侑「アイドル戦争?」
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侑「あ、璃奈ちゃん、かすみちゃん、おはよ〜」フリフリ
侑「えーっと、今日何曜日だっけ……」
かすみ「流石に今日は休んでいいんじゃないでしょうか……森の中を歩いて歩いて、もう流石に動けませんよぉ」クタクタ
歩夢「そうだね。こんな時なんだから、休んだってバチは当たらないと思うよ」
侑「あ、歩夢。そっ、そうだよね」ワタワタ
璃奈「?」
かすみ「あはは……///」
璃奈「とりあえず、私はしばらくしたら愛さんのお見舞いに行ってくる。聖杯戦争に敗れた人は、監督役が責任をもって保護してくれるけど、それでも心配」 かすみ「かすみんはぁ……今日はお昼寝してぐーたらしよっかなあ」
侑「随分だらっとしたね、かすみちゃん」
かすみ「あんなことがあってやっと緊張の糸が切れたんですよぉ! それにどうせ勝ちは決まったようなものですし!」
歩夢「えー、そうかなぁ?」
かすみ「そうですよ。最強のサーヴァントだった愛先輩も倒して、エネルギー不足も解決して、あとはもう勝つだけじゃないですか!」
かすみ「歩夢先輩は自己評価が低いですけど、エネルギーの問題さえ解決すればサーヴァントの中じゃ滅茶苦茶に強いんですよ? かすみんの見立てじゃ、今の歩夢先輩が負けることはまずないと思います!」
歩夢「うん……そうだね。確かに、今はもう前までとは違う。しばらくは存分に戦える」
璃奈「残るサーヴァントは三人。エマさんと、一度歩夢さんが戦った槍の人。あと一人は未だに不明」
侑「槍の人やエマさんの戦い方は割れてる。強くなった歩夢なら遅れを取ることもない、よね」
かすみ「そうそう、そういうことです。といっても、かすみんもあそこまでした以上お二人に優勝してもらいたいですし、最後まで付き合いますよ」
璃奈「あそこまで?」
かすみ「!」ギクリ 璃奈「……昨日は、色々と不可解な点があった。ほとんど戦えなかったはずの歩夢さんがエネルギーを取り戻し、スクールアイドルじゃない侑さんが歩夢さんの剣を作り上げた」
璃奈「私はこの疑問を解き明かしたい」グイィ
かすみ「うわー、理系ですー! そんなの細かいことはいいんだよ論で流してくださいよー!」
璃奈「やだ。おしえて。昨日、どうして愛さんを倒すことができたの? なんで?」
かすみ「かすみんに聞かれてもわかりませんよぉー! う゛ええーーー! 先輩も助けてくださぁい!」
侑「……ごちそうさま! じゃ、そういうことで!」
かすみ「あ! 逃げた!」 〜侑の自室〜
侑「……ふう、歩夢が部屋の壁に大穴開けたせいで、なんだか自分の部屋に戻っても落ち着かないよねえ」
侑「ま、そこお陰で広くなったんだけど!」
侑「寝て過ごすのも悪くないけど……お休みなら久々にピアノの練習でもしよっかな♪」ポロン
侑「最近は忙しくて触れなかったからね。鈍ってないといいんだけど」
侑「……もうちょっとで、完成するんだ。新曲」
ポロン… ポロン… 侑「〜〜♪ 〜♪ 〜〜〜〜〜〜♪♪」
侑「うーん。やっぱり曲の終盤、最後のピースが埋まらない……ここさえしっくりくれば凄い曲になると思うんだけど……」
侑「こんな感じで……」ポロロロン
侑「〜〜〜〜♪♪ へいへぇい! 〜〜〜♪♪ はいはいはいっ! でででーーーん♪♪」
侑「いや流石に違うなあ。盛り上げすぎた」
侑「作曲って、やっぱり難しいなあ」
歩夢「侑ちゃん? ピアノの練習?」ガチャ 侑「あ、歩夢!」ワタワタ
歩夢「やっぱり。ほら、お茶淹れたよ」
侑「あっ、ありがと」
侑(うぅ……やっぱりあんなことしちゃったばっかりで、直視できないよ……)
歩夢「今はどんな感じなの?」ヒョイ
侑「わっ!? ちょ、ち、近いよっ!」
歩夢「え? いつもこんな感じだよね?」
侑「そっ……そう、かもしれないけど、とにかくダメなの! 今は集中してるからっ!」 歩夢「そ、そっか。ごめんね、邪魔しちゃった」
歩夢「お茶は置いておくけど、あまり無茶はしないようにね? かすみちゃんが話したいことがあるから、お昼ごろリビングに来てって」
歩夢「それじゃ、ね」パタン
侑「ぁ、う……」
侑(つ、つい強く言い過ぎちゃった……集中なんて、朝から歩夢のことばっかり考えて全然出来てないのに)
侑(はぁ……私、どうしちゃったんだろう)
侑(やけに頭がぐるぐるする。勝手に歩夢のことばっかり浮かんできて…………)
侑「!」ハッ
侑(まさか……まさか、私……)
侑「っ、だめだめ! 煩悩退散、煩悩退散!」
侑「うおお! こうなったらバリバリ練習だー!」ポロロロンロロンポロロロロン かすみ「もー! 遅いですよぅ、侑先輩!」
侑「ごめんね。思いのほか、練習に熱が入っちゃって……お昼過ぎになっちゃった」
かすみ「まあいいですけどっ。侑先輩、昨日の……いえ、正確には今朝のこと、まだ覚えていますよね?」
侑「ええと、うん。璃奈ちゃんと愛ちゃんを倒した時のことだよね」
かすみ「なら当然、あの愛先輩を"どうやって"倒したかも覚えているはずです」
かすみ「あの時、あの瞬間、何が起きたのか?」
かすみ「のんびりしていたいのは山々ですが、あれを放置して昼寝するほどかすみんものんびりさんじゃありません」
侑「……………………………」ゴクリ かすみ「侑先輩は、あの時……魔術と呼ばれる力を使って、歩夢先輩の剣を投影しましたよね」
侑「とう、えい? 映画作ってる会社の?」
かすみ「その東映じゃありません! 投影というのは、物の影を映し出すこと……転じて、脳内で空想したモノを現実の物体として作り出すことを指します」
かすみ「常識に囚われない力……スクールアイドルにしか許さないはずの、れっきとした「魔術」です」
侑「……魔術……!」
かすみ「大前提が崩れたんですよ。侑先輩はスクールアイドルではない。だからエネルギーの供給も行えないし、魔術も使えない」
かすみ「でも侑先輩は、魔術を使った。それも、愛先輩を7度も倒してしまう強力な魔術を」 かすみ「アレはもう魔術の範囲を超えてますっ!かすみんびっくりですよ、ほんとー!」
侑「いやぁ、必死になったから出来た偶然で、多分もう一回やろうとしても無理だと思う」
かすみ「当たり前です。あんなのをポンポンできるなんて話、あり得ませんよ」
侑「うん。本当にあの時は必死で、とにかく歩夢を勝たせなくちゃ! って思いで、気が付いたら剣を握ってたんだ」
侑「……自分がやった事は、分かるよ」
侑「かすみちゃんは「投影』って言ったよね。その通りだと思う。私は脳内でイメージ……思い描いた歩夢の輝きを、そのままカタチにしたんだ」 かすみ「相当ぶっとんだこと言ってますよ……」
侑「だよね。要は、頭の中の空想を実際に作っちゃったワケだから。でも、きっと、なんだってカタチにできるワケじゃないと思うんだ」
侑「私が完璧にカタチに出来るのは歩夢の輝きだけ。頭の中で想像するって言っても、ソレについて深く知らないとイメージなんて出来ない」
侑「例えば私がかすみちゃんの輝きをカタチにしようとしても、多分失敗すると思う」
侑「……歩夢はさ、特別なんだ。私達はずっとずっと一緒にいて、一緒に歩いて、一緒に育ってきた。歩夢のことならなんだって知ってる」
侑「だからこそ、私は歩夢の全てを完璧に再現できるんだと思う」 かすみ「なんだ、結局のろけですかぁ?」ハァ
侑「なっ、ち、違うよ! ただ、そうじゃないかなっていう予測っていうか、自分でもなんで出来たのか全然理解してないし!」
かすみ「少しでもそう思ってる時点でのろけなんですよ!」
かすみ「……でも、注意して下さい」
侑「え、何に?」
かすみ「その魔術を使うことに、です!」
かすみ「いいですか。当たり前のことですけど、無から有を作るなんてこと、出来るはずがないんです」
かすみ「未だに原理が分かってもいない力。そんなの、下手に触れば吹き飛ぶ爆薬と同じです。知識も無しに頼るにはあまりに未知数で、危険すぎますから」 侑「……そっか。そうだよね」
侑「かすみちゃんは優しいね。こんな私でも心配してくれて、ありがとう」
かすみ「はぅっ/// い、いや、別にかすみんそういうつもりじゃなくて、ただ侑先輩が危ないのは嫌で、」
侑「やっぱり良い子だねぇ」ヨシヨシ
かすみ「あーーーっ! ちがう、これは違うんですぅーーーっ!!」
侑「大丈夫、かすみちゃんの心配は受け止めたから。今日はたくさんなでなでしてあげようねぇ」 璃奈「ただいま。しずくちゃんのところで、愛さん達の様子を見てきたよ」ガチャ
かすみ「りな子!」
侑「璃奈ちゃん! 愛ちゃんはどうだった?」
璃奈「やっぱりずっとトイレに篭ってる。愛さんゾンビみたいな顔してた。お腹がずっとグギュルゴロゴロ鳴ってて、申し訳なかった」
璃奈「果林さんも同じ状況。しずくちゃんがいなかったら大変なことになってた」
かすみ「ひえ……牡蠣にあたった時とどっちが辛いんでしょうか……」ブルブル 侑「思ったんだけど……これ、何のために戦ってるんだっけ……わからなくなってきたよ」
かすみ「わ、忘れないでください! 聖杯ですよ聖杯!」
璃奈「ソレを掴んだものを最高のスクールアイドルへと導くとされる、聖なる杯。優勝景品」璃奈ちゃんボード『wktk』
侑「あぁ、そうだよね。負けるのが嫌で戦ってきたけど、一応そういうゴールがあるわけだ」
侑(じゃあ、もし私たちが勝ち残ったら……私は歩夢にその聖杯を使うのかな?)
侑(聖杯を使って、歩夢を最高のスクールアイドルにする。誰にも負けない、無敵の輝きを放つ絶対のアイドルにする。それで戦いは終わって、歩夢の夢は、)
侑(…………なんで、こんなにモヤモヤするんだろう。きっと、正しいことの筈なのに) 歩夢「みんな〜、お昼ご飯だよ〜」ガチャ
かすみ「わぁ! 歩夢先輩、ありがとうございます〜!」
璃奈「美味しそう」
侑「そっか、話し込んじゃったけどもうお昼だもんね」
歩夢「侑ちゃんにはこれ、だし醤油。これが大好きだったよね?」
侑「わーい! さっすが歩夢ー!」
イタダキマース モグモグモグガツガツガツ‼
侑(まあ、今はいいや。聖杯を使ってどうするべきなのか、私たちは何処を目指すべきなのか)
侑(きっといつか分かる。そんな気がするから) 〜夜・侑の自宅 ベランダ〜
侑「うー、さむさむ……」ガラガラ
侑「でも、気になる事は確かめておかなくちゃ」
侑「それに、もし"コレ"を使いこなせるようになれば、今度こそ私が歩夢を守れる」
侑「かすみちゃんには悪いけど、こんなに美味しい話、放っておけないよ」
侑「…………"投影開始"」バリッ
侑(やり方はもう覚えた。ピアノと違って、一度覚えてしまったらあとは簡単だ。この熱が冷めないうちに、もう一度くらいは復習しておきたい) 侑「…………"少女理念、鑑定"」
侑(身体の中を、血管とは別に何かが駆け巡っていく。かすみちゃんの言う「エネルギー」なのかな)
侑「…………"基本情景、想定"」
侑(問題は、それが何を燃料にして生まれたモノなのか。この熱量は何処から湧き上がってきたものなのか)
侑「くぅ……く、」バチバチ
侑(あたま、痛っ……)ズキズキ
侑(確かに、この力は度を過ぎているのかも。サーヴァントならともかく、マスターの身でこれだけの力を使おうとしたら、いつかきっと……)
侑「!」ピクン
侑「………………………"仮定終了"」フゥ
侑「どうしたの、歩夢?」クル 歩夢「あっ……ごめんね、邪魔しちゃった? 何してるのかなって」ヒョイ
侑「ううん、全然。というか、部屋が繋がってるんだからこっちのベランダに来ればいいじゃん」
歩夢「こうして仕切り越しに話した方が、私たちらしいと思わない?」
侑「うーん、まあそれもそっか」
歩夢「……もしかして、「魔術」の練習?」
侑「う。す、鋭いね、歩夢は」
歩夢「だって、汗でびっしょりだよ、侑ちゃん」 侑「あの剣を作った時、何かが掴めた気がしたんだ」
歩夢「何か?」
侑「うん、それを掴めれば、私は先に進める。大きな一歩を踏み出せる気がする」
侑「それにさ!」クルッ
侑「あの力があれば、私が歩夢を守れるよね!」
歩夢「」ピクン
歩夢「……守る? 侑ちゃんが、私を?」 侑「うん、だって私は歩夢を助けたいのに何も出来なかった! でも、でもね、今度からは見ているだけじゃない!」
侑「まだ未熟で、あの力を使えたのは偶然だったんだろうけど、それでも練習すればきっと使えるように」
歩夢「やめてよっ!」バン
侑「っ」ビクッ
侑「……あ、あゆ、……む?」
歩夢「もう、やめてよ。……侑ちゃん」
侑「な、なんで」 歩夢「……侑ちゃん、覚えてる?」
『わたしは、どんなときだって、ぜったいに』
『あゆむをいじめるやつから、あゆむをまもるよ』
歩夢「侑ちゃんは……まだ、あの時から変わってないんだね。何もかも変わって、成長しても、そこだけは頑固に変えようとしない」
侑「何を……言って、」
歩夢「でもね、侑ちゃん。もう、私は……」
ドォォォォォォ……ン‼‼‼‼
歩夢「!?」ハッ 侑「いまの、何の音っ!?」
かすみ「爆発ですかっ!」ヒョコ
璃奈「多分、敵襲。愛さんがいなくなったから仕掛けてきた」ヒョコ
侑「うわぁ! 視界の外からタケノコみたいに生えてこないでよ二人とも!」
歩夢「サーヴァントの気配がする。戦おう」
侑「よし、歩夢、急いで下に降りよう! ここじゃ思い切り戦えないし!」ダッ
かすみ「かすみんもついて行きますよー!」ガチャ かすみが玄関への扉を開けた瞬間、そこにはいるはずのないものがいた。
────────羊、だ。
リビングから玄関まで、ぎっしりと何匹もの羊がたむろして、我が物顔で辺りを見渡している。
侑「は?」キョトン
かすみ「えっ、え? 幻覚ですか? さっきまでこんなのいませんでしたよねぇ!?」
璃奈「みんなかわいい。もふもふしてる」
歩夢「……っ!? まずい、みんな羊さんから視線を外してっ!」
かすみ「え」キュイン
歩夢の警告は遅かった。
叫んだと時には既に、かすみと璃奈は羊と視線を合わせてしまっていた。
温厚そうな瞳が彼女の目を捉えた瞬間、かくんと二人の体が地に落ちる。
かすみ「すやぁ」ドサ
璃奈「くぴぃ」ドサ 侑「ふ、二人とも、どうし……ぷわっ!? 歩夢!? なんで目隠しするの!?」
歩夢「見ちゃダメ! この羊、ただの羊じゃないみたい。目を合わせただけで眠らされる!」
侑「う、ウソ、あんなにいっぱい居るのに!?」
メェー メェー… グゥグゥ… スヤスヤ…
歩夢「くっ。すごい数……玄関の奥までぎっしり羊さんが詰まってて、無理に突破しようとしたら眠らされちゃう」
歩夢「といっても、ベランダ奥にはサーヴァントの気配。このまま飛び出しても、誘いに真正面から乗る形になっちゃうけど……」
侑「ううん、多分いまの歩夢なら大丈夫。歩夢自身、そう感じてるんじゃない?」
歩夢「……そう、だね。こういう回りくどいやり方は、逆に正面きっての戦いに自信がないってことでもあるはず。やってみよう」
歩夢「飛び降りる! 侑ちゃん、捕まって!」ダンッ 歩夢「着地っ」ドサァッ!
侑「ありがとう、歩夢」
歩夢「……侑ちゃん、後ろに。居たよ」チャキ
月の下、マンション前に二つの影があった。
一人は普通の人影ながら、もう一人は浮いている。
大きな杖を携えて、羽織った掛け布団をローブのようにはためかせながら、少女はこちらを眺めていた。
彼方「こんばんはぁ〜。おひさだねぇ〜」
遥「夜分遅くに失礼します、侑さん、歩夢さん」
侑「彼方さんに……遥ちゃん!? 彼方さんが7人目、最後のサーヴァント!」
彼方「そゆこと。マスターは遥ちゃんなんだぁ。遥ちゃんがマスター役でとっても嬉しいよ〜」 遥「驚きました。ずっと遠くから戦いの様子を伺っていましたが、本当に侑さんがマスターなんですね」
侑「私自身、驚きの連続だよ」
侑(投影は……流石にまだ無理っぽいか……)グッ
歩夢「彼方さん、念のため聞きますが、ここに来た目的は何ですか。話し合いか……それとも、戦うためか」
彼方「う〜ん、見たでしょ? 彼方ちゃんの羊さん。邪魔な子を眠らせたのは、当然戦うためだよねぇ」
彼方「悪いけど、聖杯は遥ちゃんに使ってあげたいんだぁ。だから、彼方ちゃん頑張るよ」ムン
遥「………………えっ!? 聖杯はお姉ちゃんに使うって決めたじゃん!」
彼方「あっ、あ、ええ〜っと……その、冗談だよぉ。本当は遥ちゃんに使う気だなんてこれっぽっちも思ってないからぁ」
遥「うそ! お姉ちゃん嘘ついてたんだ! 聖杯は私じゃなくてお姉ちゃんに使ってって言ったのに! またそうやって私を優先して!」プンスコ
彼方「あ、あわわ……遥ちゃん、落ち着いて」 侑「こんな時も二人は変わらないみたいで、ちょっと安心したよ」ホッ
侑(……安心したはずなのに、何か嫌な予感がする。彼方さんのエネルギー量は愛さんに比べれば大したことない。多分これなら歩夢は勝てる)
侑(それなのに、背筋の不安が離れてくれない!)
侑「……歩夢、ちょっと……」
彼方「む、むぅっ! そうだった、今はケンカしてる場合じゃないよ! いざ尋常に勝負だー!」
遥「後で説明してよ! お姉ちゃん、お願い!」 歩夢「いきます!」ダッ
侑「あっ、歩夢! ちよっと待って!」
彼方「────────"あとらす"」
彼方が四文字の言葉を紡いだ瞬間。
閃光が炸裂して、夜の闇が引き裂かれた。
歩夢「!」
紫色の閃光が雨のように射出される。
歩夢から外れたソレはアスファルトを焼き、街灯を穿って、戦略兵器の如き破壊を撒き散らす。当然ながら、その数倍の数が歩夢へと牙を剥き、
歩夢「効かないッ!」バチンッ
しかしそれは、歩夢に直撃した途端に掻き消えた。 侑「は……弾いた!?」
彼方「嘘ぉ!? なんでぇ!?」
遥「そっか……対魔力! 剣を操るサーヴァントの子は、魔術に対して強力な耐性を持つとか!」
遥「でも、お姉ちゃんの魔術は最高クラス! それすらも無効化するだなんて……!」
彼方「くぅ……このぉー!」ビシュビシュビシュン!
ドドドドォォォン‼ ズゴゴゴゴゴ…‼‼
歩夢「はあああああああああ!!!」 侑(すごい、凄い! エネルギーを得た歩夢は強いってかすみちゃんは言ってたけど、本当だ! 彼方さんの攻撃にびくともしない!)
侑(あのまま簡単に斬り伏せられる! 勝てる!)
歩夢「彼方さん、覚悟っ!」
さっきから燻っていた嫌な予感は、より大きなものとなっていた。
歩夢が勝利に近づけば近づくほど、歩夢を止めなければという危機感が強くなる。
そう、これはまるで。
最初から全てを計算した上で、あえて歩夢を自らの近くへと誘導しているような──────、
侑「……まさか、彼方さんは、」
侑「ッ!! だめ、歩夢ーーーっ!!」ダッ
侑が走り出したその瞬間。
彼方は、その「本命」を取り出した。 歩夢「なっ!?」
彼方が取り出したのは、奇妙に折れ曲がった短剣だった。
明らかに人を殺傷する為の形状ではない。
だというのに、歩夢の本能が警鐘を鳴らす。アレを受けたが最後、敗北は絶対のものになると。
彼方「ふっふっ。まんまと近づいてくれたねぇ」
彼方「でも────これで!」ヒュンッ
歩夢(まずいっ! あの短剣は避けないと、)
羊たち「」メェー
歩夢(う、うしろに羊さん!? いつの間に背後に、まずいっ、退路を塞がれ)
……ドスッ!! 歩夢「────────……………え」
遥「っ!?」
彼方「……嘘ぉ」
三人に衝撃が走る。
振り下ろされ、直撃したと思われた短刀。
しかしそれは、割って入った侑の背中に突き刺さっていた。
侑「づっ……………………かッ、は、」
歩夢「……ぁ、侑、ちゃん?」
侑「ひゅ、く……あゆ、む……大丈、夫……?」
歩夢「ゆう……侑ちゃんっ!!」ガシッ 歩夢「っ! 侑ちゃん、一旦跳ぶよ!」ダンッ
彼方「ちぇ……チャンスだったのに、外しちゃったぁ」
歩夢「侑ちゃん、侑ちゃん! しっかりして!」
侑「か……っ、だ、大丈夫……だから……」ハァハァ
侑「ギリギリ……セーフ……いまは……彼方、さんを……」
歩夢「うん……うん。分かった」バッ
遥「まさか、侑さんが身を呈して守るとは思いませんでした。途中までは上手くいったのに」
歩夢「…………それが、彼方さんの宝具ですか」 彼方「そ。名前はぁ……『破戒すべき全ての符』だったかなぁ?」
彼方「サーヴァントどころかマスターも一撃で倒せない、弱っちい宝具だよ。でも、そのぶん効果は凄いんだぜ〜?」
彼方「"ルールブレイカー"の読み通り、この剣をサーヴァントの女の子に突き刺せば、そこに敷かれていた契約……ルールそのものを破壊する」
彼方「つまりー、歩夢ちゃんは侑ちゃんのサーヴァントじゃなくなって、私のものになっちゃうってこと」
歩夢「契約殺し! サーヴァントとマスターの契りを断つ、魔術破りの短剣……!?」
侑「でも……その力のタネは割れたよ……! こうなったら、歩夢に隙はもうない……!奇襲でソレを刺すなんてことは、できない!」グググ… 遥「残念ですが、そうはいきません」
歩夢「……!」
彼方「そうだねぇ。彼方ちゃん、サーヴァントとしては弱っちい方だからさ〜、正面から戦っても負けちゃうだけなんだよねえ」
彼方「だから、ちょいと卑怯な手でいかせてもらうよ〜?」
メェー… メェー…‼‼ メェェェェェェ‼‼‼
歩夢「羊さんが……たくさん、取り囲んで……」
遥「侑さん、あなたはもうそこから動けない。歩夢さんがお姉ちゃんを倒そうとした瞬間、羊の群れが侑さんにトドメを刺します」
侑「っ……!」 彼方「ごめんねぇ、こんなやり方で。でも彼方ちゃん、もうじっとしておくのはやめたから……」
彼方「だから、倒すよ」ブォン
歩夢(まずい! 広範囲爆撃の連発で侑ちゃんごと吹き飛ばす気だ! 私が無事でも、侑ちゃんが倒される……!)
侑「……つ゛っ、あ…………あゆ、む……!」
遥「令呪をもって命じるよ。お姉ちゃん、二人をここで倒して」キィン!
彼方「よーし、いっくぞー!」キュイイイイン…
歩夢(エクスカリバーは使えない! こんな場所でアレを撃ったら、辺りのマンションが壊滅しちゃう!)
彼方「かなた式・まきあ・へかてぃっく────」
……ヒュンッ! ドンドンドンドンドンドンドン!!!! 瞬間。
彼方による攻撃が歩夢たちを灼き尽くすよりもなお早く、凄まじい攻撃の雨が降り注いだ。
歩夢「っ!!?」
しかしそれは、歩夢達を傷付けることなく、周囲を取り囲んでいた羊達を薙ぎ倒していく。
三秒とかからなかった。100匹をゆうに超える数の羊達は、呆気なく全てがズタボロに引きちぎられた。
彼方「な……だ、誰ぇ!?」
照明で輝くマンションの階段上。
全員が呆然とソレを見上げていた。
???「──────────────」
そこには、少女がいた。
オレンジ色のシャツにプリントされた「ほ」の文字が、風を受けてたなびいている。 穂乃果「サーヴァントとマスターのみんな、だよね?」
侑「な…………ぁ、」
遥「さ、サーヴァント……!? そんな筈ない、サーヴァントは七人すべて出揃ったんだよ! もう新しいサーヴァントなんているはずが、」
穂乃果「うぅん、そうだよねぇ。私もよく分かってないんだけど」
すぅ、と少女の目が細められて、呆然とする侑の顔を見やる。
穂乃果「………ふふ。多分、あなたのせいだよ、そこの人」
侑「え……わた、し?」 彼方「っ! 遥ちゃん、下がって!」キュウウン!
穂乃果「戦うつもり? もしかして、本当に?」
彼方「……歩夢ちゃんも強いけど、あなたは比べ物にならないね。そんなの、警戒するなって方がどうかしてる。彼方ちゃんすっかり目が覚めちゃったよ」
彼方「あなたは、誰?」
穂乃果「そっか、自己紹介を忘れてた!」テヘ
穂乃果「私はね、高坂穂乃果。今が何年後の未来かは知らないけど、とりあえず高校2年生。スクールアイドル「μ's」のリーダーで……」
穂乃果「────前回のアイドル戦争の、優勝者」
全員「「「「!!!!」」」」 侑「み……μ'sって、まさか……あの!?」
歩夢「それに、前回の勝者……!?」
穂乃果「うーんとね、私は音ノ木坂で行われたアイドル戦争にサーヴァントとして参加して、全てのサーヴァントを倒して勝利した」
穂乃果「でもね、聖杯が貰える! っていうのに疲れきってたせいで寝坊しちゃって、結局貰えなかったんだ〜」
穂乃果「それで、残念だなー、悔しいなーって思ったんだけど」
穂乃果「なんとびっくり! どうしてか、穂乃果だけが「八人目」のサーヴァントとして呼び出されちゃったんだ!」
穂乃果「ともかく、そういうことで。八人目のサーヴァントとして頑張るから、よろしくね?」 全員は、凍りついたようにその場から動けなかった。
高坂穂乃果。そう名乗った少女は、軽やかに、歌うように明るく話してはいるものの、その全身から尋常ならざる圧力を放っている。
絶対強者。
ただ姿を見せただけで、彼女はこの戦場を支配していた。
穂乃果「さてと、じゃあまずは」
穂乃果「勝つために、サーヴァントの数を減らさなきゃね?」
歩夢・彼方「「っ!」」
穂乃果「えーっと、さっきエマさんとかいう人を倒したし、他の三人はもう倒されていて……」
彼方「な」
彼方「……い、ま。……エマって、言ったの?」 穂乃果「うん。色々探してたら、マンションを守ってる可愛い女の子がいてね。サーヴァントだって言うから……えっと、マスターの子は綾小路さん、だっけ?」
穂乃果「二人とも、私を倒そうと向かってきたよ」
穂乃果「────────だから、倒した」
遥「そん、な……!?」
彼方「……う、うそ……エマちゃんが、エマちゃんと姫乃ちゃんは……私たちと一緒に戦うって……私たちのお家を、留守のあいだ守ってくれて……ずっと、」
穂乃果「あれはあなた達のお家? そっか、だからここは通さない〜って、門番みたいに待ち構えてたんだ。クラスは……「アサシン」かな?」
歩夢「そうか……エマさんはあそこで、彼方さん達を守っていたんだ! それなのに、あのエマさんを……そんなに、あっさり……!?」
侑「それに、「クラス」って……!?」
穂乃果「クラスを知らないの? もー、それくらい知っとかないとダメだよ〜? 穂乃果も、海未ちゃんに言われて頑張って勉強したんだから」
彼方「ッ!!!」
彼方「あなた……許さないっ!!」キュオオオオオッ! 魔力が爆ぜる。無形の力が嵐のようにうねり、歩夢に放ったもの、その何倍にも膨れ上がった閃光が、少女を消し去らんと放たれる。
しかし、それは。
穂乃果「──────────『王の財宝』」パチン
穂乃果が指を鳴らした瞬間、木端のように吹き散らされた。
全員が目を疑う。
少女の背後に無数の武器が展開され、それらが一斉に、機関銃じみた勢いで乱射されたのだ。
──────ドンドンドンドンドンドンッッッ‼‼
彼方「な──────っ、"あるごす"!」
閃光を食い破り、殺到する凶器の雨。
それらを止めんと、彼方は詠唱を口ずさみ、宙空に透明の盾を展開する。
穂乃果「…………キャスターじゃ、穂乃果には勝てないよ」 しかしそれは、たったの一撃すら止めることが出来なかった。
弾丸のように放たれた槍は盾を貫き、輝く破片を撒き散らしながら、彼方の胸に突き刺さる。
彼方「が、つ゛っ!?」
遥「おっ……お姉ちゃんっっ!!!」
容赦はなかった。
胸を貫いた槍は始まりに過ぎず、射出された何十もの武器凶器が、彼方の身体を串刺しにした。
歩夢「ぁ…………、ぁ」
剣が、槍が、矢が、斧が、絶え間なく降り注ぐありとあらゆる武器の雨が、彼方の身体を切り裂いていく。
声など出なかった。
ただ、あの「処刑」が未だ自分に向けられていないという事実に胸を撫で下ろすことしか、歩夢と侑には許されていなかった。 遥「おねがい……やめてぇっ! もう……やめてえーーっ!!」バッ
侑「あ、ま、待っ……!!」
……ズドン‼ ズバババババッ‼‼ ドガガガァッ‼‼
無意識に体が動いたのか。今なお切り刻まれ続ける姉を庇って遥が飛び出していき、呆気なく、放たれる刃の豪雨に粉砕された。
穂乃果「……マスターのくせにサーヴァントを庇おうとするのは、あの二人と同じだね。あなたまで倒されることはなかったのに」
攻撃が止まる。
百を超える武器の数々を叩き込まれた地面は粉々に砕け散り、破壊に破壊を重ねた惨状を呈し。
その上に、姉妹二人はぴくりとも動かず、重なるように倒れ伏していた。
侑「…………………………あ、あああ……!」 穂乃果「開いた砲門は12丁。使った武器は132」
穂乃果「呆気ないなぁ。音ノ木坂の戦いは、これよりもーっと激しかったんだよ? せめて500……ううん、300くらいは使いたいな」
歩夢「…………………!!」ブルリ
穂乃果「そうだ。あなたは、どれくらい────」
穂乃果「!」グゥ
穂乃果「……うぅ、久しぶりに戦ったらお腹減ってきちゃった。こんな時間に食べたら海未ちゃんに怒られるかなぁ……ま、いっか!」
侑「……はぁ、はっ……はっ……」ドッドッ
穂乃果「ごめんねえ、二人とも! ちょっとお腹減っちゃったから、また今度にする」
穂乃果「そこのあなた、名前、なんていうの?」 侑「……た、かさき……高咲、侑…………」
穂乃果「ふぅん。スクールアイドルじゃない、よね。それなのに、何故かスクールアイドルみたいにキラキラしてる」
穂乃果「その目に、何かを秘めている」
侑「っ……はぁっ……は……はっ……」ドッドッ
穂乃果「そんなにぶるぶる怯えないでよ。これでも私、笑顔を届けるスクールアイドルなんだけどなー」
穂乃果「はぁ。だから、"これ"は嫌い」ボソッ
穂乃果「……よし! 次に会った時は、もっとあなたのことを教えてね。それじゃあ、また!」
そう言い残すと、少女は空気に溶けるようにその姿を消した。
浮かべていた笑顔とは裏腹に────大いなる破壊の痕跡だけが、その場所には残されていた。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています