彼方「じゃ、彼方ちゃん高校卒業するねぇ〜」しずく「やだやだやだやだ!」
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かなしず
こんなタイトルですがシリアスですすみません もうこの時点で既にスレタイ見るとうるっと来るんだが……乙 乙ですたのしみ
かなしずは繊細で危うい感じがすごい合うなぁ 二人の関係が素敵なだけにどうしても切なさが押し寄せてくるな… 素晴らしい…
このかなしずの距離感めちゃくちゃすき…
続きも楽しみにしてます! ……その日からぱたん、と。
しずくちゃんは学校に来なくなった。
夏休みだし、演劇部はなくなったし、これでよかったんだと思う。
そしてそれに重なるように、同好会にも来なくなってしまった。
もちろん寂しいけど……彼女を思えばこれが一番いいんだと思う。
いまのあの子には休むことが必要だと思うから。
だけど……私が連絡をいれても、冷めた返事しかしてくれない。
『大丈夫?』って連絡すれば『大丈夫です』って。
『何かあったら言ってね』って連絡すれば『ありがとうございます』って。
感情をなくしたロボットみたいな……生きた心地のしない返事。
もっとピーマンが嫌いだ、っていうみたいに自分の気持ちを吐き出していいのに。
やっぱりしずくちゃんは……
頑固で、真面目過ぎで、甘えるの下手だなぁ…… ――――――
8月 学校スタジオ
かすみ「うぅ〜、うぅ〜……」
エマ「……かすみちゃん、どうしたの?」
璃奈「かすみちゃんは……深刻なしずくちゃん不足」
璃奈「寂しくてしょうがないらしい」
かすみ「も〜〜〜! しず子、休みすぎだよぉ!」
かすみ「かすみんをほっといて、2週間も休むなんて〜!」
……今日はユニットでの練習。
かすみちゃんが親友のいない寂しさで飢えている。
エマ「体調、そんなよくないのかな……?」
璃奈「お芝居も降板した、って聞いた」
璃奈「……すごい心配」
しずくちゃんの心の病気のことは……誰にも言ってない。
言ってしまったら同好会に帰りづらいかな、と思って。
だけどさすがに2週間も休むとなれば、みんな心配しだして当然だよね。
エマ「彼方ちゃん、何か知らない?」
彼方「……う、う〜ん……わかんないなぁ?」
エマ「……そっかぁ」 かすみ「……ずっとおかしかったんですよねぇ」
かすみ「難しい顔して、演劇の台本とにらめっこして」
かすみ「いっつも何かに追われてるような……そんな感じだったんですよ」
璃奈「しずくちゃん、努力家だから」
璃奈「頑張りすぎて、余裕なくなってたような気がする」
……うん。いくらしずくちゃんが名女優でも。
やっぱりしずくちゃんのことが大好きな親友にはバレちゃってるよ。
彼方「……」
私も私で気が気じゃなかった。
しずくちゃん、どうしてるんだろう……本当に元気かな。 降板が決まった時は、思ったよりも元気だった。
冗談を言って笑いあったりできたもんね。
だけど……演劇っていう場所がなくなって、同好会にもこなくなって。
ずっと部屋で……ひとりぼっちなんじゃないかな。
いつも舞台やステージに立って、みんなに注目された女の子が。
言葉にしようのない不安に襲われて、たった一人きり、心を閉ざそうとしてるんじゃないかな……
……自分の本音をひた隠して生きているしずくちゃんだ。
気丈に振る舞ってるように見える、辛くても前を向こうとしてるように見える。
だからこそ、その我慢が爆発したときの……“反動”が怖い。
彼方(しずくちゃん……)
考えれば考えるほど、心配は募るばかりで……
いてもたってもいられないよ、しずくちゃん。
彼方「……ねぇ、かすみちゃん」
彼方「しずくちゃんの家……教えてくれないかなぁ?」
かすみ「えっ?」 ――――――
しずくの家
しずく(……)
しずく(あぁ……無気力)
しずく(もう私は……何もできずに終わっていくのかな)
ふと、テーブルの上の手鏡に映る自分を見た。
毎朝綺麗にセットして、リボンで丁寧に結んだ私の髪は……
……もう、ぐしゃぐしゃだ。
ぐしゃぐしゃ。
心も、見た目も。ぐしゃぐしゃ。
これが……あなたの理想のヒロイン?
笑っちゃうな……
そこに映っていたのは、身も心もボロボロな、やつれた私。
その姿を見て、私は悟った。
きっともう私はアイドルにも女優にもなれない。
舞台のキラキラも、ステージのトキメキも、私にはもう……眩しすぎる。
そう。桜坂しずくはもう……終わったんだ。
しずく(……あああああああああっ!!!)
しずく(……)
しずく(……くすり)
しずく(くすり、飲もう)
しずく(くすり、くすり、くすり……) お医者さんから貰った薬。
部長に飲んでるところ、見られてたなんてなぁ……
でもこの薬が相当効くのか、一度飲むとすごく楽になるのだ。
しずく(ごくっ……ふわぁっ……!)
……こんな私にも一つ、心のよりどころがある。
それは2週間前、私が降板させられた舞台『オズの魔法使い』の映画に出ていたとある主演女優。
その映画を主演していた女優は、子供の頃から大スターだった。
だけどその煌びやかな生活の裏で、悪い大人達に……“悪い薬”を飲まされていたらしい。
それで神経症になって……薬物中毒になって……若くして……
しずく(……あは、あははは)
しずく(一緒じゃん)
役として舞台に立てないなら、そっちの女優の方になりきっちゃえばいいや。
そうすれば降板になっても、ぽっかり空いた気持ちも埋められる。
でも別に外に出るつもりもないから、もういいか。
だったらもう、壊れるところまで、壊れて、壊れて、いく。 しずく(……なんてね)
しずく(こんなこと考えるなんて……どうかしてるな)
しずく(それにしても……)
しずく(……)
しずく(……)
しずく(この薬……1日、何錠までだっけ?)
しずく(あれ……? 今日、いくつのんだ……?)
しずく(……)
しずく(…………)
しずく(………………………まぁもう)
しずく(どうでもいいや…………)
しずく「……」
しずく「…………」
しずく「……うっ、うぅ……」
しずく「……ごめんなさいっ……彼方さん……」 彼方「ん〜……やっぱり鎌倉は遠いなぁ」
……かすみちゃんから家を教えてもらった。
前に家に泊まりに来たから、その時の忘れ物を届けに行く……っていう適当な嘘で。
「かすみんも連れてってください、ずるいです〜!」って言ってたけど。
なんとか今回は無理を言って、彼方ちゃんだけ行かせてって頼み込んだ。
会いたいっていうかすみちゃんと璃奈ちゃんの気持ちはわかるけど。
今の自分のこと、しずくちゃんは知られたくないはずだ……
彼方ちゃんだってたまたま、倒れてるしずくちゃんを見かけただけだし……
とにかくこのことは、絶対に黙っておこうと心に決めていた。
彼方「エマちゃん、明日は同好会休むね」
エマ「うん」
彼方「ちゃんとかすみちゃんの気持ちも伝えるよ……すごく心配してるよって」
彼方「もちろん璃奈ちゃんとエマちゃんのぶんもねぇ……」
エマ「……ねぇ」
彼方「ん〜? どうしたの?」
彼方「あ、もしかして鎌倉気になる? いいとこだよ〜、子供の頃1回行ったことあるんだけどねぇ……」
エマ「彼方ちゃん、何か知ってるよね?」
彼方「ほえっ?!」 エマ「……しずくちゃん、大丈夫なの?」
彼方「えっ? な、なんで〜……?」
エマ「前に3人で踊ってた時、しずくちゃんの様子おかしかったから」
彼方「あ、あぁ……そういえば」
エマ「思えばあの時から、しずくちゃんの具合悪かったんじゃないかなぁって」
エマ「ずっと考えてたし心配だったの」
エマ「そしたらお芝居も降板ってなって、2週間も練習来なくなって……」
彼方「……」
ほわほわしてるようで、実は意外と鋭いんだよな……エマちゃん。
エマ「あの頑張り屋のしずくちゃんが……」
エマ「いくら体調が悪いとはいえ、何も言わず休み続けるなんて絶対おかしいと思ってた」
エマ「……だから彼方ちゃん」
エマ「なにか知ってるんだよね?」
彼方「え、えっと……」
ごめん、しずくちゃん……もう約束破っちゃうや。
でもエマちゃんだから。
優しさの底が見えない、聖母・エマちゃんだから……許してね。 エマ「……え」
彼方「……ってわけなんだ」
彼方「だからみんなには言えないよ」
彼方「嫌がると思うからねぇ……あの子は」
エマ「……」
エマ「しずくちゃん、そっかぁ……そうだったんだぁ……」ポロポロ
彼方「え、エマちゃん……」
エマ「ごめんね……何も気づいてあげられなくて……」ポロポロ
……彼方ちゃんもびっくりのピュアっぷり、だよ。
でもこれがエマちゃんのいいところで、私がエマちゃんの大好きなところ。
エマ「……わたし、ずっとしずくちゃんのこと気にかけてたの」
彼方「そうなの?」
エマ「ほら、私たちユニット組んでかすみちゃんと璃奈ちゃんと過ごす時間が増えたでしょ?」
エマ「そのぶん、同じ1年生のしずくちゃんには何も先輩らしいことできなかったから」
エマ「それにしずくちゃんは誰よりも真面目でずっと大人で」
エマ「むしろ私の方がしずくちゃんを頼りにしちゃうくらいで……」
エマ「……無理させてたのかなぁ、って思う」
彼方「……それをいうなら彼方ちゃんも、だよ」
彼方「彼方ちゃんなんて……迷惑かけっぱなしだったからねぇ」 彼方「……エマちゃん、こんなこと聞かされて心配無用なんて言えないけど」
彼方「本人には言わないでね? たぶん傷ついちゃうから」
エマ「えっ……う、うん……でも……」
彼方「しずくちゃんは真面目で凄く優しいの」
彼方「こっちが心配すれば心配する分、あの子は心配させまいって無理しちゃうの」
彼方「だから私たちは、私たちで今まで通りでいいんだよ」
エマ「い、今まで通り?」
彼方「うんっ、今まで通りの楽しくて、ちょっと抜けたくらいの同好会でね〜……」
彼方「だからエマちゃん……かすみちゃん、璃奈ちゃん、そしてみんなもだけど」
彼方「自然体な私たちのままで、しずくちゃんのこと迎えてあげよう?」
エマ「……いいのかなそれで」
彼方「うん。いいよ〜」
彼方「しずくちゃんが帰ってきたら……何も言わないで、膝枕してあげて?」
彼方「なにせ1年生3人の中で圧倒的に甘え下手だからね……膝枕させるのは手ごわいよ?」
エマ「……うん。わかった。そうするよ」
彼方「……それじゃ明日」
彼方「ちょっくら彼方ちゃんが、お姫様を助けに行ってくる!」 しずくちゃん想像以上にボロボロだな……
続きが楽しみです! 著者です。本日の夜、また更新いたします。
長くお付き合いさせ申し訳ありません。 ――――――
彼方の家
彼方「……ふぁ〜……あ?」
遥「お姉ちゃん、おはよ!」
彼方「おや、珍しいねぇ……遥ちゃん、早起きだぁ」
遥「うん。なんか目が覚めちゃって……」
遥「それより見て! 朝ごはん、作ったよ! 卵焼き!」
彼方「な、ななな! うお、おぉ……!」
遥「も、もちろんお姉ちゃんの卵焼きと比べると、ちょっと焦げてるし、形も悪いけど……」
彼方「いたただきますっ!」ヒョイパクッ
遥「あ、ちょっと! お箸……」
彼方「お、お、お、おいしすぎる〜!!!」
彼方「彼方ちゃんは……世界で一番幸せな長女だよ……っ!」
遥「あはは……お姉ちゃんはオーバーだなぁ♪」
ゴロゴロ……
ドォーーーーーン!!!!!
遥「うわっ?! 雷!」
彼方「え……?」
ふと外を見ると、ここ数日じゃあまり見ないくらいの強い雨が降っていた。
そっか、昨日の天気、確認してなかったなぁ……
しずくちゃんの鎌倉も……雨降ってるのかな? 遥「……本当に鎌倉までいくの?」
彼方「うん……顔、見たいからねぇ」
遥「私も……しずくちゃん、すごく心配だけど……」
遥「でもこの天気じゃ、日を改めた方がいいんじゃないかな?」
遥「予報だとこのあと強くなるらしいし」
遥「鎌倉って海も近いでしょ? 風とか強そうだし、危ないよ……」
彼方「……うーん」
……しずくちゃんには「行く」という一言も何も言っていない。
冷たい連絡の返事からすると、断られそうな気がしたからだ。
サプライズで行っちゃお〜、なんてそんな感じだった。
だから別に今日行こうが、明日行こうが。
この夏休みが終わってから行こうが、私の受験が終わってから行こうが、いつだっていい。
でも私は……今すぐにでも、しずくちゃんに会いたい。
あの子の体調が心配だからとか、
かすみちゃんに璃奈ちゃん、エマちゃんのためだとか。
そういうのじゃない。
だって、彼方ちゃんは……しずくちゃんのこと……
彼方「大丈夫だよ、遥ちゃん」
遥「……ほんと?」
彼方「うん」
お天気なんか関係ないよ。
会いに行くよ。 ――――――
しずく「……」
しずく(お父さんもお母さんも出かけたのか……)
しずく(……学校始まったらどうしよう。いまの自分のこと、話そうかな)
しずく(いや黙って、無理やり学校に行くべきかな……)
しずく(……電車、乗りたくないな)
しずく「……ん?」
シャー、シャー、とドアに爪をこする音。
重い体を持ち上げてドアを開けると、オフィーリアが尻尾を振って部屋に入ってきた。
“クゥーン、クゥーン……”
しずく「……オフィーリア、雷怖かったの?」
しずく「よしよし……大丈夫だよ」ナデナデ
……窓から外を眺めた。
空は一面、真っ暗な曇りに囲まれている。
ここ数日では見なかったくらいに激しく強い雨。
まるで世界中の醜い感情を全てアスファルトに打ち付けるような……嫌な雨。 しずく(……雨、か)
しずく(わたし……なんで虹ヶ咲なんかにしちゃったんだろう)
私の心は、いつもどしゃぶり。
桜坂しずく、なんて名前だから雨が似合う女の子になっちゃったのかな。
髪の毛も、心も、何もかもぐしゃぐしゃで、ぐしゃぐしゃで……
もう虹なんか……見えないよ。
しずく(……あれ? 通知きてる……)
しずく(えっ……彼方さん?) 彼方:彼方ちゃんだよ〜
彼方:夏休みだから、しずくちゃんの地元に遊びに来ました!
彼方:これからおうち、遊び行ってもいいかな〜
しずく「……えっ?!」
なななな、なんで? どうして!?
こんな天気にわざわざ遊びに来たっていうの?! なんで?
しずく:あの、どういうことですか?
彼方:しずくちゃんに会いに来たんだよ。
彼方:どうしてもどうしても会いたくて。
しずく「……意味が分からない」
私に会いたい? 何を言ってるんだろう。
身も心もこんなボロボロの私に? ぐしゃぐしゃの私に?
い、いや……だめだ。会えない。会えないよ。
こんな私、見られたくない。
倒れてしまったのを見られたのは、しょうがなかった。
だけど今は……薬に頼って、嫌なことから逃げて、全てに諦めきってる私。
こんなところを見られたら……
私は指を震わせながらスマホを触った。 しずく:ごめんなさい。彼方さん
しずく:せっかく来てもらって申し訳ないけど、会えません
しずく:そういう状態じゃないんです
彼方:そっかぁ
彼方:ごめんね、いきなり押しかけようとして
彼方:でもずっと気になっちゃてるんだ
彼方:お芝居の降板が決まってから学校来なくなって
彼方:どうしてるのかな〜ってさ
しずく:大丈夫です、私は
彼方:うん
彼方:でも……みんな心配してるよ しずく「……なんなの、もう」
私は、壊れるところまで壊れた。
そしてきっとこれからも、私はどんどんおかしくなっていく。
……もちろん何かがひょんなことがきっかけで、
また幸せを感じられるようになるかもしれない。
元気になるかもしれない。わからないけど、それは私だって信じたい。
……でも一つだけ、確実なこと。
もう私は二度と、女優にも、アイドルにもなれないってこと。
……ね、彼方さん。
私はもう貴方の後輩にも……なれないんですよ。
……
しずく:彼方さん
しずく:私、スクールアイドル同好会、辞めます
しずく:ありがとうございました 彼方「えっ、や、辞めっ……?!」オロオロ
……しずくちゃんの家の最寄り駅から少し歩いたところ。
傘をさしながら、スマホを見ていた。
画面に気を取られたその瞬間……
彼方「うわっ……あああぁぁっ!」
ものすごい突風——————っ!
傘が……遥ちゃんに渡されたビニール傘が……
風で勢いよく、飛ばされちゃった。
追いかけて傘を拾ったときには、もう傘はバキバキで……完全に壊れてしまった。
彼方「ど、どうしよ……うぅっ、雨、冷たい……」
さ、寒い! 夏なのに!
コンビニ、どこかあるかな? ビニール傘、買わなきゃ……
でも辺りを見渡しても、屋根もコンビニも見当たらなくて……
彼方「こ、困ったなぁ……えっとぉ……」
強い雨に打たれながら、スマホの液晶画面を見る。
画面に、水滴がぽつ、ぽつ、ぽつ……
彼方「し、しずくちゃん……」
すごく見づらくなってるけど、しずくちゃんは濡れる私に構わず続ける。 しずく:これ以上、ご迷惑をおかけするわけにはいかないですし
しずく:いまの自分の状態じゃ復帰は絶望的です
しずく:だから今日も来ないでください
しずく:わがままで、ごめんなさい
しずく:嫌いになられても、いいです
しずく:とにかく、ごめんなさい
しずく:さようなら
彼方「なっ、なっ、何言ってるの、勝手に……!」
彼方「ふ、ふざけないでしずくちゃん……!」
突然、辞めるなんて言うもんだからうろたえてしまった。
もう雨なんか打たれても構うもんか。必死だった。
彼方「返事しなきゃ、返事しなきゃ……」
スマホの画面で文字を入力しようとする……
だけど……液晶画面にこべりついた雨の水滴のせいで、操作性がおかしくなったのかな。
文字を打っても、打っても、自分の打ちたいように入力できない。
彼方「なんでっ、なんでっ、なんでぇ……っ!」 ……何度も何度もスマホの画面を押す。
でも文字が入らない。故障? 防水性能なかったかなこのスマホ……
もう。なんでこんな時に雨なのさ。
すぐにでも返事をしなきゃ、しずくちゃんは本当にどこかに行ってしまう。
彼方「もうっ、なんで入らないのっ……!」
……だめだよ。しずくちゃん。辞めないで……!
今度の芝居はこういう素敵お芝居なんですよって、
いつもうきうきしながら、大好きなお芝居の話をしてくれたこと。
ノートにありったけのアイデアを描きながら、
理想のヒロインを目指してスクールアイドル像の夢を膨らませてたこと。
彼方ちゃんは、人に頼るのが苦手で不器用だけど、
いつもまっすぐに頑張ろうとするしずくちゃんが大好きなんだよ。
ぐうたらお昼寝して、みんなに甘えてばかりの彼方ちゃんが頑張れるのは、
面倒見がよくて、頑張り屋さんな、頼りにしちゃう後輩がいるからなんだよ。
もしかしたら……そんな私の頼りなさがしずくちゃんの真面目さを刺激して、
無理やり頑張らせて、たくさん考えさせてしまって、
しずくちゃんの心を無理させちゃったのかもしれないけど……
今度は私も……しずくちゃんのこと守るから。
だから……大好きな女優も、アイドルも、続けて。
彼方「絶対、続けて……っ!!!」 しずく「……」
しずく(終わった……)
ベッドで横たわり、天井を仰ぐ。
腕で目を覆い溢れだしそうな涙をこらえる。
泣いちゃだめだよ、自分がいけないのに。
彼方さんも、かすみさんも、璃奈さんも、エマさんも、そして部長も……
みんなに心配と迷惑をかけた。ぜんぶぜんぶ私のせいだ。
もし学校が始まったら……もう友達でもいられないんだろうな。
かすみさんと璃奈さんはそんなことを気にしない優しい子なのはわかってる。
でも私の方が……きっと無理になってしまうと思うから。
だからもう、何もかもおしまい。
女優も、アイドルも、大切な人達も……
しずく(……もう生きるのつかれ……)
「……ゃんっ! ……く、……ちゃんっ……!」
しずく(えっ……?)
……声が聞こえた。雨の音ではっきりしないけど、確かに聞こえた。
なに? 外? 私の名前を呼んでる……?
まさか。まさかまさかまさか。ほんとうに来たの? 噓でしょ?
会いたくないという嫌な気持ち。
そして……あの人の、優しさに飛び込みたいという期待を交じらせながら。
窓から外を……眺めた。 彼方「しずくちゃーーーーーーん!!!!!」
しずく「彼方さんっ?!」 きた!!!
てか雨でスマホのタッチ鈍るのめちゃくちゃわかる 今日は来るかな?そろそろ生命維持するのが厳しくなってきてる しずく「何やってるんですか、もう……」
彼方「えへへ〜……」
雨で濡れた彼方さんをバスタオルで吹いてあげる。
濡れたまま家にあげたので、玄関もびしょびしょだよ……
しずく「傘、どうしたんですか?」
彼方「ここに来る途中、壊れちゃったんだよ〜」
しずく「買えばよかったのに……」
彼方「いや〜、お金勿体ないし……」
彼方「……同好会やめる、なんて言われたらそれどころじゃなかったよね〜」
しずく「……」
しずく(彼方さん……なんで)
しずく(もうほっといてよ、私なんか……)
“ワンワンッ!”
彼方「おや? 君は確か噂の……」
しずく「あ、えっと……オフィーリアです」
彼方「おぉ〜! ついに彼方ちゃんと対峙する時がきたな? よしよ〜し」ナデナデ
彼方「どう、しずくちゃん? やっぱり似てる〜?」
彼方「うわぁ、舌で舐めてきた! くすぐったいよぉ〜」
しずく「……」
勝手に家に来て、オフィーリアと楽しくじゃれあって……
相変わらずマイペースな人だなぁ。 ――――――
しずくの部屋
彼方「わ〜、しずくちゃんのジャージ!」
しずく「虹学の1年ジャージですよ……きつくないですか?」
彼方「へーきへーき。彼方ちゃん、意外と小っちゃいからねぇ〜」
しずく「……」
とにかくが服がびしょびしょで可哀想だったので、しばらく使ってない私のジャージを貸してあげた。
それにしても……もう勝手ですよ、彼方さんは。
本当は会いたくなかったのに。
家にまで来ても無視するつもりだったのに。
あんなびしょびしょな姿、見せられたら入れてあげるしかないじゃん。ずるいよ……
彼方「……あのさ、しず―――」
しずく「じゃあ適当にくつろいだら、帰ってください」
彼方「えっ?」
しずく「具合悪いし、話したくないんですよ」
彼方「……ご、ごめんね? 嫌かなとは思ったの」
彼方「でもしずくちゃん、ずっと休んでて、連絡の返事もみんな冷たくて」
彼方「気になっちゃったから、どうしても、その……」
しずく「お天気落ち着いたら……帰ってください」 彼方「……し、しずくちゃ〜ん」
彼方「久しぶりなんだからさぁ〜」
しずく「触らないでっ!」
彼方「」ビクッ
いつものノリ、みたいな感じで、私に抱き着こうとしてきた。
でももう優しくされたくない……自分が嫌になるだけだから。
彼方「あ、あ、え、えっと……その……」オロオロ
しずく「……もう寝るんで」
彼方「あ、し、しずくちゃん……」
呆然とする彼方さんをよそに、私はベッドの布団に潜り込んだ。
……好きなこともできなくなって、大切な人達も離れていく。
そんなどんどん壊れていく私の世界に誰も入ってきてほしくない。
特に彼方さんにはもう……これ以上、自分のダメなところを見せたくないよ。
彼方「……しずくちゃん」
小さな声で私の名前を呟くと、彼方さんはベッドの横までやって来た。
何も聞きたくなくて、私はさらに布団でくるまる…… 彼方「……ほんとに、やめるの?」
しずく「……」
彼方「同好会も……お芝居も?」
しずく「……」
彼方「……答えてよぉ」
しずく「……」
彼方「……しずくちゃんの気持ちを考えないで、勝手に来たのは謝る……」
彼方「でもなんの相談もなしにいきなり辞める、だなんて……そんなの……ないよ」
しずく「……」
彼方「……ねぇ、起きて。練習来てよ」
彼方「ねぇ起きてよ、しずくちゃん」
彼方「……」
彼方「これじゃ……いつもと逆だよぉ……」 しずく「……彼方さん」
しずく「言ったじゃないですか……もう嫌いになっていいからって」
しずく「私が辞めてもどうでもいいじゃないですか」
彼方「よくない。全然よくない」
彼方「……辞めたとしても、あんな連絡だけの辞め方、ないでしょ」
しずく「もうやりたくないんです。女優もアイドルも」
しずく「降板になって、ずいぶん楽になりました」
しずく「それに……彼方さんだって言ってたじゃないですか」
しずく「私が降板になって、安心したって」
彼方「……言ったけど、辞めて欲しいからじゃないよ」
彼方「もっとしずくちゃんが心から楽しめるように、今は休んだ方がいいっていう……」
しずく「……別に」
しずく「女優もアイドルも、楽しくなかったですから」
彼方「……っ!」
しずく「……だから辞めるんです」
しずく「ちゃんとした理由、ですよね。辞めるのには」 彼方「……嘘つき」
彼方「女優ならもっと上手な嘘つかないと、だめだよ」
しずく「……」
しずく「……も、もうわかりましたから……」
しずく「お願いです、ほっといてください……」
声が震えてしまった。
どれだけ私が嘘をついても、なんでも彼方さんにはお見通しな気がする。
必死で隠したい、私の弱い気持ちも……
この人の前では本音を漏らすしか、なかった。
しずく「もう無理なんです、私は無理なんです」
しずく「女優もアイドルも、周りの人達もみんな怖いんです」
しずく「何をしても不安と怖い気持ちでいっぱいで、嫌なことばかり考えて」
しずく「……真面目になんでも捉えすぎて」
しずく「たぶん一番純粋な楽しむ気持ち、みんな忘れちゃったんですね」
彼方「……」
しずく「きっと、このまま続けても苦しいだけなんですよ」
しずく「だから辞めます。ごめんなさい」
しずく「私……もう……もう……しにた―――っ」
彼方「しずくちゃんっ!!!」 あの穏やかな声の彼方さんからは聞いた事もない怒った声。
彼方さんは、自分の世界に籠ろうとする私の布団を引きはがした。
彼方「目を覚ましてよ……しずくちゃん」
彼方「ねぇ、いま、なんて言おうとしたの……?」
しずく「い、いや、その、あの……」
彼方「彼方ちゃん、それだけは絶対に許さないよっ……」
……彼方さんの声も震えてた。
怒ってるのか、悲しんでるのか……とにかく感情が高ぶってるように。
彼方「……もう自分の気持ちに嘘をつくのはおしまい」
彼方「ほんとは悔しくてしょうがないんでしょ?」
彼方「いつも前向きに、真面目にやってきたのに」
彼方「病気で……ダメになっちゃって」
彼方「その悔しさを認めたくないから、全部楽しくなかったなんて言ってるんでしょ」
しずく「……」
彼方「……ほんとに辛いなら辞めても何も言わないよ」
彼方「でも……彼方ちゃんは、しずくちゃんが一番幸せでいられることを選んでほしい」 しずく「……」
私の……一番の幸せってなんだろう。
子供の頃から続けてきた大好きなお芝居。
それをずっと続けて、大人になって女優になる夢を叶えたい。
そして今はスクールアイドルとして、キラキラ輝くステージの上で、
自分が好きだって思えるものを表現したい。
あとは……同好会のみんな。
大好きなみんなと一緒に成長して、
笑って、泣いて、ときめく思い出をたくさん作りたい。
だから……今の自分がたまらないくらい悔しいんだ。
そんな私がいま、一番願ってることは……
しずく「……」
しずく「……みなさんと」
しずく「みなさんと一緒に……もう一回……」
しずく「……ステージに立ちたいです……っ」 しずく「でもわかってます」
しずく「私は頭がおかしくなっちゃったから」
しずく「心がもう普通じゃないから」
しずく「ステージに立ちたいと思っても立てないんです」
しずく「みんなに心配と迷惑をかける」
しずく「それが一番、怖いんです」
しずく「演劇部では部長をはじめ、みんなに迷惑をかけちゃったから」
彼方「……そっか」
しずく「私は……わたし……は……」
彼方「……」
彼方「……しずくちゃん」
しずく「え?」
包み込んでくれるような彼方さんの暖かい優しい手が、ベッドの上の私の手を握り締めてくれた。
彼方「言ったじゃん。彼方ちゃんが守るって」ニコッ
しずく「……?」 彼方「……みんなに迷惑かけたくないんだよね」
彼方「だったら……彼方ちゃんだけに迷惑かければいい」
しずく「へ……? ど、どういうことですか?」
彼方「みんなの前では、いつもの頑張り屋さんのしずくちゃんでいいよ」
彼方「だけど……弱音とかイライラとか、そういう悲しい気持ちは」
彼方「彼方ちゃんが全部受け止める」
しずく「そ、それはめい」
彼方「迷惑じゃないよ」
彼方「これからは彼方ちゃんも、しずくちゃんと一緒に戦うよ」
彼方「どんな辛いことも寄り添うから」
彼方「しずくちゃんがおかしくなっても、ぜーんぶ彼方ちゃんが受け止める」
彼方「理想の後輩なんかじゃなくてもいい」
彼方「だからいっぱいわがまま言って? いっぱい甘えて?」
しずく「……」
彼方「彼方ちゃん……しずくちゃんのこと、大好きだから」
しずく「そ、それはどういう……」
彼方「……というわけで、お布団失礼します〜♪」
しずく「わっ……!」 ……彼方さんは無理やり私のベッドに入ってきた。
そして布団を覆って、私はまた抱きしめられる。
いつもぽかぽかと暖かい彼方さんだけど、
雨で濡れていた彼方さん、今日は正直心配になるほど冷たく……感じた。
彼方「……あ、ごめん。やっぱ待って」
彼方「……きょ、今日はやめとこうか」
彼方「勢いで入ったけど。濡れちゃうよね? ベッド」
彼方「今日はやめてまた今度一緒にすやぴ……」
しずく「行かないでください」
彼方「えっ?」
……咄嗟に出た言葉。
いつも演技っぽくて、何かと人の目を気にしてきた私。
これを言ったら好かれるかな、嫌われるかなって。
何かと計算づいて、振る舞ってたことも多かった。
だから……無意識に出た自分の本音に、驚いた。 彼方「……今日の彼方ちゃんとすやぴしたら、風邪ひいちゃうかも」
しずく「行かないでください」
しずく「離れないで……近くにいてください」
彼方「……うん」
本音も、自分の気持ちも……
溢れていく。
こぼれる。こぼれていく。
しずく「……抱きしめてもらっていいですか」 ぎゅっ……
彼方さんは何も言わず、ベッドの中の私を抱きしめてくれた。
彼方さんの家に行った時もそう。
今まで何度も彼方さんから抱き着かれたことあったけど。
私からお願いしたのは……初めてだと思う。
お布団に覆われて、狭くて暗い視界の中。
その世界に二人だけ。
彼方「……なんだか照れちゃうねぇ?」
しずく「いつもやってくるじゃないですか」
しずく「今更……」
彼方「……よしよし」
彼方「今までは一人でお布団を被って、暗闇の中で一人きりだったんだね」
彼方「これからは……一番弱った時も、近くに彼方ちゃんがいるよ」
しずく「……」ぎゅっ
彼方「……」
今まで人に頼ることも、甘えることもしなかった私。
ずっと我慢してたんです。不安を全部自分の中で押し殺して。
だから今日は……もう、たくさん、たくさん。
甘えさせて……ください。 しずく「……ごめんなさい。たくさん心配させて」
しずく「これからも彼方さんにいっぱい迷惑をかけると思います」
しずく「だめだめな……後輩だと思います」
しずく「でも……やっぱり戻りたい」
しずく「今はまだ心がめちゃくちゃで、すぐには戻れないけど」
しずく「少しずつ……帰ってこられるようにします」
しずく「……それまで」
しずく「傍にいて、くれますか……?」
……恥ずかしすぎて顔が見れない。
だから彼方さんの胸に顔を押し付けて言った。
もしいま目があったら、恥ずかしすぎて泣いてしまう。
……ピーマンが食べれられないとか、あんなカミングアウトが可愛く見える。
彼方「……」
彼方「うん……もちろん、だよ」 彼方「……あのね、ふたつ」
しずく「ふたつ……?」
彼方「うん。ふたつ。謝らなきゃいけないことがある」
しずく「……なんですか?」
少し態度が改まる彼方さんに不安を覚える……
彼方「……彼方ちゃんね」
彼方「えっと……そのね」
彼方「高校卒業したらたぶん……遠い大学行くと思うの」
しずく「えっ……」 彼方「ご、ごめん……ここまでしずくちゃんの気持ちに踏み込んでおいて」
彼方「どこまでずっと近くにいられるかは……わからない」
彼方「だからもし、あれなら、違う近くの大学も考える。だから……」
しずく「それは……辞めてくださいよ」
しずく「私がまたやりたいことをやれるように応援してくれる彼方さんが」
しずく「自分のことを我慢してほしくないです」
しずく「今は不安ですけど、でもその時は……彼方さんのこと、応援しますから」
しずく「……ちゃんと、卒業をお祝いしますから」
彼方「……ありがと」
彼方「でもね、もし卒業しても」
彼方「ずっと彼方ちゃんはしずくちゃんのこと忘れないで、応援し続けるからね」
彼方「それだけは、絶対に。約束する」
しずく「……はい。それだけで充分すぎるくらいです」 彼方「……よかったぁ〜♪」
彼方「じゃあそれまでいっぱい、しずくちゃんに甘えちゃうぞ〜♪」
しずく「……いまは私が甘える番ですっ」ギュー
彼方「あはは、そうだね。しずくちゃんっ」ナデナデ
……私の病気は治らないかもしれない。
元の私には完全に戻れないかもしれない。
でもそれでも、一緒に寄り添って、戦ってくれる彼方さんがいれば……
しずく「……彼方さん」
しずく「彼方さんっ、彼方さん……っ」
彼方「えへへ、しずくちゃん、わんちゃんみたい」
いいじゃないですか別に。
不安なんですもん。自分のことが嫌いで、もうどうにでもなれって思ってたんですもん。
その気持ちを……彼方さんに甘えたい、って気持ちに変えてもいいじゃないですか。 しずく「……ありがとうございました、今日は来てくれて」
しずく「もし今日、来てくれなかったら……」
しずく「私、同好会辞めてました。自分の気持ちを押し殺してました」
しずく「このまま何もかもボロボロに壊れる、って……諦めてました」
彼方「そっかぁ……よかったよぉ……ほんとによかったよぉ……」
……
……
しずく「ところで……もう一つ謝らなきゃいけないことってなんですか?」
しずく「勝手に家に来たことなら、全然いいですから」
彼方「……怒らない?」
しずく「怒らないですよ。むしろ感謝してます……本当に」
彼方「……」
彼方「しずくちゃん」
彼方「彼方ちゃん……熱あるかも」
彼方「ちょっと寒気して……」
彼方「たぶんこれ……風邪ひいちゃった……えへへ♪」
しずく「……」 しずく「……ふぅん」ギュー
彼方「し、しずくちゃん?」
彼方「ごめん、私もぎゅーってしてあげたいけど、やっぱり今日は……」
しずく「いいです。離れないでください」
彼方「……風邪、移しちゃうかも。髪の毛まだ濡れてるし」
しずく「かまわないです、そのくらい」
しずく「私の家に彼方さんがいるなんて、普通ないんですから」
彼方「……またいつでもくるよ?」
しずく「いいえ、それでも……いま」
しずく「……いま、いっぱい甘えたい」
しずく「彼方さんに……甘えたい」
しずく「いまは……こうさせて……?」 ほんっっっっっとうに面白い
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