曜「千歌ちゃんだけがいないセカイで」
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曜「私の中にも梨子ちゃんとお付き合いしてみたいって気持ちはあるから、梨子ちゃんがいいなら、私はそうしたい、かな」
曜「それでいい、梨子ちゃん?」
梨子「はい……よろしくお願いします……///」
………
… ———
曜(21)(梨子ちゃんに告白された時のことは、今はもうあんまり覚えていない)
曜(梅雨の寒空の下だった気もしなくもないし、カラッとした夏晴れの日だったようにも思える)
曜(ただ一つ思い出せることは)
曜(……)
曜(……私が梨子ちゃんを利用してしまった、ということ)
曜(傷ついた心を癒すために、代わりを求めていたという罪悪感だけ)
曜(最悪だ。自分の弱さに吐き気がする)
曜(梨子ちゃんと会うたび、この事実が脳裏をよぎり)
曜(まるで弁済を、追及されているかのようだ)
曜「……」
曜(……私には、わかる。あの女は、どんな手段を使ってでも、再び私の前に現れる。自らの目的を、果たすために)
曜(桜内梨子とは、そういう女だ)
曜(はあ……どんな顔して会えばいいんだろ……)
………
… 曜(21)(再会の日は、意外とあっけなく訪れた)
ピロリン
———
梨子:曜ちゃん!明日空いてる?
梨子:空いてるわよね。だって曜ちゃんが飛び込みやめちゃったことくらい、把握してるんだから
曜:別に、私に用事がないことと、梨子ちゃんと会うことの間には、何の関連性もないと思うけど
梨子:その返事は空いてるってことね。了解
梨子:じゃあお昼前には行くから!女の子を迎え入れるのにふさわしい部屋にしていくように!
———
曜「……」
曜(はあ……こいつはなんて図々しいんだろう……)
曜(これじゃあまるで、あの時みたいだ……)
曜(私が弱さを隠しきれず、弱みにつけ入られた、あの時のように——
曜「……」
曜(準備、とは言っても私の部屋には見られて困るようなものなんて何もないし……)
曜(それに、そういうものの類は、あの時思い出と一緒に全部ゴミ箱に捨ててしまった)
曜「……」
曜「……少し掃除くらいは、しとくかな」 翌日
ピンポーン
ガチャッ
梨子「あら、素直に開けてくれるのね。ちょっと見直したわ」
曜「……どうせ居留守を使っても、しつこく訪ねてくるくせに」
梨子「ふふっ、よくわかってるじゃない。さすが曜ちゃん」
曜「……で、用件は何?」
梨子「ずいぶん短気なのね。もう少し余裕を持った態度でいないと、モテないわよ?」
曜「モテ……うるさい!梨子ちゃんには関係ないでしょ!」
梨子「それもそうね。とにかくあがらせてもらうから。おじゃましまーす」
曜「……」
梨子「曜ちゃん、お昼ご飯まだでしょ?作ってあげようと思って材料買ってきたから、キッチン借りるわよ」
曜「いい。昼食くらい、自分でなんとかできるから」
梨子「でも曜ちゃんほとんど自炊してないんでしょ?この前キッチン確認したとき、ほとんど形跡が見られなかったし」 曜「それは、そうだけど……」
梨子「たまには人の手料理も食べなきゃ、体に悪いわよ?それに……」
梨子「私が手料理上手ってこと、曜ちゃんが一番わかってるんじゃないの?」
曜「……」ズキッ
曜「……うるさい。昔のことなんて、関係ないでしょ?それにもう私、昔のことは全部忘れるようにしたから」
梨子「ふーん……。まあいいわ、ちょっと待っててね。すぐに作っちゃうから」
………
… 梨子「はい!おまたせいたしました!」
曜「……」
曜(やっぱり料理上手いな、梨子ちゃん……)
梨子「どう?すごいでしょ!」フッフーン
梨子「自信作なんだからね!さあ食べて食べて!」
曜「…いただきます」パクッ
曜(!!!)
曜「おい、しい……」
梨子「そう、ならよかったわ」
曜(なんだろ……言葉にはしづらいけど……)
梨子「私も食べよっかな〜、いっただきま〜す!」
曜(心が満たされていく、って言えば、いいのかな……?)
曜(すごく、あったかい)
梨子「ん〜おいしいっ♪うん、美味しくできてるっ♪」
曜(こういうの、すごく久しぶり、だな)
………
… 曜「……ごちそうさまでした」
梨子「はい。お粗末様でした」
梨子「片付け私がやっとくから、曜ちゃんは休んでていいわよ?」
曜「えっ、いいよ。なんか悪いし。それくらい私もできるし」
梨子「いいからいいからっ♪私のワガママなんだから、これくらい許してよ、ねっ?」
曜「……」
曜「じゃあ……お言葉に甘えて……」
梨子「うん♪甘えて甘えて♪」
曜(……)
曜(はぁ………)
曜(また、梨子ちゃんに甘えちゃったな)
曜(……)
曜(もうこういうことにはならないって決めたのに、誰にも心は許さないってあの時誓ったのに)
曜(また私は、同じ過ちを繰り返そうとしている)
曜(自己嫌悪で、反吐が出そうになる)
曜(成長しないんだな……私は……)
曜(きっと私は、いつまでたっても……)
梨子「……」 梨子「ねえ、曜ちゃん?」
梨子「また難しいこと、考えてるんでしょ?」
曜「……別に。梨子ちゃんには関係ないでしょ。これは私自身の問題だから」
梨子「曜ちゃんがそう言うのなら、そうかもね。でも……」
梨子「……」
梨子「本当は、誰の問題だとか、誰の目標だとか、誰の失敗とか……そういうのってないのかもねって、私は思うんだ」
梨子「誰かと何かを成し遂げるってことは、そんな簡単な問題じゃないと思うの」
梨子「だから困ったときは分け合って、押し付けて、逃げ出しちゃっても、いいんじゃないかな?」
梨子「それが、誰かと生きるってことだと思うから」
曜「……」
曜「誰かと、生きる、こと……」
梨子「はい!だからこの話はここでお終い!大切なのはこれからのことだから、これからのことを考えましょう」 梨子「あっそうだ曜ちゃん!」
梨子「午後も空いてるわよね?……はいこれ」ガサゴソ
曜「……なにこれ、映画のチケット?」
梨子「そう。本当は大学の友達と行こうって思ってたんだけど、どうにも予定が合わなくて……」
梨子「だから代わりに、付き合ってくれるかしら?」
………
…
曜(結局、言われるがままについてきてしまった……)
梨子「映画、意外と面白かったわね。劇伴のメロディが綺麗で、感動しちゃった」
曜「うん……」
曜(……わからない。自分は楽しめていたのかどうか)
曜(なんせ娯楽という娯楽はこの二年間ほとんど触れていなかったし、ただ食べることと寝ることを繰り返していた日々だ。楽しいなんて感情は、とうの昔に捨ててしまった)
梨子「あのクライマックスシーンは反則よね〜、思わずキャッって言葉が出ちゃうとこだったわ」
曜「そうだね……」
曜(それでも……)
曜(なんでだろ……悪い気分では、なかったな) 梨子「……もしかして曜ちゃん、こういうストーリーは苦手だった、とか?」
曜「ううん、そんなことない、はず、ただ……」
曜「こんな気持ちになることが、久しぶりすぎて、どう反応したらいいのか、わからなくて……」
梨子「……ふーん。曜ちゃん、そういうときにはね」
梨子「素直に『ありがとう』でいいのよ?」
曜「……」
曜「……うん、梨子ちゃん、ありがとう」
梨子「ふふっ、どういたしまして、曜ちゃん!」
梨子「じゃあ私、こっちだから!」
梨子「曜ちゃん!また遊ぼうね!」 ———
曜(………)
曜(また、梨子ちゃんの優しさにすがってしまった)
曜(梨子ちゃんの優しさがどこから来るものなのかはわからない、だからこそ……)
曜(私は彼女の甘い罠から、逃げることができない)
曜(本当に、狡猾な人だと思う)
曜(……でも、いや、だからこそ)
曜(それに身を委ねることは、本当に心地が良くて)
曜(どこまでも、堕ちてゆきそうだ……)
………
… ———
高校3年生 10月
梨子「はぁっ……はぁっ……ごめんなさい曜ちゃん、少し遅くなっちゃって……」
曜「ううん、大丈夫!私も今来たところであります!」
曜「行こっ!梨子ちゃん!深海魚の世界が、私たちを待ってるよ!」
沼津港深海水族館
梨子「それで、曜ちゃん、今日はどうして、私をここに誘ってくれたの?」
曜「いつも私たちのデートって基本的に梨子ちゃんから誘ってくれてるでしょ?だからたまには、私の方から誘った方がいいかなって……いつものお礼も兼ねて……」
梨子「曜ちゃん……」
曜「あっ、もしかして梨子ちゃん!深海魚苦手だった?ごめん、気が付けなくて……」
梨子「ううん、そんなことないよ。むしろ嬉しい。曜ちゃんが好きな場所に連れて行ってくれること、今までなかったから……」
梨子「だから今日は、思いっきり楽しみましょ?」
………
… 梨子「驚いたわ……海の底には、あんなにもたくさんの魚が暮らしてるのね……」
曜「うん!それにね!あそこは全国的にもとても珍しい、深海魚に特化した水族館なんだよ!」
梨子「確かに、東京でも、深海魚の展示はあまり見なかったような……」
曜「沼津は恵まれた地形なんだ!日本一の深さを誇る駿河湾に面していて、漁でもよく深海魚が引っかかるんだって!」
梨子「へ〜……さすが曜ちゃん、海のことは詳しいわね……」
曜「へへーん!実は今日のためにいっぱい勉強してきたんだ!」
曜「あっ、そうだ梨子ちゃん!あそこの喫茶店で少しお茶して行こうよ!」 曜「梨子ちゃんは何がいい?私は……コーヒーでも、挑戦してみようかな?」
梨子「じゃあ私は……アイスティーを頂こうかしら」
曜「了解であります!すみませーん!」
梨子(良かった……曜ちゃんすっかり、元通りみたい……)
梨子(これなら、きっと、千歌ちゃんのことも……)
曜「ん?梨子ちゃん、どうかしたの?」
梨子「……ねえ曜ちゃん、大事な話があるの」 曜「えっ!?何、大事な話って?」
梨子「……千歌ちゃんのことなんだけど」
曜「うっ……」ズキッ
曜(千歌ちゃんのこと、か……)
梨子「……」
梨子「お願い曜ちゃん。千歌ちゃんのこと、これ以上避けないであげて……」
梨子「千歌ちゃんも最近ずっと、曜ちゃんと前みたいに楽しくお話できる関係に戻りたいって思ってるみたいで……」
梨子「わ、私もまた!三人の楽しい関係に戻りたいって思ってるから……」
梨子「だ、だから、その……」 曜「……」
曜「あ、あはは……そうだよね……」
曜「ごめんね梨子ちゃん、私も、頑張ってみる、から……」
梨子「……」
梨子「うん……ありがと、曜ちゃん……」
曜「……」ゴクッ
曜「……にがっ」ボソッ
曜(憧れで手を出したコーヒーの苦みは、しばらく胸の中から離れなかった)
………
… 帰り道
曜「……」
梨子「……」
曜「……じゃあ私、こっちだから……またね、梨子ちゃん」
梨子「ま、待って!」ギュッ
梨子「……曜ちゃんお願い……私たちの三人の関係を修復できるのは、きっと曜ちゃんだけだと思うから」
梨子「無責任とは思うけど……こ、これは、千歌ちゃんだけじゃなくて、私の願いでもあるから……」ギュッ
梨子「だから、お願い……」
曜「……」
曜(……千歌ちゃんのことは、梨子ちゃんの口からは聞きたくなかった)
曜(梨子ちゃんといる間は千歌ちゃんのことは忘れられて……梨子ちゃんは、私を梨子ちゃんの色で満たしてくれるから……好きだったのに)
曜(こんな梨子ちゃんなんて……)
曜「………」
曜「ねえ、梨子ちゃん」
曜「キス、して欲しい」 梨子「えっ!!?///キス!!?///」
曜「うん……ほら、私たちってもう付き合ってまあまあ経つじゃん?だから……」トントン
梨子「えっ!?//それは、そうだけど……///」
曜「だから、ほら、お願い」ズイッ
梨子「よ、曜ちゃん……」
梨子(よ、曜ちゃんの唇が、近づいてきて……///わ、私のと重なりそうで……///)
曜「……」スーッ
曜(お願い梨子ちゃん。私を梨子ちゃんで、いっぱいにして?千歌ちゃんのことなんて忘れさせてくれるくらいに……)
曜(私に甘い夢だけを、みせてよ?)
………
… 梨子「だ、だめぇっ!!!///」
ドンッ
曜「梨子、ちゃん……?私のこと、嫌いなの?」
梨子「ち、違うの!そうじゃないけど、でもっ!」
梨子(今キスしちゃったら、曜ちゃんとの関係性までも!だめになっちゃう気がして!)
梨子「そ、それに、こういうことはまだ早いっていうか……曜ちゃんとはもっとちゃんとお付き合いして、末永く一緒にいたいって思ってるっていうか……」
梨子「と、とにかくごめん!曜ちゃん!私、帰るわね!」ダッ
曜「……」
曜「梨子ちゃん……」
………
…
この日以降、私は梨子ちゃんに、心を許していない 渡辺曜は五体引き裂かれて内蔵引き千切られて血反吐撒き散らしてのたうち回って死に晒せ 曜って負けが確定してるとこがモテない男女に共感されて人気なんだってな ———
曜(21)(映画を見たあの日以来、私と梨子ちゃんは頻繁に会う関係になっていった)
曜(梨子ちゃんと遊ぶのは、思いのほか楽しくて、私の心も解れていって、警戒感も、和らいでいった……ような気がする)
曜(ほんとはダメだって頭ではわかってるけど……心が快楽を欲しがってるんだ)
曜(そして、季節が夏に変わろうとした頃……)
曜(私は梨子ちゃんの出演するピアノコンサートに誘われた)
………
… 曜「うん、ありがとね梨子ちゃん。突然の電話だってのに……」
曜「じゃあね、おやすみなさい」
ピッ
ピロリン
———
曜:ごめんね梨子ちゃん、夜遅いのに電話しちゃって
曜:ちょっと声、聴きたくなっちゃったからさ
梨子:ううん、いいの。私も曜ちゃんとお話したいって思ってたから
曜:ありがと梨子ちゃん!じゃあおやすみ!
梨子:待って!曜ちゃん!
梨子:実は明日ピアノのコンクールがあって、私も出るんだけど
梨子:曜ちゃんに、聞いて欲しいなって思ってるんだけど
梨子:ダメかな?
———
曜(梨子ちゃんのピアノか……)
曜(梨子ちゃんは私と違って、ピアノ、続けてるんだよね……)
曜(……)
曜(……すごいな)
曜(私とは、何もかも、大違いだ……)
………
… 曜「ここが、コンサートホール……」キョロキョロ
曜(わあっ!でっか!)
曜(梨子ちゃん……こんな広いところで、たった一人で演奏するのか……プレッシャー半端ないだろうな……)
曜(……って私が心配してどーする。私はただの観客だから、おとなしく演奏を聴くのが仕事だもん)
ブーッ
曜(あっ、始まった……って嘘!?もしかしてこれ、梨子ちゃんのワンマンライブなの!?)
曜(……ますます梨子ちゃんが遠くに行っちゃった気がするよ)
………
… 講演後
曜「……」
曜(…やっぱり梨子ちゃんのピアノはすごいや。素人の私でも、お客さんの感動が伝わってくるよ)
曜(まあ、私には関係ないんだけどね)
曜(約束も果たしたし、帰るか……)
ブブッ
曜(あっ、電話だ)
曜「……もしもし、梨子ちゃん?」
梨子「曜ちゃん!今どこ?」
曜「どこって、ホールの出入り口付近だけど……」
梨子「嘘……来てくれてたのね……」
曜「そりゃ、まあ、来いって言われたし……」
梨子「って会場付近にいるなら顔くらい出しなさいよっ!バカ!」
曜「えっ、いや、だって梨子ちゃん、出演者だし、私が行くのは迷惑かなって」
梨子「それくらい私の関係者ですって言えばなんとかなるわよ!もうっ!ちょっと待ってて!すぐ着替えてそっち行くから!」
………
… 梨子「曜ちゃん!」
曜「あっ梨子ちゃん。ピアノ、良かったよ」
梨子「もうっ!バカ!曜ちゃんのバカ!」ギュッ
曜「り、梨子ちゃん……いきなり抱き着かれると、苦しいよ……」
梨子「いいの!元はといえば曜ちゃんが悪いんだから!」ポロポロ
梨子「来てるなら来てるって、連絡くらいいれてよ!ちょっとでいいから会いに来てよ!」
梨子「私がどれだけ苦しかったか、どれだけ不安だったか……」
梨子「少しは私の気持ちも、考えてよ……」
曜「……」
曜「うん、ごめん、梨子ちゃん……」
梨子「そんなんじゃダメなの!曜ちゃんにはもっと多くのものを返してもらわないと気が済まないんだから!」
梨子「だから曜ちゃんは次も!絶対に次も!私のピアノ、聴きにくること!じゃないと許さないんだからね!」
曜「……」
曜「うん、考えとくよ、梨子ちゃん」
梨子「そう言ってまた逃げたら、こんどこそ許さないからね!」
曜(……)
曜(……やっぱり、梨子ちゃんはずるいや)
曜(そんな顔されると、つい、尽くしてあげたいって、思っちゃう自分がいる)
曜(……本当は返せるものなんて、何もないのに)
曜(たくさん貰っているのは、こっちだっていうのに)
………
… 曜「落ち着いた?梨子ちゃん」
梨子「うん、もう、大丈夫だから」
梨子「ありがと、曜ちゃん。今日は来てくれて」
曜「いや、暇だったし、ただ座って聴いてただけだし……」
梨子「それでもいいの!私が感謝したいって思ってるんだから、ありがたく受け取ってよね!」
曜「……」
曜「うん、じゃあ、梨子ちゃん、ありがと……」
梨子「だからお礼として、この後少し付き合うこと!」 曜「ここが、梨子ちゃんの家……」
梨子「さあっ、上がって上がって。ちょっと待っててね。今お茶準備するから」
曜「いや、いいよ別に、ただついてきただけだし……」
梨子「もうっ、そんなこと言わないの。お客様はお客様らしくしないとだよ?」
曜「あ、うん……じゃあ、遠慮なく……」
曜(……)
曜(……それにしても、梨子ちゃんのお家ってすごいな……広さが大学生の一人暮らしには思えない大きさってのもそうだけど、なにより、清潔感が漂ってる感じがして……)
曜(心なしか、少しいい匂いがするような……大人っぽい魅力と青々しい爽やかさを併せ持つような、不思議な香り……)
曜(……)
曜(……って何興奮してるんだ私。別に梨子ちゃんはただの高校の同級生で、今はただの赤の他人で、もう何も関係はないんだから)
曜(平静さを保たないと……じゃないと……)
梨子「ふふっ、驚いた?私、お母さんに少しワガママ言って、家でもピアノ弾けるような物件に住ませてもらってるから……もちろんその分、少し家賃が割高になっちゃうんだけどね」 梨子「それより曜ちゃん!どうせなら夜ご飯食べていかない?お腹空いてるでしょ?」
曜「えっ、いいよ、そこまでしてくれなくても」
梨子「……もう、私にくらい、遠慮しなくてもいいのに」ボソッ
曜「……」
曜「わかった、でも私も一緒に準備するよ。梨子ちゃんに迷惑かけるわけにいかないし、今日の発表会で梨子ちゃんの方が疲れてるだろうし……」
梨子「曜ちゃんの、料理……」
梨子「うん!じゃあお手伝い、お願いします!」 梨子「じゃあまずは……曜ちゃんには、玉ねぎをみじん切りにしてもらおうかしら?」
曜「うん。わかった。包丁借りるね」
曜「……」トントン
曜「梨子ちゃん、これは何を作ろうとしてるの?」
梨子「内緒〜♪」
曜「……」
曜(……梨子ちゃんはいつもこうだ。梨子ちゃんと一緒だといつも自分のペースを崩される)
梨子「パン粉パン粉……どこに閉まったっけ……」
曜(でも、それが、私は……)
梨子「はいっ!曜ちゃん!できたものはこのボウルの中に入れてね!」 曜(ひき肉、卵、パン粉……)
曜「梨子ちゃん、もしかして……」
梨子「そうっ!曜ちゃんの大好きな、ハンバーグよ!」
曜「……」
曜「別に、昔好きだったからって、今も好きとは限らないでしょ」
梨子「じゃあ嫌いなの?」
梨子「ハンバーグのこと、もう嫌いになっちゃったの?」
曜「……そういうわけじゃ、ないけど」
梨子「じゃあいいじゃない。さあっ、こねてこねて!」
曜「う、うん」
曜(……本当に梨子ちゃんが一緒だと、ペースを崩される)
………
… パカッ
ジュワ~
プスッ
梨子「うん!中まで火が通ってて、いい感じね♪」
梨子「曜ちゃん、そこの棚にお皿入ってるから取ってくれない?盛り付けて、いただききましょ?」
曜「いただきます」
梨子「曜ちゃんどう?美味しい?」
曜「……うん。塩加減がいい感じで、美味しい」
梨子「良かったぁ〜私もまだ昔の味付け、ちゃんと覚えてたみたいね♪」
曜(……)
曜(……ということは私の味覚は、あれから全く進化してないってことか)
曜(ほんとに成長しないな、私は)
梨子「はむっ、ん〜!ちゃんとあの頃の味つけね!とっても美味しい!」
梨子「ありがとね曜ちゃん!手伝ってもらっちゃって!」
曜「いや、お礼を言うのはこっちの方で……今日もこうしてごちそうになってるわけだし……」
梨子「私だって久しぶりに曜ちゃんとお料理できてすっごく楽しかったの!こんなこと、もう二度と訪れないと思ってたから……」
梨子「だから……」
梨子「もう私を、置いていかないでね?」 曜(それから梨子ちゃんとは、他愛もない話をたくさんした)
曜(最近のことや大学でのこと、梨子ちゃんがいなかった2年間のこと)
曜(あと、今日のピアノの発表会の感想も聞かれたっけ……)
曜「今日の演奏の感想?」
梨子「そう!どうだった?久々の私のピアノは?」
曜「……」
曜「いや、私の感想なんて聞くまでもなく、あれだけお客さんを感動させられてる時点で、十分すごいと思うよ?」
曜(それも、飛び込みの目的を失い、逃げ出した自分なんかと比べると、よっぽど……)
梨子「でもっ!私は曜ちゃんの感想が聞きたいの!そうやって自分の気持ちから逃げようとするの、曜ちゃんの悪い癖よ!もっと自分の気持ちに素直になってよ!」ドンッ
曜(梨子ちゃん、そうとう酔ってるな、これは……)
曜「うん、わかった、じゃあ、言うから……」
梨子「うん!早く早く!」ワクワク
曜「……」 曜「……良かった、と思う。私は梨子ちゃんの音キレイだなって思ったし、少しウルっと来たのも事実だし……」
曜「……うん、まあ、そんな感じ、かな」
梨子「……」
梨子「曜ちゃん……」
梨子「ありがと曜ちゃん!大好きよっ!」ハグッ
曜「……」
曜「梨子ちゃん飲みすぎだよ……落ち着いて……」
梨子「そんなことないわよ!まだちょっとしか飲んでないし、私がこのくらいで酔うわけないんだからね!」
梨子「ね、だからもっと今日の演奏褒めてくれてもいいのよ?」
曜(これはしばらく、解放してくれそうにないな……) 梨子「ふふふ〜ん♪」
曜(話込んでたらすっかり遅くなっちゃったけど……)
梨子「曜ちゃん、これ食べる?はい、あーん」
曜「いいよ、自分で食べれるから……」
梨子「だーめ♡口開けてよ〜。はい、あーん」
曜「……」
曜「あ、あーん……」
梨子「ふふっ、曜ちゃん、可愛い♡」プニプニ
曜「……」
曜(酔った梨子ちゃんってこんな感じなのか……ちょっとめんどくさい……)
曜(それに、普段の百合のような佇まいからは想像がつかないくらいの変わりようだし……)
梨子「曜ちゃーん、ねぇ〜、曜ちゃ〜ん」フニフニ
曜「わかった、わかったから……」
梨子「ふふっ♪」 曜「……」
曜(……でも梨子ちゃんって、大きなホールでソロコンサートもできちゃうような人なんだよね)
曜(そんな人が、なんでこんなに私に執着するんだろ……)
曜(それに、私は、私たちは、もう、あの頃とは……)
梨子「……」
梨子「……私、こうしてまた曜ちゃんとお話できるなんて、夢にも思ってなかった」ボソッ
梨子「こうして他愛もない会話をしていると、まるであの頃みたいだなって」
曜「……」
曜「あの、ころ……」
梨子「ほら、曜ちゃん、覚えてる?私と曜ちゃんと千歌ちゃんの三人で……!」
曜(!!!!!!?)
曜「そ、その話はやめてよ!」ドンッ
曜「その話は、梨子ちゃんの口からは、絶対に聞きたくない!」 梨子「よ、曜ちゃん……」
曜「ごめん梨子ちゃん。夜も遅いし、私もう帰るね」
梨子「えっ!?じゃ、じゃあ近くまで送るね」
曜「いい。一人で帰れるから」
梨子「よ、曜ちゃんちょっと待ってよ……」
曜「じゃあね梨子ちゃん、バイバイ」
梨子「よ、曜ちゃん……」
梨子「……」
梨子(曜ちゃんやっぱり……あの時のこと、まだ引きずってるんだ……) 曜「はぁっ………はぁっ……」
梨子『私と曜ちゃんと千歌ちゃんと三人で……』
曜「……」ムカッ
曜「うるさいうるさい!あの頃の弱い私は、もういないんだよっ!!」
曜「梨子ちゃんは何も知らないくせに!私の気持なんかわからないくせに!偉そうなこと言わないでよ!」
曜「はぁっ……はぁっ………くそっ!」
ガチャッ
曜「……ただいま……って家には誰もいないんだっけ」
ゴロン
曜「……」
ピロリン
———
梨子:曜ちゃん、今日はごめんなさい。私もっと曜ちゃんの気持ち、考えるべきだった……
梨子:だから、だから—
——— 曜「……」
曜「はぁ………どうしよ」
曜(……)
曜(冷静になって考えてみると、私にも否がない……とはいえない気がする。少し頭に血が上ってたとはいえ、あんな態度を取っちゃったわけだし……)
曜「……」
曜「いつか梨子ちゃんに、ちゃんと謝らないと……」
………
… ———
ブブッブブッ
曜(18)(あっ電話、梨子ちゃんからだ)
曜(どうしたんだろ、こんな遅くに……)
曜『もしもし?梨子ちゃん?どうしたの?』
梨子『曜ちゃん!助けて曜ちゃん!聞いて!大変なの!私、私、どうしたらいいのかわからなくて!どうしようもなくて!だから、だから……』
曜(珍しいな、梨子ちゃんがこんなに興奮してるなんて……)
曜『梨子ちゃん落ち着いて。そんなにまくしたてられたら私もわかんないよ。だから一回深呼吸して、ね?』
梨子『曜ちゃん……あのね、あのね……』
梨子『千歌ちゃんが、大変なの……』 曜『はぁっ………はぁっ………』ダッシュ
曜(千歌ちゃん……千歌ちゃん!)
曜『くそっ、くそっ!』
曜(私、私、まだ………)
………
…
病院
梨子『よ、曜ちゃん……』
曜『梨子ちゃん……』
梨子『曜ちゃん、曜ちゃん!千歌ちゃんが、千歌ちゃんが!大変で!私、こんな時なのに、何もできなくて、どうしたらいいかわかんなくて!私、私』ポロポロ
曜『うん。大丈夫だよ、梨子ちゃん。きっとなんとかなるよ』ポンポン
曜(……そうだよ。千歌ちゃんだもん。きっとなんとかなるよね。絶対、絶対だよ)
曜(だって私、千歌ちゃんが、千歌ちゃんがいないと私……)
梨子『そう、よね……千歌ちゃんだから、大丈夫よね……信じてる、から』
曜(千歌ちゃんは死なない、絶対、絶対にだ)
曜(だから死ぬかもしれないなんて、考えちゃだめだ。思考から取り除かないと)
曜(千歌ちゃんは死なない。千歌ちゃんは死なない。絶対に死なない……)
曜(だから私も、気持ちを強く、持たないといけない)
曜『うん、だから今は、ね?』
………
…
千歌ちゃんが息を引き取ったのは、それから6時間後のことだった ———
曜(20)「……」パチッ
曜「……夢、か」
曜(ぼんやりとして内容はよく思い出せない。少し悲しかったような気もするし、スッキリするような雰囲気だったかもしれない。そんな、夢……)
曜「……」
曜「7時……もう朝か……」
曜(そういえば梨子ちゃんと会う約束してるんだっけ……)
曜(……)
曜(そうだ、私、昨日になって、ようやくこの前のこと、梨子ちゃんに謝ろうって決心がついて……それで昨日急いでLine送って……)
曜「……」
曜「……着替えて準備しなくちゃ」 ———
曜(20)「……」パチッ
曜「……夢、か」
曜(ぼんやりとして内容はよく思い出せない。少し悲しかったような気もするし、スッキリするような雰囲気だったかもしれない。そんな、夢……)
曜「……」
曜「7時……もう朝か……」
曜(そういえば梨子ちゃんと会う約束してるんだっけ……)
曜(……)
曜(そうだ、私、昨日になって、ようやくこの前のこと、梨子ちゃんに謝ろうって決心がついて……それで昨日急いでLine送って……)
曜「……」
曜「……着替えて準備しなくちゃ」 都内 某駅
梨子「あっ!曜ちゃん!おーい!」フリフリ
曜「梨子ちゃん、ごめんねちょっと遅れちゃって……」
梨子「ううん、大丈夫よ、それより曜ちゃんの方から私を誘ってくれるなんて嬉しい!」ギュッ
曜「梨子ちゃん離れてよ……それに別に知り合いを呼び出すくらい別に不思議なことじゃないでしょ……」
曜(それに今日梨子ちゃんを呼び出したのは、この前のことをちゃんと謝るためだ。それ以上でもそれ以下でもない)
梨子「それで、曜ちゃん。今日は私をどこへ連れて行ってくれるの?」
曜「……」
曜「……秘密」
梨子「もうっ!いいじゃない教えてくれたって!私と曜ちゃんの仲じゃない!」
曜「……梨子ちゃんだっていつも私に隠し事するじゃん。それとおあいこ」
梨子「けち!……でも、曜ちゃんが連れて行ってくれる場所だもんね」
梨子「期待、してるわ♪」 由比ヶ浜海水浴場
梨子「ここが、曜ちゃんが私と来たかった場所……」
曜「……」
曜(そう、海にだったら、臆病な私でも勇気を貰えるかもって思えた。根拠はないけど、そう強く思えた)
曜(だから今日は、梨子ちゃんに、この前のことを、謝らなくちゃいけない)
梨子「……」
梨子「うそ……じゃあ曜ちゃん、あの日のこと、覚えててくれたの?」
曜「………?」
曜(梨子ちゃんは、何を言っているんだろう……?私は梨子ちゃんと二人でここに来たことなんて、ないはずだけど……。それに梨子ちゃんとのデートで行った場所は、基本的に、沼津近辺だったはず……)
梨子「嬉しい……曜ちゃんが、やっと……」ボソッ ………
…
ザァー…ザザーン……
曜「……」
曜(……海岸の景色は、ほんとうに綺麗だって思える)
曜(どこまでも広がる地平線は、この海の広さは、不思議と私を安心させてくれる)
曜(きっと、私の存在がこんなにもちっぽけだって思えるから、何もしなくてもいいって、語りかけてくれるからなのかな?)
曜(……)
曜(それに……夕暮れに指す暖かい斜陽が、世界をオレンジ色に染め上げていて……)
曜(どこまでも、吸い込まれてゆきそうだ)
曜「……」
曜(でも……)
曜「……」チラッ
梨子「ほんと、きれいよね……海の景色って」
曜(……)
曜(まだ私にはやるべきことが残っている。だからまだ消えるわけにはいかない)
曜(……自分を、気持ちを強く、持たなくちゃいけないんだ)
曜(深く吸って……吐いて……よし)
曜「……」
曜「ねえ、梨子ちゃ
梨子「曜ちゃん。あのね?」クルッ
梨子「私、実は曜ちゃんに隠してたことがあるの」 梨子「ごめんね。本当はもっと早く伝えるべきだったと思うんだけど、勇気が出なくて……。曜ちゃんにまた巡り合えた嬉しさを、壊してしまいそうだったから……」
曜「えっ?梨子ちゃん、急に何言ってるの?」
梨子「……」
梨子「……今日、何の日か、覚えてる?」
曜「……」
曜(今日の日付は、8月1日。暦の上では立秋のちょうど手前で、特に今日のことは八朔と呼ばれているらしい)
曜(……あれ、なんで私今日のことこんなに詳しいんだろ?)
ドクン…ドクン…
曜(……そういえば、昔、あの幼馴染に自慢気に教えられたっけ?……太陽のような笑顔のあの娘に……)
ドクン…ドクン…
曜(でも、私の幼馴染って……)
千歌『曜ちゃん知ってる?私の誕生日は、八朔って言うんだって!豊穣をお祈りする日なんだよ!ますます私、みかんとの運命感じちゃうかも!』
曜「……」ズキッ 梨子「うん、曜ちゃんは、忘れられるわけないよね……大切な幼馴染の、誕生日だもん」
梨子「実は千歌ちゃんのことで、曜ちゃんに渡さなきゃいけないものがあって……」
曜「……」
曜(やめて、やめてよ梨子ちゃん)
曜(梨子ちゃんは、梨子ちゃんは……私に夢を見せてくれるって思ってたのに……)
曜(……夢?夢って……なんだ?だってあれは、夢なんかじゃなくて……)
曜「……」ズキリ
曜(……だめだ。心が苦しい。ボロボロと音をたてて壊れていくのが、自分でもわかる)
曜「……千歌ちゃんなんて、今はもうどうでもいい。もう何も関係ないから。私は一人で生きていくって、あの日決めたから」
曜「だからもう、全部どうでもいいよ」
梨子「曜、ちゃん……」 梨子「……また、逃げるつもりなの?」
梨子「また、同じ2年間を、前に進まないで、繰り返すつもりなの?」
梨子「いい加減ちゃんと向き合ってよ!それに、千歌ちゃんも絶対、こんな結末、望んでないと思うから……」
曜「……」
曜「……梨子ちゃんに千歌ちゃんの何がわかるのさ、たかが二年間しか一緒にいなかっただけなのに」
曜「そんなんで、私のこと、千歌ちゃんのこと、わかったような態度とらないでよ!」
梨子「よ、曜ちゃん!違うの!そうじゃなくて!私は……」
曜「……」
曜「……帰ってよ」
曜「梨子ちゃんの顔、もう二度と見たくない」 梨子「……え?」
曜「梨子ちゃんがそんな悪い女の子だとは思わなかった」
曜「考えてみたら当たり前だよね。あんなに突然私の前に現れたんだもん。もっと裏があるって疑うべきだったよね」
梨子「違う!違うの!私は、ただ!曜ちゃんに本当のことを知ってほしくて……千歌ちゃんのことと、それから私のことをほんの少し、もっと知って欲しくて……」
曜「……サイテー」
曜「梨子ちゃんがそんな偽善者だなんて、思わなかった」 梨子「曜、ちゃん………」
梨子「…………ぐすっ」ウルウル
梨子「私も!曜ちゃんが、そんな意気地なしだなんて……思ってなかった!そんなこと言う人だなんて、思わなかった!」ポロポロ
梨子「バカ!曜ちゃんのバカ!曜ちゃんなんて大っ嫌い!ホントのホントにだいっきらい!」
梨子「最低なのは曜ちゃんの方なんだから!もう絶対!今度の今度こそ!許したりなんてしないから!」ダッ
曜「……」
………
…
ザァ~……ザザ~ン……
曜「……」
曜(……今度の今度こそ、本当に全部、終わらせられた) 渡辺曜は五体引き裂かれて内蔵引き千切られて血反吐撒き散らしてのたうち回って死に晒せ 曜(これが清算だ。新しく始めるためにしなくてはならない、私の、私だけの使命)
曜(だからこれが本当の始まり。誰にも頼らない、自分だけの物語の、本当の始まり)
曜「……」
曜「うん。何も間違ってなんてない。最初からこうすれば良かっただけで、ただ順番が入れ替わった。それだけの事だよ」ボソッ
曜「……」
曜(……)
曜(でも……)
ザァ~……ザァ~……
曜「……」
曜(突き刺すような西日は、私の心までは照らしてくれなかった) とりあえずここまで。続きは明日までに頑張ります
コメントいつも読ませていただいてます。励みになります ———
高校三年生 3月下旬
ピロリン
曜「……」
———
梨子:お願い曜ちゃん……もう一度だけ、元気な姿を見せて?曜ちゃんの声を聴かせて?
梨子:私ずっと、待ってるから
メッセージを削除しますか?
▶はい
いいえ
———
曜(18)「はぁ……」スッ
19:36
曜「……」
曜(……もうお葬式、始まってる時間か)
曜「……」
曜「そろそろ、行くかな……」
曜「……」
曜(服とかの最低限の生活必需品は全部もう送ってあるし……いらないものは、全部全部捨ててしまった)
曜(……これで、準備完了だ)
ガチャッ
………
… 沼津駅
曜「……」クルッ
曜(この景色も、もう二度とみることはないんだろうな……)
曜(スマホから連絡先も全て消したし、行先は誰にも伝えていない。だから、これでもう二度と沼津と、みんなと関わることはないはず……)
曜(次は……もう間違えないようにしなきゃいけない。もう二度とこんな惨めな想いなんて、したくないから)
曜(幸せなんてどこにもなくて、待ってるのは現実だけで、だから未来なんて、夢見ちゃいけない)
曜(恋とか努力とか永遠なんてものは幻で、全部歌詞だけの空想で)
曜(残ったのは中身のない、空っぽの言葉だけ)
曜(だから……幼い自分から脱しなくちゃいけない)
曜(そう、これが、私の本当の門出)
曜「……」
曜「行ってきます、そして」
曜「さよなら」 ———
由比ヶ浜海水浴場
曜(21)「……」ムクッ
スッ
20:02
曜「……」
曜「じゃあ二時間近くここで眠ってたってことか……疲れてるのかな、私」
曜「……」
曜「帰ろ……」
曜(帰ったらなにしよ……と言っても特にやることなんてないんだけど)
曜(だから、ただ、なにもない日常が、帰ってくるだけだ)
………
… 曜(千歌ちゃんは死んだ)
曜(あんなに綺麗事を歌詞に並べてたのにあっさり死ぬなんて、嘘つきだって思った)
曜(……そして、千歌ちゃんが死んだ後の私は、ただの空虚な屍だった)
曜(そりゃそうだ。だって千歌ちゃんは、私の全てだったから)
曜(千歌ちゃんに嫌われないように、千歌ちゃんに認められるようになることだけが、私の生きる意味だったから)
曜(梨子ちゃんに一瞬気が向きかけたのだってそう、結局は千歌ちゃんを忘れたくて、千歌ちゃんに振り向いて欲しくて……)
曜(……)
曜(いや、今はもうどうでもいいか)
曜(ただ、これからは、静かに生きることに徹しなきゃいけない)
曜(周りを許さず、周りを乱さず、ただ息を吸い、吐くことの繰り返し。そこに感情なんて必要ない)
曜(これが、千歌ちゃんがいない世界で私が編み出した、私なりの処世術)
曜(だからこれは続いていく、再び千歌ちゃんに会えるようになる、その日が来るまで……
………
…
曜(でも、それでも……)
曜(ときどき、本当に時々だけど)
曜(楽しかったあの時に帰りたいなんて、ついつい夢想してしまうのは)
曜(過去を振り返り、間違い探しで、トゥルーエンドを模索してしまうのは—
私の心が弱いから………なのかな? ———
高校3年生 3月上旬
梨子「ね、ねえ曜ちゃん!千歌ちゃん!あのね!もうすぐ私たち三人とも卒業で、みんな離ればなれになっちゃうじゃない……だからね!」
梨子「その、卒業旅行、とか、行きたいって、思ってて……どう、かな?」
千歌「わ、私も!み、みんなでどこか行けたら!その……楽しいよねって、思ってたから……」
梨子「うん、ありがと、千歌ちゃん……曜ちゃんは?」
曜「えっ!?わ、私!?……うーん、ほんとは梨子ちゃんと二人でお出かけしたいなって思ってたんだけど……」
曜(そ、それに、千歌ちゃんと一緒ってのは気まずいし……)
梨子「お願い曜ちゃん!私、どうしても最後に三人での思い出を一緒に作りたいの!」
曜「り、梨子ちゃんがそこまで言うなら……別に、いいけど……」
梨子「うん!ありがと曜ちゃん!じゃあ決まりね!」
千歌「あっ、そ、そういえば、私、どうしても三人で見てみたい景色があって——
………
… 由比ヶ浜海水浴場
梨子「ここが、千歌ちゃんが見たかった景色?」
千歌「うん!この前SNSで偶然見つけて!綺麗だなって思って!二人にも見て欲しかったの!」
曜「……」
曜(確かに、景色はとても綺麗だ。それこそ吸い込まれてしまいそうなくらいに)
曜(……吸い込まれる、か。いっそのこと私なんて、いなくなっちゃえばいいのに)
曜(この前の春、千歌ちゃんに振られて、逃げるように梨子ちゃんにすがって……)
曜(私、今まで、何やってたんだろ……)
曜「……」ボーッ
梨子「……」
梨子「曜ちゃん、どうしたの?」
曜「えっ!?いや、なんでもないよ?」
梨子「そう。なら、いいけど……」 千歌「……それにね、ほら、一年半前、Aqoursのみんなで海見に行ったことあったでしょ?考えてみたら、私たちだけで、こうしてゆっくりするのって、あんまりなかったから……最後くらいは、ゆっくりお話したいなって……」
梨子「千歌ちゃん……」
梨子「ねえ千歌ちゃん、ほんとは私たちに話さなきゃいけないこと、あるんじゃないの?」
千歌「梨子ちゃん……」
千歌「う、うん!あのね曜ちゃん!聞いて!私……」
曜「その話は聞きたくないの、千歌ちゃん」
曜「もうあれは、終わったことだから……私の中では完結してるから」
曜「だからもう、おしまいにして欲しい」
千歌「よ、曜ちゃん……違うの……私が言いたいのは、そういうことじゃなくて……」
曜「あっ、私ちょっと喉乾いたから、飲みもの買ってくるね?」
千歌「よ、曜ちゃん!ま、待って!」
曜「……」ダッ ………
…
曜「………ここまでくれば、もう大丈夫かな」
曜(……)
曜(なんで私逃げ出しちゃったんだろ……これじゃ何の解決にも、なりはしないのに……)
曜「違う!逃げてなんかない!だってあれは、私のあの恋は、あの時もう終わったものだから!」
曜(終わってなんかない……だってこんなに好きなんだもん。こんなんじゃ、梨子ちゃんに対しても失礼だよ……)
梨子『私、曜ちゃんのこと、大好きだもん』
千歌『だから、付き合うとか、その、そういうことは、出来ないっていうか……』
曜「……」ズキッ
曜「うるさいうるさい!私の気持ち、もてあそばないでよ!」
曜「はぁっ………はぁっ………」
曜(もうどれが私の気持ちなのか、わかんないよ……)
………
…
卒業式を来週に控えた、暖かい春の日のことだった ———
曜(21)「……」パチッ
曜(夢を、見ていた……)
曜(……)
曜(いや、あれは……)
曜(もうすっかり記憶の底にしまいこんでいたけど……)
曜(……紛れもなく、私の思い出だ)
曜「だから梨子ちゃん、あの時あんなこと言ってたのか……」ボソッ
曜(梨子ちゃん……)
梨子『バカ!曜ちゃんのバカ!曜ちゃんなんて大っ嫌い!ホントのホントにだいっきらい!』
曜「うっ……」ズキッ
曜「いや、思い出すな、私。もう後ろは振り返らないって、あの日……」
千歌『あ、あのね!曜ちゃん!聞いて!私……』
曜「……」
曜「千歌、ちゃん……」ポロッ
曜「……」
曜「千歌ちゃんなら、こんなことになっても、上手く……みんなを幸せに、できるのかな……?」
曜「……」
曜「千歌、ちゃん……」ポロポロ
曜(やっぱり私、千歌ちゃんがいないと、何もできなくて……周りの人をただ傷つけるだけで……)
曜「やっぱり千歌ちゃんはすごくて、まぶしくて……いつまでも私の憧れで、忘れられるわけなんてなくて……」
曜「ぐすっ……お願い……会いたいよぉ、千歌ちゃん……
……… ………
…
曜(どれくらいの時間、私は泣いてたんだろ……)
曜(きっと、ひどい顔になってるんだろうな……ははは……)
ピンポーン!
ドンドン!
??「曜……じゃない、渡辺さーん!起きてますかー?お届け物ですよー!」ドンドン!
曜「……」
曜(……うるさいな……今それどころじゃないから、無視しとこ)
??「こら!起きてるんでしょ!もうっ!開けなさいよ!」
曜「……」
ガチャッ
曜(なんだ、郵便局の人か……)
配達員?「はいこれ、郵便物。ちゃんと渡したからね、あとは頼んだわよ?」
曜「えっ、あっ、はい……ありがとう、ございます……」
曜「あのっ、印鑑とかは……」
配達員?「いらないわよ!そんなん!」
曜「そ、そうですか……わかりました……」
曜(ちょっと態度悪くない?この人……)
配達員?「あとは貴女の問題なんだから、しっかりしなさい!」
配達員?「で、でもっ!わ、私も詳しいことは、知らないんだけどっ!そ、その……」
配達員?「お、応援くらいは、してるんだから、頑張りなさいよね!」
曜「えっ!?あっ、はい、ありがとう、ございます……」
曜(私も何を応援されてるか、わからないんだけど……) 曜(郵便物は、二通の封筒……)
曜(差出人の名前は………桜内梨子)
曜「うっ……またお説教か……」
曜(そう考えるだけで、さっきまでの興奮が冷めていき、憂鬱な気分になる)
曜(でも……)
………
…
ビリッ
曜(私は堕落した自分の中に残る、微かな勇気をかき集め、封を切るのだった) ———
渡辺 曜ちゃんへ
お久しぶりです
曜ちゃんは多分、私のことなんて思い出したくないんだろうけど
でも、私は曜ちゃんにどうしても伝えなきゃいけないことが一つだけあるから……
だから、私の最後のワガママを、どうか許してください
曜ちゃんあの日、千歌ちゃんのことわかったような態度とらないでって、私に言ったよね?
ごめんね曜ちゃん。私、曜ちゃんの気持ち、考えないで
きっと曜ちゃんと千歌ちゃんには、私の何倍もの思い出が積もってるのに
でもね、曜ちゃんが知らない千歌ちゃんのこと、私は一つだけ知っています
今日話したいのは、千歌ちゃんの最期のことです
———
曜「梨子ちゃん……」
曜(何、どういうこと!?千歌ちゃんの最期って……)
曜「でもっ!千歌ちゃんのあれは!事故だったはず!突っ込んできたトラックに、偶然……だから、最期なんて、何も、ないはず!なのに……」 ———
私が説明するより、千歌ちゃん本人に説明してもらった方が、いいのかな?
ねえ曜ちゃん、曜ちゃんはもう覚えてないかもだけど、実は私たち三人、卒業間近のころに、海を見に行ったことがあってね
その日ね、曜ちゃんのいないところで私、言われたんだ、千歌ちゃんに
曜ちゃんともう一回、仲良くなりたいって
———
曜「……」
曜「忘れるはず、なかったのに……大切な千歌ちゃんとの思い出、なのに……」
曜(そ、それよりも!もう一度私と仲良くなりたいって!?千歌ちゃんが!?……)
曜「……」
曜「じゃ、じゃあ!私が千歌ちゃんのこと避けてたこと、気にしてくれてたんだ、千歌ちゃんも……」 ———
お願いです。千歌ちゃんと向き合ってあげて下さい
きっとそれが、千歌ちゃんの最後の願いだと思うから
そしてこれが、私が千歌ちゃんにしてあげられる、唯一の恩返しだから
ごめんね曜ちゃん、私のワガママにここまで付き合ってもらっちゃって
本当は再会した時に言えばよかったんだろうけど、私あの時、嬉しくて舞い上がっちゃってたから
私ね、曜ちゃんに出会えて本当によかったって思う
高校の時のことも、再会してからのことも、全部全部、私の大切な思い出だから
たとえ曜ちゃんが忘れちゃってもだよ?
だから……
今までありがとう
そして大好きだったよ、曜ちゃんのこと
桜内梨子
——— 曜「……」
曜「そ、そうだったんだ……あの日、梨子ちゃん、私に大切なこと伝えようとしてて……それなのに私、突き放すようなことしちゃって……」
曜「バカだなぁ……私、いつまで経ってもバカ曜だよ……」ポロポロ
ピラッ
曜「あっ、これ、もう一つ封筒……セットになってるんだ……」
曜「……!!!?」
曜(えっ!?嘘!?裏に書いてある差出人……千歌ちゃんから!?)
曜「そんなわけない!だ、だって千歌ちゃんはあの日、死んじゃって……」
曜(で、でもこの文字、確かに千歌ちゃんの文字にそっくりで……見間違えるわけ、ないよね……)
曜「で、でもっ!もしもこれが、千歌ちゃん本人からの手紙、だったとしても……もう今見ても、しょうがない、し……」
曜(そ、それに、千歌ちゃんの本当の気持ちを知るのは、物凄く、怖いよ……だって私、一度千歌ちゃんに拒絶されちゃってるんだよ?今更もう、どうにもならないよ……)
曜(だから、中身を見るのが、真実を知るのが、どうしようもなく怖い、けど……)
………
…
ビリッ ———
曜ちゃんへ
これを渡すときはきっと、卒業式間近ってときだよね、きっと
曜ちゃん、卒業おめでとう!って私もか!笑
実は曜ちゃんに、言わなくちゃいけないことがあります
本当はもっと早く伝えようって思ってたんだけど、どうしても勇気が出なくて
ほら、私ってさ、臆病だから
———
曜「そんなことない!千歌ちゃんは臆病なんかじゃない!臆病なのは、私のほうで!だって、私、ずっと千歌ちゃんのこと、避けて生きて、きたから……」
曜「……」
ペラッ ———
伝えたかったのは、あの日のことです
曜ちゃんが思い切って、告白してくれた、あの日のこと
本当はね、私も曜ちゃんのこと、嫌いじゃなかったんだ。むしろ大好きなの
でも、あの時、私の好きと曜ちゃんの好きは違うんじゃないかなって思っちゃって……
ほんとは、何も違わないのに……私が曜ちゃんを大切に思う気持ちと、曜ちゃんが私を特別だって感じることは、同じくらい大事な気持ちなはずなのに……
だからごめんなさい。あの時の曜ちゃんの気持ちを、否定しちゃって
それから曜ちゃんは梨子ちゃんと恋人になって
もう私は曜ちゃんの特別な人にはなれないかもしれない、でも
曜ちゃんとは、いつまでも友達でいたいの
あのね曜ちゃん。特別にはなれなくてもいい。けど
私は曜ちゃんの、帰る場所でありたいです
幼馴染として、曜ちゃんが疲れた時にはそっと優しい言葉をかけてあげられるような、そんな関係でありたいです
だめ、かな?
ごめんね曜ちゃん
私が口下手だから、勘違いしさせちゃって
今までの全部を許してなんて言える立場じゃないけど……でも……
少しでも、歩み寄っていけたら、いいのかなって思うんだ
だって私たち、幼馴染だもん
きっとこの手紙を読んでる曜ちゃんは、もうすぐ東京に行っちゃおうって時なのかな?
曜ちゃん、東京に行っても、私のこと、忘れないでね
それから……
またいつか会おうね、曜ちゃん!
私はいつまでも、内浦で、待ってるから!
ずっと曜ちゃんのこと、大好きだよ
高海千歌より
——— 曜「……」
曜「千歌、ちゃん……じゃあ、あの時千歌ちゃんが言おうとしてたのは、私が嫌いだってことじゃなくて……」
曜「そ、それに千歌ちゃんは、私のこと、梨子ちゃんのこと、誰よりも考えてくれてて……」
曜「本当は、誰よりも苦しい思いをしてたのは、千歌ちゃんだったはずなのに……」
曜「私、逃げてばっかで、千歌ちゃんのこと、顔も見ようとしないで……」
曜「……」
曜「ごめん、ごめんね……千歌ちゃん……」ポロポロ
曜「私、私、誰よりも千歌ちゃんのこと、好きだったのに!誰よりもそばに、いたはずなのに!こんな簡単なこと、気づけなくて!自分勝手で!
曜「……」
曜「幼馴染、失格だよぉ……」
………
… 曜「……」
曜「……行かなきゃ」
曜(……でも、どこに?)
曜「それは……」
曜「……待ってくれてる、千歌ちゃんの、ところに」
曜(でも、千歌ちゃんは、もう……)
曜「……違う!違う違う違う!千歌ちゃんが約束を破るはずがないんだよ!」
曜「私が憧れた千歌ちゃんは、私の好きな千歌ちゃんは!まだ……まだ……!」
曜「だからまだ、終わってない!終われないんだよ!」
曜(これは無駄足かもしれない。意味なんてないのかもしれない)
曜「けど……けどっ!私も!やれることは全部やらなくちゃいけないんだよ!」
曜(これが私の、償い、なんだ。覚悟、なんだ)
曜「………」
曜「だから行かなくちゃ、千歌ちゃんのところに」
曜(気づいた時には既に、私の足は動き出していた) 沼津駅
曜「ついに……戻ってきた……」
曜「……」
曜(この景色……二年半ぶり、か……)
曜(まさかこんな形で戻ってくるなんて、思ってなかったな……)
曜(とりあえずここまで、来てみたはいけど……)
曜「どこ、行けばいいんだろ……」
キショウケイユ オセミサキイキバス マモナク ハッシャシマス
曜「……」
曜「……内浦、行ってみるかな」
曜(で、でも……私次内浦に踏み入れたら、海の藻屑にされちゃうんだよね……果南ちゃんに)
曜(そりゃそうか……千歌ちゃんを傷をつけまくった上に、お葬式まですっぽかして、消息不明になっちゃうんだもんな……)
曜「……」
曜「でも……」
曜「……」
曜「私だって、千歌ちゃんのため、なんだよ?」
曜(ワガママで傲慢で自己中心的で独りよがりだけど……)
曜「これしか今の私に出来ること、ないんだから……」
曜「これが私の精一杯の、決心だから」 ———
三津浜
ザァ~……ザァ~ン……
梨子「……」ボーッ
梨子「終わっちゃった、な……」
梨子(きっと、完全に嫌われちゃった、よね……あんなひどいこと、言っちゃったんだもん……)
梨子「曜ちゃん……」
梨子(あなたのことを忘れよう、忘れようって思ってるのに……)
梨子「どうしてこんなに、想いが溢れてくるの……?」ポロポロ
梨子「どうして……どうして……?」
梨子(あなたのことを、忘れられないの?)
………
… ———
高校二年生 3月
梨子「千歌ちゃん、どこ行っちゃったのかしら?新曲の打ち合わせ、しようと思ってたのに……」
梨子「あっ曜ちゃん!千歌ちゃん、どこにいるか……」
曜「あのっ!私!ずっと千歌ちゃんのことが好きで!」
梨子「!!!!!?」ササッ
曜「だから……その……」
曜「私と、付き合って下さい!」
梨子(ななな、何!?ここ、告白!?よ、曜ちゃんが!?だ、誰に!?)チラッ 千歌「……?」
梨子(ち、千歌ちゃん!?じゃ、じゃあやっぱり曜ちゃん、ずっと、千歌ちゃんのこと……)
千歌「ずっと、好き、って……その、恋人としてってこと?」
曜「う、うん……そう、だけど……」
梨子「……」
千歌「ええっ!?曜ちゃんが!?」
千歌「……」
千歌「その、私、曜ちゃんのことそういう風に見れないっていうか、ほら、私たちって幼馴染だし……」
千歌「だから、付き合うとか、その、そういうことは、出来ないっていうか……」
千歌「だから、ごめんなさい」
曜「ち、千歌ちゃん……」
梨子「……」 曜「そ、そうだよねー……普通、女の子どうしで付き合うとか、考えられないよねー……」
曜「だから、千歌ちゃん、この話はなかったってことで!」
千歌「あっ、曜ちゃん待って!」
曜「じゃあ千歌ちゃん、私用事あるから!」ダッ
千歌「曜ちゃん……別に私、曜ちゃんのこと嫌いとかじゃないのに……私が言いたいのは、そういうコトじゃなくて……」
千歌「……」
千歌(それに、梨子ちゃんは曜ちゃんのこと、少なからず想っているだろうから、そこに私の入る隙間はないっていうか……)
千歌「あーあ……上手くいかないなぁ……」
梨子(ま、まずい!!千歌ちゃんがこっち来ちゃう!)
梨子(ど、どうしよう……話聞いてたこと、千歌ちゃんにバレちゃうよ……ど、どこかに隠れないと!でも、どこに!?)
千歌「はぁ……教室戻ろ……って、梨子ちゃん!?」
梨子「ち、千歌ちゃん……」 千歌「も、もしかして……さっきの話、聞かれちゃってたとか!?」
梨子「ご、ごめん千歌ちゃん!千歌ちゃんのこと探してたらたまたま……ごめんね!悪気はなかったの!」
千歌「……」
千歌「ううん、私は、別に、気にしてないから、いいんだけど……」
千歌(梨子ちゃんと曜ちゃんの関係まで、壊れちゃわないか、心配で……)
千歌「……」
梨子「ご、ごめんね!千歌ちゃん!私、先教室戻ってるね!」アタフタ
千歌「え、あ、うん……」
梨子(……)
梨子(曜ちゃんが千歌ちゃんのこと、その……女の子として、好きってことで……)
梨子(もう、私までどうしたらいいか、わからなくなっちゃうじゃない……)
………
…
梨子(それから間もなく、私たちは三年生になって……)
梨子(……曜ちゃんはあまり学校に、来なくなりました) 高校三年生 6月
梨子「千歌ちゃん、どうしたの?私に話したいことって……」
千歌「ごめんね梨子ちゃん。わざわざ部屋まで来てもらって……」
梨子「いいのよ別に、すぐ近くだし……」
千歌「実は、曜ちゃんのことなんだけど……」
梨子「えっ!?よ、曜ちゃん!?//曜ちゃんのこと、って、どういう意味なの?//」
千歌(本当にわかりやすいなぁ、梨子ちゃんは……)
千歌「曜ちゃん、最近学校来られてないでしょ?そのことで、梨子ちゃんに相談したいことがあって……」
梨子「あっ、うん、そのことね……それは私もずっと心配してて……私も何か出来たらなって思ってたんだけど……」
千歌「うん、そうだったんだ……」
千歌「あのね、梨子ちゃん……実はね、多分なんだけど……」
千歌「曜ちゃんがああなっちゃったのって、その……私のせいじゃないかって、思ってるんだ」 梨子(えっ!?)
千歌「ほら、二年生の最後に、私、曜ちゃんの告白、拒んじゃったでしょ?それが、曜ちゃんの気持ちを、深く傷つけちゃったんじゃないかって……私の思い上がりかもしれないけど……」
梨子「で、でも、それは……」
梨子(……そうよね。ずっと想い続けてきた……大切な人に、振られちゃったんだもん。傷つかないわけ、ないわよね)
梨子(それに、曜ちゃんは、ああ見えて、とても—
千歌「ごめんね梨子ちゃん、私、大切な三人の関係、全部バラバラにしちゃった」
梨子「で、でもっ!!千歌ちゃんだけが悪いんじゃなくて!私だって、曜ちゃんの苦しさに寄り添ってあげられなくて!だから!その……」
梨子「……誰が悪いとか、壊れちゃたとか、そんな簡単に言わないでよ……私、まだ、何もしてあげられてないのに……」ポロッ
千歌「梨子ちゃん……」
千歌「……うん、ごめん。梨子ちゃん」
梨子「謝らないでよ……千歌ちゃんは悪くなくて、誰も悪くないのに……だから、こんなに悲しいのに……」
梨子「千歌ちゃん、私、どうしたらいいのか、わかんないよぉ……」グスッ
千歌「うん、私も、もう、わかんないや……」ポンポン
梨子「千歌ちゃん……ぐすっ、うぇーーん!!!もう!バカ!千歌ちゃんと曜ちゃんが全部悪いのに!私まだ何もできてないのに!!!」
………
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