ミア「Diver」
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──パーティーの場というのが、とにかく嫌いだった。
“テイラー”として大人たちに会いに行き、上っ面の言葉を受け取って、ヘタクソな笑顔を浮かべるだけの時間。
とても居心地が悪かった。 「Heyミア!新曲聴いたよ。素晴らしかった!」
ミア「ありがとう」
「ミア!今度の曲はどんなテイストで行くのかしら?」
ミア「気分次第かな」
「ミア、あの曲は良かったよ。Cメロの展開が……」
ミア「それはどうも」 おべっかだとは思わない。ボクには確かな実績がある。彼らだってそれを認めることはやぶさかではない筈だ。
それでも、どうしてだろう。ここはひどく息苦しくて、身動きがとれないような気さえする。
波に攫われた無力な板切れのように、漂って、漂って、最後には海の藻屑へ、なんて。
──今のは、歌詞に使えるだろうか。ウケないかな。暗いし。 彼らがボクを見る目は、決まって複雑なものだった。
尊敬。嫉妬。欲望。天才作曲家ミアに対する目。
それと同時に感じるのは、憐憫。歌から逃げ、テイラーの末席を汚す”落ちこぼれ”に対する憐れみの目。ボクはそれが嫌いだった。
どうして、そんな目をするんだろう。
どうして、欲以外に何も持っていないおまえたちが、そんな目をしてしまえるのだろう。 ──ふざけろよ。そう叫ぼうとしても、言葉はすべて頼りないあぶくになって消えていく。
ボクの声は、ダンスホールに渦巻く大人たちのそれに掻き消されていく。
それはきっと、後ろめたいから。ボクがボク自身を許せていないから。
自覚があるから、刺さるんだ。 ミア、ミア、ミア。
下卑た笑顔と、嘘くさい称賛。
それから逃げるように小走りでホールを突っ切っていき、勢いのままテラスに駆け込む。
多くの大人が集まるような場では、決まってこうする。癖のようなものだった。
それでも、息苦しさは消えないまま。
肺に飛び込んでくる空気はしんと冷えていて、肺を突き破るようで。
空いた穴から空気が漏れて、また息苦しくなる。 ──息がしたい。
ここは、とても苦しい。
手すりにもたれかかって、頭を預ける。
何も視界に入れたくなかった。 そこに。
「──お疲れかしら、ミス・テイラー?」
光が差した。 声をかけてきたのは、背の高い女だった。
ボクよりいくつか年上だろうか。顔立ちもプロポーションも美しい、パーティーの場に相応しい美女。
──こいつは、きっと関わっちゃいけないやつだ、と、そう思った。
ミア「……やあ。ごめんね、少し気分が悪くなってさ。少しだけ──」
「大変。人を呼びましょうか?」 ミア「いらないさ。風に当たればすぐに戻る」
「そう」
ミア「……」
「……」
ミア「……行かないのかい?」
「だって、つまらないんだもの」
ノッポ女はそう言い放ち、ご丁寧にジェスチャー付きで心底退屈だといった顔をした。 「年の近そうなアナタとお話したいと思って」
ミア「ボクから話すことは何もないさ」
出ていけという精一杯の念を込めて呟く。
そんな余裕はない、なんて口が裂けても言えなかった。 「そう」
女は少し黙ると、カツカツと音を響かせてボクのいる柵の方へと歩み寄ってきた。
そのまま項垂れるボクの側で足を止めると、同じように柵に体を預ける。
──ああ、コイツもか。勘弁してくれ。今、そういう気分じゃないんだ。
無理やりにでも理由を付けて場所を変えようと思ったその時、女が口を開いた。 「アナタの仮面は、随分と薄っぺらなのね」
ミア「……は?」
「ここにいる人たちとは大違い。”つまらない、こんな所にいて何になるんだ”って本音がダダ漏れよ」
ミア「何を──」
「そういうの、うまく隠すものよ?その年なら仕方ないかもしれないけれど」 なんだ、こいつ。
いきなり現れては僕を心配する素振りなんか見せて。
かと思ったら、興味もないご高説を垂れて。
それでも。
その時、一番頭に来たのはそこじゃなくて。 それでも。
その時、一番頭に来たのはそこじゃなくて。
ミア「──子供扱い、するなよ」
絞り出すように言い放って、女を睨みつける。
「やっとこっちを見たわね」
女は妖しい笑みを浮かべと思うと、すぐさま目を細めて子供のように笑ってみせた。
「ワタシは鐘 嵐珠。ミア、ランジュとお友達にならない?」 結論から言うと、第一印象は最悪だった。
頭から爪先まで失礼と不遜で満たされたようなその女……ショウ・ランジュは、ボクの内心なんて構いやしないという風に手を差し伸べてみせた。
ミア「……ジョークが下手だね」
ランジュ「まさか。本当よ」
ミア「中国には友達になりたい相手を罵る文化があるのかい?驚きだよ」
ボクはふんと鼻を鳴らす。不機嫌さを隠そうという気はとっくに失せていた。 ランジュ「仮面、剥がれてるわよ。薄っぺらいのが」
ミア「おまえには必要ないね」
ランジュ「あら、それらしくなってきたじゃない。うわべの言葉しか話せない彼らよりよっぽどいいわ」
正直、彼らの態度については同感だった。
同意するのが癪かどうかはともかくとして、ろくに相手を見て話そうともしない大人たちに辟易していたのは事実。
そう思ってしまったのが気に入らなくて、そっぽを向く。 ランジュ「アナタはどうしてここに?」
ミア「ボクのことは知っているだろ。テイラーとして……」
ランジュ「そんなことを聞いているんじゃないわ。そのテイラー家の才女がどうしてこんな隅っこにいるのかしら、って」
ミア「少なくとも、おまえとお話する為にいる訳じゃない」
ランジュ「ランジュはアナタとお話したいわ」
ミア「おまえ、耳ついてるのか?」 ランジュ「あーーー」
ミア「は?」
ランジュ「今のはファよ」
ミア「殴るぞ」
ランジュ「耳なら立派なのがついているわ。絶対音感のがね」
ミア「おまえの声なんだからおまえの匙加減じゃないか……それならボクの言ったこともよく聞こえてるはずだろう。消えてくれ」 ランジュ「嫌よ。あんな所。ランジュの後ろにあるものしか見えていない、それを隠せてない。ランジュを見ていても、それは嫉妬か憐れみか」
ランジュ「そんな人達と話したって、何も楽しくなんてないわ」
そう呟いたランジュの目は、どこか遠くを見ているようだった。
──同じことを、考えやがって。
コイツがここに来た理由が、なんとなくわかった気がした。 しばらくの沈黙。ボクから話してやることなんてないから、コイツが黙ればそのまま場が静まり返る。
ダンスホールの喧騒に比べれば、いくらかマシだった。コイツが黙ってさえいればだけれど。
ランジュ「あなたの曲」
ミア「……?」
ランジュ「聴いたの、この間」
ミア「そう」
ランジュ「素敵ね」
ミア「……そう」 ランジュ「技術的な話は専門外だから、気取った言い方すらできないけれど」
ランジュ「ランジュは好きよ。アナタの曲」
ミア「……どれだよ」
ランジュ「そうね、2か月前に出た曲とか」
ミア「ふぅん」
それ以上の言葉を返そうとは思わなかった。 ランジュ「……そろそろ戻らなきゃ」
ミア「そうかい」
ランジュ「それじゃあね、ミア。また会ったら、今度こそお友達になりましょう」
ミア「やだね」
ランジュ「つれないんだから」
ランジュは苦笑すると、ヒールの音をひどくゆっくりと鳴らして歩き始めた。 ア「おまえ」
ランジュ「?」
ミア「……音楽の趣味は、悪くないみたいだね」
ボクは振り向かず言った。
いつの間にか、息苦しさは消えていた。 >>1です
保守して頂いた身で申し訳ないのですが、続きが全部ボツになって大幅な書き直しが必要となったため、こちらは一旦落として頂けると嬉しいです
またリベンジします ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています