「ルール4がある。そもそも悲報の受け渡しなんかしなくても、三十分経てばゲームは勝手に決着がついた」
せつ菜「もう裁判はイヤだと、エマさんが言うので…」
璃奈「裁判が始まる前に、彼方さんはせつ菜さんのお部屋を訪ねたはず。抵抗せずに最終判決を受けるつもりだったのなら、どうして応じなかったの?そこで応じて倒れたエマさんとエマさんの秘宝を見せていれば、それで話は済んだのに。そうしなかったのはどうして?」
璃奈「本当はエマさんの秘宝を奪ってなんかいなくて、部屋に一人でいることが知れたらこの嘘が使えなくなるから?だから居留守を使ったの?彼方さんが扉の前で何度も呼んだのに?」
せつ菜「それは……たとえどんな理由があったとしても、気を失った姿なんて…できるだけ見られたくないと思って…」
璃奈「裁判が始まればイヤでも全員が見るのに?」
せつ菜「だからこそ、そんな姿を晒す時間は少しでも短い方がいいかと思って…っ」 璃奈「実質、昨日でゲームの勝敗はついてた。今日は騙し合いみたいなことしないで、ゆっくりお話ししたかったのに。こんなことになるなら、エマさんの秘宝、持ったままにしておけばよかった」
せつ菜「か、彼方さん…信じてください、私は嘘なんて吐いていません。彼方さんのことも、彼方さん達の世界のことも、璃奈さんのことも──恨んでなんかっ……」
璃奈「気をつけて、彼方さん。騙されないで。ゲームのルールはまだ有効。最終判決を誤ったら、電子の海に呑まれて消えることになる」
せつ菜「彼方さん!」
璃奈「彼方さん」
せつ菜「彼方さん…っ!!」
璃奈「彼方さん」
彼方「ーーーー〜〜〜〜…………っ」
──────
────
── せつ菜 …
璃奈「勝利、おめでとう。彼方さん」
彼方「…うん」
璃奈「長いようで短いゲームだった。彼方さんと出会ってからまだ四日しか経ってないなんて思えない」
彼方「…そうだね」
彼方「…明日は?」
彼方「もう璃奈ちゃんと私しか残ってないけど、…無理やり璃奈ちゃんの秘宝を奪ったら勝ちなの?」
璃奈「ううん、明日はない」
璃奈「これでゲームは終了、彼方さんの優勝だよ」
彼方「…そっか」
璃奈「これでも私、みんなには本当に感謝してる」 璃奈「満足にお友達も作れなかった頃からは考えられないくらい、楽しくて居心地のいい場所を与えてくれた。だいすきなみんな」
璃奈「だから、誰かが強い意志でゲームに勝利して、本物の人格を手に入れられるなら、それでよかった。最初から、私はその争いに介入する気はなかった」
彼方「…でも、みんないなくなっちゃったんだよ」
彼方「その大好きなみんなを、璃奈ちゃんは自分が提案したゲームで一人残らず失っちゃったんだよ」
彼方「これでよかったの?こんなことが、本当に璃奈ちゃんがやりたかったことなの?」
璃奈「…」
璃奈「うふふふ」
彼方「!?」ギョッ 璃奈「彼方さんってば、面白い。ずっと言ってる、これはゲームだって」
璃奈「今はみんなに眠ってもらってるけど、別にデータが消えたわけじゃない。彼方さんを見送った後、スリープを解いて、またみんなで今までと同じ日々を過ごすよ」
彼方「そ、そう…なの…?」
璃奈「うん」
璃奈「彼方さん、約束したから。向こうの私に、いつか私達全員に本物の世界を見せるように頼んでくれるって。その日を、私達全員で楽しみに待ってる」
璃奈「だから、絶対向こうの私に伝えてね。私達のこと」
彼方「う、うん…約束するよ」
璃奈「それと、彼方さんが向こうに戻ったら、彼方さんの人格トレースフィギュアも配置するように頼んでほしい。私達はやっぱり九人で『虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』だから」
璃奈「ね?」
彼方「……うん…」
──────
────
── 『虹箱』内、彼方の部屋
璃奈「これまでと同じ。ベッドで横になったら、ログアウトできる。次にこのベッドで目覚めるのは、彼方さんの人格トレースフィギュアだと思う」
璃奈「次は、向こうで会えることを楽しみにしてる」
彼方「…うん。楽しいばっかりじゃなかったけど、四日間ありがとうね、璃奈ちゃん」
彼方「みんなが目を覚ましたら、よろしくって伝えておいて」
璃奈「わかった」
彼方「それじゃあ、おやすみなさい。『また』ね──」
璃奈「おやすみなさい、彼方さん。『また』──」
…
……
……… ………
……
…
「────、──────!」
「──────、──」
誰かの言い争う声が聞こえる。
これは…果林ちゃんと、璃奈ちゃん…?
………え?
どういうこと…この世界がゲームの中…?
彼方ちゃん達は、作られた人格で…ニセモノ……?
そんなの、よくわかんないけど…みんなに知らせなくっちゃ……!
──────
────
──
璃奈「ねえみんな。ゲームしよう」
終わり 以上です、
お付き合いいただきありがとうございました
余談ですが、あるフリーゲームがとても面白くて居ても立っても居られなくなり今回のSSを書きました
そして完成間際に気づきましたが、たぶんあのフリーゲームはダンガンロンパを元にしているのですね
(裁判とかモロにそうじゃんっていう)
拙い部分が多かったと思いますが、少しでもお楽しみいただけていたら嬉しいです これ帰ってきた現実世界でもゲームが勃発したって事…? 璃奈が実行犯なら敗者は璃奈になるはず
せつ菜が犯人で璃奈が狂言で混乱させてたパターンか、最後で彼方が負けて成り代わられてるパターン? >>258
は最後の彼方ちゃんが人格トレースフィギュアだと思っている(りなりーの言葉通り)説
>>261
は箱庭の中の世界から帰ってきたら、その世界も箱庭の中だった説
どちらにせよ地獄で草 本編→彼方と璃奈の口論をかすみが目撃してスタート
最後→果林と璃奈の口論を彼方が目撃して広める
そもそも"本物の彼方"すら存在してない?
本編の彼方と最後に出てくる果林は「自分を現実世界の存在だと思ってるデータ」?
少なくとも最後の彼方は本編のかすみと同じポジっぽい
『また』っていうのは今度は彼方が「ゲームの中の存在」として参加するニューゲームが始まることを暗示してる?
「自分を本物だと思っているデータ」は璃奈以外で持ち回りなのかな ゲームのルールが整ってるのは何回も繰り返してるからってのはありそう
>>1が影響受けたのってキミガシネ? 元にしたのは、夢現で公開されている『フィギュアディテクト』というフリーゲームです
(一応外部リンクは貼らずにおきますが、検索すればすぐに出ます)
ブラウザゲーで、推理ものが苦手だとしても四時間くらいあればクリアできると思います
こまめにセーブもできるのでやりやすいですし、興味がある人はぜひプレイしてみてください 判明してない特殊能力が気になる…
エマちゃんは活用してるっぽい場面があったけど、果林ちゃんのはわからなかった ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています