歩夢・せつ菜「夏の魔法」
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ぽむせつ、ぽむなな。基本アニガサキ世界線ですがちょいちょい各媒体の出来事が混ざってます シャワシャワシャワ……ミーンミーン……
歩夢「ん……」パチ……
歩夢「あれ……アラーム……」
歩夢「え、嘘?もうこんな時間!?早く準備して出なきゃ……!」
歩夢「っあ……そっか。もう、いいんだっけ」
2018年8月14日 午前10時13分。
スクールアイドルを始めてから1年と少し。3年になった私は、先日のラストライブを最後に同好会を引退した。 カリカリカリ……
歩夢「ええと……particularは”特定の”だから……”特定の人種への偏見”……英語の長文ってこんなのばっかり」
歩夢「くぁ、ふ……」アクビー
歩夢「……張りがない、って言うのかな。こういうの」
日が昇るのと同じくらいに起きて、朝から夕方まで毎日毎日練習三昧。帰ったらまたお部屋でこっそり練習をして、翌日に備えて早く寝て。
きっと充実していたってやつなんだと思う。
歩夢「果林さんたちが引退したのはもっと後の時期だったけど……きっとこんな気持ちだったんだろうな」 文化部を除いたほとんどの生徒は、この時期、晩夏に手を引かれていくみたいにあっけなく去って行ってしまう。
でも、だからと言って何もしなくてよくなった訳じゃない。3年生なんだからやること自体はたくさんある。実際勉強や模試で手一杯だし、毎日遅くまで机に向かっている。
それでも、何かが足りない。
歩夢「燃え尽き症候群か……」
侑ちゃんにこのことを相談すると、きっとそれだよと言われた。
今まで熱中していたことが終わり、ふっと力が抜けたようになってしまうことをそう呼ぶらしい。今の私そのもの。真っ白に燃え尽きてしまった灰だ。
歩夢「侑ちゃんは、違うのかな」
歩夢「”新しいフレーズ思いついた”、”使いたいコードがある”、”まだ作ってたい”……」
メッセージの履歴は、そんな言葉で埋まっていた。 侑ちゃんはまだ燃えている。置いて行かれたという気には流石にならないけれど、どことなく息苦しい。
目を背けるみたいにして、窓の外に目をやった。太陽はぎらりぎらりとうるさいくらいに差し降っている。
歩夢「このままでいいのかな」
きっと待っていれば時間が癒してくれる。頭ではわかっていた。けれど、このままでいたらちょっとした風にもすぐに吹き飛ばされて、心ごとどこかへ流されて行ってしまいそうだったから。
歩夢「……」ガタッ 歩夢母「あら、どっか出かけるの?」
歩夢「うん。集中できなくて」
歩夢母「そう。じゃあついでにこれ買っといて」
歩夢「はーい」
当てはない。けれど、動かなきゃ。でなければ私はきっとこの夏を悔いることになる。
迎えに行かなくちゃ。
歩夢「行ってきます」
飛び込むんだ。 歩夢「とはいえ、一人でぶらぶらするのもな」
歩夢「侑ちゃんは……ダメだ。昨日の『新しいフレーズ思いついた』から既読がついてない。ゾーン入っちゃってる」
歩夢「となると……」
メッセージの一覧。侑ちゃんの次に上にあった名前を指でつつく。
歩夢『突然ごめんね、今日時間ある?』ポコンッ
歩夢「わ……もう既読ついた」
せつ菜『構いませんよ!』ポコンッ
歩夢「12時に集合で……と」
歩夢「行く当て、考えなきゃ」 集合時間の10分前。駅に着くと、そこには見慣れた黒髪があった。
せつ菜「歩夢さーん!」
歩夢「お待たせ!突然ごめんね?きっと忙しかったよね」
せつ菜「いえ!実を言うと、私も少し気が散っていたといいますか……なので気分転換がてらお付き合いしますよ!」
歩夢「ありがとう!せつ、な……な……」
せつ菜「どうしました?」
歩夢「や、どっちかなと思って。メガネはしてないけど、なんだかいつもと雰囲気違うから。髪、編み込んでるんだね」
せつ菜「イメチェンみたいなものです。呼び方はお好きに、と言いたいところですが……私はもう”優木せつ菜”ではありませんから」
歩夢「そっか。そうだよね」 せつ菜「呼びづらければどちらでも。それはそうと、今日はどちらへ?」
歩夢「ええと、正直決まってなくて。ちょっとその辺ぶらぶらしない?」
せつ菜「珍しいですね」
歩夢「本当に何も考えてなくて……ごめんね?」
せつ菜「いえ!そうと決まれば行きましょう!お昼はもう食べました?」
歩夢「ううん、まだ。せつ菜ちゃんも?」
せつ菜「……」
せつ菜「ええ!ではまずは腹ごしらえからですね!出発です!」 せつ菜「ここなんてどうでしょう?」
歩夢「ここって……たこ焼きミュージアム?」
せつ菜「お昼というには少し早いですし、軽いものをと思いまして」
歩夢「久しぶりだな。前来たのは確か……去年だっけ?」
せつ菜「皆さんで一度来た時ですか?」
歩夢「それそれ。エマさんが果林さんを連れて行ったって聞いて、みんな羨ましくなっちゃって……」
せつ菜「結局みんなで行くことになったんでしたっけね。懐かしいです」 連投規制されました >>1です
あつあつのたこ焼きをつまみながらも、思い出話に花が咲く。わたしたちの”過去”を語らい合う。
ふと、ああ、もう終わってしまったことなんだな、と。寂しさが脳裏をよぎる。
胸のあたりがきゅっとなって、思わず言葉に詰まる。表情に出ていないかな。気づかれたらきっと心配かけちゃう。
変わることはもう怖くないはずなのに。
せつ菜「……集中できないというのは本当みたいですね」
歩夢「え?」
せつ菜「なんだかぼーっとしているというか。心ここにあらずって感じです」
歩夢「ごめんね。やっぱりまだ慣れなくて」
せつ菜「それは私も同じです。ちょっと前までなら、今頃は部室にいたんですから」 歩夢「せつ菜ちゃんもやっぱり寂しい?」
せつ菜「寂しくないと言えば嘘になりますが……悔いは、ほとんどないので」
歩夢「ほとんど?」
せつ菜「こちらの話です」
せつ菜ちゃんはそう言って目を伏せた。少し眉間にしわが寄っていた気がする。
なんとなく、追及する気にはなれなかった。 歩夢「そういうこと、せつ菜ちゃんにもあるんだね」
せつ菜「私をなんだと思っているんですか」
歩夢「サイボーグ?」
せつ菜「もう!」プクー
歩夢「ふふ、ごめんごめん」ツンツン
せつ菜「もう……」フシュー 歩夢「顔がまっかっかだよ?」ニヤニヤ
せつ菜「熱いもの食べましたので!」
歩夢「苦しいなぁ」
せつ菜「うるさいですっ!」プイッ
歩夢「あらら」
歩夢「……」
歩夢「変わらないね。せつ菜ちゃんは」 せつ菜「……歩夢さんのことですから、そんな訳はないと思いますけど……今言うとバカにされている気がします」
歩夢「すてきだなって思っただけ」
せつ菜「……それはどういう?」
歩夢「何というか……子供っぽい?」
せつ菜「やっぱりバカにしてます!!」
歩夢「違う違う、そうじゃなくて」
歩夢「初めて会った時からずっと純粋で、まっすぐで、かわいいなって」 せつ菜「そう、ですか」
せつ菜「……誤魔化してませんよね?」
歩夢「せつ菜ちゃんはどう思うの?」
せつ菜「その質問は……ずるいです」
歩夢「ふふ、からかいすぎちゃったね。ごめんね」
せつ菜「もう……」
せつ菜「……って、やっぱりからかってたんじゃないですか!」 お昼を終えた私たちは、そのまま街へ繰り出した。
お買い物、ゲーセン、スイーツ……その日をなんでもない日で終わらせたくなくて、とにかくいろんな場所へ足を運んだ。
せつ菜ちゃんはずっと笑顔ではしゃいでいたけれど、時折さっきみたいな陰を見せることもあった。言葉に詰まったり、何か別のことを考えているような顔をしていたり。それが気になって仕方なくて。
歩夢「せつ菜ちゃん」
せつ菜「なんです?」
歩夢「……えと」
屈託のない笑顔。きっと今この子に「何かあったの?」って聞いてもきっとなんでもないよとはぐらかされる。
だから、まずはお礼を。 歩夢「今日は付き合ってくれてありがとね。ちょっとだけすっきりしたかも」
せつ菜「いえ。お力になれたみたいでよかったです!」
歩夢「せつ菜ちゃんはどう?気分転換って言ってたけど、切り替えられた?」
せつ菜「……ええ。それはもうバッチリですとも!」
相変わらず自分に嘘をつくのが下手な子。どうしてずっと正体を隠していられたんだろう。 歩夢「“ですとも”なんて普段言わないでしょ」
せつ菜「そうでしょうか」
露骨に目をそらすせつ菜ちゃん。わかりやすいなんてものじゃなくて、気づいてほしがってるって言われても信じちゃうくらい。
歩夢「悩み事?私のとは少し違うみたいだけど」
せつ菜「何もありませんってば」
歩夢「……私ね、今日せつ菜ちゃんと一緒にいられて楽しかったよ」
せつ菜「……!」 歩夢「連絡、すぐに返してくれて嬉しかった」
歩夢「私のわがままに付き合ってくれて……おかげでちょっと気が楽になった。せつ菜ちゃんのおかげだよ。でも私ばかりがもらっちゃってて……私もお返しとして、せつ菜ちゃんの力になりたい」
歩夢「気付いてた?今日、何度もどこか別のところを見てるみたいに俯いてたんだよ」
せつ菜「そう……ですか」
歩夢「”気のせいですよ”とか言わないんだね」 歩夢「私じゃ力になれない?せつ菜ちゃん」
せつ菜「そ、れは……そうかもしれません」
せつ菜「貴女が、私をそう呼ぶ限り」
歩夢「……?」
せつ菜「歩夢さん」
歩夢「なあに?」
せつ菜「今度は私から誘っても?」
歩夢「……うん。もちろん」 せつ菜「そうですか。よかったです」
せつ菜「では、そろそろお開きにしましょう!日も暮れてきましたし!」
歩夢「……ん」
せつ菜「大丈夫です。本当に。必ず何とかしますから、少しだけ待っていてくれませんか?」
歩夢「それが私にできること?」
せつ菜「ええ。それと……たまに付き合っていただければ」
歩夢「そういうことなら……わかった」 せつ菜「それでは、私はこっちですので」
歩夢「うん。今日はありがと」
せつ菜「いえ!あの……それでですね」モジモジ
歩夢「?どうしたの?」
せつ菜「さっきはつい勢いでまた誘うなんて言いましたけど……この時期は忙しいですし、本当に!お邪魔じゃなかったらでいいですからね!なんなら断っても……!断っても……」
歩夢「断られてもいいって思ってる人はそんなあからさまにしゅんとしたりしないよ?」
せつ菜「う……すみません」
歩夢「そうだなぁ……じゃあこうしない?」 翌日。お母さんの怪しむような視線を背に受けて、私はまた街へと出ていた。
けれど、昨日とは少し違う。遊びに行くためのお財布と小さなポーチなんてものは今はなくて、背負ったリュックサックがずしりと肩にのしかかっていて、それに合うように、カジュアルめの格好をして。じじじと鳴く蝉の声をかき分けていく。
家から少し歩いたところに、それはあった。暑さから逃げるみたいにしていそいそとと中へ入る。 歩夢「また先越されちゃった」
せつ菜「私が早すぎるだけですから、歩夢さんが気にすることありませんよ」
歩夢「今日は菜々ちゃんかな?メガネしてる」
菜々「私はいつでも中川菜々ですよ。それにしても図書館で勉強会だなんて……よかったんですか?」
歩夢「うん。せっかく外に出る習慣?みたいなのも身に付きそうだし」
菜々「受験生がそんな習慣を身に着けては元も子もなさそうですが」
歩夢「家でじっとしてると色々実感がわいてきちゃって、気が滅入っちゃうんだよね」
菜々「気持ちはわかります」 菜々「さて、では始めましょうか!昨日の分も含めて追い込んでいきましょう」
歩夢「はーい」
菜々「何かわからないところがあったら聞いてくださいね」
歩夢「うん。菜々ちゃんも」
菜々「……!ええ!」 菜々「そういえば」
歩夢「何?」
菜々「歩夢さん、志望校はどこなんですか?」
歩夢「ここに行くんだ!って決めた訳ではないけど、候補3つのうちどれかって感じかな。ここと、ここと……」
菜々「あ、ここ。私も受けるところです」
歩夢「そうなの?そっか。なんか心強いや」
菜々「そうですか?」
歩夢「うん。同じとこ行けたらいいね」 菜々「ダメですよ、進路決定の主体はあくまで自分なんですから」
歩夢「わかってるよぉ」
菜々「……本当に、私と同じところに行けたらいいなって思いますか?……私と」
歩夢「え?うん、もちろん!」
菜々「そうですか……そっか」
その日の菜々ちゃんはどこか上ついていたというか、妙に機嫌がよかったような気がする。
調子よかったのかな?私の質問にも菜々ちゃんモードらしからぬハイテンションで答えてくれてたし。 その日を境に、私たちの勉強会はだんだんとイベントから習慣へと変わっていった。
毎朝8時に起きて、少し昨日の復習をして、午後からは菜々ちゃんと、たまに侑ちゃんや愛ちゃんも来ては一緒に図書館で過ごす。心地いい時間だった。
やっぱり誰かと一緒にいるのはいい。この間までずっとくすぶっていた妙な寂しさは、きっと一人でいたせいなんだろう。
遊びもイベントもないけれど、そうやって菜々ちゃんと過ごす夏は充実していたと思う。
そんなある日、夏休みが終わる2日前のことだった。 菜々「珍しいですね、歩夢さんが寝坊なんて。……いえ、特に集合時間を決めているわけではありませんが」
歩夢「昨日侑ちゃんと話し込んじゃってて、夜更かししちゃった。起きたらもう12時回りそうで焦ったよ」
菜々「だからって走って来なくてもいいのに。少し休んでください。それでは集中できるものもできませんよ」
歩夢「うん。そうするね」 ……
菜々「ふぅ、今日はこの辺にしておきましょうか」
歩夢「あ、菜々ちゃん終わった?もう少しだけ待ってて。私あと1ページだけ……」
菜々「焦らなくていいですから、ゆっくり解いてください」
菜々「……そういえば、傘が見当たりませんけど、折り畳みですか?」
歩夢「え?どういう……あ」 菜々ちゃんの言葉に気を取られて窓の外に目をやる。夕暮れの時間帯だってことを抜きにしても、やたらと暗い。
もしかして。
歩夢「雨……」
菜々「予報見てなかったんですか?」
歩夢「寝坊しちゃったから……も〜、なんでこの日に限って」
菜々「夜まで降るらしいですし、とりあえず……」
歩夢「……?とりあえず?」
菜々「と、っりあえず、私のに入っていきますか」
歩夢「いいの?ならちょっと待ってね。すぐ終わらせるから!」
菜々「ええ」 歩夢「わ、結構降ってるね。大丈夫かな」
菜々「行きましょうか……気を付けてくださいね」
ぐらりぐらりと不安定に揺れる傘の下を、2人で丸まるみたいにして歩く。
菜々ちゃんは両手でしっかりと傘を握っているけれど、どうにもやりにくそうだった。
歩夢「あの……入れてもらってる身でなんだけど、私が持とうか?」
菜々「いえ!歩夢さんはお気になさらず!」 歩夢「……菜々ちゃん、肩」
菜々「え?あぁ、いいんですよ。私はこれで」
歩夢「もうっ、よくないよ。やっぱり貸して?」
菜々「大丈夫ですって!それより歩夢さんが風邪を引いたりしたら大変です!」
歩夢「それは菜々ちゃんもでしょ?」
菜々「歩夢さんに持たせたら絶対私が濡れないようにしてくれます。だからダメです!」 図星だった。でも、それではいそうですかと納得できる私じゃない。力づくでとまでは言えないけれど、菜々ちゃんの持っている傘へそっと手をやる。
菜々「歩夢さん!?ダメです!これは私がっ……!」
歩夢「菜々ちゃんの方が風邪引いちゃうよ!いいからっ……わっ」
菜々「へ?あっ……!」
いつの間にか取り合いみたいになっていた私たち。傘はそんな私たちの手をすっぽ抜けて飛んで行ってしまった。
幸いすぐに拾いに行ける距離だったけれど。 菜々「……」
歩夢「……えーっと……ごめんね……?」
菜々「……ふっ」
菜々「ふふ……ふ、あは」
頭からつま先までびしょ濡れのまま、顔をほころばせる菜々ちゃん。ついさっきまで、必死な顔して眉を吊り上げて、怒りん坊だったのに。
それを見てたら、揉み合ってたのがなんだか突然おかしくなってきて。
歩夢「ぷ、ふふ。はは、は」
菜々「あ、はははっ」
歩夢「ふふ、ははっ」 道路のど真ん中、傘もささずにくすくすと笑い合う女の子がふたり。
どう見たって変人だ。きっとすれ違う何人かは白い目で見ていたに違いない。
でも、それもどうでもいい。ただただ色んなことがおかしくて。そして、目の前で笑ってくれる女の子がただただかわいくて。
私と菜々ちゃんの笑い声は、そのまま数分くらい止むことはなかった 我に返ってもう一度歩き始めたのも束の間。
気まずかったのか、話す必要もないと思ってたのか。ずっと黙り込んだままの私たちは、いつの間にかいつも別れる道にまで歩いてきていた。
歩夢「それじゃここまでだね。傘、ありがとう」
菜々「え、あ、はい」
どうせさっきびしょ濡れになっちゃったし、今から濡れても同じだよね。
歩夢「それじゃ、また明日!風邪引かないようにね!」 そう言って走り去ろうとしたその時だった。後ろから、私を呼ぶ声が聞こえる。
足を踏み出したまま振り返ろうと思ったら、突然ぐい、と引っ張られるような感じがして、前に進めなくなった。
歩夢「……菜々ちゃん?」
菜々「あ、の……歩夢さん!」
傘で表情はよく見えない。けれど、どこか声が震えているような。
菜々「うちに、来ませんか!」 それから5分もかからずに、菜々ちゃんの家に着いた。
菜々ちゃん、私がお邪魔しようかなって言ってからずっと俯いて一言も口を開かなかったけれど、大丈夫なのかな?
歩夢「お邪魔しまーす」
菜々「ええ、どうぞ」
歩夢「本当によかったの?おうちの人のご迷惑になるんじゃ……」
菜々「いえ、いえ!大丈夫ですから!少し待っていてください!」
そう言って菜々ちゃんは家の奥へと駆けて行った。
黙ったりバタバタしたり、忙しい子。やっぱり子どもみたい。
<チョット!ナニヌレタママハイッテキテルノ!
<アーッ!ゴメンナサイ!!
……大丈夫かな? 中川母「あら、お友達を連れて来るというのは本当だったのね。初めまして、菜々の母です」
歩夢「えと、上原歩夢です。あの、お邪魔でしたらすぐに……」
菜々「そんなっ!」
中川母「菜々。……この雨だもの。すっかり冷えちゃってるでしょう?ゆっくりしていらっしゃい。ていうか泊まっていきなさい」
菜々「お母さん……!」
中川母「連絡貰ってお風呂は溜めてあるから、先に入っちゃって」
歩夢「それじゃあ、お言葉に甘えて……」 うちより少しだけ広い脱衣所。慣れないけれど、生活感のある空間。
人んちのお風呂って、なんだか不思議。侑ちゃんちのはもう見慣れているけれど、ここだとなんだかそわそわしちゃう。
そういえば、菜々ちゃんは連絡なんてしてたっけ。
図書館を出てからスマホなんか触ってなかった気がするけれど。
そうやってぼうっと物思いにふけっていると、当の菜々ちゃんの声がする。
菜々「あの、着替えを……私のでは小さいでしょうから、母のを置いておきますね」
歩夢「ありがとう。ごめんね、何から何まで」
そう声をかけたけれど、返事はない。忙しいのかな?何がかはわからないけど。
つれないな。 歩夢「上がりました〜。服まで用意してもらっちゃって……ありがとうございます」
中川母「ん。よく似合ってるわ。それじゃあ菜々、入っていらっしゃい」
菜々「はい。では歩夢さん、後で」タタッ
歩夢「うん」
歩夢「……」
中川母「……上原さん」
歩夢「へ、ひゃい」
どうしたらいいんだろう、と手持無沙汰になっていたところで突然声をかけられて、変な声が出た。 中川母「コーヒーでも飲む?ココアの方がいいかしら」
歩夢「え、と……じゃあココアで」
中川母「ん。座って待ってて」
そう言っておばさまはキッチンに立った。
かちゃり、かちゃりと食器の鳴る音が響く。正直、居心地が悪い。菜々ちゃんの話で厳しい人だって聞いていたから、特に。それを抜きにしても妙な迫力のある人だし、ちょっぴり縮こまっちゃう。
早く帰ってきて、菜々ちゃん…… 中川母「ずっと話をしてみたかったの」
歩夢「へ?私とですか?」
中川母「そう」
おばさまはそう言って小さめのマグカップを私に差し出した。お礼を言ってそれを受け取り、一口。
おいしい。その甘さと温かさに、少し緊張がほどかれたような気がする。
中川母「去年の秋頃かしらね。あの子とよく話すようになってから、すぐに貴女の名前を知った」
私に語り掛けると言うよりは、思い出話をするみたいに穏やかな口調だった。 中川母「これまで同好会のことなんて話しもしなかったから、その反動かしらね。たくさんのことを聞いたわ」
歩夢「それで私を?」
中川母「ええ。尊敬している人なのって、何度も何度もね」
あのせつ菜ちゃんが、私を。同好会でも一、二を争う実力者が私のことをそんな風に言っていただなんて。なんだか、照れる。
歩夢「恐縮です」
中川母「聞いていた通り礼儀正しい子ね。大変でしょう、あの子の相手は」
歩夢「いえ、そんな!いつも明るくて、元気をいっぱいもらってます」
中川母「そう……いえ、”せつ菜”のことは貴女たちの方がよくわかっているわよね」 中川母「それと、あの子も同じようなこと言ってたわ」
歩夢「どういうことですか?」
中川母「そのままよ。歩夢さんのおかげでがんばれるとか、そういうのを」
中川母「あの子ったら、あなたの話となると同好会のことに収まらなくてね」
歩夢「それって……」
中川母「……卵焼きが得意なんですってね」
そう言いながらおばさまはにやにやとからかうように笑っていた。 歩夢「筒抜け……」
なんだか恥ずかしくて、いたたまれなくなって、顔を覆う。
中川母「本当、びっくりするくらい貴女の話ばかりなのよ?嫉妬しちゃうくらい」
歩夢「そうなんですか……?なんか恥ずかしい……」
中川母「一番の友達、ってやつなのかしら」
中川母「……友達。友達ね」
おばさまそう呟いて、しばらく何かを考えこむみたいにして押し黙っていた。 中川母「……上原さん」
歩夢「はい」
中川母「あの子の“大好き”とやら、どうか受け取って……違うわね……」
歩夢「……?」
中川母「……受け止めてあげて。その後は、貴女の自由」
どういうことだろう。ずっと友達でいてあげてね、とかそういう感じなのかな。
歩夢「はい、もちろん!」
私がそう言うと、おばさまは眉をハの字にして少し微笑んだ。
合ってたのかな?よくわからないや。 <アガリマシタヨー!アユムサーン?ワタシノヘヤニ~
歩夢「あ、菜々ちゃん……」
中川母「上原さん、今の話は」
歩夢「内緒、ですよね?わかってます」
中川母「……ありがとう。聞いてた通りの子でよかったわ」
<ナナチャーン!ドウスル?マタオベンキョウスル?
<セッカクデスシアニメデモ…… 中川母「そっかぁ……確かにそんな話、一つも聞かされてこなかったけど」
中川母「……よりにもよって女の子、か」
中川母「難儀ね。どうすることもできないけど」 菜々ちゃんの部屋に入って、今日の復習をしたり、菜々ちゃんおすすめのアニメを見たりしてからはや数時間。時計はすっかり回って、もうすぐ日付が変わる頃合いになった。
初めて入った菜々ちゃんの部屋は意外にもすっきりとしていて、どんなお部屋なんだろうと身構えていたからちょっぴり肩透かしを食らった。
菜々「もっとポスターやグッズでいっぱいの部屋だと思ってたのに!……って顔してますね」
歩夢「具体的すぎるよ」
菜々「得意なんです、そういうの」
そういえば、去年侑ちゃんとのことでぎくしゃくしてた時、気づいてくれたのはせつ菜ちゃんだけだったっけ。 歩夢「あの時はうまく隠せてるつもりだったんだけどな」
菜々「私だって何があったかまではわかりませんでしたよ。というか今でもよく知りませんし」
歩夢「あ、あれは知らなくていいことだから!」
菜々「そんな、水臭いですよ!私だって歩夢さんのこと知りたいです」
歩夢「そんな出会ってすぐみたいなこと言われても」
菜々「……侑さんに比べれば、1年なんてすぐみたいなものです」 おや。これはこれは。
歩夢「妬いてる?」
菜々「……何にですか」
歩夢「何にだと思う?」
菜々「だから、その聞き方は……!同じ手は二度も食いませんよ!というかおかしいでしょう!質問を全く同じ質問で返さないでください!」
歩夢「なーんだ、またかわいい菜々ちゃんが見れると思ったのに」
菜々「貴女という人は、もう……」 歩夢「でも意外。そんなに私のこと好きだったなんて」
菜々「へぁ!?は、あ、まぁ、それはもちろん!同じ同好会の仲間ですから!」
からかい甲斐があるなぁ、本当に。
もうちょっとだけ、ダメかな。これ以上やったら怒るかな。
歩夢「侑ちゃんとずっといたから、てっきり侑ちゃんが好きなのかと思ってたけど」
菜々「妙に含みのある言い方を……というか、貴女がそれを言いますか」
歩夢「ふふっ、侑ちゃんはそういうのじゃないよ」 菜々「さっきからずっと、からかってるんですよね」
歩夢「?……あ、ごめんね?ちょっとやりすぎ……」
菜々「……別に、いいです、けど」
そう言って菜々ちゃんは口を尖らせたまま黙り込んでしまった。
でも、からかわれて拗ねたって言うには、妙に……
菜々「……歩夢さん」
歩夢「なあに?」
菜々「今歩夢さんが言ったことが全部本当だと言ったら、信じますか?」 さとしへ、カレー作ってあります
冷蔵庫にサラダも入ってます 歩夢「なんだ、そんなこと?もちろん!私も菜々ちゃんのこと大好きだもん!」
菜々「っ、それは、だから……」
菜々「いえ、何でも、ありません……ありがとうございます」
歩夢「?うん」
……怒ってた訳じゃないみたいだけれど、なんだか変。この間言ってた悩み事のせい?
あの時は待っててって言われたけど、やっぱり私に関係あることなのかな。 歩夢「ねえ、菜々ちゃん。やっぱり……」
菜々「何でもありませんよ。さっき言った以上のことは、何も」
菜々ちゃんはそう言っていそいそと眠る準備を始めてしまった。
私の分のお布団を手早くひくと、電気のスイッチの方へ歩み寄る。
菜々「消しますよ。いいですか?」
歩夢「……ん。おやすみ」
菜々「ええ。おやすみなさい」 ……さっき言った以上のことは何もないって、どういうことだろう。菜々ちゃんが私のこと大好きだっていう、あの話のこと?
そんなの、自分で言うのもなんだけど当たり前のことじゃないのかな。
だってあの子はみんなのことが大好きで、尊敬してて。
私だって、そんなあの子のことが大好きで。 菜々ママさんは娘の想いを否定してるわけじゃないだろうけど、大変なのも理解してるから娘の苦労を思って複雑だろうね そういえば、あの時はどんな話をしたんだっけ。
菜々ちゃんが私のこと好きなんじゃないのってからかって、全部冗談のつもりだったけれど、菜々ちゃんたら真に受けちゃって、それで……
……あれっ。 ……
菜々「歩夢さん、起きてますか?」ボソボソ
歩夢「ぁ……うん」
菜々「さっきはすみません。ついムキになってしまって」
歩夢「それは……全然、いいよ。私の方こそごめんね。からかいすぎちゃった」
菜々「……」
歩夢「ねぇ、菜々ちゃん」 どうしてムキになったのか聞いてもいい?なんて聞けるはずがなくて、私はそのまま黙りこくった。
それは、私のこと好き?って聞くようなものだったから。
だって、女の子だよ?好きだって言ったって、”そう”じゃない方だと疑いもせず思っちゃうよ。
というか、そもそも全部私の早とちりだって可能性もあるし。菜々ちゃんをからかっていたつもりで、私の方が自意識過剰になっちゃってるだけかもしれないし。 そこまで考えて、はたと気づく。
ああ。おばさまが言っていたのって、こういうことなのかな。
冗談だと思っていたことがどんどんと真実味を帯びて行って、なんだか逃げ道をふさがれているような気がした。
色んな誤魔化しや言い訳があっちこっちを行ったり来たり。ぐるぐる回って考えがまとまらない。
その時は結局「なんでもない」って言ったきり、私も菜々ちゃんも黙りこくって、そのまま眠ってしまった。 翌朝。
菜々「ふぁ……おはようございます、歩夢さん」
歩夢「ん、おはよ、菜々ちゃん」
寝て起きれば昨日のもやもやも全部いなくなるかな、なんて思ってたけれど、もちろんそんな都合のいいことなんて起こらなくて。
薄目をこすりながらもう一度あくびをする菜々ちゃんを見て、無防備だな。なんてことを思う。
……って、別に守る必要なんてないってば。それじゃあ私が何か悪いことをするみたいじゃない。 顔を洗って、着替えて、おばさまが作ってくれた朝ご飯を食べて、朝の準備がつつがなく終わる。
夏休み最後の日の朝。これからどうすれば、そう思った時だった。
菜々「歩夢さん」
菜々「図書館、行きませんか?」 何も目立ったことはない、いつもの勉強会。違うことと言えば、現地集合じゃなかったことくらい。
それくらいにいつも通りで、これが高校生活最後の夏休みの最後の日になるなんていう実感はなかった。
そんな日だったけれど、菜々ちゃんはなんだか口数が少なかった気がする。
もちろん何か聞けば答えてくれるけれど、いつも饒舌なのにことこの日に限っては妙に静かだった。
私も私で、昨日の出来事が頭にちらついて、まともに話せるとは思えない。
あれが間違いだったならとんでもなく恥ずかしいし、合ってたとしてもびっくりで、それを確かめようなんて気には到底なれなかった。 勉強会はつつがなく終わり、日が傾いてくる。
外の景色が橙に染まる頃、私はどうしても居心地が悪くて、そろそろ帰ろうかと言った。
菜々ちゃんは顔色一つ変えず、ええ、と返した。
図書館を出て、帰り道を黙って歩く。私も菜々ちゃんも、相変わらず一言も話そうとしなかった。
そうして、分かれ道にまでたどり着く。 歩夢「……それじゃあ、帰るね。また明日、学校で」
菜々「……ええ」
菜々「……」
菜々「……いえ」
歩夢「?今……」
菜々「少し、話していきませんか」
歩夢「……うん」 菜々「昨日のこと、ずっと気にしていますよね」
黙ってうなずく。この子の前で隠し事はできない。
菜々「昨日は、なあなあで終わってしまいましたけれど……本当に、言いたいことはあれだけなんです」
——今歩夢さんが言ったことが全部本当だと言ったら、信じますか?
歩夢「……それが、前言ってた悔い?」
菜々「その通りです」 歩夢「それじゃあ、私に待っててって言ったのは」
菜々「すべて私の問題なんです。私が意気地なしで、自分の大好きから目を背けるようなおばかだから」
菜々「でも、もう大丈夫です。今日で全て解決しますから」
菜々ちゃんはそう言って、私をまっすぐに見据えた。
夕暮れが逆光になって、表情は見えない。 さわりだけ載せます。あとは数日後とかになるかもしれません ——私は、歩夢さんのことが好きだ。
誰に対しても穏やかで、控えめな態度が好きだ。
純粋で、だからこそ吸収を望む貪欲な姿勢が好きだ。
努力家で、謙遜はしても妥協は決してしない矜持が好きだ。
家庭的で、誰かに尽くすことを厭わない善性が好きだ。
何より。
そのかわいらしい笑顔が、私は大好きだ。
それでも、これは恋じゃない。 なんだこれは素晴らしい…めちゃくちゃ甘酸っぱいな…
続きが楽しみすぎる 2017年 5月。同好会に戻った私は、歩夢さんと出会った。
「可憐」という言葉をそのまま体現したかのようなその少女は、瞬く間に私の世界を塗り替えていった。
彼女が笑みを浮かべる度に、彼女の声を聞く度に、上原歩夢というひとに吸い込まれていくような感覚。
ふわふわして、どきどきして、正体のわからないこの感じ。
別世界の中の出来事だと、そう思っていた私に、それは実感を与えた。
あぁ、きっとこれが、恋なんだと。 歩夢さんが、私が以前言っていた作品を見てくれた。
せつ菜「どうでしたか!?感想は!?」
歩夢「すっごくドキドキしちゃった!10話かな?主人公が立ち上がるところとか……」
せつ菜「いいですよね!実はあそこ、色んな小ネタが仕込まれていると制作陣の方が話していまして!例えば立ち上がる寸前の回想とか……」
歩夢「そうなの?そんなに手が込んでるんだね!」 せつ菜「そうなんです!新規勢だけでなく原作を読んでいた人たちへファンサービスを欠かさない精神!まさに理想的なアニメ化なんです!他にも小ネタはたくさんあってですね!分かりやすいので言えば3話の……あっ」
歩夢「うん?どうしたの?」
せつ菜「っす、すみません……温度差も考えずベラベラと……!」
歩夢「もう、どうして謝るの?せつ菜ちゃんの話面白いよ?もっと聞かせて!」
せつ菜「……!はい!それでですね……」
……あぁ、優しい人だ。 歩夢さんが、私と練習したいと言ってくれた。
歩夢「そこのステップ、どうやってるの?」
せつ菜「ここですか?ここは軸足を意識するんです。腕の振りが激しいですから、振り回されて体ごと持っていかれないように踏ん張りつつ、片足を前へ!こうです!」
歩夢「軸足かぁ……私、片足になると弱くて。何かコツとかあるかな?」
せつ菜「そうですね……体幹を鍛えるのは大前提ですが、今すぐにできることならば、勢いでしょうか?」
歩夢「どういうこと?」 せつ菜「片足でじっと立ったままだと、変に意識してしまってよろけがちになってしまうんです。ですから流れとしての動きを意識して、勢いのまま片足で立ち、そして戻る、なんてどうでしょう」
歩夢「そっか。せつ菜ちゃんはいつもそうやってるんだね。参考にしてみるね!」
せつ菜「最近色んな人に聞いて回っているみたいですね。行き詰まっているんですか?」
歩夢「ううん。ただ私はみんなと比べて歴が短いから、少しでも追いつけるように!」
……見習わなければ。 歩夢さんが、夕暮れの中一人で練習を続けていた。
歩夢「せつ菜ちゃん!?見てたんだ……」
せつ菜「ええ。オーバーワークは感心しませんよ?熱心なのはいいことですが」
歩夢「あぅ、まさかせつ菜ちゃんに言われちゃうなんて……」
歩夢「いや、今のは菜々さんぽかったかな?」 せつ菜「はぐらかしても駄目ですよ。今日はもう帰りましょう?」
歩夢「じゃあもう一回!まだできてないところがあるから、それができるまで……」
せつ菜「回数で打診する内容じゃないじゃないですか!ダメです!終わりますよ!」
歩夢「えー、そんなぁ……」
……本当に、強い人だ。 歩夢さんが、私のお菓子作りを手伝ってくれることになった。
せつ菜「本当にありがとうございます!歩夢さんがいれば百人力ですよ!」
歩夢「ありがとう。じゃあ始める前に一ついいかな?作業をする時は絶対、ぜったい!何をするか教えてからにしてね?」
せつ菜「確かにほうれんそうは大事ですものね!わかりました!」
……
せつ菜「歩夢さん!閃いたのですが、この調味料を入れてはどうでしょう?パンチの効いた隠し味になるのではないでしょうか?」
歩夢「せつ菜ちゃん、隠し味はパンチが効いたらダメだよ?」 ……
せつ菜「本当にうまくいきました……!歩夢さんのおかげですね!」
歩夢「うん!うまくいってよかったよ!うん……本当に……」
せつ菜「……これ、本当に全部私たちが作ったんですね……!」
歩夢「え、せつ菜ちゃん大丈夫!?うるうるしちゃってる!」
せつ菜「え、はっ!?す、すみません!私でも作れたんだと思うとつい感動してしまって……」
歩夢「ふふっ、疑わなくても、ちゃんとせつ菜ちゃんが作ったんだよ?大丈夫!これからもっともっとうまくなるから、一緒にがんばろう!」
せつ菜「……!はい!よろしくお願いします!」
……あぁ、本当に、大好きだ! ある時、歩夢さんの背を押した。
もしかするとそれは私にとってよくないことだったのかもしれない、と、その時は思った。
それと同時に、そんな浅ましいことを考えてしまった自分が嫌になる。
けれど、それは杞憂だった。
その日を境に歩夢さんはもっともっと素敵になって、私の中の”好き”は、無遠慮にどんどんと膨らんでいった。
けれど。 ……
愛「あ、それっ!カナちゃんお菓子作ってきてくれたん?」
彼方「そーそー。昨日遥ちゃんのために作ったんだけど、材料が余っちゃってねぇ。みんなにもおすそ分けしようと思って持ってきたのだよ」
せつ菜「マフィンですか、これ?かわいいです!」
彼方「もちろん味にも自信ありだよ〜。味わってくれたまえ」
愛「……うん!んまぁ!おいしーね、これ!」
せつ菜「柑橘系の香り……すっきり食べられていいですね!」 彼方「でしょー?昨日はお芋とか入れてみたんだけど、みんなが食べるならこっちの方がいいかなーって」
せつ菜「おいしいだけじゃなく、そんな細やかな気遣いまで……流石です!」
愛「だねー!カナちゃん、きっといいお嫁さんになるよ!」
彼方「おや〜?ひょっとして愛ちゃんがもらってくれるのかな?」 愛「愛さんより、もっと素敵な旦那さん探しな?」
彼方「ん〜、確かにそうかも。素敵な旦那さんかぁ。夢のある話ですなぁ」
愛「ちょっとぉ!そうかもはひどいっしょ〜!」
彼方「愛ちゃんが先に言ったんだも〜ん」
せつ菜「……」
……あれ? ……
しずく「……それで、今度初恋に戸惑う女の子の役をやることになったんです」
せつ菜「新しい演目ですか。公演が決まったらぜひ見に行かせてください!」
侑「初恋かぁ。甘酸っぱいお話になりそうだね」
しずく「侑さんも、そういう経験が?」
侑「え、私の話!?」
しずく「せっかくですから、参考程度に!」 侑「えー……うーん、本当にちっちゃい頃なんだけど……すごく優しい男の子がいて。憧れみたいなものだったけど、思えばあれが初恋だったのかも」
しずく「一方通行の恋……切ないけど、素敵です」
侑「恥ずかしくて、全然話せなかったんだけどね。で、しずくちゃんは?」
しずく「わ、私もですか!?」 侑「人に聞いておいて自分だけだんまりなんてずるいよ!ただでさえ女子高でこういう話少ないんだし、聞かせて!」
しずく「う……ええと、私は……」
せつ菜「……」
……あれ、あれ? 私は、歩夢さんが好きだ。でも、その“好き”は何?
せつ菜「みんなーっ!大好きだよーっ!!」ワァァァァ!!
……私の言う”大好き”は、何だろう。
きっと恋ではない。それじゃあ、歩夢さんへのこの“好き”は?
これはきっと恋だ。でも、恋ってそういうものじゃなくて。
だって、私は女の子で、歩夢さんも女の子で。それは、恋と呼べるの?
わからない。私は、この恋しか知らないのに 歩夢さんに伝えたら、どうなるんだろう。
笑ってくれるかな。それとも、困った顔をするのかな。
驚きはするかもしれない。
……歩夢さんは、きっと“普通”だ。そんな人に私の“好き”をぶつけるのは。
それって。
せつ菜「……ぁ」 瞬間、かつての苦い思い出がよみがえる。
あの時のかすみさんは反発してくれたけれど、歩夢さんはどうするんだろう。
優しい人だ、きっと、私を傷つけまいとするに違いない。
私の“好き”に歩夢さんを巻き込んで、困らせることになるのかな。
もしかすると、その気でもないのに、無理やり付き合わせることに…… そこまで考えて、頭を抱える。
ああ、駄目だ。もう嫌な想像しかできない。
これはきっと、考えてはいけないことだ。
わからないことだらけだけど、ただ、確かなことが一つだけ。
これは秘めていなければ、いずれ誰かを傷つける。 気付かなかったことにしよう。それでいいはずだ。
きっと、みんなへの“大好き”と混同しているだけだ。
そう、そうだ。それでいい。そうしよう。 私は、歩夢さんのことが好きだ。
誰に対しても穏やかで、控えめな態度が好きだ。
純粋で、だからこそ吸収を望む貪欲な姿勢が好きだ。
努力家で、謙遜はしても妥協は決してしない矜持が好きだ。
家庭的で、誰かに尽くすことを厭わない善性が好きだ。
何より。
そのかわいらしい笑顔が、私は大好きだ。 そうして、1年。2018年8月。私は同好会を引退した。
私は、優木せつ菜でなくなった。 いわゆる「普通の」恋愛にはない高いハードルがあるよね。好きかどうか以前に相手も同じかどうかっていう ラブライブ のssって普通に女の子同士が恋愛するけど、その同性愛に正面からちゃんと向き合うssって実は少ないよね 現実だったら友達でもマイナスの印象を持つ子もいるだろうし、秘めた恋みたいになりがちだよね 17年9月にお台場にできたUCガンダムがアニメ1話(5-6月頃)時点で既にあるから。マジレススマソ。 指摘感謝です。
日付はアニガサキに出てくるカレンダーから検証して2017年という説が立ってたのでそれを参考にしてます。
そういえば2021年説もありましたね
とりあえずあまり気にしないでいただけると 同性愛が当たり前じゃない世界での百合がめちゃくちゃ好きなのでこういう話めっちゃ好き
続きが楽しみすぎる 当たり前のように百合な世界もいいけど
そうじゃない世界でこういう葛藤が描かれるのもいい わかる
さらにこの二人なのが個人的にうれしい
続き待ってる また続けます。最後まで書いてますがちょいちょい間挟みつつ行こうと思います シャワシャワシャワ……ミーンミーン……
菜々「ええと、miserable……不幸な民衆によるストライキ……英語の長文ってこんなのばっかり……」
菜々「……休憩しよう。何か甘いもの……」
ポコンッ
菜々「通知?誰から……」
菜々「……え」 『突然ごめんね、今日時間ある?』
それは、かつての思い人からのメッセージだった。反射的に指が動く。
菜々「既読!ついつけちゃった……」
菜々「……これって、遊びの誘い?」
どうしよう。
正直、断る理由はない。丁度煮詰まっていたところだし、気分を変えたかったところだ。
そこに友達からのお誘いが来たとあらば、応えない訳はない。
訳はない。けれど。 菜々「……歩夢さん」
封じたからと言って、忘れられる訳がない。なかったことになる訳がない。
彼女の名前を呼ぶ度に、心が浮ついて、同時にちくりと痛むような感じがする。
菜々「……」 ……もう、1年経ったんだ。
私は歩夢さんが好きだ。みんなと同じように。
そうだろう。
自分に言い聞かせながらも、指は動く。
菜々『構いませんよ!』
……別に、ただ友達と遊ぶだけだ。 『12時集合で!』
そのメッセージが来るや否や、私は部屋を飛び出していた。
持ち物はどうしよう。服は、髪は。
菜々「……何を」
我ながらわかりやすすぎる。
ただ断る理由がないから行くだけだ。
というか、友達と遊びに行くのに理由なんかいらない。
そう。私は決して、決して。断じて意識なんかしていない。 そして、集合時間の30分前。
どたばたと大慌てで準備した割に、気持ち早めどころではない時間に着いてしまった。
軽く息切れしていることに気付き、大きく深呼吸。
徐々に落ち着きを取り戻し、改めて自分の格好を顧みる。
オーバーサイズのTシャツに、膝ほどまであるシースルーのレイヤード・スカート。
お気に入りのスニーカーにキャップを合わせ、カジュアルめな格好に落ち着いた。
髪はこの間ネットで見たなんちゃってボブを見よう見まねで再現し、少し短めのシルエットになっている。
菜々「変じゃ、ないよね」 去年から色々勉強したし、教わったし。大丈夫。きっと。
そうやっているうちにあっという間に時間は過ぎて、彼女の姿が見える。
私にはまだ気付いていないようで、あちこちをきょろきょろと見まわしている。
ゆったりとしたワンピース姿。ふわふわしていていかにも歩夢さんらしい。
……あ、キャップ、お揃いだ。
一瞬で幾百千の情報が頭を駆け巡る。
落ち着け。あくまで何でもない風に。 菜々「歩夢さーん!」
歩夢「お待たせ!突然ごめんね?きっと忙しかったよね」
歩夢さんが急ぐように駆け寄ってくる。
動揺するな。本当のことを、普通に言えばいいだけなんだから。
菜々「いえ!実を言うと、私も少し気が散っていたといいますか……なので気分転換がてらお付き合いしますよ!」
歩夢「ありがとう!せつ、な……な……」
菜々「どうしました?」
歩夢「や、どっちかなと思って。メガネはしてないけど、なんだかいつもと雰囲気違うから。髪、編み込んでるんだね」 そうか。今日はメガネをしていないんだ。
いつもなら外で会う時もせつ菜だけれど。
菜々「イメチェンみたいなものです。呼び方はお好きに、と言いたいところですが……私はもう”優木せつ菜”ではありませんから」
歩夢「そっか。そうだよね」
そう言って歩夢さんは苦笑した。
……どうして、そんな寂しそうな顔をするんだろう。 菜々「そうと決まれば行きましょう!お昼はもう食べました?」
歩夢「ううん、まだ。せつ菜ちゃんも?」
菜々「……」
お好きに、とは言ったけれど。
いや、それはそうだ。だって歩夢さんにとってはせつ菜の方が馴染み深いんだから。
というか、せつ菜だって私の一部だ。当然、そこには何の違いもない訳で。
全部当たり前のことだろう。 それでも、どうしてこんなことを考えてしまうのか。
そんなことはわかりきっている。
私が、どうしようもない意気地なしで。
誰かが傷つくことよりも、自分の気持ちを通したくなってしまうような大馬鹿だから。
まだ、捨てきれていないから。 歩夢「ここって……たこ焼きミュージアム?」
菜々「お昼というには少し早いですし、軽いものをと思いまして」
歩夢「久しぶりだな。前来たのは確か……去年だっけ?」
その言葉を皮切りに、私たちの今までを語り合う。
口を開けば歩夢さんのことばかり、なんてことになってないといいのだけれど。
……なっていないよね? 同好会のメンバーやファンにとってはせつ菜だけど、菜々にとっては菜々が自分自身なわけだしね。切っても切れない関係とはいえ 歩夢「ごめんね。やっぱりまだ慣れなくて」
どうやら歩夢さんは、同好会を引退してしまったせいで燃え尽き症候群になってしまったらしい。
菜々「それは私も同じです。ちょっと前までなら、今頃は部室にいたんですから」
歩夢「せつ菜ちゃんもやっぱり寂しい?」
菜々「寂しくないと言えば嘘になりますが……悔いは、ほとんどないので」 あ。今、余計なこと言った。
駄目だ。完全に浮かれている。
つい口が緩んで、言わなくてもいいことが口をついて出てくる。
歩夢「ほとんど?」
菜々「こちらの話です」
……当の本人を前にして冷静でいられた私を、誰か褒めてほしい。 そんなことを考えていた折に、突然「変わらないね。せつ菜ちゃんは」なんてことを言われたものだから、図星を突かれたどころの話ではなかった。
せつ菜「……歩夢さんのことですから、そんな訳はないと思いますけど……今言うとバカにされている気がします」
嘘だ。責められている気がする。お前は何も変わっていないって。
自己嫌悪が悪さをして、歩夢さんの言葉に対してもそんな被害妄想が思い浮かんでしまう。
なのに。
歩夢「すてきだなって思っただけ」
歩夢「初めて会った時からずっと純粋で、まっすぐで、かわいいなって」 菜々「そう、ですか」
本当にずるい人だ。どうして今になってそんなことを。
貴女と私の“好き”は違うのに。
いいや、それだけじゃない。彼女はきっと“優木せつ菜”と話している。
確かに私は優木せつ菜だ。でも、いつかそうでなくなる時が来たらどうするかなんて、考えたこともなかった。
私は彼女とどうやって話せばいいんだろう。 一つ約束事をしよう。
決して、自分のことを考えてはいけない。
今日は歩夢さんが元気になるためのお出かけだ。歩夢さんを笑顔にすることだけを考えよう。
子供っぽいと言われたなら、それを通すんだ。
……
そうして、その日の私はいつも以上のテンションではしゃぎ倒した。
買い物では歩夢さんに似合いそうな服を片っ端から手に取り。
ゲーセンではゲームの結果に一喜一憂し。
スイーツ店ではおなか一杯になるまでパンケーキを貪った。
……普通に楽しんでいただけではないかと言われても、否定はできない。 歩夢「今日は付き合ってくれてありがとね。ちょっとだけすっきりしたかも」
せつ菜「いえ。お力になれたみたいでよかったです!」
今日一日を歩夢さんと共に過ごして、気付いたことがある。
それは、蓋をして仕舞ったはずの思いに再び火が点こうとしているということ。
押さえつけていた反動か、どんどんと思いが大きくなっていっているということ。
そして、彼女が私を「せつ菜」と呼ぶ度に、なぜだかおかしな感覚になるということ。 おかしな感覚と言っても、大体は見当がつく。
優木せつ菜はみんなが大好きで、みんなもそんな優木せつ菜が大好きで。
じゃあ、優木せつ菜でなくなった私はどうすれば。と、そういう疑問だ。
もちろん、その程度でうやむやになる仲ではないことはわかっている。
これは全て、私の気持ちの問題だ。 歩夢「せつ菜ちゃんはどう?気分転換って言ってたけど、切り替えられた?」
むしろ、さらにぐちゃぐちゃになっているけれど。
それを話したところで困らせるだけだ。
せつ菜「……ええ。それはもうバッチリですとも!」
歩夢「“ですとも”なんて普段言わないでしょ」
鋭い人だ。いや、私がわかりやすいのかな。
歩夢「……私ね、今日せつ菜ちゃんと一緒にいられて楽しかったよ」 ……やっぱり、ずるい。
歩夢さんを喜ばせられたって、歩夢さんが心配してくれてるって、喜んで飛び上がりたいくらいなのに。
私は今、それどころじゃない。
歩夢「私じゃ力になれない?せつ菜ちゃん」
菜々「そ、れは……そうかもしれません」
初恋から1年。初めて知った。
菜々「貴女が、私をそう呼ぶ限り」
好きな人にやさしくされるのって、辛いんだ。 けれど、辛いままで終わらせたくないと思ったのもまた事実だった。
だから、つい。
せつ菜「歩夢さん」
せつ菜「今度は私から誘っても?」
なんて、自分勝手なことを言い出す。
このまま歩夢さんと一緒にいればどうなるかなんて、わかりきっているのに。 私が誤魔化したせいだろう。歩夢さんはまだ納得していない様子でしょげていた。
せつ菜「大丈夫です。本当に。必ず何とかしますから、少しだけ待っていてくれませんか?」
……どんな形であれ、この気持ちには必ず決着をつける。
これは私自身の問題だ。私だけで、何とかしなくては。
歩夢「それが私にできること?」
せつ菜「ええ。それと……たまに付き合っていただければ」
歩夢「そういうことなら……わかった」 その後、情けなく保身に走る私に、彼女はとある提案をしてくれた。
勉強会。なるほど、それなら後ろめたさもなく毎日歩夢さんに会える。
……いや、ただ喜んでいるだけでは駄目だ。きちんと整理をつけなければ。
帰ってからの私の脳内ではそんなどうしようもない会議が繰り広げられた。 目を閉じればよみがえる。歩夢さんの横顔、笑顔、困り顔。
どれもが愛おしい。ずっと見ていたい。できれば写真も撮っておきたい。
……やっぱり、逃れようがない。
菜々「私は……歩夢さんが好き」
忘れようとしていた。でも、無理だ。
認めよう。これは恋だ。 叶えようとまでは言わない。歩夢さんに伝えるつもりもない。
ただ、燻るこの気持ちは放ってはおけない。
一緒にいるだけでいい。中川菜々として1秒でも長く歩夢さんの傍にいられれば、それで。
明日からはそれが叶う。それで十分だ。
たとえ私が中川菜々だったとしても、歩夢さんはそれを理由に拒んだりしない。
十分、幸せだ。 勉強会初日。今日は歩夢さんの方が少しカジュアルな格好をしていた。
見慣れない歩夢さんの姿。どうしても横目で追ってしまう。
……黙っていちゃ駄目だ。気を紛らわせないと。
菜々「歩夢さん、志望校はどこなんですか?」
歩夢「ここに行くんだ!って決めた訳ではないけど、候補3つのうちどれかって感じかな。ここと、ここと……」
……あ。
菜々「ここ。私も受けるところです」 歩夢さんもここ受けるんだ。
ならもしかしたら同じ大学に……なんて、夢見るくらいは許されるだろうか。
歩夢「そうなの?そっか。なんか心強いや」
菜々「そうですか?」
歩夢「うん。同じとこ行けたらいいね」 ……今のは優しさかな。それとも、本心かな。
菜々「……本当に、私と同じところに行けたらいいなって思いますか?……私と」
また、口が滑った。
大丈夫。これは友達としての質問だから。やましいことなんて、何もない。
歩夢「え?うん、もちろん!」
菜々「そうですか」
そっか。歩夢さん、私と同じ大学に行きたいんだ。
そっか、そっか。
ふふ。 ぽむからすれば何気ない会話かもしれんが一喜一憂するせっつー健気だなぁ ……やましいことは、何もないけれど。
ひとつだけ。ささやかな、ほんの少しのわがままを。
菜々「あの、歩夢さん。一つお願いしてもいいですか?」
菜々「私のことは、その、菜々と呼んでいただけると」
歩夢「え、うん。というか、今日はずっとそうだからそっちで慣れちゃった。心境の変化とか、そういうの?」
菜々「ええ。お願いできますか?」
歩夢「もちろん!菜々ちゃん!」 2018年 8月 某日
……
愛「ななぴはさ」
菜々「なな……?何ですそれ」
侑「それって菜々ちゃんのあだ名?」
愛「そ。ななぴ。かわいいっしょ?」
侑「なんかマスコットって感じ」
菜々「わざわざ新しくつけなくたって、せっつーでいいのに」
愛「んー、アタシもそれでいっかなーって思ってたけど、なーんか……」
菜々「?」 愛「……いや、それはいいや。それよりななぴさ、歩夢とあんな風につるむ感じだったっけ」
菜々「あんな、と言いますと?」
愛「なんてゆーか、いつの間にか一緒にいるというか……ゆうゆみたいな」
侑「あ、それ私も思ってた。いつの間にーって」
菜々「わざわざ当の本人がいないところで聞きますか」
侑「いないからこそでしょ?忘れ物取りに帰ったから、暫く戻ってこないしさ」 愛「なんかあったん?それこそ急接近!て感じの!」
菜々「ないですよ、そんなの!……ただ、この勉強会のきっかけになった出来事は、ありましたけど」
愛「お、なになに?」
菜々「大したことじゃありませんよ。2人で遊びに出かけただけで」
侑「2人で遊んでたの!?ずるい!」
愛「愛さんたちも誘ってよー!」 菜々「歩夢さんに言ってくださいよ!」
侑「おやおや?全部歩夢のせいにする気かな〜?」
菜々「う、それは……」
菜々「ともかく!そこで歩夢さんが提案してくれて、今に至るという訳です」
愛「なるほどねー、デートか。そりゃ急接近もするわ」 菜々「でっ……!?そういうんじゃないですよ!本当に一緒に遊んだだけですから!」
侑「そんなにわかりやすく動揺してたら、信じてもらえるものも信じてもらえないよ〜?」
菜々「ぐ……」
愛「あははっ!顔まっかっか!なんかほんとに急接近!って感じだね」
侑「歩夢がいた時もずっとそっち見てたし、これは真実味が増しますなぁ愛ちゃん!」
愛「だねぇ、ゆうゆ!ほれほれ、白状してみんしゃ……」
菜々「……」 愛「……お?」
侑「うん?」
菜々「……白状することなんて、なにも」ブスッ
侑「……拗ねた?」ヒソヒソ
愛「いや、というより……」ヒソヒソ 愛「……ななぴ」
菜々「……」
愛「歩夢のこと、す、……どう思う?」
菜々「……私からは、何も」 侑「せつ菜ちゃん、まさか歩夢のこと……!?歩夢のこと一番好きなのは私なんだからね!渡さないぞー!」
愛「ゆうゆ、ストップ」
侑「うぇ?……うん」
菜々「……」 愛「ズカズカ踏み入ってごめんね。聞かなかったことにした方がいい?」
全部、話してしまおうか。
この程度で私のことを嫌ったり、奇異の目で見るような人たちではないことはわかっている。
菜々「……丁度、ひとりでは抱えきれないと思っていたところです」
……自分でも口は堅い方だと思っていたのに。
歩夢さんのこととなると、ダメダメだ。 ……
侑「おぉ……」
愛「確かに言われてみればって感じだったね。今思い出すと」
菜々「気付いてました?」
愛「んにゃ。結果論」
侑「……それ、歩夢には伝えないの?」
菜々「言った通りです。きっと困らせてしまいますから」
侑「んー……でも私たちは……」
愛「ゆうゆ。言いたいことはわかるけど」
……私たちは、なんだろう。 侑「そう、だよね。ごめん。複雑なことだし、ああしろこうしろとは言えないね」
愛「ん。アタシらにはその責任は負えないよ」
侑「一つ、聞いていい?」
菜々「はい?」
侑「菜々ちゃんは、今歩夢といられて幸せ?」
菜々「きっと、これまでで一番」
侑「それはそれで寂しいなぁ。……でも、ならいいや」
侑「歩夢も、きっと菜々ちゃんと一緒にいられて嬉しいと思ってるだろうから」
菜々「だと、いいのですが」 愛さんは先に何となく察してたんだね。侑ちゃんも軽口で一番とか渡さないとか言ったんだろうけど、今の菜々ちゃんからしたら複雑な気持ちになるだろうな 今日言った言葉に偽りはない。
誰よりも歩夢さんの近くで、誰よりも長く一緒にいられる。
全部、独り占めにできる。
充分に幸せだ。
菜々「……何、充分にって」
まるで、それ以上があるみたいなことを。 私はどうしようもなくわがままなやつだ。
このままでいようと、ついこの間誓ったはずなのに。
菜々と呼ばれるたびに、胸がざわついて。
この気持ちをぶつけたくて。
あわよくば振り向いてほしい、だなんて。 その次の日。歩夢さんはいつも来る時間よりも30分程遅れてやってきた。
あんなことを考えていた直後のことだったからか、まさか愛想を尽かされて……なんて、おかしな可能性まで脳裏をよぎってしまっていた。 ……
ひと段落ついて外を見やると、予報の通り雨が降っていた。
ただしそこそこに強めのようだ。大雨になるとは言っていなかったのに。
母に連絡を入れておこう。
菜々「お風呂いれておいてください……と」
それにしても、歩夢さんは妙に軽装だ。
まさか。
菜々「……そういえば、傘が見当たりませんけど、折り畳みですか?」
歩夢「え?どういう……あ」 やっぱり。
どうしよう。いや、そんなことはわかりきっている。
彼女をびしょ濡れのまま走らせる気か。
言え。なんてことはない。言え、言え。
菜々「……と」
菜々「……っりあえず、私のに入っていきますか」 歩夢さんは、去年からいくらか背が伸びていた。
もとより少し高かった目線は、さらに高く。スラっとしてより素敵になった。
対する私は、ずっとそのまま。中学生に間違えられたことさえある。
そんな私たちが同じ傘に入るとは、すなわちそういうことだ。
歩夢「あの……入れてもらってる身でなんだけど、私が持とうか?」
菜々「いえ!歩夢さんはお気になさらず!」
私の意地にかけて、そんなかっこ悪いところは見せられない。
必ず、このまま歩夢さんを家まで送り届ける。 歩夢「……菜々ちゃん、肩」
……あっ。バレた。
それでも。歩夢さんの頼みだとしてもこれは渡せない。
歩夢さんは優しいから、きっと私に尽くしてくれる。
やさしくされるのは、辛いから。
そう思っていたのに。 ……
菜々「ふふ……ふ、あは」
歩夢「ぷ、ふふ。はは、は」
菜々「あ、はははっ」
どうして、こんなにおかしいんだろう。
歩夢さんも私も、びしょびしょになってしまったのに。
いや、だからか。
さっきまで揉み合っていたのが、ばかみたいだ。
歩夢「ふふ、ははっ」
……あぁ、やっぱり、貴女の笑顔が好きだ。 それから少し経って、いつもの分かれ道。
歩夢さんが突然立ち止まった。
歩夢「それじゃここまでだね。傘、ありがとう」
……え。
待って。私が送りますよ。
そのままじゃ風邪引いちゃいます。
私の家なら、ここから近いですけど。
色んな言葉が浮かんでは消えていく。 なんて言おう、なんて言えば。
決まるより前に、体が動いていた。
歩夢「……菜々ちゃん?」
菜々「うちに、来ませんか!」 ……なんて、ことを。
確かにあのまま帰してしまったら、歩夢さんが体調を崩していたかもしれない。
それでも、家って!大胆とかそういう域を越えてる!
幸か不幸か、お母さんはあっさりと許可を出した。
どころか、泊っていけだなんて。私の気持ちも知らないで。 歩夢さんがお風呂に入り始めてから少し。
着替えを渡しにお風呂場に来ていると、お母さんの呼ぶ声がした。
菜々「何、お母さん?」
中川母「んーん。ちょっと話、しない?」
菜々「どうしたの?急に」
中川母「……上原さん、かわいらしい子ね」
菜々「うん」
中川母「いつも話してた通り」
菜々「そんなに歩夢さんのことばかりだった?」
中川母「ええ。妬けちゃうわ、全く」 中川母「ねえ、菜々」
中川母「上原さんを連れてきたのは、どうして?」
菜々「な、んでって……歩夢さんが傘を忘れてしまって、送ろうと思ったけど、2人してびしょびしょになっちゃったから……」
中川母「それだけ?」
菜々「……わからない。色々ぐちゃぐちゃで、考える暇もなくて」
中川母「咄嗟に?」
菜々「うん」 中川母「その態度からして、当たりかな」
菜々「何が?」
中川母「菜々、上原さんのこと好きでしょう?」
菜々「……は」
菜々「な、んで?」
中川母「誤魔化そうともしないか。我が子ながら……」
菜々「どうして、わかるの?」
中川母「何年お母さんやってると思ってるの。……ってセリフは、言う資格ないかな。私には」 中川母「わかりやすいんだもの、菜々は。毎日毎日嬉々として知らない子の話をされれば、誰だってわかるわ」
菜々「嘘、そんなに……?スクールアイドルのことは隠せてたのに」
中川母「初恋なんてみんなそんなものよ」
菜々「初恋ってことまで!?」
中川母「あら、合ってたの?適当言っただけなのに」
……この人は! 菜々「それで、それがどうかしたの?」
中川母「あら、お顔が真っ赤」
菜々「いいから!歩夢さんみたいなこと言わないで!」
中川母「……」
中川母「よかったな、って思ったの」
菜々「何が?」 中川母「あなたが、そんなわがままな子になってくれて」
菜々「……」
中川母「本当に、どの口が言うんだって罵ってくれても構わないわ。でもね、嬉しいの」
中川母「去年、お父さんと3人で、色々ぶつけ合ったじゃない?」
菜々「スクールアイドルのこと?」
中川母「ええ。私、その時まで知りもしなかった。あなたがずっと本音を隠して、私たちの望む通りに在ろうとしてくれたんだってこと。情けないったらありゃしない」 中川母「その時、後悔した。どうしてもっとわがまま言わせてあげられなかったんだろうって」
菜々「……うん」
中川母「そんな時に、いきなり女の子を好きになっただなんて、とんでもないこと言ってくるんだから」
菜々「言った覚え、ない」
中川母「言ってたようなものよ」 中川母「だから、嬉しいなって」
菜々「……それだけ?」
中川母「ん。」
中川母「あ、嘘。あともう一つだけ」
中川母「もっと、もっともっと、めいっぱいわがままになってほしいなって、そう思うわ」
菜々「うん」
<アガリマシター 菜々「……お母さん。私、恨んでないよ」
中川母「……そう」
……
歩夢「服まで用意してもらっちゃって……ありがとうございます」
中川母「ん。よく似合ってるわ。それじゃあ菜々、入っていらっしゃい」
菜々「はい。では歩夢さん、後で」タタッ 菜々「もっと、わがままに」
それって、いいのかな。
だって、私が秘めていればそれで済む話で。
そこからどうこうしようなんてこと、考えても……
でも、秘めて、我慢したままでいたら、私はどうなるんだろう。
壊れちゃうのかな。それとも、もっとひどく誰かを傷つけたりなんか、するのかな。 我慢。その言葉と共に、ひとつの出来事が蘇る。
——私も我慢しようとしていました。大好きな気持ち。でも……結局、やめられないんですよね!
——始まったのなら。
菜々「貫く、のみ……」
そして、連鎖的にたくさんの思い出が、同好会のみんなことが、溢れかえる。
みんなは、どうしてくれたっけ? 前に自分が言った台詞が自分に返ってくるのめちゃくちゃ好き 行き過ぎた私の“大好き”を、諫めてくれた。
受け止めて、それから話してくれた。
全然違う人たちがたくさんいて、そこに私もいた。
……あ。そっか。
今になって、あの時侑さんが言おうとしたことがようやくわかった。 ——それ、歩夢には伝えないの?
——言った通りです。きっと困らせてしまいますから
——んー……でも私たちは……
……『私たちは、否定したりしない』
受け入れられるかはわからない。でも、きっと受け止めてくれる。
私はずっと、そういう場所にいたじゃないか。 伝えなきゃ。いいや、伝えたい。
私は歩夢さんが好きだ。それを、貴女に。
菜々「——今歩夢さんが言ったことが全部本当だと言ったら、信じますか?」
歩夢「なんだ、そんなこと?もちろん!私も菜々ちゃんのこと大好きだもん!」
違うとわかっていても。
私と貴女が違うのは、当たり前のことだから。 明日は、夏休み最後の日。
それが終わったら、私はいつもの生徒会長・中川菜々に元通り。
そうなったらきっと、意気地なしの私はずっと“今まで通り”に徹しちゃう。
明日。明日一緒に図書館へ行って、それで。
全部伝えよう。私の“好き”を。 いつ言おう。図書館に着いたら?
いつ言おう。勉強が始まる前?
いつ言おう。お昼の休憩の時?
いつ言おう。勉強が終わったら?
……いつ言おう。もう、夕暮れだ。 歩夢「……それじゃあ、帰るね。また明日、学校で」
菜々「……ええ」
言え。
菜々「……」
言え、今!
菜々「……いえ」
菜々「少し、話していきませんか」 菜々「昨日のこと、ずっと気にしていますよね」
菜々「昨日は、なあなあで終わってしまいましたけれど……本当に、言いたいことはあれだけなんです」
歩夢「……それが、前言ってた悔い?」
菜々「その通りです」
歩夢「それじゃあ、私に待っててって言ったのは」
菜々「すべて私の問題なんです。私が意気地なしで、自分の大好きから目を背けるようなおばかだから」
菜々「でも、もう大丈夫です。今日で全て解決しますから」
きっと、こっぴどく振られるだろう。それでいい。
私の、ありったけの“好き”を! ……
私のことが好き。
菜々ちゃんはそう言って、拳を差し出して、その手を開いてみせた。
本当に、そうなんだ。 出会ってから今まで、菜々ちゃんと、せつ菜ちゃんといた時間を思い返す。
どれもこれもがきらきらしてて、思い出して笑っちゃうくらいに楽しくて。
それじゃあ。
菜々ちゃんのこと、今よりももっともっと大好きになったら。
もっともっと、楽しくなるのかな。 歩夢「菜々ちゃん」
菜々「はい」
歩夢「私ね、きっと菜々ちゃんとは違うと思うの」
菜々「わかっています」 歩夢「でもね」
泣きそうな顔をしている菜々ちゃんを見るのがつらくて、そっと手を取る。
歩夢「菜々ちゃんと同じように、同じくらい、菜々ちゃんのこと好きになれるかな」
菜々「……歩夢さんは、どうしたいですか」
歩夢「……そうなりたい。そうなれれば、どんなに嬉しいだろうって思うの」
歩夢「だからね」 歩夢「菜々ちゃんがよければ、あなたの恋人になりたいな」 菜々「……っ、〜〜〜〜〜〜!!」
手を握ったまま、菜々ちゃんがその場でうずくまる。
歩夢「菜々ちゃん!?あの、私……」
菜々「……そんな」
歩夢「え?」
菜々「……そんな返事、されると思わないじゃないですかぁっ……!!」
菜々ちゃんはそう言って、ぼろぼろと大粒の涙をこぼし始めた。 っと、悲しんでる訳じゃない。
それでも見てられなくて、つい抱きしめてしまった。
菜々「あゆむさっ、わたし……すきです!歩夢さんのことが!だいすきです!!」
歩夢「うん、うん」
菜々「わたしっ、でも、ぅ、ぁ、あぁ……!」
道のど真ん中。私の胸の中で、子供みたいに泣きわめく菜々ちゃん。
一体、この子はどれだけの思いを抱えていたんだろう。
きっとたくさん傷ついて、たくさん勇気を振り絞ったに違いない。
歩夢「伝えてくれてありがとう。菜々ちゃん」 ……
菜々「……」グス
歩夢「落ち着いた?」
菜々「えぇ……まぁ」
菜々「……」
歩夢「……」
菜々「……あの」 歩夢「何かな」
菜々「私に気を遣っているなら、いっそ」
歩夢「もう、怒るよ?私がそんなに悪い嘘吐く人だと思ってるの?」
菜々「う……だって、歩夢さんは優しいから」
歩夢「昨日も言ってたね、それ。本当に私のこと大好きなんだから」
菜々「なっ……こんな時までからかうなんて!もう!」
歩夢「疑った菜々ちゃんが悪いんだもん」 菜々「……歩夢さん」
歩夢「なあに?」
菜々「きっと、私のことを好きにさせます」
歩夢「私は十分好きだよ?」
菜々「もう、そうではなくて……!」
歩夢「ふふ、ごめんね?」
歩夢「……私も、好きになるよ。きっと」 歩夢「それじゃあ、そろそろ帰ろうか。もう暗くなってきちゃった」
菜々「あ……う、はい」
本当に、わかりやすい。
歩夢「大丈夫。ほら」グッ
菜々「……!はい!」コツン
今日からこれは、大好きのおまじない。
歩夢「これからもよろしく、菜々ちゃん!」
菜々「ええ!歩夢さん!」 私と菜々ちゃんは、違う。
けれど、私はもう知ってるはずだ。
バラバラでも、想いは一つになれる。私たちはずっとそうやってきたんだから。
その日は、いつか必ず。 ……
2019年8月 某所。
「ほら、海ですよ!海!早く行きましょう、歩夢さん!」
「あーっ!もう、歩夢でいいって前に言ったじゃない!」
「す、すみません……!うぅ……でも、そう呼ぼうとするとどうしても、その……あの人の顔がちらついてしまって……」
「侑ちゃんのこと?ひどい……菜々ちゃんってば私といる間に他の子のこと考えてたんだ」
「なぁっ!?ち、ちが!……もういいでしょう!行きますよ!恋人と過ごす初めての夏ですよ!一秒だって惜しいんですから!」
「もう、素面で恥ずかしいこと言っちゃうんだから……待ってよ!今行くから!」
……
おわり とても胸がキュンてしてしんどい
すごく素敵なSSをありがとうございました! これで終わりです
構成上とんでもなく冗長になってしまいましたがお付き合いいただきありがとうございました
感想等励みになりました。マジで。
スレタイは同名の楽曲から引用させていただきました
インスピレーション元というだけで曲と内容は直接関係はないです
こちらも是非お聴き下さい
https://youtu.be/FhxhcrTagco おつでした。侑ちゃんと違う呼び方したがるの本当にかわいいね。でもそう遠くないうちに歩夢ちゃんから歩夢になるのかな 歩夢は「真剣に答えを出さないと」みたいになって少し立ち止まっちゃうのと、こんな感じで思い切りよく飛び込んでいくのは、両方とも想像できるな 神でした
あとssで服装の描写があるとなぜか嬉しい 乙、二人とも推しなだけに両サイドから描いてくれるの、すごく良かったわ 手探りなぽむせつっていいな
内省的な描写がしっかりしているからじっくり読めたよ
菜々視点で歩夢の好きな点列挙する所が印象的だった 素晴らしいぽむせつ……いや、ななぽむSSをありがとう
丁寧な心理描写が本当によかったし二人の視点どちらも見られてめっちゃよかったです
是非また何か書いてくださいね!!!!! ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています