歩夢「ふたつの心」せつ菜「ひとつの思い」
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
せつ菜「歩夢さん、侑さん、おはようございます」
侑「おはよ、せつ菜ちゃん」
歩夢「おはよう」
侑「遅くなっちゃってごめんね?寝坊しかけちゃってさー」
歩夢「もー、だから昨日早めに寝たらって言ったのに……」
侑「ごめんごめん。それにしても、どうしたの?突然待ち合わせしてから学校行きたいなんて」
せつ菜「深い理由はありませんよ。ひとりで行くのに飽きただけで」
歩夢「丁度通り道だしね」
侑「歩夢が乗り気なのも珍しいなぁ。ま、にぎやかになっていいけど」 せつ菜「……歩夢さん、昨日は大丈夫でしたか?好きな回の映像化だったので思ったより昂ってしまったんですが……」ヒソヒソ
歩夢「大丈夫。やっぱり事前に言ってもらえるだけでだいぶ違ったよ」ヒソヒソ
せつ菜「でしたらよかったです。そういえば、9時ごろに何かありました?」
歩夢「やっぱり感じてた?昨日お皿割っちゃって……多分そのせいかも。突然ハラハラさせちゃってごめんね?」
せつ菜「いえ、あのくらいなら大丈夫です!ケガはありませんでしたか?」
歩夢「うん。今度から気を付けるね」 侑「2人ともっ!何の話してるの?」ガバッ
歩夢「わっ!もう、急に飛びついてこないでよぉ」
せつ菜「今日の練習のことを話していただけですよ」
侑「今日も一緒?最近よく組んでるよね」
歩夢「せつ菜ちゃんと一緒だとはかどっちゃって」
せつ菜「私もです!いい刺激になりますから!」
侑「なら次のステージも期待できそうだね!楽しみだなぁ……!」 せつ菜「……と。少し遅れ気味ですね」
侑「え、でもまだ余裕あるし……」
せつ菜「5分前が基本ですよ!急ぎましょう!」
歩夢「ちょ、せつ菜ちゃんはやっ!待ってよー!」 ——はじまりは、いつだったか。
家で何気なく机に向かっていたら、突然涙がこぼれたことがあった。
悲しいことなんて何もなかったし、むしろその日は機嫌がいいくらいだった。
侑ちゃんにそのことを話すと、疲れているんだよと言われ、その次の日は練習を休むことになった。 ——はじまりは、いつだったか。
悩みらしい悩みなんてない時期だったのに、妙に胸がざわついていたことがあった。
アニメを見て感動で涙を流す余裕すらあったのに、漠然とした恐怖や不安に襲われて、いても立ってもいられなかった。
歩夢さんも似たようなことを言っていた気がした。けれどそれ以上考えるのが怖くて、その日は早めに眠りについた。 その日は、小テストのある日だった。
予習をしっかりとやっていたから、解き終わった頃にはまだ時間に余裕があって、安心しつつペンを置いた。
それなのに妙に落ち着かなくて、何かにすごく焦っていることに気が付いた。
その日の同好会に行く途中、生徒会室の前を通ると、必死な顔でたくさんの書類に向かっている菜々ちゃんが見えた。 その日は、小さなライブを行うことになっていた。
既に自分のステージを終えていたはずなのに、妙に動悸がして、心の底から何か熱いものがこみあげてくるような気がした。
丁度その時、歩夢さんが自分のパフォーマンスを終えてお辞儀をしているのが舞台袖から見えた。 気付いたのは、ついこの間。
せつ菜ちゃんと話している時のことだった。
せつ菜ちゃんが好きなアニメのことを語っていて、私はそれを頷きながら聞いていた。
途中からやけに熱が入ってきて、段々語りも大仰になってきて。
いつもならそれを諫めるところのはずなのに、どうしてか私も胸が熱くなってきた。
見たこともないアニメのはずなのに、せつ菜ちゃんの気持ちが手に取るようにわかった。
まるで、自分のことのように。 私には、せつ菜ちゃんの気持ちがわかる。
私には、歩夢さんの気持ちがわかる。
——私たちは、つながっている。 この現象が何なのか、私たちにもよくわからない。
わかっていることはほんの少しだけ。
私たちは感情を共有している。それほど細かくはなくて、なんとなくお互いがどんな気持ちでいるかがわかる程度。
そして、この不思議な状態は途切れることがない。
私が教室で驚けば、別の教室にいる相手も突然驚く。そんな風にして、いつどこにいても、必ずお互いの感情が流れ込んでくる。 これに気付いた私たちは、いくつかルールを決めることにした。
ひとつ。このことは誰にも言わないこと。
ふたつ。学校にいる間はできるだけ一緒にいること。
みっつ。できるだけお互いのことを報告すること。
突然感情が動かされても動揺しないように。
訳が分からなくても、いつも通りの生活ができるように。 ————————————————————
——————————————
歩夢「今日はなんだかご機嫌だったね。いいことあったの?」
せつ菜「やっぱり伝わってましたか?自信がなかった小テストがすごくいい点数だったんです!」
歩夢「だから授業中に突然いい気分になったんだ。ふふ、”嬉しい”のおすそ分け、ありがとね」
せつ菜「いえ!しかし、やっぱり筒抜けとなると少し恥ずかしいですね……」
歩夢「そうかな?意外と悪くないよ。せつ菜ちゃん、いっつも楽しい気持ちを分けてくれるもん」 せつ菜「確かに、言語化できないことが伝わるのは便利ではありますけど」オイッチニー
歩夢「まぁ……24時間ずっとだもんね。気疲れはしちゃうかも」オイッチニー
せつ菜「考えていても仕方ありませんし、練習に移りましょう!SIFが終わって気が抜けているようなので、厳しめに行きますよ!」
歩夢「う、そういうのもわかっちゃうんだね……頑張ります……」 歩夢「も、ダメ……はーっ……」
せつ菜「流石にはりきりすぎましたね……今日はこの辺にしておきましょう……!」
歩夢「……いつも涼しい顔してるけど、本当に疲れてたんだね」
せつ菜「どういうことです?」
歩夢「いつも練習後は余裕ある感じだったから、実は不完全燃焼なのかもって。疑ってた訳じゃないんだけどね」
せつ菜「私はいつだって全力ですよ!誤解が解けてよかったです。”つながり”に感謝ですね!」 歩夢「”つながり”?」
せつ菜「あ、すみません。私が勝手にそう呼んでいるだけなんですが……名前があった方がわかりやすいでしょう?」
歩夢「そうだね。それに、なんだか共通点が増えたみたいで嬉しいかも」
せつ菜「……!ええ、私たちだけの秘密です!」 ——訳のわからない状況だったけれど、どこか嬉しかった。
なんだか漫画みたいだねって、2人で笑い合えるくらいには。
大変なことだってたくさんあったんだから、我ながら能天気だと思う。
それでも、きっとこれはいいことなんだって心の底から思っていた。 ————————————————————
——————————————
菜々「それでですね、今度とうとうそのアニメが放送されるんです!」
歩夢「だからここ最近ずっと気分いいんだね。私も嬉しい!」
菜々「そうですか?でしたら是非歩夢さんも……」
??「あの……」
菜々「はい!なんっ……」 菜々「ふ、副会長」
副会長「お話し中すみません。少し確認したいことが」
菜々「え……ええ。どうぞ」
歩夢(表情はなんともないのに、内心すっごく焦ってる……せつ菜ちゃんって意外とポーカーフェイス?)
副会長「スクールアイドル同好会についてなんですが」
菜々・歩夢「!?」 菜々「な、なな何でしょう……?何か不備でも?」
歩夢「わっわわ私何かしちゃった?それとも侑ちゃん?」
副会長「?いえ、大した問題ではないのですが」
歩夢(ダメダメ、私まで焦っちゃう……!平常心……平常心……)チラッ
菜々「……」ダラダラ
歩夢(……せつ菜ちゃんが落ち着かないと無理!嫌でも伝わってきちゃう!!) 副会長「登録されている方とは別に部長を名乗っている方がいるんです。中須かすみさん……」
歩夢(なんだ、かすみちゃんのことかぁ)ホッ
副会長「……と、優木せつ菜さんのお二人で」
菜々「……」ブワッ
歩夢(冷や汗!隠せてないよ!!) 菜々「そ、うですか。お二人には部長の高咲さんと私から口頭で注意を入れておきますから、何かあった時は登録通りに処理してください」
副会長「わかりました。では失礼します。また放課後に」スタスタ
菜々「ええ。お疲れ様です」
歩夢「……」
菜々「……」
歩夢・菜々「ぶはぁ……!」 菜々「あ、危ないところでした……」
歩夢「何も危なくないよぉ……正体がバレるような話でもなかったし、焦りすぎだってば」
菜々「すみません……最近、会うだけで何かボロが出るんじゃないかと心配するようになってしまって……」
歩夢「せつ菜ちゃんが部室にいない間妙にヒヤヒヤすると思ったら、そういうことだったんだ……それで、部長の話は?どうしてせつ菜ちゃんまで」
菜々「以前までのクセがなかなか抜けなくて、つい……気を付けます……」
歩夢「それはしょうがないけど……副会長さんへの態度は改めなきゃ。焦ってまともに話せないんじゃかわいそうだよ」
菜々「そうですよね……」シュン 歩夢(本気で落ち込んでる……ちょっと言いすぎちゃったかな)
菜々「歩夢さんが気にすることないですよ。非は私にあります」
歩夢(あ、筒抜け)
菜々「……いつまでもうじうじしていられませんね!切り替えましょう!お昼休みが終わってしまいます!」
歩夢「そうだね。早くお昼食べちゃおっか」
菜々「あ、それなんですが……侑さん、今日はいないんですか?」 歩夢「うん。やっぱり学科が違うと色々足並みがね」
歩夢「あ、大丈夫だからね?侑ちゃんだって自分の好きなこと頑張ってるんだから」
菜々「っ、その……」
歩夢「……バレちゃうか」
菜々「はい。私も……寂しいです」 歩夢「隠し事、できないね。お互いに」
菜々「すみません。知られたくないことだって、あるはずなのに」
歩夢「せつ菜ちゃん……謝らないで。私だって同じだよ」
菜々「……」 歩夢「……これからどうなっちゃうんだろうね」
菜々「わかりません。何も」
歩夢「だよね。やっぱりお医者さんとかに相談した方がいいのかな」
菜々「それは……恐らく、期待できないと思います」
歩夢「え?」 菜々「初めてつながった時、まだ歩夢さんとつながっていると知らなかった時。親に相談したことがあるんです。急に不安になることがあるって」
歩夢「それ、多分私の不安だ。突然涙が出てびっくりしちゃったから」
菜々「心配性なものですから、心療内科に連れて行かれて……何も問題はないと言われたんです。いたって健康か、健康なフリをしているかだろうって」
歩夢「……そっか。そうだよね」 菜々「……っ、不安にさせてしまってすみません。でも、解決の糸口はわからなくても、できるだけ過ごしやすいようにはできますし……」
歩夢「うん。それに、悪いことばかりじゃないもんね」
菜々「ええ。喜びも半分こですから。お得です!」
歩夢「ふふ。ありがと。ちょっと元気出たかも」
菜々「これくらいお安い御用です!さ、食堂に行きましょう!」 私たち2人じゃなかったら、こんなにもうまくいくことはなかったかもしれない。
何かと秘めたがる私たちだからこそ、お互いのことを知れるのが嬉しかった。
それがネガティブな感情だったとしても、ひとつ、またひとつと相手のことがわかって、距離が近付いていくような気がした。
そうして、私たちはだんだんと近付いて。
——近付きすぎたんだ。 考えてることがそのまま伝わるわけじゃないけど、感情が伝わっちゃうのはよほど相手のことを信頼してないときつそう ————————————————————
——————————————
侑「1年は3人で体力作り。愛ちゃんと果林さんはエマさんと歌の練習。彼方さんはPVのこと話したいから私と来て」
彼方「りょうか〜い」
侑「あと、歩夢は今日もせつ菜ちゃんと?まだ来てないみたいだけど」
歩夢「うん。ちょっと用事あるみたいだし、来るまで1年に混ぜてもらおうかな」
侑「おっけ。それじゃ、今日も頑張ろう!」
「おーっ!」 ————————————————————
——————————————
副会長「本当にお一人で大丈夫ですか?」
菜々「ええ。大した量ではありませんし、後は私がやっておきます」
副会長「そういうことでしたら、お願いします。では」
菜々「お疲れさまでした。お気を付けて」
副会長「会長こそ、無理はなさらずに」
せつ菜「……さて」 せつ菜「早く終わらせて練習に合流しないと」
呟いて、書類に目を通していく。
文化祭が近いこともあってか、生徒会の仕事は増えていく一方だった。
幸い、今日は書類に不備がないかを確認するだけだ。
新しく試したいこともあるし、早く片付けなければ。 ふと、とある書類が目に留まる。
スクールアイドル同好会の文化祭ライブの企画書だった。
同好会全体が、このライブのためにかなり力を入れて取り組んでいる。
その情熱は、SIFを彷彿とさせるようだった。
私だってそうだ。特にあの時は、侑さんにもみんなにもたくさん迷惑をかけたんだから、今度こそ頑張らないと。 そういえば、今日の練習には侑さんもいるんだっけ。
ここ最近は離れることも多くなって、少し……
せつ菜「……あれ」
それって。
『……バレちゃうか』
あれ、あれ?
——私、今何を考えてた? ————————————————————
——————————————
かすみ「っは……はぁ……!もうダメ……」
歩夢「ふーっ……は、はぁ……!」
しずく「2人ともお疲れ様です!お水どうぞ」
かすみ「ありがと……んぐっ……ふぅっ」
しずく「かすみさん、いつもより一周多かったよね。どうしたの?」
かすみ「うー、歩夢先輩と一緒にやってると、なんとなく……」
歩夢「ぷはっ……もしかして、無理させちゃってた?」 璃奈「そういう訳じゃないと思う。けど、かすみちゃんの気持ちなんとなくわかるかも」
かすみ「歩夢先輩ってばこういうの際限なくやるんですもん。だからかすみんも頑張らなきゃって思っちゃって」
しずく「わかるなぁ。なんだか感化されちゃうよね」
歩夢「そうかなぁ」
璃奈「でも今日の歩夢さん、いつにも増して調子がよかった。疲れて当然。『ぜーはー』」 かすみ「そーそー。ちょっとはりきりすぎですよぉ。何かあったんですか?」
歩夢「ちょっと楽しみなことがあってね。それのおかげかも」
璃奈「ご褒美ってこと?」
しずく「なるほど、そういうことでしたか。何があるんです?」
歩夢「それはね……それは……」
しずく「?」 それは、なんだっけ。
思い当たることが、何もない。確かに、何かをずっと楽しみにしていたはずなのに。
そこまで考えて、思い返す。
『今度とうとうそのアニメが放送されるんです!』
——あれ?これは、私の…… 歩夢「……っな、内緒」
かすみ「えー、なんですかそれ」
璃奈「詮索はよくない」
かすみ「さっきまで言おうとしてたじゃん。まさか、侑先輩と何か……!?」
しずく「はいはい、邪推はそこまで。次は私たちが走るから、見てて」
かすみ「むむむ……はーい」 ————————————————————
——————————————
私がSIFの時にかけた迷惑って、何だっけ。
侑さんと会えなくて寂しいのは、どっちだったっけ。
それって、私の——?
ぐらり、と視界が揺らいだ。
私は、中川菜々で、優木せつ菜で。
私には、歩夢さんの気持ちがわかる
私じゃない。私じゃないんだ。 今のは、”つながり”だったの?
こんなの、気持ちがわかる程度じゃ済まされない。
せつ菜「私と歩夢さんが、曖昧になってる」
それを、確かな言葉を伴って自覚した瞬間。
最悪の予想図が、脳裏を駆け巡った。 ————————————————————
——————————————
——今の、何だったんだろう。
今までのとは明らかに違った。自分のことだって、疑いもなく思ってた。
”つながり”なんてものじゃない。これじゃまるで……
かすみ「歩夢先輩?」
歩夢「……」
その時だった。
歩夢「……っ!」
まず、何かに強く胸を締め付けられるような感覚がして。
続いて、全身に信じられないくらいの悪寒が走る。
ついさっきのモヤモヤとはわけが違う。強烈な恐怖だった。 これはきっと、私じゃない。あるとすれば……
歩夢「ごめんかすみちゃん、ちょっと行くね」
かすみ「へ?ちょ、歩夢先輩!?」
気付いた時には、足が勝手に動いていた。 ほのぼのSFかと思ったらかなりシリアスな展開だった ————————————————————
——————————————
——ああ、歩夢さんが心配してる。
考えるな。考えるな。私は大丈夫。大丈夫だから。
今までだってうまくやってきた。これからも、きっと。 ————————————————————
——————————————
せつ菜ちゃんが危ない。
これが私の気持ちなのか、せつ菜ちゃんの気持ちなのかはわからない。
それでも、このまま放っておいたら、きっと取り返しのつかないことになる。
……どうなるのかは、わからないけれど。
生徒会室が視界に入るのと同時に、ドアノブに手をかける。
歩夢「——せつ菜ちゃんっ!」ガララッ ————————————————————
——————————————
せつ菜「……歩夢、さん」
歩夢「せつ菜ちゃん、大丈夫!?何かあったの!?」
せつ菜「っ、それは……」
歩夢「……」
せつ菜「大丈夫です。何も、ありませんよ」 歩夢「……言いたくないことも、きっとあると思う。でも、ごめんね」
歩夢「隠し事は、させたくない」
せつ菜「……きっと、そのうち嫌でもできなくなります」
歩夢「せつ菜ちゃん?」
せつ菜「私、もう私じゃなくなっているのかもしれません」
歩夢「それって、どういう……あ」
せつ菜「あるんですね。思い当たる節が」
歩夢「……うん」 せつ菜「これが同化なのか異化なのかはわかりません。けれど」
歩夢「お互いがお互いに、作用しすぎてる」
せつ菜「ええ。……さっき、侑さんのことを考えていたんです」
歩夢「うん」
せつ菜「以前、歩夢さんは侑さんとぎくしゃくしていましたよね」
歩夢「そうだね。たくさん困らせちゃった」
せつ菜「そうなんです。侑さんに悪いことをしてしまったと思っているのは歩夢さんのはずなんです。けれど」
せつ菜「私はさっきまで、本気で……それが私の気持ちだと、経験だと、思っていた」
歩夢「……!」
せつ菜「歩夢さんがそんな風に思っていたなんてことすら、初めて知ったのに」 せつ菜「怖いんです……私なのか歩夢さんなのか、ぐちゃぐちゃで」ポタタッ
歩夢「……うん」
せつ菜「このままじゃ、どれが"私の大好き"なのかも、わからなくなってしまうんじゃないかって……!」
歩夢「うん、うん」ジワッ
せつ菜「ごめんなさい……!歩夢さんだって同じはずなのに、私は、こんな……っ!」 歩夢「……」
歩夢「……せつ菜ちゃん」
せつ菜「?」
歩夢「お話、しない?」 ————————————————————
——————————————
歩夢「この辺でいいかな」
せつ菜「あの……よかったんですか?練習は……」グスッ
歩夢「このままじゃ、きっと練習にならないよ。ひどい顔だもん」
せつ菜「む。歩夢さんだって目真っ赤じゃないですか。……それで、話というのは?」 歩夢「せつ菜ちゃん。さっき言ってくれた通り、私も同じだよ。どれが私でどこからがせつ菜ちゃんなのか、よくわからなくなってきてる」
せつ菜「……はい」
歩夢「だから、お話するの」
せつ菜「何を、ですか?」
歩夢「なんでも。好きなこと、嫌いなこと、私達がお互い自分のことだと思うこと、相手のことだと思うこと、どちらかわからないこと……全部」 せつ菜「……」
歩夢「そうやってお互いが何を考えてるかわかれば、きっと確かな自分でいられる」
歩夢「私達に必要なのは、きっと相手を知ることだと思うんだ」
せつ菜「相手を、知る……」
歩夢「そう。どうかな?」
せつ菜「……ありがとうございます。歩夢さん」 せつ菜「それと、ごめんなさい、突然取り乱して。みっともなかったですよね」
歩夢「そんな。私だって同じだよ」
せつ菜「それでもすごいです。怖いのは同じなのに、こんなに……」
歩夢「せつ菜ちゃんが言ってくれたからだよ」
せつ菜「え?」
歩夢「解決はできなくても、過ごしやすいようにはできる、でしょ?手探りかもしれないけど、一緒にやっていこうよ」 せつ菜「歩夢さん……はいっ」
せつ菜「そうと決まればお話しましょう。聞かせてください、歩夢さんのこと!聞いてください、私のこと!たくさん、たくさん!」
歩夢「うん!」 それから、私たちは色んなことを話した。
ずっと話そうと思っていたことも、ふと思いついたとりとめのないことも。
誰かとこんなにも言葉を交わしたのは初めてかもしれないと、こんなにも深く人のことを知るのは初めてかもしれないと思うくらいに。
私たちは私たちのまま、またひとつ近付いていった。 ————————————————————
——————————————
歩夢「……私たち、もしかしたら世界で一番深い関係なのかも」
せつ菜「どういうことです?」
歩夢「"家族は一番身近な他人"って、聞いたことない?」
せつ菜「それは……何というか、身に覚えがありすぎるというか」
歩夢「あ……ふふ、そうだったね」 せつ菜「笑い事じゃないですよ、もう」
歩夢「ごめんごめん。でね、それってお互いが何を考えているかまではわからないからでしょ?」
せつ菜「ええ」
歩夢「だったら、こうやってつながってる私たちは、家族よりも深いってことにならない?」
せつ菜「なるほど。だから世界で一番……そう思うと、なんだか他人の気がしませんね」 普通はどんなに親しくても完全に気持ちを共有することなんてできないしね 歩夢「優木せつ菜です!……なんて」
せつ菜「冗談だとわかってても、心臓に悪いですよ!」
歩夢「ちょっとふざけすぎちゃったかも」
せつ菜「……歩夢さんて、そんなに冗談言う方だったんですね」
歩夢「私だって、誰にでも言う訳じゃないよ」 せつ菜「……それって、私が歩夢さんとつながっているから、ですか?それとも……」
歩夢「それとも、なに?」
せつ菜「……言いません」
歩夢「意味ないよ?」
せつ菜「それでも言いません!」 歩夢「じゃあ、私も答えないでおこうかな」
せつ菜「む」
歩夢「……ちゃんと私は私だし、せつ菜ちゃんはせつ菜ちゃんだよ。つながってるかどうかなんて、関係ない。……これでいい?」
せつ菜「ええ。だったらもっともっとお互いのことを知っていきましょう。私、歩夢さんのこともっと知りたいです!」
歩夢「うんっ」
せつ菜「……」
歩夢「……」 気持ちが隠せないっていうは、逆にもう開き直るしかないってことだよね せつ菜「それじゃあ、早速いいですか?歩夢さん」
歩夢「なあに?」
せつ菜「いま、私すごくどきどきしてるんです」
歩夢「うん、わかるよ」
せつ菜「どっちのどきどきか、歩夢さんにはわかりますか?」
歩夢「……きっと、考えるまでもないんじゃないかな」 私には、せつ菜ちゃんの気持ちがわかる。
私には、歩夢さんの気持ちがわかる。
——つながった心は、ふたつのままで。
それでも、その想いはひとつ。
歩夢「私ね、せつ菜ちゃんのことが——」
せつ菜「私は、歩夢さんのことが——」
おしまい 終わりです
小出しにするつもりでしたが滑ってる感が否めなかったのでいっぺんに載せました
ありがとうございました おつでした。全然滑ってないと思います。こういうSFっぽいの好きだから面白かった。ここで想いが通じ合ってつながりが消えるのか、まだまだ続いていくのか、どちらも想像できていいね 全部読んだ
なんか独特のドキドキ感があって凄く好き
全然滑ってないしとても良かった ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています