菜々「雪の味」
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菜々「では今日の会議はここまでです。お疲れさまでした。」
生徒会「お疲れさまでした。」
副会長「あれ?会長はまだ帰らないのですか?」
菜々「はい、ちょっと今日中に終わらせなければならない仕事があるので。」
副会長「それなら私も……」
菜々「ありがとうございます。でも、本当に少しだけなので大丈夫ですよ。お気持ちだけ受け取っておきますね。」ニコッ
副会長「そうやって会長はすぐ仕事を抱え込んじゃうんですから……。本当に大変になったら教えてくださいね?」
菜々「はいはい、分かっていますよ。それではまた明日。」
副会長「はい、お先に失礼します。」 今日も私だけが生徒会室に残る。
もちろん副会長と一緒に仕事をしたくないわけではない。しかし、自分でできる範囲の事は自分でしたいというのが私の信条だ。もちろん私が抱えきれなくなって誰かに迷惑がかかりそうなときには、迷いなく生徒会メンバーを頼る。でも、今はその時ではない。
7時。8時。時は刻々と過ぎていく。
菜々「もうすぐ帰らないといけませんね……」
ちょうど作業も一区切り。今日も同好会の練習に出られなかったのは残念。明日の朝にでも部室に顔を出しましょう。
生徒会室の戸締りをして、部屋を後にする。最終下校時刻はとっくに過ぎているため校舎内に生徒の姿はない。この時間まで学校にいられるのは生徒会の特権だ。
スマホの懐中電灯の明かりを頼りに昇降口へ向かう。 菜々「早く帰らないと……寒っ!」
外に出ると冷気が全身を突き刺す。冬の空気はどこか退廃的だ。
逆三角の屋根の下。明かりの消えた校章。真っ黒な窓ガラス。物音ひとつしない世界。
対称的に、正面には無数の光を灯した高層ビルやマンション。私の家もあのビル群の中だ。
この対比を目の当たりにすると、なんだがここが寂しい場所のように思えてしまう。もちろん、朝になればたくさんの生徒でにぎやかな場所になるだろう。でも、もしかすると本当の虹ヶ咲学園の姿は今の姿なのかもしれない。
菜々「私は……私の生徒会運営は正しいのでしょうか……。」
菜々「やっぱり冬は嫌いです。」
冬の空気は私を惑わします。 ――
―――
――――
副会長「会長、今日も残るのですか?」
菜々「はい、ちょっと今キリが悪いので、最後まで終わらせて帰ろうと思います。」
副会長「黙認されているとはいえ、会長でも最終下校時刻を過ぎて学校に残っているのは校則違反ですからね?分かっているのですか?」
菜々「それを言われると痛いですが……頑張ってはやく帰れるようにしますよ。」
副会長「とにかく、無理はしないでくださいね。夜は雨が強く降るみたいですから。」
菜々「そうなのですね。では強くならないうちに帰ろうと思います。」
副会長「それが良いですね。」
菜々「はい、ではまた明日。」 今日も生徒会の業務に没頭する。何か作業をしている時間はこの学校に貢献できているような気がする。生徒会長としての責務を全うしているような気分になる。選挙で選ばれた私にとって大切なのは結果であって過程や努力ではないことはわかっている。それでも、冬の空気は私を不安に陥れる。
菜々「私は皆さんにとって本当に良い生徒会長なのでしょうか……」
やっぱり冬は嫌いだ。
逆に夏の空気は人を楽天家にさせる。
思想家や哲学者は寒い地域の出身者が多いと聞く。
もし石川啄木がハワイに住んでいたら、自分の手をぢっと見ることはなかっただろう。
やっぱり冬が嫌いだ。
子供のころは冬の方が好きだった気がするのに……
菜々「いけません。手が止まっていました……」 ――
―――
――――
菜々「さて、今日はここまででしょうか。」
今日までに終わらせたい仕事が片付いた。ちょうどいつも帰宅する時間だ。外は真っ暗。
菜々「さて、帰るとしましょう。」
今日もスマホの懐中電灯を頼りに暗い廊下を歩く。
校舎には誰の姿もない。私だけ。私一人。
廊下の床に立ち込める空気がいつもと違う。空気が重い?
校舎の外に出て、すぐにその理由がわかった。 菜々「雪だ……」
気温が下がり、雨が雪になったのだろう。雪に変わってから時間があまり経っていないらしく、薄く、しかし確実に駅へと続く一本道のタイルが白色で覆われていた。足跡は数えるほどしかついていない。
逆三角の屋根を抜ける。空からは大粒の雪。
靴を伝わって感じる、踏み固められていない雪の触感。
周囲は雪あかりに照らされ、まだ夕方かと錯覚してしまう。
そして、鼓膜が内側に押しつぶされそうな程の静けさ。
いつも私を憂鬱にさせる熟成しきった冬の寒さでさえも、今はどこか趣深く感じた。 ――この空気をもっと感じたい。
そう思いマスクを外した。
世の中が変わってしまったからずっとつけているマスク。それは学校も例外ではなく、意味もなくマスクを外すことは心理的にどこか憚られる。しかも私は生徒を代表する立場の人間だ。しかし、いざ外してみるとそんなひとつまみの罪悪感がその清々しさを助長させた。
学校で素顔を晒す。悪いことではないけど、隠れて悪いことをしている気分。
控えめに言って、最高だ。
有明を覆うこの特別な空気を、まずは鼻から思いっきり吸い込んだ。 マスクをしていなかった時にはわからなかったこと――外の空気には「におい」がある。しかしそれはあまりに微かで、敏感で、まるで手のひらの上に落ちた雪のようで。2回も息を吸って吐けばもう分からなくなってしまう。
そんな繊細な冬の冷たい空気が肺の中を巡る。空気が濃く、そして重く感じる。酸素が濃く感じる。都心の空気のはずなのに、まるで人が初めて吸う山奥の空気のような新鮮さを感じる。
――あぁ、冬の空気ってこんなおいしかったんだ。
それと同時に口の中に不思議な味が広がる。どこかで感じた味。
菜々「雪の味……」 口を開けて雪を吸い込んだわけではない。そして、かき氷のような味でもない。口が寂しく冷たい飲み物に入っている氷を噛んだ時の味とも違う。
幼少のころ、雪合戦で投げ合っていた雪玉が顔に当たってしまい、口の中に入り込んできたときの雪の味。
なぜかその雪の味が蘇った。 子供のころの楽しかった冬の思い出。
不安も何もない、ただただ楽しかった毎日。
それがいつからだろう。次第に感じる重圧が背伸びをしないと支えられないくらい大きくなってしまった。
それでも周囲の期待に応えようと、無理しながら無理していない素振りを無理していた。
そんなストレスからくる不安が、いつしか冬を嫌いな季節にしてしまった。 菜々「もっと人生を楽しまないとっ!!」
菜々「きっとせつ菜ならこう言いますね。」
突然東京を襲った予想はずれの雪。そんな偶然に大切なことを気づかされた。
菜々「明日は朝から同好会の皆さんと雪合戦がしたいですっ!」 お読みいただきありがとうございました。
木曜日に雪が降ったり、明日もまた雪が降りそうということで、
私の好きな雪の日の空気について書いてみました。
また次の機会によろしくお願いします! 逆三角の屋根ってなんだよって思ったけど逆三角の屋根だったわ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています