彼方「快晴」
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・かなかり(彼方×果林)
・地の文
・梅雨
よろしければ ─────
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─
そんなこんなで、楽しみにしていた今日のデート。
果林ちゃんは、モデルさんよろしくまず彼方ちゃんのコーデをチェックしてから、それに合うアクセサリーを選んでくれるらしい。
そのためにショッピングモールに向かう途中で、こんなことを言った。
「夏を先取りするデート。今日はね、私なりにこれをテーマに予定を組んでみたのよ」 だからって、ブレスレットを選んだあと、すぐさま水着を見に行くことはないと思ったけど。
案の定まだ売られてすらなかったし。
まあ、ちょっとがっかりしてる果林ちゃんが可愛かったから、いっか。
そのあとは、帽子とかワンピースとか、もう一回アクセに戻ってイヤリングとかネックレスとか。
時間潰しのウインドウショッピングをしばらく続けて。
共通科目は……うん……だけど、選択科目は頑張ってる果林ちゃんだったから、ファッションについて色々聞けて面白かった。 ……ここだけの話、本当に彼方ちゃんの好みに合わせたものを選んでくれるから、お財布の紐が緩むのを我慢するのが大変でした。
12時を過ぎたくらいで、果林ちゃんイチオシのカフェでランチ。
栄養バランスの良さと美味しさを高いレベルで両立していて、果林ちゃんが気に入るのもわかる気がする。
こんな風なお料理が、私も作れるようになりたい。
あのサラダパスタとコンソメスープ、いつか再現したいなあ。 ……問題はここから。
お料理のお話。
美容健康のお話。
ファッションのお話。
スクールアイドルに家族に友達に転校前の学校に中学校に……。
いままでも話したことがある話題も多かったけど、とにかくお話に花が咲いて。
とっても長くお店にいちゃったせいで、そのあとの予定が狂っちゃったんだよね。 それまで余裕たっぷりだった果林ちゃんが時計を確認するなり急に慌てだして。
道を間違えては戻って。
歩いて。迷って……。
カフェまで戻って……。
歩いて。
走って。
走って、走って……。
─
───
───── 「ぜえ……はぁ……!絶対、ぜったい、彼方ちゃんがマップ見て案内するほうがよかった……!」
「あ、はは……ほんと、そうね……!」
ベンチに並んで二人、肩で息をする。
現時刻、午後3時。
大通りを走っていたはずがいつのまにやら路地に。
平坦なルートのはずだったのにいくつも坂を越えた。 そしてたどり着いたのは、小綺麗ではあるけど、ブランコとベンチがあるだけの小さな公園。
路地裏にぽつんとある公園なのに、周りにひとけがなくて、なんか現実感がない。
一人でここに来てたらちょっと怖かったかもしれないなあ。
走っていたときとは違う、じっとりとした汗をかきそう……。
もう引っ張られてはいないけど、まだ繋いだままの果林ちゃんの左手を、ちょっとだけ力をこめて握った。
……手、いつまで繋いでてもいいのかな。 「ふーっ……。あの、彼方。走らせちゃったのに、結局間に合わなくて、ごめんなさい……ていうかここ、どこ……?」
果林ちゃんのほうは、手のことは特に気にしてないみたい。
映画楽しみにしてたのに、とこぼしながら謝られる。
途中、道わかんないけどいいや!ってなっちゃって果林ちゃんと走るのを楽しんだ彼方ちゃんも相当よくないので、許すしかない。
「ううん、気にしな、はぁ……気にしないで。まあ、かなり疲れちゃったけど、これはこれで……」 「そういえば、彼方もいつからかノリノリだったわね」
「そ、それは……ごほん。えっと、果林ちゃん、このあとどうするの?」
無性に恥ずかしさがこみ上げてくる感じがして、ぱたぱたと左手で顔に風を送る。
「……そうねえ。予定では、映画見て、感想会やって、最後にプラネタリウムにと思ってたんだけど」
「おお、プラネタリウム!」
「あら、好感触みたいで嬉しい。時間的にはかなり早いし、そ、そもそも今どこにいるのかもわからないけど……もうちょっと休んだら行きましょうか?」 「りょうかーい。今度こそ、案内は彼方ちゃんがするから大丈夫だよ」
「え、ええ。かっこつかないけど、それはもう今さらね。お願いするわ」
はにかんでそう言うと、右手に、きゅっと握られる感触が続く。
……もう少しの間、繋いでてもいいんだ。
上がりそうになる口角と体温を誤魔化すために口を動かす。 「梅雨が明けて夏が来て、そうしたらまた……」
「え?」
「そしたらまた、今度は映画と、ほんとの星空を観に行こう?」
朝にプレゼントしてもらった青のブレスレットが、曇り空に一瞬射した太陽の光を受けて、きれいな輝きを放つ。
果林ちゃんは一拍置いて、くすり、と小さな笑顔を浮かべた。
「……あら。まだ今日のデートも終わってないのに、もう次のお誘いかしら?ふふ、なんだか──」
恋人みたいね、私たち。 おはようございます
たくさんレスと保守をありがとうございます。完結させたらちょっとだけ返事します
あと今回以降誤字脱字チェックが甘くなるので、なにかありましたらご容赦ください
ではまた あれから。
楽しかったデートから帰ってきて、それと同じくらいから雨が降りだした。
遥ちゃんが、デートどうだった!?ってすごく息巻いて聞いてきたけど、半分だけ笑顔を浮かべた生返事しか返せなかった。ごめんよ。
あれだけわくわくしていたプラネタリウムもぼんやりとしか覚えてない。
それに、今日は結局なんて言ってお別れしたんだっけ。
もう雨が降るから?
また明日学校で?
次は彼方ちゃんがエスコートするよ?
「……だめだあ」
魔法でもかけられたみたいに、ずうっと浮わついた気持ちで、なんだか記憶が曖昧だ。 魔法でもかけられたみたいに、ずうっと浮わついた気持ちで、なんだか記憶が曖昧だ。
理由は、わかってる。
だって、あそこまでははっきり覚えてるんだから。
──恋人みたいね、私たち。
お昼過ぎ、あの公園で果林ちゃんにかけられた言葉が、彼方ちゃんのなかをこだまする。
こだまっていうか、頭を、体を、心を、一直線に貫いて、また反射して何度も通り抜けてる。 「……はぁ」
ふかふかのベッドの上、もこもこの枕に頭を乗せて、ふわふわのぬいぐるみを抱き締める。
……わかってる。
さすがに、こんなに揺さぶられて、果林ちゃんのことばっかり考えてて……これが、たぶん、恋。
そうだってことはわかってるんだ。でも……。
「じゃあ、どうしたらいいんだろう……?」
そのまま、ごろんと寝返りをうつ。 あんまり動き回るのは上で寝てる遥ちゃんに悪いから、普段は気を付けてるんだけど、どうか許してほしい。
胸の真ん中にあったかい、まんまるいものが浮かんで、それが風船みたいに彼方ちゃんの体をひっぱり上げる感覚。
ごろん。
頭では飛んでいかないことくらいわかっているんだけど、この浮遊感に抗うようにベッドに体をうずめる。
ごろ、ごろり。 何度めかの寝返りで、ふとブレスレットが視界に入った。
昼間みたいに右手に着けてみる。
数グラムの重さだけど、錨に、お守りになってくれるといいな。
「……よりにもよって彼方ちゃんの睡眠を妨害するだなんて、果林ちゃん、ひどいぞ」
ベッドに戻ったら、右手首のきらきらに恨み言をぶつける。 左手でそれを握りしめて、目を閉じる。
雨が窓をぱたぱたと叩く音。
自分の心臓の鼓動。
腕の中のぬいぐるみの柔らかい感触と、反対に硬いブレスレットの感触に集中する。
反響していた果林ちゃんの声が、少しずつ、雨の音に混ざって、入り込んで、それで……。
─────
───
─ 気がつくと、ベッドじゃなくて、ふかふかの地面の上で寝転がっていた。
まだ覚醒しきってない頭の中に、はてなマークが浮かぶけど、とりあえず地面を触ってみる。
うん……「ふかふか」以外に感触があんまりわからないな。
たぶんここは。
「夢の中……」 彼方ちゃん、睡眠のプロですからわかっちゃうんです。
体を起こしながらそう呟くと、ひとつ瞬きをする間に世界が姿を変える。
鎖の錆びたブランコに、見覚えのある木やその陰にあるベンチ。
昨日の公園……かな?昨日とは違って雨が降ってるけど。
そう認識したせいなのか、服もパジャマじゃなくて昨日のデートで着ていた服に変わっていた。 公園全体をぐるっと見渡してみる。
やっぱり、ひとけがなくって不気味だ。
夢の中、何が起こったってなんともないってわかっているつもりでも、それでもどこか不安な気持ちがよぎる。
そして、昨日にはなかったものがベンチから木を挟んで反対側にあった。
それは、つい最近もどこかで見たような、鮮やかな紫の、6月の花。 「紫陽花……?なんで」
こんなところに、と呟きかけて息を止める。
降っている雨(そのまま体をすり抜けていくから、やっぱり夢だ)の音も聞こえないのに、耳が何か音を拾ったから。
なんだろ……?
『……して、……の?』
……うん、聞き間違いじゃない。
目を閉じて聴覚に集中する。 『……どうして、あんな反応をしちゃったの?』
音……いや、声の発信源は、さっき違和感があった紫の紫陽花だった。
しかも、声だと思って聴いてみたら……。
『ねーえ、彼方ちゃん。彼方ちゃんは、果林ちゃんにあんなこと言われてさ、どう思ったの?』
「わ、私の声と、おんなじ……?」
思わず、ごくりとつばを飲み込む。
こ、こんな奇妙な夢、睡眠マイスターの彼方ちゃんでも見たことないぞ……!? そんな風に戸惑うこっちをよそに、紫陽花の彼方ちゃん(?)はお話……質問を繰り返す。
口らしい口はないけど、どうやって声を出してるんでしょうか。
『この公園で、手をぎゅーっと握って恋人みたいねーって言われてさ。嬉しかったんじゃないの?それとも恥ずかしかった?』
「そ、そんなこと……」
『あ、やっとお返事してくれたー。ちなみに、しっかり自分の気持ちを固めなきゃ、この夢から覚めないからね』
「なんですとぉ……!?」
いつでもリラックス、マイペース系スクールアイドルの彼方ちゃんも、さすがにたじろいでしまう。
い、いよいよ前代未聞の夢だ……どこかで不思議な夢コンテストの懸賞とか応募してないかな……。 『あー……ごめん。夢が覚めない、っていうのは言いすぎちゃった。……でもね、彼方ちゃんが悩んでる限り、ずうっと同じ夢を見続けると思うよ』
「な、なるほど……?」
だから、そういう意味では夢から覚めないってことにもなるかな。
紫陽花の彼方ちゃんは、どこか無機質にそう語った。
夢のルールのことは一応わかったけど、悩み……?
『あ、この期に及んでとぼけるつもりか〜?さんざん寝るのに苦労してたでしょ。果林ちゃんとのことだってば』
「う……」
紫陽花の彼方ちゃんには、どうやら隠し事はできないみたいです。 『ほらほら。彼方ちゃんの質問に答えていくうちに、きっと気持ちの整理がつくよ』
どうする?と問いかけてくる。
どう、したらいいんだろう。
そもそも、どうしたいんだろう。
不確かなそれを明らかにするために……頼ってみても、いいのかな。
『大丈夫だよ。びっくりしてるかもしれないけど、ここは彼方ちゃんが大好きな、幸せな夢の中だよ』
……そっか。そうだ。
夢は、彼方ちゃんの味方だ。
「うん。お願い、します」
そうして夢の雨のなか、彼方ちゃんと、紫陽花の彼方ちゃんの、自問自答が幕を開けたのです。 ─
───
─────
思いの丈を言い終わって、大きく息を吐く。
「……うん。もう、大丈夫」
『そっか〜。……いやあ、まさか一晩で解決しちゃうなんて。同じ夢を見続けるとか、変なこと言う必要もなかったかなぁ』
「そんなこと……」
驚くのは彼方ちゃんのほうだ。
紫陽花の彼方ちゃんは毎回的確に質問を変えて、少しずつ彼方ちゃんの本音を引き出してくれた。 『おまけに、あまった時間で告白の練習台までさせられちゃうとは。彼方ちゃん、ちゃっかりさんだね』
「協力してくれるって言ったのは、紫陽花の彼方ちゃんだもん」
にっこりと、紫陽花の彼方ちゃんに微笑みかけながら言う。
表情なんてわからないけど、あっちも笑い返してくれた気がした。 「えへへ……あ、あれ……?」
ふいに、くらりと目眩がしてたたらを踏む。
な、なんで急に……?うろたえる彼方ちゃんに、下のほうから声が掛かる。
『ああー……。これは、そろそろ、夢の終わりみたいだね』
「夢の、終わり……?」
『迷ってる間は夢から覚めないって話、したでしょ?今起こってるのは、たぶんその逆。もう彼方ちゃんに悩みはないから、この夢はもう見る必要がないんじゃないってことじゃないかなぁ』
「あ、そっか……」 それは、まるで紫陽花の彼方ちゃんの言葉に答え合わせをするように。
いきなり、公園のブランコが消え去る。
瞬間瞬間に、彼方ちゃんの回りからものがどんどん消えていく。
もとあった場所には、ただぽっかりとした白色だけが残る。 『……彼方ちゃん、本番もちゃんとやらないと、紫陽花の彼方ちゃんは見てるんだからね?』
「うん。……でもなんだか寂しいかも」
『……。えへへ、そう言ってもらえると、とっても嬉しいなぁ』
話しているうちに、紫陽花の彼方ちゃんも、真っ白い世界に飲み込まれ始めた。
『夢の中のことなんて、起きたらきっと完璧には覚えてないと思うけど……ひとつだけ、約束』 「うん、なあに?」
ついに、彼方ちゃん自身も足から消えていく。
重なるように、「外」からスマホの電子音が鳴っているのが聴こえてきた。
……ばいばい、紫陽花の──
─
───
───── ピロピロピロ……と鳴り響くアラームをなるべく素早く停止する。
これに時間をかけると、遥ちゃんまで起こしちゃうからね。
少し耳を澄ませると、二段ベッドの上からは安らかな寝息が聴こえてきた。
よし、間に合った。
のそのそとベッドから起き上がる。
右手首に、かちゃり、と妙な感触と音がして、ぼんやりした思考のまま顔を向ける。
ブレスレット……着けたまま寝ちゃったんだっけ……? 「……ううん」
胸の中心にあるふわふわが、飛んでいきそうな不安定なものじゃなくて、そこから体全体に熱を送り出すみたいな、力強いものになっていた。
確か彼方ちゃん、夢の中で誰かに相談して……うーん……。
相手は思い出せなかったけど、その人と最後にした約束だけは、はっきりと刻みついていた。
『今度来たときは、あまあまなのろけ話を聞かせてね』
「うん。また、夢の中でね、紫陽花の……?」
あじさい?自分で言っておきながら、首を傾げる。
……まあ、いっか。
さあ、昨日の今日でびっくりするだろうけど……果林ちゃんに、伝えよう。 果林誕生日おめでとう!今回は出番ないけど
このSS内でお誕生日を祝うのはもう少しだけ先になりそうです
それではおやすみなさい 乙
寝付けない原因が恋心っていうのがとても良かった クオリティの割に感想レスが少なすぎる
投下時間が悪いのかあんま読んでる人いないんじゃないかこれ >>110
地の文だから
地の文はどれだけ良くてもほぼ読まれない 僕はこの地の文すきです!!!!!
どうか今後も頑張ってください.... 更新楽しみに待ってますよ
かなかり成分補給できて幸せ 5chでは地の文SSはスルーされがちなのはわかってるだろし良さがわかる人が読んでればいいんじゃない?
更新楽しみにしてます >>110
この的外れな発狂具合
お前埋めに茸だろ 手つないで走ってたら楽しくなちゃった二人かわいいですね お昼休みも残り半分、といったころ。
中庭の隅っこ、色とりどりの大きな花壇を隣合って眺めて、果林ちゃんと二人きり。
大事な話があります……なんて、何をするのかバレてしまいそうなお呼び出しをさせていただきました。
果林ちゃんはちょっぴり鈍感さんだけど、告白はいっぱいされてるだろうし流石に気付かれてるかな。
ちらりとお顔を盗み見てみたら、何やら考え込んでるみたいで表情は読めなかった。 「ふー……」
告白。
夢の中からずっとイメージはしてたけど、それでも緊張しちゃうな……。
目を閉じて深呼吸をしていると、しばらくの無言にしびれを切らしたのか、声をかけられた。
「彼方。ここ……壁際には屋根もあるけど小さいし、降りださないうちに早く戻りましょ」
「……うん」 不安そうに空を見上げながら、話を急かされる。
まぶたを開けて視線を上げると、なんと、お昼時とは思えないほどの暗ーい雲。
これはいつ、ざあっと来てもおかしくなさそう。
急に雨が降ったときのプランも考えてはいるけど、それでも濡れないに越したことはないよね。
よし、と心の中で呟く。
うるさい心臓の音が、また一段と速まった気がした。 「果林ちゃん」
「?」
できるだけさりげなく、自然に自然に呼び掛けると。
特に答えるともなく、空と花壇を行ったり来たりしていた目がこっちを捉えた。
ざり、と靴と地面とが擦れる音を立てながら体を90度右へ向け、一歩距離を詰めて。
ぎゅ。
果林ちゃんの左手を両手でつかまえる。
彼方ちゃんのてのひらよりも少しひんやりとしたそれを、優しく包み込んで熱を伝える。
どうか、届いて。 「かっ、あの、彼方?手、いきなりはちょっと恥ずかしいんだけど……?あとこの握り方もなんか──」
「好きです。だいすき」
「──って、え……?」
照れて、いつもよりも早口に捲し立てるところに、想いをぶつけた。
顔が熱い。
果林ちゃんのほうは……口をぽかんとあけて、分かりやすく戸惑って固まってる。
たぶん、そういう「好き」だと、伝わってくれたからかな。 それを確認したら、覚悟はしてたはずなのに、こっちもいっぱいいっぱいになりそう。
……恥ずかしい。握った手を額に当てて、祈るように続ける。
「気付いたのは昨日なんだ。あの公園で、覚えてる?果林ちゃんが、恋人みたいねって言ってくれて。それがすごく、本当にすっごく嬉しくて……」
この後を続けるのがこわくて、泣きそうになるのをこらえる。
果林ちゃんに認めて欲しいなら、これぐらい、自信を持って堂々と伝えないと。 頑張れ、彼方ちゃん。
手を額から外して顔の前から下ろす。目が合う。
いつの間にか、半開きだった口は閉じられて、真剣な顔になっていた。
少し頬に色がついていたように見えたのは、彼方ちゃんの願望かな?
「これから、梅雨が明けて夏が来ても、晴れの日も雨の日も曇りの日も。昨日みたいな、昨日よりも心に残るような、二人きりの想い出が欲しい。果林ちゃんが、欲しいです」 「か、なた……」
……よかった、言えた。
握ったままの手にぎゅうと力が入る。
気遣うように握り返されて、それにもどきりとしてしまう。
「ふうっ……。えへへ、急にごめんね、こんなこと言って。……ねえ、果林ちゃんは、どう?」
「どう、って」
未だ戸惑いの中にいる果林ちゃんに、返事の催促をする。
夢の中、相談に乗ってくれた人の質問を思い返す。
たしか、彼方ちゃんもこうやって気持ちを確認したんだっけ。 「好きって言われて、どう思ってる?嬉しい?恥ずかしい?……それとも、イヤだった?冗談を本気にしちゃってて、きもちわる──」
「そんなわけないじゃない!」
怒った顔で強く否定する。
少しびっくりすると同時に、思い出す。
そういえば彼方ちゃんも紫陽花の……そうだ。
夢の中で、紫陽花の彼方ちゃんに、こうやって答えていったんだったなあ。 「……ご、ごめんなさい……大声出して」
謝ると同時に、目を伏せ、繋がった手に視線を落とす。
「……わから、ないの」
声のトーンも落とす。
「昨日のデート、すごく楽しかったし、もっと一緒にいたいって気持ちもある。たぶん、す、好き……なんだと思うわ、私も」
「……うん」
一度息を切った果林ちゃんに合わせて、相づちをうつ。 ……うそだ。
好き、と言われて、飛んでいってしまいそうなほど嬉しいのを押し殺すために、彼方ちゃんも深呼吸をする必要があった。
「彼方の気持ちも……本当に嬉しく思ってる。それで、その……でもね?それって、何か今と変わらなきゃダメなの?って思っちゃうの」
「……」
「私には、それがわからなくて……ううん。変わってしまうのが、こわいのよ」
そう言って彼方ちゃんの顔を見ると、弱々しく笑った。 今にも泣き出しそうだ、と思った途端。
ぽつ、と手に冷たい感触。
二人していきなりのそれに驚いて間が空く。
一拍置いて、さああ……という音と一緒に頭、顔、肩にも感触がつづく。
「……いけない。降ってきちゃったわ!途中だけど、早く戻りましょう」
「う、うん」
屋根を求めて、水溜まりを踏まないように気をつけつつ早足で進む。
果林ちゃんに、右手を引かれながら。
昨日のデートみたいだなあ、とぼんやりと思いながら、果林ちゃんのさっきの言葉を考える。 『でもね?それって、何か今と変わらなきゃダメなの?って思っちゃうの』
『私には、それがわからなくて……ううん。変わってしまうのが、こわいのよ』
……確かに、そうだ。
デートも、好きだと伝えるのも、手を繋ぐのも抱きつくのも一緒に笑い合うのも、別に今のままでもできる。
現に今、できてしまっている。
そういうささやかな楽しみが、幸せが、恋人という関係になったら、何か変わってしまうんじゃないか。
それは、果林ちゃんの言うように、こわいかもしれない。 でも……。
でも!
すう、と息を吸って、思考を切り替える。
「果林ちゃん待って!」
「あら?私また道間違え……って、え!?」
ぎゅうと手を強く握って、ブレーキをかける。
そのまま切り返して、雨のなかを逆走する。
果林ちゃんを道連れにして。
「ちょちょ、ちょっと彼方!?」 「果林ちゃん!屋根の下を目指してたんだから、道間違えるとかはないよ!」
「あっ、そうよね……じゃなくって!」
じゃあ今はどこに向かってるのよ!という後ろからの叫びをあえてスルー。
こっちも声を大きくする。
顔に雨が当たるのが、少し鬱陶しい。
「果林ちゃん!彼方ちゃんも、何かが変わっちゃうの、こわいと思う!」
「う、うん……?」
「でも、彼方ちゃんは……果林ちゃんと一緒なら、こわいのも、ぜったい楽しめる!」
足元に注意しつつ、振り返る。
不安そうな果林ちゃんの顔が目に入って、思う。
……デートのときとは逆だね。
彼方ちゃんが笑ってて、わけわかんない状態の果林ちゃんを引っ張ってさ。 走って走って、いつか見た紫陽花を通り過ぎたとき、頑張ってって声が聞こえた気がした。
「大丈夫だよ。そもそも、そんなに良くない方にばっかり変わらないし、もしそうなっちゃってもさ……」
目的地……タオルと着替えが常備されている部室……のドアの前に着いた。
息を整えて、笑いかける。
「手を握ったとき。雨が降ったとき。夢を見たときに。一回一回思いだそうよ」
「……」 右手は手を繋いだまま、左手で果林ちゃんの頬に触れる。
汗か雨水か、もしかしたら涙か。
垂れていたそれを拭って。
くすぐったそうに目を細めるのが、いとおしいと思う。
「ねえ、果林ちゃんはどう?彼方ちゃんは……ふたりでなら、できそうな気がするよ」
「私、は……」
「だから、もしよかったら。彼方ちゃんと、恋人になってくれませんか?」
もう一度、手をぎゅうっと握ってお願いする。
どう、かな……? 「……」
果林ちゃんは、目線をしばらくうろうろとさまよわせたあとに、彼方ちゃんの顔をとらえた。
それからまた下を向いてひとつ深呼吸をしてから、目を合わせて言った。
……言ってくれた。
「中に入りましょう、彼方。……彼女に風邪なんて、ひかせられないわ」
「果林ちゃん……!」 「〜〜っ。ほ、ほら!もういいでしょ、早くしないとお昼休みも終わっちゃうから」
ぐいぐいと強引に引っぱられながら、部室についていく。
そんなふうに顔を背けても、耳まで真っ赤にしちゃってるから、照れ隠しにもなってないんだけど。
でもそれは、きっと彼方ちゃんも同じだろうから、心の中に押し留めておくことにする。でも……。
「えへへぇ……」
「ちょっと!わ、笑わないでよっ」
ごめんね、違うの。
変わっても思いだそう、なんて言ったけどさ、こんなこと。
こんなに素敵な、大切な気持ちなんだもん。
「忘れること自体……できなさそうだからっ」
「きゃあっ!?」
こみ上げる嬉しさを抑えられなくなって、果林ちゃんに飛び付いた。
ほとんど倒れこむみたいな勢いだったせいか、びっくりした果林ちゃんの可愛い悲鳴が、雨音で染まる部室に響いた。 待ってました、彼方ちゃんの心情がとても伝わってきて良き…… 7月。
まだ朝の10時になろうかってくらいなのに、気温はすでにぐんぐん上がって、何もしなくても汗がにじむ。
湿気もあって、嫌になってくる。
もう夏本番くらいの気分だけど、これでまだ蝉も鳴きはじめていない梅雨だっていうんだから恐ろしい。
暑゛い……!
「うへえ……館内はクーラーきいてますように……」
「こら彼方、しゃきっとしなさい。だらしないわよ」
「あうっ」
前のめりになる彼方ちゃんの頭を、帽子の上から軽くたたく。 今日は、いつぞやのデートで彼方ちゃんが行きそびれた(行ったんだけど、記憶があいまいな)プラネタリウムにもう一度来ています。
今度の天体観測の予習として、もう一度行っておきたいと言った果林ちゃんに同行する形で。
そして、ちょっとしたブームになっているらしいプラネタリウム館がオープンする10時を、そこそこの行列に紛れて待っているのが今。
人の多さを再認識すると、また体感温度が上がったように思えて、泣き言がこぼれる。
「でも、暑いんだからしょうがないよぉ……」
「もう。……それにしても、私たちって天気には嫌われてるわね?」
「溶けそう……うん?お天気?」 疑問に思って聞き返すと、ちょっと困ったように笑いながら答える。
「だってそうじゃない?梅雨の時期で天気が安定してないとはいえ、晴れた日が来なくてデートまで時間がかかったでしょ」
「うん」
「それに、彼方とつ、付き合……ことになったときも……に、にやにやしないでっ!」
ごめんなさい。
あのときのことを思い出したらいっつも照れちゃう果林ちゃんが、かわいくてかわいくて。
「んんっ……。まあ、そのときも急に雨に降られちゃったし、それに……」 言葉を切ると上を向いて、真っ青な空と眩しい太陽に一度、目を細める。
「ふう。今日は屋内にしか用事がないんだから、曇りなり小雨なり、こんなに綺麗に晴れる必要もなかったのに、ってこと」
「うーん……たしかに」
改めて言われてみると、お天気に振り回されてる気がしないでもないなあ。
「ひょっとしたら、天体観測も雨がぶつかったりして……」
「ちょっと、縁起でもないこと言わないでよ」
「なーんて、冗談冗談。……きっと大丈夫だよ」
汗を拭って、果林ちゃんに向き直る。
「泣いてたって晴れるし、笑ってたって雨は降る。でも思い通りじゃないことのほうが、より強く思い出に残ったりするんじゃないかな?」
彼方ちゃんの言葉を受けて考え込んでいるすきに、するりと手を握る。
暑いんじゃなかったの?と目が言っているので、これは譲れません、と目で返す。 「それにこうやって一緒にいられたら、それでいいかなって」
「そ──」
果林ちゃんが何かをいいかけたとき、開館です、というアナウンスが響いた。
順々に動き出す前の人にならって歩き出──ぐんっ。
……進めなくて、振り返る。
「……果林ちゃん?じっとしてないで、いこ」
「……も」
「うん、なぁに?」
果林ちゃんがぼそっと落としたセリフを、拾い上げようと聞き返す。
ゆるりとかぶりを振ってから、わざわざ耳元に口を寄せて、答えた。 「──ひ・み・つ」
「……っ。も、もう〜!」
おまけにリップ音を残していくんだから、たちがわるい。
心臓がとまりそう……いや、動きすぎて破裂しそうだ。
「ど、どうせ、私もよって言ったんじゃないの!?」
やけっぱちぎみに当てずっぽうの言葉をぶつける。
「あら、バレちゃったかしら」
「ば、バレちゃってますー……え、本当に?」
「……ふふふ。さ、いきましょ」
「都合悪いとすぐ誤魔化すんだから……」 歩き出す。
快晴の空の下、手を繋いだまま、笑顔で先を行く果林ちゃんを追いかける。
膨れていたはずの彼方ちゃんも、自然に笑顔になる。
今はその理由も、はっきりわかってるよ。
さあ、先取りした夏を、これから二人で確かめに行こう。
忘れないように、何度でも思い出せるように。
梅雨が明けるまで、もう少し。 これにて終わりです。長らく保守させてすみませんでした
約2週間のお付き合いありがとうございました
感想、質問、誤字脱字の指摘など、何かありましたら気軽にどうぞ
またお返事します 読んでて幸せな気持ちになりました。ありがとうございました! ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています