やがてひとつの私達の物語
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『桜坂しずく様へ』
そう書かれた手紙を開けるのに私は1週間もかかってしまった。
寒い冬を言い訳に手が動かないフリをしているのはいけないことだろうか…… ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
1月のある日。
私の家に遥さんがやって来た。
どうやら、彼方さんから住所を聞いて尋ねてきたようだった。
遥「突然押しかけてしまってすみません。」
しずく「いえ……それで今日は何の用ですか?」
遥「お姉ちゃんからある物を預かって来ました。」
そう言って彼女は一通の封筒を差し出した。 しずく「やめてください。そんなもの見たく無いんです。」
遥「一番傍でお姉ちゃんを支えてくれたしずくちゃんにだからこそ、伝えたいことがあったはずなんです……お願いします……」
しずく「……」
遥「それでは、私はこれで……」
そう言って彼女は去っていった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 読むのが怖い。
良いことが書いている訳が無いからである。
どうしてこのタイミングで遥さんが……
どうして自分で来てくれないのか……
どうして……
封筒を開き、便箋に滲む血に驚いてしまう。
あの人は一体どんな状況でこの手紙を書いたのか。
見なければいけない。
そう思って私は便箋を開いた。
『桜坂しずく様へ』
『こんな書き方でごめんね。丁寧な言葉で書いていると逆に恥ずかしい気もするね〜。』
『まるでしずくちゃんになったみたいでムズムズしちゃう。』
『まずはしずくちゃんに謝らなければいけないことがあるんだ。』
『それは……』
『しずくちゃんがこの手紙を読んでいるということはもう私はあなたに会えない状態になってしまったということだから。』
降り出した雪が静かに私の視界を覆った。 8月のある日。
暑い……
この日起きてすぐに感じたのはそんな単純なものだった。
今日は夏休みということで分室ごとでの練習日。
のはずだったのだが、エマさんに急用ができてしまったらしく、彼方さんと二人きりの練習になっていた。 しずく「ワンツー、ワンツー。彼方さん少しステップ遅れてますよ!」
彼方「相変わらずしずくちゃんは鬼教官だな〜。彼方ちゃんヘトヘトだよ……」
しずく「彼方さんがふわふわしてるからシャキッとしてるだけです。一旦休憩にしましょうか。」
彼方「賛成〜。もうすぐお昼ご飯の時間だからね。」
しずく「ふう……」
彼方「今日も彼方ちゃんが腕によりをかけた特製弁当だよ〜、召し上がれ〜。」
しずく「じゃあ遠慮なく……いただきます!」
パクッ
しずく「やっぱり彼方さんのお弁当はおいひいです!!」モグモグ
彼方「食べながら喋るほど焦らなくてもいいよ〜。ほら、いっぱいあるから食べてね。」 しずく「彼方さんは食べないんですか?」
彼方「うーん。なんだか最近食欲が湧かなくて……疲れてるのかなあ。」
しずく「栄養を摂らないといいパフォーマンスはできませんよ。さあ、食べましょう……」
彼方「そうだね〜。じゃあ彼方ちゃんも……」
パクッ
彼方「我ながら上出来だね〜。」
しずく「彼方さんのお弁当は日本一かもしれませんね。先輩曰く、歩夢さんのお弁当も捨て難いとは言っていましたが……彼方さん?」
彼方「うっ……」
しずく「どうしたんですか、彼方さん??」
彼方「お腹の上が痛いの……ちょっと……」バタッ
しずく「えっ……彼方さん!しっかりしてください!!きゅっ、救急車!!」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 私のせいだ……
体調が悪そうな彼方さんに無理やりお弁当を食べるように言わなかったら……
ステップを見てもいつものキレじゃなかった……
どうして気づかなかったの?
ガラッ
しずく「先生、彼方さんは……」
医者「大丈夫。今は薬で落ち着いて眠ってるよ……細かいことは検査をしないと分からないけど、今は心配いらない。」
しずく「良かった……」
医者「君が冷静に救急車を呼んでくれたおかげだよ。ありがとう。」
しずく「……ありがとうございます。」
私は褒められたことに釈然としないまま、その日は家に帰った。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 2日後、私は彼方さんのお見舞いに行くことにした。
大丈夫だろうか……
一度深く深呼吸してドアをノックする。
コンコンッ
彼方「どうぞ〜。」
ガラッ
しずく「彼方さん!お元気ですか?」
彼方「うん!ピンピンしてるよ〜。」
しずく「じゃあ、もうすぐ退院ですね!」
彼方「えっと……それがもう少しかかりそうなんだ……」
しずく「どうしてですか?こんなに元気なのに……」
彼方「実はね……」 しずく「えっ……………………………」
彼方「大丈夫、心配しないで。症状はステージ1とステージ2の間で切除すれば何とかなるはずって先生は言ってくれたよ〜。」
しずく「なるほど……」
彼方「ただ治療せずに放って置いたら余命が一年って言われちゃった〜。怖いよね……」
しずく「余命1年……それは治療したら治るんですよね。」
彼方「うん、手術の成功率も90%、5年生存率も80%を越えてる。彼方ちゃん運は良い方だからあまり心配してないよ〜。」
しずく「それなら良かったです……」 彼方「あれ?もしかしてしずくちゃん泣きそうになってる?」
しずく「なってません!!」
彼方「そっか〜。からかえると思ったのに残念。」
しずく「全く……まあ彼方さんらしくて少し安心しました。」
彼方「ただ皆に謝っておいて欲しいな……ほら、一週間後に皆で夏祭りに行こうって言ってたから……」
しずく「そんなの……また来年行けばいいじゃないですか!!」 彼方「そうかな〜。でも皆の浴衣姿ちょっと見たかったから残念。」
しずく「じゃあ、長居しても迷惑だと思うのでそろそろ帰りますね。」
彼方「うん。また来て〜。彼方ちゃん退屈で寝るのも飽きちゃったくらいだから。」
しずく「はい。また。」
ガラッ
元気そうで良かった。
癌とはいえ、本人があそこまで前向きで成功率も高ければ問題は無いような気もするし。
帰ろうとすると見覚えのある人を見つけた。
あれは確か…… 彼方さんの妹、遥さん。
その隣にいるのはご両親だろうか。
ご挨拶だけでもしておこう。
そう思って近づいた時だった。
医者「残念ながら……」 絶句した。
驚きのあまり私は思わず隠れてしまった。
遥「そんな……ただの胃がんなんじゃ……」
医者「ええ、彼方さんにはそう伝えています。」
医者「ですが、胃がんは胃がんでも"スキルス胃がん"。生存率も桁違いに低い。」
両親「そんな……じゃああの娘はどうなるんですか……」 医者「現在がステージ2とステージ3の間です。これがステージ4になると手の施しようがなくなってしまう。」
医者「早めの抗がん剤治療をするしか無いでしょう。それでも癌の摘出手術を受けられる状態かどうか……」
遥「何とか……何とかならないんですか……」
医者「最善は尽くします。」
悪夢のような会話に思わず私は腰を抜かしてしまった。 ガチン
そして、公衆電話に頭をぶつけた。
彼方の母「そこに誰かいるの?」
しずく「すみません……聞くつもりは無かったんですが……」
彼方の父「あなたは確か……」
遥「桜坂しずくちゃん……だよね?」
しずく「はい……家族でのお話を聞いてしまってすみません。」 彼方の母「そう……あなたに悪気が無いのは分かってる。でも……」
彼方の母「どうして、あの子がこんな目に……どうして……」
遥「お母さん、落ち着いて。」
彼方の母「彼方じゃなくてあなただったら……」
パシーン
彼方の父「遥と同い歳の女の子になんてことを言うんだ。」
彼方の父「しずくちゃん、嫌な気持ちをさせてすまない。そして、救急車を呼んでくれてありがとう。」 しずく「いえ……」
彼方の父「それで、もししずくちゃんが良ければお願いがあるんだ……」
しずく「何ですか?私に出来ることなら……」
彼方の父「こんなことを頼むのは酷かもしれないけど……」
彼方の父「これからも彼方に顔を見せに来て貰えないだろうか?お願いだ……」
こうして私と彼方さんの4ヶ月は始まった。 9月。
今年は暑さが残り、まだ夏のような蒸し暑い気候となっていた。
コンコンッ
彼方「どうぞ〜。」
ガラッ
しずく「彼方さん、元気ですか?」
彼方「この通り元気元気だよ〜。」
ほんとかな……
正直不安が頭を駆け巡るけど、彼方さんに悟られてはいけない。 私は彼方さんのお父さんに頼まれてから演劇部と同好会の合間の時間を使って病院に通っていた。
病気の話はお互いせずに私のスクールアイドルの話、お芝居の話、同好会の皆の話。
いつもお互い楽しく喋っているはずなのに私は彼方さんが何を考えているのかさっぱり分からなかった。
もうすぐ入院して1ヶ月。
そろそろ手術があるという話を聞いているが、彼方さんはどう思っているのか…… 彼方「そういえば、しずくちゃんの前にさっき先客がいたんだよ〜。」
しずく「えっ、誰ですか?」
彼方「愛ちゃんだよ〜。美里さんのお見舞いのついでに顔を見せてくれたみたい。」
しずく「そうなんですね……良かったじゃないですか!」
彼方「しずくちゃんは毎日のように来てくれるけど、愛ちゃんもちょくちょく来てくれるから嬉しいんだよね〜。」
しずく「……」 彼方「あれ?もしかしてしずくちゃん、愛ちゃんに嫉妬してる?」
いつも見せないような嬉しそうな表情で彼方さんが聞いてくる。
しずく「してません!」
彼方「ふ〜ん。そっか〜。」
彼方さんはいつも私より少し上から物を見ているなんだよね。
歳上だから当たり前なんだけど、あまり物事に動じる姿を見たことがない。 しずく「じゃあ、そろそろ私は帰りますね、また来ます!」
彼方「もう帰っちゃうの?もっとゆっくりしていってもいいのに〜。」
しずく「いえ、長居するのも悪いので……」
彼方「そっかあ……またね。」
しずく「じゃあ、また。」
ガラッ
彼方さんの元気そうな姿を見るとホッとする。
だが、彼女に残された時間は少ししかない。
その事実と目の前にいる彼方さんの姿はあまりにもかけ離れ過ぎていて。 とても現実のこととは私には思えない。
こんなこと誰にも相談できないし……
何か彼方さんを元気づけられるようなあっと驚くことが自分に出来ないだろうか……
ドンッ
下を向いて歩いていると前の人にぶつかってしまった。
しずく「いたた……すみません。前を見ていない私の不注意で……」
??「ああ……いいよいいよ、全然大丈夫!!って……しずくじゃん?」 聞き覚えのある快活な声。
しずく「愛さん!?」
愛「こんな所で会うとはね!」
しずく「そういえば、さっき愛さんが来たって彼方さん、言ってましたね……」
愛「うん、おねーちゃんも入院してるからいっつも時間があったら両方顔出してるんだ。」
しずく「そうだったんですね……」
愛「それで、しずくは浮かない顔をしてどうしたんだい?愛さんがドーンと相談に乗ってあげるよー!!」
相変わらず頼れる姉御肌って感じだなあ。 ここで私に一つ閃いたことがあった。
しずく「愛さん……実は……」
ゴニョゴニョゴニョ
愛「それは面白いじゃん!!愛さんも協力しちゃうぞ〜!!」
しずく「ちょっと非常識かもしれませんけど……出来ると思いますか?」
愛「うーん。ハードルは高いかもだけど……だからこそ面白いんじゃない?アタシは全力で協力してあげるよ!」
しずく「ありがとうございます!!」
彼方さん……覚悟してくださいね。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ -------,,,ノノ
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/ ,ミ::::: 闇 iミ
|ミミシ:::::: / ,,,〜,,\!
_,-'' )シ::: ,,(/*;)、 /★)| ,,・ ∴.'
∧sw∧ , -' (.__,-''し::::: ) ))' ´i |`⌒i
( #゚Д゚) .,-'~ ,- ' ミミ:::::ヽ f o o)、i
/⌒ )ヽ(w i .,-'~ ,-'~ , ),・ヽ::::::::| ))-=三=-∵・∵
.,/ / ヽヽヽ ,-/'~ ,ノ ,、', __/ヽヽ:::: ゛゛ノ ;’``゙.ー--,, ・,
/ ^)' l ゝ _)-'~ ,-'~ / ヽ`ー-‐'  ̄ ̄ヽ
/ /' ヽ ^ ̄ ,-'~ / / ) ノ  ̄ \
(vvvつ ヽ / (⌒`──'\ / ///酒井ノ /\
| / ゙────/71/ / /かずお|\/\ 'ヽ
l、_ / / // // \ \
俺達やGODが作り上げたラブライブ!サンシャイン!!をゴミ糞バカアニメに改悪するな!!
CYaRon!の名付け親のにこっぱなのおっさんも草葉の陰で泣いているぞ!
Aqoursのキャラをテメーのくだらん自己満足のために改悪した挙げ句おもちゃにしやがって・・・
お前のやっていることはどう考えても原作レイプだということをいい加減に理解しろッッ!!
サンシャイン!!の劇場版が終わったらバカ嫁共にとっととこの業界から失せろ!!
この中村負広と並ぶセンスダサすぎ(笑)、器小さすぎ(笑)の自己満足オナニード低脳無能暗黒監督がっ!! ここ→手直しして支部はともかく
支部→ここは意味分からん Pixivの方と結末を違う物にしようかなと思っていますが……
ダメなら書き込まないのでここで降ります。 いや申し訳なくないし降りなくていいよ
野暮なこと聞いて悪かった ええやんやったら
pixivみーひんから続けて欲しいねんけど pixiv見ない人だっているんですよ
だってのに好き勝手言いやがって いやこのssがあるって分かったんだからこれだけでと見に行けばいいじゃん
渋行ったら死ぬの? SSスレなんて立てた人のものなんだから外野がやめろって言わなくていいだろ
結末違うっていうんだし 僕のせいで燃えたのでもう適当に埋めて貰えれば……
不快な思いをさせて申し訳ないです…… 変な茸が一人でぎゃーぎゃー言ってるだけだから気にしないほうがいい
悪いのは野暮なこと聞いたこっちだから>>1は悪くないよ
ごめんよ pixivのURLも名前もタイトルもわかんないのにわざわざ虹ヶ咲タグついた小説1個1個確認するような人ほとんど居ないでしょ
待ってる人いっぱいいるから気にせず書いてくれ しずくちゃんが最近来ない。
メッセージはくれるもののここ2週間ほどはずっと
『忙しいから病院には行けそうにないです……』
の一点張り。
毎日のように来てくれるしずくちゃんをからかったバチが当たったのかなあ……
ちょっと寂しいや。
コンコンッ
ドアをノックする音がする。
彼方「どうぞ〜。」
しずく「彼方さん!お久しぶりです!」
彼方「おお〜。しずくちゃんじゃ……」
いつものしずくちゃんじゃなかった。 水色を基調とした綺麗な浴衣姿。
夏の終わりには少し涼しいんじゃないかと思ってしまうような格好だった。
しずく「えへへ、びっくりしました?」
彼方「……そりゃびっくりするよ……まさか浴衣でお見舞いに来てくれるとは〜。」
しずく「ふふふっ。まだまだこれだけじゃないですよ……」
そう言われると視界が突然真っ暗になった。 彼方「待って待って待って……」
しずく「アイマスクなのでご安心を!」
彼方「そういうことじゃなくてさ……」
彼方「これから彼方ちゃん何をさせられるの?」
まさか……拉致計画!?
しずくちゃんに限ってそんなバカな。
しずく「大丈夫ですよ。彼方さんに見せたいものがあるだけです。」
彼方「見せたいもの?」
しずく「はい。だから私の手を握って着いて来てくれませんか?」
見えない手に引かれて私は少しずつ歩き出した。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 彼方「ねえ、しずくちゃんまだ目的地には着きそうにないの?」
しずく「うーん、あともう少しだと思いますよ!」
しずくちゃんの目的が分からない以上着いていくしか無いんだけど……
手、あったかいな……
柔らかい………………………
って!これじゃまるで彼方ちゃん、変態さんみたいじゃない。
いけないけいない、お姉さんとしての威厳を保つには主導権を握らないと。
彼方「ねえ、しずくちゃん。」
しずく「何ですか?」
彼方「二人で手を繋いで歩いてるなんて、まるでデートみたいだね〜。」
これで慌てるしずくちゃんの反応を楽しんでから目的を聞くとしよう。
彼方ちゃんはこう見えても策士なのだ。 しずく「彼方さんも浴衣ならそうだったかもしれませんね!あっ、彼方さんの浴衣も用意しておけば良かったですね……」
しずくちゃんにスルーされてしまった!?
なんだか彼方ちゃんだけ意識してるみたいじゃないか。
作戦変更。
彼方ちゃんの手を引いてくれる自由なお姫様に大人しく身を委ねるとしよう。
しずく「さあ、彼方さんもうすぐですよ……」
彼方「だいぶ歩いた気がするけど、ここ病院なの?」
しずく「正真正銘病院の中……いや、外かもしれませんね。見方によっては。」
どういうことかさっぱり分からない。 ガチャッ
しずく「着きましたよ!!アイマスクを外してください!!」
彼方「りょーかい〜。」
アイマスクを外すとそこに広がっていたのは。
彼方「これってもしかして……」
しずく「はい。今日は……」 愛「カナちゃんのために特製夏祭りってかんじかな!!」
彼方「愛ちゃんじゃないか〜。愛ちゃんもグルだったんだね。」
愛「うーん、残念!ハズレかな。」
しずく「はい。この夏祭りは同好会メンバーと病院の皆さんが全員協力してます!」
よく見れば、色とりどりの浴衣を来た皆がいる。
かすみ「しず子遅いよ!!」
エマ「まあまあ、しずくちゃんも準備があったんだから〜。」
彼方「ここって病院の……屋上?」
歩夢「大正解です、彼方さん。」 侑「基本的にしずくちゃんの計画で皆が協力するって形だったけど、病院との交渉は愛ちゃんがまとめてやってくれたんだ。」
栞子「愛さんの日頃の行いの賜物と言うべきですね。それをフル活用したしずくさんの計画はかなり面白いものになっていました。」
彼方「そっか〜。それで……」
だから、最近しずくちゃんは忙しそうにしていたのか。
せつ菜「さあさあ、愛さん特製もんじゃの出店も出ていますよ!!良かったら私の特製もんじゃも味わってみませんか?彼方さん。」
彼方「あはは……せつ菜ちゃんのもんじゃを食べたらホントに死んじゃうから遠慮しておくよ〜。」 かすみ「せつ菜先輩!!その紫の物体はまさか……もんじゃですか!?」
せつ菜「はい。良かったらかすみさんも食べてください!!」
かすみ「先輩!!この人をなんとかしてください!!」
侑「えっと……かすみちゃんごめん……」
かすみ「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ………」
こんなに賑やかな時間はいつぶりだろうか。
しずく「どうですか?彼方さん。びっくりしてくれました?」
彼方「うん。びっくりだよ……」
しずく「そうですか、良かった!!」
嬉しそうなしずくちゃんの顔を見るとこっちまで元気が出てきてしまう。
妹……みたいな存在なんだけど、遥ちゃんとはまたなんだか違うんだよね…… しずく「もう一つサプライズがあります!!コード003よりコード009へ、準備はいい?」
璃奈「コード009よりコード003へ、こっちは準備万端。いつでも行くよ。」
しずく「コード009へ、成功を祈る!」
璃奈「コード003へ、了解!」
なんだか物騒なサプライズの匂いがするのは気のせい?
彼方「しずくちゃん……璃奈ちゃんとトランシーバーでその距離で喋るのって意味あるの?大声出せば聞こえるような気が……」
しずく「こういうのは雰囲気が大事なんですよ。それより彼方さん、上を見てください。」
バーン
夜空に響くこの音…… 彼方「打ち上げ……花火……」
しずく「璃奈さんが市販の打ち上げ花火を解体して火力をパワーアップさせたのを打ち上げてくれてるんです!!」
それって、法律的には大丈夫なの?
ツッこんじゃダメな気がしたのでやめた。
しずく「打ち上げ花火……綺麗ですね……」
彼方「うん……」
その打ち上げ花火よりも……
しずく「ねえ、今年はダメでしたけど、来年は一緒に浴衣で夏祭りに行きましょうね!」
彼方「うん。」
あなたの横顔から目を離せなくて。 しずく「絶対ですよ!約束です!」
しずくちゃんの満面の笑み……
ありがとう、しずくちゃん。
今日のことは絶対忘れない。
でも、ごめんね。しずくちゃん。
その返事は……
叶えられそうにない。 10月。
私の夏祭り計画は大成功に終わり、もうすぐ1ヶ月が経とうとしている。
今日は彼方さんに報告があるんだ。
コンコンッ
遥「どうぞ〜。」
いつもと声色が違う。
ガラッ
しずく「こんにちは〜。」
遥「しずくちゃん、今日も来てくれたんだね。いつもありがとう。」
しずく「彼方さんは……寝てるんですね。」
遥「うん。抗がん剤の治療がやっぱりしんどいみたいで……」
しずく「そうなんですか……」
夏祭りの後の手術でスキルス胃がんの切除を試みたが、上手くいかなかったそうだ。
そこで、抗がん剤治療を試していると聞いている。 しずく「初めは治療費が高いからって彼方さん嫌がってましたよね。」
遥「はい。私が泣きながら怒ったら大人しく治療を受ける気になってくれたんだ……」
しずく「遥ちゃんの涙には弱いですよね、彼方さん……」
遥「我が姉ながら少し心配だよ……」
しずく「そうだね……」
遥「ところで、その手に持ってる台本はどうしたの?」
しずく「あ、これはね……今度の定期公演の台本なんだ。」
遥「演目は……ロミオとジュリエット……私でも知ってる名作だね。」
しずく「うん。定期公演だからこそ皆が知っているようなお話を使いたいって今回の座長が言っててそうなったんだ。」
遥「それで、しずくちゃんは何の役なの?もしかして……」 彼方「しずくちゃんがジュリエット役なの〜?」
しずく「彼方さん!起きて大丈夫なんですか?」
彼方「うん。しずくちゃんが会いに来てくれたんだもん。元気フルパワーだよ……」
元気フルパワーとは程遠そうな顔で言っている。
しずく「ですが残念!ジュリエットじゃないんですよ……私の役は……」
遥「そうなんですね……」
彼方「何の役なの?」
しずく「実は……ロミオに決まったんです!!」 彼方「あの人気ゲームの主人公の?」
しずく「それはマリオです。」
彼方「ハンコ注射?」
しずく「それはポリオです。」
彼方「まあそういう冗談は置いといて……主役なの!?ヒロインじゃなくて……」
しずく「はい!今回は頑張っちゃいました!」
彼方「おめでとう……しずくちゃんのロミオ……きっとカッコイイんだろうなあ……」
しずく「はい、真っ先に彼方さんをご招待しますよ。」
彼方「それは楽しみだね〜。いつなの?」
しずく「えーっと、来年の3月ですね……」
彼方「……3月かあ……3月なら彼方ちゃんも体調バッチリで見に行けるね……」
しずく「はい!!そうですね……」 3月……
足りない。
彼方さんの余命は半年。
先生はそう言ってた……
遥「お姉ちゃん。いい時間だからしずくちゃん送ってくるね。」
彼方「りょーかい〜。またね、しずくちゃん。」
しずく「はい、また来ますね。」
ガラッ
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ しずく「それで遥さん、何か私に話があるんですか?」
遥「さすがしずくちゃんだね……その通りだよ。」
遥「実は抗がん剤治療が思ったより辛いみたいなんだ……吐いちゃうくらい辛いし、髪の毛もどんどん抜けていってる。」
だから最近帽子を被っていたのか……
遥「ねえ、しずくちゃん……私、上手く笑えてたかな?」
しずく「……ちゃんと笑えてましたよ。」
遥「良かった……まだお姉ちゃんは本当の病気を知らないから……私が不安そうな顔をしたら、勘がいいお姉ちゃんならすぐ気づいちゃいそうだと思って。」
遥「普通に喋れているしずくちゃんが羨ましいや……」 そんなことは無い。
私だって心臓バクバクしながら、何とも無いようなフリして話しているペテン師だ。
遥「髪も抜けて少しずつ痩せていくお姉ちゃんを見てるだけなんて……もう……どうすればいいのか分かんないよ……」
しずく「遥さん……」
私も分からない。
でもせめて彼方さんの前にいる時くらいは日常を彼方さんに感じて欲しい。
私と話す時に病気のことを少しでも忘れられたらそれが一番いいだろうから。
遥「ごめんね……しずくちゃんにこんなこと話して……でも家族も家でお通夜みたいな雰囲気だし、これ以上一人で耐えられそうに無くて……」 しずく「私で良ければ聞きますよ。大切な先輩の妹なんですから!」
遥「ありがとう。でも無理しないでいいからね……」
しずく「どうして?」
遥「だってただの同好会の先輩にここまでしてくれるなんて……普通は無いと思うよ。」
遥「どうしてお姉ちゃんにそんなに良くしてくれるの?」
しずく「それは……」
どうしてだろう。
私の目の前で彼方さんが倒れたから。
同じ同好会の仲間だから。
確かにそうだ。
でも、何か違う気がする。
しずく「どうしてなのかな……」 11月。
秋も終わりに差し掛かり、寒さが日に日に増していく冬の色を醸し出していた。
私は定期公演の舞台の練習、同好会の活動で忙しくしながらも毎日のように彼方さんの病院に遊びに行っていた。
しずく「ねえ、彼方さん。ちょっとだけ頭のサイズを測ってもいいですか?」
彼方「いいけど……帽子も脱がなきゃダメ?」
しずく「はい。彼方さんにある物をプレゼントしたいなと思ったので、そのために協力して貰えませんか?」
彼方「しずくちゃんのお願いなら仕方がないなあ……許可する!」
髪の毛が無くなった彼方さんの頭。
ツルツルだけど、それはそれで可愛い。
もっとも栗毛のふわふわヘアーが失われたのは大きな損失だと思うけど。 彼方「こら〜。測りながら、頭をツルツルして遊ばない〜。」
しずく「はっ!つい……」
彼方「全く〜。それで上手く測れた?」
しずく「はい、バッチリです。」
実は帽子を送るためでは無いんだけど。
自然に頭のサイズを計る言い訳なんてそれくらいしか無かった。
しずく「じゃあ今度プレゼントするので楽しみに待っていてくださいね。」
彼方「楽しみにしてるよ〜。」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ この計画は果林さんからの話を聞いたことが発端であった。
しずく「果林さんって昔からショートヘアーだったんですか?」
果林「違うわ。昔は結構伸ばしてた時もあったのよ。」
果林「ある時にモデルの仕事に誘われて、髪が短いモデルさんに憧れたの。」
しずく「それでバッサリと切ったんですか。」
果林「そうよ。昔から行っていた美容院で頼んでね。」
果林「そしたら、『朝香さんの綺麗な髪ならヘアードネーションにご協力いただけませんか?』って言われちゃって。」
しずく「ヘアー……ドネーション?」 果林「私も英語が苦手だから、その時全く意味が分からなかったんだけど、要は髪の毛の寄付ね。」
果林「先天性の脱毛症、不慮の事故、病気とかで髪の毛を失った人に健康な人の髪でウィッグを作るのよ。」
しずく「健康な髪でのウィッグ……」
果林「私の髪で喜ぶ人がいるならと思って、二つ返事で承諾したわ。」
しずく「それです!!!!」ガタッ
果林「ど、どうしたのよいきなり……」
しずく「ヘアードネーションって特定の人に髪を送ることもできるんですか?」
果林「ええ。一人分じゃ髪が長くないとウィッグを上手く作れないらしいけど、そこは他の髪で補填したりしてくれるみたい。頭のサイズさえ分かればオーダーメイドも可能って話だったはずよ。」
しずく「分かりました!果林さん、情報ありがとうございます!!」 果林「ええ。それにしても……」
果林「しずくちゃんのロングヘアーを切るのは勿体ない気がするけど……」
しずく「いいんです。定期公演でロミオをするので男役にはショートヘアーで丁度いいくらいです。」
しずく「それに……」
私の髪で喜んでくれるあの人の顔を浮かべたら、それもいいかなって……
言いませんけどね。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 一週間ほど、忙しくなると彼方さんに連絡して、ショートヘアーを隠すことにした。
同好会のメンバーも凄く驚いていたけど、ショートヘアーも似合うと褒めてくれた。
侑先輩やせつ菜さんに至っては撮影会を始めたくらいだったので好評だったと思っておこう。
今日はショートヘアーのお披露目とプレゼントを渡す日。
久しぶりに彼方さんに会える気持ちとサプライズで驚く彼方さんを思い浮かべ、スキップしてしまいそうになりながら、病院に向かった。 コンコンッ
彼方「どうぞ……」
ガラッ
しずく「彼方さん、お久しぶりで……」
彼方さんの様子が少し変わっていた。
点滴や管の数が増えていた。
少し痩せていたように前も見えていたが更に痩せてしんどそうに見えた。
彼方「ごめんね……しずくちゃん……ちょっと起きるのも今しんどいや……」
弱々しく話す彼方さんの姿を見ているのも辛くなってしまった。 彼方「ねえ……しずくちゃん……ショートヘアーにしちゃったの?」
しずく「はい!似合いますか?」
彼方「うん。どんな髪型でもしずくちゃんは可愛いよ……」
その言葉が舞い上がってしまうくらいに嬉しいのに目の前の現実があまりにも重過ぎてどうすればいいのか分からない。
どうしよう……
そうだ、プレゼント。
プレゼントを渡して気持ちの整理をつけてから今日は一旦帰ろう。
そう考えることにした。 しずく「そういえば、彼方さんにプレゼントがあるんですよ!!」
彼方「そうなの……?嬉しいなあ……」
私は私の髪で作られたウィッグを取り出した。
しずく「これ、私の髪で作ってもらったウィッグなんです!彼方さんに喜んで欲しくて……」
彼方さんは目を逸らした。
しずく「どうしたんですか?」
彼方「ねえ、しずくちゃん。」
彼方「それを作るためにまさか髪を切ったの?」 しずく「そう……ですけど?」
そう言うと彼方さんは泣きながらこう言った。
彼方「どうして……どうしてなの……しずくちゃんの長い髪を切った理由が彼方ちゃんなの?」
彼方「私はもう永くないのに……可愛いしずくちゃんの髪まで奪っちゃうの……」
彼方「こんなのじゃ、彼方ちゃんが生きてるだけでお荷物だよ……」
しずく「そん……な……」
絶句した。
まさかこんなことを言われるなんて…… しずく「そう……ですけど?」
そう言うと彼方さんは泣きながらこう言った。
彼方「どうして……どうしてなの……しずくちゃんの長い髪を切った理由が彼方ちゃんなの?」
彼方「私はもう永くないのに……可愛いしずくちゃんの髪まで奪っちゃうの……」
彼方「こんなのじゃ、彼方ちゃんが生きてるだけでお荷物だよ……」
しずく「そん……な……」
絶句した。
まさかこんなことを言われるなんて…… しずく「って、永くないとか何を言ってるんですか?治療が辛いとは言え、治る病気なのにもう死んじゃうみたいな言い方をするのは縁起でも無いですよ。」
彼方「彼方ちゃんが知らないとでも思ってるの?」
彼方「なんでずっと治療をしているの?」
彼方「手術も抗がん剤治療もずっと頑張ってきた。治るって信じてたから。でも……」
彼方「もう疲れちゃったよ……しずくちゃん……」
私と一週間会わない間にこんなことになっているなんて……
彼方「帰ってよ……今しずくちゃんの顔も見たくない……」
しずく「私は……」 パシーン
驚いていて横を向くと彼方さんのお母さんがいた。
彼方の母「可愛い後輩があなたのために作ってくれたウィッグ。それをなんで嬉しいって受け取ってあげられないの?」
彼方「だって……」
彼方の母「生きたくないなら生きなくてもいいよ。あなたが辛いならそれも一つの選択。」
彼方の母「でもね……」
彼方の母「こんなにあなたを好きな人がいっぱいいるってことだけは絶対に忘れないで。」 彼方「お母さん……」
彼方の母「しずくちゃん、ウィッグをわざわざありがとう。娘に代わって私がお礼を言わせてもらうわ。」
しずく「い、いえ、そんな……」
彼方の母「これからも彼方と仲良くしてあげて……今日はありがとう……」
そう言って彼方さんのお母さんは帰っていった。
しずく「……」
彼方「……」
二人「あの……」
しずく「彼方さんからどうぞ。」
彼方「しずくちゃんからどうぞ。」
こういう時は彼方さんは絶対に譲らない。 しずく「じゃあ私から。」
しずく「今日は帰ります。でも私は髪を切ったこと後悔してませんよ。」
しずく「髪色は少し違いますが、これを被ったら姉妹みたいに見えちゃうかもですね。それじゃあまた……」
そう言って帰ろうとした。
彼方「待って!!」
しずく「彼方さん……?」
彼方「ホントにごめんね。彼方ちゃん、自分だけが辛いと思ってた。」
彼方「でもね。そんな訳ない……お見舞いに来てくれるしずくちゃん、皆。辛いに決まってるよね……そんなの分かってたはずなのに。」
彼方「ウィッグ。すっごく嬉しかったのにしずくちゃんに当たっちゃったのはホントに情けないよね。」 しずく「情けなくても……いいんですよ……」
しずく「いつも彼方さんはやる時はやる、カッコイイ人じゃないですか。たまには弱くてもいいんですよ。」
彼方「しずくちゃん……」
しずく「だから、また来ますね。」
彼方「しずくちゃん、今日はありがとう。このウィッグは絶対に大切にする。それと……」
彼方「醜くても絶対に生きるよ。生きてしずくちゃんの舞台を見る。それを生きる理由にして明日からまた頑張ってみる。」
しずく「彼方さん……」
彼方「彼方ちゃんのワガママ……聞いてくれるのはしずくちゃんしかいないから。」
彼方「いつもありがとう。」
そう言って彼方さんは私の手を握った。
少し力の弱いその手は。
柔らかくて大きくて暖かくて……
彼方さんを近くに感じた。 支部の方を読んできて満足してたんだけど結末が違うのか
楽しみにしてるよ 12月16日。
今日は彼方さんの誕生日。
今日は病院に行くことを彼方さんに伝えていない。
びっくりするかなあ……
11月のウィッグ事件をきっかけに私達二人は更にいろいろなことを話すようになった。
彼方さんの不安を少しでも取り除けるように。
私が贈ったウィッグは本人や周りの人からも好評らしくいつも被りながら、嬉しそうにしていてくれる。
その顔が見たかったんですよ。 でも……
病状は相変わらず厳しくて。
どの治療も決定的な効果を得られないまま、時間だけが過ぎていく。
彼方「彼方ちゃん、ちょっと痩せ過ぎちゃったかな〜。」
と笑う彼女を見ると私はなんて言葉をかけていいか分からなくなってしまった。
でも一つだけ決めたことがあった。
彼方さんが病気から逃げない限り、私も逃げちゃダメだって。
何があっても絶対に諦めないって。 コンコンッ
彼方「どうぞ〜。」
しずく「こんばんは、彼方さん。」
彼方「しずくちゃん……!?こんな時間に連絡も無く来てくれるなんて……嬉しいねぇ……」
しずく「なんだか、おばあちゃんみたいなこと言ってますよ……」
彼方「まだまだピチピチの女子高生におばあちゃんは酷いよ〜。」
そう言って彼方さんはむくれたような顔を見せる。 しずく「それはすみません。でも私の方がピチピチですよ。」
彼方「むむっ、2年の歳月は大きいのだ……」
しずく「ところで彼方さん。」
彼方「どうしたんだい?」
しずく「今日は18歳のお誕生日おめでとうございます!!」
彼方「ありがとう……嬉しいよ……」
しずく「そこで、私からプレゼントがあるんですよ!!」
彼方「プレゼントか〜。何かな?」
しずく「ジャーン!!」 彼方「これは……花束?このピンク色のお花はなんていうお花なの?」
しずく「これはガーベラの花です。」
しずく「花言葉は"希望"、"前進"。今の彼方さんにピッタリかなと思いました。」
彼方「ありがとう。嬉しいなあ……」
しずく「ふふっ、プレゼントはそれだけじゃないんですよ。」
彼方「え?」
しずく「さあ、彼方さん。この車椅子に乗ってください。」
彼方「ちょっと待って。勝手に動いちゃさすがに怒られちゃうよ……」
しずく「外出の許可はもう承認済みですよ!」
彼方「手回しが良過ぎる……」
しずく「さあ行きましょう……寒いので私のコートを着てください。」
そう言って私は彼方さんとあの場所に向かった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 満月の夜。
彼女に連れられてやって来たのは思い出の場所だった。
彼方「ここは……夏祭りの屋上だね。」
しずく「はい。彼方さん、寒くないですか?」
彼方「うん。コートからしずくちゃんの温もりがしてむしろ暖かいくらいだよ。」
しずく「そうですか……」
彼方「それで、見せたいものって?」
しずく「それは……」
しずく「私のステージを見て欲しいんです。」
彼方「しずくちゃんのステージ……」 しずく「彼方さんが知らない私の物語をお見せ致しましょう。」
そう言ってしずくちゃんは一冊の台本を取り出した。
しずく「辺りは真っ暗で。」
しずく「何も見えなかった。」
しずく「とても怖かったけど。」
しずく「ここにいることの方が怖くて。」
しずく「ただただ 歩いた。」
しずく「遠くにぼんやりと見えた光。」
しずく「それはたった一つの希望だった。」
しずく「勇気を出して進んだから」
しずく「巡り合った二つのストーリー。」
彼女の物語が始まった。 しずく「きっと一緒ならどんな結末でも……」
しずく「ハッピーエンドに変わる……」
圧巻の一言だった。
しずく「彼方さん、どうでしたか?」
彼方「うん……良かった……よ……」
しずく「あれ?もしかして泣いてるんですか?」
ニヤニヤしながらこっちを覗き込んでいる。
彼方「泣いてなんか……」
嘘である。
涙が止まらないや。 しずく「ねえ、彼方さん。」
しずく「いつかまた彼方さんのステージも見せてくれませんか?」
彼方「彼方ちゃんの……ステージ……?」
しずく「私、彼方さんの歌が好きなんです……だから……」
しずく「いつか招待してくださいよ。」
私がステージに立てる日。
そんな日が……
しずく「さあ、病室に戻りましょうか。」
彼方「そうだね〜。」
彼方「……しずくちゃんにお願いがあるんだ。」
しずく「何ですか?」
彼方「いつになるか分からないけど。」
彼方「もし私が死んだらさ。」
彼方「今日みたいな綺麗な月と星が見えるような所に埋めてくれないかな?」
しずく「……縁起でも無いこと言わないでくださいよ。」
彼方「そうだね。当分先の話だろうけど……」 しずく「そんなことよりも定期公演。絶対見に来てくださいね。」
彼方「うん、楽しみにしてる。」
しずく「カッコイイ私を見れるのはなかなかレアかもしれませんから。彼方さんの分のチケットはもう予約済みです。」
彼方「嬉しいねえ……」
ありがとう。
その気持ちだけでも嬉しいや。
しずく「今日は……」
しずく「月が綺麗ですね……」
彼方「そうだねえ……」 ねえ、しずくちゃん。
君はどうしてそんなに前を向いていられるの?
その強さが私は欲しかった。
でもね、私は弱いから。
こんなに優しい彼女にすぐに甘えちゃう。
好きだよ、しずくちゃん。
でも絶対に言わない、言える訳がない。
君の想いにも答えられない。
この病気が無かったら、その手を取って一緒に歩けたのかな……
しずくちゃん。
私は。
死んでもかまわないや。
って君に答えかったよ。
こうして私は彼女の前から姿を消した。 彼方さんがいなくなった。
彼方さんの誕生日の2日後、いつものように彼方さんの病室を訪れると、そこはもぬけの殻だった。
急いで彼方さんに連絡しようとすると、LEINはUnknownの表示になっていた。
困った私は遥さんに連絡すると、驚きの返信が来た。 haru:しずくちゃん、ごめんね。お姉ちゃんの手術を海外でやるって話が前からあって……
しずく:そんなの……聞いてない。
haru:今まで怖くて踏ん切りが付かなかったけど、受けてみようと思ったんだってお姉ちゃんは言ってた。
haru:たぶんしずくちゃんのおかげだと思うよ。ありがとう。
しずく:でも……どうして一言言ってくれ無かったんですか……
haru:お姉ちゃんがしずくちゃんの顔を見たら行く決心が揺らいじゃうかもしれないって。
haru:ごめんね……
しずく:いえ……
ショックだった。
海外での手術。成功率は一体…… そもそも海外で手術をしなければいけないなんてどうなっているのか全く分からない。
私に出来ること……
彼方『うん、楽しみにしてる。』
彼方さんとの約束。
こんな所で下を向いてる暇なんて……
無い。
こうして私は定期公演に向けてより一層の力を振り絞って練習に取り組んだ。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ そして話は冒頭に戻る。
彼方さんにもう会えない。
冗談も程々にして欲しい所だ。
でも……
『本当にごめんね、しずくちゃん。』
『誕生日プレゼントを貰ってからすぐに手術を受けようと思ったのはしずくちゃんのおかげだよ。』
『成功率が低くても……しずくちゃんと一緒に笑える未来が欲しかったんだ。』
『でも……』
『彼方ちゃん、欲張りだったのかなあ……』
そんなこと……無い。
『しずくちゃんがいてくれるだけで彼方ちゃんは元気が出たんだ。』
『しずくちゃんは魔法使いだったのかなあ。』 『本当は辛くて苦しくて、いつも泣いていた。私は弱いから……』
『しずくちゃんが大女優として羽ばたく姿を近くで見られないのは残念だけど、ずっと応援しています。』
『それと、定期公演の約束。守れなくてごめんね。しずくちゃんのロミオ、凄く楽しみにしてたのに。』
『しずくちゃん、私のことは忘れてどうか幸せになってください。』
『さようなら。』 こんなの……こんなのって……
こんな結末が彼方さんのハッピーエンドなの?
何か違和感がある。
思い出せ。
彼方さんと過ごした4ヶ月を。
そして、私は一つの予想に賭けてみることにした。
何の根拠も無い、ハッピーエンドに。
私は筆を走らせた。
『近江彼方さんへ』 『近江彼方さんへ』
そう書かれた手紙を受け取ったのは2月のある日だった。
遥「お姉ちゃん、この手紙を読んで欲しい。」
そう言われて私は手紙の封を開けた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 私は嘘をついた。
もうしずくちゃんに会えない状態だと。
結論から言うと手術は成功した。
とある凄腕の先生の適切な処置で癌の原因は全て取り除かれた。
でも。
先生「彼方さん、君の病巣は全て取り除いた。でもね。」
先生「他の部位に転移しているかどうかは分からない。」
先生「もし、転移していたら次に発見した時には手遅れだろう。」
彼方「そう……ですか……」
先生「現時点では転移の経過は見られない。日常生活もリハビリをすれば徐々に送れる。」
先生「5年間。転移が見られなければ完治したと思って大丈夫だろう。」
先生「後は君の運次第だ。」
彼方「ありがとうございます……」
私の手術の成功を真っ先にしずくちゃんに伝えようとした。
でもね…… 先生『もし、他の部位に転移していたら次に発見した時には手遅れだろう。』
そんな状態でしずくちゃんには。
会えない。
もし、しずくちゃんと日常を過ごしている時にまた倒れたら。
また迷惑をかけてしまう。
それならば……
私がいなくなったということでしずくちゃん二幸せになって貰えばいい。
念の為に書いていたしずくちゃん宛の遺書を遥ちゃんに渡して貰った。
嫌な役目をさせてごめんね、遥ちゃん。 私はあの遺書に"死んだ"とは一言も書いていない。
なぜなら、"死んだ"と書いたら、本当に死んじゃう気がしたから。
臆病な自分を鼓舞するため。
でもどうしてしずくちゃんは私に手紙を?
もう会えないということはそういうことだとしずくちゃんなら分かったはず。
兎にも角にも手紙を読む必要があった。 『近江彼方さんへ』
『お手紙ありがとうございました。』
『返信は……書けないでしょうから。せめて遥さんから彼方さんに届いていることを祈っています。』
『彼方さん、私は凄く楽しかったんです。』
『彼方さんと一緒にいることが。』
『もっと迷惑をかけて欲しかった。』
『こんなこと……直接言えば良かったですよね……』 『私に何も言わずに行っちゃった彼方さんのせいですよ!』
『正直私は彼方さんがいなくなったことがまだ信じられません。』
『だから。』
『あの時の約束のチケットを2枚入れておきます。』
『遥さんと見に来てください。』
『見に来てくれなくてもどこかで見てくれてると私は信じています。』
『彼方さん。』
『素敵な思い出をありがとう。』
手紙はそう締められていた。
どうして…… 遥「お姉ちゃん。」
彼方「……」
遥「見に行ってあげて。」
彼方「近江彼方は……死んじゃったんだよ。」
遥「そんなの!!」
彼方「会わない方がいい。その方がしずくちゃんは幸せに過ごせるよ。」
遥「誰が決めたの?そんなこと。」
彼方「それは……」
遥「お願いだからしずくちゃんの舞台を見てあげて。」 遥「しずくちゃんと会わなくてもいい。」
遥「でも……約束だけは守ってあげて。」
遥「見たいんでしょ?しずくちゃんの舞台を。」
彼方「そんなの見たく……」
見たい。
しずくちゃんの演技を。
もう一度だけ……
遥「ほら……私も着いていってあげるから。」
私は……
本当に弱いなあ…… 3月16日。本番当日。
台本もバッチリ。準備は完璧。
それでも今日は。
私にとって特別な舞台。
開演の幕が上がる。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 彼方「ごめんね、遥ちゃん。車椅子押してもらって。」
遥「いいんだよ、お姉ちゃんリハビリ中なんだし。」
出来た妹だ、本当に。
彼方「ここが……今日のしずくちゃんの舞台。」
遥「大きいね……」
チケットは後ろの方の席だった。
偶然にも車椅子が出やすいようなスペースの席になっていた。
遥「開演まであと10分……楽しみだね……」
彼方「うん……なんだか緊張してきちゃったよ〜。」
??「その声は……彼方ちゃん……?」 彼方「その癒しボイスはまさか……」
彼方「エマちゃん……?」
エマ「大正解〜。しずくちゃんの予想通りだね。」
彼方「えっ……?」
エマ「しずくちゃん言ってたんだ。『彼方さんはこの手紙で一言も"死んだ"とは言ってない。だから……ひょっこりと見に来てくれるんじゃないか。』って。」
バレてる。
エマ「それで、彼方ちゃん……どうしてそんな嘘ついたのかな?返答次第では私も鬼になっちゃうよ!!」
エマちゃんが見たことないような顔で怒っている。 彼方「実は……」
これまでのことをエマちゃんに隠さずに正直に話した。
エマ「なるほどね……でも、めっ!!」
デコピンをされた。痛い。
エマ「嘘をつかれて悲しんだのはしずくちゃんだよ。しずくちゃんの気持ちも考えてあげて。」
彼方「でも……」
エマ「しずくちゃんの答えが。この舞台にあるはずだから。」
開演のベルが鳴り響く。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 舞台は14世紀の北イタリアの都市、ヴェローナ。
モンタギュー家とキャピュレット家という二つの名家は血で血を洗う抗争を繰り返していた。
そんな両家に生まれたロミオとジュリエットは禁断の恋に落ちていった。
ジュリエット役「ああ、ロミオ様、ロミオ様。なぜあなたはロミオ様でいらっしゃいますの?お父様と縁を切り、家名をお捨てになって。もしそれがお嫌なら、せめて私を愛すると、お誓いになってくださいまし。私はこの場限りでキャピュレットの名を捨ててみせますわ。」
しずく「黙って、もっと聞いていようか、それとも声を掛けたものか?」 ジュリエット役「私にとって敵なのはあなたの名前だけ。たとえモンタギュー家の人でいらっしゃらなくてもあなたはあなたのままよ。モンタギュー、それがどうしたと言うの?」
ジュリエット役「ロミオ様という名前でなくなっても、あの神のごときお姿はそのままでいらっしゃるはずよ。ロミオ様、その名前をお捨てになって。その名前の代わりに私の全てをお受け取りになっていただきたいの。」
しずく「お言葉通りに頂戴いたしましょう。ただ一言。僕を恋人と呼んでください。さすれば生まれ変わったも同然。今日からもう、ロミオでは無くなります。」
しずく「ジュリエット、神に誓って私はずっとあなたを愛すと誓おう。だから……」
しずく「私と結婚してくれないか。」
ジュリエット役「私も愛していますわ、ロミオ様。」
月明かりの照らす夜、バルコニーの上のジュリエットとロミオは結婚を誓い合った。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 前半が終わり、暫くの休憩があった。
彼方「凄い……これがしずくちゃん……なの……」
エマ「スクールアイドルの時とまた違う迫力があるね……」
この後、確かロミオがヴェローナの街から追放されて、ジュリエットが仮死の薬を飲むんだったっけ?
それを見たロミオが勘違いして自殺。
目覚めた時に死んだロミオを見たジュリエットはショックで自殺したという悲しい恋の物語。
それがロミオとジュリエット。
しずくちゃんが嬉しそうに物語を語っていたことを思い出す。 エマ「彼方ちゃん、楽しそうだね。」
彼方「うん、こんなに楽しい気持ちになったのは……」
しずくちゃんと話していた時以来だろうか。
エマ「さあ、後半もそろそろ始まるよ。」
彼方「うん。」
しずくちゃんの答え。
開演前にエマちゃんの言っていた意味がまだ分からないまま、二人の物語は後半に差し掛かっていく。 ジュリエットを庇い、ロミオは殺人に手を染めてしまう。
ロミオはヴェローナの街から追放となってしまった。
ジュリエットは別の貴族との結婚を決められるが、ロミオがいるために頑なに拒む。
そこでジュリエットはロレンス上人に仮死の薬を貰い、仮死になって葬られたふりをし、目覚めた時にロミオに連れ去ってもらうという計画を立てる。
しかし、その計画はロミオに上手く伝わらず、仮死状態のジュリエットにロミオは対面した。 しずく「ああ……ジュリエット、ジュリエット……」
しずく「やっと会えた。ねえ、ジュリエット。二人はずっと一緒だって言ったじゃないか。」
しずく「こんなに凍りついて。お願いだ、もう一度僕の名前を読んでくれないか。」
しずく「こんなにこの世で上手くいかないのならば、啀み合いのない世界で僕達いつまでも一緒に暮らそう。」
しずく「今、君の元に行くよジュリエット。」
そう言ってロミオは毒薬を取り出した。
しずく「地上で最後のキスだ、お休み、ジュリエット。」
そう言ってロミオを口付けを交わし、毒薬を飲もうとした。
しかし…… しずく「ダメだ。」
しずく「私が死んだら、ジュリエットの美しさ、優しさ、気高さ、全てを誰が伝えるのか。」
しずく「私はモンタギュー家のロミオ……」
しずく「いや、彼女の恋人だ。」
しずく「彼女の生きた証を残すために今は死ぬわけには行かない。」
そう言ってロミオは持っていた毒薬を投げ捨てた。 ジュリエット役「おはよう、ロミオ。」
しずく「ジュリ……エット……?」
ジュリエット役「やっぱりあなたが私を起こしてくれたのね。」
しずく「ジュリエット……君にもう一度会えるなんて……」
ジュリエット役「たとえ、この世の全員が敵でも。私はこの世であなたと一緒になりたい。それではだめですか?」
ジュリエット役「私は一度死んだ身。もうキャピュレット家のジュリエットではない。」 しずく「私もモンタギュー家のロミオではない。」
しずく「最初から分かっていたはずだったのに。君を愛している、ただそれだけで良かったんだ。」
しずく「私達の物語の結末は誰のものでも無い。私達自身が決める。」
しずく「私はあなたをずっと……」
しずく「愛しております……」
そう言ってしずくちゃんは見えるはずの無いこちらの方を向いてそう言った。
こうして二人は別の街で静かに幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
万雷の拍手が会場を包んだ。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ エマ「さて、彼方ちゃん。」
エマ「逃げ場は無いよ。」
幕を閉じ、静かな会場で凄みを効かせた声でエマちゃんがそう言う。
遥「ここまで来てしずくちゃんに会わずに帰るなら姉妹の縁を切るからね。」
遥ちゃんまで味方じゃないの!?
彼方「そんな〜。」
今更しずくちゃんになんて顔して会えばいいのか。
全く分からなかった。
そうしているうちにしずくちゃんがやって来た。 しずく「……」
彼方「……」
しずく「彼方さん……本当に生きていたんですね……」
彼方「しずくちゃんは彼方ちゃんのこと全部お見通しだったんだね。」
しずく「いえ、私も確信は持てませんでした。あまりにも想像が突飛過ぎて。」
しずく「でも……なんだか違和感があって。」
しずく「彼方さん、あの時に言ってたじゃないですか。」 しずく「『私が死んだら、綺麗な月と星が見える場所に埋めて欲しい。』って。」
彼方「そうだったね……」
しずく「それなのに埋めて欲しいなんて一言も書いてなかった。まるで彼方さんが死んでいないかのように。」
しずく「彼方さん。あなたは私のことをどう思っているんですか?」
しずく「ただの……後輩ですか?」
ただの後輩。
というにはあまりにも。 彼方「……違うよ。」
しずく「あの時の返事、聞かせてもらってもいいですか?」
彼方「私、癌が転移してたらいつ倒れるか分からないよ。」
しずく「構いません。」
彼方「いつしずくちゃんの前からいなくなるか分からないよ。」
しずく「地の果てまで探しに行きますよ。」
彼方「私が死んじゃったら……」
しずく「死なないですよ。」
彼方「どうして……」 しずく「今日の舞台と一緒です。」
しずく「自分の物語は自分で結末を選ぶんですよ。」
しずく「病気が何ですか、そんなもの全部吹っ飛ばしてやる。」
彼方「ふふっ……」
思わず笑ってしまった。
しずく「なんで笑うんですか!!いい所なのに!!」
彼方「ごめんごめん。つい。」
しずく「全く彼方さんは……」
そう言っている間に呼吸を整える。
彼方「長い間言い出せなくてごめんね。」 彼方「私、死んでもかまわないよ。」
彼方「それが私の答え。」
しずく「彼方……さん……」
彼方「これからも想いは変わらないよ。」
しずく「私も愛しています。」
しずく「僕のジュリエット……」
そう言って彼女は悪戯っぽく笑った。 そして8月。
私達は去年のリベンジをすることになっていた。
去年、彼方さんが倒れて夏祭りに行けなかったので今年は一緒に行く。
それが私と彼方さんとの約束だった。
去年と同じ水色の浴衣を着て私は待ち合わせ場所に急いでいた。
彼方さん……また褒めてくれるかな?
ちょっと浮かれたりして。 そんなこんなで待ち合わせ場所の近くまで来た。
彼方さんは……いた。
菫色を基調とした浴衣。
可愛いというよりも色っぽい。
と思うような大人っぽさを滲ませていた。
まあ私より実際、2歳も歳上なんだけど。 彼方「おやおや、しずくちゃん。」
しずく「待ちました?」
彼方「全然待ってないけど……待ち合わせ時間のまだ20分前だよ?」
しずく「そういう彼方さんだって早めに来てたくせに……」
彼方「彼方ちゃんはしずくちゃんが早めに来ると思ってだね……」
こういうたわいもない話をできる。
去年では考えられなかった。
あの時は死の影が少し見え隠れした状態の中、二人で言葉を交わしていたから。 こんなに幸せでいいのだろうか。
彼方「じゃあ、行こうか……」
しずく「はい。」
彼方「んっ……」
しずく「何ですか?」
彼方「だから……」
そう言って彼方さんは私に手を差し出した。
彼方「はぐれちゃうといけないから手を繋ぎませんか?ってことだよ。」
しずく「子供扱い……してます?」
彼方「失礼な。立派なレディーであるしずくちゃんにそんなことはしないよ〜。」
しずく「分かりましたよ……じゃあ……」
そのときだった。 キキーッ
目の前での激しい音と共に……
私は咄嗟に……
彼方さんを歩道側に突き飛ばし……
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 彼方「しず……しず……ちゃん……」
かな……た……さん?
彼方「しっかりして……しずくちゃん……」
しずく「かな……さん……けが……は……な……ですか……」
彼方「彼方ちゃんは大丈夫だけど、しずくちゃんが!!!!」
彼方「早く!!救急車……!!!!」 これは……だ……めだ……
みえ……ない……もん……
かな……た……さ……ん
の……ことが……
しずく「かな……さん……」
彼方「しずくちゃん……もう喋らないで……」
しずく「かな……さんはげん……で……いて……」
しずく「ごめ…………ね……」
彼方「しずくちゃん!!!!!!!」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 彼方「先生、しずくちゃんは……」
先生「幸いにも一命は取り留めました。」
彼方「良かった……」
先生「でも……頭を強く打ったことと血が出過ぎたせいで、何らかの後遺症が残るかもしれない。」
彼方「そんな……」
先生「それどころか……意識を取り戻すかどうかも……」
私は目の前が真っ暗になった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ しずくちゃんがいない世界。
考えたことも無かった。
ずるいよね、私がいない世界は考えたことがある癖に。
しずくちゃんもこんなに寂しかったのかな。
バチが当たったんだ、きっと。
交差点での正面衝突事故。
その正面衝突した車2台に当たった車がこっちに跳ね返ってきた。
私の……せいだ…… 集合時間をあと30分遅くしていれば……
手を繋ごうとしていなければ……
眠るしずくちゃんの隣で私は何ができるの……
彼方「ねえ……起きてよ……また笑って話を聞かせてよ……」
こんな結末って……
お願い、しずくちゃん。
私に教えてよ。
しずく『私達の物語の結末は誰のものでも無い。私達自身が決める。』
そうだ。
しずくちゃんがいたから私の物語は変わった。
でもね、しずくちゃんが隣にいないと私の物語はハッピーエンドじゃないんだ。
だから……
待ってるよ。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 5年後……
エマ「しずくちゃん、おはよう。」
エマ「しずくちゃんが眠ってからもう5年も経つんだね……」
エマ「みんなそれぞれに活躍してるよ……」
エマ「歩夢ちゃんと侑ちゃんは結婚して二人でお花屋さんを経営、かすみちゃんはラブライブ!の審査員や後輩の指導。果林ちゃんはモデルとして復帰したんだ。」
エマ「愛ちゃんは実家のもんじゃ屋さんを継いで、せつ菜ちゃんは人気ラノベ作家。璃奈ちゃんは大学の研究室で研究中。私は保育園の先生になったよ。」
エマ「中でも凄いのはやっぱり……」 ニュース「ニュースをお伝えします。」
ニュース「昨日、日本武道館で人気シンガーソングライターのKanata Konoeのワンマンライブが行われました。」
ニュース「1.5万人の超満員のお客さんを魅了する彼女の歌声をカメラが捕らえました!」
エマ「彼方ちゃん、シンガーソングライターになったんだよ。『しずくちゃんが私の歌を好きだって言ってくれたから。頑張る。』って。」
彼方『この歌は大好きな人に捧げる歌。私の原点です。』
彼方『どこかでこの歌を聞いていますように。』
彼方『私だけのMärchen Star……』
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ ここはどこ……
辺りは真っ暗で。
何も見えなかった。
とても怖かったけど。
ただただ 歩いた。
すると、歌が聞こえた。
私の大好きな歌声。
声のする方に向かって歩くと。
遠くにぼんやり見えた光。
それはたった一つの希望だった。
勇気を出して進んだから。
巡り合った……
二つのストーリー……
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ しずく「かな……た……さん?」
エマ「しずく……ちゃん……!!」
しずく「エマ……さん……ですよね?」
エマ「うん、正真正銘。エマ・ヴェルデだよ……」
しずく「私の記憶よりもずっとお姉さんになっていて納得行きません。」
エマ「そんなこと言わずに……って、しずくちゃん!!テレビ見て!!」
しずく「テレビ?」
そこに映っていたのは。 しずく「彼方……さん……」
ひと目で分かった。
随分大人っぽくなって、綺麗な女性になっていて。
エマ「彼方ちゃん、今はシンガーソングライターとして活動してるんだ。」
エマ「『しずくちゃんの治療費も私が稼ぎますから、心配いりません。』ってしずくちゃんのご両親に言ってたみたい。」
暖かくて優しい歌声。
彼女のステージを。
ずっと見たかったんだ。 しずく「エマさん、肩を貸してくれませんか?」
エマ「いきなり動いちゃダメだよ!しずくちゃん!」
しずく「今すぐに会いたいんです。」
しずく「彼方さんに。」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ しずく「すみません。タクシーまで呼んで貰っちゃって。」
エマ「これでも社会人なんだから。私に任せて!!」
しずく「ありがとうございます……」
エマ「ねえ、しずくちゃん。病室に飾られていたお花見た?」
しずく「はい。確か紫色のお花だった気が……」
エマ「私も気になって何の花か歩夢ちゃんにきいたことがあったんだ。」
エマ「ずっと彼方ちゃんが持ってきていたお花だったから。」 歩夢『そのお花はね、桔梗の花だよ。』
エマ「ちなみに花言葉はどんなのがあるの?」
歩夢『えっとね……桔梗の花言葉は……』
歩夢『"清楚"、"誠実"、そしてもう一つ。』 エマ「彼方ちゃんは今でも……」
彼方さん……
ずっとあなたは待っていてくれたんですか?
エマ「さあ、着いたよ。ここが彼方ちゃんのお家だよ。」
しずく「売れっ子シンガーソングライターにしては普通の家って感じですね。」
エマ「テレビの取材でも言ってたけど、欲しいものが無いんだって。でも一軒家だけはどうしても欲しかったって。」
しずく「どうしてですか?」
エマ「それは彼方ちゃん本人に聞いてみればいいんじゃないかな?」
エマさんが悪戯っぽく笑う。 インターホンの前で立ち竦む私。
押そうとして押せずに時間だけが過ぎていく。
頑張れ私!!
\ピンポーン/
ついに押しちゃった……
彼方「はい、どなたですか〜?」
しずく「お届け物でーす!印鑑お願いできますか?」
彼方「了解でーす!」
ガチャッ
エマ「何ベタなことしてるの!しずくちゃん!」
しずく「だってだって、つい……」 ポロッ
彼方「しずく………ちゃん……」
律儀に持ってきた印鑑を落としてた彼方さん……
相変わらずサプライズに弱いなあ……
しずく「えっと……えっと……」
話したいことがいっぱいあるのに……
言葉にならない…… しずく「その……」
彼方「おかえり、しずくちゃん。」
そう言って彼方さんは近づいてきて。
抱き締められてしまった。
彼方「ずっと……ずっと……待ってたんだから……」
しずく「あの時と立場がすっかり逆になっちゃいましたね……」
彼方「私ね、しずくちゃんが目を覚まさないなら、いっそ……って思ったこともあったよ。」
彼方「でもその度に思い出した。」
彼方「しずくちゃんから貰った沢山の思い出、プレゼント。」
彼方「全部全部無かったことになんて出来ないんだよ……」
彼方「だから……しずくちゃんが好きだって言ってくれた私の歌を。ずっと歌って待ってた。」
彼方「どこかでしずくちゃんが聞いてくれてるんじゃないかって。」
しずく「聞こえましたよ、はっきりと。」 しずく「彼方さんが歌っていなかったら私はずっと目を覚まさなかったかもしれない。」
彼方「それなら歌っていて良かったよ……」
しずく「ねえ彼方さん、あの曲って私のために作った曲なんですか?」
彼方「どの曲のことかな?」
しずく「め、め、メルヘンなんとかって曲です!!」
彼方「Märchen Starだね!!」
しずく「それです!!」 彼方「この曲はしずくちゃんが眠ってから初めて自分で作った曲なんだ。」
彼方「しずくちゃんのやがてひとつの物語と対になるようにって。」
彼方「1人じゃ描けない 素敵なお話 」
彼方「続くよ 続けよう もっと もっと!!!」
彼方「この歌をいつかしずくちゃんと歌える日が来たらいいなって思いながら書いてた。」
しずく「彼方さん……」
しずく「もう少しだけ……待っていて貰えませんか?」
彼方「え?」
しずく「私は5年も眠っていて。彼方さんの隣に立つには釣り合ってないんです。」
しずく「だから……私があなたに追いつくまで……」 彼方「待てるわけないじゃん。」
彼方「隣に立つには釣り合ってない?誰がそんなの決めたの?」
彼方「『私達の物語の結末は誰のものでも無い。私達自身が決める。』あの日、カッコよくそう言ったのは誰だったっけ?」
彼方「私のハッピーエンドにはしずくちゃんが今すぐ必要なの。」
彼方「だから……」 彼方「今日は月が綺麗だね、しずくちゃん。」
満面の笑みで彼方さんはそう言った。
しずく「まだ夕方ですよ、彼方さん……」
そんな軽口を叩きながらも。 しずく「私、死んでも構わないや。」
一緒ならどんな結末でも。
ハッピーエンドに変わる。
それが私達の……
ひとつの物語。 これにて終わりです。
読んでいただきありがとうございました。 支部のもこれも凄く良かった
次作も楽しみにしてます ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています