「μ's江戸物語」【凛・花陽編】
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
時は江戸時代。
長屋で暮らす、私、希は何時ものように空を眺めて惚けていた。
雲はゆったりゆったりとなめくじのように流れ、することも無い腹も減った。
そんな私は空腹を紛らわす為に、ゆったりゆったりと流れる雲をゆったりゆったりと眼球を動かしながら追っていた。
今日も一日、何事も無く過ぎるだろう。
いや、平和が一番。
後は食うのに困って無ければより一層神様に感謝なのだが・・・。
長屋の住人は皆、私の事を仕事をしない穀潰しだと思っているだろうが仕事はしている。
知る人ぞ知ると言ってみれば聞こえはいいが私がどんな仕事をしているか少なくとも長屋の住人は知りもしないだろう。 私の仕事は言わば人の探し物を一緒に探してあげる探し屋。
この時代にこんな生業をして生計を立てているのは私ぐらいなもんだろう。
そもそも、探し屋なんて職はどこ行っても私ぐらいしかいなく。
お客さんを独占し放題と思っても見たがそう上手くはいかない。
なんせ、誰も探し屋なんて知らないのだ。
口で見知らぬ人に宣伝をしても相手にしてもらえない。
むしろ、怪しまれて客足は遠のくばかりだ。
希「・・・お団子でも食べよう」
私はとうとう空腹に耐えられず近くのお団子屋へと向かう事にする。
ふらふらと体が揺れるのを一歩一歩足腰に力を入れて地面を踏む。
もうここ三日は塩と柿しか食べていない。
その柿も、道端に落ちていて拾ったものだ。 希「あぁ、また蓄えが尽きていく」
巾着を探り銭がじゃらじゃらと暴れる。
希「おぉ、そっかそっか私の元から離れたくないんやな。でもなぁ離れんと野垂れ死にしてしまう」
ドブ板に引っかかり、転びそうになる。
危ない、ここで転んでしまえば私の大切な銭たちが泥の中。
拾って水洗いするのも面倒だし、何せ見落としてしまい銭がいくらか少なくなってるかもしれない。
ここは慎重に歩かなければ。
すっかり藁が消耗してしまった草履でそろりそろりとどぶ板を渡る。
・・・・・・りん。
ふと、どこかで鈴の音が聞こえる。
・・・・・・りん。
遠くてに、何か茶色い毛玉が私を見ている。
あれは、猫だ。
・・・・・・りん。
猫はじっと私を見据えにゃあと鳴いたかと思えば、素早い身のこなしで私の元へと向かってくる。
希「・・・なっ」
呆気に取られていると、その猫は私からいとも簡単に巾着を奪い取り走り去る。
希「あっ・・・!!!」
あの巾着を取られては私の生命の危機。
あの猫を追いかけなければ・・・。 【猫は暗闇で凛と鳴く】
私は猫である。
長い尻尾をゆらゆらと動かしてこの町を闊歩する高貴な猫だ。
猫はみな誇りが高いと人間が言っていたのを聞いた事がある。
人間に媚びず、我が道を行く。
寝たい時に寝て食べたい時に食べる。
人に飼われても尚、自分が一番だと思っている。
人間は勝手な憶測を立てるのがどうも好きらしい。
私達がそう言ったか?
その話は人間の憶測であり。
一匹一匹違った性格の猫がいるのに個を群として見る人間は傲慢もいい加減にしろと思う。 猫は猫である事に誇りを持って生きている。
だが、人間が人間である事に誇りを持つ人間はこの世にはそんなに多くはない。
いや、この考え方こそが人間が言う所の猫らしい考えなのではないか?
屋根の上で誰も回答しない考えを巡らせていると、おーいと声がした。
下を見ると、鼻水を垂らした子供が私に向かって手を振っている。
人間は私達を見ると捕まえにくる。
取って食べようしてる訳ではない。
ただ、捕まえて整えた毛並みを乱してどこか満足した表情で消える。
気安く触るな。
それに、結局は何がしたかったんだと思う。
相変わらずまだ手を振っている。
私は付き合ってられないので子供とは真逆の方へと歩き、屋根から降りる。 さて、今日の晩飯を探さないと。
周囲を見ても埃しか出てこなさそうなあばら屋だけで今日も自分の腹を満たせる程の食糧は見つけられそうにない。
目の前にバッタが悠々と宙を飛ぶようにして横切る。
私は前足で素早くバッタを捕まえに一噛みで息の根を止め、そのまま胃に押し込む。
口のまわりに付いた体液を舐め取り、次の獲物がいないか周囲を見渡すも気配を感じない。
ん?
口ヒゲが何かを感じ取る。
空気が何処からか振動している。 口ヒゲを動かし空気を探る。
これは・・・三味線の音だろうか?
微かに聴こえる音と空気の振動をヒゲで捉えながら音のする方へと向かう。
辿り着いた先は他のあばら屋と変わらないぐらい。
いや、それ以上のボロ屋だった。
こんな所に人が住んでいるのか。
人間とは見栄を張る生き物だと聞いているが・・・この家は見栄の欠片もない。
雨風は凌げそうだから、どちらかと言うと私達の方がお似合いな気もする。
扉を爪で引っ掛けて引いてみる。
簡単に扉は開く。
無用心だなと思いながら中の様子を伺うと、部屋の真ん中にポツンと座り三味線を引いている人間の姿が見えた。 何で薄暗い部屋の中で三味線を?
疑問に思ったがその疑問はすぐに消えた。
部屋の奥の棚に、サンマが二匹置いていたからだ。
しめしめ。
あれだけあれば今日はお腹いっぱい食べられる。
それに、いつも食べてる虫や汚い鼠なんかじゃない。
青々とした新鮮なサンマそれも二匹。
涎を堪えながらゆっくりとゆっくりと気配を消しながら中へと入る。
人間、無用心なのがいけない。
そのサンマはお前も楽しみにしていただろうけど、今夜は私がいただく。
所詮この世は奪い合いの世界だ。
人間、これがお前らが好きな戦なんだろう? よし。
まだ人間はこちらに気付いていない。
ゆっくりゆっくり、そろりそろりとさんまに近づく。
こういう時に肉球があってよかったと思う。
人間はよもや今からさんまを狙われている真っ最中とは知らずに変わらず三味線を引いている。
横顔がちらりと見える。
顔立ちからして雌だ。
それに、中々人間の男に人気がありそうな容姿だ。
でも、結構若いな。
歳は・・・十五、六ぐらいだろうか?
猫の私から言わせてみればそれだけ生きたらもう死の一歩手前だが。
人間の世界ではまだまだらしい。 そんな事より今はさんまだ。
流石に二匹咥えるのは無理なので、一匹だけ貰ってどこかで食べてまた取りに来よう。
こんな貧相なあばら屋で扉を締め切り暗い部屋の中で三味線を引いてる。
私の勝手な推測だがこの娘は恐らく独り身だ。
顔立ちは良いのだから外に出て裕福な男を捕まえればいいものを・・・。
少なくとも、今より立派な家に住めただろうに。
見てみれば、着物も汚れている。
少し、後ろめたい気がしてきたが、私も今日食べなければ明日死ぬかもしれない。
それにサンマなんて早々、食べれるようなものではない。 気付かれないように、サンマに近づく。
もう、目と鼻の先だ。
おぉ。
思わず尻尾を左右に揺らしてしまう。
それぐらい、このサンマは美しかった。
よし、後は咥えてこの場を去るだけ。
そう思って、咥えようとしたその時。
バタン!!!と大きな音が聞こえた。
「にゃっ!!!」
音がした方向を振り返るとさっき私が開けた扉が閉まっている。
きっと風か何かで閉まってしまったのだろう。
それも勢いよく。 花陽「だ、だれ・・・?」
不覚、思わず声を出してしまった。
背後から突然大きな音がしたのだ、身構えてても我慢は出来なかっただろう。
それより、この場をどう凌ごう。
人間は扉の方をじっと見詰めている。
私の位置は丁度彼女の真後ろ。
身を隠せる物は無く、彼女が後ろを振り向けばもう終わりだ。
しかし、不幸中の幸い。
私の声は扉の音で彼女には聞こえていなかったらしい。
花陽「誰かいるんですか?」 彼女はまた問い掛ける。
しかし、違和感を感じる。
誰もいない空間に向かって彼女は二度も問い掛けた。
一度で足りるはず。
いや、そもそも見れば分かるはずだ。
扉付近を見れば、そこには何もない。
ただ、ボロボロの扉があるだけだ。
誰?だなんて聞く筈もない扉が風で音を出した。
そう、見れば理解できる。
まぁ、何で扉が開いていたと疑問は残るだろうが。
彼女は立ち上がり部屋中を見渡す。
・・・また違和感。
慌てて伏せる。
花陽「誰か・・・いるんですか?」
恐る恐るそんな雰囲気だ。
彼女は祈るようにして、両手を握り込んでいる。
微かに手と声が震えているのが分かる。 彼女の視線が四方八方、宙を彷徨う。
まるで蝿を捕まえようとする私のようだ。
あっ、しまったと思った。
ほんの一瞬だが彼女は私と目が合ってしまった。
花陽「・・・」
だが無反応。
同じように四方八方を見ている。
違和感の正体にここで気付く。
あぁ・・・なるほど盲目なのだ彼女は。
今も彼女は目が見えない中、誰かこの部屋に潜んでると思っている。
その恐怖と戦っている最中なんだ。
なんだか忍び無い。
・・・仕方がない。
このままサンマを盗んで立ち去ってもいいが、このまま何も言わず立ち去ってしまうと。
彼女はしばらくこの誰もいない部屋を誰かが潜んでると思いきっと夜も眠れないだろう。
流石に私もそんな事は出来ない。
それに、盲人相手だ。
バレてしまっても問題ない。
すぐに逃れるだろう。
「にゃあ」
私は正体を現す事にした。 花陽「・・・猫?」
声を出した方向を見た。
彼女の瞳には私が映っているが視線はどこか窓を外れている。
「にゃあ」
もう一度鳴いた。
花陽「わぁーっねこっ!」
彼女は素っ頓狂な声をだす。
町の子供が私を触りたいが為に出す声と似ている。
この声は不愉快だ。
花陽「よかったぁ猫で」
次は安堵の声を漏らした。
私の考えは間違って無かったみたいで、誰かが侵入して来たと思っていたのだろう。
彼女は緊張が切れたみたいでその場に座り込んだ。 花陽「あ、おいでおいで」
私が居る場所とは検討違いの場所に手招きをする。
やっぱり目が見えていない。
それと、触らせる気は一切ない。
私はこの場から一先ず退散しようと彼女から離れる。
花陽「サンマあげるよ?」
足がピタリと止まり、耳がピンとなる。
花陽「お腹空いてるでしょ?サンマあげるよ?」
彼女はまだ私にがそこにいると思っているのか何もない空間にそう言った後。
手探りでサンマが入った器を手にして一匹、何もない空間に差し出す。
花陽「お腹空いてるから私の家に来たんでしょ?私も経験あるからわかるよ。辛いよね。これ、あげるよ。お食べ」
私は彼女を目の前に行って。
彼女から直接サンマを受け取った。 花陽「ふふふっ」
サンマを咥えたままの私の頭を撫でる。
食べ物を貰ってそのまま帰るのは何だか忍びなかった。
お礼のつもりで、彼女に触られる。
頭からお腹。尻尾まで隅々まで触られる。
花陽「わぁふわふわ。思ってたよりもふわふわ」
白い指が縦横無尽に体をくすぐる。
私にも触られたら嫌な場所はあるがサンマの恩があるので、黙ってされるがままになる。
仲間が人間は触らせたらちょろいと言っていたのを思い出した。 花陽「ねぇ、美味しい?」
「にゃあ」
返事のつもりだ。
花陽「そっか良かったぁ」
まずはサンマのお腹から頂く。
久しぶりに食べた魚だ。
これ以上にないくらいに絶品で、一口食べるともう止まらない。
時折、骨を吐き出しながら身と言う身を堪能する。 花陽「ねぇ、私はね花陽」
私に名前を教えてもその名前を呼べるはずない。
喉と口の作りが違うのだ人間とは。
名前を教えたから何だと言うのだ、人間は名前に拘りたがる。
花陽「あなたは?」
私に名など無い。
花陽の顔を真っ正面からみる。
とても幸せそうだ。
慈愛溢れる笑みはまるでお日様のようで、とても心地が良い。
まるで暖かいお日様のようだ。
花陽「名前ないの?」
ない。
あったとしても、教える事は出来ない人間の言葉を喋れないのだから。 花陽「あ、そうだ。私が付けてあげるね」
花陽はまだ私を触り続けている。
もうそろそろいいだろう。
そう思った私は花陽の手を軽く噛む。
花陽「わっ!ごめんね!ネコ触るの初めてだったから・・・」
驚いた花陽は慌てて手を離し、りんと音が鳴る。
音の出所は花陽の簪だった。
鈴がついている。
花陽「あっ・・・りん!・・・凛がいいよ!」
そんな取ってつけた名前気にいるはずがない。
花陽「凛ちゃん!」
私の意思とは関係なしに名前が決まってしまった。 花陽「凛ちゃん凛ちゃん」
それからというもの、よほど自分が付けた名前を気に入ったのだろう花陽はずっと私の名前を言い続けている。
花陽に触れながらサンマを完食した私はすっかり満腹になり花陽の太ももで暖を取っていた。
先程、お日様のようだと思っていたがこの暖かさ本当にお日様だ。
花陽「ねぇ、凛ちゃん」
鳴くのも面倒なので尻尾で返事をする。
花陽「明日も来てくれる?」
尻尾を一回動かす。
来るよ。と言ったつもりだ。
また花陽から食べ物を貰えるかもしれない。
それに、ここ。
今まさに私が寝ているこの花陽の太ももが極上の寝心地なのだ。 花陽「私、三味線弾くのが趣味なの」
この家には本当に誰も来ないのだろう。
花陽は久しぶりの話相手を見つけたと言わんばかりに湯水のようにどんどん言葉が溢れて出していた。
花陽「あのね。私ね!目が見えないから、お仕事出来ないからこの三味線を弾いて皆さんに食べ物をよく貰うの」
盲目の花陽が今日まで生き延びられていた理由はこの町の人達のおかげと言う事か。
私は猫だが、良し悪しは分かる。
音が聞こえれば心地良いか悪いかの判断ぐらいは造作もない。
花陽「みんな優しいんだ」 花陽も相当優しいぞ。
なんせ、私のような泥棒猫にサンマをくれたのだから。
普通なら追い出される。
運が悪ければ殺されて終わりだ。
花陽「でも、私人見知りだし・・・それにみんな帰ったあとね。すっごく寂しいの」
口から出る言葉は少し悲しみを帯びている。
確かに、寂しいだろう。
ずっと、真っ暗闇の中に生きている。
私には想像も出来ないぐらいの不安なのだろう。
頭を撫でる手が、止まった。
花陽「でも、今日はりんとちゃんが来てくれた。毎日来てくれると嬉しいなぁ」 毎日、来てもいい。
私にごはんとこの太ももで毎日寝てもいいなら何度でも一年中ずっと来てもいい。
同意したつもりでにゃぁと鳴く。
花陽「あ、ありがとう!」
手探りで顎を見つけ、指先でくすぐられる。
思わず喉がごろごろと音が鳴る。
こうして、私は花陽の家に毎日来るようになった。
私がいつ来ても入れるように扉を少し開けるようになる。
花陽はとても暖かく優しくていつの間にか花陽は私にとって大切な存在になって来ているのを感じた。 だからなんでこんなキショいスレ立てようと思ったのか説明しろって それからすっかり私は花陽の家の住人となる。
花陽が凛ちゃんと呼び、私がそれににゃあと答える。
盲目の彼女が私が居る事を知る術だったのだ。
にゃあと返事する度に花陽はふふふと笑う。
心地良いんだこの居場所が。
緑色の瞳は盲目の彼女を見つめ。
盲目の彼女は私を優しく撫でる。
花陽「凛ちゃんはどんな姿をしているのか知りたいなぁ」
花陽が夢を語るようになった。
私の姿を見たいと言う夢だ。 私よりも外の風景を見る事とかお世話になっている町の住民を見た方が感動するだろうに。
だが、彼女はもし目が見えたのならいの一番に私を見たいと良く言う。
それは叶わない指先だと花陽は知りつつも毎日毎日それを言っては自分の障害を恨んでいた。
私にはどうすること出来ない。
だけど、花陽の側にいてあげる事は出来る。
いつの間にか私にとっても花陽は大切な存在になりつつある。
私は花陽を好いている。
彼女の優しさはお日様のようだ。
きっと長い間続く寂しさと目の障害で心の痛みに敏感なのだろう。
人間は私を見ては走って近付き抱き上げるのだけど、それが私にとってどれだけ不快な行為か人間は考えもしない。
だが、花陽は目が見えないが心の痛みが見えている。
私が嫌だと思う事は絶対にしなかった。
不遇な生い立ちや障害が彼女を誰よりも優しくしている。
この現実に心が痛くなる。 花陽は今は飯の仕度をしており、包丁を巧みに操り、山菜を切っている。
よくもまぁあんな器用に扱えるものだ。
今、仲間に花陽は目が見えないと言っても鼻で笑われるだろう。
それぐらい、今の花陽はとても盲人とは思えなかった。
・・・仲間か。
私にも一応仲間はいる。
どいつも気のいい奴らばかりだが、今の私を見たらきっと「なに、人間のお世話になってるの」と笑われてしまうだろう。
他の猫は人間の言葉は理解出来ない。
出来ない所か私のように長考したり、人間を哀れんだりする事はない。
みんな生きる事で自分の事で精一杯なのだ。
もちろん私も例外ではないが、私は他の猫とは違う。
頭もいいし人間の言葉を理解出来る。
私は特殊なのだ。 四人の兄弟の一番下で、取り分け取り柄の無い私は母親にいつもくっ付いて過ごしていた。
他の兄弟は狩りの仕方をまるで最初から分かっていたかのようにこなす中、母親は私に何故か人間の言葉を教えていた。
母親が私は特殊な猫だと言う。
私が他の兄弟とどこが特殊なのかと聞くと母親は私と同じで知能が高いと言っていた。
続けて私とあなたは猫だけど猫ではないとも言った。
どう言う事かと聞いたらどうやら私は猫又と言う生き物らしく、母親も猫又だった。
猫又になる猫は猫又の親でしか産まれないらしく、またその中でも一握りしか猫又の素質を持つ猫は産まれないらしかった。
私は将来、母親と同じように猫又になれる。
その事がとても嬉しくて誇らしかった。 母は猫又になるにはまず十年生きる必要があると言っていた。
私は八年生きている。
猫又になるまでもうすぐだ。
それと、色々と練習をしなければならないらしい。
まずは人間の言葉を理解するには、人間を観察し言葉の意味を知る事。
これは八年生きて私はもうとっくに言葉が分かるようになっていた。
それから、人間の言葉を喋るにはとにかく人間の言葉を喋れるように日々発音する事。
人間の言葉を理解する。
これは私に取って生きてく上でかなり役に立ったが、人間の言葉を喋れるようになっても何もいい事はないだろうと思っていた。
喋る猫だなんて気持ち悪いし、捕まれば見世物小屋で見せ物にされ死ぬだけだ。 だから私は人間の言葉を覚える必要はないと思っていた。
猫又とは言え畜生に入る。
人間と意思疎通はもとい仲良しこよしする必要はないと。
それに母親が言っていた。
猫又は決して人間の前では喋ってはいけない。
無論、自分が猫又だとは明かしてはいけない。
明かした所で、罪にはならないし罰もない。
猫又の界隈では暗黙の了解って奴だ。
でと、人間は猫又がいると確信しているし文献にも残っている。
と言う事はどこかの猫又が正体を明かしているのだろう。 そう、きっと私のような良い人間に出会ったのだろう。
正体を明かしてしまった猫又はその人間と更に仲良くなりたいと思い猫又だと明かしたのだろう。
私もその中の一人になろうとしている。
花陽と出会ってまだ間もないが私は花陽と喋りたい。
それに、私が喋る事が出来れば花陽はもっと今の生活を不自由無くす過ごす事が出来る。
私が花陽の目となるのだ。
この日から私は秘密で人間の言葉を喋る練習をしていた。
花陽の光になる為に。 時折、花陽が寝ている最中に私は外へ出て言葉を喋る練習をした。
まずは、はなよと喋ってみる。
凛「にゃにゃにょ」
発音が結構難しい。
よくもまぁこんな難解な言葉をああもペラペラと喋れるもんだと感心する。
ふふふ。
でも、私が喋れるようになったら花陽びっくりするだろうな。
驚く花陽の顔が目に浮かぶ。
凛「にゃにゃにゃにょ」
今、少し惜しい気がした。 凛「にゃにゃにょ」
にしても人間の言葉がこれほど発音しにくいとは思わなかった。
頭では理解は出来ているが、舌が上手く回らない。
人間の舌と違って、猫の舌はざらざらなので、そのざらざらが口内に引っかかるのだ。
引っかかるとは言えばもう一つ。
花陽の産まれた村だ。
花陽は山の中で捨てられていたらしい。
それも物心つく前から、言わば赤ん坊の時に山に捨てられたのだ。
全く酷い事をするなと思った。
産み出したのなら産み出した責任を持つべきだと私は思う。
捨てられる事さえなければあんなあばら家で一人孤独に過ごす事も無かっただろうに。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています